画 究 ノー トl
上 田地方 における
公共図書館史 (
上)
は じめ に わが国に初 めて西欧の図書館の様子を伝 えたの は福沢諭吉であった。慶応2年,福沢は 『西洋事 情 ・巻 の-
』 を発表 したが,その中で 「文庫」 に ついて次の よ うに書いている。 「西洋諸国 の都府には文庫あ り,
「ビブ リオテ-キ」 と言ふ。 日用の書籍,図書等 よ り古書珍書 に 至 る迄,万国の書皆偏 り,衆人来 りて随意 に之を 読むべ し (後略)」 幕末 までの 日本の文庫 は書籍等の保存を 目的 と した閉鎖的,特権的 な施設であった。 したがって 「衆人来 りて随意に之を読む」 とい う公共的性格 を もつ ビブ リオテ-辛(Bi
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の存在 は,従 来 の文庫 とは異なった近代図書館思想 として移入 された。 明治5
年,文部省 は東京湯島の博物館内に書籍 館を開設 した。 この書籍館 は現在の国立国会図書 館 の前身であ り,わが国における最初 の公共図書 館であった。 長野県に図書館の設置が始 まったのは明治24年 頃か らで,開智書籍館 (松本),北山図書館 (諏訪 那),南箕輪 図書館 (上伊那郡)などが開設 してい る。 本県におけ る公共図書館の史的解明は, ほとん ど行 なわれていないので明治,大正,昭和(戦前) の図書館活動 の実態 は明 らかでない。 この ことは,わが国の図書館研究にとっても残 念であるばか りでな く,図書館の将来を展望 し地 域 のための有効 な図書館計画を立案す る うえにも ヤイナスとな ってい る。 本稿 は, 明治以降における図書館の実態 を上 田 地方 に限定 して究明 しようとす るものである。 こ こでい う上 田地方 とは上田市 に合併 した旧村を範 囲 とし,対象 となる図書館 は市立図書館,村立図平
野
勝
重
書館,青年会図書館な どである。Ⅰ.上田市立図書館
(1) 公共図書館 を求め る意見 信濃教育会員図書縦覧所が長野に開設 したのは 明治25年6月であったが,その頃か ら上 田地方 に も書籍縦覧所 (図書館)の設置を望む声が聞かれ るよ うになる。「上田郷友会月報」(明治25年5月 早) において無濁居士 は次の ように言 っている。 「書籍縦覧所の世上 に功益を興ふることは余が 琴筆 を揮ふて蛇足 を添ふ るを待 さす世人既に認め て定論 あ り」 と述べ,具体的には上野尚志文庫 を 設立 して 「漸次規模の拡張」を希望 している。建 物 は「侶 りに今回再築 の旧明倫堂を以て充つ る事」 と提案 した。 しか し「(書籍縦覧所)の如 き不急 なる事業 は起 すべ きときにあ らず,時世 を知 らざる迂潤論 な り として或 は放斥せ らるるの不幸 に遇 はん」 と彼 自 身が予測 していた とお り, この書籍縦覧所 は実現 していない。 雑誌 「信州文壇」が上 田の信州文壇社 によって 創刊 されたのは明治36年2月であった。その創刊 号の読書欄に 「信州文壇 を御発行 にな った ら,上 田町 に一つの図書館を設立す る事を鼓吹せ られむ ことを主筆 白茅先生に御願 ひ申 します」 とい う投 書が掲載 されてい る。 日露戦後は全国に戟争記念文庫 (図書館)が数 多 く創設 されたが,上田中学で も明治38年 に校友 会附属 日露記念文庫が開設 した。 この文庫は校友 会 々員 に限 って公開 したが,一般公開 を望む声 も あった。 文庫を 「公開す るは容易ならざる困難事に して 到底金 と時 と人 との三者 に待たぎれば不可能 な りと錐 ど,毎月一 回,或 は二回公開,一般 の閲覧を 許」 しては しい とい うものであった。(「上 田郷友 会 月報」 明治38年9月号。柿堂生)0 明治記念館の建設 大正元年 11月,上 田男子小学校 同窓会 は 「明治 記念館設立趣意書」を配布 し, 同館の建設運動 を 開始 した。 趣意書 によれ は明治記念館の設立 には次 の 目的 があ った。 その第
1
は明治天皇の 「御聖徳 ヲ永遠 二記念 シ奉 ツル」 ことであ り建物 の名称 もそ こに あ る。第2に 「功労者,篤志家,偉人,軍人,孝 子節婦 ノ肖像,造物,遺墨,及 ビ戦時記念品其 ノ 他 ノ記 念物参考 品等 ヲ陳列」す るための ものであ り,第3に図書室,図書閲覧室 を設 けて 「町民殊 二青年 男女 二読 書研学 ノ便益 ヲ興-」,談 話室 は 「青年 ノ会合若 ク-公共的事業 二使用」 させ るこ とにあ った。 第3の 目的 については 「社会一般 ノ趨勢 二照 シ テ図書館 ノ設立 ノ如 キノ、当町 ノ早晩企図スべキ必 要事」 とも述べ てお り, 明治記念館の中の図書室 閲覧室で はあるが,同館 の機能 を図書館 とも規定 してい るのであ る。(この建物 の名称 は当時,上 田 記念図書館,明治記念図書館 な どと呼 ばれてお り 一般 には図書館 と理解 されていた)0 大正4
