波佐見町鬼木郷における歴史的建造物の外観特性
永渕嵩*・永渕関*・今村洋一**・小川進***
A study on the landscape characteristic of Onigi rice terraces in Hasami town
by
Takashi NAGAFUCHI*, Kan NAGAFUCHI*, Yoichi IMAMURA* and Susumu OGAWA**
In the Onishiki Rice Terrace located in Hasami Town, the landscape has changed due to abandonment and transplantation of cultivation. In order to maintain rice paddies in the future it is necessary to grasp the characteristics of the landscape. Especially in the Oniki rice paddies where living space and rice terraces are mixed, it is very important to investigate the building characteristics in rice paddies while thinking about conservation of the landscape.
Therefore, the purpose of this research is to understand the characteristics of the landscape that they bring, paying attention to buildings in the landscape of Oniki rice paddy because the rice terraces and villages exist mixedly in Oniki rice paddy fields.
Key words : Rice terrace, Landscape, Building characteristics
1. はじめに(図1)
近年,棚田の景観としての価値が見直されている.
それまでの棚田は全国に広く分布はしているものの,
多くは山間の地域にあるため注目されることはなく,
たまたま道路や鉄道などから見える風景として,一部 の棚田だけが世に知られていた.
そもそも傾斜地にある棚田は等高線に沿った特殊な 形をしており,一区画の面積が小さいなど生産性の面 では平地の水田より劣っている.また,農業機械が入 りにくいことや高低差があるため労力が多くかかるこ とにより,耕作放棄地が増え,耕作者の減少とともに 多くの棚田が維持できなくなった.
しか し, 棚田 には さま ざま な機 能が ある こと が分 かった.水源涵養や保水・洪水対策,土壌侵食や地す べりの防止である.そしてもう一つ注目されたのが日 本の原風景としての文化的価値であった.これらの認 識により,「第一回全国棚田サミット」の開催や棚田学 会の発足,棚田百選の選定など棚田保全の活動が活発 になっていった.
長崎県にも現在,鬼木棚田,土谷の棚田,日向の棚田,
大中尾の棚田,谷水の棚田,清水の棚田の6つの棚田 百選に選ばれている棚田がある(図1参照).その中の 東彼杵郡波佐見町の鬼木郷地域にある鬼木棚田は現在,
棚田の放棄や転作により棚田景観が崩れつつある.こ れは同時に棚田地域の生活と生業の衰退を意味する.
それゆえ棚田地域の衰退を止めるには,棚田景観の保 全を行うことが必要不可欠と考える.特に住空間と棚 田が混在している鬼木棚田では,景観の保全を考えて いく中で棚田における建築特性を調査することは非常 に重要なことだといえる.
図1 長崎県内の棚田百選の位置
そこで本研究の目的は,鬼木棚田では棚田と集落が 混在して存在していることから,鬼木棚田の景観内の
平成29年12月22日受付
*長崎大学大学院工学研究科社会環境デザイン工学 **椙山女学院大学文化情報学部
***長崎大学大学院工学研究科システム科学部門
建物に着目し,それらがもたらす景観特性を理解する ことで棚田の景観全体としての景観の維持,向上の手 助けになることを目的とする.
2. 方法
集落構造の把握においては,既存の研究などから鬼 木棚田の特徴を理解する.棚田と集落との位置関係を 把握する.
家屋の歴史的価値の調査においては,鬼木郷の自治 体の方のご協力いただきアンケート調査を行い,それ ぞれの家屋の建築年代,増築改築の年代等を調査する.
歴史的な家屋の実測調査については,歴史的な価値 の調査をもとに,候補地を決定し,実際にその家屋の 内部構造や外観的特性を明らかにしていく.
3. 棚田の集落における調査結果と考察
3.1 鬼木棚田と住空間との関係性
鬼木棚田における特徴として,棚田と集落が隣接し て存在することが挙げられる.このことから,集落は 鬼木棚田 におけ る重要 な景 観要素で あると いえる . よって集落の構造や詳細を把握することはとても重要 である.現在,鬼木棚田には,男性116 人,女性 125 人の合計241人であり家屋の数は107軒存在している.
