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マウス脳で探る匂いの誘引性と忌避性が生じる神経メカニズム

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.37.11

72 基礎心理学研究 第37巻 第1号

マウス脳で探る匂いの誘引性と忌避性が生じる神経メカニズム

村 田 航 志

福井大学医学部脳形態機能学分野

Neural mechanisms of odor-induced attractive and aversive behaviors in mice

Koshi Murata

Division of Brain Structure and Function, Faculty of Medical Sciences, University of Fukui

Aromas of fresh foods induce attractive feeling whereas odors of rotten foods induce aversive feeling. The sense of olfaction has adaptive physiological and psychological effects. Recent studies have revealed how the brains distin-guishes and recognizes wide variety of odorous molecules. However, it is still unclear how the attractive and aversive feelings are created by the brain when we sense olfaction. In this paper, we introduce recent studies of the olfactory tubercle, an area which constitutes the olfactory cortex and ventral striatum, and discuss the roles of the olfactory tu-bercle in attractive and aversive behavioral responses to odor cues in mice.

Keywords: olfaction, olfactory tubercle, attractive behavior, aversive behavior, associative learning

緒 言 匂いの感覚は私達に様々な意欲や情動を引き起こす。 たとえば美味しい食べ物の香りや風味は食欲やおいしさ を作り出す。同じ食べ物の匂いでも,腐ったものを嗅い だ場合には不快感を作り出し,その食べ物を避けるよう に動機づける。では脳はどのようにして,匂いの感覚を もとに多様な意欲,情動を作り出すのであろうか。 近年の嗅覚研究により,空気中を漂う多様な化学物質 を脳はどのようにして区別し,認識するかがわかってき た。鼻粘膜に分布する嗅覚受容体はヒトでは約390種類 存在し,それぞれ特定の化学構造をもつ物質を受容す る。匂い物質を受容した情報は,脳の嗅球へと伝えられ るが,嗅覚受容体ごとに嗅球のどの領域に情報が伝えら れるかが決まっている。そのため,嗅球では化学物質ご とに特定の領域に情報が伝わり,嗅球の神経細胞が活性 化されることから嗅球には匂い地図があると表現される (森,2010)。 脳が多様な化学物質を区別して認識する仕組みの理解 は進んだ一方で,嗅球以降の嗅覚中枢領域では匂いの情 報がどのように処理されて,様々な意欲,情動反応が生 じるかはよくわかっていなかった。匂いによって生じる 意欲,情動反応の中でも私達は食べ物と関連付けた匂い への誘引行動と危険を知らせる匂いへの忌避行動に着目 した。最近の研究で,関連付けによって獲得した匂いへ の誘引行動および忌避行動の表出には,嗅結節(olfacto-ry tubercle)の活性化がともなうことが見いだされた (Murata, Kanno, Ieki, Mori, & Yamaguchi, 2015; Yamaguchi,

2017)。本稿では,私達が行ったマウス嗅結節の研究成 果について紹介し,匂いの誘引性,忌避性が生じる神経 メカニズム研究の今後の展望について議論したい。 1. 関連学習による匂いへの誘引行動・忌避行動 の獲得とドメイン特異的な嗅結節の活性化 匂いの感覚を誘引行動,忌避行動へと結びつける神経 メカニズムを明らかにするため,マウスに単純に匂いを かけて神経活動を評価するのではなく,関連学習により 匂い提示に対して特定の行動反応を示したときの神経活 動を評価した。誘引行動および忌避行動を誘起するた め,マウスにはあらかじめ「匂いのあるところには砂糖 がある」こと,もしくは「匂いがすると電気ショックを 受ける」ことを学習させた。条件刺激には,それ自体は

The Japanese Journal of Psychonomic Science

2018, Vol. 37, No. 1, 72–76

講演論文

Copyright 2018. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Correspondence address: Division of Brain Structure and

Function (Anatomy 2), Faculty of Medical Sciences, Uni-versity of Fukui, 23–3 Matsuoka-Shimoaizuki, Eiheiji-cho, Fukui 910–1193, Japan. E-mail: kmurata@u-fukui.ac.jp

