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西ドイツ労働組合運動と共同決定権 利用統計を見る

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(1)

西ドイツ労働組合運動と共同決定権

著者

門田 信男

雑誌名

東洋法学

6

1

ページ

29-57

発行年

1962-09

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00007812/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

(2)

西ドイツ労働組合運動と共同決定権

口 J n ド ﹄

共同決定権の今目的課題 企業に伸ばされた組合の腕 ││組合と経営協議会││ 労働者階級の組織と運動の基盤 ││組合と政党││ 新秩序とその将来 四

共同決定権の今日的課題

第二次大戦後、西ドイツの労働組合運動は、所有の社会化を伴わない権力の社会化 l l 使用者から権威を奇いかっ これを国家に与えない l l B という歴史的課題をとりあげた。 戦後数年間の西ドイツの労使関係は共同決定権問題をめぐって展開したといっても過言ではない。この問題はドイ 西ドイツ労働組合運動と共同決定権 二 九

(3)

京 洋 法 ~ 寸4

ツ労働運動と同じ歴史をもっている。しかし、こうまで経済新秩序との関連で組合の関心をとらえたことはかつてな かった。その獲得はいくつかの要因に支えられていた。 第一に、統一労働組合主義が確立したことである。 ワ イ マ i ル体制下でのイデオロギーの相違による組合間の対立 は、内においては経営協議会を企業に伸ばした組合の腕とする争いにかりたて、外にたいしては労働者階級の統一し た力と主張を貫けえなかった。 ナチスの制覇の一因もそこにあった。 第 二 に 、 主要な政党であるドイツ社会民主党

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がともに戦後の西ドイツ経済組織の改革に好意的であった。第三に、主 要な占領国である英米はその当初財闘の解体と経済の再編成に積極的であった。使用者は信用を失墜した D 彼らは抜 滅したナチス運動と高度に同一視された。事実、使用者の多くは工場を拾てて逃げるかあるいは拘留されるかし、工 場は概して労働者の手で再開された。 過去三十年の聞に二度の破滅的な戦争、激しいインフレーション、深刻な経済不況およびナチスの専制支配を経験 した。工場においては、労働者は伝統的に自由な市民ではなく召使

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人的従属者ーーであり、使用者は事業主であ るというよりも指導者 H 家 父 長 ( 問 。

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ゆ)であった。この忠まれない事態にたいして、労働者は責任感よ りも犠牲者たる窓識を強くもった D この不満を背景に

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は、経済とこれより少い程度において政治椴力にたいす る実質的支配力の再分配を確固たる目椋と定めた。目的は労働者の直接的な経済的桁祉を増進するよりも、むしろ国 家権力と経済組織を労働者の利益となる方向に造作替することにあった。 ドイツはコンツェルンの固といわれた口クルヲプ、クレ γ ク ナ l 、 ホ エ γ シ ュ 、 マン、不スマンといわれる二ニの巨

(4)

大な財聞が経済の実権をにぎり、独占企業の弊を遺憾なく発拝した。 一三の巨大なコンツェルンは 四五年五月現在 ほぼ四百の子会社を傘下に収め、その資本は-二

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億マルクに達したといわれる ( 1 ) D 支配的経済力が政治権力に技 近し、その距離を縮め、ひいては政治権力に転嫁することは歴史の示すところである。

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CDU

もこの前捉のもとにア l レン綱領 ( 2 ) 、 カソリヲク会議はボ γ フ ュ ム ロ 一 一 一 一 口 ( 3 ) を公表し、占領軍はポツダム立言二一 項を具体化した

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使用者は、戦後全欧を風廃した国有化の嵐をさけ、占領軍の財閥解体のほこをそらすために、組合の要求する共同 決定権制度の方を選んだ。軍の管理当局にたいし、 ドイツ経済の解体計一四を阻止するため、西ドイツ民主主義を代表 する労働組合を前面にたて、組合の要求をうけいれた。使用者のかかる態度は、組合との共同戦線の樹立の必要性か らでた ( 5 ) もので、譲歩の取消を後日に期すのである。 戦後の初期労働組合と統一労働組合主義による

DGB

は超経営的な経済民主主義の推進者である。西ドイツにも欧 州諸国と同じく国有化・社会化の主張がなされたが、共同決定による経済民主化がより一般的・具体的であった。そ れは初期労働組合の決議・宣言に、

DGB

結成大会の基本綱領にみる。 一 九 二

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年法が革命とレ l テ述動の挫折によ って生れた産物であるにたいし、戦後の連邦・ラントの経営参加法は組合運動の成果である。ここでは、社会化と共 間決定は厳格に区分され、前者は特定の基幹産業または企業に限定されて、私企業にたいする組合運動の主目棋は後 者におかれた

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DGB

は自らを未来をもたらすのに利用される道具だと考える。その役割は一八四八年や-九-九年に達成できな 西 ド イ ツ 労 働 組 合 運 動 と 共 同 決 定 権

(5)

東 洋 法 ~ ザー かった仕事をすることにあるとする。組合は、ワイマ l ル体制下において労働者にとっても、組合にとっても充分な カをもたなかったと信ずる。それが統一労働組合主義にかりたてた。そして彼らは、経済および政治問題にたいする 組合の影響力を、外部的な立場からのみでなく、内部に組みいることによってその力を強めることで始めて、労働者 階級を全体主義者の手から守り、再び使用者の財布を新しいナチスに向って開放させないでおくことができると考え る。容認する社会体制の範囲内で、使用者から差当つての利益をより多く引きだし、労働者の経済的・社会的地位を 向上せしめるのが労働組合主義だとすれば、

DGB

は自己の周囲にある体制を容認せず、それを変更する活動に努力 す る 。 ﹁今日、より多い賃金をうることよりも、むしろ明日、より多くの権力を手にいれることを重視する ( 7 ) ﹂ 口 戦後の組合運動にとって最大の関心事であった共同決定には三つの立場がある。第一の方向は左翼の立場である D 現行法で賦与され、現実に実施されている形態としての共同決定は、あらゆる経済新秩序への活動を妨日十一日し、事実を 偽附するものである。共同決定がはっきりとした社会平和の機会を示した事実こそ、労働者の階級的地位の自党を陰 蔽する性格を如実に示している。それは資本の専制を擁護するにある。たとえ労働者階級の活動を不髄にしないまで も、新秩序との関連で不利な作用とならざるをえない。そのかぎりで共同決定は体制の変革のうえに防壁となる。 第二の方向は、共同決定権制度を経済新秩序開拓の第一歩と解する。すなわち、椛力の再分配がこれまでの権能を 完全に分断化しないまでも、この出発点から意識的・計四的発展を可能ならしめる。この見解では、長期に革命を笑 現するかまたは短期にこれをなすかで分れるにすぎない。 第三の方向はきわめて広範囲におよび、その立場は単純でない。いずれにせよ、共同決定を経済新秩序への障害と

