解 説 金属錯体化学を基軸とした電荷 スピン制御 宮坂 等 遷移金属錯体は, 中心金属イオン周りの配位子場を調整することで, その酸化還元特性や d 電子スピン軌道を変えうる. その特徴を基に, 酸化還元活性架橋配位子と連結することで,d-p 軌道が共役した電荷移動型の錯体多次元格子, いわゆる,

全文

(1)

金属錯体化学を基軸とした電荷・スピン制御

宮 坂 等

遷移金属錯体は,中心金属イオン周りの配位子場を調整すること で,その酸化還元特性や d 電子スピン軌道を変えうる.その特 徴を基に,酸化還元活性架橋配位子と連結することで,d-p 軌 道が共役した電荷移動型の錯体多次元格子,いわゆる,電子ド ナー(D)と電子アクセプタ(A)の交互格子を構築できる.こ のような DmAn格子でも,D 部位のイオン化ポテンシャルと A 部 位の電子親和力と電子対反発エネルギーを分子・配位子修飾に

よる可変数として捉えることで格子内電荷移動を制御することが 可能である.同時に,格子で囲まれた “空間” を利用すること で,ゲストの脱挿入による構造変調や格子 - ゲスト相互作用をト リガーとする動的な電荷移動を誘起できる.本稿では,主に電荷 移動型錯体格子の電子・スピン制御について,格子上の電荷移 動設計と空間利用という観点から解説する.

1. まえがき

電子ドナー(D)とアクセプタ(A)からなる “電荷移動型 錯体” は,その分子内電荷移動を起源とするさまざまな物性 が期待されることから,極めて興味深い化合物である.電子 移動が外場誘起で起こる中性 - イオン性相転移(N - I 転移)

化合物1),遍歴電子系である分子導体2),広義では,電荷 移動介在のスピン配列と高いキュリー温度(Tc)に着目した 電荷移動磁性体3,4)も興味の対象として含まれる.これらの 化合物の多くが,元来有機物や孤立系金属錯体の - スタッ ク様式に着目した超分子的な分子設計により達成されてき た5).では,金属錯体を基にした配位結合による多次元格子 でそのような電荷移動を制御することはできるだろうか?

配位結合の格子骨格は,超分子的な分子配向よりも構造 的な堅さを持つが,金属合金や酸化物などのような強固で密 な状態ではない.むしろ,“スカスカ” の格子と考えた方がそ の特徴を捉えている.それにより,格子上で共有結合性フロ ンティア軌道を介した強い電荷とスピンの相関が期待できるだ けでなく,格子空間を利用したゲスト吸脱着と連動した格子変 調を物性変化や電荷移動相転移と協奏させることが可能にな る.

遷移金属錯体は,構造的にも電子的にも特筆すべき特徴 がある.例えば,1)その多様な構造や配位様式を使って格 子構築に有利な分子素子を設計することができ,2)それらの 合理的な組織化により構造制御が可能である.また,3)酸 化還元高活性な金属錯体を合成でき,その酸化還元能を配 位子により制御することができる.さらに,4)d,f 金属イオン の高スピン多重度を利用できることも大きなメリットである.こ のような性質から,多次元格子の設計に有利な物質群である と同時に,電子とスピンの物性制御モジュールとして極めて有 効であることが理解できる.また,近年の “Metal-Organic

Framework (MOF)”6)や “Porous Coordination Polymer

(PCP)”7)と呼ばれる多孔性配位高分子に関する化学の発展 により,格子と空間の両者の “場” を利用できることも新しい 視点である.すなわち,D とA 素子から成る格子の素子間の 電荷移動に加え,細孔空間における物質輸送やイオン輸送お よび格子 - ゲスト相互作用を駆動起源とする電荷移動,外部 電極からの電子・イオン注入8~12),そして,磁気スイッチン

13~17)が可能になる18).このように,電荷移動型金属錯体

格子は,化学的情報を物理情報に変換する新たなセンシング 材料を創製するための極めて魅力的なプラットフォームである.

本稿では,主に電荷移動型錯体格子の電荷・スピン制御に 焦点を当て,最近の筆者らの研究を織り交ぜつつ解説する.

