インドにおけるアパレル・クラスターの現状 -- ル
ディアーナーとティルプルのケース・スタディを通
して (特集 インドにおける農工連関)
著者
藤森 梓
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
212
ページ
10-13
発行年
2013-05
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00003707
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世界とインドの
アパレル産業の現状
二 一 世 紀 に 入 り、 世 界 の 繊 維・ アパレル産業は大きな変革期に入 りつつある。 とりわけ、 長年に渡っ て世界の繊維貿易を規制してきた 多 国 間 繊 維 取 極( Multi Fibre Arrangement : M F A) が 二 〇 〇 五年に撤廃されたのを機に、世界 のアパレル貿易の構造は大きく変 化している。これにより、途上国 に対する輸出数量規制 (クォータ) が廃止され、世界のアパレル市場 における新興国のシェアが大幅に 拡大することになった。図 1に示 したとおり、アジアにおいては一 九九〇年代後半より、中国やバン グ ラ デ シ ュ が 輸 出 を 伸 ば し て い る。 このようなグローバリゼーショ ンが進む世界のアパレル産業のな かで、インドのアパレル産業はど のような状況に置かれているので あろうか。世界のアパレル貿易に おいては、中国やバングラデシュ な ど の 輸 出 シ ェ ア 拡 大 に 対 し て、 インドの輸出シェアは二〇〇〇年 代以降、約三%の水準で推移して いる。こうしたなかで、インド政 府は、二〇〇〇年に繊維産業政策 を公表し、アパレル産業の国際化 戦略・輸出志向型の産業への転換 を示している。さらにインドアパ レ ル 輸 出 振 興 庁( Apparel Ex -port Promotion Council : A E P C ) の 政 策 目 標 で あ る “ AEPC V is io n 2 0 1 5 f o r th e A p p ar el Sector ” のなかでは、二〇一五年 までのアパレル産業のコンスタン トな成長が目標に掲げられ、世界 市場において最低でも五・三%の シェアを確保する方針が示されて いる。こうした流れのなかで、イ ンド国内では近代的な大規模工場 が 集 積 す る 経 済 特 区( Special Economic Zone : S E Z ) や テ キ ス タ イ ル・ パ ー ク を 創 設 し て、 世界のアパレル貿易のなかでプレ ゼンスを高めようとする動きがあ る。 その一方で、インドのアパレル 産業の大部分を占めているのは従 業員数が一〇名前後の小規模事業 所である。インドのアパレル産業 がこうした小規模事業所を中心と した構造となった背景には、イン ド政府が「生産留保制度」と呼ば れる独特の産業政策を採用し続け て き た こ と が 大 き く 影 響 し て い る。この「生産留保制度」の下で は、 「 留 保 品 目 」 と し て 指 定 さ れ た製品の生産については、小規模 工 業 部 門( Small Scale Indus -try : S S I、 土 地 や 建 物 以 外 の 総資産額が一〇〇〇万ルピー以下 の事業所) のみに許可が与えられ、 大 企 業 の 参 入 が 規 制 さ れ て き た。 アパレル製品に関しても、二〇〇 一年までは「留保品目」として指 定されていた。 こうした規制の下で、インドの アパレル産業は独特の生産体系を 持つようになった。各事業所は特 定 の 生 産 工 程 に 特 化 し、 垂 直 的・ 水平的な産業連関を通して結びつ く こ と に よ っ て、 包 括 的 な 生 産 ネットワークを構築してきた。と りわけ、インド国内のアパレル産 業 は 一 二 の 産 業 ク ラ ス タ ー( ル ディアーナー、ティルプルのほか にコルカタ、ムンバイ、インドー ル、ベラリー、ジャイプール、ベ ンガルール、チェンナイ、NOI DA、グルガオン、オクラ)に集 約されている。