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論文の内容の要旨
氏名:水島 大貴
博士の専攻分野の名称:博士(生物資源科学)
論文題名:Candida versatilis SN-18 におけるグリセロール生成機構の解明
グリセロール(1, 2, 3 - プロパントリオール)は、汎用性の高いポリオールであり、医薬品、食品や様々な化成 品製造のための原料として利用されている。現在、グリセロールは、油脂工業やバイオディーゼル製造の過程 に生じる副生物からの精製、もしくは、プロピレンを出発原料とした化学合成法により製造されている。しか し、副生物から製造されるグリセロールは、微量残留物が健康に与える影響などの観点からその利用範囲が限 定される。このことから、より広範な用途開拓のためには微生物発酵によるグリセロールの製造が好ましいと 考えられる。過去に、微生物を用いた商業スケールのグリセロール製造も行われていた。この製造は、培養液 中に亜硫酸塩を添加することで、グリセロールの生合成を誘導する方法である。しかし、この製造方法は、精 製工程中のグリセロール溶液中に大量の塩が残留することや精製コストの問題により、現在は行われていない。
このことから、亜硫酸塩のような誘導物質を必要としないグリセロール生産の研究開発が期待される。そこで、
着目されたのがグリセロール生成酵母である。
Candida versatilis SN-18は、高糖濃度条件下において主にグリセロールとマンニトールを生成する酵母である。
グリセロール生成酵母Saccharomyces cerevisiaeと比較して、本菌はグリセロール生成量や消費グルコース当た りのグリセロール変換率が高いことから微生物発酵によるグリセロール生産の実用化に期待されている菌株 である。これまでに本菌のグリセロール生産性を向上させるために培養方法の改良が行われてきたが、その生 産量や変換率が未だ目標レベル(100 g/L、50%)に達していない。そのため、本菌のグリセロール生成を代謝工 学的に制御することが有効であると考えられた。このことから、Candida versatilis SN-18のグリセロール生成機 構を理解する必要がある。グリセロール生成機構は、S. cerevisiaeをモデル生物として解析されており、浸透圧 ストレスによって誘導されることが明らかになっている。浸透圧ストレスは、mitogen-activated protein kinase (MAPK) カスケードのひとつであるhigh osmolarity glycerol (HOG)経路を介して核内にシグナルとして伝達さ れる。そして、そのシグナルによって、glycerol 3-phosphate dehydrogenase (GPD)をコードする遺伝子の転写が活 性化され、グリセロール生成が誘導される。このことからGPDはグリセロール生成の鍵酵素とされる。
本研究では、Candida versatilis SN-18由来のGPDを単離し、その構造と機能を解析した。さらに、高糖濃度 条件下における本菌のグリセロール生成量とGPDの発現動態を解析することで、本菌のグリセロール生成機 構について考察した。
1. Candida versatilis SN-18由来GPD遺伝子の単離と構造解析
C. versatilis SN-18由来の2つのGPD相同遺伝子(Cvgpd1, Cvgpd2)は縮重PCR、アダプターPCR、3’RACE法 を用いてクローニングされた。Cvgpd1, Cvgpd2はイントロンを含まない1134 bpの遺伝子であり、興味深いこ
とに、Cvgpd1の5’上流にCvgpd2が近接してゲノムDNA上に存在していた。さらに、ストレス応答遺伝子の
転写制御に関わるストレス応答因子(STRE: Stress response element)がCvgpd1, Cvgpd2の5’上流域に1つずつ 存在することが明らかとなった。このことから、Cvgpd1, Cvgpd2の遺伝子発現は浸透圧ストレスにより転写誘 導されることが考えられた。Cvgpd1, Cvgpd2にコードされるアミノ酸配列は、S. cerevisiaeやこれまでに報告さ れているC. versatilis NBRC 10650 GPDと高い相同性を示すとともに、他菌種GPDが有するNAD+ binding domain とSubstrate binding domainを保持していた。さらに、Cvgpd1, Cvgpd2と他菌種GPDのアミノ酸配列をもとに作
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成した系統樹は、Cvgpd1, Cvgpd2がC. versatilis NBRC 10650 GPDと同じ分岐に属していることを示したことか ら、Cvgpd1, Cvgpd2はC. versatilis NBRC 10650 GPDと同様にNADP+依存型GPDの機能を有することが推測さ れた。
