北海道の区町村税地租制度の変遷と農民負担(II)
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(2) . 第 23 巻 第. 北海道教育大学紀要 (第一部B). 2号. 8年2月 昭和4. 北海道の区町村税地租制度の変遷と農民負担(江) 沢. 口. 信. 光. 北海道教育大学旭川分校社会経済学教室. tory ofthe N0bumi tsu SAWAGUG日工; A Study on the Hi s l l Land ワ rax System of Towns and Vi agesin d Famers Burden to that Hol d く aido ,an. 目. 次. 第1項 北海道区町村の行政・財政制度の概察 第2項 北海道の区町村税地租の規定(以上前号掲載) 第3項 北海道の区町村税地租の負担(以下本号掲載) 第4項 む. 第3項. す. び. 北海道の区町村税地租の 負担. では以上の制度の区 (市) 町村税地租は実際に如何に負担されたか. この点について第8表をみ 7年段別割が突如あらわれ, (段別割の出現は後にみるように明治29年であ よう, 表によれば 明治3 2年区制, 33年1級町村制, 35年2級町村制が施行さ る) 急に地租が増加しているが, これは明治3 れ本道の自治制 が施行されたことと併せて国有未開地処分法 (明治30年法律第26号) により大量の 土地が払下げられ農地開拓が進行したことによる. 以後区町村の経費膨張と開拓の進行によっ てま すます課税額 が増大したのであるが大正9年の急膨張もまた注目に値する, この点すでにみたよう. に地租制限率は8年の過渡的措置としての 制限率の上昇を経て更に附加税段別割の制限率急増の法 的改正があっ たのである. それはともかく 9年以降の地租膨張傾向は大正末から昭和にかけて更に. 3年賃貸価格改正に 1年 ピークに達する, しかし同1 一段と著しくなるのであり, 表でみる限り昭和1 5年地方税法による 地租附加税方式の徹底, (従来市町村段 よる賃貸価格の激 落, 他方における同1 階で地租附加 税として徴収す べき土地をも市町村独立税反別割で徴収することが 多っ つた) , 反別. ・ 割よ り反別税 附加税方式の採用, そして同附加税率と地租附加税率との均等化による, 独立税反別 9年には地租本 割の後身としての反別税附加税の激減によっ て市町村税地租は急減している, なお1. / / 00一3 00) によっ て市町村税地租も増加する. ただこう した中で昭 1 1 税賦課率の上昇 (賃貸価格 2 が, これは同年の大凶作の結果による減免のためで 一 陥没をなしている 和7年市町村税地租は つの ) あ る1 .. 次にわれわれの注目すべきは第8表をみた場合, 区市町村税地租の場合北海道地方税地租にく ら べて反別割の金額 が地租附加税に比べて著しく大きいことである. これは第1に免租地に賦課する. 区町村税反別割が北海道地方税反別割に比 べて反当金額が高かったことである. 例えば比布村にお ) 0銭~4銭, であり2 2銭~4銭, 45年2 い ては明治40年畑地反当等級によっ て, 1 , 神楽村では同42 ) 3 ) 0銭, 畑21銭~9銭4 0年田26銭~1 0銭 , 新十津川村では4 5銭, 畑26銭~1 6銭~1 年田3 , 東川村で. - 65 -.
(3) . vo l .23 No ・2. l 。f H0kkai do Univer ion I B) Journa i i s t on (Sect y of Educat. 第8表 地. 租. 附加税 M 【 19 28. 8034円 2848. 反別 割. 一円. 37. 8981. 41. 15 3 ,1千円 31 .0千円. 45 T5 9. 26 ,9 37 .9. 63 ,5. 93448 550 ,2. 788 .7 2405 .3. 合. 区町村税地租額推移(北海道) 国税免 租地率. 計. 8034円 2848. 328 .1千円 826 .7 2468 .8. 地 租 附加税. ?% T13 S3 (M25 )82. 102429 577 ,1. February ,1973. 88 91 94. 反別 割. 合. 計. 千円 320 1 9 9 9 8 ,3千円31 ,8 ,1千円. 17 .2 7 219 ,4. 11 327 ,O. 3512 ,O. 2687 .5 3888 .8. 反別税 附加税. 3529 ,2. 国税免 租地率 54% 38. 2906 .9 4215 .8. 26 18. 88. 15 1835. 640. 2475. 13. 77. 19 2246. 832. 3078. 13. (注) ( 1 } 地租附加税はS3以降にあっては特別地税附加税を加えて算出, { 2 ) MI9, M29 1 9は北海道庁統計書により, M37 , S 3, S7, SI , SI , T5は帝圏統計 , M41 年鑑により, T9, T1 3 5は内務省 「地方財政概要」 によった. , S1 免租地率は (有租地十免租地) 計における免租地の比率.. )となっ ている. こう した数字は同年頃の道税地租の田1等~ は同年田1 6銭~12銭, 畑8銭~6銭5 4等 の9銭~6銭, 畑1等~4等4 .5銭~3 ,6銭に比べると著しく高いことを知る. 第2に北海道地方税の場 合, 国税有租地には附加税を賦課し, 国税免租地には反別割を賦課した. のに対し, 区町村の場合経費不足を理由にそ のような厳格な差別を設けず反則割を賦課すること頗 る多かっ たからである, 何故か? これは地租附加税を賦課する場合は容易に賦課制限率に つ きあ たるにも拘わ らず, 反別割の場合は容易にそれにつきあたること がなく, 大胆に大きく課税し得た からである. この点をみよう. 市町村税に つい て明治37年4月法第3号 「非常特別税法」 次いで同. 4 1年3月 法第37号 「地方税制 限二関スル法律」 は反別割の制限額は1反歩につき毎地目平均40銭と 規定 したがこれは宅地は別と して田畑附加税制限率に比 べれば頗るゆるやかであったと思える. 全. 国の場合, 田地価平均34 7年の全国附加税制限率たる 地価の .66円, 畑 8 .41 円であり, これに3 0 /100(第7表)を乗ずれば平均田1反26銭, 畑6銭が附加税制限額として算出されるのである. .75 勿論上記は全等級の平均であり, 田においてむしろ反別割制限額たる40銭を 上廻ったものもあろ う. 大正9年8月法第29号をもっ て反別割 は毎地目平均は40銭より1円に つり上げられたが (但 し 大正8年 のみは過渡的措置として4 0銭よりその1 .6倍に引き上げられた. この点既述の通り) , 当時 の地租附加税の制限額を算出すると全国田平均10 2銭, 畑25銭となるのであ り, 田は大体反別割制 限額と均衡す ると言っ てよいのであるが, 畑においては著しい距 りがある 全国平均においてかく . の如き状態であるのにまして本道の場合地価府県の1 / 且 制限率低くこれをも つ 3 って賦課 される地 , 租附加税の制 限額は反別割に比べて著 しく低いものであっ た. すなわち本道の区町村に おいては明 治3 7年において田平均6銭, 畑2銭, 大正9年において田平均25銭, 畑8銭が附加税の平均制限率 と算出されるのである. 勿論等級においても あるいは平均地価においても地域的に地価の差異ある. 故 (第1章第22表) , かなりのけん隔はあろうが, それに しても反別割の制限額40銭, あるいは1 円に比べて著 しく低い制限率といわな ければな らない なお明治37年, あるいは大正9年の田畑の . 最高地価も しくは上級地地価をとっ てそれ ぞれ地租附加税の区町村制限率をとっ て 制限額をみれば. 37年, 田12銭, 畑20銭; 9年, 田50銭, 畑25銭 (但し9年は上級地地価) と算出される6 ) . したが 1 て田畑最高地も しくは上級 においても附加税制 限額は反別割制限額の/ っ 2程度に過ぎない. かく し て容易に つ きあたる附加税制 限率から解放されるべく反別割賦課をもっ て 地租の重課を行なうこと になる, こう した状態は明治末か らすでにあ らわれ, 大戦中の経費膨張で進行し徹底した形をとる に至る. このような経費膨張 の一般的傾向に対処して既に大正9年8月内務大 蔵大臣から地租附加 税その他の制限外課税の許可権が地方長官に委譲されたが, 大正1 0月 には反別割の新設変更の 4年1 h帽 66 一.