(6)

もあるいは第一歩とも怠味づけず、現実の椛造物の内面からするコントロールの要只・修正手段にすぎず、市場経済 の異質物ではないと規定する点では共通する。すなわち、共同決定はまさしく修正の要因をもつが、それ以上ではな い。労使関係の緊張の緩和として働くことは認める。しかし、超経営上の共同決定の示すような秩仔外的な土台は、 現存体制のもとでは詐されない。さらに経営上の共同決定も、五一年法が一白川容される局限だとする。この点では前二 者とことなる。

DGB

および

SPD

が第二の観点によっていることは明白である。 ﹁ 一 九 二

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年経営協議会法と五二年経営組織法 は、使用者の独裁権を制限する前段階をなし、五一年共同決定法は企業所有者の支配権を制限する第一歩を踏みだし たにすぎない F 8 ) ﹂ 。 組合のこうした考えは、 ゴ 1 デスペルク綱領にはっきりと読みとることができる ( 9 ) 口綱領は 議会民主主義のもとでの市場経済の建築替と位置づけられよう(担。 そ れ に し て も 、

SPD

は現今の自由市場経済の追随者(日)なるがために、 ﹁巨大な経済力の抑制が自由な経済政策 の中心課題﹂(同綱領﹁所有と権力﹂の一節)となる。その濫用と危険の防止抑制策として公的管理(倣服、.部娘一肌 . M M M M 誠一報道開問)が強調される。これは最近の

DGB

第五回全国大会の討議および決議と一致する

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し か し 、 現実にはこれまでの

DGB

の権力の分散と再分配という運動方針の基本が、資本と企業の集中への対策で一貫性を欠 いているとの強い批判がなされている(日 ) D にもかかわらず今日にいたるまで解答はなされていない。起草が

DGB

中央執行委員会に委ねられているにすぎない。

DGB

の指導性に一抹の不安が感ぜられるといっても過言でなかろ 、 川 ノ 。 西 ド イ ツ 労 働 組 合 運 動 と 共 同 決 定 権

(7)

京 洋 法 守Z 四 ようにうけとめ、これを展開しようとしているか、 こうした背景のもとでの金属労組第六回全国大会(一一一叫ん今川に

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い 昨 併 、 一 一 ) 一つのあり方を示してくれる(巴。 の決議は、組合が今日的課題をどの 株式法改正と共同決定に関する決議は、同法改正案の一般的性格をまず規定する。法案の規定する貸借対照表、担 益計算書の公表義務の強化は好ましい D しかし、この積極的規制は労働者および公共性を考慮することなく、株主の 利益にむけられ、所有者の権力を経済のなかに確立することに基本目加がある。企業法全体を統一的に組織し、労働 と資本の問権および公共性が老慮されねばならぬ。そのために、具体的に次の四点を主張する口 労働者二万以上を雇用するマンモス企業

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企業の法形態のいかんなとわずーーは、あらゆる管理運営機関 一寸 での共同決定を保障する企業組織によるべきことを、強行的に規定されねばならぬ口かかる企業休は、その椛力的地 位にあるゆえに公的および民主的管理を不可欠とする。

2

大企業には││産業部門のいかんをとわず││鉱工業共同決定法の規制する共同決定権が適用されねばなら ぬ

3

年度決算、業務報告ならびに利益配当の確定は、監査役会労働者代表の共同決定によってはじめてこれをなす ﹂ と が で き る 。

4

従属会社の解散、合併または変更に関する事項は、支配的持株会社または屋上会社の監査役会出資者代表の決 議 に よ る と の 、 五六年八月七日の共同決定柿充法一五日米の規定は、経済力の集中に背反しかう共同決定の基本思想と 一才市するがゆえに、削除さることを要寸る。大会は、 かかる要求の百徹なミュンヘン基本絹飢で砿定した労働者共同

(8)

決定の要求実現の第一歩と考える﹂ ( 1 ﹀ ︿ 巴 ・ 開 ・ 同 ・ 同 ロ ヴ

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・ ( 2 ) ア l レン綱領は、経済新秩序法宗として CDU より北ライン・ウエストプァレン・ラント議会(一九四七・三・四

1

六 ) に提出された。法案は経済と労働の新秩序の形成にある。それは労使共同決定権制度を中核とする。主たる実現白根は、資本 と労働の同椛、経営・生産計画等の基本的事項における労使の対等、監査役会および取締役会への労働者代表権、経協の共同 決定杭および収益の参加にある(︿包・句。

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・ 参 問 。 。 法奈は直接には北ドイツ鉄鋼管理部と鉄鋼業受託者理事会の解体計画の影響をうけているが、その源はエッセンでのアデナウ ア l の見解(四六・八・二四)を受継いでいる(︿閃﹁回・寸

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・ 同 日 寸 ・ ) 。 法 案 は 同 年 の 選 挙 後 の 鉱 工 栄 企 業 の 社会化と経済会議所の問題に論点が移行し、防の目をみるにいたらなかったが、その後の CDU の経済新秩序法楽に受継がれ 経営組織法で結実した。 ハ 3 ﹀第七三回ドイツカソリック会議(一九四九・八・三一

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九・二、ポップュムにて開催﹀は、共同決定程について、いわゆ るポッフュム宜一一一一口を採択した。立言は次のようにいう。﹁社会上、人事上および経済上の諸問題について、協同者全日による 共同決定椛は、神意の秩序にそって、全員が共同の責任を白う自然法であることにつき、カソリックの労働者と事業主は一致 してこれに同意する。われわれは法体の制定に同意するものである。進歩した経営を開拓として、今日その実現が強制されね ばならない。﹂同宣言の意義については、戸巨円

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-西ドイツ労働組合運動と共同決定杭 五

(9)

