研究ノート
21 世紀のフランス思春期文学の実情と傾向
伊藤 敬佑
はじめに
本稿では、21世紀のフランスにおける思春期文学の出版状況を示すことを目指 す。これまで執筆者は、フランス思春期文学の歴史の解明を目的とした一連の研究 として、3本の論文1 を執筆してきた。その中では、同ジャンルの歴史を3つの時 期に区切り、そのうち、思春期向けを明確に意図したレーベルが誕生した第1期
(1960年代~1980年代初頭)と、その流れが一度途切れた後に再び重要なレーベ ルが生まれた第2期(1980年代半ば~2000年ごろ)における、思春期文学の出版 状況とそれを取り巻く人たちの持つ思春期文学観を論じてきた。しかし、いずれの 論考でも、このジャンルの現状に関しては、「現在活況にある」と触れるのみで、
深い言及はしていない。また執筆者の論考以外に、この分野に関して日本に伝えら れている情報はほぼない。そのため、なぜ活況にあると言えるのか、具体的にはど のような状況にあるのかといった疑問に対し、十分に説明が果たされていない。
そこで本稿では、フランス思春期文学の第3期(2000年ごろ~現在)を対象 に、この時期に創設された思春期向けレーベルの書誌的な情報と出版傾向をまと め、「現在の活況」の内実を明らかにしていく。この試みは、表層的なデータの集 積が中心となるため、その成果がそのままフランス思春期文学の歴史を描ききるも のではない。しかし、網羅的な出版状況の整理は、今後の作品分析や同時代批評へ の基礎研究となるだけでなく、とりわけ、この表層に対する言説の分析を通じ、深 層にある思春期文学観の解明に至るための、第一歩としての意義を持つだろう。
1章では、これまで扱う機会の少なかった先行研究に触れつつ3期の分割の妥当 性を確認し、第1期、第2期の概要を簡単に確認した上で、第3期の見取り図を示 す。2章では、第3期の重要なレーベルを個別に取り上げ、その概要と傾向を詳細 に読み解いていく。
1 章 フランス思春期文学の出版史の概要
1 節 3 期の分割の妥当性
思春期文学の研究文献は、フランスにおいても数少ない。そのうち、このジャ ンルの時期区分に明確に言及しているのは、ジョゼ・ラルテ=ジェファールのLe
roman pour ados(2005)2 である。長らく書店員として働きつつ、児童書出版社組
合の出す雑誌Citrouilleなどにも携わってきた彼女は、同著において、具体的な作 品を多数挙げつつ、このジャンルにまつわる様々な根幹的問いに答えている。
ジャンルの歴史については、前史を述べた後、多数の思春期向けレーベルを3つ の世代に分け、その概要と共に論述している。彼女が第1世代として挙げるレーベ ルは、いずれも1970年代初頭に誕生した、Duculot社の« Travelling »、G.T.Rageot 社の« Les Chemins de l’amitié »、G.P.社の« Grand Angle »、及び古典作品を思春期 向けに再販したGallimard Jeunesse社(以下GJ社)の« Mille Soleils »である。そ して、第2世代として挙げられるのが、« Les Chemins de l’amitié »と« Grand Angle
»が姿を消した後3、1980年代半ば以降に姿を現わすL’École des Loisirs社(以下 EdL社)の« Majeur »と« Médium »、及びGJ社の« Page Blanche »(以下« PB »)、
1992年 に で き たSyros社 の« Les Uns les Autres »、 さ ら に1995年 に 誕 生 し た、
« PB »のサブレーベルである« Page Noire »と、« PB »から移籍した作家兼編集 者クロード・ギュッマンによるSeuil社の« Fictions »、1998年にGJ社が新たに立 ち上げたレーベル « Frontières »である。そして、2000年に« PB »、« Fictions »、
« Frontières »の3レーベルが揃って姿を消すことで再び市場の再編がなされ、そ
の 後 に 創 設 さ れ た、Flammarion社( 以 下Fl社 ) の« Tribal »、Albin Michel社 の
« Wiz »、GJ社の« Scripto »などのレーベルすべてが、第3世代にあたる。
つまり、ラルテ=ジェファールは、1980年代半ばと2000年ごろを年代の切れ目と している。この区分は、拙稿「1980年代、1990年代フランスにおける思春期文学観
―『鏡小説』と『通過儀礼小説』―」4でも取り上げた、児童文学事典Dictionnaire du
livre de jeunesseにおける『思春期のための小説』の項目など、ほかの研究の中でも共
有されている。よって、この3区分法は、フランス思春期文学史を語る上で、スタ ンダードであると言って良いだろう。
2 節 本研究での区分と第 1 期、第 2 期の概要
一方、執筆者の研究の中では、ラルテ=ジェファールの区分をそのまま踏襲す るのではなく、2点の修正を加えている。ここでは、修正した区分を提示するとと もに、本稿の対象の前史にあたる第1期、第2期の概要を示したい。
第一に、このジャンルの誕生について、彼女が1970年代のレーベルを起点と しているのに対し、1966年に創設され、前述の事典を含め様々な場所で重要な思 春期向けレーベルと言及されるRobert Laffont社の« Plein Vent »を、第1世代と 同じグループに組み込んでいる。このレーベルもやはり1980年代初頭に廃止さ れているため、この時期に区切りを設定する妥当性はより高まるだろう。一方、
« Mille Soleils »は思春期向けと明言されておらず、傾向も異なるため、重視して
いない。よって、本研究における第1期は、ラルテ=ジェファールの区分よりも 起点を早く取り、1960年代半ばから1980年代初頭までとなる。この時期のほかの レーベルとしては、G.P.社で« Grand Angle »に先駆けて1967年から1976年まで 出版されていた« Olympic »と、1970年代半ばに数年だけ出版されたHachette社の
