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沖縄における甘蔗栽培の現状と問題点

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Academic year: 2021

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(1)

Author(s)

池原, 真一

Citation

沖縄農業, 1(1): 22-29

Issue Date

1962-05

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/878

(2)

沖縄 にお け る甘 薦栽 培 の現 況 と問題 点

(琉球 大学 農家敢工 学部 ) 1 は じ め に 骨牌は沖紬における換金傍物の太宗で、頗家経済上現金収入源 として大き魁 巴塵 をしめ、叉 をの製品尭 る砂糖 嬢貿 易上能輩で輸出戯魔物中歯位を占めてV,る。 戦前、聯後払 溢じで洞胤 経済が 打番えの依存腔は高 く

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年の匪料に よれば甘廉の現金収入性農家の給現金収入

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,%、搾物現金収入中の

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,%を しめ,をの製品売る砂糖の輸出額 は総輸出額の

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b'を しめている.近年北部地区や八 fEiTll地 区ではパインの栽培が潜 るしく伸び鹿家経済 を相当 うる患 してVlるが全琉的紅は翰出農産物 として もまた農家の 現金収入蘭 として も甘兼併の比ではなV,0 甘燕は腿業経営の立場か らこれ をみれば、地力維持 を考慮 した合理的輪作 、病虫害の防廉 、渡耕紅 よる土地改良、 ElH]作に よる土地の狼約的利用、お よび家族労働の適正配分等経営の合理 化上沖縄では不可欠の件物である。 なお刷魔物である梢頭部や飽けつ茎非が大家番の粗飼料給源 として恵た枯

は山林 、原野に乏 しい地域の燃料源 として 沌堺な役側 を兆 して恵良 e_と舷周知の と為 りで ある.経営経済上重襲な地位にある沖鈍糖業 も今後貿易の 自由化に伴V' ・ui・駆糖灘 との偶砂が鞭刻歩む加えて くる もの と思われるが、それに対処す るためには晶質の向上 とコス トの低減、生産 力の増血が髄鞘 で 掛る。をの掘進にあたっては糖米欧鮪のあ り方 と薦件戯家の積極的a=.産意欲がつ よ く要語 され ようo 2■ 骨 膵 戟 櫓 の 現 況 組啓の現況にふれ る舶

過童紅おける闇-脈盛業を臓 りか え ってみ よう0

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年淑糖法の伝来以後、甘源作は急速に伸びたが、それに払きかえ食粒 催物の栽噂両横は漸線 を辿 り食粒 の 自給 上 由々しき聞置であるとして時の王庁は

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年甘厳の作付画餅 を

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町歩に制限 した.

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年余に亘る作付制限は甘膿の有利性か らくる栽培の集約化 それにより 反当収監や産韓塵の増加をきた し甘煮伸 上大きなプ ラスになった とV,われてVlる. 明治

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年作付制限をてつばいす るとともに今まで故暦を許 さなか った離島に も僻付 を奨励 したため作付 両横 は急速 度に上昇 し、昭和4年には制限当時の

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倍で

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町歩の最高を記録 した。その後昭和

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年の経済不況 を境に年 ・k液反を 辿 り,昭和

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額には大東亜糖業対策委員会の指示把 より礁件画隈を

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町歩に縮小され 蝕余の面積は甘藷や大豆の 作付に対当封 甘食。 これは戦争を勝ちぬ くための食粒増産上当然の処置とvlえようQ 次に昭和12年以降5カ年間における件付簡鞭 と反 当止随 の関係 をみてみよう。 昭和13額矧 ま前年に此 し蘭横かこおいては

1

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反の施少に もかかわ らず 皮当収塵が前年に対 し

3

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/oo'も高vlため、そ の生産数に患V,ては

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%の増収 をきた しているO 昭和

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年期には前年に比 し両横

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反の増加 (比率転患いては6,%)にもかかわ らず 反当上旭 が前年一己比して

