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エントロピー経済学の基礎と展開

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(1)

著者 槌田 敦

雑誌名 經濟學論叢

巻 65

号 3

ページ 189‑214

発行年 2014‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/00027402

(2)

エントロピー経済学の基礎と展開

槌 田   敦  

1 は じ め に

 現代は,多数の貧困者と失業者が存在し,経済から排除されている.この ような状況を放置することは経済学の破綻と考える.原因が貿易と科学技術 であることを示し,その内部化をおこなうため,開放系物理学を基礎に,物 質循環を重視した新しい学問を提起する.

2 増大するエントロピー

 孤立した物質系ではエントロピーは増大する.ある時間tの後にエントロ ピーがS0からStに変化したとして,その変化量∆Sは正またはゼロである.

    DS=St-S0F0 (1)  

 このエントロピー増大の法則は経済学者を悩ませた.人間社会は活動によっ てエントロピーを増大させているから,この法則によりいずれ人間社会は消 滅するのではないかと.その1つの例がごみであって増え続けている.その 対策として,ごみをリサイクルすれば解決できるという,いわゆる『ごみゼ ロ社会』を経済学者は提案していた.

 この提案の理論的支柱は経済学者ボールディングであった.彼は,「幸いな ことに,物質の場合には,エネルギーの場合のようなエントロピーの増大法 則は存在していない.エネルギーの投入が許されるとすれば,拡散している 物質を集中させることはまったく可能だからである.(中略)エネルギーのシ ステムに関しては,残念なことに熱力学第2法則という冷酷な法則から逃れ

(3)

るすべはない」という(Boulding, 1968).

 この意見は,地球を観察すると正しいことが分かる.地球表面のエントロ ピー状態は,1億年の単位で考えると大きく変化したが,1万年の単位で考え るとほとんど変化していない.しかし,古代文明以後,地球表面のエントロピー 状態は激しく変化している.

 ジョジェスクレーゲンは,この原因を物質の摩耗などによる劣化に求め,

これを『熱力学第4法則』と名付けて,「完全なリサイクルは不可能」と反論 した(Georgescu-Roegen, 1977).これについては,地球にできていることが何 故人間にできないのか,その理由を明らかにする必要があった.

 しかし,ボールディングはこれに言及することなく,このジョジェスクレー ゲンの反論を全面的に認めて前説を撤回し,「まき散らされたものを収集する にはエネルギーが必要だし,そのエネルギーは膨大なものになるかも知れな い.それゆえ,再利用が究極の解決策だという,あまりにも安易な想定には 賛成できない」と述べた(Boulding, 1981).

 現実には,ジョジェスクレーゲンが提起し,ボールディングも認めたこの 困難は存在する.たとえばガラスびんを使用すると,いずれガラスびんは壊 れてガラスくずになる.このガラスくずがあちこちに散らばってしまえば,

再利用などとてもできるものではない.

 そして,ジョジェスクレーゲンは完全なリサイクルは不可能であり,人間 社会の活動はどのようにしても環境を悪化させてしまうことになると述べ た.また.これらの考察の結果,「最大限為し得ることは,資源の不必要な 消耗と環境の不必要な悪化を防止するということに過ぎない」と結論した

(Georgescu-Roegen, 1975).つまり,対策は省資源だけしかないということにな る(Georgescu-Roegen, 1979).

 これについてボールディングは次のように述べている.「実は,エントロ ピー学派の主張は,少なくとも極めて長期的にはすべてが消滅し,すべての ポテンシャルが枯渇して,ポテンシャルをどれほど一時的に再生しても無駄

(4)

となる悪夢の日が必ず存在する.我々にできるのは,その日を猶予しようと 願うことだけだ.エントロピー学派の主張は,本質的に重要であり,耳を傾 けなければならないとしても,彼らはあまりにも遠い未来を見過ぎている」

(Boulding, 1981).

