Ⅰ.は じ め に 味覚障害の3大原因は,亜鉛欠乏性,薬剤性,特発性 でありすべて末梢の味蕾の障害による.中枢性味覚障害 は少ないが,味覚中枢伝導路を手術によって損傷し味覚 障害が生じることがある.耳鼻咽喉科手術でよくみられ るのが中耳手術後の味覚障害であり,稀に口蓋扁桃摘出 術後やラリンゴマイクロサージェリー後に味覚障害がみ られる. Ⅱ.中耳手術後の味覚障害 中耳手術の主たる目的は聴力改善と炎症の制御にある ので,今まで中耳手術後の味覚障害には注意が払われな かった.しかし,高齢化社会を迎え QOL に対する関心 が高まるなか,中耳手術前の患者説明においても,術後 の味覚障害は省略できないことの一つになってきてい る1 .以下,我々のグループのデータを主に解説する. 1) 鼓索神経を障害する場所 中耳手術中に鼓索神経を障害する可能性のある部位と しては,鼓膜を挙上する時に遭遇する鼓膜後上方の鼓膜 輪内側(図1の①),ツチ骨の可動性をよくするために 前鼓室棘を切断する時にノミが当たるツチ骨頸部前方 (図1の②),乳突削開後,後鼓室開放を行う時にバーが 接触する可能性のある鼓索神経分岐部(図1の③),の 3ヶ所が考えられる.最も頻度が高いのが鼓膜後上方の 鼓膜輪内側で,特に耳硬化症に対するアブミ骨手術では 必ず鼓索神経が広範囲に露出する.Canal wall up 法で 後鼓室開放を行う時,習熟しないと鼓索神経にダイヤモ ンドバーが接触したりあるいは神経を切断したりする. また,コルメラを支えるのに鼓索神経を使用すると,神 経が伸展される(図2)2 . 2) 鼓索神経保存後の味覚障害 ⑴ 鼓索神経を保存した方が切断した時より,舌のし びれや味覚障害などの自覚症状を訴えることが多い (表1)3 .原因は不明であるが,障害された部位より異 常電流が発生し中枢に流れると推測される. ⑵ 鼓索神経を保存すれば,6ヶ月後には0―20歳で 80%,21―40歳で60%,41―60歳で50%の患者の鼓索神経 機能が回復する.年齢の若い方(特に10歳以下)が回復 率が高い(図3)3 .若年者の方が神経機能の回復率が高 いことに関する臨床研究は少ないが,整形外科領域,特 に腕の正中,尺骨,橈骨神経の研究で,末梢の運動およ び知覚神経の機能回復は成人より小児の方が良いとされ ていることや4 ,特発性顔面神経麻痺(Bell 麻痺)でも 80歳代(54%)より20歳代(83%)の方が回復率が良い こと5 などが報告されている. ⑶ 耳硬化症や耳小骨奇形などの炎症のない耳では, 術後,舌のしびれや味覚障害などの自覚症状の発生率が 高く(表2),電気味覚検査でも障害の程度が大きい (図4)6 .慢性中耳炎などの鼓索神経は炎症によって味 覚域値が上昇しており,手術侵襲による障害がより少な いのではないかと推測される.