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も暁V,ため総盛産塵に患V,ては実に

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の大巾の液収となってV,る。 反当収畳の増減が 如

に生産塩にえV,きようを与 えるかがわかる。 昭和

1

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年以降甘煮栽培の推移をみると、収穫面積把盤いては大きな変動はみ られなV,が、反当収塵に著 るしい差が あるためその生産蕊に患V,て大きな開きを生 じ、昭和

1

3

年をピークに戦いたけなわになるにつれ反当収塵、崖産屋 とも に激減 を辿 っているO

(3)

池原 :沖 暴取 に お け る 甘 韓 栽 溶 第1襲 甘 庶 栽 培 の 推 移 (戦前) 1憾 野鼠 反 14凱473 14凱312 152,210 149.040 同 指 数 10】0 100 の ≡窮 脱 と 問 題 点 同 指 数 7,127 130 _・.・..・.・.・.・.・.・.・.・.__"

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1 備 考 ・(証) 昭和12、∴13年は糖莱小戦 、昭和14、15、16年披沖純鼎鼎年統計表に よるo 戦後 は塘菜の施設 、.設備 も全 く勲か ら立上 り種 々の閑雅 を克服 して施設 、設備の整臥 充実 と庶伸面疎の拡張につ とめた結果 、施設 も着 々主よとのV,薦僅両税 も年を追 うて増加 し,1951年には既把3・000町歩 を上廻

.

、1960年期虹は1 万町歩を突破す るに至 った。戦後1956年以降 5カ年間の推移は第 2薮の通 りで ある0 1956年以降4カ覇間に虫 ける薦作画環の伸びは散 々た る ものではあるが、1960額期は 前額に此 し9% (858町余) の大rPな増尿であるO. この5カ年間把1148町歩余の増反 ・(比率では12%)で これは仝耕地面積の患 よを2,5%に当って \ハるO 反当収塵 は1960年期は1956年に対 し60・%の増収で ,面積の増加 と相 まって捻鐘塵虚に患いては実に80%の増産をき た しているO 第 2数 甘 薦 栽 培 の 推 移 (戦後) 反 収 kg 3,960 4,416 5・8 59 60 指 数 100 112 131 鐘 鷹 魔: 屯 371,560 420.138 486,302 6.3・35 ∃ 16・0 】 ・667,302 指 数 100 pA:13 13 1 1.3.3 180 備 考 (嘗旺) 腺 策関係資料 (2号)及び座糖欄 による0 1957年新 らし く奨 励品種に指定 されたN:・Co・31・0、H.舶-390餌 il.960額期か ら80%以上の皆及準 を茄 してV,るO で は平均反収:8吃 (1・958年) を上廻 り台湾糖業 を濫 造せ しめたので 叡るO・沖縄に点いて もこの品機が金軌に100%の潜 及率 を示せば塵政 敵は とみに増加 し14万屯の米土への移出;目標の達成 もそ う遠 くはあるまい。 滅少 とな ってVlるO これ を地区別でみれば宮古 、八

蔑山

の両地区がlOOO戸以上の増加に仏をか え本鹿肉の 3地区はVづ れ も減 少 し、時に中部地区 に至 っては 3卦の 1以下 に激減 してV,る。 1960年の庶借農家の割合 を地区別にみれば第 塊毅の ように、.北部 、・中部の両地区が4割以下であるの陀対 し他の地 区はvlずれ も5r剤 を上廻 り、就 中宮 古地区はをの.比率 が巌 も高 く殆ん どの鹿家が甘廉を故皆 してV,るO

(4)

沖 縄 腔 ;穀 窮3轟 鹿 横 別 段 案: 数 (1960年)

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1巻 節 1・L%= (1962) 親 段 別 農 家 5---lo乱 守10-3.Oa i i i 30-50a 2,2d2 宇 1.8・34仙し 296 2,7舶 f 1,654 1 1r60 3,155 1 4,263 i,086 706 I 175 二 三 子 10.295 I 13.13,7 (派) 1、相対11刷二の膳件農 家戸数は膳某V,報 (昭和15年 )に よる0 2,1960勾三の燕作腔家数及びPD模別農 家数披騎業関係資料 (2号)に よる。