3.2 屋根伏せについて
屋根における種類としては,大きく3種類に分ける ことができ「入母屋造,寄棟造,切妻造」がある.そ れぞれの屋根の特徴は,入母屋造は上部においては切 妻造,下部においては寄棟造となる構造になっている.
日本では古くから切妻屋根は寄棟屋根より尊ばれ,そ の組み合わせである入母屋造は最も格式が高い形式と して重んじられてきた.この形式の屋根は東洋では少 なく,木造建築が発展している一部の村でしか見られ ないが,日本の他,東洋の寺院ではよくみられる.
寄棟造の屋根は4方向に勾配を持ち,長方形の平面 で妻側の三角形の屋根と平側の台形の屋根からなる.4 方に傾斜を持つことから,切妻造と比較して,雨の流 れがよく雨仕舞いに優れる.その一方,屋根部に垂直 面がない為に,切妻造や入母屋造と比較して屋根裏の 換気が悪くなりがちである.また,複数の寄棟が組み 合わされて,複雑な形状の屋根が造られることもある.
切妻造とは屋根の最長部の棟から地上に向かって 2 つの傾斜面が本を伏せたような山形の形状をした屋根 であり,建設費用が少なく造ることができ,1 度でも 葺き替えをすることを想定した場合には他の屋根に比
べて経済的である.
図3-1 入母屋図
図3-2 寄棟図
図3-3 切妻図
3.3 鬼木郷の家屋についての考察
鬼木郷にある家屋は昭和戦前に建てられたものもあ り,その多くが萱や藁から屋根の葺き替えを行ってい る.このことから,鬼木郷における屋根伏せを調べる ことは,それらの家屋の歴史的価値の発見につながる.
航空写真から鬼木郷にあるそれぞれの家屋の屋根伏 せを調べた.以下の図から鬼木郷では,入母屋の屋根 で建てられている家屋が多いことが分かる.
図3-4 鬼木郷における家屋の屋根伏せ図
図3-5 屋根伏せによる分類
3.4 アンケートの調査結果
今回それぞれの家屋における正確な建築年代や増改 築の有無などを調べるためアンケート調査を行った.
アンケート調査を行うに伴い自治会の方にご協力いた だきそれぞれの家屋にアンケート用紙を回覧板で回し ていただき回収を行った.その結果,107軒(空き家 含む)の内44軒の家屋のデータを回収することができ た.
(1) 建築年代
下図の調査結果から江戸期1軒,明治期7軒,大正 期3軒,昭和戦前6軒,昭和戦後25軒,平成4軒,不 明1軒という調査結果となった.44軒中ではあるが昭 和戦前に建てられた家屋は17軒あり,半数近い家屋が 昭和戦前に建設されていることが分かる.
図3-7 家屋の建築時期
(2) 屋根替え
下図の調査結果から藁6軒,萱6軒,瓦3軒,セメ ント瓦5軒,その他0軒,不明6軒,替え無し18軒と なった.藁,茅葺きから屋根替えが行われているもの は,昭和戦前から建てられている家屋がほとんどで あった.もともとの屋根が藁,萱であったものに関し ては,当時の鬼木郷では,藁ぶきの屋根の家屋が多く あったが,維持管理の大変さなどの理由から,現在は 小屋下げにより,瓦やトタンにふき替えられている.
(3) カイコ部屋
下図の調査結果から,有り2軒,改築済み6軒,無 し36軒となった.カイコ部屋については,有り,改築 済みと答えた全ての家屋が昭和戦前建築の家屋であっ た.カイコ部屋の場所も,現在は改修させており実際 に確認することは出来なかった.しかし,2 階の屋根 裏などで行っていた家屋もありその残りとして屋根裏 の部分に日光を入れるための窓が取り付けているのが 分かる.
