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法華経に見られるŚraddhāとAdhimukti : 見宝塔・勧持・安楽行・従地涌出・如来寿量品に関して

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(1)

見宝塔品︵正・七宝塔品、梵牌号凹留日8吋綴目四回目ぐ肖厨︶は釈尊が法華経を説法している耆闇堀山のその場面 に、大地から七宝で荘飾された宝塔が涌出し、その宝塔の住者である多宝如来から釈尊の説法I法華経の正しさが証 ︵1︶ 明されたということを物語っている。正しいもの、釈尊の出世の本懐が多宝如来という法身仏によって証明されうる ものであるならば、正しい経典に対する行いのあり方、行動についての覚悟が必要となって来る。すでに行いのあり ︵n色︶ 方としては法師品において、五種法師として説示されたところであるから、見宝塔品では覚悟が求められるところと 法華経における野四目澤幽と画己昌目鼻陸の使用例を検べ来たっているのであるが、今回は前三回に引き続いて、見 宝塔品から如来寿量品までを見て行くことにする。このように従来になく広範囲に亘って検討を加えるのは、従前と 異ってこれらのところにはこの両語の使用例が少ないということを意味している。 、

法華経に見られる野璽量冨と崔今旨屋巨

I見宝塔・勧持・安楽行・従地涌出・如来寿量品に関してI

2 1

望月海淑

(I)

(2)

なる。そこで釈尊は ︵3︶ 誰能於二此娑婆国土一広説二妙法華経一。今正是時。如来不し久当レ入二浬藥一。仏欲下以二此妙法華経一付属有上し在。 と語って、仏滅後においての法華経の弘通者を求めることを表明している。そして得難い法華経であるからこそ、仏 滅後に法華経を説くことの困難さ、六難九易が語り出されている。 ︵4︶ 於二我滅後一聴二受此経一間二其義趣一是則為し難 この一句はその六難九易の中のものであるが、これに対する正法華経は ︵5︶ 若持二此経典一信喜而愛楽数を誌称者爾乃為二殊異一。 とあって、妙法華経が聴受此経と訳したものを、正法華経は若持此経典と訳し、更に信喜而愛楽の訳をつけ加えて説 明している。この辺のところを梵文法華経に見ると、 菌の制目ョ号筈胃g目色ョ昼凹ョ呂働“卦8号胃畠gl ︵6︶ 脅邑目号2画目目色28乱号餅g乱.豆ロ目暑己目農一一 ︵この経典を受持し、信じ、信解し、再び三度び語るならば、それは困難である︶ となっており、受持することの内容を明白に示している。妙法華経が何故に聴受の二文字で省略したのかは解らない が、梵文法華経の場合、興味を引くのは野四目爵と且冨自民盆の語が並べて語られていることである。そしてこの ようなあり方は、安楽行品や従地涌出品や分別功徳品などにも見られるのであるが、もしもこの二語が全く同じ意味 を示す語であるならば、このように吟自己風し且冨昌烏建しと続けて語られることは意味を強めること以外にはな いであろう。しかし、続けて二語が語られるというためには、この二語がもっている意味合いに、それぞれちがった (2)

(3)

ものがなければならないであろうと思われる。正法華経が信喜と愛楽との二語に訳出したのは、その辺の事情をくゑ とっての上であったろう。しかし見宝塔品の中では、右の偶以外にこの二語についての説示が見られないので、ここ ではそれを究明する手がかりはない、といわなければならない。 尚、見宝塔品では、空中画ロ圃吋涛協に昇った多宝塔を見ることによって四衆等が体得した心の状態について、 ︵7︶ 皆得二法喜一怪二未曾有一。従し座而起恭敬合掌 とのべているが、この得法喜怪未曾に関して梵文法華経は ︵8︶ 8ョ蔵冨冨愚響冒昼胃四目8冒冒勝山忌日g薗昏 ︵歓喜を生じ、喜びと喜悦と浄心を得た︶ となして、信についての語の一つとされる胃画出目︵浄心︶の語を使用している。尚、これに対する正法華経の訳語 ︵9︶ は歓喜湘躍であるから、妙法華経ともどもロ日出目にどう対処したのかは解らない。 勧持品︵正・勧説品、梵・口跡理屈ロ胃ご閏g︶は薬王菩薩と大楽説菩薩と二万の作属が仏滅後に法華経を受持し説 くことを誓い、授記をうけた五百の阿羅漢や八千の学無学の比丘らが娑婆世界で法華経を説くことが困難なので、他 の世界で説くことを誓っていることを示し、更に、摩訶波闇波提言堅固買い満冨建と耶輸陀羅昌煙8鼻間煙とその祥 属らに授記を与えることが示される。彼女らも他方の国土で法華経を説くことを誓っている。しかして勧持品は、八 十万億那由佗の菩薩を見られたので彼等は、釈尊にむかって、法華経を弘めようと誓って二十行の偶を語るという説 3 ( 3)

(4)