2. 電荷移動型錯体格子の設計

2.1 格子の化学的描像と電荷移動制御

上記の設計指針に照らし合わせれば,D/A の選択は重要 な鍵である.筆者がもくろむ D/A 選択の条件は,①配位供 与体と配位受容体の組み合わせであること(図

1(a),(b),

(c)の青矢印の方向で示している),② D の HOMO(最高被 占軌道)とA の LUMO(最低空軌道)のフロンティア軌道の エネルギー差が小さく,分子修飾で調整可能な範囲であるこ と,③不対電子間の軌道の重なりが大きい(パウリ則)か,

もしくは縮重状態(フント則)にあるかである19).ここでは,

D 素子としてカルボン酸架橋の水車型ルテニウム二核(II, II)

錯体([Ru2II,II];図 1(a)),A 素子として DCNQI や TCNQ を代表とするポリシアノ系有機アクセプタ分子(図 1(b),

(c))を用いた例を紹介する.本稿に出典する化合物は,図 1(d)と(e)にまとめる.

[Ru2II,II]錯体は,電子ドナーとして振る舞い,1 電子酸化

されて同構造の[Ru2II,III] になる.この酸化還元反応は可

東北大学 金属材料研究所 〒 980-8577 仙台市青葉区片平 2-1-1. e-mail: miyasaka@imr.tohoku.ac.jp 分類番号 9.1,1.6

Charge and spin control based on coordination chemistry. Hitoshi MIYASAKA.

Institute for Materials Research, Tohoku University (2-1-1 Katahira, Aoba-ku, Sendai 980-8577)

解 説

(2)

逆であり,重要な点は,カルボン酸配位子(主に安息香酸)

の置換基(図 1(a)の R)によりその電位を調整できることで ある.また,[Ru2II,II]および酸化体の[Ru2II,III] は,どちら も常磁性であり,それぞれ S 1 と S 3/2 のスピン状態を持 つ.構造的な特徴として,[Ru2II,II]錯体は,水車構造の軸 方向が配位受容サイトになり,架橋配位子を受けて格子の

“エッジ” として振る舞う.この点は,上記の D/A 選択条件① として,配位受容体に相当する.

一方の電子アクセプタである N,N′-dicyanoquinodiimine

(DCNQI)お よ び 7, 7, 8, 8-tetracyano-p-quinodimethane

(TCNQ)の誘導体(DCNQIR’ および TCNQR’)は,段階的 に 2 電子を受容でき,1 電子還元で常磁性の DCNQIR’•-お よ び TCNQR’•-(S 1/2),2 電 子 還 元 で 反 磁 性 の DCNQIR’2-および TCNQR’2-になる(図 1(b),(c)).それ ぞれの酸化還元化学種は可逆であり,置換基 R’ により電位 を調整することができる.構造的には,シアノ基が配位ドナー 部位となり,[Ru2II,II]錯体の軸位に配位することで,多次元 格子を形成する.すなわち,D/A 選択条件①の配位供与体 に相当し,[Ru2II,II]錯体と配位供与―受容の関係になる.

DCNQIR’ は,シアノ基を 2 つ持つため,全ての配位サイトを 飽和すると DA 1 次元鎖が一義的に構築される(図 1(d)).

一方,TCNQR’ はシアノ基を 4 つ持つため,配位飽和するこ とで D2A 型のラダー鎖20),2 次元層状格子21)(図 1(e)),3 次元無限格子11,22,23)の形成が可能である.TCNQR’ は,い わば,格子の “ノード” になる.実際は,D/A 構築素子の構

造的要因により,数例を除いて 2 次元層状格子が選択的に 得られている.また TCNQR’ は,4 つのシアノ基のうち 2 つの みを使うことで,DCNQI と同様の DA 型の 1 次元鎖も構築す る.

これらの DA 系を酸化還元反応の観点から見た場合,

[Ru2II,II] 錯 体 の HOMO レベ ルと DCNQIR’ と TCNQR’ の LUMO レベルは,エネルギー的におよそ 4.6 1 eV 付近に あり,それぞれの置換基の電子的因子により HOMO-LUMO 差( EH-L)を正負に調整できる.これは,先の D/A 選択条 件②を満足する.実際の系中における電子移動の可否は,

結晶内での静電的な電荷配置の安定性,すなわちマーデル ングエネルギー(Ma)が加味されるが,経験則において,お およそ化学的な分子修飾でそのレベルをまたいで可変できる.

