英語の聴解とその学習における8原則
著者 乾 隆
journal or
publication title
英語英文学研究
volume 7
page range 80‑86
year 2001‑09
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009634/
英語の聴解とその学習における8原則
乾 隆
0.はじめに
英語教育学の典型的な方法論は、仮説を立て、実験をすることによってそ の仮説を検証をすることであるが、実際の教育現場では検証内容に影響を与 える変数が多く、得られた結果の分析が必ずしも一般化できないことが多い。
変数の発生源として最も大きな存在は教師と学習者である。同じ方法で実験 しても、自然科学とは異なり、教師の性格、技量、そして被験者である生徒 の質によって結果は揺れる。
実験とまではいかなくとも、普段の授業で同じように授業をしているはず なのに、クラスが変わると雰囲気ががらりと異なり、教育効果も違う経験は どの教師にもある。
一般に、優れた教師は、自分の経験や勘を通して、文献では得難い、自分 なりの方法論を持ってる。それを実証されてないから、根拠がないからと退 けるのは愚かなことである。教師のそのような技量を職人芸と呼ぶことがあ る。職人は自分の方法論に科学的根拠があるかどうかは問題としない、効果 があるか否か、役に立っか否かを問題とする。
その職人芸を科学的に実証するのが英語教育学の大きな役目の一っである。
本論で取り上げる「英語の聴解とその学習における8原則」とは、多くの教
師が経験的に知っていることであり、日頃筆者が音声学の授業などで学生に
言ってきたことをまとめたものである。特に目新しいものはなく文献を精査
すればその根拠は比較的簡単に見っかる内容であるが、このようにまとめて
提示することにより、英語の聴解指導のあり方にっいて、議論が深まること
を願っている。
1.聞いてわからないから話せない
日本人は英語を話すのが苦手だ、ということは、人口に膳灸している。な るほど、多くの学生が「英語を話せるようになりたい」と言う。しかし、筆 者は、多くの日本人学習者は英語を「話せない」のではなく、その前に「聞 けない」のだと断言する。会話は、キャッチボールによくたとえられるが、
相手の言っていることがわからないと成立しない。相手が投げてくるボール を捕球できないと投げ返すことはできない。
かなり英語のできる人に、英語のspeaking, listening, writing, readingの4
技能のうちどれがあなたには難しいですか、と尋ねると大概はlisteningだと 答える。かなり流暢に英語を話している人でも、そう答える。実際、ネイティ
ブでも100%すべてを聞き取っているわけではないとBrown(1993:9)も述べ ている。
2.聴解指導は聴解テストであってはならない
そこで、英会話の技能を身にっけるためには聴解力を身にっけなければな らないということになるが、学生に今まで受けたlisteningの指導内容を尋ね てみると、ほとんどが、旧来の刺激一反応式のパターンプラクティスであっ たり、聞いた内容に対するTrue−False式の問答をしてきたと答える。これら の活動は、1isteningに対するteachingではなく、testingであると言える。学 生はどこをどのような方略で聞けばよいのかという指導はほとんど受けず、
内容を聞き取ろうとひたすら自助努力をし、その結果に対して、間違いか正 解であるかを知らされる。っまり、多くの挫折を繰り返えして自分で聴解力 を身にっけるしか途はないのである。そこで、聴解の効果的な指導方法が必 要になる。
3.読んでわからないことは聞いてもわからない
教師には当然と思われることであるが、学習者は意外にこのことに気がっ
いていない。読解の場合はわからない箇所で、状況が許す限り、時間を取っ
て考える余裕があるが、聴解は、いわば瞬間勝負であり、その場ですぐ理解 できないと役にたたない。実際の会話では次々と情報が耳に入り、思考を一 ヵ所にとどめることはできない。読解の内容と聴解の内容が同じであれば、
聞く早さに近い早さで読む力がなければ聴き取りはできないことになる。
昨今はコミュニケーションばやりで、たとえ、読んだり書けたりしなくて も英会話が出来ることが望ましいかのように言われているが、ある程度の内 容があるものを短時間に読める訓練をしていない日本人学習者には、耳だけ からの訓練ではかえって非効率的である。英会話の運用能力をつけるには、
英語をどんどん読ませる必要がある。
4.聞き流すだけでは聴解力はつかない
たえず英語が耳からはいってくる環境にあれば、聴解力が独りでにつくよ うであるが、決してそうではない。もしそうであれば、FENの放送を家中流 しておけばよいし、洋画専門の映画館の従業員は皆、英語が聞き取れること になる。
一般に読解や聴解は受動的な活動と思われる傾向があるが、スキーマ理論 でも言われるように、実際は自分の経験や知識を駆使して、たえずそれと照 らし合わせたり、予測をしながら、読んだり聞いたりしている。聴解や読解 は決して受動的な過程ではなく、かなり能動的な過程なのである。聴くそ、
読むぞ、という脳内の「構え」が必要なのである。
幼児が言語を覚えるためには、たえずその言語を耳にする環境にいるだけ
では不十分で、自分の周りの状況に応じた言語を耳にし、それを口に出すこ
とでたえず自分と聞き手によりモニターする機会が必要である。そうでない
と、上の例と同様に、テレビのセサミストリートでもっけっぱなしにしてお
けば、幼児は自然に英語がわかることになってしまう。誰も今までそのよう
な神童が出現した話は聞いたことがない。
5.自分で発音できないことは聞いてもわからない
たとえば、未来を表すIam going to say that.のような文は、教材として の導入当初は[ai am gouiηtu seiδeet]とcitation formを並べた発音で習うで
あろうが、そこでとどまると、実際のcolloquialな発音である[aimgonosei6aet]
または[ai1〕gonosei60t]が聞き取れない。ところが生徒にこのcolloquia1な発音 の仕方を丁寧に教えて口頭練習をさせておくと彼等は容易にこれを聞き取れ るようになる。
このgoing toの発音については、筆者が米国の大学で集中英語訓練を受 けたときに、その教師が「アメリカ人なら誰もgoing toを[gouiηtu]とは発音
しません、[gono]と発音するのです」と断言していたのが印象的であった。
その効果があって、going toの聴き取りに困難を感じたことはない。
同じことが、There s, There re, it s,1 m, can t, don t, didn t, won tなどの 縮約形に言える。もし、There is, There are, it is, I am, can not, do not, did
not, will notなどのcitation formの発音しか習ってなければ、これらの語句 はきわめて聴き取りにくくなるだろう。日本人はこれらの縮約形をきちんと 教科書で習っているのである。だからこの部分はかなり聞き取れる。
ところが形態上はこれよりもはるかに簡単な、不定冠詞や定冠詞の聴き取 りが極めて弱い。中学一年で学ぶような簡単な単文の中の冠詞が聞き取れな いのである。5っの単文を聞かせて、その中の冠詞の聴き取りをやらせと、
全問正解の学生は一割もいない。これはいっも冠詞を強形で発音してきたか らであり、弱形での発音を練習してないからである。
6.一度思いこんだ発音は何度聞いてもそう聞こえる
ロンドンの地下鉄の駅では、でプラットフォームと列車の間の隙間の危険
を知らせるために、Mind the gap.と放送を流して注意を喚起している。こ
れが多くの日本人には「満員だギャツ!」と聞こえるそうである。なるほど
そう思って聞けば、そのように聞こえる。地下鉄を駆使して一日ロンドン見
物をして、宿所に着く頃には「満員だギャツ!」が耳から離れなくなってい
る。