イし教

棄 率 と n_戸 当 頗 借 蘭

九 戸U lけ[

nllr粕

37/Oo/ 17.Oa 15.6 関 都 70 25.5 19.3 (防) 1,

解農家の割合は1960年の卦 2.南部離島の1戸 当膳件面積 申昭和14年 は南、北大東のみ、1960年は仲里 、具志 川、粟 国の3村 を含む 3.枚前は機業V噸 よ り,戦後 は糖業 関係資料 よ り算 出 謄附曲家1戸 当の甘

開塾両税 を戦前、戦後 対比 してみれば第4表の ように、北部、中部、南部の各地区は戦前に 比 して夫

々8

,%、36%、24%の減 少で あるが 、宮古 、八重山の両地区ではか え って増加 し 戦前に比 し夫 々12%,74%の 蛸庶 となっているOその大きな原因は、糖価の安定や大型工場の新設 、増設等に より甘廉階が有利に展 開 してきた こと に よるもので あろ う0 1960年糊の関都離商の平均が帽相14年期の4=・卦の 皿以下 とな っているが これはJt960春 期の平均 が南、北大東村の 外 に仰臥 具志 川、粟 国の3カ村 を合めての平均で あるのに対 し、脳和lJl年期 は蘭 、北大東両村 のみの平均で ある所に

因があるOをれ紅 して も1960年期の南 、北大東両村の平均は31514aだか ら昭和14年期に比 し27%の減反 とい うことに なる。金

平均に患いては1960年糊は昭和1新 聞 に比 して1戸 当 1aの増反で、僅か なが ら規模の拡大が見 られ るo 北 部地区壮大鎚製糖工場の新設以来-LLL地開発、荒ぶ地の解消、惟付の変 更などに よ り年 を追 うて両横の増加がみ られ るの で昭和14年揃の平均に到達す ることも至難でな く近Vt将来に実現す るで あろ うが 中部地区は軍の接収に より耕地面積 は 縮 少 され 、これ に代 る代替地 も少ないので昭和14年

-の回復は至蟹の ことと思われ るO 姐 陸別

r巨農家数は餅3糞3)ように10-30aの農家が巌 も多 く金牌宰農家の34/qc'で3分の 1以上を しめ、次vl で5-110aの戯家が

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,%、5a未満の鹿家が

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/で、30a未満の規模 の小 さい農家が80/oc'を しめてい る。100a以上の農家は約2%

(5)

他 県 ‥沖 縄 に お け る 甘 煮 裁 培 の 現 況 と 問 題 点 で、をの申83%が南部離島 (45%) と宮古 地区 (38%)で しめてV、るo 次に沖縄に急ける三大件物の収益 性 を.比載すれば第5菱の と怠 りで ある。純収益に患いては株出甘燕が もっとも蒔 く、第2位の夏植甘廉、第3位のパインに対 しそれぞれ52窄、92% も高 く、また 蕃植 甘燕に比べて3・6倍に当 り、最低の 水稲(1期,2期)に対 して実に10倍 を止遡 ってVlる。株 出甘煮の純収益が著 るし く高vl大きな原因は,謝笛鎖や耕 じよ、 で あろ う。. 家族労働報酬 も株出が高 く次いで差値 ,水稲 、パイン、春櫨の順で最高最低の間には29弗余の閃きがある.O 第5喪 主 要 件 物 の 収 益 性 1960年 (反 当) 株 (醍) 1.夏植僧`庶政1年に換算 、 ( )内の数字は雇 用労働 日数 を示す 2.水系凱 パイ ンは統計庁 、骨廉枚経済局の資料 より算出 1日当家族労働報酬 も株出が最高で 、パイン、夏櫨 ,春旭、水稲が これに次ぎ、最 低の水稲(1.44邦)壮秩比の

