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経済的所得と会計的利益 一企業利益概念の純化のために.−

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(1)

経済的所得と会計的利益  

一企業利益概念の純化のために.−  

三 木 正 幸   

Ⅰ ほじめに   

所得ないし利潤概念ほ,資本概念とともに経済学における極めて重要な基礎  

(1)  

概念の・一つである。所得概念は経済学におけるアルファでありオメガであると   いっても決しで過言でほない。しかし,所得概念は−\人経済学のみに限られヂ,  

会計学上ほ., より以上に壷婆な基礎概念である。けだし,会計学ほ,主として   企業資本の循還過程を秩序的に記録,計算,革撃し,もって経常事象の実体を   言う数的に把握し,そ・の結果を各種利害蘭係者に明瞭に伝達するべく諸原理の確   立を志向する経験科学であり,換言すれば,資本および利潤計算の体系にはか   ならないからである。   

会討学ほ確立されですでに半世紀近い歴史を経でおり,その間,方法論的考   察と隣接科学の研究成果を吸収し,今日でほ極度に純化され,高度化している。  

しかし,ひとたび内部に沈潜すれば,未解決な問題が山積みして)、る。企業利   益概念がその−・つである。   

会計上,「企業利益とは−・体何か,また,それほどのようにあるべきか.」の短   い問いかけに・会計研究者ほ.たちまち窮地に追いやられるのである。このことは  

−・体何を意味するのであろうか。会計研究者のある者は企業利益概念を経済的   所得概念に・一億せしめるぺきものであると説き,また,ある者は経済的所得を   測定不可能な理恵概念であるとする。他面経済学者もまた会計上の利益を余り  

に・も機械的で十分な原理や原則紅立脚したものでほ.ないと反論する。かかる意  

(1) Incom ないし PIOfit という用語は,主として会計学上は「利益」,経済学上は   

「所得」ないし「利潤」と称するのが慣用的であると思われるので,以下に.おいて、,   

会計上は「利益」という用語を使用し,経済学的な使用の場合紅「所得」という用語   をもちいることにする。   

(2)

第45巻 策5・6弓   68r2  

−7∂ −  

見の対立ないし不一・致ほいかなる点に.起因し,両者は全く本質的に異なるもの   であろうか。   

かような問題ほ複雑且つ難解であるため,浅学非才をして到底及び得ないの   であるが,非力を顧みず,本稿では,会計学的見地から所得概念の研究に大き   な足跡を残したと思われるア■−ビング・フィレヤーとヒックスをとりあげ,そ   こから経済的所得概念の特質.を抽出してみる。ついで,事後的利益概念として   の経済的所得概念のうち実質所得と会計的利益,当期業績利益,修正会計利益   の相互関係の究明を中心に若干の吟味を行なうものである。しかしながら,い   ずれもあくまでAccountantとしての立場からの吟味に,終止せざるを得ないこ 

とをおことわりして.おかなければならない。   

ⅠⅠ利益概念の重要性と多様性   

今日の経済社会において,株式会社を中心とする企業の果す役割ほ,国民経   済の福祉を左右するものであるといってよい。一・国の生産活動の主たる場所ほ   企業であり,企業経営ほ.国民経済生活の基盤となって,広く社会関係に.甚大な   影響を及ぼしている。いうまでもなく,こうした企業経営の中心課題ほ移り変  

る社会環境に.如何に適応しつつ経営の合理化をはかるかということであり,と   りわけ生産性の向上が藍要な関心事である。新しい時代や環境のもとで,経営   の合理化を推進していくさい,そこに果す利潤計算体系としての会計制度の役   割は大きい。しかし,会計制度は単に個別企黄白らのために・のみ存在するもの  

ではない。それは企業をとりまく複雑な利害関係者の対立する利害の調整,受   託者の委託者に.対する会計責任の遂行,処分可能利益の算定ならびに課税算定   の基礎として,また国民所得算定の基礎として,等々の機能を通じで,社会閲  

(2) 係に影響を及ぼし,いわば「動的社会秩序の−・形成要因.」としての役割を果し  

ているのである。   

かくして,会計研究の出発点を企業利益の研究に・求め,会計上のあるべき利   益概念,着き利益概念の探究を目指す動械的傾向が生まれるのも当然のことで  

(2)黒沢清著「近代会封学」春秋社,昭和47年,6ぺ−ジ   

(3)

経済的所得と会計的利益   −77一  

683  

ある。しかしながら,会計学上如何に利益概念が重要な基礎概念であるといえ   ども,会計学ほ経済学と異なり,単なる企業利潤や資本利潤の計算や研究を目  

(3)  

的とするものでほ.ない。会計学は企業をとりまく多数の利害関係者の意思決定   に役立つ個別経済的経常事象を貨幣を共通的測定尺度として数量的に測定し,  

明瞭に.伝達する体系的理論の確立を任務とするものであり,そこに.は企業経営   の委任という社会生活関係から生じた受託貴任の遂行として−の会計原理が前提  

(4)  

となっていることを見落してはならない。経済学も会計学も,とも紅企業利潤   を−・つの研究課題としているけれどもそこにはおのずから研究の目的や方法を   異に.するものである。経済学ほ経済現象の本質を広く国民経済的観点から,総   体的紅把握し,質的・内容的研究を中心にするのに対し,会計学ほ主として個   別経済的経営事象を数量的・形式的に.把握するのである。このように両者ほ互   いに.研究の対象・目的・方法を異にしているけれども,質的研究は会計計算の   正確な愚的データー・を必要とするであろうし,また,愚的研究も経済研究の質   的研究成果を摂収しなければならず,両者は相互依存・密接不可分の関係に・あ  

(6)  

るといえよう。   

このような見地に.立って,我々は次に.経済的所得概念の分析に必要ないし関   連すると思われる多様な利益概念の−・部を分類し整理しておこうと思う。いう   までもなく,所得ないし利益という概念は極めて包括的な上位概念であって,  

この上位概念のもとに.多数の下位概念が存する。従って,所得ないし利益とい  

う用語にほ屈・常何んらかの修飾語を付して限定的に使用され,何の限定句もな   く所得とは何んであるかを論じても極めて空虚な議論に・終ってしまう恐れがあ   る。また,これらの用語の使用に.さいしては,使用する観点を明確にしておく  

(3)黒沢清稿「社会科学的意味情況と会計学的利潤概念」企業利益研究委貞金偏「会計   上の利益概念」同文館,昭和43年,17〜18ぺ−ジ。  

(4)黒沢清教授は前掲論文紅おいて,『けだし会計学が問題としているものは企業が社会   

的に要請されているアカンタビリテイ・−としての「企業所得」すなわちトーマス・プ   

リンスのいわゆる以data revealing economic activity としての企業の期間的利潤   

(periodicalprofit)であって,資本利潤(Capitalprofit)そのものではないので   ある』と述べている。  

(5)佐藤孝一・著「新会計学」中央経済礼昭和39年,29−30ぺ−・汐9   

(4)

