アッラー,神,アラーの神 : イスラームの日本的 理解をめぐる一考察
著者 大塚 和夫
雑誌名 国立民族学博物館研究報告
巻 9
号 2
ページ 383‑419
発行年 1984‑08‑31
URL http://doi.org/10.15021/00004432
ア ッ ラ ー , 神 , ア ラ ー・ の 神
・ イ ス ラ ー ム の 日 本 的 理 解 を め ぐ る 一 考 察
大 塚 和 夫 *
Allah, Kami and Ara-no-Kami A Study of the Japanese Way of Understanding Islam
Kazuo OHTSUKA
The Japanese say that Muslims believe in Ara-no-Kami (God of Allah). This idiom, Ara-no-Kami, is a compound word consisting of Kami (god or deity in Japanese) and Ara- (the Japanese rendering of Allah, Islamic God). Most Japanese do not doubt that the idiom is an exact translation of the word Allah. In this paper the exactness of the translation in conveying to the Japanese the meaning of one of the most significant concepts in Islamic cosmology is disscussed.
In this respect Saussurian semiology recently interpreted by K.
Maruyama was found to be useful. First, two words-sets, one Japanese and the other Arabic, are examined. These words convey a meaning akin to god, deity or supernatural being. From this it was concluded that the value of the word kami, as a sign in the Japanese language system, differs greatly from that of Allah in Arabic. Thus a simple rendering of Allah as Kami might be erroneous. Moreover, the idiom Ara-no-Kami is more than just a mistranslation. Clearly, the Japa- nese consider the Islamic God as one of many gods, since the word kami connotes not one but many gods (eight million according to a common expression) which is quite opposite to the creed of the ortho- dox Islamic faith. Indeed, the first of the five pillars of Islamic creed is shahada, a confession of faith, which is represented in the phrase
"there is no god but Allah (God) ."
Difficulties of translation imply more than the mere correct rendering of words, for in them resides the entire complex problem of "the translation of- culture," a central tenet of anthropological
methodology.
*国立民族学博物館第 3研究部
383
国立民族学博物 館研究報告 9巻 2号
ユ。 問 題 の 所 在
2・ 日本 的 宗 教 に お け る 「神 」
3. ア ラ ブ ・イ ス ラ ー ム に お け る 「allih」
4. 考 察
a) ソ シ ュール ー丸 山 記 号学
b) 「allih」 と 「神 」 と 「ア ラー の神 」 5. 総括 と展 望
さ らな る困 惑 が生 じて くる の は, い かな る解釈 も文 化 的 に拘 束 さ れて い る とい う事実 か ら で あ る。 お そ ら く,人 類 学 は腕 曲な エ ス ノセ ン トリズ ム にす ぎな い だ ろ う。
J.ブ ー ン [Boon 1982=6]
1. 問 題 の 所 在
回 教 と はマ ホ メ ッ トが 始 めた ア ラ ビア砂 漠 の宗 教 で あ り, ア ラーの 神 を拝 ん で い る 一 ご く平 均 的 な 日本 人 の イ ス ラ ー ムに 関す る知 識 を要 約す れ ば, この よ うな こと に
な ろ う。 この 素 朴 な表 現 の 中 に, 異 文 化理 解 の学 と して の人 類 学 的 観 点 か ら眺 め る と,
非 常 に興 味 深 い い くつ か の語 彙 を 見 出 す こ とが で き る。
た とえ ば , イス ラー ム を 「回 教」, ムハ ンマ ドを 「マ ホ メ ッ ト」 と表 現 す る と ころ か ら判 明 す るの は ,わ れ わ れ の イ ス ラー ム に関す る常 識 のか な りの 部 分 が , 中 国 お よ び西 欧を 経 由 して きた もので あ る と い う事 実 で あ る1)。 そ れ は ,歴 史 的 にム ス リム社 会 と の直 接 的 な 接 触 が稀 薄 で あ った こ とを端 的 に示 して い る。 さ らに 「砂漠 の宗 教 」 とい う理 解 の 仕 方 も,本 多 勝 一氏 [本 多 1972:168−171] の指 摘 す る童 謡 「月 の 砂 漠」 の イ メ ー ジ と共 に, 日本 にお け る orientalism を 考 察 す る際 の , 一 つ の貴 重
な資 料 とな るだ ろ う2)。
文 化 人 類 学 の み な らず , 比 較 文 化論 ・精 神 史 的 考 察 か ら も魅 力 的 な これ らの テ ー マ の検 討 は, 後 日を 期 す と して , 小 稿 で論 じるの は 「ア ラー の神 」 とい う表 現 で あ る。
私 見 に よれ ば , イ ス ラー ムの 信 仰 対象 を意 味す る この 言 い ま わ しの 中 に, イス ラ ーム の 日本 的 理 解 の 特徴 の一 つ が, 鮮 明 に浮 き彫 りに され て い るの で あ る。 こ こで , 「日 本 的 」 理 解 とい うの は, 一 般 的 「日本 」 人 の 「日本 」 語 によ る理 解 と い う意 味 で あ る。