この勧持品の冒頭における薬王菩薩らの誓言の中に ︵皿︶ 後悪世衆生。善根転少。多二増上慢一。貧二利供養︽・増二不善根一・遠二離解脱一。 とある。これは仏滅後の悪世の人々のことについて語ったものだが、これに対する正法華経の訳文は ︵u︶ 仮使有し人。侭戻自用。性不修調。薄徳無福。心懐二目大一・著二供養利一不し備二善本一。離二於解脱一。 であるから、ともに解脱の字が見える。梵文法華経は 3鳶乱の厨の日冒恩厨ウ冨急遭画昌一冨吋騨冨丙鼠画厨目ロ両目嵐自画己冨圃9画3房堅画の画昏凰営函農巨世脚 ︵吃︶ 日昌画胃胃言目日脚ロ日§日脚“目自民蝕急国冨薗自且冨目時感ず巴巨馨一 ︵この時、衆生らは欺満的で、善根に限りがあり、高慢で、利益と名誉にとらわれ、不善根で、自制心なく、信解 の志向なく、信解ならざるものが強い︶ とあるから、漢訳両経が解脱を離れると訳したものは、且寓目烏感ぐ冨冨団四目鼠冒目鼻感ず農巳馨に対してのも のであることを示している。即ちここでは且冨日︹烏睦が解脱と同義にとり扱われたことを示すのであろう。 そして勧持品の二十行の偶の末尾には次のように示される。 ︵過︶ 我於二世尊前諸来十方仏一発一加レ是誓言一仏自知二我心一。我於一砥尊前諸来十幸 これに対する正法華経は 一切世光曜十方悉来 とあるから、妙法華経は 示をなしている。 ︵M︶ 十方悉来会我当レ言一室誠一悉見二心不P虚 妙法華経は誓言をなした我が心を知って欲しいとし、正法華経は我の至誠の言葉の心は虚しくはないと ( 4 )

(5)

いう表現をし、ともに類似した内容であるが、梵文法華経は、 の閏38﹄呂画胃且曽薗画恩威蔚島883− ︵巧︶ 閏ご画ヨぐ画8ヨロ国ずぽ画掛BomQ営日屋丙建ヨュ蔵冒閉二 ︵十方から集まった一切世間の光明よ、我々は真実の言葉を語る。あなたは信解を知っておられる。︶ とあり、我々は真実の言葉を語る、あなたは且冨目︹房鐵を知っているというから、漢訳両経によって心、心不虚と 訳されたものは且冨日巨冨一に対する訳であることを示している。漢訳両経に訳されたこの心、或は心不虚は、法華 経を弘経する者としての心のあり方を述べるものであるが、この立場をふまえる時、且ご目烏建を知っているという 時の鼠巨日一烏醸は弘経者の心の状態・あり方を表現しようとしたものであろう。それは法華経を信じようという出 発点的なことに主意があるのではなくて、信じ得たもののもつ心のあり方、心の状態を意味するものと思われる。 すなわち、勧持品で二度示される且寓目烏堂の語に関して妙、正両法華経ともに一度を解脱と訳し、一度を妙法 華経は我が心を知ると訳し、正法華経は心不虚を見ると訳している。この場合の見るは我々の心の様を見て知りつく しているという意味であろうから、その両者は同様の見解に立ったものと思われる。したがってここでは、且冨日匡︲ 胃一は単に信ずるということではなくて、頼り得たものが立っている心を理解する、知り尽しているといった意味に ︵蝿︶ 松涛誠廉博士らによる法華経の和訳は、ここのところを、あなたは︵私どもの︶燃ゆる思いをごぞんじです、と訳 出しているが、且三目︹房壁を燃ゆる思いと訳出したのも、それが野呂畠働がもっているような信じますという意味 あいとはちがうものであると考えられたからであろう、と思われる。 抱握されていると思われる。 (5)

(6)

漢訳両経を見る限り、勧持品の中では右の二箇所の外に、信楽の語と敬信の語との訳語を見ることが出来る。前の 信楽の語は、摩訶波閣波提と耶輸陀羅とその春属とが釈尊に語ったものであるが、正法華経には ︵Ⅳ︶ 唯然大聖。我等信二楽是仏法訓一・堪任訓読。又及二余人他方世界一。 とある。しかし、これに対する妙法華経は ︵肥︶ 世尊。我等亦能於二他方国土一広宣一此経一。 ぐい昌関目四℃一ず毎画胴画ぐ画口の関口巨厨画ぽ画日凹底画旨]四ヨ旦彦四吋目四で画﹃望倒昌画ヨの画ヨロ吋画丙朕画冨舜匡卦己思o一門目①汽画]①己鼠o−1 ︵畑︶ 目①3日畠①.凰可目風2旨宮島画冨磐昼一 ︵世尊よ、後の時代、後の時に我之は他の世界にいてもこの法門を説くことに努めます︶ であり、妙法華経と同一のことを述べているのにすぎない。この法門の説示に努めるためには、その経典に対する真 心がこめられなければならないから、正法華経は是の仏法の訓を信楽しと意訳を加えたのであろうと思われる。 叉、二十行の偶と呼ばれる品末の偶の中の第十四偶にあたる妙法華経の訳文は、 ︵釦︶ 悪鬼入二其身一罵二冒穀三辱我一我等敬二信仏一当し著二忍辱鎧一。 とあり、仏を敬信すると語られている。これに対する正法華経は ︵皿︶ 悉罵一曽我等一諸比丘如レ鬼在世行一恭敬一皆令レ忍二苦患一 と、恭敬を行ずとなしているが、梵文法華経は 鴇目gggmさ窓口骨⑦巨勗“颪日“切目易百日昌一 となっており、梵文法華経は ( 6 )

(7)

