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初期点本の連文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の 読みについて

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

初期点本の連文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の 読みについて

著者 鈴木 一男

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 17

号 1

ページ 1‑13

発行年 1969‑02‑28

その他のタイトル HOW TO READ THE WORD '初発' IN THE KOJIKI ―BY MEANS OF BUDDHIST SCRIPTURES WITH AID‑MARKS, 'OKOTOTEN' IN JAPANESE―

URL http://hdl.handle.net/10105/3174

(2)

1

初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて

鈴   木        男

(国語学研究室)

(−) ま えが き

現代の文章は理解を容易にし、伝達を明確にするため表記法に種々工夫が施され、段落分け、

改行、句読点その他の符号や記号が加えられるのが通例であるが、過去の文献ではむしろそうい う配慮がなされていないのを正式な書式とする傾向がある。したがって古文献の理解には特別な 読解力を必要としたことは論ずるまでもない。中世以後漢籍、仏典の講究に際し、人名、官名、

地名、書名、年号などに朱線を引いたいわゆる朱引きが行なわれているが、これは文中から因有 名詞類を指摘してこれによって本文の理解に役立てようと意図した学侶の工案によるものであろ う。加点本の中には文初文段を示す符号が加えてあるものや、会話文の終りに「者」という終末 虚字を加えたり、引用文の後に「文」と書き添えたりするのがあるのは、すべて古人の生活の智 恵の所産といい得よう。漢文において句読を誤るのは重大な結果を招来することになるわけで、

馬琴の「青砥藤綱模稜案」にみる話はその間の事情を語る適例といいえよう。

この小論は漢字専用文献の訓法を決定する方法として、熟語の一つである達文が平安極初期点 本でどう読まれていたかを調査し、更に古事記冒頭の六字のうち異訓の多い初発の二字が達文で

あることを推定しその訓法を決定しようとするものである。

(二) 漢字二字からなる熟語と平安極初期資料における熟語注記

二字からなる漢語の結合関係を小川環樹、西田太一郎両氏共著の「漢文入門」では次のように 説明している。

1主語・述語の関係 日没 2 述語・補語の関係 読書 3 修飾語・被修飾語の関係 晩成 4 並列の関係 殺傷 5 選択の関係 大小 6 時間的紐続の関係 撃破 7 上 下同義の関係 傷害 8 外来語 比丘 9 歓後の語 友子(友子兄弟の省略)10 饗声 恍惚11畳韻 従容

これらの熟語を平安極初期の学侶はどう理解していたかを知ることが必要であるが、それに先 立ち一般熟語を古字書でどう取扱っているかをみることにする。和名抄は漠字数箇からなる語が 標出されその注記があるが、字形引漢字字書には熟語はとりあげられていない。これは玉篇の体 貌にならったものであろう。しかし内典の音義類には漢字二字で標出されているものが多い。が これらとても語釈はそれぞれの漢字を一字ずつとりあげ別々に説明するのが常で、梵語の音訳に よって成立した語が二箇以上の漢字で書記され、まとまってその語釈が施されているような場合 を除いておおむね熟語としての取りあつかいはなされていない。玉篇や玄応音義の影響下に成立

した新撰字鏡は先行字書の方法をとっているわけであるが、巻十二に重点(洋々、浪々などの畳 語の類)、連字(嘲調、不肖、潜然の類)の類が記載されており、いわゆる熟語がみられるが、

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2 担狙基峯の達文訓 の読みについて(鈴木)

その数は必ずしも多くない。また臨時雑要字として漢字二字からなる語が和訓の対訳をつけ列挙 してあるのは国語表記に漢字をもってすることが漸く多くなってきたためである。ところで漢字 専用文献の中に熟語を識別するための配慮はどうであろうか。音義書や注釈書にみられる二合と か重言とかいう注記、点本にみられる連合符などは熟語を認めた一つの証拠と言えるだろう。よ く知られた例は霊異記訓釈中に散見する二合であるが、この注記法は漢訳仏典所収の陀羅尼のそ れを学んだものといわれる。奈良朝末の選述である八十巻花厳経音義私記に「古洗二合云潤月也」

の例があり、また「渾濁上戸昆反薗也重言訓義猶清浄耳」ともあって、二合と重言との事例を発 見するのである。

遵読符は漢字と漢字の闇に白線を付したもので、管見に入った最古の例は平安極初期加点の根 本説一切有部批奈耶巻三十二の第一紙にある一子、端正の2例と、同じ頃加点の根本説一切有部 比丘尼批奈郭巻十の戚去之後応可知前而取の応可との例である。応可は後述のどとく虚字の達文 である。これら点本ではヲコト点として帰納できる符号を発見できないが、ヲコト点使用の初期 資料として著名な羅摩伽経初期点には通読符を付した熟語を数多く採集することができる。巻二

から出現順に列挙すると次のどときものである。

供養、応見、五根、発来、焼益、随順、一向、出生、功徳、荘厳、悦楽、神痛、敬礼、四海、

漏落、希有、甚奇、覆護、帰依、云何、人中、摂取、護持、正道、雲絢、讃嘆、善根、示現、慨 怠、諸著、推減、法輪、勝妙、安住、果樹、宝蔵、安住地神、昔哲、唯然、開発、自然、成就、

以用、所転、親近、音声、仏心、憶持、超出、谷仰、法性、不出、不入、一切、−如、虚空、大 智、分斉、色相、光明、色身、所化、疾疾、厭離、無我、豊楽、閻買、明浄、正論、毀壊、迷惑、

