1
西 周 『 致 知 啓 蒙 』 を 読 む(上)
鈴 木 修 一
1
r致 知 啓 蒙 』 は 西 周 が 刊 行 し た 「日本 で は じめ て 試 み られ た 形 式 論 理 学 の 解 説 書 」川 で あ り、 そ の 題 名 は 現 代 風 に 言 え ば 、 「論 理 学 入 門 」 とで も言 うべ き も の で あ る。 西 は こ れ に 先 立 っ て 、 オ ラ ン ダ留 学 中 に 受 け た S.Visseringの 国 際 公 法講義 の 翻 訳 で あ る 『官 版 萬 国 公 法 』 『和 蘭 畢 酒 林 氏 萬 国 公 法 』(共 に慶 慮4年 刊)、Philosophyの 訳 語 と して 「哲 学 」(2)とい う 語 が 日本 で最 初 に 出 て い る 、彼 の 哲 学 論 、認 識 論 とで も言 え る 『百 一 新 論 』
(明 治7年 刊)を 刊 行 して お り、 これ らに 次 ぐ第 三 番 目 の著 書 と して 出版 され た 。(3)
前 掲 「日本 で は じめ て試 み られ た」云 々 は、例 え ば、当時 の 新 聞 広 告 で 「本 邦 未 曾 有 の珍 書 」(4)など と宣 伝 され て い る こ とか らも 、 そ うで あ っ た の で あ ろ う。
さ て 、 著 書 の 表 題 で あ るが 、 「啓 蒙 」 とは 、 そ の こ とば の 文 字 通 りの 意 味 を 解 して 、蒙 を 啓 く、つ ま り紹 介解 説 に よ る 入 門 くらい の 意 味 で あ ろ う。
「啓 蒙 」 とい う こ とば の 詮 索 を す る の は 、 こ の拙 論 で は 措 く と して も、 少 な く とも、 これ が 例 えば 、 カ ン トの 言 うよ うな意 味 で 使 われ て い るの で は な い こ と は確 か で あ ろ う。{5〕事 実 、第 一 章 の 末 尾 で こ う言 っ て い る。 「今 、
カ ラ ハ ン
此 書 ハ 、 旧 キ 致 知 学 ノ 、 合 率 ノ 諸 法 ノ ミ ヲ挙 ケ 、 柳 力 初 ヒ學 ヒ ノ 楷 梯 トナ シ 」(393頁)。 つ ま り、 こ の 書 は 「初 ヒ 學 ヒ ノ 楷 梯 」 で あ り 、 入 門 書 で あ
z
る 、 と 断 っ て い る の で あ る 。
表 題 前 部 の 「致 知 」 と は 、 書 の 冒 頭 で 言 っ て い る よ うに 「ロ ジ カ 」 の 訳 語 で あ る 。(390頁)最 初 は 「学 原 」と訳 して い た よ う で あ る が 。(390頁)〔6〕
「致 知 」 と は 『大 学 』 の 「格 物 致 知 」 の 「致 知 」 を と っ た も の で あ る 。 「マ
カ ラ カ ヘ
ツ ロ ジ カ テ フ ヲ 、 支 那 ノ 語 二 翻 シ テ 、 致 知 学 ト名 ケ ツ 」(391頁)と あ る 。
マ マ
た だ し語 は 借 り た が 、 そ れ は 『大 学 』 で 言 う 「物 二 格 リ ヌ レ ハ 、 即 チ 知 ハ 致 リ ヌ」 と い う よ う に 、 格 物 の 後 に 来 る 「致 知 」 で は な く、 「格 物 ノ マ ヘ ニ 、 致 知 ノ 術 ヲ先 ニ ス ル トハ 、 少 シ ク事 カ ハ リ ヌ レ ト、 」(391頁)
と 断 っ て い る よ う に 、そ の 「知 」の レベ ル の 相 異 を 認 め た.ヒで の 借 用 で あ る 。 以 上 の こ と か ら 、『致 知 啓 蒙 』と は 『論 理 学 入 門 』と 言 っ て よ か ろ う と思 う。
そ れ で は 、 ロ ジ ッ ク の 訳 語 と し て 論 理 学 と い う語 が い つ 頃 か ら用 い ら れ る よ う に な っ た の か 、 と い う 問 題 が 残 る が 、 正 直 の と こ ろ 筆 者 に は わ
か ら な い 。 わ か っ て い る の は 、 例 の チ ャ ン プ ル のINFORMATIONOFTHE
PEOPLEの 翻 訳 が 文 部 省 に よ り企 て られ 、 明 治 六 年七 月 か ら 『百 工 応 用 化 学 編 』 を 初 め に 刊 行 さ れ 始 め た と き の 予 告 で は 『明 理 学 』 とな っ て い た が 、 十 一 年 十 一 月 に 実 際 に 刊 行 さ れ た と き に は 『論 理 学 』 と な っ て い る 。 ま た 、
明 治8年1月 に そ の 第1号 を 刊 行 し た 『共 存 雑 法 』 の 、39号(明 治12 年9月)か ら 、40、41、44、46、49、51、53、55、56号(13年2月)
に10回 に 渡 っ て 連 載 さ れ た 菊 池 大 麓 の 「論 理 学 説 約 」 が あ る 。㈹ し か し、
明 治14年4月 に 刊 行 さ れ た 、 井 上 哲 次 郎 が 中 心 的 に 関 わ っ て い る 『哲 学 字 彙 』(9)には 「論 法 」 と の 訳 が 対 応 さ せ ら れ て い て 、 『増 補 改 訂 哲 学 字 彙 』 (明 治17年5月)に な っ て も 、 そ の ま ま で あ り、 明 治45年1月 の 『英 佛
u..和 哲 学 字 彙 』 に な っ て 、 「論 法 」 と 並 記 さ れ る か た ち で 「論 理 学 」 と い う こ と ば が 現 れ て い る 。
酉 周r致 知 啓 蒙 』 を 読 む(一 ヒ)3
2
さて 、い よい よ、そ の 内 容 だ が 、さ し当 り、そ の概 略 と、そ れ 以 前 の 、注(E7) で触 れ た 稿 本2種 との 異 同 に触 れ て お こ う。 刊 本 は 、 第 一 章 学 原 大 旨 に 始 ま り第 十 二 章 同異 表 決 に終 わ る第 一 巻 と、第 十 三 章 、 命 題 諸 式 に始 ま り、 第 二 十 五章 帰 納 開端 に終 わ る第 二 巻 か ら構 成 され て い る。 『五 原 新 範 』 は 、 刊 本 の第 一 巻 部 分 の み が 残 さ れ て い て、 語 句 に は 、 刊 本 との相 異 が若 干 散 見 され 、 刊 本 に 向 け て の 原 語 か らの 用 語 の翻 訳 の苦 労 が 偲 ばれ る もの の 、 刊 本 が 漢 字 カ タカ ナ ま じ り文 で あ るの に対 して 、 漢 字 ひ らが な ま じ り文(と 言 っ て も漢 字 の使 用 頻 度 が か な り低 く、 そ の お 陰 で(?)、 刊 本 の 漢 字 の 読 み が 大 い に助 け られ る とい う利 点 が 、 現 代 の わ れ わ れ に は あ る。)で 、 内 容 的 に は大 差 な い と言 え る。 これ に 対 し、 最 初 の 稿 本 『学 原 稿 本 』 は章 立 て もい くつ か異 な り、 用 語 の訳 語 と して は 、大 差 とは言 え な い に して も、 か な り後 の二 本 とは 異 な る。 文 は 漢 字 ひ らが な ま じ り文 で あ
る。 個 別 的 な相 異 は 後 に 内容 の具 体 的 検 討 の 際 に 触 れ る。
刊 本 に 目次 は な い が 、 以 下 に そ の 章 立 て を掲 げ る。
第一章 原学 大 旨 第二章 文学 関渉 第三章 学術分 岐 第 四章 原 由学術 第 五章 念 区概括 第 六章 命名定義
第七章 第八章 第九章 第十章 第⊥章 第±章
鉤念 引考 立極 命題 主属 彙類 歴上 套挿 外延 内包 同異表 決
以 上 第 一 巻
4
第よ章 命題諸式 第茜章 対偶互証 第去章 反対互証
第t章 転換 互証第‡章 演題四図 第夫章 首図定則 第先章 演題通則
軌一兀題混種咄妬四還演易諸開一!ノノ7ヨ生ツΨ口﹂勺ヨ ルレ ハ れ
二 化 拗 眞 模 帰
章 章 章 章 '淳 章
けコ ロ ひノロノ ロ
第 第 第 第 第 第
以上第二巻
こ の 章 立 て を 見 て す ぐ気 が つ く こ と は 、 現 在 論 理 学(あ る い は 哲 学)で 使 用 さ れ て い る 用 語 は 、 命 名 、 定 義 、 命 題 、 外 延 、 内 包 、 眞 偽 、 還 元 、 帰 納 、 く ら い の も の で あ る と い う こ と で あ り 、 そ れ が 多 い か 少 な い か は 、 意 見 の わ か れ る と こ ろ で あ ろ う。
こ の 章 立 て は 必 ら ず し も そ う で は な い が 、 巻 の わ け 方 は 、 西 が 断 っ て い る よ う に(393頁)J・ ス テ ユ ア ー ト ・ ミ ル のSystemoflogic, ratiocinativeandinductiveの わ け 方(全 体 が 、BookI〜BookVIか ら 成 っ て い る 、 そ の う ち のBookI,BookIIに 対 応 し て い る)に 見 合 っ て い る 。(iO)
こ こ で 大 き な 疑 問 が 残 る が 、 そ れ は 、 論 理 学 入 門 の 書 と は 言 え 、 西 が ミ ル に 大 き な 関 心 を 抱 い た の は 、 ミ ル の 帰 納 法 に 関 して で あ る の に 、(t]}そし て 、 ミ ル の 『論 理 学 大 系 』 の 中 心 はBookIIIの 「帰 納 法 」(事 実 、 こ の 巻 だ け で 全 体659頁 の う ち の222頁 分 を 占 め る)に あ る は ず な の に 、 な ぜ そ れ を 省 略 し た の だ ろ うか 。
西 が オ ラ ン ダ 留 学 中 に 最 大 の 関 心 を も っ て 学 ん だ の は 、 よ く 知 ら れ て い る よ う に 、 コ ン トの 実 証 哲 学 と ミル の 帰 納 法 に 基 く哲 学 で あ っ た 。 明 治6 年6月 頃 に 完 成 し た 『生 性 獲 纏 』 に こ う述 べ られ て い る 。 「而 古 今 東 西 儒
ブ ウ コ ス ト コ ン ト
學 哲 学 ノ流 伝 、 性 里 ノ論 説 ノ\ … … 法 ノ懊 胡 斯 、坤 度 力実 理 學 二淵 源 シ 、
西 周 『致 知 啓蒙 』 を 読 む(上)5
ン ヨ ン ス チ ワ ル ト ミ ル
近 日 有 名 ノ 大 家 、 英 ノ 約 翰 、 士 低 化 多 、 美 爾 力 帰 納 致 知 ノ 方 法 二 本 イ テ 、 始 メ ナ ン ト 思 フ ナ リ 。」(36頁)。 し か し 、 こ の 書(結 局Tij行 さ れ な か っ た が)も 、 そ う 述 べ な が ら 、 全 体 が 二 篇 か ら 成 る 、 そ の 第 一 篇 は 、 「源 二 折
リ 宗 ヲ 開 ク 」 と 題 さ れ 、LewesのTheBiographicalHistoryofPhilosophy,
fromitsorigininGreecedowntopresentday,1857.に 依 拠 し た 哲 学 史 的 記 述 で あ り 、 「坤 度 氏 ノ 生 体 學 」 と 題 さ れ た 第 二 篇 は 、 同 じ 著 者 の Comte'sPhilosophyoftheSciences:beinganExpositionoftheprinciples
oftheCoursdePhilosophiePositiveofAugusteComteのsectitionXVI‑
XXの 西 な り の 解 釈 を ま じ え た 抄 訳 で あ っ て 、 ミ ル の 帰 納 法 に つ い て は ほ と ん ど 触 れ て い な い 。
先 に 省 略 し た と 言 っ た が 、 第1:章 は 、 な る ほ ど 、 「帰 納 開 端 」 と 題 し て 、
la.