4

の1以下、夏 櫨 、rパイ ンの半卦以下である。株 出の1日当家族労働報酬の最高は家族労働報酬の最高 と家族旗下労働泉の 最 少に よ りもた らされた もので ある。 甘煮は戦前5カ所の大型工場 と185カ所の小型動 力二m場の原料 用 として も生産 されてV,たがその大部分壮戯家が 伊藤 栽培の一・連作業 として砂 陪皐 と称 する小 グル ープの共 同作業に よって3433カ所の畜力著 し く壮水力鱒踏工場で輿膳 され ていたO職 級は畜力製糖場が能率 、歩留の点で小型工場に劣 る と:して小型動力工場の新改 、切替 を奨励 してをたため各 地で馨 る しい増加をみたoその後砂糖の常葉が 倉蜜階かち卦蜜糖-の移行や コス トの衝で大劫動力工場が有利であると し大型工場の新設や拡 充が 目立ち嵐 丘に至 ってはむ しろ乱立 を思わ しめてVl.る。 砂糖工場は古来か ら勝家にお ける甘庶栽培の一環 として家族労働 力の利 用を 日ざ して中朝臓 で

施 されてきたが、 近 年に至 り砂糖工業が盛家の手か らぼなれ農家には原料の生産のみが残 され をの加工は もっぱ ら大弛工場把移 され卦菜 化が進んで きぬ 。それに よって農家按従来12月か ら3・4月に至 る最農繁期の砂糖製造の労力が栽培面に鍵申 され 技術の 改善や栽培の合理 化が 出来 ることと思われ るが その反面価格の点 では生産者た る鹿家 と工場

が対立 を生じ生産者が不 利の立場かこ点か れ る可能性かつ よV、O 去 る10月階業審議会決定の原料買収価格が農家の生産費 を下廻 る価 格で あるとして農民代表が 屯当価格の2弗引上 げ をつ よ く政府に申 し入れてVlることなどその一つの現われで あろ うO甘蕪 をめ ぐるかかる問題 は今後 とも起 る可能性 がつ よいので それ に対す る政府の善処が望 ま しvlo

(6)

神 細 腕 紫 飾乱聴 解 1鼻

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3 今 後 の 問 題 点 倉楯に滋 V,て聴2-3年来弼酵 走-F=r麻酔 との価格競食 紅 よ り田儀 件 をめ ぐり・色 々の問題がお きている よ うで あるが .. 榊剤もの甘

酢亀をれ醐 肘ぴる把つれて他の伸物 との競合成は番藤 との 関連 に潜 いて種 々の問題が患 こる こと主恩如れ る ので次にこれ らの

聞ノ矧につu・,て述べてみ よう。 那6衷

作 所 得 の 此 腰 (反 当) --: -L. 庶 当 収 慮k 1 .I959 19_6)_9

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頗醇刷 由の作物紅比べ て有刺である ことは既 に述べた通 りであるが 、 酬

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収益 、純収益 とも・に増 加 しているQ即ち

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衆の よ うに庶 当服盛におVI I,e拭樹iltL

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側調 号伸 ・に比 して 減収で あるが 粗収益に患いては夏櫨が19/qi、蕃値 が28%、陳情が9%の増加である0 -.万純収益にお いては前年に対 し1960年湖は夏櫨、春櫨 、抹 班がそれぞれ2.4倍、 3.5倍、2.2倍 と大仰な増加 とな ってV,るO 魂指を 購 件

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12 1 24 (閣:) 経済月訓

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術実蘭 よ り罫出0 1959年朋革脈興法が公布さ肺肝腔の 価格がやや安定 した ことお よび大型製糖工場が 各地区

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乃至2以 上の新設 をみ 兜 こと把 よ り遇儀の甘燕処理力滑 剤にな ったため源作熟 も高 ま 州

蘭横 も潜 る しく増加 してき挺。 薦作両横の増加 は1.960年朋は榊 即む として金流弾」句では9,%の増加にす ぎない鮒 9・61年期は前年に対 し 栗に29%の増加 とな っているO (196腫 脚 よ予想両親)地区に よ り増加率 に相当の差が あるO 北部 、中弧 八亜山の3地区が=18%以上の大巾