総
説
「シンポジウム 味覚障害診療ガイドライン作成に向けて」
耳鼻咽喉科の診療に関連した味覚障害
阪上 雅史
兵庫医科大学耳鼻咽喉科 顔面神経の枝である鼓索神経は鼓膜後上方の裏面を走行しているので,中耳手術では何らかの味覚障害が起 こることが多い.片側性罹患の場合,鼓索神経を保存しても切断しても味覚障害は一過性であり2年以内に自 覚症状が消失する.両側性罹患の場合は,最初の手術でできるだけ鼓索神経の保存に努めるのが望ましい.扁 桃摘出術では,被膜剥離時に扁桃下極の舌咽神経舌枝を障害した時(恒久的)や舌圧子による舌への圧迫(一 過性)によって味覚障害が起こるが,頻度は少ない.ラリンゴマイクロサージェリーでは,舌圧子の舌への圧 迫によって味覚障害がおこるが稀である.上記3手術前,特に中耳手術前の患者説明に術後の味覚障害を含め た方がよい. キーワード:中耳手術,口蓋扁桃摘出術,ラリンゴマイクロサージェリー,鼓索神経,舌咽神経舌枝㽴
㽲
㽳
100 80 60 40 20 0 (%) 2W 6M 0-20 years n=18 21-40 years n=15 41-60 yearsn=27 No recovery Complete recovery 2W 6M 2W 6M ** P㧩0.008Non-infla䋨n=20) COM (n=35) Chole (n=28)
䋲䌗 䋶䌍 䋲䌗 䋶䌍 䋲䌗 䋶䌍 No recovery Incomplete recovery Complete recovery 䋲䋵䋦 䋶䋵䋦 䋵䋰䋮䋹 䋦 䋵䋸䋮䋳 䋦 䋶䋰䋮䋸 䋦 䋶䋷䋮䋱 䋦 N=83 ears 3) 鼓索神経切断後の味覚障害 ⑴ 表1に示すように,切断例の方が保存例より自覚 症状が少ない3 . ⑵ 慢性中耳炎や真珠腫のうち約30%は両側性であ る7 .両側切断例でも片側切断例でも自覚症状の出現率 はどちらも30―50%くらいであり,自覚症状の消失時期 も1―2年である(図5)8 . 表 1 鼓索神経保存例と切断例における術後2週間の 自覚症状発現率3 鼓索神経保存 味覚障害 舌のしびれ 67 cases 37 cases 55.2% 28 cases 41.8% * * 鼓索神経切断 味覚障害 舌のしびれ 37 cases 8 cases 21.6% 6 cases 16.2% *P <0.05 表 2 鼓索神経保存後の術後2週間と6ヶ月の疾患別自覚症 状発現率6.Non―infla:耳硬症をはじめとする非炎症 性疾患,COM:慢性中耳炎,Chole:真珠腫性中耳炎 術後2週間 術後6ヶ月 Non―infla 1)13/20(65.0%) 2)5/20(25.0%) COM 3)13/35(37.1%) 4)2/35( 5.7%) Chole 5)20/28(71.4%) 6)2/28( 7.1%) 1)―2)P=0.0047,3)―4)P=0.0009,5)―6)P<0.0001 by McNemar test 1)―3)P=0.032,1)―5)P=0.22,2)―4)P=0.11, 2)―6)P=0.08 by Fisher’s exact test
図 3 鼓索神経保存後の年齢別の電気味覚検査域値回復率3 図 1 鼓索神経を鼓室側からみた模式図1. 図 2 鼓室形成術中の写真.鼓膜後上方の骨を削 開 し て 鼓 索 神 経(矢 印)を 広 く 露 出 し (図1の①),神経で軟骨コルメラ(星印) を支えている. 図 4 鼓索神経保存後の術後2週間と6ヶ月の電気味覚 検査域値の回復率6.Non―infla:耳硬症を中心と する非炎症性疾患,COM:慢性中耳炎,Chole: 真珠腫性中耳炎
㪇 㪈 㪉 㪊 㪋 㪌 㪍 䌾䋲䌗 䌾䋶䌍 䌾䋱䌙 䌾䋲䌙 㪉䌙䌾 Number of Patients Duration n=18 5 4 6 1 2 㪄㪈㪇 㪄㪌 㪇 㪌 㪈㪇 㪈㪌 㪉㪇 㪉㪌 㪊㪇 㪊㪌 㪋㪇 㪩 㪣 䋨䌤B䋩 0.5 0 3 24
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⑶ 両側鼓索神経切断例は検査上機能回復していなく ても,ほとんどの場合,術後2年で味付けなどの日常生 活に不便を感じなくなる8 (図6). ⑷ 舌の鼓索神経支配領域をマイクロスコープで観察 すると,切断後長期間経過すると,舌乳頭が萎縮し流入 血管も少なくなっていた9 (図7). 4) 鼓索神経の手術における取り扱い方 ⑴ 慢性中耳炎や中耳真珠腫の手術の際,できるだけ 鼓索神経を伸展しないように丁寧に扱う10 .神経を保存 すれば,6ヶ月で70―80%回復するからである6 .万が一 切断しても,断端をできるだけ近づけておくと30―40% 機能が回復する11 . ⑵ 中耳真珠腫では真珠腫除去を第一に考え,鼓索神 経保存に固執しない10 . ⑶ 術前説明で味覚障害のことに言及した方がよい が,両側切断しても長期的には日常生活に支障がないこ とを言う.ただし,プロの料理人やソムリエはこの限り ではない. ⑷ 高齢者の場合は,年齢的変化と慢性炎症による影 響とが加わっているので,術前から鼓索神経機能が低下 している場合が多い.それ故,鼓索神経を伸展しても若 年者よりも訴えが少ないことが多い12 . ⑸ 耳硬症など両側手術する場合は,第一耳の味覚が 回復してから,第二耳を手術するのが望ましい6 . Ⅲ.口蓋扁桃摘出後の味覚障害 口蓋扁桃摘出術(扁摘)は全身麻酔下で行われること が多い(図8).今まで扁摘後の味覚障害はほとんど問 題にされていなかったが,術後合併症としての味覚障害 の報告が散見されるようになってきた13,14 .