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The name complex group formerly advocated by me in allusion to line complexes, as these are defined by the vanishing of antisymmetric bilinear forms,

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ミラー対称性入門

植田一石

The name “complex group” formerly advocated by me in allusion to line complexes, as these are defined by the vanishing of antisymmetric bilinear forms, has become more and more embarrassing through collision with the word “complex” in the connotation of complex number. I therefore propose to replace it by the corresponding Greek adjective “symplectic.” Dickson calls the group the “Abelian linear group” in homage to Abel who first studied it.

Hermann Weyl [Wey39, page 165]

複素幾何は代数幾何に起源を持つが、それが明確に代数幾何と分離したのは20世紀に入ってからであろう。*1 一方、シンプレクティック幾何はHamilton形式の解析力学に起源を持つが、これが解析力学と明確に分離し たのはやはり20世紀に入ってからであろう。 複素幾何とシンプレクティック幾何が自然に交わるのがK¨ahler幾何である。*2Moishezonの定理によって、 完備な複素代数多様体がK¨ahlerであれば射影的である。射影多様体は、複素幾何、代数幾何及びシンプレク ティック幾何の全てにおいて、(異論はあるかも知れないが) 最も重要なクラスの例を与える。 シンプレクティックという単語はラテン語に起源を持つcomplexという単語の古代ギリシャ語における翻訳 借用(calque)としてWeylによって作られた。複素幾何とシンプレクティック幾何は、その語源を超えた不思 議な関係を持つことが20世紀の終わりに発見された。この関係はミラー対称性と呼ばれ、その発見には超弦理 論が深く関わっている。 この講義では、複素多様体やシンプレクティック多様体の定義から初めて、ミラー対称性に属する様々な現 象の中で最も弱い位相的ミラー対称性について入門的な解説を行う。*3より強いホモロジー的ミラー対称性や Strominger–Yau–Zaslow予想については、例えば[植]やその参考文献を見よ。

目次

1 複素多様体 2 2 シンプレクティック多様体 5 3 解析力学 8 4 性質と構造 9 5 G構造の幾何学 10 *1複素トーラスやK3曲面にも代数的ではないものがあるが、より顕著な例としては例えばVII型曲面などが挙げられよう。

*2別の交わりとして、Hitchinによる一般化された幾何学(generalized geometry)がある。これはそもそもの始まりからミラー対称 性と密接に関連しているのだが、この講義では触れない。

(2)

6 モジュライ空間 12 7 全てはLagrange部分多様体である 13 8 量子化 14 9 位相的ミラー対称性 16 10 可逆多項式 22 11 軌道体コホモロジーとVafaの公式 27 12 トーリック多様体 29 13 トーリックミラー構成 31 14 剛Calabi–Yau多様体のミラー 36

1

複素多様体

定義 1.1. 実ベクトル空間 V の複素構造(complex structure)とは、V の線形自己同型 J ∈ EndR(V )で、 J2=− id V を満たすものを指す。 演習 1.1. 複素構造を持つ実ベクトル空間の実ベクトル空間としての次元は必ず偶数であることを示せ。 定義 1.2. 複素構造を持つ実ベクトル空間(V, JV)と(W, JW)に対し、(V, JV)から(W, JW)への射とは、実 線形写像f : V → W で、 f◦ JV = JW ◦ f (1.1) を満たすものを指す。 演習 1.2. 複素構造を持つ実ベクトル空間の圏が複素ベクトル空間の圏と同値であることを示せ。 Mを多様体とし、T M をその接束とする。*4

定義1.3. Γ(End(T M ))の元JJ2=− idT M を満たすものをMの概複素構造(almost complex structure)

と呼ぶ。

言い換えると、M の概複素構造とは、M の各点x∈ M における接空間TxMの複素構造Jxの族で、xに滑

らかに依存するようなものである。

定義 1.4. 多様体M とその上の概複素構造JM の組(M, JM)を概複素多様体(almost complex manifold) と

呼ぶ。

演習 1.3. 多様体N に対し、接束T N 上の完全列

0→ π∗T N → T (T N)−→ ππ∗ ∗T N → 0 (1.2)

(3)

の分裂(splitting)が与えられた時、 JT N := ( 0 − idT N idT N 0 ) (1.3) と表示されるJT N によって概複素構造が入ることを示せ。ここでπ : T N → N は自然な射影であり、写像 π∗T N → T (T N)はファイバー方向の接空間の自然な埋め込みである。 演習 1.4. Rn の標準的な座標が与える接束の自明化TRn =Rn× Rn は分解T (TRn) ∼= TRn⊕ T Rnを与え るが、微分同相ϕ :Rn → Rnが誘導する同型ϕ: TRn→ T Rn はこの分解を一般には保たず、従って(1.3)に 関して概正則にならないことを示せ。また、ϕがアファイン変換の場合には、これが概正則になることを示せ。 定義1.5. 概複素多様体(M, JM)と(N, JN)に対し、(M, JM)から(N, JN)への概正則写像 (pseudoholomor-phic map)とは、写像f : M → N で、その微分f: T M → f∗T Nf◦ JM = JN ◦ f (1.4) を満たすものを指す。 局所的にCnの開集合と同型な概複素構造のことを複素構造と呼ぶ: 定義 1.6. 多様体M の概複素構造J が積分可能(integrable) であるとは、任意のx ∈ M に対してあるxの 近傍U ⊂ MCnの開集合V、それに概正則写像f : U → V g : V → U が存在して、f ◦ g = id V かつ g◦ f = idU を満たすことを指す。積分可能な概複素構造の事を複素構造(complex structure) と呼び、複素構 造を持つ多様体を複素多様体(complex manifold) と呼ぶ。 演習 1.5. 複素射影空間が複素多様体である事を示せ。 演習 1.6. 複素多様体の開部分多様体は自然な複素構造を持つことを示せ。 演習 1.7. 複素多様体(M, J )の閉部分多様体N が任意のx∈ Nに対してJxTxN ⊂ TxN を満たせば、J は自 然にN の複素構造を誘導することを示せ。 演習 1.8. n + 2変数d次同次多項式f (x0, . . . , xn+1)∈ C[x0, . . . , xn+1]が原点に孤立臨界点を持つ時、 { [x0, . . . , xn+1]∈ Pn+1 f (x0, . . . , xn+1) = 0} (1.5) は自然に複素多様体の構造を持つことを示せ。 概複素多様体(M, J )とその上の点p∈ M に対して,JpTpM への作用はJp2=− idTpM を満たすので, TpMを複素化することによって,固有値が −1の固有空間Tp′Mと固有値が−1の固有空間Tp′′Mの直和 に分解することが出来る; Tp′M := { X∈ TpM⊗RC JpX = −1X}, (1.6) Tp′′M := { X∈ TpM⊗RC JpX =− −1X}, (1.7) TpM ⊗RC = Tp′M⊕ Tp′′M. (1.8) 各点におけるこれらの直和分解はM全体で貼り合わさって,ベクトル束の直和分解 T M⊗RC = T′M⊕ T′′M (1.9)

を与える.T′MMの正則接束(holomorphic tangent bundle),T′′MMの反正則接束(anti-holomorphic tangent bundle)と呼ぶ.

(4)

演習 1.9. M が複素座標(zi= xi+ −1yi )n i=1 を持つ複素多様体の時、M の正則接束と反正則接束はそれ ぞれ ∂zi := 1 2 ( ∂xi −√−1 ∂yi ) , i = 1, . . . , n (1.10) と ∂zi := 1 2 ( ∂xi +√−1 ∂yi ) , i = 1, . . . , n (1.11) で張られていることを示せ。 これらのベクトル束の双対束を用いて Ωp,qM := p(T′M )∗⊗ q(T′′M )∗ (1.12) と定義する。 演習 1.10. Mが複素座標(zi= xi+ −1yi )n i=1 を持つ複素多様体の時、Ω 1,0 M とΩ 0,1 Mdzi= dxi+ −1dyidzi= dxi− −1dyi で張られていることを示せ。 直和分解 Γ ( rT∗M ) ⊗ C =p+q=r Γ (Ωp,qM ) (1.13) に関する射影を Πp,q: Γ ( rT∗M ) ⊗ C → Γ (Ωp,q M ) (1.14) と書き,微分作用素∂ := Πp+1,q◦ d: Γ (Ωp,qM )→ Γ ( Ωp+1,qM ) , (1.15) ∂ := Πp,q+1◦ d: Γ (Ωp,qM )→ Γ ( Ωp,q+1M ) (1.16) で定義する. 演習 1.11. X, Y ∈ Γ(T M)に対し N (X, Y ) = [J X, J Y ]− [X, Y ] − J[X, JY ] − J[JX, Y ] (1.17) とおくと、N(T∗M )⊗2⊗ T M の切断であることを示せ。(ヒント:任意のf ∈ C∞(M )に対し N (f X, Y ) = N (X, f Y ) = f N (X, Y ) (1.18) を示せば良い。)

定義 1.7. (1.17)で定まるN をNijenhuisテンソル(Nijenhuis tensor)と呼ぶ.

