は じ め に トスフロキサシントシル酸塩水和物(TFLX) はニューキノロン系の経口抗菌薬で,2009 年 10 月に小児に対し適応となった.それまで小児で唯 一適応が認められていたノルフロキサシンにはな かった肺炎や中耳炎などに適応が認められてい る.他剤にて治療効果の認められない症例に対し 処方される機会は小児でも増えている. これまで小児における TFLX の副作用として 関節障害や肝障害が報告されているが1),腎障害 の報告は少なく,わが国における小児の報告例は 1 例であった2).成人ではニューキノロン系抗菌薬 の長期投与による間質性腎炎や近位尿細管障害, 尿細管腔への結晶析出による閉塞性腎障害が報告 されている3,4).われわれは TFLX の過量内服によ り発症した腎障害の小児例を経験したので報告す る. Ⅰ.症 例 症例:9 歳,男児. 主訴:嘔吐,腹痛,背部痛. 既往歴・家族歴:特記すべき事項なし. 現病歴:平成 22 年 6 月 18 日に自転車走行中 に転倒し,左肘部と右膝部に擦過傷を受傷した. 同 19 日 に 近 医 内 科 を 受 診, 創 傷 処 置 を 受 け TFLX 450 mg/日(150 mg 錠 1 回 1 錠 1 日 3 回, 16.6 mg/kg/日)を処方され,同日昼より内服を開 始した.同 20 日 20 時頃より嘔吐を頻回に認める ようになり,深夜 0 時頃には腹痛,背部痛も出現 したため同 21 日午前 3 時に当院救急外来を受診 し,直ちに当院小児科に入院した. 入院時現症:身長 135.0 cm(−0.1 S. D.),体重 27.0 kg(−0.8 S. D.),体温 36.8℃.歩行は不能で Key words:小児,トスフロキサシントシル酸塩水和物,薬剤性腎障害,蛋白尿,血尿,腎機能低下 1)社会保険群馬中央総合病院小児科 〔〒 371−0025 前橋市紅雲町 1−7−13〕 2)群馬大学大学院医学系研究科小児科学
トスフロキサシントシル酸塩水和物(オゼックス)の
過量投与中に発症した腎障害の一例
松 村 真理子
1,2)池 内 由 果
1)吉 澤 千 景
1)須 永 康 夫
1)田 代 雅 彦
1)小 林 靖 子
2)滝 沢 琢 己
2)荒 川 浩 一
2)要旨 トスフロキサシントシル酸塩水和物(TFLX)の過量投与にて腎障害を発症した 9 歳男児例を経験した.擦過傷に対して TFLX 450 mg/日(16.6 mg/kg/日)が処方さ れ,翌日より嘔吐,腹痛,蛋白尿・血尿,軽度腎機能低下,腎腫大をきたした.TFLX は経口ニューキノロン抗菌薬として小児適応が追加され使用例が増加しているが,体 重 30 kg 前後の小児では血中濃度が上昇しやすいため投与量には十分注意を払うべき である.
