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バブルと資金拘束

著者 原田 善教

雑誌名 同志社商学

巻 66

号 5

ページ 639‑653

発行年 2015‑03‑15

権利 同志社大学商学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013934

(2)

バブルと資金拘束

原 田 善 教

Ⅰ 問題の所在

Ⅱ 株式投機とブローカーズ・ローンの構造

Ⅲ 資金の拘束と非拘束

Ⅳ 結び

Ⅰ 問題の所在

1920

年代後半のアメリカにおける株式市場バブルは,国の内外から巨額の資金を投 機市場に流入させた。バブルの進行は,株価の上昇とブローカーズ・ローンの膨張とい う形で現れ,両者はパラレルな動きを示した。そのため,株式市場バブルを支えたパイ プ役として,ブローカーズ・ローンが大きく注目されることになった。この事実は,投 機的株式市場が信用または資金を大量に不生産的に吸収・拘束しているという認識を生 み出し,投機が産業界の必要とする資金まで奪って物的生産に対して害を与えたとする 主張となって現れた。したがって,ここから投機信用は抑制されるべきだという政策的 含意も生じた。これに対して,株式市場は信用または資金を一切吸収・拘束するもので はないという反論が登場して,両者の間で論争が行われた。これが,「株式取引所は資 金を吸収するか(Does Stock Exchange absorb capital?)」という資金拘束論争である。こ の論争に参加した論者の見解を検討することを通じてバブルと資金拘束について論じ,

1920

年代後半のアメリカの投機的株式市場の構造を明らかにする。なお末尾には,100 年に一度の危機として比較対照される

2008

年リーマンショックについて関連したいく つかの論点を示しておいた。

Ⅱ 株式投機とブローカーズ・ローンの構造

1)投機と連邦準備局の見解

株式市場における投機の進行は,株価の上昇と株式市場向け信用(ブローカーズ・ロ ーン)の増加をもたらした。この両者の動向は極めて類似していた。それゆえ,投機の 進行による株価の上昇が信用を吸収したという認識が生じた。連邦準備局は,「大量の 証券取引から旺盛な資金需要が生

1

じ」ていることを認識し,「証券投機から生じた証券

639)89

(3)

担保貸付額は,国内信用が驚くほどの規模で投機的売買に吸収されたことを間違いなく 示すものあ

2

る」と論じた。そして,こうした「投機的な証券担保貸付での資金の異常な 吸収が,……わが国の産業上の利益を侵害するような一層の金利の上昇をもたらす決定 的要因とならないように,特段の注意を払う必要があ

3

る」と,警告を発した。さらに,

加盟銀行が連銀信用を利用して投機的な証券担保貸付を行っているという認識に立っ て,連邦準備局は公定歩合の引き上げや道義的説得などにより引締め政策に乗り出し,

投機信用を抑制しようと行動した。

2)ブローカーズ・ローンとは

連邦準備局が指摘している証券担保貸付(ブローカーズ・ローン)とは,銀行やその 他貸し手(企業,個人など)がブローカーに与える証券担保貸付であり,そのほとんど が短期のコール・ローンであった。当時の株式取引の多くは証拠金取引であり,買い付 ける株式価格の

25% を証拠金として現金で払い込めば,(つまり自己資金の 4

倍の)株 式取引が可能であっ

4

た。たとえば,証拠金率が

25% のとき,1

万ドルの株式を投機家 が買い付けるためには

2500

ドルの資金を証拠金として払い込めばよいが,ブローカー はそのために売り手に支払うべき

1

万ドルとの差額

7500

ドルを何らかの方法で調達し なければならない。そこで,ブローカーズ・ローンが必要とされ,結果としてブローカ ーズ・ローンは

7500

ドル増加することになる。基本的には,証拠金取引によって生じ る株式買付額と証拠金との差額はブローカーによって借り入れられなければならないと いう投機家とブローカーとの関係から,ブローカーズ・ローンの増加は説明される。こ の点をブローカーの実際の業務と関わらせて検討しよ

5

う。

3)株式取引とブローカーズ・ローン

株式取引は,基本的には株式取引所で顧客からの注文を受けたブローカーの間で行わ れる。顧客とブローカーとの関係では,買い手は証拠金と買付額との差額をブローカー から借り入れたという形をとり,それはブローカー勘定では借方残高として現れる。他 方,売り手は通常その売却代金をすぐに引き出さずにブローカーの下に預託することが

────────────

Federal Reserve Bulletin,1929, Jan., p.5

Annual Report of the Federal Reserve Board,1929, Jan., p.1.これに続けて,大量の信用が投機市場に吸収 された結果,産業的利用のための信用コストが1〜1.5% 高くなったと指摘している(ibid., p.2)。

Federal Reserve Bulletin,1929, Feb., p.94

L. H. Haney, L. S. Logan, H. S. Gavens,Brokers’ Loans,1932, p.15

5 以下のブローカーズ・ローンの構造分析はアイツマンによっている。W. J. Eiteman, The Economics of Brokers’ Loans ,American Economic Review, 1932, The Economic Significance of Brokers’ Loans ,Journal of Political Economy, 1932, The Relation of Call Money Rates to Stock Market Speculation , Quarterly Journal of Economics, 1933, The Regulation of Brokers’ Loans , American Economic Review, 1933,

Brokers’ Loans and the Absorption of Credit , Twentieth Century Fund,The Security Markets, 1935.