「… … 新 シ キ 致 知 学 ノ、 帰納 ノ法 ハ 、 固 ヨ リ約 翰 ・十 低 亜 多 ・彌 爾 氏 ノ致 知 軌 範 二 、譲 ラム ト思 ヒ ヌル ニ 」 と断 って 、「サ ハ イ へ 、猶 一 ト通 リ論 ラ ヒテ 、 学 者 二 、 其 緒 ヲ示 サ テ ハ 、 得 モ 已 ム マ シ キ コ トア ル ナ リ」 とそ の ア ウ ト
ライ ン だ け を示 して 、 「学 者 ソ レ之 ヲ本 書 二 講 究 セ ヨ」(448頁 〜450頁) で 終 わ って い て 、ミル の 「本 書 」に お け る帰 納 法 の位 置 付 け とは全 く異 な っ て い る。 少 な く と も ミル の 「本 書 」 か らす れ ば、 この 帰納 法 こそ が 、論 理 学 の 中 心 で あ り、 事 実 、 古 い 致 知 学 で あ る形 式 論 理 学 は 、 そ の 領 域 が 「以 前 に知 られ て い た真 理 に基 く推 理 か らな る、 わ れ わ れ の 知識 部 分 に 制 限 さ れ な け れ ば な らな い 」 と述 べ られ て い る。田)
従 って 、 先 に 引 用 した よ うに 、西 は ミル の 帰 納 法 に基 く哲 学 を 高 く評 価 して い た の だ か ら、 いつ れ 後 に な って 、 第 三 巻 以 降 も書 くつ も りで い たの か も しれ な い と思 わ れ る。
た だ し、古 い 致 知 学 で あ る形 式 論 理 学 に つ い て 、 西 独 自の見 解 も示 され て い て 、西 の意 図 は 、 そ れ に基 い て の この 書 の 執 筆 の 動 機 と解 した方 が よ い の か も しれ な い 、 と も思 う。 即 ち 、 「… … 学 ヒノ道 二 、心 ヲ寄 ナ ム者 ハ 、
6
オコド
何 ノ学 ヒニ モ ア レ、 得 モ 歓 マ シキ 、手 解 キ ノ學 ニ テ 、 中 ニ モ 、 形 而 上 ノ論 ラ ヒニ ツ キ テ 、 此 学 ヒノ ナ カ リセハ 、 数 ノ学 ヒナ ク シテ 、 格 物 ノ學 ヲ、 事 トス ル カ如 クナ ル ヘ シ」(391頁)と 述 べ て、 西 の 当面 の 最 大 課 題 で あ っ た 形 而 上 学 にお い て は 、格 物 の 学 に お い て 、 数 学 が不 可 欠 で あ る よ うに 、
この 致知 学 で 十 分 とは言 え な い に して も、 差 し支 え ない と判 断 した の か も しれ な い 、 と推 測 され る。
3
な お 少 し、刊 本 と 二 種 の 稿 本 、特 に 『学 原 稿 本 』と の 関 係 に 触 れ て お こ う。
第 一 章 の 題 で あ る が 、 『学 原 稿 本 』 で は 「学 原 大 旨 」、 『五 原 新 範 』 で は
「学 原 大 旨 」、(た だ し、 原 学 と語 を 入 れ 替 え る 傍 注)、r致 知 啓 蒙 』 で は
「原 学 大 旨 」 とな っ て い る 。 「学 原 」 と は 、 五 原 、 即 ち 、 学 原(ロ ジ ッ ク)、
性 原(プ シ コ ロ ジ ッ ク)、 教 原(エ チ ッ ク)、 政 原(ド ロ ワ ナ チ ュ ラ ー ル 、 ヒ ロ ソ ヒ ー ヂ ュ ドロ ワ)、 治 原(エ コ ノ ミ ー ポ リ チ ッ ク)(t2)と い う(今 様 に 言 い 替 え れ ば 、 順 に 、 論 理 学 、 心 理 学 、 倫 理 学 、 自然 法/法 哲 学 、 政 治 経 済 学)、 五 つ の 基 本 的 学 問 の 一 つ と さ れ て お り、 第 一 章 は 、そ の 学 原(=
論 理 学)の 大 旨 を 記 述 す る とい う章 で あ る 。 と こ ろ が 『五 原 新 範 』で は 「原 学 」 と語 順 を 逆 に し、 刊 本 で は そ れ を 踏 襲 して い て 、 意 味 不 明 と な っ て し
ま っ て い る 。
さ ら に 疑 問 と し て 残 る の は 、 そ ん そ も これ ら 二 種 の 稿 本 を 書 い た と き 、 西 は 単 に 論 理 学 書 を 著 そ う と した の で は な く、 上 に 述 べ た 五 つ の 基 本 的 学
問 を 体 系 的 に 著 そ う と し た の で は な い か 、 と思 え る 点 で あ る 。 『学 原 稿 本 』 に は 、 「五 原 新 則 第 壼 巻 学 原 第 一̲」 と 記 さ れ て お り 、 そ の 第.:の 稿 本 の み が 残 さ れ て い る の で 、 全 集 の 編 者 大 久 保 は 「学 原 稿 本 」 と して い
る の で あ ろ う。 『五 原 新 範 』 は 最 初 「五 原 新 範 第 一 巻 学 原 第 一 篇 」 と あ っ た の が 「致 知 範 原 学 門 」 と訂 正 さ れ て い て 、 先 に 触 れ た よ う に 、 致
西 周 『致 知 啓 蒙 」 を 読 む(.1二)7
知 とい う こ とば が現 れ て くる。 以.ヒの こ とを考 え 合 わ せ る と、 『五 原 新 範』
の 浄 書 後 、 校 合 前 ま で は 、西 は 「五 原 」 を 含 む体 系 的 書物 の 構 想 を も っ て い た の で あ ろ う、 とい う推 測 が成 り立 つ 、と思 え るが 、い か が で あ ろ うか。
と こ ろで 、話 を 「致 知 」に戻 す と、 『学 原 稿 本 』の 終 りの二 章 「命 題 諸 式 」
「同 上 余 説 」 の部 分(こ れ は 『致 知 啓 蒙 』 の第 二 巻 第 十 三 章 に該 当す る が) で 、命 題 の三 式 に つ い て 触 れ て 、 すべ て の 命 題 は六 つ に集 約 さ れ る と述 べ
カ タ
る が、 そ の 集 約 の仕 方 につ い て 、 「猶 約 メ法 の事 につ き て 種 ナ々 の 論 ふ へ き
オ ホム ネ
こ とあ れ どそ は 演式 の 後 に其 概 略 を挙 て詳 き 事 は 致 知 稿 義 を著 は さ む を待 ちね 」(339頁)と 記 して い る。 つ ま り この 稿 本 とは 別 に、 も っ と詳 細 な 論 理 学 書r致 知 稿 義 』 を書 くつ も りで い た ら しい。
しか し、 『致 知 啓 蒙 』 を 出版 した と き に は 、 そ の意 図 は 全 くな くな っ て い た ら し く、第 ⊥ 章 の 末 尾 で 、『学 原 稿 本 』 同様 命 題 三 式 につ い て触 れ た 後 、
「尚 約 メ法 ノ コ トニ就 テ 、種 々 論 ラ フヘ キ コ トア レ ト、ソ ハ 、口授 ナ ラ テ ハ 、 悉 ス ヘ クモ ア ラ ス 、 精 シ キ コ トハ 、 本 ツ文 二 譲 リテ 、 … …」(418頁)と 記 して い る。 つ ま り、 文 章 で書 け ば詳 細 に 論 じ長 くな りす ぎ て 、 この 入 門 書 で は そ れ は無 理 だ か ら、 ミル の原 書 を 参 照 され たい 、 と言 って い るの だ が 、 「精 シ キ コ トハ 、 本 ツ 文 二 譲 リテ 」 と記 す と きの 西 の 気 持 ち は い か ば か りで あ っ た ろ うか。 時 代 は 現 代 と違 い 、現 代 に お い て は 、 「詳 細 は原 書 を 参 照 され た い」 と入 門 書 の 類 にあ っ て もそ れ ほ ど無 理 難 題 をふ っか け た こ とに は な らな い と思 わ れ るが 、 当時 未 知 の学 問 で あ っ た論 理 学 の 入 門 書 を 、 これ を 読 ん で理 解 す る こ とが 相 当 に難 しか った は ず で あ り、 しか も原 書 を 入 手 して参 照 す る こ と自体 、 そ して そ の英 語 を解 す る こ との 困難 さ に 思 い を 致 す な ら、 「精 シキ コ トハ 、 本 ツ文 二譲 リテ」 は読 者 を 冷 淡 に 突 き 放 す こ と以 外 の な に もの を も意 味 しな い 、 と言 え る で あ ろ う。(13)
『致 知 啓 蒙 』 本 文 に 入 る前 、 最 後 に 西 の 、 翻 訳 の難 しさ につ い て語 っ て い る箇 所 に 触 れ て 、 特 に哲 学 と い う学 問 の 日本 へ の 移 植 の 難 しさ(こ れ
8
は形 を 変 え て現 在 に お け るわ れ わ れ の 西 洋 理 解 の 難 しさ とな って い る 、 と 言 っ て も過 言 で は な か ろ う。)を 西 が 充 分 自覚 して い る とい う こ と、 そ れ に も拘 わ らず 、先 駆 者 と して敢 えて そ れ を 試 み よ う とい う西 の姿 勢 をみ て お こ う。 第 六 章 で 、定 義 の例 と して 「仁 」 につ い て 触 れ な が ら、 こ う記 し て い る。
ト ツ シ ニ コ ト ノヘ コ ト ノへ
「又 外 国 ノ 語 ハ 、 之 ヲ 翻 ヘ ス コ ト、 イ ト難 シ 、 ソ ハ 想 像 上 二 渉 ル 言 ハ 、
サ リ
多 ク ノ\ 彼 ト震 ト、 念 ノ 上 ニ テ 異 パ リ、 又 正 サシ キ 形 ノ ア ル 者 ニ テ ハ 、 其
コ トハ
形 チ ニ テ 異 ハ リ テ 、 讐 ヘ ハ 、 仁 テ フ 語 ナ ト、 震 二 翻 ヘ サ ム 語 ナ ク 、 鼎 テ フ 者 、 震 ノ 金 鍋 トハ 、 異 ナ ル カ 如 シ 、 学 者 能 ク心 セ ヨ カ シ 、」(401頁)