第45巻 第5・6考  

684   ー7∂−  

ことが必要である。そこで我々ほ,以下において,心理的・社会学的レベルの   問題としてでほなく,経済的観点から把握される−・特定期間の企業利益という  

(6)  

枠内に限定しておこうと思う。  

(1)事前的利益と事後的利益   

これらは認識の基準時点よりみて既に塵起した事象に関連したものか,未だ   生起せざる事象に関連するものかによる区別である。事前的利益ほ.将来の事象   の予測に伴って認識せられる展望的価値であり,「期待」という要素を含んでい   る。事前的利益が予見的,未来志向的で期待に基礎をおくのに対し,事後的利   益は時間の経過を経て過去的に認識せられる回顧的価値であり,「期線」の要素   を含んでいない。要するに,事後的利益は過去の経済的事実の写像に他ならず,  

事前的利益も時間の経過によって事後的利益へと転換されていく関係にある。  

また両者は完全予見を前提とするときにおいてのみ−・致し,不完全予見を常態   とする現実においては−・致しない。事前的利益が事後的利益と帝離する原因ほ   将来の不確実性であり,認識される期間が長くなればなるほど多くの複雑な不   確定要素が介在して,両者の畢離を大きくしてゆく傾向にある。いま,仮に期   首における資産のも実際、の価値をKl,期末に・おける資産の≒実際≒の価値を  

Ⅹ2,資産が期末においてもっていると期待せられる価値をⅩ′2,とするならば,  

事前的利益=Ⅸ′2−Ⅹ1,事後的利益=K2−Ⅹ1と規定される。  

(2)全体利益(ないし時点的利益)と期間利益(ないし部分利益)   

これらは利益計算の行なわれるさいの時間的範囲による区別である。全体利   益ほ企業の創設から解散に至る存続期間全体払わたる利益総額である。全体利   益の計算は創設時点と解散時点の正味財産の比較に.よって容易紅討辞されう  

(6)プリンスは包括的利益概念の−・般的特性(①封ow概念⑧流出(OutgO)よりもむし   

ろ増加(incI・eaSe)もしくは付加(addition)⑧サ−ビスのフロ−ないし増加④−・期   

間にわたるストックの純変化),制約条件(①一億定期間⑧関連する枠組や観点),につ    いて述べ,包括的な上位概念は三つの関連レベル(経済学的,心理学的,社会学的)  

に適用可能であるとする。従って利益概念の使用にさいして,期間,観点,関連レベ    ル,測定のタイプなどを明確にしなければならず,たんなる利益概念と企業利益概念   には相当の差異があるとしている。  

T・Rプリンス著田中さみ子訳「会計理論の拡大」中央経済社,昭和46年,76−82ぺ   

一汐。   

(5)

経済的所得と会計的利益  

− 79 −  

685  

る。系統的に眉己録するため紅は収支計算をもって足り,収支計静がそのまま損   益計算となるため,複式簿記ほ必ずしも必要でほない。全体利益はある特定の   こ時点間の財産評価の結果としで一・括的に.利益は算定され利益の原因別発生ほ   把鍵されない。このように日寺点計算世もとづいて−・括的・結果的に.算定される   利益を広義の時点利益と呼ぶ。これ紅対し,期間利益は企業の無限の存続を前   提にして,人為的紅区分された期間における利益で,全体利益に対して部分利   益と称する。期間利益の総和は全体利益に−・致すべく,ここでほ期間外利益を   含めた意味での期間利益と規定し,これを狭義の時点利益と考える。さらに,  

利益の計算期間が1年以上にわたるか否かによって長期利益と短期利益の区別   も成立する。ごく例外的な当座企業を別とすれほ,全体利益は長期利益であり,  

期間利益ほ短期利益である。  

(3)純財産増加利益と損益法的源泉利益   

これは,利益言†算の方法,手段による区別である。純財産増加利益ほ期末時   点における元入資本(帳簿上の資本)と期末に.おける正味財産(事実上の資本)  

との比較紅よって決定される。期末時点の元入資本を確定するには期中の資本   の増減を記録した帳簿に求めなければならず,その限りにおいて簿記は必要で   あるが,必ずしも複式簿記虹よる必要はない。他方,被控除項目としての期末   正味財産ほ帳簿記録とは無関係であり,実際の調査(実査,立会,確認等)に   より確定される。かくして,純財産増加利益ほこれら2種の資本の差額として  結果的に.−・指して算定され,実際の正味財産の増加,事実としての利益という   性格を有している。しかし,与.の車実としての利益のよってきたる原因につい  

ての分析ほなされない。   

これに.対し,損益法的源泉利益ほ経営体の内部に.流入した給付たる事実に.よ   り収益を認識するとともに,流出した財貨・用役の費消の事実により費用を認   識して,両者を対応せしめることに・よって算定された利益である。この利益算   定の正確性を期するためにほ収入支出の発生原因を分析し,体系的・組織的に.  

継続した帳簿記録が不可欠となる0純財産増加利益が実際の利益,事考として   の利益という性格をもっているの紅対して−,損益法的源泉利益ほ.記録・分類・   

(6)

686  

寛45巻 第5・6号   

一 ∂0 −  

計算という会討操作を経た帳簿上の利益,計算⊥の利益という性格を有してい  

る。   

(4)実質利益(もしくほ実物利益)と名目利益(もしくは貨幣利益)   

これらほ討算された利益の対象に対する連関,利益の属性による区別であ   る。また資本維持との関係に.よる区別であるともいえる。実質利益は実質的尺   度(realterms)によって測定され,計算対象への質/的・物的接近である0 こ   のため実物利益とも称される。   

これに対し,名目利益は貨幣尺度紅よって測定された利益で,計算対象への   形式的・貨幣的接近である。このため貨幣利益と称される。実質利益が実質的   な測定尺度(例えば貨幣の一腰的購買九金価格,替為相場の如きもの)に・よ   って測定されるのに対し,名目利益ほ測定尺度である貨幣尺度それ自体常に周   質的であるという仮定に.もとづいて測定される。しかし,現実の経験的事実に   照らして−みると,貨幣尺度は絶えず伸縮して小るわけであるから貨幣利益は仮  

