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株式会社法制における種類株式制度と 会社支配権の帰属のあり方

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早稲田大学審査学位論文(博士)

株式会社法制における種類株式制度と 会社支配権の帰属のあり方

―EU における「黄金株」問題を契機として―

早稲田大学大学院法学研究科

李 艶 紅

(2)

株式会社法制における種類株式制度と会社支配権の帰属のあり方

―EU における「黄金株」問題を契機として―

・目次・

序章:種類株式制度と会社支配

第一章 「黄金株(a Golden Share)」の創出とその展開

―1980年代イギリスでの誕生と1990年代EUでの利用拡大を中心に―

はじめに

第一節 イギリスにおける「黄金株」の登場 1 国有化政策と民営化政策 2 「黄金株」の登場

第二節 イギリスにおける「黄金株」の利用 1 「黄金株」の権利内容

2 イギリスにおける「黄金株」利用の実態 3 小括

第三節 EU諸国における「黄金株」

1 EU諸国における「黄金株」の導入 2 EU諸国における「黄金株」の利用 おわりに

第二章 EU における資本移動の自由原則の確立とその適用 はじめに

第一節 EU における市場統合の歴史 1 欧州統合の思想と統合運動 2 EU における市場統合 3 小括

第二節 資本移動の自由原則と確立 1 資本移動の自由に関する規定 2 資本移動の自由に関する指令 第三節 資本移動の自由原則の適用

1 資本移動の自由の「直接的効力」

2 「資本」の概念

3 「あらゆる制限」とは何か 4 資本移動の自由原則の例外 おわりに

(3)

第三章 EUにおける「黄金株(golden shares)」を通じた支配権保持のあり方

―EU裁判所の判例分析を中心に―

はじめに

第一節 「黄金株」と資本移動の自由原則 1 「黄金株」とは

2 資本移動の自由原則とは

3 「黄金株」と資本移動の自由原則との関係 第二節 「黄金株」にかかわる事例の諸類型

1 株式の取得または議決権行使に対する上限設定 2 会社の経営判断事項に対する事前承認権または拒否権 3 政府による役員等の選任権

第三節 「黄金株」に関する判例の分析および検討 1 「黄金株」に関する判例の分析

2 学説による批判 第四節 近時の判例の動向

1 ポルトガル電力会社EDPの黄金株がTFEU条約違反とされた事例 2 判決に対する若干の考察

おわりに

第四章 日本の会社法における種類株式制度と会社支配

―拒否権付種類株式・単元株制度・種類株主総会制度―

はじめに

第一節 拒否権付種類株式 1 制度の概要

2 制度の沿革

3 「拒否権付種類株式」に関する問題の所在 第二節 単元株と種類株式制度~複数議決権問題~

1 単元株制度の概要 2 複数議決権問題 第三節 種類株主総会制度

1 種類株主総会制度の変遷

2 種類株主総会制度および拒否権付種類株式制度をめぐる議論 おわりに

終章:今後の課題と展望 参考文献

(4)

序章:種類株式制度と会社支配

一 種類株式と会社支配

本論文は、株式会社の支配権の帰属のあり方に関して、支配権の帰属を確定させるため のツールとして種類株式制度が利用され、それも一株一議決権の原則という、株式会社法 制におけるある意味での基本原則についてまで修正を施す形で同制度が利用され得る状況 となっている現在において、株式会社法制に如何なる影響が生じ得るのか、そして、それ に対する株式会社の支配のあり方について、種類株式制度を中心とした制度のあり方につ いて検討を行ったものである。

1 種類株式制度の変遷

平成 13 年商法改正前まで、株式の種類を構成する要素としては、利益の配当または残 余財産の分配についての優先あるいは务後および利益による償還の有無という要素しか認 められていなかった。それに加え、株式の転換性と議決権の有無に関しては、これらは株 式の種類というよりは、株式の1つの属性として整理されていた。したがって、平成 13 年商法改正以前の種類株式とは、基本的に、優先株式、普通株式と务後株式の三種類のこ とをいい、これらに転換権、無議決権といった属性が付随され得るという形で種類株式の 実際上のバリエーションを形成していた1

その後、平成 13 年商法改正により、利益の配当や残余財産分配の内容自体を種類株式 の構成要素として設定できるようになった(改正前商法222条1項1号、2号)。また、

議決権が及ぶ事項を定款で規定することを可能にし、それ自体を独自の種類株式を構成す るよう「議決権制限株式」を認めた(改正前商法222条1項5号)。さらに、平成14年商 法改正では、株式譲渡制限会社に対して、種類株式の構成要素として、取締役または監査 役の選任権を認めた(改正前商法222条1項6号、7号)。このようにして、平成13年商 法改正と 14 年商法改正は、種類株式の構成要素として、コーポレート・ガバナンスに関 する要素を正面から取り入れ、それまでの種類株式の基本概念自体を改めたものとしてと 評価された2

このような種類株式の多様化は、さらに平成17年新会社法にも続けられた。すなわち、

種類の構成要素として、譲渡制限(会社法108条2項4号)、そして、一定の株主総会ま たは取締役会決議事項に関して当該種類株主の種類株主総会決議を要することができると する、事実上の拒否権(任意種類株主総会による拒否権、会108条2項8号)が1つ種類 の構成要素として認められたのである。

このような種類株式制度の変遷の背景には、ベンチャー企業などにおける多様なエクイ ティによる資金調達手段としての種類株式の活用が想定されていた。しかし、種類株式の 多様化は、株主間契約などといった実務上の諸問題への解決を図り、資金調達の利便性を 促進する一方で、種類株主間の利害調整などといった複雑な問題を孕む可能性があり、ま た、現状では尐数株主保護などの課題も残されていると言われている。

(5)

2 会社支配ツールとしての種類株式

上記のような種類株式制度の一連の法改正を通じ、さまざまな種類株式が法定化されて きたなかで、とくに注目するのは、株式会社における支配のあり方に関わるような種類株 式の選択肢が増えてきたことである。すなわち、議決権制限株式や取締役等の選任に関す る種類株式によりコーポレート・ガバナンスの中枢に関わる事項についても種類株式の構 成要素として認められ、かつ、株主が行使することが可能な議決権の内容についても、種 類を構成する要素として、その自由化が図られてきた。そして、一定の株主総会または取 締役会決議事項について当該種類株主に拒否権が認められる拒否権付種類株式までもが認 められてきたのである。

しかしながら、実際上、これらの種類株式が、どのような会社において、どの程度利用 され、普及がどれほど進んでいるのかということについては必ずしも明らかではない。そ のうえで、上場会社についてはいえば、たとえば、東京証券取引所の上場規程は拒否権付 種類株式の発行を一部の例外を除いて上場廃止事項として定めている。

