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学校教育における「性・ジェンダー」に関する指導法研究 (Ⅱ) ―人権教育と教科書検定,大阪府の教員の意識改革から―

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学校教育における「性・ジェンダー」に関する指導法研究(Ⅱ)

―人権教育と教科書検定,大阪府の教員の意識改革から―

A Study of Instructional Techniques for Gender and Sexuality in

School Education (Ⅱ)

Human Rights Education and Textbook Authorization, Aiming at Raising Awareness of Teachers in Osaka

-矢野 正

Tadashi YANO

要旨(Abstract) 本論文では,前回に引き続き,大阪府教育庁が作成した教職員向けの啓発冊子についての事例報告及び分析・検 討,ならびに新学習指導要領下の教科書検定にみる「性の多様性」等に関する教育の現状と課題を報告することを 試みたものである。 これまでに,日本の「性」や「ジェンダー」に関する教育と方法が,かなり遅れていることやタブー視されてき たことが,多くの先行研究などによって指摘がなされており,学校教育におけるその現状と課題を,前回に引き続 いて考察することを,本研究の目的とする。 これまでの小・中学校の学習指導要領では,性行為やセックス,避妊等を児童生徒に具体的に教えることまでは 触れられておらず,触れてはいけないとさえ感じる教師・教員も多いだろうと,容易に推察される。このように, 妊娠の過程やプロセス及びその経過を教えられない学校現場だけに,「性」に関する教育を任せるのは,判然としな いかつ忸怩たる思いである。また,今次学習指導要領の改訂により,性の多様性や性差別の解消について学ぶこと のできる教科書も,少しずつ出始めてきている。 なお筆者は,大阪府下の I 市の男女共生参画推進審議会の委員を,これまでに 3 期 6 年にわたって務めてきてお り,この度,第3次 I 市男女共同参画計画の改定作業に携わった。そこで改めて,大阪府の教職員に関する意識改 革の状況と課題についてもここで報告し,今後の指導の一助とすることにしたい。 キーワード:性教育,性の多様性,性的少数者,人権尊重,生徒指導・教育相談,教員の意識改革

Key words:Sex Education,Gender diversity, Sexual Minorities,Respect for Human Rights,Student Guidance / Educational Consultation,Teacher Awareness Change

Ⅰ.目的と方法 筆者は,長年にわたって初等部教諭としての保健体育科教育の実務経験及び保健室の先生である養護教諭の養成課 程において「保健科指導法」を主に担当してきた。よって,日本における「性」をめぐる教育については,数多くの 疑問や課題があることを認識及び把握してきている。また,それらを幼児児童生徒をはじめとした子どもたちに対し, 具体的に教える方法やタイミングの難しさも,いろいろと痛感してきたことも事実である。 これまでに,これが最も良いというような指導事例が確立されているわけではない。末尾に列記した先行研究等に おいても,これまでそのことの多くが指摘されてきているし,その改善に向けて前向きなものから若干の否定的なも のまで,さまざまに挙げられて述べられている。性教育に関わる内容での「避妊の方法」や「不妊症への対応」など

