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ペルージャ外国人大学

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Academic year: 2021

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(1)ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. 藤. 田. 清. 正*. は じめ に. 2007年4月. か ら6月 ま で、 イ タ リア 中部 に位 置 す る ウ ン ブ リア 州 の 州都 、 ペ ル ー ジ ャ にあ る. 国立 の ペ ル ー ジ ャ外 国人 大 学 に お い て短 期 語 学 留 学 を体 験 した。 外 国 人 大学 で の 授 業 の 様 子 、 学 習 した イ タ リア語 の特 徴 に っ い て、 ま た垣 間見 た ペ ル ー ジ ャの 人 々 の生 活 文 化 な ど にっ い て 報 告 した い。 さ らに 当外 国人 大 学 で学 ぶ 日本 人 留 学 生 お よ び イ タ リア 国外 か らの留 学 生 にっ い て、 彼 らが ど の よ うな 目 的 で留 学 して い る の か、 聞 き取 り調 査 の結 果 もあ わ せ て報 告 した い。 な お ウ ンブ リア州 の あ る イ タ リア 中部 の地 形 は丘 陵地 で あ り、 そ こに あ る ペ ル ー ジ ャ は山 の 頂 上 に形 成 さ れ た城 壁 で囲 ま れ た城 塞 都 市 で あ る。 中世 に イ タ リア各 地 に勃 興 した典 型 的 な 自 治 都 市 国 家(コ. ム ー ネ)の 一 っ で、 城 壁 内 の 旧都 市 に は今 も中世 そ の ま ま の 町並 み が跡 を と ど. め、 それ が 観 光 資 源 と な りイ タ リア国 内 は もと よ り世 界 中 か ら観 光 客 を集 め て い る。 ペ ル ー ジ ャは、 日本 で は イ タ リア語 学 習 者 の間 で ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 の 町 と して知 られ て は い たが 、 一 般 の 日本 人 に ペ ル ー ジ ャの名 が 知 られ る よ うに な った の は、 サ ッカ ー選 手 の 中 田 英 寿 が イ タ リア1部. 1.ペ. リー グ に所 属 す る ペ ル ー ジ ャの チ ー ム に 日本 か ら移 籍 して以 来 で あ る。. ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. ペ ル ー ジ ャ に は 国 立 の歴 史 の 古 い ペ ル ー ジ ャ大 学 が あ る。 そ の大 学 を 母 体 と して 国 立 の ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 が 後 に創 立 され た。 ペ ル ー ジ ャ大 学 は17世 紀 に創 立 され た ウ ンブ リア州 で 最 も古 い伝 統 の あ る大 学 で あ る。 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は、 も と も とそ の 名 称 が 示 す よ う に外 国 人 の た め に創 立 され た大 学 で あ る。 しか しそ の 後 イ タ リア人 の た め の課 程 が 加 え られ た。 これ らの 課 程 は ペ ル ー ジ ャ大 学 で. *前 近畿大学教職教育部. 教授. 一39一.

(2) 含響.it':. 近 畿 大 学 教 育 論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). は開 設 され て い な い課 程 で あ る。 した が って ペ ル ー ジ ャ大学 とペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 の 関 係 は 若 干 分 か りに くい と ころ が あ るが、 一 番 大 きな違 い はペ ル ー ジ ャ大学 に は入学 資 格 が あ り、 入 学 試 験 を受 け な け れ ば な らな い が、 ペ ル ー ジ ャ外 国人 大 学 は所 定 の手 続 きを す れ ば誰 で も いっ で も入 学 す る こ とが で きる とい う点 で あ る。 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は2006年 に創 立80周 年 を迎 え て い る。 イ タ リア の よ うな歴 史 の古 い 国 で は大 学 は古 い歴 史 を持 って いて 、 た と え ば ボ ロー ニ ャ大 学 は1088年 の創 立 で、 世 界 最 古 の大 学 と して 知 られ て い る。 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 の母 体 で あ る ペ ル ー ジ ャ大 学 は上 記 の よ うに17 世 紀 の 創 設 で あ る。 この よ うな大 学 に比 べ れ ば ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は歴 史 が 浅 い よ うに見 え るが 、 国 立 の 外 国 語 大 学 と して は イ タ リアで は最 も歴 史 の古 い大 学 で あ る。 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は、 いわ ば 時 代 の 要 請 に応 え て 誕 生 した大 学 と言 え る。 それ は ど の よ うな こ とか と言 え ば 、20世 紀 に入 りイ タ リアが 言 語 や 文 化 を 通 して 世 界 中 に拡 大 して い くに し た が って 、 世 界 中 か らイ タ リアへ の 関心 が 高 ま って きた 。 イ タ リア政 府 も これ に相 応 して 世 界 中 の 若者 に そ の 文 化 を 伝授 す べ き場 所 の必 要 性 を 痛 感 しは じめ た の で あ る。 そ して これ は当 時 の イ タ リア の政 権 を担 って い た フ ァ シス ト党 の意 図 す る と ころ で もあ った。 す な わ ちイ タ リァ の 中央 部 に位 置 し、 中世 に は文 化 的都 市 国家 と して栄 え た ペ ル ー ジ ャの地 に 外 国 人 大 学 を 創 設 す る こ とは、 イ タ リア が 国 際化 に積 極 的 で あ り世 界 に 開 か れ た 国家 で あ る こ とを 示 す意 味 で 、 フ ァ シス ト政 権 の 強化 に も繋 が る もの と考 え られ た の で あ る。 そ の た め外 国人 大 学 は 国立 の教 育 機 関 と して創 立 さ れ た の で あ る。 か く して1926年 、"RomanismandFascism"を され た。Romanismと. 目標 に掲 げ、 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 が 開 校. は本 来 ロー マ帝 国 を 理 想 の 国 家 とす る思 想 で、 古 代 の ロ ー マ帝 国 へ の. 回 帰 を意 味 す る もの で あ っ たが 、 当時 そ れ は一 種 のcosmopolitan的. な もの と して 理 解 さ れ て. いた。 そ れ は ま た イ タ リアが 世 界 に布 教 して き た国 際 的 宗 教 で あ る カ トリ ック の心 臓 部 で あ る との 認 識 と も同 調 す る もの で あ った。 Fascismは. 愛 国 的 、 独裁 的 、 国粋 的思 想 を そ の 基 盤 と して いて 、 当 時 ヨ ー ロ ッパ に芽 生 え っ. っ あ った 近 代 的 民 主 主 義 を否 定 す る思 想 で あ った。 した が ってRomanismとFascismは. 矛盾. す るよ うに見 え るが、 国 を愛 す るイ タ リア人 が ロー マ帝 国以 来 の伝 統 を受 け継 ぎ、 自信 を 持 っ て 自分 た ち の文 化 を世 界 に広 あ よ う とす る思 想 と理 解 され て い た の で あ る。 この よ うに ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は 当初 か ら全 世 界 の学 生 に門 戸 を 開 くべ き大 学 と して設 立 され た の で あ るが 、 ま た同 時 に イ タ リア国 外 、 特 に植 民 地 に居 住 して い るイ タ リア人 子 弟 に対. 1'.