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明確な行動反応を誘起しない酢酸アミルおよびオイゲ ノールを用いた。学習後に関連づけに用いた匂いをマウ スに提示したところ,どちらの匂い物質でも砂糖と関連 づけた場合は誘引行動を,電気ショックと関連づけた場 合は忌避行動が誘起された。脳の活動領域を評価するた め,最初期遺伝子の発現応答を指標にした組織学的解析 を行った。匂い提示によって行動反応を示したマウスを 固定し,最初期遺伝子の 1つであるc-fosのmRNAの発 現をin situハイブリダイゼーション法により観察した。 その結果,嗅皮質と腹側線条体の両方に属する嗅結節で c-fosの発現応答が認められた。砂糖と関連づけた匂いに 誘引行動を示したマウスでは,嗅結節前内側部で c-fos 応答細胞が増加した。電気ショックと関連づけた匂いに 忌避行動を示したマウスでは,嗅結節外側部と前内側部 でc-fos応答細胞が増加した(Figure 1)。この活性化領域 の切り替わりは,酢酸アミルとオイゲノールの両方で共 通して見られた。嗅結節の神経活動は「匂いを嗅いでど んな行動が生じたか」を反映する可能性が見出された。 嗅結節前内側部では,匂いを嗅いで誘引行動を示した ときと忌避行動を示したときの両方でc-fos応答が見られ た。嗅結節には2種類の投射ニューロンが存在し,それ ぞれドーパミン受容体D1とD2の発現で区別ができる。 誘引行動時と忌避行動時でc-fos応答を示した嗅結節前 内側部のニューロンがD1ニューロンとD2ニューロンの どちらであるかをc-fos と D1 または D2 の mRNA を標的 とした2重蛍光in situハイブリダイゼーション方を用い て評価した。その結果,誘引行動ではD1ニューロンが, 忌避行動ではD2ニューロンが嗅結節前内側部ではc-fos 応答を示した。忌避行動時にc-fos応答が見られた嗅結 節外側部のニューロンはD1ニューロンであることも確 認した。 2. 薬理遺伝学による嗅結節神経回路の操作と 条件付匂い嗜好性試験 近年の神経科学の実験技術の発展により,脳内の特定 の領域の特定の神経細胞群を実験で操作することが可能 になった。薬理遺伝学では,体内に存在する神経伝達物 質には応答せず,人工薬剤CNO (Clozapine-N-Oxide)に のみ応答する合成受容体 DREADD (Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drug)を用いる(DiBene-dictis, Olugbemi, Baum, & Cherry, 2015)。マウス嗅結節の ニューロンへのDREADDの発現誘導にはアデノ随伴ウイ ルスベクター (AAV) を用いた。AAVにはCre組換え酵素 依 存 的 に 神 経 細 胞 を 活 性 化 さ せ る DREADD で あ る hM3Dqの遺伝子を搭載した。Cre組換え酵素を発現しな い神経細胞がAAVに感染してもhM3Dqは発現誘導され ない。このAAVをD1ニューロンがCre組換え酵素を発 現する遺伝子改変マウス (D1-Creマウス) の嗅結節に定 位脳手術によって局所注入した。これにより,嗅結節の 前内側部もしくは外側部のD1ニューロンがhM3Dqを発 Figure 1. c-fos expression in the olfactory tubercle accompanied learned odor-induced attractive and aversive behaviors.

Left, mice associated odor cues with no unconditioned stimulus; middle mice associated odor cues with sugar reward; right mice associated odor cues with electrical shock; upper, exposure to amyl acetate; lower, exposure to eugenol.

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74 基礎心理学研究 第37巻 第1号 現するマウスが作製された。 このマウスを用いて嗅結節前内側部および外側部の D1ニューロンをCNOの腹腔内投与で操作し,匂いに対 する誘引性および忌避性をそれぞれ獲得するかを検証し た。マウスには 2 種類の匂い物質((+)-carvone, (−)- carvone) を提示し,匂い物質の提示前にCNOもしくは生 理食塩水を腹腔内に投与した。対照群としてhM3Dqを発 現しないマウスを用意した。CNO投与と(+)-carvone への暴露,および生理食塩水投与と(−)-carvoneへの暴 露を経験させた 2 日後に,(+)-carvone と(−)-carvone への同時提示を行い,どちらの匂いに対してより多くの スニッフィング行動を示すかを評価した(Figure 2)。対 照群のマウスは(+)-carvoneにやや誘引行動を示した。 嗅結節前内側部D1ニューロンにhM3Dqを発現したマウ スは(+)-carvoneに強い誘引行動を示した。一方,嗅 結節外側部D1ニューロンにhM3Dqを発現したマウスは (−)-carvoneへの誘引行動を示した。これらの結果は, 嗅結節前内側部のD1ニューロンの操作は匂いに対する 誘引性を強化し,嗅結節外側部のD1ニューロンの操作 は匂いに対する負の強化,または忌避性の獲得を促す可 能性を示唆する。 3. オプトジェネティクスによる嗅結節神経回路 の操作とリアルタイム場所嗜好性試験 薬理遺伝学と同様に神経細胞の活動を実験的に操作す る手法としてオプトジェネティクスが開発された。オプ トジェネティクス(optogenetics, 光遺伝学)では,光感 受性のイオンチャネル (チャネルロドプシン,ChR2) を 神経細胞に発現させ,光ファイバーを脳内に慢性留置し, 光を照射している間,神経活動を操作することができる (Zhang et al., 2017)。嗅結節前内側部のD1ニューロンお よびD2ニューロンの神経活動がマウスに誘引的または 忌避的に作用するかを検証するため,オプトジェネティ クスを用いてそれぞれのニューロン群を操作し,リアル タイム場所嗜好性試験によって誘引性,忌避性を調べ た。実験には,Cre依存的にChR2を発現するアデノ随伴 ウイルスベクターとD1ニューロンまたはD2ニューロン がCre組換え酵素を発現する遺伝子改変マウス(D1-Cre マウス,D2-Creマウス)を用いた。 リアルタイム場所嗜好試験では暗いチャンバーと明る いチャンバーを自由に行き来できる状況下で,マウスの 嗅結節前内側部のD1ニューロンおよびD2ニューロンを それぞれを操作した。マウスは夜行性のため,通常は暗 Figure 2. Acquisition of odor preference and aversion by pharmacogenetic manipulation of D1 neurons in the anteromedial