 エントロピー増大の法則が発見された1860年代に,物理学者は熱が一様に なる傾向を重視して,未来は憂鬱な「熱死」と考えていた.対して100年後 にボールディングは,物エントロピー最大の「物死」を悪魔の日とする.そして,

現実には環境破壊と汚染は止まることなく進行している.

 このような結論に2人の経済学者を導いたのは,エントロピー増大の法則 に「孤立系では」という条件がついていることを無視したからである.現代 物理学の教科書は,孤立した系と環境と平衡にある系でのエントロピーしか 論じていない.より高度の物理学の教科書には,「平衡の近傍でのエントロ ピー」が論ぜられているが,人間社会は平衡の近傍とはとても言えないから これも関係がない.エントロピーを孤立または平衡でしか論じていない現代 の物理学が経済学者に誤解を与えたのである.

 ところで,熱や物が出入りする開放系ではエントロピーは増大するばかり ではなく,減少もする.しかし,この開放系熱物理学の教科書は,現状では 拙著『熱学外論』(槌田,1992)しかなく,ボールディングやジョジェスクレー ゲンの論争が不十分になるのは仕方がない.

3 開放系熱物理学の成立 3. 1 エントロピーの発生

 孤立系でのエントロピー増大の法則は,すでに述べたように(1)式のような 不等式で表現される.しかし,不等式では計算できないから,ある時間tの 間にこの物質系に発生したエントロピーをgとして,(1)式を

    DS=g, (2)  

(5)

    gF0 (3)  

と2つに分割し,エントロピー増大の法則を,(3)式により『エントロピー発 生の法則』として理解することにする.ここで,発生するエントロピーgは 正またはゼロであって,生成することがあっても,消滅することはない(熱学 第2法則).

 エントロピーの発生原因は,第一に,摩擦や電気抵抗である.力学的エネ ルギーや電磁エネルギーにはエントロピーはなく,これが摩擦などで熱化す るとエントロピーが発生する.発生したエントロピーは,発生する熱量qと その熱の絶対温度Tによって

    g=q T (4)  

となる.

 第二に,熱伝導でエントロピーが発生する.すなわち,温度差のある場所 を熱が通過すると,通過する熱をq,高温側の熱の入り口温度をT1,低温側 の熱の出口温度をT2として,発生するエントロピーg

    g=q T2-q T1 (5)  

である.

 第三に,塩が水に溶けるなど物質が拡散するとエントロピーが発生する.1 モルの物質の容積がX倍になるとRを気体定数としてRlogeXという量のエ ントロピーが発生する.

3. 2 エントロピーの移動

 熱や物が出入りする開放系では,エントロピーは増大もすれば減少もする.

これまでの物理学では,エントロピーを状態量でのみ定義してきたが,これ では熱や物の出入りのある物質系(開放系)を記述できない.そこで,開放系

(6)

の熱物理学では移動量としてエントロピーfを導入して,(2)式を,

    DS=g f! (6)  

とする.ここでプラス記号はエントロピーが入ってくる場合で,出て行く場 合はマイナス記号とする.ところで,このエントロピーの移動を理解できな い物理学者は多い.

 熱qの移動で移動するエントロピーfは,クラウジウスが発見した

    f=q T (7)  

である.また物質mの移動で移動するエントロピーはその移動する物質のエ ントロピーをsとして,

    f=s (8)  

である.したがって,熱や物が出入りする開放系のエントロピーは,

    DS=g!q T!s (9)  

となる.

 この(9)式によれば,熱や物が出ていけば系のエントロピーは減少すること もある.ジョジェスクレーゲンやボールディングが「エントロピーは必ず増 大する」と思い込んでいたのは,開放系の物理学が不十分で,またその内容 が物理学者の間でまったく議論されていなかったからである.2人の経済学 者の責任ではない.

4 エンジンと物質循環

 これらの式を用いると,時間tを周期としてエントロピー状態を復元する

(∆S=0)物質系の例として,エンジンを説明できる.エンジンではその周期 内で発生した余分のエントロピーgを熱や物の導入や排出で系の外に放出し

(7)

てエンジンの状態を復元し,エンジン活動を繰り返している.

