家族習慣と家族ウェルビーイング : 混合研究法に より抽出される具体的な習慣
著者 斎藤 嘉孝
出版者 法政大学キャリアデザイン学会
雑誌名 生涯学習とキャリアデザイン
巻 17
号 2
ページ 57‑66
発行年 2020‑03
URL http://doi.org/10.15002/00023237
1.序
家族を「よりよく」するために、どのような日 常習慣が有効なのだろうか。それを検討するのが 本稿の目的である。既存の研究から得られる示唆・
教訓は通常、抽象的概念で語られている。「私は、
具体的に家族の中で何をすればいいのか」という 問いに、簡単に答えが出せない。個々人が日常的 にどんな言動をすれば「よい家族」に近づくのか、
学術研究からは明瞭な回答を得にくいのが通常で ある。本稿では、量的・質的データというエビデ ンスをもとに、一般の人々が家族生活で実践でき る言動を検討する。
2.先行研究
本稿では「良い家族生活」を家族ウェルビー イング(family well-being)という言葉で表現す る1)。その定義は「ある個人による、自身の家族 生活についての現在(最近)の良し悪しの状態に 対する、概観的・率直な評価」とする。「概観的・
率直」で意味するのは、多様な項目を熟考するの でなく、単純かつ総合的評価であることである。
「現在(最近)」で意味するのは、家族生活を(例 えば幼少期や数年間に)さかのぼって長いスパン で評価するのではないことである。また、感情面 での当人の「満足度」という概念でなく、むしろ
当人による評価という(より中立的な)概念とす る。家族の相対的状態がどれぐらい良いか良くな いかについての評価である。
家族ウェルビーイングを向上させることに関し て、理論的・概念的研究は国内外で蓄積されてお り、社会的示唆も提示されてきた。それらは通 常、研究者からみて理論的意義のある研究、あ るいは政府や自治体への提言(例:松田 2008)、
あるいは家族生活の教育専門職(例えば米国の family life educator)やプログラム(例えば豪 州のTriple Pや米国のHead Start)の実践に向 けた提言になりえるものだった(例:Fagan &
Stevenson 2002, Hawkins et al. 2008, Sanders et al. 2002)。
しかし、実践的な示唆はそれらに比べると、あ まりに少ない。一般人が日常生活にすぐに取り入 れられるような示唆に欠けるのが通常である。日 常用語でも解釈可能で、かつ専門的知識がなくと も取り入れられるようなものは稀有である。
一般的に家族研究からの示唆として、家族外部 に変化を求めるものがある。例えば、労働時間や 働き方に変化を求めるものである。それらは家族 の問題点を労働システムに求め、家族外部(企業 や政策制度)に変化を求める。しかし、これは家 族というシステム内自身を改善できる可能性に依 拠していない。
また家族生活の改善を求める研究は、貧困家庭
〈論文〉
法政大学キャリアデザイン学部教授
斎藤 嘉孝
家族習慣と家族ウェルビーイング
―混合研究法により抽出される具体的な習慣―
やエスニック・マイノリティ、一人親家庭など、
いわゆる非主流の社会集団を対象としたものが多 い。この類いのものは伝統的に多々存在する(例:
Crane 1998, Fagan & Stevenson 2002, Rienks et al. 2011)。
しかし、総じて一般的な、いわゆる多数の家族 における、工夫や努力によって生活習慣を見直す ものは蓄積に欠ける。貧困・非行・犯罪・失業・
離婚などの問題を抱えていなくとも、かといって 最高の生活ではない家庭における生活習慣の改善 である。それを求める研究に欠けるのが現状であ る。
本稿では、習慣を、ある個人が特定他者(本稿 では家族)を対象としてくり返し実践している行 動・態度等と定義する。一過性でなく、日常性・
継続性があるものである。とはいえ、頻度は毎日 に限らない。