2. Saccharomyces cerevisiae gpd欠損株を用いた異種発現系によるCvgpd1及びCvgpd2の機能解析 Cvgpd1, Cvgpd2がGPDとしての機能を有するか検討するために、Cvgpd1及びCvgpd2が組み込まれた酵母 用発現ベクター及び空ベクターをS. cereviseiae gpd欠損株に遺伝子導入した。空ベクターを導入したコントロ ール株と比較して、Cvgpd1導入株およびCvgpd2導入株の生育はどちらも浸透圧ストレス条件下で生育すると ともに細胞内にグリセロールを有意に蓄積していた。特に、Cvgpd2導入株はCvgpd1導入株を上回る生育とグ リセロール蓄積量を示した。さらに、両導入株から調製した粗たんぱく質溶液中のGPD 活性は、どちらも NADP+よりもNAD+を補酵素とした時にGPD活性を示した。また、Cvgpd1導入株よりCvgpd2導入株のGPD 活性が有意に高かった。これらのことから、Cvgpd1、Cvgpd2がコードしているタンパク質はNADP+よりNAD+ 依存型GPDであり、C. versatilis NBRC 10650 GPDとは異なることを明らかにした。加えて、Cvgpd2がCvgpd1 よりGPDとして高い機能を有していることが示された。
3. 高糖濃度条件下におけるCandida versatilis SN-18のグリセロール生成とCvgpdの関係性
C. versatilis SN-18は20%(w/v)グルコース存在下で著量のグリセロールを生成する。このような高糖濃度条件
下におけるグリセロール生成は、培養液と細胞内の溶質濃度差によって生じる浸透圧ストレスがCvgpdの制御 に関与している可能性がある。そこで、20%グルコース存在下での本菌のグリセロール生成が、浸透圧ストレ スによってCvgpdが制御されて誘導されているか解析した。
20%グルコースもしくは1 M NaCl存在下でC. versatilis SN-18を3時間まで培養し、その時の細胞内グリセロ
ール量とCvgpd発現量の動態を解析した。1 M NaCl存在下では、Cvgpd2の発現量は常に定常的であるのに対
し、Cvgpd1の発現量は10分までに急激に上昇した。そして、Cvgpd1発現量の上昇に伴って細胞内グリセロー
ル量も上昇した。一方で、20%グルコース存在下のCvgpd1, Cvgpd2発現量及び細胞内グリセロール量は大きく 変化しなかった。また、20%(1.1 M)グルコースと同等の浸透圧(約2.8 MPa)になるように、0.55 M NaCl、0.55 M KCl、1.1 Mソルビトール存在下で培養したC. versatilis SN-18の1時間後の細胞内グリセロール量を検討した。
コントロールと比較して、NaClやKCl存在下で培養した時の細胞内グリセロール量は約2倍の増加が見られ たが、グルコースやソルビトール存在下で培養した時の細胞内グリセロール量は有意な増加が見られなかった。
これらのことから、C. versatilis SN-18のグリセロール生成は、NaClやKCl存在下のような浸透圧ストレスでは、
Cvgpd1が制御されることで誘導されることが明らかとなった。しかし、20%グルコース存在下のグリセロール
生成は、NaClやKCl存在下のような浸透圧ストレスとは異なる要因によって誘導されることが予測された。
20%グルコース存在下における本菌のグリセロール生成の誘導は、グルコース濃度や培養時間が関連してい
ることが考えられた。そのため、2%及び20%グルコース存在下でC. versatilis SN-18を3日間培養し、その時 のグリセロール生成量とCvgpd発現動態を解析した。Cvgpd2発現動態は、どちらの条件においても大きな変 動が見られなかった。また、細胞内グリセロール量は培養時間が経つとともに減少した。一方で、2%グルコー ス存在下では、Cvgpd1 発現量が顕著に上昇していないにもかかわらず、培養上清中のグリセロール量は培養 24時間まで上昇した。20%グルコース存在下では、Cvgpd1の発現量は培養時間の増加とともに徐々に上昇し、
それに伴って培養上清中のグリセロール量も上昇した。このことから、20%グルコース存在下でのC. versatilis
SN-18のグリセロール生成は、グルコースが高濃度で存在することと培養時間に依存して、Cvgpd1が制御され
ることで誘導されることが明らかとなった。
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総括
C. versatilis SN-18由来GPDであるCvgpd1、Cvgpd2はゲノムDNA上に直列に存在することや、両遺伝子の 5’上流にSTREが存在することも明らかにした。これまでに、S. cerevisiaeにおいて、GPDをコードする2つの 相同遺伝子は、それぞれ異なる染色体上に存在していることや、その他の酵母のGPDはシングルコピーであ ることが報告されている。これらのことから、本研究で明らかとなったC. versatilis SN-18由来の2つのGPD がゲノムDNA上に直列に存在していることは新たな知見である。Cvgpd1、Cvgpd2がコードしているタンパク 質は、C. versatilis NBRC 10650のNADP+依存型GPDと異なりNAD+依存型GPDであることが示された。20%
グルコース存在下のような高糖濃度条件下におけるC. versatilis SN-18のグリセロール生成は、浸透圧ストレス だけでなく、培養時間に依存して、Cvgpd1が制御され誘導されていることが明らかとなった。本研究で明らか
になったC. versatilis SN-18のグリセロール生成機構は、これまでの浸透圧ストレスと関連付けたグリセロール
生成機構とは異なる新たな展開を予測させるものである。そして、この知見は、代謝工学的な制御による本菌 のグリセロール生産性の向上に繋がるものとなった。