(3) ペ ル ー ジ ャ外 国 人大 学. して も 目 が 向 け られ て い た 。 彼 ら に 対 す る 愛 国 教 育 の 場 と し て 外 国 人 大 学 が 期 待 さ れ た の で あ る。 こ の 国 立 の 大 学 が な ぜ ペ ル ー ジ ャ に 創 立 さ れ た か に っ い て で あ る が 、 ペ ル ー ジ ャが 位 置 す る ウ ン ブ リ ア 州 は 、 イ タ リ ア 国 内 で は 唯 一 海 に 面 して い な い 内 陸 部 の 州 で 、 あ る 意 味 後 進 性 を 内 蔵 した 周 辺 地 域 と み な し得 る 状 況 に あ っ た 。 しか し歴 史 と 文 化 に 関 して は 外 部 に 影 響 を 与 え 得 る 資 産 を 豊 富 に 内 包 す る 地 域 で も あ っ た 。 そ の 好 例 が12世 紀 に 現 れ た ア ッ シ ジ の 聖 フ ラ ン チ ェ ス コ で あ る。 彼 の 下 へ と ヨ ー ロ ッパ を は じめ 世 界 中 か ら信 奉 者 が 集 ま っ た の で あ る 。 当 時 聖 フ ラ ン チ ェ ス コ の 開 設 した 修 道 院 は 、 バ チ カ ン に 継 ぐ カ ト リ ッ ク の 聖 地 と して 世 界 中 か ら崇 め ら れ て い た 。 こ の よ う に 早 く か ら世 界 と の 交 流 が な さ れ て い た ア ッ シ ジ に 近 接 し て い る ペ ル ー ジ ャ が 、 す で に ペ ル ー ジ ャ 大 学 が 存 在 して い る と い う 有 利 な 状 況 か ら外 国 人 大 学 の 創 立 場 所 と し て 選 ば れ た の で あ る。 1926年 に は 、1921年 代 ロ ー マ"の. に フ ァ シ ス ト党 を 結 成 し た ム ッ ソ リー 二 が 大 学 を 訪 問 し、"海 に 近 い 古. タ イ トル で 講 演 を 行 っ て い る 。 大 学 は こ の よ う に フ ァ シ ス ト党 の 意 図 に よ っ て 設. 立 さ れ た も の で は あ っ た が 、 そ れ は フ ァ シ ス ト党 の 管 轄 下 に あ る も の で は 決 して な く、 学 問 は 政 治 的 影 響 を 受 け る こ と な く管 理 さ れ て い た 。 や が て 多 く の 学 生 が ヨ ー ロ ッパ 各 地 か ら、 ま た ア メ リカ か ら も集 ま る よ う に な っ て き た 。 し か し1938年 、 第1次. 世 界 大 戦 下 で は 大 学 が さ ま ざ ま な 規 制 を 設 け た こ と や 人 種 差 別 か ら学 生 数. が 激 減 し、 ペ ル ー ジ ャか ら多 く の 外 国 人 の 姿 が 消 え た 。1943年. に は 本 校 の ガ レ ン ガ 校 舎 が ドイ. ツ軍 に接 収 され る事 態 と な っ た。 第2次. 世 界 大 戦 が 終 わ り、 フ ァ シ ス ト政 権 が 終 焉 す る と と も に 、 外 国 人 大 学 の 政 策 に も大 き. な 変 化 が 起 こ り、 イ タ リ ア 人 学 生 の た め の 課 程 が 新 た に 開 設 さ れ る よ う に な っ た 。 そ し て 大 学 の 理 念 がRomanismandFascismか. ら"開. か れ た イ タ リア"へ. と変 化 した の で あ る。 こ の こ. と は 大 学 が 新 し い 国 際 化 を 意 図 し、 イ タ リ ア 人 と 同 様 に 外 国 人 学 生 に も言 語 の み な ら ず イ タ リ ア文 化 の 理 解 を 求 め よ う とす る願 いが 示 され たの で あ る。 イ タ リ ア に は 古 代 ロ ー マ帝 国 時 代 に は 国 家 と して 世 界 の 中 心 で あ り 、 ま た ル ネ サ ン ス 期 に は フ ィ レン ツ ェが 世 界 の 芸 術 の 中心 で あ った と い う歴 史 が あ る。 っ ま り世 界 の文 化 を創 造 して き た と い う歴 史 が あ り 、 そ の 自 負 が あ る。 今 日 に お い て もEUを. 形 成 す る 有 力 な 国 の 一 っ で あ り、. 文 化 、 特 に 芸 術 、 音 楽 、 フ ァ ッ シ ョ ン に お い て は 世 界 を リ ー ドす る 国 で あ る 。 ま た 貿 易 の 各 分 野 に お い て も重 要 な 国 で あ り、EU内. で は 第4位. 一41一. の 経 済 力 を 誇 っ て い る。.

(4) 近畿大学教育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). 世 界 の 文 化 を創 造 して き た そ の よ うな イ タ リア の核 心 に近 づ こ うとす る人 々 に と って、 必 須 の媒 体 と な る のが 当 然 イ タ リア語 そ の もので あ る。 したが って イ タ リア語 こそ イ タ リア の文 化 で あ り、 歴 史 で あ り、 あ らゆ る知 識 の源 泉 な ので あ る。 そ して ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は、 外 国 人 お よび イ タ リア人 に その 言 語 と文化 を学 ぶ 機 会 を現 代 社 会 に お いて 提 供 して い る大 学 で あ る。 言 い か え れ ば世 界 の 中 で イ タ リア語 を学 ぶ"メ. ッカ"な の で あ る。. 日本 の大 学 の 中 に は姉 妹 提 携 を 結 ん だ り、 交 換 留 学 生 制 度 を 実 施 して い る と こ ろ が あ る。 2007年6,月 に は5校 の私 立 大 学 が短 期 、 長 期 の留 学 生 を 派遣 して いた。 国立 大 学 の 中 に も姉 妹 提 携 を結 ん で い る と ころ が あ る。. 2.ペ. ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 の 学 部. ペル ー ジ ャ外 国 人 大 学 は そ の名 称 が 示 す と お り、 単 な る語 学 学 校 で は な くて学 位 を授 与 す る 大 学 で あ る。 そ の実 態 を大 学 が 開 設 して い る学 部 に よ って 見 て み る。 な お こ こで い う学 部 は履. 一42一.

(5) ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. 修 年 限 の違 い そ の他 で、 日本 の大 学 の学 部 に相 当 す る もの で はな い。. 1.初. 級学位取得学部. 2.中. 級学位取得学部. 3.イ. タ リア 語 ・イ タ リア 文 化 学 部. 4.教. 員 再 教 育 ・研 修 学 部. 5.高. 等人文学部. 6.大. 学院. 以 上6学. 部 が 開 設 さ れ て い る が 、 イ タ リア 語 を 学 ぼ う と す る外 国 人 は、3.の. イ タ リ ア 文 化 学 部 を 履 修 す る こ と に な っ て い る。 こ の 学 部 は6段 る 。 そ れ ぞ れ の レ ベ ル の 学 習 内 容 は 次 の よ う な も の で あ る。 (括 弧 内 の 時 間 数 は 週 当 た り の 時 間 数 で1時. 1.第1初. 級 レ ベ ル(A-1). a.イ. タ リ ア 語(12時. b.口. 頭 練 習(6時. c.発. 音 ・ス ペ リ ン グ(2時. 2.第2初. 聞) 間) 間). 級 レ ベ ル(A-2). a.イ. タ リ ア 語(12時. b.口. 頭 練 習(6時. c.発. 音 ・ス ペ リ ン グ(2時. 3.第1中. 間 は40分 で あ る). 間) 間) 間). 級 レ ベ ル(B-1). a.イ. タ リ ア 語(12時. 間). b.口. 頭 練 習(6時. c.発. 音 ・ス ペ リ ン グ(2時. 4.第2中. 級 レベ ル(B-2). 間). a.イ. タ リ ア 語(12時. b.イ. タ リ ア 文 化 の 概 要(6時. 間). 間) 間). 一43一. イ タ リア語 ・. 階 の レベ ル よ り構 成 され て い.