賢聖、廻流、侍従、即便、業報、憶念、受持、念念、除滅、秋月、其人、窮己、以上83例。

このうち以用、即便のどとき虚字の達文は音読か訓読か不明であるが、多くは音読したものと 思われる。ともかく熟語的取り扱いをするものが上述の語であったことが知られる。

(三) 達文の特質と達文認定法

達文は重言ともいわれ、同義の漢字を二つ重ねて一つの意味を表わす漢語熟語の一用法で、簡 単、合併、養育、事務のごときもので、これは上下の順序を置き換えて単簡、併合、育養、務事 としても使用された。ただ育養や務事はわが国では使用しないが、中国の古典に見られるそうで ある。湯浅廉孫氏の「初学漢文解釈こ於ケル達文ノ利用」には多くの事例があげてある。達文は 万葉集にもよく見られるので、山田孝雄博士は万葉集講義巻一で「漢字には意義多きが故に一字 にては往々その用ゐむとする意義以外に解せらるべき嫌あり、かかる場合に二字用ゐる時は二者 の契合点は一なれば、その示さむと欲する意確立す。これを同義の字を合せて一義を表するに至 る根本の原理なれば漫然とかかることをなせるにあらずと知るべし」とのべられ暮夕をエフベと 読むことに疑問を提出した僻案抄、考、略解、燈などの万葉注釈書の誤りを訂しておられる。

湯浅廉孫氏は前述の書に王念孫の「凡連語之字、皆上下同義、不可分訓。説者望文生義、往往 穿整、失其本義」、王引之の「古人訓話不避重複、往往有平列二字上下同義者、解者分為二義、

反失其指」などを引用されたのち達文の特質を次のように述べておられる。

熟語の一種であって、一義を通有せる二箇又は稀れに二箇以上の文字が其の一義を紐帯として 結合するとき、其の結合語が乃ち達文である。達文の成立条件として次の4項があげられる。

1 紐帯の文字は主として2字

2 上下の2字が全然同義叉は同一義を共有すること。

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初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木)

3 上下の2字が全然同義の場合には結合がそのままに行なわれ同一義を共有せる場合にはその 同義を紐帯として結合が行なわれること。

4 構素の2字は渾然一義として読まるべく、決してその地位の一上一下に抱泥してこれを分訓 してはならぬこと。

さて達文の特色は湯浅、山田両博士の説明によって明らかであるが、その認定は容易でない。

挙行は湯浅氏によって達文であることが知られたが、(神田喜一郎博士は推古紀の従衆同挙の挙 をオコナへと訓じてあるのを考証されたが、これも挙行が達文である傍証になる)、現行の漢和 辞典のうち最大のものである大修館の大漢和辞典に挙行を「アゲ行フ、公ニオコナフ、一般二行 フ、皆行フ」と分訓して説明してある。もっとも挙行が常に達文として使用されるわけではなく 次の例のどときは二語である。大智度論巻三「挙其戸着林上、挙行城市中多大唱言」の挙行がそ れで石山寺本天安二年点ではササ(ケ)ユキてと加点してある。(大坪併治博士の解読による)

筆者は返読字の成立について述べた旧稿で虚字の将欲を達文である旨考証したことがあるが、

その時用いた方法は、1、助字弁略に「欲将也凡云欲者皆願之而未得故又得為将也」とあって将 字と欲字とが同義である。2、この2字は互用される。金光明最勝王経に「見有一池名目野生其 水欲澗」とあるのが「見大池名目野生其水将尽」ともあり欲洞と将尽とがはぼ近似した意味をも つことが知られる。3、将欲は欲将と語順を変じて使用される。4、将、欲それぞれ単用のとき と将欲、または欲将のときとその意義に大差がない。将欲はこれらの諸条件を完備した虚字であ るが、通例はその中のいくつかの条件をもっておれば達文と認めてさしつかえないものである。

(四) 八十巻花厳経音義私記の達文

八十巻花厳経音義私記には標出語の注記に重言という例があり、達文が意識されていたことは 既述したことであるが、この音義の説明から推定して当然達文と認定できるものを多く指摘する

ことが可能である。

1) 二合または二字として−訓が注記してあるもの

柔軟 上而充反二合弱也 下又為濡字湯也非音、  悦壕 二字喜也、

誤錯 二字安夜末親風(恩は街字)

2) 上字と下字と同字または同訓の注のあるもの

瞭観 上世牟反見也下奇断反見也、  憺伯 憺徒敢反安也伯晋白反安也、

宏琴 上音出訓己刀下音厳訓己刀 3) 二同として万葉がなの訓があるもの

澗沸 上勇下発二同和久、 医竪 二間薬師、 胸臆 上音孔下僚訓並牟禰 4) 亦同として万葉がなの訓があるもの

憎悪 上音増訓而久牟下亦同也 5) 上字と同字の注があるもの

震振 上音信訓動也下音同訓挙也動也、  庸旗 上媛也、 堅硬 下音経訓堅也、

覚宿 宿昔吾訓覚也、  占卜 上音点訓卜也ト音僕訓占也 6) 重言の注記のあるもの

渾濡 上戸昆反淘也重言訓義猶清浄耳

上述の各語は達文と認めるべきものであろう。1の例は一訓で読むべきものであるが、その他 のものは遂字読みをすれば同訓の反復即ち畳語訓となるが、あるいは一訓で読んだのかもしれな

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4 初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木)