(4) . 北海道教育大学紀要(第一部B). 第 23 巻 第 2 号. 昭和4 8年2月. 許可権もまた地方長官へ委譲されるに到った, それはともかく, 経費膨張による本道反別割方式に よる地租賦課方式の進行一般化の状態につい て, 年次は下るが大正末にあらわれた次の文を紹介し よ う.. 2町村中, 本課税(地価割--筆者) 「市町村税たる地租は一 般に地価割と称せられ……北海道26 5年度において僅か21町村にして8%を占むるに過 ぎず, その他の町村においては をなせるは大正1. 有租地, 無租地とも反別割を課 しつつあり, ……現在反別割課税をなせる町村におい ても従前地価 ) 5年制定された自作農免 割の賦課をなし, これを反別割に併合せるもの多 し7 」 とある, なお大正1. 租地に対して賦課される特別地税附加税も同様の制限率の解放を求め て これまた独立税反別割に併 ) 合されて賦課されたのであり, 附加税として徴収された分は微小に過ぎない8 , かく してわれわれが以前に詳細に 検討した地租附加税 (地価割) の制限率は実際適用において,. 極言すれば大正期以降殆んど意味がないとす ら言い得るのである, まさに本道の区市町村税地租は 反別割賦課をもっ て増徴が行なわれるのであり, 元来は地租附加税の制限率からみて北海道地方税 の地租よりかなり低かる べき区町村税地租が事実はそれ を 無 第9表 区市町村税地租額の道税地 視し反別割をもって道税地租の2倍ないし 2,5 倍の大きさを 租額との比較指数 (道税地租 額を1 00とす). 年. 指. 数. 5年以降は制 もって増徴されたのである(第9表) ,(但し昭和1. 年. 指 数. 限率が市町村税地租附加税が道税地租附加税の2倍にな る か らこの以降の年は当然市町村税地租が大きくなる.) このよう. M 【1 9. 120. T13. 246. 28. 46. S3. 242. 37. 131. 41. 214. 45. 235. T 5. 240. 9. 238. 7 tl 15 19. 244 247 291 285. (注) 地租徴収総額の比較指数をあ らわす, 第2章第8表ならびに 本章第8表により作成.. な本道市町村地租もようやく有租地に地租附加税を, 免租地 に反別税附加税(従前の反別割)の本来の姿をとるに 到っ たの は分与税が配付され, 且つ町村財政は国の軍事財政に従属し 5年度以降のことに 属する, 本来の自治活動の衰退する 昭和1. 然らば 「地方税制 限二関スル法律」 による地租附加税の低い 制限率を無視し, その抜け穴ともいうべき反別割の規定を採 用 して高い地租増徴に狂奔せしめた理由原因は どこに あろう か, まづあげ得る第 1は基本的なことであるが, 本道の町村. 自治体制の施行において国による本道町村に対する補給措置を欠いたことである. 北海道地方費法 施行にあっ ては国は国税たる北海道水産税を自治体道に譲渡 し 且つ莫大な国庫補給金を与えてこれ を支えたのである. 然るに区町村に対しては財政補給のため の何等の特別措置が施行さ れ な か っ た. せ い ぜ い 道 に よ る 2級町村に対する町村長書記の給料旅費の負担程度に止まった. 開拓日なお 浅い本道の町村は税源頗る貧弱の中に自治体と しての行政事務と国政事務の両面を 担当しなければ ならなかっ た. 第2に本道開発の進行にともなう人口の増大 諸施設の増大による経費の 膨 張 で あ る, 国の施策の増大は独り固有事務の増大のみならず国政事務の増大をもた らしたであろう. 特に この経費増大を顕著にしたのは第1次大戦であっ た, 大戦中の物価騰貴は人件費物件費の増大をも. た らし, また大戦後の勧業土木衛生教育文化社会政策の国家施策の増大は地方並に市町村経費を義 務的経費として増大せしめずにおかなかった, 更に昭和初頭の恐慌における 農村の疲幣その対策費. は経費増大の反面税源を著しく狭溢化せずにはお かなかっ た, 戦時に突入するやイ ンフ レ ー シ ョ ン, 国防施策相重りこれまた経費増大の要因となる, この間昭和 5年6年にみる経費の縮小は金解 禁のデフ レーショ ン政策による国家の強制であり僅か2ヶ年の例外年に過ぎない。 それはとも かく 0表) そう した経費の膨張は税収の増大を 随伴せずにはおかない (第1 , 第3に, 本道の場合, 府県. にみるよりも区町村の財政才出は北海道地方費才出に比 べて規模が大きかっ たことである, 明治40 年以降をとっ てみても2 ,3倍からピーク時には 4倍を超えている, こう した本道区町村の才出規模. - 67 一.
