凵本 管理会 計学 会 誌
管琿会 副 学 1998年 第6巻 第 1号
論 壇
私
の学 際 的 管
理会 計 研 究
西 澤 脩 *
〈 講 演 要 旨〉
1956年に 早 稲田大 学の商 学 部に助 手 と して奉 職 して以来, 40有 余 年 を 経 まし たが,こ の 間一貫して管 理 会 計 を 研 究して まい り まし た.私の 学風 を一口 で申せ ば,学 際的管理会計
(lnter−disciplinary Management Accounting )の研 究で あ り まして,管 理 会 計 を 中核 とし
て,隣 接 諸 学との学 際 的な 研 究 を 進め て まい り ま し た.その 結果 ,マ ーケテ ィン グ
会 計,研 究 開 発 会 計,物 流 会 計,広 告 会 計 等を開 拓 する こ と がで き, これ らは現 在で は,そ れ ぞれ新
しい 独立 し た学問 とし て定着する まで に 至 り ま し た.この ような学 際 的管理 会 計 研 究の系譜 と その成 果につ い て次の4点 から講 演 を 行い ま す.
1 マ ーケテ ィン グ と
管 理 会 計の学 際 的 研 究 2 研究開 発と管理会計の 学 際 的 研 究 3 物 流と管 理会剖の学際的研究 4 広 告等と管理 会計の 学 際 的 研 究
なお,この 論 壇は,口本 管理 会計学会の 1997 年度全 国大会におい て , 1997 年9月5 日 (金 )15:00 よ り16:15 まで, 城 西 大 学の 4号館4−104教 室で行わ れまし た特別講演 を記 録 し た もの です.
〈 キーワー ド〉
管 理 会 計,学 際 的 管 理 会 計,マ ーケテ iン グ会 計,研究 開 発 会計,物流会計,本 社 会 計,金 利 会 計,情 報 処 理 会 計,人 件 費 会 計
1998年 1月 受付
.早 稲田大学商 学部 教授・日本管理会計学 会副会長
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管理会計学 第6巻 第 【号
1. は じめに
た だい ま,ご紹 介頂 き まし た早 稲田大 学の西 澤でご ざい ます .本 日 は、「私の 学 際 的管 理 会 計 研 究 」 と題 する特 別 講 演 を行 う機 会が与え ら れ, 誠に光 栄 に存 じ ます . 特に司 会の 坂口博 先生 か ら は, 過 分の ご紹 介を賜 り, 何 とお礼を申し て よい か わ か りませ ん.
まず, これまでの 会 計 学 研 究 を振 り返っ て み たい と思い ます . 生 まれ て初めて会 計 学 と 出会い まし たの は, 戦後間 もない 1949 年に早稲田大学商 学部に 入学 し,友人に薦め ら れ
て 早 稲田大 学 会計学 会 とい うサ ークル に入 会 した時の こ とで あ ります . それ か ら数 える と 48 年の 歳月が経っ て しまい ま した. 過 日, 早稲田の OB 会で , 「会計学 とともに半 世紀」
と題 す る講 演 を求め ら れ ました時は ,一瞬 ドキ ン と し て しまい まし た が , よ く考えてみ ま す と, そ うオーバ ーで はない よう な気 が い た し ます . 早稲田で本 格 的に会計 学の研 究を 始め ましたの は, 日本の 国連 加盟 が 認 め られまし た 1956 年の こ とであ ります .その年に 早 稲田大 学 商学 部の助 手に な りま した. 大 学 院で は まだ博 士 後期 課程 の学 生で したが, 大 学の 門 を出る と公認会計士 に なっ て い ま したの で , 助手と学生 と公認会計士の 三足の 草鞋 を 同時に履 くこ と にな りました.そ れか ら数 え まし て も, 41年の研 究 生 活が続 きまし た.