い。ともかくこの音義にみられる遵文例は一訓または畳語訓によまれたものと恩われる。揮衛は 重言とあるが訓法は不明で、畳語訓とみられるが決定的なことはわからない。しかしこの資料に よって奈良時代の文献所用の達文訓に一つの傾向のあったことが知られるわけである。この音義 の活洗の説明に二合云潤月也とあるのは治洗が熟語であることを注しただけであってこれは達文 と認められない語である。

(五) 平安極初期点本所見の達文訓

初期点本のうち達文資料と認定できる例の多いのは唐経大乗阿毘達磨雑集論平安極初期点であ る。これは白線の通読符が明瞭に加えられてある資料や二字に一訓がつけてあるものの中から選 出するわけだが、通読符をつけたものでも己身、応作、末種、経信などは達文でないので簡単に 達文を決定することはかならずLも容易でない。しかし達文と思われるものを集めてみると次の

4種類の訓法が行なわれているようである。

1 字音読みするもの。これがいちばん多く、恐らく加点資料のうち、初期・後期を通じ仏典 の点本では達文は音読する傾向がいちばん大であったものと思われる。

資一助、精一勤、教一接、顕一示 2 一訓読みをするもの

安慰 ヤスメテ  精進 ツトム 3 同訓反復するもの

遮一防 ホソキホソキ   践腐 フミフム

遮防には連合符があり、その上ホソキホソキの訓があるのは、あるいは音読と訓読とを併 用するいわゆる文選読みの例かも知れない。文選読みは平安極初期点の仏説薙摩伽経古点に みえ、少し後のものであるが願経四分律古点などにはいくつか用例を指摘できるわけである から遮防を文選読みだと認めることも可能であろう。践康のフミフムの訓は終止形が使用し てあり本文に則した活用形が使われていないのは注解のためにとり出して付訓したものと思 われる。この点本には音を付したり釈という注記を用いて訓を加えたところが多いし、動詞 の傍訓に終止形のものが多いのもそのためであろう。

4 類義語をかさねる

叫喚 サケヒヨパフ 意恨 イカリウラミ 詰責 ハハメトフラフ 毀杏 ソシリヤフノレ 労倦 ツカレウム

雑業論古点には上述の4種しかあらわれないが、初期資料で文選読みする語の中には当然達文 があるものと考えられる。事実前述の羅摩伽経古点には金色顕姑の顕赫を文選読みし顕赫トカカ ヤキと付訓している。

以上は実字における達文の場合が主であったが、虚字の達文も既述のどとく多いわけである。

ただ虚字の中には今日の訓法では音読せず訓読が多く、また置字として不読のものもあるが、初 期点本では付訓加点が粗雑であるため果してどうよむか明確でないものが多い。西大寺本金光明 最勝王経平安初期点は加点が精細な資料であるので虚字の達文には連続符をつけたり、また傍訓 の一部と思われる仮名がつけてあったりするものが多い。乃能に連続符がありしかも乃字の桟に

クのかながあり、成悉ク、昔曽シ、転以テ、仮使ヒなどは恐らく一訓読みのものであろう。加点 年代が少し下った金剛般若経費述嘉承点には者即の間に適合符があるが、この古点では是故、仮 設、都尽のどときものにも連合符がみられるので者即はどう処置すべきか問題である。

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初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木) 5

虚字のうち、(将、欲)(当、応、頚、宜、合、可)(猶、如)のそれぞれの群の文字が二字重なって、

将欲、当応、当宜、当須、宣可、応合、猶知などの形で用いられることがあるが、初期点本では それぞれを分訓して副詞と助動詞を含む連合でよむことになっている。この中合や可は除き他の 漢字は一字で二度読む所謂再読字となるものであるが、こういう再読が行なわれ、これらの文字 が再読字となったことについての臆説はかつて述べたことがある。再読字の成立時期は平安中期 以後とみなされているが、平安初期の菩薩善戒経古点には明瞭に再読した例が数多く見出される。

初期点本中から達文訓を実例としてすこしく抄出すると次のようなものがある。

1西大寺本金光明最勝王経古点(本稿では春日政治博士の御研究による)

1)−訓のもの 宛転モトホリ 豊稔ニギパフ 嵯歎ナゲク 沸涙ナミダ 顕敵ホガラカニ 2)畳語訓 照耀 テリテル 倍増 マスマス

3)類義語二訓 宛転 モトホリメグル 娩転 マロビカエル 周旋 メダリモトホル 戦捧 ヲノノキウゴク 経過 へヨギル 策励 ハゲミットム 閲評 タタカヒアラソヒ 乾燥 力レカワキテ 箋議 タバカリハカル 慶敬 ツツシミウヤマフ 聡敏 トクサカシ 備 整 ソナへトトノへ 留難 トドメハハメテ 疇泣 ナキシホクリ 話偽 へツラヒイツ バル 敗亡 ホロビウセナル

2願経四分律古点

1)不凍択 エラは 養育 ヤシナヒ 勉カ ットメヨ 疲極 ツカレヌ 聞乱 サワキ 零落 オツルこと 礁膵 カシケ 侶臥 ウツフして 上昇 ノホル 回復 クリカへル 2)適例なし

