36 ー36一
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の
異議制度(1)
緒 方 真 澄
H 問題の所在
臼 内閣総理大臣の異議制度の沿革
8 内閣総理大臣の異議制度に・関する学説 窓 合 説
(1)
(2)遼寧説
(3)折衷説(以上本号)
(4)その他の学説
(a)廃止・削除説
(b)欠陥説
(C)不要説
(d)濫用説
佃 内閣総理大臣の異議制度に関する判例 瑚 結 語
(−)問題の所在
内閣総理大臣異議の制度ほ,行政事件訴訟法欝27条(以下行訴法と略す)に 規定している。すなわち,裁判所が処分の執行停止の申立て及び執行停止決定
に対して,内閣総理大臣が異議を申述したときほ,裁判所は執行停止をするこ とができず,また,すでに執行停止の決定をしているときは,これを取消さな ければならないと定めている。
この異議制度は,行政事件訴訟特例法(以下行特法と略す)の制定と同時に
(1)
設けられ,昭和37年(1962年)に行訴法が制定されるに・至っても,依然とし て,行特法の遺物たる異議制度を継承して,伝統的な行政権カの優位と訴訟当 事者め対等性を否定する観念を琴存せしめ,諸外国にも全く認められない特異
(2) な制度である。
(1)和田英夫・「行政裁判(法体制確立期)」(「日本近代法発達史3」87貫〜170貢)。緒方 真澄・「行政訴訟制度の歴史的研究」67京〜飢頁0
(2)橋本公亘・「訴頗前置主義の廃止などに疑問」(「法律時報34巻10号」33貫)0
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度(1) −β7一−
37
西ドイツでは「行政訴訟(VerwaltungsprozeB)は民事訴訟(ZivilprozeB)と 同様な訴訟類型の基本形態(die gleichen Grundtypen der KlageaIten)であ
(3) ると識別している.」のに比較して−,わが国では権力分立の原則を理由とする
(4) 「司法嘩の限界論」などを形成し,かかる観念が根強く存在している。こあこと
は,行訴法が「執行不停止の原則」と「仮処分を排除」して,行政事件におけ る仮の権利保護たる保全措置を不完全にしているのみならず,その例外的措置 としての執行停止の制度(行訴法缶条)に厳しい制限を設け,しかも,かかる 不充分な保全措置に対して内閣総理大臣の異議制度という裁判所の保全捨置を 剥奪する権限を認めている。すなわち,裁判所の執行停止の決定を内閣総理大 臣の異議紅よって否認される点に問題がある。又,反面からいえば,執行停止 を認めるか否かの最終的な権限を内閣総理大臣に.留保していることである。
小梅でほ,内閣総理大臣の異議制度の沿革,学説及び判例を検討し,国民の 権利保障主義の立場から,異議制度を考察し,そ・の性格を明確に.することを目 的とする。
(ニ)内閣総理大臣の異議制度の沿革
日本国憲法の下において,行政裁判所が廃止されで以来,行政訴訟に関する 民事訴訟法の特則を準備したが,施行に間紅合わず,応急措置として1箇条の 規定を置いた。これが「日本国憲法の施行に伴う民事訴訟法の応急措置に開す
(6〉 る法律」(昭和22年法75)第8条に,行政処分の取消又ほ変更を求める訴につ
いて6箇月の出訴期間を定めた外は.,民事訴訟法によるものと規定したのであ る。行政事件訴訟ほ,この規定と民事訴訟法とを適用して行政事件を処理した のである。このため,訴提起にともなう執行停止に関しては,民事訴訟法の仮
(3)Redeker・Ⅴ.Oertzen,Verwaltungsgerichtsordnung,Kommentar.1965,S.119.
(4)田中二郎・「行政法上仝訂第一版」281真〜286貴。
(5)算8条は「行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は,他の法律(昭和22年3
月1日前に制定されたものを除く)に特別の定めのあるものを除いて,当事者がその処
分があったことを知った日から6ケ月以内に,これを提起しなければならない。但し処
分の日から3年を経過したときほ,訴を提起することができない」と定めた。
貨43巻 餓1・2・3葛
」− 3β−
38
(6)
処分を適用するのが,裁判例の多くの見解であった。
従って,昭和22年(1947年)の日本国憲法が施行され,民訴の応急措置に関 する法律の時代にほ・,内閣絵理大臣の異議制度ほ制度化さ
ある。
この遅れた理由は,「行政事件訴訟特例法」自体の審議に手間どったというよ りほ,むしろ当時,特例法の立法化を担当した司法省の民曹局が裁判所関係法 に主力を集中した結果,いきおい特例法があとまわしにされたためであるとい
く7) われる。 ′
(8)
行政事件訴訟特例法の立法過程にほ,最机行政裁判所的感覚の強い熊野案,
(9)
ついで司法権紅優位をもたせようという三宅こ岡本案,さらに行政権強化の方 向へ逆転させた連合国最高司令部(以下総司令部と略)の示唆があった。当時 の最高司令部のリーガル・セクションにいた係官は,ニュ・−ディ劇ラ√−であっ て18世紀から19世紀的な司法権優位が20世紀の行政権強化の時代に几、かに進歩 の阻害要因となるかを十分知っていた。すなわら,彼等は.,司法権の優位を強 調しすぎる日本側の折衝案が,あたかもニュ−ディールの最大の妨害者であっ た連邦最高裁判所の考え方と軌を−・にするもゐであった。執行停止,異議申立 に閲す・る行政権強化主義の強い規定が,日本側の温存策によっr〔・■ ごはなく,
逆にその頑強なる反対にかゝわらず,最終段階に・至って最高司令部の強い圧力 によって制度化されたのである。すなわち占領下にあった我が国の法律ほ,す べて最高司令部の事前の承認を必要とした。′行特法についての最高司令部との 折衝のための日本側の原案でほ,執行停止ほ,裁判所が必要と認挙るときは,
何時でも,申立又は職艇でなしうるものとなっていたが,その折街原案の会合
(6)■東京地裁・昭和22年11月28日決定「行裁月報3号」14頁。鹿京地裁昭和23年2月2日 決定「行裁月報2号」83貢。岡山地裁昭和23年2月10日決定「行裁月報2号」19貰。水 戸地裁 昭和23年4月27日決定「行裁月報4号」50貢等。
7ユ 佐藤竺・
(8I佐藤竺・「行政事件訴訟特例法の、滋滋過程」(「行政手続の研究」246頁〜254‡亘)
(9j 佐藤竺・「行政事件訴訟特例法の立法過程」(「行政手続の研究」255真′−259其)。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度山 一−3−9−
39
(10) の始まる直前に突如として起った,いわゆる「平野事件」が,この条項に全く