先 ず 端 的 に 外 国 語 を 日 本 語 に 翻 訳 す る こ と は 大 変 難 しい と 言 う。 恐 ら く こ れ は 現 代 の わ れ わ れ に は 想 像 も つ か な い 位 難 しか っ た の だ と思 う。 「想 像 上 二 渉 ル 言 」 と は 、 こ こ で は 言 い か え れ ば 、 抽 象 的 な 言 語 と 言 っ て も よ い だ ろ う し、 特 に 西 に と っ て は 、 性 理 学 上 の 、 つ ま り哲 学 上 の 、 あ る い は 「形 而 上 」 の こ と ば 、 と言 っ て も よ い だ ろ う。 と 言 う の は 、 「想 像 力 」 は 西 の 解 した と こ ろ で は 、「… … 性 理 学 に て 、イ ト重 キ 司 サ ヲ勤 メ 」(398頁)
る 能 力 で あ り 、 想 念(=概 念 を 創 る)の 一 種 で あ っ て 、 そ れ は こ の 能 力 に よ っ て 創 られ た 「正,ノシ キ 形 ナ ク シ テ 、 其 性 質 ノ ミ ヲ 、 指 シ タ ル 」 こ と ば で あ る か ら で あ る。 確 か に 概 念 が こ と な る ど こ ろ か 、 そ う い う 概 念 す らな い こ との 多 い こ と ば の 翻 訳 は 現 在 の わ れ わ れ に も 、 そ の 困 難 さ の 点 で 、 同 様 で あ る 。
し か し 、 西 に よ れ ば 、 続 け て 言 わ れ る よ う に 、 「正,ノシ キ 形 ノ ア ル 者 」 に つ い て も 同 様 で あ る と さ れ る 。 しか し、 これ に つ い て は 、 現 物 な い しは 画 像 が 与 え られ 、 説 明 さ れ れ ば 解 決 の つ く こ と で あ っ て 、 前 者 とは 原 理 上 の 困 難 さ が 異 な る こ とは 、 西 は 言 外 に 了 解 して い た の で は な い か 。
西周 げ致知啓蒙』を読む(i=)9 さ ら に も う一 ヶ所 、 翻 訳 上 の 問 題 で は な い け れ ど、 彼 我 の こ とば の 違 い に 触 れ て い る 。
「… … 又 主 位(=主 語)ノ 下 ノ 、 ハ 文 字 ハ 、 佗 シ 国 ノ 言 ニ ハ 、 カ カ ル テ ニ ヲ ハ ハ ナ ケ レ ト、 我 国 ノ 言 語 ニ テ 、 止 例 ニ テ ハ 、 之 ヲ用 フ ル ヲ 、 当 レ リ
シ カシ カ
トス 、 ソ ハ 、 匠 別 ノ 助 辞 トテ 、 彼 ハ 斯 々 ナ リ トモ 、 此 ハ 然 ナ リ ト、 定 ム ル 心 ニ テ 、 イ トカ ラ ア リ、 正 例 ニ テ ハ 、 佗 シ テ ニ ヲ ハ ヲ 、 通 ハ シ 用 フ ヘ キ ニ ア ラ ス 」(404頁)。
4
以 下 、 『致 知 啓 蒙 』 の 本 文 に 即 して 、 西 に よ る 本 邦 最 初 と言 わ れ る形 式 論 理 学 の紹 介 解 説 を 見 て い く。(14)
第 一 章 に お い て、上 述 の よ うに 、稿 本 で 「学 原 」 とされ て い た の が 「原 学 」 とな っ て い るが 、 これ もLogicの 訳 で あ る こ とに 変 わ りは な い と思 わ れ る が 、そ の 「原 学 大 旨」 で 、論 理 学 の意 義 に つ い て記 した 次 に、「1日キ致 知 学 」 の 歴 史 を 見 事 に簡 略 に描 き 出 して い る。 「此 学 ヒ、 欧 羅 巴ニ テ ハ 、 イ ト旧
ブ リ ト ノ ト ノレ
ク ヨ リ、 伝 ハ リ ツ ル コ トニ テ 、 カ ノ 希 膿 ノ 昔 シ 、 亜 立 斯 度 徳 テ フ 、 名 高 キ
モ ノ ソ リ
博 識 二 創 マ リ テ 、 之 ヲ ロ ジ カ ノ 父 トナ ム 云 ヒ ヌ ル 」 と始 め る 。 ア リ ス トテ レ ス に お い て 「ヂ ァ レ ク チ ッ ク」 と呼 ば れ て 、 ほ ぼ 「旧 キ 致 知 學 」 は 大 概 形 成 さ れ て い た が 、 「ス トイ ク テ フ 学 派 」 の 時 か ら 「ロ ジ カ 」 と 呼 ば れ る よ う に な り、 「ス コ ラ ス チ ク 」 の 時 に ほ ぼ 完 成 して 「朝 近 ノ 新 哲 学 」 へ と 伝 わ っ て き た 、 と。(391〜2頁)〔L5)
コ トハ
そ し て 、 「ロ ジ カ 」 の 語 は 、 ギ リ シ ャ 語 の 「ロ ゴ ス 、 語 」 「レ ゲ イ ン 、
コ トハ
話 ス テ フ 言 」 に 由 来 す る と説 明 し、「ヂ ァ レ ク チ ク 」 は 「ヂ ァ 共 二 」 「レ ゲ イ ン 」 の 合 成 語 と して の 成 立 を 説 明 す る こ と に よ り、 「初 メ ナ ル ハ 、 語
コ コ ロ
ヲ使 フ テ フ 意 、後 ナ ル ハ 、人 ト話 ス テ フ 意 ヨ リ、物 ノ 理 リ ヲ 、論 ラ フ 意 二 、
io
移 リ タ リ 、 ソ レ故 二 旧 ク ヨ リ、 ロ ジ カ テ フ 語 ノ 、定 義 トテ 、論 解 ノ 術 トソ 、 云 ヒ ヌ ル 」 と意 味 の 変 遷 に つ い て 述 べ る 。 そ して こ の 「論 弁 ノ 術 」 と は い か な る 術 で あ る か を 以 下 の よ う に 説 明 す る 。 「コ ハ 何 ニ モ ア レ、 物 ヲ 論 ラ ヒナ ム ト、 思 フ トキ 、 マ ツ 理 リ ノ 至 レル ヤ 、 ハ タ至 ラ サ ル ヤ ヲ、 試 ム ル 爲
カナ
ニ 、 トア ル 題 ヲ設 ケ テ 、其 理 リニ 、合 ヘ ル ヤ 否 ヤ ヲ 、探 ラ ム 為 ノ」(392頁)
ハ ミ ル ト ン
術 で あ る、 と。 さ ら に近 頃 「合 美拉 頓 氏 」 に よ り 「思 慮 ノ法 ノ學 」 と定 義 され た けれ ど基 本 的 に は変 わ りは な く、「此 頃 ノ碩 儒 、カ ノ シ ス トム ・オ フ ・
フ ミ
ロ ジ ッ クテ フ 、 名 立 タル 書 ノ 、 著者 ナ ル 、 約 翰 士 低 亜 多 彌 爾 氏 二 至 リ テ 、大 イ ニ 其 面 目 ヲ、新 タニ セ リ」(393頁)と 西 な りの 見 解 を 示 して 、 「旧 キ 致 知 學 」 は 「唯 論 ヒノ理 リヲ、 試 ム ル マ テ ノ術 」 にす ぎず 、 「言 ハ ハ 黄
ヨ ノ ア ン ツ ケ で ン
金 ノ 良 否 ヲ見 ル ニ 、 カ ノ 試 金 石 ヲ 、 用 フ ル カ 如 シ」 と して そ の 積 極 的 意 義 を 認 め ず 、 ミ ル の 新 しい 致 知 学 こ そ 「新 タニ 、 ア ル 理 リ ヲ 、 襲 明 ス ル コ ト ニ 」(同 上)役 に 立 つ の だ と指 摘 す る 。
しか し先 に 記 した よ う に 、 こ の 指 摘 とは 裏 腹 に 「今 、 此 書 ハ 、 旧 キ 致 知 学 ノ 、合 率 ノ 諸 法 ノ ミ ヲ 挙 ケ 」 る の で は 、何 か チ グ パ グ な 感 が 否 め な い し、
当 時 の 読 者 に は 多 い に 不 満 が 残 っ た で あ ろ う と推 測 さ れ る 。
「文 學 関 渉 」 と題 さ れ る 第 二 章 は 、 致 知 学 と 「言 語 文 辞 ノ 学 」(=文 学) の 緊 密 な 関 係 が 、 「考 ヘ ト、 言 トハ 、 イ ト親 シ キ 族 ラ 」(393頁)で あ る と の 認 識 か ら考 察 さ れ る 。致 知 学 は 本 来 文 章 科 を 構 成 す る 語 科(Grammar) 文 科(rhetoric)と 並 び 、 そ して そ の 「奥 」(=要)で も あ る論 科 と し て 出 発 した 。 と言 う の は 、 文 字(=文)に よ っ て 考 え も表 現 さ れ る の で あ っ て (=「 ナ ヘ テ ノ 考 ヘ ヲ 、 総 フ 」 る)、 「総 ル 文 字 テ フ ハ 、 郎 チ 考 ヘ ヲ写 セ ル 、 唱 フ ヘ ク 、 記 ル ス ヘ キ 言 」(394頁)で あ る か ら で あ る 。 従 っ て こ の よ う
コ トハ オ キ テ
な 理 由 か ら 、 致 知 学 の な い 所 で も 、 「ナ ベ テ 、 論 ヒニ 渉 レル 語 ハ 、 此 則
イ
ヲ知 ラ ス 知 ラ ス モ 、 自 ラ ニ 、踏 ミ ツ ル 」(394頁)の で あ る 。 だ か ら こ そ 、 親 し い 関 係 に あ る 「言 語 文 辞 ノ 学 」 と致 知 学 の け じめ を わ き ま え 、 そ の 境
西周 『致知啓蒙』を読む(上)11 界 を は っ き りさせ る必 要 が あ る。
以 上 が 「文 学 関 渉 」の要 旨で あ る が 、こ こに は 、西 な りの 「考 へ 」「言」「文 字 」 の 三 者 の 関 係 につ い て の 、恐 ら くそ れ 以 前 の 日本 人 に は 把 握 され て い
なか った で あ ろ う考 え が は っ き り と打 ち 出 され て い る と も言 え よ う。
第 三 章 は非 常 に 短 い章(こ の 書 の 中 で も最 も短 い)で 「学 術 分 岐 」 と題 され て い る が 、 致 知 学 が 大 き く二 つ の 分 野 か ら成 っ て い る とい う指 摘 を 行 う。 これ は古 くか らあ る分 け方 で 、 一 つ は 「専 ラ観 察 上 二 渉 リ、心 カ ノ運 用 ヲ宗 トシ論 ヒ、 直 チ ニ 哲 学 ノー 部 タル 者 」 と して の 「単 純 致 知 」[pure