同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月)

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多い。これは,とりわけ投機が進行している際にはそうである。このブローカーの下に 預託された売却代金を,ブローカーの勘定では貸方残高という。

株式取引が行われるときブローカーに流入・流出する資金の流れをみると,ブローカ ーが受け取る資金は,顧客の預託金(証拠金や借方残高の支払として)と株式売却によ る他ブローカーからの支払からなっている。他方,ブローカーが支払う資金は,顧客へ の売却代金の支払と他ブローカーへの買付代金の支払である。ブローカー間の支払につ いては株式清算会社を通じて行われる。ブローカーは,以上のような顧客とブローカー の

2

つの要因からなる資金の受取と支払の差額が生じたとき,借り入れなければならな い。その意味で,証拠金取引が行われるというだけでブローカーズ・ローンが増加する という説明はあまりに単純すぎる。

では,ブローカーズ・ローンはどのようにして増加するのであろうか。前述のよう に,ブローカーは,顧客と他ブローカー(株式清算会社を経由して)に対する支払が受 取を超過したとき,借り入れなければならない。この

2

つの要因がブローカーズ・ロー ンの増加にどのような影響を与えるかを検討しよう。

株式取引の結果生じるブローカー間の債権債務の相殺は,株式清算会社を通じて行わ れる。株式清算会社は,手形交換所と同様に,ブローカー間の債権債務の相殺機構であ る。したがって,相殺尻を「決済するためにブローカーが必要とする銀行信用量は,買 いが売りを超える額によっており,ブローカーが取り引きする証拠金取引の総量には依 存しな

6

い」ことは明らかである。ブローカーが決済のために借入れを行うとき,ブロー カーズ・ローンは増加するが,同時に支払を受けた他のブローカーはそれを自己のブロ ーカーズ・ローンの返済に用いることになるので,ブローカーズ・ローンは減少する。

それゆえ,全体としてはブローカーズ・ローンの総量に変化は生じない。つまり,ブロ ーカー間の資金移転に関する限り,ブローカーズ・ローンに対して何の影響も与えない のである。

次に,顧客とブローカーの関係に移ろう。証拠金取引が行われると,ブローカーの下 での顧客勘定に買い手の借方残高と売り手の貸方残高が生じ,買い手のブローカー側で はブローカーズ・ローンが増加することについては先にみた。ここでは売り手の側に注 目しよう。売却代金を売り手から預託されたブローカーは通常それを自己の既存のブロ ーカーズ・ローンの返済に用いるであろう。この場合にはブローカーズ・ローンは減少 することになる。それゆえ,ブローカーズ・ローンの増加分がそのまま減少し,全体と してはブローカーズ・ローンに何の変化もなかったことになる。続いてこの売り手がこ の売却代金を証拠金として買付けを行ったとしても(乗り換えと買い増し),先と逆の

────────────

W. J. Eiteman, Brokers’ Loans and the Absorption of Credit , Twentieth Century Fund,The Security Markets, 1935, p.328.

バブルと資金拘束(原田) 641)91

(5)

プロセスが生じるだけで,ブローカーズ・ローンの増加には結びつかない。つまり,

「売り手は売却代金を預金で受け取っているわけではなく,帳簿上の貸方残高という形 で受け取っている」のにすぎないからである。「取引者がある株式の売却から得た資金 を利用して他の株式を買い続ける限り,ブローカーは買い手の勘定から売り手の勘定へ 貸方残高を単に移転しているだけであ

7

る」。

4)ブローカーズ・ローンの増加要因

ブローカーズ・ローンが増加する場合とは,売り手がブローカーの下に売却代金を貸 方残高として置かずにすぐさま現金で引き出す場合以外にはない。「ブローカーズ・ロ ーンの総額は顧客の預託金を超える引出しを表しているので,1929年の巨額のブロー カーズ・ローンは,証拠金取引をする投機家を助けるための投機の経路にふり向けられ た金額というよりも,投機から引き出された金額を示すものなのであ

8

る」。それゆえ,

ブローカーズ・ローンの数字だけを取り上げて資金の拘束を論じることはできない。

このようなブローカーズ・ローンの構造分析は,非拘束論者のアイツマンによって行 われた当該問題に対する重要なポイントである。ブローカーズ・ローンの示すものが投 機市場から引き出された資金だと捉えれば,この数字から直接に投機による資金の拘束 を論じることはできない。

5)拘束論者の見解

拘束論者の代表とされるベックハートやハニー・ローガン・ギャベンズは,ブローカ ーズ・ローンの構造をどのように捉えていたであろうか。

ベックハートは,ブローカーズ・ローンと株価との密接な関係からブローカーズ・ロ ーンが投機のために利用されていると認識し,投機市場での過度の信用需要したがって 信用の吸収は証拠金取引から生じたと論じ

9

た。そして,当時証拠金取引が常態となって いたときに,「ブローカーは必要なときに顧客が追加証拠金を支払えるかなどめったに 問題にしなかったし,顧客の財務状態に関する信用分析もまったく行われなかったの で,ほとんどの投機家は限度一杯に株式を買い増し利益をあげようとした」ことを指摘 し,こうした「慣行は,伝統的銀行業務では決して許されるものではな

10

い」と,証拠金 取引の悪弊を強調した。それゆえ,「証拠金取引がなければブローカーズ・ローンの総 額はまったく小さなものであっただろ

11

う」と,証拠金取引の統制を繰り返し主張した。

────────────

Ibid.,p.332

W. J. Eiteman, The Economics of Brokers’ Loans ,American Economic Review,1932, p.77 B. H. Beckhart,The New York Money Market,vol.III, pp.109−11, p.203