保 持七 世 えが llH く Mitbestimmung in der Wirtschaft , in. Jahrbuch fur Nationalokonomie und Statistik , Heft 6 , 1952 , S. 427.; A. Weber , Der Kampf zwischen Kapital und Arbeit , Tubingen 1954 (6. Auf 1.), S. 347.; F. X. Arnold , Das Mitbestimmungsrecht im Lichte christlicher Soziallehre , Stuttgart 1951 , S. 34 f. '*'\~~。 llli:~!lJ l111 1[J包, i 斗ーミィ・ヘ b トー主寸 J (Rerum novarum , 1 1:( ~ 1 ・同・ i 同・ λ4 マ 1111 辛 lQ @l~)' 0 .1 11 マ 1 1: 担 Q í~ ーと 4 ・、 b トーミ ~J 紙特起因 O 叶 Q 恒常 (1 ・同川 1 ) Al回出くDi vini Redemptoris , 1 ・呉川-tJ・ 111 ・ 1 ・呉)' 0.¥.]1 マ 111 辛 1Q 蹴提起同 O 叶 Q~ 員制材結( 1 兵g[ 1 )会 d~ 1[取は世心.\-2\'\-)ムl'Q (vg 1. M. Bentele. Das Recht auf Arbeit , Zurich 1949 , S. 85-95.) 。 ..J~ミ..J' 0.\.]1 マ 111 辛 lt!\'.[榊 G 開 #~~þ 曹長!語尾←l'Q O 担~思〈 i223 キミ ~Q ヰ支給・区選 Q .filAl!1健誕 W~ l'Q ~:出斗 Q~ 辺tJ-R: l'Q O ~J~ !1 1ぱ..J'組惚宮北 E 五日当製~紋電開〈辺 4ミ心混~tJl'Q.fil Q tJ包括ム。:出同:Q 1~ 同 O 叶 4く ~Q 辛 l~ 司~市~tJ' g 叶 Q~ 長ト トr¥ ~t 司 11110 !1ム ""ffil~~ 士出み 1恒 19$..J'出程..J.\-2 Q .,.?制杓 V)J Q .l{j~tJ~l'Q o 棋史宕唱く!I[;先日間 !i$ ~~4 尽 e ミ~~tJ ~~v' 印~~c,~偲 初兵l'Q Q~' 話~1 斗 Q 半日モr-!1吋l'Q挺 HE Al<~唱く Q 碍記 Q~ 出射[J Q~ 旦鐙:長崎 rota 全,~< tJ ~ l'Q 0 tい~~ìi<;1:出斗 e 起き年 Q .,.? Q tJ包括 v' <~ 唱 (Q1 逗言 p Al式 l~ 同滞 Q~ 結!1ム-6l'Q<~~迫斗 e 起容Al辱~{W..J' i ~ーミぺ・""~トーと寸 J Al'*,トト d 寸::Ii ¥11i:O Al Q~ 法令 J~ t-0-R

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(10)

白 色 。 三 ロ ロ m c ロ 円 山 ﹀ 口 町 田 山 } U O 門 同 日 ﹀ 与 巳 Z 円 日 S E E -ω 巴 o p ω ・ 5 u ーに ω ・)の論文集がてごろであろう。 ( 4 ) ポツダム宣言一一一項。﹁ドイツ経済は現実にできうるかぎり速かに併体されねばならぬ。なかんずくカルテル、シンジ ケート、トラストその他独占的結合を通して表明される現存の過度経済力集中が排除されることを要す。﹂解体祁置は四七 l 四八年の京西両陣営の対立激化を分岐点とし、占領政策に転挟を生ずる(ただし、クレイ米耳政長官の対独政策転校戸明は四 九年三月一五日)。前期の対独政策は解体の面で、主たるものとして法五二号(英軍政部)と一般拘置三号(四五・一一・一 六)、五号(四五・二一・二 O ) および七号ハ四六・八・ニ O ) 、一般法として法五六号(米)と法七八号ハきー!ともに四 七二一・二一ーーーおよび法九六号(仏・四七・六・九)とがある(その内容については Z 5 0 ♂ g o -N ・ ﹀ E H J H ・ 回 門 ? " ω ・ ω ω 由同町・参照)。そして復興計画としてはポツダム工業計画(四六・三・二六﹀がある(ミュンヘン経済研究所若・吉野訳 ﹁西独経済の再建過程﹂九 O l 四 頁 、 可 0 2 Z F

O 間 M H E -- m - N ω ・ 参 川 町 山 ﹀ c 転換過程では法七五号ハ四八・一一・一 O ) と 改訂工業計四(四七・八二一六)と改められる。さらに後期にいたっては法二七号(五 0 ・五・二ハ﹀により反コンツェルン 化、解体計画に背をむけるようになる、なおこの点に関しては別の機会に検討したいと考えている。 ハ 5 ) 社会化を危倶したハ﹀・巧

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・ g o -ω ・ ω む F ω 勾・﹀とか、左翼経営協議会をしりぞけ、労働争議と生産阻ん引いの紅 険 を と り の ぞ く 手 段 ( 出 ・ ﹄ ・ ω 主 円 0 ・ 同 , F O 吋 。 E W ω c h の R52 。 。 ι 2 R B E 巳 - o p ( U m w E σ 門 戸 円 回 目 。 ω ロ 門 H Z 8 8 のF 5 2 Z E g ・ 旬 ・ ω N l ω ・﹀とか、程々あげられよう。これらが使用者の心を占めていたであろうことは容易に恕侭しうるが、鉄銅業への 共同決定松制度の導入にさいしての使用者の担来は、直接には、コンツェルン解体計画に不満をいだく使用者のあげた気味 ( H U 2 5 0 戸 口

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-g しにあった。 ( 6 ) 管理委員会法第七五号の発令によって、﹁社会化の希望が終局的に打撃を蒙るや、何時のまにか、社会化のスローガンを おろして、それを共同決定にぬりかえるにいたった﹂(吉村﹁西ドイツ経営参加制度について﹂産業合理化と労働問題所以一 一八頁)との非難はあたらない。この点に関する組合の最初の公式の見解は、英占領地区第一回組合大会ハ四六・三・ご一

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西ドイツ労働組合運動と共同決定杭 七

(11)

京 干F. 法 t子 }¥ 一四)決議第六項(包経営上の共同決定)・第八項(経営上の共同決定)、同地区第二団組合大会(四六・八・二一

1

二三)決 議(社会化)あるいは述合地区第二回組合会議(四六・二・一八

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一九)にみられる。占領中における対独政策の前後期をと おして共同決定と社会化の比重は基本的に異ならない(︿巴・旬。 = F 。 戸 ロ O 間 m H E -m ・ N U ? の O J ︿RWEEE 目 。 F O 宮 o ロ l E ω r o P 0 ・ 出 。 ロ ω w H ∞ 山 町 、 ω ・ H ω ω ・h J 4 ・ E B の } マ 君 。 r o ツ s o -ω ・ ∞ ω ・)。また前記の主張は組合あるいは従栄只団が会社 のなかで個別的に悶争の過程で共同決定権をかちとったことからも補強されよう(叶円巳の r o -] 1 3 5 2 各 g 出

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品 ﹃ ロ n F N Z 日 目 立 ユ 与 ω J 1 0 円E ω き ロ 四 ω 間 B O R ・ 。 2 2 H M 問 。 ロ 呂 田 ド ω ・弓・)。具体的な事例としては、たとえば百円 B P 回 o r -P E N O 円(四六二 一二二スト突入、期間二三日)、富山 O F 君。円}自ロ(四七・四初旬、五週間)および百円 B P 寸 2 J 4 2 w ( 四八・七・五、五週 間)があげられる(ぐ包・国・の円 o z ・ ロ 2 2 5 -F 問 。 -ロ 呂 町 M W ω -H N ∞ l H ω 0 ・ ) 。 (7)P 問 。 円 子 、 吋 ﹃ o

