都市化と産業構造
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(2) して, 天然資源の謀少に対する相対的過剰人口の生活を保防し, かつその水 準の向上を図る道をある程度加工貿易体制のなかに見出しはじめ ,先進囚に 共通してみられる工業化にともなう 人 口増加を確実にしはじめた明治末に. は ,市制数は,61 (明治 41年)に増加した。. 市制数が100を超えたのは大正14年(101市)であったが, この時期には, 第 一 次大戦を契機とする重化学工業の発展を背梨に ,室蘭, 釧路,八幡,川 崎, 尼崎などにおける市制化が行なわれ, エ菜発展を象徴する都市化が顕著 になった。 そして,このような市制数からみた都市化の波は, 昭和期に入る と, 軍事生産体制の編成過程において一 庖拍車がかけられる。 すなわち, 昭. 和 6年の満州事変後の軍事費の培大に刺激された工業生産の活況は訊化学工 業部門を中心に大企業群を涎生させ, 多くの労働者を大都市およびその周辺 に集耕させることになった。 たとえば, 国努閾査がはじめて実施された大正 9 年の 人口5 万人以上の都市に住む人口は885万9千人と 総 人口の15.85lるを 占めていたが, 昭和10年には, それは2,120万 3千人, 総 人口の 30.6形とほ ぼ2倍に拡大していた。 また 人口5 万人規模以上の都市の数も 47から 88に増 加していた。. 終戦の年, 昭和20年には,市制数は206となっていたが, 叩隊への動且, 都市の戦災, 農村への疎開等により都市人口は2,002万2千人 と, 太平洋戦 争突入前年の昭和15年の都市人口総数より755万5千人も減少 していた(内 閣統計局「 人口調査」より)。 やがて, 戦前水準を回復した昭和25年には, 市制数は24 8, 都市人口 3,120万 3千人となった。 さらに昭和28年の町村合併 促進法の制定より, "都市成り が進行した。 たとえば, 同法制定匝前の28 ”. 年当時の市制 数は 2 8 5であったが, 制定後の昭和30年には4 91と急増してい た。 これにともなって,都 市 人 口も昭和30年には5,028万8千人とはじめて 5千万台にのることになった。 さて, 昭和30年以降の重化学工業を主導とする商度経済 成長過程におい て,都市化はますますドラスティクに展開した。 戦後の重化学工業化は, 資 -192 (192)-.
(3) 本財. 投資財から家庭電化製品.乗用車などの耐久消費財にいたる生産的広 がりをもった大都市志向型の機械工業を中心とする発展であったが.これを 支えたのは . 素材部門の臨海型鉄鋼業の大規模な銑鋼一貫生産体制であっ た。また,臨海型コンビナートとしての石油化学工業が合成樹脂,合成繊維 などの素材革新を通して多様な展開をとげた。このような工業展開が東京, 大阪.名古屋の三大都市を中核とする 三大湾岸工業地帯への工業集積と人口 の集中をもたらし,その勢は 内陸部に波及し,いわゆる太平洋ベルト地帯と いう広域都市化現象すなわちメガロポリス(Megalopolis)化を形成するこ とになった。そして,工 業と人口の集 積・集 中が著しい巨大 都 市の内部で は,生産活動を優先させた都市機能の整備・拡充を目的とした投資が積極的 に展開され,都市的魅力の増 大が物的豊かさや扉用機会の増大とあわさっ て,より一層,産業と人口の集積・集中を引きおこしたのであった。昭和 45 年には ,市制数は579 となり,都市人口も7,485万3千人となり,その5 年後 の昭和50年には 市 制 数で65, 人口数で1,011万 4 千人の増加があった。そし て人口5 万人規模以上の都市への人口集中も昭和30年の45.5彩から昭和50年. 表1. 大正9年 14 昭和5 10 15 25 30 35 40 45 50 注). 人口都市化率の推移. 総 人 口 (A) 市部人 口固l市数 人 千 83 5,963 10,097千人 59,737 64,450 69,254 73,114 83,200 89,419 93,419 98,275 103,720 111,940. 12,897 15,444 22,666 27,578 31,203 50,288 59,333 66,918 74,853 84,967. 総理府統計局「国勢調査」より作成 -193 (193)-. 101 109 127 168 248 491 556 561 579 644. BIA. 18.0 彩 21.6 24.0 32.7 37.7 37.5 56.2 63.5 68.1 72.2 75.9.
(4) •には67.5形と拡大していた。 表1 は戦前・戦後を通じての都市への人口集中をみたものである。 そこに は, 都市化が戦後段階で急展開していることを示している。 もっとも, そこ. に示されるパーセントの数値が都市への人口集中現象を完全に物語るもので はない。 なぜならば,「市部人口増大は, その一面の原因を市域の拡大に求 めることができる。 殊に1954年の頃に進行した町村合併による市制施行の促 進は……性格的には農村であるままに市域へ編入された地域を相当に含む結 果となっている」からである2) 。 このような市部人口の都市的性格に対する 疑問をできるだけ回避する目的から, 昭和35年の国勢調査より, 新しい統計 上の 都市的単位 ". ”. として設定されたのが「人口集中地域」である。 これは. 2 (1)原則として, 人口密度の高い調査区 (lkm 当り4,000人以上) が市区町. 村内で互に隣接して,(2)人口5,000人以上を有し,(3) 1 km2 あたり約4,000人. 以上の人口密度を有する地域にすむ人口数をみたものである。 この調査によ れば, 昭和35年の場合, 人口集中地区人口は4,083万であったものが, 昭和. 45年には5,599万 7千人となり, 昭和55年には6,993万5千人となっている。 この20年間に2,910万5千人の増加があった。 人口集中 地区への人口集柏が 顕著にみられる。 そして, この「人口集中地区」概念を生 かした都市化度. (DID 人口比)の算出を行なったものが表2 である。 全国又は都府県別の 総. 人口と人口集中地区人口との相対比をみたものである。 全国的にみて, 都市 化の進行が明ら かであり, なかでも, 太平洋ベルト地帯の都府県都市化度の 高さが顕著である。 なお, 昭和55年の場合, 人口集中地区は拡大したとして. も面積的には全国土の2.7彩であった。 このわずかの広さのなかに,. 総人口. の約6割がひしめきあって生活しているのである。 戦後の都市化はその意味 で急展開と超過密型向都性向を内容とするものであったといえる。 われわれはわが国の都市化の状況とその特色を素描してきたが, 以下にお 2) 一橋大学経済研究所編「解説日本経済統計」岩波書店1961年35頁 -194 (194)-.
(5) 昭和 35年. 表2. 人口 集中地区人口比の推移. 昭和45年. 昭和55年. B 人口. B 人口. B 人口. 昭和 35 昭和45 昭和55. A総人口集中地 A 総人口集中地 A総人口集中地 BIA BIA BIA. 都 市. ,. 区人口 4. 1. 全. 区人口. 1. 区人口. §' 3忽.71 54 .0 形. 6. 叩. :. -195 C 195)-. 次頁につづく. %.