ワサ
logic】(=純 粋 論 理 学)で あ り、他 の0つ は 「右 ノ 運 用 ヲ 、事 二 引 キ 充 テy、
論 ラ フ 者 」(39頁)と し て の 「施 用 致 知 」 【applyedlogid(=応 用 論 理 学) で あ る 。 しか し二 つ に 分 け て 把 え られ て い た に も 拘 わ ら ず 、 共 に 「術 」 と
し て 継 承 さ れ て き た(そ の 根 拠 は 筆 者 が 注(16)で 記 し た よ う に 、 論 理 学
フ ウ ト レ イ
=こ とば の技 術 観 に あ る)が 最近 吼 多 爽 氏 が 、 致 知学 は学 と術 を 兼 ね て い る と指 摘 し、 さ らに 、 前 者 は 「専 ラ学 ノ等 輩 二 齢 ヒ」 とす る学 と して、 後 者 は 「専 ラ術 ノカ タニ 就 」 く、 と区 別 した が 、 この 区 別 は な る ほ ども っ と もな こ とで あ る と、 そ の 考 え を西 は 受 け 入 れ て い る。
両 者 い ず れ も 「演 題 」(二 三 段 論 法)を 適 用 して事 柄 の 当否 を 判 定 す る も の で は な い が 、 と断 って 、 こ こか ら西 の 形 而 上 な る もの へ の傾 向 が よ く うか が え る考 えが 述 べ られ る。
オ
「此 学 ヒニ 依 テ 、 形 而 上 二 渉 ル 理 リ ヲ、 断 ハ ル ニ 、 自 ラ ニ 、 カ ヲ 得 ル ハ 、 其 功 ホ シ 、 誠 二 鮮 シ トセ ス 、 故 二 、 術 ト云 フ ヨ リモ 、 学 トイ フ ニ 、 重 ク渉
リ タ レ ドモ 、 … … 」(395頁)
西 は あ く ま で も 論 理 学 が 、 断 る ま で も な い が 、 古 い 論 理 学 で あ る 形 式 論 理 学 が 、 形 而 上 に 関 わ る 分 野 で は そ の 威 力 を よ く発 揮 す る の だ と考 え て お り、 そ の 故 に 術 と い う よ り は 学 で あ る と の 認 識 が 示 さ れ て い る 。 しか し、
ま た 、 「… … ア ラ ユ ル 事 ノ 理 リ ヲ 、 考 へ 定 ム ル モ ノ 」 で も あ る の で 、 「術 タ
12
ル ヲ 免 レ 難 シ 」 な の だ と も 言 っ て 、 結 局 、 致 知 学 は 「学 ト術 トニ 、 渉 リ タ ル 」 と い う特 徴 を も つ の だ とい う フ ー ト レイ の 主 張 を 確 認 して い る 。(16)
第 四 章 は 「原 由 学 域 」 と題 さ れ て い て 、 論 理 学 とい う学 の 対 象 分 野 が特 定 され て い る。
ハ ミ ル ト ン
第 二 章 で西 に よ り受 け入 れ られ た 、 合 美 拉 頓 に よ る 「思 慮 之 法 ノ学 」 と して の致 知 学 の 考 えか ら、致 知 学 と性 理 の 学 との親 近 性 に触 れ る こ とに な
00000
る。 そ れ は 、 致 知 学 が 、 「心 ニ テ 、 トア ル 物 ヲ考 へ 、 物 ヲ弁 マ へ 、 又 物 ヲ
0000000
定 メ テ 、 然 ナ リ ト知 ル 」(396頁)と い う 「三 ツ ノ 運 ヒ」 に 関 わ る 学 だ か ら で あ る 。 しか し 、性 理 学 に 較 べ れ ば 、そ の 分 野 は 狭 い 。 とい うの は 、情 、
000
意 は 致 知 学 の 分 野 か ら 外 れ る か ら で あ る。 即 ち 、 「致 知 学 ハ 、 専 ラ 智 ノ 性 二 本 ツ キ テ 、 情 ト意 トヲ 、 域 ヒノ 外 二 置 キ タ リ」(同 上)。
さ ら に こ の 「智 ノ 性 」か ら も 「致 知 学 ノ 彊 ヒ ヨ リ外 レ タ ル 者 」(同上)が あ っ て 、 そ れ は 何 か と い う と 、 「直 覚 、 又 無 媒 諦 」(397頁)と 名 付 け ら れ る
00
もの で あ る。 例 え ば 、 春 の 草 を 見 て 「緑 ナ リ ト知 リ」、 秋 の 楓 を 見 て 「紅
00
キ ナ リ ト知 リ」 と い う類 の 。(m
こ の よ う に し致 知 学 に お い て は 、 情 、 意 、 直 覚(=無 媒 諦)が そ の 範 囲
ウ ラ ハ ラ
か ら取 り 除 か れ 、 残 さ れ た 分 野 は 、 知 の な か の 「無 媒 諦 ト、 正 二 表 裏 トナ リ タ ル 、 有 媒 諦 」 とい う こ と に な る 。
続 く第 五 章 に お い て は 、観 念(又 は 概 念)の 形 成 に つ い て も 記 述 さ れ る 。 表 題 は 「念 区 概 括 」 で あ る 。 「念 」(=観 念 、 概 念)は 「直 覚 ノ 積 リテ 、 念
トナ ル 」(397頁)の で あ る が 、 つ ま り、 「初 テ 犬 ヲ 見 テ 、 其 犬 タ ル ヲ 知 ル 」(398頁)は 直 覚 で あ る が 、 こ こ か ら 出 発 し て 、 さ ま ざ ま な 犬 を 見 る と い う経 験 の 積 み 重 な りを 通 し て 、 犬 に つ い て 心 中 に 形 成 さ れ た も の 、 そ れ が 「念 」で あ る 。 そ し て こ の 「念 」が 形 成 さ れ る と 、す べ て の 犬 に つ い て 、 犬 と 見 る こ と が 可 能 に な り、 そ の 可 能 と す る 能 力 が 「概 括 力 」(=一 般 化 、
西 周 『致 知 啓 蒙 』 を 読 む(」 ⊃13
普 遍 化 の 力)と 呼 ば れ 、 こ れ が 「知 リ」 の 始 ま り と な る。
「念 」に は 、量(=「 度 量 観 」)の 側 面 と、質(=「 形 質 観 」)の 二 側 面 が あ っ て 、 そ れ ぞ れ の 側 面 に 即 し て 「概 念(=notion)」 「想 念(=idea)」 と対 応 して 呼 ば れ 、「念 」 の 言 語 表 現 で あ る 名 が 「通 フ 名 」(=普 通 名 詞)と 「専
ラ ニ ス ル 名 」(=固 有 名 詞)に 分 た れ る 由 縁 と な る 。(398頁)
そ し て こ の 「想 念 」 の 一 種 に 「想 像 力 」 が あ る が 、 そ れ は や や も す る と
「妄 想 」 に 陥 り易 い か ら と の 注 意 が 付 さ れ る が 、 こ の 「想 像 力 」 に つ い て は 何 ら説 明 は な さ れ な い 。 何 の 根 拠 も示 して い な い が 、 想 像 力 は 「性 理 学 ニ テ 、 イ ト重 キ 司 サ ヲ勤 メ 、 震 ニ テ モ 、 ナ ヘ テ 形 而 上 ノ 事 ノ 論 ラ ヒニ ハ 」
(398〜399頁)助 け とな る こ と特 に 多 い 、 と 述 べ て 、 こ こ で も 西 の 、 致 知 学 を 性 理 学 上 と の 関 連 で 捉 え て い く傾 向 が よ く うか が え る 、と言 え よ う。
4
「命 名 定 義 」 と題 され た第 六 章 か ら、 古 い 致 知 学 の 本 体 に い よ い よ踏 み 人 る こ とに な る。
第 六章 か ら第 二 巻 の 冒頭 第 ⊥ 章 命 題 諸 式 ま でが 、 普 通 形 式 論 理 学 の三 大 部 門 の一 つ とされ る名 辞 ・命 題 論 で あ り、 第 西 章 対 偶 互 証 か ら第 茜章 模 範 諸 種 ま で が も う一 つ の部 門 演 繹 推 理 で あ る。 残 る一 章 第!,章 帰 納 開端 は残
りの部 門 で あ る蓄 然 的 推 理 へ の 導 入 部 で あ る。
「名(前)」 は 「念(=観 念)」 が 作 られ る こ と に よ り形 成 され るが 、 そ
コ トハ
れ は 念 が 「言 」(=言 語 表 現)に 、 つ ま り、 声 に 出 さ れ た り、 言 語 記 号 に 記 さ れ る こ と に よ り、 可 能 に な る 。 「名 ハ 、 マ ツ 念 ア リ テ 、 後 二 生 ル 》者
ナ ル 」(399頁)で あ る が 、人 の 世 が 開 け て か ら は 、名 を 先 に 知 っ て 物(=
物 の 念)が 後 に な る こ と が 多 い 。 そ れ を 先 天aprioriと 後 天aposteriori と い う こ とば で 述 べ て い る 。 そ し て 前 章 で 述 べ ら れ た よ う に 、こ の 名 に 「通
コ ト ハ
ヘ ル 名 」 と 「専 ラ ニ ス ル 名 」 が あ る と指 摘 す る が 、 こ れ は 、 「語 ノ 学 ヒ」
14
に 譲 る と して 、 これ 以 上 、 言 及 され な い 。圏 この よ うに して 、前 章 で の 記 述 を 受 け 継 い で次 の よ うに整 理 す る。
ン ル
「書 セ ル 言 ハ 、唱 ヘ タ ル 言 二 本 ツ キ 、唱 ヘ タ ル 言 ハ 、直 覚 ヨ リ得 タ ル 念 二 、 本 ツ キ 、 念 ハ 物 ヲ 知 ル ヨ リ 出 ツ 」(399頁)
つ ま り、 物 → 念 → 唱 ヘ タ ル 言 → 書 セ ル 言(=「 記 セ ル 記 毎 」)と い う 四
ト ホ メ カ̲{.