これら一二のクラ スターは、二〇〇八年時点で、イ ンド国内のアパレル製品の生産額 の約八九%を占めている ( Appar -el E xp o rt P ro m o tio n C o u n cil (2009) 、 参 考 文 献 ① )。 デ リ ー や ベンガルールなどの一部の近代的 クラスターを除けば、クラスター を 構 成 し て い る の は 伝 統 的 な 生 産・経営スタイルを保持し続けて 2011 2010 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 40 35 30 25 20 15 10 5 0 (%) インド 中国 バングラデシュ 図1 世界アパレル市場におけるアジア 新興国の輸出シェア (出所)WorldTradeOrganisationウェブサイト(http://stat. wto.org/Home/WSDBHome.aspx)(2013年3月5日ア クセス)藤
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いる事業所である。 こうしたインドにおける伝統的 なアパレル・クラスターが、近年 の経済グローバル化の影響をどの よ う に 受 け て い る の で あ ろ う か。 ここでは、インドの伝統的なアパ レ ル ク ラ ス タ ー で あ る、 パ ン ジャーブ州ルディアーナーおよび タミル・ナードゥ州ティルプルの 現状について、二〇一一年八〜九 月および二〇一二年八月に行われ た現地調査の結果に基づいて、そ の 特 徴 を 明 ら か に す る と と も に、 これら二つのクラスターの現状に ついて比較をしてみたい。
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ル デ ィ ア ー ナ ー ・ ク ラ ス タ ー の 概 要 ルディアーナーは、デリーから 北西へ約三〇〇キロのパンジャー ブ 州 中 心 部 に 位 置 し て い る。 ル ディアーナーは、アパレル産業の みならず、鉄鋼業や農業機械産業 なども集積する北インドを代表す る 工 業 都 市 で あ る。 ル デ ィ ア ー ナーのアパレル産業は、ウールの 産地であるヒマラヤ地方に近いと いう立地条件を生かして、 ウール ・ ニット製品や冬物ジャケットの生 産中心に発展を遂げてきた。 こうした、ルディアーナーの工 業化の歴史は、インド独立時まで さ か の ぼ る。 一 九 四 七 年 の イ ン ド・ パ キ ス タ ン の 分 離 独 立 に よ り、パキスタン領に編入されたパ ンジャーブや国境付近から企業家 や労働者がルディアーナーに流入 し、工業が発展したといわれてい る。二〇世紀後半におけるルディ アーナーのアパレル産業は、地理 的な条件を生かし、旧ソ連や東欧 諸国への輸出を通して発展を遂げ た。しかし、一九九一年のソ連崩 壊により、ルディアーナーのアパ レル産業は大きな打撃を被ること になった。このような危機に直面 したルディアーナーのアパレル事 業所は、主な供給先を国内市場に 転換し、 新たな市場開拓を進めた。 この時に重要な役割を果たしたの が、アパレル事業者によって構成 さ れ る 協 同 組 合( Manufactures Association )である。 ルディアー ナーのアパレル事業者は、協同組 合の下に協力関係を築き、国内市 場 へ の マ ー ケ テ ィ ン グ を は じ め、 共同での展示会の開催や情報交換 な ど を 行 っ て き た。 ( T ewari (1998) 、 参 考 文 献 ② ) こ う し て、 ルディアーナーのアパレル産業は 奇跡的な回復を遂げ、インド有数 のアパレル・クラスターへと発展 した。そもそもインドのアパレル 市場は、伝統的な流通システムの 存在や小売業へのFDI規制など の存在により、国内企業にアドバ ンテージがある。このような状況 を生かして、ルディアーナーのア パレル産業は、安定的な国内市場 の需要を背景に着実な成長を遂げ ている。 また、ルディアーナーのアパレ ル産業の強みとして、北インド地 域 か ら の 豊 富 な 労 働 力 供 給 が あ る。とりわけ、ビハール州やウッ タール・プラデーシュ州などの農 村からコンスタントな人口流入が あるために、ルディアーナーのア パレル企業はこれらの安価な労働 力を利用することができる。