(6) 昭和35年. 昭和45年. 昭和55年. 昭和35昭和45昭和55. 都市 A総人口品拿旦 A総人口\齢品 A総人口1齢旦 区人口 区人口 区人口 千人 千人 千人 千人 千人 千人 528 1,511 698 609 1,587 1,602 山口 171 221 791 187 825 847 徳 島 228 326 1,000 908 288 919 香 川 621 499 1,507 446 1,418 1,501 愛 媛 196 255 317 787 831 855 高 知 4,027 2,273 4,553 2,858 4,007 2,062 福 岡 196 231 196 866 838 943 佐 賀 552 581 659 1,591 1,570 1,760 長 崎 623 516 1,700 452 1,790 1,856 熊 本 466 302 1,156 1,240 353 1,229 大 分 278 1,152 424 260 1,051 1,135 宮 崎 478 384 620 1,963 1,729 1,785 鹿児島 612 945 462 1.107 883 沖 縄 注) 総理府統計局「国勢調査報告」より作成. BlA -;;;;. BlA 彩. 33.0 20.2 24.8 29.7 22.9 51.5 20.8 31.4 24.4 24.4 22.9 19.6 -. 40.3 23.6 31.7 35.2 32.4 56.4 23.4 37.0 30.4 30.5 26.5 27.6 48.9 %. 44.0 26.8 32.6 41.2 38.1 62.8 26.7 41.4 34.8 37.9 36.8 34.7 55.3. いて,かかる現象を経済成長と産業構造の変化の観点から考察し,都市化の. 戦後経済過程的側面を明らかにする。. 2.. 高度成長・重化学工業化と都市化. 戦前期の経済成長は,大川・ロソフフキ ー の共同研究によれば, 明治38年. から昭和15年の間で,年平均3.6%であったとSJ といわれる。これに対して,. 戦後の経済成長は,表3に示されるように,10形に近い高さを示している。 クズネッツは経済成長の高さは都市化および工業化と相関することを強調し. た•>が,戦前と戦後の都市化率の格差は経済成長率の高さにおける格差を直. 接反映させているともいえる(表1参照)。また,戦後の約10形という経済成 3) 大川一司,H· ロゾフスキ ー 著「日本の経済成長」東洋経済新報社1973年参照 4) サイモン ・ クズネッツ著長谷部亮一訳「経済成長一六つの講義ー」巌松堂出版 1961年72頁参照, -196 (196)-.
(7) 表3. 戦後経済の成長とその要因. ―--�. GNP成長 就. 業. 寄. 労. 率. 者. 働. 時. I. 数. __s.7[ 2.2. 9.7. 1.7. 11.6J 1.8. _. 8.51. 0.1. 9.8. 1.7. 0.0 △ 1.2 △ 0.5 △ 0.5 △ 0.5. 間. 産 業問移動 産業構造の変化による ( 生産性向上. 資本装備率 度I. (単位: %). 年度 1 31-35 36-40 41-45 46-47 31-47. 2.8. 2.2. 0.9 △ 0.1. 1.1. 2.9. 3.2. ) } (労働的要素 1.2劣. ) 1.9 (構造変化 1.9形. 2.5. 4.1. (資本的要素) 6.9彩. 1.0 1.8 1.9 1.4 1.5 資本の質(設備の新鋭度) 中立的技術進歩 4.0 1.7 2.9 4.4 2.4 (量産効果,技術開発等) 0.1 △ 0.1 △ 0.1 △ 0.5 △ 0.2 公害防止活動 △. 注) 通商産業省,産業構造審議会編「80年代の産業構造の展望と課題」134頁よ り引用。. 表4. 日 ア. イ. フ. イ. ド. 本. メ. リ. ラ. ンス. 夕. ア. ギ. イ. 経済成長率の国際比較. 1810-1912 - -. 3.6% 4.3. 力. 1913-38. 4.65lる 2.0. I. 1955-66 _ 9.8% 3.7. リ ス. 1.9. 1.1. 2.9. リ. 1.4. 1.7. 5.4. 1.6. ツ*. 2.8. 0.9. 1.6. l. 1966-75. 8.396 2.2. 2.1. 5.0. 4.1. 5.9. 3.3. *戦前と戦後では領土範囲は異なる。 資料:中村隆英「戦前期日本経済成長の分析」日銀「国際比較統叶」. 4.0. 注)総合研究開発機構「日本の課題」181頁より引用. 長率は表4に示されるように国際的にみてもかなり高いものである。したが って,エドウイン·S. ・. ミルズが「都市化は,現代史の中で最も広範にみら. れ.かつ最も劇的な現象の一 つとなっている。その中でも日本の都市化は, -197 (197)-.
(8) 最も劇的な例の一 つである朽. と述べているが, この成長率の国際比較はか. かる説明を容易に理解させてくれるものである。 さて, 経済成長が高ければ高いほど, 国民所得の上昇を背景とする儒要の 伸びへの期待が それだけ 大きくなり, 産業界における 投資誘因を大きくす る。 そして, 資本の追加投資が旺盛であればあるほど乗数 効果を通じて投資 額に倍する有効需要が新たに生み出される。 したがって, 戦後の日本経済は 高い成長率よりみて, 投汽が投資を生み, 需要が孟要を加速的に増殖させる 過程を年々効果的に拡大させてきたわけであるが, 表3の内容より, かかる 展開が主に資本装備率の向上, 設備の近代 化, 技術進歩にあったことを物語 っている。 そこで, これらの資本的要素が都市化の進行とどのような関係に あったかを考えてみよう。 戦後の経済復輿と自立的発展の国民的課題の一 つ は加工貿易体制の根幹に重 化学工業を据えることであった6) が, その場合, 先進国に比較して数 十年の遅れがあるといわれた工業技術水準の克服は何よ りも国際競争力の育成. ・. 強 化の観点より重要であった。 そして. 自国の技術. 開発力の未成熟から. アメリカを中心に先進工業国からの技術i邸入が官民一. 体となって稜極的に試みられた。 昭和31から昭和47年までの甜入件数 (甲種) の総和は11,263 件であった。 その内, 重 化学工業部門の辱入件数は全体の実 に92 .2 %に あたる10 ,385 件であつた 。 また. 昭和31 -47年までにおけ る 全 ”. 産業の設備投資額は, 経済企画庁の「法人企業投資実紋調査」によれば, 総. 額で 63兆1,320 億円である。 重 化学工業のそれは24兆3,106 億円と , 全体の 38.5 %を占めている。 これを製造業だけでみると, その総額 32 兆8,616 億円 の7451るを占めている。 重 化学工業の設備投資の大きさとそれが先辿国からの. H ・ パトリック, H・ロゾフスキ ー 編, 貝塚啓明監訳「労働• 都市・社会問題一 アジアの巨人・日本 w」日本経済新聞社1978年llO頁 6) この点については, 拙書「戦後日本の工業構造」晃洋書房1981年, 第3甜および 第4章を参照のこと 7) 科学技術庁編「外国技術報入年次報告一昭和58年度」48-49頁参照 5). -198 (198)-.