装的損益(fictions profit andloss)を常に・含んでいると考えなければならな  

い。その意味で貨幣利益は計算対象への其の実質的接近からはかけ離れている   といわざるを得ない。従って,こ.の貨幣利益を企業外に流出せしめるならば,  

実質的な意味で企業資本を侵蝕し,資本推持を損うことになる。   

しかしながら,企業内の財貨・用役の加法性を保障し,もって利益測定を容   易ならしめる道は貨幣尺度を共通的測定尺度としつつ,他面その欠陥を矯正す   べく,貨幣利益を実質利益へと修正しつつ対象紅接近する以外に・ない○   

(5)業績利益と配当可能利益   

これらほ利益の利用目的からの区別である。企業ほ外部から人的・物的生産   要素を調達し,これを加工し,変形し,また場所的移転等の生産活動を通じて   利益を獲得する。利益は企業の努力の結果であり成果である。企業に・おける購  

買・生産・販売という−・連の営業活動の良否を判断するための尺度的機能を果  

しうる期間利益をここでは業績利益もしくは尺度的利益と規定しておこう。勿   論,この尺変的械能たりうるための指標は,通常総資本利益率であるが,この   

(7)

ーβユ ー  

経済的所得と会討的利益  

687  

(7)  

総資本利益率の分子になりうるような利益が業績利益である0   

これに.対し配当可能利益ほ期末元入資本(帳簿上の資本)を維持しえて,な   お配当として処分しうる期間利益である。業績利益が当期の営業活動に関連の   ない利益(例えば,固定資産売去口益,過年度損益の修正等)を含まず,損益法   の原理と結合するの軋対し,配当可能利益ほ営業外の損益項目を包摂し,財産   法の計算原理と結合している。   

(6)実現利益と未実現利益   

利益は・その「実現」の有無の観点から実現利益と未実現利益に区別される0  

企業利益は営業活勃の全過程を通じて,発生し,稼得されるものであるが,こ   の稼得された利益を営業活動のいかなる段階で測定するか,すなわち「実現」  

の時点を営業活動のいかなる時点に求めるかに・よって,企業利益ほ性格を異に  する。伝統的会計でほ(1)販売に.よる社会的生産物としての認識(2)収益の認  

識及び測定の客観性(3)収益の袈づけとなる流動性(4)対応する費用の確定  

(8) (5)収益の期間配分に不公平の生じない等の理由から,収益の認識を販売時点  

た求め,給付の対価たる現金および現金等価物の流入という事実によって「実   現」概念を規定している。そしてこ申ような実現の要件を備えた利益は実現利   益と呼ばれる。伝統的実現概念は歴史的原価という測定基準と結合して,未実   現利益を排除するという役割を果している。しかし,近年「明確で客観的」で   あることをもって芙現の要件とする考え方が登場している。かかる実現概念の   もとでは伝統的実現概念に.よ.って排除される保有損益も実現利益の中に包摂さ   れること鞋なる。  

以_L多様な利益概念のうち,分析に必要と思われる概念をとりあげ,簡単   に.概念規定を行なったが,いうまでもなくこ.れらほ同一・次元に立っての分類で   はない。一つの分類基準の利益概念ほ他の分類基準の利益概念と結合し,複雑  

・多様な利益概念の形成が可能となるであろう。  

(7)森田哲弥稿「損益計算の方法と期間利益概念」会計,第80巻第5号,昭和36年11月   

111−・124ぺ一汐。  

(8)染谷恭次郎・森藤一甥箸「講座財務諸表論」中央経済社,昭和47年132−134ぺ−ジ0   

(8)

寛45巻 第5・6号  

688  

ーー∂ク ー  

ⅠⅠⅠ経済的所得概念とそ・の特質   

過去紅おいて,経済的所得の−・般的概念軋関して,多くの経済学者が定義を   試みている。さしあたり,代表的経済学上の定義を要約的に示せほつぎのとう  

(9)  

りである。  

(1)重商主義老:企業所得は年度末の商人の帳簿上における所得の残高で   ある。  

(2)重恩主義者:農業生産者の純生産物のみが真の所得である。  

(3)アダム・スミス:総収益ほ.土地および労働にもとづく年間の総生産物    であり,純収益(netrevenue)ほ.まず第d・に固定資本を,第二に流動資    本(circulatingcapital)を維持するのに摩した費用を控除したあとの剰余   である。  

(4)J.S.ミル:労働者,資本家の如き,各階級の分前を規定している。資   本家の所得は資本ないし元本の生む利潤である。  

(5)アルフレツド・マーシャル:所得は「消費」と定義される。かくして    貯蓄は所得概念から得られる。また「・一億の時点において存在する富のス   

トックほ.資本と呼ばれる。−・定の期間を通じて㌧富からの効益のプロ−・ほ所   得と呼ばれる」としている。  

(6)R.M.ヘイグ;所得とは二噂点間における経済力の純増加分の貨幣価   値額である。  

(7)A.C.ピグー;国民所得の定義に関連して物的資本が完全に・維持され   なけれはならないことを主張する。  

(8)F.A.(Ⅴ),ノ\イエイク:ハイエイクは資本を完全に維持する目的ほ所   得の流列を−・定に維持することであると信じている。  

(9)J.M.ケインズ;ケインズは社会生体の所得を企業者と消費者に売ら  

(9)これはつぎの文献によっている。   

E.C.changl, B11SinessIncomeinAccountingand Economics〃,TheAcco11nting  

Review,19620Ct., pp.638−639 

AIA企業所得研究委員会著,渡辺進・_ヒ村久雄共訳「企業所得の研究」訳注日中央経    済社,・昭和31年,27−28ぺ−・汐。   

(9)

経済的所得と会計的利益  

689    − β3・−  

れた財の総額から使用費用を控除した写臥 すなわち要素費用と企業者利潤   の合計額であるとする。ここに使用資本とほ実物資本の生産的消費額,つ   まり,原初料費プラス生産紅よってのみ生じた固定資本の損耗(可変的減   価償却費)である。ケインズによれば,企業者の所得すなわち企業者利潤   ほ売上高から主要費用(使用費用と要素費用である賃金,給料,地代の合   計額)を控除した額であり,これから補足費用(経常的減価償却費)を控   除した額が配当可能である企業者純利潤であると定義される。  

(10)J.R.ヒックス:彼が一−・週間消費でき,そして−なお週末に.おいて週初   と同じ裕福であると期待できる最大額である。   

このように,利潤概念の規定方法ほ.経済学上かなり異っている。チェソ・チ   ャンによればこうした利潤概念の史的展開の中に.次のようなことがいえるとし  

(10)  

ている。   

元来,企業利潤は固定資本および流動資本を完全に.維持するために・必要な費   用と総収入の差という損益計算書の観点から競走された所得概念が考えられて  いた。しかし今日では動態経済における資本構成と資産選好を強調することに  よって貸借対照表的観点への移行がみられ,はとんどの経済学者ほ企業所得が   資本を損うことなく配当として分配できる最大額であるというヒックス流の考   え方に−・致している。   

経済学上,所得概念の規定方法が損益法→財産法という経緯を経たという   チェン・チャンの命題の真偽の換証と因果論的究明は,いうまでもなく,経済研   究に深く沈潜し,歴史的事実にもとづく照合のプロセスを経なければ直ちにこ   れを妥当化することはできないが,次にとりあげるフィジヤ−・およびヒックス   に関する限り,チェン・チャンの命題は翼当化しうるものと我々は考えている。  

これは,会計学上の利益概念が財産法−・−−一斗損益法という歴史的経緯を経ている   のと逆行する点で注意しなけれぼならない。  

(10)E.C.chang,Op.Cit.,p、.638.   