顔面蒼白であり,表情は苦悶様であった.頻回に 嘔吐を認めた.腹部所見は平坦・軟で,臍周囲に 自発痛,右季肋部に圧痛を認めた.反跳痛はなく, 腸蠕動音も聴取された.背部では肋骨脊柱角に右 優位で両側に叩打痛を認めた.皮膚に発疹はなく, 左肘部と右膝部に擦過傷があった. 入院時検査所見(表 1):血液検査上,白血球数 の増加を認めたが CRP の上昇はなく,生化学検 査では血清クレアチニン値(Cr)0.61 mg/dl,尿 検査では,蛋白尿,血尿を認めた.白血球尿や尿 細管性蛋白尿を認めなかった. 入院後経過(図 1):入院時には TFLX の内服 量が明らかではなく,腹部外傷や消化器疾患,急 性巣状細菌性腎炎を疑った.鑑別診断のために造 影 CT を施行したところ,両側の腎腫大を認め, 排泄相で腎髄質に区域性の造影効果不良部位が散 在していた(図 2). 同日夜に血液検査を再検したところ,Cr が 1.02 mg/dl と上昇していたが,入院時より尿量は 保たれていることから非乏尿性腎機能障害と考え られた.再度薬剤内服歴を詳細に聴取すると,腹 痛発現までの約 32 時間の間に,処方に従って TFLX 150 mg 錠 1 錠を 1 日 3 回,合計 5 回(450 mg/日に相当)内服していたことが判明した. TFLX による薬剤性腎障害を考え,TFLX の内 服は入院時より中止とし,補液のみで経過観察し たところ,第 3 病日より嘔吐は消失し,腹痛,背 部痛も改善傾向となった.尿所見も潜血は第 2 病 日に,尿蛋白は第 5 病日に陰性化した.血液検査 では血清 Cr は徐々に低下し,第 5 病日には正常 化した.症状,尿・血液検査所見の改善を確認し 第 6 病日に退院した. 後日,入院時と第 3 病日の検体で血清 TFLX 濃 度を測定した.入院時(最後の内服より約 8 時間 後)の値は 2.763μg/ml と著明に上昇し,症状改 善を認めた第 3 病日には 0.606μg/ml と低下して いた.退院後に行った TFLX による薬剤リンパ球 刺激試験は陰性であった.また,退院後から平成 24 年 1 月現在まで腎機能および尿所見に異常を 認めていない. Ⅱ.考 察 外傷の際に処方された TFLX 内服中に一過性 の蛋白尿,血尿,腎機能低下をきたした一例を報 告した. TFLX の用法・用量は,成人で 1 日 300∼450 mg を 2∼3 回に分割して内服であり,小児用細粒 では 12 mg/kg を 1 日 2 回に分割して内服すると なっている(上限量 360 mg/日)5).体重 27 kg の 本症例では 324 mg が 1 日用量となり,1 日 450 1.008 6.0 2+ − − 1+ − 5∼9/HF 5∼9/HF <1/HF 1∼4/HF − 92.1μg/l 4.7 U/g. Cre 0.0062 尿 比重 pH 蛋白 糖 ビリルビン 潜血 ケトン体 尿沈 $ RBC WBC 扁平上皮 移行上皮 薬剤結晶 尿β2MG 尿 NAG 尿 Ca/Cre BUN 16.7 mg/dl Cre 0.61 mg/dl Na 141 mEq/l K 4.2 mEq/l Cl 103 mEq/l Ca 9.4 mg/dl Glu 135 mg/dl IgG 919 mg/dl IgA 196 mg/dl IgM 184 mg/dl C3 95.8 mg/dl C4 20.6 mg/dl CH50 42.4/ml ANA 40 倍 ASO 222 IU/ml WBC 16,300/μl N−Seg 84% Eos 0% Lym 13% RBC 486 万/μl Hb 12.9 g/dl Ht 38.9% TP 7.5 g/dl Alb 4.1 g/dl GOT 25 IU/l GPT 15 IU/l LDH 251 IU/l CPK 167 IU/l T−Bil 0.4 mg/dl CRP 0.13 mg/dl AMY 99 IU/l
mg,16.6 mg/kg/日は過量であったと考えられ る.入院時の血清中 TFLX 濃度は 2.763μg/ml で あり,これは小児で TFLX 12 mg/kg/日を内服し た際の最高血中濃度(Cmax)0.96μg/ml をはるか に超えるものであった6).本薬剤の最高血中濃度 時間(Tmax)はおよそ内服後 2 時間,半減期が 4 時間であることから7),本症例の Cmax はさらに 高値であったと推察される.小児の肺炎および中 耳炎患者を対象とした 2 つの臨床第Ⅲ相試験で, 小児用細粒を連続して経口投与した際の血漿中薬 図 2 入院時腹部造影 CT,排泄相 両側の腎腫大(左腎 86.5 mm×50.6 mm,右腎 89.5 mm×47.2 mm)を認め,腎髄質に区 域性の造影効果不良部位が散在している(矢印). a b 図 1 臨床経過 入院後 TFLX の内服は中止し経過観察した.第 3 病日より臨床症状は改善し,尿所見や腎機能も正常 化した.血清 TFLX 濃度は高値であった. 6/18 【症状】 【検査】 19 20 入院 日 造影CT 2.763 血清Cre値 mg/dl 尿蛋白 尿潜血 腹痛 背部痛 嘔吐 TFLX血中濃度 μg/ml TFLX内服 受傷 退院 21 22 23 0.606 0.61 1.02 0.78 0.56 24 25 0.49 2+ 1+ − 1+ ± − 26
