二〇二〇年度 西大和学園中学校入学試験(東京・東海・岡山会場)
(六〇分) 答えはすべて解答用紙に書き入れること。国語 一枚目 )
一 次の文章を読んで以下の問いに答えなさい。
東北地方の農村では古くから、 「 1刺 さし子 こ」と呼ばれる民芸がさかんだった。一針ひとはり、丁 ていねい寧に施 ほどこされた刺 し繍 しゅうは素 そ朴 ぼくで愛らしく、今でも手芸の一つとして親しまれている。だが、元はといえば、古くなった布を何枚も重ね合わせ、丈 じょう夫 ぶにするための工 く夫 ふうだった。
かつて、布は貴重品。庶 しょみん民たちは、着物がすり切れて着られなくなっても、継 つぎ合 あわせて別のものに生まれ変わらせ、ボロボロになるまで使い続けていた。 (注1)為 い政 せい者 しゃの側が、農民に貴重な木 も綿 めんの使用を禁じ、麻 あさしか身につけることができなかったため、繊 せん維 いの荒 あらい 麻を一針ひとはり埋 うめることで、なんとか温かさを確保していた、という事情もあるようだ。
ものが豊富ではなかった時代は、そんな風に、服も、食べ物も、自分たちの手で作り、消費されていた。無 むだ駄にする余 よ裕 ゆうはなく、ものの寿 じゅみょう命を全 まっとうするまで丁 ていねい寧に使われた。
A それは美化するにはあまりにも厳しい暮らしでもあった。天候不順による凶 きょうさく作や災害などの事態がひとたび起きれば、暮らしはたちまち立ちゆかなくなり、命を落とす人も少なくなかった。
産業化が進むと、自給自足の生活は少しずつ形を変え、服や食べ物の製造の過程は大規模になり、分業化されていった。その恩 おんけい恵は非常に大きい、と私は思う。先進国では、文字どおり有り余るほどの食べ物が流通している。万が一、天候不順などの問題が起きても、グローバルな枠 わく組みの中で補うことが可能になった。高価だった衣料品の価格もどんどん下がり、その安くて丈夫でおしゃれ
な商品が当たり前のように手に入るようになった。
B 一方で、私たちの手に届く商品からは、 作 2り手の「顔」が失われていった。自分たちの衣食住に関わるものが、どこで、誰 だれの手で、どのように作られているのかがわからなくなってきた。さらに発展が進むと、製造の場は外国にも広がり、世界規模の分業体制
が作り上げられた。作り手の姿はますます見えなくなっていった。消費しきれないほどの商品が作られ、捨てられていくが、私たちはどこで、どのくらいのものが、どのように捨てられているかについて、ほとんど目にすることなしに、暮らしていくことができる。
この世界規模の分業体制は、多様な選 せん択 たく肢 しの中から「買う」という行 こう為 いを通して「選ぶことができる側」と、製品を作るために賃金しか支 し払 はらわれず、それでもその労働をすることでしか生活が成り立たないという、「選ぶことができない側」が、対 ついになることで成り立っている。先進国の人が「」と思える価格で、たくさんの選択肢を用意するためには、誰かが
労働力を提供する必要があるからだ。
2012年末、取材でバングラデシュの農村を訪 おとずれたことがある。日本企 き業 ぎょうが手がけるソーシャルビジネス(社会的事業)を取材
するためだった。
村では、日本から新聞記者が来たということで大 おおさわ騒ぎになり、村中といっても カ ①ゴンではないほどの人たちが出 で迎 むかえてくれた。やぎや鶏 にわとりが我 わが物 ものがお顔で村を歩き、子どもたちが裸 は足 だしでかけ回る。私の頭に浮 うかんだのは、先進国ではなかなか目にすることのできな くなった素朴さに対する、率 そっ直 ちょくな賛辞だった。
「すごくのどかで、いいところですね」
そんな感想を口にした私に、事業を手がけてきた日本人の男性はこう返した。
「本当にその通りです。でも、災害だったり、病気だったり、ちょっとしたことが起きただけで、彼 かれらの暮らしはたちまち、立ちゆかなくなる。この素朴な暮らしは、とても危 あやういものなんです」
私は、新しい出会いの高 こうよう揚感だけにとらわれ、 安 3易な言葉を口にしてしまったことを恥 はじた。 その時はそこまで頭が回らなかったが、当時の写真を改めて見返してみると、集まっていたのは男性ばかりだ。今回、バングラデシュの事情について改めて調べなおしてみて、これは女性が1人で買い物にすら出られないというバングラデシュならではの事情も
絡 からんでいたのだろうと思う。