演習 1.12. 概複素多様体(M, J )に対する次の3つの条件が互いに同値であることを示せ:

(5)

2. 任意のX, Y ∈ Γ(T′M )に対し[X, Y ]が再びΓ(T′M )に入る. 3. ∂2= 0となる. 演習 1.13. 概複素構造Jが積分可能であれば、Nijenhuisテンソルが零になることを示せ。 演習 1.13の逆、すなわちNijenhuisテンソルが零であれば概複素構造が積分可能であることを主張するのが Newlander–Nirenbergの定理である。 定義 1.8. 複素多様体M のDolbeaultコホモロジーを Hp,q(M ) := Ker ( ∂ : Γ (Ωp,qM )→ Γ ( Ωp,q+1M )) Im ( ∂ : Γ ( Ωp,qM−1 ) → Γ (Ωp,q M ) ) (1.19) で定義する。 演習 1.14 (Dolbeaultの定理). 複素多様体の(p, q)次のDolbeaultコホモロジーHp,q(M )が正則p形式の層pMq次のコホモロジーHq(Ωp M) と複素線形空間として同型である事を示せ。 定義 1.9. Dolbeaultコホモロジーの次元をHodge数と呼ぶ; hp,q(M ) := dimCHp,q(M ). (1.20) 演習 1.15. 複素多様体Mに対して、Fr¨olicherスペクトル系列 Hq(ΩpM)⇒ Hp+q(M ) (1.21) が存在することを示せ。(ヒント:分解 0→ C → ΩM → Ω1M → · · · → Ω dim M M → 0 (1.22) を用いよ。) 演習 1.16. Hopf曲面のHodgeダイヤモンドは 1 0 1 0 0 0 1 0 1 (1.23) である事を示せ。 演習 1.17. Fr¨olicherスペクトル系列がE1退化しないようなコンパクト複素多様体の例を挙げよ。(ヒント: 例えば岩澤多様体などがある。) 演習 1.18. Hodge数が位相不変量でない(あるいはより強く、微分同相不変量でない) ことを示せ。(ヒント: 例えば[KS13] を見よ。)

2

シンプレクティック多様体

定義 2.1. ベクトル空間V と2階のテンソルω∈ V∗⊗ V∗に対し、ωが誘導する写像 V → V∗, v7→ ω(v, −) (2.1)

(6)

が単射(従って同型)の時、ωは非退化(non-degenerate) であると言う。 定義 2.2. ベクトル空間V 上の非退化な2形式(2階の完全反対称テンソル) ω 2 ∧ V∗⊂ V∗⊗ V∗ (2.2) をV 上のシンプレクティック形式(symplectic form) と呼び、組(V, ω)をシンプレクティックベクトル空間

(symplectic vector space)と呼ぶ。

ω の反対称性および非退化性は、J ∈ End(V ) ∼= V∗⊗ V に対する条件J2=− idV の類似と見ることがで きる。 演習 2.1. ω∧2V∗ が非退化の時、V は偶数次元であり、その基底をうまく取れば線形写像(2.1)が ( 0 −I I 0 ) (2.3) と行列表示される事を示せ。 定義 2.3. 多様体M 上のシンプレクティック形式(symplectic form) とは、非退化かつ閉であるような2次微 分形式ω ∈ Γ(∧2T∗M ) を指す。多様体とその上のシンプレクティック形式の組(M, ω)をシンプレクティッ ク多様体(symplectic manifold)と呼ぶ。 シンプレクティック多様体の間の「シンプレクティック写像」f : (M, ωM)→ (N, ωN) という概念を、写像 f : M → Nf∗ωN = ωM を満たすものとして定義することはできるが、これは正則写像の良い類似にはなら ない。例えば次が成り立つ: 演習2.2. (M, ωM)と(N, ωN)がシンプレクティック多様体であり、多様体の写像f : M → Nf∗ωN = ωM を満たすとする。このとき、dim M ≤ dim N を示せ。 後述するLagrange部分多様体の概念を用いて、直積(M × N, −πM ωM + πN∗ωN)のLagrange部分多様体 をシンプレクティック多様体の間の「写像」と考える方が、上記の意味での「シンプレクティック写像」を考え るよりも多くの場面で自然である。但し、直積のLagrange部分多様体は、正則写像の類似というよりは、複素 幾何における対応(correspondence、直積の複素部分多様体)のシンプレクティック幾何における類似である。 一方、シンプレクティック多様体の同型は自然に定義される: 定義 2.4. シンプレクティック多様体(M, ωM)と(N, ωN)に対し、微分同相写像φ : M → Nφ∗ωN = ωM を満たすものをシンプレクティック同相(symplectomorphism) と呼ぶ。 多様体上の非退化2次微分形式ωを概シンプレクティック形式と呼ぶ事もある。シンプレクティック同相の 定義にωが閉形式であることは使っていないので、概シンプレクティック多様体の間の写像に対してもシンプ レクティック同相という概念は意味をなすことに注意せよ。 概シンプレクティック形式に対するNijenhuis テンソルの類似は 3 次微分形式 であり、Newlander– Nirenbergの定理の類似がDarbouxの定理である。 演習 2.3 (Darbouxの定理の逆). 概シンプレクティック多様体(M, ω)が「任意のx∈ M に対し、xを含むM の開集合U が存在して、(U, ω|U)はシンプレクティックベクトル空間の開集合とシンプレクティック同相にな る」という条件を満たすならば、ωはシンプレクティック形式である(すなわちdω = 0である) 事を示せ。

(7)

演習 2.4 (Darbouxの定理). 任意のシンプレクティック多様体(M, ω)と任意のx∈ M に対し、xを含むM の開集合U が存在して、(U, ω|U)はシンプレクティックベクトル空間の開集合とシンプレクティック同相にな

る事を示せ。

シンプレクティック構造を含むより広い概念としてPoisson構造がある。

定義 2.5. 多様体M 上のPoisson括弧(Poisson bracket)とは、R上の双線形写像

{−, −}: C∞(M )× C(M )→ C(M ) (2.4) で、反対称性 {f, g} = −{g, f} (2.5) Jacobi恒等式 {f, {g, h}} + {g, {h, f}} + {h, {f, g}} = 0 (2.6) およびLeibniz則 {f, gh} = {f, g}h + g{f, h} (2.7) を満たすものを指す。

注意 2.6. Poisson括弧に対するR双線形性と反対称性(2.5)、それにJacobi恒等式(2.6)は、Poisson括弧が

C∞(M )にR上のLie代数の構造を定めると言い換えることができる。 注意 2.7. Poisson括弧に対するJacobi恒等式(2.6)はLeibniz則

{f, {g, h}} = {{f, g}, h} + {g, {f, h}} (2.8)

と見ることもできる。

Poisson括弧に対するLeibniz則(2.7)は、Poisson括弧が関数に対してベクトル場を定める写像

C∞(M )→ Γ(T M), f 7→ Xf :={f, −} (2.9)

であると言い換えることができる。これとPoisson括弧の反対称性(2.5)を併せると、Poisson括弧がPoisson

双ベクトル(Poisson bivector) β∈ Γ (2T M ) (2.10) で決まることが分かる。 定義 2.8. Poisson双ベクトルが非退化である時、Poisson括弧は非退化であるという。 演習 2.5. 非退化なPoisson括弧とシンプレクティック形式は同値な概念であることを示せ。