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2 ・ J 1 。 -s -Z 0 ・ k F E E -甘 - m ω ∞ ・ ク ラ l ク・カ l は、アメリカの組合に比較して、西 ドイツの組合を次のように評価する。﹁アメリカの組合は雇用統制を強調する。それは組合員を時には強制的に売りつける。 それにとって非組合員は紋である。:::ドイツではまるで様子が違う。ドイツの組合は、自分は労働者階級を代表していると 感じている。彼らにとって組合未加入者は啓発されることを要する遅れた人々である。組合員を盛々政主に制限することでは なくて、普遍的に拡大することを望む。足用を統制することではなくて、労働者に影響を与えることを希望する。組合は組合 員をピケラインへと同様に投票箱へもつれていくことを望む。組合の確保する特権は全労働者のためであって、組合只だけの ためではない。彼らはひとり組合員だけの福祉にたいしてではなく、社会にたいして﹁責任﹂を感ずる。このことは、組合が インフ vi ジョンや失業を惹起したり、輸出貿易を阻害したりするおそれのあるような泌得物をあまり熱心に求めないことを 物 語 る 。 DGB は労倒者階級運動である。﹂

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・ m g l u -) ( 8 ) 組合のこうした基本的立場は法制定前から一貫している。新聞ストも経営組織法泉反対の表明であり、二つの法律にたい する組合の態度はことならない。本文の引用は、金属労組第三回経協・代議員合同大会ハ五九・二一・四

1

五)決議の一節 ( ロ m g Z E u g t s s ロ ロ 官 官 ω 官 邸 の Y Z 門 ・ Y H o m o -ω -E ・)である。同旨の決議は DGB 第五回全国大会(五九・九・七

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111'""<) ~~惜(-\)-, íl ~ Das I¥ iitbestimmungsgesprach , Nr. 8 , 1960 , S. 8-9.) 11 t 苦心品向。 (~) H. Seidel , Die Rolle dt'r I¥1i tbestimnltlng im neuen Partciprogramm der SPD , in. Das I¥ litbcstitlllllungs-gcsprach , Nr. 1 , 1960 , S. 2. (口) H. Reusch , Kritik am Grundsatzprogramm der SPD , in. Das Mitbestimmungsgesprach , Nr. 2. 1960 , S. 16. (~) Vg l. Das Mitbestimmungsgesprach , Nr. 9 , 1959 , S. 9. (;3) ~..lJ 'X'~' R. Quast , Konzentration und Mitbestimmung , in. Gewerkschaftliche Monatshefte , N r. 9 , 1959 , S. 513f f.; K. -H. Sohn , Gewerkschaftlichc Beurteilung der Konzentration , in. Gewer){schaftliche Monatshefte , Nr. 9 , 1959 , S. 522ff. ~\匹。

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ヨ) Vg l. Das Mitbestimmungsgesprach , N r. 12 , 1960 , S. 9.

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(13)

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大の関心事のある機能をそれははたしている c 経協は、労働者の感情にたいしてとくに敏感であり、これに責任を感じ、またその委員は仰人的に労働者に知られ て い る c その委員は指導的職員をのぞく経営内全従業員の選挙で選ばれる。経協は経営組織法の強行性に足場をおい ている。それゆえに経協と呼ばれながら、わが国の企業別組合にもっとも近い役割を、西ドイツでは経協がはたして いる。西ドイツの労働者は、わが国では組合でなければ保証してもらえないような従業員の椛利を、直技には経協に よって与えられる。 経協は組合と離れた全従業員の組織である。信条、宗教、性別さらには組織者の有無に関係なく画一的に処理され る。組合とは椛造的なつながりをもたない。それがため、労働者への影響力と指導性をえようとするどの勢力にとっ ても利用しうる可能性がある。ただし、

DGB

の組織と統一組合主義および政党との関係の相違のゆえに、 ワ イ マ l ル時代と今日では根本的にことなる。 経協は遠くは労働者委員会に遡るも、直接には戦時中の組合運動批判と革命のなかから生れた労長兵レ l テの変質 で あ る ( 1 ) 。この経緯から、

ADGB

結成大会(一九一九、ニュルンベルク大会)は革命的経協を組合に吸収し、組合の 優越性を確立したが、結局、ワイマ l ル時代を通して完全に組合の企業に伸ばした腕とすることはできなかった。この ことは経協をめぐり、組合間の勢力争いに社会主義諸政党をまきこんだ争奪戦をひきおこし、労働者階級の勢力を分 散化する結果となった ( 2 ) 白今日では事情はことなる。以後の経協は

DGB

の統一組合主義と政治的中立によりこの 欠陥を克服した D しかしまた新たな状況をかもしだした c それば両者がともに

SPD

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の口伝の場となったこ

(14)

とであるハ三参照 ) c しかし、組合と経協の境界線は明瞭であり、 人的つながりはあるにせよ(経協委員の九

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以上が 単産の組合只であるといわれる)、構造的なつながりは完全に切断されている。

DGB

一六単産のうち金属労組のみが、 組合オルグとして信任者幹事 ︿

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ロロ││鉱山労組はストのさい、組合経営委員会 の ゆ 君 。

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巳 片 山 号 ー ー を お く も 、 現実には経協が組合の経営分会的機能を事実上はたしているにすぎない。 組合は経協 に命令することはできず、説得しうるだけである。 経営組織法に規定する組合と経協の関係には基本的な構造上の欠陥をふくんでいる。同法は経協の協議杭および共 間決定権を中核とする。共同決定法が経済新秩序への第一歩だとすれば、経営組織法はその前段階をなしている。し かし問題はその前段階が別の踏台となる可能性をふくんでいる。 経営組織法は労働協約法を基盤として、組合が経営組織形成の担い手たることを容認する。それも一般的に是認し ながら、同法は組合の登場に枠を設けるため、強行規定との抵触を生ずる ( 3 ) 。経営における権力関係になんの変更 もみられない D 経協の協議程および共同決定権が賦与されるも、他面では家長権的支配が排除さるべきでないことを も示している ( 4 ) 。事業主の利潤追求への経協の関与程を是認しながらも、その背後には強烈な目的意識に支えられ た使用者の経営政策が、 かえって本質的にはなにものにも妨げられることなく貫徹されることを肯定している。経営 協同体の観念が、ライヒ労働裁判所の判決の決定的役割を演じ ( 5 ) 、それは今日もなお払拭されていない ( 6 ) 。社会 的ロマンとしての期待観念と経営社会学的現実とのズレは看過できない。ここに、同法に内在的につきまとう不安が あ る 。 西ドイツ労働組合運動 4 共同決定椛 口 4 n v ↑