倒 とうかい壊したラ (注2)ナプラザで犠 ぎ牲 せいになった人たちは、こうした農村から都市部の工場に働きに出ていた人たちだ。農村では、現金収入を得る キ ②カイはとても少ない。「次の世代の教育のために」。そんな思いが、彼 かのじょ女たちの支えになっている。
「M (注3)ade in Bangladesh」。最近そんなタグが着いた洋服を、よく見かけるようになった。観光国ではないバングラデシュについて、日本ではイメージできる人は少ないだろうし、足を運んだことがあるという人も少ないだろう。この洋服を
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国語 二枚目 )
作った人が、どこで、どんな暮らしをしているのか。想像することが難しい世界に、私たちは生きている。
C 移り変わる流行に合わせて、服を簡単に取りかえられる生活は、私たちを豊かにしたのだろうか。
最近、たくさんのものに囲まれた暮らしに対して、 (注4)疲 ひ弊 へいしはじめたという声も聞くようになった。「買う」という行為は、人をハ (注5)イにしてくれる。「ほしいものが手に入った」だけではなく、「他より安く手に入った」「お得感がある」「他の人と差別化できる」「とりあえず在庫を確保して安心する」など、理由はいろいろとある。だが、家に帰ってその蓄 ちくせき積と向き合うと、「なぜこんなに 買ってしまったのだろう」と罪悪感が募 つのり、捨てきれずにあふれたものを前に、げんなりする。そんな経験を持つ人は少なくないだろう。
いいものを、安く。それが、これまでの賢 かしこい消費者だった。
だが、その先にあったのは、 フ ③モウな価格競争だ。同じ品質で、同じ技術で作られる製品の価格を下げるには、働く人の賃金を削 けずっていくしかない。同じ国内での競争が一定の水準に達すれば、次はより賃金の安い国へと発注される。ある国では仕事が失わ れ、別の国では過 か酷 こくな労働環 かん境 きょうに耐 たえながら働き続ける人たちがいる。
D 地球環境への負 ふか荷も大きい。資源には限りがあり、いつまでも潤 じゅん沢 たくに使えるわけではない。また、大量に捨てられるものをどう処理し、コストをどう負担するかも大きな問題だ。こうしたことから目を背 そむけていれば、そのまま、私たち自身の住環境や、健康問題 として跳 はね返 かえってくる可能性がある。
いま、世界中でグローバル化に「NО!」を突 つきつける人が増えているのは、経済が発展し、ものが売れて数字の上は「豊か」に なったといわれていても、暮らしの中で実感できなくなり、こうしたシステムを続けていくことの限界を肌 はだで感じているからだろう。
【 中略 】 グローバル化が進んだ時代のメリットの一つは、情報も手に入れやすくなったことだ。インターネットに言葉を打 うち込 こむだけで、
これまで知らなかった国々の現実のことも、知ることができる。試 ためしに、「バングラデシュ アパレル」とグーグル検 けんさく索してみると、NGOなどのサイトで、現地の人の暮らしのことや、労働環境について知ることができる。もう少し詳 くわしく知りたいと思えば、スタディツアーなどの形で現地に行くこともできるだろう。さらに、私たちがどう向き合えばいいかについても、様々な提案がな され、議論がされている。技術の カ ④クシンを人類にとってプラスのものにするか、マイナスのものにするかは、使う側の意識に左右される。一度に大量にものを作ることができる技術。作ったものを運ぶ輸送力。人やものをつなげるインターネットの力。人類の知 ちえ恵によって生み出された技術をどう生かすかも、人類の知恵次 し第 だいだ。
そのための一歩が、知ることだ。目の前にある「安い服」は、どうやって生み出されているのか。買われることもなく捨てられてしまう服は、その後どうなるのか。自分が知った後は、誰かに伝えてみてもいい。そこから、一 いっしょ緒に何かできることはないかと考え
てみてもいい。
E 知ろうとする人が一人増え、さらに変えようと一歩踏 ふみ出 だす。それが少しずつ増えれば、 い 4まの方向性は変えられる、と信じることは、あまりに ラ ⑤ッカン的すぎるだろうか。
でも、そうすることでしか、変えることはできない。大量廃 はい棄 き社会の現実を変えられるのは、私たち一人ひとりなのだ。
【語注】
(注1)為政者 … 政治を行っている人。