« Bibliothèque rouge »及び文庫版の« Poche rouge »が挙げられる。
この時期の特徴を簡単に記すと、« Plein Vent »はやや冒険小説に重きを置いてい るものの、全体的に社会的リアリズムを重視し、世界の様々な問題や、若者たちを 取り巻く社会の「現実」を描き、若者読者に伝えようとしている点が、共通点とし て指摘できる。また、思春期の若者自体が、社会の「現実」を知りたいという読書 欲求を持っているという前提も、これらのレーベルで共有されていた。一方、国別 に見るとフランスの作品が約7割と多く、他国からの翻訳では、同時期にすでにア メリカで「ヤングアダルト文学」と呼ばれていた作品の翻訳は、ロバート・コーミ アの『チョコレート・ウォー』などを訳出した« Poche rouge »以外ほぼ見られず、
このジャンルの影響は強くなかったと言える。
第二に、2000年前後に区切りを設ける点は同様だが、1998年から2000年にか けて出版された« Frontières »を、第2期ではなく第3期の特徴を先取りするレー ベルとして、後者の中に位置付けている。そのため、« PB »と« Fictions »の廃止 という観点では区切りは2000年であるが、第3期のレーベルの誕生という観点で は、1998年が区切りの年となり、この間は移行期として捉えられる。« Frontières » だけでなく、現在も出版が続き、第3期のレーベルとみなされる、« Tribal »やLe Rouergue社の« DoAdo »、Thierry Magnier社(以下TM社)の« Roman »など、こ の2年間に創設されたレーベルには現在も続く重要なものがあり、この捉え方も妥 当性を欠くものではないだろう。よって第2期は、« Médium »と« PB »が創設さ
れた1986年、1987年ごろから、2000年ごろまでという区切りとなる。
この時期は、« Médium »と« PB »のようにフランス思春期文学史を代表するレー ベルが生まれた一方、レーベルの数は« Les Uns les Autres »と« Fictions »を加えた 実質4つにとどまる、アンバランスな時期であった。作品の傾向としては、コーミ アやジュディ・ブルームの作品を多数出版した« Médium »を中心に、アメリカの
「ヤングアダルト文学」の翻訳の増加が第一に挙げられる。その一方で、それに触 発されたフランス人の若い書き手も多く発掘され、大人向けに小説を書いてきた作 家の起用も積極的に行われたため、第1期の作家とは大幅に入れ替わっている。作 品の内容としては、多くのレーベルが「同時代性」、「多様性」を打ち出しつつも、
読者に近い状況の若者を描いた作品、とりわけ彼らを取り巻く社会よりも、彼ら自 身の内面や悩み、生き方に焦点をあてた作品が中心を占めていた。この点におい て、第1期とは作品傾向が少し異なっていたと言える。受容者の中で、社会の反映 ではなく、若者の内面の反映する作品としての「鏡小説」(roman miroir)が盛んに 語られるようになったのも、第2期の末においてである5。
また、第1期の間には、作品の質の低さを指摘する批評家が多かったが、出版社 が文学的に優れた作品を強く志向した第2期には、その種の批判が弱まった点も、
2つの時期における受容状況の差異として挙げられる。この時期に思春期文学の評 価が高まったことが、次の第3期での飛躍につながったと言えるだろう。
3 節 第 3 期の概要
続いて、本稿の対象である第3期の概要を確認したい。2000年ごろに起こった 市場の再編以降におけるこれまでとの最大の違いは、出版数の増大である。過去に 100冊以上を出版したレーベルは、第1期では« Plein Vent »と« Travelling »の、
第2期では« Médium »と« PB »のそれぞれ2つだけであり、そのうち200冊を超 えるものは« Médium »のみであった。第3期では、200冊を超えるものが、第3 期でも変わらず多数の作品を出版している« Médium »と、« Wiz »、« Roman »、
Hachette Jeunesse社の« Black Moon »の計4レーベル、100冊以上が« Scripto »、
« Tribal »、« DoAdo »など7レーベルある。50冊程度出版しているレーベルも少な からずあり、市場の規模は第2期までとは比べ物にならない。また、第2期にも思 春期向けレーベルを出版していたGJ社やSeuil社といった出版社に加え、撤退し ていたHachette Jeunesse社やBayard Jeunesse社(« Millézime »)などの歴史ある大 手出版社、Le Rouergue社やTM社などの新興の小規模出版社も市場に加わり、多 様な出版社による活発な市場となっている。
作品内容を見ると、第2期同様に若者の日常を描いた作品が多く、中でも近年 は、少女の恋愛をテーマにした作品がよく見られる。これらは時に、英語圏では 20代前後の女性向け作品を指す言葉をフランスでは思春期向け作品にも拡張し、
チック・リット(Chick-lit)と呼ばれている。また、同じように現実を扱いつつ も、若者の薬物使用や暴力、殺人などの犯罪を描く暗いトーンの作品も少なからず 見られる。これらは、暗黒小説(Roman noir)あるいは単純にノワール(Noir)と 呼ばれることが多い。その一方で、第3期の特徴として、第2期までほとんど書か れていなかったファンタジー作品の増加が挙げられる。この背景には、まず「ハ リー・ポッター」シリーズ、次いで「ハンガー・ゲーム」シリーズを端緒とした 英語圏のファンタジーのブームがあるが、2000年代後半からは、主に翻訳のファ ンタジーを中心、あるいは専門とするレーベルも、« Black Moon »、GJ社の« Pôle Fiction »、Harlequin社の« Darkiss »、Fleuve Noir社の« Territoires »など複数生まれ、