思いもかけない変化を与えた。
この事件ほ.昭和23年(1948年)1月13日公職追放をうけた社会兇内閣の農相 平野氏ほ,東京地裁に覚書該当指定の効力停止仮処分申請をして,これを認容
された(同庁昭和23年第164号,同年2月2日認容決定)。ところが,連合国巌高 司令部政治部長から最高裁判所長官紅対し,「公放追放覚書履行めための機構及 び手続ほ,戯高司令官の承認をえて作られているものであって,総理人達は覚 書に従いとるべき一一・切の行為につき,蔵高司令官に対し直接責任を負担してい るのである。…∵小日本の裁判所は,この覚書の履行に関する除去又ほ.排除の手 続については,裁判権を有しない」旨の指摘がなされ,ついで前記仮処分を即 時取り消すべき旨の最高司令官の指令が伝達されるに及んで,東京地裁ほ認容 決定3日後の同月5日右決定を取り消し仮処分申請を却下した。この事件を契 機に,最高司令部ほ執行停止の要件をより厳しく絞るように要求し,内閣総理 大臣及び各省大臣の処分に関してほ執行停止を認めないようにせよとまで迫っ た。日本側は.,停止の積極的要件を行特法第10条のごとく厳格にし,かつ公共 の福祉に重大な影響を及ばすおそれを,停止阻却事由とする修正案をもって納 得をえ.ようと努力したが,結局,内閣総理大臣の異議申立制度が立法化される 結果となったのである。すなわら,最終段階紅至り総司令部の強い圧力に・よっ て挿入されたもので,アメリカ法継受過程における突然変異の定着化すること となったのである。
尚,当時の連合国司令部の考え方を,須貝惰一・教授ほ次のように述べている。
すなわら『■「この法律の他の重要な規定ほ違法の処分に・対するインジャンク レヨンに関する。裁判所が政呼の執行部門の正当な機能を停止もしく軋麻痺さ せることを防止する規定がある。そこでこの法律は行政庁の違法の処分の取り 消しまたは.変更を求める訴えが起された場合において裁判所が行政処分の執行 から生ずる償いえない損害を防止するために緊急の必要があると認める場合に 1101新村義は・「平野追放停止仮処分事件の概要」(「法曹時報1巻1弓」33頁〜48日)。
田中二郎・「平野問題と裁判樅」(「日本管理法令研究2号」79畏)。
第43巻 籍1・2。3弓
ーー 4り −
40
かぎってインジャンクションをゆるす。これはし‰し執行停止が公益紅反する 場合に′は適用がない。そればかりでなく,内閣総理大臣が国家的利益(ナショナ
ル・インタレスりに影響があると宣言する場合に.ほ.インジャンクションは取り 消されなければならない。それにもかかわらず原告の救済に関する事件本案は 終局判決まで続行される。」「この規定ほ司法府に対する侵害とみられるかもし れないが,内閣が政治的判断の誤りをおかしたため不信任の決議軋もとづいて 総辞職しなければならないこととなる国紅おいてほ総理大畠がこれをほなほだ 稀れにしか行使しないであろうことが期待されうる。総理大臣はこのような異 常な行動を国家的利益(ナショナ・ル・
に.よってのみ正当づけることができ,かつこれに・政治的運命を賭ける完全な用 意がある場合にのみそのような行動をとるであろう。」「結論として,この法律が 国家による干渉に対して保障する無制限の保護は官憲の専制的命令に.よる支配 が過去の国法であった日本に・おける類例のない革新であるばか
において行政行為に対し国民に認められる救済手続を上廻わりさえするもので 奉るといえようoJ「この法律ほ裁判所に革まり多くの力を与えるものであると されるかもしれない。しかし裁判所は違法性を理由として行政処分を取り消し うるにととまり,行政的便宜およ、び裁鼻中間題に関してほ審理しえない。この装 置が実効を発揮するかとうかほ裁判官の将来の態度にかかる0裁判官は−・方で 特個人の権利の保護と他方でほ竪明な自制と執行府の実際上の緊急性の尊重と の間に正しい均衡をもたらすであろう。」「内閣総理大臣異議制度が国家的利益 を理由とする場合にかぎり,内閣の命運を賭する意気込魂がある場合に稀れに しか行使されない異常な行動であるという説明である。司法鹿にたいする侵害 を極力弁明してヽ、も。結論で米国民に与えられる以上の保護が付与されている というくだりさえも内閣総理大臣異議制度にたいする反対比重の意味で書かれ たのでほないかとさえ考え.られる。日本政府側の理解とほなはだしく噴いちが っていることがわかる。日本政府側の理解は,三権分立の精神を制度の趣旨と し,内閣総理大臣異議を行政のル−テイ叫ン(日常事務)ていどに解しているが,
総司令部側は内閣の存亡を賭けるような重大事としてこれを理解している。¶
行政事件訴訟法に.おける内閣総理大臣の異議制度(1) −4ヱー 41
方にはこの制度が司法権の侵害であるという意識がなく,無邪気であるに反し,
他方紅ほ充分な罪の意識があり,裁判官紅従来ほ存しなかった権限を鵬・挙に・無 制限に与えるのであるからブレーキが必要であり,これはやむを得ないのだ,
(11)
稀れにしか行使されないのだ。」』と。
このように,超憲法即な支配力による,いわば占領政策の一層として派生し た異議制度は,一度法制化されるや,占領終了後も温存されたのである。
異議制度は,理論的に.は,裁判所が執行停止決定を発する前にゐべることを 要するか,内閣総理大臣が示す異議の理由の当否に∴ついて裁判所ほ審査権を有 するか,という解釈問題の解決にあたっては,執行停止決定は行改作用の本質を
もつか,司法権に固有め権限であるか否かが,その決め手になっている。しかし,
この制度は.,最高司令部の指示に.基づいて急遽新設されただけに,立案関係者 も解釈問題については,その見解は分れていたが,裁判所関係者はすべて,裁 判所に異議理由の審査権はないけれども,異議は執行停止決定前でなければな らず,事後の異議に・より停止決定がくつがえされる与すれば司法権に対する不
(12) 当な干渉となる虞があるという見解を表明してきた。
この問題についてほ,昭和28年(1953年)1月16日,最高裁判所ほ,米内山 事件(青森県議会議員除名処分の執行停止特別抗告事件)で,上記の説を支持
(13)
する有権解釈を示した。
この多数意見は,第一に,内閣総理大臣の異議制度の合意性を前提としてい
(14) る。すなわち,すでに最高裁判所大法廷(昭和27年(1952年)10月15日)の決定
(11)須貝條一・・「内閣総理大臣の異議」(「法学論苫80巻4号」11貢′−12貢)。A.C.オブラ−
「占領下日本法律改革」(「法律タイムズ4巻3号」11頁)。
(1辺 奥野健一・・三宅正雄「改正民事訴訟法の解説」11頁こ。奥野健一・「行特法の解説」(「法 律タイムズ2巻10号」28貢)。浅賀栄・「行政訴訟の諸問題」71貢◇小沢文雄・「行政処分