10 Ibid.,p.205 11 Ibid.,p.110

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ベックハートの見解は,投機→証拠金取引の増加=ブローカーズ・ローンの膨張=信 用の吸収と図式化でき,これ以上の詳しい機構分析はない。すでに検討したように,証 拠金取引の増加がそのままブローカーズ・ローンの膨張とはならなかった。

ハニー・ローガン・ギャベンズによると,ブローカーズ・ローンは次の

4

つの要因に よって増加する。「1.証拠金取引業者の数,2.証拠金で取り引きされる株式数の増加,

3.証拠金取引が行われる株価水準の上昇,4.顧客の貸方残高の減少またはブローカー

の自己資金の減

12

少」。ここで彼らは

4

番目の要因すなわち顧客の貸方残高に言及するこ とによって,ベックハートよりずっと真実に近づくはずであった。ところが,彼らは次 のように続ける。

「ブローカーズ・ローンが増加するのは,ブローカーが顧客に現金を支払わねばなら ないときである。顧客が証拠金取引をすれば,ブローカーは借入れを増やさなければな らない。ところが,株式の売り手が証拠金で買付けを行い売却代金で貸付を返済すれ ば,ブローカーズ・ローンの総額には何の変化も生じないことにな

13

る」。ここで言われ ていることは,売り手と買い手が同一人物である乗り換え取引に他ならない。したがっ て,投機の過程では「売り手は利益を受け取らず取引残高を減らそうともせず,むしろ 多くの株式を買い付けるので,ブローカーは顧客のために借入れを続けざるをえない。

それゆえ,売りは貸付を相殺して減少させはしない。さらに,投機利益が生じている限 り,より多くの株式が買われ,その結果株価の上昇とブローカーズ・ローンの増加が生 じることにな

14

る」。

6)拘束論者の陥った陥穽〜買い手の側からの分析

ハニー・ローガン・ギャベンズの説明のどこにも売り手は登場しない。ここで彼らは 投機過程で顕著となる乗り換え取引を想定して,1人の顧客と

1

人のブローカーという モデルからブローカーズ・ローンの増加を考察してしまった。そこには,買い手の側か らの分析しかない。つまり,買い手には必ず売り手が相対しているという取引の基本原 則が忘れ去られている。それゆえ,彼らはブローカーに貸し付けられた資金がブローカ ー間を次々に移転しながら取引が行われているにすぎない状況においてもブローカー ズ・ローンが増加するという説明に陥ってしまった。彼らが貸方残高に言及したとき,

売り手と買い手という異なる

2

人の顧客と

2

人のブローカーの関係として分析を行って いれば,ブローカーズ・ローンの構造を把握できていたと思われる。なぜ彼らが買い手 の側からしか考察できなかったかは,ベックハートと同様に,証拠金取引=ブローカー

────────────

12 Haney, Logan, Gavens,op.cit.,p.18 13 Ibid.,p.17

14 Ibid.,p.116

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(7)

ズ・ローンの増加という認識にとらわれていたからにほかならな

15

い。投機では常に買い が売りを上回り,そのために借入れが必要となるという経験的印象が先行していたから であろう。そうなると投機市場では,先行した買いを支払うために常に借入れが必要と なり,借入れ資金はそこに滞留することになる。というのは,資金は流入するだけで,

資金の流出経路が彼らには存在しないからである。それゆえ,投機市場に滞留している 資金は他に転用できず,資金の拘束が主張されることになった。

ここで明らかになったことは,ブローカーズ・ローンは株式取引に拘束された資金を 示すものではなく,株式取引から流出した資金を示すということである。この点こそ拘 束論者の見落とした点であった。

Ⅲ 資金の拘束と非拘束

1)拘束論者による投機に対する批判

拘束論者はブローカーズ・ローンそのものが投機市場に拘束された資金を表すものと 誤解し,こうした拘束が産業界の必要とする資金を奪ったとしてブローカーズ・ローン の膨張を非難した。

「ブローカーズ・ローンに対する豊富な資金供給は,投機ブームが進行していれば過 度に株式投機を助長する。……ブローカーに対する貸付によって助長された株価の急騰 は,事業を過度に楽観的にするとともに生産を過度に刺激し,新証券発行を誘因して過 剰資本をもたらすであろう。……コール・マネーが逼迫しているときに個人の貸し手に ブローカーズ・ローンの供与を無制限に許すことは,銀行預金の引出しをもたらす。

……このことは産業企業に対する銀行の貸出能力を減少させる。……[それゆえ]ブロ ーカーズ・ローンの膨張が,いわゆる正規の事業に対する信用のコストを高めることは 疑う余地がない。……このようにして,時間とエネルギーは生産活動からそらされ

16

る」

ことになる。

ここで言われていることは,次の

2

つのことである。まず,ブローカーズ・ローンの 増加による銀行預金の流出が銀行の与信能力を損なうこと,次にブローカーズ・ローン の増加による金利上昇が生産企業の信用コストを高めることである。これら