二 本論文における問題意識と研究の対象・素材

種類株式の多様化の本来の目的は、会社による資金調達の際における種類株式の柔軟な 利用が期待され、会社支配をめぐる場面においてもさまざまな選択肢が提供されうるとい うメリットの享受であった。しかしながら、会社支配のツールとして利用されうるような 種類株式は、とりわけその濫用が危惧され、利用する際の一般株主への影響が強力である がために、一定程度の歯止めが望ましいことなどが一般的に議論されている。

直接的にしろ、間接的にしろ、会社の支配権を配分することを企図した種類株式の利用 は、その種類株式の具体的な権利内容に関しては定款自治に委ねられる。したがって、そ れらの種類株式に対する画一的な規律は、逆に種類株式利用の機動性が損なわれる。いか なる権利内容の設定が合理的かつ適法な会社支配権の配分に資するのか、という非常に重 要と思われる検討事項は、現在までの日本では現在の実務における事例も尐なく、理論的 研究においてもまだまだ積み重ねが尐ないように思われる。

こうした事情から、本論文は、上記のような問題意識に基づいて、とりわけ「拒否権付 種類株式」に焦点を当て、EU における類似制度とその利用状況、すなわち、イギリスに おいて創設され、近年、EU諸国に利用の拡大がみられるとともに、近年ではEU法とい う枠組みのなかで、そのあり方が大きく議論されてきている「黄金株」を研究対象ないし 素材として取り上げ、分析・検討を試みている。

1 山下友信「種類株式間の利害調整―序説」新堂幸司=山下友信編『会社法と商事法務』

(商事法務、2008年)59頁以下、61頁。

2 たとえば、山下・前掲注(1)62頁など。

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第一章 「黄金株(a Golden Share)」の創出とその展開

―1980年代イギリスでの誕生と1990年代EUでの利用拡大を中心に―

はじめに

「黄金株(a golden share)」は、1980年代にイギリスにおける国有企業の民営化政策を 実施するなかで創出されたとされている1。当時のイギリス政府は、元国有企業における政 府保有株式を市場に放出する際に、または新たに株式を市場で発行する際に、そのほとん どの会社において1株の「特種株式」(a special share)を、政府に対して発行させ、それ にさまざまな「特別な権利」を付与して、政府またはその代理人にそれらの特別な権利を 行使させた2。このような「特種株式」が、後に「黄金株」と称されるようになった3。「黄 金株」は、その後欧州連合(the European Union、以下EUという。)の他の構成国でも、

国有企業の民営化の場面において利用されるようになった4。イギリス以外のEU域内諸国 は、主として、フランス、イタリア、ベルギー、ポルトガル、スペイン等であった5

他方で、EU においては、域内市場を構築するために、EC条約6によって、物、人、サ ービスおよび資本の自由移動が、「四つの基本的自由」として保障され、これらの自由に対 する障壁の撤廃が求められてきた7。そうしたなかで、各国が利用してきた「黄金株」は「資 本移動の自由」に反する可能性があるとして、EU委員会(the European Commission)

によってEU裁判所(Court of Justice of European Union)に提訴されるに至った8。 EU における「資本移動の自由」に関しては、「EU 運営条約」63条1項(元 EC 条約 56 条1項)9において、「本章(第四章 資本と支払い)に定める規定の範囲内において、構成国 間、そして構成国と第三国間における資本移動に関するあらゆる制限は禁止される」と定められ ている。このような「資本移動の自由」の原則の下において、「黄金株」は資本移動の自由の1つ の帰結とも考えられる他国企業による買収の発生を阻害する「防禦策」として機能するおそれがあ った。問題とされたのも当然といえよう。

このような背景の下、2000年に、EU裁判所において「黄金株」に関する初めての判決 が下された。その事件は、イタリアの民営化会社においてイタリア政府に付与されていた

「 特 別 な 権 利 」 が EU 域 内 に お け る 資 本 移 動 の 自 由 と 開 業 の 権 利(Right of

Establishment)10に違反すること(EU構成国の条約順守義務に違反)を理由に、EU委員

会がイタリア政府に対して提訴したものであった。そして、EU 裁判所は、EU 委員会の 主張を是認した11。さらに、同判決に続いて一連の「黄金株」に関する判決の結果、EU域 内では「黄金株」に対する注目度が著しく高まった12。なぜなら、訴えられていたほとん どのEU構成国政府が「公益の保護」を理由として、自国の「黄金株」規定の正当化を主 張していたにもかかわらず13、EU裁判所は、それら事例のほとんどにおいて、EU委員会 側の主張を認め、「黄金株」が資本移動の自由と開業の権利に抵触すると判示したからであ る14。こうした状況からすれば、「黄金株」はもはや今日的意義をもちえず、「過去の遺物」

と化してしまったように感じられるかもしれない。しかしながら、EU においては、依然 として「黄金株」事例が潜在的に存在する15。「黄金株」事例を整理することは、民営化企 業における国家支配のあり方を考える上で重要な教材となるといえよう。特にEU裁判所 がほとんどの国の「黄金株」事例を対象とした判決を下し、その判例が集積した現在、そ のなかで合法的な「黄金株」とされた例もあり、そのことから何かが得られるのか否かと

(7)

いうことは大変興味深いところである。

前述したように、「黄金株」は、イギリスで生まれ、EU諸国で変容し、さらにEU裁判 所において否定的にみられてきた。その「黄金株」の意義と問題点を正しく理解するには、

「黄金株」の誕生と変容の歴史を辿ることが不可欠である。そこで、本章においては、第 一に、「黄金株」の発祥地であるイギリスにおいて「黄金株」が生まれた背景を明らかにし、

第二に、「黄金株」が考案された当時のイギリスで「黄金株」がどのように利用されたか、

またどのような特権が付与されていたのかを概観し、第三に、イギリスの「黄金株」を模 倣したEUの他の国々でそのような「特別権利」がどのように変容していったのか、順次、

考察していくこととする。

第一節 イギリスにおける「黄金株」の登場

冒頭で述べたように、「黄金株」は、イギリスにおける民営化政策のなかで考案されたも のである。したがって、「黄金株」登場の歴史を知るためには、イギリスにおいて民営化政 策が実施された歴史を辿らなければならない。

イギリスにおける民営化政策は、第二次世界大戦後のイギリスにおいて繰り広げられた 当時の労働党政権を主流とした国有化政策に取って代わる政策だと言われている16。その ことからすれば、それ以前の国有化政策のことも整理しておかなければならない。そこで、

以下では、まず、国有化と民営化の歴史を辿り、後者の民営化政策の中で「黄金株」が登 場してきた歴史的背景について、その第一号例とされるAmersham International社(以下、