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は,海外では広く一般化され教育システムに位置づいているのに対し,日本の現状はというと,保健体育ですら具体 的で踏み込んだ内容には必ずしもなっておらず,扱ってもいない学校等も散見される現状である。 また,日本における女性差別・男女格差というものは,今なお存在している。世界的な潮流に沿って特にそれが顕 著なのは,政治や経済分野での女性進出であろうと思われる。嘆かわしいことに,日本はというと先進国ながら大幅 に遅れているといってもよい。この辟易となる男女格差の実態というものは,女性差別意識の結果とも言えるのでは なかろうか。 ここで,「ジェンダー・ギャップ指数」についても言及しておく。「ジェンダー・ギャップ指数(略称は,GGI)」と は,世界各国の社会進出における男女格差を示す指標のことである。世界経済フォーラム(WEF)が毎年発表しており, ランキング形式で順位付けされ公表されている。この男女平等の度合いについては,4 分野(経済(女性の経済活動の 参加と機会)・教育水準・保健(出生率や健康寿命)・政治(女性の政治参加))における状況を総合的に評価する ものである。世界各国の男女の格差を数値化するため,「男女平等ランキング」ともよばれている。なお,日本の 2019 (令和元)年時点での世界ランクはというと,153 ヵ国中 121 位であった。2018(平成 30)年は,110 位だったもの のそこからさらに順位が落ち,主要 7 カ国(G7)内では,何とあろうことに最下位であった。 したがって,まず大阪府の教育庁が作成した「性教育に関する教職員向けマニュアル」について紹介し,今次改訂 の学習指導要領(2017)に基づく教科書検定及び採択の行方と問題点,今後の教員の意識改革や指導法の在り方の研 究材料に,大いに役立てたいと考える。 Ⅱ.結 果 1.資料の概要と内容:大阪府教育庁作成の教職員向け啓発冊子について 多様な性を生きる子どもたちが安心して過ごすことができるような学校及び教育現場にしようと,大阪府の教育庁 が教職員向けの啓発冊子『性の多様性の理解を進めるために(2020 年 4 月)』を作成している。教職員が子ども一人 ひとりに寄り添って適切に対応できるよう,正しい知識と理解を深めることが狙いである。そこにある対応例を,Table 1 にまとめて示した。 子どもたちにきちんとした「性教育」をする教職員が正しい方向性や姿勢・態度を持ち,子どもたちにその教育を しっかりと推進・展開する必要性がある。本冊子は,全 11 頁で構成されており,冊子ではまず,「性自認(自分の性 別をどう認識するか)」や「性的指向(どんな人に性的な魅力を感じるか)」など,多様な性を表すための言葉の説明 から始まっている。大阪府の教職員に基礎的な理解を踏まえてもらったうえで,同性愛者や両性愛などに対し「思春 期の一時的なこと」や「すぐに治る」といった言葉かけをしないように求めているものである。 また本冊子では,子どもが相談できる信頼関係の構築や情報管理の徹底も求めている。さらに,生まれた時に決め られた性別とは違う性別で生きようとする「トランスジェンダー(Transgender)」の子どものための制服や水着の着 用,トイレや更衣室の利用に関する配慮などにも言及している。男女のうち,本人が望むほうに合わせるか,男女の 別によらない個別の方法をとるかなど,それぞれの子どもの意向や意見を丁寧に聴いて,保育や教育の現場で柔軟に 判断する大切さや重要性を示しているものである。ぜひ,これから教員になる諸君にも参考にしていただきたい資料 である。

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Table 1 性の多様性を意識した教育現場での対応事例 ・性的マイノリティーの幼児児童生徒が周りにいないのではなく,言えずにいる幼児児童生徒がいることを常に 考えて,保育・教育に当たること。 ・「みんなの中にもいるかもしれないよ」などの言葉かけは,誰が当事者か憶測を呼ぶこともあり得るので,十分 に配慮をすること。 ・子どもから相談を受ける際には,本人が話しやすい環境をつくること,本人がどうしたいのかしっかりと聞く ことを心掛けて,適切に対応すること。 ・時に,命にかかわる問題でもあり,相談してきた幼児児童生徒の秘密はしっかりと守られるような情報管理の 徹底を行い,心がけること。 ・トランスジェンダーの幼児児童生徒に配慮する条件として,病院の受診や診断書の提出を求める必要はないこ とに留意する。 ・通称名(本人の希望する名前)を使えるようにすること。 ・性自認に合わせた教育活動や部活動に,自由に参加できるようにすること。 (筆者が,一部改変) 2.LGBTs に対する教師の心得について 性的少数者の幼児児童生徒を理解し,適切な対応を学ぶための DVD『LGBTs の子どもの命を守る学校の取組』が,こ のほど完成された。日高康晴(宝塚大学看護学部教授)氏が監修したもので,全2巻となっており,文部科学省特選 となっている。同じく『初めて学ぶ LGBTs』も刊行されており,こちらは文部科学省選定である。 第1巻は,「危機管理としての授業の必要性」である。体は男性として生まれたが,性自認(自分が思う性)は女性 の生徒が学校に来やすいよう,担任教員が同僚らを説得しながら学校の対応を整え,授業を行うという内容である。 現場の先生の声をもとに,その構成が丁寧に考え練られて編集されている。 第2巻は,性や性的少数者について考える授業を行う先生が主人公となり,前半は,してしまいがちな「失敗」例 が物語形式で描かれている。そこでは解説を適宜挟みながら,後半はあるべき対応が示されている。例えば前半では, 先生が生徒に性的指向などを紙に書かせたところ,後ろからのぞき見した生徒によって,ある生徒の性的指向が暴露 される事態となった。後半では,絶対に紙に書かせないようにすると伝えた後で,性自認や性的指向,性別表現は単 に男女で二分されず,グラデーション(Gradation)であることの説明も加えられている。 近年,性的少数者の幼児児童生徒をめぐっては,文部科学省が 2015(平成 27)年に通知を出しており,教員向けの 研修が行われるようにもなっている。ただ,子どもたちへの授業展開や実践はというと,やはりハードルの高さを感 じる先生や教職員もいるのも,残念ながら周知の事実であろう。 3.性別欄の記入を考える 大阪府 I 市の男女共生参画推進審議会では,2019(令和元)年度の 2 回の審議会の会合において,市役所に市民が 請求・開示などする全ての書類・文書に対し,性別欄の記載が本当に必要かどうかの総点検を実施し,多くの書類に おいて,その記載が不要であることを提起し,性別欄の書き込み箇所の撤廃に向けての取り組みを,推進・加速させ た。