つ の 媒 介 を 経 るの で あ る、 と。 そ して遠 望 鏡 の 例 を使 って 、 そ の 眼 鏡 の玉 が よ く真 を 写 さな い(「 微 力=隠 レタル 理 リ ヲ、能 ク見 分 ケ 、知 リ分 」(400 頁)け な い)と 、 形 の 真 を 失 うよ うに 、 理 りの 真 を顕 わ す こ とが で き な く
ケル
な って しま うの で 、「定 義 ノ術 」が 大 事 に な る 、と言 う。 「違 イ ノ 出来 易 キ ハ 、
… 物 ノ 物 タ ル 所 ヲ、念 二 包 ミ得 サ ル ト、 又 逆 サ マ ニ 、 言 ノ意 。ヲ、 念 二 酌 ミ取 リ得 サ ル 」(400頁)場 合 、つ ま り 「物 ト念 」 「念 ト言 」 との 間 に 、 真 を 失 う危 険 性 が あ る、 と指 摘 す る。 そ して 真 を捉 え損 って い る と気 づ い た ら、 あ くま で物 を 真 と して 、 これ に照 ら し合 わ せ て 、念 を 訂 正 す べ き で あ る 、 とは、 西 の実 証 主 義 的 態 度 が よ く表 れ て い る指 摘 で あ る と言 っ て よ い で あ ろ う。 命 名定 義 は つ ね に 出発 点 で あ る物 に即 す べ き こ とを 最 優 先 に す る べ き だ とい うの で あ る。
こ こで 先 の 「通 ヘ ル名 」 と 「専 ラ ニ ス ル 名 」 の 区別 に加 え て 、 具 象 名 詞 と抽 象 名 詞(と い う こ とば は 使 っ て い な い が)の 区別 を 導 入 す る。 定 義 に
ナ リ
あ た っ て つ ね に 物 に 即 す べ き と は 言 っ て も 、 そ れ は 「正 サシ キ 形 ノ ア ル 物 [concrete]」 に は 可 能 だ が 、 「正}1シ キ 形 ナ ク シ テ 、 其 性 質 ノ ミ ヲ 、 指 シ タ ル 想 像 上 ノ 物 【abstract]」(同 上)に は そ う は い か な い 。 特 に こ ち ら は 「違 ヒ ノ 、 イ トモ 多 キ モ ノ 」 で あ り、 そ れ は 検 証 す べ き 対 応 す る も の が な い の
テ タ テ
で あ る。 で は ど う した ら よ い の か 。 これ に は 「佗 シ 術 ナ シ」 とお 手 上 げ か とい う と、 西 は 次 の よ うに 解 決 方 法 を 提 示 す る。 「唯 今 ト昔 シ ノ 、正 シ
モ ノ
キ 文 、 ハ タ勝 レ タ ル 著 述 家 ノ 、 論 セ ル 者 ナ トヲ 、 考 へ 合 セ テ 、 言 ノ 意 。ト、
西周 『致知啓蒙』を読む(̲fI)15 己 ノ カ念 トヲ、 正 スヘ キ ナ リ」(同 上)と 。 こ こに は 、 か つ て 西 が 朱 子 学 に あ きた らず 思 っ て い て 、 偶 然 手 に して 学 ん だ但 侠 学 の影 響 が 強 くで て い る と言 え よ う。 特 に 「正 シ キ 文 」つ ま り古 典 に 帰 って 、物 に格 く とい う(こ の場 合 「正 リシ ク形 ノ ア ル 物 」 とい わ れ る物 とは異 な る とは い え)こ とか ら出発 す る とい う、 先 の指 摘 と同 じ姿 勢 を とっ て い る の は 注 目す べ き こ と であ る。 西 の 最 人 の関 心 事 で あ る形 而 上 の こ とが 、一 半 が この こ と と大 き く関 わ っ て い るが 、 他 方 西 は そ れ で 満 足 す るの で は も ち論 な い 。 この書 と ほぼ 同時 に書 か れ た 『生 性 畿 纏 』 に 見 られ る よ うに、も う一 方 に於 い て は 、
「生 理 ノ 実 験 二 糠 テ 、 性 理 ノ纏 奥 ヲ発 ス ル 」(67頁)と い う考 えへ の 指 向 を 強 くも って い るの で あ る。
この 章 で は さ りげ な く、 そ れ と明 示 して い な い が 、 論 理 学 と形 而 上 学 と の 関 係 に お け る、 論 理 学 の重 要 さ、 困難 さを 明 確 に 自覚 して い る と言 っ て
よい だ ろ う。
第 七 章 鉤 念 引 考 に お い て 、 名辞 か ら命 題 へ の 移 行 が 論 じ られ る。 媒 介 さ れ た 念 も そ れ が 「単 ヘ ナ ル 念 」 つ ま り犬 を犬 と題 した もの は 、 「唯 直 覚 ノ、
念 トナ リタル ヲ、 言 二 題 シ タル マ テ ナ リ」(401頁)で あ っ て 、 致 知 学 の 用 に供 す べ き は、 「春 ノ 草 ハ 、 緑 ナ ル 者 ナ リ」 の 類 の 「有 媒 諦 」 で あ るの だ が 、 これ は 「無 媒 諦 二 嫌 ピア リテ 、 且 イ ト知 リ易 キ 理 リナ レハ 、 何 程 ノ
き ウ チ
価 値 モ ア ラ ス 」(同 上)と す る。 しか し 「何 程 ノ 価 値 モ 」 な く と も、 これ は これ で よ い の で あ る。 退 け る理 由 は何 もな か ろ う。 西 は しか し、「必 ス 上 ナ ル 言 ハ、 イ ト知 レ難 キ 理 リアル ヲ、下 ノ言 ニ テ 、説 キ 明 シ タル 」(同 上)類 の もの で あ るべ き だ とい う。 つ ま り、 主 語 と述 語 の 間 に 直 感 的 に了 解 し うる よ うな類 の もの は価 値 が な く、 難 解 な 主 語 を 述 語 が説 き明 か す よ
うな 類 の もの で あ る必 要 が あ る 、 と言 うの で あ る。
西 の 挙 げ て い る一 つ の 例 を 見 て み よ う。 「郷 ハ 徳 ノ 賊 ナ リ」 に お い て は 、 郷 は 世 に も誉 れ あ り、 郷 党 に て も 皆 彼 を 信 じて い る が 、 そ の 行 い
16
に 有 徳 で あ る こ と を 疑 わ せ る 点 が あ る か ら 、 「徳 ノ 賊 」 と断 じ られ る。 郷 の 郷 悪 た る は す べ て の 人 に 知 ら れ て お り、 有 徳 の 人 の 妨 げ と な る 者 を 徳 の 賊 と い う の も 誰 に も 知 ら れ て い る が 、 こ の よ う に 、 「上 ノ 念 ト、 下 ノ 念 ト、 相 待 チ テ 、 其 間 タ ニ 、 知 ル 所 ア ル ヲ 、 有 媒 諦{mediatecognitionor
inference](同 上)と 呼 ば れ る 。
こ の 「知 ル 」 は 、 両 方 の 念 が 結 合 さ れ て 、 「唯 郷 ヲ 、 徳 ノ 賊 ナ リ ト、
知 ル コ トニ テ 、 … … 知 リテ 念 ヲ 作 ル ニ ハ ア ラ ス 、 作 リ タ ル 念 ヲ 合 セ テ 、 上 ノ 念 ト、 下 ノ 念 ト、 相 係 ハ ル 理 リ ヲ 、 知 ル コ ト」(同 上)で あ る 。 つ ま り 、 主 語 、 述 語 は そ れ ぞ れ 既 知 の 念 で あ る が 、 そ れ を 結 合 す る こ と に よ っ て 、 そ れ ま で 未 知 で あ っ た 新 し い 知 が 明 ら か に さ れ る と い う の で あ る 。 「此 ニ ツ 者 ノ 、 相 係 ハ ル 理 リ ヲ 、 知 ル ニ テ 、 郷 ト、 徳 ノ 賊 トノ 、 媒 チ ニ 因 テ 、 知 リ タ ル 理 ナ リ」 と記 さ れ る。
この よ う な 「知 リ」 を 「有 媒 諦 」(・=媒 介 さ れ た 真 理)と 呼 び 、「其 考 へ 」 を 「弁 証 ノ 考 へldiscursivethought1(403頁)(=媒 介 さ れ て 真 理 に 到 達 す る 考 え)と 呼 ぶ が 、 これ は 致 知 学 の 要 諦 で あ る 。
本 章 の 題 で あ る 鉤 念 引 考 と は 、 こ の よ う に 「一一ツ ノ 念(=主 語)ヨ リ、
一 ツ ノ 念(=述 語)ヲ 鉤 引 シ
、 一 ツ ノ念 ヲ ー ツ 念 二 、 套 挿 ス ル ノ 運 用(主 語 を 述 語 に よ っ て 媒 介 し、主 語 と 述 語 の 一 体 化 した 知 を 創 り 出 す こ と)ヲ 、 考 ヘ ト云 ヒ、」(同 上)と い う こ と を 意 味 して い る 。
さ ら に 論 じ られ る こ と な く、 「考 へ[thought]、 「弁[judgement]、 が 同 格 に 置 か れ 、性 理 学 で は 、「意 思 【will1、思 慮[thought】 」、「思 量[consideration]」 、
「思 惟[contemplation】 」、 「計 較 力[comparison1」 と そ れ が 呼 ば れ る 、 と 西 苦 心 の 訳 語 が 列 挙 さ れ る が 、 省 略 が 過 ぎ る の で は な い だ ろ う か 。 そ して こ れ ら は 皆 「念 ヨ リ 決 二 致 ル 」中 間 的 運 用 で あ る と指 摘 さ れ る 。 そ して 、「念 」