多くの家族内でみられる日常習慣の改善に関す る研究は、開拓の余地がある。今後こうした研究 が増えることは、家族ウェルビーイングを少しで も高めるだけでなく、より深刻な状況になる前に、
つまり非行・犯罪・離婚などに至る前にくいとめ る、予防の意義もある。本稿はこうした研究の必 要性を提案し、実際のデータを分析した上で、実 践的示唆を示す。
3.研究課題
何をすれば家族生活がよくなるのか、実際に因 果関係を見つけ出すのは容易ではない。本稿では、
家族ウェルビーイングが高いということを、本人 の主観的評価が家族に対して高いこととする。客 観的指標は用いない。
客観的評価は有効なことが多いが、家族の良し 悪しを測るには最善ではない。客観的指標として、
例えば、親子が仲良さそうにみえること(他者評 価)、みなが別居せず同居していること、ともに 過ごす共有時間が長いこと、離婚をしていないこ と、けんかや口論の回数が少ないことなど、挙げ ようとすれば挙げられる。しかしどれも決定的で
なく、家族の良し悪しの最善の直接的指標とはい えない。仲良さそうにみえても当人はそう認識し ていない、同居していても居心地が悪い、ともに 過ごす時間が短くとも家族関係は良い、離婚して いなくとも仲が悪い、けんかや口論をしても居心 地が良いなど、十分にありえる。
家族成員が自分の家族の良し悪しを評価するこ とには、個人差がある。それを主観的指標で測る ことの意義を認め、本稿では高いウェルビーイン グの家族の中に、どのような日常習慣が実践され ているかを分析する。
4.方法
本稿では、混合研究法(mixed methods)を 用いる。混合研究法とは、量的・質的両方の調査 手法から得られたデータを単一の論文の中で用 いる手法である。その用途や形態は多様である が(Creswell & Plano Clark 2007, 抱井・成田 2016)、本稿では質的調査で得られた具体的な家 族習慣を、量的調査の質問紙に埋め込み、統計的 に検証する、という形態をとる。その上で、本稿 では量的データをより鮮明に具体化するために質 的データを提示する。このやり方が今回の目的を 遂行するのに適するとの判断からである。
量的調査に関しては、2019年11月に調査を実 施した2)。対象者は東京近郊の4年制大学に在籍 する大学生男女である。有効回答数は407人(有 効回収率96.0%)。スノーボール法により質問紙 の配布・回収がなされた。男子144人、女子263 人、年齢は平均20.3歳(最大24、最小18)だった。
主な質問項目は、家族生活における習慣、家族へ の評価、家族構成等だった。
用いた分析方法は、分散分析、回帰分析、クロ ス表分析(カイ2乗検定)である。論点が分散し てしまうのを防ぐため、あえて多変量解析を用い ない。今後の課題である。
従属変数は家族ウェルビーイングであり、家族 評価得点として測定する。0~10点で自分の家 族に得点をつけてもらった(10が最高点、0が最
家族習慣と家族ウェルビーイング
低点)。この評価得点法は(家族のそれに限らず)
ウェルビーイングを測定する際に用いられてき た(Cantril 1965, Diener et al. 2010, Grambs &
Buntins 2017, Kahneman & Deaton 2010)。表 1は本調査における、この変数の記述統計値であ る。
独立変数に関しては、家族生活における諸側面 であり、次節で順次提示する。
本研究では、量的調査に先立ち、筆者自身が個 別面接調査を実施してきた。4年制大学の学生男 女に対して、総計49人、1人あたり40~60分、
半構造化面接を実施した(2017~2019年にかけ て)。主に家族評価得点とその根拠、家族生活、
家族習慣、家族構成などを、幼少期の事項も含め、
具体的なエピソードを交えて語ってもらった。な お前述の通り、この調査結果をもとに、上の質問 紙調査の項目を作成した。