その 間の功績に対し,本年春, 図 らずも “紫綬褒章”を賜る幸運に恵まれまし た.4月
29 日 「み ど りの 日」に正 式 発 令があ り, 5月 16 日 には受章式の 後, 宮 中に参内 し 「春 秋
の 間」で 陛 下か ら お言 葉 を賜 り, 身の引 き締 まる思い で した. 紫 綬 褒 章 と申 しま して も,
私 自身全 く予 備 知 識 さえ な かっ たた め, その 意 義 も十 分 に分 からず , 勲章と褒章の 区 別 さ え知ら ない状 態で し た.実は,勲 章は,生 涯の 功 績に対 し晩 年に与え ら れる の に対 し, 褒 章は, 特 定の功 績に対 し年齢 に関 係 な く授 けられる もの だそ うで す ,褒章条 例 に よ ります
と,「事績著 明ナル者」が対象と さ れ, 事績つ ま り功 績の 内容に よ り色 別 さ れて い ます . その うち紫綬は,「学術上 ノ創作 ・発 明」が対象とさ れて い ます.特に 「学術上 ノ創作」
の部は, 俗 に ミニ 文 化 勲章とも呼ば れて い るそ うで , 今 春は,
一橋 大 学の学 長 を初め 13
名が受章い た し ま し た. 私の 場 合は, 「会 計 学研 究 功 績」 とい うこ と が受 章の理 由と さ れ ま した.
研 究功 績の 内容 とい た しま して は, 著 訳 書 (100 册), 受 賞 (7回 ), 表 彰 (5回 ), 学 会 現役 員 (10学 会)等が考えら れ ますが,
一口 で 申せ ば ,「学際 的管理会 計に よっ て新 しい 会計 領域 を次々 に開拓 し たこ と」が認め ら れ たの で はない だろ うか と思 っ て い ます . 具 体 的に は, 図1 に示したように, A マ ーケテ ィ ン グ会計に次い で, B 研 究開発 会計, C 物流
会計 ,D 広 告 会 計, E その他 (本 社 会 計, 金利 会 計, 人件 費 会計, 情 報 処 理 会 計 )が あ り,
これ らを包括し た もの と して F 管理 会計 総 論があ ります .し か し, これ らの研 究成果は,
予め計 画 的 ・意 図 的に創 案 したもの と言 うよ りは, 結 果 的 ・回顧 的に見れ ばその よ うな成 果 が 生 み 出 さ れ てい た と申す ほ うが適切 で す.事実 ,学 際 的思考の ル ーッ を な し ま す シス
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私の学際的管理会計 研 究
図 1. 学際的管理 会計研 究の系 譜 と成 果
テ ム ・ア プロ ーチが提 唱されるよ うにな りまし たの は, 1960 年代 末の ア ポロ 宇宙開発以 後の こ とで あ り, また学 際 的 (inter−disciplinary)とい う用語が使用 さ れ出 し たの は 1970
年 代 に入っ て か らで あ ります .私が研究に着手 しまし た 1956 年当 時に は, その ような発 想 もな け れば用 語 も存し ま せ んで し た. それに もか か わ らず, か かる ア プロ ーチ が生み 出
さ れ ま したの は, 助手兼公 認会計士 として理論と実務の 両面に 関 わっ た こ と, 留 学帰 りも あ りセ ミ ナーに駆 り出さ れ た こ と, 出版や コ ンサル ティ ング か ら新課題が次々 に求め ら れ
たこ と, 換 言 す れば, 関係方面の 強い 要請に応じて きた結 果で は ない か と思 っ てい ます .
2. マ ーケティ ン グ会 計 研 究の系譜 と成果
さて ,本論に入 りましょ う. 学 際 的管理会計 研 究 と しまし ては , 各種の領域 を開 拓 し て まい り ま したが , 最 初 に と りあ げ ましたの は, マ ーケ テ ィ ン グ会 計 (Marketing Accounting)で し た.こ れ は, マ ーケテ ィ ング と会 計の 学 際 的 研 究 領 域です.マ ーケテ
ィ ン グ が初めて導入 さ れ ま し た の は,1955 年の こ とで あ ります .こ の年に 石 川泰三経団 連 会 長を団 長 とす る訪 米 使節 団 が米国に渡 り, その土 産と して持ち帰っ たの が マ ーケテ ィ
ン グ とい う新 しい学問で した、 早稲田で は , 宇野政雄 ・原 田俊夫両先生 が先 頭 と な り普及 され ましたの で , マ ーケ テ
ィ ング は早稲田 が 日本の発 祥 地 と さえ考えら れて い ます . その 影響 を受け, マ ーケテ ィ ン グ時 代にふ さわしい 会 計学 と してマ ーケテ ィ ン グ会計の 開 拓に 挑んだの で し た.先 ず, Marketing Costs を営 業費と訳 出し, 図2に示しましたように営 業費 会計の構 築に全 力をあ げたの で す .