「考 へ 」 「決 」 三 つ が 致 知 学 の 三 大 運 用 とな す 、 と記 さ れ て い る が 、 これ は 現 代 の 適 用 語 に 置 き 代 え れ ば 、名 辞 、命 題 、推 理 と考 え て 間 違 い な か ろ う。
西 周 『致 知 啓 蒙 』 を 読 む(一 ヒ)17
5
第 八 章 は立 極 命題 と題 して 、極 を 立 て て命 題 を な す 意 と思 わ れ るが 、 い よ い よ名 辞 論 か ら命 題 論 に 移 行 す る。 冒頭 い き な りpropositionを 、現 在
0
も通 用 して い る 「命 題 」 と訳 して 、「命 題 ノ法 ハ 」 と始 ま り、命 題 の 形 式 「イ
000
ハ ロ ナ リ」(403頁)を 提 示 す る 。 「命 題 」と訳 し た の は 、「「イ ハ ロ ナ リ」 ト、
命 ス ル ニ テ 、上 ミニ 、物 ノ 名 一 ツ 、下 モニ 物 ノ 名 一 ツ ナ リ」(同 上 、下 線 筆 者) と述 べ て い る と こ ろ に 由 来 す る の だ ろ う。 そ し て 、こ の 名 は こ の 学 び で は 、
「名 」 と か 「言 」 と い は ず 、 原 語 のtermの 本 来 の 意 味 と、 本 来 の 命 題 の
00
形 の 「イ ハ ナ リ ロ 」 と両 極 に あ る こ と と か ら、 「極 」 と謂 ふ 、 と断 る 。
クサJサ
そ し て 、 こ の 極 は 、 「言 ハ ニ 種 々 ノ 別 チ ア レ ト、 震(=致 知 学)ニ テ ハ 、
ケル
引 キ 概 メ 」 て そ う 言 う と、 そ し て 「唯 一一ツ ニ 纏 メ タ ル 、 念 ノ 標 」(同 上) で あ る と言 わ れ る 。 そ れ は 、「犬 」 と の み 言 うの も 、「白 犬 」 と 「形 質 言 」(=
形 容 詞)を つ け て い うの も 、 「吾 家 ノ 犬 」 と 「指 示 言 」(=指 示 形 容 詞)を つ け て い うの も 、み な 「一 ツ ノ 念 ノ 標 」と 見 な す と い う こ とで あ り 、更 に 「佗
シ書 キ 廻 シ 」 も そ う だ とい う と き 、 こ の 念 は 当 然 「〜 で あ る こ と」 の よ う な も の も考 え られ て い る の で あ ろ う か 。
わ れ わ れ が 現 在 主 語 、 述 語 と呼 ん で い る の を 、 主 位 、 属 位 と呼 び 、 そ れ ぞ れ 「題 ノ 重 ナ ル 念 」、 「主 位 二 属 セ ル 念 」 と説 明 さ れ 、 「ナ リ」 は 「定 言 」 (=繋 辞 、連 辞)と 呼 ば れ る(404頁)。 そ し て 「ナ リ」、「ニ ア ラ ザ ル ナ リ」
を そ れ ぞ れ 、 こ れ ま た 現 在 わ れ わ れ が 使 用 して い る よ う に 「肯 定 」 「否 定 」 とい う訳 語 を 用 い て い る 。働
こ こ で は 普 通 の 翻 訳 で あ っ た ら 何 ら 西 も 問 題 に し な い で あ ろ う 事 柄 に 、
0
学 問 的 厳 密 さ を 求 め て、 つ ま り 日本 語 と英 語 の 相 違 の 一 つ で あ る 、 「イ ハ
00
ロ ナ リ」 の 「ハ 」 に つ い て 触 れ て い る 。 「ハ 文 字 ハ 佗 シ 国 ノ 言 」 に は な い 、 い わ ゆ る 「テ ニ ヲ ハ 」 は な い 。 こ れ は 「区 別 ノ 助 辞 」 で 、 「佗 シ 国 」 に お
18
い て は 、「正 例(=正 書 法)ニ テ ハ 、… … 適 ハ シ用 フ ヘ キ ニ ア ラ ス 」(同 上) と指 摘 し て い る 。
主 属 彙 類 と題 さ れ た 第 九 章 は 、 主 語 と述 語 の 関 係 及 び 分 類 と い う事 柄 に つ い て 述 べ る 。
主 語 と述 語 と の 関 係 は 「形 質 観 」に 基 づ け ば 、「鉤 引 ノ 運 用[reductionj」(20)
ノ リ
と い う 「法 」(405頁)に 従 う 。 こ の 場 合 主 語 は 「正 サシ キ 形 ア ル 物 ノ 名 」 で な け れ ば な ら な い 。 「月 」 と 言 え ば 、「圓 力 」 「明 力 」「清 シ 」な ど の 「形 質 」 が 含 ま れ て い る と考 え ら れ る 。 前 者 は 「名 サ シ 挙 ケ テ 極 トス ル 物 」 で 「実 体 」 と呼 ば れ 、後 者 は 「実 体 二 附 キ タ リ ト考 フ ル 物 」で 「属 性 」 と呼 ば れ る 。
こ の こ と か ら 、主 語(=「 実 体 」)か ら述 語(=「 属 性 」)が 「鉤 引 」さ れ て 、「月 ハ 清 キ 者 ナ リ」 と い う命 題 を 作 る こ と が で き 、こ の 「法 」 を 「鉤 引 ノ 運 用 」
と 呼 ぶ の で あ る 。
他 方 、 「度 量 観 」 に 基 づ く場 合 、 「套 挿 「induction1ノ 運 用 」 に 従 う。 そ して こ の 運 用 は さ ら に 「彙 類 ノ 法 」(=分 類 法)(同 上)を 前 提 に し て い る 。 こ の 法 に は 二 種 の 運 用 法 が あ っ て 、 「分 解 法 」(=分 析)と 「総 合 法 」(=
総 合)で あ る 。 こ の 二 種 の 法 の 運 用 は 、何 も 致 知 学 に 限 定 さ れ る こ と な く、
す べ て の 学 問 に も 、 日 々 の 生 活 に お い て も 、 大 事 な こ と で 、 こ の 運 用 の 仕 方 次 第 で 人 の 能 力 の 差 が 出 て 来 る 、と致 知 学 以 外 の 効 用 が 指 摘 さ れ て い る 。
(406頁)例 を 挙 げ て 、「分 解 法 ハ 、細 ヤ カ ナ ル ヲ 、尚 細 ヤ カ ニ シ 、総 合 法 ハ 、
へ
大 イ ナ ル ニ 、 尚 大 イ ナ ル ヲ加 工 」 るの だ と述 べ られ 、 総 合 法 は 「歴 上 ル」
へ
の で あ り、 分 解 法 は 「歴 下 ル 」 方 法 と 次 い で 述 べ られ 、 天 地 の 問 の す べ て の 人 の 心 の 考 え に 入 る も の は す べ て 、 こ の 境 界 を 逃 れ る こ と は で き な い 、
と い う と き 、 こ の 発 言 に よ っ て 、 西 は 哲 学 の 領 域 で の 発 言 を して い る 、 と 言 っ て よ い だ ろ う。
そ して そ の 分 類 に お け る 、「上 行 」(二 上 位(概 念))、 「下 行 」(=下 位(概 念))、 「同 行 」(=同 位(概 念))と 呼 ば れ る 位 が あ っ て(同1)、 「上 行 」 は 。
西周 『致知啓蒙』を読む(上)19
「類 」、 「下 行 」 は 「種 」 と 古 くか ら言 わ れ て い る と注 して い る 。
な お こ こ で 、 致 知 学 と直 接 関 わ る の で は な い が 、 例 を 挙 げ た 説 明 の な か に 「機 性 体 」 「無 機 性 体 」 とい う こ と ば が 出 て い る こ と を 付 して お く。
6
第 十 章 は 「歴 上 套 挿 」 と題 して 、前 章 で 指 摘 され た 「彙 類 ノ法 」 に お け る 「歴 上 」 「歴 下 」 の 観 点 か ら、 「套 挿 ノ運 用 」 につ い て 論 じる。 歴 下 りす る こ とに よ っ て、 「実 体 ノ念 、 愈 々増 シ、 属 性 ノ念 、 愈 々減 リテ 定 リ」、 歴 上 りす る こ とに よ っ て 、 「実 体 ノ 念 、 愈 々減 リテ 定 リ、 属 性 ノ念 、 愈 々 増 シ テ 広 クナ ル 」 と適 切 に 指 摘 した 上 で 、 この よ うな考 え 方 か ら、 「套 挿 ノ 法 」 ガ論 じられ る。 「主 位 ノ言(=主 語)ノ \種 名 ニ テ 、下 行(=下 位 概 念)
ナル ベ ク、属 位 ノ言(=述 語)ハ 、類 名 ニ テ 、上 行(一 上 位 概 念)ナ ル ヘ シ」
(408頁)だ か ら、 「牛 ハ獣 ノナ リ」 「獣 ノハ 動 物 ナ リ」 とは言 え るが 、 「獣 ノ ハ 牛 ナ リ」 「動 物 ハ 獣 ナ リ」 とは 言 え な い 。 そ れ は後 者 の 場 合 、種 概 念 で
あ る述 語 に類 概 念 で あ る主 語 を 套 挿 す る こ とに な る か らで あ る。
さ らに 、「同 行(=同 位概 念)ニ テ ハ 、少 シ モ 、属 位 二 取 ル ヘ キ理 リナ シ」
(同 上)と 指 摘 し、 不 可 の 例 と して 「魚 ハ 鳥 ナ リ」 「梅 ハ 桜 ナ リ」 が 挙 げ ら れ る。
