修士論文要旨
(2015
年度)誘電体円筒からの電磁波散乱量推定に関する研究
A study on electromagnetic wave scatteringfrom dielectric cylinders
電気電子情報通信工学専攻 相磯 潤也
Junya AISO
1. まえがき
レーダーとは,送信機から電波を発射して,ターゲッ トとなる物体から反射されて戻ってくる電波を受信機で 受信することにより,物体の検出および距離,方位,移動 速度などの情報を得る電波探知装置である.しかし,現 在のレーダー技術では,物体の形状や材質といった具体 的な特徴までは認識することができない.そこで,レー ダーを利用して物体の特徴を認識する方法も重要である と考えられており,この方法が確立すれば,多くのセン シング技術への応用が期待される.
こうした背景を基に,物体からの電磁波散乱量を示す レーダー散乱断面積(Radar Cross Section:RCS [1])を用 いて,物体の特徴を認識する方法が検討されている.これ までのRCS解析結果から,対象となる物体が波長に比べ て大きいほど,物体の局所的な材質や形状がRCSに大き く影響を及ぼすことがわかっている[2].したがって,局 所的な材質や形状からの電磁波散乱特性を把握していれ ば,散乱電磁界を基にした物体の材質や形状の推定が可 能となる.
本研究では,厳密解に比べて導出される散乱界が簡素 な表現となる幾何光学近似を用いて誘電体円筒による電 磁波の散乱解析を行い,RCSおよび複素散乱量を導出す る.そして,幾何光学近似解の妥当性を検討するために 厳密解との比較を行い,複素散乱量を用いた誘電体円筒 の複素誘電率推定法について検討する.
以下では,時間因子をe−jωtと仮定し,これを省略する.
2. 誘電体円筒による電磁波散乱解析
解析モデルと座標系を図1に示す.自由空間中に置かれ た半径a,z軸方向の長さLの誘電体円筒にx軸負方向へ伝 搬する平面E波(ui=Ezi)が入射する場合を考える.誘電 体円筒の比誘電率εrおよび比透磁率µrをεr=ε′r−jε′′r, µr = 1とする.RCSの複素表現を複素散乱量σˆとして,
入射電界Eiと遠方散乱電界Esを用いて
ˆ σ=
√kL2 π lim
ρ→∞
√2πρ Es
Ei ejkρ+jπ/4 (1)
図 1: 平面波の入射
と定義すれば,RCSは|σˆ|2で与えられる[3].
そして,x軸上遠方の観測点における誘電体円筒の複素 散乱量は幾何光学近似より
ˆ
σ=R1L√
ka ej2ka+jπ/4+T1T2L√
ka ej2ka+jπ/4
·
∑∞ n=1
R2n2 −1
√ 1
2nm−1e−j4nk2a−j(2n−1)π/2 (2) と表される[4].ここで,kは自由空間中の波数,k2 =
√εrkは誘電体中の波数,m= 1/√εr,R1(R2),T1(T2) は円筒外(内)から円筒内(外)への反射・透過係数であり
R1= 1− √εr
1 +√ εr
, R2=−R1,
T1= 1−R1, T2= 1−R2 (3) と表される.式(2)における第1項は点Aで反射される 表面反射成分,第2項は点A’でn回だけ内部反射した後 に,観測点に到達する多重反射成分である.また,この ときの複素散乱量の厳密解は
ˆ σ=j2L
√π
∑∞ n=−∞
Cnejnπ (4)
Cn= kJn′(ka)Jn(k2a)−k2Jn(ka)Jn′(k2a) k2Hn(2)(ka)Jn′(k2a)−kH(2)n
′(ka)Jn(k2a) となる[5].ただし,Jn(ka)はベッセル関数,Hn(2)(ka)は ハンケル関数である.
3. 時間領域ゲーティング処理
誘電体円筒からの電磁波散乱を考えた場合,表面からの 反射による表面反射波,内部に透過した電磁波が裏面で反 射することで生じる多重反射波,円筒に沿って伝搬するク リーピング波の影響が含まれる.本研究では,表面反射応 答のみを用いた解析となるため,離散フーリエ変換を用い て時間領域ゲーティング処理を行い表面反射応答のみを切 り出す.始めに,複素周波数データF(k) (0≤k≤N−1) に対して離散フーリエ逆変換:
t(n) = 1 N
N∑−1 k=0
W¯(k)F(k)ej2πnk/N (5)
により時間データt(n)への変換を行なう.W¯(k)は規格 化したカイザーベッセル窓であり,第1種0次の変形ベッ セル関数I0(x)とカイザーベッセル窓W(m):
I0(x) =
∑∞ l=0
x2l
22l(l!)2, (6)
W(m) =I0
α
√ 1−
(
1− 2m N−1
)2
/ I0(α) (7)
を用いて
W¯(k) =W(k) (
1 N
N∑−1 m=0
W(m) )
(8)
と表される.定数αは窓の形状を調整するパラメータで あり,本研究ではα= 6とした.そして,時間応答から 表面反射応答を矩形窓を用いて切り出し,離散フーリエ 変換:
F(k) = 1 W¯(k)
N+
∑
n=N−
t(n)e−j2πnk/N (9)
によって散乱体表面からの周波数応答を得る.N+,N− には矩形窓によって切り出す上下端の時間が入る.