(6) 5課. 近 畿 大学 教 育 論 叢. 第19巻. 第2号(2008・3). c.口. 頭 練 習(4時. 間). d.発. 音 練 習(1時. 間). 5.第1上. 級 レ ベ ル(C-1). a.イ. タ リア 語(9時. 間). b.イ. タ リア 語 演 習(6時. 間). c.音. 声 学 ・音 韻 学(3時. 間). 以 上 の ほ か に 週3時 6.第2上. 間 の 選 択 科 目 を4科. 目履 修. 級 レ ベ ル(C-2). a.イ. タ リ ア 語(9時. b.イ. タ リ ア 語 演 習(5時. 間). c.音. 声 学 ・音 韻 学(1時. 間). d.翻. 訳(3時. 間). e.作. 文(3時. 間). 以 上 の ほ か に週3時. 上 記6レ. 間). 間 の 選 択 科 目 を3科. ベ ル の コ ー ス は、 第2上. な っ て い る。3ヶ. 月 間 の 学 期 が4月. 目履 修. 級 レ ベ ル だ け が6ヶ. 月 コ ー ス で 、 そ の 他 は3ヶ. か ら ス タ ー ト し、1年. は4学. 月 コースと. 期 制 で あ る。 進 級 に っ い て は. 各 学 期 末 に 実 施 さ れ る 進 級 テ ス トに 合 格 す る こ と が 要 求 さ れ て い る 。 し た が っ て 最 短21ヶ. 月. で 卒 業 で き る が 、 こ れ は 日本 人 留 学 生 に と っ て は 至 難 の 技 で あ る。 筆 者 は4月. に 第1初. 級 レ ベ ル を 受 講 し、 希 望 に よ っ て4月. レ ベ ル へ の 進 級 が 認 め られ た が 、5月 ル は3ヶ. か ら は 敢 え て 第2初. 月 コ ー ス で あ る か ら、 そ れ を1ヶ. う に 見 え る が 、 実 態 は 大 学 側 が 大 量 の 第1初. 末 に 進 級 試 験 を 受 験 し、 第1中. 級 レ ベ ル を 受 講 し た 。 第1初. 級. 級 レベ. 月 で 修 了 し た 形 と な り優 秀 な 留 学 生 で あ っ た か の よ 級 レ ベ ル 受 講 者 の 数 を 軽 減 し た い と い う意 図 か ら、. 進 級 基 準 を か な り緩 や か に して い た た め と 考 え られ る 。. 3.授. 業 と受 講 生. 筆 者 が 受 講 した4月 授 業 で あ る。35名. の 授 業 は 、 ク ラ ス 分 け テ ス トの 結 果 大 学 が 割 り 振 っ た 第1初. 級 レベ ル の. の ク ラ ス で30名 が 中 国 か ら の 留 学 生 で あ る。 ペ ル ー ジ ャ 外 国 人 大 学 に は 多 く. 一44一. r_r:Nld.

(7) ペ ル ー ジ ャ外 国 人大 学. の 中 国 か ら の 留 学 生 が 在 学 し て い る が 、 こ れ は 中 国 政 府 と イ タ リア 政 府 と の 間 に 「マ ル コ ポ ー ロ 交 流 事 業 」 が 実 施 さ れ て い て 、 年 間400名. の 中 国 留 学 生 を受 け入 れ る こ とに な って い る た め. で あ る 。 こ の ク ラ ス の 中 国 人 留 学 生 は20歳 前 後 の 学 生 で 、 そ の ほ と ん ど が イ タ リ ア に 留 学 す る 以 前 に 、 北 京 の 外 国 語 学 院 や 出 身 地 の 外 国 語 学 校 で6ヶ. 月 前 後 イ タ リア語 を学 習 して い る の で. あ る 。 彼 ら は 外 国 人 大 学 で 学 ん だ 後 イ タ リ ア の 大 学 に 入 学 す る と い う具 体 的 な 目 標 を 持 っ て い る 、 い わ ば 富 裕 層 の 留 学 生 で あ る 。 し た が っ て 彼 ら は ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 に 入 学 し た 時 点 で あ る 程 度 の イ タ リ ア 語 運 用 能 力 を 備 え て い る の で あ り、 第1初. 級 課 程 に 割 り振 られ た の は 不 思. 議 な こ とで あ り、 気 の毒 な こ とで あ っ た。 授 業 は週 当 た り20時 間 で 、 そ の 内 容 は イ タ リ ア 語 の 初 級 文 法 の 学 習 が 中 心 で あ る 。 イ タ リ ア 語 の わ ず ら わ し い 文 法 ル ー ル を 徹 底 的 に教 え 込 も う と す る 意 図 の 下 に 授 業 が な さ れ て い る よ う に 見 受 け ら れ た 。4月. の 最 終 週 に 希 望 者 は 昇 級 テ ス トを 受 験 す る こ と が で き た 。 筆 者 は 前 述. の ご と く こ の テ ス トの 結 果 、 第2初 の で あ る が 、 敢 え て 第2初. 級 課 程 を 飛 び 越 し、 第1中. 級課 程 へ の 進 級 が 可 能 と な っ た. 級 過 程 を 受 講 す る こ と に した 。 確 実 に イ タ リ ア語 文 法 を 習 得 し よ う. と希 望 し た か ら で あ る。 そ の よ う な わ け で5月. か ら は第2初. 級 コ ー ス の 授 業 を 受 け る こ と に な っ た 。 こ の ク ラ ス は20. 名 の ク ラ ス で 、 そ の 学 生 の 国 籍 は 日 本 人 を 含 め る と16ヵ. 国 に 及 ぶ も の で あ る。 ま ず ア フ リカ. か ら は 、 リ ビ ア 、 ア ル ジ ェ リア 、 ナ イ ジ ェ リア 、 ガ ボ ン、 シ エ ラ ・ レ オ ー ネ の5ヵ ぞ れ1名. 国 か らそ れ. 。 ヨ ー ロ ッパ か ら は 、 ノ ル ウ エ ー 、 オ ラ ン ダ、 ス イ ス 、 ドイ ツ、 マ ケ ドニ ア の5ヵ. か ら そ れ ぞ れ1名. 国. 。 ア ジ ア か ら は 、 イ ン ド、 イ ン ド ネ シ ア 、 中 国 、 ベ トナ ム、 そ れ に 日 本 の. 灘 轡 馨 琴響. 一45一. ・ 羨.

(8) 近畿大学教育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). 5ヵ 国 か らで、 イ ン ドネ シア2名 、 日本3名. を除 きそ の他 は1名 で あ る。 さ らに ブ ラ ジル か ら. 1名 と、 合 計16ヵ 国 か らの 留 学 生 が 集 ま る 国 際 的 ク ラス で あ る。 授 業 内 容 は第1初. 級課程 に. 連 続 す る もので 、 イ タ リア語 文 法 の学 習 を 中心 と す る単 調 で退 屈 な面 もあ る が、 担 当教 員 が優 秀 で 、 学 生 と の コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンを絶 えず 配 慮 し、 会 話 の練 習 を豊 富 に取 り入 れ た効 果 的 な 授 業 で あ っ た。 この よ う な国 際 的 な留 学 生 構 成 の ク ラ スで あ っ た た め、 それ ぞ れ の国 にっ い て の さ ま ざ ま な 情 報 交 換 が で き る恵 まれ た ク ラ スで あ っ た。 筆 者 は特 に ア フ リカ 出身 の留 学 生 と積 極 的 に情 報 交 換 を 行 っ たが 、 公 用 語 が フ ラ ンス語 で あ る ガ ボ ンか らの留 学 生 を除 き、 イ タ リア語 で の意 思 疎通 が 不 可 能 な場 合 は英 語 を 使 用 した。. 4.イ. タ リア 語 の 特 徴. ラテ ン語 、 ラ テ ン民 族、 ラ テ ン音 楽 と い った 言 葉 は 日本 人 に も馴 染 み の あ る言 葉 で あ るが 、 そ れ で は一 体 「ラ テ ン」 と は何 か。 そ の意 味 は 「平 ら な土 地」 で あ る。 ロ ー マを 中 心 に そ の一 帯 の平 らな土 地 に居住 す る ラテ ン人 が使 用 して いた の が ラ テ ン語 で あ る。 す なわ ち ロ ー マ を中 心 に古 代 ロー マ帝 国 を築 い た人 々 の使 用 して い た言 語 が ラ テ ン語 で あ るが 、 ロ ー マ帝 国 は ヨ ー ロ ッパ の大 半 を そ の領 土 と して い た の で、 ラテ ン語 使 用地 域 は広 範 な もの とな り、 ラ テ ン語 が ヨー ロ ッパ で最 も有 力 な言 語 で あ った。 ま た カ ト リッ ク教 会 が ラ テ ン語 を教 会 の 言 語 と した た め、 ラテ ン語 は権 威 の あ る言 語 とみ な され て い た。 ラテ ン語 を母 体 とす るイ タ リア語 は、 文字 通 り ラテ ン語 の 直系 言 語 で あ る。 そ の た め ロー マ帝 国 の支 配 下 に あ り ラテ ン語 を使 用 して いた 人 々が ラテ ン民 族 と呼 ばれ る の で あ る。 と ころ で今 日 ラテ ン音 楽 と言 え ば そ れ は中南 米 の音 楽 を指 す が 、 これ は 中南 米 へ の移 民 者 が ス ペ イ ン、 ポ ル トガ ル な ど ラテ ン民 族 だ った た め で あ る。 彼 らが ヨー ロ ッパ か ら持 ち込 ん だ音 楽 と 中南 米 の土 着 の音 楽 を融 合 させ て 出来 上 が った の が ラ テ ン音 楽 で あ る。 これ に対 して 古 代 ロ ー マ帝 国 の勢 力 が 及 ば なか った ヨー ロ ッパ で話 され て い た言 語 が、 ゲ ル マ ン人 の 言 葉 で ゲ ル マ ン語 と いわ れ る もので あ る。 紀 元9年. に トイ トブ ル ク ノ森(現 在 の ドイ. ッの ミュ ンス タ ーの 北 部)で 、 ロ ー マ軍 が ゲ ル マ ン人 に壊 滅 され た ので あ るが 、 これ に よ って ロ ー マ軍 が ラ イ ン川 以 北 に攻 め入 る こ とを 断 念 した ので あ る。 こ の た め ライ ン川 以 北 は ロー マ 帝 国 の 属 州 にな る こ と な くゲ ル マ ン語 を 維 持 で き た。 ロ ー マ帝 国 の属 州 に なれ ば ラテ ン語 が そ. 一46一.