(9) 表5. 農林水庄業 鉱 業 食 料 品 繊 維 紙・パルプ ;子 >み 化 石油石炭製品 窯業・土石 鋼 鉄 非 鉄 金 属 金 属 製 品 一般 機械 電気 機械 輸 送 機械 精 密 機械 その他製造業 業 設 建 電力•都市ガス•水道 業 商 金融・保険・不動産 運輸・通信 ピ ス サ そ の 他 合. I. 産 業 構 造 の推移. 昭和35年. I構成比. 40年. 構成比. 6,031 10.5 6,660 7.5 437 0.8 579 0.7 5,642 9.8 7,127 8.0 2,826 4.9 3,794 4.3 831 1.4 1,442 1.6 1,190 2.1 2,385 2.7 718 1.3 1,374 1.5 661 1.2 1,214 1.4 2,732 4.8 4,895 5.5 864 1.0 580 1.0 694 1.2 1,677 1.9 1,762 3.1 2,974 3.3 1,506 2.6 2,591 2.9 1,646 2.9 3,449 3.9 581 0.7 291 0.5 2,984 5.2 5,433 6.1 4,860 8.5 8,673 9.8 961 1.7 1,485 1.7 3,494 6.1 6,909 7.8 4,662 8.1 6,809 7.7 2,608 4.5 4,383 4.9 8,725 15.2 11,902 13.4 1,498 2.6 1,679 1.9. 計 57,338 100.o\ 1 ① 次 産 業計 6,031 10.5 ③ 次 産 業計29,360 51.2 (うち製 造 業) 24,063 42.0 ③ 次 産 業計20,450 35.7. 45年. 構成比40/35 45/4り!45/35. 7,114 4.4 2.0 1.3 959 0.6 5.8 10.6 9,621 6.0 4.8 6.2 5,349 3.3 6.1 7.1 2,621 1.6 11.7 12.7 5,191 3.2 14.9 16.8 3,019 1.9 13.9 17.0 2,670 1.7 12.9 17.1 11,285 7.0 12.4 18.2 1,857 1.1 8.3 16.6 3,777 2.3 19.3 17.6 8,324 5.1 11.0 22.9 7,632 4.7 11.5 24.1 7,642 4.7 16.0 17.0 1,103 0.7 14.9 13.7 10,153 6.3 12.7 13.3 16,259 10.1 12.3 13.4 2,628 1.6 9.1 12.1 14,290 8.8 14.6 15.6 10,815 6.7 7.9 9.7 7,444 4.6 10.9 11.2 17,057 10.6 6.4 7.5 4,848 3.0. ss,879rno:0161,658\ 100.o. 6,660 49,052 39,800 31,488. 年平均伸び率. 1. 7 8.2 5.5 6.6 12.2 15.9 15.4 15.0 15.2 12.2 18.5 16.8 17.6 16.6 14.3 13.0 12.8 10.6 15.1 8.8 11.1 6.9. 9.2 12.7 10.9. 7.5 7,114 4.4 2.01 1.3 1.7 55.2 97,462 60.3 10.8 14.7 12.7 44.8 80,244 49.6 10.6 15.1 12.8 35.4 52,234 32.3 9.0j 10.6 9.8 備考) 1次産業は「農林水産業」,2次産業は「鉱業」から「建設業」まで,3次産 業は「電力」から「サ ー ビス」までの合計である。 注) 産業構造審議会報告「産業構造の長期ビジョン 一昭和50年度版」88頁より引用。. -199 (199)-.
(10) 技術導入をテ コ とする事実によ っ て, 表 3 で みた経済成長の高進を可能にす る資本的要素は. も っ ぱら重 化学工業を中心とする も ので あ っ たとい えるで あ ろ う 。 そして, 表5 は各産業の成長力を反映させた. 昭和 30年後半 から40. 年前半の産業構造の変化を取りあ つ か っ た も ので ある。 それによると, (イ) 全 産業の年平均伸び率を上まわるのは. 第 2 次産業だけで ある。 (口)第 2 次産業. 部門の成長力が他産業部門のそれより も 相対的に高い結果として, 産業構造. 上に 占める第 2 次産業の比重が大き く な っ た。 y、)第 2 次産業特に, 製造業の 成長力は重化学工業部門の成長力に支 えられていることが. 読みとれる。 そ して. このよ う な重 化学工業の成長力の高さを反映させて, 製造業 全体に 占 める重 化学工業の経済的比重は拡 大の一途をた ど っ たことが表6 より明ら か で ある。 戦後 日 本の経済過程 は経済成長率の高さが工業構造の顕著な変 化に つなが っ たことが見出されるので ある。 表6. 従業者数 蟹屑塁杢皇. 重 化学 工 業 化 の 推 移. ( )内は光. 昭和30年. 45年. 千人 4,958(100.0) 1 ,973 (39 . 8). 千人 7 , 722(100 . 0 3 , 289 (45 . 25. 億円. 162 ,527(100 . 0) 97,954 (60 . 3). 億円. 249 , 181 (100.0 152 ,495 (61 . 25. 原 材 料 製造業全 消費額等 重化学工盆. 42 ,492(100 . 0 19 , 359 (45 . 65. 靡 脅 贔 隷餞. 62 , 178(100. 0 28 , 697 (46 . 25. I•. 40年. ― 千人 8 ,508(100 . 0 4,834 (56 . 85. 億円. 375 ,962(100.0) 252 , 008 (67 . 0). 億円. 581 , 883(100. 0) 389 , 190 (66.9). 億円. 億円. 備考) 重化学工業と は, 化学工業, 石炭石油製品, 鉄鋼業, 非鉄金属, 金属製品, 機械工業4 部門を含む。 ただ し, 兵器製造は含 ま な い。 昭和30年の数字は従 業者4人以上の事業所の集計で あ り , 昭和40年以降は従業者20人以上の事業 所の集計で あ る 。 注) 通商産業省 「工業統計表J よ り 作成。 このよ う な工業生産力の構造上の 大きな変 化は当然に 人的資源やその他の. 経済資源の配分 関 係に 大きな変 化とな っ てあ らわれる。 昭和 5 年と昭和35年 の就業構造を比較してみよ う 。 図 1 が示される。 この比較は第 1 次産業の就 -200 ( 200)-.
(11) 図1. 戦前 ・ 戦後の就業構造の比較. 5千万人 4372万人. 4 千万人. 第 3 次産業 1672万人. 3千万人. 年の場合, 第 1 次産業の就 業者数と第 2 次およ び第 3 次産業の就業者数合計とは ほ ぼ 1 : 1 の関係にあった。 場合は , その相対比は 1. 第 3 次産業. 2千万人. 理 由 からであるが, 昭和 5. これに対して, 昭和 35年の. 2962万人. 891 万人. 業者数がほぽ等しいとい う. 第 2 次産業. 2 となり, 第 2 次および第. 1276万人. 3 次産業部門の就業者数 が. 第 2 次産業. 戦前に比ぺて倍増している. 600 万人. ことを示している。 この第 1 千万人. 第 1 次産業. 第 1 次産業. 1471万人. 1424万人. 2 次産業およ び第 3 次産業. の生産活動 は 集積の利益や 接触の利益を追求して, 主. 昭和 5年. 昭和 35年. 注) 総理府統計局「産業別就業者の時系別比 較」 よ り 作成. に都市地域に集中するもの であり, そのような生産の 場に多 く の人的資源やその. 他の経済資源が集積するということ は , それだけ, 産業構造が都市化の進行 を反映させることを物語っている。 われわれはこの傾向を産業構造の都市的 性格と呼んでいる。 次に, 第 1 次産業の就学者数 1 , 400万人とい う 大き さ は 都市化を考える場. 合, 戦前と戦後では 全く異なった説明が つけられることが留意されねばなら ない。 すなわ ち , 戦前のこの大きさは 固 定的であった。 たとえば, この1 0年 後の昭和15年の国勢調査においても, 第 1 次産業 は 1 , 439 万人であった。 こ れに対して, 昭和 35年の 大きさは 昭和25年の1 , 721万人 , 30年の1 , 61 1 万人と い う 縮小傾向の一過程を示す も ので, その後の昭和40年に は , それ は 1 , 1 7 4万 -201 ( 201 ) -.
