トーラス結び目群における generalized torsion の位数について
姫野 圭佑 (広島大学先進理工系科学研究科数学プログラム M2)∗ 概 要
群のgeneralized torsionとは,いくつかの共役の積で単位元を生成する非自 明な元のことである。このとき,単位元を生成するために必要な共役元の最 小個数を位数という。このgeneralized torsion の位数を決定した先行研究は ない。本稿では,[IMT]で与えられている位数の評価式をもとに,トーラス結 び目群におけるいくつかのgeneralized torsion の位数を決定できたので,そ れを紹介する。位数の評価には,群のstable commutator lengthを用いた。
1. 準備
定義 1. 群 G の非自明な元 g が,G のある元 ai (i= 1,2,· · · , n)を用いて,
ga1ga2· · ·gan = 1 (gai :=a−i 1gai)
とできるとき,g をG の generalized torsionという。また,上の式を実現する最小 の n を g の位数(order) という。
注意 1. 群が両側順序付け可能なとき,その群は generalized torsionを持たない[CR]。 補題 1. 結び目群の generalized torsion はその交換子部分群に含まれる。
証明. 結び目群Gの generalized torsion を g とすると,ある元ai (i= 1,2,· · · , n) を 用いて,
ga1ga2· · ·gan = 1
とできる。これをアーベル化すると,n[g] = 0 となる。G/G′ ∼=Zより [g] = 0なので,
g ∈G′ である。
generalized torsion の位数を決定した先行研究はない。本稿では,トーラス結び目群
における generalized torsion の位数について得られた結果を紹介する。
p, q を互いに素な正の整数とする。(p, q) 型トーラス結び目の補空間の基本群 (結び 目群) を Gp,q とする。トーラス結び目群は Gp,q =⟨A, B | Ap = Bq⟩ という表示を持 つ。上の補題から,generalized torsion は交換子部分群に含まれる。次の定理が Gp,q
の交換子部分群の構造を明確にしている。
定理 1. ([Ts, Cororally 4.5]) Gp,q = ⟨A, B | Ap = Bq⟩ の交換子部分群は {[Ai, Bj] | i= 1,2, . . . , p−1, j = 1,2, . . . , q−1} で生成されるランク (p−1)(q−1) の自由群で ある。
∗e-mail:m216754@hiroshima-u.ac.jp
2. 位数 2 の generalized torsion
後述の定理7により,位数2 の generalized torsion は p, q のどちらか一方が偶数の時 のみ現れる。したがって,このセクションを通してp は偶数2k,q は奇数とする。つ まり,G2k,q =⟨A, B |A2k=Bq⟩ について考える。
補題 2. G2k,q =⟨A, B |A2k =Bq⟩において,
[Ak, Bj]Ak = [Ak, Bj]−1 (j = 1, . . . , q−1) が成立する。
証明. A2k が中心的であることに注意して,直接計算する。
[Ak, Bj]Ak =A−k·A−kB−jAkBj ·Ak
=A−2k·B−jAkBjAk
=B−j ·A−2k·AkBjAk
=B−jA−kBjAk
= [Ak, Bj]−1.