安楽行品︵正・安行品、梵・の烏冨ぐ旨即画己閏毒胃薗︶は勧持品のあとをうけて、釈尊の滅後に法華経を説示す るための心得を述べたものである。それは身・口・意・誓願の四安楽行という型で展開されるが、その六箇所におい て﹁信﹂に関する記述が見られる。四安楽行の第三番目の意安楽行を述べたところに、次のような言葉がある。 ︵認︶ 聴已能持。持已能調。涌已能説。説已能書。若使下人書。供二養経巻一恭敬尊重讃歎上。 これは意安楽行を成就した人には、同学の者があらわれ、又法華経を聞く大衆もあらわれて、聞いたものを持ち講 し⋮⋮するであろうという下りに関するものであるが、これに対する正法華経は ︵鯉︶ 若講若聞信二楽斯典一。諭二持雷三写赦之竹帛一。 とあって、妙法華経に見られなかった信楽の語をのせている。一方、梵文法華経は 雪⑦放急目目]烏肖目“己閏忌旨ョ吟。選目感の国呂幸珊一目感冨詳言望目建・冨愚己葛四口ごロ閏冒ぐgの冨口鐵 一詳言釦望四口陣屋丙冒いむ四国や昌画目蝕己巨の冨丙画、脚奇脚ヨ。“丙騨ぐ中・⋮. 丙掛昌ご画冨爾箇ヨワ目号冒倒呂珂閏]①冨昌胃農麗畠旦 ︵この世の王における尊敬をもって、極めてなし難いものを忍び、忍耐の鎧をつけて、この経典を説こう︶ とあり、そこには敬信・恭敬にあたる言葉は見られない。忍辱の鎧をつけてこの経典を説示しようというためには、 先づその経典に対する信がなければならないところから、漢訳両経におけるこれらの訳語は補なわれたのではなかろ うか。 4 (7)

(8)

そして、誓願安楽行を述べるところでは、智恵劣る人とに法華経を説こうとする時には、神通力をもってこの法の 中に入らせんと誓願しなければならないと語っているが、その言葉の中には、 如来方便随し宜説レ法。不し聞不レ知不レ覚不レ問不レ信不総﹄ として不信と不解の語が示されている。正法華経は ︵”︶ 行二大乗一者善権方便演二真諦誼一。若聴聞者。不し知不レ了不レ説不レ信不レ省不レ綜・ とあって不信と不省の語が示されており、梵文法華経は 胃厨普筒脚冨の]g響画冨屋世冒昏の騨忌号倒g勝冒ョ目ぎぐ目舜旨“一目目什旨画冒号冒員のロ“貝8琶目ご ︵詔︶ 邑画恥愚&且底画画建口豊匡日肩弓脚目蔚 ︵彼らは如来の善巧方便の深い意味で語られたものを聞かず、知らず、覚らず、問わず、信ぜず、信解しない。︶ として、酔圃呂嵐と四目旨烏醸の二語を続けて語っている。 即ち、妙法華経の不信は肖圃野且障融の訳であり不解は口画呂匡日ロ胃一の訳であり、それを正法華経は不信と不 省とに訳出したことが解るが、ここでは両者ともに⑳愚民嵐と且冨目烏醸とに差を与えて理解していたことを示し したのであろうと思われる。 ︵この法門を聞き、信じ、頼り、受持し、理解し、書写し、人をして書写させ、書物となし、恭敬し⋮⋮︶ であるから、正法華経の信楽の訳にあたる野呂s国の語をあらわしている。 法華経を受持するためには、その前に信ずるということがなければならないのは当然のことであるから、欝画&彦四 にふれられるのも当然のことだといえるが、逆に信は当然あるべき基本であるから妙法華経はこれを持の一字に要約 (8)

(9)

と示すが、梵文法華経は ︵弘︶ 自曾働丙泓箇。閏朕&の冒号ぐ胃礫酔い&昏馨口溺嘗呉。ご巨冨&ず四ずず画急遇目陣目閏自画閏画菌冨冒 ︵空中を行く神々は、信を抱き、法を聞くためにあとに従うであろう。︶ となして、漢訳両経にない恥愚&彦脚を語り、野口&鼠がある故に法華経を聴こうとして随侍していることを示して 梵文法華経は と語り、正法華経も ︵調︶ 虚空神明無数天子聴一所説経一 尚、妙法華経は右の文に続いて更に、 ︵鋤︶ 其人雌逼不レ問二不し信琴一不四解是経一。 とくり返した文の中で不信を語っているが、正法華経はこれを一続きのものとして扱っているのでくり返しがないの で、これに該当するものはなく、梵文法華経は、 ︵帥︶ 且旦冨9−9︾習閏一畠錺鼠昌忌鳶ご響畠誘風目昌男鼻餅畠窃鼠目口胃巷幽8嵐当四目 ︵神通力によって、廻心させ、己胃酋冒させ、理解させ、成熟させるであろう。︶ ︵釦︶ であって、そこには脅且巳愚の語は見られない。ここでの妙法華経は冨昌旨を信と訳したものであった。 そして、誓願安楽行に住して法華経を説く者は過失がないだろうと述べられ、彼は比丘・比丘尼や諸天らに守護せ られるからだという下りで、妙法華経は ︵犯︶ 虚空諸天為し聴レ法故亦常随侍 ている。 (9)

(10)

いる。文章の型としてはこの方が自然であるように思われる。 安楽行品では更に、髻中明珠の嶮の中で二度、信に関する記述が見られる。即ちそれは ︵弱︶ 以下此難信之珠久在一髻中一。不中妄与心人。而今与し之 であるが、この箇所における正法華経は意訳した如くで該当する言染が見あたらない。しかし、梵文法華経には、 ︵錨︶ 協弓画旨丙幽野呂己︺9画ョ急の日脚冒す匿画8日 ︵一切世界はそれを信ぜず、驚きを生じた︶ とあって、妙法華経では難信が珠の形容詞のように見られるのに対して、転輪聖王が髻中の珠を人に与えることが信 ︵一切世界はそれを信延 とあって、妙法華経では錘 となし、梵文法華経は ︵調︶ 忠2画]︵詩朕愚民胃冒日号冨塁菌ロ昌箇日目時昌如満冨g色昌農胃目四℃胃忌冒ヨゥ嵐粗蔚の日脚 ︵一切世界が信ぜず、未だ曾って語られたことも示されたこともないこの法門を説かれた︶ となしているから、ここでは三経とも同じで信じ難いのは法華経だということを示している。 このように安楽行砧においては、一簡所のみにおいて且ご日ロ丙醸が語られており、他の五箇所では酔い&爵が語 じ難いことを述べている。 となしており、正法華 普諸世界古今以来。 となし、梵文法華経は 正法華 そして続いて法華経が一切衆生を救う教えであるが、それは、 ︵師︶ 一切世間多し怨難レ信。先所し未し説而今説し之 経 は ︵犯︶ 以来。無し有し信二此正法華経一未二曾暢P説 (〃)