年10月 に, 同館建設 のための寄附金 の予 約高が約8000円 とな り,払込額 も1600円を超 えた ため,上 田男子小学校 内で明治記念館仮開館式が 行 なわれた。 その後,大正6年 に寄附金払込額が 約6000円 とな り敷地 も内定 し着工 のめ どが立 った が,翌7年10月,上田男子小学校 に火災があ り, 唱歌室2階 に保管 されていた明治記念館図書室用 の図書数千冊が焼失 した。 同館の竣工年 月 日は不 明であ るが,大正10年頃 と推定 され る。 しか し明治記念館 として運営 され た こと桔なか った よ うで,建物 の完成後 も 「唯だ その まま草荘 々た る裡 に突立たせ,戸 は閉鎖 した ままで誰れ出入す る者 もな く,蜘妹 の巣づ くふに 委 かせ置 きた る」とい う状態 であ ったが,
「アレや コレや手違 ひを生 じ トテ も始末がつかぬ所 よ り仕 方 な しに之 を市 -接 ぎ込」 んだ とい う。 (「上田郷 友会月報」大正14年10月号。万峰) 「市へf誉ぎ込」 んだ とい うのは, この建物 を上 田 市 に譲 り渡 した ことを指 してい る。大正11年7月 21日の市議会 々議録 にも 「図書館 ノ如 ク跡始末 ヲ 見 サル様注意 サ レクシ」 とい う市会議員 の発言が 見 られ る。 (2) 上 田市立図書館の設置 大正11年7月21日,上 田市長細川善次郎 は 「図 書館建物譲受 ノ件」 (議案第118号) を市議会 に提 出 した。 これ は上 田市大字上 田字新参町5470の1 同番2 (現大手町) にあ る明治記念館 を上 田男子 小学校 同窓会か ら,3000円で譲 り受 けたい とす る ものであ った。 市長 の提案 は議員全員の賛成で議決 された。 な お大正12年3月9日には,図書館設置 の議決があ り, 同年3月14日,長野県知事本間利雄 に次のよ うな図書館設置認可の申請 を行 ない, 4
月18日に 認可があ った。1
,名称 上 田図書館 2,位置 上 田市大字上 田字新参町5470番の1 3,経 費 (大正12年度) (1) 給料 書記給料 300円 (2)需要費 備 品費1,132円(図書購入費,書 架,帆,椅子,其 ノ他器具代) 消耗品費 150円 (3)修繕費 150円 (建物小破修繕費) 合計1,
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2
3
円 臨時費 (1) 書庫及附属物建築費 3,820円 維持 ノ方法 将来市費 ヲ以 テ経営 ス 図面 別紙 ノ通 リ 4,敷地建物 ノ坪数 敷地 227坪 建物 階下58坪5合4勺。階下43坪5合 書庫 -前記坪数 二算入セズ。大正12年度 二人 レバ 2間半 ニ3間半2階建 ノモ ノ直 二建築 ノ予定 5,開館年 月 日 大正12年5月1日6
,館則 第1
条 本館 -汎 ク図書雑誌類 ヲ蒐集 シ一般公 衆 ノ閲覧 二供 ス 第2条 年齢満12歳以上 ノ者-本館図書 ノ閲覧 -138-ヲナ ス コ トヲ得,但 シ館 内 ノ秩序 ヲ素 シ若 ク-静粛 ヲ害 スル慮 ア リト認 ムル 者伝 染病苦 シクノ、其疑 ア リト認 ムル老 -入 館 ヲ許サズ 第
3
条 本館 -左 ノ時限 ヲ以 ヲ開閉 ス但 シ時宜 二依 リテ伸縮 スル コ トアル-シ 1月 ヨ リ2月マデ 午前9時 ヨ リ午後 4時マデ 3月 ヨ リ10月マデ 午前8時 ヨ リ午後 5時マデ 11月 ヨ リ1
2
月マデ 午前9
時 ヨ リ午後 4時 マ デ 第4
粂 本館定期 ノ休 日′、左 ノ通 リトス但 シ臨 時 ノ休 日-其時 々掲示 ス 歳首1
月1
日ヨ リ5
日マデ 紀元節 天長節 天長節祝 日 歳末1
2
月2
6
日ヨ リ3
1
日マデ 毎週 月曜 日 祭 日ノ翌 日 第5
条 本 館 ノ図書閲覧ノ、無料 トス 第6粂 図書 ヲ閲覧セム トスルモ ノ-閲覧表 二 指 定 ノ事項 ヲ記入 シ図書 ヲ借受 ケ退館 ノ トキ之 ヲ返納 ス-シ 第7条 閲覧 図書 ノ員数ノ、1人 二対 シ1・時 ニ3 種 10冊以内 トス 第8条 閲覧 中暫時 ク リトモ閲覧室外 こ出テ ム トスル トキ- 1
時借 り受 ケタル図書 ヲ 係員 二渡 シ置 ク-シ 第9粂 閲覧 中ノ、左記各号 ヲ遵守 スへシ1
閲覧 -必 ズ閲覧室 二於 テス- シ 2図書 -鄭重 二取扱 7-シ3
閲覧室 二於 テ-音読,談話,契煙,其 他喧騒,乱雑 ナル行為 アル- カラズ4
机 ,椅子等張 二移動 ス- カラズ 5閲覧 二関 スル掲示及 ビ係員 ノ指示 二違 背 ス- カラズ 前 各号 こ関 シ係員 二於 テ注意 ヲ与 フル モ尚従ノ、サルモ ノ-退館セシム 第10条 故意 卜過失 トヲ問-ス借受 ノ図書 ヲ紛 失 又 ノ、貿損 シタル トキ/、同一 ノ図書若 クノ、相 当 ノ代価 ヲ弁償 セシム 第11条 本館 二於 テ適当 卜認 メタル本市在住者 ニシテ金1
円 ヲ納 ムル トキノ、図書携 出 券 ヲ交付 ス 携 出券/、譲 り渡 シ又-貸 シ渡 シ ヲナス コ トヲ得 ズ 第1
項 ノ納金/、納入後何等 ノ理 由アル モ返付セズ 第1
2
条 携 出券 ノ有効期間-交付 ノ日ヨ リ満半 ヶ年 トス 第1
3
条 携 出券 ヲ失 ヒタル トキ-直 二本館 二届 出テ再渡 シ ヲ求 ム-シ但 シ此場合 ニノ、 手数料金10銭 ヲ納付セシム 第14条 図書 ヲ携 出セ ム トスルモ ノ/、携 出券 ヲ 該 図書 二添-係員 二申出ス- シ 第15条 図書 ノ携 出期間/、10日間 トス 期間 内 二返納 セサルモノ-次 ノ貸出期 間-前 ノ遅延 日数 ダケ減縮 ス 第1