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管理会 計 学 第6巻 第 1号
その 端 緒 と な りましたの は, 助 手 時 代に 1956 年か ら1958 年にわ た り, 企 業 経 営協 会原 価 計 算研 究 会の Cost Accounting Revieω :CAR とい う小 冊 子 (タイプ印刷)に合計27 の
論文を翻訳 し連載し た こ とで し た.初めは, アルバ イ トか た が た英語の勉 強を兼ね て始め
たの で し た が, 今か ら省み え ます と, これ が 私の研 究方向 を決め る決定的な 出来事となっ
たの です . その 後, 同協 会の 『経営 実 務 』とい う機関誌の 一号 全 貢 を提供する とい うこ と
で , 翻訳 論文を体 系化 し たの が, 「営 業費 会計論」と題 する特集号 (1957 年 5 月号 )で し た.これ は, そ れ まで訳 出 し たNAA Reseαrch Seriesの 中か ら営業費会計に関する もの を 抽出 し体系化 し た もの で す .後日,日本 生 産性 本 部 (現在は, 杜 会 経済生産性本部 )で は, 番場嘉一郎 先生 が NAA 翻訳シ リーズの 出版を開始し まし た.当時は, まだ助 手の 身分で
し た が, 私の翻訳 をその シ リーズ に取 り入れて 出 版 して 下さ りました . 本書が拙 訳 書 『営 業費 会計 』(1958 年4 月)で , これ が私の 処 女 作 と な りま した .
A マ ーケ ティ ン グ会 計 Marketing Accounting
営 業費会計の著 書
1982年 拙 著 『営 業 費の会計 と 管 理 』 白桃 書 房
図2.マ ーケ ティ ン グ会 計研 究の 系譜と成果
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私の学 際 的 管理会 計 研 究
他 方 ,1956 年に 早稲田大 学 と ミ シガ ン 大学 との 聞で教授の 交換 協 定が結ばれ ま し た. 後日助 手 もその 特例 と し て交換 協定に参加が認め ら れ, 前訳 書 を出 版 し た直 後の 1958 年
6月に ミ シ ガン大学に留学す る チ ャ ン ス に恵まれ ま し た. ミシ ガ ン大 学に は, ペ イ トン教 授 の ほ か営 業 費の 専 門家 もお り, 営 業費会計の研 究に没 頭 する こ とが 出来 ま し た.その 頃
は,渡航 ・外貨 ・貿 易の 自由化が認め ら れ ない , い わ ば鎖 国の 時代で したか ら, わずか 1 年の 留学と はい え実に貴重 な機 会とな りまし た.帰国後に 出版 した著書 第 1号 が 『営 業 費 管理会 計 』 (818 頁 )で ,1963 年 に 日本 事 務 能 率協 会の 「日本 経 営 文 献賞」を 受賞すると と もに, 日本経済新 聞社の 「日経 ・経済図書文化 賞」の 次 点に選ば れまし た. 学 究 と して ,
これ ほ どの幸 運 な 門 出はあ りませ ん で し た。
しか し, 幸 運だけで はあ りません . 人 知れぬ 苦悩 もあ り まし た.私が NAA の翻 訳 を始
め た頃は,訳 そうに も洋書 も雑 誌 も無い , 買お うに も外 貨が無い . ま た米国の こ と を聞 く 相 手 もい ない 一そん な 状 態 で し た.や っ と見つ け た論文集の 中か ら, NAA Rese αrch
Seriesを探 し出 し, それを 一つ の 学問体系に まで作 りあ げる に は, 金 鉱の 発 見 に も似 た苦 難の 道が あ り ま し た. 用 語 1つ とっ て も大 変で , marketing を営業活動と訳し, market −
ing costs を営 業費と訳出す る ま で に は, 長い 時 問が か か りま した. 会 社で は, 販 売費及 び一一般 管理費の こ とを営業 費と俗称し てい ま し たの で, 言 葉は同 じで も, 専 門用 語の 営 業
費は, marketing costs の訳 語で あっ て , 「マ ーケテ ィ ング活動に要する コ ス ト」を意味す
るこ とを理解して もらうの に大分 苦 労 し ま し た.