の司法審査」(「民事訴訟法講座5巻」1412貰)。田中二郎・米子−・・他「行政事件訴訟特 例法逐条研究」368頁:〜371貰における豊水道祐氏の発言。
(1劫「最高裁判所民事判例集7巻1号」12頁ヵ「行政事件裁判例集4巻1号」146貫。
(14)農地買収処分執行停止特別抗告事件特例法10条2項により,裁判所が処分の執行を 停止すべきことを命ずるのほ,行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める本案の訴訟 に附随する手続に過ぎないのであって‖…要するに裁判所ほ,行特法10条2項紅よる処分
の執行停止の有無にかかわらず行政庁の違法な処分の取消又ほ.変更を求める訴えの当否
を審判するのであるから,前記行特法の規定が憲法紅よって裁判所に・与えられた行政事
籍43巻 鴇1・2・3号
一 ⊥ノ2 一
42
があったのでそれ粧そっているのである。第二に,執行停止の本質に関する上 記の点から,内閣総理大臣の異議が事前になされれば裁判所ほ審査の余地なく 執行停止申請を却下せねばならないとして,下級審での扱いはその後この趣旨 に.そって行なわれた。
第三に,事後に内閣総理大臣の異議が出された場合でも,それを一つの判断 資料とし,行特法10条6頓に基づいて裁判所が職権でさきの執行停止決定を取
(15) り消していた。しかも下級審でほ実務上の取扱いがこのように・なされていた。
ところで,さきの大法廷決超多数患見ほ.,異議申立の時期にかぎって,この 問題を処理したために,多くの論者の批判を受けることになった。
合憲説の立場に立つ有力な学説(田中二郎最高裁判事,兼子棚教授及び雄川
(1(‡) 一・郎等の諸教授)の批判ほ,行政処分の「執行停止を命ずる決定は,むしろ司
法権に託された−・種の行政処分的性質をもった作用であり.」したがって「行政 権の最高資任者としての内閣総理大臣」の異議が停止決定後に述べられた場合 にも,「これによって裁判所の権限が消滅するため,執行停止の効力も当然消滅 すると解すべきで」裁判所は失効確認の意味で叡消決定をすべき拘束をうけ
る,というのであった0これに対して,国民の嘩利を保障する立場から主韻さ れるものとしては,その節−・ほ,違患説の立場から真野毅前最高裁判事・高根
(17)
義三郎教授等で,行政処分の取消請求のあった場合に,判決前にその執行停止 を命ずることも,当然に司法権の範囲に属し,従ちて内閣総理大臣の異議の制 度は,行政権が司法権を侵害するものであって違憲であるという説である。す なわち「(行特法)10条2項本文により処分の執行停止を命ずると否とは…
件審判権を侵犯する違憲の法律であるとの論旨は理由がない。「巌高裁判所民事判例巣 6巻9号」828貫。「行政事件裁判例集3巻10号」1942頁。
個 最高裁判所事務総局編「行政事件訴訟10年史」174頁。
㈹ 田中二郎・「行政処分の執行停止と内閣総理大臣の異議」(「行政争訟の法理」200鼠)。
兼子−・・「司法権の本質と限界」(「ジ′ユリスト29号」2貴〜5貰)。雄川−・郎・「行政争 訟法」200真・205頁〜206頁。
(川 「最高裁判所民事判例集7巻1号」12真にある補足忘見として−の呉野毅裁判官の意 見。高根義三郎・「行政訴訟の研究」100頁〜102貢。森長英三郎・「戦後仮処分の功罪」
(「法律時報26巻5号」34五)。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度(1) −43−
43
司法権に属する司法的処置であることも又明らかである。しかるに同項但書に・
よる異議の制度は,内閣総理大臣という行政機関が司法権の領域を侵犯して 処分の執行停止を命ずるか否かという司法的処置に干渉するのであるから,三 権分立の原則に.違反するわけである」と.されるのである。
その第二の立場から,今村成和教授は,執行停止権限が本質的に司法作用か 行改作用かでほなく,「憲法76条3項によって,独立的行使を保障された裁判官
(18)
の『職権』に含まれるかどうか紅ある」さらに・また,「訴訟当事者としての地位 に.おいてほ,行政権と一一・般国民とは対等なのであり,その間において,仮の救 済上して認められた執行停止制度の通用に当り,行政権の独占的地位を留保す
(18)
るということほ.,訴訟制度の基本的性格にも反する嫌がある」といわれる。
滞三の立場から,今村成和教授,柳川真佐夫判事ほ,行特法を合憲的に解 釈しようとする以上ほ,異議ほ停止決定前でなければならず,尊前の場合でも 裁判所に.,異議理由の審査権が存すると解し,そ・の理由として,異議理由の当 否が法律解釈問題だとすれば,そ・の最終的判断ほ,司法権に専属するはずだか
(19)
らであると,いわれる0
昭和37年(1962年)10月1E=から行政事件訴訟法が施行されることになり,
行政事件訴訟特例法は廃止された。この行政事件訴訟法は昭和30年(1955年)
の法務大臣の諮問に基づき,6年間余りの審議の過程に於いて,法制審議会の行 政訴訟部会小委員会の島として,立案に関与された入江俊郎最高裁判事は「内
(90) 閣総理大臣の輿議の制度に最後まで手を焼き,もめつづけた問題」であったと
記していられる。わけても,裁判胃・弁護士の委員側から異議制度に・対する 違憲論,削除論が主張された。そ・の理由の欝一山は,外国に例をみない占領中の 特殊な制度で,司法権に対する行政権の介入として一連怒の嫌いがある。第二
は,異議制度の必要をいうのは,裁判に対する不信の表明であって,裁判軽視
(1朗 今村成和・「行政処分の執行停止」(「法学セミナ■−40号」29頁)。
は釧 今村成和・「行政処分の執行停止」(「国家学会雑誌67巻1。2号」59頁)。柳川真佐夫
「保全訴訟」122貢。
冊 入江俊郎・「行政事件訴訟法立案の経過一法御審議会の論議を顧みて−」(「法律時報
34巻10号」28貫)。
籍43巻 籍1・2。3号
− 44− 44
の考えを−−−・般に起こさしめるこ.とにもなる。当時この制度の賛否紅ついて,最 高裁事務局が高裁,地裁軽微した意見の結果が回答35庁のうち,賛成6庁,反
(21) 対力庁,また日本弁護士連合会も反対を表明した。又,当時の最高裁事務総長
石田和外委員(現最高裁長官)が司法の威信の上から異議制度の削除する旨を
(22)
発言しているこ.とも同一・の趣旨からのものである。第三として,執行停止の裁 判に対してほ.不服申立を許す等の規定が整備されるこ.ととなった以上,総理大 臣の異議制度ほ認めるべきではない,というのであった。
これに対して,先述した合志説に立つ有力学説ほ,この審議会の小委員会多 数意見として,算十・に,行政処分の性質によっては.,その執行を停止すること により,公共の福祉に・重大な影響を及ぼす事態が起こる場合がある。第二に,