以下の分析においては、量的分析に適合する語 りを(量的調査の項目作成において基になった語 りでもある)、抜粋して掲載する。該当する全て の語りを掲載するものではない。量的調査の結果 を鮮明にすることを目的に、事例として記述する ことで、より具体的な言動が可視化されることを ねらいとする。
5.結果
以下では、混合研究法、つまり量的データと質 的データの両方を用いる分析を行う。
まず、家族の中でもとりわけ父親の習慣と、子 の家族評価の関連を探る。父親が家事をどれほど するかはそれぞれの家庭によって異なるが、ここ では父親の家事実践と子の家族評価得点との関連 をみる。表2が分散分析の結果である。
父親が「気持ちよく家事をする」のケースで子 の家族評価得点が最も高かった(8.24)。父親が「い やいや家事をする」ではやや低く(7.33)、「家事 をしない」と大差なかった(7.39)。
質的調査から得られた語りとして、家族評価の 高かった学生Aは「父は日曜の朝、誰も何も言 わないのに、一人で、洗濯や掃除をしている」と 語った(2017年調査時点に3年生、女子、家族 評価9点)。Aは「父はたぶん(掃除や洗濯が)
好きなのだと思う」とも語った。
なお、以下では平均値(7.80)を基準とし、家 族ウェルビーイングの高低を考慮して、該当する 質的データ(語り内容)を提示する。
またこれも以下で同様だが、当然この要因だけ が家族評価得点を決定するのではない。仮にであ るが、父親が気持ちよく家事をしなくとも、別の 要因によって家族評価得点が高いケースが存在す れば、それが意味するのは、父親が気持ちよく家 事をすることが絶対必要な習慣ではない。あくま で多くの要因の中の1つとしての可能性を示すと 解釈される。
また同様に、この要因を満たせば必ず家族評価 得点が高いことを保証するのでもない。他の条件 により、たとえこの実践がなされようとも、家族 評価が高くない可能性はある。
いずれにしても重要なのは、前述した通り、量 的調査結果を鮮明にするために、質的調査からの 語りを具体的に示すことである。それ以上の意義 を求めないものとする。
次に、父母の関係性と、子の家族評価の関連で ある。まず、父母が2人で外出する習慣がいかに 表 1 子の家族評価得点に関する記述統計値
平均値 標準偏差 例数
7.80 1.84 405
表 2 父親の家事遂行と子の家族評価得点に関す る分散分析(P<.001)
子の家族評価得点 父親の家事遂行 平均値(標準偏差) 例数 気持ちよく家事をする 8.24 (1.57) 194 いやいや家事をする 7.33 (2.06) 60 家事をしない 7.39 (1.97) 103
関係するかを分析する。2人が一緒に「買い物」
「遊び」「旅行」をするか、という3項目を分析す る。それぞれのOLS回帰分析の結果が表3である。
なお、独立変数3項目は全て、頻度を7件法でた ずねたものである。
父母が2人で外出することと、子の家族評価得 点には有意な正の関係があることがわかる。「買 い物」「遊び」「旅行」どれにも同様のことがいえ る((a)~(c))。2人で外出するほうが、家族 評価得点は高かった。
質的調査では、家族評価得点の高かったケース で、父母2人で外出する例がみられた。「買い物」
に関して、例えば学生Bは「父と母は、2人で、
仕事のない昼間とか、買い物に行っている」と語っ た(2019年調査時点3年生、女子、家族評価10点)。
「遊び」に関して、学生Cは「うちの親は、2人 で携帯のゲームをしに出かける。楽しそう」と語っ た(2017年調査時点4年生、女子、家族評価8点)。
「旅行」に関して、学生Dは「両親2人で旅行に行っ ている」「父母両方ともバイクに乗る。2人でバ イクで、日帰りで出かけることもある」と語った
(2019年調査時点3年生、男子、家族評価8点)。
次に、父親による母親への言動に焦点を当てる。
第1に、母親が何らかの不満を父親に対して口に したとき、父親が典型的にどのような対応をする かという習慣である。表4が分散分析の結果であ る。
「黙って聞く」父親の場合、子の家族評価得点 が最も高かった(8.34)。「軽く何か言う」「反論