(注2)ラナプラザ … バングラデシュにある衣服などを作る工場が入った商業ビル。
倒 とうかい壊し多くの犠 ぎ牲 せい者 しゃを出した。
(注3)MadeinBangladesh… バングラデシュで作られたことを示す英語。
(注4)疲弊 … 疲 つかれ、よわること。
(注5)ハイ … 気分が高 こうよう揚すること。
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国語 三枚目 )
問一 部①~⑤のカタカナを、それぞれ漢字に直しなさい。(楷 かい書 しょで、ていねいに書くこと)
問二 ―――部1「『刺し子』と呼ばれる民芸がさかんだった」とありますが、その理由の説明として最もふさわしいものを、次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア 着 き飾 かざることで日々のつらさを忘れて、つらい生活の中に喜びを見いだそうとしていたから。
イ 東北の厳しい寒さの中で、貧しい人びとが暖かく過ごすためのただ一つの方法であったから。
ウ 農村で余 よ裕 ゆうをもった暮らしをするために、農業以外の収入となるものが必要であったから。
エ 農村に暮らす人びとは、身近なものを大切にしていこうという意識を強く持っていたから。
オ 農村の人びとの苦しい暮らしを改善するために、為政者が産業として守り続けてきたから。
問三 次の段落が本文から抜 ぬけ落 おちています。この段落が入るのに最もふさわしい箇 か所 しょを、本文中の
A~ 号で答えなさい。 Eの中から一つ選び、記 大量生産の商品は、顔の見える誰かが作った服に比べれば、価値が低いもののように扱 あつかわれている。もしかしたら、生産 に関わっている本人も、何万もある工程の一つを担 になっただけの商品に対する愛着は薄 うすいのかもしれない。生産にかかわる人たちも、消費する側も、「簡単に捨ててよい」という感覚になってしまう。
問四 ―――部2「作り手の『顔』が失われていった」とは、どういうことですか。六十字以内で説明しなさい。
問五 本文中のに共通して当てはまる最も適当な一語を、本文中から探し、抜き出しなさい。
問六 ―――部3「安易な言葉を口にしてしまったことを恥じた」とありますが、その理由の説明として最もふさわしいものを、
次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア 深く考えずに思い付いたことをすぐに口にしてしまい、現地の人を傷つけてしまったことに気がついたから。
イ のどかな村の様子だけに目がいき、現地の厳しい状 じょうきょう況をまったく想像できていなかったと気付かされたから。
ウ 日本と同じような村の様子を見てうれしく思ったが、村には日本とは違 ちがう厳しい現実があると教えられたから。
エ 見知らぬ土地に来た楽しさから出てしまった見 けんとうちが当違いな発言を、担当の日本人男性に厳しく指 し摘 てきされたから。
オ 現地調査で気持ちが高まり、担当の日本人男性に馬鹿にされてしまうような幼 よう稚 ちな発言をしてしまったから。
問七 ―――部4「いまの方向性」とありますが、この風潮に流される人びとはどのような状態であるといえますか。本文全体を
ふまえて七十字以内で説明しなさい。
問八 本文の内容を説明したものとして、最もふさわしいものを、次の中から一つ選び、記号で答えなさい。
ア 日本では古くからものを大切にする精神が根付いており、現代の「もったいない」の精神にもつながっている。
イ 科学技術の発展によって産業の機械化が大 おおはば幅に進んだことで、より安価な製品を作ることが可能になっている。
ウ グローバル化の進んだ現代社会においては、生産した製品を国内だけで消費していくことは難しくなっている。
エ 一部の地域や国に過 か酷 こくな労働をさせることによって、われわれは心身共に豊かな生活を送ることができている。
オ 世界規模の問題であったとしても、一人一人が自らの問題として関心を持つことが解決への糸口となっている。
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国語 四枚目 )
次の文章は新 にい見 み南 なん吉 きち「花をうめる」(一九三九年発表)の一節です。これを読んであとの問いに答えなさい。なお、出題に際し
て、一部表記を改めています。