1) ア ラ ビ ァ 語 で は , 「マ ホ メ ッ ト」 は m 晦 am m ad,「回 教 」 は isl互m で あ る 。 人 類 学 的 原 語 主 義 か ら, 本 稿 で は そ れ ぞ れ ,ム ハ ン マ ド, イ ス ラー ム と記 述 す る 。 た だ し, コ ー ラ ン,カ リ フ な ど は 慣 用 に した が っ て い る 。 な お , 本 稿 の ア ラ ビ ア 語 の 表 記 は , 正 則 ア ラ ビ ア 語 (fush互) の ア ル フ ァ ベ ッ ト順 に , ,b, t, th, j, h, kh, d, dh, r, z, s, sh, S, d, t, Z, , gh, f, q, k,1, m , n, h, w , y で あ り , 短 母 音 は a,董,Ue長 母 音 は a, i, tiで 表 す 。 語 頭 の ハ ム ザ , 語 尾 の タ ー ・マ ル ブ ー タ は 略 す が , 複 合 語 の 場 合 , タ ー ・マ ル ブ ー タ を t で 表 記 し た 場 合 も あ る 。
384
す な わ ち,筆 者 もそ の 一員 で あ るが , 日本 文 化 の 中で 「社会 化 」 し, 日本 語 を母 語 と す る人 々が ,異 文 化 と して の イ ス ラー ムを , 自分 に納 得 す る形 で説 明づ け る行為 の こ
とで あ る。
モ ロ ッ コ か ら帯 状 に イ ン ドネ シ ア , フ ィ リ ピ ン南 部 に ま で 拡 が る イ ス ラ ー ム 諸 社 会 の 中 で , こ こ で 取 り あ げ る の は ア ラ ブ 社 会 で あ る 。 そ れ に は 二 つ の 理 由 が あ る 。 一 つ は 現 在 の 研 究 対 象 と な っ て お り , 他 の イ ス ラ ー ム 社 会 よ り も知 識 を も ち , 現 地 体 験 も あ る と い う筆 者 の 個 人 的 理 由 に よ る も の で あ る 。 い ま 一 つ は , イ ス ラ ー ム第 一 の 聖 典 コ ー ラ ンー 精 確 に は , al−quran と 呼 ば れ て い る は , ア ラ ビ ア 語 で 書 か れ て お り, そ れ 以 外 の 言 語 へ の 翻 訳 は 公 式 的 に は 認 め られ て い な い と い う事 実 に 基 づ い た と こ ろ の イ ス ラ ー ム 教 義 体 系 の 中 に お け る ア ラ ビ ア 語 の 特 権 的 位 置 で あ る 。 そ の 揺 藍 の 時 代 か ら, イ ス ラ ー ム の か な り の 部 分 は ア ラ ビ ア 言 語 文 化 一 そ れ は必 ず し も 「ア ラ ブ 人 」 の 独 占 物 で は な か っ た が 一 の 中 で 形 成 , 彫 琢 , 展 開 さ れ て き た 。 仮 に 文 化 的 境 界 を 決 定 す る指 標 と して 言 語 を と る な ら ば , ア ラ ブ 人 に と って 自 分 た ち の 「母 語 」 で 語 られ る イ ス ラ ー ム の 宗 教 体 系 は , 異 文 化 の もの で は な か っ た 3》。 少 な く と も , 後 世 の ペ ル シ ャ 人 、 イ ン ド人 , 東 南 ア ジ ァ の 諸 民 族 が 直 面 し た よ うな , 異 文 化 と して の イ ス ラ ー ム の 受 容 と そ れ に 伴 な う 文 化 変 容 の 問 題 は , ア ラ ブ 人 一 般 に と っ て , ほ と ん ど 問 題 で は な か っ た と い え よ う。 も ち ろ ん , 現 在 ア ラ ブ 諸 国 と一 括 さ れ て い る 地 域 , と く に 北 ア フ リ カ に お い て は , 初 期 イ ス ラ ー ム 史 に お け る 帝 国 拡 大 の 時 代 に , 被 征 服 民 で あ る キ リス ト教 徒 や ベ ル ベ ル 人 の 間 に , 改 宗 の 問 題 と 共 に上 述 し た よ うな 文 化 変 2) こ こで の orientalism は, 論争 を よん だ E. Said の著 作 の タ イ トル [SAID l978]か らと ら れて い る 。そ の 中 で サ イー ドは, ヨー ロ ッパ の オ リエ ン トー 主 と して 中東一 に対 す る一 般 的思 考 ス タ イル と して , ヨー ロ ッパ の優 越 とオ リエ ン トの後 進 性 とい う前 提 が あ り, そ れ を偉 大 な る古代 ・中世 オ リエ ン ト文 明 と対 照 させ て 現 代 オ リエ ン トの堕 落 ・退 廃 ぶ りを際 立 た せ ・ ひ いて は 植民 地 支 配 正 当化 の イデ オ ロギ ー と して い た と指 弾す る。 彼 の 提 出 し た 資 料 は ,植 民地 行 政 官 の もの か ら, 探 険 家 , 小 説 家 さ らには ヨー ロ ッパ 東 洋 学者 の 著 作 に まで 至 って い る 。 サ イ ー ドの 問題 提 起 は , B.ル イス の よ うな 東洋 学の 重 鎮 に批 判 さ れ , サ イー ドも反 論 を 試 みて い る [c£ ル イ ス, サ イ ー ド 1982−3]。 しか し,一 方 で は サ イー ドを 支持 し, そ の 方法 を 自分 の 専 門 の研 究 領域 に適 用 しよ う とす る人 々 もでて きて お り, 日本 研 究者 の R・マ イニ ア もそ の一 人 で あ る tcf.マ イニ ァ 1982]。 筆 者 は サ ィー ドの 問 題 意識 の 重 要性 を 認 め る者 の 一 人 で あ り, 西洋 か らみ た らオ リエ ン トの 一員 で あ る 日本 に も, 「月 の砂 漠 」 にそ の 例 を みい だ す よ うな 中東世 界 に対 す る一 般 的 思考 スタ イル ー 一思 い こみ が あ るの で はな いか と考 え て い る。 これ は 筆者 のか か えて い る研究 テー マ の一 つ で あ る 。
3) 正確 に い う と, ア ラブ ・イス ラー ム の宗 教言 語 は, ア ラブ人 一 般 に と って は 「母 語」 で はな い。 彼 らの母 語 は ア ン ミー ヤと総 称 されて い る もので , 基 本 的 に は 口語 で しか な く, い くつ も の方 言 に分 か れ て い る 。一 方 , フ スハ ー と よば れ る宗教 言語 は ,原 則 的 に は宗 教 教育 の 一環 と して , 教 育を う けた ア ラブ人 に しか 充 分 に使 い こな す こ とが で き ない もので あ る 。 しか し,高 逼 な宗 教 論争 をす るの で ない 限 り, ア ン ミー ヤ によ って も イス ラー ムを語 り,他 者 と意 見 を交 換 す る こ と も可 能 で あ る。 何 よ りも, ア ラブ人 ムス リムの 多 くは , ア ッ ラーの 啓示 が ア ラ ビア 語 で下 され た こ とを 誇 りに思 い ,そ れ 故 に , 自分 た ち の言 語 を特 権 視 しが ちで あ る 。
385
国立民族学博物館研究報告 9巻 2号 容 の 問題 は非 常 に深刻 な もの で あ った ろ う こ とは想 像 に難 くな い。 しか し, そ れか ら 十 数 世 紀 を経 た現 代 に お いて , 北 ア フ リカ の ア ラブ化 は ほぼ完 成 し, ア ラ ビア語 は こ の地 に根 づ き,表 面 上 この 地 域 に住 む ムス リム に と って 母 語 とイ ス ラー ムの特 権 的言 語 と の文 化 的齪 酷 は存 在 しな い と言 うこ とが で き るだ ろ う。 そ こで , 自文 化 とイ ス ラ ー ム との 間 の文 化 的矛 盾 が 最少 で あ る とい う意 味 にお いて, ア ラブ ・ムス リム社 会 は イ ス ラ ーム文 化 の純 粋 培 養 的 な モ デ ル ・ケ ー ス を提 供 して い る とい え るの で あ る4)。 した が って , ア ラブ文 化 , ひ い て はア ラ ビア語 を中心 に考 察 を進 め る こ とに よ って , イス ラ ーム の文 化 的 特徴 を端 的 に把 握 す る こ とが可 能 で あ る と予 想 で き る。 これ が イ ス ラー ムの代 表 例 と して ア ラブ社 会 の事 例 を 取 り扱 う第 二 の 理 由 で あ る。