する」父親の場合、それより低かった(順に7.81、 7.73)。
質的調査では、黙って聞く父親のケースで子の 家族評価得点が高い例がみられた。学生Eは「母 が文句言って、父はそれを黙って聞いている」と 語った(2019年調査時点3年生、男子、家族評 価8点)。
第2に、父親が母親のことを褒める習慣である。
表5が分散分析の結果である。
「しょっちゅう褒める」父親の場合、子の家族 評価得点が最も高く(8.77)、「ときどき褒める」
が続いた(8.25)。それらよりも点数が低いのが「非 常にまれに褒める」であり、さらに低いのが「褒 めない」であった(順に7.66、7.02)。
質的調査では、父親が母親のことを褒めるケー スで、子の家族評価得点が高い例がみられた。学 生Fは「母の写真をみながら、子どもの前で『マ マきれいだな~』って言う」と語った(2018年 調査時点3年生、女子、家族評価9点)。
次に、父母に限らず、家族成員全般の習慣を論 表 3 子の家族評価得点に関する回帰分析
(父母が 2 人で外出に関する 3 項目による)
(a) (b) (c)
2人で買い物 .296***
2人で遊び .244***
2人で旅行 .149***
R2 (調整済) .085 .057 .019 注:P<.001***。表内の係数は標準化された係数。
表 4 母親の不満への父親の対応と、子の家族評 価得点に関する分散分析(P<.10)
子の家族評価得点
父親の対応 平均値(標準偏差) 例数
黙って聞く 8.34 (1.71) 68 軽く何か言う 7.81 (1.82) 134 反論する 7.73 (1.77) 142
表 5 父親が母親を褒める頻度と、子の家族評価 得点に関する分散分析(P<.001)
子の家族評価得点 父が母を褒める頻度 平均値(標準偏差) 例数 しょっちゅう褒める 8.77 (1.18) 39 ときどき褒める 8.25 (1.56) 130 非常にまれに褒める 7.66 (1.74) 99 褒めない 7.02 (2.17) 91
家族習慣と家族ウェルビーイング
じる。まず、誰かがその日の失敗談を、軽い口調 で話す習慣と、子の家族評価得点の関係である。
表6はOLS回帰分析の結果である。なお、独立 変数はそれに該当する程度を7件法でたずねたも のである。
回帰分析の結果、その日の失敗談を軽く話す習 慣(d)は、子の家族評価得点と有意に正の関係 にあった。つまり、その習慣を行う家族のほうが、
家族評価得点は高い傾向にあった。
質的調査では、子の家族評価得点が高いケース で、その日の失敗談を父親が口火を切って話す例 がみられた。学生Gは「父が帰宅後、いや~上 司に怒られちゃったよ~など、軽く言う。重くな い感じで。みんな話せるきっかけになる」と語っ た(2017年調査時点4年生、女子、家族評価9点)。
次に、家族の誰かが、帰宅直後に挨拶を交わす 習慣についてである。このことと子の家族評価得 点の関係を示すのが、表7のOLS回帰分析の結 果である。なお、独立変数はそれに該当する程度 を7件法でたずねたものである。
回帰分析の結果、帰宅直後に挨拶を交わす習慣
(e)は、子の家族評価得点と有意に正の関係にあっ 表 6 子の家族評価得点に関する回帰分析
(その日の失敗談を軽く話す習慣による)
(d)
その日の失敗談を軽く話す .278***
R2 (調整済) .075
注:P<.001***。表内の係数は標準化された係数。
表 7 子の家族評価得点に関する回帰分析
(帰宅直後に挨拶を交わす習慣による)
(e)
帰宅直後に挨拶を交わす .393***
R2 (調整済) .152
注:P<.001***。表内の係数は標準化された係数。
た。つまり、挨拶を交わす家族のほうが、家族評 価得点が高い傾向にあった。
質的調査では、子の家族評価得点が高いケース で、帰宅直後に声をかけあう習慣がみられる例が あった。学生Hは「弟は高校生で、塾などで帰 りが遅い」「私のほうが遅く帰ったとき、弟の部 屋のドアを開けて、顔を合わせる」と語った(2017 年調査時点3年生、女子、家族評価10点)。