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さらに 2020(令和 2)年度に入り,「書類審査で,性別による差別を助長することに」「トランスジェンダーが,採 用面接でカミングアウトせざるを得ない状況になる」など,就職活動で使われる履歴書から「性別欄をなくして」と 求めていた声が,ようやく日本政府や日本規格協会に届く形で,経済産業省も「個人属性を問うことは適切ではない」 との認識のもと,日本規格協会に指導を行い,同協会は性別欄や写真欄などがある履歴書の「様式例」を完全に削除・ 撤廃された。 この「様式例」は,履歴書を販売するメーカーらが多く参考にしているものであり,今回の削除により,今後,各 メーカーの履歴書のほか多くの文書にも変化や波及効果が出てくることが期待されている。なお,公務員試験や高校 入試などでは以前より,性別欄をなくす動きがあらかた済んでおり,これらは全国的に広がりつつあるものと推察さ れる。 4.教科書検定をめぐって 2021(令和3)年度からの使用に向けて,中学校の新しい教科書では,性の多様性,家族や民族の多様性に関連す る課題について記述する教科書が目立っている。合格した全 106 点のうち 17 点で「性の多様性」に関する記述があ り,4点中3点で記述があった保健体育のほかに,国語や社会科,美術,技術・家庭,道徳の計6教科に及んでいる のがたいへん特徴的である。 特に社会科では,歴史と公民分野の計 13 点のうち6点で,現代社会などについて学ぶ単元で記述が認められた。性 の多様性について考えた中学生の取り組みについてを,具体的に紹介する教科書も現れた。性的少数者の人権は大き な社会問題でもあり,これからの時代を生きる生徒が知らないでは済まされないことになる。これらの差別を助長す ることがないように,学習活動に取り入れることが教育現場でも進められようとしている。

