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密教文化 Vol. 1960 No. 48-50 009大山 公淳「東台両密の問題 P120-134」

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Academic year: 2021

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密 教 文 化

序 予 は 本 学 の 密 教 研 究 一 四 号 ( 大 正 一 三 ・ 九 月 ) よ り 二 一 号 ( 同 一 五 ・ 七 月 ) に わ た り ﹁ 東 密 と 台 密 ﹂ と 題 し て い ろ い ろ の 問 題 に つ い て 掲 出 し た が、 そ の 中 第 七 項 ( 密 研 一 七 号 ) ﹁ 諸 祖 の 血 脈 ﹂ と い う を こ こ に 改 訂 再 録 し、 そ の 後 の 所 見 を 加 え 彼 の 不 足 を 補 い、 次 い で 両 部 相 承 論 を 見 る こ と に し た。 今 の 第 二 項 は 予 の 旧 稿 に 成 る も の な れ ど 未 発 表 な の で 特 に こ こ に 出 し て 諸 賢 の 叱 正 を 仰 ぐ こ と に し た。 一、 入 唐 諸 家 の 法 豚 法 豚 を ま た 血 豚 と い う。 学 系 の こ と で あ つ て 仏 教 中 で も 禅 宗 や 密 教 は 特 に そ の 正 し き を 尊 ぶ。 師 伝 が 正 し く な け れ ば 法 を 成 就 し 得 ら れ な い。 従 つ て そ の 正 統 を 競 う は 当 然 で あ ろ う。 比 叡 山 五 大 院 安 然 和 尚 は そ の 著 菩 提 心 義 一 の 本 に い う。 (1) ﹁ 真 言 は 師 に 従 つ て 受 け る の で な け れ ば 三 昧 耶 を 犯 す こ と に な り こ れ を 持 す る も 効 験 が な く、 現 世 に は 天 死 し て 地 獄 に 堕 す ﹂ と、 古 来 東 密 台 密 の 間 に 血、 豚 論 の や か ま し い 理 由 は こ こ に あ る。 東 密 真 言 宗 で は 宗 祖 弘 法 大 師 が 広 と 略 と の 付 法 伝 を 述 作 し て そ の 相 伝 を 明 か に さ れ、 そ の 御 請 来 目 録 で は 青 龍 寺 恵 果 阿 闇 梨 の 付 法 の 嫡 伝 な る を 明 記 さ れ た。 爾 来 本 宗 の 学 徒 で こ れ に 異 議 を と な え る も の は な か つ た。 そ れ ら の 記 述 に よ れ ば 根 本 祖 師 大 日 如 来 よ り 弘 法 大 師 に い た る ま で 付 法 に 八 祖 あ り、 印 度 以 来 密 教 流 伝 の 初 祖 龍 猛 よ り 龍 智 ・ 金 剛 智 ・ 不 空 ・ 善 無 畏 ・ 一 行 ・ 恵 果 ・ 弘 法 と 次 第 す る を 伝 持 の 八 祖 と い う。 現 に 密 法 を 伝 持 し 流 通 し た 祖 師 な る を 意 味 す る。 こ れ に 対 し 前 記 付 法 の 八 祖 と い う は 善 無 畏 ・ 一 行 の 二 人 を 除 い て 龍 猛 の 前 に 大 日 と 金 剛 薩 垣 を 加 え る。 無 畏 と 一 行 と の 二 人 は 唯 密 教 を 伝

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持 し 流 通 し た の み で、 そ の 正 統 は 後 代 へ 伝 わ ら ず 正 し い 法 嗣 を 残 さ な か つ た。 よ つ て 付 法 と し て は 数 え な い。 付 法 の た め に は 大 日 如 来 よ り 金 剛 ・ 胎 蔵 と い う 密 教 根 本 の 両 部 大 教 の 法 を、 正 し く 師 資 相 つ い で 相 伝 し 来 る こ と 一 器 の 水 を 完 全 に 他 の 一 器 へ 潟 し て 漏 ら さ ず、 代 々 法 門 の 奥 義 を つ く し て 伝 え 更 に 余 す と こ ろ な き を い う。 伝 持 は そ の 列 名 に ょ つ て 知 ら れ る よ う に 龍 猛 以 後 代 々 の 人 格 に よ り 印 度 よ り 中 国 へ、 中 国 よ り 日 本 へ、 こ の 秘 密 の 大 法 を 伝 持 し 来 つ た 人 の 名 を 掲 げ て そ の (2) 功 績 を た た え る。 呆 宝 師 は こ れ を 記 し て ﹁ 大 日 如 来 よ り 不 空 (3) 三 蔵 に い た る 六 人 を 付 法 の 正 嫡 と す る こ と 表 制 集 の 文 に 掲 げ ら れ、 三 蔵 の 付 法 に 六 人 あ る 中 恵 果 ひ と り 両 部 の 師 位 を 伝 え、 恵 果 の 付 法 に 六 人 あ る 中 我 大 師 ひ と り 潟 瓶 の 人 体 に あ た る。 し か れ ば 三 国 相 承 の 正 統 は 唯 東 寺 の 一 流 に あ る の み ﹂ と (4) 記 さ れ、 一 本 四 十 帖 決 の 室 町 時 代 の 加 筆 と 思 わ れ る 張 文 に ﹁ 山 門 長 宴 四 十 帖 良 祐 再 治 の 本 に 池 上 皇 慶 云 ﹂ と し て 諸 流 の 血 豚 を 伺 い 習 う に 諸 家 の 目 録 に 違 せ ざ る は 東 寺 の 灌 頂 に 過 る な し (5) と い い、 台 密 法 曼 院 相 実 法 印 は 審 印 信 謬 譜 に 弘 法 大 師 は 直 に 恵 果 に 受 け て 記 す 恐 ら く 聞 く と こ ろ た し か な る か、 海 雲 ( 血 豚 ) 等 は 後 に 記 す、 展 転 の 間 自 ら 誤 る か と 記 し て い る。 こ れ に よ つ て 東 密 の 伝 は 台 密 の 巨 匠 に よ つ て も 信 用 さ れ て い た こ と を 知 る。 し か る に 他 門 台 密 諸 祖 の 伝 え た 血 豚 は 東 密 の 如 く 簡 単 で な い。 先 ず 伝 教 大 師 に つ い て 見 る に、 大 師 は 延 暦 二 十 三 年 ( A ・ D 八 〇 四 ) 七 月 我 大 師 と と も に 本 土 を 離 れ て 入 唐、 天 台 山 に お い て 法 を 受 け 転 じ て 北 方 越 府 に 赴 き 龍 興 寺 に お い て 善 無 (6) 畏 三 蔵 第 三 世 の 法 孫 順 暁 ア ジ ヤ リ に 遇 い 三 部 大 教 の 灌 頂 を 受 け、 種 々 マ ン ダ ラ 図 様 ・ 念 論 の 供 具 ・ 印 契 ・ 法 文 ・ 密 器 な ど 付 属 さ れ、 ま た 台 州 ・ 明 州 ・ 越 州 の 間 に お い て 草 堂 寺 太 素 ・ 檀 那 行 者 江 秘 ・ 開 元 寺 霊 光 ・ 国 清 寺 惟 象 な ど に 遇 い、 雑 マ ン ダ ラ の 秘 要 を 受 け た。 そ の 相 承 血、 豚 を 見 る に 胎 蔵 大 日 善 無 畏 二 行 義 林