図3-6 カイコ部屋の有無
写真3-1 カイコ部屋の跡 4. 鬼木郷の建物に関する調査結果と考察
4.1 建物の調査方法
前章で示したアンケートの回収結果を基に,建設時 期,増改築の有無から候補地を3軒選定した.そこか ら実際にその家屋にいき内部の調査と外観から分かる 景観特性の調査を行った.ここから内部の平面図と立 面図を作成し,家屋ごとの特徴を考察していく.
家屋の外観の調査は,まずそれぞれの家屋の立面図 を手書きで行い,同時に柱や屋根までの長さを計測し ていく.これらのデータをjw-cadを使い立面図を作成 した.内部の調査については,長崎県教育庁学芸文化 課文化財班(建造物担当)初山新二氏にご協力いただ いた.
4.2 各家屋の特徴と考察 (1) 藤野邸
藤野邸は開田川と中ノ川内川に挟まれた北側緩斜面 の中腹にある山の上集落の中央部に位置する.建設時 期は江戸期に建てられており,屋根替えも行われてい るが時期共にどのようなものだったかは不明である.
建物は木造平屋建てで造られており,屋根は入母屋造 で桟瓦葺き,周囲に下屋を回す形となっている.北東 方向に棟を通し,北西方向に折り鍵屋の形態をとって いる.
下図立面図ファザードから,この家屋の特徴として 通常の出入り口である左側の大戸口と呼ばれる土間に つながる戸口とは別に,右側に式台がある.これは,
特別な場合に使われていた格式の高い玄関であり民家 において式台の玄関を設けている家屋は,武家と関係 の深い家柄であったことが推測される.式台の横には 半間の縁があり,小竹を並べた茶道の流しと思われる ものがある.さらに,大戸口上の小窓の左側はこの部 分で蚕を飼育しており,その時の明り取りに使われて
いたと思われる.これは,アンケートを行ったときの 結果とも一致している.
下図立面図側面から,家屋の特徴としては,当初は 真ん中部分の家屋だけであったが増改築により,左側 の2列目の部分ができたと思われる.左側部分では長 い下屋が下りている.これは,家屋内部の平面図から も見て取れる.
下図平面図から,土間の北西方向には作業小屋があ るが柱や梁の痕跡から建設当初は幅2間であり,作業 小屋の幅1間と北西面の倉庫は候補のものと思われる.
外観全体で言えば,式台やカイコ部屋の残りも見て 取れることから,旧態をとどめているといえる.
図4-1 藤野邸立面図(正面)
実測調査者名:永渕 嵩 作図者名:永渕 嵩
図4-2 藤野邸立面図(側面)
実測調査者名:永渕 関 作図者名:永渕 嵩
図4-3 藤野邸平面図 実測調査者名:初山氏 作図者名:初山氏
(2) 松井邸
松井邸は開田川に沿い,細長い敷地で開田集落の北 東部に位置する.開田川に沿って農道を上がると南西 部から敷地に入り,作業小屋の奥に主屋がある.裏山 の崩壊により平成2 年に主屋部を 4.5m 南側に移動し ている.移設時に東側の2階建ての建物を減築してい る.
建物は木造2階建て,屋根は切妻造で桟瓦葺き南東 面,北西面に下屋を廻す.北西方向に棟を通す形態を とっている.
下図立面図ファサードから,左側の小屋部分と右側 の主屋部分から構成されており主屋部分の右側は減築 が行われている.ガラス戸部分は木製ガラス戸であり 昔のものが残っている.主屋には本2階をとる形態と なっている.
下図立面図側面から,減築時の板壁のままになって おり,右側には下屋を廻す.屋根替えについては,次 期は不明だが萱葺きの屋根から瓦に変えられている.
下図平面図から勝手口側は外部分に縁側がついてお り,これは,ここが雨天時などに作業場として活用さ れていたものと思われる.
外観全体で言えば,内装は減築などにより改築なさ れているものの昔ながらの景観は随所にみられるため 旧態を留めているといえる.