また,DCNQIR’ や TCNQR’ の 性の LUMO 軌道は,シアノ 基の N 原子(配位原子)に非局在しており,[Ru2II,III] の 不対電子を持つ d 軌道 * 軌道(HOMO 軌道である * 軌道 と縮重)とエネルギー的に近い.すなわち,DCNQIR’•-や TCNQR’•-の 有 機ラジカルスピンは,電 荷 移 動を介して [Ru2II,III] (S 3/2)や[Ru2II,II] (S 1)のスピンと強く反強 磁性的に相互作用し,格子上でフェリ磁性秩序を作ることが できる(反強磁性的交換相互作用は, 100 K 程度にな

24,25)).これにより,D/A 選択条件③も満足する.

ここで DA 間の電荷移動に関するエネルギー描像をおさら いしておきたい.D のイオン化ポテンシャル(ID)と A の電子 親和力(EA)の差(ID- EA),およびパッキングの電荷の安

1 (a)水車型[Ru2]錯体.(b)DCNQI 誘導体(DCNQIR’).(c)TCNQ 誘導体(TCNQR’).(d)DA 1 次元鎖の模式図および本稿出典化合物.(e)D2A 2 次元ネットワークの模式図および本稿出典化合物.(a)~(c)における青色矢印は,分子の配位結合サイトと方向(配位受容体(a)と配位供与体(b),(c))を表し ている.

R

R

N

N N

N N

N N

N N

N

N N

N

N

N N

R' N

N⊖

⊖N

N R

R O

Ru Ru O

O O

O O O O

R

R R

R O

Ru Ru O

O O

O O O O

−e +e

−e +e

−e +e

N N

N N

−e +e

−e +e

(a) +

(d)

(e) (b)

(c)

[Ru2II,II(RCO2)4]

=1 [Ru2II,III(RCO2)4]+

=3/2

DCNQIRʼ

=1/2 DCNQIRʼ2

DCNQIRʼ

DA chain

D2A two-dimensional network

TCNQRʼ

=1/2 TCNQRʼ2

TCNQRʼ

[{Ru2(2,3,5,6-F4PhCO2)4}{DCNQI(Me)2}]・2( -xylene)(2) [{Ru2(3,4-Cl2PhCO2)4}{TCNQ(EtO)2}]・DCE(3-DCE)

[{Ru2( -FPhCO2)4}2{TCNQ(MeO)2}]・3DCM・PhNO2 (1) [{Ru2(2,3,5-Cl3PhCO2)4}2(TCNQMe2)]・4DCM (4-DCM) [{Ru2(2,4-F2PhCO2)4}2{TCNQ(EtO)2}] (5)

[{Ru2( -FPhCO2)4}2{TCNQ(MeO)2}]・4(DCE)(6-4DCE) [{Ru2(2,4,6-F3PhCO2)4}2{TCNQ(EtO)2}] (7)

(3)

定化である Maを考慮すると,一般的に,(ID- EA) - Ma

ECTが正であれば電子移動が起こらない中性状態,負で あれば電子移動を起こしたイオン性状態となる26).上記したよ うに,実際の Maを正確に予想することは難しいので,感覚 的には,D と A の固有の情報である(ID- EA)の正負の関係 で電荷状態を予想することになる.筆者らは,置換基修飾し たさまざまな[Ru2II,II]錯体とDCNQIR’ や TCNQR’ について,

計 算 化 学 の 手 法を用 いて HOMO-LUMO エネルギ ー差

( EH-L)を見積もることにより,反応の事前に電子状態をお およそ予想することに成功した19,27)(図

2(a)).この E

H-L

は,(ID- EA)に相当する.さらに,D2A 型では,A の電子対 反発エネルギー(オンサイト・クーロン反発 U)を超えて D の 電子ドナー能力が高い場合には,D 2A2-の電荷状態も取り うる.筆者らは,さまざまな DCNQIR’ や TCNQR’ の第 2 還元 電位(2E1/2)と第 1 還元電位(1E1/2)の差(2E1/2-1E1/2) を電気化学的に見積もることで,U を考慮したイオン性の電荷 状態を予想した(図 2(b))27)

このようなイオン性相図に即した D/A の分子選択により,

DA 1 次元鎖であれば,D0A0の中性状態とD A-のイオン性 状態の 2 種類(図 2(c)),D2A 型の 2 次元層状格子や 3 次 元無限格子であれば,D02A0(中性状態),D0.5 2A-(1 電

子移動状態,平均電荷として記述),および D 2A2-(2 電子 移動状態)の 3 種類の電荷状態を作り分けることができる

(図 2(d)).このうち D A-のイオン性状態と D0.5 2A-の 1 電子移動状態は格子上のフェリ磁性スピン秩序を作り,他は 常磁性である.特に,D0.5 2A-の 1 電子移動型は,ほぼ間 違いなく80~110 K(Tc)で磁気相転移を起こすが,その 2 次元層状化合物は,最終的に,層間の磁気的相互作用(強 磁性もしくは,反強磁性)によって,フェリ磁性体か反強磁性 体かに分かれる.