次に、家族全員で一緒に行う習慣を論じる。ま ず、家族皆で外食する習慣と、子の家族評価得点 の関係である。表8はOLS回帰分析の結果である。
なお、独立変数はその頻度を7件法でたずねたも のである。
回帰分析の結果、家族皆で外食に行く習慣(f) は、子の家族評価得点と有意に正の関係にあった。
つまり、その習慣を行う家族のほうが、家族評価 得点は高い傾向にあった。
質的調査では、子の家族評価得点が高いケース で、家族皆で外食する習慣がある例がみられた。
学生Iは「毎週日曜日の夕食はみんなで外食に出 かける」「よく行く店がジャンル別に大体決まっ ている。焼肉、イタリアン、和食、寿司、など」
と語った(2017年調査時点4年生、女子、家族 評価9点)。
次に、家族の誰かが関わる(または出場する)
スポーツやイベントなどに、他の家族が皆で応援 や観戦に行く習慣と、子の家族評価得点の関係で ある。表9はOLS回帰分析の結果である。なお、
独立変数はその頻度を7件法でたずねたものであ る。
表 8 子の家族評価得点に関する回帰分析
(家族皆で外食による)
(f)
家族皆で外食 .301***
R2 (調整済) .088
注:P<.001***。表内の係数は標準化された係数。
回帰分析の結果、家族の誰かのスポーツやイベ ントに家族皆で応援や観戦に行く習慣(g)は、
子の家族評価得点と有意に正の関係にあった。つ まり、その習慣を行う家族のほうが、家族評価得 点は高い傾向にあった。
質的調査では、子の家族評価得点が高いケース で、家族皆で応援や観戦に行く習慣がある例がみ られた。学生G(既出、家族評価9点)は「家族 の誰かのダンスの発表会や、運動会、図工の作品 展、マラソンの応援など、何かあれば、みんなで 応援に出かけた」と語った。また学生Jは「みん なで自分のバレーボールの応援に来た。父は本気 で感想を言ってきた。母は常に褒めてくれた」と 語った(2019年調査時点3年生、男子、家族評価8.5 点)。
次に、家族ぐるみで、他の家族とみんなで遊ぶ 習慣に関してである。親戚を除き、友人の家族や、
近所、いわゆるパパ友やママ友等の家族と遊ぶ習 慣と、子の家族評価得点の関係である。表10は OLS回帰分析の結果である。なお、独立変数は その習慣に該当する程度を7件法でたずねたもの である。
回帰分析の結果、他の家族と家族ぐるみで遊ぶ 習慣(h)は、子の家族評価得点と有意に正の関
係にあった。つまり、その習慣を行う家族のほう が、家族評価得点は高い傾向にあった。
質的調査では、子の家族評価得点が高いケース で、他の家族と家族皆で遊ぶ習慣がある例がみら れた。学生Kは「近所7~8軒で一緒に遊ぶこ とがある。大人はお酒を飲んだりする」と語った
(2018年調査時点3年生、男子、家族評価9点)。
次に、身内や知人の店に家族で行く習慣と、子 の家族評価得点の関係である。表11は分散分析 の結果である。
こうした店に行く習慣を有する家族のほうが、
それがない家族よりも、子の家族評価得点は高 かった(順に8.13、7.70)3)。
質的調査では、行きつけの身内や知人の店があ るケースで、子の家族評価得点が高い例がみられ た。学生Lは「祖父母が食堂をしていて、今は 私の父母も一緒にやっている。いとこの父母も 一緒にやっている」「その店に、私も弟も寄って、
晩御飯を食べることがある」と語った(2018年 時点3年生、女子、家族評価8点)。
次に、家族で共有した過去の経験を回想する習 慣に関してである。これがいかに子の家族評価得 点に関係するかを検討する。「家族の思い出を口 にする」「家族の思い出の品や写真を目につく所 に飾る」という2項目を分析する。OLS回帰分 析の結果が表12である。なお、独立変数2項目 はいずれも、該当する程度を7件法でたずねたも のである。
家族の共有経験を回想する習慣と、子の家族評 価得点には有意な正の関係があることがわかる。