3)蓬狭 セバクサクして 畏慎 オチ(ツツシム)こと 溢満 ミチタタへ 努破 サケヤフル 3菩薩喜成経古点

1)羞悦 ハチラヒ 慰喩 アシラフ 粗略 アララカニ 軽躁 サワカハシ 径路 タタミチ 2)適例なし

3)担負 ニナヒオヒ 浣濯 ススキアラヒ 授榔 トリナケテモ

前述の諸例によって初期点本の達文訓の傾向は次のようにまとめることができる。

1.字音読みが極めて多い。

2.−訓がある。恐らくこれが古い訓法であろうと思う。

3.畳語訓が比較的多くみられる。

4.二訓によむときは類義語を用いる。

5.用言を重ねるときは同一品詞を用い、上の語は連用形にする。その二訓の間に助詞を挿入す る訓みかたは見られない。

6.虚字の達文には再読字のような例外がある。

(六) 達文を分訓することから生じた誤訓

達文を訓するときの通則は上述のどときものであり、比較的初期点本の訓はこの通則が守られ ているが後世になると誤訓がみられる。西大寺本金光明最勝王経古点に豊稔をニギパフと訓じて いたものが色菓字類抄ではユタカニニギパフとあるが、これでは同一品詞で分訓するという原則 が破られ上字の豊がユタカナリという最も一般的な訓にかえられてしまったどときである。大坪 併治博士が調査された蘇悉地掲羅経略疏天暦点では偏償という達文を誤読して次のように読んで いる。三明分与同伴等時不応偏健也を三に同伴等二分与スル時二偏に僕(カタチパフ)応(から)

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6 初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木)

不といふことヲ明ス。この偏僕はカタチパフと−訓にすべきであるのに偏字をヒトへこと副詞に し償字のみカタチパフとよんでしまったが、偏も億も同義でカタヨル意がある。書経洪範に「無 偏無党王道蕩々、無覚無偏王道平平」という句があるが党、偏を交互に使用する珍しい例である。,

開発は明瞭に達文であり花の場合はサクと訓むべきであるが文字の一般的訓にひかれてヒラケ サクと分訓した例がある。前述の西大寺本古点に「於新大池内所有蓮花池日光照及時無下尽開発」t を春日博士は「所有ル蓮花の池は、日の光りの娼し及ばむ時に、尽ク開ケ発カずといふこと無ケ む」と訓読され花にヒラクということは国語本来の言い方ではなくて、一種の直訳語というべき であろう。つまり漢文読みから生じた語である。ヒラケサクと和漢両様の混活した言い方も、渡 文訓読の国語に及ぼす影響を見るに好適な例である。(西大寺本金光明最勝王経古点の国語学的 研究75頁)と論じていられる。

難解な語句の訓読には辞書、註疏の類を利用するわけであるが西大寺本にはその適用例がいく つかみられる。討罰の訓として、コロシクダカムトシテ、ツミナへシタガヘム、ノゾカムトシテユ カムトキニハの三訓が注記きれ欄外に、討者除也詰也、罰者折伏也往也と注記があり、この訓はそ れらを利用し工夫されたものであろう。この討罰の語が達文であるかどうかは、にわかに決定で きにくいので、この訓の正否を考証することはひかえることにするが、ともかく辞書の利用例が知

られるものである。西大寺本は傍訓の多い点本であるため、達文訓も比較的多く見られるのである が、初期達文訓の法則である同一品詞に分訓することの例外として蔽僚ヤセツタナシの訓がある。

この語について春日博士は、歳字は説文に「痩也」とあるから、ヤスと訓ずることは勿論であ るが、僚字をツタナシと訓ずるのは珍しい。康照字典に拠ると、この字は(広韻)東国也(通 俗文)擾極目億疲劣也とあって劣る義がある。易の既済の「健也」の釈文を引いてある陸注に

「困劣也」とあり、更に鄭注には「劣弱也」とある。ツタナシの訓は之に本づいているであろう。

和訓のものに未だ見当らない。承暦音義はここの注に南類音ツ加留 債 へ伊反ヨハシとつけ てある。鼠はツカルと読むのが常であって、この点の他の処に於てはそう訓ませているらしい

ことは己に述べた。僚字のヨハシは前掲の「劣弱地」の訓に拠ったものである。(前掲書89頁)

しかし筆者はこの語を達文と考えたい。春日博士の勧説の如く巌はツカルと読むのが常である から僚字にツカルの訓のあることを求めれば達文説は可能となるであろう。通俗文に疲樋を燈と いうとある。疲極は平安初期点本ではツカルと読むのが普通で頼経四分律古点には数カ所にこの 訓がある。日本古典文学大系本今昔物語−の補注164に疲極について有意義な考証がなされてい

るが、これには初期点本のツカルの訓が参考になる。結局健にもツカルの訓があることになった。

こういう考証をせずとも色菓字類抄人事の部をみるとツカルの条24字の中に疲、極、麻、億の4 字ともあげてあるので、これらの漢字にツカルの訓があったことは知られるのであり、疲極も覿 燈も達文としての用法をもつ語であることは推定できそうである。さすれば西大寺本の訓も形容 詞と動詞という異品詞の語で分訓すべきではなく動詞として一訓ツカルとよむかまたはツカレツ

カルと畳語訓でよむべきであったと思われる。この例は辞書の通用をあやまったことによる訓で あるといえよう。

虚字の達文であると認めず不自然な分訓をした例については春日博士の西大寺本の研究第197 頁の容可についての御説に対し筆者の見解を旧稿「返読字の成立について」の中で言及したこと がある。後世になると漢字の訓として使用度の高いものが有力視され用法が異なる場合でもその 訓でまにあわせてしまう傾向が強くなり、ひいては国語にない意味を成立させる例は挙式、挙行 の挙をアゲルとすることでも知られる。こうして達文は分訓されがちでその本義が忘れられてし

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初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木) 7