最 澄 義 真 ( 比 叡 山 第 二 代 座 主 ) 金 剛 界 大 日 金 剛 サ ッ タ 龍 猛 龍 智 金 剛 智 不 空 順 暁 最 澄 義 真 雑 マ ン ダ ラ 金 剛 道 場 大 牟 尼 尊 天 竺 沙 門 菩 提 流 支 大 唐 草 堂 寺 比 丘 太 素 同 阿 地 盟 多 大 唐 明 州 檀 那 行 者 江 秘 同 開 元 寺 霊 光 和 尚 同 国 清 寺 唯 象 和 上 最 澄 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 (7) 以 上 は 伝 教 大 師 弘 仁 十 年 ( 同 八 一 九 ) の 記 に な る 内 証 仏 法 相 承 血 腺 譜 に あ る 胎 蔵 ・ 金 剛 両 曼 茶 羅 相 承 師 々 血 豚 譜 と 雑 曼 茶 羅 師 々 血、 豚 譜 と で あ る。 な お 順 暁 ア ジ ヤ リ に は 付 法 文 の 三 種 悉 地 印 信 あ り、 上 ・ 中 ・ 下 品 の 真 言 を 伝 え 大 唐 貞 元 二 十 一 年 ( 同 八 〇 五 ) 四 月 二 十 九 日 に 受 け る と 記 す。 こ れ は 両 部 の 肝 心 で あ り 三 身 の 秘 言 で あ る と し て、 台 密 の 徒 の 珍 重 す る と こ ろ と な つ て い る。 (8) 五 大 院 安 然 和 尚 の 教 時 諄 に は ﹁ 真 言 宗 に 二 つ の 相 違 が あ る。 一 は 去 る 延 暦 年 ( 七 八 二-八 〇 五 ) 中 に 伝 教 大 師 が 制 す る 真 言 血 詠 三 種、 二 は 去 る 承 和 年 ( 八 三 四-四 七 茎 中 に 慈 覚 大 師 が 承 け た 真 言 印 信 三 通 で あ る ﹂ と い い、 更 に 教 時 評 論 に (9) は ﹁ 真 言 一 宗 に 前 後 両 伝 あ り ﹂ と て 前 記 伝 教 慈 覚 両 大 師 の 伝 あ る を 記 す も 善 無 畏 の 次 一 行 の 下 に 義 林 を 出 し て 順 暁 を 出 さ ず、 雑 曼 奈 羅 の 下 に 草 堂 寺 比 丘 太 素 を 列 ね て い な い。 け れ ど そ れ は 前 記 大 師 の 自 記 を 正 し と す べ き で あ ろ う。 右 の 記 の 中 (10) 胎 蔵 を 大 日 ・ 無 畏 と 列 ね る は 善 無 畏 三 蔵 が 修 学 の た め 五 十 余 国 を 経 歴 し 北 天 竺 乾 陥 羅 国 金 粟 王 が 造 つ た 塔 の 辺 に お い て 大 日 経 供 養 次 第 法 を 感 得 し た と い う 不 可 思 議 疏 の 説 に よ る と 思 わ れ る。 も つ と も こ の 書 の 記 事 は 文 殊 ボ サ ツ か ら 受 け る の で あ る が、 今 は そ れ を 本 経 の 教 主 に つ い て 大 日 如 来 と し た。 彼 の 内 証 仏 法 相 承 血 豚 譜 に は 上 の 密 教 の 外 に 達 磨 大 師 付 法 相 承 ・ 天 台 法 華 宗 相 承 ・ 天 台 円 教 菩 薩 戒 相 承 の 各 師 々 血 詠 譜 を 出 し て い る。 そ れ は 禅 と 円 教 と 円 頓 戒 と の 付 法 次 第 を 表 わ し て お り、 も つ て 日 本 天 台 は 伝 教 大 師 に よ る 四 宗 合 一 の も の で あ る こ と を 実 証 し よ う と す る。 そ の 中 順 暁 な る 人 に つ い て は 海 (11) 雲 や 造 玄 の 血 豚 中 に 見 え な い の で、 東 寺 の 果 宝 法 印 は ﹁ 伝 教 の 所 伝 は 恐 ら く 正 流 で は な い で あ ろ う ﹂ と 評 さ れ た。 な お 台 密 の 書 遮 那 業 相 承 血 豚 譜 を 見 る に 上 の 胎 蔵 大 日 の 次 に 金 剛 手 と 掬 多 の 二 人 を 加 え ﹁ 本 豚 に こ れ な く こ の 二 人 は 祖 師 慈 覚 大 師 の 御 印 信 に 昔 無 畏 和 尚 説 い て、 こ の 大 法 は 大 日 よ り 金 剛 手 に 付 す。 ま た 無 畏 の 行 状 に 初 め ナ ラ ン ダ 寺 に 詣 す る に 掬 多 あ り、 定 門 の 秘 鎗 を 掌 り 如 来 の 密 印 を 掌 る。 そ の 寿 八 百 歳 に て 玄 奨 三 蔵 は こ れ に ま み え て 投 身 接 足 す ( 下 略 ) ﹂ と (12) い う 記 事 を 掲 げ て い る。 大 唐 大 和 八 年 ( 八 三 四 茎 海 雲 の 集 め た 血 豚 ・ 同 成 通 六 年 ( 八 六 五 ) 造 玄 の 記 し た 血 豚 に は と も に 胎 蔵 に こ の 二 人 を 列 し て い る。 よ つ て こ れ を 本 と し て 遮 那 業 相 承 血 詠 譜 に 書 き 加 え た と 考 え る。 (13) 次 に 慈 覚 大 師 の 印 信 三 通 を 教 時 評 論 に つ い て 見 る に

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胎 蔵 〃 一、 大 日 金 剛 サ ツ タ ー 龍 樹 ( 猛 茎 龍 智 金 剛 智 善 無 則 カ 畏 不 空 一 行 恵 果 恵 足 義 操 義 真 法 全 円 仁 金 剛 界 二、 大 日 サ ツ タ 龍 樹 龍 智 金 剛 智 不 空 無 畏 一 行 恵 朗 恵 果 恵 足 ( 則 ヵ ) 義 操 義 真 円 仁 ソ シ ツ 地 三、 大 日 サ ツ タ ー 龍 樹 龍 智 金 剛 智 無 畏 不 空 一 行 恵 果 恵 則 義 操 義 真 円 仁 と あ り、 遮 那 業 相 承 血 豚 譜 に 出 す 一 伝 に は 胎 蔵 龍 智 の 下 に 善 無 畏 一 行 玄 超 金 剛 智 不 空 恵 果 恵 則 義 操 ﹄ ﹁ 義 真 ﹂ 法 潤 法 全 円 仁 と 列 ね、 金 剛 界 の 条 に も 龍 智 の 次 に 善 無 畏 ・ 一 行 と 金 剛 智 ・ 不 空 を 並 べ、 善 無 畏 は 金 剛 智 よ り 受 法 し た こ と を 示 し て い る。 即 ち 胎 蔵 ・ 金 剛 を 金 剛 智 と 善 無 畏 と 互 に 授 受 し た こ と を 出 し、 恵 果 の 下 に 恵 足 (則 力 茎-元 政 義 操 辮 弘 全 雅 内 仁 と 列 す。 ソ シ ツ 地 も 龍 智 の 下 善 無 畏 ・ 一 行 と 金 剛 智 ・ 不 空 と 相 並 べ 善 無 畏 ・ 不 空 の 両 者 の 次 に 玄 超 を 出 し、 恵 果 は 不 空 及 び 玄 超 よ り 受 法 し た こ と を 示 し、 恵 果 の 下 は 恵 則 義 操 義 真 円 仁 と 次 第 す る。 別 に 海 雲 ・ 造 玄 の 血 豚 に よ り て 胎 一、 大 日 金 剛 手 達 磨 掬 多 善 無 畏 玄 超 恵 果 惟 尚 義 操 法 潤 法 全 円 仁 金 一、 大 日 サ ッ タ 妙 吉 祥 龍 猛 龍 智 金 剛 智 不 空 含 光 恵 果 恵 則 元 政 円 仁 と 両 部 の 相 承 を 記 し て い る。 も つ と も ア キ シ ヤ 紗 巻 十 に 出 す 海 雲 の 血 詠 で は 金 剛 界 は 恵 果 ・ 義 操 ・ 法 全 ・ 円 仁 と な り、 且 つ 造 玄 の 血 豚 は 金 剛 界 に 大 日 ・ 普 賢 ・ 曼 殊 室 利 ・ 龍 猛 等 と 列 ね て い る。 こ の 造 玄 血 詠 の 請 来 は 誰 人 か。 渓 嵐 集 第 五 十 一 に (14) は ﹁ 智 謹 相 承 の 造 玄 の 血 豚 を 後 入 唐 僧 正 宗 叡 が 東 寺 流 に 伝 え て 内 々 に 秘 蔵 す ﹂ と い う も そ の 本 拠 を 明 に し な い。 