(5) . vo l .23 No .2. l。f H0kkaido Uni i i i Journa ty of Educat rs t ve on (Sec on IB). February ,1973. の大きかっ た 点も区町村の相対的税収を大な らしめたのである (第11表) , これまた 町村税地租を 相対的に大な らしめ反別割賦課方式へ狂奔せしめた要因と言わざるを得ない, もっ ともその際に北 海道地方費に比 べて 本道区町村の税収が, 全国の場合のそれと比較して, 指数が大きいことはその まま税負担者に課税負担が絶対的に大きかっ たことを意味するわけではない. 比較基準になる北海 ) 道地方税額が相対的に小 さければ区町村税収の比較数字が大きく 表現されるからである9 . むしろ その点は大いに考慮されねばならない, とは言え, 北海道地方税負担に比べれば区町村税負担の大 きいことは否定 し得ない事実である.. さて, 以上のような状況の中で北海道民の担税力は如何に伸長 したであろうか, そのような担税 力の一つの指標として生産額をとっ てみることとする (再び第1 0年以降をとって 0表参照) . 明治4. みれば開発の進行と第1次大戦中と戦後の一時的 ブームによっ て大正8年には 1頂点を形成する. この時期までは生産総額にせよ農産額にせよ才出の増大あるいは 税収の増大速度をはるかにオーバ. ー している. しかし大戦の ブーム終わるや生産総額も農産額も減少停滞をつづけねばな ら な か っ た. しかも地場資本の乏 しい本道経済とあっては生産額の中に生産された価値は道外へ少なからざ. る部分が吸上げられたみるべ きであっ て 第1 0表にみられる生産の停滞以上に担税力が低下しつつあ っ たとみなければならぬだろう, しかも税収はそのような生産停滞にも拘わらず じりじり増大一路 を辿るのである, 大正後半以降特に農産額の停滞は著しいのであり, こうした中で膨張しつつある 税負担の増大は農民経済を加圧したとみなければならない. しかも農村においては商工業発達せず o ) 他に有力な財源のない 限りl , 戸数割なり, あるいは負担力をある程度無視した物税としての家屋. 割反別割の形をとっ て重課せざるを得ないことになる, しかも本道の地主にして本道外居住者は少 なくない, さきにみた反別割の増加はそう した状況の中に賦課されたものである. 最早や政府の意 第I Q表 歳 ハ互40 45. 出 100. 税. 収 100. 区(市)町村の歳出税収と生産額指数(北海道) 農産林水 農産生産 鉱工生産 額 の計 額の計 100. 100. ( 4 67 .53百万円)(2 ,21百万円)( .7百万円)(30 ,8百方円). 農産林水 鉱工生産 額の計. 農産生産 額の計. 出. 税 収. S 5. 877. 685. 623. 410. 6. 877. 595. 454. 226. 歳. 129. 155. 183. 179. 7. 1046. 542. 467. 232. T 5. 164. 188. 321. 255. 8. 1635. 620. 707. 503. 8. 313. 425. 879. 655. 9. 1336. 661. 770. 445. 9. 411. 525. 708. 420. 10. 1373. 709. 800. 409. 10. 514. 591. 642. 529. 11. 1481. 748. 1003. 622. 11. 672. 624. 613. 390. 12. 1245. 855. 1243. 803. 12. 655. 650. 686. 442. 13. 1377. 806. 1517. 992. 13. 698. 709. 748. 571. 14. 1530. 884. 2218. 1303. 14. 691. 705. 792. 603. 15. 1421. 596. 2435. 1100. 15. 757. 721. 681. 410. 16. 1206. 837. 2545. 942. S 2. 934. 681. 766. 532. 17. 1473. 1061. 2949. 1322. 3. 987. 723. 745. 555. 18. 1369. 1141. 3262. 1620. 4. 1000. 753. 776. 529. 1 (注) 〔 ) 税収は分与税を含まない. なお市町村分与税は市町村税収入の1 / 3程度に達する. 筋 資料: ) 歳出税収はM40-T9は帝国年鑑各回, TIO-T1 ” 4は東洋経済 「明治大正財政詳覧」 T1 5- : r SI敦は 「北海道概況」 (S1 i = ) 並びに北海道庁統計書 (第57回) による. 6 ] , S22; 回 生産額はM40一M45は北海道庁 「道治一斑」(TI I刊) , T5-S5は 「北海道概況」 (S 7 刊) 4は 「北海道概況」(SI 5-S1 6刊) S1 8は 「北海道概況」(S22刊) による, , S6-S1. 一 68 一.
(6) . 第 23 巻 第. 2号. 第”表. 北海道教育大学紀要 (第一部B). 昭和48年2月. 区(市) 町村歳出と税収額の, 北海道地方費歳出税収額との比較指数 (北海道地方費歳出, 税収額を各年1 0とす) 0. 区 市 町 村 北 海 道 税 収 歳 出. 市. 町. 村. 区 市 町 村 コヒ モ1 道 税 収 歳 出. (参考)全 国 出. 歳. 税. 収. M40. 236. 1 91. 194. 134. S6. 315. 市. 町. 村. (参考 全 国. 歳. 出. 税. 収. 1 94. 223. 139. 45. 262. 209. 244. 156. 7. 300. 212. 164. 140. T 5. 294. 213. 228. 161. 8. 409. 216. 184. 143. 10. 218. 238. 220. 167. 9. 458. 222. 185. 146. 11. 251. 209. 225. 170. 10. 414. 225. 177. 148. 12. 232. 227. 208. 147. 11. 441. 199. 195. 147. 13. 278. 225. 215. 151. 12. 338. 21 9. 180. 148. 14. 268. 215. 244. 151. 13. 326. 198. 166. 147. S I. 272. 219. 254. 148. 14. 353. 194. 137. 145. 2. 316. 217. 300. 152. 15. 188. 168. 114. ?. 3. 325. 209. 285. 150. 1 6. 116. 215. 111. 189. 4. 335. 213. 251. 151. 17. 132. 267. 79. 239. 5. 325. 209. 267. 143. 18. 101. 2 80?. 80. 189. (注) ( 1 ) 全国の場合, 道府県歳出税収を各年1 00とす, { 2 ) 税収には昭和1 5年以降の分与税は道, 全国府県, 市町村ともに含まない,. ( 3 ) , 北海道の数字は東洋経済 「明治大正財政詳覧」 「北海道概況」 (S5,. S 7, S16 , S22刊). 並びに 「北海道庁統計書」 (第57回) により作成. ′により作成. 姓) 全国数字は 「明治大正財政詳覧」 藤田武夫 「昭和財政史」 ×□. 図した地方税制限も地租の点では何等の実質効果はなく, 地租は附加税形態をますます放棄して反. 別割として重課されたのであっ た, しかもそのような賦課形態はわれわれは統計書によっ て区市に 比べて町村に徹底して行なわれたことを知るのである”) , 如何に中央政府が負担軽減を意図しよう. とも国が財源の補強措置を講ぜざる 限り, 他に有力な財源のない農村においては何等実質効果を持. ち得るものでないことは今も昔も変わることのない鉄則である. それはともかく日華事変に到っ て 5年分与税制度がと られ, 税 やっ と税収指数と農産指数は相均衡するに到るのであり, さらに昭和1 負担の過重阻止と均衡がはかられるに及んで有租地地租附加税, 免租地反別税の本来の姿を とりも. どすのである. 本道においてはつつま しやかであっ た国税地租とはうらはらにそしてまさに国税地 のつつましやかであったが故に町村においては 町村税地租は農民に存分の吸着を達成したと言えよ 租う,ではこのような課税方式は府県の市町村においても採用されたのであろうか. 答は 「然らず」. である, 有租地, 附加税; 免租地, 段別割の賦課方式は多少の例外あろうとも原則的にとられたみ るべ きである. この点第12表で明 らかである, 府県市町村と本道の区 (市) 町村とのこのような差. 異は府県の市町村の場合は農地その他の土地はその圧倒的多く が国税地租を負担し,且つ法定地価,. 法定賃貸価格高くその 点で府県税附加税も高く負担してきたことであり 最早や町村段階でのより大 きい負担は農家としての負担の限界にあったこと, また別の面では法定地価ないし賃貸価格におい. て平均本道の3倍に達する内地府県においては優良農地にあっ ては 反別割の賦課制 限額すらその制. 限につきあたる場合があったろうことにある. こうした負担力と法制面の両面からまず有粗地, 附 加税; 免租地, 反別割の原則がとられたのではあるまいか, これに反し免租地多く, 且つ農地開発 カイ. の過程で帖簿地目と現地目との泰離の多い本道では現地目主義により, 且つ国税地租負担の少ない 点, 且つ 財政の膨張と有力財源の欠除とが相重っ て前述反別割賦課方式に走ったとみるのであり, この点すでに述べ た通りである。 - 69 一.