多様体とその上のPoisson括弧の組をPoisson多様体(Poisson manifold)と呼ぶ。

演習 2.6. 任意のPoisson多様体は、葉がシンプレクティック構造を持つような葉層構造を自然に持つことを

(8)

H ∈ C∞(M )に対し、ベクトル場XHH の定めるHamiltonベクトル場(Hamiltonian vector field) と 呼ぶ。 演習 2.7. Poisson多様体上のHamiltonベクトル場は演習2.6で与えた葉層構造の葉に接することを示せ。 時間発展がHamiltonベクトル場によって与えられるような力学系をHamilton系と呼ぶ。演習 2.7から、 Hamilton系を考える舞台は局所的にはシンプレクティック多様体だと考えて良い。

3

解析力学

Lagrange形式の解析力学は、運動方程式をLagrange関数(Lagrangian)の積分として与えられる作用汎関 数(action functional)に対する変分原理の形に書き直す。 例として、3次元空間においてポテンシャルV を持つ力によって駆動される質点の運動を考えよう。質点の 質量は1とし、tを時刻、x(t) = (x(t), y(t), z(t))を直交座標系で表した質点の運動とすると、Newtonの運動 方程式は d2x dt2 =−∇V, ∇V = ( ∂V ∂x, ∂V ∂y, ∂V ∂z ) (3.1) と表される。 この場合のLagrange関数は、運動エネルギーK = 12| ˙x|2 とポテンシャルV を用いてL = K− V で与え られる。 一般座標q = (q1, q2, q3)に対し、質点の運動は作用 S =L(q, ˙q)dt (3.2) を最小にするという最小作用の原理によって定まり、Euler–Langrange方程式 ∂L ∂qi d dt ( ∂L ∂ ˙qi ) = 0, i = 1, 2, 3 (3.3) を満たす。 Newtonの運動方程式と比較したときのLagrange形式の解析力学の大きな利点は、一般座標qとして必ずし も直交座標を取る必要が無いことである。例えばポテンシャルV が中心力で、考えている系が球対称なときに は、直交座標よりも球座標を取るほうがはるかに見通しが良くなる。もちろんまずNewtonの運動方程式を書 き、次に微分の連鎖律を使って同じ方程式を球座標で書き直すことはできるが、それよりは最初から対称性が顕 に見える形で記述するほうが理論的にも、また計算をする上でも有利である。 Lagrange形式ではNewtonの運動方程式と同じく2階の常微分方程式によって運動が記述され、方程式の一 般解には変数の数の2倍の数の積分定数が現れる。別の言い方をすると、ある時刻における系の状態を記述する にはその時刻における一般座標だけではなく、その微分(一般速度)も知る必要がある。配位空間(configuration space)をN とおくと、運動方程式の初期値の空間はN の接束T N になる。 一般座標と一般速度の関数であるLagrange関数をLegendre変換することによって、一般座標qと一般運動 量pの関数であるHamilton関数が得られる: pi= ∂L ∂ ˙qi , H =i ˙ qipi− L. (3.4)

(9)

Legendre変換の前(q, ˙q)は配位空間N の接束T N に住んでいたが、Legendre変換後の(q, p)は余接束T∗N に住んでいる。 運動方程式はHamilton関数を用いて ˙ pi= ∂H ∂qi , q˙i= ∂H ∂pi (3.5) と書ける。これは1階の常微分方程式であり、しかも一般座標qと一般運動量pに関して(反)対称な形をして いる。この方程式の背後にはT∗N 上のシンプレクティック形式ω =idpi∧ dqiがある。対応するPoisson 括弧は {f, g} =i ( ∂f ∂qi ∂g ∂pi ∂f ∂pi ∂g ∂qi ) (3.6) で与えられ、運動方程式は ˙ pi={H, pi}, q˙i={H, qi} (3.7) と書き直される。この運動方程式は、象徴的に d dt ={H, −}, (3.8) あるいはより正確に、系の時間発展を与える微分同相ϕ :R → Diff(T∗N ) に対して ˙ ϕ = XH (3.9) とも書ける。 相空間(phase space) T∗N は配位空間N の2倍の次元を持つ。配位空間の微分同相は相空間のシンプレク ティック同相を誘導するが、相空間のシンプレクティック同相の中で配位空間の微分同相から来るものはごく 一部である。 T∗N の任意の関数はT∗N のシンプレクティック同相を定めるが、これはNT N にはないT∗N (あるい は一般のシンプレクティック多様体、あるいは更に一般にPoisson多様体)の持つ顕著な特徴(あるいは特長) である。

4

性質と構造

位相多様体であることは、位相空間に対する性質(property)である。一方、微分可能(differentiable)という 言葉は性質のような響きを持っているが、微分可能多様体であることは位相多様体に対する構造(structure)で ある。位相多様体は、局所的にEuclid空間と同相であるような位相空間として定義される。微分可能多様体は、 位相多様体に、座標変換が微分可能であるようなアトラスをデータとして付け加えたものとして定義される。*5 複素構造やシンプレクティック構造は微分可能多様体に対する性質ではなく構造である。 演習 4.1. 複素構造が構造であること、すなわち、一般に微分可能多様体は複数の複素構造を許容することを 示せ。 演習 4.2. シンプレクティック構造が構造であること、すなわち、一般に微分可能多様体は複数のシンプレク ティック構造を許容することを示せ。 *5微分構造が性質ではなく構造であることは、Milnorによる偉大な発見である。例えば、7次元球面に入る微分構造全体が位数28の 巡回群をなすことや、それらが全て(例えばBrieskorn多様体として)具体的に構成できることは驚異的である。

(10)

与えられた微分可能多様体がどのくらい複素構造やシンプレクティック構造を持つかは一般には非常に難し い問題である。 演習 4.3. 複素構造をただ1つしか許容しない微分可能多様体の例を与えよ。 演習 4.4. シンプレクティック構造をただ1つしか許容しない微分可能多様体の例を与えよ。 複素構造やシンプレクティック構造は、標準的な構造を持つ開集合の貼り合わせと接束のテンソルの言葉の 両方で定義できるが、Riemann構造は標準的な構造の貼り合わせでは定義されない。この差は積分可能性の有 無から来ている。

複素代数多様体(complex algebraic variety)は被約で既約で分離的な複素数体上有限型のスキームとして定 義される。スキームは局所的にアファインスキームと同型な環付き空間であり、環付き空間は位相空間とその 上の環の層の組である。*6環付き空間であることは位相空間上の構造であり、代数多様体であることは環付き空 間の性質である。滑らかな代数多様体は自然に微分可能多様体を定めるので、代数多様体であることは微分可 能多様体上の構造であるとも言える。代数構造を複素構造やシンプレクティック構造のようにテンソル場の言 葉で言い換えることはできないと思われる。 演習 4.5. 同型でない代数多様体の組で、複素多様体としては同型であるものの例を与えよ。

5

G

構造の幾何学

1872年のErlangen大学における教授就任演説でKleinは、空間とそれに作用する群の組に対して対応する 幾何学が定まり、その群作用で不変な空間の性質のみが幾何学の対象になる、という視点を提唱した。これは Euclid幾何やアフィン幾何を、射影幾何を頂点とするような階層に位置付けるとともに、Lie群や等質空間の研 究を促した。

CartanによるG構造の概念は、Kleinの視点をRiemann幾何を含む形で拡張する。Euclid空間Rnとそれ

に作用するLie群Gの組(G,Rn)に対し、n次元多様体MG構造(G-structure)とは、M の接束T M の 構造群GL(n,R)のGへの簡約のことである。つまり、M の開被覆を取って、接束T M を自明束の貼り合わ せとして表すときに、変換関数の値をGL(n,R)ではなくGに取るということである。 GL(n,R)の単位元を含む連結成分をGL+(n,R)と書く。 演習 5.1. GL(n,R)/ GL+(n,R) ∼=Z/2Zを示せ。 演習 5.2. GL+(n,R)構造は向きと同値であることを示せ。 演習 5.3. O(n)構造はRiemann計量と同値であることを示せ。 演習 5.4. GL(n/2,C)構造は概複素構造と同値であることを示せ。 G構造はしばしばテンソル場によって特徴付けられ、上の3つの例ではそれぞれ体積形式(どこでも零になら ないn次微分形式)、リーマン計量(至る所正定値な2階の対称テンソル)、概複素構造(自乗すると−1倍にな る接束の自己同型)となる。 演習 5.5. O(n)/ SO(n) ∼=Z/2Zを示せ。 *6スキームを環付き空間ではなく環の圏から集合の圏への関手と見る見方もあるが、ここでは触れない。