2.2 電荷不均一相の発見

上記の 3 つの D2A 電荷状態の他にも,電荷が DA 間で不 均一に分配される相は,形式的には幾通りも考えることができ る.ただし,それらの相は,D と A の持つ固有の性質である D の ID,A の EAと U,そして Maによる.筆者らは,D2A 電 荷状態の相間に位置する DA の組み合わせを選択し,1 電子 移動型 D0.5 2A-と 2 電子移動型 D 2A2-の中間の状態であ る平均電荷 1.5 電子移動型の電荷不均一相(平均電荷記述 で D0.75 2D1.5-)を単 離 することに成 功した(図 1 (e) の

1)

28).この相は,1 電子移動型 D D0A-ユニットと 2 電子移 動型 D 2A2-ユニットが一軸方向に交互に現れ,通常の単位 格子の倍格子として見いだされた(図

3(a)).TCNQR’

2-

2 (a)D と A の酸化還元電位の差(ΔE1/2)に対する ΔEH-L.(b)A の(2E1/2-1E1/2)に対するΔEH-L.(c)DA 型の電荷状態.(d)D2A 型の電荷状態.

(a) (b) (c)

(d)

TCNQ(MeO)2

TCNQMe2 TCNQ(EtO)2DCNQIMe2

=1

=0

=3/2

=1/2 e

e e

中性相 (N) イオン性相 (I)

(フェリ磁性)

1電子移動相 (1e-I)

(フェリ磁性)

2電子移動相 (2e-I) 中性相 (N)

+ +

+

+

21/2(A)−11/2(A)(mV) 0.2

0.0

200 400 600 450 500 550 600 650

−0.2

−0.4

−0.6 0.4 0.6

0.5

0.0

−0.5

−1.0

−1.5 1.0 1.5

Δ1/2(DA)(mV)

ΔHL(DA)(eV) ΔHL(DA)(eV)

N

I

1 5 1

6

4 6 2

3 7

N

5

4 3 2

7

1e-I

2e-I 2−

3 (a)1.5 電子移動型の電荷不均一相(化合物1)の構造.(b)化合物1の加圧下における磁化の温度変化28)

(a) (b)

[Ru2II,III]+ [Ru2II,II] TCNQ(OMe)2 TCNQ(OMe)22

b c

0.008

0.006

0.004

0.002

0.000

10 100

0 bar (initial) 1.47 kbar (released) 2.97 kbar 4.86 kbar 7.34 kbar Pressure

application

/emu

/K

=1 kOe

(4)

反磁性であるため,格子内の超交換相互作用の磁気経路は 1 電子移動型に比べて減少することになる.その結果,化合 物

1

は,1 電子移動型よりもかなり低い Tc 30 K で磁気相転 移を起こした.さらに,数 kbar 程 度の 等 方 的な加 圧で D 2A2-に電荷移動を起こすことも明らかとなった(図 3(b)).

このことは,エネルギー的にすぐ近くに D 2A2-相が存在して いることを意味している.このような電荷不均一相は,まさに 1 電子移動型 D0.5 2A-と2 電子移動型 D 2A2-の中間的な相 であり,次章で記述する動的な電荷移動を示す系でもしばし ば出現する.

2.3 熱誘起中性 - イオン性転移を起こす DA 鎖 筆者らは,熱誘起により N - I 転移を起こす DA 鎖も 2 種 類単離することに成功した(図 1(d)の

2

3-DCE).両 DA

錯 体ともイオン性 相 図 の 中 性 相(D0A0)とイオン性 相

(D A-)の境界付近に位置する組み合わせであり(図 2 (a)),温度変化による僅かな構造変調により Maが変化し,

両相を行き来したことが理解できる.興味深いことに,化合物

2

は温度変化に対して 2 段階で N - I 転移を起こした(図

4

(a))29).中間相(IM)は,中性 D0A0鎖とイオン性 D A- 鎖が 1:1 比で交互配列した結晶構造を作っている.この現象 はステージングと呼ばれ,最近接鎖間で D の隣が D,A の隣 が A の順相パッキングとなっているため,クーロン斥力分の利 得を得るために中間相が存在すると考えることができる.この ことは,電荷移動には,D とA の固有の性質に加え,空間的 な静電相互作用と関連する Maの変調につながる格子の構造 やパッキングが極めて重要であることを証明している.

