飽和炭化水素の臨界圧縮度と立体構造
全文
(2) 北海道教育大学紀要(自然科学編)第67巻 第1号 Journal of Hokkaido University of Education(Natural Sciences)Vol. 67, No.1. 平 成 28 年 8 月 August, 2016. 飽和炭化水素の臨界圧縮度と立体構造 平山 雄二・武石 圭司・小原 繁 北海道教育大学教育学部釧路校化学教室 085-8580 北海道釧路市城山 1-15-55. Critical compressibilities of saturated hydrocarbons and their stereostructures HIRAYAMA Yuji, TAKEISHI Keiji and OBARA Shigeru Department of Chemistry, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education Shiroyama 1-15-55, Kushiro 085-8580, Hokkaido, Japan. ABSTRACT We have investigated the correlation between the critical compressibilities of saturated hydrocarbons with from one carbon to eight carbons and their weakest bond energies. We have found that the compressibilities do not corre- late with the weakest bond energies of all bonds of the hydrocarbons with five or more carbons. Then, we have distinguished these bonds exposed-outside and buried-inside. The compressibilities are found to correlate well with the weakest bond energies of exposed-outside bonds of the hydrocarbons.. の反応速度論的研究がCurranらにより行われて. 1 はじめに. いる4。さらに,電子状態を求めて反応機構を解. 「ハイオクガソリンって何?」からこの研究が. 析する研究もMiyoshiにより行われている5。ただ. 始まった。オクタン価96以上のガソリンを1号ガ. し,現在のところ,反応中間体を仮定して,そこ. 1. ソリン(いわゆるハイオクガソリン) と呼び,ノッ 2. からの反応の研究に限定されている。電子状態に. キング現象 を起こしにくい特長を持つ。ノッキ. 基づく反応機構の研究に困難を伴うことはメタン. ングとは,内燃機関の燃料と空気の混合気体を圧. CH4の完全燃焼を考えると分かる。. 縮する過程で自然発火することを指す。ノッキン. . グにより内燃機関の動作効率が低下する。ノッキ. 酸素の電子スピン多重度は三重項で,残りの分子. ングを起こしにくい燃料を探すために広範な炭化. は総て一重項である。したがって,生成物の電子. 水素について自然発火の起きる圧縮度(臨界圧縮. スピン多重度は一重項だけになる。ところが,反. 3. CH4 + 2 O2 → CO2 + 2 H2O.. ⑴. 度) を求める研究がLovellにより行われた 。また,. 応物では三重項の酸素が2分子あるので,一重項,. 最近では環境問題の視点からガソリンの燃焼機構. 三重項,および,五重項の電子スピン多重度が生. 13.