(7) . . ion I B) i i ido Uni t t journalof Hokka on (Sec ver s y of Educat. VO I .23 No ,2. 第i 2表 府県における市町村税地租の推移. (単位 千円) 府県の 県 (参考)北海道 国税免 府 県 (参考)北海道 府 区市町村 市 町 村 市町村 区市町村 租地率 地租附加税. M28. 反. 別. 割. ?%. 3. 415. 一一. 9. 470. 93. 15. 610. 313. ?. 12,702. 27. 628. 550. 38. 661. 788. 0 .7 0 ,8. 9. 14,281 34,082. 63. 1 ,174 1 ,511. 2,405 3,119. 0 ,7 0 ,6. 3,511 2,687. 0 ,4 0 ,6. 3,888. 0 .8. 37. 7,005 10,179. 41. 12,333. 45 T5 13. 42,462. 89. S 3. 46,339. 17. 7. 36,867. 219. 2,289 1 ,135. 11. 50 ,113. 327. 1 ,412. 15. 67 ,595. 1 ,835. 19. 81,210. (反別税附加税). さ 基 謝i 呈. 0 .6. February ,1973. とこ ところで , 以上の本道の区. (市) 町村税地租は区町村税 収において如何なる地位を占 3表) めたであうか (第1 , 農. 地開拓のなお未熟な段階にあ っ ては地租の比重 の低いのは 当然としても開拓の進行前記 賦課の加重相重なって明治後 期から大正後期にかけて有力 な比重をなして上昇し, 昭和 15年の分与税配付による租税 負担の地ならし作用によっ て 減少する, なお全国数字と比 較において本道の区町村は明. 0 .6 0 .6. 治末以降府県の市町村税地租. 1 (注) ( ) 府県の市町村数字は全国数字より本道市町村分を差引い. 比重を上廻っ ていることも本. 2,246. て算出. 2 { ) 全国数字は 「明治大正財政詳覧」 並びに藤田 「昭和財政 史」 X W に よ る.. 3 ( ) 北海道分は本章第8表を再掲して特に比較に供 した. 柊) 特別地税附加税は地租附加税へ包含 して計算した, ( ) 免租地率は (免租地十有租地) の計に対する免租地の比 5 率をあらわす. 第1章第11表同第1 4表による, 第i3表. 北海道 MI 9 28 37 41. 13 ,2% 1 .4 8 ,7 14 ,9. 45. 17 ,0. T 5. 20 ,2. 9. 18 ,4. 市町村税収に占める市町村税地租の比重. 北海道. (参考)全国 43 ろ ,8劣 I 36 . 23 .5 15 ,4. 14 ,5 13 ,7 11 ,4. (参考)全国. 21 ,4% 22,3. 12 ,4%. 7. 20 .O. 11. 25 ,3. t3 ,9. T13 S 3. 15 19. 14 .4 12 ,5. 13 .5 15 ,4 13 ,1 16 .4. 道の区町村税地租の相対的重 さすを示すものであろう, し かもその際われわれは農家戸 数の全戸数における比重をみ た場合, 北海道のそれは全国 よりかなり低いのであるから 2 ) 一 層その感を深く するi .な お主要税目をとってその比重. を示めしたの が 第1図 で あ る, (第2章の第2図と比較 参照されたい) ところで第13 表にみる数字も実は市 部を除 き町村のみを摘出すると大正 期以降町村財政に占める比重 は30%前後にも達するのであ. 1 2表と同じ. (注) ( } 全国は第1. り, もし漁村を除けばさ らに 高い比重を示すであろう, 農 村の有力な 財源を構成したことは明かである. ただ一言附加 しなければな らないのは非農民の宅 地 あるいは海浜千場の地租が上述の地租の中に包括されている, 純粋に農業の附加価値によっ て負担 される地租を考える場合これの除外される べきは言をまたない. 卿 北海道の数字は道庁統計書並びに帝国統計年鑑による. ( 3 5年以降は分与税を除いて計算, ) 昭和1. 以上われわれは主と して明治40年以降の地租状況を論じてきたがここで 明治30年代ない しそれ以 前の町村の地租負担状況をみよう。 明治20年代の開拓草創の期にあっ ては当然地租は極めて軽微であり, 且つ地価割のみであっ て, 道庁統計書によれば反別割の登場するのは明治29年であるが, 実際本格的になるのは翌30年以降で ある, 19年土地払下規則 による大土地処分も手伝っ て20年以降急速に開発が進み人口増大に対応 し - 70 -.
(8) . 北海道教育大学紀要(第一部B). 第 23 巻 第 2 号 第1図 市町村税地租の市町村税収に占 める比重の推移 % 7 0. - ′ ′ ・ 国 、 /全 ′ Q ′ 殻 、 ′ ) ′ ,′ ? 静も、 t r l \. 1 6 0. 「. \\十. 1 0. 地租も重要な財 原の一つとなる し, 漁村においては漁業割が. ~. 璃. \\ ノ \/\ ÷±\毎 旦(A; \ ′〆/ ‘ ドく ー. 2 0. 年. 『. \ 全〉. 1. /. 出を急速に増大せしめる. これにともない税収もまた急速に 増大する, 更にまた30年3月 の国有未開地処分法はそれに拍. 家数の増大, 耕地の増大と相待 ってそれまで軽微だ った町村. 亀. 萱 (). て教育・警備・土木・衛生・病 院等の町村施設の必要性は才. 車をかける. しかもそのような才出の増大は人口増大速度に 比 べてはるかに大きい, かく してそれによる税収の増大は農. /. \ ・t / 4 0 , \ 十 \/f \歓. 重要な財源と して登場する. しかもそれ らは区制 (区制の実 ) 施で明治33年始めて法制上の特別税賦課が認め られるB )1 級町村制2級町村制による自治の施 行によっ てよ り一層の才. 5表) 出の増大によっ て促進される(第1 . 当時才出の急増の模 様とそれに伴う租税の増加傾向を憂うる道庁地方課員の次の 一文が ある, 「町村ノ負担ハ民力二適応セシメ ソコ トラ望ム. (注). ① 北海道仰全国仰はともに地租をあ らわす, 北海道側全国回はともに戸 数割, 家屋税住民税とそのいずれか の附加税の計をあらわす. (住民税 はS1 5以降生ず) ② 分与税を除いた比率.. (圏点は原著) , 町村二於ル行政費ハ頻年増加ノ 趨勢アリ随. テ住民ノ負担ハ累才重キラカ ロフル力如シ要スルニ町村ノ 負担. ・強近法律命令ノ結果其義務ヲ増加シタルモノ 鮮少ナラス ト ノ 難醜テ経費ノ 膨張, 負担ノ増進等ノ 原因ヲ稽査スルニ多数ノ ・民力経済ノ如何ヲ頭ミスシテ強テ教育勧業等ノ 設 町村中或ノ. 第14表 明治20年代30年代の北海道の区町村の歳出 税収人口等の伸長状況 歳 D 江20 25. 出. 税. 収. 繋. 千兇. 277. 130. 人. ロ. 第15表 明治20年代30年代の地価割反別割の推移 ち 地 価 割 反 別 割 その他とも 税 収の 計 漁 業 割 う. 