日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P1-73 264
-ソーシャルスキルにおける下位スキルが上位スキルに与える影響
―下位スキルの交互作用に着目した検討―
○吉良 悠吾1,2)、尾形 明子1)、上手 由香1) 1 )広島大学大学院教育学研究科、 2 )向洋こどもクリニック 【目的】 ソーシャルスキルとは、良好な対人関係を形成・維 持するための能力であり、特定の場面における具体的 な対人行動だけでなく、その発現に至るまでの認知や 情動面のスキルが含まれる(相川, 2009; 東海林ら, 2012)。安達(2013)は、ソーシャルスキルの階層性 について整理し、相手の行動からその意図を正確に読 み取るスキルや、相手とのコミュニケーションの中で 生じる感情をうまく調整するスキル、伝えたいことを 言語的、非言語的な行動を用いて表現するスキルを下 位スキルとし、自己主張したり、仲間に入るために友 達に声をかけたりするといった、複合的で、対人場面 で実際に必要とされる具体的な行動スキルを上位スキ ルとしている。このように、ソーシャルスキルの多面 性や階層性が明らかにされているものの、下位スキル が上位スキルにどのように影響するかについては十分 な検討がなされていない。ソーシャルスキル生起過程 モデル(相川, 2009;相川ら, 1993)によれば、下位 スキルのそれぞれを用いて上位スキルが発揮されると 考えられている。しかし上位スキルには、初対面の人 と関係を築くスキルや、自分の意見を相手に伝えるス キルといった複数のスキルが存在しており(相川・藤 田, 2005)、各下位スキルの影響の大きさは上位スキ ルの種類によって異なる可能性が示唆される。また、 上位スキルが実際の場面における複合的なスキルであ ることを考慮すると、下位スキル同士が相互に作用す ることで上位スキルを促進することも予想される。各 下位スキルが、上位スキルの種類ごとにどのように影 響するのかを明らかにすることは、臨床現場におい て、個人がどういった要因によって適切な対人行動の 発現が難しくなっているのかを理解する手がかりとな るとともに、より効果的なソーシャルスキルトレーニ ングプログラムを開発するための基礎研究ともなり得 る。そこで本研究では、各下位スキルが上位スキルに 対してどのように影響するか検討することを目的とす る。 【方法】 対象者 A 県内 5 つの高校生423名と、 A 県内のある 大学に在籍する大学生421名の計844名を調査対象者と した。そのうち、国籍が日本でない人や年齢が26歳以 上である人、回答の半分以上の項目が連続で同じ数字 である人や欠損データがある人を除いた、高校生373 名(男性167名、不明31名;平均年齢15.49歳、標準偏 差0.77)、大学生401名(男性226名、不明 4 名;平均 年齢18.79歳、標準偏差1.04)の計774名を分析対象者 とした。 調査手続き 高校生への調査では、事前にそれぞれの 学校長から質問紙調査を行うことへの同意を得てお り、質問紙の内容については事前に教員からチェック を受けた。質問紙はホームルームの時間などを用いて 教員から生徒に配られ、その時間内に回答するよう求 めた。生徒には質問紙に回答する際に紙面にて説明を 行い、回答が成績評価と関連しないこと、データは数 値化され統計的に処理されるため個人が特定されるこ とはないこと、途中で回答をやめても構わないことを 明記し、回答をもって同意を得たものとした。大学生 への調査では、授業時間を用いて質問紙を配布し、研 究について口頭および書面にて高校生と同様の説明を 行い、回答をもって同意を得たものとした。 質問項目 ソーシャルスキル自己評定尺度短縮版(吉 良ら, 2018)を用いた。本尺度は、下位スキルとして、 個人が相手の意図を読み取るスキルである「解読」( 3 項目)、コミュニケーション過程において個人内に生 じる感情に対処するスキルである「感情統制」( 4 項 目)、汎状況的に個人が相手に自らの意思を伝えるス キルである「記号化」( 3 項目)の 3 因子、上位スキ ルとして、初対面の人と関係性を作るスキルである 「関係開始」( 3 項目)、できあがっている関係性を維 持するスキルである「関係維持」( 4 項目)、自分の意 思を相手に伝えるスキルである「主張性」( 3 項目) の 3 因子、計 6 因子構造である。回答選択肢は“ほと んどあてはまらない( 1 )”から“かなりあてはまる ( 4 )”の 4 件法であった。 倫理的配慮 広島大学大学院教育学研究科倫理審査委 員会の承認を受けた。 【結果と考察】 各下位スキルが上位スキルのそれぞれにどのように 影響するか検討するために、下位スキル 3 因子を説明 変数、上位スキル 3 因子を目的変数とする階層的重回 帰分析を行った(Table 1)。その結果、「解読」と「記 号化」は、上位スキルのそれぞれと有意な正の関連を 示した。したがって、表情や身振りといった汎状況的 に気持ちを表現するスキルとともに、相手の行動の意 図を読み取るスキルを持つことも、多様な状況におけ日本認知・行動療法学会 第44回大会 一般演題 P1-73 265 -る適切な行動の発揮に必要であることが示された。 ソーシャルスキル生起過程モデル(相川, 2009; 相川 ら, 1993)によれば、すべての対人行動は相手が表出 した行動の意図を読み取ることから始まる。そのた め、どのような状況においても、相手の行動の意図を 読み取ることができなければ適切な行動の発揮にはつ ながりにくいと考えられる。 「感情統制」は、上位スキルのうち「関係維持」と のみ有意な正の関連を示し、「主張性」とは有意な負 の関連を示した。青年期では、互いの個性を認め合い ながらも、自分の言いたいことをはっきりと伝える意 欲が高いため(榎本, 2000)、不満や苛立ちといった 感情を抑えられることが関係性を維持するスキルには 必要であると考えられる。一方で、「主張性」と負の 関連を有していたことから、感情をコントロールする スキルが高い人は、言いたいことがある状況において も自分の気持ちを抑え、言わないようにしてしまう側 面もあることが予想される。したがって、感情をコン トロールするスキルの高い人には、気持ちを抑えるだ けでなく、はっきりと伝えることも大切なことである と感じさせる必要があるかもしれない。 さらに、上位スキルである「関係開始」において、 Step 2におけるR2 の変化量が有意であり、「感情統制」 と「記号化」との間に有意な交互作用が認められたた め、単純傾斜分析を行った(Figure 1)。その結果、 「記号化」が高ければ、「感情統制」が高いほど「関係 開始」が促進されることが示された(t(767)=2.70, Β=.10, SE =.04, β=.11, p <.01)。まだ関係性ので きていない人と関わる際には緊張や不安といった感情 が生じやすいと考えられ、そういった感情をコント ロールすることができなければ、気持ちを表現するス キルが高くても関係性を形成するための行動は発揮し にくくなってしまうことが示唆される。 以上のことから、気持ちを表現するスキルと相手の 行動の意図を読み取るスキルは全ての上位スキルに必 要なスキルであること、感情をコントロールするスキ ルは関係性を維持するスキルを高めるとともに、気持 ちを表現するスキルと合わせて持つことで関係性を作 るスキルが高まることが明らかになったと言える。