その遊びにどんな名がついているのか知らない。(
a
)そんな遊びをいまの子どもたちがはたしてするのか、町を歩くとき私は注意してみるがこれまで見たためしがない。あのころ、つまり私たちがその遊びをしていた当時でさえ、他の子どもたちはそうい う遊びを知っていたかどうかもあやしい。いちおう私と同 どうねんぱい年輩の人にたずねてみたいと思う。なんだか私たちのあいだにだけあり、後にも先にもないもののような気がする。そう思うことは楽しい。してみると私たちの仲間のだれかが ソ ①ウアンしたのだが、 い 1ったいだれだろう、あんなあわれ深い遊 ゆう戯 ぎをつくり出したのは。 その遊びというのは、ふたりいればできる。ひとりがかくれんぼのおにのように眼をつむって待っている。そのあいだに他のひとりが道ばたや畑にさいているさまざまな花をむしってくる。そして地べたに茶飲茶 ちゃわん碗ほどの いやもっと小さい、さかずきほどの穴をほりその中にとってきた花をいい (注1)按 あん配 ぱいに入れる。それから穴に硝 がら子 すの破片でふたをし、上に砂をかむせ地面の他の部分とすこし
もかわらないようにみせかける。
「ようしか」とおにが催 さいそく促する、「もうようし」と合図する。するとおにが眼をあけてきて、そのあたりをきょろきょろとさがし
まわり、ここぞと思うところを指先でなでて、花のかくされた穴を見つけるのである。それだけのことである。
だがその遊びに私たちが持った興味は他の遊びとはちがう。おににかくしおおせて、おにを負かしてしまうということや、おに の方では、早くみつけて早くおにをやめるということなどにはたいして興味はなかった。(
b
)興味の中心はかくされた土中の一 ひとにぎり握の花の美しさにつながっていた。砂の上にそっとはわせてゆく指先にこつんと硬 かたいものがあたるとそこに硝子がある。硝子の上の砂をのける。だがほんのすこし。
(
c
)人さし指の頭のあたる部分だけ。穴からのぞく。そこには私たちのこの見なれた世界とは全然べつの、どこかはるかなくにの、おとぎばなしか ユ ②メのような情 じょうしゅ趣を持った小さな ベ ③ッテンチがあった。小さな小さなベッテンチ。ところがみているとただ小さいだけではなかった。 (注2)無 む辺 へん際 さいに大きな世界がそこに凝 ぎょうしゅく縮されている小ささであった。そのゆえにその指さきの世界は私たちをひきつけてやまなかったのである。
いつもその遊びをしたわけではない。それをするのは夕暮が多かった。木にのぼったり、草の上をとびまわったり、はげしい肉体的な遊戯につかれてきて、夕 (注3)まぐれの青やかな空気のなごやかさに私たちの心も何がなし溶 とけこんでゆくころにそれをした。それを
する相手も、だれであってもかまわぬというのではなかった。第一そんな遊びを頭からこのまない仲間もあった。女の子はたいていすきだった。
ふたりいればできると私はいったが、ひとりでもできないことはなかった。私はひとりでよくした。(
d
)ひとりのときは自分がふたりになってするだけのことである。つまり花をとってかくしておき、そこからすこしはなれたところへで (注4)きうべくんば家の角を一つまわったところまで、行っておにになり、眼をとじて百か二百かぞえ、それからさがしに出かけるのである。だがそれをひとりでするときは心に流れるうらわびしさが、硝子の指先にふれる冷たさや、土のしめっぽい香 かおりや、美しい花の色にまでしみて余計さびしくなるのだった。
ふたりか三人でその遊びをしたあと、家へ帰る前に美しい作品を一つ土中にうめておきそのまま帰ることもあった。その夜はとき どきうめてきた花のことを思い出し、床 とこの中でも思い出してねむるのである。
そんなとき土中のその小さな花のかたまりは私の心の中のたのしいヒ ④ミツであって、母にもだれにも話さない。つぎの朝いっ てさがし当ててみると、花は土のしめりですこしもしおれず、しかし明るい朝の光の中ではやや色あせて見え、 私 2はそれと知らず幻 げんめつ滅を覚えたのであった。また前の晩にうめておいた花のことをつぎの朝、子ども心の気まぐれにわすれてしまうこともあった。そういう花が私たちにわ (注5)すられたままたくさん土にくちてまじったことだろう。
私たちは家に帰る前に、また、そのとき使った花や葉を全部あつめ、ほんとうに土の中に土をもってうめ、上を足でふんでおくこともあった。遊びのはてにするこの清算は私の心に美しいもの、 ジ ⑤ュンケツなものをもたらした。子どもでありながらなんと い Aじらしいことをしたものだろう。