耕 地 農家戸数. 龍. 影 電 雷 電 i 雷 509. 2 .4 8 ,8. (M24 ) 57 ,3 26 ,I (M2 9) 143 O , 54 ,3 240 98 ,7. 899. 437. 786. 33 ,1785 34 2172. 933. 985. 1146. loll. 266. 35. 2315. 1300. 1045. 289. 36. 2590. 1432. lo77. 318. 30. 昭和4 8年2月. 10 ,9. 12 .6 21 .5. 98 ,2 104 ,7 0 8 1 ‐ ,9. 1 (注) ( ) 歳出税収は北海道庁統計書(第1 6回) に よ る.. 2 { ) 人ロは北海道統計協会「北海道統計」(S 8刊第2号) による,. 21 ,4 19 .4. 千円. 1 ,9 13 ,1 98 .O 154 ,9 173 .8 154 ,5. 郡. 130 ,3 307 437 933 1146 1300 1432. 千円. 15 ,6 35 ,6 48 ,1 66 ,7 107 ,8 109 .9. 1 (注) ( 8までは賦課なし. ) 反別割, 漁業割はM2 { 2 ) その他税目の主なものは戸別割営業割建 物割がある.. 3 ( ) 耕地農家戸数は開発庁「北海道農業統計」 によ る.. 3 ( ) 数字は戸長役場分と区制各級町村分の集 計よりなる, 北海道庁統計書 (第1 6回) に よ る,. 備拡張ヲ計り或ノ ・行政機関ノ組織ヲ過大ニシ或ノ ・不急ノ水利土功ヲ起 シ甚シキハ之ヵ為メ 寛二町村 ノ負債ヲ濫起スルノ止ムラ得サル二到り町村行政費ノ 膨張ハ動モス レハ之ヲ 顧べんセサルモノ ナキ ニアラサルナリ夫 し教育勧業土木衛生等町村公共事業ノ完備拡張ヲ計り 以テ民智ヲ開キ富源ヲ進ム ルハ吾人ノ最モ熱望スル処タリト難モ如何セソ民力二度アリ負担二限りアリ若シ無謀二 公共事務ノ 勃興拡張ヲ促カス トキハ町村ノ民力経済ノ ・之ヵ為二撹乱セラレ財力衰退シ税源潤渇シテ寛二町村ノ 独立自営ヲ全フスコ ト能ハス……故二町村ノ 公共事務ハ急劇二 之力拡張ヲ企図セス審カニ事務ノ緩 急ヲ察シ負担ノ軽重ヲ量り叉細カニ民カノ 耐否ヲ考へ経済ノ寛否ヲ慮り 以テ其民力経済ノ 許ス範囲. - 71 -.
(9) . February ,1973. i i i l d d。 Uni t t on (Sec 0n I B) Journal。f 日0 ver s く ai y of Bducat. Vol ,2 .23 N0. ) 4 」 とあり才出抑制の急 二於テ各般ノ経営ヲ遂ヶ除々トシテ之ヲ拡張ヲ画スルハ最モ必要ノ 事タリ1 務と負担の軽減の必要性を述 べている, なお, 開拓進行の過程での税負担についていえ ば, 入植初. 期にあっ てはまず夫役があらわれ, 次いで町村施設の必要によっ て各戸負担能力を基準とする人税 としての戸別割の賦課が行なわれ, さ らにそれを補足する物税としての地価割ないし反則割の登場 ) 5 という過程をとるようである1 , 全道的には, 勿論入植の新旧によっ て地域によっ て異なるも30年 頃がその後生ずる自治制と相待っ て一応そういう段階と言えるのではあるまいか, なお, 30年代に 6 ) 0%占める程度あり1 あっ ては民有地中国税有租地は, 約2 , 次の女即ち 「町村税ハ附加 税二依ルラ. 正則トシ, 特別税二依ルラ変則 トセリ, 故二町村必要ノ 費用ヲ支餅スルニ附加税ヲ以テ猶足ラサル 7 ) 」 とある如く (圏点は筆者) 第15表より判断 して原 トキニ限り始メ テ特別税ヲ 起スヘキモノ トス1 則と大きくはかい離することなく有租地附加税, 免租地反別割の原則がとられたものと 判 断 さ れ. 8 ) る1 . しかし自治体制施 行早々から附加税方式を放榔 して特別税反別割なり, 特別税戸別割なりの 方式をとっ た例もみられる. 例えを 束川村 (M39年7月 2級町村制施行) では自治体施行と同時に ) 9 監督大臣に特別税賦課方 式を申請 して許可となっているi , 経費不足は最初からこの方途を用意す る も の で あ っ た, 1 ( ) 昭和7年は凶作により農作物の被害金額73百万円であり (平年作であった昭和5年8年の農産額それ ぞ れ * 12 7百万円,156百万円に比尋飲ま如何に大被害を受けたかがわかる) , 救済を要する戸数は66千戸に達した . 反 年であり これに加えて水害の発生があ 別割の減免については例えば比布村では 「昭和7年またも冷害凶作の , り, 村税の主要財源である反別割は約8割を免除 しなければならず……」 とある** . また神楽村では3分作以 ; 因 * 下については地祖を免除し3分作以上のみに 「作柄による比率賦課」 として 「地方税に倣 う」 とある** . * * * * ている 5千円とな みに北海道地方税では附加税の減免額120千円, 反別割19 っ . ; * 比布町史 p,279 疑 * 北海道凶荒災害誌 p 2-633 p .63 ****. *** 神楽村開基6 0年史 p,540. 2 { ) 比布町史 p.252. 北海道凶荒災害誌 p.776. 0年史 p,225 3 ) 神楽村開基6 ( 俊 ) 新十津川町史 p.384 回 東川町史 p.155. / 3円54銭, 畑40円であり, これに制限率の本税の6 ( 6 ) 37年田法定地価の最高額をとれば田2 ・ o , すなわち地価よ 6 4円, 畑1 2円をとって制限 ・ / りみた制限率0 . o 9を乗ずればそれぞれ12銭, 20銭となる, また大正9年上等地田2 1 1 ・ 5銭となる (制限率地価換算については本章第7表参照) / 率地価換算2 o , o を乗ずればそれぞれ50銭, 2 なお, 明治37年上等地 (1反当り) の地価を示せば次の通りである, (原典は上等地, 中等地, 下等地に区 分 してある,). 明 治 37 年 上 等 地 地 価. 税務管内 地 札 幌 空. 閣. 小 樽 都. 法定地価 税務管内 地. 郡村宅地. 6 ,O 25 .O 25 ,O. 、郡村宅地. 15 ,O. 郡村宅地. 45 ,O. ′ 馬 知 J. 上 川. 寿. 目. 田. 儀蹴 閣. 郡村宅地. 13 .O 315 ,O 6,25 4 .5 63 .O. 槍 函. 山 館. 価 税務管内 地 法定地 , 円 19 ,O 7 .29 12 ,O. {L.. 室 蘭 浦. 目. 河. 河 西. 傷 “縄. 鼠縄. 5 .O 11 .8 141 ,O. 儀 縄 “. 儀. .. 6回による. 売買価格は数倍する. (注) 北海道庁統計書第1. - 72 -. 23 .54 9 ,5 60 ,O. 10 .98 75 ,O. 釧 路. 目. {饗村宅地. 円 30 .O 210 ,O. 僻村宅地. 4 ,5 30 ,O. 儀 “軸. 40 .O 1 8 ,O ‐. {熟宅地 走 { 郷村制. 根 室. 網. 宗 谷 増. 毛. 法定地価. 15 ,O 60 ,O 12 ,O 15 .O.