これ らの点 を ふ ま えた 上 で , 本 稿 の 目的 を 改 めて 明 確 に して お こ う。 それ は, 「ア ラー の神 」 とい う言 い まわ しを手 掛 りに して , ア ラビ ア語 に よ って表 現 され た イ ス ラ ー ム の諸 観念 や そ れ に基 づ く思 考 様 式 を, 日本 語 に よ って 理 解 す る とい う行 為 の 可 能 性 とその 限界 とを み きわ め る こ とで あ る。 相 異 な った 世 界認 識 の枠 組 を提 供 す る二 つ の言 語 体 系 の接 点 にお いて , 一一方 (日本 語) で他 方 (ア ラ ビ ア語) を理 解 す る と は ど うい う ことな の か , そ れ は い か に して 可 能 な の か , ど こ まで 可 能 な の か, また 理 解 し た つ も りが実 は 「誤 解 」 に な って いな いの か , 等 々の諸 問題 を具 体 的 な形 で論 じる こ とで あ る。 それ は, よ り一 般 的 な言 い方 を す る と,異 文 化 理 解 の手 法 と して の 「文 化 の翻 訳 」 の は らん だ 問題 へ の, ア ラビ ア語 と 日本 語 の あ る種 の宗 教 的語 彙 の分 析 を 通
した さ さやか な 寄 与 とい う こ とがで き るだ ろ う。
本 論 の構 成 に ふ れて お く。
「ア ラー の神 」 と い う表 現 は, イス ラー ム と 日本 の宗 教 に お け る信仰 対 象 の名 称 を 結 び つ け てで きた もの で あ る。 そ こで, それ ぞ れ の文 化 に お け る, これ ら二 つ の語 の 意 味 の 明確 化 が まず 必 要 にな る。 最 初 の二 つ の 章 は この作 業 に あて られ る。 す な わ ち , 第 2章 で は, 日本 の宗 教 体 系 にお け る 「神 」 や 「仏 」 とい った語 の意 味 と相互 の 関連 が 検 討 され る。 そ れ を受 けて ,第 3章 で は, ア ラブ ・イ ス ラー ムの 中か ら,神 格 や そ の 他 の 超 自然 的 存 在 を示 す 語彙 を選 び , それ らの 一 般 的意 味 が 明 らか に され る。 この よ うな 基礎 作 業 を終 えた の ち, 第 4章 で は, 両 者 ,特 に 日本 の 「神 」 とイ ス ラー ム の
「allah」 の 意味 論 的 比較 を お こな う。 そ の際 , 丸 山 圭 三 郎氏 の ソ シ ュ ール 読解 か ら展 開 され た い くつ か の記 号 学 的 概 念 を利 用 す る こと にな ろ うb そ の結 果 , 「言 語 記 号 」 4)Jた だ し, これ は あ くま で ,言 語 を 中心 と した 文化 論 的 見解 で あ り, それ が 直 ち に正 統 と異 端
と い った教 義 上 の価 値 判 断 に結 び つ く もので は な い。 東南 ア ジ アや 黒 ア フ リカ の イ ス ラー ム を 正 統 的 信仰 の 崩 れ た形 態 で あ り, 「田 舎 イ ス ラー ム」 と 格 下 にみ な す傾 向 も一 部 に はあ るよ う
だ が,筆 者 はそ の よ うな 考 え方 に与 す る者 で はな い 。 386
と 把 え 直 さ れ た 「神 」 と 「allah」 と は , そ れ ぞ れ の 言 語 体 系 内 部 で も つ 「価 値 」 が 異 な る と い う こ と が 指 摘 さ れ る。 そ して , 「allah」 を 「神 」 と 訳 す 場 合 に 生 じ る 問 題 , さ ら に は 「ア ラ ー の 神 」 と い う 表 現 か ら派 生 す る イ ス ラ ー ム の 日 本 的 「誤 解 」 の 可 能 性 な ど が 論 じ られ る 。 最 後 の 第 5章 に お い て は , こ れ ま で の 議 論 を 総 括 す る と 共 に , キ リ ス ト教 の 問 題 や 文 化 の 翻 訳 と い う人 類 学 的 方 法 が は らん で い る 課 題 の 一 端 に も ふ れ , イ ス ラ ー ム の 日本 的 理 解 の 展 望 を 示 唆 す る。
2. 日本 的宗 教 にお け る 「神 」
まず , 日本 的宗 教 を と りあ げ ,神 と それ に 類 似 した観 念 を検 討 して み る。
と こ ろで , 「日本 的 宗 教 」 と一 口 に言 った が , 果 た して この よ うな 前提 が ど こま で 認 め られ るか とい った 問 題 が あ るδ い うまで もな く, 現在 日本 に は, さ まざ ま な諸 宗 教 (諸 宗 派) が存 在 して い る。 大 枠 で い え ば, 神 道 ,仏 教 , そ して キ リス ト教 とい っ た とこ ろで あ ろ うが , さ らに細 か くみ れ ば ,仏 教 ・キ リス ト教 系 の 諸 教 派 ・諸 教 団 に 分 かれ , さ らに新 宗 教 と い う言 葉 で総 括 され て い る明 治維 新 期 以 降 に勃 興 した神 道 系
・仏 教 系 の 諸 教 団 が あ る。 さ らに は, 日本 独 自の 宗 教 に基 づ くと いわ れ る神道 に お い て も, その 起 源 か ら教 義 体 系 の 整 備 を経 て ,現 代 に至 るま で の歴 史 的 変 遷 過程 に お い て ,村 上 重 良 氏 の用 語 を使 え ば, 原 始神 道 ,神 社 神 道 , 皇 室神 道 ,学 派 神 道 , 民 間神 道 , 国家 神 道 等 の さ ま ざ まな ヴ ァ リエ ー シ ョンを 生 み だ し [村 上 1970], そ の そ れ ぞ れ が果 た した 社会 的機 能 も, 時 代 や状 況 に応 じて さ ま ざ まで あ る。
これ らの 日本 にお け る諸 宗 教 の 教 義 の 中で 確 立 され た 神 観念 を比 較 , 対 照 し, そ こ か ら日本 的 「神 」 の本 質 を抽 出 しよ う とす るの が こ こで の 目的 で はな い。 む しろ , こ こで 検 討 した いの は ,確 立 され た 教 義学 の レベ ルで はな く,主 と して 宗 教 の非 専 門家 た る民 衆 の 生 活 の 中 に息 づ く宗 教 , す な わ ち民 俗 宗 教 や 民 間信 仰 とい う用 語 で 把 握 さ れ て い る領 域 にお け る神 観 念 で あ る。 い わ ば ,文 化 と して の宗 教 に おけ る神 そ の 他 の 類 似 観 念 の意 味 の探 究 で あ る。 後 に もふ れ られ る よ うに, 教 義 レベ ルで はか な り画 然 と分 け られ て い るか に み え る神 道 と仏教 の境 界 も,民 俗宗 教 レベ ル に お いて は漠 然 と ぼ か され ,曖 昧 に され て い る こ とが 多 い。 いわ ゆ る神 仏 習 合 と よば れ て い る現 象 の こ とで あ る。 ここで の 関心 は , この よ うな 神仏 習 合 現 象 も含 めた民 俗 レベル にお い て , 信 仰 対 象 が どの よ うな語 彙 に よ って , どの よ うな存 在 と して把 握 され て い るか を探 る こ とで あ る。 いわ ば ,特 定 宗 派 の信 者 ・非 信 者 を 問わ ず , 日本 人一 般 の 意 識 に お け る 神 観念 を抽 出 して い こ う とす るので あ る。