6
条 期間 二返納 セザル こ ヨ リ督 促 ヲナ シ クル場合 ニ/
、1
回 ニッキ督促手数料金 5銭 ヲ徴集 ス 第17条 左 ノ各項 二該当スルモ ノ-携 出セシ メ サルモ ノ トス1
貴重 ノ図書若 ク-之 卜同様 ノ取扱 ヲ ナスモ ノ 2辞書類3
雑誌 4新刊図書 ニシテ備付後2ケ月以内 ノ モ ノ 第18条 図書 ヲ本館 こ寄贈 セム トスルモ ノノ、図 書名,員数,価格,住所,氏名 ヲ申出 テ本館 ノ承認 ヲ得 タル後現 品 ヲ提 出ス へシ 寄贈 二要 スル費用-寄贈者 ノ負担 トス 但 シ時宜 二依 テ館費 ニテ支 出 スル コ ト アノレへシ′ 第19条 前条 こ依 リテ寄贈 ア リタル図書 -寄贈 者 ノ氏名,寄贈 ノ年 月 日ヲ標記 ス/レモ ノ トス 第20条 第18条 二依 ラス随時寄贈 ア リタル図書 -適宜 ノ処置 ヲナス 第2
1
条 公衆 ノ閲覧 二供 スル 目的 ヲ以 テ本館 二 図書 ノ委託 セ ム トスル老 - 図 書 名 員 数,住所,氏名 ヲ申込 ミ本館 ノ承諾 ヲ 得 タル後 現品 ヲ送付 ス- シ 委託 二要 スル費用 -委託者 ノ負担 トス 但 シ時宜 二依 り館費 ニテ支弁 スル コ トー1
3
9
-ア′レへ シ′ 第22粂 委託図書/、本館 ノ図書 卜同一 ノ取扱 ヲ ナスモ ノ トス 但 シ携 出-委託者 ノ承諾 シタル図書 二 限ル 第23粂 委託図書 こシテ避ルべカラサル災害 ニ ヨ リ損 失 スル モ本館 -其 ノ真 二任 セ ス。 大正12年5月 1日,上 田市立図書館は開館 した。 館別の第
1
条 に見 られ るように,図書等 は一般公 衆に公開 され ることを 目的 としてお り,上 田地方 における本格的 な図書館の出現であった。 館別の第5
条 には 「図書閲覧-無料」 と規定 さ れてお り,公共的性格を明確 に している。 さらに 休館 日が月曜 日 (第4
条)であ り,土経, 日曜を 開館 日としてい ることは市民の余暇利用施設 とし ての認識がなされていた といえよう。 しか し 「図書携出」(館外貸 出)は有料であ りそ の実施は大正14年 であ った こと,図書館利用者 に 対す る第9
条の ような規則など,全体 としては管 理的,拘束的 な考 えに よって館別が定め られてい る。 なお, この館則 の立案にあたっては,高 田図 書館,信濃図書館,長岡互尊文庫,神戸市立図書 鰭,宮城県立図書館のそれを参考にしている。 図書の購入にあた っては上田市長名で,東京 日 比谷図書館長今沢慈海に 「如何ナル図書 ヲ購入ス レバ時代 二応 ジタル設備 卜相成ルヤ」 と 「指導」 を依頼 した (大正12年3月12日)0 これに対 して今沢 は 「御来 旨の基本図書 目録 は 近 日中新刊 図書増訂 の上御手元 まで差上 げ可 申 侯」と答 え,一般図書700冊 (約1940円)児童用図 書120冊 (約200円)の 目鐙を送 ってきている. 上田市ではこの 目録 を 「基本 トシ小学校長 ノ意 見 ヲ求 メ尚大正12年度予算 ヲ顧慮 シ」(大熊助役・ 大正12年5
月2日)図雲を購入 した。 大正12年度の図書費約560円は低額す ぎると「一 般市民か らの非難の声が高か った」とい う(「上 田 郷友会月報」大正13年2月号)。なお翌年度の図書 費は1000円に増筑 されている. 「開館当時の大正十二年 は蔵書は僅かに一棚 に あった三百余聞,来館者 は一 日平均十四,五名, これで も市立の図書館か位であった」(「館報」21 号 (回顧拾年))とい う状態でのスター トであ った らしい。 (3 ) 館外貸 出の開始 図書の館外貸 出は大正14年11月1日か ら始 め ら れた。 この業務がそれ まで行なわれなか ったのは 「図書館内の整理 と蔵書の少なさ」(「館報」1号) がその理 由であった。 館外貸出は 「帯出閲覧」 とよはれ館則第11条か ら16条によって行 なわれた (館別 は開館当初 に定 め られた ものが部分的に改正 されている)0 図書帯 出券 は6か月間で 1円, 1回 2冊10日間 の期限で貸出 しが行 なわれ 期限内に返納 を しな かった時の督促料 は5
銭であった。 館外貸 出を始め7
:1
か月後 には 「希望者多数 ノ 為 メ」(帯出券交付人員38名,貸出図書186冊) さ らに次の ように制限 しなければならなかった。 1,市 内在住者 に限 る。市外は特別に取扱 う。1
,当分の間,帯出 し待べ き図書は1
冊ずつ。 (「館報」 3号) 館外貸 出は目を追 って増加 し, 2
か月後 には, 65名帯出券の交付 を うけ,568冊の図書が貸出され た。「1冊の図書10日間の閲覧期限を平均 3日位で 読了 しては返 され る,過去2か月間に多 きは30余 冊 を読 まれた読書子 さへある 「館報」 4