こう した、州間労働移動が発生する背 景 に は、 農 村 と 都 市 の 間 の 人 的 ネットワークが機能している。ル デ ィ ア ー ナ ー の ア パ レ ル 事 業 所 は、ウール・ニット製品などの冬 物 衣 料 を 主 に 生 産 し て い る た め に、冬季に操業を停止する事業所 が多い。この時期に、アパレル産 業で従事している労働者は、それ ぞれの出身地へ帰省するケースが 多い。以上のように、ルディアー ナ ー と 農 村 の 間 に 存 在 す る 人 的 ネットワークを利用して、ルディ アーナーのアパレル事業所は労働 力をビハール州やウッタール・プ ラデーシュ州から調達している。 以上のような特徴を兼ね備えて いるルディアーナー・クラスター であるが、近年は大きな構造変化 を遂げようとしている。 ひとつは、 生 産 工 程 の 内 部 化 の 進 展 で あ る。 とりわけ、二〇〇一年のアパレル 関連製品への留保品目指定の解除 により、各事業所の規模拡大は進 んでおり、生産工程がひとつの工 場 内 に 集 約 し つ つ あ る。 加 え て、 これまでアパレルの事業所の立地 についても、従来の市内中心部の 工場が密集した地域から、広大な 土地を確保できるルディアーナー 郊外の農村と隣接する地域への移 転が進んでいる。●
ティルプル・クラスターの
概要
ティルプルは、南インド、タミ ル・ナードゥ州の内陸部に位置す る工業都市である。ティルプルの 北 側 に は、 「 コ ッ ト ン・ ベ ル ト 」 と呼ばれるインドを代表する綿花 生 産 地 帯 が 広 が っ て い る。 ま た、 ティルプルから西に三〇キロほど 行 け ば、 「 イ ン ド の マ ン チ ェ ス ター」と呼ばれるインドを代表す る工業都市であるコインバトール がある。コインバトールは、イン ドにおけるパワールームの代表的 な集積地である。こうした、豊富 な原材料生産地に近接して、ティ ルプルはコットンを中心としたア パレル製品の生産拠点として発展 を遂げてきた。 ティルプル・クラスターも、他 のインドの典型的なアパレル・ク ラスターと同様に、小規模事業所 が大部分を占めている。しかしなインドにおけるアパレル・クラスターの現状 ―ルディアーナーとティルプルのケース・スタディを通して―
れ る 割 合 は 七 四 % と こ の よ う な 特 徴 は、 い ル デ ィ ア ー ナ ー・ 場 へ の 輸 出 が 始 ま っ 会( Tirupur Export ) を 中 心 に、 積 極 的 ケ テ ィ ン グ が 展 開 さ r E xp or t A ss oc ia tio n 。 の、 「柔軟性の高さ」である。ティ ルプルのアパレル輸出企業は、ク ラスター内に集積する小規模事業 所 へ の ア ウ ト ソ ー シ ン グ を 通 し て、変動の激しい国際市場の需要 に対して柔軟性の高さを生かしつ つ生産量を調整してきた。 さらに、 細かなデザインのオーダーに対し ても、小規模事業所のネットワー クの強みを生かして柔軟に対応し てきた。上記のような生産スタイ ルは、大規模工場での大量生産を 行っている中国やバングラデシュ の ア パ レ ル 産 業 と は 大 き く 異 な る。このようにして、二〇〇〇年 代以降、ティルプルのアパレル製 品の輸出は着実に成長を遂げてき た。 ティルプル・クラスターの労働 者 に 関 し て は、 伝 統 的 に タ ミ ル・ ナードゥ州内の農村部出身者が大 多数を占めている。これは、北イ ンド全体から労働者を引き寄せて いるルディアーナーの状況とは大 きく異なる。ティルプル・クラス ターにおいて労働者の多数を州内 出 身 者 が 占 め て い る 要 因 と し て は、言語や文化の問題、さらには 交通・社会インフラの不完備が影 響しているものと思われる。 しかしながら、ティルプルの状 況 は 大 き く 変 化 す る こ と に な る。 そのきっかけのひとつは、二〇〇 八年以降の世界同時不況の影響に よる海外からのオーダーの落ち込 みである。図 2にティルプルから のアパレル製品輸出額の推移を示 している。