或 い は 恵 (15) 運 の 請 来 目 録 に 師 資 相 授 法 伝 一 巻 あ り こ れ に 相 当 す る か。 海 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 雲 の 血 豚 は 今 の 慈 覚 大 師 の 請 来 で あ る。 彼 れ こ れ 比 校 す る に 前 後 の 記 事 に 相 違 の 点 あ り、 か つ 覚 大 師 は 承 和 五 年 ( 八 三 八 ) に 入 唐 し 同 十 四 年 ( 八 四 七 茎 帰 国 す る ま で に 全 雅 ・ 元 政 ・ 義 真 ・ 法 全 ・ 元 偏 ・ 義 操 ・ 宝 月 ・ 法 潤 と い う 八 人 の 師 に 遇 う て 広 く 密 教 を 究 め ら れ た の で、 そ の 相 伝 は 自 然 に 純 一 な ら ず ﹁ 多 (13) く の 異 説 が あ つ た ﹂ と は、 五 大 院 が 胎 蔵 界 大 法 対 受 記 第 一 に 記 す 如 く 止 む を 得 な か つ た で あ ろ う。 そ の 受 法 し た 師 の 中 に (17) 弘 法 大 師 の 伝 え ら る る 恵 果 和 尚 の 付 法 六 人 中 の 人 は い な か つ (18) た。 よ つ て 東 寺 家 よ り ﹁ 山 門 の 所 伝 正 嫡 に 非 ず ﹂ と 評 せ ら る る こ と に も な る。 上 記 ソ シ ツ 地 の 伝 法 に つ い て 台 密 は も つ と も 特 異 と し て い る。 弘 法 大 師 は 三 学 録 に こ の 経 を 出 し て 律 部 の も の と さ れ た が、 慈 覚 大 師 は 入 唐 し て 上 の 血 豚 に 見 る 如 く 義 真 ア ジ ヤ リ に 謁 し て そ の 大 法 を 受 け、 帰 朝 の 後 ソ シ ツ 地 経 疏 七 巻 を 作 製 さ れ た。 智 証 大 師 は 貞 観 十 六 年 ( 八 七 四 茎 承 雲 と 遍 昭 に 授 け る ソ シ ツ 地 起 請 状 に (13) ア ジ ヤ リ 位 を 与 え る の 後 ソ シ ツ 地 大 法 を 授 く と て ﹁ 右 の 大 法 は 胎 蔵 金 剛 の 両 部 を 二 翼 と す る、 よ つ て 唐 の 大 法 師 等 並 に 慈 覚 大 師 は 殊 に 秘 惜 し て 他 部 に 同 ぜ ず ﹂ と い い、 (20) 寛 平 三 年 ( 八 九 一 ) 五 月 九 日 献 憲 ・ 康 済 に ア ジ ヤ リ 位 を 授 け る の 官 符 に も そ の 意 味 の 文 を 見 る。 延 暦 寺 護 国 縁 起 下 巻 に は (21)﹁真 言 宗 三 部 太 法 は 胎 蔵 ・ 金 剛 ・ ソ シ ツ 地 で あ る。 そ の 中 ソ シ ツ 地 大 法 は 慈 覚 大 師 の 伝 来 に て 弘 法 は 伝 え ず ﹂ と い い、 ま た ﹁ 安 然 和 尚 の 記 に 空 海 和 尚 は 無 量 寿 の 儀 軌 に よ り て 一 十 八 契 を 抜 出 し た。 世 間 の 人 は そ れ を 十 八 道 儀 軌 と い う た。 そ の 無 量 寿 の 儀 軌 は 根 本 ソ シ ツ 地 の 軌 則 に よ る。 し か る に 弘 法 は 蘇 悉 地 の 大 義 軌 を 伝 え ず、 故 に 無 量 寿 の 儀 軌 の 中 よ り 一 十 八 (22) 契 を 撰 び 出 す ﹂ と 記 す。 義 釈 捜 決 抄 一 ノ 一 に は ﹁ ソ シ ツ 地 の 大 教 は 秘 中 の 最 秘 と な す べ き 妙 経 で あ つ て、 総 体 と し て は 両 部 大 経 の 羽 翼 で あ り 別 し て は 大 日 経 の 妙 成 就 で あ る ﹂ と い い ﹁ 三 部 の 経 王 で あ り 諸 尊 の 肝 心 で あ る ﹂ と も 讃 歎 し 珍 重 し た。 上 記 慈 覚 大 師 の 相 承 に つ い て 教 時 課 論 と 遮 那 業 相 承 血 豚 と そ の 伝 多 少 相 違 す る を 見 る も、 教 時 課 論 を 表 と す る 限 り 大 日 よ り 金 剛 智 に 及 ぶ ま で 三 部 一 統 を 認 め る の で あ り、 弘 法 大 師 の 両 部 相 承 に 一 致 す る を 知 る。 こ れ に つ い て 台 密 舜 統 院 真 遙 の 十 宗 略 記 ( 承 応 元 ・ 一 六 五 二 ) に は 大 日 如 来 説 く と こ ろ の 三 部 密 教 を 護 持 し て 金 剛 サ ツ タ 南 天

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竺 鉄 塔 の 中 に い ま す を 仏 滅 後 八 百 年 龍 猛 ボ サ ツ 始 め て こ れ を 開 き 金 剛 サ ツ タ に 遇 い、 こ の 密 教 を 受 け 伝 え て 龍 智 ボ サ ツ に 授 け た ( 日 本 仏 教 全 書 三 ・ 三 〇 六 上 ) 等 と 記 し、 東 寺 呆 宝 師 は 上 の 教 時 謡 論 の 説 を 見 て 大 日 よ り 金 (23) 剛 智 に 及 ぶ ま で ﹁ 両 部 一 流 の 相 承 東 寺 の 伝 に 違 せ ず ﹂ と 述 べ ら れ た の で あ る。 次 に 智 謹 大 師 の 血 豚 を 見 る に、 大 師 の 記 と さ れ る 両 部 相 承 師 資 血 豚 図 が あ る。 そ れ を 略 出 す る に (24) 胎 一、 大 日 金 剛 手 達 磨 掬 多 善 無 畏 南 天 竺 金 剛 三 蔵 不 空 三 蔵 唐 一 行 新 羅 玄 超 唐 恵 果 新 羅 義 林 唐 順 暁 日 本 澄 和 尚 薪 羅 不 可 思 議 唐 惟 象 日 本 最 澄 唐 義 操 青 龍 義 真 日 本 円 仁 唐 法 潤 青 龍 法 全 白 本 空 海 〃 円 仁 〃 円 珍 金 一、 大 日 普 賢 金 剛 サ ッ タ 龍 猛 龍 智 金 剛 智 不 空 恵 果 興 善 恵 則 唐 元 政 日 本 円 仁 白 本 空 海 青 龍 法 全 円 珍 す な わ ち 智 謹 大 師 は 両 部 共 に 法 全 よ り 受 法 し た。 そ の 法 全 (25) は 胎 を 法 潤 に 受 け 金 剛 を 恵 果 よ り 受 け て い る。 ア キ シ ヤ 鉛 巻 十 に 出 す 海 雲 の 血 豚 で は 金 剛 を 恵 果 ・ 義 操 ・ 法 全 ・ 円 珍 と 列 す。 け れ ど 大 約 海 雲 や 造 玄 の 血 豚 に 一 致 し、 こ れ に つ い て 安 然 和 尚 は 何 も 言 及 し て い な い。 よ つ て 思 う に 今 の 智 謹 大 師 の 血 腺 は 何 程 に 信 じ て よ い か、 或 い は 後 人 の 作 か。 何 れ に せ よ 智 謹 大 師 は 両 部 を 法 全 よ り 伝 え た が、 そ の 法 全 は 両 部 を 別 の 師 か ら 受 け た の で 一 師 の 相 伝 に は な つ て い な い。 か つ 法 全 や 義 操 は 弘 法 大 師 の 付 法 伝 に 見 る 恵 果 和 尚 門 下 の 正 嫡 六 人 以 外 の 師 で あ る。 こ れ に よ つ て 東 密 の 学 徒 は 今 の 大 師 の 相 伝 を 正 し い も の と は 考 え な い。 