「思い出を口にする」「目につく所に飾る」いずれ 表 9 子の家族評価得点に関する回帰分析
(家族皆で応援や観戦による)
(g)
家族皆で応援や観戦 .233***
R2 (調整済) .052
注:P<.001***。表内の係数は標準化された係数。
表 10 子の家族評価得点に関する回帰分析
(家族皆で他の家族と遊ぶによる)
(h)
家族皆で他の家族と遊ぶ .150**
R2 (調整済) .020
注:P<.01**。表内の係数は標準化された係数。
表 11 家族で行く身内や知人の店と、子の家族 評価得点に関する分散分析
家族で行く身内や 知人の店
子の家族評価得点 平均値(標準偏差) 例数
ある 8.13 (1.63) 89
ない 7.70 (1.89) 315
家族習慣と家族ウェルビーイング
にも同様のことがいえる((i), (j))。回想する習 慣を持つほうが、家族評価得点は高かった。
質的調査では、家族評価得点の高かったケース で、家族の共有経験を回想する習慣を持つ例がみ られた。学生A(既出、家族評価9点)は「家に、
ぶ厚いアルバムが何十冊もある。リビングの棚に 置いてある。いつでも見られる」と語った。
本節最後に、父母の勢力関係と、子の家族評価 の関連を分析する。ここでは父母いずれの勢力が 強いか弱いかを独立変数とするが、従属変数はこ れまでの分析と異なり、父母のいずれが好きかを 問うものとする。クロス表分析(およびカイ2乗 検定)を用いた。その結果が表13である。
概していえば、父が弱いと、母が弱い場合と比 べ、やや父が好きな傾向にあることがわかる。
質的調査では、父母の力関係のバランスが偏っ ていると、強いほうを良く思わない事例があった。
学生Mは「父はプライドが高く、弁が立つ。母 は揚げ足をとられたとき、イラッとしている」「母 は後で愚痴を言っている。父が上に立ちすぎ」と 語った(2018年調査時点3年生、女子、家族評 価6点)。
表 12 子の家族評価得点に関する回帰分析
(共有経験の回想に関する 2 項目による)
(i) (j)
思い出を口にする .431***
目につく所に飾る .350***
R2 (調整済) .183 .121 注:P<.001***。表内の係数は標準化された係数。
表 13 夫婦の勢力関係と、子から好かれる親に 関するクロス表分析(P<.10)
父が好き 母が好き 計
父が弱い 12 (16.9) 59 (83.1) 71 (100.0)
母が弱い 4 (7.1) 52 (92.9) 56 (100.0)
注:表内の数値は例数、カッコ内は%である。
6.考察
本研究では、家族ウェルビーイングを高くする ために家族成員が具体的に何をすればよいか、検 討した。理論的すぎず、また専門用語の概念を用 いすぎず、またいわゆる問題家庭を対象とするの でもなく、あくまで日常生活上の習慣の中で一般 家庭の個々人が実践可能な知見を得ることを目的 とした。この方向での実証的検討は従来の研究で は積極的になされてこなかった。本稿の示唆がめ ざしたのは、政策提言でも企業批判でもなく、あ るいは特殊なスキルトレーニングの促進でもな い(参考:Fagan & Stevenson 2002, Hawkins et al. 2008, 松田 2008, Sanders et al. 2002)。家 族成員がその知見を知ることによって、一般人に とっての貢献になりうる研究である。
本稿の方法論としては、もちろん恣意的なもの でも、演繹的なものでもなく、量的・質的双方の データを提示し、実証的に分析した。従来の家族 研究には、混合研究法による蓄積は少なかった。
既存の例として、例えばOffer(2013)やWeine et al.(2005)があるが、今後、もっと混合研究 法の有効さが認識され、より多くの研究が同方法 を用いて、洗練されたものになることを期待した い。
混合研究法を用いた特記すべき研究例として、