(3) 平山 雄二・武石 圭司・小原 繁. じる。これは,一重項以外の反応物において反応. メントCH3のエネルギー E(CH3)から次式で計算. 途中でスピン反転が起きることを意味する。電子. できる。. 状態を通して反応機構を求める研究は,電子スピ. . ン多重度の異なる多数のエネルギー曲面を何度も. 計算において使用した電子相関ポテンシャルは. 渡り周る経路を追跡する困難を極めた研究になる. B3LYP7,基底関数は6-31G*8であり,これらを実. だろう。. 装したFirefly9をiMacにインストールして実行し. 一方,臨界圧縮度に注目すると,この圧縮度は. た。FireflyはGAMESS(US)10のソースコードに. 同じ炭素数の飽和炭化水素でも構造異性体ごとに. 部分的に基づいている。なお,原子1個の量子化. 異なる値を示している3。圧縮度の違いが炭化水. 学計算を通常の計算プログラムではできない。水. 素の何を反映しているかは興味深い。燃焼におい. 素原子1個のエネルギーを得るために,原子間距. て炭化水素のCC結合やCH結合は切断され酸素と. 離5000pmに お け るH2分 子 三 重 項 状 態 の エ ネ ル. 化合する。臨界圧縮度の違いは炭化水素内のCC. ギーを計算し,その半分の値を水素原子のエネル. 結合やCH結合の切れ易さと相関があるだろう。. ギーとした。. ECC = 2E(CH3)-E(C2H6).. ⑵. この切れ易さは結合エネルギーと密接に関連す る。いろいろな飽和炭化水素におけるCC結合や CH結合の結合エネルギーを量子化学計算により. 3 計算結果と議論. 算出して臨界圧縮度との相関を求め圧縮度の違い. 表1に炭素数8までの飽和炭化水素の安定分子. が炭化水素の何を反映しているかを解明すること. 構造におけるエネルギーをH2のエネルギーとと. を目的に研究を開始した。そして,分子表面に露. もに掲げる。表2には計算した分子フラグメント. 出している結合の内,最も結合エネルギーの小さ. のエネルギーを掲げる。水素フラグメントのエネ. な結合(つまり最も弱い露出結合)と臨界圧縮度. ルギーは計算方法で述べた様に3重項水素より求. が相関していることを発見した。. めた。分子フラグメントは不対電子を1個もつラ. 次節に計算方法を記して第3節に計算結果を列. ジカルで,表1の飽和炭化水素から水素原子1個. 挙し臨界圧縮度と結合エネルギーの相関を議論し. を除去した二重項状態のものである。表3に計算. て最終節にこれらをまとめた。. した結合エネルギーの各分子における最小のもの (下線を付けた数値)を掲げる。 分子内の最小結合エネルギーと臨界圧縮度との. 2 計算方法. 相関を図1に描いた。炭素数4以下では最小結合. 炭素数1から8までの飽和炭化水素の各種異性. エネルギー(図中の◆)と臨界圧縮度が正の相関. 体(40化合物)について密度汎関数法(Density. をもつ。つまり,最小結合エネルギーが大きい程,. 6. Functional Theory; DFT) により安定分子構造を. 臨界圧縮度も大きくなる。一方,炭素数5以上で. 求めてそのエネルギーを算出した。また,これら. は最小結合エネルギー(図中の×)と臨界圧縮度. の化合物から水素原子を1個除去した分子フラグ. の相関が正になっていない。分子内の最小結合エ. メント(ラジカル)についても同様に計算した。. ネルギーが臨界圧縮度に関連していないことを意. これらの分子フラグメントのエネルギーを用いる. 味する。. と分子内の総てのCH結合の結合エネルギーを計. なぜ,正の相関にならないのかを考えた。その. 算できるだけでなく,CC結合の結合エネルギー. ときのヒントになる項目は,. も計算できる。例えば,エタンC2H6のCC結合の. 1. 炭素数5以上での最小結合エネルギーはCC. 結 合 エ ネ ル ギ ー ECCは,C2H6の エ ネ ル ギ ー E(C2H6)と,メタンCH4から計算した分子フラグ 14. 結合である, 2.枝分かれの多い炭化水素の臨界圧縮度が大きい.
(4) 最終節. (図中の×)と臨界圧縮度の相関が正になっていない。 分子内の最小結合エネルギーが臨界圧縮度に関連し ていないことを意味する。. 異性体. 飽和炭化水素の臨界圧縮度と立体構造. Density. いて選出した最小結合エネルギー(つまり, “露. 求めて. 出した”結合の中の最小結合エネルギー)を表3. 合物から. において*を付けて表わした。また,この最小結. カル)に. 合エネルギーと臨界圧縮度との相関を図2に描い. ントのエ. た。この図では,炭素数5以上でも最小結合エネ. 結合エ. ルギーと臨界圧縮度が正の相関をもっている。. 合エネ. C1からC8までの総ての点について最小二乗法で. C 結合. 