(11)

られ、一箇所は冨詳ご餌が語られている。指摘して来たように伽国民ぽぃを妙法華経は三度に亘って信と訳し、二度 は意訳をしており、正法華経は二度は信と訳し、一度は信楽と訳し、二度は意訳をし、且匡日︹民建に関しては妙法 華経は不解と訳し、正法華経は不省と訳している。すなわち、ここでは妙・正法華経はともに野画登高を信ずるも の、且冨目一烏罫を理解をともなうものとして抱握していると思われる。 この両語のちがいを端的に示すものが、脅且障融と且冨自虐宍郵とが続けて語られた簡所であろう。これは両語を 相違する質をもつものと暗示をするものと思われる。しかし、次の従地涌出品や分別功徳品の漢訳両経の場合は、こ の間に差別を認めていたかどうかは疑わしいとも思われる。 ︹註︺ ︵1︶多宝如来は宝塔の中から大音声を放ち、﹁善哉善哉⋮⋮釈迦牟尼世尊、如二所説一者、皆是真実。﹂︵大正九・32中I下、 102下、K240。︶と語り、多宝塔の扉を開いた釈尊が塔の中で多宝如来と並んで坐った。︵大正九・33下、104上 K2491250︶と示されている。 ︵2︶便蹴上、五種法師と表現したが、妙法華経以外は五種の型に整理されてはいない。棲神四一号、P73以降、拙著﹁五種法 師についての一試論﹂参照 ︵3︶大正九・33下、104上、K250 ︵3︶大正九・33下、 ︵4︶大正九・34中

︵5︶″105︲

︵6︶K255

︵7︶大正九・32下

″105上

︹皿︶大正九・36上 ︵9︶大正九・102下

︵8︶K240

へ 11 ー 〃 1 0 6 中 (血)

(12)

へへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ 39383736353433323130292827262524232221201918171615141312 ーーゼーゼー讐一一ミゾ警ー嘗ーーLグー嘗讐−し讐凹ーしーーー 大正九・38下

K288

従地涌出品の中で、 大正九・38下 j J 109中

K288

大正九・39上

K290

大正九・39上

″109下

K290

K288

大正九・38下

K286

″109上

大正九・38中

K273

″107上

大正九・36下 大正九・106下 中央公論社・法華経Ⅱ61

K274

″107

大正九・37上

K267

107 K〃

″109中

36中 270 中 この言葉は酔い且颪.且三目屋再一と並んで使用されている。K312 (12)

(13)

その従地涌出品は説示の前半において、二度鼠冨日︵烏建に関する説示を見せ、後半において一度且匡日︵馬陸七 箇所で恥国民嵐に関する説示を見せている。 岐初の且匡目巨廓一に関する説示は、涌出した菩薩らが釈尊に挨拶し、それに答えた釈尊の言葉の中に見られる。 即ち、釈尊は今まで教化して来た衆生らは世々よりこのかた諸仏を供養し、善根を植えているので化度し易いと述べ 是諸声聞信楽。吾教 であり、梵文法華経は これに対する正法華経は て次のように語っている。 始見二我身一聞二我所説一。 ら来った八万恒河沙の数を越える菩薩らが、我々も釈尊の滅後において法華経を弘めようと申し出るが、釈尊はこれ 従地涌出品︵正・菩薩従地涌出品。梵・国己冨閻ずぎ脚胃昏冒くぎ四国の四日目恩昌四℃閏辱閏冨︶は、他方の国土か を制止されて、わが娑婆世界には六万恒河沙の菩薩らがいて、この者らが法華経を説くであろうと述べる。その時、 大地から沢山な上行菩薩等の菩薩らが涌出し釈尊に対して久閼を述べる。これを見て人とは驚き、この地涌の菩薩ら は何処から何の因縁をもって来たのか、と弥勒菩薩が代表して釈尊に質問をする、という型をとって説示が展開され ている。 ︵の色︶ 吾教入一手仏慧一。 5 ︵1︶ 即皆信受入一如来慈一。 (I3)

(14)

︵QJ︶ 烏泳目豊①ぐ脚冨冒旨冒寓讐降脚ぐ眉画。8日“日段冨日巨o穏昌①g且冨盲目閏目画く脚冨国巨ご“ぐ幽恩冨具① ︵実に善男子よ、私を見るだけ、聞くだけで信解し、ブッダの智慧を理解し、入っている︶ と示している。即ち、信受・信楽と両漢訳経典によって訳出されたものは、鼠冨旨匡o冒具①の語であるといえる。こ の言葉は且冨日匡胃一の基本となる動詞且旨く目巨oの三人称・複数・能動態に外ならないから、且冨員旨胃一と同様 ︵4︶ に判断しても差しつかえはなかろうo信は本来、行いをともなうべきであるが、ここでの且匡目月にはむしろ理解 するという意味あいの方が強いようである。これは且ご日匡目が降画&颪の意味する信とはちがっていることを暗 示していると思われる。 このような釈尊の言葉を聞いた菩薩らは偶を語るが、その中には ︵5︶