智 謹 大 師 円 珍 は 仁 寿 三 年 ( 八 五 三 茎 七 月 唐 国 の 商 船 に 乗 つ て 入 唐 し 天 安 二 年 ( 八 五 八 茎 に 帰 国 し た。 法 全 の 外 に 智 慧 輪 に 両 部 マ ン ダ ラ 秘 要 を、 ま た 般 若 恒 羅 に つ い て 両 部 密 印 や 悉 曇 を 学 び 伝 え た。 以 上 四 大 師 の 外 に 承 和 五 年 六 月 ( 八 三 八 ) 入 唐 し 翌 六 年 十 (26) 二 月 に 帰 国 し た 円 行 の 請 来 録 に は ( 八 三 九 年 茎 閏 正 月 二 日 に 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 阿 闇 梨 位 の 灌 頂 を 受 く、 そ れ は 大 日 ・ 金 剛 サ ツ タ ・ 龍 猛 ・ 龍 智・ 金 剛 智 三 蔵 ・ 不 空 ・ 恵 果 ・ 義 操 ・ 義 真 和 尚 と 次 第 し 相 伝 (27) え て 円 行 に 授 く と あ り、 胎 蔵 相 承 次 第 の 血 詠 に は ﹁ 義 真 阿 闇 梨 伝 ﹂ と し て 大 毘 盧 遮 那 如 来 一、 金 剛 薩 垣 二、 那 蘭 陀 寺 達 磨 掬 多 三、 中 天 竺 善 無 畏 四、 南 天 竺 金 剛 智 三 蔵 五 無 畏 金 剛 互 為 師 資 通 達 両 部 秘 印、 北 天 竺 不 空 三 蔵 六、 新 羅 国 玄 超 並 に 中 京 一 行 阿 閣 梨 ・ 青 龍 寺 恵 果 阿 閣 梨 七、 大 興 善 寺 恵 応 並 に 恵 則 ・ 成 都 府 惟 明 ・ 大 梁 新 羅 国 恵 日 ・ 日 本 国 空 海 ・ 青 龍 寺 義 満 ・ 義 明 ・ 義 操 ・ 法 潤 己 上 八、 義 真 阿 闇 梨 九、 日 本 国 霊 巌 寺 円 行 十、 と 出 し、 次 に 貞 観 四 年 ( 八 六 二 ) 真 如 親 王 と 共 に 入 唐 し 同 七 年 に 帰 国 し た 宗 叡 の 相 伝 を 見 る に (28) 金 剛 界 。 大 日・ 薩 垣 ・ ( 妙 吉 祥 ) ・ 龍 猛 ・ 龍 智 ・ 金 剛 智 ・ 不 空 ・ 恵 果 ・ 義 操 ・ 法 全 ・ 宗 叡 胎 蔵 界 。 大 日・ 薩 垣・ 達 磨 掬 多 ・ 善 無 畏 ・ 玄 超 ・ 恵 果 ・ 義 操 ・ 法 潤 ・ 法 全 ・ 宗 叡 と 出 す。 こ れ に つ い て 野 沢 血 豚 集 記 者 は ﹁ 心 覚 の 大 血 豚 に 出 す ﹂ と し、 安 祥 寺 の 法 流 中 入 唐 八 家 の 印 信 に 後 僧 正 ( 宗 叡 茎 は 金 胎 と も に 法 全 の 受 法 と さ る。 よ つ て 玉 印 砂 巻 三 に 金 胎 共 に 義 操・ 法 全 ・ 宗 叡 と 列 ぬ る を 可 と し、 真 言 伝 は 金 界 を 沐 州 の 玄 慶 に 胎 を 青 龍 の 法 全 に 受 け た と し て 各 別 の 説 を 見 る こ と を 記 し て い る。 承 和 五 年 ( 八 三 八 茎 六 月 円 行 と 共 に 入 唐 し 翌 六 年 八 月 に 帰 朝 し た 常 暁 の 法 豚 に つ い て 野 沢 血 詠 集 巻 一 に は 恵 果-恵 応-文 礁 -常 暁 -と 出 し て い る だ け で そ の 前 を 知 る を 得 な い。 以 上 は 筆 者 の 手 許 に 見 る 僅 か の 資 料 の 中 か ら 得 た 入 唐 諸 祖 の 法 肱 で あ る が、 そ れ ら の 中 我 が 宗 祖 大 師 の 付 法 伝 の 説 と 伝 教. 慈 覚 ・ 智 謹 三 大 師 の 伝 と は、 東 台 両 密 に わ た る 法 豚 論 と し て 諸 学 者 古 来 の 大 き な 諦 論 の 問 題 と な つ て い る と こ ろ で、 そ の 何 れ が 正 統 な の か、 達 磨 掬 多 や 妙 吉 祥 と は い か な 人 体 か、 善 無 畏 と 金 剛 智 と は は た し て 金 剛 と 胎 蔵 と の 法 門 を 互 に 中 国 に お い て 授 受 し た か、 後 代 の 人 の 疑 問 は つ き ず そ れ に つ い て の 研 究 討 論 は 相 つ ず い て 多 く 見 ら れ る。 先 ず 東 寺 の 恵 什 ア ジ ヤ リ 斉 ( 或 い は 最 ) 朝 が 伝 教 大 師 御 受 法 不 審 一 帖 を 撰 し て 疑 難 を 出 し た。 恵 什 の 伝 は 明 か で な い が (29) 仁 和 寺 保 寿 院 平 等 房 永 厳 ( 一 〇 七 三一 一 五 一 茎 の 門 下 に て 台

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密 法 曼 院 相 実 法 印 ( 一 〇 八 一-一 六 五 ) へ 伝 法 し て い る。 こ や く せ ん (30) れ に 対 し て 天 仁 二 年 ( 一 一 〇 九 ) 叡 山 の 薬 需 は 天 台 宗 遮 那 業 破 (31) 邪 弁 正 記 上 下 二 巻 を 作 つ て 反 バ ク し た。 呆 宝 師 の ア キ シ ヤ 妙 巻 十 並 に 野 沢 血、 豚 集 巻 一 に は 山 門 松 養 房 真 源 法 橋 の ﹁ 破 邪 弁 正 記 ﹂ と あ る も、 自 在 金 剛 集 第 八 の 密 林 目 録 に は 薬 セ ン の 記 を 真 源 が 詳 に し た と 記 し て い る。 真 源 の 伝 も 明 で な い が 薬 セ ン と 殆 ん ど 同 時 代 の 人 で あ ろ う。 ま た 天 仁 三 年 ( 一 一 一 〇 茎 に は 山 門 の 厳 勝 が 対 破 愚 入 誹 誘 祖 師 記 を 撰 し て 大 い に 弁 じ た 〇 (33) 彼 れ は 康 和 三 年 ( 一 一 〇 一 ) 十 一 月 十 一 日 白 河 法 皇 の 鳥 羽 殿 に お け る 番 論 議 に 招 か れ、 園 城 寺 の 観 円 ア ジ ヤ リ と 講 論 し、 翌 四 年 三 月 十 五 日 に は 釈 摩 詞 衡 論 の 真 偽 論 を 勘 定 し て 観 円 と 論 諦 し た。 当 時 山 門 の 相 当 な 学 匠 で あ つ た こ と を 知 る。 厳 勝 は 外 に 受 法 争 勝 注 進 記 を 撰 し た こ と が 彼 の 記 の 序 に よ つ て 知 ら れ る け れ ど こ れ は 今 伝 わ つ て い な い。 更 に 文 保 ( 一 三 一 七 茎 頃 か ら 建 武 ( 一 三 三 八 ) 頃 に わ た つ て 作 ら れ た 天 台 山 門 の 光 (33) 宗 ア ジ ヤ リ の 記 述 に な る 渓 嵐 拾 葉 集 第 四 十 九 ・ 五 十-五 二 ・ 九 十 ・ 九 十 一 巻 等 に も い ろ い ろ 掲 出 さ れ、 延 暦 寺 護 国 縁 起 下 巻 な ど に も 論 述 さ れ る と こ ろ と な つ た。 そ れ ら に 対 し 東 寺 了 賢 師 ( 一 二 七 九-一 一二 四 七 茎 の 他 師 破 決 第 二 巻、 弘 融 の ジ ン ジ ヤ 要 秘 砂 第 二 二 二 ( 建(34) 武 四 年 一 三 三 七 の 記 )、 栄 海 の ゲ ン ビ ラ 砂 第 一 ( 同 年 記 )、 呆 宝 師 の ア キ シ ヤ 砂 前 十 巻 ( 貞 和 二 年 一 一二 四 六 茎、 我 慢 抄 一 巻、 玉 印 砂 十 巻 等 に 各 々 論 述 さ れ、 ま た 義 宝 ( 改 観 宝 ) 師 ( 一 三 二 九 -九 四一 ) は ﹁ 擢 勝 述 記 ﹂ 一 巻 を 撰 し ﹁東 寺 山 門 対 弁 抄 ﹂ と 註 題 し て 論 じ た。 