行政的乃至政治的判断に.属する部分が多分にある。従って,行政に・伴う政治責 任の最高の地位にある総理大臣に・異議を申し.立てる権限を認めるこ.とが妥当で あり,且つ,異議は裁判所の執行停止決定の前後を問わず認めるのが筋であ る。ただそれが濫用されないよ.う,必要な制約を法定すればよい。第三に.,執 行停止は,本案の裁判前になされる・−・時的措置であって,行政処分的性質のも
(23)
のであり,所論のような達意の点ほ.認められないというのである。
これらの諸点から,・その濫用を制約する方法として,「総理大臣が異議を述べ たときほ,これを次の通常国会に報告しなければならない」旨の1項が追加さ れ,しかも最終段階で「■異議はやむをえない場合のはか述べてはならない」の 山句の挿入の修正案によって,多数意見に対して,少数意見が妥協した点で可
(33)
決されキ0
このようにして,行政事件訴訟法の立法過程に於いて−,内閣総理大臣.の異議
i24)
制度を廃止する絶好の機会を逸して,行政事件訴訟特例法の時代より更に襲イヒ
飢 杉村敏正・「新行政訴訟制度について」(「公法研究26号」147貫)。
鋤 入江敏郎・「行政事件訴訟法立案の経過一法制審議会の論議を顧みてニ」(「法律時報34 巻10号」27貫)。
位3)入江俊郎・「行政事件訴訟法立案の経過一法制審議会の論議を顧みて」(「法律時報34 巻10号」29頁)。
伽 橋本公亘・「訴願前置主義の廃止などに疑問「(「法律時報34巻10号」33頁)。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度(1)
−45−−45
されて存続することに.なった。すなわち,第一・に,行特法10条1項後段の規定 ほ,異議は最高裁判所の判決によれば執行停止の決定前に述べねほならなかっ た点を改め,執行停止の決定後における異議を認め裁判所の決定権を排除しう る規定に改悪し,もって内閣総理大臣の異議権を強化したこと。第二に,異議 制度に対する準用抑止手続として,異議の理由に「公共の福祉に遷大な影響を 及ぼすおそ・れのある事情を示す」(行訴法27条3項)ことを要求し,しかもやむ を得ない場合」(同条6項前段)で「次の常会把.おいて国会に報告し」(同条6項 前段)て−政治問題となるだけの緊急かつ重大な事件に限る。すなわち,行政府の 首長たる内閣総理大臣の政治的命運を左右するほどの重大事の場合に・最後的措
く25)
置として行使する場合に限るという趣旨を定めた。これは異議権濫用に対して 充分な防御機能を果たすかほ疑問であった。欝三に,内閣総理大臣の異議に関 する規定を無効等確認の訴えにも準用されることは(行訴法38条3項)無効原 因があるとみられる処分について−,この異議制度で執行停止を・一切排除するこ
(26)
とほができる点から,内閣総理大臣の異議権を強化し,行政訴訟の目的である 国民の権利を保障する立場の後退であることを示すものである0
三 内閣総理大臣の異議制度に関する学説
内閣総理大臣の異議制度に.関する学説は大別すると四つの立瘍に分けて考察 できる。すなわち,合意説は,伝統的な行政法学派であって,行政権強化主義 の立場に立って,この内閣総理大臣の異議制度を是認し合憲であるとする立場 である。前記したごとく,行政事件訴訟法の立案者中の有力者はこの学派鱒属 する。したがって,この異議制度が行政事件訴訟法中紅継承されることに・なっ たのも,合憲説の立場に立つ伝統的な行政法学派にその理論的基礎を置いてい 脚 雄川一郎教授は「異観は行政権の伝家の宝刀であって,」「・・ある処分が執行停止を食っ
て執行し得ない状態が本案判決までつづくということの結果,行政全体が麻痺して動か なくなるというような特別例外的の事態が生じた場合に,内閣総理大臣の政治的茸任 で,処分を執行し行政を動かし得る途をひらくための措置」だと述べられている。「ジ ュリストの目」(「ジユ.リスト377号」23貢)。園部逸夫・「現代行政法の展望.」81貫〜82 頁。南博方・「行政訴訟の制度と理論」26頁。
髄)神谷昭・「内閣総理大臣の異議は不要な制度」(「法律時報34巻10号」35貫)。
雄43巻 第1・2・3号
46− 46一岬
ると考える。折衷説は,この異議制度の合憲説の一・部分を批判しその欠陥を指 摘しながらも,その結論は,合憲説と同じ旦場に立つのである0
これ匿対して,違憲説は,批判的行政法学派であって,国民の権利保障主義 の立場に立って,この異議制度を違憲またほ違憲の疑いがあるとする立場であ る。その他の学説ほ,違憲までは論じないまでも,こ・の制度を廃止・削除すべ しとする立場,欠陥があるとする立場,不要であるとする立場,及び濫用され るとする立場等に分かれる。
この批判的行政法学派ほ行政法事件訴訟特例法施行当時ほ.小数説であった
(27)
が,行政事件訴訟法施行の現在でほ,多数説,有力説となっているのである0
(1)合 憲 説
合憲説の立場に立つ学者吃ほ,田中二部最高裁判事,雄伸一・郎教授,兼子一 教授及び杉本長吉東京地裁判事等である。
田中二郎最高裁判事ほ,「執行停止夢,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそ れがあるにかかわらず,裁判官が,その特殊な地位・性格・思考方法に基づ
き,法的判断という面に.のみ促われて,多分に政治性をもった問題(今後は主 としてこういう性質の問題一周際的・政治的−のみが問題となるであろう)に
(28)
ついてその判断を誤まるおそれがないとはいえない。」として異議制度を是認さ れる∨。更に.執行停止の決定の性質について「裁判所が司法権の行使の一・環とし
てなすものでほあるが,本来の裁判判決と異なり,これにあたる裁判官の思考 方法一思考過程−やその手続は,むしろ行政処分のそれに近いものと思われる 鱒で,これに対して異議を認めたからといって,判決に対する異議を認めるの
(28)
と違って,直ちに司法嘩に対する行政権の不当な介入とみるべきではない。」と される○次に異議には理由を附さなければならないが(同条2項),異議の理由ほ
「『…公共の福祉紅重大な影響を及ぼすおそれのある事情』を示さなければな らない(同条3項)○これほ,そのような事情を具体的に説明する必要があるも
佗7)須貝儀一・・「内閣総理大臣の異議」(「法学論叢80巻4号」3貢)。
軋田中二郎・「行政争談判度の改正」(憎律時報34巻1b号」13頁)。
行政事件訴玲法に・おける内閣総理大臣の異議制度(1) −47−
47
(29)