Farley et al.(1994)がある。居住地の選好に関 する研究であり、近隣にどれほど自分と同じ人種 の者が住んでいる状況で、その場所を自宅として 選択するかを架空的に質問し、そのデータを量的 に分析したものである。その上で、その量的結果 に該当する事例を、質的調査から得られた語りを エビデンスとして示した。この研究のように、量 的・質的両方のデータを駆使した研究は、その利 点が評価されてしかるべきである。家族研究にお いても、このような方法がより一般的に駆使され ることを、今後は期待したい。
概して、家族成員自身ができる努力・工夫は存 在することを、本稿は知見として示した。家族ウェ ルビーイングが低い原因、あるいは上げたくても
上がらない原因は、もちろん家族以外からの影響 もある。職場や働き方、政策の不足などに、従来 それが求められてきた。あるいは当人の育ち・出 自、あるいは性別・人種など、もしくは生活水準 などに求められてきた。しかし、家族成員の努力・
工夫によって、特定の習慣が実践されれば、そこ での家族ウェルビーイングは高まる可能性を指摘 したことには、一定の意義がある。個々の習慣に 関する細かい議論は、本稿は契機にすぎず、今後 まだ余地がある。だが、こうした方向で一般人が 実践できる形の知見を蓄積させることの意義は、
ここに明記しておく。今後のさらなる研究に期待 したい。
なお、ここで議論しておくべき点として、因果 関係の問題がある。本稿で検討した実践は、これ らが実践されるから、その結果として家族ウェル ビーイングが高まるのか。それとも逆に、家族ウェ ルビーイングが高いから、その結果、実践ができ るのか。
前者であれば本稿の論理上、問題はない。一方、
後者が正しい場合、ここで補足的議論が必要にな る。
確かに家族ウェルビーイングが高いほうが実践 はしやすいかもしれない。もっといえば、実践に よってさらに家族ウェルビーイングが高まるとい う、好循環の可能性もある。
しかし、家族ウェルビーイングが低い場合、実 践は完全に不可能なのか、慎重に問う必要があ る。仮に、家族ウェルビーイングの低い事例で特 定の実践をおこない、その後、家族ウェルビーイ ングが高まるのであれば、前者の因果関係の存在 を主張しうる。つまり、実践の結果、家族ウェル ビーイングが高まったとの因果関係が否定できな い4)。
この点で、質的調査により得られた、いくつか の事例からの経験は示唆的である。ある習慣が継 続され、後に家族評価が高くなった実例がある。
学生G(既出)の家族には、家族皆で家族の誰 かの応援や観戦に行く習慣があり、また失敗談を 軽く口にする習慣がある。この学生の家族評価
得点は、幼少期(主に小学生の頃を想定)には7 点だった(平均値より下)が、大学3年時には9 点になり、2点上昇した。また学生J(既出)も、
やはり家族皆で応援や観戦に行く習慣のある事例 であり、家族評価得点は、幼少期に5点だったが、
大学3年時に8.5点となり、3.5点上昇した。
この2事例に共通するのは、家族のうち特定の 誰かではなく、皆がそろって応援・観戦に行く習 慣が継続された点である。年月が経ち、かつてよ り家族評価得点が上がった。かつての家族ウェル ビーイングは、いずれも平均値より高くなかった ゆえ、家族ウェルビーイングが高かったから、こ の習慣が生じた、という順序ではない。むしろこ の習慣が生じ、後に家族ウェルビーイングが上 がったという時間的な前後関係で捉えるのが自然 である。
とはいえ、まだこのことが直接の因果関係を示 すとは断定できない。その際、1つの可能性として、
媒介変数の存在を認めることが議論となる。つま り、習慣が、何か別の変数(媒介変数)に影響を 及ぼし、その変数が家族ウェルビーイングを高め た可能性である。またもう1つの可能性として、
別の変数との相互作用による影響も考えうる。