「AI社」という。)を例に17、「黄金株」が創設された当初の実態をみていくこととする。

1 国有化政策と民営化政策

前述したように、第二次世界大戦直後のイギリスにおいては、企業の国有化政策が進め られた。それは、主として、労働党政権の指揮下で行われたが、保守党も基本的に国有化 それ自体を否定はしてこなかった。具体的には、1946年のイングランド銀行の国有化をは じめ、炭鉱、民間空港、通信、運輸、電力、ガスと鉄鋼といった多方面にわたる業種にお いて企業の国有化が実施され、その目的は当該企業に対する政府のコントロールを意図し たものであった18。しかしながら、国有化は必ずしも成功したものではなかった。それは、

市場の規律を顧みない弊害が露呈したからである。当時のイギリスの国家経済については、

「困境を彷徨う」と表現されることもあった。そのような状況の下で、政権を奪取したサ ッチャーの率いる保守党は民営化政策を打ち出した。これは、それまでの国有化政策とは 全く逆の方向へと進み出す政策であった。そして、ここに、「黄金株」誕生の背景事情が存 在すると考えられるのである。以下では、サッチャー政権の民営化政策を境にして、2 段 階に分けて当時の歴史を概観する。

(1) 戦後からサッチャー政権以前までの企業国有化政策

第二次世界大戦後のイギリスにおいては、国家経済の再建に向かって、国有化政策を中 心に、福祉国家の確立を目標に掲げた労働党が政権の座にあった19。世界大戦で国内経済 が疲弊し、福祉国家への転換を図ろうとする気運が国全体に高まっていたことがその背後

(8)

にあったと考えられる。そのときから、1979年のサッチャー保守党政権発足までの間、イ ギリスでは労働党と保守党が頻繁に政権交代を繰り返したが、労働党が政権を担当した時 期には重要産業の国有化が断行された。その後の経過を見ると、保守党が政権を担当した 時期でも、鉄鋼業を除いてはほとんどの産業の国有化が維持されていた20。要するに、サ ッチャー政権前までは、国有化する産業分野の違いはあっても、重要産業を国有化してお くということについては両党間で違いがなかったと考えられる21。その理由は、おそらく、

国有化された産業分野は営利追求を目的とするよりも、公共サービスの提供者としての役 割を担っているものと理解され、そうした産業分野を担う各企業は、「公共の利益の保護」

を至上命題とし、「営利性」よりも「公共性」を重んずるべきであると考えられたからであ ろう22

しかしながら、イギリスにおいては、このような国有化政策は結果として一時的な救済 策に過ぎなかった。なぜなら、企業国有化政策の弊害がさまざまなセクターで発生し、ひ いては国有企業の崩壊の危機をもたらしたからである。「市場の規律」よりもむしろイギリ ス政府の介入に重点を置いた国有化政策は、企業規模をいたずらに拡大し23、他方で、政 府の補助金に依存した国有企業の放漫経営といった弊害を顕在化させたのである24。そう した事態は、「市場の失敗」でなく「政府の失敗」の典型例であると評することができよう。

このような弊害の発生により、イギリスの国有企業の経営の効率性やパフォーマンスは著 しく損なわれ、そうした経営の不健全さは、長期的には企業力の弱体化を招来したとされ る25

(2) サッチャー政権による民営化政策

重要産業の国有化、あるいは企業への政府介入により多数の弊害が露呈されたなかで、

1979年、サッチャー保守党政権が発足した。サッチャー政権は、「小さな政府の実現」、「企 業家精神の育成」、「市場原理の導入」、「大衆資本主義」などをスローガンとして掲げ、さ まざまな新政策を実施した26。そのうち最も代表的な政策の一つが国有企業の民営化であ る27。民営化政策のなかには「新保守主義」と呼ばれる保守党の政策理念が貫徹している とされ28、その基本的な考え方は、社会経済問題の解決における公共部門の役割を評価せ ず、むしろ公共部門よりも市場を通して発揮される民間部門の潜在的なエネルギーを用い るべきであるとすることにあった29。このような考え方が「小さな政府」という主張と結 びつき、国有企業の民営化を実行する出発点となった。

民営化政策の目的については、企業のパフォーマンスの改善、競争の促進、政府の補助 より市場での資金調達、企業の商業的判断への政府介入の抑制などがあげられた30。サッ チャー政権初期の国有企業資産の売却による収益は年間5億ポンドを下回る規模であった とされるが、1987年ごろには、その十倍である50億ポンド、1992年ごろには80億ポン ドに達したとされる31。そして、民営化政策は、長年の懸案であったインフレを鎮静化さ せ、一定程度の経済成長率を維持させることを可能としたため、今もこれを肯定的に評価 する見解は尐なくない32。しかしながら、民営化政策の下で民間セクターに売却された国 有企業のなかには、公共サービスにかかわる分野の企業も尐なからず含まれており、それ らの企業に関しては、破産の脅威、社会的に望ましいサービスが廃止される脅威、イギリ スの供給者との取引の停止、国有企業以外の他の経済分野をも脅かす労使紛争などさまざ

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まな危険性が潜んでいるとの認識が当時から存在していた。そのため、政府当局がこれら 戦略的重要性をもつ民営化企業に対して、その「公共性」を維持するために、一定程度の 政府介入を留保しようと工夫を試みたのも、ある意味で当然であった。その工夫の一つが

「黄金株」の発行であった33

2 「黄金株」の登場

イギリスにおいて、「黄金株」は、株式の市場放出(flotations)を通じて民営化が行わ れた会社において広範に利用された34。上述したように、一定の重要な産業分野にかかわ る会社に関しては、それを完全に市場競争に委ねることによる弊害が危惧されていたため、

政府がそうした会社への「支配権」を完全に手放すべきではないと考えたからである。

支配権維持のための方法として、まず、一部の重要産業にかかわる民営化会社において、

政府が一定程度の株式持分を維持することが考えられた。しかしながら、この方法に対し ては、「完全民営化」の目的に反すると批判された。そこで登場したのが「黄金株」である。

これは、完全民営化を標榜しつつ、政府の支配権を留保するために大量の株式を保有しな ければならないというジレンマを解決した方法であった。すなわち、「黄金株」は、その形 式上、イギリス会社法上の「種類株式」として発行され(合法性の維持)、その特権ゆえに 一定割合以上の株式保有を「必要としない」ものであった。それでは、「黄金株」が具体的 にどのような経緯で導入されたのであろうか。以下では、初めて「黄金株」を導入した会 社AI社(Amersham International社)の民営化を例に挙げて詳しくみていくこととする。