もう 1 つの DA 化合物

3-DCE

も電荷移動における構造変 調の重要性を証明した.この DA 鎖は上記の

2

とは異なり,1 段階で N - I 転移を示したが,内包の結晶溶媒の脱離を伴い 構造転移を起こすと,脱溶媒相

3

は N - I 転移を示さずに,

中性相のまま維持される(図 4(b))30).これは,イオン相へ の転移に必要なエネルギー変化を構造の温度変調で獲得で きなくなったことに起因する.ちなみに,溶媒の蒸気を吸うこと で元の N - I 転移結晶

3-DCE

に可逆変換する(図 4(b)挿入

図).このように,Maに関係する構造変化が格子内電荷移動 を制御するうえでの大きな鍵であることは,逆に言えば,この

“僅かな構造変化” を利用して電荷移動を制御する手段となり うることを示している.

3. ゲスト誘起電荷移動:物質を感じる多孔性磁石 3.1 ゲスト応答で相転移温度を変えるフェリ磁石

本章では,D2A 2 次元層状化合物類に焦点を当てたい.

外場応答による電荷移動の例を挙げれば,実は,上記化合 物

1

について圧力誘起による例が確認されているのみであ る28).一方,層間のゲスト分子の脱挿入に伴う電荷移動によ りその電荷秩序相を変えるものがある.多くの場合,磁気秩 序も変わるため,いわゆる,“ゲスト誘起磁気変換材料” と言 いかえることができる.現在 4 つの例があり,ゲスト分子の脱 挿入による構造転移(Maに関係)と格子 - ゲスト間相互作 用(電子的相互作用)が電荷移動のトリガーとなっている.4 つともD とA の組み合わせは,これまで見てきたように,イオ ン性相図のちょうど相間の境界近傍に位置しており,それら物 質探索の重要な指針になっている点を指摘しておきたい(図 2).

1 つは,ジクロロメタンを結晶溶媒(ゲスト)に持つ D2A 2

4 (a)化合物2のχT - T プロット(T1と T2は転移温度.赤線は,交換相互作用約 100 K の模擬 線.挿入図は拡大図)29).(b)脱溶媒相3(N 状態)と溶媒和相3-DCEのχT - T プロット(TN-Iは転移 温度.挿入図は DCE の吸脱着による変化)30)

(a) (b)

0.8160 1 1.2 1.4 1.6 1.8 2

200 240

Temperature (K)280 320 χ (cm3K mol1)

2 1 T=18 K

χ (cm3K mol1)

=1 kOe SD cycle +DCE −DCE

0.0 2.5 5.0

NI

=1 kOe

2 1

I

I

IM N

N 20

15

10

5

0 0.0

0 50 100 150 200 250 300

1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0

0 50 100 150

Temperature (K) Temperature (K)

200 250 300

χ (cm3K mol1) χ (cm3K mol1)

3-DCE

3

5 化合物4のジクロロメタン吸脱着による磁化変化14)

Guest

00 20 40 60 80

20 40 60 80 100 120 140

χ/cm3 mol1

/K +DCM −DCM

4-DCM

=1 kOe 4

(5)

次元層状化合物(図 1(e)の

4-DCM

)で,Tc 97 K に相転 移を持つ 1 電子移動型フェリ磁性体である(図

5)

14).この 内包のジクロロメタンは,加熱脱気により容易に取り除かれ,

脱溶媒体

4

になる.D2A 2 次元格子の基本様式は両者で不 変であるが,このような低次元系錯体格子の多くは,脱溶媒 とともに溶媒占有空間が収縮するように構造変化を起こすた め,2 次元層内の結合角や層間距離などが僅かに変化する.

