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「忠臣蔵」の読者と聴衆 [ PDF

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(1)「忠臣蔵」の読者と聴衆―1900 年代の福岡における浪花節・新聞・義士祭― キーワード:忠臣蔵,読者,聴衆,新聞,義士祭,口承文芸 発達・社会システム専攻 大石 和世 本稿の主題と方法、対象. のように受容されているのかをみた。「忠臣蔵」を扱うの. 本稿の課題は、日本の固有性や伝統性を追求してきた. は、多くの日本人に共有されている物語であり、ある行. 口承文芸研究を、批判的に検討し、オーラルな「場」を既. 為の規範をメッセージするものとして受け入れられてい. 定している、文字と国家の枠組みを明らかにすることで. るからである。また、「忠臣蔵」がさまざまなメディアに. ある。. よって表現されているため、比較や相互の影響を検討で. すでに、兵藤裕己が「<声>の国民国家」というとら. きるためである。. えかたで、浪花節の分析を通して、口頭芸が国民意識の. 「忠臣蔵」は「日本人」のアイデンティティをしめすも. 生成と分かちがたく結びついていることを明らかにして. のとされているが、それは近代になって形成された言説. いる。兵藤は、口頭芸は国民としての共通の感性を醸成. である。 当初は、 国家主義のイデオローグたちによって、. し、 「声の共同体」というべきものを作り出したとする。. 国民の天皇に対する忠誠と赤穂義士の主君に対する忠誠. しかし具体的にどのようにして、口頭芸が国家と結びつ. が同一視された。日清日露戦争時代に新聞で報道された. いたのかという点について説明されていない。ここに欠. 「美談」の中で、兵士は「義士」として称揚され、この. けているのは、声と国家を媒体するメディアの近代性に. イメージは一般に流布された。こうして「忠臣蔵」と「日. たいする視覚である。. 本人」は接続されるようになる。. メディア論において、佐藤健二が示すように、メディ. しかし、同時に庶民は「忠臣蔵」に個人的で卑近な経験. アは重層構造をなしていると主張する。メディアの重層. を重ねあわせていた。すなわち「義士」観には個々の経. 構造とは、メディアによって媒介される集団の重層構造. 験と記憶が反映していた。福岡の士族によって構成され. でもある。このメディアによって媒介される集団の形成. る玄洋社の社員は、若くして死んだ幕末の志士や、福岡. について、読者論における読書集団、読者共同体の概念. の乱の犠牲者、壮士たちの記憶によって団結していた。. を応用し、文字によって媒介される集団に対置される、. 彼らにとって赤穂義士のイメージは、これらの死者の記. 声によって媒介される、すなわち対面的なコミュニケー. 憶とつながっていた。. ションによって成立する聴き手の集団すなわち聴衆、聴 衆の共同体という概念を提出した。そして、オラリティ とリテラシィの交錯を両集団の交錯としてとらえた。. 2.福岡のメディア. ここで検討する 1900 年代は、国家制度が完成し、国. 具体的な対象として、同時代の同地域の「忠臣蔵」の語. 権伸張のうごきの中で、植民地を視野に入れた国家制度. りをとおして、三つの「場」において、メディアの重層. の再編がおこなわれた時代である。また、日清日露戦争. 性について考えた。時代と場所は、1900 年代の福岡であ. を経て、民衆の国民意識が芽生え始めた時期でもある。. る。三つの「場」とは、一、浪花節語り桃中軒雲右衛門. メディアの側面からこれを見ると、電信電話、鉄道のメ. の語りの「場」 、二、福岡の新聞九州日報紙上に連載され. ディアが整備された。またこれらのメディアを基盤とし. た福本日南の「元禄快挙録」 、三、九州日報が主催した義. て、郵便の配達、新聞の発行が迅速化し、また全国に郵. 士祭(赤穂義士を顕彰する慰霊祭)の「場」である。こ. 便・新聞の配達網がしかれた。これは情報の均一化、中央. の三つの場は、相互に関連しあっていた。. 集権化を意味する。明治当初、中央からは相対的に独立. それぞれの「場」をもっとも強く規定し、また、これ. していた九州島は、これらのメディア整備によって国家. らの「場」をむすびつけたのが新聞である。そこで、資料. 組織網に編入され、1890 年代には、完全に国家の下位レ. として新聞を中心に用いた。. ベルに位置するようになる。福岡は、本州、大陸に近い、 石炭の供給地であることから、地政学的に中央と九州島. 1.「忠臣蔵」と「日本人」. 三つの「場」を分析する前に、一般的に「忠臣蔵」がど. を結ぶメディアの結節点として、また大陸侵略の基点と しての位置づけられるようになる。これによって福岡の.