(10)

欝45巻 第5・6弓  

・−β4−   690  

(11)  

1) フィレヤー・の所得概念   

フィレヤT・によれぼ所得ほ消費と定義される。即ち,人間行動の動機は欲望   の満足に求められなければならず,財はそれを運ぶ藩.の如きものである。ここ   に財が重宝がられる根拠が存する。いうまでもなく,現在の満足は将来の満足   よりも好ましく,財ほ将来の満足をもたらすものである故に,財は現在の満足   と等価でほなく,それよりも低いものである。かかる人間の満足ほ即所得であ   る。所得を構成する効益(benefit)は−・期間の資本財によってもたらされるサ   ーゼスから成る。しかも,これらの効益ほ資本財(富)の利用によって一生じる  

ものであるから,通産,贈与等ほ所得概念にほ入らない。これらの効益の大き   さをある包括的尺度でも・つて表現するために.,効益は交換価値の総計と見徹さ   れる。かくして,所得ほ価値の概念に転じる。しかし,所得の価値は資本財の   価値から生ずるのでほなく,資本財の価値は所得の価値によって規定されると   いう。資本価値は資本化きれた所得であり,また割引された所得である。例え   ば,小麦の収穫景はそれを生み出す土地に依存しているというのは正しいが,  

収穫毘の価値ほ土地軋依存して−いるのでほない。反対に土地の価値が収穫鼠の   期待価値に依存しているのである。如何なる財の現在価値も買手が薯んで対価   を支払い,売手が審んでそれを受けとる価値である。これを論理的に・決定しよ  

うとするならば,(ユ)特定の財が生み出す将来の効益の価値と(2)この将来の   価値が利子率によって割引かれて現在価値に転換される場合の利子率,につい   て知っていなけれほならない。フィジヤーの所得概念の類型ほ次の三種であ   る。(1)主観的所得−これほ個人によって−財から受け取られた最終の療神的   満足である。(2)客観的所得−これは満足を与えるために開いられる実際の   財である。(3)貨幣所得−−−これほ満足を療ようとして,財を購入するため紅   使用される実際に受領された貨幣額である。フィジヤL−は(1)を最も基本的な  

(11)Ⅰ.Fisher, The Theory ofInterest New York:Macmillan,1930,pp.3−35.  

R.R.Sterling,以Theory of the meas11ImentOfEnterpriseIncome;theUniversity   OfKansas,1970,pp‖21ト217 

R¶マテレッチ著 越村信三郎監訳「会討と分析方法」上巻 同文館,昭和47年,pp.  

31−39ぺ一汐。   

(11)

経済的所得と会計的利益  

ーー 占ほ −  

691  

ものとし,(3)は−・般に.所得といわれるものであり,(2)は生討費で測定され   た実際所得であり,会封目的からすれは実践的なものとされる。   

このようなフィジヤL−−・の所得概念の要点を示せほつぎのとおりである。   

(1)彼の所得概念ほ.基本的には心理的,精神的所得であり,消費の局面で    把撞された個人所得に.関心か払われ,企業所得には関心が払われていない。   

従って,所得概念に.ほ資本形成を含んでいない。(但し,稼得所得には資   本形成を含んでいる)  

(2)資本財としての富と資本価値としての富の概念的区別を行なってい   る。そ・の論理ほ資本財−→サービスの流れ(所得)→所得の価値一→資   本価値である。  

(3)所得ほ「・期間を通じて富からの効益の流れであると規定し,flow概念   で把握されている。  

(4)所得の測定はフロー・に・変化をもたらしたプラス要因とマイナス要因の   差額という計算方法がとられている。このような所得は損益法的源泉利益   の性格をもって−いるといえよう。  

(5)財の価値(資本価値)は将来の貨幣所得を割引くことによって決定さ   れる。   

(12)  

(2) ヒックスの所得概念   

近代経済学上,所得概念ほ,生産要素に対する報酬(賃金,地代,利子)と   して一家計に支払われた代価と企業家利得を含めたものである。企業家利得は企   業利潤ともいわれ,狭義の利潤といえはこれを指し,これを含めた所得ないし   利潤を広義の所得もしくほ資本利潤という場合もある。また,企業利潤を企業   家用役の報酬として,生産要素の報酬に入れる場合もある。ヒックスはかかる  

(12)Ju Ru Hicks,Valueand Capital,0Ⅹford:Clarendon Press,2ed ed・1946,  

pp.17ト181.   

l.R小ヒックス著安井琢磨熊谷尚夫訳「価値と資本」Ⅰ岩波書店,昭和35年,247−・272  

ぺ一ご■○   

経済学辞典 平凡社,昭和42年,1011ぺ−ジ0   

(12)

籍45巻 鱒5・6号  

− ∂6 −   692  

広義の所得概念を論理的に厳密紅分析するのである。   

所得概念の困難性ほ静学に.おいては生じない。つまり,ある人が経済状態に   何んら変化を予想せずして,不変な収入流列を受取るものと予想するならばそ   の額が彼の所得である。しかし,彼が将来の諸週では今週よりも少ない額を受   取るものと予想しているとき,彼の現在の収入全部を彼の所得と見倣すことほ  

できない。ある部分ほ、資本勘定紅算入されるであろう。また,四週間毎に・給料   を受取る場合,給料を受けとらない週に所得がないとほいえない。こうした問   題に正確に・答えるためにほ所得−・般の性質に関して明晰な観念を必要とする。  

このような観点からヒックスほ所得の核心概念として「彼が一・週間のうち消費   しえて,しかも週末に串ける彼の経済状態が週初に.おけると同−・であることを   期待しうるような最大額」として規定するのである。しかし,この核心概念に・  