まうのである。

(七) 上代文献の達文

上述の資料は漢訳仏典の点本類が主であるが、仏典の用語は俗語的要素が多く達文が比較的多 くみられるものである。わが上代文献は六朝唐の典籍の影響を受けることが多いと言われている ので当然達文とみとめる語例が混在しているはずである。万葉集の達文の例は山田博士のあげら れた夕碁について前述したが、武田祐吉博士の万葉集用字法史の中にも美麗ウマシ 落堕オツ 択 擢エル 叫呼L ホユ 漂蕩タダヨフ 迷惑マドフ 駿騒サハク 経過フ 繭祈イノル 鬱憧オホ ホシ 歩行カチなど二字で一訓によまれる例をあげられているが、これらは達文と認めるべきで あろう。巻一の三山の歌には辞競、古昔、如此の三例が一首の中に使用されている。鹿持雅澄の 古義で具書として説明されるものの中に含まれているものである。

古事記においても達文の例は相当見出されることは予想できる。上巻を通読して抄出してみる と次の語は達文といいえよう。

修理、累積、卜相、如此、個旬、患惚、楔祓、歓喜、設備、衣服、幸行、嫉妬、束装、装束、

共与、以為、掩留、委曲、詔命、仕奉、和平、麗美、惚苦、悼畏、治養

以上は一読して指摘した例であるから更に精査すればその数は相当増加するはずである。近時 古事記の用語や文体の研究が進み、小島憲之博士や神田秀夫氏の御研究によって古事記の文章が 法華経や最勝王経などの漢訳仏典を粉本とするところが多いことが実証されていることを参照す れば古事記に達文例が多いのは当然のことといわねばならない。しかもそれらの訓法は古事記選 述に近い平安極初期加点の訓点資料の訓法を参考にすれば、一訓か畳語訓かで読まれるかまたは 字音読みされていたと推定すべきことが知られるのである。

(八) 古事記上巻冒頭「天地初発之時」の読み

古事記上巻冒頭「天地初発之時」の訓は寛永本に「アメツチハジメテヒクラルトキ」とあった のを本居宣長が古事記伝において「アメツチノバジメノトキ」と改訓したのが一般に行なわれて いたが、これを異訓に改めるものがあり、三矢重松博士は「古事記に於ける特殊なる訓法の研究」

の中の訓点異同弁に諸訓を対比され、宣長訓に賛意を示されつつも別訓の可能性を灰めかされた ことがある。その後倉野憲司、山田孝雄、石井庄司の諸博士によってこの句の訓法が種々論議さ れたが、戦後古事記研究の復活によってまず倉野博士の補訂訓をはじめ西田長男、賀古明の諸博 士による論、太田善麿、神田秀夫の諸氏の説などが出され、この訓をめぐる論考は古事記訓法中 の主要項目になった感がある。これらの説につづき昭和40年原口裕氏が「語文研究」20韓に発表さ れた「古事記巻初の訓み一一一一天地初発と天地初起」は特に注目すべき論で、「初発」の中国文献の 用例からハジメテオコルの訓みが妥当である旨を提唱されたもので、これによって宣長以来の疑 問を氷解させ、初発の訓法論議は事実上完全に終止符をうたれたものとみられそうである。しか し傾聴すべき精撤な卓説も立場や観点の変更によってあるいは再考の余地があるのではあるまい かと愚考されるのであえて一説として私案を述べてみることにする。むしろアメツチノバジメノ

トキという訓こそ古事記訓法史上不朽の金字塔を樹立された宣長学を象徴するものであり、後学 が妄りに変改すべきでないものと思われ、宣長の霊感によって啓示されたこの訓法に虚心坦懐復 帰すべきことを提案したいというのが末学筆者の悲願でもある。

まず先学によって試みられた訓を賀古明博士が古事記大成言語文字篇の中で分類整理されたも

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8 初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木)

のをあげると次のようになる。

A)ヒラクル(前田本、猪熊本、内閣本) B)ハジメテヒラクル(卜部兼永本、延佳本、寛 永版本、校訂古事記) C)ハジメテヒラケシ(伊勢本、倉野博士訓(後)、神田秀夫氏訓)

D)ハジメテオコリシ(沢潟久孝博士朝日国民全書本) E)ハジメテオコル(倉野博士訓、

原口氏訓) G)ハジメノ(宣長記伝、訂正古訓本、校定本、山田博士訓、武田佑吉博士訓、

次田潤氏訓、中島悦次氏訓、谷省吾氏訓) H)オコリハジムル(石井庄司博士訓)

I)ハジマリオコル(石井博士訓)J)シヨホツと音読する(三矢重松博士説)

以上の9種の訓のうちGだけが一訓によみ、他は初発を熟語とみず分訓するのであるが、音読 するのではないかという三矢重松博士の説もある。一訓読みは宣長によって提唱されたもので、

これは古事記伝三之巻にある。次の4項にわけハジメとよむ理由を述べている。

① 万葉集巻二 天地之初時之、巻十 乾坤之初時従、日本書紀孝徳天皇大化三年夏四月に

「与天地之初云々」の語がある。

① 「発」という字を連ねて書いてあるが、ただ初(ハジメ)の意味である。字書に「発は 起也」と註してあり、事の初めを起りともいい、又俗に「初発」というのも昔からハジメとい

うのにこの二字を用いなれてきたから出たものであろう。

⑧ 「初発」を「ハジメテヒラクル」とよんであるのはひがごとである。それは開聞の意味 と混同したのである。天地のヒラクというのは、漢籍言で皇国の古言ではない。上代では戸な どの場合はヒラクとはいうが、その外は花などもサクとばかりいってヒラクとはいわなかった。