4. 数値計算
幾何光学近似解の妥当性を検討するために,厳密解と の比較を行う.a= 5 cm,L= 10 cm,εr= 5−j0.1と したときの複素散乱量の数値計算結果を図2に示す.GO とある破線は式(2)の幾何光学近似解,Exactとある実線 は式(4)の厳密解であり,図2(b)は式(5)により計算し た時間領域RCSである.厳密解と近似解は,周波数領域 では一致しているように見えるが,時間領域では異なる 応答が現れている.誘電体円筒の電磁波散乱には,点A と点A’での反射・透過による多重反射波に加え,円筒に
沿って伝搬するクリーピング波などの影響が含まれるた めである[6].しかし,これらの寄与は小さく時間応答で 分離しなければ確認できない.
-0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3 0.4
18 19 20 21 22 23 24 25 26
Real Part
Frequency [GHz]
Exact GO
(a)実部Re ˆσ
-0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3 0.4
18 19 20 21 22 23 24 25 26
Imaginary Part
Frequency [GHz]
Exact GO
(b)虚部Im ˆσ 図2: 複素散乱量σˆ
-100 -90 -80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0
-4 -2 0 2 4 6 8
RCS [dBsm]
Time [ns]
Exact GO
図3: 時間領域RCS|σˆ|2
5. 測定結果
5.1
測定試料測定試料としてa= 2.5 cm,L= 5 cmのゴム円筒を用 いる.本研究の推定法の精度を確認するための参照解と
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
18 19 20 21 22 23 24 25 26
Real Part
Frequency [GHz]
Measured Gating (0.60ns) Gating (0.50ns) Gating (0.40ns)
(a)実部Re ˆσ
-0.4 -0.2 0 0.2 0.4
18 19 20 21 22 23 24 25 26
Imaginary Part
Frequency [GHz]
Measured Gating (0.60ns) Gating (0.50ns) Gating (0.40ns)
(b)虚部Im ˆσ 図4: 複素散乱量σˆ
して,ゴム円筒の複素誘電率をAgilent Technologies社 製の誘電率測定装置85070Eとネットワークアナライザ
E8361Aを用いて同軸管法により測定した.測定は18〜
26 GHzの周波数帯で5回行い,その平均値を参照解と
する.
5.2 RCS
の測定結果電波暗室において,測定試料の周波数領域RCSおよび 複素散乱量の測定を行う.図3は複素散乱量の測定結果 であり,物体表面からの表面反射波に加え,物体裏面で の反射により生じた多重反射やクリーピング波などによ る影響で複雑に振動している.図4(a)は複素散乱量を基 に,式(5)により計算した時間領域RCSである.最も大 きなピークが表面反射波であり,それから数ns遅れて多 重反射波やクリーピング波の影響が現れている.
表面反射応答を得るために,図4(b)のように表面反射 応答のピークを中心に時間幅0.4,0.5,0.6 nsの矩形窓を 用いて切り出す.そして,式(9)を用いてゲーティング処 理を行い,周波数応答に再変換したものを図3にGating として合わせて示しており,(·)内はゲーティングに用い た時間幅である.ゲーティング処理により得た表面反射
-90 -80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10
-4 -2 0 2 4 6 8
RCS [dBsm]
Time [ns]
IDFT
(a) 12 ns表示
-80 -70 -60 -50 -40 -30 -20 -10 0 10
-0.7 -0.6 -0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0 0.1 0.2 0.3
RCS [dBsm]
Time [ns]
IDFT Gating (0.60ns) Gating (0.50ns) Gating (0.40ns)
(b) 1 ns表示 図5: 時間領域RCS|σˆ|2
応答は,多重反射応答やクリーピング波の影響が除去さ れて滑らかになっている.また,測定周波数の上下限で 値が変動しているが,これはゲーティングの際に用いた 矩形窓の影響である.