(1) AI社における「黄金株」の登場

イギリスで「黄金株」が最初に利用された例は、AI社が1982年2月に同社株式を市場 に放出したときであるとされる35。AI社は放射性物質を製造していた会社であり、当時の イギリスでは唯一の放射性物質製造会社であった。また、同社の主な消費者が欧州と米国 の病院と製薬会社であり、AI社株式の市場放出に際しては、イギリス国内に、米国勢力が このハイテクノロジー分野に支配力を及ぼすのではないかとの懸念が存在した。また、そ れによってAI社製品が値上がりするのではないかとも危惧される。そこで、当初のAI社 における民営化計画では、政府が同社の株式資本の25%を保有する案が検討されたようで ある。しかし、かりに同社株式資本の100%を売却すれば、およそ 1000 万ポンドの利益 になるとの試算があったため36、折衷的な案として考え出されたのが「黄金株」であった。

すなわち、AI社への政府の影響力を維持しつつ、同時に経済的利益として1000万ポン ドの増益を獲得できるという一石二鳥のデバイスとして、1 株の「ワン・ポンド特別権利 優先株式(£1 special rights preference share)」37(以下、「本件『黄金株』」という)が 創出されたのである。AI社は、本件「黄金株」1株を新たに政府に対して発行し、同社の それ以外の全株式が市場に放出されることに計画が変更された。このようにして、初めて の「黄金株」が発行された。

(2) AI社「黄金株」の特徴

AI社における「黄金株」については、株主に付与される特権に関して、以下のように定 款に定められた。すなわち、①AI 社における同社株式の保有は 15%未満をその上限とす

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る、②同社の資産の25%以上を占めるまたは25%以上の利益を生み出すことのできる資産 を「主要資産」とみなし、そのような主要資産の処分、そして会社の自発的な清算は「黄 金株」株主の書面による同意を要する、③上記①と②の条項はすべて付属定款に記載され、

かつ、それらの条項に関わる付属定款の変更は、同社において「黄金株」が存在するかぎ り、「黄金株」株主の同意をもってのみこれを行うことができる、また、④AI社「黄金株」

の償還期限は、1988年3月31日とする、ただし、政府の判断によって償還期限を延長可 能とする38、と定められていた39。このようにして、AI 社の「黄金株」において、政府は 同社株式の25%を保有するかわりに、「黄金株」1株だけを取得した。現実にAI社の株式

の25%を保有する場合と「黄金株」を利用する場合とでは、どのような相違があるのであ

ろうか。以下、2つの場合に分けて検討する。

(ⅰ)25%株式保有の意味するところ

まず、「黄金株」を利用しないで、25%の株式を保有した場合、その意味するところにつ いて検討してみる。この 25%の意味は、会社法上の特別決議を阻止するところにあった。

すなわち、イギリス会社法上40、特別決議に関しては、株主またはその代理人によって株 主総会において行使しうる議決権総数の75%以上の多数の賛成が要件であった41。したが って、政府が25%の株式持分を確保している限り、特別決議が成立することはない。定款 変更にも特別決議が要求されているので、基本定款または付属定款の変更を阻止すること も で き る と い う こ と で あ っ た 。 伝 統 的 な イ ギ リ ス 会 社 法 に お い て は 、 基 本 定 款

(memorandum of association)と付属定款(articles of association)の別があり、基本 定款は日本会社法の定款の絶対的記載事項を記載したもの、付属定款は相対的記載事項と 任意的記載事項を記載したものと説明されてきた42。そして、基本定款の変更については、

会社法が定めた範囲内においてのみ、特別決議を経てこれを変更することができると定め てあった43。付属定款に関しても、会社法の規定または基本定款の定めにしたがって特別 決議を経ることによって変更が可能であると定めてあった44。要するに、基本定款も付属 定款も特別決議を経ることで変更することができる法制度となっていたことから、「黄金株」

が利用されない状況の下では、25%保有が絶対的な条件となっていたのである。しかし、

それでは「完全民営化」とは言い難いし、また 100%売却による利益は得られない欠点が あった。批判はもっともであったといえよう。

(ⅱ)「黄金株」を利用する場合

次いで、「黄金株」を発行する場合について考えてみる。上述したとおり、AI 社の「黄 金株」の権利内容のなかには、付属定款における一定の条項の変更に際して「黄金株」の 株主による同意を必要とする定めが記されていた。このような付属定款の規定により、政

府は25%の株式割合を留保する場合と同様に付属定款の変更を阻止することができた。ま

た、これに加えて、「黄金株」の発行と引き換えに政府保有の残りの 25%の株式を売却し たときに得られる増益も「黄金株」を発行したことによるメリットであったことはいうま でもない。AI社の「黄金株」は、市場に放出された株式を通じた資金調達の利便性を享受 しつつも、政府が憂慮する定款変更等の脅威を排除しうる意味においては絶好のデバイス であったのである。

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こうしたスキームは、イギリス会社法上において広範に認められた「定款の自治」の一 形態であったと捉えることもできるであろう。しかし、AI社の「黄金株」の権利内容に包 含された株式の取得に対する上限設定や上限の変更等が、「黄金株」の存在によって事実上 変更不能とされていたことに対しては、その効果の強力さゆえに「定款自治」の行き過ぎ との批判もありうるであろう。この点に関する検討は次節で詳しく行うこととする。

以上のように、AI社の「黄金株」の例を見てきたが、イギリスではこの後、国有株式の 市場放出という方法で民営化したほとんどの会社において「黄金株」が利用されるところ となった。AI 社の例を成功例として参考したかどうかは定かではないが、「黄金株」の株 主である政府が「黄金株」を通じて有した権利は、AI社におけるそれよりさらに広範かつ 強力なものへと発展した。

第二節 イギリスにおける「黄金株」の利用

イギリスにおける「黄金株」がいったいどのようなものだったのかを解明するには、そ の具体的な利用状況を検証するしかない。そして、その利用状況については、大きく2つ に分けて検証することができる。すなわち、1つは、イギリスにおける「黄金株」の権利 内容を明らかにすること、もう1つは、その利用面での実態を把握することである。

一般的に、イギリスにおける「黄金株」の権利内容は統一性に欠くと評価されている45。 イギリスの「黄金株」に対して実証分析を行い、そのなかで「黄金株」の権利内容につい て、詳しく紹介した論文がある。それは、公法学者であるイギリスの University of Leicester法学部のCosmo Graham46教授とUniversity of Bristol法学部のTony Prosser47 教授によって執筆されたイギリスの民営化に関する多数の論文48のなかでみることができ る。以下では、両教授の論文のなかで「黄金株」に関する部分を参考にしてイギリスの「黄 金株」の実態を明らかにする49