思春期文学の中で重要なサブジャンルの1つとなっている。これら3ジャンルは、
それぞれが独立した異なる領域ではなく、現実を描く作品の大半はチック・リット とノワールの両極の間のいずこかに位置付けることができ、チック・リットとファ ンタジーが混ざり合うと、同じく英語から借用された、異種族との恋愛を中心とし たビット・リット(Bit-lit)のような、恋愛要素の強いファンタジー作品となり、
やはり多く見られるディストピア的作品は、ノワールとファンタジーの両側面を持 つ。現在のフランス思春期文学は、単純にまとめようとするならば、これらの3要 素の混交によってできていると言える。
また、この時期のレーベルのもう1つの特徴として、対象読者の上への広がりが 挙げられる。この時期の先駆と位置付けた« Frontières »を端緒とし、特に「ハン ガー・ゲーム」以降、それまでの思春期向けよりも対象年齢の高い作品を出版す るレーベルが増加する。その一方で、« Frontières »と同時期に始まった« DoAdo » は、1949年に子ども、若者向け書籍への表現規制法が制定されてから初めて、そ のコントロール下に入らないことを選択する。« DoAdo »と、その試みに同調した いくつかのレーベルは、まだ若い思春期向けだからといって、検閲、あるいは自己 検閲を受けず、主に犯罪や性などに関し、表現の幅を広げることに成功する。これ らの動きと並行して、従来の子ども(enfant)/思春期(adolescent)/大人(adulte)
の3区分が揺るがされ、思春期と大人の間にジューヌ・アデュルト(jeune adulte)
と呼ばれる区分が生まれる。これは、本来は英語のヤングアダルト(young adult)
に対応する言葉だが、アメリカや日本とは区分法のみならず指し示す年齢も異な り、18歳程度から上は25歳、場合によっては30歳程度までを指す。こうして、
ファンタジーの分野を中心に、より高年齢向けだが、しかし大人向けの文学とは区
分される領域が形成されていくのである。こういった作品は、結果的により高年齢 の大人にも読まれることとなり6、もともと「子どもでも大人でもない年齢」を対象 としていた思春期文学は、第3期になって、その具体的な読者年齢を広げているの である。
2 章 第 3 期の主要レーベル
1 節 Gallimard Jeunesse社のレーベル群
2章では、第3期の主要レーベルを取り上げ、その特徴を具体的に確認していく。
前 章 で 述 べ た よ う に、 第2期 の レ ー ベ ル の 中 心 を 担 っ た の は、EdL社 の
« Médium »と、GJ社の« PB »であった。しかし、前者が1986年に誕生して以来 2016年の現在に至るまで、フランス思春期文学のトップランナーであり続けてい るのに対し、後者は2000年には廃止され、両者のその後は対照的である。とはい え、GJ社自体がこのジャンルから手を引いたのではない。むしろ、20世紀末から 現在にかけて、« Romans Ado »(以下« RA »)、« Frontières »、« Scripto »、« Pôle
Fiction »(以下« PF »)といった思春期向けレーベルが、複数が並立する形で生み
出され、そこで多数の思春期向け作品が出版され続けている。1つの出版社が同時 期に複数の思春期向けレーベルを出版する例は、フランスの場合、SFや推理小説 に特化したサブレーベルを除くと、これ以前には« Médium »の初期に« Majeur » が並立していた例しかなく、GJ社の現状は極めて異例と言える。さらに、複数の レーベルで出版されている作品もあり、それぞれのレーベルの位置付けも見えにく い。よって、まず各レーベルの概要を述べた上で、それぞれの関係を具体的な作品 名を挙げて整理しつつ、各々の作品傾向を確認することで、GJ社の思春期文学の 全体像を示したい。
各レーベルの概要から始める。GJ社は、« PB »の晩年である1998年3月に、
メルヴィン・バージェスの『ダンデライオン』の翻訳から始まる思春期向け小 説のシリーズ« RA »を始める。これは、1996年から始まった児童文学のシリー ズ« Romans Junior »の 兄 弟 シ リ ー ズ に あ た り、 両 者 を あ わ せ、« Grand format
littérature »と呼ばれている。いずれのシリーズも現在まで出版が続き、« RA »か
らは170冊ほどが出されている。さらに、1998年の11月には、直前に« RA »で 出された『ダンデライオン』を含む6作品で、思春期後期向け小説専門レーベ ル« Frontières »を創設する。しかし同レーベルは、1年3ヶ月の間に17冊を出版
したものの、« PB »と同年の2000年には廃止されてしまう。その後、2002年に
« Scripto »、2010年に« PF »という2つの思春期向けレーベルが創設される。2016 年9月現在では、前者は160冊超、後者も100冊程度と、いずれも年平均10冊以 上出版しており、GJ社は、« RA »を含めた3つのレーベルから多数の作品を出版 する、現在のフランス思春期文学の中核を担う出版社の1つとなっている。
前述のように、1つの出版社が複数の思春期向けレーベルを同時に出版し続け ることは珍しいため、これらの位置付けを丁寧に見ていきたい。この3レーベル は、まず判型に大きな区分がある。« RA »の場合、初期は作品ごとにばらつきが あり、特に『ダンデライオン』を含む初期3作品は108×178mmと例外的に小さい 判型であったが、同じく小判の« Frontières »(124×178mm 7 )が始まって以降は版 が大きくなり、現在は基本的に155×225mmと、« Grand format littérature »(大判 の文学)というレーベル名が示す通り大きな判型になっている。« Scripto »は、