号) とい う状況であった。 市民の要望 と図書館員の意見 図書館に対す る市民 の要望 として 「上 田郷友会 月報」(」大正14年10月号)は次の文章 を掲載 して いる。 「我地方 に関係の事柄を記載 した図書は勿論の こ と,我地方在住の者,若 くは我地方出身の人の著 した図書 は,其種類の何たるを問 はず,漏れな く 之を蒐集 して永 く保存す る様に して貰 ひたい。(中 略)青年読書子な どは左様 な図書には目を触れず 随 て唯書庫 に寝か して置 くに過 ぎぬか も知 れぬ が,多年 の後 には之れが又何かの参考 として必要 を感ず る場合 もあろ う,其場合に其れを提出 し得 るのが即ち地方図書館の本能 と言 っても宜 しい」 (万峰)0 これは地域に関す る資料 の収集,保存,提供の -140-必要性を述べ た ものであ り,今 日において も傾聴 に価す る意見 である。 また,死蔵 している個人 の蔵書は図書館へ寄贈 す るとともに 「郷里の諸君 にして,図書を著述出 版せ られた る場合 には
1
部丈 は是非郷里の図書館 -寄贈せ らるる様有 り度い ものであ る(「上 田郷友 会月報」大正14年11月号。柏堂) とい う提案 もな され ている。 小県郡神川 小学校長を退職 した岡崎袈裟男が司 書 として図書館に勤務するよ うになったのは大正 14年8月 1日か らである。 彼 は「上 田郷友会月報」(大正15年3月号)に「上 田市図書館 よ り」 とい う文章 を発表 している。当 時, 図書館 の責任者であった彼の考 えは,そのま ま図書館の運営方針 と見 てよいであろ う。 「図書館 は社会教育上一重要機関で今 日の学校 教育 の効果 を全 うす る為めには完全 な図書館の設 備 を必要 とす るJ と岡崎司書 は述べている。 しか し,「現在社会 は動 もすれば図書館を以て僅少な1
部読書子の専用に委 して冷眼に看過 して居 るのを 歎ぜ ざるを得 ない」 と言い,図書館の現実は学校 教育 に くらべ ると「明治14,5年前後 の状態である と憂 いてい る。 上 田市立 図書館の 「僅かに五千 の蔵書是れ も前 年度 に比べ る と大なる増加である寄贈の図書が多 か った為め殆 ん と二倍以上 の冊数 となった」 と彼 は書いてい る。 つ ま り大正14年度 においては蔵書が約5000冊 と な りその半数 が市民か らの寄贈図書であった こと がわ か る。 この ことは上 田市立 図書館 を地域 の 人 々が積極的 に援助 し支 えよ うとしていた証拠で はないだろ うか。 しか し岡崎 は先の文 に続いて 「今後数か年の後 は名実相当の ものに達せ しむ る必要を痛感す る」 と言 ってお り,蔵書 の内容 にい ささか の不 満 が あ った もの と思われ る。 「読書子の一般希望に迎合す る様 な書はか り蒐む れば図書利用 の点はさることなが ら図書館の標準 品位 を低下す る恐 るべ き傾向を否定す ることが出 来 ない」
彼 は この よ うな見解の うえに立 って,図書の選 択 については 「現在 に於 ける利用 は認め られず と も古今 に亘 って動かざる価値 のある図書 は許す限 り購入 したい」 としてい る。 教育者であった岡崎が図書館の現場で苦悩 して いる様子がわか る。 ここに語 られていることが ら は今 日もなお論議を必要 としている。 読書の傾向 大正14年7月の図書貸 出冊数は男865冊,女328 冊。8月は男1081冊,女333冊であった。分類別で は第1
門 (書 目,事典,叢書,随筆,雑誌)が最 も多 く,2か月で1065冊 であった。次に第3門(文 学,語学)の752冊 となっている.児童図書 は52冊, 郷土誌料 は16冊 と少 な く,最少は第7
門 (産業, 農工商,交通)の9冊 となっている。 商議員の嘱託 大正15年3月,館別の改正によ り図書館の 「経 営 二関 シ諮問」 を行な うため市長が商議員を嘱託 した。 三吉米熊,成沢伍一郎,浅井敬吾,飯島保作, 針塚長太郎 など19名の商議員 は 4月14日,第 1回 の会合 を行 ない 「図書の選択其他経営上 に関す る 二,三の懇談」を行 ない,
「今後毎月第一土曜 日の 午後三時を例会 日」 とす ることを きめている。 上田市民大学講座 など 上 田市民大学講座 は図書館の 「附属事業」 とし て3期3か年継続 とし,年6回,毎週土曜 日の午 後7時か らと,翌 日の午前 ・午後 に講議が行 なわ れた。開講 は大正15年度か らであるO 経済,文学,政治,社会問題,哲学,法律,料 学 などの各分野にわた って講議があ り,聴講者 は 毎回100名ほ どであった。 田中穂積「現時の社会思 想」,金子馬治「カン ト哲学 の精神」,吉江孤雁「文 芸の本質」 な どがその内容であ り,受講料 は年額 3円 となっている。 このほかに図書館を会場 として星の研究会,上 田劇研究会などの会合や,写真展覧会,山岳写真 展覧会,古書珍本展覧会 などが催 されている。 なお大正末期 までに長野県下に設置 された公立 図書館 は55館 (市立2館,町立 8館,村立45館), 私立図書館 は160館 (青年会図書館等) であった。 -141-(4) 巡回文庫の実施 巡回文庫は昭和3年6月か ら実施 された。「巡回 文庫規定細則」 によれは, この 「文庫」 は 「特種 ノ団体 二限 り文庫一個 ヲ一定 ノ期間貸付スル」 と い うもので,貸 出期間は3か月以内とし,一文庫 は40冊以内とされている。 