物濃度データによると,18 mg/kg/日を投与した 群のうち 2 例で Cmax の実測値が 4μg/ml を超 えていた8).また,薬物動態パラメーターで予測 した 12 mg/kg/日投与患者の体重別血漿中濃度推 移では,体重増加に従って TFLX 濃度も高く推移 していることから8),本剤の小児投与量の上限は 体重 30 kg に相当する量に設定してある.した がって,特に体重 30 kg 前後の児に対する TFLX の投与量には注意を要するようである. 本症例は嘔吐を主訴に来院しているが,同じく 肺炎および中耳炎の小児感染症患者での TFLX 細粒の臨床第Ⅲ相試験の安全性解析対象 235 例 の検討では,Cmax と悪心,口渇,尿円柱,食欲 不振との尤度比検定は有意であると算出されてい る1). TFLX による腎尿路障害の報告例は調べ得た範 囲で 3 例あり2,9,10),1 例は小児例であった2).本 症例と同様に,嘔吐,腹痛,背部痛を主訴に受診 し,血尿と尿中の薬剤結晶円柱を認めた(表 2).ま た動物実験では,幼若ラットでの 1 カ月経口投与 による毒性試験で,腎尿細管腔に結晶と尿細管の 拡張を認め6),マウスの単回投与による急性毒性 試験でも 2 週間後の組織所見で尿細管上皮細胞 に空胞形成,間質に細胞浸潤と軽度の線維化を認 めたという報告がある11).本症例では,尿中薬剤 結晶円柱は検出されておらず,その他の検査結果 からも,高い血中濃度と腎機能障害の直接的な因 果関係や機序を明らかにすることは不可能であ る.しかし,造影 CT の排泄相の所見や,TFLX 中止後に速やかに腎機能が改善したこと,NAG や 尿中β2ミクログロブリンが正常であったことよ り,近位尿細管上皮の細胞障害や再吸収障害を伴 わない,可逆的な一過性の尿細管間質障害をきた した可能性が考えられた.ニューキノロン系抗菌 薬の腎機能障害の病態として近位・遠位尿細管障 害,薬物アレルギーによる薬物過敏性間質性腎炎 が知られている3,10).本症例において後日行ったリ ンパ球刺激試験は陰性であり,末梢血好酸球の増 多や白血球尿を認めなかったことから後者の可能 性は低いと考えられる. 本症例では,経過,臨床症状,尿所見から外傷 性などの急性腎障害を考え画像検査を行った.結 果として,腎腫大,区域性の造影不良部位が明ら かとなり診断の一助となったが,一方で,造影剤 は単独でも腎障害をきたすことがある.通常量(2 ml/kg/回)の造影剤を使用して CT を施行した 後,一過性に血清クレアチニン値が上昇している が,これは薬剤性腎機能障害に加えて造影剤を使 用した影響があると考えられる.腎機能低下をき たした際の造影剤の使用は慎重に行う必要があ る. TFLX は,小児用に承認された 2 つ目のニュー キノロン系抗菌薬である.比較的抗菌スペクトラ ムが広いこと,副作用が少ないことなどから成人 を中心に汎用されてきた.標的細菌が明らかな場 合,小児科一般診療では,使用経験が多いペニシ リン系またはセフェム系抗菌薬を適切に選択する ことで,対応可能な場合が多い.しかし,耐性菌 に対しては,本抗菌薬は小児感染症治療において 重要な位置を占め,今後小児領域での使用例が増 加すると考えられる.本症例では TFLX の過量投 与と腎障害の因果関係を直接的には証明できな かったが,適切な投与症例の選択や投与量につい て注意を喚起する必要があると考え報告した. 謝辞:血中濃度測定にご協力いただいた富山化 学工業株式会社に深謝申しあげます. 日本小児感染症学会の定める利益相反に関する 開示事項はありません. 腎尿路障害 期間 内服量 性別 年齢 症例 血尿・薬剤結晶形成 膀胱結石 慢性間質性腎炎(結晶形成) 血尿・蛋白尿,腎機能低下 1 回 2 週間 約 3 年半 1.5 日間 150 mg 450 mg/day 300 mg/day 450 mg/day 男性 男性 男性 男性 12 67 63 9 12) 29) 310) 本症例
文 献 1)堀 誠治,他:Tosufloxacin 細粒 10%の小児臨床 試験における安全性の検討.日本化学療法学会雑 誌 58(S−2):78−88,2010 2)稲垣清剛,他:尿沈 $ 中にトスフロキサシン結晶 およびその円柱が出現した一例.医学検査 56: 626,2007 3)玄番宗一:薬物による腎機能障害の病態と発症 機序.日本薬理学雑誌 127(6):433−440,2006 4)佐々木環,他:薬物で生じる急性腎不全(造影剤 を除いて).日内会誌 99(5):999−1006,2010 5)石和田稔彦:小児用抗菌薬−オゼックス(トスフ ロキサシン),オラペネム(テビベネムピボキシ ル).分子呼吸器病 15(1):146−149,2011 6)古坊真一,他:Tosfuloxacin tosilate hydrate の幼
若動物における毒性試験およびクラスエフェク
トに関する検討.日本化学療法学会雑誌 58(S− 2):12−23,2010
7)島田 馨:Tosfuloxacin tosilate. The Japanese Journal of Antibiotics XLIII−4:583−602, 1990 8)砂川慶介,他:母集団薬物動態―薬力学的解析に 基づく tosufloxacin 小児細粒の臨床推奨用量.日 本化学療法学会雑誌 58(S−2):69−77,2010 9)田貫浩之,他:トスフロキサシンを含有した膀胱 結石;その発生機序について.泌尿器科紀要 45: 664,1999