« Frontières »と« RA »のほぼ中間の判型(130×200mm)であり、« PF »は最も小 さく、GJ社の親会社であるGallimard社の大人向け文庫« Folio »と同じサイズの
108×178mmに統一されている。一方、表紙については、« Frontières »が、上にモ
ノクロ写真、下にカラーの題字という統一されたレイアウトによって一目でそれ とわかるのに対し、それ以外の3レーベルの表紙の場合、« Scripto »と« PF »には レーベルのロゴがあるものの、« Scripto »はイラストが、« PF »は写真が主流とい う程度の差こそあれ、タッチやレイアウトが作品ごとに異なり、統一感やレーベル 間の区別はない。よって、並立する3レーベルの見た目上の区分は、概ね、大中小 に分かれる判型の大きさのみである。また、個々の作品の値段も、ページ数によっ て差はあるものの大きさにほぼ比例し、« RA »は10ユーロ台後半、« Scripto »は 8–13ユーロ程度、« PF »は5–8ユーロ程度が主流となっている。
次いで、前年代の« PB »を含めた各レーベルの関連を知るため、重複して出版 されている作品を見たい。その最たる例が、いずれもイギリスの作品であるが、前 述の『ダンデライオン』とバーリー・ドハティの『ディアノーバディ』である。前 者は1998年に« RA »と« Frontières »で出版されたほか、« Scripto »でも2002年 に、さらに« Folio »からも2009年に出され、計4回、レーベルを変えて出版され ている。後者は、« PB »(1993)、« Frontières »(1999)、« Scripto »(2002)、« PF »(2010)
と、こちらも計4回出版されている。また、アメリカ人作家ジョン・グリーンの
『アラスカを追いかけて』は、« Scripto »で2007年に、« PF »で2011年に出版さ れた後、« Scripto »で2014年に装幀を変えて再版され、さらに2015年に« RA »で も特別版が出ており、変則的な形で4回出版されている。ほかにも、英語圏の作品 は、スー・リムの数作品や、パトリック・ネスの「混沌の叫び」シリーズ3作など
が、3回出版されている。
対して、フランスの作品に4回出版されたものはなく、3回出版される作品も多く ない。ポール・デュ・ブシェのÀ la vie à la mortが« PB »(1999)、« Scripto »(2002)、
« PF »(2016)で、Chante, Lunaが« RA »(2004)、« Scripto »(2008)、« PF »(2016)
で出版され、物の記憶を読み取る力と鏡を通り抜けて別の場所へ行く力を持つ少 女を主人公としたクリステル・ダボのLa Passe-miroirシリーズの1巻が、« RA »
(2013)と« PF »(2016)、そして« Folio »(2016)で出版された程度にとどまり、
かついずれも3度目の出版は2016年になってからである。GJ社において、レーベ ルをまたいで広く読まれている作品は、英語圏の作品が圧倒的に多く、自国の作品 は副次的な位置にあることがわかる。
各レーベル間の作品の関連をより細かく見たい。まず、前年代の« PB »を起点 とすると、出版当時はある程度以上の読書力を持つ読者が対象とみなされていたに もかかわらず、その作品を最も再版しているのは30作を出している、より低年齢 向けの児童文学レーベル« Folio Junior »であり、思春期向けレーベルでの再版は少 数にとどまる。その中では、« RA »と« PF »にはそれぞれ1作、« Frontières »で は3作だけなのに対し、« Scripto »には、« Frontières »経由の2作(『ディアノーバ ディ』とアズズ・ベガッグのQuand on est mort, c’est pour toute la vie)や、邦訳され たエルヴェ・ジャウエンの『おばあちゃんの記憶』を含めた、12作が再版されて いる。また、いずれも翻訳だが、スザンネ・ステープルズの「シャバヌ」シリーズ のように、« PB »で出版された作品の続編が« Scripto »で出版されたケースも2例 確認できる。よって、前年代の« PB »は、今となっては児童文学に含まれる作品 が少なくないが、思春期向けレーベルの中では比較的« Scripto »と近いと言える。
次に、1998年に創設されたレーベルを見たい。« Frontières »の場合、全17作中、
別レーベルからの移籍も別レーベルに引き取られた作品も、それぞれ3作品(内2 作が共通)にとどまり8、具体的な作品のレベルでは、GJ社の中で異端のレーベル と言える。それに対し、ほぼ全作品が初出版の作品となる« RA »からは、大多数 の作品が文庫化のような形で、« Folio Junior »や大人向けレーベル« Folio »を含め た別レーベルに移っている。中でも、« Scripto »経由を含めた« PF »での再版は50 作を超え、« RA »の3分の1、« PF »の過半数にあたる。その一方で、« RA »から
« Scripto »のみに移った作品はなく、« RA »と« PF »の結びつきの強さが目立つ。
そして、« PF »での出版以降も« RA »での出版が継続されている作品が少なくな く、作品を共有しつつ判型の大小で住み分けをしているようである。とりわけ、ほ かのレーベルから受け入れた作品がごく少数しかない« RA »だが、近年『アラス カを追いかけて』の特別版や、別レーベルに全巻収められている「ハリー・ポッ
ター」シリーズを再度出版していることから、購入しやすい文庫という« PF »に 対し、愛蔵版的な立ち位置を意図しているように思われる。
残る2つのレーベルのうち« PF »の方は、全99冊中そこで初めて出版された作 品が、イギリス人作家ウィリアム・ニコルソンのL’Amour mode d’emploi(原題:
Rich and Mad)のみ他社からの移籍で、GJ社では初出という括りまで広げてもフ
ランス人作家ヴィクトール・ディクセンのLe cas Jack Sparkシリーズ1–3巻などの 5冊だけしかなく、同社の思春期向けレーベルにおける再販の流れの中の終着点と いう立ち位置が明確である。元となるレーベルは、先述のように過半数が« RA » で、« Scripto »が30冊程度で続いている。後者の場合、チック・リットの代表格 として人気であるルイーズ・レニソンの「ジョージアの日記」シリーズ9 などご く少数を除き、« Scripto »版の出版は終了していることから、« RA »のような住 み分けではなく、移籍のような形であったと言える。また、前者の場合« RA »で の出版から早くて1年後には« PF »で出版されているのに対し、« Scripto »から 移籍した作品は、そもそも« PF »が創設された2010年以前に出版された作品が多 く、それ以降に出版された作品が« PF »に移る場合も、3年程度の間が置かれてい る。« Scripto »から« PF »へのつながりは、作品数だけを見れば弱くないものの、
« RA »と« PF »ほど強くはないと言える。
その« Scripto »を中心に見ると、全170冊程のこのレーベルは、« PB »と« RA » から移ってきた20冊程度を除き、初出の作品が多数を占め、別レーベルに移った
作品も« PF »への30冊程度だけと、やはり独自性が強いレーベルだと言える。以
上から、4レーベルの関連性をまとめると、短命に終わった« Frontières »が最も独 立性が高く、現存する3レーベルの中では、« Scripto »がほかと一線を画し、残る
« RA »と« PF »の関連性が最も強い。
最後に、それぞれのレーベルで出版されている作品の傾向を確認したい。まず
« Frontières »は、これまでに挙げてきた主要作品『ダンデライオン』、『ディアノー
バディ』からは、一見イギリスの作品が中心であったように見えるものの、全体の 中ではそれらとバージェスのLa déroute(原題:The Baby and Fly Pie)を合わせた 3作以外すべてがフランスの作品と、例外的に「国産」レーベルになっている。作 品内容としては、ベガックの作品など、3作がアルジェリア移民の問題をテーマと しており、この時期としては先駆的な試みである。それ以外の作品も、母が父を殺 したために獄中で生まれた少女が成長して事件の真実を知ろうとするモナ・トマの
On iraitや、高校の不良集団に殺された恋人との思い出を振り返るレジーム・ドゥ
タンベルのLa fille mosaïqueなど、それまでの思春期文学にあまりなかったテーマ を重苦しいトーンで描く、ノワールに属する作品が目立つ。
これに対し、同じく『ダンデライオン』から始まった« RA »や、それと近い
« PF »は、全く異なる傾向を示している。どちらも、英語圏の作品の翻訳が8割ほ
どを占め、フランス人作家による作品はごく少数にとどまる10。また、作品の傾向 を見ても、シリーズもののファンタジー作品が多数を占め、中でもディストピアを 舞台とした作品が多い。両レーベルに共通し、邦訳もされている作品を挙げると、
パトリック・ネス「混沌の叫び」シリーズ、アリー・コンディ「カッシアの物語」
シリーズ、モイラ・ヤング「ブラッドレッドロード」シリーズなどである。フラン スの作品の場合も、現代を舞台に4人の若者が妖精の侵略に立ち向かうファンタ
ジーLe cas Jack Sparkシリーズや、シリーズではないがジャン=クロード・ムルル
ヴァの『抵抗のディーバ』やLe chagrin du roi mort、Terrienneといった作品など、
その傾向が見られる。同レーベルの「トラベリング・パンツ」シリーズで知られる アン・ブラッシェアーズの『ラストサマー――さよならの季節に』、« Scripto »と 併売されている『オトメノナヤミ』などのスー・リムの作品や「ジョージアの日 記」シリーズのようなチック・リットもあるが、« RA »と« PF »では少数派となっ ている。
一方、« Scripto »からは異なる傾向が読み取れる。まず、英語圏からの翻訳が 5割強と、« RA »と« PF »に比べればフランス人作家の割合が多い。また、同じ 英語圏からでも、« PF »ではアメリカ、« Scripto »ではイギリスの作品が多く、
« RA »ではほぼ同数と、レーベルごとの傾向が見られる。作品の内容を見ると、
まず« RA »と« PF »で多かったファンタジーはごく少数で、ジャンルごとにレー
ベルを住み分けていることがわかる。そのため« Scripto »では、若者の日常を現実 的に描く作品が多数を占めるが、その中では、チック・リットの要素が強い作品は 少なく、« Frontières »のように、より厳しいテーマを、時に重苦しいトーンで語る ノワール的作品の方が主流となっている。邦訳された作品としては、フランスの ものではナチスに協力していた祖父の過去を糾弾し、自殺にまで追いやってしま うジャン・モラの『ジャック・デロシュの日記――隠されたホロコースト』、フラ ンスの作品以外では、売春宿に売られるネパールの少女を描いたパトリシア・マ コーミックの『私は売られてきた』が挙げられる。邦訳されていないフランスの作 品で、複数の賞を受賞したものとしては、同性愛に近い関係の友人を粗暴な父親 から逃がし、喪失感を感じる少年を描いたヴィルジニー・ルーのUn papillon dans
la peau(2000)、ルワンダの紛争と虐殺をテーマにしたエリザベス・コンブルのLa
mémoire trouée(2007)、アメリカの公民権運動の時代に、人種差別法に立ち向かう ため裁判官になるという夢を持つ黒人の少年サムを描いた、フローランス・カディ
エのLe rêve de Sam(2008)、犯罪行為を行うスキンヘッズの集団から足を洗った少