さらに国語の教科書には,日本文学研究者のロバート・キャンベル(Robert Brian Campbell)東京大学名誉教授が 登場し,性的少数者であることを公表することについて投げかけている。同氏は,20 年近く一緒に過ごしたパートナ ーの男性と,2017(平成 25)年にアメリカ国内で結婚していたことを明かしている。 また美術の教科書では,ウェディングドレスを身にまとった2人の女性が描かれ,「二人で生きる」の文字が添えら れたポスターが掲載された。家庭科では,性の多様性について直接触れてはいないものの,衣服について学ぶ単元で, 近年広がりつつある制服の選択制を取り上げている。スカートとズボン,リボンとネクタイのどちらを着用するかは, 性別に関わらず生徒が選べる中学校があることを紹介している。その一方,保健体育では,章末資料などで性の多様 性について触れた教科書はあるものの,本文中には「思春期になると異性への関心が芽生える」といった記述に留ま っている。新学習指導要領においては「異性への関心」に限っていることが背景にあり,同性愛や誰にも恋愛感情が 抱けないことがあること,生まれたときに判断された性別と異なる性別で生きる「トランスジェンダー(Transgender)」 について触れていないからである。今後は,教員養成課程において,「特別支援教育」が必須となったように,「性の 多様性」についても学ぶことを必須科目として取り入れる必要があろう。 さらに今回は,家族や民族の多様性についての記述も多く盛り込まれた。社会科の公民分野では,2015(平成 27) 年の選択的夫婦別姓に関する最高裁判所の判決について,賛成と反対それぞれの新聞社説の要約と,ディベート資料 で取り上げた教科書がみられた。家庭科では,「おかあさんがふたりのいえ,おとうさんがふたりのいえもある」のコ ラム(column)が登場している。道徳でも,血縁に基づかない家族や一夫多妻制の国などを紹介する教材が,一部に 取り入れられた。その一方,「ペットやロボットを家族の一員だと考える人がいます」という記述には,文部科学省が

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「扱いが不適切」と検定意見を附し,削除されている。 「男女差別」については,社会科で 7 点が取り上げられた。日本国憲法の「男女の平等」を詳細に記述した教科書 会社では,2018(平成 30)年に成立した「政治分野における男女共同参画推進法」に触れながら,「男女の平等と女性 差別の解消は私たちの課題です」と結んでいる。当初は,男女共同参画社会について,「男女がお互いの特性と立場を いかし」とその違いを強調する教科書会社もみられたが,検定意見で「生徒が誤解するおそれのある表現」との意見 が附され,「男女が社会の対等な構成員として」の文言に修正された。ここで,仕事と家庭を両立させる「ワーク・ラ イフ・バランス(work-life balance)」も登場した。また,「子どもの権利条約」が社会科だけでなく,国語や英語,家 庭,道徳などの幅広い教科で記載されることとなった。 最後に,新学習指導要領に入った「アイヌ民族」については,数学,理科,保健体育,英語を除く全教科に盛り込 まれた。特に,社会科では,地理と歴史分野で全点にその記述が認められる。道徳では,アイヌ民族のカムイをめぐ る「自然崇拝」を教材に用いた教科書も認められている。 5.LGBT をオープンにするアイドル 近年,セクシュアルマイノリティであることをオープンにして活動するアイドルたちが徐々に増えている。AKB48 の 51 枚目シングル「ジャーバージャ」で初センターを務め,2018(平成 30)年に行われた「AKB48 53rd シングル 世界 選抜総選挙」で,第 5 位にランクインした AKB48 および STU48 のメンバーである岡田奈々さんは,自分が「バイセク シュアルなのかも」と発言したことがある。 また,でんぱ組.inc の元メンバーであり,タレントの最上もがさんもバイセクシュアルであることをオープンにし ている。2017(平成 29)年に放送された『有田哲平の夢なら醒めないで(TBS 系)』に出演した際は,ある女性芸能人 に恋愛感情を抱いていたことも明かしており,セクシュアルティに関するファンの悩みや相談に応えることもあると いう。このように昭和時代に比べて,平成そして令和の時代にと,アイドルの在り方はかなり多様化してきている。 幅広いアイドル像と,それを受け入れるファンという土壌や風土があるからこそ,現在のアイドルシーンでカミング アウトが続いているのかもしれない。 このように,自身のセクシュアルティをオープンにして活動するアイドルたちの姿に,心躍らせ,勇気づけられる ファンはたいへん多いようである。 また,女装家のマツコ・デラックスさんを TV で見ない日はないほどである。日本を代表するコラムニスト,エッセ イスト,ドラァグクイーン,女装タレント,かつ司会者でもあられる。新聞のラテ欄やニュースサイトの見出し欄な どでは,文字数制限の問題から「マツコ DX」と表記されることがあるほど,世間の人気度が高い逸材である。現代社 会の「性の多様性」を代表しているような存在でもあると考える。 Ⅲ.考 察 以上のように「性」および「ジェンダー」に関する教育に関する問題が,学校現場にあまり根付いてこなかったこ とは不問にしても,今後しっかりと幼稚園では領域「人間関係」,小・中学校では保健体育や特別の教科の道徳にお ける「人権教育」などで,具体的かつ明確に学習の「単元」を設けるなどの手立てを行い,国レベルでは中央教育審 議会などが答申を出し,次期学習指導要領や教育要領においては,すべての幼児児童生徒が安心して学ぶことのでき る環境の構築及び整備と同時に,日高(2017)の主張するように,教員養成段階からのカリキュラム開発及び必修科