and lateral olfactory tubercle. Mice were exposed to (+)-carvone with CNO intraperitoneal injection, which activated D1 neurons in the olfactory tubercle via hM3Dq.

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いチャンバーに長時間滞在する。D1ニューロンの操作 では,明るいチャンバーに滞在しているあいだ光を照射 し,通常は避ける明るいチャンバーの滞在時間が長くな るかを検証した。D2ニューロンの操作では,暗い部屋 に滞在しているあいだ光を照射し,通常は好む暗いチャ ンバーの滞在時間が短くなるかを検証した(Figure 3)。 Figure 3. Acquisition of place preference and aversion by optogenetic manipulation of D1 neurons and D2 neurons in the

anteromedial olfactory tubercle.

Table 1.

Summary of activation and manipulation of the mouse olfactory tubercle.

c-fos activation Pharmacogenetic stimulation Optogenetic stimulation D1 neurons in anteromedial OT activated by odor-induced

attractive behavior acquisition of odor preference acquisition of place preference D1 neurons in lateral OT activated by odor-induced

aversive behavior acquisition of odor aversion D2 neurons in anteromedial OT activated by odor-induced

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76 基礎心理学研究 第37巻 第1号 実験ではマウスを行動試験チャンバーに入れてから 20分間自由に探索をさせた。前半の10分間は光照射を せず,後半の10分間は前述のように光照射をした。前半 では,D1-CreマウスとD2-Creマウスともに暗いチャン バーの滞在時間が明るいチャンバーの滞在時間よりも長 かった。後半では,D1-Creマウスでは光照射した明るい チャンバーの滞在時間が長くなり,D2-Creマウスでは 光照射した暗いチャンバーの滞在時間が短くなった。こ の結果から,嗅結節前内側部D1ニューロンの神経活動 は,マウスに対して誘引的に作用し,嗅結節前内側部 D2ニューロンの神経活動はマウスに対して忌避的に作 用する可能性が示唆された。 ま と め 本研究ではマウスが匂いに対して誘引行動および忌避 行動を示すときの神経活動を評価し,嗅結節の特定の ニューロン群がそれぞれの行動に応じてc-fos応答を示 すことを見出した。また,薬理遺伝学・オプトジェネ ティクスよってc-fos応答が見られた嗅結節のニューロ ン群を操作することで,マウスが匂いや場所に対する誘 引性および忌避性をそれぞれ獲得する可能性が示唆され た(Table 1)。今後は様々な匂い物質はそれぞれ嗅結節 のどのニューロン群を活性化するかを調べることで,匂 いに対して抱く誘引的,忌避的な印象と嗅結節の活性化 を対応付けたい。 引用文献

DiBenedictis, B. T., Olugbemi, A. O., Baum, M. J., & Cherry, J. A. (2015). DREADD-induced silencing of the medial olfac-tory tubercle disrupts the preference of female mice for op-posite-sex chemosignals. eNeuro, 2, ENEURO.0078-15. 森 憲作(2010).脳のなかの匂い地図 PHP研究所 Murata, K., Kanno, M., Ieki, N., Mori, K., & Yamaguchi, M.

(2015). Mapping of learned odor-induced motivated behav-iors in the mouse olfactory tubercle. Journal of

Neurosci-ence, 35, 10581–10599.

Yamaguchi, M. (2017). Functional sub-circuits of the olfactory system viewed from the olfactory bulb and the olfactory tu-bercle. Frontiers in Neuroanatomy, 11, 33.

Zhang, Z., Liu, Q., Wen, P., Zhang, J., Rao, X., Zhou, Z., . . . Xu, F. (2017). Activation of the dopaminergic pathway from VTA to the medial olfactory tubercle generates odor-prefer-ence and reward. eLife, 6, e25423.

Figure 3. Acquisition of place preference and aversion by optogenetic manipulation of D1 neurons and D2 neurons in the  anteromedial olfactory tubercle.

参照

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