(9) ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. の 地 域 の 言 語 に な る こ と は 、 ス ペ イ ンや フ ラ ン ス の 例 が 示 す と お り で あ る 。 後 に ブ リテ ン 島 に 移 住 す る こ と に な る ア ン グ ル 人 や サ ク ソ ン人 は 、 トイ トブ ル ク ノ 森 の 北 の 住 民 で あ っ た 。 そ の た め ブ リ ト ン人 の 言 語 が ラ テ ン語 で は な く ゲ ル マ ン語 で あ り、 異 民 族 の 度 重 な る 流 入 の た め 簡 略 化 され 今 日 の英 語 と な っ た。 と こ ろで そ の よ う な背 景 を 持 っ イ タ リア語 で あ るが 、 英 語 に比 較 す る と き わ め て煩 雑 な言 語 で 、 細 か い 文 法 規 則 を 持 っ 言 語 で あ る 。 しか し一 方 で は 大 雑 把 な 言 語 で あ る と も言 え る 。 そ の あ た り を 概 観 して み る 。 a.人. 名. 男 性 名 前:女. 性 名 前:. AlessandroAlessandra CarloCarla DanieloDaniela FrancescoFrancesca LucioLucia MarioMaria LucianoLuciana RobertoRoberta 上 で 見 る よ う に イ タ リア 人 の 名 前(日 尾 がoかaの. 本 語 の 名 に 当 た る)は. 男 女 酷 似 し て い て 、 わ ず か に語. 違 い だ け な の で あ る。 勿 論 す べ て の 名 前 が こ の よ う な 形 を し て い る わ け で. は な い。 b.名. 詞 ・冠 詞. す べ て の 名 詞 は 男 性 と 女 性 に 分 け られ て い る 。 男 性 名 詞:女 bambino/i(男. 性 名 詞: の 子)bambina/e(女. の 子). libro/i(本)casa/e(家) amico/i(男. の 友 達)amica/che(女. の 友 達). gatto/i(猫)macchina/e(車) 上 で 見 る よ う に 原 則 と し て 語 尾 がoで. あ れ ば 男 性 名 詞 、aで. の 後 は複 数 形 で あ る。. 一47一. あ れ ば 女 性 名 詞 で あ る。. 斜線.

(10) 近畿大学教育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). 冠 詞 に つ い て は 、 不 定 冠 詞unは unparco(一. っ の 公 園)unacamera(一. 定 冠 詞il/iは illibro(そ. 男 性 名 詞 に 、unaは. 男 性 名 詞 単 数/複 の 本)、ilibri(そ. 女 性 名 詞 単 数/複. れ ら の 本)、lacasa(そ. 字 に よ っ て も 変 化 す る の で 実 際 は7種 c.形. っ の 部 屋). 数 に 、la/leは. 定 冠 詞 は 上 記 の よ う に 基 本 的 に は4種. 女 性 名 詞 に っ く。. 数 に つ く。. の 家)、lecase(そ. れ らの 家). 類 の 変 化 を す る の で あ る が 、 後 に 続 く名 詞 の 最 初 の 文. 類 の 変 化 を す る。. 容詞. 形 容 詞 は そ れ が 修 飾 す る 名 詞 の 性 と数 に よ っ て 語 尾 変 化 す る。 一 般 的 に は 形 容 詞 は 名 詞 の 後 に お か れ る 。 形 容 詞italiano(イ unragazzoitaliano(1人. タ リ ア 人 の)を. 例 に そ の4通. の イ タ リ ア 人 の 少 年). unaragazzaitaliana(1人. の イ タ リ ア 人 の 少 女). dueragazziitaliani(2人. の イ タ リア 人 の 少 年). dueragazzeitaliane(2人. の イ タ リア 人 の 少 女). d.動. りの変 化 を例 示 す る。. 詞. 動 詞 は 英 語 で 言 う 主 語 の1人 Lavorare(働. く)の. iolavoro(私. は 働 く). tulavori(あ. な た は 働 く). 称 、2人. は/彼. noilavoriamo(私. た ち は 働 く). 類 の変 化 をす る。. 女 は 働 く). な た 方 は 働 く). lololavorano(彼 上 記6種. 称 の 単 複 に よ っ て6種. 変 化 を 例 示 す る。. lui/leilavora(彼. voilavorate(あ. 称 、3人. ら は 働 く). 類 の変 化 の他 に、 過 去 の時 制 を表 す の に使 わ れ る過 去 分 詞 形 や、 命 令 形 、 未 来 形 な. ど が あ り、 学 習 者 を 混 乱 さ せ る 。 e.前. 置詞. 前 置 詞 に は さ ま ざ ま な も の が あ る が 、 特 に 使 用 頻 度 の 高 い も の はa(英 る)、in(英 語 のonに. 語 のinに. 当 た る)、da(英. 当 た る)の5個. 語 のfromに. 当 た る)、di(英. 語 のat,toに. 語 のofに. 当 た. 当 た る)、su(英. で あ る。 イ タ リア語 の 前 置 詞 は英 語 の そ れ と は異 な って 、 後 に続 く. 定 冠 詞 と結 合 す る。 た と え ば 「駅 で 」 はalastazioneで. i・ ・. あ る が 、aと1aが. 結 合 し、allastazi一.