(15)

束 拾 ヤ 法 学 四 さらに同法は、経蛍における社会的対立者間の利害背反のうえに結成されている c 被用者たることのメルクマール ば、経営組織に条件づげられた利害の対立にその決定的要因がある(同法四条二項参照)。 てれが突然に、利害の対立 を前提とする経協は、労働契約締結の瞬間に﹁利害の調和﹂を要請される(同法四丸条)。 かような規制の仕方はまさ しく重大な概念の混乱といわざるをえない。ここでの利害の調和は、 日常必需品の売買とかあるいは消賃貸借当事者 聞のそれと決して同じものではない。労働協約の締結により実質的対等の地位を享受する労働者は被用者 H 組合員に か ぎ ら れ 、 被用者 H 非組合員はこれから排除される。 同 法 は 、 経営の外にある労働組合の活動を侵すものではない ( 一 二 条 ) と い い な が ら 、 一転して経営の中にある経協には、 使用者との信頼と協倒、 絶対的平和義務という立法上の 担保を課している。 この理由からしても、経協は市場経済秩序のもとでの純粋な契約上の地位にない。さらにこの地位には調整機関に よる強制仲裁的制度がこれにとって代る(同法五六条二項﹀ 0 使用者は、これまでの労働条件の切下にともなう労働者 の防衛悶争の危険を負担せず、専門家といえない調停委員の拘束裁定によりかかることができる。賃金労働者は、実 質的な労働条件の劣悪化を防衛するために、経協を通してたちあがることは許されず、これをうけいれるほかない D 経協は組合の優位性と労働協約秩序を前提として存立する。このことが協約原理と共同決定原理の共存と矛盾を惹 起する ( 6 ) 。機能的には前者は静的であり、後者は動的性格のものである。この点に関してディ l ツは、法の予定す る経協は多情な機関であり、経営の家憲 国

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同 N の成立に奉仕する以外のなにものも芯味しない。それは法に よる規制にすぎず、共通する問題について拍象的命題を提示するにとどまり、個別的決定に参加すべきでないとして、

(16)

その不利なることを強調する

21

ディ l ツ古代表とする見解ば、組合と経協の競争を使用者の意図から防止することにたる(ご d これにたいし、協 約制度を忍礎とするがゆえに、立法者ば協約当事者が経営内諸機関に優先することを是認しているとの説明をみる 日)。この説明は組合の地位からしても原則的には肯定される。それにしても、現実には経協の純粋な共同決定権は 存 し な い 。 そ の 限 度 で 、 伝 頒 と 協 働 、 絶対的平和義務との閃述で家志の成立にや仕する経協の多情性は否定できな L

こうした法規制の矛盾に直面して、産業統一規範設定機能としての協約のうえに、企業内協定の再検討を迫られて いる(日)口前述の経営組織法の社会学的・組織法的構造の検討からして、経営内諸規範の設定にしても経営執行にし て も 、 いずれも﹁社会的自治﹂のぼやけた概念の結果を招来している

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労働協約により絶対的平和義務、強制仲 裁制度をとりのぞき、監査役会労資対等の一般法化と共同決定権の拡張を実現できないとすれば、再度の決断が当面 の西ドイツ組合運動に課されているといえよう。 組合との関係において、経協は独自の社会改造計画を掲げることはなく、組合(ことに D G B ) とはりあうこともな い。ワイマ l ル時代の組合にたいする革命的経協活動は今日その面影さえもみいだせない。その活動も組合の活動と 労働協約の前提のもとに行動する。しかし、組合と経協の法的・組織的つながりは欠除し、たんに人的同一性で結ば れているにすぎない。今日も経協は組合の企業に伸ばした腕となっていない。こうした経験と反省が、両者の組織的 連料品の強化のために、イギリスのシヨ γ プ・スチュア l ドをとりいれようとする一部の声とさえなっている(日 ) D 西 ド イ ツ 労 働 組 合 運 動 と 共 同 決 定 権 匹!

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[j~'1 く mi 広 ~t ムぬ E: 。 (C¥I) Vg 1. L. Preller , Sozialpolitik in der Weimarer Republik , Stuttgart 1949 , S. 182-7.; C. W. Gu i11 ebaud , The Works Council , Cambridge 1928 , p. 41 ー 55 , 64-75. 〈∞) Vg 1. E. Buhrig , Tarifvertrag und Betriebsverfassung , in. Handbuch der Betriebsverfassung , Koln 1953 , S. 86.; ders. , Probleme des Betriebsverfassungsgesetz , in. Probleme des Arbeitsrechts , Munchen 1952 , S. 169f f.; A. Hueck , Probleme des Mitbestimmungsrechtes , Karlsruhe 1952 , S. 17.; ders. , Erweiterung des Mitbestimmungsrechts durch Tarifvertrag , in. Der Betriebs-Berater , 1952 , S , 925f f.; Meissinger , Das Recht des Betriebsvereinbarung , in. Probleme des .i¥ rbeitsrechts , 1952 , S. 129.; Duvernell , Mitbestimmung konnte erweitert werden , in. Das Mitbestimmungsgesprach , Nr. 10 , 1959 , S. 1 1. 〈叩) Vg 1. H. W. Muzzle , Betriebsverfassung und Gewerkschaften , in. Gewerkschaftliche Monatshefte , Heft 1. 1957 , S. 43. 〈∞) Vg l. R. Dietz , Kommentar zun Betriebsverfassungsgesetz , 2 , Auf 1., 1955 , Anm. 38 zu ~ 1.; Hueck-Nipperdey , Lehrbuch des Arbeitsrechts , 6. Au 日., 1. Bd. , S. 8 1. 〈∞) .;2..>J ^X'~' <$\区訳語法 4く回+く~

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(19)

東 洋 法 写 E

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労働者階級の組織と運動の基盤

│ │ 組 合 と 政 党 │ │ 西ドイツには労働者階級、少くともマルクス主義者のいうような自らを同一のものとみ、同一の世界観をもち、社 会的には自分たち同志のあいだで自由に団結するが、他階級のものとは手を結ばない労働者の大集団という芯味での 労働者階級は存在しない。 労働者は、職業や社会的地位によって、政治的イデオロギーによって、または、宗派の所属もしくは無所属によっ て、敵対的または競争的関係をつくりだすことを避ける。政治的イデオロギーは共産主義から社会民主主義、 カソリ y ク社会観および自由放任主義を経て、潜在的な国家主義にまでおよんでいる。宗教的にはカソリ γ ク、プロテスタ ントまたは無神論者をそのうちにふくんでいる。