(12) 人になり, 45年には 1 ,009万人となっていた。 戦前の数字は第 1 次産業部門 の固定性を示すのに対して,戦後のそれは第 1 次産業の地位の後退を示す, 流 動的な内容を意味するものであった。 要するに,戦前の工業 化がわが国の後進国的諸条 件—たとえば蓄秋資本 の不足,技術水準の低位性, 外部経 済 効果の未成熟,低い国民所得水準,市 場の狭溢性等——ーを充分に時間 をかけて内生的に消 化,克服していくのでは なく, 国内経済 を 目 的とするよりもむし ろ 低賃金を武器にはじめから海外市 協 向生産に重点をおく. いわゆ る貿易迂回型の軽工業と. 軍需という国民経 済の再生産過程から脱落する生産活動に依存する軍 化学工業を車の両輪とし て,早熟的 ・ 崎型的に展開した結果. 生産の迂回的発展が 自 生的に成熟した 国民経済にみられる産業諸部門 間の結節的多様 化やそれにともなう屈用 機会 の創出を実現することができず,工業生産力の拡大が産業構造の都市的性格 をさほど拡大させることなく推移したのであ った。 そのために, 農村は先進 工業国 同様に 常に工業部門への 労働力の 供給源としての役割 を担ってきた が ,その存在 を分解されるほどの人口流出にならなかった。 そして. 明治以 来, 股家戸数550万前後, 就業者 数 1, 400 -1, 500万人という農村基盤が昭和 期の工業化高度 化過程においても維持されたのであった。 これに対して,戦後の場合,第 1 次産業の就業者の地すべり現象が顕著で あった。 昭和 35 -45年の間に,第 1 次産業で 415万2千人の減少に 対して, 第 2 次産業においては494万 4千人, として, 第 3 次産業において760万1千 人の増 加がみられ, 産業構造の都市的性格は,ますます強められた。 すなわ ち, 就業構造において, 第 1 次産業と第 2 次および第 3 次産業の合計との相. 対比は, 昭和35年の 1 : 2から 1 : 4 へとなっていた。. なお産業構造の都市的性格に関して第 3 次産業の就業者数の 増 加に ついて. は次の点が考廊されねばならないであ ろ う。 すなわち,表5 に示されたよう に, 重 化学工業部門 を中心とする第 2 次部門の成長力が著しく高いこと, ぉ よび第 3 次産業部門の運輸 ・ 通信,金融, 商業などの業種は第 2 次産業部門. -202 ( 202 ) -.
(13) の発展の帰属 効果を直接的にあらわす領域であるこ と から. 経済が発展する に つれて労働力人口が第 1 次産業 から第 2 次産業へ. そして第 2 次産業 から 第 3 次産業へ と 移行してい く と いう ク ラ ークの法則 ". ”. を鵜呑みにするこ と. は第 2 次産業の成長力が特に顕著な段階では第 3 次産業の地位を過大に評価 し, 第 2 次産業の地位を過少に評価する傾向が ある。 その現象面の変化を鵜 呑みにすべきではない。 この法則はド ラ ステ ィ クな工業展開力が人的資源や. その他の経済的資源の配分 関 係を. ". ホ フ マ ンの法則. ”. のように工業内 部構造. の在り方に限定するこ と な く , 国民経済の生産および 流通経済領 域にかかわ るものである点を強 調 したもの と 理解すべきである。 し かも, 産業構造の都市的性格は構造変化を主導した璽化学工業部門の次 のような性格によってより一層 強められた と いえる。 (1) 重化学工業化が労働集約的性格の強い機械工業おるび金属 製品工業 と いう加工. ・. 組立部門を中心に展開したこ と である。 昭和35-45年の重化学工. 業 部門において. 技術導入( 甲 種) 件数および設備投資実績に 占める加工. ・. 組立部門の大きさをみる と , 導入 総数の69 . 9% に あ たる4 , 069 件 , 設備投資 総. 額の 44. 3% にあたる 7 兆 1 , 526 億 円 が 同部門のものであ っ た。 し かも か かる 部門は雇用 効率が高い と いう性格を持っていた。 工業統計表より昭和35年~. 39年の従業者数の純増加 と この期間に取得された有形固定資産(投資)額を 産業別に把握し , さ ら に従業者 1 , 000 人増加当たりの固 定資産投資額を算出. してみる と , 表7 がえられる。 た と えば石油 • 石炭 製品 製造業では 1 , 000人 の従業員雇用 の増大に 対して 約 600 億 円 の生産設備等の資本投下が必要であ. ったし, 化学工業, 鉄鋼業, 非鉄金属工業では約 200 億 円 を必要 と した。 し かし, 重化学工業 がすべて資本集約的 ・労働節約的産業でないこ と もこの表 が示している。 機械工業 4 業 種 と 金属 製品工業は平均 1 , 000人の追加雇用 に 対して約42 億 円 の資本投下ですんだので あ る。 これら 5 業種は, 先の資本集 約的産業 4業種に比較して, 明らかに労働集約的産業 と いう性格をもってい. る。. -203 ( 203 ) -.
(14) したが っ て, 全体としていえば , 機械工業 を中心とする重化学工業化は 投. 8) 資効率が高か っ たが, そ れはまた雇用 効 率 も 高い も のであっ た 。. (2). 上でみたよ う に, 重化学工業化は加工. ・. 組立部 門の顕著 な発達を特徴. とする。 この部 門は乗用車, 家庭電化製品, 住宅 関連機器等の耐久消費財生. 産化 を 進展させてい っ た。 そ れによっ て, 戦前には考えられ な か っ たと こ ろ の, 重化学工業部 門が生活水準の 向上に対応した生産力 としての理解 を 表7 別. ( B/A) (B) 有形固定資産 (千人当 た り の投資額) 投資総額. . ! 、’. 79 43560993 22453 6 7411 7912 521057 6 5010421 133 8. 81 , 699 j 100劣. 虚 寧 寧 傘 国 g 寧 怠 889 霞 邸 忍 虚 願 134 臨 虚 338函 421 1 6 7 44 3 12 1 54 1227 121. 9 9 99 99 9 99 99 99 99 99 9999 999 9 9 9 99ヽ. 品 料 食 維 繊 衣服等繊維製品 木 材, 木 製 品 家 具 装 備 品 パルプ, 紙, 紙加工品 刷 版, 印 出 学 化 石 油 •石 炭 製 品 ゴ ム 品 製 皮 革, 同 製 品 窯 業, 土 石 製 品 鋼 鉄 属 金 鉄 非 品 製 属 金 械 機 般 一 械 機 気 電 輸 送 用 機 械 械 機 密 精 そ の 他 製 造. .. 綺. 13 48 17413 4146 1516 6 41 1 2 4 2 2 2 4 5 0 1 1 4 5 1 7 11159 2 ふ. 計. 凶 従業員罹加数 I 1 ,275 j 100. 42295636273556654 1814567114964199223064 1 11 1. 合. 業. 迫加雇用 千人当 た り の所要固定資本額 (昭和35-39年) (単位 : 千人, 億円). ー. 産. 備考) 一般機械は武器製造を含 む。 従業員30人以上の事業所。 注) 通産省調査統計部 「工業統計速報J よ り 作成。. 8). 般. 一. 前掲 「戦後 日 本の工業構造」 80-81頁参照. -204 ( 204 ) -. 64. 1. 38.8 165.2 6.0 29. 4 15.6 108.5 28. 5 199.3 594.8 59. 4 9.6 76. 5 200. 1 205. 9 27. 7 49.8 31 . 5 62.9 29. 6 27 .2.