初年度 には5団体 (新 田青年 ・処女会,横町青 年 ・処女会,川原柳町双葉会,柳町下紺屋町青年 会,上房山幸町青年 ・陸 ・昭和会)に配本 したが 翌年度には12団体 に増加 している。(中之条,小牧, 西脇,御所,諏訪形,北大手の各青年 ・婦人会が 加わ った)0 昭和4年度の巡回文庫会員は4213人で図書の利 用冊数 は4723冊であった。会員の内訳 は農業1741 人,婦人437人,商工業373人,学生335人 銀行会 社員122人,教員宗教家120人,官公吏軍人85人で ある。 分類別の貸出冊数 は文学 ・芸術 ・語学2755冊, 法律 ・政治 ・経済 ・財政325冊,教育 ・哲学365冊 などとなってお り,工学 ・軍事が最 も少な く64冊 であった。 昭和7年度か らは巡回文庫の利用方法を改め, 連合青年団か ら委員を選出し 「全部図書を一所 に 蒐め,図書の分頬,貸出等の世話 を見 る」 とい う 利用者の 自主的 な運営に委ね ることになった。団 体利用は22とな り,連合青年団幹事長 と文芸部が 中心 となって委員や市内11区の文庫係 と運営にあ た った。 昭和7年度の利用状況 昭和7年 度 の閲覧人員 は69,268人で1日平 均 218人であ り,その約7割 は学生・生徒で,社会人 はお よそ3割であった。 「学生の一番多いのは全国的の現象であるが通俗 図書館本来の立場か ら見 て学生以外の方の多数の 来館を切望せ ざるを得 ない」(「館報」21号) とい うのが図書館側 の立場であった。 また 「図書館 は 学校教室 の延長 とか,学者の研究室,閑人の読書 室 と考へ らるる人があ りとすれば余 りに誤解では ないで し ょうか,今 日民衆本位の図雲館はキ ット モ ッ ト普遍性を帯 びて実生活 に即 した関係を一層 密接せ しめね ばならない。読書即生活 にまで巡回 文庫 と館外帯出閲覧に市民大衆の活用を望 まねは ならな
い
」 (「館報」21号) と述べている。 一般市民の図書館に対す る誤 った理解があ り, そのよ うな情況のなかで 「民衆本位」の図書館 と す るための方法が館外貸 出の伸長 にあることを図 書館側 は確認 しているのであ る。 しか し 「モ ツ ト モ ット普遍性を帯び」 るのには, どうあるべ きか を具体的 に示 してはいない。 巡回文庫や館外帯出閲覧 の活用を望むのならは なによ りもまず,購入図書 の選択 に 「普遍性」が な くてはならない。つ ま り, よ り多 くの市民に親 しまれ る図書を積極的に収集す る必要がある。昭 和7年10月か ら8年 3月 までに購入 した図書につ いて内訳をみてみ ると次 の よ うになっている。 総数 は335冊で 「歴史 ・地誌 ・伝記」の50冊が部 門別で最 も多 く,「教育」45冊,「文学」41冊,「経 済 ・財政 ・統計」26冊,「軍事」23冊,「郷土資料」 22冊の順で,その他は 「理学 ・医学」
「法律・政治」 などである。 「教育」書では,
「昭和公民読本」
,
「実業読本」な どが社会教育 に分類 され る図書で,その他は,
「帝 国大学入学提要」
「大阪工業大学一覧」などの受験 生用の参考書が大部分を占めている。 「文学」雲 は,長田幹彦 「疑衣の聖母」
,加藤武雄 「孔雀船」
,谷崎潤一郎 「近 代情痴集」な どが一般 的 な読み物であ り,その他 は「花月草紙」
「山家集」 「漢文問題集」などが多 く,やは り学生の参考図 書類が 目につ く。 他の部門においても全体 として専門的,学術的 な図書が多い。短かい期間 に購入 した,わずかな 書物 を もって全体の蔵書構成を判断す ることはで きないが,多 くの市民に親 しまれ る図書の購入が 積極的 に行 なわれていた とは言い難い。 改正図書館令前後 昭和8年6月30日,勅令第175条によ り図書館令 が改正 された。改正の主 な 目的 は中央図書館制度 の確立であった。 第10粂 地方長官-管 内 二於 ケル図書館 ヲ指導 シ其 ノ聯絡統一 ヲ因 りリ之 ガ機能 ヲ全 力ラシムル為文部大臣 ノ認可 ヲ受 ケ公 立図書館中 ノー館 ヲ中央図書館 二指定 スべシ -142-中央 図書館 ノ職能 二関シ必要 ナル事項 -文部大臣之 ヲ定 ム 長野県にお いては県立長野図書館が中央図書館 に指定 された。 このことについて県立長野図書館 長乙部泉三郎 は「農村図書館経営 の手引」(県立長 野図書館発行 ・昭和9年3月) において次のよ う に述べている。 「更 に注意すべ き事項 は中央図書館の規定であ り まして,今迄 各地各種の図書館が勝手に活動 して 居たのを中央 図書館を設 けてその指導連絡の機関 とした事であ ります。即 ち図書館に対 して遅蒔 な が らも組織を附与 した事であ ります。地方農村図 書館 は遠慮無 く中央図書館 に対 して各種の相談 を 持込む もよし,図書の貸 出を申込む もよし」 図書館令施行規則 (昭和8年 7月26日改正)&こよれ は中央図書館 の役割 は次のよ うに定め られてい る。 第
7
条 中央図書館 二於 テ-凡 ソ左 ノ事項 ヲ実 施 スべシ1