年が、もう一度故郷を見ようと病院を抜け出した祖母に付き添い逃避行をするステ ファンヌ・セルヴァンのGuadalquivir(2009)、2004年のスマトラ島の津波をモチー フに、自分が手を離してしまったせいで妹を失ってしまった少年の心の再生を描い たオリアンヌ・シャルポンティエのAprès la vague(2014)などが挙げられる。
以上をまとめると、GJ社では現在3つの思春期向けレーベルを出版している が、大まかには、« Scripto »がリアリスティックな問題提起的な作品を、« RA »と
« PF »はファンタジーを中心により娯楽性の高い作品を出版し、後者はさらに判型
の大きさによって位置付けが異なる。このように、レーベルによって作品の傾向を 変えることによって、社としては思春期向け作品の幅を生んでいるのだと言えるだ ろう。
2 節 20 世紀末に生まれたレーベル:« Tribal »、« DoAdo »、« Roman »
次に、« Frontières »と同様に20世紀末に立ち上げられ、現在も続いている3つ のレーベル、Fl社の« Tribal »、Le Rouergue社の« DoAdo »、TM社の« Roman »を 取り上げる。
まず« Tribal »であるが、それを出版するFl社は、1878年に創設された老舗の出
版社である。2012年からは、Gallimard社を中心に1992年に結成された出版グルー
プ会社Madrigall社の傘下に入り、同社はFl社を加えたことで、現在フランス3位
の規模となっている。児童書の分野でのFl社は、フランス絵本の新たな時代を切 り開いた有名な絵本シリーズ「ペール・カストール叢書」を、1931年から出版し ていたことで知られている。同社では、「ペール・カストール叢書」の生みの親で あるポール・フォシェの後を息子フランソワ・フォシェが継ぎ、1980年に絵本よ りも長い物語作品を扱うレーベル« Castor Poche »を、1984年にそれよりもさらに 対象年齢の高い« Castor Poche Senior »を立ち上げ、徐々に上の年齢層に対象を広 げつつあった。« Tribal »はその流れの先に位置している。
« Tribal »の創設は、1996年に同じく児童書出版の老舗であるNathan社から移籍
し、フランソワ・フォシェの後を継いで児童書セクションのディレクターとなった エレーヌ・ワドウスキによって行われた。1年目は、ミシェル・オナケーの4作品 など、フランス人作家による10作品が出版された。その後は、2011年に11作出 版された以外は概ね年5作ほどを出版し、2016年現在までに100作に至っている。
ただし、Madrigall社による買収後ここ数年は、それまでより比較的少ない出版数 となっており、勢いが衰えているように見える。
出版内容を見ると、英語圏の作品の翻訳が3割程度でフランスの作品が7割近く
を占めており、GJ社とは異なる傾向にある。特に初期は、3年間で22作品中翻訳 はイタリア作品1作と、フランス国産レーベルを志向していたことがうかがえる。
しかし、その後は翻訳作品が増え、フランスの作品と翻訳がほぼ半々ずつへと変化 している。また、英語圏の作品の中でも、オーストラリア、ニュージーランド、ア イルランドの作品が3割を占めているため、全体における英米の作品の比率はさら に少ない。
作者のレベルでは、一部の作者が多数の作品を出版していることも指摘できる。
フランスの作家では、先に触れたミシェル・オナケーが8作品で最も多く、ギュ デュールが6作品で続き、英語圏からはバリー・ジョンズバーグが5作翻訳されて いる。その結果、作品の傾向にも彼らの影響が見られ、オナケーが得意なSF風の サスペンスものや、ギュデュールやジョンズバーグの作品、あるいはジェリー・ス ピネッリの「スターガール」シリーズのような、若者の日常を様々な手法で描く作 品が多い。しかし、レーベルとして統一された方向性が定まっているわけではない ようである。
具体的な作品を見ると、比較的多くの作品が日本でも翻訳されていたGJ社の レーベルとは異なり、日本にも紹介されている作品は多くない。英語圏の作品で は、「スターガール」のほか、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』、エ リザベス・レアードの『今、ぼくに必要なもの』と『世界一のランナー』、パトリ シア・ライリー・ギフの『11をさがして』だけにとどまり、それ以外の国の作品 も、スウェーデンのヘニング・マンケルによる、モザンビークの内戦で両足をなく した少女を描くノンフィクション『炎の秘密』、『炎の謎』とその続編の計3冊を 合本にしたLe roman de Sofiaしかない。さらに、出版数が多いフランスの作品から は、ダニエル・ピクリの自伝的作品『ぼくらの原っぱ』しか邦訳されておらず、か つそれも、1995年に同社の別レーベルから出た版からの訳出である。さらに、こ れら邦訳された作品だけを見ても、レーベルとしての作品傾向が定まっていないこ とがうかがえる。
外 見 的 な 特 徴 を 見 た い。 ま ず 判 型 は、 初 期 か ら2005年 ご ろ に か け て は
115×178mmが中心であったが、その後は135×210mmの大きなサイズに変更され、
それに伴って値段も10ユーロ未満から10ユーロ台前半へと値上がりしている。当 初の手軽な文庫の位置付けから、若干の方向修正が図られていると言えるだろう。
また、表紙の傾向を見ると、初期の数年間は、作品ごとに異なる単色のカラーで人 物などのシルエットをぼやかして刷り、その上に白抜きのタイトルが提示されると いう統一感のある表紙であったのに対し、途中から多色刷りのはっきりとした写真 が主だがレーベルとしての統一感には欠ける表紙に変わっている。そのため、再販
時に全く異なるタイプの表紙に変わっている作品も少なくない。ロゴについても、
初期は文字だけでレーベル名が書かれていたが、近年は手のひらのイラスト付きの ロゴに変更されている。これら3つの変化は同じ時期に起こったわけではなく、