義 宝 師 の 伝 も 明 か で な い が 元 徳 元 年 ( 一 九 八 九 ) に 生 れ 明 徳 五 年 ( 二 〇 五 四 ) 以 後 に 寂 し た と 考 え ら れ る。 そ の 後 比 叡 山 の 天 愛 と い う 人 が 善 法 堂 議 一 巻 を 作 つ て 享 保 十 五 年 ( 一 七 三 〇 茎 に 刊 行 し た。 以 上 の 諸 書 を 対 比 七 研 究 す る な ら ば 更 に 興 味 あ る よ う に 思 う け れ ど 今 は 略 す る。 註 (1) 菩 提 心 義 抄 一 ノ 本 ・ 大 正 七 五 ・ 四 五 二 上 (2) ア キ シ ヤ 紗 一、 真 言 宗 全 書 二 一 ・ 一 七 下 参 照 (3) 表 制 集 六 ・ 大 正 蔵 五 二 ・ 八 四 七 上、 同 書 四 ・ 大 正 五 二 ・ 八 四 四 上、 付 法 六 人 は 大 正 蔵 の 文 に て 付 法 伝 に は 八 人 と い う (4) 高 野 山 大 学 図 書 館 蔵 金 剛 三 昧 院 寄 托 本 中 に あ る。 ア キ シ ヤ 妙 第 一 ・ 真 言 全 書 二 一 ・ 一 八 上 に も 出 す (5) ア キ シ ヤ 紗 一 〇 ・ 真 言 全 書 二 一 ・ 一 〇 一 下 に あ り (6) 伝 教 大 師 請 来 越 州 録 に は 五 部 灌 頂 曼 茶 羅 に 入 る と い う。 (7) 伝 教 大 師 全 集 一 ・ 二 三 七 已 下 (8) 大 正 蔵 七 五 ・ 三 六 二 中 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 (9) 同 三 六 四 上 (10) 同 三 九 ・ 七 九 〇 中 (11) ア キ シ ヤ 紗 一 〇 ・ 真 言 全 書 二 一 ・ 八 八 下 (12) 海 運 ・ 造 玄 の 血 詠 は 日 本 続 蔵 第 一 輯 九 五 套 五 に あ り、 大 正 蔵 五 一 に は 海 運 の 血 豚 の み を 出 す (13) 大 正 蔵 七 五 ・ 三 六 四 上 (14) 同 七 六 ・ 六 七 〇 上、 恵 運 請 来 目 録 同 五 五 ・ 一 〇 九 一 下、 八 家 秘 録 下 同 一 一 三 一 上 参 照 (15) 大 正 蔵 五 五 ・ 一 〇 八 一 上、 八 家 秘 録 下 同 一 一 三 一 上 (16) 同 七 五 ・ 五 四 上 (17) 付 法 伝 恵 果 の 条 参 照 (18) ア キ シ ヤ 紗 一 〇 ・ 真 言 全 書 二 一 ・ 九 〇 下 (19) 智 謹 大 師 全 集 仏 教 全 書 本 四 ・ 一 三 三 二 上 (20) 同 一 三 四 七 下 (21) 仏 教 全 書 本 四 三 七 頁 下 (2今) 天 台 宗 全 集 本 一 ・ 二 四 上 (23) ア キ シ ヤ 抄 四 ・ 真 言 全 書 二 一 ・ 四 四 下、 玉 印 妙 三 ノ 三 左 (24) 智 謹 大 師 全 集 ・ 仏 教 全 書 本 四 ・ 一 〇 八 三 已 下 (25) 真 言 全 書 二 一 ・ 九 二 頁 参 照 (26) 大 正 蔵 五 五 ・ 一 〇 七 一 下 (27) 玉 印 紗 第 三 ・ 一 七 左、 野 沢 血 豚 集 一 ・ 真 言 全 書 三 九 ・ 三 一 一 下 参 照 (28) 血 豚 類 集 記 一 ・ 真 言 全 書 三 九 ・ 二 九 下、 野 沢 血 豚 集 一 ・ 同 三 〇 九 下 (29) 耐 四 ・ 真 言 全 書 三 九 ・ 九 〇 上、 安 流 伝 授 紀 要 一 八 ・ 同 三 五 ・ 九 一 下 (30) 天 台 宗 全 書 に あ り (31) 真 言 全 書 二 一 ・ 八 〇 下、 同 三 九 ・ 三 〇 五 上 (32) 寺 門 高 僧 記 四 ・ 続 群 書 類 集 二 八 上 ・ 四 四 一 六 (33) 大 正 蔵 七 六 に あ り ・ 延 暦 寺 護 国 縁 起 ・ 仏 教 全 書 中 に あ り (34) 真 言 全 書 二 一 に あ り。 ジ ン ジ ヤ 紗、 ゲ ン ビ ラ 紗 は 日 本 仏 教 全 書、 ア キ シ ヤ 紗 ・ 推 勝 記 は 共 に 真 言 全 書 二 一 に あ り。 二、 両 部 相 承 の 論 前 説 に 述 べ た よ う に 東 密 で は 宗 祖 大 師 付 法 伝 の 記 事 に よ り 両 部 一 伝 と し て 異 論 し な い。 け れ ど 台 密 の 書 延 暦 寺 護 国 縁 起 巻 下 に は (1) 弘 法 大 師 相 承 の 真 言 に 多 く の 不 可 あ り、 要 を 取 る に 三 不 可 あ り と し て、 第 一 に 東 寺 は 両 部 を 伝 え る け れ ど 唯 金 剛 を 宗 と し 胎 蔵 の 相 承 が 分 明 で な い。 第 二 ソ シ ツ 地 の 大 法 を 伝 え な い。 第 三 血 詠 論 に お い て 弘 法 大 師 の 相 承 を 不 可 と す る。 そ の 第 一 に つ い て 明 確 の 説 明 を し て い な い が、 次 に 記 す る よ う に 金 剛 頂 経 義 訣 の 文 を 胎 蔵 に も 共 通 せ し め て、 両 部 一 統 説 を 立 て る の が 弘 法 大 師 で あ る。 従 つ て 両 部 各 別 の 血 詠 を 依 用 す る 台 密 学

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徒 が そ の 相 伝 を 分 明 に す る を 得 な か つ た の で あ ろ う。 ソ シ ツ 地 の 大 法 は 台 密 の 最 も 特 異 と す る 所 で そ れ は 前 項 の 説 に ゆ ず る。 第 三 の 不 可 に つ い て 同 護 国 縁 起 巻 下 に、 智 謹 大 師 は ﹁ 異 家 の 行 状 は 血 詠 に 迷 う ﹂ と い い ﹁ 行 者 深 く 我 相 承 を 信 じ て 未 (2) 見 を 愛 す る な か れ ﹂ と 誠 め た と の こ と で あ る。 菩 提 心 論 見 聞 に は 元 慶 四 年 ( 八 八 〇 ) 五 月 十 七 日 前 入 唐 尋 教 沙 門 円 仁 が 異 家 の 行 状 は 血 肱 に 迷 う と い う も、 そ れ は 年 次 に よ つ て 円 珍 と し な け れ ば な ら な い。 な お 護 国 縁 起 の 同 所 に は 智 讃 大 師 が 入 唐 中 法 全 和 尚 に 会 い 弘 法 ・ 慈 覚 両 大 師 の 相 承 血、 豚 の こ と を 尋 ね た。 そ の 時 法 全 は ﹁ 仁 相 承 を も つ て 正 と し 海 の 伝 法 を も つ (3) て 非 と な す ﹂ と 答 え た と 記 す。 こ の 記 事 は 渓 山風 拾 葉 集 第 四 十 九 に も 見 る。 け れ ど 何 に よ つ て 記 し た も の か 明 か で な い。 