(15) 化 し た 。 それだ けに,これらの工業 立地は 大消費地と し ての巨大都市および その周辺地域を有利とする。 また,これら加工. ・. 組立部門の発達は鉄鋼業等. の素 材部門の発達によ っ て支えられたものである 。 そ し て素 材部門は 加工. ・. 組立部門と海外原料地とを直結する 立地 エ リ ヤ と し て既存工業地帯の臨海線 の拡張 に 努 めた。 したがっ て,重化学工業化による都市化は 地理的には既存 工業地帯の背後地および臨海部への広が り の同時進行を特色と し た。 特に, 東京,大阪,名古屋の三大都市を中心にその湾岸お よび内 陸部への工業集積 と人 口集中は 顕著で. 工業化 ・ 都市化の展開様相は 太平洋ベル ト 地帯を形成 し た (表8 参照)。 たとえば, 東京,大阪,名古屋を中核都市とする埼玉, 表8 \地域. 昭和 30. 工 業 集 積 の 概 況 35. ( 彩) 40. 45. 湾. 62.8. 66.8. 66.4. 65.2. 太平洋ベル ト 地帯. 68 .8. 73.0. 73 .1. 72 .1. 三 備考) 注). 大. 三大湾地域の範囲 は関東臨海, 近畿臨海, 東海地域をい う 。 太平洋ベル ト 地帯は, 関東臨海, 近畿臨海, 東海, 山陽地域をい う 。 (資料) 通商産業省 「工業統計表」 出典, 表 3 に 同 じ147頁。. 千葉, 神 奈川,京 都, 兵 庫を加えた 一 都 二府 六県 を三大都市 圏と呼ぶなら ば,かかる地域は 国土総面積のわずか10. 4 彩 にすぎないが,昭和 4 5年には , 総人口の42 彩 ,総世帯数の4 3 .5形がそこに集中 し ていた。 さて,産業構造の都市的性格は 工業主導型都市化により強 められたといえ るであ ろ う。 その結果と し て,都市の過密化と工業生産活動の矛盾が必然的 に都市化の進展とともに顕在化 した。 そ し て,大都市の過大化防止と工業の 地方分散を目的と し た 工業立地政策が昭和 30年代の末から登場 し て く る。 す なわち,昭 和 37年に策定された全 国総合開発計画は 工業化, 都市化の拠点を 地方分散的に計画配置する拠点開発方式を採用するとともに,新産業都市建 -205 ( 205)-.
(16) 設促進法 (37年) , 工業整備特別地域整備促進法 (39年) の制定によ り かか る方式に具体性をもたせた。そ し て, 昭 和4 0年代 に入る と , 巨大都市 および 既存工業地帯に お け る 過密 問題のますますの激化に と も なう工業立地の限界 に直面 し て, 新たなる全国総合開発計画 (新全総) が 昭 和4 4 年 5 月 に閣議決 定される と と もに, 昭和4 7年には 工業再配置法が制定された。またこの前年 には 農村地域工業導入促 進法が成立 し ていた。 し か し , 工業主導型都市化の 地方への波及が. オ イ ル ・ シ ョ ッ ク を契機 と する 日 本経済の基調変化によっ て, その後大き く トー ン ダ ウ ン する 。 そ し て, こ のよ う な工業主導性に対す る. `. かげり. 3.. ”. がや がて産業構造の都市的性格にも投影する。. 低 成 長 ・ サ ー ピ ス 経済 化 と 都 市化. 昭 和30年以降面化学工業化率を ひたすら高 め , 高い経済成長を維持 し てき た 日 本経済は 昭和4 0年代に入る と と もに一 方において大きな成果を享有 し , 他方において 深刻な矛盾に直面 し ていた。 医 2 に示される 「 経済成長に対す る 評価」 についての世 論 調 査は それを端 的に表 現する結 果 と なっている。 人 々 は豊かさ, 教育や雇用の機会等についての経済成長の恩恵を認めている が , それ以上に, 公害や物価の上昇と いった成長のマ イ ナス面に対する 関心 に対 し て厳 し い評価を し ているこ と がそこに示されている。この調査過程の 昭和4 9年は , また高度成長時代の終 焉を象徴する 年になった。前年10月 のオ イル. ・. シ ョ ッ ク を契機 と する石油製品価格の高騰は わが 国工業製品の国際競. 争力の低下 や交易条件の悪化につながり, 貿易収支の逆調 と と もに経済成長 率をマ イ ナス( ム0 . 2%)へ と 転落させたので あった。そ し て, 経済基調の変 化による 需要の落ち込 みは 高度成長過程で累積されてきた過剰投資を一挙に 顕在化させ, 素材型重化学工業部門を中心に構造不況の様 相を強めた。 この経済の落ち込みは 一 時的なもので あったが, これを契機に,経済は 大 き く 変化 し たこ と が 図 3 より明らかで あ る 。 昭和30年以降の高度成長期に対 -206 C 206) -.
(17) 図2. 貪 ;ょ やっ. it. が. こ. き. 高度経済成長の結果 「 プ ラ ス面」. 品る 物よ がう 豊に 富な に つ 出た 回. 国所 民紺 ー が 人向 たし りた の. 当上. も:. 訂 や人 昇 へえ. 者 が. 各 <. な. 攀. た. 「マ イ ナ ス面」. 昇 やら. k 且 破. 物. が. 上. た. 金奪気 銭 持 わ. やれを 品人失 物問 っ に らた 目し をい. • * 4 5.9N く経済成長 1と よ. D. 匿. #,#. 6. 尺. 鱈 にぎ. が 深 刻 に. 人た. 足. が. っ て お も に どん な 結果が生 じ た と 思 う か > . > て. 4 7 .7N く こ れ ま で の経済成長 に よ っ. 5 0.3N く 戦 後 日 本の経済成長 に よ っ て. .. >. 注) N H K 放送世論調査所編 「図説戦後世論史」 197頁よ り 引用. して, 中な いし低成長とよばれ る 状況が読みとれ る 。 そ して, 店度成長過程 で明確となってきた 産業構造の都市的性格にも堕 化学工業部門のかげりが大 き く 投影し , そ の在り方にも変 化がみられ た 。 そ れを端的に表現すれば, 工 業主苺型都市化が昭和40年代に入る と地方的性格を強め る ことにな っ た が, そ の役割が充分な成果をあ げ る 前に挫折させられ る とともに第 3 次産業化が 産業構造の都市的性格を特色ずけ る よ う になったことであ る 。. -207 ( 207 ) -.