こ こで また 、 西 が なぜr致 知 啓 蒙 』 を 著 した か の 理 由 を 、 そ して致 知 学 へ の 西 の思 い 入 れ が 、 チ ラ ッ と顔 を 覗 かせ る。 曰 く、 以 上 の よ うな彙 類 の
モチ マエ
運 用 は 「此 學 ヒ ノ 、本 分 ナ ル 法 ニ テ 、弁 証 ノ 考 ヘ ニ 、用 フ ル 所 多 キ ソ カ シ 」。
(同 上)
こ こ で 、 前 章 か ら の 整 理 を 行 う 。
「主 位(=主 語)ヨ リ、属 性 ヲ 鉤 引 シ テ 属 位(竺 述 語)」 と す る の を 、「鉤 引 ノ 運 用 」 と か 「演[deductionsノ 法 」 と 言 い 、 「下 行 ノ 主 位(=下 位 概 念 で あ る 主 語)ヲ 、 上 行 ノ 属 位(;上 位 概 念 で あ る 述 語)二 套 挿 シ テ 、
20
属 位(=述 語)」 と す る の を 、 「套 挿 ノ運 用 」 と か 「帰 納[induction]ノ 法 」 と言 う、 と。(同 上)
先 に 挙 げ た 「牛 ハuaC7ナリ」の 例 で 考 え る と、「演 繹 ノ 法 」で は 、「牛 ノ 中 ヨ リ 、 脚 シ四 ツ ア リ 、 … … 道 理 ヲ 知 ル 性 ハ ナ シ 」 等 の 属 性 は 、 「… … 能 ク馬 二 似 タ
レ ハ 、 馬 ト同 シ ク 、 馬 ノ 性 ヲ、 備 ヘ タ リ」 と 考 へ 、 「帰 納 ノ 法 」 で は 、 「牛 ハ .ヒニ 云 ヘ ル 性 ヲ 備 へ 、 馬 、 羊 、 狼 、 犬 ナ トニ 、 似 タ レ ト、 燕 メ 、 雀 ナ ト ニ モ 、 鯉 、 鱒 ナ トニ モ 、 似 ス 、 サ レハ 、 其 総 称 ハ 、 獣 ニ テ 、 獣 ノ ー ツ トシ 、 其 類 ヒニ 、 入 レ挟 ミ テ 」、 ど ち ら の 場 合 も 、 「牛 ハ 獣 ナ リ」 と 「題 二 命 」 じ
ら れ る(同 上)。
こ こ で ま た 西 の 見 解 と して 次 の よ う に 記 さ れ る 。 「ア ル ハ 、 之(=「 套 挿 ノ 運 用)ハ 彼(=「 鉤 引 ノ 運 用 」)二 、 勝 レ リ ト、 謂 フ 説 ア レ ト、 彼 ハ 、
主 位(=主 語)ノ 属 質 ヲ、 属 位(=述 語)二 引 キ 下 シ 、 此 ハ 、 其 属 質 ノ 相 似 タ ル ニ 因 リ テ 、 下 行(=下 位 概 念)ヨ リ、 上 行(=上 位 概 念)へ 引 キ 挙 ル 者 ニ テ 、 … … 、 ニ ツ ノ 運 ヒ 、 相 待 ツ ナ リ 」(同 上)と 。 しか し、 当 時 に お い て も 、 こ の 引 用 の 冒 頭 で 西 が 述 べ て い る よ う に 、 ま た 現 在 に お い て も
「文(此)」 の 見 地 か ら命 題 を 捉 え て い く 方 が 、次 の 章 の こ とば を 使 え ば 「外 延 」 の 見 地 か ら命 題 を 捉 え て い く方 が 、 有 効 で あ る と認 め ら れ て い る こ と は 、 次 章 お よ び 「演 題(=三 段 論 法)」 を 論 じ る 段 に お い て 明 ら か で あ る こ とを 指 摘 し て お こ う。
第 ナ 章 は 、現 在 で も使 用 さ れ て い る 「外 延 内 包 」と い う語 の 章 題 を も つ 。 前 章 に お い て 指 摘 さ れ た よ う に 、 「pp+ハ牛 ナ リ 」 と は 言 え な い が 、 「或 ル 獣 ハ 牛 ナ リ」 の よ う に 、 度 量 観 に お い て 「其 標 シ ヲ 加 へ 」(409頁)る (=限 量 す る)と 、 命 題 と して 妥 当 す る も の に な り、 「徳 ハ 仁 ナ リ」 と は 言 え な い が 、 「徳 ノ 大 イ ナ ル 者 ハ 、 仁 ナ リ」 の よ う に 、 形 質 観 に お い て 、 「其 標 シ ヲ 加 へ 」 る(=形 質 を 加 え る 、 つ ま り限 量 す る)と 、 同 様 妥 当 す る も
の に な る が 、 後 者 の 場 合 、 「形 質 ノ 標 シ モ 、 度 量 観 ト変 リテ 、 其 全 サ ヨ リ、
西周 『致知啓蒙』を読む(士)21 減 リ タ ル 」 と認 め られ る よ う に 、 西 が 前 章 末 尾 で 、 「ニ ツ 相 待 ツ 」 と 言 っ た に も拘 ら ず 、 筆 者 の 指 摘 した よ う に 、 度 量 観 か らの 立 場 か ら 、 論 理 学 が 論 じ ら れ て い る の を 西 も 認 め ざ る を 得 な くな っ て い る。⑳ 形 質 も 量 りの 標
とな る の で あ る 。
と こ ろ で 、 「言 ハ」 に は 、 「外 延 」 と 「内 包 」 の 二 側 面 が あ る 。 「言 ハヲ 、 実 体 ノ 名 トシ テ 、 見 レ ハ 、 度 量 観 二 移 リ テ 、 之 ヲ、 言 ハノ 外 延[extension]
ト 名 ケ 、 又 属 性 二 就 テ 、 見 レ ハ 、 形 質 観 二 移 リ テ 、 之 ヲ 言 ハノ 内 包 [comprehension]ト 名 ク 」。(410貞)現 代 風 に 言 い 変 え れ ば 、 名 辞 の 適 用 さ れ る 対 象 の 集 合 を 、 そ の 名 辞 の 外 延 と言 い 、 名 辞 の 集 合 全 体 に 共 通 な 性 質 を 、 そ の 名 辞 の 内 包(=意 味)と 言 う、 と い う と こ ろ か 。 そ して こ こ で も 又 、 「此 ニ ツ ノ 考 ヘ ノ 中 ニ テ 、 外 延 ノ 考 ヘ ハ 、 印 チ 度 量 観 ニ テ 、 重 ク 命 題 ノ上 ヘ ニ 、 係 ハ ル コ トナ リ」(同 上)と 認 め て い る 。
そ して こ の 外 延 の 考 え 方 が 三 つ に 分 け られ る と して 、 単 称 、 複 称 、 全 称 と し て い る 。 こ こ で も 、 日 本 語 の 問 題 を 取 り 上 げ て 、 日本 語 に は 「一 ツ 言,、ヲ変 ヘ テ 、RQ称 ト、複 称 トヲ 、分 ツ 例 シ ナ ケ レ ハ 」 と指 摘 し て 、必 ず 「下
000
モ ニ ー ツテ フ言 」 「上 ミニ 指 斥 言 ノ、 此 テ フ 言 ハ 」(同 上)を 加 え て 、 全 称 と紛 れ な い よ うにす べ き だ と言 う。 特 称 に は 「或 ル 」、 全称 に は 「凡 テ ノ」
(411頁)と い う こ とば を付 す 、 とい うの は現 在 と同 じ考 え方 で あ る。(否
000
定 の 全 称 に は 、 「下 モ ニ 何 レ モ 」 を 付 す)。 全 称 に は 「漉 称linde且nitive】 」 と 「分 称[distributive]」 の 二 種 が あ る が 、前 者 は 「も の を く る め た る こ こ ろ 」 を 、 後 者 は 「も の を ひ と つ づ つ 、 の こ ら ず あ く る こ こ ろ 」(377頁)を 示 す が(22)、結 局 同 じ こ と で あ る か ら。 あ ま り こ だ わ ら ず に よ い 、と さ れ る 。(23)
こ こ で 突 然 「又 度 量 ノ 称 ナ ク トモ 、 演 題 ニ テ ノ\ 断 言 少 極 ハ 、 常 二 此 テ
000
フ 意 ニ テ 、 老 約 ハ 、 ナ ヘ テ テ フ 意 。ナ ル ヘ シ 」(411頁)と 言 わ れ て 、 読 者 は と ま ど っ た の で は な い だ ろ う か 。 「演 題(=三 段 論 法)」 、 「断 言(=結 論)」 、 「少 極(=小 名 辞)」 、 「老 約(=小 前 提)」 と い う こ と ば が 何 の 説 明
22
も な く使 わ れ て い る の に は。 しか も そ の語 が理 解 し得 て も 、 なぜ そ うな の か が全 く理 解 で き な か った で あ ろ う。これ らの こ とが理 解 で き る ため に は 、 第 究 章 まで 読 み 進 む必 要 が あ るの だ か ら。 拙 論 も、 そ こで触 れ る こ とに す る 。
こ の 章 の 最 後 の 文 に 移 ろ う。 「ナ ヘ テ 、 外 延 ノ 考 ヘ ハ 、 全 称 二 渉 ル コ ト 多 ク 、又 内 包 ノ考 ヘ ハ 、特 称 ヲ 用 フ ル コ ト、常 ナ リ」(同 上)と 記 さ れ る と き 、
コ ソ
そ の意 味 は ど うな の か。 全 称 は 「ナ ヘ テ ヲ挙 ル称 」 だか ら、 外延 の 見 地 か ら捉 え られ て い る の に 対 して、前 に 見 た よ うに特 称 は 「主 位 」に 「形 質 ノ標 」 を加 え て 「主 位 モ 、 属 位 モ 、 正 サシ ク、 同 シ量 リ」 とす る こ とに よ り成 り 立 つ との 考 えか ら、内包 の 見地 か ら捉 え られ る、とい う こ とな の であ ろ う。