(11) ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. oneと な る。 定 冠 詞 の 変 化 は上 述 の よ うに7種 類 あ るか ら、 上 記 の5個 の前 置 詞 が これ らの7種 類 の定 冠 詞 と結 合 す る ので 、35種 類 の 「冠 詞 結 合 前 置 詞 」 が 存 在 す る。 イ タ リア語 学 習 者 泣 か せ で あ る。 英 語 が 異 民 族 の流 入 を原 因 と して 単 純 化 を繰 り返 し、 今 日の よ うな整 備 され た言 語 に変 化 し て き たの に反 して 、 こ の よ う に煩 雑 な変 化 形 を維 持 して い る のが イ タ リア語 の特 徴 と言 え る。 そ の 一 方 で イ タ リア語 に は英 語 の よ うな疑 問 文 が 存 在 しな い。 発 話 す る場 合 は肯 定 文 を上 昇 調 で 発 話 す れ ば疑 問 文 と な り、 筆 記 の 場 合 は肯 定 文 の語 尾 に疑 問 符 をっ けれ ば よ い。 そ の意 味 で 大 雑 把 で"気 楽 な言 葉"と 言 え るの で あ る。. 5.日. 本 人留 学生. ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 に は 日本 か ら も毎 年 多 くの人 た ちが イ タ リア語 を学 び に来 て い る。 そ の 年 齢 は20代 か ら70代 まで 多 様 で あ り、 か っ 留 学 の 目的 もさ ま ざ まで あ る。 大 学 の秘 書 課 の話 で は、2007年6月. に はお よ そ50名 の 日本 人 が 在 学 して お り、 年 間 の延 べ 留 学 生 の数 は200人 前. 後 と い う こ とで あ る。 こ の数 は世 界 各 国 か ら留 学 して くる学 生 数 の 上 位5,6番 で は中 国 に 次 い で2番. 目で 、 ア ジァ. 目だ そ うで あ る。 全 体 と して は毎 年 延 べ お よ そ80の 国 か ら、2,000名 前. 後 の 学 生 が 留 学 して くる との こ とで あ る。 筆者 は在 学 中 お よそ20名 の 日本 人 学 生 に ア ンケ ー ト調 査 を 依 頼 し、 そ れ を 基 に聞 き取 りを行 い 留学 の 目的 そ の 他 にっ い て 調 べ た 。 そ の 中 か ら20代 、30代 、40代 、50代 、60代 の 各 年 代 の人 か らの 聞 き取 りを 報 告 す る。. 草川. 緑(仮 名 、20代). 草 川 さん は外 国 語 学 部 の ス ペ イ ン語 専 攻 の 学 生 で あ った が 、 提 携 校 の ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 の 留学 生 に 選抜 され 、4年 生 の と き1年 間 留 学 す る。 外 国 人 大 学 で 取 得 した 単 位 が 認 め られ る の で4年 間 で 日本 の 大学 は卒 業 す る。 帰 国 後 イ タ リア語 の 学 習 を 中 止 す る こ と はあ ま りに も残 念 と考 え、1年. 間 ア ル バ イ トで 留学 費 用 を稼 ぎ再 度 外 国 人 大 学 に留 学 して きた の で あ る。 再 度. の留 学 で6段 階 あ る レベ ル の 上 か ら2番 目の コ ー ス、C-1を. 終 了 した と き、 イ タ リア語 教 育. 専 攻 学 部 へ の転 部 を希 望 し、 編 入試 験 を受 験 して 合 格 す る。 この 学 部 は3年 間 の コ ー スで 、 卒 業 試 験 に合 格 す れ ば イ タ リア語 教 師 の免 許 状 を取 得 す る こ とが で き る。2007年6月. 一49一. この コ ー ス.

(12) ?:.. 近畿大学教育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). の1年 生 の 彼 女 は以 下 の科 目 を受 講 して い る。 イ タ リア文 学 、 地 理 、 芸 術 史 、 音 韻 学 、 言 語 学 、 中 世 史 、 そ の他 彼 女 は将 来 日本 また は外 国 で イ タ リア語 教 師 の 仕 事 を望 ん で い る。 な お彼 女 は幼 少 の頃 か ら バ レエ の レ ッス ンを続 けて い るが、 外 国 人 大学 に留 学 して か らも現 地 の バ レエ教 室 に通 い研 鑛 を積 ん で い る。 ペ ル ー ジ ャで最 も豪 華 な劇 場 で の 発 表 会 で は堂 々 た る演 技 を 披 露 した。 日本 で はバ レエ の講 師 が で き る レベ ル との こ とで あ る。. 三 田哲 雄(仮 名 、30代) 三 田氏 は外 国 人 大 学 に留 学 して い る 日本 人 の 中 で は め ず ら しい サ ラ リー マ ン留 学 生 で あ る。 彼 が 勤 め る大 手 商 社 に は海 外 語 学 留 学 制 度 が あ り、 社 員 を海 外 の支 店 に駐 在 させ る前 に語 学 留 学 させ て い る。 社 員 の間 、 特 に独 身 社 員 の間 で は、 この制 度 を利 用 して留 学 を希 望 す る もの が 多 く競 争 率 はか な り高 いそ うで あ る。 彼 は入 社 後4年. 目 に して 留 学 が 認 め られ 、 会 社 の指 定 す. るペ ル ー ジ ャ にあ る私 立 の 語 学 学 校 に留 学 して き た。 ここで6ヵ 月 学 ん だ 後 、 規 模 も大 き くま た世 界 中 か ら留 学 生 の 集 ま る国 立 の ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 に入 学 したの で あ る。 こ こで さ らに 6ヵ 月 学 ぶ 予 定 で 、上 か ら2番 目 の レベ ル、C-1の. 授 業 を受 けて い る。 「こ の レベ ル は大 学. の学 部 に入 学 を 目指 す留 学 生 が 多 く受 講 して い て 、 授 業 にっ い て い くの が 大 変 」 と言 って い る。 帰 国後 は会 社 か ら ミラノ支 店 へ の 出張 命 令 が お り るの を 待 っ こ と にな るそ うで あ る。. 林 正 人 神 父(30代) 林 神 父 は東 京 の あ る カ ト リ ッ ク教 会 の神 父 で あ る。 幼 少 の 頃 か ら親 戚 に カ ト リッ ク の シス タ ーが い た こ と もあ って 教 会 に通 って い た。 両 親 の離 婚 な ど逆 境 に あ り大 学 進 学 を あ き らめ ざ るを 得 なか っ たが 、 そ の よ う な状 況 で も神 に祝 福 され て生 き て い る と感 じ、 神 父 を職 業 とす る 決 意 を す る。29歳 で 東 京 神 学 校 に入 学 し6年 間 カ トリ ック の学 習 と神 父 と して の修 行 を す る。 卒 業 後 東 京 の あ る教 会 の 神 父 と して 着 任 す る。 この よ うな と き東 京 教 区 で は神 父 の ロ ーマ 留 学 が 計 画 され る。 林 神 父 は司 教 の推 薦 を受 け留 学 資格 を 得 るた め の試 験 を受 験 す る こ と にな るが 、 そ の 受 験 の た あ 再 度 神 学 校 に入 学 す る。 留 学 試 験 に 合格 し ロー マ 派遣 が 決 ま った の で 、2007年4月. か ら外 国 人 大 学 で イ タ リア語 の 学 習 を. 始 め た の で あ る。 日本 で は イ タ リア語 の学 習 の た あ の 時 間 が とれ ず 、 外 国 人 大 学 で は初 級 のA 一 ユの ク ラ ス始 め て い る 。2007年8月. か ら カ トリ ッ クの 総 本 山 で あ るバ チ カ ンに 向 か い、 そ 一50一.