DGB

は、すべてこれら集団の労働者を職業、イデオロギー、宗教 のいかんにかかわりなく、単一の運動に統一することに努力を傾けている。

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さえも、なんらかの組織的な││ことに人的側面での││つながりを

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のなかにもっている。

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は一六の単産と六百万の組合員を抗する統一労働組合である。しかし、それは独占的な労働組合ではない。 やはり

DGB

の外部にあって、積極的にこれと争っているものに幾分重要な三つの組合がある 2 一つ法ドイツ職員労 働 組 合 ( 口 。 ロ z o F O

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DGB

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結成 的州民間の特殊利益の抗誌を目的とするーーだけで、 イデオロギーにそれほどの相走はな

(20)

い。共同決定権獲得闘争にさいし、

DGB

の意図する白根と若干のニュアンスはあるにせよ、権利獲得闘争では同一 の歩調をとっている ( 1 ) D 同じ事務系職員の組合として、ドイツ商業補助者組合 ( 0 2 z o F 巳 古 口 巳

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ロ円同)がある。それは、昔日のキリスト教労働運動のように発展する公鉱はないにしても、反ユダヤ 的親ナチス的性格を有している。 いま一つの有力な組合は、 保守的な信条をもっドイツ公務員組合

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ただし公務員の唯一の組織体ではないーーである。

DGB

は、わが国の組合連合体と反対に 官公吏の比率がきわめて低い点に、その特色がある

21

大戦が終結したとき、ドイツ組合運動のまえに選択しうる二つの方向が考えられた。政治的活動に傾斜した組合の 政党との密着というワイマ l ル型か、それとも経済的活動を支柱とする経済的組合主義によるアメリカ型である D し かし、このごつはともに拒否され、第三の方向がとられた。

DGB

は雑多な組合員を擁する労働者の統一労働組合で あるとともに、また社会改革に関心をもっ一つの政治的組織体でもある。戦後の組合運動の心をとらえた共同決定格 は 、

DGB

のこのこつの性格の融合を象徴している。 ワイマ!ル体制のもとでの自由労働組合

ADGB

SPD

の関係は緊密な連繋をもっていた ( 3 ) D 党と組合は一つ で あ る 口 このことを宣言した綱領は生産手段の社会化であり、 具体的な計画は ﹁組織された資本主義 ( 4 ) ﹂ で あ っ た。シュムペ l タ l は、大衆が

SPD

かカソリ γ ク政党に帰依し、 ﹁現在の悲惨から何かワイマ l ル共和国にきわめ て似通ったものが現れるであろうす)﹂ことを予想した= し か し 、 ワ イ マ l ル型は二つの重要な点において再現しな かった。第一に、法本的な改革手段としての社会化ば公然と否定されないまでも、特定の産業と企業の社会化に限定 西ドイツ労働組合運動と共同決定権 四 七

(21)

東 洋 法 主L己 ザー 四 八 された。第二に、先にのべたように雑多な色合を包摂した唯一の統一組合主義による

DGB

が存するだけである。こ れまでの党と組合との関係は、今日ではばかりしれないほど強力であった ( 6 ) O い ま で は 、

DGB

はどの単一の政党 とも直接の組織的つながりを有していない。

DGB

は自らを未来をもたらす道具であると考える。特定の政党と手をつなぐべきではなく、独自の勢力となるこ とを望んでいる。 一九三三年以前の労働組合の分裂・再分裂によって利益をえたものは、使用者と反民主主義者であ った。組合運動が一九二

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年に大同団結したとき、それはカ γ プ一援を打ち破った。 一八年の草命運動の挫折はワイ マ l ル体制を確定し、使用者と反民主主義者の拾頭を許した。彼らが三二年に攻撃的に述紫することに失敗したと き、ヒットラーが権力を握った。勿論、 ワ イ マ l ル体制の崩壊にはこれ以外に多くの要因があるにしても。新しいナ チスに使用者の財布をひらかせないため、組合運動の失敗と経験が、組織づくりの根底に統一組合主義を不可欠とす ることを教えた。そしてこれを内から支えたものは反ナチス闘争の地下運動の体験である。それは社会主義者とカソ リ γ ク労働運動の指導者とが協力して活動できる可能性を実証した口 第二の方向はアメリカ型の経済的組合主義であった。英米軍政部はいずれも組合の政治的中立を強く要求した。イ デオロギーによる上からの組織化は許されなかった ( 7 ﹀ O 与えられた条件のもとでそれに倣うならば、個々の労働諸 条件をひきあげ、財布により沢山のマルクをもたらしたかもしれない。しかし、これがいかほど好ましいものだとし ても、現実的可能性はなかった ( 8 ) 。組合は当面の経済的前進よりは、むしろ経済組織の建築替を目板とした。破滅 した経済の建て直しは、当然古巣のものではありえなかった、しかもこれは、組合の最良にして最後の武器であるス

(22)

トを自由に用いたとしても││実際にはそうではなかったが

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、伝統的な団体交渉の方式によっては獲得すること ができなかった。経済的組合主義に近ずくことは当時の諸条件からして不可能であった。 こうした組織原理により、

DGB

はドイツ組合運動史上、最大の組合たることを持っている D その主目標は、より 大きな椛力を労働者とその組織の手に移しかえることにより、経済社会体制を改革し、組合の勢力範囲を拡大するこ とにおいている。しかし他面では、政治的・宗教的に中立を堅持し、経済的手段のみならず政治的手段を強調するこ とから、組合運動を不決断たらしめていることも疑えない。 組合相互の大同団結は、二大政党たる

CDU

SPD

の党員を組織のなかにつつんでいる。それゆえに、

DGB

は 二つの心をもっ一つの舌で語らねばならない。組合の運動と活動は二つの心の妥協としてあらわれ、

CDU

SPD

の中間的地位にたたされる。 一方にかたよることは組織の分裂という危険にさらされる。 五二年一月の防衛問題︿ア デ ナ ウ ア l 政 府 提 案 に た い す る D G B 首 脳 部 に よ る 防 衛 寄 与 賛 成 の 公 式 戸 明 を 、 spD 党 員 H 組 合 員 の 反 対 に あ い 、 戸 明 を 撤 回 し 中 立 の 立 場 を と っ た 事 件 ﹀ 、 および連邦議会選挙にさいしての連立与党攻撃(DGB指導方針にたいするCDU党員

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組 合 只 の 拡 判 ) などがこのことを示している。政治的中立は現実には組織分裂の忌避の代償としてはねかえってくる。

DGB

は、その組織から流れでる政治的中立とそれにともなう政党聞にはさまれた中間的地位の反射として、政党 の活動を抑制する機能をも有する。たとえば、五一年二月一日に予定された共同決定権法獲得のための下からのつき あげのまえに、