その原因は, 扁桃下極付近を走行する舌咽神経舌枝の障害,開口器に よる舌の圧迫などが考えられる.我々の前向きの臨床研 図 6 両側真珠腫性中耳炎で,鼓索神経を両側切断し た後の電気味覚検査域値の推移.自覚症状は2 年でほぼ消失しているが,電気味覚検査域値は 回復していない8. 図 5 一側鼓索神経切断後の味覚障害の回復率(n=18)8 ( a ) ( b ) 図 7 舌乳頭のマイクロスコ−プ像9.⒜正常の舌乳頭.流入血管が豊富にみえる.⒝鼓索神経切断後 20年以上経過した舌乳頭.乳頭が扁平化し,流入血管もほとんどみられない.究では,10年以上経験のある術者が行った連続した35症 例のうち,3例(8.6%)に一過性の味覚障害が,9例 (25.7%)に舌の異和感が生じた15(表3).熟練した術 者が行っても数%は一過性の味覚障害が生じるので,イ ンフォームドコンセントに含める方が良い. Ⅳ.ラリンゴマイクロサージェリー後の味覚障害 ラリンゴマイクロサージェリー(LM)は喉頭ポリー プや初期喉頭癌を摘出するために施行される顕微鏡下喉 頭微細手術である.LM による味覚障害は器具の舌圧子 で舌を圧迫するためにおこる神経障害とされているが (図9),今までほとんど報告がなかった16 .我々の前向 きの臨床研究では,10年以上経験のある術者が行った連 続した35症例のうち,1例(2.9%)に一過性の味覚障 害が,2例(5.7%)に舌の異和感が生じた15 (表3). 文 献 1)阪上雅史:耳の手術で味がわからなくなることがある? 日本味と匂い学会編, ブルーバックス「味のなんでも小 事典」.講談社;2004,p. 198―199.
2)Sakagami M. Taste disturbance and its recovery after middle ear surgery. Chemical Senses 2005 ; 30(Suppl 1): i220―i221.
3)Sone M, Sakagami M, Tsuji K, et al. Younger patients have a higher rate of recovery of tatse function after mid-dle ear surgery. Arch Otolaryngol Head Neck Surg 2001 ; 127 : 967―969.
4)Steinberg DR, Koman LA : Factors affecting the result of peripheral nerve repair. Gelberman RH, ed. Operative Nerve Repair and Construction. Philadelphia, Lippincott Co ; 1991, p. 349―364. 表 3 扁摘後とラリンゴマイクロサージェリー後のアンケート結果15.Y:yes,N:no 咽頭痛 味覚障害 舌異和感 喉の渇き 食事摂取 扁摘 n=35 Y 32(91.4%) Y 3( 8.6%) Y 9(25.7%) Y 12(34.3%) Y 32(91.4%) N 3( 8.6%) N 32(91.4%) N 26(74.3%) N 23(65.7%) N 3( 8.6%) ラリンゴマイクロサージェリー n=35 Y 9(25.7%) Y 1( 2.9%) Y 2( 5.7%) Y 8(22.9%) Y 35( 100%) N 26(74.3%) N 34(97.1%) N 33(94.3%) N 27(77.1%) N 0( 0%) 図 8 懸垂頭位での全麻麻酔科口蓋扁桃摘出術.
5)Danielidis V, Skevas A, Van Cauwenberge P, et al. A comparative study of age, and degree of facial nerve recovery in patients with Bell’s palsy. Eur Arch Otorhi-nolaryngol 1999 ; 256 : 520―522.
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cholestea-toma and habitual sniffing. Auris Nasus Larynx 2002 ; 29 : 111―114.
8)Nin T, Sakagami M, Sone―Okunaka M, et al. Taste func-tion after sevfunc-tion of chorda tympani nerve in middle ear surgery. Auris Nasus Larynx 2006 ; 33 : 13―17.
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10)阪上雅史:中耳手術における鼓索神経の取り扱い方.阪 上雅史 編,プラクティス21.嗅覚・味覚障害の臨床最 前線.文光堂;2003,p. 184―187.
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Taste disorders in the practice of otolaryngology
Masafumi Sakagami
Department of Otolaryngology, Hyogo College of Medicine