(11)

演習 5.6. π1(SO(n)) ∼=Z/2Zを示せ。

演習 5.7. SO(n)の普遍被覆をSpin(n)で表す。多様体のSpin(n)構造とは何かを述べよ。

G構造に関する重要な概念として積分可能性(integrability)がある。微分可能多様体はユークリッド空間の 開集合を微分同相で貼り合わせて得られるが、この貼り合わせ写像の微分は接空間の間の線形写像(GL(n,R) の元)を与える。この貼り合わせ写像の微分が常にGに入っているとき、この多様体は積分可能なG構造を持 つと言われる。別の言い方をすると、Rnは標準的なG構造を持つが、G構造を持つ多様体では各点における 接空間(あるいは無限小近傍)がRn G構造を込めて同一視されるのに対し、積分可能なG構造を持つ多様 体では各点における有限の大きさの近傍がRnの開集合とG構造を込めて同一視される。 Riemann構造が積分可能であるための必要十分条件は、Riemannの曲率テンソルが零であることである。積 分可能なRiemann多様体はRnの開集合を等長写像で貼り合わせて得られる。このような多様体は平坦多様体 と呼ばれ、Bieberbachの定理により、コンパクトであればトーラスの有限群による商に限られることが知られ ている。 J2n:= ( 0 −In In 0 ) (5.1) とおく。 演習 5.8. GL(n,C) ∼={G∈ GL(2n, R) A−1J2nA = J2n} (5.2) を示せ。 定義 5.1. シンプレクティック群(symplectic group) を Sp(2n,R) ∼={G∈ GL(2n, R) ATJ2nA = J2n} (5.3) で定義する。 演習 5.9. シンプレクティック構造は積分可能なSp(2n,R)構造と同値であることを示せ。 Klein流に言うと、シンプレクティック幾何はシンプレクティック多様体の、シンプレクティック同相で不変 な性質を研究する学問である。Cartan流に言うと、シンプレクティック幾何は、積分可能なSp(2n,R)構造の 研究である。 演習 5.10. U(n) = O(2n)∩ GL(n, C) ∩ Sp(2n, R). (5.4) であり、しかもこの3つのうちの2つの共通部分は残りの1つに自動的に含まれる事を示せ。

定義 5.2. U(n)構造を概Hermite構造(almost Hermitian structure)と呼ぶ。

定義 5.3. 複素構造が積分可能であるような概Hermite構造をHermite構造と呼ぶ。

定義 5.4. シンプレクティック構造が積分可能であるような概Hermite構造を概K¨ahler構造と呼ぶ。

定義 5.5. 複素構造とシンプレクティック構造がどちらも積分可能であるような概Hermite構造をK¨ahler構造 と呼ぶ。

(12)

演習 5.11. シンプレクティック構造、複素構造およびRiemann構造の3つのうちの二つが与えられれば、残 りの1つは自動的に決まることを示せ。

演習 5.12. 複素構造とシンプレクティック構造がどちらも積分可能である(すなわち、K¨ahler多様体である)

が、U(n)構造が積分可能でない例を与えよ。

K¨ahler多様体(あるいはK¨ahler構造を許容する複素多様体)は非常に重要なクラスをなす。Hodge理論に よって、コンパクトK¨ahler多様体に対しては、Hq(Ωp

X) は(p, q)次の調和形式の空間Hp,qと自然に同一視

され、Fr¨olicherスペクトル系列(1.21)はE1退化する。複素共役は同型Hp,q −→ H q,pを与えるので、特に

hp,q(X) = hq,p(X)である。従って、コンパクトK¨ahler多様体のHodgeダイヤモンドは左右対称であり、奇 数次のBetti数は偶数になる。この事と演習 1.16から、Hopf曲面はK¨ahler構造を許容しないことが分かる。

6

モジュライ空間

複素多様体Xが与えられた時、その下部構造としてのC∞級多様体に入る複素構造の集合を複素多様体の同 型(双正則同値)で割って得られる商集合は、良い状況では複素多様体(あるいはその一般化)の構造を持つ。 これをXの複素構造のモジュライ空間と呼ぶ。

注意 6.1. 全ての双正則同値の代わりに恒等写像とアイソトピックであるような正則同値のみで割った空間を

Teichm¨uller空間と呼ぶ。Teichm¨uller空間は写像類群を構造群とするモジュライ空間上の主ファイバー束の構 造を持つ。 Vn次元の複素ベクトル空間、Λを階数2nの自由Abel群とする。 演習 6.1. 任意のn次元複素トーラスXに対し、ある群の単射準同型i : Λ→ V が存在してX ∼= V /i(Λ)とな ることを示せ。 単射準同型の集合をHom(Λ, V )◦⊂ Hom(Λ, V )で表す。 演習 6.2. i, i ∈ Hom(Λ, V )◦に対してV /i(Λ) ∼= V /i′(Λ)となるための必要十分条件は、あるg∈ GL(V )h∈ Aut(Λ)が存在してi′= g◦ i ◦ hとなることである事を示せ。 従って、実2n次元のトーラスに入る複素構造の同値類の集合は、 GL(V )\ HomZ(Λ, V )◦/ Aut(Λ) (6.1) で与えられる。 演習 6.3. GLn(C)\ Hom(Λ, V )◦2n次元複素ベクトル空間のn次元複素部分空間の集合Grn(C2n) の部分 集合と自然に同一視され、自然なn2次元複素多様体の構造を持つ事を示せ。

演習 6.4. n = 1の時、GLn(C)\ Hom(Λ, V )◦∼=C \ R かつGL(V )\ HomZ(Λ, V )◦/ Aut(Λ) ∼=H/ SL2(Z) で あることを示せ。ここでH := {z ∈ C | Im z > 0}は上半平面である。 演習 6.5. n ≥ 2に対し、集合GL(V )\ HomZ(Λ, V )◦/ Aut(Λ) ∼= Grn(C2n)/ GL 2n(Z) は商位相に関してT1 でない(従ってHausdorffでもない)事を示せ。 一方、n 次元偏極Abel多様体の同型類の集合は、自然に 1 2n(n + 1) 次元の複素解析空間の構造を持つ 事が知られている。n 次元トーラス上の任意の直線束 L に対し、L の変形の障害類の住む空間の次元は

(13)

dim Ext2(L, L) =(n2)= n21 2n(n + 1)であることに注意せよ。 注意 6.2. シンプレクティック構造のモジュライ空間も同様に定義することはできるが、そのままではあまり 良い概念ではない。ミラー対称性の文脈では、シンプレクティック構造のモジュライ空間はいわゆる量子補正 (quantum correction)を受けると考えられており、補正後のモジュライ空間の満足のゆく数学的な定式化はま だなされていない。

7

全ては

Lagrange

部分多様体である

相空間は配位空間に運動量を付け加えて「2倍に」することで得られるが、この中で運動量が零である部分空 間Lは配位空間と自然に同一視できる。言い換えると、M = T∗N の零切断LN と同一視できる。このL は、M のシンプレクティック形式ωの制限ω|Lが零になるという著しい性質を持っている。さらに、Lはその ような性質を持つM の部分多様体の中で、包含関係に関して極大になっている。この2つの性質を持つM の 部分多様体のことをLagrange部分多様体と呼ぶ:

定義 7.1. シンプレクティック多様体(M, ω)の部分多様体LがLagrange部分多様体(Lagrangian submani-fold)であるとは、ω|L = 0かつdim L = 12dim Mが成り立つことを指す。