次 に 台 密 に つ い て 見 る に 前 項 に 述 べ た よ う に 伝 教 ・ 慈 覚 ・ 智 謹 の 三 大 師 の 相 承 必 ず し も 前 後 一 致 せ ず、 今 両 部 に つ い て 考 え る に 唐 の 大 和 八 年 ( 八 三 四 茎 浄 住 寺 の 僧 海 雲 の 残 し た 血 詠 や 同 威 通 六 年 ( 八 六 五 ) 慈 恩 寺 の 造 玄 が 作 つ た 血 詠 に お い て 金 剛 と 胎 蔵 と そ の 相 伝 異 な り、 彼 此 の 間 に 考 究 を 要 す べ き 問 題 が 残 さ れ て い る。 そ の 中 に 密 教 流 伝 の 根 本 で あ る 龍 猛 菩 薩 が 南 天 の 鉄 塔 か ら 両 部 の 大 経 を 伝 え た か 否 か の 問 題 が あ る。 嘉 暦 三 年 ( 一 三 二 八 ) 台 密 の 安 超 が 記 述 し た 菩 提 心 論 見 聞 (4) 巻 一 に は 大 日 経 鉄 塔 相 承 と い う こ と は 分 明 し な い。 ゆ え に 義 釈 の 文 の 如 き は 龍 猛 菩 薩 鉄 塔 の 下 に お い て 諸 仏 の 加 被 を 受 け、 時 に ビ ル シ ヤ ナ は 多 身 を 変 現 し 空 中 に お い て こ の 法 門 を 説 き 次 第 に 写 さ し め た。 ビ ル シ ヤ ナ 念 論 法 要 一 巻 こ れ で あ る。 か く て 持 講 す る こ と 成 就 し て 鉄 塔 を 開 き 金 剛 サ ツ タ に 遇 う て 金 剛 頂 経 を 受 け た。 そ の と き の 念 請 法 要 は 大 日 経 第 七 巻 で あ る。 よ つ て 胎 蔵 界 は 塔 外 に お い て 相 伝 さ れ た と い う べ く、 塔 内 相 承 と い う こ と は 全 く 見 ら れ な い と 論 述 し た。 こ の (5) 鉄 塔 相 承 説 の 起 原 は 不 空 三 蔵 の 金 剛 頂 経 義 訣 に よ る。 そ の 義 訣 の 文 を 要 略 す る に 南 天 竺 界 鉄 塔 中 に 大 経 あ り、 も と よ り 経 爽 広 長 に し て 床 の 如 く 厚 さ 四 五 尺 に お よ び 無 量 の 頑 あ り、 仏 滅 度 の 後 数 百 年 の 間 入 の よ く 開 く も の な く 鉄 扉 鉄 錆 を も つ て 封 閑 す。 し か る に 中 天 竺 国 の 仏 法 よ う や く 衰 え る 時 大 徳 あ り、 大 ビ ル シ ヤ ナ の 真 言 を よ く 諦 持 す る。 ビ ル シ ヤ ナ 仏 は そ の 身 を 現 じ ま た 多 身 を あ ら わ し、 虚 空 の 中 に 法 門 及 び 文 字 章 句 を 説 き 次 第 に 写 さ し め お わ つ て 滅 し た。 大 ビ ル シ ヤ ナ 念 講 法 要 一 巻 は こ れ で あ る。 時 に 大 徳 真 言 を 持 論 す る こ と 成 就 し て こ の 塔 を 開 こ う と 願 い、 七 日 間 塔 を め ぐ つ て 念 論 し 白 芥 子 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 七 粒 を も つ て 塔 を 打 つ に 門 は よ う や く 開 い た。 塔 内 の 諸 神 は 一 時 に 踊 怒 し て 入 ら し め な い。 唯 塔 内 を 見 る に 香 灯 光 明 一 丈 二 丈 に お よ び 名 花 宝 蓋 は 中 に 満 ち て 懸 列 し、 ま た 讃 の 声 あ つ て 経 王 を た た え て い る。 そ こ で 大 徳 は 至 心 に 繊 悔 し 大 誓 願 を 発 す に や つ と 塔 内 に 入 る を 得 た。 か く て 多 日 を 経 て こ の 経 王 広 本 を 讃 美 す る に 食 頃 ( 食 事 の 時 間 程 の 意 ) の 如 く、 諸 ボ サ ツ の 指 授 を 得 て 記 事 し 塔 を 出 た。 記 す る と こ ろ 百 千 頒 即 ち 十 万 頒 あ り、 こ れ を 金 剛 頂 経 と 名 づ け た。 塔 内 の 広 本 は 絶 え て 世 に 伝 わ ら ず、 塔 内 の 香 灯 光 明 は 今 に 滅 し な い と い う の で あ る。 (6) こ れ は 甚 だ 神 話 的 な 記 述 で あ つ て 徳 一 ボ サ ツ は 早 く も 真 言 宗 未 決 文 一 巻 を 作 り そ の 中 に 鉄 塔 の 存 在 を 疑 い、 弘 法 大 師 は 付 法 伝 の 終 り に 問 答 し て そ の 疑 い を 決 し よ う と さ れ た。 更 に 大 師 は こ の 塔 は 人 力 に よ つ て 造 ら れ た も の か 否 か に つ い て、 ﹁ 人 力 の な す と こ ろ に 非 ず 如 来 の 威 神 力 に よ つ て 造 ら れ た と こ ろ の も の で あ る ﹂ と 述 べ ら れ た。 そ の 後 彼 の 徳 一 未 決 文 に (7) つ い て 保 元 二 年 ( 一 一五 七 ) 壷 坂 寺 の 房 覚 が 真 言 未 決 答 決 を 作 り、 東 寺 の 果 宝 師 も ま た そ の 未 決 答 釈 を 作 つ た。 台 密 智 謹 (8) 大 師 の 如 き は ﹁ 彼 の 鉄 塔 は 何 人 の 造 る と こ ろ か。 造 つ て よ り 以 来 何 年 劫 ( 幾 百 年 の 意 ) を 経 た か。 何 故 人 の よ く 開 く も の が な か つ た の か、 も し は 変 化 の 者 の 造 る と こ ろ か ﹂ と 疑 い、 (9) 宗 叡 の 如 き も ﹁ 南 天 鉄 塔 の 縁 起 は 明 か で な く ( 中 略 ) 未 だ 経 論 の 中 に 見 な い ﹂ と い う て そ の 存 在 を 疑 つ た。 我 国 南 北 朝 時 (10) 代 に 台 密 葉 上 流 長 楽 寺 一 派 の 了 義 師 の 伝 え た 了 因 決 第 十 八 に は 浅 略 の 意 味 を も つ て 考 え れ ば 南 天 竺 国 に 鉄 塔 あ り、 龍 猛 大 士 は 白 芥 子 を も つ て こ れ を 加 持 し 開 い て 中 へ 入 り 秘 密 教 を 伝 え た の で あ る が、 深 秘 に 解 す れ ば 鉄 塔 は 我 等 の 肉 身 で あ つ て、 万 法 を 包 含 し た 功 徳 の 総 合 体 で あ る と し、 ま た 法 華 経 宝 塔 品 涌 出 の 塔 で あ つ て 両 部 大 日 は 釈 迦 ・ 多 宝 で あ る と い う た。 ゲ (11) ン ビ ラ 紗 巻 一 に は ﹁ 宗 叡 問 答 に 云 う ﹂ と し て、 南 天 鉄 塔 は こ れ 蔵 庫 で あ つ て い ろ い ろ な 法 蔵 を 合 せ て 収 め て あ り、 往 古 の 賢 人 が 造 つ た も の で 天 台 禅 林 寺 石 写 道 の 北 に あ る 石 簑 の 中 の 文 書 の 如 く で あ る と い う て、 そ の 実 在 を 信 じ て い る。 渓 嵐 集 (12) 第 四 十 九 に は ﹁ 南 天 鉄 塔 に 幾 種 あ る か ﹂ と 問 い、 ﹁ 仰 云 ﹂ と し て 種 々 の 習 い あ り、 一 に は 劫 初 よ り 在 り、 二 に は 龍 猛 の 時 代 一 時 化 現 の 塔 で あ つ て、 三 に は 乾 陥 羅 国 の 金 粟 王 が 立 て た 塔 で あ る。 そ の 第 一 は 不 生 本 有 の 塔 を 意 味 し、 第 二 は 修 行 に よ つ て 顕 れ た 塔、 第 三 は 利 他 の た め 応 身 仏 が 己 の 出 現 し た 土