ほ実務家も経済学者もつぎの三つの近似的接近法で満足している。第−・は個人   の見込収入の現在価値を不変に維持しながら費消できる最大額を所得とする接   近法である。たとえば,週初に.,ある個人が予想する収入流列がM円の証券投   資による利子と等しいと仮定すると,今週彼が幾らか費消してもなお週末にM   円に.等しくなるある特定の支出額があるはずで,これほ証券M円の週間の利子   相当分である。この利子を所得と見倣すのが第一・の近似概念の接近法である   が,この意義は利子率の変化に対処できず,予想収入の流列に変化がなくても,  

時間的範囲が長くなることによって大きく変動する余地があり不満足な定義で   ある。そこで,第二に利子率の変化を考慮した所得概念の定義は「個人が今週   に費消しえてしかもなおこ.れに.つづく各週に周じ額を費消しうることを期待で   きるような最高額」である。この節この近似概念は第⊥・の近似概念よりもより   核心概念に接近しているとほいえ物価変動を考慮すると,直ち紅不充分である  

ことが判明するであろう。かくして第三の近似概念として,「個人が今週に贋消  

しえて,しかもなおこれにつづく各週に実物で同じ額を費消しうることを期待  

できる最大の貨幣額」として定義される。いま,仮に.物価水準の上昇がある   場合,各週一・定額を費消する計画ならば,第一\週日が最も有利な消費機会が存   することはいうまでもない。そこで,物価変動を考慮に入れた概念規定を行な   

(13)

経済的所得と会計的利益  

− β7−  

693  

う必要があるが,「二実物で同じ額」という点にいくぶん,不確定性が存し,結局   これも核心概念から離れた近似概念で完全な定義でほない。ヒックスはこのよ  

うな諸近似概念を吟味したのら「ある人の所得とは彼が週のうち紅消彗しえ  

て,しかも週末の経済状態が過におけると同一・であると期待しうるようなもの   である」という基準が極度に複雑性を有することから,経済動学の分析用具と   して使用に.耐えないもので手にすれば毀れて−しまうものであるとする。そし   て,個人所得のレベルから社会所得のレベルに観点を移し,所得概念が基本的   に主観概念であり,個人の予想に依存するため,一−・般均衡分析のために彼等の   所得を総計することははと勺ど無意味であるという。しからば,現在,経済学  

払おいて大きな役割を演ずる社会所得は単なる予想の総計であろうかム この疑  

問に答え.るためには,先の諸定義が事前所得であり,事後所得ではない点に注   意しなければならない。すなわち,先の諸定義ほ期待概念に立脚し,期待の実  

現に伴う「意外の損得(awindfal1profit andloss)」を含んでいないのであ  

る。そ・とで,これを含めると,先の諸概念に・それぞれ対応した事後所得概念が   得られる。通常,重要と思われる事後所得概念は第一・の定義に・対応するもの   で,それは個人の消費価値プラス週間に生じた彼の見込額の貨幣価値の増分,  

すなわち消費プラス資本蓄積である。この個人の事後所得ははとんど完全に客   観的紅把握でき,従って全ての個人の事後的所得の総計を社会全体の所得とし   て把捜することも可能となる。このような事後所得ほ経済進歩の有益な尺度で   あり,歴史的に.もしかるべく地位を占めてきたことはいうまでもない。しか   し,このような計算ほ「行為に対してほ少しも意義がない(nosignificance   for+COnduct)」ので,経済体系がいかに運行するかを見出そ・うと試みる理論経   済学者に.とっては役に立たない。行為に対する指針として,所得が十分に意味   をもちうるに.は意外の損得を除外せねばならない。事後所得のように週末匠な   らなければ計算もできないし,さらに現在の価値と全く過去に属する価値との  

比較を含む所得ほ現在の意思決定に何んら関係をもち得ないのである0   

このような結果として,社会所得の計界を行なおうとする者は計算しうる所  

得が彼の求める奥の所得でほなく,彼の求める所得は計卦できないというディ   

(14)

籍45巻 寛5・6号   694  

− ∂β −−・  

レ∵/マに陥ち入り,実際上は統計的推定にとどまらざるをえず,本来の性質か   らしてそ・れは経済的数鼠の測定ではないといえるのである。かように・して,ヒ   ックスは所得概念を理論経済学の分析用臭から放棄してしまうのである。  

(13)   

以上のヒックスの所得概念の規定に関する要点をつぎに示しておこう。  

(1)ヒックスは所得の測定の場を消費の局面でほ.なく,むしろ生産の局面に  求めている。  

(2)所得の核心概念は「彼が−・週間のうちに消費し得て,しかもなお週末に  おける彼の経済状態が週初におけると同一・であることを期待しうるような   最大額」である。  

(3)上記の定義に・ほ贋本形成を含んでおり,定義の核心をなすものほ,それ    が「期待概念」であること,「裕福さ.」の解釈如何,こ.の二息である。所得  

(14)   の核心概念を等式で書き表わすとつぎのようになる。   

所得=「期中の実際消費額」+「(期末に感じている裕福さ)−(期首に感  

じている裕福さ)」  

(4)所得の核心概念は個人所得について述べたものであるが,企業所得につ   いて−もはとんどそのまま妥当する。彼の所得の定義を企業にあてはめて定    義しなおすと,「企業の所得は−・期間に消費することができ,しかも期末に  おいて期首と同じ裕福さであると期待することができる叔大額」である。  

(5)彼の所得の計欝方法ほこ時点間の富の差異プラス消費というStock概念   を変数とするものの上に成立する。従って,所得は純財産増加利益として   の性格をもっている。  

(6)期首,期末の資本価値ほ将来の期待収入の割引還元価値である。  

(7)事前所得と事後所得の概念を明確に・し,前者を行為の指針として理論経   済学上,より基本的なものとしている。  

(13)マテレッチ∵著 越村信三郎監駅 前掲番,3ト・39ぺ−ジ0  

(14)Edward&Bell,TheTheoryandMeasurmentofBusinessIncome,University  

Of Califolnia Press.1961pp.21   

E・0ェドワ−ズP・Wペル著 中西寅雄監修 伏見多英雄・藤森三男訳編「意思決定   と利潤計算」日本生産性本部,昭和39年,18ぺ−・汐。 

(15)

経済的所得と会計的利益  

ー∂9■−   

695  

とれまで,我々は両者の所得概念について簡単な審理を行なってみたのであ   るが,フィレヤーの所得概念には極めて多くの批判が投げかけられて1いるので   ある。たと.えほ,リンダー・ルほ.「フィレヤー・の分析ほたくみ紅なされているが   この所得概念は通常の概念であり,唯一・の論理的概念であることを立証しよう   とする彼の試みほ不満足であると考.え.なけれほならない。−・般的用語でも科学  