「全ては Lagrange部分多様体である」という主張は Weinstein のシンプレクティック教条(Weinstein’s symplectic creed)と呼ばれている[Wei81]。全てというのは少し大袈裟だとしても、シンプレクティック幾何 における重要な問題の多くがLagrange部分多様体の言葉で書けることは間違いない。*7 例えば、シンプレクティック同相写像 f : (M1, ω1)→ (M2, ω2) (7.1) は、そのグラフを考えることによって、直積(M1× M2, π∗1ω1− π2∗ω2) のLagrange部分多様体の特別な場合 と考えることができる。特に、シンプレクティック多様体M1M2がともに別の多様体N の余接束で、この Lagrange部分多様体が直積N × N の上の関数F の微分dF のグラフとして与えられているとき、F を変換の 母関数と呼ぶ。具体的には、M1の座標を(q, p), M2の座標を(Q, P )とおくと、母関数F (q, Q)を用いて、変 換前後の変数の関係は pi= ∂F ∂qi , (7.2) Pi= ∂F ∂Qi (7.3) と書ける。FqQの関数なので、まず(7.2) を解くことによってQqpの関数として表し、次に (7.3)によってPqpの関数として定まる。 演習 7.1. 運動量写像をLagrange部分多様体として記述せよ。*8

*7 偏移シンプレクティック幾何(shifted symplectic geometry)においては、偏移シンプレクティック構造(shifted symplectic structure)は偏移Lagrange構造(shifted Lagrangian structure)の特別な場合である(例えば[To¨e14, Remarks 5.3]を見よ)。

*8 この問いに対する「良い」解答は偏移シンプレクティック構造の言葉で与えられる。運動量写像µ : X→ g∗ の誘導する商スタック の射µ : [X/G]→ [g∗/G]≃ T∗BG[1]は、T∗BG[1]の標準的な1偏移シンプレクティック構造に関するcanonicalなLagrange

構造を持つ。同様に、λ∈ g∗のstabilizerをとおくと、自然な埋め込みBGλ,→ [g∗/G]はcanonicalなLagrange構造を持

つ。これらのファイバー積[X/G]×[g∗/G]BGλ にcanonicalな0偏移シンプレクティック構造を入れたものがXλにおける (導来)シンプレクティック商である。

(14)

8

量子化

20世紀に古典力学は物理学の基本原理の座を量子力学に明け渡したが、この過程でシンプレクティック幾何 学の重要性はむしろ高まった。 Planck定数を0にする極限において量子力学は古典力学を再現する(べきである)が、逆に、与えらた古典 系に新たにというパラメーターを導入して、ℏ → 0の極限でもとの系を再現するようにする操作を量子化と 呼ぶ。 古典系の量子化がいつでも存在するかは分からないし、存在しても一意的とは限らない。 解析力学は古典力学を記述するための洗練された方法を与えるのみならず、量子化を行う際に重要な手掛か りを与える。 Lagrange形式で与えられた古典系を量子化する問題はFeynmanの学位論文において取り上げられ、経路積 分の理論として定式化された。 Heisenbergの行列力学では位置や運動量といった物理量を行列で置き換え、Poisson括弧を演算子の交換子 に取り替えることで量子化が行われる: p, q7→ bp, bq, {q, p} = 1 7→ [bq, bp] =√−1ℏ. (8.1) 一方、Schr¨odingerによる波動力学は行列力学と同値であるが、Hamilton–Jacobi形式の解析力学と密接に結 びついている。Hamilton–Jacobi形式においては、時間に依存する正準変換を行うことでHamilton関数を零 にする。そのような正準変換の母関数を特徴付ける方程式がHamilton–Jacobi方程式であり、これは位置と時 間を独立変数に持つ1階の偏微分方程式である。常微分方程式の問題を偏微分方程式の問題に変えるので、一 見すると問題を難しくしているような印象を与えるが、保存量を探して問題を単純にするのに威力を発揮する のみならず、粒子の運動と波の伝播の類似性を強調することによって、波動力学への道を切り開いた。 これらの理論をシンプレクティック多様体の立場から見直すことによって、幾何学的量子化(geometric quantization) という概念が得られる。特に重要な例としては、Lie群の余随伴軌道の幾何学的量子化と、 Riemann面上のベクトル束のモジュライ空間の幾何学的量子化が挙げられよう。前者はLie群の表現論と密接 に関わり、Kostantによる戸田格子とその量子化の研究に繋がる。後者は共形場理論やChern–Simons理論と 結びつき、低次元トポロジーへの応用などの著しい成果を挙げた。 幾何学的量子化とは少し毛色の違う量子化に、変形量子化(deformation quantization)がある。A = C∞(M ) の結合環への変形(すなわち、A[[ℏ]]のR[[ℏ]]上の結合代数構造で、moduloℏでAの通常の積になっているよ うなもの) を f ⋆ g = f g +ℏB1(f, g) +ℏ2B2(f, g) +· · · (8.2) とおく。ここで、Biは2つの引数のそれぞれについて有限階の微分作用素であると仮定する。積の集合に は、A[[ℏ]]のR[[ℏ]]加群としての自己同型 D : f 7→ f + ℏD1(f ) +ℏ2D2(f ) +· · · (8.3) が ⋆7→ ⋆′, a ⋆′b := D(D−1(a) ⋆ D−1(b)) (8.4) で作用する。ここでDi, i = 1, 2, . . . は有限階の微分作用素である。

(15)

演習 8.1. ⋆の結合律 (f ⋆ g) ⋆ h = f ⋆ (g ⋆ h) (8.5) はの1次で f B1(g, h)− B1(f g, h) + B1(f, gh)− B1(f, g)h = 0 (8.6) を与える事を示せ。 演習 8.2. 自己同型(8.3)はB1B1′(f, g) = B1(f, g)− fD1(g) + D1(f g)− D1(f )g (8.7) で作用することを示せ。 演習 8.3. B1を対称部分と反対称部分に B1+(f, g) = 1 2(B1(f, g) + B1(g, f )) , (8.8) B1−(f, g) = 1 2(B1(f, g)− B1(g, f )) , (8.9) B1+(f, g) = B + 1(f, g) + B 1 1(g, f ) (8.10) と分けた時、自己同型(8.3)は B1 + (f, g) = B1+(f, g)− fD1(g) + D1(f g)− D1(f )g, (8.11) B1′−(f, g) = B1−(f, g) (8.12) と作用する事を示せ。 与えられた積に対し、AのPoisson括弧を {f, g} := lim ℏ→0 1 ℏ[f, g] = 2B1−(f, g) (8.13) で定義する。但し、ここで [f, g] := f ⋆ g− g ⋆ f (8.14) は積に関する交換子である。

定義 8.1. 可換環Aと写像{−, −}: A × A → Aの組(A,{−, −})がPoisson代数(Poisson algebra)であると は、A

1. 反対称性:{a, b} = −{b, a}

2. Jacobi恒等式:{{a, b}, c} + {{a, b}, c} + {{a, b}, c} = 0

3. Leibniz則:{a, bc} = {a, b}c + b{a, c} を満たす事を指す。

演習 8.4. AA[[ℏ]]の積から(8.13)で定まるPoisson括弧{−, −} の組(A,{−, −})はPoisson代数を与 えることを示せ。(ヒント:の結合律から従う交換子積[−, −]のJacobi恒等式及びLeibniz則のℏについて の先導項を見よ。)

(16)

演習 8.5. A[[ℏ]]の積の先導項の対称部分B1+はゲージ変換によって零にできることを示せ。 任意のPoisson構造が変形量子化を持つか(つまり、そのPoisson構造を先導項に持つC∞(M )[[ℏ]] 上の積 が存在するか) という問題は[Kon03]によって肯定的に解決された。

9

位相的ミラー対称性

Calabi–Yau多様体の定義には 1. ホロノミー群がSU(n)と一致する実2n次元Riemann多様体 2. Ricci曲率が0であるK¨ahler多様体 3. 標準束が自明なK¨ahler多様体 などの同値でない幾つかの流儀が存在する。 演習 9.1. 上記の3つの定義の間の関係をなるべく詳しく述べよ。 この節では3を採用する。また、特に断らない限りCalabi–Yau多様体はコンパクトであると仮定する。標 準束が自明なので、どこでも0にならない正則n形式Ω∈ H0(ΩnY) が定数倍を除いて一意的に存在するが、こ れを正則体積形式(holomorphic volume form)と呼ぶ。