能問二諸仏甚深智慧一聞已信行我等随喜

とある。この簡所の正法華経と梵文法華経はそれぞれ ︵6︶ 欲し得し聞二大聖教命絢深要一聴し之歓喜信乃入二法供養一 掃。E“ョ蔵習“彊日g§ョ野昌目感冒ぐ餌口母“恵一 降呉乱8“号冒匡畠目蔚昇薗儲閏量8口ど農且一 ︵指導者よ、あなたのこの深遠な智慧を聞き、聞いて信解し、到達する、指導者よ︶ であり、信行・信と訳されたものは且言日宮。黒目扇であることを知りうる。この箇所における且冨日屋。の意図す るものは、この前の長行におけるものと同様であろう。 そして、この二箇所における且寓目負。の使用例はともに仏滅後において法華経を説くことを申し出でたのに釈尊 (I4)

(15)

更に弥勒菩薩は未曾有なりと怪んで、釈尊は釈迦族の太子として出生し、仏陀伽耶で覚りを開いてから、四十余年 を過ぎたばかりであるのに、地涌の菩薩らが久遠よりこのかた菩薩の道を行じ梵行を修しているというのは、二十五 才の青年が百才の人を指して、これはわが子だというようなもので信じられないと述べているが、そこの所を妙法華 経は、 とを示しているであろう。 ︵皿︶ 四口”の﹃画ぐ四ワ毒画行画ご画昌肖凰ぐ帥。凶野巨p辱く色の四吋ぐの目]曾昌画野画・回四Q暦画包昏ぐ閏昌一 ︵私の汚れなき真実の言葉を聞いて、すべて私を信ぜよ︶ であるから泳国呂鼠が信と訳されたことは明白であり、地涌の菩薩の存在は釈尊の言葉を信ずる以外に道がないこ 中での地涌の菩薩らについての説示に関して相違があるかどうかは興味あるところとも思われるo によって制止された八万恒河沙の菩薩らについて語られた箇所において見られるものであった。これが従地涌出品の 更にこの品は、弥勒菩薩らが地涌の菩薩らについて質問をなし、釈尊がこれに答え、地涌の菩薩は私が教化したも のだと述べるが、その時の偶の末尾において、 ︵8︶ 我今説二実語一汝等一心信 と宣言をしている。これに対する正法華経は ︵9︶ 今仏所説至誠無漏聞二仏歎詠一皆当レ信し之

今仏所説至誠無漏

であり、梵文法華経は ︵u︶ 是事難し信。 (お)

(16)

と述べ、正法華経は ︵吃︶ 世俗之人所不信者。而今得し信 と述べ、梵文法華経は ︵蝿︶ 菌”旨8℃員忌餌の冒匡届照弓営目且ぐ四8日画野呂号畠§呂画ぐ2.富の冒邑島野且号亀“日 ︵世尊よ、この人の言葉は世間の者にとって信じられず、信じがたいでしょう︶ と述べている。即ち、四酔い&胃樹昏と目沃且巳﹄①急ョとを妙法華経はまとめて難信と訳出しているが、正法華経 の而今得信の訳出はどのような理由によるものかは理解しがたい、といわなければならない。 そして、弥勒菩薩は更に不信を語るが、その箇所は次のようである。先ず妙法華経は ︵皿︶ 我等錐画復厚一仏随レ宜所レ説。仏所レ出言未二曾虚妄一。⋮⋮諸新発智菩薩。於二仏滅後一・若聞二是語一或不二信受一。 と述べ、正法華経は ︵蝿︶ 今我以四受三信二誓誠諦一。.⋮・・新学菩薩⋮⋮如来滅後聞二是経典一。終不し信也。 と述べ、梵文法華経は 嵐目。苦︾ぐ母画昏昏凹恩ぐ曽琴の厨昏倒盟冨の樹ぐ画8目目野呂自画鼠隠日電凹目農一⋮愚ぐ画冒愚の画日冒画牌置︲ 0日● 函毎両ご画旨己屋昌閏ずぎ画恩ぐぃ回す且匡の画鳶乱目画蔵帥のg冒倒⋮ロ胃目弓茸の冨昏”隠圃冒冒ヨロ昏胃目色息ご亀四目 ︵蝿︶ 脅昌乱息忌昌筥選自醸愚恥目・昌爵望目霞己麗寓目烏選昌竺 ︵世尊よ、我々は如来の言葉を信ぜられるでしょうか。⋮世尊よ、新発智の菩薩大士らは、⋮⋮如来が完全な浬梁 に入った後に、ゞ﹂の法門を聞いても、冨昌冒せず、信ぜず、信解しないでしょう。︶ (I6)

(17)

であり、 偶では 意味あいを全同とするわけにはいかないであろう。 典にはあるけれども、しかしこのように三語を並列することはそれが不信を強調するためであったとしても、三語の つものと判断したためかもしれない。たしかに煩雑と思われるまでにくり返し言葉を連ねて強調するような習慣が経 いる。漢訳両経がこの三語をまとめて不信受、不信の一語をもって訳出したのは、それぞれが類似した意味合いを持 という時は、息昌冨と脅画目冨と四号目gとの三つの言葉によって語られていることを、梵文法華経は示して と述べている。即ち、如来の言葉が信じられないという時は野島蹄ずり、新発智の菩薩らが信受しないだろう 従地涌出品はその品末において、弥勒菩薩偶を戦せているが、その中の四十七偶に次のように示されるところがあ 諸菩薩衆如レ是色峰 であり、梵文法華経は 是事難二思議一云何而 これに対する正法華経は 諸菩薩衆如レ是色像 ス︾ 。 ︵釦︶ 富吾画ョ耳目画昌四号冨巨冨目国句綴ョ蔚冨ヨ野画呂農冨葛画昌ご閂凰ウ呂冨留雰鼠竺 ︵どうしてこの菩薩らはこのような不思議なことを信じうるだろうか︶ あり、三経ともに同一内容で、信と語られるものは野画呂冨の語であることを示している。そして更に、四十九 ︵皿︶ 父少而子老挙レ世所レ不し信 ︵肥︶ 云何而可レ信 ︵⑲︶ 為し如一云何一誰当レ信レ此 (〃)