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目としての設定・教育課程の構築が急がれよう。厚生労働省が提唱するような「我が事・丸ごと」の多様性の集まっ た「共生社会(Living Together)」が,日本も待ったなしの状況にあると考えられる。 さらに,世界的なパンデミック(Pandemic)に陥ったコロナ禍(Covid-19)の中では,性的少数者などの社会的弱 者の選別や差別の横行も予見されている。また女性の 10 代の妊娠相談も,増加傾向にあることも報告されている。加 えて,2020(令和2)年の 1 月から 4 月だけでも,前年比 12%も児童虐待が増加したとの速報値も出ており,大きな 警告が発せられている。この時期に改めて,日本社会全体の人権意識の高揚や底上げが,早急に求められているもの と考えられる。 Ⅳ.結 論 さて,21 世紀になった現代社会では,多様性(diversity)がおおよそ広く認められるようになり,性(gender)に ついての正確で正しい情報を,大人全体が広く共有・享受する必要があると考えている。子どもたちにとって性の問 題は,一生(生涯)の問題でもある。現在,男性か女性かという単純な議論ではなく,男女共生の問題というものは, 男性 vs 女性ではなく,古い価値観の男女 vs 新しい価値観の男女だということが見落とされている,と同時に欠落し ているのではないだろうかと考える。新型コロナウイルス感染症(Covid-19)の広がりに伴い,新しい生活様式が浸 透しつつあり,教育界においても,先に述べたような新しい時代の社会の共生論が,まさに求められているといえる。 まず教師としては,「自分の学級やクラスにいるかもしれない」という圧倒的なリアリティ感を持つことが大切では ないかと考える。多くの先生方が,必ずこの問題に本気で正面から向き合い,本論で扱った冊子や DVD などの資料に 目を通し,性的指向と性自認に特化した授業や個別の幼児児童生徒への配慮など,性教育を含めた不断の取り組みを, ぜひとも積極的に進めてほしいと期待している。 さらに,幼児教育と高等学校までの義務教育の弾力化や延伸化こそを推進していくことが,日本の教育全体のボト ムアップにつながると考えている。この辺りは,別の論考に託してみたいが,学校教育や人権教育,人間教育の在り 方を,本稿からも国民全体で考える契機になれば幸いである。 時期を同じくして,世界 3 大映画祭の 1 つ,ベルリン国際映画祭は,これまでの「最優秀男優賞」と「最優秀女優 賞」を廃止し,新たに「最優秀主演賞」などを設けることを発表した。性別の区別なく男女の平等を推し進めるため のものである。 Ⅴ.おわりに 学校教育における「性」に関する問題は,だれが,どのように教えるのかということに尽きるのではないだろうか。 幼稚園教育ではクラス担任が主に,小学校教育では養護教諭(保健主任)を中心に,保健の授業内や特別の教科道徳 の中で学級担任が主に,中学校・高等学校においては保健体育の授業等において体育科の各教員が,それぞれの学校 段階の年間指導カリキュラムに沿って,かつ幼児児童生徒の発達段階に応じて適切な指導がなされていくものと考え ている。 現在の 2020(令和2)年度は,COVID-19 のコロナ禍の中で,特に中・高生の望まない妊娠が社会問題化している。 Yahoo News の 6 月 8 日版には「コロナ禍で浮かんだ日本の性教育の欠陥:中高生の妊娠相談急増,子ども責める前に考えて」が TOP 記事として大きく取り上げられた。新型コロナウイルス感染症に伴う一斉休校期間中に,中高生から「妊娠したかも