1 「黄金株」の権利内容

(1)「黄金株」の定義

まず、Graham教授とProsser教授は、その共同執筆の論文のなかで「黄金株」を次の ように定義した50。すなわち、「黄金株」とは、一般に、「会社の株式資本の中に含まれる、

政府またはその代表者に対して額面価額1ポンドで1株のみを発行する特別権利付償還優 先株式(one special rights redeemable preference share of £1)と称される株式のこと をいう51」とされる。こうした定義は、「黄金株」を形式と実質の両面から定義していると いえる。

すなわち、形式面からは、「黄金株」は、額面価額が1ポンドの償還優先株式という「種 類株式」の形式をとっているということである。それは、後に詳述するように「黄金株」

がイギリス会社法上の種類株式制度に基づくものと位置づけられることを意味する。また、

「償還付」という部分に関しては、政府の当該企業に対する支配が永久のものでないとい うことを意味する。しかし、これも後に見るように、当時の「黄金株」は会社によっては、

事実上、永久・半永久のものとされるのも生まれるに至っており、この「償還」という要 素は「黄金株」の絶対的な要件ではないと考えられる52

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他方で、実質面からは、「黄金株」が1株のみ発行され、かつ、その株主である政府当局 関係者に対して「特別な権利」を付与するという特殊性をもっていることが特徴とされる。

1株のみを政府当局関係者を名宛人として発行するということは、「黄金株」という種類の 株式の種類株主は 1 人(政府のみ)に限定するという意図がみてとれる。その結果、「特 別な権利」を行使することにおいて、その1人株主(政府)による絶対的な支配権が確保 されるということを意味する53

いずれにしても、この実質面における「黄金株」の特殊性に着目したとき、かかる株式 に付された「特別な権利」こそが「黄金株」の「黄金」の所以であると考えられる。した がって、以下では、まず、実質面から考察してみる。すなわち、「黄金株」の株主に認めら れた「特別な権利」とは何かである。

(2)「黄金株」の権利内容

上述したように、「黄金株」には、一定の事項が「特別な権利」として付されている点に 特徴がある。しかし、それら一定の事項に関する特権の内容は、「黄金株」を発行した会社 ごとに異なっている。GrahamとProsser両教授による実証研究を参考にすると、それら は次のように分類・整理することができる54。すなわち、(ⅰ)議決権株式の取得を制限す る、または、議決権株式の取得自体は制限しないが、当該株主による議決権行使の効力を 制限すること、(ⅱ)新しい種類の株式の発行について承認する権限を有すること、(ⅲ)

当該会社に対して1名または2名の取締役が選任できること、(ⅳ)会社の自発的な清算、

または、会社資産の重要部分の処分について承認する権限を有することなどである55。以 下では、これらの特別権利を逐一詳説する。

(ⅰ)議決権株式の取得または議決権行使への制限

この類型は、具体的に、次のようなものがあるとされる。すなわち、①「議決権株式取 得への制限」とは、議決権株式の取得に対して15%の上限を設定する56(以下、「15%上限 規定」という。)ことであり、②「議決権行使への制限」とは、50%を超えて議決権株式 を保有する株主が現れたときに、「黄金株」の株主が「特殊な議決権(special voting rights)」 を行使することができる57(以下、「特殊な議決権」という。)ということである。以下、

分説する。

① 「15%上限規定」

「15%上限規定」とは、付属定款において、一部特定された者58以外の者による議決権 株式の取得に対して 15%の上限を設定しておき、これに違反した者(以下、「違反株主」

という。)から超過取得分を強制的に剥奪することを内容とするものである。すなわち、あ る者が会社の議決権株式総数の 15%またはそれ以上の株式に対して利害関係を有する (interest)場合、または取締役が利害関係を有すると思量する場合に、当該会社の取締役は、

かかる違反株主の15%を超過して保有する部分の株式(以下、「対象株式」という。)を強 制的に剥奪することを最終目的とする「一定の段階的な措置(certain steps)」を採るよう 要求される。ここにいう「一定の段階的な措置」とは、以下のような3つの段階に分けら れる。

(13)

第1段階において取締役会は、まず、21日以内または取締役会が合理的であると認める 期間内に違反株主が対象株式を処分するよう求める「告知書面(written notice)」を当該 株主に送付する。かかる告知書面が届いてから、告知書面に従うかまたは告知書面が撤回 される(withdrawn)までの間、違反株主は、当該対象株式に関して、定時株主総会また はいかなる種類株主総会に出席もしくは発言、または投票するといったすべての権利が停 止される59。違反株主が行使できない部分の議決権については、「黄金株」の株主、または 違反株主が権利行使できる総会の議長が代行して行使する60

第2段階において取締役会は、違反株主が所定の期間内に告知書面に従わなかった場合、

取締役会において対象株式を処分する旨を内容とするさらなる告知書面を送付する権利が 与えられる。そして、対象株式を処分する方法、タイミングおよび条件については、取締 役会が銀行、ブロカーあるいは他の適切な者と協議した後に、取締役会の決定に委ねられ る61。一般的に、「15%上限規定」の下において取締役会が下すいかなる決定についても、

これは最終的かつ決定的なものとされ、かつ、そのような株式の処分は決定的なものであ って、あらゆる者に適用されると同時に、いかなる例外状況による異議にも服さないとさ れている。

第3段階においては、対象株式を処分して得られた利益について、会社から違反株主に 支払われる。なお、このような議決権株式の保有制限に関する条項に対するいかなる変更、

たとえば、15%という比率の変更等は、「黄金株」株主の同意をもってのみ可能であるとさ れた62

以下では、「15%上限規定」が定めた取締役会が取りうる3段階の措置を、「株式の取得」

と「株式の処分(dispose)」との2つの側面に分けて検討する。すなわち、第1段階を株 式の取得制限という側面から、第2と第3段階を株式の処分の側面から検討する。

(a)「15%上限規定」に基づく株式の取得制限

まず、株式の取得制限に関して、イギリス会社法は伝統的に、株式の自由譲渡を原則と しつつ付属定款を通じてこれに一定の制限を課すことを認めてきた63。また、付属定款の 規定により、株式譲渡・取得の自由について、その制限する方法を問わずこれを制限する ことが可能とされる。そのような譲渡・取得制限としては、たとえば、取締役会は、全額 払込済になっていない株式が取締役会の承認しない者に譲渡された場合、または会社がリ ーエン(lien)を有する株式が譲渡される場合には、そのような株式の譲渡を制限しうる とする例が挙げられている。またイギリス会社法では、当該会社の全株式の譲渡を制限す ることも付属定款の規定をもって可能とされる64。したがって、かかる15%上限規定は、