7
第 一 巻 の 最 終 章 で あ る 第 ± 章 は 「同 異 表 決 」 と の 章 題 を も つ 。 先 に 触 れ た 致 知 学 の 三 大 運 用(「 念 」 「考 」 「決 」)の う ち の 「決[conclusion]」 の 形 体 を 表 わ す 「定 言[copula1」 に つ い て の 議 論 が 主 題 で あ る 。 「一 体 」(=
個 体)を 見 て 、 「此 犬 ハ 此 犬 」 「此 犬 ハ 能 ク吠 ユ ル 者 ナ リ」 と 言 う と き 、 そ れ は 他 の 犬 に は 妥 当 せ ず 、 こ の 犬 だ け に 妥 当 す る こ と で 、 こ れ を 「眞 一 {truism]」 又 は 「自 己 明 証[self‑evidence]」(412頁)と い い 、 こ れ は 致 知
000
学 上 の 問題 で はな い。 しか し、 「眞 一」 に お い て 「此 イ ハ イ ナ リ」 「此 イ ハ
00000
彼 イ ニ 非 ル ナ リ」 は 、 致 知 学 に お い て 「イ ハ ロ ナ リ」 「イ ハ ハ ニ 非 ル ナ リ」
00
と言 う の と 同 じで 、 「其 同 異 ヲ求 ム ル 」 の で あ り 、 「イ ハ ロ ト同 一 ナ ル 者 二
00
テ ア リ 」 「イ ハ ハ と 不 同 一 ノ 者 ニ テ ア リ 」 と 定 め る こ と で あ る 。 こ れ を 「同 一[identity1
、不 同 一 【non‑identity]ノ 弁 」 と 言 い 、「可 考 不 可 考[consistence andnon‑cconsistencelノ 決 」(413頁)と も 言 う 。 こ れ が 章 題 の 意 味 で あ ろ う 。
今 ま で 述 べ て き た 種 々 の 法 に 従 っ て 「己 ノカ 心 ヲ 以 テ 、 己 ノ 心 ヲ 運 」 ん
西周 『致知啓蒙』を読む(⊥)23
で 、「同 一 ナ リ」 「不 同 一 ナ リ」 と考 え る の を 「決 」 と言 い 、「言 二 顕 ハ シ テ 、
000000
肯 定 ニ テ ナ リ 、否 定 ニ テ ニ 非 ル ナ リ」 と表 現 す る こ と を 「定 説[assertionl」
と言 い 、 そ の 表 現 さ れ た も の を 「定 言 」 と言 うが 、 実 は こ の 「決 」 を 行 う の は 「心 」 で は な く 「理 性[reason]」 な の で あ り、 天 の 人 に 与 え た 「霊 智 [intetellect】(同 上)な の で あ る 。(24)
そ し て 理 性 の 「シ カ ニ テ ア リ」 とか 「シ カ ニ テ 非 ス 」 と 決 め る こ と を 、
「莫 逆 嘉 納[non‑contradiction}」(=無 矛 盾)の 法 と 呼 ん で い る 。 こ れ は 現 在 「思 考 の 原 理 」 と か 「論 理 学 の 原 理 」 と呼 ば れ て い る も の で あ り、 そ れ は 三 つ の 「輩 元[axiom1」 か ら 成 っ て い る と 指 摘 す る 。 第 一一は 「肯 定 ノ 定 説 」(=同 一 律)と 呼 ば れ る 。 こ れ は 「同 一 ナ リ」 と定 め ら れ 、 「属 位 、 主
0
位 ト、同 一 ナ リ ト定 メ サ レハ 、肯 定 ノ 題 ハ 、考 フ ヘ カ ラ サ ル コ ト、警 ヘ ハ 、「イ
000
ハ ロ ナ リ」(=「AはAで あ る」)テ フ カ 如 シ」 と説 明 され る。 以 下 の二 つ に つ い て もそ うで あ る が 、 この 様 な説 明 か らす る と、 ど うも西 は、 これ ら 三 つ の 単 元 か ら成 る 「莫 逆 嘉 納 ノ法 」 を実 在 す る も の に つ い て の基 本 法 則 の よ うに捉 え て い た節 が うか が え るが 、 そ うだ とす る と誤 解 で あ ろ う。 こ
00
れ らの 単 元 は 、 推 理 にお い て イ は ロ と した ら、 結 論 に達 す る ま で、 途 中 で そ れ を 変 え な い とい う こ とで あ っ て、 推 理 の 一 貫1生を 守 る た め の 基 本 法 則 な の で あ る。
第 二 は 「否 定 ノ定 説 」(・=矛 盾 律)と 呼 ば れ 、「不 同一 ナ リ」 と定 め られ 、
「属 位 、 主 位 ト、 不 同一 ナ リ ト、 定 メサ レハ 、 否 定 ノ題 ハ 、 考 フヘ カ ラサ
000000
ル コ ト、 讐 ヘ ハ 、 「イ ハ ロ ニ 非 ル ナ リ」(=「Aは 非Aで は な い 」)ノ 如 シ 」 と説 明 さ れ る 。 第 三 は 、 名 称 は つ け ら れ て い な い が(も っ と も第 三 巻 第̲i 章 、つ ま り 次 の 章 で 「配 偶 無 ニ ノ 法 」 と 呼 ば れ て い る の が 、そ れ で あ る 。)、
「一 ツ ノ 念 ヲ 、 主 位 トナ シ 、 佗 シ 念 ヲ 、 属 位 トナ シ テ 、 ニ ツ ノ 者 ノ 、 相 係 ハ ル 考 ヘ ハ 、 必 ス 肯 定 ト、 否 定 トノ 中 、 其 一 ツ ニ ヲ チ テ 、 肯 定 ト、 否 定 ト
ナ カ ホ ト00O
ノ 、 中 間 二 、 在 ル コ ト ナ シ 、 讐 ヘ ハ 、 「イ ハ ロ ナ リ 、 然 ラ サ レ ハ 、 必 ス ロ
24
0000
二 非 ル ナ リ(=「AはBか 、 ま た は 非Bで あ る」)テ フ カ如 シ」(同 上)と 説 明 され る。 これ は 「排 中律 」 と呼 ば れ る もの で あ る。
そ して、 これ ら三 つ の 単 元 は 、以 前 は 分 け て考 え られ な か っ たが 、近 頃 の 大 家 は分 け て 考 え てい る と指 摘 して い るが 、 この こ とは現 在 にお い て も
イヤ ハテ
妥 当 す る 、 と言 え よ う。 た だ し、 「内 ニ テ モ 最 後 ノ 輩 元 ハ 、 其 力 イ ト強 ク 、 其 用 ヒ極 メ テ 人 イ ナ リ」 との 記 述 が 、 い か な る 根 拠 に 基 くの か は 、 説 明 抜 き で な さ れ て い て 、 そ の 真 意 は 不 明 で あ る 。
以 上 見 て き た と こ ろ で 、 第 一 巻 は 終 わ る 。 第 一 巻 は 、 西 の こ とば を 使 う と、 「學 二 附 キ タ ル 所 」 で 、 以 下 「術 二 渉 ル 所 」 で あ る 第 二 巻 が 続 く。(25)
注
以 下 『致 知 啓 蒙 』 及 び 、 そ れ に 関 連 し て 触 れ る 『学 原 稿 本 』 『五 原 新 範 』 か ら の 引 用 に つ い て は 、 『西 周WI̲・.第一 巻』(宗 高 書 房 刊 、 大 久 保 利 謙 編 、 昭 和56年10月 、 再 版) の 頁 を カ ッ コ 内 ア ラ ビ ア 数 字 で 示 し、 そ の 他 は 、 そ の 都 度 記 す る 。 な お 本 文 中(=…) は 現 在 一 般 に 使 用 さ れ て い る 用 語 に 、 筆 者 が お き 替 え た も の で あ る 。 引 用 に 際 して 、 旧 漢 字 は 現 行 の 新 漢 字 に 改 め た 。
な お 、 冒 頭 に 漢 文 「致 知 啓 蒙 自 序 」 が あ る が 、 拙 論 で は 最 後 に 触 れ る こ と に す る 。 (1).ヒ 記 全 集 解 説(大 久 保 利 謙)(638頁)
(2)一 ヒ記 全 集(289頁)
(3)書 誌 的 な こ と に 関 し て は 、 上 記 全 集 解 説(638頁 〜662頁)参 照 。
(4)『 郵 便 報 知 新 聞 』 明 治7年]2月23日 、542号 。 上 記 全 集 第 三 巻 解 説(59頁)
(5)カ ン トの 『啓 蒙 と は 何 か 』 に は こ う 書 か れ て い る 。 「啓 蒙 と は 、 人 間 が 自 分 の 未 成 年 状 態 か ら 抜 け で る こ と で あ る 。 と こ ろ で こ の 状 態 は 、 人 間 が み ず か ら 招 い た も の で あ る か ら 、 彼 自 身 に そ の 責 め が あ る 。 未 成 年 と は 、 他 人 の 指 導 が な け れ ば 、 自 分 自身 の 悟 性 を 使 用 し 得 な い 状 態 で あ る 。 … … そ れ だ か ら 、「敢 え て 賢 こ か れ!」 、
「自 分 自 身 の 悟 性 を 使 用 す る 勇 気 を も て!」 こ れ が す な わ ち 啓 蒙 の 標 語 で あ る 。」(篠 田 英 雄 訳 『啓 蒙 と は 何 か 』 岩 波 文 庫 、7頁)
(6)西 周 全 集 第 一 巻 』 に は 、 刊 本 の 『致 知 啓 蒙 』 の 他 に 、 『学 原 稿 本 』 と 『五 原 新 範 』