計算した近似直線は. (C 2 H 6 ). . のエネ. になった。. (2). refly は. いてい. 計算プロ. ーを得る. 三重項. 素原子. ⑶. 4 まとめ. ャルは. 実装した. y = 9.0968 x + 336.08.. 図1:分 子内の最小結合エネルギー /(kJ/mol)[縦 3 。炭素数4以下では最小結 図 1:軸]と臨界圧縮度 分子内の最小結合エネルギー/(kJ/mol)[縦 合エネルギー (◆)と臨界圧縮度が正の相関(点 3 軸]と臨界圧縮度 。炭素数 4 以下では最小結合エ 線)をもつが,炭素数5以上では最小結合エ ネルギー (×)と臨界圧縮度の相関が負(実線) ネルギー(◆)と臨界圧縮度が正の相関(点線)をも になる。. なぜ,正の相関にならないのかを考えた。そのときの. 炭素数8までの飽和炭化水素について総ての CH結 合 とCC結 合 の 結 合 エ ネ ル ギ ー をDFTB3LYP/6-31G*レベルで計算した。 最も弱い結合が臨界圧縮度と関連しているとの 観点から,分子内の最小結合エネルギーと臨界圧 縮度の相関を調べた。炭素数4までの分子では良. である。燃焼は酸素との反応だから,分子の外側. い相関があったが,炭素数5以上の分子では相関. から燃焼が起きると考えられる。あるCC結合が. が無かった。. 分子の内側にある場合は,その結合が最小結合エ. 炭素数5以上の多くの分子で最小結合エネル. ネルギーの結合だったとしても,臨界圧縮度に反. ギーの結合が分子の内側に入ったCC結合である. 映しない,と考えた。分子の外側に露出した結合 ヒントになる項目は, のうち最小の結合エネルギーのものを探した。た 1. 炭素数 5 以上での最小結合エネルギーは CC 結合. ことが分かった。そこで,分子の外側に露出して 結合が分子の内側に入った CC 結合であることが分かっ いる結合に限定して相関を調べることにした。そ た。そこで,分子の外側に露出している結合に限定して. だし「露出した」は抽象的な表現なので次の基準 である, を用いる。 2. 枝分かれの多い炭化水素の臨界圧縮度が大きい. のために,まず,露出したCC結合の判定基準を 相関を調べることにした。そのために,まず,露出した 提案した。この基準に基づいて露出した結合の中 CC 結合の判定基準を提案した。この基準に基づいて. である。燃焼は酸素との反応だから,分子の外側から燃 基準:CC結合の炭素がどちらも二級以下の 焼が起きると考えられる。ある CC 結合が分子の内側に 炭素の場合そのCC結合を露出してい ある場合は,その結合が最小結合エネルギーの結合だ ると判定する。三級以上の炭素が含ま ったとしても,臨界圧縮度に反映しない,と考えた。分子 れるCC結合は露出していないと判定 の外側に露出した結合のうち最小の結合エネルギーの する。 ものを探した。ただし「露出した」は抽象的な表現なので. 次の基準を用いる。 この基準に従うと,直鎖状炭化水素では総ての 基準:CC 結合の炭素がどちらも二級以下 炭素が二級以下なので,そのCC結合は総て露出 の炭素の場合その CC 結合を露出し していることになる。枝分かれがあると,露出し ていると判定する。三級以上の炭素. が含まれる CC 結合は露出していな たCC結合が減りオクタン価の基準に使用されて いと判定する。 いるイソオクタン(2,2,4trimethylpentane)で は露出したCC結合がなくなる。上記基準に基づ. この基準に従うと,直鎖状炭化水素では総ての炭素. 図 2:分分子内の”露出した”最小結合エネルギー 図2: 子内の“露出した”最小結合エネルギー /(kJ/ 3 。炭素数5以上で mol)[縦軸]と臨界圧縮度 5 以上でも /(kJ/mol)[縦軸]と臨界圧縮度 3。炭素数 も最小結合エネルギー (×)と臨界圧縮度が正 最小結合エネルギー(×)と臨界圧縮度が正の相関 の相関(実線)をもつ。 (実線)をもつ。. が二 級以下なので,その CC 結合は総て露出してい. 15 露出した結合の中の最小結合エネルギーと臨界圧縮度. ること になる。枝分かれがあると,露出した CC 結合が. の関係を調べると,相関のあることが分かった。そして,. 減りオクタン価の基準に使用されているイソオクタン. この相関を表わす近似直線が(3)式になった。.