これにより、二〇〇〇 年代半ば以降、順調な成長を遂げ ていたティルプルのアパレル製品 の輸出が二〇〇八年以降停滞して いることが理解できる。このよう な 大 規 模 な 経 済 シ ョ ッ ク に 対 し て、ティルプルのクラスターを構 成する小規模事業所の多くは、経 営 を 持 ち こ た え る こ と が で き ず、 閉 鎖 に 追 い 込 ま れ る こ と と な っ た。 これに加えて、公害問題の表面 化と環境規制の強化もティルプル のアパレル産業に大きな影響を与 えている。 二〇一一年一月二八日、 マ ド ラ ス 最 高 裁 判 所 の 判 決 に よ り、ティルプルの染色・漂白事業 所からの排水に対して、一定の汚 水処理が求められた。こうした規 制強化を受けて、汚水処理装 置へ投資する余力のない小規 模の染色・漂白事業所が操業 を停止する事態となった。こ の、排水規制の強化は、アパ レル製品の生産における一工 程 の 欠 落 を 意 味 す る と と も に、 クラスターの強みである、 バリュー・チェーンの崩壊を もたらした。 このように、二〇〇八年以 降の世界的な不況と、環境規 制の強化により、ティルプルにお いては、インドのアパレル産業の 強みでもある、小規模事業所によ る柔軟な生産活動が行き詰まるこ ととなった。こうした危機を受け て、ティルプルのアパレル産業は 大きく構造変化を遂げようとして いる。とりわけ、インドのアパレ ル 産 業 の 特 徴 で あ っ た、 ア ウ ト ソーシングを基本とする生産体系 から、各企業がすべての生産工程 を内部化する、生産工程集約型生 産への転換が見られる。先にも述 べたように、経済危機や環境規制 の強化によって、染色工場をはじ めとする脆弱な財政基盤の小規模 事業所が閉鎖に追い込まれた。こ のように、ティルプルにおけるア パレル産業のバリュー・チェーン が崩壊しつつあるなかで、従来の 生産体制の下である一定の品質を 保ちつつ、納期に間に合わせて生 30 25 20 15 10 5 0 2011 −2012 2010 −2011 2009 −2010 2008 −2009 2007 −2008 2006 −2007 2005 −2006 2004 −2005 億USドル 図2 ティルプルからのアパレル製品 輸出総額 (出所)TirupurExportAssociation(2011)およびReserveBank ofIndiaウェブサイト(http://www.rbi.org.in/scripts/ PublicationsView.aspx?id=14502)(2013年3月5日ア クセス)より筆者作成。
産を行うのは容易ではない。 さらに、労働市場においても大 きな変化が起こっている。ルディ アーナーと同様に、ティルプルは 近年、深刻な労働力不足に直面し ている。加えて、従来はタミル人 がティルプルのアパレル産業にお け る 労 働 力 の 中 心 を 占 め て い た が、とりわけ、二〇〇〇年代後半 以降は、北インドや東インド(オ リッサ州やビハール州、西ベンガ ル州など)からの労働者の流入が みられるようになった。この要因 の ひ と つ と し て 考 え ら れ る の は、 高速道路網の整備である。とりわ け、二〇〇五年より始まった北イ ンドとタミル・ナードゥ州内陸部 を 直 接 結 ぶ、 南 北 回 廊( North-South Corridor ) の 整 備 は、 イ ンド南北の労働移動を促進させた と考えることができる。 このように、二〇〇〇年代末以 降の国内外の情勢の変化で、ティ ルプル・クラスターは大きく変化 を遂げようとしている。
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インドのアパレル・クラス
ターの今後の展望