2

つのこと が産業に悪影響を与えるので,投機信用の抑制を行うべきとする主張となっている。

────────────

15 こうした認識は侘美光彦にもみられる。「株価の上昇と株式取引量の増大との相互依存関係が,事実上 ブローカーズ・ローンの増大によって繋がれていた。………証拠金取引に伴うブローカーズ・ローンの 増大自体が何らかの形で,キャピタル・プロフィットの増大を求める投機的資金の流入と密接に関連し ていたと言ってよい。それゆえに,株式投機および株価上昇は,ブローカーズ・ローンの量とぴったり と 相 関 す る よ う に 拡 大 し て い っ た の で あ る」(侘 美 光 彦『世 界 大 恐 慌』御 茶 の 水 書 房,1994年,

p.416)。

16 Haney, Logan, Gavens,op.cit.,p.202−3

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銀行の信用拡張力の減少は,貸付によって銀行外へ現金が流出する場合すなわち現金 準備の減少をもたらす場合以外には存在しない。それは,銀行が自ら創り出すことので きない現金を一般的流通との関わりにおいて,準備として保有せざるをえないという銀 行業の本質から生じていた。この裏返しの表現が信用創造である。このことは,銀行が 金融市場とりわけ株式市場に対して貸付を行ったとしても,理論的には銀行制度全体と してその外部へ現金リークをもたらさないことを意味する。それゆえ,株式市場への貸 付は,拘束論者の言うように,銀行の貸付能力を減少させるとはいえない。

次に,拘束論者は投機過程で生じたブローカーズ・ローンと金利上昇を直接的に結び 付け,資金拘束を論じた。この両者の関連性の説明が問題にされなければならない。彼 らは先に検討した買い手の論理によって,投機資金の需要増加=ブローカーズ・ローン の増加=金利上昇を説明し,投機が産業界から資金を奪ったと主張した。この発想の背 後には,全体の資金量を一定として,投機が実物市場と金融市場とへの資金配分の割合 を変更したとする理解があ

17

る。銀行の信用供与力の弾力性を考慮すれば資金量一定とす る想定には無理があり,また投機がなければそれだけの資金を産業が必要としたとは簡 単に論証できないからである。拘束論者は,総じて投機過程の経験的印象を先行させが ちであって,理論的分析が希薄である。

2)非拘束論者による批判

こうした拘束論者に対して,拘束という事態そのものを徹底的に否定したのが,カッ セルであった。「証券のいずれの買い手も証券の売り手という相手方を発見しなければ ならない。このようにして各売買取引は相手方とかたく結びつけられているから,まっ たく同額の資本を譲渡する。株式取引所が経済生活の生産力の犠牲において資金を吸収 するという一般の観念は,実際上まちがってい

18

る」。資金拘束を否定するカッセルの根 拠は,非常に簡単である。株式取引では買い手は常に売り手を伴うので,一方での資金 拘束は他方での資金解放となる。これを全体としてみれば,プラス・マイナス零とな り,拘束は生じていない。買い手の投下した資金は売り手の自由処分にまかされ産業に 投資されることになるから,株式取引が産業から資金を奪ったとはいえない。

この点に関するカッセルの見解は正しく,拘束論者の主張した買い手の論理を否定す るものとなっている。ところが,上述のようなカッセルの言い方は,拘束論者に対する

────────────

17 バローやリヒター・アルトシェアファーは,貨幣量を一定として実物(商品)取引のための流通手段と 株式取引のための流通手段とにそれを分割し,株式投機による株式取引の活発化が前者の取引のために 必要な流通手段を奪ったと論じた。T. Balogh, Absorption of Credit by the Stock Exchange , American Economic Review, vol.20, 1930, H. Richter-Altschaeffer, Some Theoretical Aspects of Stock Market Speculation ,Journal of Political Economy,vol.39, 1931

18 G. Cassel,Commercial & Financial Chronicle,1928, May 5, p.10.

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批判としては有効であっても,ここで問題とされている投機と資金拘束の問題について はあまりに抽象化されすぎている。つまり,カッセルは株式投機を問題にしながらもそ こから投機を捨象して,株式取引一般に還元してしまっているからであ

19

る。

投機市場における資金の拘束を考察する場合,その取引において一方の拘束が他方の 解放となることは正しくても,売り手の下で解放された資金の行き先について検討しな ければ,この問題に対する解答は与えられない。というのは,投機市場では売り手の獲 得資金は通常次の買いに回され,即座に実物市場に向けて解放されるわけではないから である。売りと買いが連続的に生じている限り,投機家の手元にある資金は投機市場に 留まっていると考えられる。この点をカッセルは見ていなかった。

3)マハループの主張

マハループは,資本家による資金調達が長期的性格を持つのに対して貸し手にとって は短期であるという問題を回避するために証券発行が行われることを確認して,この過 程が容易に行われるためには「職業的証券投機」の存在が不可欠であるとす

20

る。そこ で,実物資本形成の観点から証券取引を考察し,投機が行われていようといまいと「貨 幣資本が単に交換されるだけでは資本の吸収はなく,新規資本が投資されたと同時に,

先行した投資資金が解放される」ので,「実物資本形成がなければ貨幣資本の吸収はな

21

い」ことを主張した。この点では,マハループはカッセルと同様に非拘束論者であり,

この問題から投機を捨象して株式取引一般の議論に還元してしまっている。しかし,マ ハループはそこの止まらずカッセルの見解が単純だとして,投機過程の実態を検討して いる。