(18) 図3. 実質経済成長率の推移. (彩) 10. 。 備 考) 1 .. 経済企画庁 「国民所得統計年報」 「国民経 済計算 年報」による 。 2 . 1966年以降は新 SNA (1975年基準), そ れ以前は旧 SNA (1970年基準) である 。 注) 経済企画庁編 「2000年の日本一国際化 ・ 高齢化, 成 熟化に 備 え て一」 9 頁よ り 引用 表8. 産業別総生産額, 就業者数の変化. 名 目総 生 産 額. 指数(45 年 = 1 00). 構成比 (%). 就. 業. 指数(45年= 100). 者. 数. 構成比 (96). 45年 [ so年 J ss年 45年 J so年 J ss年 45年 50年 55年 45年 J so年 1 55年. 1 次 産 業 100 . 0 1 82 . 2 200 . 2 5 . 9 5 . 3 3 . 6 100 . 0 72 . 4 60 . 21 1 9 . 3 13 . 8 1 0 . 9 2 次 産 業 100.0 181 . 9 28 8 . 0 43 . 0 38 . 5 38 . 4 100 . 0 101 . 1 104.7 34.0 34 . 1 33 . 6 3 次 産 業 100 . 0 223 . 5 366.5 51 . 1 56. 2 58 . 0 100 . 0 1 1 2 . 3 126 . 1 4 6. 6 5 1 . 8 55 . 4. 全 産. 業 100 . 0 J 203 . 2J322 . 9 / 100 .0J100 . o 100 . 0 J 100 . 0110 1 . 0 106 . 1 J 100 . o 100 .o 100 . o. 備 考) 資料 : 「国民経済 計算年報」「国勢調査」 注) 国土庁計画 ・ 調整局編 「地域産業お こ し を め ざ して」 13頁よ り 引用 。. 表 8 は 昭 和48年の第 一 次 オイル. 端を発 し た 第二 次 オ イル. ・. ・. シ ョ ッ ク と昭和53年のイ ラ ン政梢不安に. シ ョ ッ ク を経験 し た日本経済の在 り 方 を産業構造. の側面よ り み た も ので ある。 昭 和50年代が高度成長時代と全 く 異なっ た経済 環境 を形成 している こ とが そ こに示 されている。 すなわ ち , 総生産額 および. 就業者数のいずれに お いて も , 全産業の伸 び を上 ま わ っ たのは 第 3 次産業の -208 ( 208 ) -.
(19) みであ っ た。 そ し て, 第 し て過半を超 し . 第. 3 次産業の構成比はいずれの経済量に おいて も 拡大. 1 次産業お よ び第 2 次産業は相対的に縮小 し ている。 か. つての高度成長時代 に お け る第三次産業の拡大は ド ラ ス テ ィ ク な重化学工業. 化を主甜要因 と する第 2 次産業の展開 力 の帰 属効果を第 あっ た. q). 3 次産業 に みた の で. が . 昭和50年 代 にみ ら れる第 2 次産業の地位の後退過程 に お ける第. 3 次産業の拡大は何 よ り も 第 3 次産業の 自 力的展開が 強調されて よ いであろ. う 。 われわれは昭和50年代の第 3 次産業化傾向を重視 し . 産業構造の都市的. 性格に も 新局面が 形成された も の と 理解 し ている。 このよ う な第. 3 次産業化を都市化 と の関連をみておこ う 。 都 市化は農村か. ら 労働 力 を 吸収する過程で就業構造 に 占 める雇用 人 口 を増大させる と い う 歴. 史 的背景を も っ ている。 表 9 は就業構造 に 占 める雇用者の比率をみ た も ので. ある。 雇用者が 都 市的人 口 であるこ と は第 2 次お よ び第 3 次産業への集中 に 表9. (B). 昭和 30 35 40 45 50 57. 年 年 年 年 年 年. (A 全) 産 業 1次 就業者数 雇用者数 / 第 産 業 4, 119 65 1 , 690 4,461 2 , 273 87 4, 748 63 2 , 783 47 5 , 098 3 , 306 5 , 223 46 3 , 646 5 , 638 4,098 44 注). 9). (単位万人). 産業別雇用者数の推移. 1. 第 2 次 l(C 第 3 次 産 業 )産 業 738 1 , 022 1 , 266 1 , 467 1 , 530 1 , 584. 887 1 , 164 1 , 454 1 , 792 2 , 070 2 , 470. BIA. C/B. 41.0% 51.0 58. 6 64. 9 69. 8 72 . 7. 52. 5彩 51. 2 52 . 2 54. 2 56.8 60.3. 総理府統計局 「労働力調査年報」 よ り 作成. R . ア ロ ン は こ の点 を次のよ う に説明 してい る 。 「工業は農業生産性の 向上で遊. んで い る 労働力 を吸収す る た め に な く てはな ら ぬ し, 労働用具や技術的装置を供 給す る た め に絶対必要で あ る 。第三次部門 はよ り 高い所得を も た ら す場合が多 い. が, そ の一部は第二次部門の副産物あ る い は社会的装置で あ る 。 第三次部門の拡 大を可能にす る の は第二次部門で あ り , 大量の労働力 が行政部門やリ ク リ エ ー シ ョ ン, 余暇活動の部門へ転換 し う る の は農業と工業の労働生産性で あ る 」。 R . ア ロ ン著浜 口晴彦訳 「発展の思想」 ダ イ ヤ モ ン ド 社 1970年57頁 -209 (209 ) -.
(20) 表10 就業構造に 占める第 3次産業の地位 (都道府県別) 全. 北 青. 海. 手. 宮 秋 右 山. 城. 田 形 島. 山. 福 茨 栃 群. 城. 木. 馬. 埼. 千 東 神. 新 富. 玉. 葉. 牙 ,,. 奈. 石. 福 山. 静. 愛. 知. 重 賀 都 阪. 滋. ・•. 泉. 大. 和 鳥 島 岡 広. JI! 潟 山 Jil 井 梨. 野 阜 岡. 長 岐. 兵 奈. 国. 道 森. 歌. 庫 良 山. 取 根 山. 島 口. 山. 徳 香 愛. 島. 高. )I\ 媛 知. 熊. 本. 福 佐 長 大 宮 鹿 沖. 岡 賀 崎. 児. 分 崎 島. 縄. I. I. I. (形). 昭和50 年 l 昭和55年 昭和40 年 [昭和45年 43 .0 51 . 8 46 . 5 55 . 4 57 . 7 53 . 4 60 . 9 47 . 3 52 . 4 42 . 3 47 . 2 37 .3 47 . 1 38 .0 42 . 1 34 . 0 52 . 2 56 . 4 47 .0 43 . 1 48 . 7 43 . 8 38 . 5 34 . 1 38 . 1 46 . 1 34 . 4 42.4 45.5 34 . 2 37 . 5 42 . 2 44 . 4 30 . 5 33 . 8 39 . 8 45 . 4 34 . 6 36 . 8 42 .0 37 . 2 34 . 5 46 . 1 43 . 1 34 . 3 38 . 3 50 . 4 46 . 0 36 . 9 41 . 8 49 . 9 55 . 7 57 . 5 60. 7 64 . 8 67 . 6 48 . 7 47 . 2 53 . 8 57 . 3 39 . 4 34 . 9 44 . 4 48 .2 40 . 4 37 . 5 46 . 2 49 . 3 44 . 1 39 . 6 51 . 2 54 . 9 39 .3 35 . 4 44 . 9 48 . 4 39 . 4 36 . 0 45 .0 48 . 6 36 . 2 33 . 7 41 . 2 44 .0 37 . 5 35 . 3 43 . 3 46 . 9 43 . 5 41 . 0 47 . 7 49 . 7 44 . 1 41.5 49 . 2 52 . 5 39.0 35 . 9 45. 1 49.0 35 .0 32 . 7 40 . 9 46 . 1 51 . 7 49 . 3 55 . 9 59 . 2 52 . 7 50 . 1 61 .0 57 . 7 47 . 3 44 . 7 56 . 8 53 .2 42 . 4 40 . 1 50 . 5 54 . 9 46 . 2 42 . 6 50 . 4 53 . 7 40 . 5 43 . 7 47 . 9 50 . 7 36 . 8 40 . 2 48 . 5 44 . 8 39 . 6 35 . 9 50 . 1 46 . 1 42 . 5 46 . 2 55 . 1 50 . 5 47 . 3 44 . 4 54 . 9 50 . 7 40 . 5 37 . 3 49 . 5 45 . 5 44 . 7 40 . 5 49 . 8 53 . 4 42 . 9 39 . 1 47 . 6 51 .0 45 . 7 39 . 8 51 . 5 55 . 0 55 . 2 51 . 1 58 . 7 62 . 9 38 . 9 42.8 47 . 2 50 . 7 43 . 0 48 . 5 53 . 0 57 . 1 39 . 9 45 . 1 49 .6 52 . 9 40 . 1 45 . 3 50 . 7 54 . 7 37 . 3 42 . 6 48 . 0 51 . 8 33 . 5 39 . 9 46 . 4 50 . 8 59 . 1 64 . 7 65 . 8 総覧」 より作成 注) 東洋経済新報社 「全国都市統計 昭和35年 38 . 2 40 . 4 32 . 1 28 . 2 37 . 9 29. 1 30. 5 29 . 9 25 . 8 30 . 7 30 . 4 30 . 8 31 . 6 54 . 8 46 . 4 30 . 3 32 . 7 34 . 1 31 . 0 31 . 1 30 . 1 31 . 6 36 . 6 37 . 1 31 . 1 29 . 2 46 . 6 47 . 8 41 . 1 36 . 3 37 . 3 34 . 1 31 . 2 31 . 0 38 . 0 39 . 6 32 . 4: 36 . 3 34 .6 33 . 3 45 . 6 35 . 1 37 . 4 34 . 8 34 . 2 31 . 3 27. 4. -210 ( 210)-.