したがって万葉集の歌などにも「天地のわかれし時」と詠んではあるが、ヒラケシ時と詠ん だのは一つもない。

④ 天地の初発というのは、ただこの世の初めということを大体にいった言葉で、必ずしも 天と地との成れることを指していうのではない。天と地との成れる初めのことは、次の文(コ

トバ)にあるからである。

以上が記伝の説であるが、これに対し他の諸説は初発を一語とせず、すべて分訓しその訓の妥 当性を理由づけようと努力したのであるが、依然として定訓をみるに至っていない。初発を分訓 する根拠は中国古典に用例を発見できなかったため、この語を熟語と認めがたいという事情によ るのであろうが、山田博士は古事記上巻講義一で捏磐経に「初発巳為人天之師」、梵網経古速記 に「初発之疇無不周円」の例を見出され、これが仏典語であろうと論ぜられた。その後西田長男 博士は初発心が仏典に多いことをいわれこの語との関係に言及されたが、一般漢籍からの用例は 諸学者によって示されずにいた。しかるに原口裕氏によって中国古典に初発の使用例が多くある ことが報告され、しかも初発は事態の出現に関するものであり、その上太平御覧巻一に「帝系譜 日天地初起浜樺濠鴻即生天皇云々」の事例まで加えられ、「天地が初めてオコル」という創世の 発想が、漢語によって表現されていて、形としては天地初起が古事記の天地初発に甚だ似ている ことを主張された。更に氏は乾坤肇立(胡踪、黄竜大牙賦)、天地初立(三皇本紀)などの例も 加え、氏の訓法の傍証にされていられる。初発の用例を氏の論稿から借用すると次のようなもの

がある。

1.凡恩緒初発 辞釆苦雑 心非権衡 勢必軽重(劉親、文心離竜)

2.夫天之徳貴生悪殺 冬至少陽初発 萌芽之漸…中略… 夏至少陰肇起 殺気白興(干讃冬 夏至寝鼓兵議)

3.惟灰疾之初発 若常疾之軽微 未経口而沈篤(高貴卿公傷魂膿)

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舶軋点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之堕±些読みにつと写(鈴木)

4.受命師漠祖 英風万古伝 沙中義初発 山中感弥玄 (嵯峨天皇御製 史記講完成得張子 房 文筆秀麗集中)

上例の1〜3ほ中国の例であるが4は嵯峨天皇の卸使用例である。しかも和銅撰進の古事記に 年代も近く、この語例をもって古事記冒頭文を訓読する傍証とすることは一見極めて妥当なこと であり、説得力のある論拠となる可能性を備えたものといい得よう。しかし筆者は嵯峨天皇ど宗 翰に事態の出現に関するものでない意味に使用された初発の通例を発見している。本論考での筆 者の説を展開するのに極めて貴重な事例となるものである。言語の用法は常に一定したものばか りでなく、時代により用法の変化を起こすものであり、また同時代にあっても多義にして用法を 異にするものがあるのは不思議ではない。この言語の多種にわたる用法が存在するという認識は 現代文を理解するときには何人によっても簡単に所有できるものである。しかも上代文献を理解 するときには、この平凡な法則を忘却し言語は常に一つのヨミと一つの訓だけ存すると恩いまち

がい勝ちである。

(九) 初発のこ字は達文ではあるまいか

山田博士は大般浬磐経の初発の例を紹介されたが、いまその前後の文章を国訳一切経浬架部二 から引用する。世間を憐慾する大医王、身及び智慧供に寂静なり。無我法の中に真我有り。是の 故に無上尊を敬礼す。発心と畢意とは二つながら別ならず。是の如き二心は先心難し。自ら得度 せぬに先に他を度す。是の故に我、初発心を礼す。初発に己に人天の師と為り芦聞及び縁覚に勝

出す(巻三十八)

原口氏は文筆秀麗集巻中の嵯峨天皇勧製に初発の例をさがされたが、筆者は京都博物館開館記 念の特別展で嵯峨天皇宗翰光定戒朕を拝観しその中に「腐以三観仏乗結三身於究寛、三種浄戒開 三関於初発」の対句を発見することができた。これは究意と初発とが対をなして用いられている 例である。究寛は梵語、鬱多縁の訳で事理の至極をいい、無上、究極、畢意とも訳される語であ る。浬架経の発心、畢蓑二つながら不別の例によると発心と畢寛とが対をなす概念であるかのよ うに思われるので、畢完、究寛に対する初発は発心に応ずることも考えられる。しかし畢寛また は究責がイツマデモカワラヌコト、パテノハテマデ究メ尽スコトなどと仏教辞典に説明があるこ とによって究責に対する初発に字義通りハジメという概念が主要なものであることも否定できな い。

初発は仏典では初発心という形で多用される。初発菩提心というのも極めて多い。初発心とい う語は初心と同義に使用される例もある。初心は後心に対する語である。大般担架経巻38に

菩薩に二種あり、一つには初発心なり、二つには己行遺なり。無常想とは亦復二種あり。一つ には鹿なり。二つには細なり。初心の菩薩、無常想を観ずる時、是の思惟を作さく…」とみえ 初心菩薩とは初発心の菩薩であることは明白で、これによって初発心を初心とすることがわかる。

初発心は仏典語であるので平安極初期点本にどう加点されているかを調査し、この語が上代人 にどう意識されていたかを知るてがかりを得たいと思う。手もとの移点ノートに次のようにある。