CDU

および連邦政府も

DGB

の主張を聞きいれざるをえなかった。あるいは成功をおさめるにいた ら な か っ た が 、 五二年五月の新聞ストをふくむ経営組織法政府案反対の政治的示威活動 ( C D U 党 員 日 組 合 員 の 述 邦 政 西 ド イ ツ 労 働 組 合 運 動 と 共 同 決 定 権 四 九

(23)

東 洋 法 学 五

府 と CDUにたいする批判)があげられる。組合の政党への働きかけは大きく分けて二つある。政党内部からする働き かけと外部からする圧力である。前者は組合員 H 党員として党の意思形成に参与する方式と、組合員 H 議員として議 会に代表を││CDU

SPDをとわず││送りこむ方式である。後者は政治的中立政策の撤回という威嚇手段で組 合の主張を貫徹するやり方であるロこれは当然組合組織の性格からして後述のように限界をもっている。 DGBの団結は相互の愛ではなく、共通の妥協のうえにたっているが、継続的な団結はどちらの源泉からでも生れ る可能性がある。この結合は、 ワ イ マ l ル時代の生硬な党派心から、今日の柔軟な中立にいたるまでの長い道程をあ らわしている。こうした柔軟な中立から、DGBはCDUとSPDが協同するときにのみ、内面的に幸福で外面的に 効果的である。DGBの戦術はつねに大同団結をうながすものでなければならない。そのときはじめて政治的に中立 であることを必要とせず、CDUとSPDに積極的に働きかけることができる口そのときにはDGBは親述立的とな ることができる。CDU党員 H 組合員はCDUを左の方に、spD党員日組合員はSPDを右の方によせることにな る。SPD ゴ l デスベルク綱領は、DGBのこのような影響をいかほどうけているか、その比重のほどをあきらかに することはできないが、かなりの影響力をえたであろうことは推測される。DGBが大きな力を有するほど、CDU とSPDはその影響下にをかれる。だが、DGBは自己の組織を危険にさらしてまで主張しえない限界を内服してい る 。 西ドイツ組合運動は、DGBの組織とその限界にかかっている。当面する諸問題にたいして境界線をいかに拡げる か、DGBの指導力に期待するところ大きい。政治杭力と経済力を抑制し、経済組織の改革による権力の分散の主目

(24)

棋は、戦後十余年の西ドイツ経済の飛躍的な発展と企業の再編成による経済力の集中、政治的安定のまえにとまどっ コンツュルン・支配的経済力にたいする

DGB

の確固とした主張は、金属労組等の 単産に比べて明確な態度決定がみられない。

DGB

は、内部における指導力、政党にたいする影響力、そして議会と ている。共同決定法の一般法化、 の効果的な取引というなみなみならぬ熟練と忍耐と知識とを要請されている。 ( 1 ﹀ ︿ 巴 ・ ﹀ ・ 当 。 σ o p m g o -ω ・

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・これに関する DAG の 基 本 的 な 主 張 は 、 DAG 中央執行委員会の編集になる機関誌 ロ -o z z σ B E E E C ロ閃(五三年発刊、月刊誌)からしても、体制の修正の百に相違はあるにせよ、共同決定杭の確立にね極的 であることは充分に読みとれる。 ( 2 ) 別表参照。なお、西ドイツにおける DGB と 一 六 単 産 、 そ の 他 の 諸 組 合 、 ワ イ マ l ル期における自由労働組合、キリスト教 労働組合、ヒルッシュ・デュンカ i 労働組合の構成、分布、組織率およびその推移について、大野﹁ドイツの労働組合﹂独・ 仏の労例組合所収・八、一八

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一 九 頁 、 当 ・ 出 ・ ・ 巧 o Z F S O -ω ・ に 日

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・など参照されたい。 ハ 3 ) ジュトゥルムタ l ルは、﹁イギリスにおいては、政党は組合がつくったものであるが、これとまさに正反対なのがドイツ であるといってよい﹂ (pmZ 口 H H F 巳 ・ dE 円 U 1 m D 仏 ロ Z O 円 ω -q E 開

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ω ハ ロ O 己 主 σ ) w H V ・己・を引用して、﹁ドイツの労働運動はイデロギ l 的闘争、政治理念間の術突のな か か ら 生 れ た ﹂

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-句・怠・)もので、政治理念が組合の活動を支配したという。 一 九 O 六年の﹁マンハイム宣一一一己は、組合にたいする社会民主党の椛威と指導力を弱め、一応両者の対等性と協力を舷立し た。すなわち、﹁組合はブルジョア社会における労働者の階級的地位の改善のため不可欠である。組合は、労働者防紋の向上 ならびに社会の他の詩階級との政治的平等のための闘争を遂行するうえにおいて、社会民主党に劣らず必要不可欠である。:・ ・:組合と党の同組織はその闘争にあたって十分な了解に述し、かつ協力しなければならない﹂

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同 ) ・ 邑 ・ ) 西ドイツ労働組合運動と共同決定椛 了L

(25)

京 洋 法 字 五 両組織の関係は、労使休戦、域内平和政策の結果、多数派・独立社会民主党に分裂し、レ l テの底引をもたらした。こうし た背景のもとでひらかれた一九一九年のニュルンベルク大会は、組合の宗教的・政治的中立性を立言した。しかし、宣言にい う政治的中立は、二つの社会主義政党のいずれか一つを選ぶことを拒否する意味しかもたず、いわんや社会主義政北と他の諸 政党にたいする中立を意味するものではない。すなわち、﹁われわれは二つの社会民主党が存するとの理由で、両党との紐哨 を絞めざるをえないとしても、社会主義および階級闘争にたいする基本的態度を変更する意志は毛頭ないのである﹂

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R W H U h s u 匂 ・ ロ ヴ 。 それゆえ、二つの社会主義政党聞に妥協がなるや、組合は、共産党そして勿論ブルジョア諸政党との協力を拒否して、社会 民主党との以前の協力を再開した。党と組合の最高機関にはそれぞれの代表をだしていた。組合の指導者はまた党の指導者で もあった。党または組合の存亡にかかわるときは、両者の最高幹部の合同会議による決定を行った。マンハイム宣言が取泊さ れたとはいえ、ワイマ l ル共和国の終末まで、両者の関係は有効かっ円滑に行われた。守巴・可円。=。ァ