(13) 。".∵. ペ ル ー ジ ャ外 国人 大 学. こ で の 修 行 が 始 ま る の で あ る 。2007年4月. か らは ペ ル ー ジ ャの大 聖 堂 に隣 接 す る建 物 で イ タ リ. ア 人 、 韓 国 人 、 イ ン ドネ シ ア 人 の 神 父 と と も に イ タ リ ア 語 の 特 訓 を 受 け な が ら ロ ー マ で の 修 行 に備 え て い る と こ ろで あ る。. 泉. 素 子(仮 名 、40代) 泉 さん は 日本 で は高 等 学 校 の 音 楽 の 教 師 で あ り、 か っ プ ロ の オ ペ ラ歌 手 で もあ る。 彼 女 は数. 年 前 か ら毎 年 夏 休 み を 利 用 して オ ペ ラの 本 場 で あ る ボ ロ ー ニ ャに短 期 留 学 を継 続 して 行 って い る。 オ ペ ラ歌 手 で あ るた め 、 自分 が 歌 う イ タ リア語 の 歌 詞 を理 解 す る必 要 が あ る。 ま た時 た ま 共 演 す るイ タ リア人 との コ ミュ ニ ケ ー シ ョ ンに もイ タ リア語 が 必 要 で あ る。 さ らに ボ ロ ー ニ ャ の 音 楽 院 の 指 導 教 授 か らは イ タ リア語 の 発 音 を さ らに正 確 な もの にす る こ とを 要 求 され る。 そ の よ うな 理 由 で イ タ リア語 を 十 分 学 習 した い と望 み 、 自治 体 の 派 遣 す る留 学 生 に応 募 した と ころ幸 い 選 ば れ 、 外 国 人 大 学 に留学 して きた の で あ る。 大 学 を 出 て す ぐに結 婚 した た め、 友 人 が 大学 卒 業 後 ヨー ロ ッパ の 国 々 に留 学 す るの を 羨 や ま し く思 って いた が 、 子 供 全 員 の大 学 入 学 を 見 届 け精 神 的 に余 裕 が で きた た め 、40代 にな って 満 を 持 して の 留 学 で あ る。 外 国 人 大 学 で は音 楽 の授 業 も受 講 で き るの で 、 彼女 はイ タ リア語 の 学 習 と同 時 にオ ペ ラの レ ッス ンを 受 け な が らの留 学 生 活 で あ る。 夫 や 家族 を 日本 に 残 して の い わ ば 単 身 留 学 で あ る。. 成川. 勝(仮. 名、50代). 成 川 氏 は外 資 系 コ ン ピ ュー タ会 社 に勤 め て い た が 、1990年 は じめ て 休 暇 を利 用 して イ タ リア に旅 行 した。 そ の後 度 々 イ タ リア に来 る こ とに な るが、 そ の た び に さ らに 深 くイ タ リアを 知 り た い と思 うよ うに な る。 そ れ で定 年 を待 た ず して57歳 で 退職 し、 第2の 人生 の 目標 を イ タ リア 語 の習 得 と決 め ペ ル ー ジ ャ外 国人 大 学 に留 学 して きた。 この大 学 を選 ん だ理 由 は、 国 立 の 大 学 で あ る た め上 質 な イ タ リア語 を習 得 で きる と考 え た か らで あ る。 成 川 氏 は 留学 前 か ら東 京 の 日 伊 協 会 で イ タ リア語 を学 習 して い た の で、 あ る程 度 イ タ リア語 は理 解 で きた が、 敢 え て 外 国 人 大 学 で は第1初 級 レベ ル、A-1か. ら始 あ た。 イ タ リア語 を一 か ら徹 底 的 に学 習 しよ う と した. か らで あ る。 外 国 人 大 学 で の授 業 は、 「担 当 教 員 は優 秀 で、 ク ラ ス メ ー トは イ タ リア近 隣 諸 国 か らの若 者 で彼 ら とは楽 し く交 流 が で き、 理 想 的 な留 学 生 活 だ った」 と回 想 して い る。 成 川 氏 は 日本 人 留 学 生 に は至 難 と考 え られ て い るす べ て の レベ ル の学 習 、A-1か. らc2ま. で を2. 年 弱 で終 了 した。 ま さ に驚 異 で あ る。 「ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 を 卒 業 した こ とで 、 イ タ リア を 一51一. ⊃榊..

(14) サ辱 ●. 近畿大学教育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). 学 ぶ ス タ ー トラ イ ン に 立 て た と 思 う 。2007年10月. か らフ ィ レ ンッ エ に あ る大 学 で イ タ リア文 学. を 勉 強 す る予 定 で す 」 と希 望 を 語 って い る。 イ タ リア に つ い て 氏 は 「イ タ リ ア で は 何 事 も 日 本 の よ う に 機 能 的 に は 進 ま な い の で 、 忍 耐 が 自然 と 身 に つ く。 生 活 面 で は 日 本 の 方 が は る か に 便 利 で 質 も 高 い 。 国 民 性 に は 近 い もの が あ る と感 じ て い る。 イ タ リア の 魅 力 は 色 々 あ る が 一 番 面 白 く感 じ る の は 、 イ タ リ ア 人 だ 」 と 語 っ て い る。. 加藤. 静 雄(仮. 名 、60代). 加 藤 氏 は1990年. こ ろ に あ る イ タ リ ア 人 女 性 の ホ ス トフ ァ ミ リー を 引 き受 け る 。 こ れ を 契 機 に. イ タ リ ア に 興 味 を 持 ち 、1995年. か ら大 手 製 薬 会 社 に 勤 め な が ら毎 年 ゴ ー ル デ ン ウ イ ー ク な ど を. 利 用 して イ タ リ ア を 訪 れ て い る 。 そ して 定 年 後 は イ タ リ ア に 滞 在 し て イ タ リ ア 語 の 学 習 を 生 き が い に し よ う と 考 え る 。 同 時 に イ タ リ ア 各 地 を 旅 行 し、 イ タ リ ア 人 と の ふ れ 合 い を 求 め よ う と 決 意 す る。 最 初 の 留 学 先 は フ ィ レ ン ッ エ の 語 学 学 校 で1ヵ 帰 国 し、 再 度 フ ィ レ ン ッ エ に3ヶ. 月 の"た. 月 留 学 。 こ の と き か ら 加 藤 氏 は3ヵ. め し留 学"で. あ っ た。 一 旦. 月 間 隔 で イ タ リア と 日本. に 住 み 分 け す る ラ イ フ ス タ イ ル を 確 立 す る。 こ れ は60代 の 年 齢 の 加 藤 氏 に は 適 当 な 間 隔 と 考 え る か ら で あ る。 サ レ ル ノ、 ピ サ な ど各 地 の 私 立 の 語 学 学 校 に 留 学 し、 い ろ ん な 町 を 旅 行 し人 々 と の 交 流 を 深 め る。 そ の う ち 国 立 の 語 学 学 校 で 学 ぶ こ と を 考 え 、 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 に2006 年 入 学 す る 。 そ の と き の ク ラ ス の レ ベ ル は 上 述 のC-1で. あ る。 氏 は サ ラ リー マ ン 時 代 か ら イ. タ リ ア 各 地 を 旅 行 し て い て 、 す べ て の 州 に 足 跡 を 残 し て い る ほ ど の イ タ リア 通 で あ る。 ト リ ノ の 冬 季 オ リ ン ピ ッ ク で は 日 本 選 手 団 の 通 訳 を 引 き受 け よ う と し た こ と も あ る 。70歳. ま で は毎 年. 3ヵ 月 間 隔 で イ タ リ ア に 滞 在 す る 計 画 で 、 そ の あ と は イ タ リ ア 関 係 の 本 の 執 筆 を 考 え て い る そ うで あ る。 氏 はす で に これ まで の 体 験 を ま とめ. 「イ タ リ ア ・ふ れ あ い ・め ぐ り愛 」 と い う愉 快. な 内 容 の 本 を 出 版 して い る 。. 6.外. 国 人留 学生. ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 に は 年 間 お よ そ80の 国 か ら 、 延 べ2,000人 近 く の 留 学 生 が あ る。 ヨ ー ロ ッパ は 北 欧 か ら東 欧 に い た る あ ら ゆ る 国 か ら、 ア フ リカ は 北 ア フ リカ だ け に と ど ま ら ず 中 央 ア フ リ カ お よ び そ れ 以 南 の 国 か ら も、 そ し て ア ジ ア か ら も 中 国 は じ め 多 く の 国 か ら の 留 学 生 が. 一52一. 、亀蒼 師. 」.

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(19) ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. 7.ペ. ル ー ジ ャの 人 々 の 生 活 文 化. ペ ル ー ジ ャ 滞 在 中 に 見 た り 感 じた り した 人 々 の 生 活 文 化 に っ い て 、 そ の い くっ か を 紹 介 す る 。. a.バ. ー ル と朝 食. バ ー ル と は 敢 え て 日 本 流 に 言 え ば 喫 茶 店 で あ る 。 街 の い た る と こ ろ に 見 か け られ る 。 国 鉄 の 大 き な 駅 の 構 内 に も 必 ず 見 る こ と が で き る 。 カ フ ェ(コ 立 ち 寄 る場 所 で あ り 、1日. の う ち 必 ず1回. ー ヒ ー)好. きの イ タ リア人 が しば しば. は立 ち 寄 る人 が 多 い。 イ タ リア人 の 日常 生 活 に は欠. か せ な い 場 所 と言 っ て も い い 。 外 国 人 大 学 に も地 下1階. に この バ ール が あ り、 休 憩 時 間 だ けで. な く常 に 学 生 や 教 職 員 で に ぎ わ っ て い る 。 バ ー ル に は い ろ ん な 利 用 の 仕 方 が あ っ て 、 朝 食 を 取 る場 所 に し て い る 人 々 が い る。 朝 の7時. 頃 か ら ど こ の バ ー ル も仕 事 に 行 く途 中 の サ ラ リ ー マ ン、1時. 間 目 に授 業 の あ る学 生. な ど で 混 み 合 っ て く る 。 バ ー ル で は 陳 列 ケ ー ス に 何 種 類 か の パ ン類 や パ ニ ノ と 呼 ば れ る サ ン ド イ ッ チ が 並 べ ら れ て い る。 パ ン 類 は 日 本 で い う 菓 子 パ ン と ク ロ ワ ッサ ンで あ る 。 多 くの イ タ リ ア 人 は そ の 中 か ら一 っ を 選 び 、 カ プ チ ー ノ を 飲 み な が ら立 っ た ま ま 朝 食 を と る 。 そ の 中 に は 厳 し い 制 服 を 身 に っ け た 警 官 や 軍 人 が い て 、 子 供 が 好 む よ う な チ ョ コ レ ー トパ ン な ど を カ プ チ ー ノ 片 手 に 頬 張 っ て い る 姿 は ま さ に ユ ー モ ラ ス に 見 え る 。 ど う い う わ け か 菓 子 パ ンを 二 っ 食 べ る. 一57一.