(21) よってわ か る 。 ま た, 昭和30年当時, そ れ が 全産業の 総就業者数の41 彩で あ ったものが. 昭和45年 に は 64 . 9% に ま で 拡大していた 。 そ して昭和50年 代 に 入 る と. それ は ペ ース ダ ウ ン した も のの70形を超えた 。 重 化学工業 化が顕著 で あった昭和 30-45年と昭和50年代との雇用者増加 に おけ る 産業別 寄与率を みてみよ う 。 昭和30-45年 に , 雇 用 者の増加 総数は 1 , 616万人で あった。 こ. れ は 第 1 次産業での18万人 減少, 第 2 次産業の729 万人および第 3 次産業 905. 万人の 増加の結果で あ る 。 した がって, 増加寄与率 は 第 3 次産業が最 も 高 <,. 56忽 第 2 次産業が 45 . 1 彩であった。 両部門の差 は 10 . 9 ボ イ ン トで あ. る 。 これに 対して, 昭和50-57 年においては , 4 5 2 万人の増加があった。 こ の う ち , 第 1 次産業の 2 万人減 に 対して, 第 2 次産業の54万人. 第 3 次産業 の 4 0 0万人の増加であ る 。 増加寄与率 は 第 2 次産業部門の12 . 8彩に 対して第. 3 次産業 0)88 . 5彩とな る 。 その差は 75 . 7 ポ イ ント も あ る 。 この圧倒的寄与率. 格差が第 3 次産業 化の50年代を物語ってい る 。 雇用 者数に 占める 第 3 次産業. の地位 は 昭和57年 に は 60%を超した。. ま た , このよ う な動 向 は 地域構造上から も みられ る 。 表10より, 昭和35年. 当 時. 都 道府県別の産業構造 ( 就業者数)で . 第 3 次産業が過半となった も. のをひ ろ いあげ る と. 東京だけであった。 昭 和40年に は 大阪. 福岡が新 た に 加わ り , 昭和45年で は . 北海道, 京都, 沖縄が 50% をこした。 さらに 昭和50 年に は , 宮城, 神奈川 , 石 川 , 兵庫, 奈良, 和歌 山 . 広島, 山 口, 高知. 長 崎. 大分が新 た に 加わってい る 。 そ して, 昭和55年の国勢調査で は . 第 3 次. 産業 化は 全国的浸透傾 向を強 めた 。 た とえば. 青森. 埼玉, 千葉. 愛知. 岡 山, 応取, 香川 , 愛媛, 佐賀, 熊本, 宮崎, 鹿児 島が過半県となり, 合計 で , 47都道府県中29 に なってい る 。 そ して, 逆に 45彩未満 は 茨城 (44 . 4%) と長野 (44彩) の二県だけとなり, 残り大半が 50彩に近い状態であ る 。 さて, 第 3 次産業は商業 ( 卸 ・ 小売), 金融 · 保険, 不 動産, 電気 ・ ガス 水道業, 運輸 あ る 電気. ・. ・. ・. 通信. 各種サ ー ビス業からな る が, この内, 物的生産領域に. ガス ・ 水道業を除 く 純然 た る 非物的生産頷域の各種産業を一抱し -211 ( 211)-.
(22) て サ ー ビ ス 産業 と 呼 び 10) , そ し て, かか る 産業の経済活 動の拡大過程 を サ ー. ビ ス 経済化 と し て, 第 3 次産業化の有す る 社会発展段階的特徴 をよ り 一 屈 強. 調す る こ と が 近年多 く な っ てきてい る 。 そ こ には, サ ー ビ ス を批供す る 産文. 群 が 都 市化社会においての消費生活の高度化に対応 し た存在 である こ と を感 知 し てい る からであ る 。 た と えは . 第 3 次産業部 門 の 中 核 を 形成 す る サ ー ビ ス 業の場合, 通常対 個 人 サ ー ビ ス , 対事業 所 サ ー ビ ス . 公 共 サ ー ビ ス に大別. され る が . 対 個 人 サ ー ビ ス 部 門 で の ス ボ ー ツ 家事代行的サ ス.. エ. ー. ビ ス 産業等, 対事業 所 サ. ー. ・. 文 化 等の レ ジ ャ. ー. 関辿泥業 .. ビ ス 部 門で の 伯 報 処 理 業 サ ー ビ. ン ジ ニ ア リ ン グ産業 等 . そ し て公 共 サ ー ビ ス 部 門 で の医椋教育. 社会. 福祉等は都 市化社会 を 支える 所得水準の上 昇や 泊 費 の成熟化に対応 し た 舒済 活 動の広が り . 深ま り と 直 接的に結 び ついた成長領域 と いえる 1 また, サ. ー. 1. \. ビ ス 産 業 の特底 た と えば . 下方硬直的な 梢 費 孟 要 に 依存 した. 成長力 や 労 働 集 約的性格から生 じ る 屈用 効 率の高さが 経済的パ フ ォ. ー. マ ンス. の悪化を緩和す る 効果をもつ こ と から, 低成長下での経済過程 を安定的に紐. 持 し よ う と す る 囚民的諜題が かつての玉化学工業 化 にかわ っ て. 経済化. ”. を政策 ス ロ. ー. ガ ン 化す る 機 会 を 与えた と もいえ る 。. "サ ー ビス. いずれに し ても, 昭和50年代の都市化は第 3 次産文化を背鼠 に 展間 し . こ. の傾 向 は今後, サ ー ビ ス業 を 中 心 に さらに強ま る こ と が 明 らかであ る 。 すな わち.. 経済 企画庁の 21世紀 を 目 指 す 「 長 期 展望 委 只会 ( 経祈審議会 ) 」 が ,. 「2000年の 日 本」 のなかで . 就業構造に占 め る 第 3 次筋業の比 限 を 西暦2000年 には全体の61 . 8%にまで拡大 し , 特にサ ー ビ ス業は52�る と 就業者の過 半 を 占. め る こ と にな る こ と を 想定 し てい る 。 し たが っ て, 今後の 都 市 化 は エ 叉 的 発. 展よ り も. む し ろ 第 3 次産業化. と り わ け サ ー ビ ス 業 を 中 心に し た サ ー ビ ス 経済化による イ ンパ ク ト を一 ]図 強 め る こ と が う かがえる 。 10). 通産省産業構造審議会絹 「80年代の産業構造の展望 と 課題」 (財)遥商庄棠調査 会 1981 年259頁参照 1 1 ) 経済企画庁編 「2000年の 日 本 一 国際化 ・ 蒻齢化, 成熟化に仙 え て一 」 1982年 70頁参照 -212 ( 212 ) -.