定義 9.1. n次元Calabi–Yau多様体の組(Y, ˇY )が位相的ミラー対(topological mirror pair)であるとは、任 意の0≤ p, q ≤ nに対して hp,q(Y ) = hp,n−q( ˇY ) (9.1) を満たす事を指す。この時、Yˇ をY の位相的ミラー(topological mirror)と呼ぶ。 YYˇ のHodge数がq = n− qで定義される直線に関して鏡映対称になっている事が、ミラー対称性とい う言葉の由来である。 演習 9.2. ˇYY の位相的ミラーである時、YYˇ のEuler数は χ(Y ) = (−1)n+1 χ( ˇY ) (9.2) で関係していることを示せ。 注意 9.2. 演習 1.18 で示したように、Hodge数は位相不変量ではない。それにも関わらず (9.1)を満たす Calabi–Yau多様体の対が位相的ミラー対と呼ばれることの一つの説明は、YH1(OX) ∼= H2(OX) ∼= 0を満 たすという意味で狭義の3次元Calabi–Yau多様体の時、非自明なHodge数はh1,1(X)h1,2(X)2つだけ であり、どちらもBetti数からh1,1(X) = b2(X)h1,2(X) = b3(X)/2− 1で決まることである。

次の問題が位相的ミラー対称性(topological mirror symmetry)における中心的な課題である:

問題 9.3. Calabi–Yau多様体Y に対して、その位相的ミラーが存在するための条件を求めよ。

与えられたChern数c2

1 とc2を持つ一般型曲面の双有理同値類は準射影的な粗モジュライ空間を持つ事が

[Gie77]によって知られている。どのような非負整数の組(c2

1, c2)に対してモジュライ空間が空でないかを問う のが一般型曲面の地誌学(geography of surfaces of general type) [Per87]の基本問題である。そのような組は、

(17)

宮岡–Yauの不等式c2

1 ≤ 3c2 [Miy77, Yau77]とNoetherの不等式5c21− c2+ 36≥ 12h0,1 ≥ 0 で挟まれる領 域にしか存在しない。この領域に、モジュライ空間が空でない組(c2

1, c2)が無限個存在する事は容易に分かる。 位相的ミラー対称性はCalabi–Yau多様体の地誌学に関する問題である。n次元Calabi–Yau多様体のHodge

数については、n = 3の場合にモジュライが空でないものが有限かどうかすら分かっていない。 条件(9.1)の特別な場合として h1,1(Y ) = h1,n−1( ˇY ) (9.3) を得るが、正則体積形式との内部積によって定まる同型 H1(ΘY)−→ H∼ 1(ΩnY−1), X 7→ ιXΩ (9.4) によって、hn−1,1( ˇY )h1(ΘYˇ)と一致し、これは更に小平–Spencer理論とBogomolov–Tian–Todorovの定 理によって、複素構造の変形の自由度と一致する。一方、h1,1(Y )Y ahler類の自由度の次元であり、 (9.3)はYˇ の複素構造の変形の自由度とY のシンプレクティック構造の変形の自由度が一致することを主張す る。これは、ミラー対称性がシンプレクティック幾何と複素幾何を入れ替えるという原理の一つの具現化になっ ている。

1次元のCalabi–Yau多様体は楕円曲線のみであり、2次元のCalabi–Yau多様体はAbel曲面とK3曲面の みである。楕円曲線のHodgeダイヤモンドは 1 1 1 1 (9.5) であり、Abel曲面とK3曲面のHodgeダイヤモンドはそれぞれ 1 2 2 1 4 1 2 2 1 (9.6) 及び 1 0 0 1 20 1 0 0 1 (9.7) で与えられるので、これらは全て自己双対になっている。

注意 9.4. 複素2次元のRicci平坦なK¨ahler多様体には、Abel曲面とK3曲面に加えてEnriques曲面と双楕 円曲面(bi-elliptic surface)がある。前者はK3曲面の非シンプレクティック対合による商であり、後者は2つ の(同型とは限らない)楕円曲線の直積の有限群による商である。 演習 9.3. Enriques曲面のHodgeダイヤモンドが 1 0 0 0 10 0 0 0 1 (9.8) で与えられることを示せ。

(18)

演習 9.4. 双楕円曲面のHodgeダイヤモンドが 1 1 1 0 2 0 1 1 1 (9.9) で与えられることを示せ。

K3曲面とEnriques曲面のホロノミー群はSU(2)であるが、Abel曲面と双楕円曲面のホロノミー群は自明

群である。 3次元Calabi–Yau多様体のおそらく最も有名な例はP45次超曲面である。これをY とおくと、その定義 方程式は5変数の5次式で与えられる。標準束が自明であることは、完全列 0→ TY → TP4| Y → NY /P4 → 0 (9.10) の最高次の外積を取って得られる添加公式(adjunction formula) ωY∨⊗ NY /P4 ∼= ωP4|Y (9.11)

から直ちに分かる。Lefschetzの定理によって、Y の中間次元未満のHodge数はP4Hodge数と同じであり、 h1,0(Y ) = h2,0(Y ) = 0かつh1,1(Y ) = 1が分かる。標準束が自明であることから、h3,0(Y ) = 1である。一般 に、Griffiths [Gri69]によって、次数hn + 2変数斉次多項式f で定義されるPn+1の超曲面の中間次元の Hodge数は hp,n−p= dim Jac(f )h(n+1−p)−(n+2) (9.12) で与えられることが知られている。ここで Jac(f ) :=C[x1, . . . , xn+2] /( ∂f ∂x1,· · · , ∂f ∂xn+2 ) (9.13) はf のJacobi環である。 演習 9.5. P4の5次超曲面のHodgeダイヤモンドが 1 0 0 0 1 0 1 101 101 1 0 1 0 0 0 1 (9.14) で与えられる事を示せ。 演習 9.6. P4の5次超曲面は複素構造を少し変形してもP4の射影超曲面のままであることとを示せ。 演習 9.7. P45次超曲面の任意の正則自己同型はP4の自己同型に持ち上がることを示せ。 演習 9.8. 演習 9.6と演習9.7を用いて、P45次超曲面の複素構造のモジュライ空間の次元が101であるこ とを示せ。

(19)

P45次超曲面の位相的ミラーYˇ [GP90]によって次のように構成された。まず、P45次超曲面の特 別な例としてFermat多様体Y := {[x1:· · · : x5]∈ P4 x51+ x52+ x53+ x54+ x55= 0 } を取る。このY には G :={diag(α1, . . . , α5)∈ SL5(C) α5 1=· · · = α55= 1} ∼= (Z/5Z)4が自然に作用し、商空間Y /Gは商特異点 を持つ代数多様体になる。この代数多様体はクレパントな特異点解消を持つので、それをYˇ とおく 演習 9.9. ˇY のHodge数を計算し、Yˇ がY の位相的ミラーである事を確かめよ。 クレパントな特異点解消は一意的ではないが、それらはフロップでつながり、Hodge数はクレパントな特異 点解消の取り方に依らない[Kol89]。具体的な特異点解消の記述については例えば[Mor93, Appendix B]とそ の参考文献を見よ。 3次元Calabi–Yau多様体には次のような例もある:楕円曲線の直積 E3:={([x1: x2: x3], [x4: x5: x6], [x7: x8: x9])∈ (P2)3 x31+ x 3 2+ x 3 3= x 3 4+ x 3 5+ x 3 6= x 3 7+ x 3 8+ x 3 9= 0 } (9.15) にはG :={(α, β)∈ (C×)2 α3= β3= 1}が ([x1: x2: x3], [x4: x5: x6], [x7: x8: x9])7→ ([αβx1: x2: x3], [α2x4: x5: x6], [β2x7: x8: x9]) (9.16) で作用し、商多様体E3/G はクレパントな特異点解消 Y → E3/G (9.17) を持つ。 演習 9.10. Y のHodgeダイヤモンドは 1 0 0 0 84 0 1 0 0 1 0 84 0 0 0 1 (9.18) で与えられる事を示せ。 K¨ahler 多 様 体 の h1,1 は 必 ず 正 な の で 、Y は 定 義 9.1 の 意 味 で の 位 相 的 ミ ラ ー を 持 た な い 。一 般 に 、 h1,n−1(Y ) = 0を満たすCalabi–Yau多様体は、変形を持たないことから剛Calabi–Yau多様体(rigid Calabi–