387
国立民族学博物館研究報告 9巻2号 考察 の 出発 点 と して ,折 口信 夫 の 意 見 を と りあげ よ う。 論 文 「鬼 の 話 」 の 冒頭 で , 彼 は次 の よ うに述 べ る。
「さて , 日本 の 古 代 の信 仰 の方 面 で は, か み (神 ) と, お に (鬼 ) と, た ま (霊 )
コ
と , も の と の 四 つ が , 代 表 的 な も の で あ っ た 。… … 鬼 は怖 い も の , 神 も 現 今 の 様 に 抽 象 的 な も の で は な くて , も っ と畏 し い も の で あ った 。 今 日 の 様 に考 え られ 出 した の は ,
む
神 自 身 の 向 上 した 為 で あ る。 た ま は 眼 に 見 え , 輝 く もの で , 形 は ま る い の で あ る。 も の は , 極 抽 象 的 で , 姿 は 考 え な い の が 普 通 で あ った 。 此 は , 平 安 期 に は い っ て か ら , 勢 力 が 現 れ た の で あ る 。」 [折 口 1975:3,表 記 を 若 干 変 更 ]
こ れ らの 観 念 と 折 口 自 身 が 日本 的 信 仰 対 象 の 原 型 と み な し た 常 世 神 一 ま れ び と と の 関 係 に つ い て は , こ こ で の 考 察 の 範 囲 を 越 え る。 た だ ,古 代 信 仰 に お い て は ,わ れ わ れ が 通 常 親 しん で い る 「神 」 の 他 に も い く つ か の 信 仰 対 象 が あ っ た こ と , さ ら に は そ れ
ら の 観 念 も時 代 と共 に そ の 意 味 す る も の が 変 遷 して き た と い う こ と を 確 認 し て お こ う 。 折 口 と は 別 の 文 脈 に お い て , 辞 典 類 を 利 用 し な が ら, 岩 田 慶 治 氏 は 次 の よ う に 論 じ て い る [岩 田 1979:46−47]。
古 代 日本 社 会 に お い て 信 仰 さ れ た 霊 的 存 在 に は , チ , タ マ , カ ミな ど が あ る 。 チ が 一 番 古 い の だ が, 万 葉 集 に も そ の 用 例 が な く, 次 い で , タ マ , カ ミの 順 に 新 し くな る 。 そ し て , そ の カ ミ も , 当 初 は タ マ と 明 確 に は 区 分 さ れ て い な か っ た ア ニ ミズ ム 的 な 天 地 万 物 に 宿 る霊 威 と い う意 味 か ら , 神 話 に お け る人 格 神 , さ ら に は 天 皇 神 な ど に 発 展
して き た 。
こ の よ うな 認 識 か ら , 岩 田 氏 は 当 面 の 問 題 と して , タ マ , タ マ シ イ , カ ミ な ど の
「原 初 の霊 魂 観 念 」 を 「カ ミ」 と表 記 し, そ の 後 の 「歴 史 的 ・文 化 的 に 発 展 した 形 態 」 を 「神 」 と 表 わ し, 「カ ミ」 か ら 「神 」 へ の 推 移 を 東 南 ア ジ ア 諸 民 族 を も含 め て 考 え よ う と す る 。 こ の 「カ ミ」 と 「神 」 は , 日 本 の 文 化 史 的 脈 絡 に 基 盤 を 置 く , い わ ば エ ミ ッ ク な カ テ ゴ リ ー で は あ る が , 岩 田 氏 は そ れ を 比 較 文 化 論 で 用 い う る カ テ ゴ リ ー , す な わ ち エ テ ィ ック な もの と し て 用 い よ う と して い る。 こ の よ う な 立 論 の は ら む 問 題 点 に 関 して は , 後 ほ ど ふ れ る 機 会 も あ ろ う。
この 岩 田 論 文 を 念 頭 に お き な が ら, 宮 田 登 氏 は , カ ミと タ マ の 区 別 に 関 して , タ マ を カ ミの 一 つ と み な す 本 居 宣 長 に ふ れ な が ら, こ の 両 者 は 「漢 字 で は神 霊 と 表 記 し一 体 化 した 表 現 に な る が , カ ミ と タ マ の 使 い わ け は , 人 の 微 妙 な 感 覚 の 相 違 に 連 な る も の で は な か っ た か 。 あ れ は カ ミだ が , これ は タ マ で あ る と い う こ と を , 潜 在 的 に 感 知 す る 能 力 が 人 に は あ っ た よ う に考 え られ る 」 と述 べ る。 さ ら に 続 け て , そ の よ う に 区 別 され た も の で は あ る が , 一 般 論 と して , タ マ か らカ ミへ の 移 行 が 認 め ら れ る と 説 く。
388
例 え ば ,死 ん だ 直 後 の人 の ア ラタ マ は,時 に は御 霊 と もな る荒 魂 で もあ った が ,人 々 が そ れ を鎮 撫 させ るた め に祭 祀 をお こな う こ とに よ って , 和 魂 に転 化 し,神 格 化 す る の で あ る [宮 田 1979:2−4]。
こ こで ,折 口, 岩 田, 宮 田三 氏 の見 解 を紹 介 して きた 。 これ ら硯 学 の 論 を ま と め る と, お お む ね ,次 の よ うに な る で あ ろ う。 古 代 日本 人 は複 数 の 信 仰 対象 少 な くと も, 複 数 の 用語 一 を認 め て きた。 しか し, 政 治 的 統合 の強 化 や 教 義 体 系 の 精緻 化 と い った 歴 史 的 変遷 を経 て , そ れ らの諸 観 念 の 中か ら, 徐 々に 「カ ミ」 また は 「神」 と い う観 念 が優 越 した もの にな って きた。 これ が , 日本 民 俗宗 教 史 に お け る信 仰 対象 観 念 発 展 の プ ロ セス で あ る。
この よ うなプ ロ セス は, 現 代 にお い て , さ らに徹 底 され た とい え るだ ろ う。 それ は,
わ れ わ れが 日常 生 活 に お いて 「神 」 とい う語 を ど の よ うな場 合 に用 いて い るか を顧 み れ ば容 易 に納 得 で き るだ ろ う。 現 在 わ れ わ れ は , 日本 の 伝統 的 固有 信 仰 の 正 統 な 後継 者 を 自称 す る神 道 の他 に も, 世 界 に は さま ざ ま な宗 教 が存在 す る こ とを知 って い る。
六世 紀以 降 の長 い土着 化 の過 程 を もつ 仏 教 を 唯 一 の例 外 と して ,・そ の 他 の世 界 の諸 宗 教 の 信 仰対 象 に , われ わ れ は 「神 」 とい う語 を あて て い る。 イ エ ス = キ リス トも神 一 神 の 子 で あ り, イ ス ラー ム に もア ラー とい う神 が い る。 ヒン ドゥー や古 代 ギ リシ ャ ・ ロー マの 神 々 もい る し, ヌ エル の kwoth や ル グバ ラの adro も神 = カ ミで あ る5)。 この よ うな 表 現 に,一 般 の 日本 人 は何 の異 和 感 も感 じな い。 同 じこと は ,神 話 ,神 学 , 神 殿 , 神 威 , 神権 政 治 ,一 神 教 ,多 神 教 , 汎 神 論 な どの 語彙 に もあ て は ま るだ ろ う。