以上でみてきたように、インド における代表的なアパレル産業の クラスターでは、小規模事業所の 集 積 と そ れ ら を 繋 ぐ バ リ ュ ー・ チェーンのネットワークが機能し てきた。こうしたクラスターの構 造は、インドのアパレル産業の強 みでもある、 「柔軟性の高さ」 を生 かして、激しい需要の変動や多様 かつ複雑なオーダーにも対応して きたといえよう。また、農村と都 市 と を つ な ぐ 強 力 な 人 的 ネ ッ ト ワークを通して、アパレル産業に 安価な労働力を供給している構造 も、インドのアパレル産業の特徴 である。 こうした強みを活かして、 インドのアパレル産業は、激しい 国際競争の中を生き残ってきたと 考えることができる。 しかしながら、こうしたインド のアパレル産業独特の強みは、近 年、大きく変化を遂げようとして いる。 なかでも、 ティルプルのケー スでは、世界同時不況や環境規制 な ど の 外 的 な シ ョ ッ ク に 対 し て、 インドの伝統的なアパレル産業の 脆弱性が露呈した。 また、世界同 時不況の影響が少ないルディアー ナーにおいても、永続的に国内市 場における強い立場を維持できる かどうかは不透明である。 とくに、 FDI規制のさらなる緩和や交通 インフラの改善などを通して、今 後は中国やバングラデシュなどか らアパレル製品が市場に流入する 可能性も十分に考えられる。こう した状況を踏まえて、ルディアー ナーやティルプルでは、アパレル 産 業 の 構 造 変 化 が 起 こ り つ つ あ る。とりわけ、インドのアパレル 産 業 の 特 徴 で あ り 強 み で も あ っ た、 「 小 規 模 事 業 所 に よ る 柔 軟 な 生産体系」が変化しつつあること を、両クラスターの現状分析を通 して確認した。 労働市場に関しても、両クラス ター共通の問題として、深刻な労 働力不足に直面していることが明 らかとなった。こうした労働力不 足の背景には、インドの経済成長 による農村地域の所得上昇が大き く影響していると考えられる。事 実、インド最貧州のひとつである ビハール州の州内総生産額は、二 〇〇九〜一〇年以降、一〇%以上 の高水準で推移している。 加えて、 政府が実施している貧困削減政策 の 影 響 な ど が 大 き い と 考 え ら れ る。とくに、全国農村雇用保障法 ( N a tio n a l R u ra l E m p lo ym en t Guarantee Act : NREGA)に よる貧困層への雇用対策や公共配 給 制 度( Public Distribution System : P D S ) に よ る 食 糧 供 給などにより、農村においても一 定水準の生活は保障される。その 一方で、国内の交通インフラの整 備によって、人の移動がスムーズ になり、インド国内全体の労働市 場が流動化しつつあるという可能 性も考えられる。 いずれにしても、 こうした労働力不足とそれにとも なう賃金の上昇は、他のアジア新 興国との間の価格競争を考えるう えで、大きな足かせとなることが 懸念される。 いずれにしても、これまで伝統 的な構造を保ち続けてきたインド のアパレル・クラスターにおいて も、グローバル化や自由化の波が 押 し 寄 せ て い る。 そ れ に 対 し て、 インドのアパレル・クラスターも 遅ればせながら、徐々に構造変化 を し つ つ あ る こ と は 確 か で あ る。 今後、さらに激しくなるアパレル 市場を巡る競争のなかで、インド の伝統的なアパレル・クラスター の変化の動向 は 注 目 に 値 す る 。 ( ふ じ も り あ づ さ / 大 阪 成 蹊 短 期 大学 ) 《参考文献》 ① A p p a re l E xp o rt P ro m o tio n C o u n ci l 2 0 0 9 . In d ia n A p -p ar el C lu st er s: A n A ss es s-ment. ② T ewari, M. 1998. “Intersec -toral Linkages and the Role of the State in Sharping the C o n d iti o n s o f In d u st ria l A c-cu m u la tio n : A s tu d y o f L u -d h ia n a ’s M an u fa ct u rin g In -d u str y ”, W or ld D ev el op m en t, 26(8). ③ T ir u p u r E xp o rt A ss o cia tio n (T E A ) 2 0 1 1 . T ir u p u r C lus-ter: A Success Story.