のとすることによって,異議梅の行使を慎重にさせようとする趣旨である。」裁 判所の異議審査権について.ほ,「異議に全く理由を附さないとき又ほこれと同視 すべきときほ,不適法の異議として,異議の効力を生じない(裁判所ほ,これ を判定することができる)と解すぺきであるが,劇応理由が附されているとき ほ.,その理由の当否についてほ,裁判所は判断する権限を有しないとみるぺき
(29) であろう。」として㌧裁判所の審査権を否定される。雄川−・郎教授ほ「行政処分
の執行従ってまた執行するかしないかの決定は本来行政権の権限と貿任隼・おい てなされるものである。これに対し,裁判所は,国民の権利保置のために,この 行政作用に・干渉し,行政処分の執行を停止する権限を特紅認攣られたのが執行 停止の制度であるが,さらに行政作用の最後の保障として,行政権の最高音任 着たる内閣総理大臣の異議によって,この裁判所の権限を排除しようとするも のである。その限りで行政処分の執行について行政権の判断を司法桓の判断に 優越せしめた訳である(行政処分の執行そのものは,行政目的実現の見地からな
される行政的判断に基づくものであって,処分の適否という法的判断がその本
(釦)
体でほないから)」として執行停止の性質を行政作用で,裁判所は国民の権利保 護のため,行政作用に干渉し,執行停止権限を特に認められるもので,異議に
よって,裁判所の権限を排除する制度である。すなわち,行政的判断で司法権 の判断に優越せしめているのである。裁判所の異議の審査権についてほ,「内閣 総理大臣の政治責任を明らかならしめ,不当な異議の濫用を制肘することに存 する。理由を明示しない異議ほ,異議としての効力をもたない。…しかし異議の
(SO)
理由の当否に.ついては裁判所は審査権を有しない」とされる。すなわち,内閣 総理大臣の全く行政的・政治的立場から異議申立てがなされるのが本来の趣旨 で,理由の当否については裁判所は審査権を有しない,とされる。
兼子−・教授ほ,政策的に.ある程度の行政処分を裁判所の権限とすることは可 能であるとして,「執行停止ほ,行政処分の効力を・−・時停止させる処分であっ
佗9)田中二郎・「新版行政法上(全訂寛一版)」323貫〜324貫)。
8α 賂川一部・「行政争訟法」205頁。
第43巻 第1・2・3号
ー 4β − 48
て−,本案の終局判決をする権限笹当然附随する権限に基づくものとほ観念でき ないのである。むしろ不服申立人を救済するために,行政権を譲歩させて裁判所 へ委譲させたことに.よる権限であり,内閣総理大臣の異議があるとできないこ ととするのほ,公益維持鱒ため特に行政の最高責任者の反対のある場合は,そ
(31)
の譲歩を撤回して,原則に立戻らせる趣旨に外ならない」とされ,執行停止ほ 本来の行政権が有しているのであるが,政策的に裁判所へ委譲した権限であっ て∴臭議申立があればその譲歩は撤回され,原則に戻る,といわれる。更に,異 議に理由を附することについてほ「■内閣総理大臣の政治的責任を明らかにさせ る趣旨からであるが,裁判所にはその理由の当否を審査して異議を無視する権
(81) 娘はないから,結局訓示的規定紅過ぎない」とされる。すなおち,この規定が
訓示的規定であるから,裁判所は異議理由を審査する権限を有しない,とされ るのである。
し3ご1
杉本良吉判事ほ「執行停止ほ本来,行政権の作用である。」しかも「行政庁の 首長たる内閣総理大臣において,その政治的行政的責任にかんがみ,これに.異
(33)
議を述ぶべきことを留保するも,司法権を侵すものではない」として執行停止 は行改作用である。したがって,異議権を留保しても司法権を侵害するもので ほない。次に.,「異議の行使ほ,兵にやむをえない場合でなければしてほならな い。そ・のやむをえ.ない場合かどうかほ内閣総理大臣の判断に委せられる。した
(錮)
がって,そ・れは訓示規定にすぎない.」として,行訴法27粂6項を訓示規定と解
される。異議理由の判断についてほ「裁判所は,もともと理由の当否を判断す
べき権限をもたないと解すぺきであるから,たとえそれが不充分であっても,
異議を効力がないものとすることはできなん、。その意味で,同項(第3項)
(34)
は,欝2項と異なり訓示規定たる性格をもつわけである」として行訴法㌘条3 項も訓示規定の性格を有し,理由の当否を判断する権限を裁判所は有しないと
されるのである。
蝕 兼子一・・「司法権の本質と限界」(「ジ′ユリスト29号」3貢〜4貰)。
(3勿 杉本良書・「行政事件訴訟法の解説」94真。
錮 杉本良書・「行政事件訴訟法の解説」95真。
錮 杉本長音・「行政事件訴訟法の解説」97貢。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度(1) −49−
49
以上みたごとく,合意説の論拠は,第一・に.執行停止決定の性質ほ,本案訴訟 における絡紀判決と異なり,決定前の暫定措置としてこなされる行政処分的性質 のもの,あるいは,行政処分に近いもの,行政目的実現ゐ見地からなされる行 政的判断であって,本案の終局判決に当然附随する司法権限でほなく,行政権 限であって−,行政権の作用である。更に.,これを還言すれば,執行停止は,本来 行政権の権限であづて,行政権を譲歩させて裁判所へ委譲させたと.とによる権 限である。執行停止に対して制約を加えても,差支え.のないことは,純然窄る 司法作用の場合とは.異なる。したがって,司法権に対する行政権の不当な介入で
もなく,司法権を侵害するものではない。この意味で総理大臣に留保された異 議権ほ,違憲の制度で推ない。第二の論拠ほ,執行停止における裁判官の思考 方法に対する不安ないし不信でガる。すなわち,執行停止が公共の福祉軋重大 な影智を及ぼすおそれがあるにかかわらず,裁判官の特殊な地位・性格・思考 方法に基づき,法的判断の面にのみ促われて,多分に政治性をもった問題につ いての判断を誤まるおそれがある。こ.のことは,裁判官の判断力に・対する不信 の表明に外ならないのである。
欝三の論拠は,第一及び第二の論拠を基礎として,裁判所ほ内閣総理大臣.の 異議理由を審査する権限ほ,訓示規定であるからこれを有しないものと解する のである。このことは,内閣総理大臣の政治的費任を明示し,その判断に委せ られていることを前提としているのである。
(2)違 憲 説
達意説の立場に立つ学者としては,真野毅前最高裁判執高根義三郎教授,
杉村敏正教授,今村成和教授?有倉遮音教授,高田敏教授,米子仁教授,平峯 隆大阪地裁判事,上田勝美助教授等である。
真野毅前最高裁判事は「(行特法10条3項)但審において内閣総理大臣が異議 を述べたときにほ,処分の執行停止を命ずる司法的処置を楽止しているのは,
内閣総理大臣という行政機関が司法権の領域を侵犯して処分の執行停止を命ず