これ らの語 彙 は,現 代 日本 語 体 系 の 中 に,揺 る ぐ ことな い地 位 を 占 め て い るの で あ る。
この よ うに, 現 代 日本語 の用 法 に よれ ば , 「神 」 の 語 は , 宗 教 そ の実 際 的 形 態 は地 域 ・時代 に よ って 千 差万 別 で あ る が一 の信 仰対 象 を一 般 的 に指 す 語 と して 使 用 され て い るの で あ る。 それ は, さ ま ざ まな 固 有 名 を も った信 仰 対 象 や 無 名 の そ れ らの 総 称 と して 用 い られて い るの で あ る。 「神」と い う語 の優 位 は,日本 の 伝 統 的信 仰 体 系 が, 「魂 」道 な どで は な く, 「神 」 道 と い う名 称 を選 ん だ時 に完 全 に確 立 された とい え る だ ろ うが , 近代 に入 り, この 語 彙 は 日本 の 文 化 的境 界 を越 ネ ,世 界 の あ らゆ る宗 教 の信 仰 対 象 にあ て はま る もの とな った の で あ る。
この こ とを典 型 的 に表 わ す例 と して , キ リス ト教 の 「神 」 が あ る。 周 知 の よ うに,
日本 と キ リス ト教 の最 初 の 出会 い は ,戦 国期 か ら織 豊期 を経 て 江 戸 初 期 まで の短 期 間 で あ った 。 その 際 , 宣 教 を独 占 した イ エズ ス 会 の修 道 士 に と って ,「創 造 主 宰 の独 一 5) ヌ エル とル グバ ラの例 は, イ ギ リス社 会 人 類 学 の黒 人 ア フ リカ研 究 の 中 か ら任 意 に選 ん だ も の に す ぎず ,特 別 な意 味 はな い 。 前 者 は Evans−Pritchard f1956], 後 者 は M iddleton [1960]
の研 究 で 知 られて いる 。
389
国立民族学 博物館研究報告 9巻 2号 神 とい う神 観 念 が 存 在 しな い 日本 にお いて , そ れ を如 何 に表現 し,説 明 す るか とい う こ とは最 大 の課 題 で あ り, しか も翻 訳 とい う経 験 を全 く持 た な い 日本 にお いて の 困難 さ は格 別 な もので あ った に違 い な い」 [海 老 沢 1970:524]。 そ して , 「大 日」, 「天 道」,「天 主 」 と い った 訳 語 の不 充 分 さ に気 づ い た修 道 士 た ち は, 結局 , 「デ ウス 」 と
ラテ ン語 の原 語主 義 を採 用 した。 「[布教 の] 前半 期 に は 『デ ウス』 が主 と して 用 い ら れ た が , な お信 徒 間 で は便 宜 上 『天 道 』 「天主 』 が混 用 され て い た ら し く, よ うや く 1590年 キ リシタ ン版 [の教 理 書 ] が印刷 され始 めた こ ろか ら原 語 主 義 が徹 底 され る よ うにな った」 [海 老 沢 ・ 1970:525] とい う事 情 ら しい。 実 際 , この 時 期 の キ リシタ ン 書 や 排 耶 書 で は, 「で うす 」 「泥 鳥 須」 「提 宇 子 」 な ど の表 記 で 「天主 教 」 の信 仰 対 象 を表 わ して い る6》。 この時 点 にお いて , キ リス ト教 の信 仰 対 象 と 日本 宗 教 の そ れ との 相 違 は, 意 識 的 に区 別 され て いた の で あ る。 それ は, この二 つの 信 仰 体 系 の異 質 性 を,
ヨ ー ロ ッパ 人 修 道 士 も 日本 人 キ リス ト者 も 日本 人 反 キ リス ト者 も充 分 に感 知 し,認 識 して い たた めで あ ろ う。
同 じ状 況 が 明 治 維 新後 に も再 現 した 。 しか し,前 回 と は異 な り,近 代 化 を至 上 命題 と し, 欧米 諸 国 との 政 治 ・経済 ・軍 事 的 交 流 を積極 的 に推 進 した 明 治 政府 は ,文 化 的 側 面 で の そ れ も同様 に扱 い ,1873年 (明 治 6年) に 「切 支 丹 禁 制 の 高 札 」 を撤 去 し,
こ こで キ リス ト教 今 回 はプ ロテ ス タ ン ト系 諸教 派 が 中心 だ った が一 の 日本 での 布 教 活 動 が 公式 的 に認 め られ た。 しか しな が ら, この時 に も, キ リス ト教 の信 仰 対 象 を いか に 日本 語 に訳 す か とい う こ とが大 き な問 題 で あ った よ うに思 わ れ る。 明治 前 半 期 に お いて ,宣 教 に尽 力 した キ リス ト者 , そ れ に対応 して反 キ リス ト教 的 立 場 か ら反 撃 をお こな った仏 教 僧 , さ らに は信 仰 の 問題 に は距 離 を お きな が ら西 洋 思 想 の紹 介 に 努 め た学 者 ・知 識人 た ちの 著 作 に は, 「天 主 」 「上帝 」 「天 」 な ど の語 がみ いだ され , そ の間 の事 情 を偲 ば せ る。 しか し, 同 時 に, 「誠 ノ神 」 「真 ノ神 」 とい う表 記 が 出現 す
しんしん
る こ とが興 味 深 い。 森 岡清 美 氏 に よれ ば , 「真 神 の 語 は儒 教 的概 念 に発 す る上 帝 の 語 と共 に 中 国 か ら学 ん だ もので 明治 初 期 を 通 して用 い られ た 」 [森 岡 1970:211]。 この
「真 」 や 「誠 」 と い った形 容 詞 が除 か れ , キ リス ト教 の 信 仰対 象 が 「神 」 と表 記 され るよ うに な った プ ロ セス は, こ こで は詳 らか に はで きな い。 た だ , その 時 代 が 天 皇 を 中 枢 にお く国家 神 道 形成 期 と重 な り合 う こ とか ら, この 問 題 が 日本 近 代 宗 教 ・精 神 史 上 の興 味 深 い テ ー マで あ る こ とだ け を指 摘 して お きた い。 いず れ にせ よ, こ こで は・
6) 資 料 と して , 岩 波 版 の 『日本 思 想大 系 25−一一キ リス タ ン書 , 排 耶 書 』 [海 老 沢 他 19701 が あ る。 興 味 深 い こと に, そ の 中に収 め られ た排 耶 書 の一 つ (『破 吉利 支 丹』) に, 「き り した ん の 教 に ,で うす と 申大 仏 … …」 とい う文 があ る [海 老 沢他 1970:450]。 これ は,著 者 (鈴 木 正 三) が禅 僧 で あ った と ころ か らで て きた 表現 で あろ う 。
390
キ リス ト教 の信 仰 対 象 が 「神 」 とい う語 彙 に よ って表 わ さ れ る まで に,幾 多 の紆 余 曲 折 を 経 た 前史 が あ っ た こ とだ け を確 認 して お こ う。
こ こま で , 日本 の宗 教 は も と よ り, キ リス ト教 を も含 ん だ世 界 の諸 宗 教 の信 仰 対 象 が , 「神 」 と い う語 に よ って表 記 され るよ うに な った と論 じて きた。 そ の場 合 , そ う い い きれ な い一 つ の例 外 が あ った こ とを忘 れ て はな らな い。 い うまで もな く,仏 教 の
こ とで あ る。