イギリス会社法上、特に問題にならないと解されよう。

これを日本の会社法上の譲渡制限株式と比較したとき、次のような特徴を指摘すること ができるであろう。すなわち、日本法では、株式の譲渡制限は、その会社の発行する全部

(会社法107条1項1号)または一部の株式の内容(会社法108条1項4号)として、

譲渡によるその株式の取得について会社の承認を要する旨の定めを設けることが認められ ている65にとどまるのに対し、イギリスの「黄金株」において採用された「15%上限規定」

の場合では、「株式の内容」としてではなく、取得可能な株式総数の制限、換言すると、そ れ以上の株式の取得の効果を会社との関係で生じさせないという効果を生み出すことが許

(14)

容されるところに違いがある。

ところで、日本における譲渡制限株式制度は、株式会社のなかでも、とりわけ小規模閉 鎖会社の場合に、人的な信頼関係のある者に株主を限定したいとの要請に応える側面が強 く、実際に、上場会社でない会社の大多数が、発行する全部の株式の内容として定款に譲 渡制限にかかる定めを置いている66。上場会社の場合には、各金融商品取引所の規則が譲 渡制限株式の上場を認めていないことから、そうした例はない67。このような日本の状況 とは対照的に、イギリスでは、「15%上限規定」が置かれた「黄金株」の発行会社のほとん どが上場会社であるといわれている68。もっとも、1985年6月18日のThe Guardianの記 事によると、証券取引所にすでに上場している会社が新たに「黄金株」規定のような株式 譲渡制限規定を付属定款に導入しようとして、その旨を証券取引所に申し出たところ、証 券取引所はその申し出を拒否したとのことである69。このような条項を含む「黄金株」の 発行会社の上場適格性は、イギリスにおいても1つの論点であるといえよう70

また、日本法の下で譲渡制限株式の譲渡について、譲渡制限株式の譲渡株主が求める会 社の承認、または、譲渡制限株式を取得した株式取得者が求める会社の承認に関しては、

株主総会または取締役会が承認機関とされているが71、イギリス法の下では、「15%上限規 定」の場合について、取締役会72のほかに当該「黄金株」の株主が承認者となりうること とされており、このような会社の機関でない「黄金株」株主が「承認機関」としての機能 を果たしうる点は、イギリスの「黄金株」発行会社の1つの特異性であるといってよいで あろう73

(b)「15%上限規定」に基づく株式の強制的な売却処分

もう一つの特徴が「対象株式」(15%を超過する部分)の処分である。この点、日本の会 社法の場合、譲渡制限株式の譲渡にかかる承認がなされなかったときの救済策として、譲 渡の請求をなした株主は、当該譲渡制限株式を会社が指定する者(指定買取人)に譲渡で きる途が用意されている74。そのような買取人指定請求を受けた会社は、自らを買取人に 指定して当該譲渡制限株式を自己株式として買い取るか、または第三者を指定買取人に指 定して当該譲渡制限株式を譲渡できるようにしなければならない75。このような日本の制 度に比べると、「黄金株」規定においてとられた違反株主の対象株式に関する処分方法は、

単なる売却であり、その処分の具体的な方法についても取締役会ないしは「黄金株」の株 主の決定に委ねられている76。その結果、違反株主の救済策は、一定の取得対価の支払い が保障されている点だけとなる。両教授は、この点をもって、「15%上限規定」に対して否 定的に評価しているようである。両教授によれば、そのような「剥奪条項(divesting

provisions)」は、たとえ一定の取得対価の支払いが保障されているとしても、実質的には、

財産権の「強制的な剥奪(compulsory expropriation of property)」であると解く77。日本 法の場合も、当初一体とされていた譲渡承認請求と買取人指定請求が分離されてきた歴史 があり、株式の譲渡を中止するという判断を当該株主に与えることの重要性を考えると、

一方的に株式を剝奪されることが財産権の侵害に当たるとの指摘はその通りである。現に、

イギリスでも、こうした「剥奪条項」の有効性に関して判例法上も判断が分かれている78。 それらは必ずしも「黄金株」をめぐる事例ではなかったが、尐数派株主に対する不公正な 取り扱いを定める定款規定の有効性に関して、これを肯定する判例79と否定する判例80とが

(15)

古くから存在する。イギリスでも決着のつかない問題なのかもしれない。

② 「特殊な議決権(special voting rights)」

「黄金株」の株主に付与される議決権にかかわるもう一つの特別な権利の類型として、

一般株主による議決権行使の効力を減殺させる仕組みがある。それが「特殊な議決権」と 称される仕組みである81

かかる仕組みは、あらかじめ定款において、次の(a)から(c)のいずれかに該当する場合に、

当該会社の株主総会におけるいかなる決議においても、「黄金株」の株主は、所管大臣の名 義で登録されていない全ての議決権株式の総数より1議決権多く議決権を行使しうるもの と定められた82

具体的に発動される場面は次のとおりである。(a) ある者が、単独でまたは他人と共同 で会社の議決権総数の50%を超えて利害関係を有することを目的に、株式を取得しようと する(make an offer)場合、(b) ある者が、単独でまたは他人と共同で会社の議決権総数

の50%を超えて議決権を行使する権利を有している、または、そのような権利を支配しう

る場合、あるいは(c) ある者が、取締役会もしくはその構成(composition)を支配しよう とする場合である83

「黄金株」の株主にこのような「特殊な議決権」が付与されるかぎり、「黄金株」を発行 している当該会社において支配株主が現われても、かかる支配株主は何ら支配権を行使し えない結果となる。このような「特殊な議決権」に関する定款規定が設けられたのは、当 該会社の付属定款の一定の条項が変更されないよう固定化する(entrench)ためであるのは 明らかである84。そして、「特殊な議決権」規定を置いた会社は前述の「15%上限規定」を 定款に定めていないとされる85。それは、「15%上限規定」により議決権株式の取得自体を 制限しなくても、議決権行使の段階で過半数の議決権の行使効力を失わせれば、支配権維 持の目的においては、それで十分だからであろう。「黄金株」の株主にこのような「組み込 まれた絶対多数(built-in majority)」が維持されるかぎり、たとえば、会社の目的の変 更または定款の変更、配当の宣言、取締役の選解任など、会社のいかなる重要事項に対し ても「黄金株」の株主は、「拒否権」を行使することができるのと同様の効果が得られるの である86

③ 小括

以上見てきたように、「黄金株」を発行した会社においては、一般株主に対して、議決権 株式の取得または既得の議決権株式の議決権行使に関して制約が加えられている。「黄金株」

は、会社に対する支配権を投下資本への比例性を否定するものであり、当該会社に対する

「黄金株」の株主による支配権を固定化するものである。

「15%上限規定」が、ある会社において支配株主の出現を株式取得の段階で制止するもの であるのに対し、「特殊な議決権」の規定は、支配株主の出現を株式取得の段階では許容す るが、その議決権行使の段階においてその行使効力を減殺する点に特徴がある。