中びに対 し南部 、宮古の両地区ではZcの伸び披小さV,0 北部地区舶 9位0瑚 ヒ部&,L階IX二域の政 策開始糾 ナvl哲 として第 7莱3)よ うに薦栴両横組 側以上 も増加をきた したが こ の簡灘 の噌棚は荒ぶ地の離開や山地開発執 こよって主 としでr畔 こて きたが ,-一都 艶家に患 いては二毛作 田の燕固化 もみ られ る ようで あるO

(7)

池 尻 :沖 縄 に お け る 骨 燕 薙妃 浩 の 現 況 と 問 題 慮 水 田の薦固化 につ いては、 (柏 . 若い青年の都市進出が 目-IF.ち顧 欄が困難 にな ってきたので 、雇用労働 に依存度の商い 相 磯 に比べて)水稲 は甘贋 .i-りも不利である。 (2) ..稲借におV,て披適期作業 (田植 、.服か く等の)の実施如何が1随 に凝 血ぼす えいき ようが大 きいので雇 用労 働-の依存 度が甘贋 よりも高いO脚 廉は長期作物で あるので 各鰐業の適期のずれ は亜膏の長い期 間に取 りもどし収 監に 大きなえいきよ う按なvrので 飼家労働の みによ って各停叢 を切抜 け ・(多少卓蝕 くれ て も)・雇 用労働 ktTL-必要 としないo収 か くの如 く一時に労働 力の集 中を必要 とす る場合で もモれ は短時間なのでゆV悌 働 把 よって切抜けることが可能で ある 以上二つの理由をあげているが 、 しか し甘燕に患V,て も適期 作業の励行如何が服

に潜 よぼすえvlき ようの大きい こと.は試 験場の試験結果 に徴 して も明 らか なので この適期僅業云 JTの問題は潔 く反省 さるべ きで あう・うO 第2の問題点 は経営内部にお ける土地利用の適正化の関越で あるO 先ず薦揮率につV,て戦前 、戦後 を対照 してみれば第8菜の ように戦前は昭和4轟の32%を最高に年 jq減少 しほぼ25-26 %の線 に患ちつ いてい る。戦後のをれ は1956年以降3カ年は漸減 、それ以後漸増の傾 向にあ って1960年 期は 23% と戦前 の線に近づ きつつ あるO これ接収日登両 院の比率で あるので8.9月か ら11月頃までの製糖開始前の比率 はお をら くそれが 倍 また はそれ以上になる もの と思われ る。 第8素 顔 酵 率 簾 推 挙 (醍) 1..庶倍率 1957 E 1 95.8 _____- _- ___.._・..-J-._._- .- -_lh 22.1 E 21.2 薦沼堰 蘭 2・戦前の卦は糖莱 小鞘 よ り、戦後の ものは糖弟 関係 耕地面横 弓劉埠 (2号) より罪 牲'" 常音地区は戦前20・%前練の源作率が 戦後の・1960年期枕32% を.」=廻 り金桃の凝滞 を示 してVlるOまた辿瑚 絹地以前の 3.-4カ 月間は80%以 上を責めてV、る とV,うこよである.0 NニCo.3・1.0の再生力 む利用 して番権威は夏櫨の3-4年並統棟班 も舵kL'.す るもの と予想 され るが、1戸当輔地

横の零細 な沖縄に潜いて舶両横の3分の1=R .し く娃それ以上が塵宵期間の長い甘僻によ って盛

閉店有 され ることは、食糧や家畜 飼料の 自給上支障をきた し蔑産の振興 を阻む襲園 ともな りかね 致V ,・。

猶の作付

横が敵艦著 しく減 少 し、1960年は 1955年 に対 し33,%、前年に比 し13%の轍庶 となってい る。 この減反漸掛は他作物への転換 も考 えられ るがをの大部卦が 庶園にかあった もの 2:思われ るO (しか し減反

掛の何%が胸

化 したかは不明で あるo) 報搾両横の綴少を反き鋸牧鼠 によって カバー し生産塵の増加をきたせば ともか く第9衆に よればむ しろ皮当Ll黒鼠も漸 減の傾 向にあるので両横の減 は生産盛の瓶 を乗た し将来養豚の振興上大きな閉欄で あるQそれにつVlて土地利用北畠敦 盛借物の僻付比率 は今 後ど うあるべ きか とい う・・こと怯沖縄盛業の問題点 として大き く〕聴上げ .らるべ きでは数か ら うか。 鮪 3の問題点壮健付 時期別甘寮の比率で あるO節10嚢 に よれば19F56年以