日本 に と って ,仏 教 は外 来 宗 教 で あ る。 それ は, 紀 元 前 5 ・6世 紀 に イ ン ド ・ネ パ ー ル地 方 で活 動 した シ ャカ を開 祖 と し,紀元後 6世紀に朝鮮半 島を経て 日本へ渡来 し た も ので , 当 時 の 日本 に み い だ され た古 代 信 仰 と は一 線 を 画 す る独 自 の信仰 体 系 で あ った 。 しか しな が ら, そ の後 の 日本 宗 教 史 の流 れ を一 瞥 す れ ば た だ ち に わか る よ う に,
外 来 の仏 教 と固 有 の 古代 信 仰 と の関係 は,他 方 が一 方 を駆 逐 ,排 除 し,唯 一 の 日本 の 宗 教 と して 独 占 的 な 地 位 を奪 うと い う形 に は至 らな か った 。 む しろ ,両 者 は拮 抗 ・対 立 を く り返 しな が ら,修 験 道 に代 表 され る よ うな 特 異 な 習 合体 系 (syncretism) を も 生 み だ し,相 互 に影 響 を 及 ぼ しな が ら共 存 体 制 を保 って きた ので あ る。 古代 信 仰 の 正 統 な後 継 者 と い うべ き 「神 道 」 も,高 取 正 男 の指 摘 に よ れ ば, 天 皇 を 中 心 とす る古 代 国 家体 制 確 立 期 の 政 治 史 と絡 ま りあ いな が ら,仏 教 に対 抗 す る形 で 独 自の信 仰 体 系 と して の 「自覚 」 を 強 め , 教 義 ・祭 式 の 体 系 化 を 進 め た ので あ る。 つ ま り, 「仏 教 か ら
の の
多 くの影 響 を うけ, 仏 教 との 習合 を重 ね な が ら,仏 教 に対 す る神 道 と して の 自立 性 を 維 持 しよ う と した 」 [高 取 1979:213,傍 点 は 引用 者] ので あ り, い わ ば ,仏 教 伝 来 を契機 と して ,体 系 的 宗 教 と して の神 道 は 「成 立 」 した ので あ る。
仏 教 と神 道 の共 存 を前 提 と した対 立 と融 合 の奇 妙 な 関係 は , それ ぞ れ ,神 仏 分 離 と 神 仏 習 合 とい うキ ー ・タ ー ムで これ ま で論 じ られ て きた。 中牧 弘 允 氏 の 表 現 を借 りれ ば, この 二 つ の術 語 は 日本 の 宗教 史 を織 り成 す 経 糸 と緯 糸 で あ った と い え る だ ろ う
[中 牧 1982:15]。 高 取 の 論 じた古 代 宮 廷 祭 式 の 確 立 ,伊 勢 神 道 ・吉 田神道 の成 立 , 国学 の 興 隆 な ど は神 仏 分 離 を志 向 す る エ ピソ ー ドで あ り,一 方 ,修 験 道 の発 生 ,神 宮 寺 ・別 当寺 の 出現 ,本 地 垂 迩 を説 く神 道諸 派 な ど は神 仏 習合 的現 象 と いえ る。
と ころで , 近 世 の終 幕 と近 代 の 幕 明 け を告 げ る時 代 に,神 仏 分 離 の大 きな うね り と して登 場 した の が 廃 仏殿 釈 の運 動 で あ る。 そ れ は 国体 神 学 の 信 奉者 が イ デオ ロー グ と して 活動 した 神 道 国 教体 制 確 立 へ 向 け て の 動 きで あ った 。 運 動 と しての 生 命 は維新 前 後 の数 年 間 にす ぎな か った が , その 影 響 は近 代 に お け る 日本 的宗 教 の あ り方 に少 な か
らぬ影 響 を 与 え た と思 わ れ る7)。
7) この 点 に 関 して は ,安 丸 良 夫 氏 の研 究 [1977,1979]が 参 考 に な った 。
391
国立民族学博物館研究報告 9巻 2号 さて , この神 仏 分 離 ・廃 仏 殿 釈 の 流 れ の 中 で, 実 際 に分 離 され, 廃 され ,殿 され た の は何 だ った の だ ろ うか。 安 丸 良 夫 氏 は次 の よ う に述 べ る。
「神 仏 分 離 とい え ば ,す で に存 在 して い た神 々 を仏 か ら分 離 す る ことの よ うに聞 こ え る が , こ こで分 離 され奉 斎 され るの は,記 紀 神 話 や延 喜式 神 名 帳 に よ って権 威 づ け られ た特 定 の神 々で あ って , 神 々一 般 で は な い。 廃 仏 毅 釈 と いえ ば , 廃 滅 の対 象 は 仏 の よ うに聞 こえ るが , しか し,現 実 に廃滅 の対 象 と な った の は, 国家 に よ って権 威
コ
づ け られな い神 仏 のす べ て で あ る。」 [安 丸 1979:6,傍 点 は原 文]
安丸 氏 の著作 の 中 に多 くの例 がみ られ るよ うに ,廃 仏 鍛 釈 運 動 の 矛先 は, 仏 教諸 派 の み な らず , 村 々の無 名 の神 社 や 小祠 な どに も向 け られ た の で あ る。 こ こで , わ れ わ れ に と って 興 味 深 い こ とは , あえ て 神 仏分 離 を叫 び攻 撃 を 加 え な け れ ばな らな い ほ ど,
の の
江戸 末 期 の 民 間信 仰 で は神 仏 の 融 合 が 進 ん で い た と い う事 実 で あ る。 実 際 , 仏像 を神
体 とす る神 社 も稀 で はな く [安丸 1979:162−167], 山岳 信 仰 に起 源 を もつ 「蔵 王 権 現 ,仙 元 大菩 薩 , 弁 財天 ,秋 葉 山三 尺 坊 な ど は ,当 時 の 民 衆 に と って , 神 仏 の いず れ か に区別 して 信 奉 されて い た ので はな か った 」 [安 丸 1979:159] の で あ る。
廃 仏殿 釈 の嵐 は短 期間 の うち に去 った が , そ の後 も天 皇 と伊勢 神 宮 を頂 点 と し,末 端 に 産土 神 ・氏 神 を 祀 る地 方神 社 を配 す る国 家 神道 体 制 の整 備 は進 め られた 。 南 方 熊 楠 の抗 議 で知 られ る明 治40年 代 の神 社 合祀 の 動 き もその 一 環 で あ る。 しか し,民 衆 レ ベル にお い て, 神 仏 の 融合 現 象 は連 綿 と生 き残 って い た よ うに思 わ れ る。 た とえ ば , 1963年 に柳 田国 男 に よ って 刊 行 された 『分 類 祭祀 習俗 語彙 』 の 「神 名 集」 の部 に 「コ ヤ ス サ マ 」 とい う項 目が あ る [柳 田 1963:447−448]。 これ は,子 安地 蔵 ・子 安 観 音 な どを願 掛 け の対 象 と した信 仰 で あ るが , それ らは 「子 安様 」 「お 産 の神 様 」 と呼 ば れ て い る と記 さ れて い る。 これ は同一 の 信 仰 対 象 が , ホ トケで あ りか つ カ ミで も あ る 状 態 , とい うよ りその よ うな 区別 を無 視 した もの と して祀 られ て い る事実 を示 唆 して い るの で は な い だ ろ うか。 そ して , その 場合 に選 ば れ る一 般 名 称 は,柳 田の 分 類一 神 名 一 に表 現 され て い る よ う に 「仏」 よ りも 「神 」 で あ る よ うに思 わ れ る。
カ ミとホ トケ の もう一 つ の 融合 例 と して , い わ ゆ る祖 先 崇 拝 が あ る。 柳 田の祖 霊 信 仰 論 に依 拠 しな が ら, 藤 井 正 雄 氏 は常 民 の 祖霊 観 を次 の よ うに ま とめ る。