この補題により,語に現れる [Ak, Bj](j = 1, . . . , q−1) を共役で一気に逆元にでき る。このことは,位数4,6の generalized torsion を見つけることにも役立った。以降,
その他の共役の計算も中心に属する元に注意して,直接計算している。
定義 2. 自由群 F の元 W = S1S2· · ·Sn (Si は F の生成元) が共役で反転するとは,
W のある元 T ∈F による共役で,WT =SnSn−1· · ·S1 とできるときをいう。
定理 2. G′2k,q の非自明な元 W が {[Ak, Bj] |j = 1,2, . . . , q−1} の元のみからなる語 で,共役で反転するとき,W は G2k,q の位数 2 の generalized torsion である。
証明. W = S1S2· · ·Sn (Si ∈ {[Ak, Bj] | j = 1,2, . . . , q−1}) とする。共役で反転す るので,あるT ∈G2k,q が存在して,WT =SnSn−1· · ·S1 となる。また,補題2より,
WT Ak =Sn−1Sn−−11· · ·S1−1 である。したがって,
W WT Ak =S1S2· · ·Sn·Sn−1Sn−−11· · ·S1−1
= 1
で示された。
例 1. (2,3) 型トーラス結び目群 G2,3 = ⟨A, B |A2 =B3⟩ を考える。G2,3 の交換子部 分群の基底を α = [A, B], β = [A, B2] とする。このとき,Dn=αβnαβn は位数 2 の generalized torsionである。実際,Dαn =βnαβnαというようにα の共役で反転できる ので,DnDnαA=αβnαβn·β−nα−1β−nα−1 = 1 が成立する。また,Dn は自由群におけ る既約語であり,n に依存して語の長さが変わるので,Dn は n に関してすべて異な る元である。
このように位数 2の generalized torsion は量産できた。
3. 位数 3 以上の generalized torsion
位数が 3以上であることを示すには,位数を下から評価する必要がある。次の定理が その評価を与える。
定理 3. ([IMT, Theorem 2.4])
g ∈G を位数 k の generalized torsion とする。このとき,scl(g)≤ k2k−2 < 12 が成立 する。
上の定理より,generalized torsion の位数について次の表のことがいえる。
位数 scl
2 0
3 1/6以下
4 1/4以下
5 3/10 以下
6 1/3以下
−→
scl 位数
0 2
1/6 3以上 1/4 4以上 3/10 5以上 1/3 6以上
定義 3. 群 G の交換子部分群 [G, G] の元 g に対し,交換子長 (commutator length) cl(g) を
cl(g) = min{n |g = [x1, y1]· · ·[xn, yn], xi, yi ∈G} で定める。さらに,安定交換子長 (stable commutator length) scl(g) を
scl(g) = lim
n→∞
cl(gn) n
で定める。どの群で考えているのか強調したいときは,sclG(g) と書く。
命題 1 (monotonicity). ϕ: G→H を群準同型とする。このとき,sclH(ϕ(g))≤sclG(g) が成立する。
証明. 交換子の積を群準同型で送っても同じ個数の交換子の積で表されるため,clH(ϕ(g)n)≤ clG(gn)である。したがって,sclH(ϕ(g))≤sclG(g) が成立する。
sclは一般に計算することが難しい。しかし,トーラス結び目群の場合は以下のよう に考えることで,sclを評価できる。
⟨Ap⟩ ∼=Z は Gp,q の中心であり,Gp,q/⟨Ap⟩=⟨A, B | Ap = Bq = 1⟩ ∼=Zp∗Zq とな る。商写像を ϕp,q: Gp,q →Zp ∗Zq とすると,scl の monotonicity により sclGp,q(g)≥ sclZp∗Zq(ϕ(g)) が成立する。Zp∗Zq におけるscl の計算はScallopというプログラムで 計算できる[Wa]。
注意 2. 実際は,[Su]により sclGp,q(g) = sclZp∗Zq(ϕ(g)) である。
3.1. 位数 3 の generalized torsion
定理 4. Gp,3k = ⟨A, B | Ap = B3k⟩ において,p, k がともに奇数,または p が偶数 かつ k ≡ 1, 2 (mod 3) ならば,D1 = [A, Bk][A, B2k][A, Bk]2[A, B2k]−1 は位数 3 の generalized torsion である。
証明. D1 は自由群 G′p,3k の既約語で書かれており,非自明な元であることが分かる。
また,補題3から,D1 は位数 3 以下のgeneralized torsion である。