また、「15%上限規定」が「黄金株」発行会社における事前的な制約であるのに対し、「特 殊な議決権」はその事後的な制約を加えているとみることができる。EU 裁判所の「黄金 株」に関する判例の蓄積からすると、同裁判所は、事前の制約よりも事後的な制約のほう

(16)

が「EU 運営条約」の保証する「資本移動の自由原則」等に対する制限が比較的尐ないと 判断しているようである。なぜなら、唯一に合法とされたベルギー事例判決において、同 国政府が保有する「黄金株」に関する規定が事後的な介入であった点が評価されたのはそ の一例といえるからである。しかし、事後的な制約であるとしても、「特殊な議決権」が発 動される場面を考えると、支配的地位を確保した株主がその議決権を行使しても、「黄金株」

の株主の権利行使次第では、それが無意味なものになってしまう。「特殊な議決権」の発動 可能な前提条件を明確に定めないかぎり、政府による過度な介入をまねく危険がある。ま た、定款自治をどこまで許容されるべきなのか検討する必要がある。

思うに、「15%上限規定」や「特殊な議決権」が認められた背景には、外国資本による イギリス国内企業の支配への危惧があった。これに対して、会社は、イギリス会社法上、

広範に認められる定款自治の原則の下で、「15%上限規定」や「特別な議決権」を創設し た。これらを問題視する議論は見当たらず、違法とする批判もなかったようである。しか し、「国益を守る」という目的とその目的の実現のためにとられた手段との関係は、純法理 的に検討すべき対象であり、支配権の大きさと投下資本との比例性に歪みがあるとの批判 も可能であろう。実際に、「国益」という定義自体が明確でなく、そこには政府による恣意 的な運営が可能であった。仮に、「国益」を守る目的に正当性があるとしても、その手段と しての「黄金株」における特権等の内容は、その目的実現のための最小限度のものでなけ ればならない。このような観点からすれば、EU 委員会 vs.イギリス事件判決のなかで、

BAA社におけるイギリス政府保有の「黄金株」はイギリス会社法に則っているとのイギリ ス政府の主張がEU裁判所に認められなかったことは注目すべきである87。また、「黄金株」

に付与されたさまざまな特権は、イギリス会社法の「定款自治の原則」を拠り所にしてい たが、その根拠だけでは正当化されない可能性が示唆された。EU裁判所では、むしろ「資 本移動の自由」との関係で、その目的と手段の関係が議論されていることが重要である。

(ⅱ)新しい種類の株式の発行

「黄金株」の権利内容の中で、株式関係のもう一つの特権の形態は、種類株式に関する ものである88。すなわち、「黄金株」を発行している会社において、付属定款において、新 たに普通株式と異なった種類の株式を創設することは、「黄金株」の権利内容の変更とみな され、「黄金株」の株主による同意を得なければならないと定めている例がある89(以下、

「同意規定」という。)。かかる同意規定については、「黄金株」の権利内容の変更とみなし うるかどうか(以下、「みなし規定」という。)が問題となる。

(a)イギリス会社法上の種類株式

イギリス会社法の下では、会社の株式資本は、異なった権利内容をもつ異なった種類の 株式に分けられるとされ、その具体的な定め方は、通常、当該会社付属定款の規定に委ね られてきた。そして、これら「異なった権利内容」の諸変更(permutations)に基づいて発 行されうる種類の数(the number of possible classes)は、株式総数によってのみこれを 制限することができるとされている90

他方、株式の種類に関して、現行のイギリス会社法は、同一の権利が付与された株式は 一つの種類を構成すると規定するのみである91。株式の種類を構成する事項については、

(17)

具体的な規定が存在せず、どのような権利内容の定め方をすれば種類株式となるのかは、

解釈に委ねられている。付属定款に定められた株式の内容が、株式の種類を構成すると判 断された場合に、その内容を変更するためには当該種類株主の同意が必要となる92。した がって、新しい種類の株式の発行が「黄金株」の内容の変更に当たるならば、当該同意規 定は合法であると言えよう。

(b)みなし規定の合法性

イギリス会社法上、何が種類株式の「内容の変更」にあたるのかについて種類株式とし ての権利を廃止(abrogation)することが「変更」にあたると規定されるのみである93。 判例法によれば、「変更」とは、たとえば、利益配当についてある種類の株式(A株)と 同等の権利を有する株式(B株)を新たに発行することは、A株の権利の変更にあたらな いとされた(判例①)94。また、ある種類の株式(A 株)に優先する権利内容をもつ株式

(B株)の発行もA株の権利変更にあたらないとされた(判例②)95。これら判例に従え ば、新たに発行される株式の内容が「黄金株」と同一な権利であれ、それに優先する権利 であれ、それらは「変更」に当たらないと解されよう。

しかし、ある種類の株式(A株)の内容として「これに優先する」権利内容を持つ株式 の発行をしないことが明確に付属定款に定められた場合には、付属定款の定めに従うと判 示した判例がある(判例③)96。この判例③に従えば、定款規定を尊重して、当該同意規 定を有効と解する可能性がある。しかし、その同意規定については、「普通株式と異なるあ らゆる種類の株式」を対象とした付属定款規定であり、必ずしも「優先する」権利を有す る種類株式に限定していない点で判例③より広範な規定となっている。判例③は、先例と して採用できるか否かに疑問がある。さらに言えば、みなし規定自体が会社法上の「変更」

には当たらないとの前提から規定されているとも解される。しかし、逆に言えば、会社法 上「変更」には当たらないので付属定款で「変更」にあたるとみなして同意の必要性を基 礎付けたということであろう。結局は、付属定款のみなし規定で対応できるかどうか最初 の問題提起に戻るわけであり、多分に疑義の残る定款規定であると言える。

(ⅲ)政府による指名取締役の選任

既に述べたように、ある民営化会社において「黄金株」を政府が保有する場合には、「黄 金株」の株主が行使しうる権利の一つとして、かかる民営化会社の取締役会に1名また2 名の指名取締役を選任することができるとされる例がある97。これについては、「黄金株」

発行会社の場合のみならず、「黄金株」の非発行会社または発行以前の民営化会社において も、政府が保有する議決権株式の比率に応じて政府の指名取締役を選任し、かつ、その人 数を定めた例があるとされる98。その意味では、この特権は、イギリスでは「黄金株」固 有の問題ではない。

指名取締役は、いかなる特別な義務をも負うものではなく、政府は、政府指名の取締役 が政府の代理人ではなく、かつ、一般的な会社法の下で会社全体に対して義務を負う通常 の取締役であると再三強調してきた。