「33年忌 ま で の死 霊 は ホ トケ な い し精 霊 な ど と称 され , その個 性 を没 して はい な い 霊 で あ る。 33年 忌 に は生 木 を 切 り込 ん だ 杉 の葉 付 な い し梢 付 塔婆 な ど を立 て , この時
を もって死 霊 は そ の個 性 を失 い,祖 霊 と い う集 合 的霊 体 に合 一 され る。 この祖霊 とは , 汚 れ た ホ トケ ・精 霊 と は異 な って清 ま った カ ミで あ り,多 くの 場合 生 前 の居 住地 か ら
あ ま り遠 くな い 山 に あ って 子孫 を見 守 るの で あ る。」 [藤 井 1979:83]
392
この よ うな柳 田 的 な祖 霊 観 把 握 に対 して ,近 年 い くつ かの 批 判 が な され て い る よ う で あ る [c£ 宮 田 1979:7】。 だ が , こ こで は, 33年 忌 を境 と して祖 霊 は ホ トケ か ら カ ミに転 化 す る と い う表 現 に注 意 した い。 はた して 「常 民 」 自身 が , この転 化 に ど こ まで 自覚 的で , ど こ まで 明言 して い るか は問 題 で あ る。 しか し,一 方 で ,死 者 は 「成 仏 」 (ホ トケ サ マ に な る) す る とい う言 い方 が あ り, 他 方 で , 東 北 の マ ケ ウ ジ ガ ミな ど祖 先 を神 と祀 る, 民俗 学 で い うと ころ の同 族 神 が 存在 す る と ころ か ら,祖 霊 は 同時 にで はな い が ホ トケ と よば れ , カ ミと して 敬 わ れ る とい え よ う8)。
こ こま で , 日本 宗 教 史 に お け る神 と仏 との 錯 綜 した 関係 にふ れ て きた わ け で あ る。
この 分 野 の研 究 の 蓄 積 は彪 大 で あ るた め ,見 落 した 点 ,誤 解 を して い る点 な ど が多 々 あ るの で はな い か と危惧 して お り, そ の点 に関 して は,専 門 の諸 先 学 の 御批 判 を仰 ぎ た い と思 って い る。 だ が ,当 面 の課 題 との 関連 にお いて , 次 の よ うな 一 般論 はい え る ので はな いだ ろ うか。 教 義 の学 習 や祭 式 の実 修 に研 鎭 を積 んで い る宗 教 専 門 家 仏 教 の 僧 侶 や 神道 の神 職 や 一 部 の知 識 人 は別 と して ,一 般民 衆 の レベル で は,確 か に神 と仏 の 区 別 は漠 然 と意識 され て はい るが9), 両 者 は さ ほど矛 盾 な く彼 らの宗 教生 活 の 中で 共 存 して お り,特 に民 間信 仰 にお い て は神 仏 の 区 別 が ほ とん ど問 題 に され な い信 仰 対 象 もい くつ か存 在 して い る, と。 そ して , この よ うな神 と も仏 と もつ か な い 存在 は , ど ち らか とい え ば ,仏 とい う よ り神 とい う名 称 で よば れ る ことが 多 い の で は な い だ ろ うか 。
これ で , 日本 の 宗 教文 化 に お け る神 とそ の類 似 観 念 の検 討 を終 え る。 続 いて , イ ス ラー ムの事 例 の 分 析 に入 りた い。
3. ア ラ ブ ・ イ ス ラ ー ム に お け る 「allah」
一 般 に , 「一 神 教 」 の カ テ ゴ リ ー の 中 に 入 れ ら れ て い る イ ス ラ ー ム の 信 仰 対 象 は ,
「超 越 的 唯 一 絶 対 神 」 で あ り , ア ラ ビ ア 語 で は , allah と よ ば れ て い る 。 こ れ は 語 源 的 に は , 一 般 的 な 「神 」 す な わ ち 英 語 で は god と 訳 さ れ る 単 語 ilah に , 定 冠 詞 al が つ い た 形 か ら派 生 して き た も の と い わ れ て い る 。 al。ilah が allah に 転 化 した の で あ る 。
8)死 者 が す べて 「成仏 」 す る とい う考 え方 は, 仏 教 古来 の もの で は な く, 日本 的死 者 儀 礼特 有 の もの で あ る [cf渡 辺 1958;坪 井 1970]。 な お 「同 族神 」 等 に 関 して は ,『日本 民俗 事 典 』 【大塚 民俗 学会 1972] を参 照 した 。
9) 日本 人 の宗 教 観 の 中 にお け る 「神 」 と 「仏 」 との 区別 を 簡 潔 にま とめ た も の と し て , 山 折 哲雄 氏 の 著作 があ る。 山折 氏 は結 論 部分 で , 日本 に お け る神 と仏 との 関係 は決 して 敵 対 的 な も の で はな く・ む しろ協 調 ・融 和 さ らに は統 合 的 も しくは相 互 補 完的 な 関係 で あ った と述 べ て い る [山折 1983
:206]。
393
国立民族学博物 館研究報 告 9巻 2号 こ の allah と ilEh と の 関 係 を 端 的 に 表 現 して い る の が , イ ス ラ ー ム五 行 の 一 つ , 信 仰 告 白 (シ ャハ ー ダ ) の 前 半 部 で あ る。 そ れ は , ア ラ ビ ア 語 に よ る 「la ilah illa allah」 と い う成 句 で あ り , 一 神 教 と して の イ ス ラ ー ム の 信 仰 を 最 も簡 潔 に 表 わ した
もの で あ る。 普 通 , 英 語 で は 「T here is no god but Allah (G od)」, 日本 語 で は
「ア ッ ラ ー の 他 に 神 は な い 」 と 訳 さ れ て い る。 つ ま り, この 文 で は ,打 消 の 前 置 詞 la が 神 格 一 般 を 意 味 す る ilah の 前 に つ き , 神 格 一 般 の 存 在 を 否 定 し , そ の 後 に , 英 語 の but に あ た る illa を 伴 な い な が ら allah が 登 場 す る の で あ る 。 い う な らば , 他 の い か な る 神 格 を も否 定 した 後 に , 高 らか に 唯 一 神 allah の 実 在 の み が 宣 言 さ れ る と い
う , 二 重 否 定 に よ る 強 調 文 に な って い る の で あ る。
こ こ で 注 意 し な け れ ば な ら な い の は ,次 の 点 で あ る。 確 か に 起 源 を た ど れ ば , allah の 語 は al−ilah か ら生 ま れ た 。 し か し,現 在 , こ の 両 語 は ま っ た く異 な っ た も の と認 識
さ れ て い る の で あ る 。 ilah の 語 は ,一 般 に ,セ ム 的 一 神 教 (ユ ダ ヤ ・キ リス ト ・イ ス ラ ー ム 教 ) 以 外 の 宗 教, す な わ ち 偶 像 (Sanam ) を 崇 拝 す る多 神 教 徒 た ち (m ushrikUn)
の 信 仰 対 象 を 指 す 語 と な っ て い る 。 そ して , ア ラ ビ ア 語 の 一 般 の 名 詞 の よ う に , 定 冠 詞 (al)を と る こ と が で き, 複 数 形 (aliha) も存 在 す る 。 一 方 , allah の 方 は , 定 冠 詞 を つ け る こ と が な く, 当 然 の こ と な が ら複 数 形 も あ り え な い 。 all乱h と い う 特 権 的 な 名 詞 と ilah と い う普 通 名 詞 の こ の よ う な 文 法 上 の 差 異 を 忘 れ て は な らな い 。 こ れ に よ っ て , 両 者 の 意 味 す る 観 念 の 本 質 的 な 相 違 の 一 端 が 示 さ れ て い る の で あ る 。 こ こ で , 井 筒 俊 彦 氏 の 研 究 [井 筒 1979] に よ り な が ら, 7世 紀 前 半 の イ ス ラ ー ム