p, k がともに奇数のとき,後述する定理7より,Gp,3k の geeralized torsionは位数3 以上である。
また,pが偶数かつ k ≡1, 2 (mod 3)のとき,定理3と補題4により位数は 3 以上 であることから示された。
補題3. Gp,3k =⟨A, B |Ap =B3k⟩において,Dn = [A, Bk][A, B2k]n[A, Bk]n+1[A, B2k]−1 は三つの共役元の積で1 にできる。
証明. α:= [A, Bk], β := [A, B2k]とおく。すると,Dn=αβnαn+1β−1 となる。各元の 共役は表1のように計算できる。
Bk 共役 B2k 共役 α α−1β β−1 β α−1 β−1α
表 1: α= [A, Bk], β= [A, B2k] の Bk, B2k による共役。
このとき,
DnB2kβ−1 =β·β−1(β−1α)nβ−n−1(β−1α)−1·β−1
= (β−1α)nβ−n−1α−1,
DnBkα−1 =α·α−1βα−n(α−1β)n+1α·α−1
=βα−n(α−1β)n+1
を得る。したがって,
DBn2kβ−1DnDBnkα−1 = (β−1α)nβ−n−1α−1·αβnαn+1β−1·βα−n(α−1β)n+1
= (β−1α)nβ−1α(α−1β)n+1
= 1
が成立する。
補題 4. p が偶数かつ k ≡1, 2 (mod 3) ならば,sclGp,3k(D1)≥1/6となる。
証明. Z2∗Z3 において,
D2,31 = [A, B][A, B2][A, B]2[A, B2]−1 D˜2,31 = [A, B2][A, B][A, B2]2[A, B]−1
とする。図1はコンピュータプログラムScallopで計算したsclZ2∗Z3(D2,31 ),sclZ2∗Z3( ˜D2,31 ) の値であり,
sclZ2∗Z3(D12,3) = 1
6, sclZ2∗Z3( ˜D2,31 ) = 1 6 という結果を表している。
図 1: D2,31 ,D˜2,31 ∈Z2∗Z3 の scl の計算。大文字は小文字の逆元を表す。
ψ: Zp∗Z3k →Z2∗Z3 を自然な商写像とする。
Zp∗Z3kにおいて,D1p,3k = [A, Bk][A, B2k][A, Bk]2[A, B2k]−1 とする。このとき,
ψ(Dp,3k1 ) =
{D2,31 (k≡1 (mod 3)) D˜2,31 (k≡2 (mod 3))
であり,いずれの場合も sclの monotonicity から,
sclGp,3k(D1)≥sclZp∗Z3k(Dp,3k1 )≥ 1 6 が成立する。
3.2. 位数 4 の generalized torsion
定理 5. k を奇数,q を 5,7,9,11,13,17,19,23,29,31,37の倍数かつ奇数とする。この とき,G2k,q =⟨A, B |A2k =Bq⟩ において,E1 = [Ak, B][Ak, B2][Ak, B]2[Ak, Bq−1] は 位数4 の generalized torsion である。
証明. E1 は自由群 G′2k,q の既約語で書かれており,非自明な元であることが分かる。
また,補題5から,E1 は位数4 以下のgeneralized torsion である。さらに,定理3 と 補題6 により位数は4 以上であることから示された。
補題 5. q ≥5とする。G2k,q =⟨A, B |A2k =Bq⟩において,
En= [Ak, B]n[Ak, B2][Ak, B]n+1[Ak, Bq−1] は四つの共役元の積で1 にできる。
証明. 直接計算することで,
[Ak, B]B = [Ak, B]−1[Ak, B2], [Ak, B2]B = [Ak, B]−1[Ak, B3], [Ak, Bq−1]B = [Ak, B]−1
が分かる。α:= [Ak, B], β:= [Ak, B2], γ:= [Ak, B3], δ := [Ak, Bq−1] とおくと,
En=αnβαn+1δ, αB =α−1β, βB =α−1γ,
δB =α−1
となる。これらを用いて計算する。
まず,
EnB = (αnβαn+1δ)B
= (α−1β)nα−1γ(α−1β)n+1α−1
= (α−1β)nα−1γα−1(βα−1)nβα−1
である。Enαnβ =αn+1δαnβ より,
EnBEnαnβ = (α−1β)nα−1γα−1(βα−1)nβα−1·αn+1δαnβ
= (α−1β)nα−1γα−1(βα−1)n·βαnδαnβ
となる。よって,
EnBβ−1α−nδ−1α−nβ−1Enδ−1α−nβ−1 = (EnBEnαnβ)β−1α−nδ−1α−nβ−1
=βαnδαnβ·(α−1β)nα−1γα−1(βα−1)n
を得る。また,補題2より,εAk =ε−1 (ε=α, β, γ, δ) なので,
EnBAkEnαnβAk = (αβ−1)nαγ−1α(β−1α)n·β−1α−nδ−1α−nβ−1 となるので,