こ の ような営 業 費 会 計の研 究は ,1982 年 には拙 著 『営業費の 会計 と管理』 と して ,一 応の 学 問 的体系 を確立 す る まで に至 りま した. 営 業費会 計は,や がて マ ーケ テ ィ ン グ会計
に 発展 しまし た が, その 後は, 分化の一
途 を辿 り,幾多の衛星分 野に 分 離 ・独立 して ゆ き ま し た。 J
3.研 究 開 発 会 計 研 究の 系 譜 と成 果
この ようにマ ーケテ ィ ン グ会計の研 究 は, 総 論か ら各論 に重 点が移 行 して ゆ きましたが, 最初に分離 ・独立 したのが , 図 3の研 究 開 発 会計 (Research and Developmellt Accoun 一
七ing)で し た。こ れ は, 研 究 開 発 (R&A ) と会計 との学 際 的 研 究 領 域で す.1960 年 に 「科 学 技 術研 究 調 査 規 則」 が 制 定 され, これ に基づ い て科 学 技 術行政 や研究開発 費の 実態調 査 が行わ れて まい り まし た.1960 年 当 時は , 会 社 ・大学 ・研 究 所の 全研 究 開 発 費は, 僅か
2,109 億 円に す ぎ ま せ ん で し た.本 年は,松下 電 器 1杜 だけで も4,000 億 円で す か ら, 私 が研 究 開 発会計を乎が け ま し たの は, 研 究 開発 時代が 開幕する以前の こ と で し た. 当 時は, 研 究 所 とい っ ても名ば か りで, 研究所ブーム が起こ り各社が こぞっ て 中央研 究 所を設立 し
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管理会 計 学 第6巻 第1号
B 研 究 開発 会 計 R & DAccounting
研究 開発会 計の一里塚
1992年 拙著 『研究開発費の会計 と管理く新 五 訂 版 〉』 白桃 書房
図 3. 研究開発 会 計研究の系譜と成果 出し たの は, 1960 年代 末になっ てか らで あ ります.
そん な時代に研 究 開発 会計を手が け まし たの は, 神の お告 げが あっ た わ けで も, 30年 後を先取 りし た わけで もあ りま せ ん.止むに止 まれぬ 事情 が あっ たの で す.裏話を申しま す と, その前年 『営業 費管理会 計 』が受賞し,出版 元の 白桃 書 房か ら お祝の 席で ぜ ひ次 作
の 出版を と依頼さ れ た こ と が発 端で し た.ま だ駆け 出 しの 身で そ う持ち駒が あ る筈が あ り ませ ん.実は,拙訳書 『営業費会 計 』の 中で, まだ前著に使用 して な かっ たの は, 第4部
「調 査 研 究 費の 会 計 」だ けだっ たの です .そこ で , これ を種 本にする よ り仕方が な か っ た
の で す . 当訳 書で は, Research and Development を調査 研究と訳し て お り, 今から考 え ますと冷や汗 もの ですが, 当時は, まだ研 究 開発の語が定 着 して い な か っ たの です .やっ と完成 した構 想 を基に セ ミナーを開 きま した ら, 受講 者 がたっ たの 2名とい うこ とで , ま
た また冷や汗 をかい て しまい ま した.
し か し, 苦 心 惨 憺, 1963 年に完成 し た第2作 『研 究開発費会 計 』で , 今度 は 日本経 済
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