Yau manifold)と呼ばれる。剛Calabi–Yau多様体のミラーについては後でもう少し述べる。

P45次超曲面の一般化として、重み付き射影空間(weighted projective space)の超曲面がある。正の自然 数の組(a1, . . . , an+2)を重み(weight)と呼ぶ。重みが与えられると、乗法群Gmが準同型

Gm→ GLn+2, α7→ diag (αa1, . . . , αan+2) (9.19)

を通してAn+2に作用するが、この作用に関するAn+2\0の商を重み付き射影空間(weighted projective space)

と呼び、P(a1, . . . , an+2)で表す。重み付き射影空間は高々商特異点を持つ代数多様体である。任意の正の自然

dに対し、全ての重みを一斉にd倍しても得られる重み付き射影空間は同型である;

(20)

また、A1/(Z/dZ) ∼=A1に注意すると、gcd((ai)n+2 i=1 ) = 1の時、i番目以外の重みを一斉にgcd ((aj)j̸=i)で 割っても、得られる重み付き射影空間が同型であることも分かる。従って、任意のi = 1, . . . , n + 2に対して gcd ({a1, . . . , an+2} \ {ai}) = 1 (9.21) と 仮 定 す る こ と が で き る 。こ の 条 件 を 満 た す 重 み を 適 格 (well-formed) と 呼 ぶ 。n + 2 変 数 多 項 式 f (x1, . . . , xn+2)が任意のα ∈ Gmに対してf (αa1x1, . . . , αan+2xn+2) = αhf (x1, . . . , xn+2) を満たす時、h

の重み付き斉次多項式(weighted homogeneous polynomial)と呼ばれる。

e Y :={(x1, . . . , xn+2)∈ An+2 f (x1, . . . , xn+2) = 0} (9.22) と置くと、 Y := ( e Y \ 0 ) /Gm (9.23) はP(a1, . . . , an+2) の超曲面を定める。Ye が原点以外に特異点を持たない時、Y は準滑らか(quasi-smooth) であると言う。準滑らかな超曲面は入れ物の重み付き射影空間から来る商特異点のみを持つ。Y が反正準因子 (anti-canonical divisor)である時、すなわち、Y の定義方程式の次数ha1+· · · + an+2= h (9.24) を満たす時、Y は自明な標準束を持つ事が添加公式から分かる。但し、勝手な重み (a1, . . . , an+2) を取る と、次数a1+· · · + an+2 の斉次多項式をどのように取っても Y が準滑らかにならない。例えばn = 1(a1, a2, a3) = (1, 1, 3) とすると、一般の5 次多項式f (x1, x2, x3) はx1x2 の5 次式g(x1, x2) と2 次式 h(x1, x2)を用いて f (x1, x2, x3) = g(x1, x2) + h(x1, x2)x3 (9.25) と書かれ、必ず(x1, x2, x3) = (0, 0, 1)に特異点を持つ。 一般の反正準因子が準滑らかになる重みの集合は、n = 1では(1, 1, 1), (1, 1, 2), (1, 2, 3)の3つしか無い [Sai74]。対応する重み付き射影平面の超曲面は楕円曲線であり、それらに対する位相的ミラー対称性は深い内 容を持たない。 n = 2の場合は[Yon90]によって分類され、95個ある事が知られている。対応する重み付き射影空間の超曲 面の極小モデルはK3曲面を与えるが、楕円曲線と同じく、K3曲面は自己双対なので、位相的ミラー対称性は そのままでは深い内容を持たない。しかし、これらのK3曲面が族として存在することに注目すると、それらに 対する位相的ミラー対称性を、非常に一般(very general)*9である元のPicard格子と超越格子を入れ替える双 対性として定式化し直すことができる[Dol96]。これはArnold [Arn75] によって発見され、Pinkham [Pin77]

やDolgachev–Nikulin [Dol83, Nik79] によって K3 曲面の幾何を用いて解釈された奇妙な双対性(strange

duality) と密接に関係する*10。この精密化された意味の位相的ミラー対称性は、重み付き射影空間の超曲面と して得られる95個のK3曲面に対しては[Bel02] で詳しく調べられ、そのうち57個は95個の中に位相的ミ ラーを持ち、残りの38個は持たない無い事が知られている。 n = 3の場合の重みは[KS92a]によって分類され、7555個ある事が知られている。素朴に考えると,こうし て得られるCalabi–Yau多様体はP45次超曲面の場合と同様に、大きなh1,n−1と,小さなh1,1を持ってい *9 C上の代数多様体V が与えられた時、V から高々加算個の自明でないZariski閉集合を取り除いた集合の上で成り立つ性質を、V

の非常に一般の点(very general point)で成り立つと言う。

(21)

そうに思われるが、そのままでは商特異点を持っているので、それを解消する必要がある。個別の例で具体的に 解消を構成するのは必ずしも自明でないが、Vafa [Vaf89] は特異点解消を具体的に構成することなくHodge数 の母関数P (t, t) :=∑np,q=0hp,n−qtptq を与える公式 P (t, t) =  h−1 l=0lai/h∈Z 1− (tt)1−ai/h 1− (tt)ai/hlai/h̸∈Z (tt)1/2−ai/h ( t t )lai/h−[lai/h]−1/2   int (9.26) を導出した。ここで[x]xを超えない最大の整数を表し、(f )|intf からttの分数冪を取り除いたもの を表す。 例えば、P45次超曲面の場合には、 ( 1− t4 1− t )5 =(1 + t + t2+ t3)5 (9.27) = 1 + 5t + 15t2+ 35t3+ 65t4+ 101t5+ 135t6 (9.28) + 155t7+ 155t8+ 135t9+ 101t10+ 65t11+ 35t12 (9.29) + 15t13+ 5t14+ t15 (9.30) に注意すると、(9.26)のl = 0の項は ( 1− (tt)1−1/5 1− (tt)1/5 )5 int = ( 1 + (tt)1/5+ (tt)2/5+ (tt)3/5 )5 int (9.31) = 1 + 101(tt) + 101(tt)2+ (tt)3 (9.32) となり、l̸= 0の項は 4 ∑ l=1 [ ( tt) 1 2 1 5 ( t t )1 5l−[ 1 5l]− 1 2 ]5 = 4 ∑ l=1 ( tt) 5 2−1 ( t t )l5 2 (9.33) = 4 ∑ l=1 tl−1t4−l (9.34) = 3 ∑ p=0 tpt3−p (9.35) となる。 同様に、P34次超曲面(これはK3曲面である)Hodge数を(9.26)を用いて計算してみると、 ( 1− t3 1− t )4 = 1 + 4t + 10t2+ 16t3+ 19t4+ 16t5+ 10t6+ 4t7+ t8 (9.36) から、(9.26)のl = 0の項は ( 1− (tt)1−1/4 1− (tt)1/4 )4 int = ( 1 + (tt)1/4+ (tt)2/4 )4 int (9.37) = 1 + 19(tt) + (tt)2 (9.38)

(22)

となり、l̸= 0の項は 3 ∑ l=1 [ ( tt) 1 2 1 4 ( t t )1 4l−[ 1 4l]− 1 2 ]4 = 3 ∑ l=1 ( tt)2−1 ( t t )l−2 (9.39) = 3 ∑ l=1 tl−1t3−l (9.40) = 2 ∑ p=0 tpt2−p (9.41) となる。 Vafaの公式(9.26)を用いて、7555個の重み付きに対応する3次元Calabi–Yau多様体に対して、期待される Hodge数をプロットしてみると,その中に位相的ミラー対が数多く見つかった事は、代数幾何学者に驚きを持っ て迎えられた.[CLS90, Fig. 1]にある印象的な図を見よ。一方、7555個の中の850個は、7555個の中に位相 的ミラーを持たない。従って、Vafaの公式を数学的に理解することや、残りの850個に対する位相的ミラーを 見つけることが次の問題になる。これらの問題に対するアプローチとして最も有名なのものはトーリック幾何 を用いる方法であるが、これを議論する前に、より準備が少なくて済む可逆多項式を用いる方法を紹介しよう。