(18)

とあり、正・梵両法華経はそれぞれ、 ︵犯︶ 是我等父而為二最勝一一切世間無二有し信者一我等無失 ︵認︶ 目原圖1烏・富昌圃ロウ冨急さ百口碑盲目琶肖儲冒口昌3−日﹄①菌昌や客 ︵世間の指導者よ、このようなものが若者の息子とは信じ難い︶ であり、ここでも三経ともに同様のことを示して、信じられないというのは目源国&颪の訳であることも明白で と述べて、“ 経を見ると、 と述べているが、正法華経は ある。 そして、品末尾のところで妙法華経は、 ︵型︶ 我等従し仏聞於一庇事一無し疑願仏為二未来一淡説令一開解一若有下於二此経一生し疑不レ信者上即当レ堕一悪道一 汽昌ぽいヨ旨口野画且旦昏の署閏昌箇画ヨゥ昏凹ぐ①昌画ロ四目骨身蔚旨汽画ご旨卿電画丙尉日旨一 急凰嵐蕨四四閏自画汽画口画汽画。箆画の唾胃口閏口胃ぽぃの脚ヨ間目巨汽彦画ざ丙四目”計冨四一一 ︵配︶ 急9画筋画再尊習画]日画関凰牌彦習の恩ogg巨目回目晶脚威す且彦厨呉弓響一 ● ︵世間の指導者よ、面前で聞いたので、我々には何の疑惑もないが、世間の指導者における完全な浬藥の後には、 於二此仏道一而何所人当し信二此言一若於二導師滅度之後一吾等於レ此而無二狐疑一仏前目観則聞二菩薩一 ︵妬︶ 於一是之処一初学閂然将レ無一菩薩一帰二於悪道一 述べて、妙法華経の不信を当信と訳し、文章配列上に微妙な一豆−アンスのちがいを見せている。そこで梵文法華 そこでは (18)

(19)

即ち従地涌出品における七簡所の好色&園の訳語例は妙法華経の信受の一度を除き、漢訳両経ともにすべて信と 訳出しており、且冨目色丙睦に関しては漢訳両法華経は一度づつ信受・信楽と訳し、一度は信と訳し、降画&冨画などと ともに語られた一度ではその訳例を見ることが出来ないということになるが、ここで注意すべきことは、漢訳両法華 経において降四登置画と且匡目巨冨一との二語の差異が明白ではないということで、両経ともに且冨日烏建をも野画︲ 且彦卿と似た意に理解したのではないかと思われる点である。 しかし、梵文法華経の使用例に関しての拳見ると、品の前半においては且冨目巨胃一が語られ、後半においては 酔い&毒凹が語られていることは、この両者の間に差異が認められるように思われる。即ち、この品の前半は六万恒河 沙の衆生らに関する物語を展開しているが、そこでは且冨日巨寓一であり、地涌の菩薩が涌出してから後、弥勒菩薩 が地涌の菩薩の何たるかを質問するという、地湘の菩薩の本質論に関する物語の展開の中では降画呂冨”が使用され ︵”︶ ている。地涌の菩薩に関しては昔より未だ見ず聞かざるところであった、というので、それは、地涌の菩薩の存在に 関して、或は釈尊の教化の力に関しては、人間としての理解や人間が人間として到達しうる境地をこえたものである どうして降画呂嵐せられましょうか。菩薩らはこれについて疑惑をなして悪道におちてはならない︶ となされている。即ち、妙法華経の不信の訳語は邑巨野呂&融に対するものであると思われるが、吟騨目昏倒されな いからといってそのままで疑を生じて悪道におちてはならないというならば、それは野四目置凹せよということの逆 説であろう。正法華経が当信と積極的に訳したのは、その辺をふまえてのことであろうと思われるoそこで、ここで いわんとしていることは、釈尊の言葉へのそのままの降脚&彦脚こそは悪道におちることをまぬがれる道だ、という ことになるであろう。 (I9)

(20)

と、信の文字を見ることが出来るが、この文に該当する正・梵法華経はそれぞれ、 ︵調︶ 皆当下強意普存一堅固一各建二立志一一心平等上 ︵釦︶ 島昌日自厨昏昇乱の日忌日目岳の閏蔚間目目鼠壷の自国胃冨圃g閨良彦§昌一 ︵堅固を保ち、瞑想をなし、すべて禅定に住しておれ︶ であって、妙法華経の信力の語は意訳であるとしか考えられない。 から、そこでは腎画危冨の象が地湘の菩薩に関して知りうる道だと示そうとしているのではなかろうかと思われる。 ︹註︺ ︵1︶大正九・40中

︵2︶″111上

″111上

尚、妙法華経によると、 ︵配︶ 汝今出一宿力一住二於忍善中一 ︵5︶大正九・40中

︵6︶″111

︵7︶K302

︵8︶大正九・41中

︵9︶″112

︵皿︶K310

︵、︶大正九つ41下 大正九・41中

″112中

111

︵3︶K30112

︵4︶石上善応﹁仏典に現われた国冨再啓信の用例﹂︵印度学仏教学研究VOL812︶には、野凹呂冨は師と仰ぐ人の教えを聞 き、その人の教え、行動、その人自身に信頼することで、その規範を自分の行動と結びつけ、それがそのまま実践徳目とされ るようになる、とある。そして、且寓目烏昼については、心の自由な、即ち完全な状態をなす、とある。