ある日の日暮どき私たちはこの遊びをしていた。私に豆 とうふ腐屋の林太郎に織布工場のツル の三人だった。私たちは三人同い年だった。秋葉さんの常 じょう夜 や燈 とうの下でしていた。 二
二〇二〇年度 西大和学園中学校入学試験(東京・東海・岡山会場)
国語 五枚目 )
ツルは女だからさすがに花をうまくあしらい美しいパノラマをつくる、また彼 かのじょ女はそれをつくり私たちに見せるのがすきだった。ではじめのうち林太郎と私のふたりがおにでツルのかくした花をさがしてばかりいた。
私はツルのつくった花の世界のすばらしさにおどろかされた。彼女は花びらを一つずつ用い、草の葉や草の実をたくみに点景し た。ときには帯のあいだにはさんでいる小さい巾 きんちゃく着から、砂粒ほどの南 (注6)京玉を出し、それを花びらのあいだに配した。まるで花園に星のふったように。そしてまた私はツルがすきだった。
遊びには(
e
)遊びの終わるときがくるものだが、最後にツルと林太郎とふたりで花をかくし私がひとりおにになった。「よし」といわれて私はさがしにいったが、いくらさがしても見あたらない。「もっと向こうよ、もっと向こうよ」とツルがいうままにそのあたりをなでまわるがどうしても見あたらない。 林 3太郎はにやにや笑って常夜燈にもたれてみている。林太郎はただツルの花 をうずめるのを見ていただけに相 そう違 いない。「お茶わかしたよ」ととうとう私はX をぬいだ。すれば、ツルの方で意外のところから花のありかを指 し摘 てきしてみせるのが当然なのだがツルはそうしなかった。「そいじゃ明日さがしな」といった。
私は残念でたまらなかったのでまた地びたをはいまわったがついに見つからなかった。でその日は家に帰った。たびたび常夜燈の 下の広くもない地びたを眼にうかべた。そのどこかに、ツルがつくったところのこの世のものならぬ美しさをひめた花のパノラマがあることを思った。その花や南京玉の有様が 手 Bにとるように閉じた眼に見えた。
朝起きるとすぐ私は常夜燈の下へいってみた。そしてひとりでツルのかくした花をさがした。息をはずませながら。まるで金でもさがすように。だがついにみつからなかった。
それから以後たびたび思い出してはそこへいってさがした。花はもうしおれはてているだろうということはすこしも考えなかっ
た。いつでも眼を閉じさえすれば、ツルのかくした花や南京玉が、水のしたたる美しさでうす明かりの中にうかぶのであった。だれか他の者にみつけ出されると困るので、私はひとりのときにかぎってそこへさがしにいった。
遊び相手がなくてひとりさびしくいるとき、常夜燈の下にツルのかくしたその花があるという思いは私を元気づけた。そこへかけ つけ、さがしまわるあいだの希望は何にもかえがたかった。いくらさがしても見つからない焦 しょうそう燥もさることながら。
ところがある日、私は林太郎にみられてしまった。私が例のように常夜燈の下をすみからすみまでさがしまわっていると、いつの まにきたのか林太郎が常夜燈の石段にもたれてとうもろこしを食べていた。私は林太郎に見られたと気づいた瞬 しゅんかん間、ぬすみの現行をおさえられたようにびくっとした。 私 4はとっさのあいだにごまかそうとした。
だが、林太郎は私の心の底までつまり私がツルをすいているということまで見とおしたようににやにやと笑って「まださがいとる のけ、ばかだな」といった。「あれ嘘 うそだっただよ、ツルあ何も埋 いけやせんだっただ」
私は、ああそうだったのかと思った。 心 5についていたものがのぞかれたように感じて、ほっとした。 それからのち、常夜燈の下は私にはなんの魅 み力 りょくもないものになってしまった。ときどきそこで遊んでいて、ここには何もかくされてはないのだと思うと し Cらじらしい気持ちになり、美しい花がかくされているのだと思いこんでいた以前のことをなつかしく思うのであった。
【語注】
(注1)按配 … 具合。状態の良し悪 あし。
(注2)無辺際 … 限りがなく、とても広いこと。
(注3)夕まぐれ … 夕暮れ。
(注4)できうべくんば … できるかぎり。
(注5)わすられたまま … わすれられたまま。
(注6)南京玉 … ガラスなどで作られた小さな穴のついた玉。ビーズともいう。
問一 部①~⑤のカタカナを、それぞれ漢字に直しなさい。(楷 かい書 しょで、ていねいに書くこと)