成 立 前 後 の 時 代 に お け る allah と い う語 の 意 味 転 換 の 様 子 を み て み よ う。
イ ス ラ ー ム 成 立 以 前 の ジ ャ ー ヒ リ ー ヤ (無 明 ) 時 代 に お い て も , allah と い う 神 格 は 存 在 して い た 。 そ れ は 当 時 の ヒ ジ ャ ー ズ 地 方 (ア ラ ビ ア 半 島 西 部 , 紅 海 沿 岸 地 域 ) の 一 大 商 業 都 市 メ ッ カ に あ る カ ァ バ 聖 殿 の 主 神 的 存 在 で あ った 。 した が っ て , allah よ り下 位 の 仲 介 者 的 諸 神 格 の 存 在 も認 め られ て い た の で あ り , そ の 意 味 で , ail義h は 諸 神 格 の 中 で 最 上 位 に あ る 「至 高 神 」 で は あ っ た が , 「唯 一 絶 対 神 」 を 意 味 す る も の で は な か っ た 。
さ て , ム ハ ン マ ドに よ る イ ス ラ ー ム の 布 教 は , 相 対 的 な 至 高 神 と い う観 念 を 否 定 し,
徹 底 した 唯 一 神 の 宗 教 の 確 立 を め ざ した 。 キ リス ト教 に お け る イ エ ス と は異 な り , 預 言 者 ム ハ ンマ ド自 身 の 神 性 も認 め な い イ ス ラ ー ム に お い て , 唯 一 信 仰 さ れ る べ き 対 象 は allah の み と さ れ た の で あ る 。で は何 故 に 絶 対 神 は allah と 呼 ば れ る に 至 っ た の だ ろ う。 井 筒 氏 は 次 の 三 つ の 理 由 を あ げ る。 一 つ は , 前 述 の よ う に , ム ハ ンマ ドの 生 誕 地 で あ り 後 に イ ス ラ ー ム 第 一 の 聖 地 と な っ た メ ッ カ に お い て , 諸 神 格 中 の 至 高 神 の 名
394
称 で あ っ た こ と で あ る。 次 に , 多 神 教 が 一 般 に 普 及 して い た ジ ャ ー ヒ リ ー ヤ 期 に お い て も , 一 神 教 を 志 向 す る ユ ダ ヤ 教 ・キ リス ト教 は ア ラ ビ ア の 地 で も知 られ て お り , 少 数 で は あ る が 信 者 も い た 。 そ し て , こ れ ら一 神 教 徒 が 信 仰 して い た 存 在 の 名 称 と して , allah が 用 い ら れ て い た の で あ る 10)。 第 三 番 目 に , ジ ャ ー ヒ リ ー ヤ 期 に は 諸 部 族 が そ れ ぞ れ 信 仰 す る 対 象 を も っ て お り, そ れ らは さ ま ざ ま な 固 有 の 名 称 を も って い た の だ が , メ ッ カ 地 方 で は そ れ らの 諸 神 格 の 一 般 名 称 す な わ ち the god に あ た る よ うな 語 彙 と して も allah の 語 が 使 わ れ て い た と い う 事 情 が あ っ た 。 こ れ らの 理 由 か ら, イ ス ラ ー ム の 信 仰 対 象 が allah と い う 名 で 呼 ば れ る よ う に な っ た と推 測 し う る の で あ る 。 こ こ で , 改 め て 確 認 して お き た い の は , イ ス ラ ー ム 成 立 を 境 と す る allah と い う 語 彙 の 意 味 の 質 的 な 転 換 で あ る 。 ジ ャ ー ヒ リ ー ヤ 期 と イ ス ラ ー ム 期 に お い て , この 語 は 本 質 的 に異 な っ た 意 味 を も つ よ う に な った 。 そ れ は諸 神 格 中 の 「相 対 的 至 高 神 」 か ら,
他 の 諸 神 格 の 存 在 を 一 切 認 め な い 「唯 一 絶 対 神 」 そ の 思 想 の 端 的 な 表 現 が シ ャハ ー ダ で あ る へ の 変 化 で あ る 11)。
ム ハ ンマ ドの 死 後 , イ ス ラ ー ム は政 治 ・軍 事 面 で ア ラ ビ ア 半 島 に お け る地 盤 を 固 め た 。 そ して , シ リア ; イ ラ ク , ペ ル シ ャ, 北 ア フ リカ と支 配 地 域 を 拡 大 しア ラ ブ ・イ ス ラ ー ム 帝 国 を 築 く の と平 行 して , 教 義 面 で の 精 緻 化 ・体 系 化 も 進 ん だ 。 そ の 際 , 当 然 の こ と な が ら,allah の 本 質 に 関 す る 議 論 も沸 騰 した 。中 世 イ ス ラ ー ム 思 想 史 に お け る allah 本 質 論 は , 解 釈 者 の 社 会 的 ・宗 教 的 立 場 に よ っ て 微 妙 な 相 違 点 が あ っ た ら し い 。 こ こ で は 『Shorter Encyclopaedia ofIslam (SEI)』 [G IBB & K RAMERs 1974]
に よ って , そ の 概 略 を み て み よ うげ
イ ス ラ ー ム 法 (シ ャ リー ア ) の 守 護 者 を も っ て 任 じて い た ウ ラ マ ー (ulam a, ム ス リム 学 者 )は ,allah か ら非 永 続 的 属 性 を す べ て 除 去 し,そ の 永 遠 性 ・不 変 性 を 強 調 し た 。 そ して , allah の 属 性 , た と え ば al・rahm an (慈 悲 深 さ) や al−khaliq (創 造 性 ) な ど は , そ れ ら と 同 一 名 辞 で 語 られ る 人 間 の 属 性 と は 本 質 的 に 異 な る と 主 張 し た 。 一 方 , ジ ク ル (dhikr, 唱 名 ) 儀 礼 を 通 して allah と の 直 接 的 一 体 化 を め ざ す ス ー フ ィ
ー (sufi,神 秘 主 義 者 ) は , 最 終 的 に は世 界 の す べ て が allah で あ る と 叫 ぶ ま で に 至 り , 一 種 の 汎 神 論 的 世 界 観 に 到 達 した 。 同 様 の 汎 神 論 的 世 界 観 は , ア リス トテ レ ス 哲 学 の 影 響 を 受 け た 哲 学 者 た ち に も共 有 さ れ , 彼 らは ア リス トテ レス 的 世 界 は allah で 10) 現在 で もア ラ ビア語 で は , ユダ ヤ ・キ リス ト教 の 「神」 は all5h とよ ば れて いる 。 なお , ジ ャー ヒ リー ヤ時 代 , ユ ダ ヤ教 も しくは キ リス ト教 の 信者 で はな い が, 一 神教 を信 奉 した人 々が お り, イブ ラ ヒー ム (ア ブ ラハ ム) がそ の代 表 的 人 物 といわ れ て い る。 彼 らは コー ラ ンの 中で は ,尊anifとよ ば れて い る [cf・井 筒 1983:353−359]。
11) イス ラー ム成 立 を境 に して 意 味の 根本 的変 化 を 蒙 った 語 と して , a1励 の他 に kufr, karim・
§abrな どが あ る [井 筒 1972]。
395