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・ ω ∞ 0 ・ ( 6 ) 本文および註 ( 3 ) からひきだされるように、グリックが次のように述べたとしても、なんら不思議はない。﹁もし誰か 労働組合の指導者が自由労働組合運動を社会民主党から切離そう││たとえば議会内に独自の組合グループを結成すること によって│!と試みたとすれば、彼は組合員の不興をかつて、その役目から放りだされたことであろう﹂令・﹀・のロロの F k r ロ ω 宮 内 円 。 目 白 m H M V ω σ ロ 円 四 円 o z z -o p の と に 。 円 H H U H E ∞ ・ H V ・ N U ∞ ・ ) ( 7 ) 組合再建の問題については、たとえば労働省労働統計調査部﹁ドイツの労働事情﹂内外労働資料一二集五三頁以下参照。 ( 8 ) の ・ 同 R F o ・ 巳 ? " 日

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日・ヵーはその理由を次のようにいう。﹁労働組合のおかれた立場は、下には労働者の日常的 要求をはたす経営協議会があり、上には労働者に実際的な立法と司法的保温を与える同家があり、そしてこの間にはさまれた 組合自身はといえば、経営協議会や国家がいまだ与えないものを労働者のために純何するための取引の道具をほとんどもって い な か っ た 。 ﹂

(26)

新秩序とその将来

第二次大戦後の西ドイツ組合運動は、今後すべての経済諸問題において完全な共同者として辺されることを望むも のであることに、世の注意を促した。それは産業・ラントおよび連邦の経済協議会に対等の労働者代表を送りこむこ ととならんで、企栄の段階における共同決定権を要求した。それが経済新秩序であり、五

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年五月の

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捉案にな る経済新秩序法要綱で具体化をみた。 この捉突はいくつかの社会思想の流れを背景としている。 ワ イ マ l ル社会民主主義、サンヂカリズム、キリスト教 社会観、修正資本主義といった濃淡はあるにしても、それらの混合からなっている D これに一つのレ γ テルをはるこ とはできない c したがって﹁合同経済多元主義﹂

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ともよばれる ( 1 ) 0 それは私企業的 要素と社会的統制の要素をもっ意味において、自由主義と社会主義の一つの合流点をなしている。としてもその主た る比重が後者にあることは疑えない。そう解しうるとすれば、五一年法が戦後の組合運動の歴史における最大の勝利 であるとすれば、五二年法はヒ γ ト ラ i 拾頭以来の最大の失望であったといってよい。 提案を必然ならしめた組合運動は、所有の社会化を伴わない権力の社会化をその主目校とした。所有を国家の手に 集中することではなくて、権力を国民に配分することが新たなる目棋と考えられた。共同決定板によって、政治的根 力と経済的経力の分離の可能性への道がひらけ、企業の段階における経営執行への内部的介入により、労働者の社会 的地位を向上し、その結果労働者がより一層民主主義にひきつけられるようになるであろうことが期待された。経済 西ドイツ労働組合運動と共同決定粧 五

(27)

東 洋 法 ムL与 す・ 五 回 民主主義を根としない政治民主主義は空中の楼閣にほかならない。それにしても

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は、戦後の最大の課題であっ た共同決定権を、イデオロギー相互聞の相争う政治的社会的勢力問の妥協として承認した ( 2 ) D それは過ぎし日の反 省と将来への不安を秘めている。新秩序の第一歩としての五一年法と、二

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年法に逆戻りした五二年法の分裂は、ま さしく

CDU

SPD

にたいする

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の三角関係から生れた産物の結果である。 共同決定法は﹁巨きな俣の尖った端﹂││ドアの内側にふみこんだ社会主義の片足ーーーだと称せられた ( 3 ) 0 し か しかえってそれは、労働者を社会主義の誘惑から隔てる頑強な垣根であることを実証するかもしれない。監査役会お よび取締役会における共同決定は、指導者を組合活動から遠ざけ・活動の障害となり、組合員との問に断層を生ぜし める懸念がある。こうした懸念から、 ノ イ マ ン は 、 ﹁私はこの方式が実際にはなに一つ達成しうるものではなく、か えって西ドイツ組合運動のなかに僅かに残されている悶争精神を破滅させるおそれがある、との確信をますます強め るにいたった ( 4 ) ﹂という。こうした現状の認識から、 カ ー は 、 ﹁共同決定は狼の皮をかむった羊 ( 5 ) ﹂にすぎない と結論する。しかし、西ドイツ組合運動はかような確信や結論をいまだ実証していない。 たしかに

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と傘下一六単産はストに耽けってはいない。 ストに背をむけているとの主張ないし風潮

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一 時 わ が国でかような見解が流布された

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は事実に反している ( 6 ) O また反対に、共同決定になにほどかの影響はあるに しでも、それを唯一の理由としてストが少いとはいえない。現実に、

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は最後の武器であるストを濫りにふりか むらず、勝利の見込のないストはしないとの態度をとっていることは事実である。

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の指導準則および各単産の 規約からもこのことははっきりうかがえる ( 7 ) 0 勿論、組合の円以後の武器であることに変りはない。 ストが共同決定

(28)

により減少しこそすれ、後者が前者にとって代ることはありえない ( 8 ) G 西ドイツ経済は依然として繁栄を誇っている。経営参加法制定以降、政治的・経済的および社会的安定が続いてい る。組合運動はこれら安定した諸要因に支えられ、 いまだ大きな試仰にであっていない。共同決定権もまた格別の破 綻を示していない。これまで組合運動は一つの安定期であったといえよう。 しかし、経済の飛躍的発展は資本の集中と企業の合同を促進し、支配的経済力を設固なものとした。独立後間もな い五一年法および五二年法の当時と比べうべきもない。当時の述邦議会における持株会社の論議を想いおこすだけで たりょう口経済民主主義が西ドイツ経済││産業と企業のなかでどれだけの比重を占め、危機にあって反民主主義を 阻止し・発展しうる力をたくわえているか。現実に支配的経済力にいかに対処しうるか。ここに組合運動の当面する 最大の課題がある。それは今後の組合運動のみならず、西ドイツ経済の方向をも決定することであろう。 ﹁ 将 来 あ ら われることあるべきいかなる困難、 いかなる危機にたいしてさえも余祐をもって対処する用意がある ( 9 ) ﹂とされた

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は 、 ワ イ マ l ル志法と民主主義体制の崩壊を阻止することはできず、事実はこれに反して徹底的に破坊され た 。 ドイツ組合運動は歴史的決定においてこれまで大きな誤りを犯したことを教える。 一九一四年には伝統的な平和主 義をすて﹁ドイツの文化と独立﹂を守るとの理由で、戦争協力・域内平和政策をとり、第二インターナショナルの反 戦闘争の指導原則を破った。 一八年から二

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年にかけての、もっとも勇敢に旧秩序を改めるべきときに遼巡し、 レ テを敵対視した結果は革命の挫折をもたらした。三

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年から三二年にかけて、組合は不倶戴天の敵を眼前にして力な 西 ド イ ツ 労 働 組 合 運 動 と 共 同 決 定 権 五 五

参照

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