(15)  

的用語でもなくして所得と消費は.等しい‥ l川・・」と述べている。またサイモンほ  

(16)  

つぎのように述べている。   

個人所得は広く社会の稀少資源の使用に対する統制の行使を意味している。  

それは感情,財貨,用役に関するのではなく,むしろ価格を支配する権利(ま   たは価格に原因を帰する権利)に関係している。その計算ほ(a)もし消費がな   かったならば,期首と期末の間で個人の財産権の蓄積の価値が増加していたで   あろう額の見積(bJ)あるいほ彼の財産権の貯えを変えないでいたら消肇常.あて   たであろう権利の見積を意味している。   

サイモンのこの定義はフィレヤ、−の概念が排他的なまでに心理的であること   に対する拒否であると理解できる。   

フィジヤーは所得を個人の心理的満足に求め,資本財からの用役の流れ(彼   牲具体的に・期待純収入と考える)が資本価値としての富を決定するという意味   で基本的所得(実質所得または実現所得)と\みたため,結局,資本価値の利子   に別な概念(稼得所得earnedincome)を付さなければならなくなったのであ   る。しかし,後にふれるように,所得は富の−、期間の用役のプロ−・であるとす   る彼の基礎的命題をよりよく満足させうるためにほ期待純収入を所得と見倣し   てほならないのである。期待純収入を所得と見撤すことに.よって陥る循還論   をさけるためにフィンヤーー・ほ.資本財としての富と資本価値としての富の概念的  

(15)E.Lindahl, The concept ofIncome in Economic Essay$in Honour of   Gustav Cassel,1933,London,pp.400L   

in the book Readingsin the Concept&Measurment ofIncomeM edited with    anintroduction by R.H.Palker &G.C.Harcourt,Cambridge Uviversity   PIeSS,p.68.  

(16)H..C.Simons,The definition ofincome,R.H.Parker&Harcourt,ibid;  

p.68.   

(16)

第45巻第5・6号  

一 9♂ −一   

696  

区別を行なったのである。しかしこのような概念的区別ほ混乱を引き起す以外   の何ものでもないのである。我々ほ彼の資本利子としての稼得所得概念こそ基   本的な所得概念と考えるのである。   

このようにフィレヤーに対する批判や問題点から,今日でほ,はとんどヒッ   クス流の所得概念に−・致しているといわれる。しかし,所得を消費局面ないし   は生産局面でとらえようと,また富のフロー変数として損益法的観点,ないし   ほ富をスト・ツク変数として財産法的観点からとらえようとも,それほ目的や観  

(17) 点の相違であって,そこ隼内在する共通の問題は富の評価方法の問題であり,  

さらにほ資本維持をどのように解釈するかという議論につきると考える。   

(3)経済的所得の測定と特質   

つぎに,経済的所得がどのようにして測定され,そこにほ如何なる特質がみ  

られるかについて−述べよう。   

我々ほ先にヒックスの所得の核心概念を企業にあてはめた場合,「企業の所得   ほ・一周間に消費することができ,しかも期末に‥おいて期首と同ハじ裕福さである  

と期待できる最大額」となるとした。このことは,つぎのように−・般的に・定式化  

できる。才期末の配当前の所得y£1,f期首の資本価値坑o f期末の配当後の資   本価値坑1,適正利子率才,各期に期待された純収入を凡慮2,戯・…‥屈乃とすると  

y 1=Ⅵ1一桁0十尺1   

坑0=蓋十讃訪+て謹缶・…十讃転   

・……十前  

坑1=−㌻て 

てi  

または  

y亡1=杭0・∠   

上記の定式において,y£1はf期末の配当前の資本価値の増加分といっても   よい。これは期首資本価値Ⅵ0に・対する利子率で表わされた額匿等しくなる。  

(17)R.R.Sterling,Op.Cit,p・10 

スターリングによれは,ヒックス・リンダ−ル・サイモンズの間の相異ほ所得概念に   関するものでほなく,富の評価方法の差異にあるといっている。   

(17)

経済的所得と会討的利益   ーー 9J−  

697  

そ・の理由は,期首督本価値坑0が期末資本価値坑1を一・期間の利子率で割引くこ   とによって当初決定されたものであるからである。f期の期待純収入忍1からf   期末の配当前の資本価値の増加分y£1を控除すれば資本価値の変化,すなわち   減価償却分が算定される。それは実現した純収入を全額配当にあて−た後の資本   価値減少分である。いま仮に・nlを配当可能利益とみなすならば,これを全額   処分して−もなお期首の資本価値Ⅵ0ほ維持されていることが上記の定式から理  

(18) 解できる。   

かくして,経済的所得のまず昇一・の特質として,つぎの点が指摘される。利子   率で期待純収入を資本還元し期首と期末の資本価値の評価差額に.当期の期待純   収入を加えて算定される経済的所得は成果資本維持(ErflogSkapitalerhaltung)  

(19)  

思考を基礎にしているということである。期首と期末の「裕福さ.」の尺度は本   来的に満足度であっても,ここ.では期待純収入の割引価値(収益価値)が使用   される。期首の全体価値ほ個々の資産の総計でほなく,純収入の収益価値であ   り,期末に期首の全体価値を維持しえた後の余剰分が所得一と考えられる。さら   軋詳しく述べると,企業は社会経済的生産組織体として,期末における元入資   本を維持しえて,はじめて次期以降の拡大再生産が保障されることになるが,  

問題は期末元入資本をどのように理解するかである。元入資本のいかなる側面   に着目して,それを維持するかによって,(1)貨幣資本維持一名目資本維持,  

実質資本維持,(2)物的貨幣資本維持一実体資本維持,(3)成果資本維持の三   種の資本維持概念が考えられる。我々が当面問題にしている経済的所得の背後   に存在する資本維持観ほ(3)の成果資本推持にはかならないのである。とこに   成果資本維持とほ,(期中追加出資および期中紅蓮正利子率の変化がないと仮定  

して,)期首資本紅期待され純収入の収益価値が期末において一期首と同じ高さに  あるとき元入資本は維持されると考えるのである。成果資本維持思考は.将来へ  

(18)期末の資本価値Ⅴ£1から期首の資本価値Ⅴ 0を差し引けほ資本価値の変動分,即ち減    価償却分が算定され,符合は通瑞負の値である。しかし,正の値をとりうる場合もあ   

る。たとえ・ば,第一期紅操業度が低く,純損失が予想されるとき正の値をとる。  

(19)成果資本維持の構造についてほ,田中茂次著「利淘引算論」中央経済社,昭和45年,   

213−237ぺ−ジを参照されたい。   

(18)