1)音読したと思われる例。華厳経や仏説羅摩伽経、菩薩喜成経などの平安極初期またはこれ に近い頃の加点本に初発心の例がみられるが、多くはこの成語は無点であってどうよんだか判明 しない。しかし初と発との問に通読符がつけられた例が菩薩善戒経などにみられる。これは初発 心ともに音読するとみてよいようである。「初一発心の時には」とこの経巻の6、巻9などに、

従初一発心(より)の例が巻7にみえる。

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10 初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木)

2)初発の心とよんだ例。仏説羅摩伽経巻中に「初一発の心」の例が−か所あるが、華厳経巻 九極初期点にも「此(の)菩薩(ほ)因(りて)初発の心に、得十力分を」とある。これは山田 博士によって紹介された梵網経古速記の初発之願と同一構成であって加点者が初発心の語構成を

「初の発心」とみず「初発の心」とみた結果であって注意すべきものである。「初発の心」は菩 薩喜成経古点にもあり、平安初期の点本類で一般的にみられるものであり、これに対して筆者は

「初の発心」と加点した例を極初期資料中に一度も発見していない。

次に初発心は語として動作を表現する場合は「ハジメテ心ヲ発ス」とみるべきで、一例を華厳 経巻十からあげると「菩薩因て此に初て発す心を」がある。しかし仏典の多くは初発菩提心とし てあらわれる。「菩薩初メ発す菩提心を時に」(菩薩善戒経巻六)、とくに注目すべき例は菩薩 善戒経残存8巻の初期点の中、ただ一か所だけであるが、巻一に次の様に訓読したと思われるも のがある。

「初発に菩提を発すに二種の心有り」で原文は「初発菩提有二種心」で初発の二字の間に連合 符があり発字の右にこのヲコト点左にスがつけられておるので最初に初発を副詞的に音読か訓読 かして初発とよみ発字を更に述語として読んだことになる。この古点では「初に発す墜心を」と か「初に発す(に)菩提の心を有り五の事」(巻一)とするのが常であるが、初発を熟語とみる 意識が働いたものであろう。

次に問題となるのは初発が発初としてあらわれた例のあることである。これは石井庄司博士が 指摘された聖徳太子著維摩経義疏上巻にみられるもので、「如是者解有多種、而今但拠一家所習。

如是者信也。聖人之教為物可信。散発初言如是。」博士の直話によれば茶道の奥田正造氏の卸教 示によるそうである。

発の初と同義に使用される例は山田博士が古事記上巻講義一で史記の楽書に「発給臍属之巳蚤 何也」に対する史記正義に「発は初也」とあることや、商務印書館の辞源に「創也耐也如発見、

発明」とあることをあげられておられる。

以上の考証によって初発を考えてみると一般漢籍から原口氏が初発の意義を考証されたとは異 なって初発が一つの熟語とみることの可能性がでてきたようである。

1)初期点本の加点者によって初発に連合符がつけられている例のあること。

2)初発心は初の発心ではなく初発の心とみられる例のあること。

3)初発は発初と語順を変改して使用される例のあること。

4)初と発とは辞書、注疏によって同義だと思われること。

5)初発心は初心と同義に使用された例のあること。

6)初発が畢意、究責と対句をなして使用される例のあること。

右の諸条件から考えると初発を達文とみることの可能性があることがいい得ようと思う。しか も既述の如く古事記には達文とみられるものが多く、冒頭のこの二語を達文と考えて何等差支え ないはずである。達文とすると音読か−訓によむのが極初期点本の一般的訓読法であり、釈日本 紀所見の上官記逸文「唯我独難養育比陀斯奉之」の養育をヒタシと訓んだ最古例を始め日本書紀 割注などによって当然ハジメとよむべきことが推定され、結局宣長説に復帰すべきことになるわ けである。なお時の次に助詞こをつけるのは初期点本の通例でハジメノトキニとなるわけである。

(十) 天地初発之時の訓法を宣長訓に復帰させること

筆者は初発をハジメとよむべきことを推定したのであるが、これは全く初発を達文とみなすこと

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初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木) 11

から出たものである。これに対する反論の根拠は古事記序文や日本書紀冒頭文などとの関連から であり、殊に「天地初起」の例を添加された原口氏のお説であろう。

しかし初起と初発とは全問でない。また万葉集の「天地之分時従、天地之分時由、天地等別之時 従、天地跡別之時従」などは明らかに天地開聞の太古を思向して表現したものであるが、日本書紀 孝徳天皇大化三年夏四月の条の「与天地之初」とある先縦を受けて人麿が日並皇子尊項官の時の挽 歌は古事記冒頭の表現と同一であって全く天地の始源を想起してほとばしり出た雄大な発想法で 他の語に変改修正を不可能とする絶叫であろう。恐らく奈艮時代に於て開聞の思想もあり、初起、

初分、初別の用例も知っていたことであったろう。神田秀夫氏が推定しておられる「初度筆録の 古層の本文には「初分」「初別」とでもあったか、それを仏法興隆の飛鳥層に「初発」と挿し代 えたものであるかもしれない」というお説は特別の意味をもってくるような気がする。初発は仏 典に於て究寛と対比される語で単なるハジメを意味するものではない。何か悠久な太古の相に思 いをこらし深奥な理念を読みとらねばならぬ成句である。皇学館大学の谷省吾教授は「天地がオ コルのであるか、ヒラクルのであるか、ワカルルのであるか、それは第二次的な問題で天之御中 主神、高御産巣日神、神産巣日神という、いわゆる造化三神の勧出現を語る場合においては、何 によって始まったか、いかにして本が立ったかその秘訣を擦りあてることが問題であり、その意 味で宣長がハジメノトキと単純に訓んだことは神学的には十分に注意をひくところであろう。こ の三神の卸神格についての宣長の感得したもの、それが彼の訓読の基底にあるのである(天地初 発の意義、皇学館大学紀要第3輯)と論じていられる。