EnBAkEnαnβAkEnBβ−1α−nδ−1α−nβ−1Enδ−1α−nβ−1 = 1 が成立する。
補題 6. k を奇数,q を 5,7,9,11,13,17,19,23,29,31,37の倍数かつ奇数とする。この とき,sclG2k,q(E1)≥1/4 である。
証明. Z2k∗Zq において,
E12k,q = [Ak, B][Ak, B2][Ak, B]2[Ak, Bq−1]
とする。図2はコンピュータプログラムScallopで計算したq = 5,7,9,11,13,17,19,23,29,31,37 のときの sclZ2∗Zq(E12,q) の値であり,
sclZ2∗Zq(E12,q) = 1 4 という結果を表している。
q を 5の倍数とする。q = 5l とおく。ψ:Z2k∗Z5l→Z2∗Z5 を自然な商写像とする。
このとき,
ψ(E12k,5l) = E12,5 であり,scl の monotonicity から,
sclG2k,5l(E1)≥sclZ2k∗Z5l(E12k,5l)≥sclZ2∗Z5(E12,5) = 1 4
が成立する。q が 7,9,11,13,17,19,23,29,31,37 の倍数のときも同様に示せる。
図 2: q = 5,7,9,11,13,17,19,23,29,31,37 のときの E12,q ∈Z2∗Zq の sclの計算。
定理 6. k を奇数,l は l ≡1,2 (mod 3) をみたすとする。このとき,G2k,3l =⟨A, B | A2k =B3l⟩ において,
• D1 = [Ak, Bl][Ak, B2l]3[Ak, Bl]2[Ak, B2l]2,
• D2 = [Ak, Bl]2[Ak, B2l]4[Ak, Bl]3[Ak, B2l]3,
• D3 = [Ak, Bl]3[Ak, B2l]5[Ak, Bl]4[Ak, B2l]4 は位数 4の generalized torsion である。
証明は省略する。
3.3. その他の結果
定理 7. p, q の正の約数の中で 1 でない最小の数をd とする。このとき,Gp,q の gen- eralized torsion の位数は d 以上である。
証明. g ∈Gp,q =⟨A, B |Ap =Bq⟩ を generalized torsion とする。
ϕ(g) ∈Zp∗Zq が Zp =⟨A |Ap = 1⟩ の元と共役であるとする。このとき,ある i, j を用いて,g = k−1Ai+pjk と表せる。これをアーベル化すると,0 = (i+pj)q ∈Z が 成立する。したがって,i+pj = 0 で,g = 1 となり矛盾する。ϕ(g)∈ Zp∗Zq が Zq
の元と共役であるとしても矛盾する。
したがって,ϕ(g) は Zp∗Zq の一つの factor の元と共役にはならない。このとき,
ϕ(g) = A1B1· · ·ALBL (Ai ∈ Zp\{1}, Bi ∈ Zq\{1}, L ≥1) と表せる。[Ch, Theorem 3.1]より,
sclZp∗Zq(ϕ(g))≥ 1 2− 1
d
である。sclの monotonicity より sclGp,q(g)≥1/2−1/d であるので,定理3から g の 位数は d 以上であることが分かる。
系 1. p, q を p < q をみたす素数であるとする。このとき,Gp,q=⟨A, B |Ap =Bq⟩ に おいて,[A, B] は位数p の generalized torsion である。
証明. まず,Gp,q はアーベル群でないので,[A, B]̸= 1である。交換子の恒等式により,
[A, B]Ap−1[A, B]Ap−2· · ·[A, B]A[A, B] = [Ap, B]
が成立する。Ap は Gp,q の中心に属するので,[Ap, B] = 1である。つまり,[A, B] の p 個の共役元の積で 1 を生成できる。定理7より,Gp,q の generalized torsion の位数 は p 以上なので,[A, B] は位数 pの generalized torsion である。
見つかった generalized torsion の位数と (p, q) の対応を表にしておく。
位数 (p, q)
2 p または q が偶数の時 (その場合に限る)
3 (p,3k) の p, k がともに奇数,またはp が偶数かつ k ≡1,2 (mod 3)の場合 4 (2k, q) の k が奇数かつ q が 3,5,7,11, . . . ,37 の倍数の場合
6 (2k, q) の k が奇数かつ q が 3,5,7,11, . . . ,37 の倍数の場合
素数p (p, q)の q が p より大きい素数の場合
4. 謝辞
講演の機会を与えてくださった世話人の市原一裕先生,松土恵理先生,茂手木公彦先 生に感謝いたします。また,集会において伊藤哲也先生には,sclの評価について貴重 な意見をいただきました。重ねて御礼申し上げます。
参考文献
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