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(13) 地 に 相 応 し て 建 て た 塔 を 意 味 す る。 ま た 第 九 十 一 巻 に は 大 日 経 供 養 次 第 法 の 疏 の 文 を 引 い て、 北 天 竺 乾 陥 羅 国 金 粟 王 の 塔 の 辺 に お い て 善 無 畏 三 蔵 が 文 殊 師 利 よ り 大 日 経 供 養 次 第 法 を 威 得 し た と い う、 そ の 金 粟 王 の 塔 と 南 天 鉄 塔 と 同 じ か 異 る か の 問 題 を 出 し 同 じ だ と 習 う と 述 べ、 そ れ で は 一 は 北 天 竺 に あ り 一 は 南 天 竺 に あ る が 何 故 同 と い う か、 そ れ に つ い て は ﹁ よ く よ く 訪 尋 せ よ ﹂ と て 適 確 の 説 明 を し て い な い。 思 う に 何 れ も 一 時 化 現 の 塔 で あ つ て 本 質 は 共 通 す る と 見 る の で あ ろ う。 そ れ で は 上 述 の よ う な 塔 の 中 か ら 伝 え る 経 教 を 唯 金 剛 頂 と 見 る か 大 日 経 に も 通 じ て 見 る か に よ つ て、 大 日 経 塔 内 相 承 の 問 題 が 決 せ ら れ、 且 つ 上 の 金 剛 頂 義 訣 の 文 で は 龍 猛 の 名 を 見 な い。 何 に よ つ て そ れ を 龍 猛 と 決 定 す る か と い う に、 弘 法 大 師 は 付 法 伝 に 龍 樹 の 記 伝 を 出 す に 榜 伽 経 の 文 の 中 如 来 滅 度 の 後 未 来 に ま さ に 人 あ り 大 慧 汝 諦 か に 聞 け、 人 有 つ て 我 法 を 持 す る で あ ろ う。 南 大 国 の 中 に お い て 大 徳 の 比 丘 あ り、 龍 樹 ボ サ ツ と 名 づ け よ く 有 無 の 見 を 破 し、 入 の た め に 我 乗 た る 大 乗 無 上 の 教 法 を 説 く で あ ろ う と あ る を 出 し、 そ の 大 乗 無 上 の 教 法 と は 正 し く 密 教 で あ つ て 金 剛 頂 義 訣 に 示 す 大 徳 は 此 の 経 の 大 徳 で あ る と さ れ た。 今 の (14) 文 は 二 教 論 下 巻 に も 出 さ れ て お り 入 桝 伽 経 第 九 に 見 る 文 で あ る。 龍 樹 は 旧 訳 の 語 に て 龍 猛 は 新 訳 と さ れ て お り、 五 大 院 安 (13) 然 の 教 時 問 答 第 三 に も 義 訣 に い う 大 徳 は 龍 樹 菩 薩 で あ る と 出 す。 安 然 和 尚 も ま た 大 師 と 同 じ 見 解 で あ つ た と 知 ら れ る。 彼 の 義 訣 の 文 に は. 大 徳 あ り て 大 ビ ル シ ヤ ナ の 真 言 を 論 持 す る と 説 く。 も し 今 の 大 徳 を 龍 猛 と す る な ら ば 彼 れ は 誰 に 従 つ (16) て そ の 真 言 を 得 た か、 五 大 院 の 菩 提 心 義 抄 第 一 に は 海 雲 の 金 剛 界 相 承 血、 豚 を 引 い て、 龍 樹 は 初 め に 妙 吉 祥 よ り 受 け て こ の 真 言 を 講 持 し た と。 妙 吉 祥 は い う ま で も な く 文 ( 曼 茎 殊 師 ( 室 ) (17) 利 の 訳 語 で あ つ て、 教 時 問 答 第 三 に も こ れ を 出 す。 け れ ど 妙 吉 祥 は 人 日 経 供 養 次 第 法 疏 巻 上 の 説 に よ る の で あ ろ う が、 今 の 血 豚 と 造 玄 の そ れ と の 外 に 見 な い と こ ろ で あ る。 ま た 義 訣 の 文 に 大 ビ ル シ ヤ ナ 念 請 法 要 一 巻 と は 何 経 で あ る か。 智 讃 大 (18) 師 の 些 々 疑 文 巻 上 に は 大 日 経 第 七 巻 と い い 或 い は 三 摩 地 の 儀 (19) 軌 と い う 各 説 同 じ で な い と 述 べ、 渓 嵐 集 第 四 十 九 は こ の 念 論 法 要 の 文 に よ つ て 胎 蔵 塔 外 相 承 を 説 く。 こ れ ら に よ つ て ビ ル シ ヤ ナ 念 諦 法 要 は 大 日 経 第 七 巻 と 見 る か。 呆 宝 師 は こ れ に つ (20) い て ア キ シ ヤ 紗 第 三 に ﹁ 師 伝 の 一 義 に 云 ﹂ と し て、 ビ ル シ ヤ ナ 仏 が 身 を 現 じ 虚 空 の 中 に 要 略 念 論 経 を 説 く、 こ の 経 の 中 に 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 大 日 五 字 の 真 言 を 説 い て 宗 体 と し た。 龍 樹 は こ れ を 持 講 し て 鉄 塔 を 開 い た の で あ る と 述 べ、 要 略 念 諦 経 と 大 日 経 第 七 巻 供 養 次 第 法 と は 同 類 本 で あ る も 相 伝 を 異 に し て い る。 大 日 経 第 七 巻 は 塔 内 相 承 に て 善 無 畏 三 蔵 が 伝 え て 謙 訳 し、 要 略 念 論 経 は 塔 外 相 承 に て 金 剛 智 三 蔵 が 伝 え た と い う。 (21) 慈 覚 大 師 の 金 剛 頂 経 疏 第 一 に は 前 記 金 剛 頂 経 義 訣 の 文 の 一 部 分 を 出 し て、 大 経 本 が 鉄 塔 中 に 在 る を 説 く も、 そ れ が 大 日 経 に 通 ず る か 否 か は 断 言 し て い な い 〇 前 節 に も 述 べ た よ う に 五 大 院 安 然 和 尚 の 教 時 謝 論 に 出 す 慈 覚 大 師 の 血 泳 で は、 両 部 三 部 一 統 の 相 承 説 を 伝 え て い る。 同 じ 五 大 院 の 教 時 講 に は (22) ﹁ 金 剛 頂 記 に 云 ﹂ と し て、 執 金 剛 手 は 秘 密 部 を 結 集 し て 南 天 竺 鉄 塔 の 中 に 安 置 し た と 説 い て 両 部 の 別 を 見 て い な い。 こ れ 亀ら に よ つ て 台 密 の 中 に も 両 部 を 一 統 と す る の 考 え 方 が あ る と し て 差 し つ か え が な い。 従 つ て 前 節 に 出 し た 真 超 の 十 宗 略 記 に 見 る 如 き 三 部 の 密 教 が 大 日 如 来 よ り ( 中 略 ) 龍 智 ボ サ ツ に 及 び、 そ の 龍 智 は 長 寿 に し て 金 剛 智 三 蔵 に 伝 え、 三 蔵 は 善 無 畏 に 伝 え 無 畏 は 不 空 三 蔵 に 伝 え た と い う 論 も あ る よ う に な つ た。 し か し 海 雲 や 造 玄 の 血 豚 も し は 伝 教 大 師 な ど の 血 肱 を 表 と す る 限 り、 両 部 共 に 鉄 塔 相 承 で あ る と い う 説 は 肯 定 し 得 ら れ (23) な い。 こ と に 海 雲 の 血 肱 で は 南 天 竺 国 に 大 鉄 塔 あ り、 中 に 金 剛 界 マ ン ダ ラ あ り 聖 者 の 形 像 鋳 鉄 で 造 る と こ ろ と い う。 