貸 出文庫等 ノ施設2
図書館経営 二関スル調査研究及指導 3 図書館書籍標準 目録 ノ編纂頒布4
図書館 二関スル機関紙質 ノ発行 5 図書館 二関スル研究会,協議会,展 覧会等 ノ開催泣 二其 ノ開催 ノ斡旋 6 図書及図書館用品 ノ共同購入 ノ斡旋 7 郷土資料 ノ蒐集其 ノ他適当ナル附帯 施設 8 前各号 ノ外図書館 ノ指導連絡統一上 必要 ナル事項 第9
粂 地方長官-図書館員又-図書館員 クラ ン トスル者 ノ為必要 ナル教習施設 ヲ中 央 図書館 二附設 スル コ トヲ得 この改正図書 館令 に ともなって長野県学務部長 は,昭和9年 7月12日 「図書館令施行細則実施 こ 関スル件」の通牒 を発 し,その 「注意事項」で市 町村立図書館 の運営等 について次のように指示 を 行 なっている。 市町村には図書館が1
館あることが 「標準」 で あ り,数館存在す る所 は 「適当 二統一」 をす るこ と。 また中央 図書館に 「図書館 ノ設置或 イ-経営 上 ノ事項 二関 シテ」指導を受 けることな どをあげ, とくに購入図書 の選択 については 「発禁 ヲ免 レク ルモ ノ ト雄 モ其 ノ限界線 二近 キモノ-之 ヲ避 ケ若 シ購入シタル時/、特種書籍扱 トナシ閲覧資格 ヲ限 定 シ思想動揺期 ニアル一般青少年 ノ閲覧 二供セザ ル様注意 スべシ」 とし,選択上の疑問が生 じた時 は 「中央図書館 ノ指導 ヲ受 クべシ」 と指示 をして いる。 長野県学務部長 による図書選定に関す る通牒 は これ より先の昭和7年 6月 9日に出されている。 「思想問題 二関スル図書 ノ選定 二関スル件」がそ れで,3
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冊の図書を 「学生生徒並 二其 ノ指導訓育 二当ル者等 二対 シテ穏健中正ナル思想 ノ滴養上又 -指導訓育上資 スル所 ア リト認 メラルル」 として 推薦 している。 それ らの図書 は 「其筋 ヨリ」通知のあ ったもの で,安岡正篤の著書「日本精神の研究」
「東 洋倫理 概論」
「王陽明研究」などのはか,藤井健次郎 「マ ルキシズム批判」
,オ トマルシュパ ソ「マル クス主 義の解説及批判」 などが見 られ る。 思想問題に関す るこのよ うな図書 目録 は,その 後 「随時通知 スル コ ト」(前掲通牒)とな り,各学 校長,各青年訓練所主事,各図書館長 あてに,
「思 想問題 二関スル図書 ノ選定 二関 スル件」 として送 付 されている。 書庫の増築 昭和14年11月の商議員会で上 田市立図書館の書 庫増築工事が協議 された。 これは蔵書が3万2千 冊 を越 え,既設の書庫が狭 くなったためで,増築 案は木造2
階建,延7
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坪,屋根瓦葺の ものを約9
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円で建築す るとい う計画であった。 しか し上田市の財政では工事費の支 出が困難で あったため,市民の寄附金 によって建築す ること とし次のような 「市立図書館書庫増築趣意書」を 関係方面 に配布 した。 「本市図書館 は大正十二年五月開館以来拾有八年 鋭意内容の充実 と改善に留意 し蔵書 も日下参寓弐 千余冊を算 し御陰を以て一般市民 と修業学徒の利 用 も日々に多 きを加ふ るの現状 にして市民大衆智 詩の宝庫 とし亦娯楽の文化殿堂 として社会的に殊 に一般市民に重要視 さるるに至れるは誠 に御同慶 の至 りであ ります。凡そ我国公立図書館 は現行機 構 として地方 自治体の経営 に係はるものである為 め時局以来地方財政の行詰 りか ら一般図書館の内 容 も従 って貧弱であ り大衆へ も充分 の満足 を与へることが出来 ないのは誠 に遺憾 に存ず る次第であ りますが今回当市営図書館 としては次 に述ぶ る如 く此際緊急を要す る事業 として是非共書庫 の増築 を計 らなけれ ばな りませ ん。即 ち三高余冊 の図書 はその大半 は現在書庫以外の不安 の個所 に蔵す る 状態であ ります。然 るに一方本県 は現在 の処新築 事業等 は可成見合せ 尚之が為め市債 は容易に認可 に至 らず との内意 があ りましたので数次 に亘 り当 館 の商議会に諮 り善後策 を講 じま した結果,結局 当市 内外篤志有 力の方 々に御依頼 して其 の寄附 に ょるの外 に方途 な しとの議決 に達 し之 に基 き嘉 に 設計書 に併せ て右増築費 に係 る予算書 を作成 いた しました (後略)」 この 「趣意書」 は建築委員長伊藤伝兵衛 ほか委 員
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人の連名 に よって出 されてい る。伊藤 は当時 の上 田市長であ り,委員のなかには井上柳梧 (の ちに市長)や市会議員,郷土史家 な どが見 える。 寄附金 は順調 に集 り,総工費1
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8