「大きな投機の際には,証券の売り手が別の証券の買付けにその代金を使用し,売り 手が売り上げ代金を証券取引に使わず生産過程に投入してこの一連の取引が止むまで

────────────

19 川合一郎は,非拘束論者のカッセルに対置して,ヒルファディングとケインズを拘束論者として取り上 げ,カッセルが投機を捨象したことによる論争当事者たちの問題意識のズレを指摘した上で,両者の視 角の違いを次のようにまとめている。「拘束論者は株式流通をひきおこさざるをえない事前的な矛盾あ るいは条件を反映しているのにたいして,不拘束論者のほうはこの矛盾が解決されてしまったのちの事 後的なバランスをのべている」(川合一郎『著作集第3巻 株価形成の理論』有斐閣,1981年,161 頁)。そして,このようなカッセルの「売りは常に買いを伴う」という表現は商品取引まで還元でき,

それゆえ貨幣ベール観にとらわれていたということができる。この点をマハループは直接的ではないが 批判している。また,川合は「プラス・マイナスだけでは売りの反対は買いだというセイの販路説の無 内容さと同じであるだけでなく,……金融的流通と産業的流通を混同し区別しない点で販路説よりなお 無意味といえよう」(同『著作集第5巻 信用制度とインフレーション』有斐閣,1981年,229頁)と 述べた。

20 Friz Machlup,The Stock Market, Credit and Capital Formation,1940,永田永寿訳『株式市場,信用および 資本形成』千倉書房,1970年。「職業的証券投機は,どんな時でも需給バランスをとる貯水池といえる ものを形成して,不測の状況下における証券価格の大幅な変動を防ぐものである」(Ibid.,p.23,邦訳20 頁)。

21 Ibid.,p.30,邦訳25頁。

同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月)

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に,長い時間がかか

22

る」。つまり,売り手が売却代金で次々に買いを行っている限り,

「貨幣資本は経済過程の他の場所に転用されず,いつまでも証券投機と結び付

23

く」。ここ に投機の継続に伴う貨幣資本の一時的吸収という問題がある。これに対して,マハルー プは永続的な強気取引の場合に限定しながらも,次の

3

つの条件を付けて肯定する。そ の条件とは,①支払機構に関してブローカーと大衆との間の取引は現金または小切手で 決済されるということ,②信用が潤沢であること,③資金の過剰供給が行われているこ とである。第

3

の条件は,貯蓄増加と銀行信用の膨張によって生じ,同時に第

2

の条件

(利子率の低下)を伴って投機を出現させる。つまり,「株式取引所投機は,銀行信用の 膨張を伴う場合にのみ貨幣資本を拘束しやす

24

い」。これは,いわば「株式取引投機がつ くった池の中に貨幣資本を一時せきとめてい

25

る」という状態を表現したものである。し たがって,マハループは条件付ではあれ,投機的株式取引は一時的に貨幣資本を拘束す ることを認めたことになる。

続いてマハループは,証券取引が単なる貨幣資本の交換にすぎない以上,それは「他 の財貨の生産や生産諸要素の処理には何らの影響も及ぼさな

26

い」ので,移転支払の性格 を持つと論じ,その上でこうした移転支払が連続して起こるような場合にはタイム・ラ グを無視できない。「証券市場では,売買が連続しその結果購買力が他市場で使われず に市場内で何回も保有者を転々と変える可能性が強

27

い」ので,移転支払の反復に伴う時 間の経過を考慮に入れざるをえないのである。この事態は先の一時的吸収と同じであ る。

「株式支払が連鎖状に継続するためには,……実物投資に対する誘因が証券投機の誘 因より少ないことが条件とな

28

る」。そして,投機の進行は長期的株価の上昇の結果とし て生じ,それを決定的にする要因が,弾力的銀行信用したがって利子率の低下に他なら ない。つまり,「銀行制度がインフレ的信用手段によってあるいは大衆の大規模な退蔵 貨幣の放出によって,資金供給を高度に弾力的にした場合に,継続的ブームが起こりう る」。こうして「証券価値上昇運動が維持され,連鎖的な投機売買を生み出す。さらに,

こうして信用膨張で生じた貨幣が,実は株式取引による移転支払が続いている間,拘束

────────────

22 Ibid.,p.43,邦訳36頁。

23 Ibid.,p.44,邦訳37頁。

24 Ibid.,p.56,邦訳46頁。

25 Ibid.,p.54,邦訳45頁。一時的拘束論については,ライシュを参照されたい。Reish, Ruckwirkungen der

Borsenspekulation auf den Kreditmarkt ,Zeitschrift fur Nationalokonomie, vol.I, 1929.なお,リードも同様 の見方を示している。「信用が大量の証券売買の参加者に与えられた場合,信用が産業や農業の利用の ために戻ってくるまでかなりの時間を要するであろう」(H. L. Reed, Federal Reserve Policy 1921−30, p.162)。

26 F. H. Machlup,op.cit.,p.81,邦訳67頁。

27 Ibid.,p.86,邦訳71−72頁。

28 Ibid.,p.89,邦訳74頁。

バブルと資金拘束(原田) 647)97

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されたままで推移することになる」。それゆえ,「銀行信用が生産的方向にすぐには流れ な

29

い」ことになる。このような拘束は,インフレ的信用の吸収と呼ばれ,それを「イン フレの局地化」と定義した。これがインフレの防止手段となるから産業界にとっては望 ましいことであり,統制手段として大いに活用すべきという主張が生じることになっ た。

マハループは,投機を捨象した株式取引一般の次元について論じる場合には,カッセ ルにのっとって資金拘束を否定したが,投機の進行に伴う株式売買の連続化過程を考察 する際には,一時的な資金拘束を肯定していた。そして,拘束資金がインフレ的性格を 持つがゆえにその拘束は正当化された。したがって,投機と信用吸収という問題に関し て従来の評価とは異なって,マハループは拘束論者であるということができる。