(2) 地元の資本力と政治的自立性は衰退し、植民地拡張政策. 込まれるような芸の階級の再編につながったといえる。. に転機が求められるようになる。 同時期におこった新聞社の企業化によって、新聞社は. 4.福本日南の「文字」と「声」. より多くの読者を求め、より広い地域に配布するように. 雲右衛門が福岡で名声を確立した頃、福本日南が『九. なる。また、その内容も多くの読者に受け入れられるよ. 州日報』に「元禄快挙録」を連載した。これは新しい「忠. うなものを目指すようになる。 そこで、 地理的に有利な、. 臣蔵」というべきで、 実証主義的な方法を用いて史論を展. 福岡の新聞社が九州島の中で優位にたつようになる。そ. 開している。比較的平易な語彙と、言文一致体が用いら. れは、福岡に九州島の鉄道の集結点が設置されたこと、. れている。 「快挙録」 は、 「講演」 と銘うってあるように、. 大陸に近くより迅速に情報が入手できたこと、福岡に資. 声を想定した文であることがわかる。すなわち浪花節を. 本が集中したことによる。. 好む中下層の読者にも読まれるものを目指していた。し. 福本日南がめざしたのは、新聞社の企業化戦略に沿っ. かし、日南は、読者集団を「士流」とした。読者は、現. た多くの読者に受け入れられる新聞であった。このよう. 実の階級を越えて、 日南と知識・価値観を共有する人びと. な国家メディアの配置の中で、福岡に根拠地を持つ『九. として想定されていることがわかる。. 州日報』は膨張主義をとなえた。. 実証主義的方法と平易な文体を用いることによって、 日南は官学に対抗する大衆的なメディアという場におい. 3.桃中軒雲右衛門の「声」と「文字」. て権威を獲得した。. 浪花節語り桃中軒雲右衛門が九州で名声を得ること. 日南を社長とする九州日報社は、大規模な新聞読書会. ができたのは、新聞を活用したからである。これは、新. を開催した。その宣伝は新聞紙上でおこなわれた。この. 聞が雲右衛門のイメージを既定したことを意味する。雲. 文字テクストをもちいた聴衆の動員は、新聞社が販路拡. 右衛門は声の芸人だったが、かれの言行は新聞によって. 大のための読者会で用いられる手法である。国家イデオ. 文字化された。このテクストは二種類に大別される。ひ. ロギーと新聞社の資本主義的な動機は一致していた。. とつは、雲右衛門についての物語、もうひとつは雲右衛 門がかたる「義士伝」である。. これは日南が天皇の下での国民の統一を目指してい たことと関連するが、それ以上に、時代の思潮を反映し. 前者について、雲右衛門がどのように新聞で報道され. ていた。この「文字」を媒体とした読者集団は、聴衆と. たかみる。 福岡で名声を得たのは、 日露戦争時期だった。. して記述されることから、実際に聴衆として参加する、. 雲右衛門はさかんに寄付興業をおこなったが、この報道. 聴衆の共同体の母体となっていった。. は、周辺の人物を主人公とする戦時美談のひとつであっ た。この報道をとおして新聞は、雲右衛門の聴きかたを 伝えた。これが表象上の聴き手集団、すなわち聴衆を作. 5.義士祭. 物語の享受から物語の参加へ. 物語を享受することを、テクスト論的な分析ではなく、. り出していった。この知識をえて寄付興業に足を運ぶ人. 行為によって理解するために、 「享受」ではなく「参加」. たちは、 この聴衆の共同体を構成するメンバーとなった。. とする。