るか否かという司法的処置に干渉するものであるから,三権分立の原則に違反
寛43巻 第1・2・3弓
ー50−
.50(こ15) する」とされる。高根義三郎教授ほ.「特例法10条2項但書の規定(内閣総理大
臣の異議)ほ違憲であって麺効と考え.られるが,有効としても,内閣総理大臣
(36)
の異議ほ停止決定のなされる前でなければ裁判所を拘束しない」とされる。す なわち,この規定ほ.「司法権の上位に行政権をおくものであって,誤りである ことが分る。同条3項は,右の異議ほ理由を明示して述べることを要イ牛として いるが,理由が如何紅明示されても異議それ自体が誤りであって,裁判所を拘
(3丁)
束し得ないものである.」と論断される。
杉村敏正教授は「第一・に,処分の執行停止が『 公共の福祉に重大な影響を及 ぼすおそれ』の存否に関する額判官の判断に対する不信は,裁判所に違憲法令 審査権をみとめ,裁判官に公共の福祉と基本的人権の関係を判断するに足りる
『公共甲福祉』に関する高度の判断力を承認すも憲法の趣旨に矛盾するものでは あるまいか。第二に,裁判官の特殊な地位・性格・思考方法に基づく『公共の 福祉に重大な影饗を及ぼすおそれ』の有無に関する裁判所の判断力に対する不 信は,司法裁判所紅行政事件訴訟の管轄権を認める憲法の趣旨と基本的忙・矛眉
(38) するものでほあるまいか。」すなわち,裁判官紅対する不信は,憲法が裁判所に
連憲法令審査権,公共の福祉に関する高度の判断力及び行政事件訴訟管轄権を 認める趣旨に反す′る。「第三に,現在でほ,行政事件担当の裁判官は.行政事件の 処理についですで紅習熟しているのでは.あるまいか。事実上,『公共の福祉に重 大な影響を及ばすおそれ』の有無の判断力について,行政曽と裁判官とにほ本 質的な違いが存するのであろうか0『公共の福祉に重大な影響を及ばすおそれ』
の有無につき,裁判官の特殊な地位・性格・思考方法に基づく誤判のおそれが あるとした場合,行政官の特殊な地位・性格・思考方法に基づく誤判,とく に,国際的,政治的圧力による異議権の濫用のおそれはないというこ.とができ
(88) ようか」.とされる。すなわ■ち裁判官(行政事件担当)ほ行政事件の裁判紅習熟
し,行政官との相違ほない。むしろ行政官が各種の圧力により濫用の恐れがあ 細 最高裁判所事務絵局・「行政事件裁判例集4巻1号」155真二〜162京。
㈲ 高根義三郎・「行政訴訟の研究」108貢。
即 高根義三郎・「行政訴訟の研究」「100頁。
㈱ 杉村敏正・「新行政訴訟制度について」(「公法研究26号」148貢〜149頁)。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度(1) −5J−
51
る。「簡四に.,処分の執行停止の裁判が判決前における暫定措置としてなされる 行政処分的性質のものであるとしても,執行停止ほ,処分の取り消しの訴えに つき権利救済の実を挙げるための必要不可欠な司法の付属作用であって,実質 的に行政処分的性質をもつとして−も,形式的にほ,裁判所が司法権の−・環とし て.行う裁判に外ならない。しかるに,処分の取り消しの訴えの当事者である行 政庁の側に立つ内閣総理大敵の異議が直ちに・裁判所の執行停止の決定の権限を
絶対的に拘束するものとする制度は,司法権の独立に対する行政権の本当な関
(S8) 与ではあるまいか」とさ叫る0すなわち,執行停止は実質的には,権利救済上
の必要不可欠な司法の付属作用であり,形式的にほ司法権の一−・環として行なう 裁判である。したがって−,異議が執行停止決定権限を絶対的紅拘束する制度は,
司法権の独立に対する不当な関与である。「第五に.,こ.の制度が諸外国において 認められていないのほ,この制度が極めて−稀に利用されることによってえられ
る『公共福祉』の維持の利益より,この制度の採用によってもたらされる慮れの ある裁判官の『公共福祉』に関する判断力に対する国民の疑念や,司法権の独立 に対する国民の信念の動揺がおそれられ,また,司法権に対する行政権の優越
(38)
的意識の醸生が懸念され」ると論ぜられる。すなわち,異議制度を比較法上,諸 外国には存在しない理由は,稀に利用されて,公共の福祉の維持利益より,裁 判官に対する国民の疑念,司法権の独立に・対する国民信念の動揺,司法権に対 する行政権の優越的意識の醸成が懸念されるがらだと結論される。
今村成和教授は,執行停止は.行政処分的性質の行為で本来の意味で司法作用 に属さない点について「この意味では,民訴の仮処分をほじめとし,家事事件,非 訟事件など,いうところの処分的性質の裁判作用ほ沢山あるから,このこ.とを理
(39)
由に異議権の合憲性を説明することは,おそらく不可能といってよいであろう」
とされる。次に,執行停止は,本来行政権に属する作用を疲判所が行なうのであ るから,行政纏の側に異議権を国保しても違患ではない点について,「行政処分 に対する司法審査制が憲法によって確立されていると考えられる場合に,行政
鋤 今村成和・「執行停止と仮処分」(「行政法講座3巻」318百〜320頁)。
寛43巻 第1・2。3弓
.52 ー 5ご −一一行為を執行するか否かは,行政権に固有の権限であるとの考え.方を,固執し,こ れを訴訟の中に迄もら込み得るかどうかほ問題である。…このような考え.方が,
(39)
憲法によって国民に保障された,司法的救済鱒実効性を阻害する」「また川当事 者の対等という訴訟制度の基本構造と矛眉し,かつ,裁判の公正を担保するた めに,裁判官に対して与えられた,職権行使の独立性の保障(憲法76条第3項)を
(39) 侵害する.」とされ,結論として「裁判所による執行停止を,行政に周有の権限を
裁判所がおかすものとしてとらえることは.,むしろ,現行患法のとる司法国家
(只9) 制の建前とは臭覚的な,行政国家的思想の残存を示すものではなかろうか」と
され,更に・「行政府の『政治的・行政的責任』ということも,i…実をいうと,責 任の名に.おいて権限を主張することほ,多くの場合,問われるおそれのない賓 任の上にあぐらをかいた自己利益の主張に過ぎない」と批判される。ただ,裁 判所の異議に対する実質的審査権に.ついてこほ.「−裁判所は,その内容の適否につ
(S91 いての実質的審査権ほもって−いない.」とされる。
有倉遺書教授ほ,「患法のとる基本的人権の尊重,司法国家の理念からみて,
∴執行停止は…・現実的不可欠なものといいうるのであって,これを−・方的に無 紅帰せしめるような総理大臣の異議は.,やはり達意の疑いが濃いものというべ
(40) きである」とされ,裁判官の思考方法紅対する不安ないし不信に・対して−「裁判
(40)