一般に、政府指名の取締役は外部の商業分野の専門家から選ばれ、そして、政府指名取 締役は、非業務執行役であり、かつ、非常勤である場合もあるとされる。政府指名取締役

(18)

は会社の業務について政府と討議することを求めることもできるが、会社の取締役会議長 (Chairman)にその意向を通知してからでないとそれをなすことができないともされてい る。これは、指名取締役を通じて政府が民営化会社の日常的な会社経営に介入できるよう な働きかけをしないということの意図と解される。そうであるとするならば、指名取締役 を選任することにはいかなる意義があるののあろうか。学説は以下のように指摘する。

すなわち、指名取締役は、自然独占分野の会社の消費者の利益を保護するために採用さ れ、会社の経営とはかけ離れて独立して存在する消費者の「番犬(watchdogs)」のような 存在である、というのである99。とりわけ、国益にかかわる分野における民営化会社の場 合に、株式の公募を通じて調達した公共財(public funds)が十分に護られているのか、

あるいは所定の目的のために適切に利用されているのかについては、政府の代表者(場合 によっては、国民の代表者とも言える)として一定の監視的な役割を果たしてもそのよう な民営化会社の特殊性ゆえに容認されるべき側面を有すると言えよう。政府が指名する取 締役は、経営(業務執行)ではなく監督(非業務執行)の役割を担うものと理解されるべ き、ということになるのであろう。前述した株式にかかわる「黄金株」の権利内容に比べ ると、指名取締役を選任する規定は「黄金株」を通じた支配権留保の手段というよりは「公 共の利益」に立脚した趣旨が鮮明である。

(ⅳ)会社の重要な決定

「黄金株」の権利内容のなかで、もう一つ広範な利用が認められるのが、会社の任意清 算または重要な資産の処分など、会社の重要な決定に関して、「黄金株」の株主による同意 を得ずこれらがなされることを禁止するという規定である100

会社の任意清算は、イギリス会社法が認める二種類の清算のなかの一つであるが、裁判 所による強制清算(compulsory winding up by the court)とともに定められている。裁 判所による強制清算との決定的な違いは、任意清算が会社の決議によらないとされている 点にある101。具体的に、任意清算がなされる場合は、下記のとおりである。

すなわち、(a)付属定款に定めてある会社の存続期間が経過した場合に、または、付属定 款が定めたその他の解散事由が生じた場合において、株主総会の普通決議によってなされ る。(b)株主総会が任意清算することを特別決議によって可決した。または、(c)会社が債 務によって営業を継続することができないため、かつ、清算することが得策であると考え るため、臨時株主総会において特別決議によって任意清算することが決められた場合であ る102。したがって、任意清算については、会社の株主総会の普通決議または特別決議を経 てなされると定められているにもかかわらず、「黄金株」発行会社においては、任意清算の 決定には「黄金株」の株主の同意が決定的な意味をもつことになるのである。

また、会社の重要な資産の処分に関しては、たとえば、会社総資産の25%に相当する資 産を会社の重要な資産とみなし、その処分について、「黄金株」の株主の許可が必要される という付属定款規定の例がある103。要するに、産業政策上の重要性ゆえに、それら会社の 重要な資産の処分等の重要な決定事項に関して「黄金株」の株主の承認を通じて一定の政 府判断を仰ぐよう規制を加えたものと解される。この点は、「黄金株」の他の権利内容、す なわち、支配株主の出現の制止および取締役の指名と異なり、具体的な行為それ自体に政 府が介入する例である。しかし、EU 諸国における「黄金株」の利用事例において、こう

(19)

したイギリス型「黄金株」の「承認権」は広範に援用されたものの、EU 委員会は、一度 は民間セクターに売却された会社に対して、政府は介入すべきでないとの反対意見を表明 していることに注意すべきである104

(3)「黄金株」と会社法

「黄金株」とは、さまざまな特権が内蔵されている1株の特種な株式である。Graham

とProsser両教授が「黄金株」を定義づける際に、「特別権利付償還優先株式」と称したの

は包括的に「黄金株」の属性を表そうとしていたと考えられる。実際の利用面において、

「黄金株」はこれを発行した会社ごとに異なった名称を用いていた。たとえば、「特別株式

(Special Shares)」、「優先株式(Preference Shares)」、「特別権利付優先株式(Special Rights Preference Shares)」または「特別権利付償還株式(Special Rights Redeemable Shares)」等である105。「黄金株」は、これらの特種な株式の代名詞的な名称であり、形式 面において、会社法上1つの種類株式として位置づけられる。このようなさまざまな「種 類」株式が発行されたということは、前節((2)の(ⅱ)「新しい種類の株式の発行」)で既 に触れたように、イギリス会社法上における種類株式制度が根底にあったからである。し たがって、「黄金株」は、形式上において、イギリス会社法にもとづく種類株式であり、そ こに法的根拠を見出すことができる。以下では、形式面からのアプローチとして、イギリ スにおける種類株式制度から「黄金株」の法的性格を明らかにしたい。

(ⅰ)「黄金株」導入の適法性

イギリス会社法上、種類株式の発行は認められている106。すなわち、会社法は、会社は 基本定款または付属定款(通常は付属定款)の定めをもって当該会社の株式資本を剰余金 の配当(dividends)、残余財産の分配(capital)、または議決権に関する異なった権利の付 与、あるいは、異なった額面価格に基づいた異なった種類の株式に分けることができると 定める。そして、これらさまざまの付帯権利(incidents)の付与によって発行可能とされ る種類の数は、授権株式の総数によってのみこれを制限することができる107。したがって、

イギリス会社法上、種類株式の発行は自由であり、これは「黄金株」が存在しうる前提条 件である。

「 黄 金 株 」 を 発 行 し た ほ と ん ど の 会 社 に お い て 、 民 営 化 を 行 う た め の 準 備 段 階

(legislation preparatory to privatization)で、付属定款に「黄金株」に関する条項が記 載された108。その時点で「黄金株」の定款規定が設けられたということは、それらの会社 について、各産業部門の所管大臣が管轄し、唯一の株主であった国有株式会社の段階で、

イギリス会社法の規定に従い、特別決議をもってその付属定款を変更するという方法によ って「黄金株」の権利内容を付属定款に記載したということになる。

他方で、政府が一定比率の株式を市場で公開した後に、「黄金株」を発行するケースもあ った。その場合、一般には、政府保有の株式比率が過半数か、または、絶対多数を占める 時点で「黄金株」を発行していた。また、政府保有株式の比率が定款変更に必要な特別決 議を可決するのに足りないときであっても、会社が発行する(allots)株式に付与された 権利が、基本定款にも付属定款にも、あるいは株主総会のいかなる決議または当該株式の

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