(10) . 北海道教育大学紀要 (第一部B) 北海道教育大学紀要(. 第 23 巻 第 2 号. 地. 上. 田. 価 売買価格 円. 24 .00. 畑 宅. 等. 地. 12 .00. 200 ,00. 120 ,00. 12450 ,00 37020 ,00. 8年2月 昭和4. 大 正 9 年 等 級 別 地 価 中 等 等 下 地 価 売買価格 地 価 売買価格 12 .00 6 ,00. 1950 ,00. 120 .00. 64 ,00 4950 .00. 7 ,00 2 .00. 80 ,00 12 ,00. 12 ,00. 22 ,00. (備考) 上. 等 地. 田:伊達村 畑:伊達村 宅地:小樽区南浜町. (注) 北海道庁統計書第32回による。 (原典通り) ” ) 北海道林業会 「林税調査書」 (S2刊)p 7 倶し本文にはあらゆる地目を含んで述べてある. .40 { 8 } 大正1 5年特別地税附加税としての徴収額1 7 2 7 9 , 6円である. 同年の北海道地方税特別地税は5 ,972円であるの で制限率たろ百分の80をこれに乗ずれば49 8円の特別地税附加税が徴収される筈である. こうした差額は特 ,97 別地税附加税方式を放郷したことによる. なお特別地税附加税はますます減じ昭和3年1 52円, 8年2 53円 ,2 と な っ て い る,. ) 税収の具体的高低を1人当りにして換算すると道税においては府県税の60~7 ( 9 0%であるのに市町村税におい ては最接近する.. 税負担の北海道全国比較 (1人当り) 市町村 税 道府県税 市町村税 全 国 倉 全 国 北海道 全 国 北海消 ,海道 全 国 北海道 道府県税. M42 T8. TI 4平均 O-1 SI-5平均. 鼠 . ,. 2 ,48 4 .25. 4 .24. 0 ,94 1 ,52 2 ,70 2 .72. 1 ,99 4 .31. 1 ,79 4 ,11. 6 ,58 6 .19. 5 ,98 6 ,15. S 6-1 0平均. 11一1 4平均 1 6一1 8平均. 毘 3 ,6 4 ,09 4 ,20. 2 ,24 2 .88 2 ,55. 5 ,00 5 ,88 8 .71. 4 ,93 6 ,04. 6 ,52. (注) 北海道の分は 「北海道概況」 (S4, S7, S1 6 , S22刊) により, 全国の分は東洋経源 「明治大 正財政詳覧」 藤田武夫 「昭和財務史×W」 により作成, なお昭和15年分の全国数字は不明なるゆえ, 除いた,. り 北海道庁は各町村制実施後町村財政の基礎を確実安固ならしめる方針で町村に望み町村の基本財産収入によ 回. る財源の強化をはかった. 次の1女がある. 「町村ノ基礎ヲ輩固ニ シ其財政ヲ安固ナラシメ ソトセハ基本財産造成セシムルラ以テ最モ捷径トス是二於テ 明治3 8年1 0月区町村基本財産二関スル規定ヲ設ケ区町村ノ ・財政収入ヲ以テ経常費2分以上ヲ支出シ得ル迄其財 産ノ収入全部ヲ蓄積スヘキコトラ命シ且蓄積シタル財産ノ ・容易二処分スルコトラ許ササルコトト為セリ」 とあ る* , しかしてそのような道庁の意図の下に区町村基本財産の造成はかなり進んだのであるが, 例えば大正9 2 0 年区町村基本財産4 ,2百万円 (うち, 土地財産3 .5百万円) に達するのであるがこのうち区 (6つの区) のみ で約4 5%を占め, 且つこれらの基本財産による収入の区才入比における割合は1 4%を占めるに対し町村は町村 才入の僅かに0 ,4% という貧弱さである. (但し財産収入は大正8年数字:第41回帝国統計年鑑による) こう した点 から特に農村では基本財産収入は道庁の目的は殆んど達成されなかったとみてよい, なお昭和3年をと って0 ,5% であり低さにはかわりない. * 北海道 「道治一斑」 (M4 4刊) p ,271 回 この点帝国統計年鑑各回をみよ. 道庁統計書では大正期は区税町村税ともに税収計をかがげるのみで税日別 3回以降によって昭和元年以降については明かにすることができる. 収入を欠く, 但し道庁統計書でも第4 圃 北海道の農家戸数の全戸数における比率をみると, 明治1 9年2 3% (全国の場合71%以下カ ッコ内同じ)37年 4 9%) 9% ( 45%) となっている, (北海道は道庁統計書各回により, 53% ( 64%) , 昭和7年3 , 大正9年42% ( 全国は平野義太郎 「資本主義社会の機構」p 5 並びに佐藤寛次 「日本農業通論」p 80 による) .1 ,2. 回 新撰北海道史第4巻 p.1045. 回 川越・太田共著 「北海道2級町村詳解」 (M3 5・7刊)p .5-p .6 回 具体的な町村税賦課状況を各町村史によってみよう. (もっとも戸長役場草創当時の財政にふれた町村史は 少なくふれない町村史が多いが) 比布町史をみるに 「鷹栖町 (比布町の母村(筆者) )においては明治2 7年に入って始めて97円の協議費を賦課 したが……その税目を戸別割1本建としたうえ, 1等から5等までの5階級にわけて5等の定率を1個として 賦課したのであった……明治37年1 0月北海道長官の許可を受けて新に反別割 を新設し協議費は総額の60%を戸 別割, 40%を反別割に賦課することに改めた」(2 4 7頁) , 新十津川史をみるに 「本村において開村当初 (M2 3開村(筆者) ) の数ヵ年は各戸による夫役の賦課と基本財 産収入によって経営されたが明治30年頃から若干の戸別割を賦課するようになったようである」( 3 73頁) とあ り, さらに同35年3月末の収支として賦課額に戸別割と営業割をあげているが大部分戸別割でなお反別割は登. - 73 -.