4)資金の流出先

次の論点は,ブローカーズ・ローンの増加が売り手の資金引出を表していたので,そ の資金の行方を検討することである。

株式市場からの資金の引出は,基本的には個人と企業という

2

つの要因が考えられ る。個人による自己保有株の売却と資金引出は,消費財の購入のためと株式所有からの 撤退のためが考えられる。企業は,新株発行によって株式市場から資金を引き出す。こ れには,発行された株式を購入するために既存の保有株を売却し引き出された個人の資 金も含まれる。企業の新株発行は,通常,実物資本への投資を目的とし実物資本が形成 される。しかし,投機による株価上昇は,株式市場での資金調達コストを引き下げるの で,当面必要とされない資金をも企業は調達するであろう。また,生産と直接に関係を 持たない投資信託会社や持株会社が,投機過程で他会社の買収を目的としたり,株価操 作による投機的利得を求めて過大な株式発行を行ったことはよく知られている。こうし た実物資本の形成をもたらさない非生産的証券の発行は,1928年には総発行の

56%,

1929

年には

65% にも上ってい

30

た。消費財や生産財の購入に向けられる資金を別にすれ ば,企業による巨額の証券発行が株式市場から引き出された資金の大部分を占め,企業 が現金残高を積み増したことは容易に想像できる。

ブローカーズ・ローンの増加は,株式市場で一方的売り手(資金の取り手)が存在す ることを表していた。「1927年

1

1

日から

1929

10

1

日までの期間に,ニューヨ ーク証券取引所によって報告されたブローカーズ・ローンは,32億

9300

万ドルから

85

4900

万ドルに増えた。このことはどのくらいの資金が株式買付けのために預託され

────────────

29 Ibid.,pp.92−3,邦訳76−77頁。

30 G. H. Eddy, Security Issues and Real Investment in 1929 ,The Review of Economic Statistics, vol.XIX−2, 1937, p.91

同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月)

98(648

(12)

ようとも,その額以上に

52

5600

万ドルが株式の売り手によって引き出されたという ことを意味している。当該期間にニューヨーク証券取引所上場企業は,普通株の新規発 行によって

39

199

万ドル受け取ったと報告している。この結果は,直接的にも間接 的にもブローカーズ・ローンを増大させ

31

た」。つまり,ブローカーズ・ローンの増加量 の大部分は,企業の新株発行の結果であるということができる。

5)ブローカーズ・ローンの源泉とその変化

ブローカーズ・ローンに対する需要を増加させたのは,企業の新株発行による市場外 への資金流出であった。市場外への一方的資金流出が続けば,投機は継続できない。こ れは一体いかなる供給要因によって支えられたのであろうか。

ブローカーズ・ローンの源泉は,銀行とその他貸し手の

2

つに分けることができる。

投機の進行が著しかった

1927

年から

1929

年の期間に,その他貸し手によるブローカー ズ・ローンは急増した。全体に占めるその他貸し手の割合は,ピーク時には

70% を超

えていた。このことから,投機を支えた資金が銀行外のものであり,銀行制度の枠外で 投機が進行したといわれることになる。

その他貸し手とは,企業,個人,投資信託,外国とから構成される。ニューヨーク所 在

6

大加盟銀行による

1929

9

17

日付の報告によれば,その構成比は,企業

56%,

個人

20%,投資信託 14%,外国 10% であっ

32

た。投資信託もここでの議論のために企業 に含めると,企業部門からの資金供給は実に

70% にもなる。

このようなブローカーズ・ローンの供給源泉の変化すなわち企業部門がその大部分を 占めるようになったということは,一体いかなることを意味するであろうか。ブローカ ーズ・ローンの需要も供給も企業がその中心であったということは,企業が新株の発行 によって引き出した資金がそのままブローカーへの貸付に回されたということを意味す

33

る。コール・ローン金利の高騰がその原因であった。このことは,新株発行による資金 の引き出しに対応するブローカーの借入れ需要増加に一部起因するが,大きくは連邦準 備局による投機の抑制を狙った金融引締め政策によっていた。1928年から投機の抑制 を意図して,連邦準備局は公定歩合の引き上げと売りオペを実施した。この結果,コー

────────────

31 W. J. Eiteman, Brokers’ Loans and the Absorption of Credit , Twentieth Century Fund,The Security Markets, 1935, p.338, またEiteman, The Relation of Call Money Rates to Stock Market Speculation , Quarterly Journal of Economics,1933, p.460も参照。

32 B. H. Beckhart,op.cit., p.168, W.H. Steiner, Security Markets and Banking and Credit , Twentieth Century Fund,The Security Markets,1935, p.111

33 W. J. Eiteman, Brokers’ Loans and the Absorption of Credit , Twentieth Century Fund,The Security Markets,

1935, p.340 スタイナー(Steiner)は,「投資信託がブローカーズ・ローン市場で二重の役割を演じた」

ことを指摘している。つまり,「金利と株価が高いときには,一方で巨額の現金残高をコールで貸し付 け,………他方で巨額の証券を発行した。………それゆえ,投資信託はコール市場での貸付と同時にコ ール・ローン需要を増加させた」(W. H. Steiner,op.cit.,pp.111−2)。

バブルと資金拘束(原田) 649)99

(13)