4. 1 熱エンジン

 蒸気機関という熱エンジンは水(蒸気)を循環的に流すことで周期的に運転 している.熱エンジンは,周期tの間に,高温熱を取り入れ低温熱を排出し て動力を生産し,元の状態に戻して再び活動を繰り返し続けることができる.

つまり熱エンジンのエントロピー水準は周期tの後,増えもせず,減りもせず,

元の状態に戻っている.

    DS=0 (10)  

 このことは,熱エンジン内部で発生するエントロピーgと入ってくるエン トロピーf1の合計は,出て行くエントロピーf2と等しいことを示している.

これをエントロピー収支式として表せば,入力側を左に,出力側を右に書い て

    g f+ =1 f2 (11)  

となる.

 熱エンジンの代表は蒸気機関である.蒸気機関の中を回って作業する物質 は水(水蒸気)である.

 蒸気機関のような熱エンジンでは,高い温度T1で熱q1を得ているので,入っ てくるエントロピーf1q1/T1,そして低い温度T2で熱q2を出しているので,

出ていくエントロピーf2q2/T2であるから,これをエントロピー収支式(9)

に代入すると,1サイクルの間に,

    g+q T1 1=q T2 2 (12)  

が得られる.

 また,この1サイクルの間のエネルギー収支式は,ポンプを動かす内部消

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費を差し引いて,正味産出する動力(仕事)をwとすれば,

    q1=q2+w (13)  

となる.この2つの収支式(12)と(13)を連立させて,出て行く熱q2を消去す れば,

     w= -^1 T T q2 1h 1-T g2 (14)  

が得られる.

 右辺の第1項は熱エンジンの最大仕事と呼ばれもので,熱を捨てる温度T2 と取り入れる温度T1の割合で,動力wが減ることを示している.第2項は,

この熱エンジンが活動することによって発生するエントロピーgに比例して,

得られる動力wが減ることを示している.

 そこで,蒸気機関のような熱エンジンの改良は,受け取る熱の温度T1を上 げることと吐き出す熱の温度T2を下げることで最大仕事を大きくし,発生す るエントロピーgを減らして第2項をゼロに近づけることでなされてきた.

 なお,T1は燃焼温度ではなくボイラーの温度であり,T2は環境の温度で はなく復水器の温度である.

4. 2 熱化学エンジン

 ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどは,これまで,熱エンジンと して近似して論じてきたが,正しくは熱化学エンジンである.燃料と空気を 入れ,廃熱と廃ガスを捨てることで動力wを生産するエンジンであって,周 期tでサイクル運転している.ガソリンエンジンで作業をする物質は空気で ある.

 ガソリンエンジンは,4つの過程から成り立つ.(1)吸気 ・ 吸燃料:ピスト ンを引いて空気と燃料を吸い込む.(2)圧縮:ピストンを内向きに押して作 業物質の空気を圧縮する.(3)点火 ・ 膨張:ピストンを外向きに押して作業

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する.(4)排気,排熱:ピストンを内向きに押して廃ガスと廃熱を捨てる.

 一周期全体として,エンジンに燃料と空気を取り入れ,燃焼させ,廃熱と 廃ガスを排出して,動力wを生産する.詳しい計算は,拙著『熱学外論』(槌 田,1992,p. 67,p. 112)を見ていただくとして,結論だけを記せば,

    w=-^Du T- 2Ds P v+ D h-T g2 (15)  

となる.ここで,第1項は熱エンジンと同じく最大仕事であり,Pは外圧,

uは出入りする物質の内部エネルギーの変化,∆sは出入りする物質のエン トロピーの変化,∆vは出入りする物質の体積変化である.第2項は熱エンジ ンと同じく発生するエントロピーに比例する損失である.