10

可逆多項式

次の条件を満たす多項式f ∈ C[x1, . . . , xn]を可逆多項式(invertible polynomial)と呼ぶ: 1. 非負整数を成分に持つ可逆行列A = (aij)ni,j=1 が存在して f = ni=1 nj=1 xaij j (10.1) となる。 2. f は原点に孤立臨界点を持つ。 原点に孤立臨界点を持つことはしばしば非退化(non-degenerate)と呼ばれる(例えば[AGZV85, p. 192]を見 よ)。これは、Morse理論における臨界点の非退化性とは違うことに注意せよ。

多項式f (x1, . . . , xm)∈ C[x1, . . . , xm]g(y1, . . . , yn)∈ C[y1, . . . , yn]に対し、fgのSebastiani–Thom

和(Sebastiani–Thom sum)は

f (x1, . . . , xm) + g(y1, . . . , yn)∈ C[x1, . . . , xm, y1, . . . , yn] (10.2)

で定義される。

演習10.1. 任意の可逆多項式は次の3つの型の多項式のSebastiani–Thom和である事を示せ(ヒント:[KS92b]

を見よ):

• Fermat(Fermat type): xp. 鎖型(chain type): xp1 1 x2+ x p2 2 x3+· · · + x pn−1 n−1xn+ xpnn. ループ型(loop type): xp1 1 x2+ x p2 2 x3+· · · + x pn−1 n−1xn+ xpnnx1.

(23)

f が可逆多項式であれば、 ˇ f = ni=1 nj=1 xaji j . (10.3)

で定義されるf の転置多項式(Berglund–H¨ubsch transpose)も可逆になる。

Aが可逆行列であるという条件から、任意の可逆多項式は重み付き斉次多項式になり、対応する重みは定数 倍を除いて一意的に決まる。最大公約数が1であるという条件で定数倍の自由度を固定して得られる重みを

(a1, . . . , an; h) := deg(x1, . . . , xn; f ) (10.4)

と書き、簡約ウエイト系(reduced weight system)と呼ぶ。

与えられた簡約ウエイト系に対し、対応する可逆多項式はたとえ存在しても一つには定まらない。例えば、可 逆多項式 4F1 x4+ y4+ z4+ w4 2F1+ C2 x4+ y4+ z3w + w4 2F1+ L2 x4+ y4+ z3w + w3z F1+ C3 x4+ y3z + z3w + w4 F1+ L3 x4+ y3z + z3w + w3y 2C2 x3y + y4+ z3w + w4 C2+ L2 x3y + y4+ z3w + w3z 2L2 x3y + y3z + z3w + w3z C4 x3y + y3z + z3w + w4 L4 x3y + y3z + z3w + w3x (10.5) に対応する簡約ウエイト系はどれも(1, 1, 1, 1; 4)になる。また、準滑らかな重み付きCalabi–Yau超曲面を定義 する重みに対し、対応する可逆多項式が必ず存在するとも限らない。例えば、K3曲面を与える95個の重みの 1つである(2,4,5,11;22)は、可逆多項式を構成するために使える単項式を x11, x9y, xy5, xz4, w2 (10.6) の5つしか持たないが、これで可逆多項式を構成することはできないので、この重みに対応する可逆多項式は 存在しないことが分かる。同様の考察を95個のそれぞれの重みに対して行うことにより、95個のうちの91個 は対応する可逆多項式を持つが、 No. 重み 75 (2, 4, 5, 11; 22) 90 (4, 6, 7, 17; 34) 91 (5, 6, 8, 19; 38) 93 (3, 4, 10, 17; 34) (10.7) の4つは対応する可逆多項式を持たない事が分かる*11 可逆多項式(10.1)は重み付き斉次多項式なので、対応する重み付き射影空間の中の超曲面 Y :={[x1:· · · : xn]∈ P(a1, . . . , an)| f(x1, . . . , xn) = 0} (10.8) を定める。可逆多項式が原点のみに臨界点を持つことから、Y は準滑らかになる。Y が(一般にはGorenstein 商特異点を持つ)Calabi–Yau多様体になるための必要十分条件は a1+· · · + an= h (10.9) *11橋本健治氏、三浦真人氏との議論による。

(24)

である。

可逆多項式(10.1)に対し、その極大対角対称性のなす群(the group of maximal diagonal symmetries)が

Gmax :=   1, . . . , αn)∈ (Gm)n 任意のi = 1, . . . , nに対して nj=1 αaij j = 1    (10.10) で定義される。対角部分群への埋め込み (Gm)n → GLn(C), 1, . . . , αn)7→ diag(α1, . . . , αn) (10.11) によって、極大対角対称性のなす群はGLn(C)の部分群と同一視される。また、同様にして、転置多項式(10.3) に対し、その極大対角対称性のなす群が ˇ Gmax :=   1, . . . , αn)∈ (Gm)n 任意のi = 1, . . . , nに対して nj=1 αaji j = 1    (10.12) で定義される。fˇの定義する重み付き射影空間の超曲面をYˇ とおくと、Gmaxˇ はYˇ に自然に作用する。商空間 が再び(一般にはGorenstein商特異点を持った)Calabi–Yau多様体になるように、Gmaxˇ そのものではなくそ の部分群 ˇ G := ˇGmax∩ SLn(C) (10.13) を考える。素朴にはY / ˇˇ GY のミラーであると言いたいのだが、YY / ˇˇ Gは一般にGorenstein商特異点を 持つので、代わりに対応する滑らかな軌道体を考える*12*13。以下でこれを正確に定式化しよう。 任意の可逆多項式は、単に重み付き斉次多項式であるだけでなく、n + 1個の元⃗x1, . . . , ⃗xn, ⃗cで生成され、n 個の関係式 ai1⃗x1+· · · + ain⃗xn = ⃗c, i = 1, . . . , n (10.14) を持つ階数1のAbel群Lによる多項式環のC[x1, . . . , xn]の次数付け deg xi= ⃗xi, i = 1, . . . , n (10.15) に関して次数⃗cの斉次多項式である。このLK :={(α1, . . . , αn)∈ (Gm)n| αa11 1 · · · α a1n n =· · · = α an1 1 · · · α ann n } (10.16) で定義される群の指標群であり、写像 K Gm 1, . . . , αn) 7→ α1· · · αn (10.17) *12 多様体はユークリッド空間を局所モデルに持つが、ユークリッド空間とそれに作用する群の組を局所モデルに持つ多様体の拡張概 念が軌道体である。例えば、CZ/2Zの作用z7→ −zで割った空間は、位相空間としてはCと同相であるが、軌道体としては同 型でない。また、代数幾何的には軌道体は滑らかなDeligne–Mumfordスタック(smooth Deligne–Mumford stack)として取り 扱われる。スタックについての入門的な文献としては例えば[Fan01, G´om01, Vis05]、教科書としては[LMB00, Ols16]などがあ る。また、Stacks projectと呼ばれるオープンソースの文献があり、参考文献として大変便利であるが、量が膨大であり、通読は事 実上不可能である。 *13商特異点がクレパントな特異点解消を持つ場合は、対応する軌道体を考える代わりにクレパントな特異点解消を考えることも出来 る。3次元以下ではGorenstein商特異点は必ずクレパントな特異点解消を持つが、4次元以上では存在するとは限らない。また、 2次元のGorenstein特異点に対しては、クレパントな特異点解消は最小特異点解消(すなわち、例外因子が自己交点数が−1であ る曲線を含まないような特異点解消)と一致し、従って一意的であるが、3次元以上ではクレパントな特異点解消は存在しても一意 的とは限らない。これは、一つのCalabi–Yau多様体に対して複数のミラーが存在すると解釈することもできるし、双有理同値な Calabi–Yau多様体は区別すべきでないと解釈することもできる。

参照

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