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円で,計画通 りの書庫が昭和1
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年6
月2
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日に完成 した。寄附 は, 個人39名 と事業所 (長野電気上 田営業所,上 田同 盟銀行,上 田電鉄,鐘紡上 田工場片倉上 田出張所, 上田瓦斯,上 田共同書籍販売所 な ど) に よって行 なわれてい る。 (5) 終戦 と出版物の没収 終戦 の年 の昭和2
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年 は9月頃か ら来館者 がふ え は じめ,11月6日は午後だけで1
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名近 い市民 に図 書を貸 出 した。なお21
年1
月6日には3
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名が入館 し,大正1
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年 に開館 してか らの最高 を記録 してい る。 昭和21
年9月2
日,長野県教育民生部長 は,地 方事務所長,市町村長,学校長,公私立図書館長 あてに次の通牒 を発 した。 ○出版物 没収 について 図書館所蔵 の宣伝 出版物中,別記 目錠の ものは 没収 され る ことになったか ら,左記 の点 を十分留 意 して, これにあてはまる宣伝 出版物所有 のむ き は,速かに,所轄警察署 と連絡の上,善処せ られ たい。
記 (1)図書館 の範囲は,官公私立総 ての ものを 含み,その経営規模 の大小に拘 はらない こと。 (2)同一 の出版物 が二部以上 あ る場合 は,一部 を残 して,他 は所轄警察署 に提 出す ること。残 された一部 と,従来か ら一部 のみの もの とは, 従来通 り一般 の閲覧に供 して も差支 ない。 軍 国主義的 な図書 の没収 につ い て の指 示 で あ る が,閲覧 に供す ることは許 されてお り, ゆ るやか な没収 であ った。 「没収 出版物 目録」 には第1回か ら第6回分 まで として119点があげ られてお り,寛克彦「神 なが ら の道」 (大正1
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年)が出版年 において最 も古 く,昭 和2
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年1
月朝 日新聞社が発行 した,
「戦争一本」が 最 も新 しい。 上 田市立図書館が所蔵 していた図書では次の も のが該 当 した。徳富猪一郎「宣戦 の大詔謹解」 (毎 日新聞社),平出英夫「勝抜 く僕達」 (同),阿部嘉 輔 「海洋学読本」 (同),
「陸軍少年飛行兵」 (朝 日 新 聞社),
「海洋少年飛行兵」(同),桜井忠温 「常 勝陸軍」
(新 日本社),文部省教学局編「臣民 の道」, 海軍人事局編 「海軍志願兵読本」 (興
亜 日本社), 菊地侃 「日本の巽」 (大成 出版)0 追加指令で第13回 (昭和22年3月) まで出版物 の没収 は続 いたが, その後 は学校,図書館等 の蔵 書 については没収が され ない ことになった。 なお米国軍政部情報局の 「厚意」に よ り,昭和2
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年2
月2
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日, 旧婦人室 (定員10名) に リーデ ソ グル-ムが開設 された. 米 国軍政部 か らは米国図書約3
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冊 と雑誌1
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余 種 な どが貸 し付 け られ,県内の市立図書館 (5館) の リーデソグル ームと 「連絡交換巡回閲覧」が許 可 された。 なお このルームは昭和2
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年 にア メ リカ 文化 セ ンター(
ACC)
上 田分室 と改称 された. 創立2
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周年 をむか え る 昭和2
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年 に上 田市立図書館 は創立2