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しれない」との相談が増えているのである。この事実を知って,あなたはどう思うだろうか。「とんでもない」「無責 任」…。そんな言葉が頭をかすめる人もいるかもしれない。しかし,子どもを責める前に少し立ち止まって考えてみ てほしい。原因の一端は,ひょっとすると日本の「性教育」にこそ根源があるのかもしれないのである。この続きは, 別の論考を書き起こしてみたいと考えている。 また残念なことに,教育現場のセクハラに関する事案も相次いで報告されている。千葉県教育委員会では,学校で のセクハラの実態を把握して被害を防ぐため,千葉市を除く県内の公立学校の児童と生徒を対象にアンケートを行っ た。昨年度(2019)の調査にはおよそ 46 万人が回答し,自分や,自分以外の人が被害を受けたのを見聞きしたケース を含めて「学校でセクハラと感じて不快だったことがある」と答えた児童・生徒は 588 人であり,前の年の 1.4 倍と 大幅に増加している。年代別で見ると,高校生は 209 人で前の年より 21 人減ったものの,中学生は 2.3 倍の 276 人, 小学生は 1.7 倍の 96 人などとなっていた。具体的には「身体をなでるように見られた」とか「特定の女子だけを下の 名前で呼ぶ」,「教師からのボディタッチが多い」といった回答があったということである。この調査に対し,千葉県 教育委員会教職員課は,結果について「子どもたち側のセクハラへの意識が高まる一方,認識が甘い教職員がいてギ ャップが生じている。教職員側の意識向上や子どもたちが相談しやすい環境作りに取り組んでいきたい」と回答して いる。このように,残念ながら「教育の質」の低下も筆者は大きな問題であると認識している。文部科学省も漸く重 い腰を動かし,教員免許失効になっても,大学で学んだ教職の単位は取り消しにならないことを踏まえ,3年で教員 免許の再交付申請が可能になっている現行制度の抜本的見直しを始めようとしている。 さて最後に,2021(令和3)年 4 月より中学校で使用される教科書には,保健体育で「がんの予防」が新たな単元 となり,多くの教科でインターネットやスマートフォン(スマホ)などの影響に触れている。また,さまざまな教科 で防災について考える工夫もなされている。健康や命を守る行動について,子どもたちが学ぶことがますます重要視 されているのである。そこで改めて,「性」についても適切に扱われることを強く望むことを主張しておきたい。スマ ホや SNS などの ICT 分野の活用に関しては,国語,社会,理科,道徳など計6教科の教科書が,ネット利用のリスク や情報モラルなどの観点から取り上げている。中学校でのスマホの持ち込みを認めようとしているが,これまで不要 としていたものをいきなり容認するのは是認・看過することはできないのではなかろうか。インターネット環境を使 いこなすのは,あくまで人間である。これらとは違い,人間と性は切っても切れない関係にある。やはり人間教育や 生涯発達を謳うならば,「性」や「ジェンダー」についても学校教育において,誰もが等しく学ぶ機会を設けるべきで ある。 引用文献(References) ・ 大 阪 府 教 育 庁 作 成 HP 「 性 の 多 様 性 の 理 解 を 進 め る た め に 」 http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/38307/00000000/seinotayouseinorikaiwosusumerutameni.pdf(2020 年5月 4 日閲覧:接続確認) ・日高庸晴(2017)「学校に求められる LGBT の児童生徒への理解と支援」日本教育,468,pp.6-9 ・角島誠(2020)「フランスの中学校理科「生命と地球の科学」(SVT)の大単元「人体と健康」に関する一考察:日本 の理科 2 分野,保健体育,家庭分野の教科書との対比を通して」広島工業大学紀要(教育編),19,pp.5-14 ・広瀬裕子(2020)「海外情報 イギリスレポート(30):性教育の質をチェックする教育水準監査院(Ofsted)」Sexuality

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参照

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