K30112

石上善応﹁仏典に現斗 、その人の教え、行社 ようになる、とある。 上 (”)

(21)

如来寿量品︵正・如来現寿品、梵・忌呂樹餌威冒心ロ3日目画9号閏厨︶は、従地涌出品における弥勒菩薩の質 ︵11︶ 問に答えるという型をとっているが、同時にこの品の主張は法華経の眼目であるといわれている。その骨子は伽耶始 成の仏身観を破して、仏の寿命の無限なることをあらわす久遠実成の仏身観の説示を展開することにあろう。 即ち、五百塵点劫を説いて、伽耶成道の歴史的事実を破し、燃灯仏目息昌厨国として出現して見せたことも、浬 ︵釦︶K・308 ︵調︶同・308 ︵認︶大正九・41上 ︵”︶大正九・40中、

︵お︶K314

︵調︶″113.

︵型︶大正九・42上

︵鯛︶K313

︵理︶″113. ︵虹︶大正九・42上

︵釦︶K313

︵岨︶″112− ︵旧︶大正九・42上 ︵Ⅳ︶ご画算ご口につい一

︵略︶K312

︵巧︶″112︸ ︵皿︶大正九・41下

︵昭︶K311

︵狸︶″112− について 1 4 1 2 3 上 上 42上 113上 313 112下 41下 311 112下 、同居①﹃89はこの語が、しばしば酔画目冨と同じように使われることを指摘している。 42上 112下 313 111上、K302 6 (”)

(22)

であり、梵文法華経は ︵4︶ 画ぐ画冒言凹冒号菌ョ目①汽巳gg&画呂陣画&且富農ぐ§厨房樹四国の冨昏巨国昏乱8ョ曼留胃四薗迂 ︵善男子よ、如来の真実の言葉を信ずべし︶ であるから、野四&彦倒を妙法華経は信解と訳し、正法華経は信と訳していることが解る。この言葉は三度くり返して 語られているので、妙法華経も三度くり返して訳出をしているが、正法華経のみ、三挙二声詔一として三度くり返す訳 を省略しているが、煩雑をさけるためであったのだろうと思われる。そして、釈尊のこの勧めに対して弥勒菩薩をは じめとする入念は、これを説きたまえと三論をするが、その三論の中で、 ︵5︶ 梁を示して見せたことも、すべて衆生を導き仏道に入らせるための方便に外ならなかったとして、釈尊は久遠の生命 の持ち主であるとの説示を展開している。 その如来寿堂品は目頭において次のように示している。 ︵2︶ 諸善男子。汝等当し信二解如来誠諦之語一 我等当し信二受仏語一 と語っている。この︷ 我等悉信二如来所詔 であり、梵文法華経率 勺 。 こ の 文 華経は これに対する正法華経は ︵3︶ 諸族姓子。悉当レ信二仏誠諦至教一。勿レ得一猫予一 涯 ︵6 −如来所詔一 に 対する正法華経は U︶ (22)

(23)

何故感惣欲得現已

とあり、梵文法華経は 如来寿量品は更に偶の中においてい厨呂彦幽に関する説示を展開している。即ち、世間の父である釈尊は久遠の生 命を持つものであるが、狂子を治する良医のように、顛倒せる凡夫ぐ一息風冨昌且冨なるを知って浬藥凰弓匂冨し て見せたのだとしているが、それは ︵○O︶ 以二常見P我故而生二傭恋心一放逸著二五欲一堕二於悪道一 ためであったとしている。この妙法華経では野口&爵に言及しているとは思われないが、正法華経の中には、 ︵nコ︶ 何故感惣欲得現已人常闇弊使二意信楽一以二放逸一故墜二堕三処一 れる。 ︵守J︶ ぐぃ雪画昌念騨毎卿函画厨”罠四ずぽ画盤冨昌凹ご冨野脚・・彦倒切望四日四宮 ︵我奄は如来の語られたものを信ずるでありましょう。︶ となっている。この言葉も梵文法華経では三度くり返して示されているが、妙法華経は右の我等当信受仏語の次に、 如レ是三白已。復言唯願説し之。我等当信二受仏語一。と示して、三度くり返されたことを語って実は再言したにとどま っている。正法華経は我等悉信二如来所詔一。菩薩白し仏而亦至レ三と、三度くり返したことを示すのにとどめられてい る。このくり返しは全く同じ言葉であるから、煩雑になることをさけようとしたためであろう。 しかし、品の冒頭において釈尊と菩薩らによって、このように三度びも同じ言葉が語られ、その中でい日&園が それぞれ口にされ、しかもそれが久遠実成を説示する発端となっていることからして、それは方便品における釈尊と 舎利弗との三止三請に関して語られたところと軌を一にするものであり、そこには深い意味がこめられていると思わ (23)

(24)