その結果,4は脱溶媒に伴い電子移動を起こし,1.5 電子移 動型に変化した.この電荷秩序相の変化は,磁気相転移温 度の大きな変化をもたらし,4は,Tc 30 K でフェリ磁性相転 移を起こした(図 5)14)

3.2 非磁石から磁石へ:ゲストの違いで磁気相を変 える

上記の磁気変換は,Tcは大きく違えども,フェリ磁石相間 の変換である.一方,挿入分子による磁石と非磁石(例えば 常磁性体)の変換は,ある意味 “磁石の錬金術” を思わせ る究極の磁気変換である.筆者らは,ベンゼンを結晶溶媒と して含有する 1 電子移動型 D2A 層状化合物

5-PhH

が Tc

80 K のフェリ磁性体であるにもかかわらず,ベンゼンを脱離 させると 2 電子移動型の常磁性体

5

に変化することを見いだ した15).この脱溶媒 2 電子移動型の結晶にベンゼンの蒸気を 曝さら

すと元の 1 電子移動型に可逆的に変換され,磁石―非磁 石変換が達成された.さらに,2 電子移動型結晶は他の有機 分子,トルエン,ジクロロメタン,ジクロロエタン,二硫化炭素 を同構造で 2 分子吸着して 1 電子移動型に変換される.興 味深いことは,ベンゼン,トルエン,ジクロロメタン,ジクロロ エタンを吸着した際は,フェリ磁性体になったのに対し,二硫 化炭素の吸着では反強磁性体(TN 78 K)に変換されたこ とである(図

6).すなわち,吸着物質に依存して磁石の種

類まで変えることに成功したのである.その原因は,挿入物 質のサイズにより層間距離が変化し,層間の磁気的相互作用 が強磁性から反強磁性に変わったことに起因する15). 3.3 格子 - ゲスト間水素結合が鍵となる電荷移動

3 つ目の例として,格子 - 内包分子間水素結合が電荷秩 序状態の安定化に深く関わっている 2 次元層磁石を紹介す る.この D2A 層状化合物は,内包結晶溶媒(ジクロロエタ

ン)の数,すなわちジクロロエタンの脱離の程度により3 つの 電荷秩序状態を取り,ジクロロエタン 4 分子を含む 2 電子移 動型 D2A 層状化合物

6-4DCE(常磁性)がジクロロエタンを

脱離する過程で,部分脱離した 1 電子移動型

6-DCE

(Tc

90 K)を経由して,最終的に 1.5 電子移動型の脱溶媒化 合物

6(T

c 30 K)に変換されるものである16).ジクロロエタ ンの蒸気に曝すと,1 分子が包摂された 1 電子移動型

6- DCE

までしか戻らないが,6と

6-DCE

間で可逆的に変換で きる(図

7(a)).興味深いことは,この両電荷状態間で格子

の変化がほとんど見られないことである.言いかえれば,両 者の格子はほぼ同じで,ジクロロエタンが包摂しているか否か のみの違いでしかない.しかし,このような電荷秩序が明確に 変換されうるのは,ジクロロエタンが[Ru2II,II]ユニットのカルボ ン酸 架 橋 酸 素と水 素 結 合を形 成しており(図 7 (b)),

[Ru2II,II]の低原子価の酸化状態を安定化しているためである

と結論づけられた16)

3.4 二酸化炭素で磁石 - 非磁石変換をする

4 つ目は,二酸化炭素(CO2)吸着により磁石 - 非磁石変 換を実現した D2A 層状化合物である(図 1(e)の

7

)17).この CO2吸着剤となる D2A 系は,1 電子移動型で,Tc 110 K の フェリ磁性体である.例えば,195 K で減圧状態から CO2を 徐々に加えていくと,2 段階のゲート開口吸着挙動を示す.1 段階目で 4 分子の二酸化炭素を吸着し,最終的に二酸化炭 素を 8 分子吸着する.4 分子吸着相を

7-CO

2

-I

相,8 分子 吸着相を

7-CO

2

-II

相とすると,

7-CO

2

-I

相は,脱溶媒相

7

と 同様の 1 電子移動型であるが,7-CO2

-II

相は常磁性の中性 型に変換された(図

8).1 気圧の二酸化炭素を系中に充

じゆうてん して等圧条件下で磁気測定を行うと,降温過程では 200 K 付 近で急激な磁化減少を示し,昇温過程では 225 K 付近で磁 化回復を見せた(図 8).これは,二酸化炭素の吸着に伴う

7-CO

2

-I

相から

7-CO

2

-II

相への変化に一致する.7-CO2

-II

相の中性相の安定化は,当然ながら構造変化が主因ではあ るが,それに加えて,二酸化炭素の格子への電子的な相互 作用による安定化が示唆されている17)

7 (a)化合物6-4DCE(4 分子の DCE を包摂),6-DCE(1 分子の DCE を包摂),および6の磁化変化16).(b)6-DCEにおける格子と内包 DCE 間の水素結合形態.