筆者は結論的に谷教授のお説に随順したいと思う。初発の二字をめぐって古事記研究者は多く の論文を発表している。凡そ古事記の訓法を論ずる学者としてこの二字に言及しないものはない。

古事記の訓法は言語的究明だけで結論が得られるものではない。谷教授の揚言のごとく祖先の 信仰と神学との成果がみごとに示されている冒頭であるので、思想的宗教的省察の上に霊感とし て啓示される訓法であろう。万葉集のような大部な歌集では類歌も多いし、多種にわたる用字法 の比較によって定訓の得られる可能性の大きなものであるが、古事記の訓法は参照すべき文献が 極めてすくない。平安極初期点本の言語はそういう要求に応じ得る貴重な資料の一つであろう。

たまたま初発を達文と決定することによって宣長訓の妥当性を考え旧訓に復帰すべきことを提案 したのがこの小論である。勿論初発は常に達文として使用されるものでないことは嵯峨天皇が一 つは達文一つは二語としてど使用になっていられることによっても知られる通りでこれは挙行の 場合と同一であろう。

本小論に使用した平安極初期点本は西大寺本金光明最勝王経古点と石山寺本大智度論天安二年 点、同蘇悉地掲羅経略疏天暦点(西大寺本は春日政治博士の大著、石山寺本は大坪併治博士の御 調査による)でそれ以外のものはすべて聖語蔵尊蔵のもので筆者が移点本作成事業に従事してい たとき拝観を許されたものである。いつもながらのことであるが正倉院事務所の多くの方におせ わになったことを厚くお礼申しあげます。

本小論は第3回訓点語学全で点本の達文訓について発表し、頁に「天地初発之時の訓」に・ついては古事記学 会の月例研究会が共立女子大学で開かれた折「古事記研究におよぼす点本研究の寄与」という題で発表した 時に言及したことがある。また奈良学芸大学紀要第3巻第3号の「速読字の成立について」の中に達文訓に っいての一節を加えてある。築嶋裕博士の大著「平安時代の漢文訓読語につきての研究」78頁に小論につい てご紹介をいただいてあるが、博士は更に平安中期以後の連文例を多く挙示されていられる。博士は言及な

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12 初期点本の達文訓と古事記冒頭「天地初発之時」の読みについて(鈴木)

さらなかったが、達文を分訓し誤読してゆく過程の調査研究こそわが国における漢文訓読史を辿ることにな るわけであって、こういう観点からの研究は是非ともまとめなければならぬ事項である。このためには多く の点本の精査を必要とするわけで、個人の力で完成できにくいものである。同学各位のご支援ご協力を得て 何とかまとめてみたいものである。本小論は極めてささやかな報告に過ぎないが、将来の研究につながる一 試論として過日の口頭発表内容を文章化したものである。

付記

1)天地初発之時の訓について筆者が参照した論文は次の論稿である。

本居宣長 古事記伝巻三

三矢重松博士 「古事記における特殊なる訓法の研究」

山田孝雄博士 「古事記上巻講義一」

石井庄司博士 古事記解釈の−態度−古事記の「天地初発之時」について 国語国文 昭14.2月号 古事記の発端「天地初発之時の訓釈」文部省教学局日本諸学研究報告第20篇国語国文学 昭和19.4月

倉野憲司博士 「天地初発之時」国語解釈1巻8号

「天地初発之時」の訓義 文芸と思想 昭26.3月号

「古事記上巻註釈別天神五柱(1)」 解釈と鑑賞 昭28.6月号 賀古 明博士 古事記大成3 言語文字篇所収訓話篇上巻

太田 善麿氏 古代日本文学思潮論Ⅱ 小島憲之博士 上代日本文学と中国文学上 神田 秀夫氏 朝日古典全書 古事記上巻補註

原口 裕 氏 古事記の訓み−「天地初発」と「天地初起」 語文研究第20号 昭40.6月 谷 省吾 氏 天地初発の意義 皇学館大学紀要第3輯 昭40.3月

注1青砥藤綱模稜案「加古非吾児家財悉与吾女婿外人不可争奪者也仇如件」の訓を取りあつかったもの である。

2 重言は中国の小学書劉浜の助字弁略などに使用されている。貞室の「かたこと」などには別の意味 に使っている。

3 山田博士万葉集講義巻一 294頁

4 神田喜一郎博士 日本書紀古訓考証 90頁

5 大坪併給博士 石山寺本大智度論加点経緯考 国語国文 昭16.1月号 6 春日政治博士 西大寺本金光明最勝王経の国語学的研究197頁

(昭和43年6月29日受理)

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HOW TO READ THE WORD <%]^ IN THE KOJIKI -BY MEANS OF BUDDHIST SCRIPTURES WITH

AID-MARKS, 'OKOTOTEN' IN JAPANESE-

Kazuo Suzuki

Department of Japanese Language, Nara University of Education, Nara, Japan

Of Chinese compound-words made up of two characters, some consist of characters which are synonymous with each other. Studying how such words were read by our ancestors in the Heian era, I have come to understand that they were read as simple words, not as compound ones.

I think that "|U^,, ,the first word with which the Kojiki begins, should be read as a simple word in Japanese, though it is, in form, a compound word, and its implication is

"beginning,,.

参照

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