(20) 近畿大学教 育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). 人 はい な い。 サ ラ リー マ ン や 学 生 が 軽 い 朝 食 を す ま せ て 立 ち去 る と 入 れ 替 わ り に 、 年 配 の 人 が 入 っ て く る 。 た い て い は夫 婦 で あ る が 一 人 の 人 も い る。 彼 ら も や は り カ プ チ ー ノ と 菓 子 パ ンの"軽. い"朝. 食. を 取 る。 中 に は 新 聞 を 持 ち 込 ん で 長 い 時 間 そ こ に と ど ま る人 も い る。 こ の よ う に イ タ リア 人 の 朝 食 は き わ め て 簡 単 で あ る。 こ れ は昼 食 が デ ィ ナ ー で 、 た っ ぷ り 時 間 を か け て パ ス タ ー や 肉 や 野 菜 の 料 理 を 食 べ る食 習 慣 の た め だ と思 わ れ る。 な お 菓 子 パ ンー 個 と カ プ チ ー ノ ー 杯 の 朝 食 は お よ そ300円 で あ る 。. b.昼. 時. ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 で 授 業 を 受 け る に あ た り不 思 議 に思 った ことが あ る。 朝8時 か ら始 ま る授 業 で 午 後1時. まで 続 くの が あ った こ とだ 。 そ れ で は昼 食 は ど うす るの と い うこ と に な る。. 日本 で は昼 とい え ば12時 で、 昼 食 は12時 か らで あ る。12時 は1日 の 生 活 の 中 で 午 前 と午 後 を 区別 す る特 別 な 時 間 で あ る。 と ころ が イ タ リア で は12時 後1時. で あ る。 昼 食 は午 後1時. は昼 で は な い。 大 胆 に言 え ば 昼 は午. か らで あ る。 公立 の 小学 、 中学 、 高 校 は朝8時 前 後 に始 ま り午. 後1時 前 後 に終 わ る とい うの が一 般 的 だ。 昼 食 はそ れ か らで あ る。 午 後1時. 頃 に な る と校 門前. に は父 兄 の迎 え の車 が列 を作 る。 勤 め人 が子 供 を迎 え に学 校 に立 ち寄 り、 自宅 に連 れ帰 りた っ. 写 真12.水. 飲 み場(街 中の各 所 に見 られ る). 一58一.

(21) ・ド 、h灯w,:. ペ ル ー ジャ外 国 人 大 学. ぷ り時 間 を か けて 昼 食 を 取 るの で あ る。 これ は イ タ リアで は午 後1時 頃 か ら4時 頃 ま で社 会 の 活 動 が 一 旦 中 断 し、 昼 食 とそ の あ との 休 息 の 時 間 にす るか らで あ る。 イ タ リアで は午 後1時 が1日 の 生 活 の 中 で 区 切 りをっ け る特 別 な時 間 で あ る。1時 か ら4時 まで はす べ て の 店 が 、 ス ーパ ー まで もが シ ャ ッタ ー を下 ろす 。 通 りは車 の往 来 が 極 端 に減 少 し、 人 通 り も少 な くな る。 イ タ リア人 は長 い昼 時 を 楽 しむ ので あ る。 大 人 も子 供 も。 と こ ろで イ タ リアの 子 供 た ちの1日 の 学 習 時 間 は、 授 業 が 原 則 昼 まで な ので 日本 に比 べ れ ば は るか に短 い。 さ らに夏 休 み が6月20日. 前 後 か ら8月 の20前 後 まで2ヵ 月 あ る。 普 段 の 日に は. か な りの 量 の 宿 題 が あ るそ うだ が 、 夏 休 み に は特 別 な宿 題 は無 い そ うだ。 イ タ リア人 と結 婚 し て10年. に な る 日本 女 性 は、 夏 休 み の 課 題 を与 え て ほ しい と学 校 に申 し入 れ た が 聞 き入 れ られ. な か った と話 して い る。 授 業 が 昼 まで と い う"文 化"に 関 係 して 興 味 あ る こ とは、2時. ごろ か. らテ レ ビで 日本 の ア ニ メが 放 映 され る こ とで あ る。 ペ ル ー ジ ャに来 た 当初 事 情 が 分 か らず、 こ の 時 間 帯 に一 体 誰 が ア ニ メを 見 るの だ ろ う と不 思 議 に思 った もの だ。 日本 で は"ゆ と りす ぎ" だ とい って 授 業 時 間 を 増 や そ う と して い るが 、 イ タ リア の よ うに は るか に"ゆ. と って"い. る国. が 世 界 に はあ るの だ と気 が っ い た。. C.ペ. ル ー ジャの 路 線 バ ス. ペ ル ー ジ ャ はバ スの 路 線 が 多 く、 運 行 も頻 繁 で 便 利 で あ る。 長 距 離 バ ス も数 多 く出 て い て ロ ーマ まで はお よそ3時 間 半 で あ る。 初 あて バ ス に乗 車 した と き、 ペ ル ー ジ ャで は あ る人 た ち に はバ ス は無 料 か と思 った 。 バ ス は ワ ンマ ンバ スで あ るが 、 日本 の よ うに降 車 の と き料 金 を 払 うよ う に は な って い な い。 見 て い る と乗 り降 り は 自 由 の よ う に見 え る。 バ ス に は ドア ー が 3ヵ 所 あ りそ こか ら自由 に、 っ ま り料 金 を 払 わ ず に乗 り降 り して い る よ うに見 え る。 初 め て バ ス を 利 用 した と き は、 教 え られ た よ う にバ ス停 の そ ば に あ る タバ コ屋 で 切 符 を買 い バ ス に乗 り 込 ん だ 。 バ スの 中 に は3ヵ 所 に刻 印 機 が 取 り付 け られ て いて 、 そ こに乗 車 す る とす ぐに切 符 を 差 込 み、 日時 を刻 印 す る の で あ る。 そ の 切 符 は 降 車 の と き運 転 手 に渡 す こ と は しな い。 した が って 切 符 を 買 わ ず に乗 り降 りが で き るの で あ る。 見 て い る と そ の よ うに して い る人 が か な り い る。 特 に若 者 に は。 そ れ で 無 料 か と最 初 思 っ た ので あ る。 で は ど う して 無 賃 乗 車 を 防 ぐか と 言 え ば 、 ペ ル ー ジ ャ駅 前 バ ス停 の よ うな 大 き なバ ス停 に着 くと、3ヵ 所 の 出入 り口 の ドア ー を 開 けな い の で あ る。 そ こ に検 札 官 が 乗 り込 ん で きて 検 札 す る。 こ こで 無 賃 乗 車 が 発 覚 す る と30 ユ ー ロ支 払 わ ね ば な らな い。 バ ス料 金 は市 内 で は1ユ ー ロ(約 ユ60円)で あ る。. 59.