6 化合物5(常磁性体)のゲスト吸着による磁化変化15) 5-PX ( C=92 K)

5-PhH ( C=80 K) 5-DCM ( C=70 K) 5-DCE ( C=74 K)

5-CS2 ( N=78 K) ×10 5 (Non-magnet)

=100 Oe

Cl Cl Cl

S C S Cl

120 100 80 60 40 20

00 20 40 60 80 100

/K χ/cm3 mol1

(a) (b)

DCE

Hydrogen bond C(H) … O (3.27 Å) +DCE

−DCE

=1 kOe 6-DCE

6-DCE

6-4DCE

6-4DCE 6

6 10

8

6

4

2

00 20 40 60 80 100 120

χ/cm3 mol1

/K

(6)

4. むすび

本稿では,電荷移動型錯体格子における電荷移動の “制 御と操作” という観点から,最近の筆者らの研究を織り交ぜ つつ解説した.ここで言う “制御” は,D とA の選択である.

配位子や分子の化学的な修飾により D と A の固有値を調整 することで,構成される多次元格子上での電荷秩序相を予測 制御することにほかならない.一方の “操作” は,多次元格 子に囲まれた空間にポスト合成的にゲストを挿入することであ る.特に本稿で紹介した低次元系格子物質では,ゲストの脱 挿入は,多くの場合ゲート開閉型である.これらの構造変化 は電荷のマーデルングポテンシャルを変調させるトリガーとなり うるし,最も魅力的な効果は,格子 - ゲスト間の電子的な相

互作用を引き出すことである.このような格子と空間の精緻な カラクリを設計して解き明かしていくことは,ある意味,生体系 の物質循環と情報伝達という自然界の神秘に疑似アプローチ している感もある.近年,多孔性分子材料の分野は爆発的な 勢いで研究が進展している.しかし,ボトムアップ分子設計を 基にしても,いまだ格子と空間の協奏的な制御を実現した例 は数少ない.格子と空間の合理的な設計が,多孔性分子材 料の吸着剤という面だけでなく,新たな物性開拓と分野創成 の場となることに期待したい.

謝 辞

本稿で紹介した筆者らの研究成果は,長年共に研究してき た多くの学生,スタッフ,共同研究者の努力なしには得られて いない.特に,後半の主題である多孔性磁石の研究では,

東北大学金属材料研究所の高坂亘博士と張俊博士に深く感 謝申し上げる.研究の実施にあたっては,これまで多くの研 究助成を各方面から頂いた.また,関係機関ならびに関係者 の方々のご協力とご支援に心から感謝する.

文 献

1)J.B. Torrance, J.E. Vazquez, J.J. Mayerle, and V.Y. Lee: Phys. Rev. Lett.

46, 253 (1981).

2)N. Toyota, M. Lang, and J. Müller: Low-Dimensional Molecular Metals,

Springer Series in Solid-State Sciences Vol. 154 (Springer, Berlin/

Heidelberg, 2007).

3)P. Perlepe, I. Oyarzabal, A. Mailman, M. Yquel, M. Platunov, I. Dovgaliuk, M. Rouzieres, P. Négrier, D. Mondieig, E.A. Suturina, M.-A. Dourges, S.

Bonhommeau, R.A. Musgrave, K. Pedersen, D. Chernyshov, F. Wilhelm, A. Rogalev, C. Mathoniere, and R. Clérac: Science370, 587 (2020).

4)J.G. Park, B.A. Collins, L.E. Darago, T. Runcevski, M.E. Ziebel, M.L.

Aubrey, H.Z.H. Jiang, E. Valasquez, M.A. Green, J.D. Goodpaster, and J.R.

Long: Nat. Chem.13, 594 (2021).

5)G. Saito and Y. Yoshida: Bull. Chem. Soc. Jpn.80, 1 (2007).

6)H.-C. Zhou, J.R. Long, and O.M. Yaghi: Chem. Rev.112, 673 (2012).

7)S. Kitagawa, R. Kitaura, and S. Noro: Angew. Chem. Int. Ed.43, 2334 (2004).

8)Z.Y. Zhang, H. Yoshikawa, and K. Awaga: J. Am. Chem. Soc.136, 16112 (2014).

9)K. Taniguchi, K. Narushima, J. Mahin, W. Kosaka, and H. Miyasaka:

Angew. Chem. Int. Ed.55, 5238 (2016).

10)K. Taniguchi, K. Narushima, H. Sagayama, W. Kosaka, N. Shito, and H.