図4-4 松井邸立面図(正面)
実測調査者名:永渕 嵩 作図者名:永渕 嵩
図4-5 松井邸立面図(側面)
実測調査者名:永渕 関 作図者名:永渕 嵩
図4-6 松井邸平面図
実測調査者名:初山氏 作図者名:初山氏
(3) 川平邸
大鬼木川の上流部の大鬼木集落の中央部に位置し,
北西部より敷地に入る.昭和43年に萱葺から瓦葺に屋 根替えを行っており,昭和51年に玄関より南西面の部
分の2階部及び下屋周りは,現在の状態に改築された.
建物は木造2階建て,屋根は入母屋造で桟瓦葺き,南 東面,北西面に下屋を廻す.北東方向に棟を通す形態 をとっている.
下図立面図ファサードから,2 階部分は増築されて おり左側の増築部分以外は平屋の状態になっている.
窓の冊子部分もアルミ戸に改装されておりその下部分 も現在はコンクリートによる舗装が行われている.
下図立面図側面から,右側部分の家屋は後で増築さ れた部分で下屋が長く伸びている.壁は開口部がなく 板壁になっている.
下図平面図から,松井邸同様縁側の一部が外に出て おりこの部分が雨天時の作業場となっていたことが分 かる.また玄関の大戸口より1間前方に出し,玄関土 間,板張りの廊下を設けている.玄関の当初の位置は 大戸口の脇板壁にある痕跡から上がり框の部分である ことが確認できる.
外観全体で言えば,アルミ戸やコンクリートでの舗 装や,増改築を行っており,旧態を留めていない.
図4-7 川平邸立面図(正面)
実測調査者名:永渕 嵩 作図者名:永渕 嵩
図4-8 川平邸立面図(側面)
実測調査者名:今村 洋一 作図者名:永渕 関
図4-9 川平邸平面図
実測調査者名:長崎県 初山氏 作図者名:初山氏
図4-10 川平邸復元平面図
実測調査者名:長崎県 初山氏 作図者名:初山氏
5. 結論
鬼木棚田には,数多くの昭和戦前からその旧態を留 めている家屋があり棚田だけでなく建物にも歴史的価 値があるといえる.鬼木郷における家屋の多くは入母 屋造で建てられている.屋根替えについても,昭和戦 前建築の家屋の多くが藁や萱の屋根からふき替えられ ているものが多いことが分かった.さらに,棚田と集 落が同じ地域にあることは珍しく,棚田の景観構成要 素を考える場合には重要な部分である.このような景 観は,農村集落としての姿を想像でき,この2つが合 わさっている場所は少なく貴重である.
謝辞
本研究を進めるにあたり,多くの方々にご指導,ご 鞭撻のほど賜りましたことをこの場をお借りいたしま して深くお礼申し上げたい.
また,ゼミや日々の研究において貴重なご意見やご 指摘をしていただいた先生方や研究室の皆様に感謝し
たい.
さらに,資料提供や現地調査にご協力していただいた 長崎県教育庁初山新二氏,波佐見町役場農林課農林土 木係の方々,鬼木郷の地域住民の方々にも改めて感謝 したい.
参考文献
1) 波佐見町教育委員会「波佐見史 上巻」波佐見町 教育委員会,1976,pp.64₋ 66
2) 中島峰弘「日本の棚田-保全への取り組み」,古 今書院,2000
3) 柴田智子,増田美砂「棚田オーナー制度の持続可 能性‐長野県更埴市姨捨棚田を事例として‐」筑 波大学農林研報,2001,pp.19₋ 28
4) 内川義行,木村和弘「姨捨棚田における区画形態 の 動 態 的 産 業 遺 産 価 値 に よ る 分 化 的 景 観 保 全 」
『農林計画学会誌 28 巻』農林計画学会,2010,
pp.255₋260
5) 波佐見町ホームページ http://www.town.hasami.lg.jp/