所の判断の方が信頼しうるものでほないか0」その理由として.「第−・は,『公共の 福祉』概念の判断についての習練の相違である。この判断についてほ,戦後20 年,裁判上無数の争いを生じ,裁判所の判断を経てきているのであつて,裁判 所の判断が常に正当辛いえないのはもちろんであるが,思お概念把握のきびし
さにおいて行政庁に.まさるということができよう。第二ほ.,裁判所と首相との 立場の相違である。行政庁と国民との争いについて,裁判所は第三者的立場に あ芦ゐに対して,首相は行政権の頂点に立つ公平な第三者的立場ということは
(40) できないのである」として∴,過密論的見解を是とされる。更に裁判所鱒異議の理
由の実質的審査権の有無について,合憲説が訓示的規定であって裁判所に.は実
㈹ 有倉達吉・「裁判所の執行停止と総理大臣の異議」(「法学セミナーー137弓」42貢〜44
貴)。
行政事件訴訟法に.おける内閣総理大出の異議制度(1) −∂β−
53
質的審査権はないとの説に対して「行政法における訓示的規定の存在自体を否
定サーる見解をとっているが,かりにこれを認めるとしても,『附さなければなら ない』との表現と,『示すものとする』との表現との相違から,訓示的規定か否か
(40)
というような決定的相違がどうして生ずるか理解に.苦しむものである」として,
裁判所ほ内閣総理大臣の異議理由の実質的審査権を有すると解される。この立 場に近いのが高田敏教授である。教授によれば,「同条(行訴法27条)の立法趣旨
や文理解釈紅もとづけば,内閣総理大臣の異議に.ついて裁判所が実質的審査権 を有しないことほ,明らかセあろう。しかし,そのような内容を舟するものとし
(41)
ての同条ほ違憲である」とされ,更に「ここでほ同条が合意的なものとして効力 を有し得るため紅ほ・,内閣総理大臣の異議に関して裁判所が実費的審査権を有 すると解すべきである」とされ「裁判所は,異議があった場合には,そこに付さ れた理由において示された事情が『処分の効力を存続し,処分を執行し,又ほ手 続を続行しなければ,公共の福祉に重大な影轡を及ぼすおそれのある(27条3 項)ゐものであるか否かにつし、て審査することができる,という解釈である。
そし七,『執行停止ほ,公共の福祉に重大な影皆を及ぼすおそれがあるとき11・
ほ,するこ・とができない』(向法お条3項)のであるから,結局内閣総理大臣の異 議ほ,行政事件訴訟法第缶条第3項の定める執行停止の要件が欠けているとい
(41)
う内閣総理大臣・の主張にすぎない.」と言れるのである。兼子仁儀授ほ「執行停
止は本案判決に・よる紛争解決・権利救済を無益なものに・しないため咤する措置
なのだとすれば,かような紛争の裁判的解決に現実的に不可欠な執行停止決定
(42) は,当然日本国憲法上の司法裁判権および国民の『裁判を受ける権利』の・一・環と
みるべきなのでほ.なかろうか」とされる。
平峯隆大阪地裁判事ほ・,異議制度は達患であるとして,「内閣総理大臣の異議
は、,個々の事件についてなされ,しかもそれは,指揮監督の及びえない対立者 から執行停止権限を排除剥奪する辛いう効果を伴う。異議ほ潜務大臣の検察
官に対する指揮権以上の拘束力を,独立して権限を行なう裁判官に,及ぼすもの
敏仁 田子 ∴崗兼
¶〃 爪ム
「現代における法治行政の構造」(「行政救済の諸問題」49頁.′・・50丑)。
「行政事件訴訟特例法の実態」(鵜飼信成・「行政芋就の研究」319頁)
箆43巻 籍1・2・3弓 54
・−54−
であることを指摘せずにはおれない。・1裁判官及び裁判に対する拘束ほ,抽象 的−・般的に・ほ憲法第76条3頓に・あるとおり,良心と憲準及び法律のみであり,
(4う)
具体的事件についての裁判あるのみである0」として,異議権は検察庁法14条紅 定める法務大臣の倹察官に対する一〜・般的指揮権以上の拘束力を憲法及び法律に
、よって独立して権限を行なう裁判官に.及ぼすことほ憲法上許されない。更に,
「行政訴訟を特別裁判所の裁判権に服せしめ, 司法裁判所の裁判権を奪うこと ほ屈法上許されない。憲法に違反する,司法権の体制的変革を試みることほ,
題意法的な強大な行政権カといえども企図することができなかっセ?かくて,
司法権の作用的空自と機能的蚕食を立法の名において行ない,行政権の具体的 発動に基づいてその欲するとおりに穴埋めをなし,もって司法権による行政胞
(48)
害を具体的に防止する制度となったのである」として,違憲の制度を立法によ って制度化したのであると論断される。これは,裁判の公正を傷つけ,裁判軽 視の念を起こさせる制既で廃止すべきだと結論され,行訴法の改正案を提示さ れる。すなわち「第27条の内閣総理大臣句異議を内閣総理大臣の意見に改め
る。第27条第4項を改め,第1項の意見の陳述があった事件については,当
(43)
尊者は,最高裁判所に抗告することができると」とされる。裁判所の審査権に ついてほ「裁判所にほ理由の審査権はなく,とにかく理由が書いてあれば執行
(44)
停止を取消さねばならない」とされる。上田勝美助教授ほ「裁判所の決定を一 方的,絶対的にくつがえ/す内閣総理大臣異議制度ほ,日本国憲法所定の人権尊 ● 重主義の原則,権力分立の原則,裁判官独立の原則から言って−も,あるいは国 民の裁判請求権の原則及び人権保護の立場で認めた裁判所の執行停止の制度の
(・15)
趣旨から言っても,明らかに.違憲の制度と言えよう」と結論される。
以上のごとく,達意説の論拠は,第・一・に,執行停止の性質ほ.,実質的にほ,
処分の取消の訴えにつき権利救済の実を挙げるための現実的紅必要不可欠な
個 平峯隆・「行政処分の執行停止に対する内閣総理大臣の異議(「公法研究26号」191頁
〜193貢)。
(44J第28回公法学会シンポジウムにおける乎峯判事発言(「公法研究26号」212頁)。
(ま5)上田勝美・「裁判所の執行停止の決定と内閣総理大臣の異議」(「同志社法学19巻2
弓」67貴)。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度山 −ββ−
55
司法の附属作用である。又,形式的紅ほ,裁判所が司法腱の一層として一行う裁 判に外ならない0 したがって,行政庁の側に立ち,裁判官に対して指拝監督の≠
及びえない対立者である内閣総理大臣の異議が,裁判所の執行停止権限を絶対 的に拘束し,一・カ的軋無に帰せしめるような制度ほ,当事者対等という訴訟制 度の基本的構造と矛属し,執行停止が司法作用である以上,司法権を侵害する