第45巻 第5・6号  

− 92 −  

698  

の主観的期待を基礎としているため,その他の資本維持とほ.著しく異ってい   る。すなわち,貨幣資本維持ほ貸借対照表の貸方項目としての元入資本の貨幣   数患的思考であり,概して過去的性格をもっている。また物的資本維持は貸借  

対照表の借方項目としての元入資本の財貨的思考であり,現在再調達すべき生  

産財の形態とか技術的給付能力とかいった現在思考的性格をもっている。   

このように,経済的所得は期首における将来の期待純収入の収益価値を期末   のそれと比較することに.よって,期首資本価値を維持しようとする未来思考的   成果資本維持観がとられ,各期に・おける所得の流列を−・定の割合で維持しよう  

とする観念と結合しているのである。   

夢二に経済的所得は本貿的に主観的期待価値であり,資本価値に対する利子   として特徴づけられるであろう。経済的所得ほヒックスも指摘するように,本   来個人的満足という主観概念であり,その近似的測定も,将来の期待純収入の収   益価値という主観価値が前提となっている。こ・のことほ因果論的準みれば,将来   の期待純収入が原因となり,結果として資本価値という全体価値が規定されて   いる。資本価値ほ利子としての所得計算の出発点であり基礎概念である。期首   資本価値が時の経過紅より期末に接近するにつれ,利子率に相当する価値が増   加するという意味で,資本財が時間要素に・起因して連続した評価をうけている  

と考えられる。ここで注意すべき点は,将来の期待純収入を所得と考えてはなら   ないということである。これを仮に所得と考えるならば,富からの−・期間の   用役の流れを所得する基礎命題と逆行し循還論に・陥るからである。それゆえ,  

「もし富が従属変数であり,時間が独立変数であるとみなされるならば,所得   ほそれぞれ(時間に対する富の)<微分商>ないし<導関数>ということにな  

(20)  

り,」富が所得の導関数ではないのである。経済的所得は資本財がもたらす将来   の期待純収入を原因に.して,資本評価がなされ,その利子として,新た紅所得   が決定されるとみてゆかなければならない。全体価値としての資本価値が所得   決定の前提となり,所得計静は全体価値から誘導される。全体価値を規定する要   素は(1)各期に期待された純収入(2)適正利子率(3)割引期間の三種である。  

(20)R.マテレツチ著 地相信三郎監訳 前掛乱 37ぺ−ジ。   

(19)

経済的所得と会計的利益  

一 夕β −   699  

従って,所詮,全体価値ほ主観的期待価値に.ならざるをえない。企業の場合は   経営者ないし所有者の主観的期待にはかならない。しかし,こ.の主観性は経済  

(21)  

的所得概念を絶対的に否定する根拠になりうるものか否かは疑問である。主観   性と客観性の差異ほ極めて混乱した状況下にあるし,しかも,将来の期待純収   入は予測統計の確率論を導入して改善できる可能性が残されていると思われる   からである。経済的所得の測定の困難性は動態経済における将来の不確実性に   起因するというこ.ともしばしば指摘されるところである。しかし,この批判は経   済的所得概念の内在的批判でほ.ない。ノ、ンセンほたとえ定常状態に.おいても,  

いくつ中の理論的困難性を指摘している。要素の価値は全体の価値紅等しくな  

(22)  

いというのはその一一例である。   

第三に,経済的所得ほ生産過程において生ずると考えられ,発生主義ないし   生産基準で測定される。このため,経済的所得ほ実現主義を放棄した事前利益   であるという点に.特質を有している。経済的所得概念にもとづく−・期間の利益   は期末元入資本の価値を認識する時点呼おいて事前的に釘上される。元入資本   の価値の認識即利益の計上時点である。こ.の点ほ企業会計上,利益は販売過程   において実勢するものとして把握されるため,両者の利益の差異をもたらす決   定的原因償なっている。会計的利益ほ貨幣価値−・定の公準のもとで,取得原価   主義と実現主義を支柱として,期間費用と実現収益の期間的対応紅よって測定   守れるという計算構造的特質をもって−いる0ここ紅期間費用とは当該期間にお   ける販売活動およびそれに付随する精勤の結果,企業外に流出した価値であり,  

(23) 実現収益は.販売活動の結果,企業に流入した価値である。会計的利益ほ実現さ  

れた価値とこの価値の実現のために.払った犠牲価値が対応されて,結果的に.把  

(21)鱒.R Sterling,Op.・Cit,p.13.  

スタ−・リングは,主観性以外に何か条件がなければ,こうした方法を否定する十分   な根拠ある批判とは考えないと述べている。  

(22)Ibid,p.14 

(23)「価値」とは通常会計では原価を指している。G.0メイは,「財産を取得してまだ間    がないときには,原価と価値とは通常同一・であり,その後かなりの期間は原価は価値    への最上の手引であろう。しかし,この状態でなくなっても,原価は評価の便宜的尺   

度として用いられるであろう。月オ産が原価そのもので表示される場合と原価が価値の   

(20)

700  

第45巻 寛5・6弓   

− 9・≠ 一  

握された事後的利益である。期間収益を規定する実現概念は「現金またほ現金   等価物を基礎とする企業の生産物(財にせよ用役に・せよ)の実現しうる価値に・  

(24)  

よって測定される」のであって,通常販売の時点に求められる。企業の生産物   は販売によって,ほじめて社会的生産物として認識され,給付の対価の客観的   把握,流動性の裏付,対応する費用の確乱収益の期間配分の合理性等の収益認   識の要件を満足せしめるこ.とができるのである。会計的利益は事後的利益であ  

ると同時に業績利益であり,上述の実現概念のもとでほ流動性に・対する配慮も   十分うかが.え.るのである。しかるに,近年,かかる伝統的実現概食が拡大され  

る傾向がみられる。たとえ.ば,アメリカ会計学会の1957年版の会言†原則におい   て「潜産ないし負債の変動は会計的認識を保障するに十分なはど確定的かつ客  

(25)  

観的となること」をもって実現の本質的意味とした。また1964年概念基準調査   委員会ほこれを実質的に拡大し,収益の実現についてほ受けとられた資産の流   動性よりも測定可能性を基本的属性として結論づけ,他面資産の保有利得や損   失の認識も認めた。このように伝統的実現概念を拡大していく傾向は,会計的   利益の経済的所得への接近とも理解されるであろう。しかし,財貨・用役の市   場取引に基づく証拠と保有資産のカレ∵/ト・コストには「流動性」という決定   的差異があり,この質的差異を強調することこそ,会計が会計職能としての処   分可能利益の算定と受託責任の遂行という役割に答えるものにほかならない。   