 ここで重要なことは,熱エンジン,熱化学エンジンのいずれをとっても,

作業物質が循環することでエンジンのエントロピー水準を維持していること である.

 すなわち,エンジンがエントロピーを増大することなく活動を続けること ができるのは,作業物質の循環により余分のエントロピーを捨てることがで きるからである.つまり,物質循環の存在は,余分のエントロピーの処分に よるエントロピー水準の維持と同義語ということになる.

5 エンジンとしての地球生命系 5. 1 生命エンジン

 生命(菌類や動物)は,複雑ではあるが熱化学エンジンである.体外から物 質を取り入れて,それを体内で循環させて活動し,体外に廃物と廃熱を排出 して生命を維持している.生命は(15)式で得られる動力をその活動に使用し ている.植物の場合は光合成の循環的活動が加わるが,それ以外の活動は菌 類や動物とまったく同じである.

 生命エンジンの代表例として動物を考える.動物には作業物質として血液 の循環がある.血液は体外から酸素と食料を取り入れて身体の各部分に運び,

(10)

また身体の各部分から廃物と廃熱を集めて体外に排出している.血液の循環 が止まると余分のエントロピーを排出できず,死亡することになる.

 血液から水と養分を供給される身体各部分は細胞により構成され,その細 胞の活動は化学反応による物質循環でなされ,廃物と廃熱を血液に渡してい る.この血液と各部分の循環的活動により,動物のエントロピー水準が維持 されて活動を続けることができる.

 生命エンジンと工学エンジンの違いは,生命エンジンには自己を作り直す 能力があることである.自分と同じものを作る(再生)だけでなく,自分自身 を変化させる能力(遷移)を持っている.この遷移により,地球では多種類の 生命が発生し,環境に適合した生命だけが残るという方法で,生命発生から 35億年も生命は生存し続けることができた.

5. 2 生態系エンジン

 生態系は,菌類(微生物を含む),動物,植物の集合体である.この集合体も,

熱化学エンジンとして,環境から資源を取り入れ,それをこの集合体内部で 循環し,その結果としての廃熱を環境に返している.廃物は別の生物の資源 として再利用されるから結果として廃物はない.この生態系の中を循環する 作業物質は水と養分である.

 つまり,この生態系エンジンは,地域や水系から養分を得て光合成し,生 産された有機物を活動に使用し,ふたたび養分に戻して地域や水系に返して いる.養分は生態系と地域または水系の中を循環する.

 しかし,この養分を利用する者がいなければ,水に溶けた養分は重力で下 方に流れ落ちる.その結果,地域は養分を失い,痩せて砂漠となる.それを 防いでいるのは,動物の欲望である.動物は,養分の多い下の地域で食料を 得て,これを上の地域に運び上げて糞を排泄して養分の広域循環を成立させ ている.

 地球の重力による流れ落ちと動物の欲望による運び上げで成り立つ物質循

(11)

環が,陸地に広がる生態系を作ったのである(槌田,2009,p. 104).動物が原 始的砂漠を生態系に変えたとしてもよい.ここで物資を運び上げる動物(人間 を含む)を失えば,生態系は砂漠に戻ることになる.

 繰り返すが,この生態系の循環では廃物はすべて資源となり,捨てるエン トロピーは廃熱だけである.この廃熱は次の気象エンジンに受け継がれ宇宙 に捨てられることになる.

5. 3 地球(気象)エンジン

 地球は全体として熱エンジンである.地球には重力があるから,宇宙に廃 物としてエントロピーを捨てることができない.そこでは,太陽から光が入 射し,宇宙へ廃熱を放出することで,気象循環が回り,地球上の諸活動が発 生した余分のエントロピーを廃熱として宇宙に処分している.

 この気象エンジンは,地表で太陽光を常温(平均15℃)熱として得ている.

これに加えて植物の光合成によるエネルギーの収入も加わる.地表で発生す る熱は大気と水を暖めてこれを上下循環させ,この熱を大気上空から宇宙に 低温(マイナス23℃)放熱し,エントロピーを処分している.