ここで、物語の参加の形として、赤穂浪人を「義. すなわち、読者=聴衆という図式によって、読書に埋め. 士」として祀る義士祭をみる。. 込まれている帝国が口演空間を既定することとなったと いえる。. 義士祭の原型と見られる泉岳寺参りは、明治はじめま では江戸で盛んに行われた社寺参りのひとつであった。. つぎに、雲右衛門の口述筆記をもとに、雲右衛門の「作. しかし、赤穂義士の行為が天皇への忠誠と理解されるよ. 者」性について考えた。口述筆記の分析から、雲右衛門. うになり、日露戦争をひとつの画期として、国家のイデ. は口述者として、近代的「作者」としてはつねにあいま. オロギーの枠組みの中で義士祭が行なわれるようになる。. いな立場にあったこと、にもかかわらず彼は「作者」的. 福岡でも、日露戦争後、1908 年、日南の『快挙録』の. な発想で文字テクストを所有しようと努めたことを示し. 評判が良かったことをうけて、九州日報社主宰で、義士. た。. 祭がおこなわれた。. 芸能が、口頭や木版刷のメディアで評価されるのでは. この祭りは、民俗的な祭礼と、近代的な会合の形式を. なく、新聞活字上で評価されることは、評価の基準、評. 両方備えたものである。 この祭りの参加者動員の方式は、. 価者の変化を意味した。すなわち芸の質や人気、一座の. 読書会の方式と同一である。この祭の目玉は日南の講演. 勢力などではなく、人格や生まれなどが基準となった。. であった。すなわち、一種の読書会として位置づけられ. これが上流階級をも聴き手とし、浪花節界もこれに巻き. る。義士祭には老若男女が集まり、さまざまな階層、地.

(3) 域からの参加者があったという。新聞をみるかぎりでわ. 芝清之編 1997『浪花節変遷史』月刊浪曲. かるのは、参加者は、きわめて強い共感を「義士」や日. 芝清之編 1980『大衆芸能資料集成』第 6 巻、三一書房. 南にたいして、また参加者同士に抱いてように報道され. シャルチエ,ロジェ 1993『書物の秩序』長谷川輝夫訳、. ていることだ。. 文化科学高等研究院. また、義士祭は英霊供養の形式も備えていた。玄洋社. 田中丸勝彦・重信幸彦 1998「ある「殉職」の近代」 『北九州. 関係の人々が中心に行なっていたことからも、義士祭は. 大学文学部紀要』57 号. 死者祭祀を紐帯とする擬似血縁関係的な関係を作り出し. 田中丸勝彦 2002『さまよえる英霊たち』柏書房. たといえる。. 鶴見俊輔・安田武 1983『忠臣蔵と四谷怪談』朝日選書. この聴衆の共同体において、日南の言行は権威的で抑. 鶴見俊輔 1991(1984) 「戦後日本の大衆文化史」 『現代. 圧的である。しかし、参加者は義士にそれぞれのイメー. 日本思想史 鶴見俊輔集 5』筑摩書房. ジを投影する余地はあった。. 成田龍一 1994「 『少年世界』と読書する少年たち―1900 年前後、都市空間のなかの共同性と差異―」 『思想』845. 6.まとめ. 三つの「場」は、地域的な差も含めてそれぞれ異なる. 号 西尾陽太郎編 1978『硬石五拾年譜 内田良平自伝』葦書. オラリティとリテラシィの交差のありようを示していた。. 房. 聴衆は新聞活字上で国民として表象された。この表象の. 西日本新聞社 1978『西日本新聞百年史』西日本新聞社. 聴衆は、実際の聴き手に重ねあわされることによって、. 原知章 1997「伝説の正典化―沖縄・与那国島の事例より. 