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周年 をむか えた。 この とき発行 された「上 田市立図書館要覧」 の中か ら,図書館 の管理 ・運営 に関す る事項 を抜 すいす る。 ○閲覧案内 開館 は毎 日九時 よ り,閉館 は午後九時。但 日曜 日は午前九時 よ り午後五時 まで。 図書 目録 ・閲覧重用図書 目録 として (1)和漢 -144-書各科分頬 目録 (2)和漢誓書名 目録 (五十音別) (3)著者名 目録。他に特殊 目録 として寄贈図書 目鼻,特殊文庫 目録,新刊図書 目録,全国主要図 書館 目録あ り。 閲覧定員 ・男子重 階下中等学生室50人。児童 室50人O階上広間一般市民60人。 リーデソグルー ム10人。 ○館外帯出閲覧 図書館 にて閲覧す る余暇のなき人のために館外 帯 出の便あ り御利用をお奨めす。
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,館外帯出御希望の方 は保謹書1
通 に手数料金 五十 円 (市外 の方 は金百 円)を市金庫-収め らる れは三 ケ月間 は何冊で も閲覧 自由。1
,本館にて適当 と認めたる方-優待券 を交付す 利用 なされて多数の御閲覧を望む。 児童閲覧 ・閲覧室の狭温によ り毎 日午後放課後 初四年以上 の児童 のみの閲覧を許す。 巡回文庫 ・市 内特殊 の団体 に限 り1
文庫 (四十 冊 内外)を一定期間貸付す,手続 きは巡回文庫細 則 による。 ○図書選択標準 1,国体を明に し国民性 の滴蓑 に資す るもの 2,人格を高 め智議を増進す るもの3
,学術技芸 の研質 に資す るもの4
,産業の発達 を促すに必要な もの5
,一般公衆 の健全 なる読書趣味を滴養す るに適 す るもの 6, 自学 自習 の研究に適す るもの 7, 日常生活 に必須 なる参考 となるもの (特に婦 人読物 に於 て) 8,郷土研究 に参考 となるもの 9,児童生徒読物 として適当なるもの 此外各分科 の専門代表 の図書,個人 として容易 に購入 し得 ざる図書 はつ とめて購入す。 ○本館経営方針 と一般閲覧者 の読書傾向 開館以来 内部 の設備 に留意 し,各方面 に亘 る内 外古今の一般 図書記録の類を蒐集保存 して,拾 く 公衆の閲覧 に供 し以て思想善導 と自力経済更生 の 資料提供に力を注 ぎ,特 に郷土史資料及産業方面 の図書 を蒐集せ り,尚は諸学校教育に恵 まれざる 有為の青少年 のために職業の知識を啓発 し,又各 種の資格試験 に応ず る独習参考書を選択 して閲覧 せ しむ。開館二十五年後の今 日,蔵書の増加 は逐 年本館図書利用者 を増 し,特 に一昨年度 より閲覧 帯 出券交付手数料の低減 と,申込手続の簡易を計 れ る為,館外閲覧者数 は頓に増加 し目下四百余名 な り。 館内閲覧者 の65%は男女中高等学生にして各参 考書を利用 し,他 は一般市民 と小学校児童 の一部 に して,館外帯出は市内商工業者,工場従業員家 庭婦人多 し。文学, 自然科学,随筆,経済郷土資 料文献,哲学 の順 に閲覧 されつつあ り。閲覧者数 の最多は二月にして昨二十二年 は一 日平均,
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人 の2
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冊。最少 は四月の1
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人の,1
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冊 な り。 開館時間が午前9
時か ら午後9
時 までの1
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時間 と長 く,土曜, 日曜 も開館 してお り,市民の余暇 時間を充分 に考慮 している。 しか し館外貸出は有料であ り, しか も手続 きは 「簡易を計れ る」 も,市金庫へ手数料を収め,保 謹書を必要 とす るなど, まだまだ繁雑であった。 また館外貸出を 「図書館にて閲覧す る余暇 なき人 のため」に行 な うとしてお り,館内での閲覧を中 心 に運営 されてい る古い体質を残 している。 図書選択標準が定め られているが,終戦後 「国 体を明」 にす る図書 とは何を意味 しているのか不 明である。その他のい くつかの項 目も抽象的であ り 「標準」 としての具体性 に欠 け社会教育的視点 もあいまいである。 経営方針を述べているなかに 「思想善導 と自力 経済更生の資料提供 に力を注」いで きた とある。 終戦後 この よ うな過去の実績 を,あ らためて表明 す る必要がなぜあ ったのか。「思想善導」の役割を 果 したことに対す る自己批判 は見 られ ない。 この 「要覧」では, これか らの経営方針 を示 さな くて ほならない と思 うのだが,それは行 なわれていない.
この 「要覧」 は次 のことが らも掲載 している。 ○開館後二十五年 間に於 ける蔵書冊数 と閲覧利用 者数概要∼1
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年 度 蔵書冊数 閲覧人員(近) 一日平均入館者男 女 大正12 426 4,023 13