 地球環境は重力場であるから,重い物質は下へ,軽い物質は上へ移動して 熱化し,安定化する.したがって,地殻変動がなければ,地球物質系には終 わりがある.しかし,水は,下で熱せられて空気(平均分子量29)より軽い蒸 気(分子量18)になって大気中を上昇し,上空で冷却されて水になって落ちて くる.このとき発生する熱は大気循環に渡され,高度5000メートルで宇宙に 放熱して,地上の諸活動が発生した余分のエントロピーをすべて宇宙に捨て ることになる.

 地球はこの水と大気の循環で,生態系エンジンが発生する廃熱のエントロ ピーも含めて,地球上で発生する毎年1平方センチあたり41cal/degの余分の エントロピーを宇宙に処分している(槌田,1992,p. 128).これが,地球上に 生態系を存在させ,その中に生命や人間社会が存在できる原因である.

(12)

6 需要と供給で物質循環を作る人間社会のエンジン

 人間という動物の集まりとしての人間社会は,生態系エンジンの一部分で ある.この部分エンジンは動物エンジンと同じように生態系を含む環境から 資源を得て,これを人間の間で交換し,その活動の結果として廃物と廃熱を 人間社会の外の環境に排出している.

 このようにして,開放系の物理学は,余分のエントロピーを廃棄処分する ことで人間社会のエントロピー水準を維持していることを説明できた.人間 社会の未来は必ずしもボールディングの言うような「憂鬱な未来」ではない.

問題は,現在の人間のしていることが開放系のエントロピーの法則に抵触し ているかどうかである.

 人間社会のエンジンを作っているのは人間の欲望である.当初は農耕を始 めたとしても類人猿と変わらない家族単位の自給生活だったと考えられる.

しかし,人間の間での物資の交換が始まると動物とは違った生活をすること になった.そしてその交換は,需要と供給による商取引に発達し,これがつ ながって物質循環になり,人間経済という特殊なエンジンが成立した(槌田,

2007,2章).

 古典経済学によれば,商取引の成立する条件は需要曲線と供給曲線の交差 で決まる.需要曲線とは買ってもよいとする需要者の希望価格を高いものか ら順に並べた曲線であり,供給曲線とは売ってもよいとする供給者の希望価 格を安いものから順に並べた曲線である.その交点が市場価格と供給量とな る.

 この交点を越えて供給量が増えると需要者と供給者の思惑が一致せず,商 取引は成立しない.つまり,供給量には限度があり,過剰供給による社会の 膨張は抑制されている.

 ここで大切なことは,高く買ってもよいとした需要者は安い市場価格で買 えて得をしたことである.供給者も安く売るつもりだったところが高く売れ

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て得をしたことである.つまり,需要者,供給者ともに商取引で余剰の利益 を得て,商取引での欲望を満足させる.

 この欲望による商取引がつながって人間社会の物質循環が成立し,人間社 会で発生する余分のエントロピーを環境に廃棄することができて,エントロ ピー水準は維持される.これがアダム・スミスの言う「神の見えざる手」の 内容であり,人間の欲望が社会を成立させているとする古典経済学の正しさ をエントロピー論が証明したのである.

 この商取引における需要者と供給者の余剰利益は重要である.この利益は 新しい需要となり,経済成長(遷移)の原因となる.

 商取引には別の効果もある.それは外部経済と呼ばれるもので,この商取 引がおこなわれた結果,この商取引の直接の当事者ではない第三者に利益が 生ずることがある.鉄道の駅ができると周辺の土地が値上がりして土地所有 者はタナボタで儲ける.

 商品取引での需要者および供給者の得る余剰とこの第三者の外部経済は新 しい需要を作る.この新しい需要による経済成長にはそれぞれが儲けた範囲 に制限されるのでエントロピーの過剰発生はない.