« Tribal »とは、創設から現在まで一貫したイメージを提供するのでも、ある時期
に模様替えを図ったのでもなく、徐々に修正を加えながら今に至っているレーベル なのである。
ここまでの整理でははっきりした特徴を持たないレーベルのようであるが、この 種の漸次的変化と作品の不統一感の背景からは、同レーベルの出版方針が垣間見え る。レーベル創設当初のインタビューの中で、ワドウスキは「このレーベルが『固 まった』ものにならないように(中略)、我々はあらゆることをしている」11と主 張しつつ、自らの出版する作品が、思春期の若者によって構成される読書委員会に も好まれていると証言している。ここからは、レーベルのあり方を先に定めるので はなく、想定読者層の反応を確認しつつ、彼らが好む作品を出版しようとする姿勢 が読み取れる。ワドウスキ自身は、この読書委員会はマーケティングテストのため ではなく、あくまで感想を聞くためであり、彼らの評価に関心は抱きつつも、出 版社は自らの意志と判断力を持っているという立場を示しているが、このインタ ビューの段階で、出版準備中の8作品を若者に読ませた結果、そのうち反応の芳し くなかった2作品を出版しないと決めたと述べていることから、その影響力は小 さくなかったようである。よって、« Tribal »の運営の特徴には、レーベルの「色」
を編集者たち大人が定めるのではなく、読者の好みや要望に沿いつつ、時に考えを 改めながら柔軟に選択している姿勢があると言えるだろう。
続けて、同じく20世紀の末に創設され、現在までに160冊ほどの作品が出版さ れている 、Le Rouergue社の« DoAdo »についてまとめる。同社は、Fl社とは対照 的に、1986年に南仏で誕生した新興の出版社である。その児童書セクションは、
自らの絵本『牛のジョジョ』などの作品で知られるオリヴィエ・ドゥズーが編集長 となって、1994年に絵本の出版を目的に立ち上げられた。
思春期向けの作品を扱うレーベル« DoAdo »は、一般には1999年に創設され たとされることが多いが、詳しくは少し事情が異なる。ドゥズーが2001年に退 社した際に、同社の大人向けレーベル« La Brune »の編集長の仕事と並行して
« DoAdo »の編集長を引き受けたシルヴィ・グラシアによると12、まず、後に同
レーベルの中心作家となるギヨーム・ゲロが持ち込んだ作品Cité Nique-le-cielを、
ドゥズーが一読して気に入り、1998年に出版する。その機に新しいレーベルの創 設が図られたが、当初はレーベル名が未定のまま、ゲロの持ち込んだ別の3作品が 続けて出版される。その後、ゲロ以外の作家の作品も出版されるようになり、2000
年に« DoAdo »の名前が決まることで、正式にレーベルとして立ち上げられたので ある。ただし、名前決定以前の作品も、初期の作品に描かれたレーベルの作品リス トに掲載されており、後からは同じレーベルの作品として扱われている。
1972年生まれのギヨーム・ゲロは、最初の持ち込み時にはまだ20代であった が、誕生の経緯からもわかるように、このレーベルはとりわけその初期に、ゲロ の影響を強く受けている。ゲロのデビュー作であるCité Nique-le-cielは、その後同 テーマを扱う作品数が増えるのに先駆けた、郊外に住むイスラム系移民の若者を 取り巻く、偏見や困難な社会状況を主題とした作品である13。ゲロのその後の作品 も、思春期の登場人物が困難で時に暴力的な状況に置かれる、当時の社会状況のと りわけ暗い部分を描き出す、ノワールに属する作品であった。そのため、ゲロの作 品を見て同社に持ち込まれた昨品も、必然、似た傾向の作品が多くなっていた。グ ラシアが2003年に受けたインタビューで、「« DoAdo »が外で暗いテクストを主に 集めたレーベルと感じられていることには、いつも驚かされる」14 と述べているよ うに、出版社側は意図的にその種の作品を集めて出版しようとしたわけではなく、
« DoAdo »の初期のこの傾向は、あくまで偶発的に起こったものであり、この種の
作品が思春期の読者に必要である、あるいは求められているという認識の上ではな かったと考えている。しかし、この傾向はその後もしばらく続き、同社は、兄の結 婚式の折に兄を含む5人を殺し自殺する若者を描きその後批判と議論を呼んだ、
ゲロのJe mourrai pas gibierを2006年に出版した際に、同種の作品に特化したサブ
レーベル« DoAdo noir »を作り、分離することで、同社の思春期向け作品が必ずし
もこの傾向の作品だけでないことを示そうとするに至る15。翌2007年に作られた 別のサブレーベル« DoAdo monde »がその後姿を消したのに対し、« DoAdo noir » は現在も多くの作品を出版し続けており、出版社が意図的に集めたのではないにし ろ、ノワール作品が« DoAdo »の主流の1つであることは疑いようがない。
さらに先述のように、« DoAdo »の決定的な特徴として、青少年向け出版物 の内容を規定した「1949年法」(Loi n° 49-956 du 16 juillet 1949 sur les publications destinées à la jeunesse)を、フランスにおける子ども、思春期向けの数あるレーベル の中で、その施行以降初めて履行していないことが挙げられる。この法は、実際に は規則遵守命令が出されることは少なかったものの、関係省庁などによって構成さ れる委員会に出版可否の判断を仰ぐ義務を出版社に与えるものであり、子ども、思 春期向け出版物の大枠を定めるものであった。そして、この枠組みに従う範囲にお いて、「大人でも子どもでもない年代」である思春期を対象としたと自認するレー ベルであっても、実のところは「大人」によってコントロールされる側の、三分 法ではなく二分法ならば「大人ではない年代」を対象にしていたのだと言える。