となして、常に釈尊の姿が目の前にあれば、野良島団しなくなってしまい、それによってやがては悪道に入ることを 示している。この野呂巳愚を正法華経は信楽と訳出しているのであるが、野呂屋愚しないことは釈尊に対する信の 念がないことであるから、それは放逸に走ることになるであろう。妙法華経が僑志の心を生じ放逸にしてと訳して 戯い菌&嵐の訳を欠いたのは、この辺をふまえたからであろうと思われる。そしてこのことは、野呂昌圃のないあり 方は放逸に走るあり方につながることを暗示しているのではなかろうか。 これらの恥3回己圃の使用例に対して、且匡昌時昼の使用例が一箇所に見られる。それは久遠の生命の釈尊は娑婆 世界にあって常に法を説くが、衆生を度すために或る時は燃灯仏として現われるなどして、種々な方便をもって微妙 と示されている。これに対する正・梵両法華経は 所行不し同徳本浅薄。多し所二壊破一而不二信総池︶ ︵過︶ 圃昏幽恩8画閏留匡目烏威圏昌殴算ぐ習目巴息冒世画日昌習営冨g罵陦汀織目目①ぐ“ョぐ且昌 ︵如来は、善根少なく煩悩多く、種為な信解の衆生らのために、かく語る︶ の法を継ぐとなされた次の所で ︵u︶ 如来。見下請衆生楽二小法一徳薄垢重者上

匿昏恩融忌昏昌農冒目呂言恩箇烏風呂牌乱酔且号画g目画§且冨旦習農馨一

︵皿︶ 乱雪四m菌冨昏①豐胃角目gggg菌目角日脚烏旨①芭琶ロ愚息冒愚旦昌隠陸日一一 ︵何故か。私が常に︵姿を︶見せると理性なく無知なるものは信じなくなり、愛欲にあえぎ、放逸な狂気のために ︵何故か。私津 悪道におちる︶ (24)

(25)

と述べているから、妙法華経が楽小法と訳したものは国営画且冨目烏睦であると思われる。このような“号自民感 ︵皿︶ に関しての楽小法の訳は、すでに指摘したように、薬草喰品や信解品などでも見られるところでもある。そして正法 華経は不信楽と訳出している。梵文法華経には不と訳される否定の文字は見えないが、善根少なく煩悩多いものには 釈尊の微妙な法は当然且冨昌烏蝕出来ないところのものであるから、不信楽と訳されたものであろう。妙法華経の 訳語である楽小法における小法の文字も、このような意味合いにおいてなされたものであろう。 これらの外に如来寿量品の妙法華経訳には信の文字を見ることが出来るが、それらはともに吟四目颪と鼠寓目早 丙感に関する訳語ではない。たとえば右の且冨目口唇一に関してふれた文の直前において、釈尊は方便によって微妙 な法を説いたとしているが、その理由を述べたところでは、 ︵巧︶ とあるが、梵文法華経はここのところを ︵妬︶ 薗昏樹画圃樹目・尉凰習営恩騨ぐ習曽旨骨ご四目乱冨旦厨融昌ぐ目・野“巨富日騨国薗ョぐ旨ぐ巳。ご“ ︵如来は次々とやって来る衆生らの根の大小を知って、精進の強さを見きわめて︶ と述べているだけで、それが信等に関するものであるかどうかを示してはいない。したがって正法華経も妙法華経の 信等に該当する訳をなしてはいない。 更に、如来寿量品偶の中には、 ︵Ⅳ︶ 衆生既信伏質直意柔軟一心欲し見レ仏 とのべ、又 観二其信等諸根利鈍一 (25)

(26)

にあらわす︶ ︵皿︶ §蔚冨闇算蔚冨口目閉胃8.彦画卦蔚忠昌頁巴愚府目一目閏忌唱画す且冒日一 ︵他の衆生らに尊敬されて私は、私の最高の覚りを説示する︶ であって、信に関する言葉は語り出されてはいない。彼の衆生らが正しく優しく柔軟で愛欲を捨てるという時、それ は釈尊の教えに対して一心になることを意味するであろう。それは仏への信の姿なのかもしれない。そこで妙法華経 の信伏という訳語がなされ、信楽の訳がなされたものであろうと思われる。 このように、如来寿量品では野呂巳圃がもっぱら説かれていることになるが、それは仏の教えに対してのひたす らな信を意味し、その信をもつことが肝要なことを指摘していると思われる。 とのべて、釈尊に対しての信をもつ生き方が強調せられているが、これらの文に対する正法華経の訳文は、 歓喜踊躍仮使質直説一室誠言一 ︵四︶

及与異人春属囲焼因而宣揚

であって、一向に信の語があらわれて来ない。梵文法華経も ご匡冨最前自己崖日脚急ぐ獣8巨誘恩窟冨目獣8ずぽ男自陣函詳乱竺 ︵釦︶ 厨8画冨昌野留鳥四囲号唄冨再弓四弾自習“Q閂綴目曽降旨閏&貝鳥目①’一 ︵彼の衆生らが正しく優しく柔軟で愛欲を捨てたとき、私は声聞の集団を引きつれて自らをグッドーラ・クータ山 ︵咽︶ 余国有二衆生恭敬信楽者一 (26)

(27)

︹註︺ ︵1︶日蓮聖人は開目抄に﹁此経に二ケの大事あり﹂︵539︶とし、二乗作仏と久遠突成を挙げているが、﹁発迩顕本せざれぱ まことの一念三千もあらわれず、二乗作仏も定まらず、水中の月を見るがごとし。根なし草の波上に浮るににたり﹂︵55 2︶とのべて、久遠実成こそ法華綴の肝心であることをのべている。 ︵2︶大正九・42中

︵3︶″113上

︵、︶大正九・42下

︵廻︶″113下

︵皿︶K326

︵9︶″115

︵8︶大正九・43下

︵7︶K315

大正九・43下

″115

︵5︶大正九・42ド

︵6︶″113上

︵4︶K315

︵咽︶K318

︵晩︶室住一妙古稀 ︵妬︶大正九・42下

︵猫︶K317

︵Ⅳ︶大正九・431 ︵ 晩 ︶ 室 住 一 妙 古 稀 P103,1115 へ 18 曹 〃 〃 へへ 2120 嘗曹 〃K 〃3 2 4

︵岨︶″114下

(27)

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