(11) . i i d id。 UがVer j 10urnal。f 日ol t on (sect on I B) く s a y 。f Educat. vo l ,23 N0 ,2. February ,1973. 場 して い ない.. 5年までは賦課金は 愛別町史によれば明治2 8年より入植始まり31年度より独自予算を組んだとあるが 「明治3 488頁参照) 特別税戸数割のみ」 としてある. そして反別割は明治36年頃からとしてある ( . r独立した最初の年である」 と して同年の収入の中に 厚真村史によれば 「明治30年本村が苫小牧戸長役場より 賦課金として戸別割営業割漁業割があり, まだ反別割はみえない ( 66頁参照) . また浦幌村50年沿革史は十勝 1 6頁参照) 郡生剛外2ヶ村の明治33年の決算書として村費課金と して戸別割をあげるのみである (1 , 3 6円80銭をあげているが全額戸別割の 旭川市史をみるに明治2 5年度臨時旭川神居村協議費収入予算として1 みである (第1巻628頁参照) . 然るに 「なお旭川村の村費は従来賦課収入科目を戸別割の一種としていたが 村勢の発達にともなって経済益々多端となり33年1月村費賦課規則を制定3月認可を得て実施」 とあり該規則 、……年 第1条で村費徴収科目として戸別割営業割地所割不動産取得割を設けている, なお賦課規則は 「耕地ノ 額1反歩二付金10銭 (翌34年2 0銭となる(筆者)) 所有者二賦課ス」 とあり, 等級は耕地には付していない. 以上によって反別割成立の経過を知ることができる. 8%, 30年21%, 32年23%, 34年20%である. 但 仙 5年1 窃 民有地中の免租地は道庁統計書により算出するに明治2 し有租地においても山林原野牧場の如きは国税地租が極めて低いのであるから, 有租地の比率と免租地の比率 がそのまま附加税額と反別割額の比較となるわけではない. 助 川越・太田前掲書 p.151 闘 士別村では明治32年開村しているが当初数ヵ年は賦役のみで経営した. ただ教育費の1部が当時の総代人に より 適当に個々に割当てられた程度であった* . 39年4月, 2級町村制が施行されたが特別税反別割の創設さ れたのは42年2月である. それを紹介すれば, 特別税反別制賦課方法 1, 本村費支弁ノ為特別税反則割ヲ設ケ左ノ 甲乙地二賦課ス 甲地 所有地ニシテ地租ヲ納メサル土地 乙地 北海道国有未開地処分法ニ依ル貸付中ノ土地ニシテ成墾ノ部分及御料農地成墾ノ部分 8銭~4銭, 田1 0銭~1 0銭, 畑1等~8等, 1 として, 3番目の規定に, 宅地1等~6等, 1反歩当り, 1円1 等~3等, 30銭~23銭を規定している** , なお上記とすれば特別税反則割は国税免租地のみに課されている. { *同書1 *士別市史1 86~1 87頁参照) ( 77頁参照 “ 回 東川町史によって特別税反別割の賦課についてみるに, 同史の交の関係から迂回してまづ特別税戸数割から あげなければならない. ・……北海道地方費法第6条ノ期間 (移住後3年経たないものは地方税戸別割を 「特別税戸別割新設ノ理由ノ 課せられない-(筆者)) ヲ経置セザルモノ多数アルガ為メ地方税戸数割ノ附加税トシテ戸別割ヲ附加セントス / ・全ク其ノ賦課ヲ免ルル観アルラ行テ寧ロ其ノ附加税ヲ課セス特別税トシテ全戸数二対 ルトキハ全戸数ノ3 oノ , シ同一ノ課率ヲ以テ戸別割ヲ課シ以 テ負担ノ均衡ヲ保タシムルト賦課徴収ノ手数ヲ省略セントス ル ニ 在 り… …」 として内務大蔵大臣に申請している, 特別税反別割新設については 「本村民有地ノ多クハ未タ地価定マラサルモノ多キタメ地租ノ附加税トシテ地 価割ヲ課セントスルトキハ実二僅少ノ税額ニシテ到底村費ノ支弁ヲ全クスルコト怠珍・ス (以下戸別割に同につ き略す)」 とある (カッコ内も原典) , これをもってみれば戸別割と同様負担の均衡と賦課徴収の手数を省略の ため附加税を課せず特別税として全ての土地に賦課したと判断される. (東川町史 p. 156 参照). 第4項. む. す. び. すでに述 べてきたことを要約 しつつむすびと しよう. 本道の行政制度の発展のあとをみるに荘屋 名 主年寄による徳川時代からの慣行を踏襲した自然発生的行政町村は戸籍法による 短期間の大小区 画制によっ て小区の中に包括され表面行政から 埋没するが郡区町村編制によっ て再び町村は行政単 位の地位を回復する. その際 1村のみであるいは数力町村合併して戸長役場を設けその下に 総代人. をもっ て財政の決定にあたるもなお町村の財政支出の主要部分は地方税をもっ て支出され, 町村限 りの土木費教育費等が町村費即ち町村協議費の主要負担であっ た. しかし協議費議定の施行におい. ても協議費賦課におい ても監督を加えつつも従来の慣行によるとして あえて改革を加えることがな かっ た. しかしそ う した中にも明 治20年5月 区町村費支瀞費目が道庁訓令によっ て 「会計費・土木. 費.教育費・衛生病院費・警備費」 と指定され (但し明治31年勧業費追加) , 漸く町村費は 従来の 協議費に比 べて支出費目を明瞭とするに到った, しかし他面町村費の賦課 はなお従前の慣行にゆだ 0年代は北海道開拓にとっ て画期的な時期 0年代に突入する. 明治3 ね られ各町村慣行のままに明治3 - 74 -.
(12) . 第 23 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部B). 昭和4 8年2月. をなすし, わが国の資本主義の発展にとっ ても更に飛躍の時期であった。 日清戦争により清国よ り 邦貨換算3億65 50万円領収したが (当時の国 家才出の2倍にあたる) , 戦後経営10ヵ年計画の重要. ) な財源となっ た, 軍備拡張, 鉄道電話建設, 治水事業, 北海道拓殖事業その他事業が計画され1 , 2 2万円が計画 この中で北海道拓殖事業費と しては2 1 1万円が戦前よ され 年平均2 2 り増加可能と , ,. なっ た, かく して日清戦後北海道拓殖事業費は戦前より一層大をなし, 北海道拓殖事業費は28年の ) 1 73万円が30年には3 5 7万円に増加 し以後40 0万円台 に突入する2 , このように官による 北海道拓 殖は一段と積極化するが, それは官の財政放出によっ てのみではなく民間資本の投入を正図するも のであっ た. その意図は広大な土地を民間資本によっ て開発しようとする 「北海道国有未 開地処分 法」(M30・ 3法26号) の誕生となってあらわれる, それは既に存した 「北海道土地払下規則」(M 6号) に比 べれば払下規模において格段に大きいものであっ た, このような民間開発の艇 I9 閣令1. として大型長期且つ強力銀行と しての北海道拓殖銀行が成立するのである.開拓は急速に進展する. 一方町村財政においても30年代北海道において大改革がなされた, 区別, 1級町村制, 2級町村 制の実施である, 官による開拓費の増大, 民間大資本の動員の外 に, 国は本道町村費の資金をも財 政政策の中に包含し, 積極的に国政事務の分担に参加させ, 経済発展施策の中に動員しよう とする. ものである, このためには封建制社会の遣制を継承した財政制度を放郷し, 自治の名の下に財政制 度を整備して税源税目を明確にして新しい産業社会の建設者と しての任務を分担させることに あっ. た, 最早それは従前の慣行まかせでは処理できなくなる. かく して本道の区町村財政は国政事務固 有事務の両面から急激に膨張するし, 且つその膨張を支える柱と して北海道拓殖銀行に, 北海道区 町村およびその他の公共団体 (後にみる土功組合) に対 し無担保年 賦あるいは定期償還貸付をなし 得るの役割を課するのである, 国の施策の増大それに随伴する町村国政事務の分担の増大あるいは 町村固有施設の増大は町村税の増大に つなが り, 特別税は附加税の補充的規定たるにも拘わらず,. むしろ実施にあたっ ては逆の形におどり出て附加税の制限規定を回避する増収作用が あ た え ら れ る, 地租まさに然り, 20年代姿をみせなかっ た反別割は自治制施行によっ て忽ちその姿を大きくす るし, 自治施行後の反別割は附加税より一般に高率をもっ て課され, しかもなお本来附加 税をもっ. て徴収さるべき地租部分をも蚕食して反別割の中に包摂してゆく, 大戦中の経費膨張, 大戦後の慢 性的不況停滞, 財源不足の中にますますこの傾向をつよめる. 元来制限率において北海道地方税よ り低く定められた区町村税地租は前者の2倍~3倍 の大きさに達して他の諸税と相重り農民経済を. 圧迫する, では具体的にいくばくに達するか? しかし町村段階では各地目別に地租額をみる べき資 料はない, そこで推計を試みるほかはない. その場合方法と して第2章第1 0表の北海道地方 税地租 と本章第9表の区町村税地租の道税地租の比較指数をとり, 両者を機械的に乗ずることとする 一 . 6表) かく して計算され つのメ ドとはなろう (第1 た区町村税農用地地租は総 体としてみれば 農業 . 生産所得に比 し頗る軽微な感を与える, しかしそれにも拘わらず地 租は直接にあるいは間接に (小. 作農の場合小作料を通じて納入は地主となる) 負担する農家の低所得と比較した場合に問題性がで てくる. 一ヶ月当り農業所得をとっ てみればまさにその所得の低さで最低生活を感ぜしめる した , がっ て地租の絶対額は小さくても矢張負担の重さを感ぜしめたであろう この点国税でも地方税で , も 一 様 に述 べ た と こ ろ で あ る.. なお農用地地租を国税, 地方税, 区町村税でみれば国税段階で最も低く地方費段階区町村段階へ と行政段階が下方に向かうにつれて大きくなる, 国税段階で小さいのは広大 な免租地によっ て当然. うなづけるのであるが, 行政段階が下降するにつ れて大きくなるこの現象は果たして府県において もみられる共通の現象であろうか, その際府県においては市町村段階での農用地地租をみることは 困難である故, 全地目地租をとって両者の比較を試みることとする。 そうすれば第17表にみるよう - 75 -.