これを« DoAdo »は拒否したのである。そして実際、主にノワールの領域で、この 法の枠内に収まらないテーマ、表現の作品を生み出していった。この決断には、
Sarbacane社の« eXprimʼ»やFleuve noir社の« Territoires »といった、主に新興の出 版社に追随する者が生まれ、1つの潮流となる。« DoAdo »は、思春期文学の新た な可能性を切り開いたと言えよう。
出版傾向に目を移すと、まず出版される作品の国に特徴がある。全160冊ほど のうち、翻訳作品は20冊程度にとどまり、フランスの作品が8割を超えている。
GJ社はもちろん、« Tribal »に比べても国産度が高いが、これは持ち込み作品など を積極的に出版しているという社風の影響でもあるだろう。さらに、翻訳のうち半 数近くがオランダ語からの翻訳で、英語からの翻訳よりも多い。そして、その結 果か、日本語に翻訳されている作品は、フランスと他国の作品を合わせて一冊もな い。おそらく小規模出版社であるがゆえか、ほかのレーベルと比べ、かなり独自性 の高い選書が行われていると言える。
作者を見ると、« Tribal »以上に、1人で多数の作品を出版している作家が多い。
まずゲロが14作と全体の1割程度を執筆し、ゲロと同じく20代で作家となった アレックス・クソが10作、エリーズ・フォントナイユが9作で続き、5作以上出 版している作家が、オランダのバルト・ムイヤールトを含め、さらに10人ほどい る。グラシアは、« DoAdo »では、若い作者の主に実体験に基づいた持ち込み原稿 を、共同作業によってより良いものに書き改めさせ、より良い作品を出版するとと もに作者を育て上げるという、大手出版社ではすでに珍しくなった手順を社の特徴 として挙げている。同じ作者による作品数が多い傾向は、作者と出版社の良好な関 係を想起させ、これを裏付けるものと言える。
最後に外見上の特徴を確認したい。このレーベルの表紙は、最初期を除き、2009 年を境に2つの時期に分かれる。前半は、上下半分に分かれた表紙の、上半分が内 容を象徴する物のカラー写真、下半分が単色でベタ塗りされ、タイトル文字が抜か れるという、一目でそれとわかる特徴的な表紙であった。後半は、表紙一面に主に 人物の写真があり、四角く縁取られた作品名、作者名が中央部辺りに配置されてい る。以前よりも特徴的ではないが、レーベルとしての統一感はある。また判型も、
初期は120×170mm、後期は140×205mmと、« Tribal »同様に大判へ変化している。
一方ページ数はあまり統一されておらず、64ページの作品から、400ページ超の作 品まであり、値段もページ数に比例して異なっている。ここからも、レーベルの規 格を定めるよりも良い作品を作ることを優先する、レーベルの方針が読み取れる。
総じて« DoAdo »は、読者を重視する« Tribal »と異なり、個々の作者、作品を尊
重するレーベルとまとめられるだろう。
次に、同じく新興の小規模出版社であるTM社の« Roman »を取り上げる。同 社は、雑誌編集者であったティエリー・マニエが1998年に立ち上げた、小規模な がら出版点数の多い児童書出版社である。同社では、設立当初から« Roman »と
« Aller simple »という、2つの小説レーベルを立ち上げていた。後者は、思春期向
けを明確にし、全作品が「往復切符を持つ主人公が、その片道(aller simple)しか 使わない」という状況から始まるという非常に個性的なレーベルであったが、初年
度には« Roman »より多くを出版していたものの、3年間で9作を出版したのみで
終わってしまう。その後は、« Aller simple »の過半数を引き取りつつ、« Roman » が同社の小説レーベルの主流になる。このレーベルは、思春期向けレーベルとして 位置付けられているものの、多少対象年齢の低い作品も扱っており、そのためか表 紙は思春期向けに多い写真ではなく、明るい色調のイラストを用いている。また、
判型は120×210mmの縦長の形を基本として200冊ほどを出版しているほか、2009
年からは思春期文学の大判化の時流に沿い、« Grand format »として140×220mmの 判型で50冊ほどを出版している。また、2001年には、フリーランスとして児童書 出版に関わっていたソアジッグ・ル=バイユが編集者として招かれ、このレーベ ルを含めた、同社のフィクション作品の選択を担当している。
このレーベルの出版傾向を見ると、当初2002年までは« Aller simple »を含めた 40冊以上がすべてフランスの作品であり、その後もフランスの作品が半数以上を 占めている。しかし、邦訳されているフランスの作品としては、両親が離婚しつつ も同居している家庭の少女の悩みと日常を描いた、ヴェロニック・M・ル=ノルマ ンの『リリー・Bの小さなつぶやき』しかない。主力作家としては、肥満と診断さ れダイエットを余儀なくされた少年を描いたLa vie, en gros、連続殺人犯として逮 捕された兄の無実を信じ、助けるために奔走する弟を描いたFrères de sang、近未 来を舞台に新種のドラッグにはまっていく若者を描いたE-denなどによって非常に 多くの文学賞を受賞しているミカエル・オリヴィエが筆頭で、ベテランのジャン= ポール・ノジエールや、ル=ノルマン、マリー=ソフィー・ヴェルモ、ラシェル・
オスファテールといった女性作家も10作前後を出版している。この5人はすべて リアリズム作品の書き手であり、かつ前二者はノワール作品を得意としているた め、レーベルの傾向もそのようになっている。また、思春期向けレーベルとしては 珍しく、児童文学研究団体「本の喜び」と組んで、第二次世界大戦前の、忘れられ た古典児童文学作品の再版を行っており、シャルル・ヴィルドラックの『ばらいろ 島』などが出されている。
一方、2003年以降には徐々に翻訳作品が増えており、今回取り上げるレーベル で唯一、日本の作品(藤野千夜『ルート225』、『おしゃべり怪談』)も翻訳されて