5.3
複素誘電率の推定時間領域ゲーティング処理を用いた誘電体円筒の複素 誘電率推定法について検討する.式(2)の表面反射応答 のみを考慮した複素散乱量推定式
ˆ
σ=R1L√
ka ej2ka+jπ/4 (10)
を用いることで,ゲーティング処理された複素散乱量の 表面反射応答の実測値から反射係数R1を計算することが できる.さらに,式(3)を考慮すると
εr=
(1−R1
1 +R1 )2
(11)
の式から複素誘電率εrを求めることができる.
図6にゴム円筒の複素誘電率推定結果を示す.Est.は 推定結果であり,(·)内はゲーティングに用いた時間幅で ある.また,85070Eとある実線は同軸管法により測定 した参照解である.推定値と参照値を比較すると,測定
4 5 6 7 8 9
18 19 20 21 22 23 24 25 26
Real Part
Frequency [GHz]
85070E Est.(0.60ns) Est.(0.50ns) Est.(0.40ns)
(a)実部
-1 0 1 2 3 4
18 19 20 21 22 23 24 25 26
Imaginary Part
Frequency [GHz]
85070E Est.(0.60ns) Est.(0.50ns) Est.(0.40ns)
(b)虚部
図 6: 複素誘電率推定結果
周波数帯の上下限ではゲーティング処理による影響で精 度が落ちているが,20〜24 GHzの周波数帯では概ね近い 値となっている.推定値をεr,参照値をεrとしたとき,
(εr−εr)/|εr|から誤差率を求める.このとき上記の周波 数帯では,ゲーティング幅が0.5 nsの場合,誤差率の平 均値は実部で6%,虚部で4%程度となっている.
6. 結論
本論文では,幾何光学近似を用いて平面波が誘電体円 筒に入射した場合の電磁波散乱解析を行い,RCSおよび 複素散乱量の推定式を導出した.そして,周波数領域お よび時間領域において,厳密解との比較により幾何光学 近似解の妥当性を検討した.さらに,導出した複素散乱 量推定式を用いて,誘電体円筒の複素誘電率を推定する 方法について提案した.
幾何光学近似解は,表面反射成分および多重反射成分 を考慮した推定式になっている.これらの成分において は,厳密解との比較によって精度良く推定できることが わかった.しかし,誘電体円筒からの電磁波散乱を考えた 場合,表面反射成分および多重反射成分に加え,クリー ピング波に由来する成分も存在する.この成分は近似解
に含まれていないが,表面反射成分と多重反射成分に比 べ,RCSおよび複素散乱量に対する寄与は小さく,時間 領域RCSにより時間応答で分離しなければ確認できない ことがわかった.
時間領域ゲーティング処理を用いた複素誘電率推定に ついては,ゲーティング処理によって測定周波数帯の上 下限において値が大きく変動してしまうという問題点が あるが,20〜24 GHzの周波数帯における推定値は,概ね 参照解と近い値となり,精度良く推定できることを確認 した.
今後の課題として,ゲーティング処理による測定周波 数帯の上下限における値の変動を抑える方法,多重反射 を考慮した複素誘電率を推定する方法について検討して いく必要がある.そして最終的には,誘電体に対しても 形状を再構成するアルゴリズムについて考案することが 重要となる.
謝辞
本研究を行うにあたり,親切かつ丁寧な御指導,御助 言を受け賜りました本学電気電子情報通信工学科白井宏 教授に感謝の意を表します.また,本学電気電子情報通 信工学科白井研究室の諸先輩方,大学院生ならびに学部 生の皆様にも多くの御助言を頂きましたので厚く御礼を 申し上げます.
参考文献
[1] R.A.Ross:“Radar cross section of rectangular flat plates as a function of aspect angle”,IEEE Trans.
Antennas and Propag.,AP-14(3),1966.
[2] E.F.Knott:“Radar Cross Section Measurement”,
Van Nostrand Rainhold,p.546,1993.
[3] 中溝 祥景:「時間領域におけるRCS値を用いた凹面 を含む柱状散乱体の散乱解析」,中央大学大学院理 工学研究科,修士論文,2007.
[4] 白井 宏:「幾何光学的回折理論」,コロナ社,2015.
[5] 安藤 俊一:「円柱状または球状物体の電磁波散乱係数」,
電子情報通信学会論文誌,J64–B,No.12,pp.1402–
1409,1981.
[6] 西本 昌彦,生野 浩正:「電磁波散乱応答のウェーブ レット解析」,電子情報通信学会論文誌,J81–C–I,
No.11,pp.609–615,1998.