(13) . ion I B) lof Hokka do Uni i i i f Educat t Journa t on (Sec ver s yo. l Vo .23 No .2. 第1 6表 市 町 村税 農用地地租. 農用地の市町村税地租推計(北海道). 農 業 生 産 所 得 農家1戸 農 家 総 額 当り1ケ月 1戸当り 千円 堕 4,339. 7 9. 墨 6 ,. 282 .9. 16,012 25,407 44,706. 137 .8. 11 ,42. 737. 60,891. 9. 2087. 13. 2645. 97,987 118,961. 285 .7 343 .9. 23 ,75. T 5. 524 ,3 704 ,5. S3. 2824. 117,941. 55 ,42. 2162. 11. 2475. 52 ,400 136,736. 665 .9. 7. 56 ,75. 15. 1209. 681 .6 1257.7. .罷 6. M28. 郡. 37 41 45. 451 ,2. February ,1973. 194 .6. 272 ,3. 240,190. 市町村税 農用地地租 1 戸当り. 国税地租. 道税地租. 農用地. 農用 地. 円. 円. 3毘 。. 0 .003. 1801. 16 ,16. 0 ,62 2 .13. 92 .7. 28 .58 43 .67. 11 ,28. 193 .8 426. 876 .9 1075. 15 ,84 10 ,95. 502. 1167. 2 .89 4 .17. 15 ,64. 58 ,66. 22 ,67. 12 ,33 6 .29. 104 ,75. 熊. 謂. 32 1 ,2 1 91 ,7. 76 .O 90 .8. 307 .3. 420. 886. 460. 1002. 326. 432. (注) 第2章第1 0表, 本章第9表による, 農用地は田畑牧場のみとし宅地を除外した. 国税地租農用地は 第1章第3 5表の1同第35表の2による. 道税地租農用地は第2章第6表による.. 第1 7表 北 国 9 M2. 税. 塙. 道. 海 道. 税. 『. 府. 市町村税. 千璽. 78. 102. 41. 507. 153. 328. 45. 407. 244. 577. T 5. 458. 345. 826. 9. 613. 1036. 2468. 13. 907. 1305. 3209. S3. 1030. 1462. 3529. 7. 1069. 1193. 2906. 11. 1138. 1704. 4215. 15. 531. 851. 2475. 37. 50. 地租の行政段階別北海道府県比較. 国. 県. 税. 府県税. 市町村税. 60 ,9 84 ,9. 17 ,6 25 ,9 32 .8. 10 .6. 百郡. 74 ,9. 72 .8 73 ,4. 71 ,I 66 ,7. 57 .2. 57 ,3 28 .3. 百有望. 30 .1. 百塊. 12 .9 13 ,3 14 .9. 73 .1. 35 .2. 78 ,1. 44,O. 76 .9 32 .O. 51 ,5 68 .5. 82 ,4 74 .O. 48,6 38.O. (注) 地租額は全地目の計をあらわす. 1 5表の1同2による. 但S1 5は新課率で修正, 道 { ) 北海道の分は国税は第1章 第3 税は第2章第8表による. なお道税反別割はM34より賦課さる. 市町村税は本章 第8表による, 2 { ) 府県の分は全国数字より本道分を除いて算出. 国税分は 「日本経済統計集」 府 V」 市町村税は第3章第12表による. 県税は 「明治大正財政詳覧」「昭和財政史×I. に府県の場合, 本道と著 しく異なることがわかる. 府県の場合, 府県税地租が国税地租をオーバー するのは大正後期以降で, この点本道の場合と 相似ているがそう した年次以降においても, あるい はそれ以前においても府県の市町村税地租は国税地租に比 べてはもとより 府県税地租にく らべて も 著しく低いのである, これが本道と極めて異なる点である, こう した点から類推して恐 らく府県の 場合, 市町村税農用 地地租もまた国税, 府県税のそれに比 べて かなり低かっ たのであるまいか. 事 態は本道の場合と逆 である. 本道においてはあたかも市町村税地租は国税免租部分を蚕食しつつ賦 課されている感がする. 町村段階での地租の大きさはまさに本道特有の現象といっ てよい, かく し. - 76 -.
(14) . 第 23 巻 第 2 号. 北海道教育大学紀要 (第一部B). 8年2月 昭和4. て本道農民の地租負担は国税免租規定による 中央政府の開拓促進の意図が市町村段階の相対的重課 によっ て著しく歪曲され, 生活の安定あるいは投資資力を減殺する作用をなしたであろう, さりな がらわれわれはここで国の財政支出と末端町村財政支出の質的差異を想起しよう, 前者は総体的な 国の施策にふり向け られるに対 し, 後者はまさに地域住民の生活と直結する支出である こ と で あ る. こう した点を考えれば, 国税の免租措置あるいは第2章第10表でみた地方税地租負担率の府県. に比べての相対的軽小があっ たことによっ てこそ, 北海道農民はその負担力を町村地租にふりむけ 得たのであり, 未踏の鴫野に入植しつつも彼等の町村財政支出を通じて短期に生活環境の整備, 教. 育施設の建設をな して自 らの生活基盤の向上に, あるいは次代発展のための基礎造成をなすことが できたと言えよう し, こう した面も合わせて大きく評価されねばならぬであろう. 9 1 5 参照 ( } 藤田武夫 「日本資本主義と財政」pp ,292~2 { 2 ) 新撰北海道史第7巻 pp,292~295 参照.. - 77 -.
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