ル・ローン金利は上昇の一途をたどり,8〜9% にも達した。こうした高金利に引き寄 せられて,その他貸し手とりわけ企業の資金がブローカーズ・ローンへと流入し,銀行 と代替することになっ

34

た。このとき,流入した資金が企業の新株発行をはじめとする市 場からの資金引出をファイナンスすることになった。すなわち,ブローカーズ・ローン の増加であった。

以上の検討によって,投機的株式市場におけるブローカーズ・ローンを媒介環とする 資金の交流関係は,企業を中心として流出入が一体化された円環状の結合関係であった ということができる。こうした関係が継続する限り,投機市場の外部に資金がリークす ることはない。株式市場に流入する資金は実物市場では使用されず,金融市場で流通し 続ける。この関係が維持されている限り,金融市場での資金の拘束を主張できる。

Ⅳ 結 び

投機的株式市場におけるブローカーズ・ローンの増加をめぐって生じた資金拘束論争 は,ブローカーズ・ローンの構造を詳細に分析させることになった。ブローカーズ・ロ ーンの増加が株式の売り手による現金引出要求=市場外への資金流出に起因するという 構造は,ブローカーズ・ローンそのものが投機市場に拘束された資金ではないというこ とを意味した。ところが,1927−1929年の投機市場で起こったコール・ローン金利の急 上昇は,企業を中心とする銀行外の大量の遊休現金残高を投機市場に引き付け,ブロー カーズ・ローンの最大の供給源泉とした。

ブローカーズ・ローンの需要要因として最大のものが企業の新株発行による市場外へ の資金流出であり,その供給が企業を中心とするその他貸し手によって行われていたと いう構造は,資金流出が同時に資金流入となっている円環状の関係の存在を示すもので ある。この関係が継続する限り,株式市場で流通する資金は,結果的に市場外に流出す ることはなく,投機を支える軸心として機能したといえる。こうした構造を前提にする 限り,ブローカーズ・ローンが投機市場に拘束された資金を示すといってよい。

拘束論者は,ブローカーズ・ローンの供給面の分析を中心に行い,需要面の分析は証 拠金取引との関係に言及するだけで,構造分析としては不十分であった。彼らは経験的 印象から資金拘束を暗黙の前提としていたので,需要面からブローカーズ・ローンの増 加メカニズムを詳しく分析する必要性を感じなかったのであった。非拘束論者は,カッ セルを除いて,ブローカーズ・ローンの構造を解明したにも関わらず,最終的にはカッ セルと同様に売り手の引き出した資金は売り手の自由処分に任されるという意味で非拘 束を主張した。アイツマンは,ブローカーズ・ローンを中核にした投機市場の構造をほ

────────────

34 W. H. Steiner,op.cit.,pp.126−7

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100(650

(14)

ぼ全面的に解明しながらも,それが偶然的な産物であったと主張するにとどまった。ま た,マハループはそうした構造に基づく資金の一時的拘束を認めながらも,それがブロ ーカーズ・ローン全体の一部にすぎないとして程度の問題に解消してしまい,非拘束論 に陥ったのであった。

投機的株式市場における資金の流出入機構がコール・ローン金利を媒介にして円環的 に結合されている場合には,資金拘束を主張できる。しかし,だからといってこれが産 業界の必要とする資金を奪ったとはいえない。というのは,投機が抑制されたときに,

それだけの資金が生産的に投資されるとは論定できないからである。拘束を認めない非 拘束論者には,株式投機によって創出された膨大な信用が実物市場に流出することによ って起こるインフレの可能性を問題視した。しかし,ここで検討された拘束論者も非拘 束論者も,最終的な結論が投機信用の抑制という点で共通していた。投機の抑制という 点では,1934年証券取引所法第

2

条「規制の必要性」(4)に「産業における混乱を引 き起こ…すような…非常事態は,証券の価格の操縦およびその急激かつ不正な変動によ り,ならびにこの種の取引所および市場における過当投機によって,惹起さ

35

れ」ると明 記されたのである。1933年銀行法(グラス・スティーガル法)とともに,規制による 金融システムの安定化が図られたのである。ここには明確に金融システムの編制原理が 示されていた。

再度まとめよう。資金拘束論争の検討から得られたインプリケーションは,①バブル の進行は投機的市場に資金を吸収し,そこでの資金が円環的に市場に還流し繰り返し利 用され続ける,つまり市場外への現金リークが極小化されることでバブルは継続するこ と,②その意味で資金は投機的市場に拘束されること,③バブルの崩壊はバブルが銀行 制度の枠外で進行するまでに暴走したときに起こったということであった。

最後に,これに関連して

2008

年リーマン・ショックを発端とする世界金融危機につ いて若干の論点を示し,結びとしたい。

1970

年代後半からの実物部門における低成長と金融の規制緩和・自由化の進行の下 で金融市場の拡大・膨張は,金融部面での利得の獲得機会の拡大をもたらし,実物部門 に比しての金融部面の相対的肥大化を顕著にしてきた。規制緩和の行き着いた先が

1999

年の

GLB

法であり,1930年代に形成された金融規制を中核とするグラス・スティーガ ル体制の崩壊であった。自由な金融世界でリスクをとれば利得を獲得できるチャンスが 大きく広がることになった。投機の大幅な許容である。折しも

20

世紀末から

21

世紀初 頭にかけてグレートモデレーション(great moderation)の時代が到来し,価格差の小さ い状況はレバレッジをかけて利得を獲得することを必然化した。グルーバル化の進行す る世界で,日本を出発点とする円キャリートレードは投機資金を潤沢に供給した。こう