(5) 平山 雄二・武石 圭司・小原 繁. の最小結合エネルギーと臨界圧縮度の関係を調べ ると,相関のあることが分かった。そして,この 相関を表わす近似直線が⑶式になった。 燃料という観点で言い換えると,枝分かれの多 い炭化水素ほどより高い圧縮度を達成できる燃料 だ,となる。弱いCC結合が分子の内側に入り, より強いCH結合が分子の外側に配置されるから である。 では,なぜCC結合がCH結合より弱い結合にな るのか。これについては, 別の論文で議論する11。. 参考文献 1.日本工業規格 K2202:2012. 2.国際科学振興財団編,「科学大辞典 第2版」,丸善, 2005年. 3.Lovell W. G., Industrial and Engineering Chemistry 40, 2388 (1948). 4.Curran H. J., Gaffuri P., Pitz W. J., Westbrook C. K., Combustion and Flame 129, 253 (2002). 5.Miyoshi A., J. Phys. Chem. A 115, 3301 (2011). 6.日本化学会編,「実験化学講座 12」第5版,丸善, 2004年. 7.Becke A. D., Phys. Rev. A 38, 3098 (1988), Becke A. D., J. Phys. Chem. 88, 2547 (1988), Becke A. D., J. Phys. Chem. 98, 5648 (1993), Lee C., Yang W., Parr R. G., Phys. Rev. B 37, 785 (1988). 8.Ditchfield R., Hehre W.J., Pople J.A., J. Chem. Phys. 54, 724 (1971), Hehre W.J., Ditchfield R., Pople J.A., J. Chem. Phys. 56, 2257 (1972). 9.Granovsky A. A., Firefly version 8, www http:// classic.chem.msu.su/gran/firefly/index. html. 10.Schmidt M. W., Baldridge K. K., Boatz J. A., El- bert S. T., Gordon M. S., Jensen J. H., Koseki S., Matsunaga N., Nguyen K. A., Su S., Windus T. L., Dupuis M., Montgomery J. A., J. Comput. Chem. 14, 1347 (1993). 11.小原繁,武石圭司,平山雄二,(北海道教育大学紀要 投稿中). (平山 雄二 釧路校准教授) (武石 圭司 釧路校教育学部理科教育専修) (小原 繁 釧路校教授) . 16. 表1:安定分子構造におけるエネルギー Etotal/hartree.
(6) 飽和炭化水素の臨界圧縮度と立体構造. 表2:分子フラグメントのエネルギー EF/hartree。 水素原子を除去した炭素原子をCで表示した。. 表2(続1):分 子 フ ラ グ メ ン ト の エ ネ ル ギ ー EF/ hartree。. 17.
(7) 平山 雄二・武石 圭司・小原 繁. 表2(続2):分 子 フ ラ グ メ ン ト の エ ネ ル ギ ー EF/ hartree。. 表3:結 合 エ ネ ル ギ ー E/(kJ/mol)と 臨 界 圧 縮 度 Pc3。分子(M)と分子フラグメント(F1, F2)は 表1と表2の番号。下線は分子内最小結合エ ネルギー,*は露出結合最小結合エネルギー。. 18.
(8)
関連したドキュメント
Standard domino tableaux have already been considered by many authors [33], [6], [34], [8], [1], but, to the best of our knowledge, the expression of the
Consider the case when V is locally finitely presentable as a closed category in the sense of [Kel82-2], and Φ is the class of finite weights as described there;.. this includes the
This is a consequence of a more general result on interacting particle systems that shows that a stationary measure is ergodic if and only if the sigma algebra of sets invariant
Extended cubical sets (with connections and interchanges) are presheaves on a ground category, the extended cubical site K, corresponding to the (augmented) simplicial site,
This section describes results concerning graphs relatively close to minimum K p -saturated graphs, such as the saturation number of K p with restrictions on the minimum or
We solve by the continuity method the corresponding complex elliptic kth Hessian equation, more difficult to solve than the Calabi-Yau equation k m, under the assumption that
In [9], it was shown that under diffusive scaling, the random set of coalescing random walk paths with one walker starting from every point on the space-time lattice Z × Z converges
Shen, “A note on the existence and uniqueness of mild solutions to neutral stochastic partial functional differential equations with non-Lipschitz coefficients,” Computers