劇 嘘の比率が種々増加 し1960年紅は61% の高率 を責めてV、る.O 製糖の全期間む通 じ上質 、均等の砂糖 を亜鹿す ることは製糖上大切な免件で あると思われ るが・,.夏植 把偏する と搬 糖の全期間 を適 にて止質 、均等の亜塵盤 よび製糖期間の延長 (出来 うれば周年徴糖〕K,よる コス トの低減 を吐か ること はむつか Lv,・ことと監 うO夏縫 、審縫 、棟班の比率 を適正 にす るととも紅をれ 匿配す るに早鈷 晶稽 (台湾では9・ヵ月間

(8)

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■蘭 の 品櫛改 良の面で あ るo 沖

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か晶櫛 は戦前 、戦 後 を-通 じて外 国か らの 導入 品 種で あ るが .軸 組の緊 候 、土 質 に適 した 品 種が

来 耽V,ものか 、を姉 に よって塵塵 盤の増 加 も晶質の 向上 も可能 で は あ る敦V'か O 歯隙で は階 前か ら台糖 自体で膏 成 した優良 品 種が あ った しまた 戦後 は導 入品健 のN:Co

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池 原 二沖 縄 に お け る 1才 蕉 栽 塊 の ヨ究 脱 と 打嘗I題 月詣 り、また1962年期か ら枚更に新設や拡張で1000伯の増加が計画されてV,るようであるので1962年期の仝x場の・処潮 巨カ は100田操業 とすれば実把120方屯以上の原料庶茎が必要 にな って くるoそれ に見合 う燕茎の銀座魔 は、仮 に反当J・l嘘 を 1 8屯 として も収穫面積 は1.伍万町歩以上 を必要 .とす るが 果 してそれが可能であるか忠,Zcら くここ/1,5年間隙披至難の聞題 で あろ うo現在大-型.工場の乱立を思わ しめているが将来 は貿易 自由化 に対処す るための コス トの低減 と品質の向上が蛋 要 と思われ るがその願5000屯以止の大型』二場の経営が有利ではなか ろ うか. 第11薮 製 糖 場 施 設 1960年 (.I) 小 童型 工 場 ・(2) 大 型 工 場 金 琉 (醍 ) 糖業 関係 資料

(2

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L.450ク 計 n250ク E 計 4 屯p す

以上沖縄 に虫柑 る甘薦栽培の現況 と4:・の閉髄嵐 について検討 してきたが、戯コ二卦僻による鹿渡者側 と工機剛の糖欄 をめ ぐる対立 は今後貿易 圏繭化把 ともない致す 致す撫刻化す る もの .と予想 されるが 、これ に対す る政府の批難の あ り方 如何が糖英の掘輿 を大き く左右す る もの と思 う。 沖縄の糖菜は永二土の特恵措 置によって個嗣 な発輿をとげてきたので来二生の甘味殊源滞胎計画の中に逝 ける1.4万 艦の 輸出 F=1樺 の達成は沖純陳 策に課 された義務 とvlえようD この 目標達成のためには

作樹種の増加潜 よび薬餌曹技術の改歯 多収品種の育成紅 よる反当1虻艶の増加 をはか る必饗があるOそれ によって所得の増大 も可能 にな り放た他産業二.との河閥 の均衡 も実現す る もの 且思われ る。 静 碑 文 胞 だ 1. 沖 縄 県 盛 会 編 'j・940 2. 琉 球 政 府

画 統 計 局 ]959 3. 同 .上 196・1 4.琉 球 政 肘 経 済 局 195眉 5V 同 _f二 1961 牌 享匿

封臣味統計年鑑 (賃

A.回) 琉球統計 月報 (72)(78) 沖縄県周年統計表 糖 莱 関 係 幣 料 (2号)

参照

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