聴衆の共同体として実体化されていった。. ―」 『民族学研究』62(2). 今後の課題として、浪花節、新聞、義士祭、三つの「場」. バルト,ロラン 1979(1961-71) 『物語の構造分析』花. の聴衆、読者層がどのように重なっていたかを明らかに. 輪光訳、みすず書房. する必要があるだろう。. 兵藤裕己 2000『<声>の国民国家・日本』NHK ブック ス. 主要引用文献、資料. 平岡正明 1992『浪曲的』青土社. アルチュセール,ルイ 1975「イデオロギーと国家のイデ. 藤本尚則 1932『巨人頭山満翁』頭山翁頒布会. オロギー装置」 『国家とイデオロギー』西川長夫訳、福村. ホワイト,ヘイドン 2001(1981) 『物語と歴史』 (海老. 出版. 根弘、原田大介訳)リキエスタの会. 石瀧豊美 1997『増補版 玄洋社発掘』西日本新聞社. 前田愛 2001(1973) 『近代読者の誕生』岩波現代文庫. 今尾哲也 1987『吉良の首 忠臣蔵とイマジネーション』. 松尾尊兊 2001(1974) 『大正デモクラシー』岩波現代文. 平凡社. 庫. オング,ウォルター・J1991『声の文化と文字の文化』藤. 松島栄一 1964『忠臣蔵』岩波新書. 原書店. 松島栄一 1982「解説」福本日南 1982『元禄快挙録』上・. 加藤秀俊、前田愛 1980『明治メディア考』中央公論社. 中・下巻、岩波文庫. 亀井秀雄 1999(1991) 「間作者性と間読者性および文体. 宮崎滔天著、宮崎竜介、小野川秀美編 1973『宮崎滔天全. の問題」和田敦彦編『読書論・読者論の地平』若草書房. 集』4 巻、平凡社. 倉田善弘 1980『明治大正の民衆娯楽』岩波新書. 宮澤誠一 2001『近代日本と「忠臣蔵」幻想』青木書店. 倉田喜弘 1973-4「雲右衛門リポート(一)∼(三) 」 『西. 村上重良 1974『慰霊と招魂』岩波新書. 日本文化』第 96,97,99 号. 柳田國男 1990「口承文芸史考」 『柳田國男全集』8 巻、. 佐藤健二 1996a「話すということをめぐって」水越伸『20. ちくま文庫. 世紀のメディア』ジャストシステム. 山本武利 1994(1973) 『新聞と民衆』精選復刻紀伊国屋. 佐藤健二 1996b「印刷革命と読むことの近代」 『メディ. 新書、紀伊国屋書店. アと情報化の社会学』岩波講座現代社会学 22. 山本武利 1981『近代日本の新聞読者層』法政大学出版局. 重信幸彦 1997「御伽噺、童話、民話」 『口承文学 2・アイ. 山室信一 1990「国民国家形成期の言論とメディア」松本. ヌ文学(岩波講座 日本文学史 第 17 巻) 』岩波書店. 三之介、山室信一『言論とメディア 日本近代思想大系. 信夫恕軒述、談叢社社員速記 1897『赤穂義士談』全、談. 11』岩波書店. 叢社. 若林幹夫 1996「空間・近代・都市―日本における<近代空.

(4) 間>の誕生―」吉見俊哉『都市の空間 都市の身体 21 世紀の都市社会学 4』勁草書房 若林幹夫 2001「都市とメディアの交わる場所」吉見俊哉 『メディア・スタディーズ』せりか書房 和田敦彦 1997『読むということ―テクストと読書の理論 から―』ひつじ書房 『読売新聞』 『九州日報』 『福岡日日新聞』.

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