Miyasaka: Adv. Funct. Mater.27, 1604990 (2017).

11)H. Fukunaga, M. Tonouchi, K. Taniguchi, W. Kosaka, S. Kimura, and H.

Miyasaka: Chem. Eur. J.24, 4294 (2018).

12)K. Taniguchi, J. Chen, Y. Sekine, and H. Miyasaka: Chem. Mater. 29, 10053 (2017).

13)W. Kosaka, Z. Liu, J. Zhang, Y. Sato, A. Hori, R. Matsuda, S. Kitagawa, and H. Miyasaka: Nat. Commun.9, 5420 (2018).

14)J. Zhang, W. Kosaka, K. Sugimoto, and H. Miyasaka: J. Am. Chem. Soc.

140, 5644 (2018).

15)J. Zhang, W. Kosaka, H. Sato, and H. Miyasaka: J. Am. Chem. Soc.143, 7021 (2021).

16)J. Zhang, W. Kosaka, Y. Kitagawa, and H. Miyasaka: Angew. Chem. Int.

Ed.58, 7351 (2019).

17)J. Zhang, W. Kosaka, Y. Kitagawa, and H. Miyasaka: Nat. Chem.13, 191 (2021).

18)H. Miyasaka: Bull. Chem. Soc. Jpn.94, 2929 (2021).

19)H. Miyasaka: Acc. Chem. Res.46, 248 (2013).

20)N. Motokawa, T. Oyama, S. Matsunaga, H. Miyasaka, K. Sugimoto, M.

Yamashita, N. Lopez, and K.R. Dunbar: Dalton Trans. 4099 (2008).

21)H. Miyasaka, N. Motokawa, S. Matsunaga, M. Yamashita, K. Sugimoto, T.

Mori, N. Toyota, and K.R. Dunbar: J. Am. Chem. Soc.132, 1532 (2010).

22)N. Motokawa, H. Miyasaka, M. Yamashita, and K.R. Dunbar: Angew.

Chem. Int. Ed.47, 7760 (2008).

23)H. Miyasaka, T. Morita, and M. Yamashita: Chem. Commun. 47, 271 (2011).

24)M. Nishio and H. Miyasaka: Inorg. Chem.53, 4716 (2014).

25)Y. Sekine, T. Shimada, and H. Miyasaka: Chem. Eur. J.24, 13093 (2018).

26)K. Nakabayashi, M. Nishio, K. Kubo, W. Kosaka, and H. Miyasaka: Dalton Trans.41, 6072 (2012).

27)H. Miyasaka: in World Scientific Reference on Spin in Organics, Vol. 4, Chapter 4, p. 169, Ed. J.S. Miller (World Scientific, Singapore, 2018).

28)H. Fukunaga, T. Yoshino, H. Sagayama, J. Yamaura, T. Arima, W. Kosaka, and H. Miyasaka: Chem. Commun.51, 7795 (2015).

29)H. Miyasaka, N. Motokawa, T. Chiyo, M. Takemura, M. Yamashita, H.

Sagayama, and T. Arima: J. Am. Chem. Soc.133, 5338 (2011).

30)W. Kosaka, Y. Takahashi, M. Nishio, K. Narushima, H. Fukunaga, and H.

Miyasaka: Adv. Sci.5, 1700526 (2018).

(2022 年 1 月 14 日 受理)

8 化合物7の CO2下での磁化変化(挿入図:150~300 K 範囲の拡 大)17)

P r o f i l e

宮 坂 等(みやさか ひとし)

1998 年九州大学大学院理学研究科博士課程修了.同年から 京都大学,米国テキサス A&M 大学にて独立行政法人日本学 術振興会特別研究員(PD).00 年東京都立大学大学院理学 研究科助教.01~05 年独立行政法人科学技術振興機構

(JST)さきがけ研究員.06 年東北大学大学院理学研究科准 教授.11 年金沢大学理工研究域物質化学系教授.13 年より 東北大学金属材料研究所教授.

Under vac Cooling Heating

At PCO2=100 kPa Cooling Heating

CO2

−CO2

7-CO2-II

7-CO2-II 7-CO2-I 7 7

+CO2

1e-I

1e-I

N 0.08

0.06 0.04 0.02

0.00150 200 250 300 χ/cm3 mol1

/K

/K

=1 kOe 10

8 6 4 2

00 50 100 150 200 250 300

χ/cm3 mol1

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参照

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