────────────

35 日本証券経済研究所『外国証券関係法令集 アメリカⅠ』日本証券経済研究所,1977年,33

バブルと資金拘束(原田) 651)101

(15)

した中でアメリカの住宅バブルが発生し,証券化を通じて世界に「怪しげな」証券化商 品が供給された。規制を回避するためにシャドウバンキングが叢生し,活発に活動し た。住宅バブルの崩壊はリーマンショックとなってあらわれ,証券化商品の世界的拡散 が世界金融危機を引き起こすこととなっ

36

た。金融危機のあと,投機の抑制が課題とされ 金融の再規制が叫ばれ,それは

2010

年ドッド・フランク法の制定となった。

リーマンショックを理解するキーワードは証券化とシャドウバンキングである。シャ ドウバンキングの破綻が市場の危機を引き起こし,伝統的な銀行発のシステミックリス クの顕在化による金融危機ではない,市場発のシステミックリスクが顕現したのであっ た。その意味で,シャドウバンキングの構造を分析することが現代の金融システムを捉 えるために不可欠であ

37

る。

シャドウバンキングの構造分析を必要とする理由は,本稿との関連で言えば,シャド ウバンキングがバブルに不可欠の環であ

38

り,金融システム外への現金リークを抑えるシ ステムであったと考えられるからである。金融システムとはそもそも貨幣節約体系とし て定義されてきた。金融システム外への現金リークを最小限にするために,銀行を中核 とする金融システムは支店網や金融市場を整備し支払決済システムを完備してきた。こ のことが,実物部門であろうと金融取引であろうと,そこでの銀行の信用創造を可能に してきた。シャドウバンキングもその意味で市場を拡大しシステム内へ資金を取り込 み,市場外への現金リークを防ぐ役割を果たしたと考えられ

39

る。それは何よりも商業銀 行の側から積極的にシャドウバンキングを創出し不可分の関係をそこに構築してきたか らであっ

40

た。シャドウバンキングの崩壊は「市場型取り付け」としてあらわれ,中央銀

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36 金融イノベーションと金融危機についての図式的な説明は,大村敬一「金融イノベーションと金融危 機」(大村敬一・高野真『金融ビジネスの病態と素因』金融財政事情研究会,2013年)を参照された い。大いに学ぶ点があった。

37 シャドウバンキングについては,高田太久吉「金融恐慌とシャドーバンキング」(『商学論纂(中央大 学)』第55巻第5・6号,20143月)が有益である。ほかに,李立栄「シャドーバンキングの実態と 金融システムの不安定性」前掲大村・高野編著所収,祝迫得夫「アメリカ発金融危機とヘッジファン ド,影の金融システム」『ファイナンシャル・レビュー』第95号,20097月,三谷明彦「シャドー バンキング規制の国際的動向」『みずほレポート(みずほ総合研究所)』2013815日,北原徹「シ ャドーバンキングと満期変換」『立教経済学研究』第65巻第3号,2012年を参照されたい。

38 シャドウバンキングとしてレポ市場がバブルと金融危機(市場流動性の消失)に果たしたことに注目し たものとして,Gary Gorton & Andrew Metrick, Securitized Banking and the Run on Repo(NBER Working PaperNo.15223, August 2009)がある。

39 前掲,大村によれば,「金融システムの体系内での金融取引の反復の連鎖によって,金融市場は簡単に ふくれあがる。なぜ反復するのが合理的なのか。それは金融市場にいったん入ったキャッシュが金融体 系からリークしないようにするのが最適化につながるからである(p.20)」。したがって,「金融システ ムの効率化がファイナンス資源としての貨幣の効率的回転を図るものだとすれば,貨幣を金融システム の体系からリークしないようにするのが効率的である。……規制が緩い金融機関との間でレバレッジを 使って金融取引のキャッチボールをし合うようになる(p.20−1)」。

40 1980年代から規制を回避するために銀行以外の様々な金融機関(ノンバンクバンクス)が群生し金融 利得の獲得を求めて自由に行動している状況に注目し,それらをパラレルバンキングと定義して銀行と 同様に規制の網をかぶせる必要があると論じられてきた。このパラレルバンキングは,銀行離れによっ て銀行業衰退論が登場し,それとの対比で成長著しいノンバンクに注目して論じられたが,「近年の!

同志社商学 第66巻 第5号(2015年3月)

102(652

(16)

行が「最後の買い手」として登場することを要請し,危機の沈静化が図られた。

こうしたことから,商業銀行とシャドウバンキングとの一体的結びつきは金融システ ムにおける銀行業とそれ以外の金融機関とを区別する根拠を曖昧にし,その問い直しが 求められることになった。とはいえ,リーマンショック後の金融危機の時には中央銀行 からの直接的救済の道が用意されている商業銀行の特殊性が発揮された。したがって,

銀行業とシャドウバンキングとの一体化した全体としての金融システムの編制原理を明 確にするために,シャドウバンキングの構造分析が不可欠なのである。次稿の課題とし たい。

────────────

! シャドウバンキングの拡大を促した最大の動員は,……新しい業務を展開しようとする大手銀行組織の ビジネス戦略に他ならなかった」(前掲,高田361頁)と指摘されるように,シャドウバンキングの拡 大に大手銀行側の積極的展開があったことに注目する必要がある。

バブルと資金拘束(原田) 653)103

参照

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