ものであるから,憲法76条1項に反する違憲の制度である。第二に,異議は宣 法権の独立の規定,すなわら裁判官の職権行使の独立の保障を侵害するもの で,憲法76条3項に反する違憲の制度であるのみならず,内閣総理大臣という 行政機関が司法権の領域を侵犯して.,司法的措置に干渉するものであるから三 権分立の原則に反する。第三に,執行停止ほ.,紛争の裁判的解決に現実に且つ 不可欠な制度で,執行停止を受ける権利も,国民の権利救済の−・環として,当 然に憲法32条に.いう「裁判を受ける権利」に含まれる。したがって司法的救済 の実効性を阻害する異議制度ほ,憲法32条紅保障された権利を侵害する違憲の 制度である。
第四に.,裁判所による執行停止ほ行政固有の権限を裁判所が侵害するという 合意説の立場は,日本国憲法が定める司法国家体制の建前とは異質的な行政国 家思想の残存を示すものである。又,平峯判事は,異議制度は,司法権の体側 的変革を立法(行訴怯)によって制度化したとも言われる。第五.に,執行停止 決定を処分的性質の行為であるから,司法作用でないとすば,民事訴訟の仮処 分,家事々件,非訟事件等の処分的性質の裁判作用を説明することが不可能で あろう。
第六に,執行停止に対する裁判官の思考方法に対する不安乃至不信につい て,行政事件の処理ほ.,裁判官と行政官の問では,本糞的な相違は.なく,裁判 官もすでに行政事件虹習熟しているのであって,両者の判断力を同等とみるよ
りも,裁判官の判断を信頼すべきだ。その理由は,公共の福祉概念についての
習練の相違があること。更に,法概念把握の厳しさにおいて行政官に勝るし,
戦後24年間も裁判上無数の裁判を通して法的判断を経てきているといえよう0
又,裁判官に対する不安・不信ほ,裁判官の判断力紅対する国民の信頗に動
鰭43巻 貨1・2・3弓
ーー う6 −
56
採がおこり,司法権に対する行政権の優越的忠恕の醸成が懸念されることに なる0更牢,日本国憲法は裁判所に・連憲法令審査権を認め且つ行政事件訴訟の 管轄権を認め,裁判官に.公共の福祉に関する高度の判断力を承認する憲法の趣
旨紅矛盾することにもなる。
第七に,裁判所ほ異議に対する実質的審査権を有するかどうかの点で,合憲説 の訓示的規定であるから実質的審査権を有しないとするに対して,違憲説は,
有倉避雷教授のどとく,行政法における訓示的規定の存在自体を否定し,■実質 的審査権を有すると解する立場と,高田敏教授のごとく,裁判所が実質的審査 癌を有しないものとすれば違憲であるから,裁判所ほ実質的審査権を有すると 解する立場と,今村成和教授及び平峯隆判事のごとく,裁判所ほ実質的審査権 をもたないと解する立場とに分かれる。
第八には,異議制度は違憲であるから,これの改正案を平峯隆判事は提示さ れる?すなわち,内閣総理大臣の異議を意見と改め,意見の陳述のあった事件 は,当事者は最高裁判所に抗告することができる,とされるのである。
(3)折 表 説
折衷説の立場に立つ学者にほ,大西芳雄教授,須貝儀一・教授,南博力教授及 び筒原昌三郎教現等である。
大西芳雄教授ほ「執行停止にしろ性質的には行改作用であって,それが裁判 所の権限とされているのほ,裁判の結果勝訴の判決な得ても,実現不可能にな ることを防止するために認められたものである。それは座腰的にも裁判作用
(46)
ではない」とされ,内閣総理大臣がこれに対して異議を述べても必ずしも患法 に反するとは考えられないとされる。ただし,内閣総理大臣の異議権をオ−ル マイティとすることに靡問があるとして,「裁判所は公正な第三者として,総
(46)
理大臣の異議の理由を審査する権限を留保すべきではあるまいか」とされる。
すなわち,執行停止の性質ほ石政作用であり,内閣総理大臣が異議を述べても 違憲でほない。しかし異議権をオ−ルマイタイとするには疑問があるとして,
【4G)大西芳雄・「行政事件訴訟特例法かられ政事件訴訟法へ」(「打政救済の諸問題1102貢〜
103頁)。
行政事件訴訟法における内閣総理大臣の異議制度(1) −∂グー 57
裁判所は異議の理由を審査する権限を留保すべきだと言われるのである。
須.員修一・教授は,「行政処分の執行停止は行政庁および裁判所の共同管轄領域
(47)
に属する。いわば行政権と司法権との錯綜が存する.」とされ,「内閣総理大臣異 議ほ名称ほ異議であるが,実ほ裁判所に・たいし執行停止なしてほ.ならないとい
う禁止命令である。いわば執行停止にたいする執行停止であり,公共の福祉に 重大な影響を及ぼす慮れのあるときには執行停止をしてほならないという法上
(47)
の禁止を強制する執行手段である」のみ.ならず,「訴訟の外部から,行政権の竃 良たる内閣総理大臣がみずから異議を提起し,行政権に有利に月つ,一−・方的に.
(47)
裁定するのである。」「これは特殊な点に・関してではあるが,裁判所のはかに裁 判所をつくり,後者をもって終局的な特別の裁判所とするこ士に帰す・る。内閣 総理大臣異議が変則的なもので,アノマリ−であるということほ朋らかであ
(・1さ)
る」と批判される。しかし,結局は「瀧律の上に内閣総理大臣∴異議の制度ほ現 に存するのであるから,これを患法に違反しないよう紅解釈することが必要で
(49)
あること疑いがない」と合意論に帰着されるのである。
繭博方教授ほ.「 被告行政庁と同一、祝さるぺき地位紅ある内閣総理大臣が,裁 判所の決定の効力を失なわしめ,その後の訴訟を決定的に支配する異議を述べ
うることほ,司法権に対する行政権の介入であり,近代的訴訟構造に反すると
(50)
いわねばならない」と鋭く批判されながら「他面において−,裁判所の執行停止 の許否についての判断に・対しで不信の念が存することも否定しえない事実であ る。かつて,内閣総理大臣の異議が乱発される傾向にあったが,その原因の−・
半ほ裁判所の執行停止決定があまりにも安易に下された結果紅よるものであっ た。かように,裁判所の執行停止決定の判断に不信の念があり,これに.よって 公共の福祉に重大な影響なおよほす事態が全く起こりえないことを保障するこ
とができない以_L 異議の制度は共にやむをえない行政権の最後的措置とし
(50)
て」存置すべきだとされながらも濫用防止のため「周会報告義務だけでほ,不
(拍 須貝僑−‥「内閣総理大臣の異磯」(「法学論叢80巻4号」16貢〜17真)。
(48)須貝惰−‥「内閣総理大臣の異議」(「法学論叢80巻4号」18真)。
(姻 須貝偶一・・「内閣総理大臣の異議」(「法学論叢80巻4弓」21責{・・22貢)。
㈹繭博方・「行政訴訟の制度と理論」25寅〜26貢。
籍43巻 貨1・2・3弓
ー・β∂− 58
十分である。異議を述ぶべき事件はおそらく国の利害に㌧重大な影響をおよほす 事項であることにかんがみ,異議の事由を公にし,国民の批判と監視のもとに おき,もグて異議棒の濫用を防止するために,いま少し強い国会の関与が必
(50) 要」であるとされる。
市原昌三郎教授ほ,執行停止を「句法と行政の中間餞域に位するものと見る
(61)