10)Okada H, et al:An unusual form of crysltal−form-ing chronic interstitial nephritis followcrysltal−form-ing long− term exposure to tosfuloxacin tosilate. Am J Kid-ney Dis 44:902−907, 2004
11)川村泰仁,他:合成抗菌剤 T−3262 のマウス,ラッ ト,イヌでの急性毒性試験.CHEMOTHERAPY 36 S−9:221−232, 1988
A case of renal dysfunction caused by an overdose of tosufloxacin tosilate
Mariko MATSUMURA1,2), Yuka IKEUCHI1), Chikage YOSHIZAWA1), Yasuo SUNAGA1), Masahiko TASHIRO1), Yasuko KOBAYASHI2), Takumi TAKIZAWA2), Hirokazu ARAKAWA2)
1)Department of Pediatrics, Gunma Central Hospital
2)Department of Pediatrics, Gunma University Graduate School of Medicine
A 9−year−old boy presented with renal dysfunction 32 hours after an overdose(16.6 mg/ kg/day)of tosufloxacin tosilate(TFLX), prescribed as treatment for knee and elbow abra-sions that he sustained after falling off a bicycle. He presented to our emergency department with vomiting, abdominal pain, and back pain with costovertebral tenderness. Proteinuria, hematuria, and a slightly elevated serum creatinine level were observed. Contrast−enhanced computed tomography(CT)showed enlargement of both the kidneys, and excretory phase CT revealed filling defects at several sites in the renal medulla. The serum TFLX concentration was extremely high(2.763μg/ml)at admission(i. e., 8 hours after the last oral administration of TFLX). After admission, intravenous fluid therapy alone was administered. The patient’s symptoms were alleviated within 3 days of admission, and the serum TFLX concentration decreased to 0.606μg/ml. The serum creatinine level decreased to within the normal range on the sixth day of admission. We concluded that transient renal dysfunction could have been caused by an overdose of TFLX because 1)the patient recovered rapidly after TFLX was dis-continued, 2)the serum TFLX concentration was extremely high, and 3)filling defects observed in the renal medulla were indicative of tubulointerstitial damage, which is a known side effect of new quinolone antibiotics. In Japan, TFLX is the first fluoroquinolone antibiotic prescribed for pneumonia and otitis media in children, at a recommended dose of 12 mg/kg/ day. Reports suggest that the blood concentration of TFLX tends to increase with increasing body weight up to 30 kg in children;therefore, it should be prescribed at an appropriate dose.