そ の 如 く 鋳 鉄 で 造 つ た 仏 ボ サ ツ が 伝 法 す る と は 考 え ら れ な い の 隔 で、 こ の 説 を 表 と せ ば 両 部 共 に 鉄 塔 相 承 説 を 否 定 し な け れ ば (24) な ら ぬ よ う に も な る。 菩 提 心 論 見 聞 巻 一 に は こ れ ら の 説 を 並 (25) べ 挙 げ、 渓 嵐 集 第 四 十 九 に は ﹁ 鉄 塔 相 承 と い う に つ い て、 塔 内 塔 外 の 相 伝 如 何 ﹂ と 問 い、 東 寺 流 は 両 部 と も に 塔 内 相 承 と す る も、 山 門 に は 三 説 あ り、 一 は 両 部 と も 塔 内 と い い 二 は 台 蔵 は 塔 外 に て 金 剛 は 塔 内、 三 は 両 部 と も に 塔 外 と す る と て そ (26) れ を 解 説 し、 同 書 第 五 十 一 に は 両 部 と も に 塔 内 と す る は 浅 略 の 説 に て、 両 界 と も に 塔 外 と 習 う は 深 秘、 金 剛 界 は 塔 内 で あ り 胎 蔵 は 塔 外 で あ る と い う 説 は 海 雲 ア ジ ヤ リ の 相 承 に て 浅 略 と 深 秘 と を 兼 ね る と も 論 じ た。 こ れ を も つ て 思 う に 中 古 の 天 台 は 見 方 に よ り て そ れ ら の 諸 説 を 共 に 用 い 見 た よ う で あ る。 (27) 了 因 決 第 十 七 に は ﹁東 寺 に は 胎 蔵 な ら び に ソ シ ツ 地 を 伝 え ず ﹂ と て、 胎 蔵 は 善 無 畏 三 蔵 を 祖 師 と す る、 し か る に 弘 法 大 師 血 、 豚 に は こ れ を 列 ね ず、 龍 猛 ボ サ ツ が 塔 内 に お い て 両 部 灌 頂 に 沐 し た と は 未 だ 実 証 を か ん が え て い な い。 か く て 胎 蔵 塔 内 相

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承 説 を 否 定 し、 諮 書 第 三 十 一 に は 胎 蔵 は 塔 外 ・ 金 剛 は 塔 内 相 承 で あ る と い う 説 を 明 か に し た。 こ と に 円 行 が 請 来 し た 崔 牧 の 大 日 経 序 に よ れ ば 本 経 は 北 天 竺 勃 櫓 羅 国 よ り 禰 猴 が 相 承 し た と い う。 こ れ に つ い て 五 大 院 (29) は 教 時 問 答 第 三 に 彼 の 大 日 経 の 序 は 俗 人 の 東 宮 学 士 が 撰 し た の で あ つ て、 諸 ア ジ ヤ リ は 未 だ こ の 説 を 許 さ な い。 そ の 文 に 二 の 失 あ り、 一 は 胎 蔵 相 承 説 に 違 し、 二 は 供 養 の 疏 の 説 に 違 す る と て 信 用 し な か つ た。 東 寺 の 学 徒 も ま た こ れ を 信 用 し な (30) い。 か よ う に 大 日 経 の 伝 来 に つ い て 古 来 異 論 あ り、 渓 嵐 集 四 (31) (32) 九 ・ 五 一 ・ 五 二 以 下 ・ ジ ン ジ ヤ 要 秘 妙 二 ・ ゲ ン ビ ラ 紗 一 ・ 華 (33) (34) 頂 要 略 二 ・ 他 師 破 決 巻 二 ・ ア キ シ ヤ 紗 三 ・ 印 融 古 筆 抄 第 三 ・ (35) 杣 保 紗 一 九 な ど に 詳 細 を 出 し て あ る。 研 究 者 の 参 見 を 望 む。 (36) 要 す る に 台 密 と し て は 故 福 田 師 が 天 台 学 概 論 に ﹁ 海 雲 の 伝 法 次 第 記 に よ つ て 両 部 各 別 相 承 を 立 て る が 比 較 的 合 理 性 が あ る よ う に 考 え ら れ る が 如 何 ﹂ と 述 べ ら れ た よ う に、 胎 蔵 塔 外 ・ 金 剛 塔 内 相 承 と 見 る を 正 統 説 と し な け れ ば な ら な い で あ ろ う。 南 天 鉄 塔 説 に つ い て は 大 正 十 四 年 ( 一 九 二 五 ) 三 月 故 栂 尾 教 授 に よ つ て、 ア マ ラ ブ チ の 塔 を も つ て 南 天 鉄 塔 と す る の 論 文 が 密 教 研 究 第 十 六 号 に 発 表 さ れ て お り、 是 非 一 読 し な け れ ば な ら な い も の で あ る が、 東 密 と し て は 宗 祖 大 師 の 付 法 伝 の ま ま 両 部 と も に 塔 内 相 承 と す る に 異 論 が な い。 註 (1) 仏 教 全 書 本 四 三 七 下、 次 の 文 同 四 三 八 上 (2) 大 正 蔵 七 〇 ・ 四 五 下 (3) 同 七 六 ・ 六 六 二 上 中 (4) 同 七 〇 ・ 四 五 中 (5) 同 三 九 ・ 八 〇 八 上 中 (6) 徳 一 ボ サ ッ は 天 長 元 年 ( 八 二 四 ) 七 十 六 歳 で あ つ た と 記 さ る。 真 言 未 決 大 正 七 七 ・ 八 六 五 上 (7) 大 正 蔵 七 七 に 房 覚 ・ 果 宝 両 師 の 本 共 に 在 り (8) 些 々 疑 文 上、 智 諮 大 師 全 集 仏 教 全 書 本 三 ・ 一 〇 四 九 上 (9) 真 言 疑 目 ・ 智 謹 大 師 全 集 四 ・ 一 一 一 一 上 (10) 大 正 蔵 七 七 ・ 一 五 五 下 (11) 智 謹 大 師 作 と さ れ る、 ゲ ン ビ ラ 砂 一 ・ 仏 教 全 書 本 一 八 一 下、 ア キ シ ヤ 紗 三 ・ 真 言 全 書 二 一 ・ 四 一 上 に も 見 る (12) 大 正 蔵 七 六 ・ 六 六 三 下 (13) 同 三 九 ・ 七 九 〇 に 見 る 説 に て 渓 嵐 集 九 一 ・ 大 正 七 六 ・ 七 九 五 中 参 照 (14) 同 一 六 ・ 五 六 九 上 (15) 同 七 五 ・ 四 三 〇 下 (16) 同 四 五 二 上 (17) 同 四 三 〇 下、 次 の 供 養 次 第 法 巻 上 の 説 は 同 三 九 ・ 七 東 台 両 密 の 問 題

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密 教 文 化 九 〇 中 (18) 智 誰 全 集 三 ・ 一 〇 四 九 上 (19) 大 正 蔵 七 六 ・ 六 六 三 中 (20) 真 言 全 書 二 一 ・ 三 四 下、 同 三 五 上、 な お 五 大 院 の 供 養 持 講 品 同 第 四 の 初、 大 正 蔵 七 五 ・ 三 二 〇 下 参 照 の こ と (21) 仏 教 全 書 本 二 三 頁 上 (22) 大 正 蔵 七 五 ・ 三 六 一 中、 次 の 真 超 十 宗 略 記 は 仏 教 全 書 三 ・ 三 〇 六 上 (23) 同 五 一 ・ 七 八 四 中 (24) 同 七 〇 ・ 四 五 下 (25) 同 七 六 ・ 六 六 三 中 (26) 同 六 六 九 中 (27) 同 七 七 ・ 一 四 八 上 (了 因 決 ) (28) 同 一 六 五 上 (29) 同 七 五 ・ 四 三 〇 上 (30) 同 七 六 に あ る (31) 仏 教 全 書 中 に あ る (32) 同 (33) 真 言 全 書 二 一 (34) 同 一 八 (35) 同 二 〇 (36) 天 台 学 概 論 三 一 四 頁

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