(22) 近畿大学教育論叢. 第19巻. 第2号(2008・3). 検 札 に っ い て は 、 め っ た に し な い と 言 う イ タ リ ア 人 も い れ ば 、 よ く や る と 言 う イ タ リア 人 も い る 。 筆 者 が 滞 在 して い た3ヵ が3回. 月 あ ま りの間 に、 それ ほ ど頻 繁 に乗 車 して い た わ け で な か った. 検 札 に 出 くわ し た 。 あ る と き 教 室 で ク ラ ス メ ー トに 切 符 を 買 っ て 乗 る か ど うか 聞 い た が 、. ほ とん ど学 生 が 買 わ な いで 乗 って い る こ とが 分 か っ た。 そ の よ う な状 況 で あ るか ら当然 と言 え ば 当 然 で あ る が 、2ヵ. d.ペ. 月 の 間 に2人. が 罰 金30ユ. ー ロを 支 払 って い た こ とが 分 か っ た。. ル ー ジ ャの 桜. ペ ル ー ジ ャに住 み は じめ す ぐに桜 の樹 を 見 っ けた と き は、 そ れ が 想 定 外 だ った の で 驚 くと同 時 に感 激 も した。 そ れ は城 壁 に 隣接 して い る小 さな 公 園 の 中 だ った。 数 本 の樹 が 見 事 に花 を 咲 かせ て い た。 す べ て牡 丹 桜 で、 色 は ピ ン ク と白、 そ れ に や や黄 色 が か った の もあ った。 くす ん だ色 の 古 い城 壁 と青 い空 を 背 景 に 咲 く桜 は、 絵 葉 書 に取 り入 れ た い よ うな す ば ら しい景 色 で あ っ た。 そ の後 桜 の樹 を 見 た の は 外 国 人 大 学 の 分 校 の キ ャ ンパ ス 内 と、 そ して 数 軒 の 民 家 の 中 庭 で あ っ た。 民 家 の 中 庭 の桜 は どれ も それ ほ ど年 輪 を重 ね て い る よ うに は見 え なか ったが 、 イ タ リ ア人 の 中 に も桜 を 愛 で る人 が い る こ とを 示 す もの と思 っ た。 上 で 述 べ た公 園 内 の桜 は4月 初 め か ら5月 初 め にか けて 満 開 を 続 けて いた の で あ る。 開 花 期 間 は 日本 よ り は るか に長 い。 筆 者 は 週 末 よ く テキ ス トと焼 きた て の ピ ッッ ァを 持 参 して 桜 の 樹 の 真 下 で 桜 観 賞 を 楽 しん だ ので あ る。 贅 沢 な こ とだ と思 い な が ら。 実 は この よ うな見 事 な桜 が 咲 い て い るに もか か わ らず、 週 末 で さえ もそ れ を 観賞 に来 る イ タ リア人 が い な い。 っ ま り 日本 の よ うな"花 見 の宴"は 見 られ な か った の で あ る。 常 に この 見 事 な桜 を独 り占 め に で きた の で あ る。 イ タ リア人 の友 人 に桜 にっ い て の彼 らの思 い、 感 想 を聞 い たが 「日本 人 が桜 を好 きな こ と は 知 って い る。 私 も桜 は好 きで きれ い な花 だ と思 う。 しか しわ ざ わ ざ桜 の樹 の下 で フ ェス タ(宴 会)し. e.イ. よ うと は思 わ な い」 と い う返 事 が か え って き た。. タ リア時 間. ど この 国 、 ど この 土 地 に もそ れ ぞ れ の 時 間 感 覚 が あ る。 ペ ル ー ジ ャ に もそ れ はあ っ た。 メ ー デ ー の 日 に ペ ル ー ジ ャ で は 中 央 広 場 の 特 設 ス テ ー ジ で コ ンサ ー トが あ っ た 。 ポ ス タ ー に は 開 演 6時 と書 か れ て い た 。 そ の 日 の ロ ッ ク カ ン ッ オ ネ ー を 聞 こ う と思 い 、 い い 場 所 を 確 保 し よ う と. ・1.

(23) ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学. 5時 半 頃 会 場 に 出 か け た 。 ス テ ー ジ で は ミ ュ ー ジ シ ャ ン と 音 響 ス タ ッ フ が 楽 器 の 音 合 わ せ に 余 念 が な か っ た 。6時. 近 く に な る の に始 め る よ う な 気 配 が な い 。6時. が 過 ぎ て も 音 合 わ せ が 続 く。. 6時 半 に な る の に 関 係 者 は あ わ て る様 子 も な く話 を しな が ら、 笑 い な が ら、 タ バ コ を ふ か し な が ら準 備 を し て い る。 ま る で 開 演 時 間 が6時 に7時. で あ る こ と な ど 眼 中 に 無 き が ご と くで あ る 。 っ い. に な っ た 。 こ の 間 ス テ ー ジ の 誰 一 人 と して 腕 時 計 を 見 た も の は い な か っ た 。 ま っ た く あ. わ て る と こ ろ が 無 い の で あ る。 聴 衆 と い え ば 、 ワ イ ン や ビ ー ル を 飲 み な が ら友 達 と 談 笑 して い る の で あ る。 時 々 音 合 わ せ の 音 楽 に合 わ せ て 踊 っ た り して い る 。「早 く し ろ 」 な ど と 叫 ぶ も の は 誰 も い な い 。 結 局 コ ン サ ー トが 始 ま っ た の は7時. 半 頃 で あ っ た 。 そ して 開 演 に 先 立 ち 司 会 者 か. ら、 大 幅 な 遅 れ を 詫 び る言 葉 は一 切 な か っ た 。 こ の 後 も い ろ ん な コ ン サ ー ト に 出 か け た が 、 予 告 の 開 演 時 間 に始 ま る も の は な く、 た い て い は10分20分. と遅 れ た 。 そ し て 誰 も"い. ら い ら"し. て いな か った 。. お わ りに. イ タ リア語 を学 ぶ 日本 人 の夢 は本 場 イ タ リアへ の 留学 で あ る。毎 年 多 くの 日本 の 若 者 が イ タ リア各 地 に あ る語 学 学 校 に留学 す る。 イ タ リアで は多 くの都 市 に は語 学 学 校 が あ り、 イ タ リア 全 土 で は お よ そ300の 語 学 学 校 が あ る。 ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 に も 日本 人 は も と よ り世 界 中 か. 一61一.

(24) ペル ー ジ ャ外 国 人 大 学. らイ タ リア 語 を学 ぶ た め 人 々 が 集 ま って くる。 な ぜ そ れ ほ ど多 くの 人 々 が 世 界 中 か らイ タ リァ を 目指 す の か。 そ れ は彼 らが イ タ リア の 歴 史 と文 化 に憧 れ 、 そ れ らを 少 しで も理 解 した い と望 み、 そ の た め イ タ リア語 を学 ぼ う とす るか らで あ る。 そ の よ うな人 聞 の一 人 と して ペ ル ー ジ ャ外 国 人 大 学 で 学 ぶ こ と にな り、 そ こで 体 験 した りま た感 じた こ とを さま ざ ま な視 点 か ら リポ ー ト して み た 。 中世 の 町並 み が 随所 に残 る ペ ル ー ジ ャ。 数 百 年 前 の 人 々 が 日々 歩 い た と思 わ れ る石 畳 の 薄 暗 い路 地 裏 を、 石 壁 に は め込 ま れ た キ リス トの彫 像 を 眺 め な が ら歩 き回 る と き、 ま さ に歴 史 の 重 み を実 感 で きた。 そ の よ うな ヨー ロ ッパ の典 型 的 な"古 い歴 史 の都 市"で. わずかな期間なが ら. もイ タ リア語 の学 習 に専 念 で きた こ とは、 定 年 後 の過 し方 と して楽 しくか っ有 意 義 で あ った と っ け加 え リポ ー トを終 了 す る。. 文献 京藤好男. 「文 法 か ら 学 べ る イ タ リ ア 語 」 ナ ツ メ 社2007年. ク リ ス トフ ァ ー ・ダ ガ ン 渡部昇一. 「イ タ リ ア の 歴 史 」2005年(河. 「英 語 の 歴 史 」 大 修 館 書 店1983年. ペ ル ー ジ ャ 外 国 人 大 学 刊 行80周. 年 記 念 誌(2006年). 原 題:LaPortaeAperta.:UniversitaPerStranieriDiPerugia (門 は 開 か れ て い る:ペ. ル ー ジ ャ 外 国 人 大 学). 一62一. 野. 肇. 訳).

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参照

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