(23) 図4. 三大部市囮, 地方厖別転 出入人口の推移. (千人) 1 ,300 1 ,200 1 , 100. 700. ·� —.,. 759. 600. 500. ,,1 . 2 3 2 '、 、 1,144 \, , 1 , 1 1 5. .,. .•. 807 '. 、. 地方圏 か ら 三大都市 圏 へ. ヽ、 /. 、. 900. (数字の単位は千人). 1 ,278. 、小. { 1 ,095 ) '、 1 , 001 ヽ、 1 ,003 ( 9 7 8 )>' ' ' 942 ‘ ’ .- -ヽ 9 64 '、 92 7 ' 889 884 883 894 .' 886 • 937 9 1 7 ヽ,�9、 -s. 85 1 84 4 84 1 ,• ‘ ‘•‘, 8 s;ii:;i·-... :ヽ、 8 1 4 ,. 796 , 8 16 8 4 5 ..._.. , 831 8 28 ヽ,.-.; 762 、 8 04 78 7 743 • .762 三大都市 へ 圏か ら 地方圏 7 1 8}" , 6 6 1 649 65 1 '. 5 96 ,. 582 /60 2 ,' 5 49 495 , 429 , • 4 so 1 ,0 1 3. 1 , 000. 800 卜. ....、. 1 ,270. , 1 ,2 2 3 , ... -... ヽ 1 , 20 1 1 . 1 98 . '•.. ,-•'1 , 2 2 1 ,. ..... . 1 , 1 20/ 1 , 156 1•172 1 ,232. ペ. 、 `. 、. .. ヽ,. 益 夏、為 妬. 4 ヽ 400 ト 3 §: 367 300. 413. 17. 367. 200 100. 資料 :総理府統計局 「人口移動報告」 より作成 注 : (1) 昭和47年以前は沖縄県を含まない (48年の( )内 は, 沖縄県を 除 い た 数字) (2) 三大都市圏は, 東京都 ・ 埼玉県 ・ 千葉県 ・ 神奈川県 • 愛知県 ・ 三重県 ・ 京 都府 ・ 大阪府 ・ 兵庫県 (3) 国土庁計画 ・ 調幣局編 「定住構想と地域の 自 立的発展」 24頁より引用. 4.. 結 び に かえて. 一都市化社会 と 地域主義 お よ び ク オ リ テ ィ. ・. ラ イ フー. 戦 後 日 本の 都市化は 屈本的に は 二つの 特徴ある産業構造上の 変化によ っ て. 規定されている。 そ の 一 つ は 昭 和30年代から40年代前半期 の , 甜度成長 と 重 化学工業化の 辿 展 し た時期である。 もう一つは , 昭 和40年代後半 の ドル ョ ッ ク, オイル. ・. ・. シ. シ ョ ッ ク を 契機とする転換期 を経て, 高度成長から 中ない. し 低成長へ, 匝化学工業化から 第三次産業化とり わ け サ ー ビ ス 経済化が顕著. -213 ( 213 )-.
(24) な 特徴となる昭和50年代の過程で ある。 さて, 産業構造の第 3 次産業 化は国内 梢費固要に大 き く 依存する性格から. 今後の低成長時代の経済過程をよ り 安定的にしてい く と思われるとともに,. 高度成長 ・ 重 化学工業時代の産業構造の属性とまでいわれた資源多消費, 公 害多発, 輸出圧力 過剰から発生する諸 矛盾の多 く を克服するで あ ろう。 しか も, 工業の地方分散化が進むなかで の第 3 次産業化, とりわけサ ー ビス業を 中心とした サ ー ビス産業主羽型の都市化が進行する。 こ の都市化は工業主苺 型よ り 「ふ るさと志向」 で ある。 た とえば, 図 4 は昭和50年代が 昭和30年代 から40年代の人口動態とは全 く ち がった プ ロ セスを有している こ とを明らか にして いる。 すな わ ち , 三大都市圏から地方四への人口流出景がそれまで支 配的で あ った 地方圏から三大都市園への人口流入涵を凌恕した ので ある。 こ のような 動 き に対応して, 多 く の地方 自 治体では, 都市の発展を目 的とし た 総合計画や都市再開発計画において, それまでの工業中心主義を見直し, 地 域経済の活性 化 あ る いは都市の顔として第 3 次庄業とりわけサ ー ビス産業に 期 待する方向をと り はじめた。 ま た , 都市 化が第 3 次産業主遠型に転型した こ と はそれまで の 工業 主埒型 の都市 化社会の形成とは こ となった面が 強 く でて く るで あ ろ う。 た とえば, こ れまでの都 市整備への政府の公共投資はもっばら追路 ・ 迷湾など産業基盤. の拡充 に向けられて き た が , 今後は生活環境の整 備や福祉充実の 観点から都 市整仙 が進むで あ ろ う。 そして 人々の都 市生活観もそれまで は家庭電化製品 や屎用牢等の耐久消費財を中心とする家計の計画支出に養点をお き , 物的な 姫かさや便利さの追求に満足観を示してい たものが, 第 3 次印菜化, サ ー ビ. ス経済化時代 に おいては, 余阪時間の増大や高学歴化を背品 に , 泊費0) 個性 化, 高級化, 多様化を求める家計の選択支出が重祝され, 人々の都市 生活観 も精神的, 文 化的豊かさ, 誡から四への追求にかわってい く 。 そして, 商度 成長 ・ 重 化学工業化時代の都市が 巨 大 化, 過密化, 中央集栢的経済主義を象 徴 し た ように, 今後の都市は地域主義, クオリ テ ィ. -214 ( 214 ) -. ・. ラ イ フ 等を象徴するで.
(25) あろう。 そして,そのた め の環境づ く りもすでには じま っ ている 。 た と え ば昭和 52 年 1 1 月 に閣議決定された第 3 次全国 総合開発計画 (三全総) は 「新全総」 が 唱 っ た地域性 (生活廊構想) をより一陪 地域社会の高次な存在に昇華させた 定住隙構想を打ち 出 し, 昭 和 55年 8 月 , 全国 40圏域のモ デル定住屡計画の策 定を通して,地域の主体性や特色を重視した人間居住の総合的環境の形成を 実現しよ う と している。. -215 C 215 ) -.
(26)
図
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