しかし、媒介変数が何であろうと、また相互作 用を生じさせる変数が何であろうと、重要なの は、それらが可視化できるものか否かである。つ まり媒介変数や相互作用を生じさせる変数が可視 化でき、個々人にとって行動変容に向けた実践が 可能な変数であれば、検討に値する。しかしそう でなければ、結局、本稿で重視するように、可視 化された具体的な習慣に注目するほうが有意義で ある。日常の中で個々人が努力や工夫によって実 践を行えるものこそが、検討に値する。
同様に、かつて家族ウェルビーイングが高くな かったが、後に高まった事例として、もう2つ検 討したい。
学生Bと学生Eは(いずれも既出)、父親が母 親の不満に対して、黙って聞いているという習慣 の事例である。学生Bの家族評価得点は、幼少 期の7点から大学3年時に10点になった。学生
家族習慣と家族ウェルビーイング
Eは、幼少期の5.5点から大学3年時に8点になっ た。どちらも平均値より下から、平均値を超え、
3点と2.5点の上昇である。
両者に共通するのは、父親が黙って聞くという 習慣は、高いウェルビーイングの状態から生じた のではない点である。むしろ、いつの頃からか、
この形に夫婦が納まるようになり、それが継続さ れ、年月を経て、家族ウェルビーイングが高くなっ た。ここでの時間的順序関係も明確である。
こうした実例から、時間的前後関係でいえば、
先に実践があり、継続されることで、家族ウェル ビーイングが高まった可能性が指摘される。もと はさほど高くなかった家族ウェルビーイングが、
実践の習慣化により高まった。そこには、当初高 かったからこそ、実践が可能だったという順序と は違う、時間的関係がみられた。
本節最後に、本稿の限界を挙げる。その1つは、
方法論にある。統計的手法に関しては、複雑さや 精密さを追い求めれば上限がないが、多変量解析 を行わなかったことが、簡単に指摘されうる批判 である。しかし、いかなる多変量解析もまた完全 な結論を導くものではない。本稿では、多変量解 析よりも重要なものとして、1つ1つの独立変数 の具体的な存在感を強調した。多変量解析に多く の変数を入れ込むことで、具体性がぼやけること は少なくない。本稿では、たとえ多変量解析を行っ たとしても、本稿で取りあげた知見は揺るがない と期待するが、あえてそれは今後への課題とする。
また、質的エビデンスの提示をする際、昨今は グラウンデッドセオリー等を用いるのが、1つの 無難なやり方だろう。とはいえ、それもまた完全 な結論を導くものではない。得られる知見の有意 義性や実践性を優先させるならば、特定の質的方 法を用いることは、さほど重要でないと考えたの が今回の判断である。
また今回は、4年制大学生のみを対象としたた め、それ以外の学生や、東京近郊以外の調査結果 を示せなかった。しかし、実際に調査したところ で大差ないものと予想する。また、少なくとも東 京近郊の4年制大学に在籍する大学生とその家族
からは、こうした知見が得られたのは事実である。
7.結び
本稿はこれまでの既存研究に欠けていた点に貢 献しようとした。それは、特段、非行・犯罪・離 婚等の問題を抱えていなくとも、明確に最善の状 態とはいえない家族は世に多々存在するが、こう したケースでの家族ウェルビーイングに、自分た ち自身の努力・工夫で、実践的に貢献しうる具体 的習慣がありえると示すことだった。今後の家族 研究は、こうした点でも進展していくことが、社 会から期待されているのではないだろうか。
注
1)より正確には「ある個人の家族生活におけ る、その個人のウェルビーイング(oneʼs well- being in oneʼs family life)」だが、本稿では便 宜上「家族ウェルビーイング」と表現する。
2)法政大学キャリアデザイン学部、斎藤ゼミナー ルによる。なお、事前調査が12名に対して行 われ、質問文のワーディングの修正等をした。
3)ただし有意水準でなかったため、今後のさらな る調査が必要である。
4)ただし長期調査を遂行するなど、本稿で実施し た量的調査の枠を超えた実証の試みが有効であ り、今後の課題である。
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