ともあれ,経済的所得ほ生産過程において発生主義■で把捉され,実現主義を放   棄している結果,未実現利益であり,かつ認識時点から将来を展望した夢前利   益という点に.本義があり,少くとも短期にほ流動性の配慮は全くなく,長期的   

便宜的な尺度にすぎない場合と区別することは重要である」と述べている。G。0.メ    イ著 木村重義訳「G.0りメイ財務会計」同文館,昭和45年,90ぺ・−・ジo  

A.Ⅰ.C.P.A会計研究公報9号によれば「会計は主として原価に・立脚しているの    で,価値の語は会討上,諸項目を原価で,もしくは原価を修正して表現する場合に・限   

定して適切に使用される,」と述べている。しかし,そのように原価即価値とみるより    も財のもつ用役潜在力即価値とみ.る方が今日的といえるかもしれない。ぺイトン・リ   

トルトン著,中島省吾訳,「会社会計基準序説」森山苔店,昭和46年,18−21ぺ−ジ参照ム  

(24)A.A.A.Accounting PrinciplesunderlyingCorporateFinancialStatements,   

1941中島省語訳編「増訂:A.A A会計原則」中央経済社,47・ぺ−ジ  

(25)中島省吾訳編 前掲苔,1132ぺ−ジ0   

(21)

経済的所得と会計的利益  

ー 9∂ −  

701  

にもその保障は疑わしい。成長企業を前提とした場合,将来の期待純収入を現   在価値に割引くことによって−,将来の有利な期待価値を低水準の収益価値の中   に混入せしめ,前取りしてしまう結果 

上は行なわれる。また操業停止によって莫大な損失が生じてこも,将来収益が大   きければ,利益は封上されるのである。このような経済的所得としての利益ほ   支払手段として処分しうる能力はもたず,また課税算定の基礎とすることも著   しく不当な結果となるであろう。さらに,経済的所得は当該経営活動の結果   としての業椅利益でほないから,利益の尺度的機能ほなく,経営管理上の手段   としても,また投資家の意思決定にさいして有効性をもちえるか否かも疑問で   

\26)  

ある。   

第四に,経済的所得ほこ時点間の富の差異と消費の総計であり,富の評価方法   が基本問題であるというような考え方が承認されうるならば,経済的所得は純   財産増加利益としての性格をもってくるであろう。すなわち,会計上の財産法紅  

よる損益討算に形式的紅類似し,所得それ自体が間接的・一・括的に把握され,  

所得の原因分析ほ行いえないという意味に∴おいての純財産増加利益である。  

会計上の財産法ほ期末元入資本と期末資本の実際有高との比較により,期間利   益が一・托して結果的に算定される。この財産法は確実な実際の利益,事実とし   ての利益を算定するけれども,その利益の源泉や利益狩得に払った犠牲の明細   を明らかにすることができないという欠陥をもっている。この欠陥を補うもの  

(27〉 ほ損益法の原理である。損益法ほ収入支出にもとづいて期間費用と実現収益を  

(26)中野動助教授は.『魔済学的利益は分配可儲の観点からみて,「短期的・出資者的・測   定」という要件をも,また「短期的・経営的・測定」という要件を十分満しえない点   からみて,これは理想的利益からはど遠いものである」と述べる。また「ひとまとま  

りの経営活動の範囲把.視野を限定して「短期的」に.しかも,その経営活動(経営努力)  

をできるだけ経営内的努力のパターンに即して「経営的」に測定しよ うとする場合   は,すなわち,「短期的・経営的・測定」として経営業績を示す目的紅とっては「経済    学的利益」はまったく不十分である』としている。中野勲菅「会計利益測定論」中央    経済社,昭和46年,227−237ぺ・−ジ。  

(27)財産法の原理と損益法の原理に関しては次の文献が詳しい。岩田厳著「利潤計算原    理」同文館,昭和31年,飯野利夫稿「財産法の計算原理」一億論茂 雄34巻4号 同   稿「損益法の計算原理」−精論叢第36巻6号また,それぞれの要点を整理したもの   に次の文献がある。 染谷恭次郎,森藤一・男著 前掲蕃,96−101ぺ−ジ。   

(22)

第45巻 第5・6号  

702   ー 96 −  

比較対応せしめて,期間利益を個別的・直接的に算定し,利益の原因別分析を詳   細に行なうからである。しかし,損益法も利益の原因別分析ほ行いえても,利益   ほあくまで帳簿上の利益であって−,損益法それ自体が帳簿記録の誤謬を自ら検   証しえないため,算定された利益が確証性を欠くという欠陥をもっているので  

(28)  

ある。このため会計上は財産法と損益法が自らの欠陥を補完しあうぺく有機的   に結合し,事実としての利益と帳簿上の計算利益との照合がなされているので    ある。   

経済的所得が純財産増加利益としての色彩を帯びるといっても,それほ会計   上の期間損益計算原理としての朗産法の計算技術的,形式的側面に・おいて,や   や類似した面をもっているに過ぎないという点に注意せねはならない。会計的   利益算定の資本価値引算原理は継続する時間要因や利子要因を無視しているの   

で,経済的資本価値言†算原理とほ根本的に相違している。また,経済的資本評   価ほ企業財産全体を・−・体と見倣し測定の対象とするに蘭↓,会計学上は個別的  

(29)   

に財産評価を行なうという点でも異なってこいるのである。   

第五.に,経済的所得ほ.リアル・タL−・ム転立脚し,実質利益としての性格をも    っている。また,所得の計算は長期的・全体期間的に行なわれ,算定された利益    ほ長期的利益としての性格をもつ点に特質がある。会討的利益は貨幣価値−・定    の公準のもとで討辞されるので,物価水準の変動に伴う修正は何んら行なわな    い。物価水準が上昇し,貨幣の一・般的購買力が下落しても,かかる事態が生起   

しなかったものとして,会討的利益は算定されている。このため,会計的利益    ほ資本修正分を包摂した名目的貨幣利益となり,実質利益とはいいがたいもの   

となっている。   

経済的所得はこのような物価変動のある場合にほ実質的尺度で修正を行なう    のである。ただ,いかなる尺度が客観的妥当性をもった実質的尺度であるかは極    めて困難な問題である。ヒックスは「所得は期末に・おいて期首と実物で同じ額    を費消しうると期待できる最大の貨幣額」と定義しても核心概念への近似的接  

(28)染谷恭次郎 森藤一男著 前掲苔,98−99ぺ−ジ  

(29)峯村信書著「会計学上の基本問題」 有斐閣,昭和46年,16ぺ一汐。   

参照

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