7 神の手の隙間,外部不経済

 しかし,商取引が汚染の発生など第三者に不利益(外部不経済)を与えるこ とがある.また,原発や国債のように子孫の負担になることを承知して,商 取引の利益を求める行為もある.この場合,資源は過剰に消費され,過剰に 廃棄物を発生する.これにより経済は膨張するが,これはすでに述べた経済 成長とは違う.

 この経済膨張を抑えるには,第三者に与えるまたは与えた被害としての外 部不経済をその原因に内部化することにより,物質循環の回復が必要となる.

ここで内部化とは,まずは損害に対する賠償であり,さらに外部不経済が生 じないようにするための規制である.

(14)

 現代社会では,貿易と科学技術により,過剰に商品が供給され,弱者は商 取引から排除され,失業に追い込まれている.商品の輸出は失業の輸出であり,

輸入は失業の輸入である(槌田,2007年,p. 133).

 経済学者リカードが挙げた有名な貿易例では,ポルトガルでぶどう酒を作 るのに80人,毛織物を作るのに90人必要とし,イギリスではぶどう酒に 120人,毛織物に100人必要とする.そこで,ポルトガルではぶどう酒を2 倍作り,イギリスでは毛織物を2倍作って,それぞれ必要分を交換すると,

労働者に支払う賃金はポルトガルでは10人分,イギリスでは20人分安くなり,

両国共に利益があるという.

 しかし,これはポルトガルでの10人の失業,イギリスでの20人の失業を 意味する.これらの失業者を雇用する新しい産業が現れないかぎり,リカー ドのいう貿易をしてはいけないのである.昔の経済学では,輸出を「近隣窮 乏化政策」(岩波「経済学辞典第3版,p. 273」)と教えていた.

 商取引は需要者余剰,供給者余剰,外部経済により経済成長(遷移)を可能 とする筈であった.そのためには,働けない子供,老人,病人を除いて,人 間社会を構成する全員が商取引に参加できなければならない.ところが,現 代では供給活動から排除された失業者,需要活動から排除された貧困者が多 数存在する.需要と供給で成り立つ社会の物質循環は破壊されており,経済 学の破綻である.

 たとえば,TPP(環太平洋経済連携協定)では,保護貿易を禁止するばかりか,

関税まですべてを撤廃するよう主張し,大量の失業と貧困という外部不経済 を発生させることにまったく配慮がない.

 外部不経済の1つとして,環境の砂漠化も問題である.古代文明では,農 地が劣化して農耕が不可能になると,農地を放棄し遷都を繰り返した.跡地 は放牧で養分を収奪され,また潅漑水の持ち込んだ塩が乾燥により地表に吹 き出して砂漠となった.現代では,農作物が得られても,採算が取れなくな ると放棄して,砂漠化につき進んでいる.

(15)

 このような農地の放棄により,1人あたりの世界の農地は1960年以来半減 した.しかし,1人あたりの食料生産量は科学技術の向上により西ヨーロッ パと北アメリカで3倍増している.科学技術が人類を飢餓から救うと短絡し てはいけない.科学技術による過剰生産と先進国から途上国への食料の大量 輸出により,途上国の農民はまだ使える農地を放棄したのである.

 食料を大量に輸出する方法は補助金つき輸出であった.1980年代には,ヨー ロッパの小麦価格はトン230ドルであったが,140ドルの補助金をつけてト ン90ドルで輸出した.これに対抗してアメリカは90ドルの補助金をつけて 80ドルで売った.

 この安い小麦を輸入した日本では小麦の自給ができなくなった.小麦を生 産できない熱帯の途上国は,小麦を輸入することで食文化が変わり,農民が 生産するミレットなどの雑穀は買い手がなくなって農民は失業し,放棄され た農地は砂漠となった(槌田,2002).

 経済成長期にあった日本では失職した農民は工場に就職したが,途上国で は農民は都市のスラムへ流れた.そこでは欧米諸国の提供する援助物資が配 給されているから,飢えることはない.ただ食べるだけの人生である.

8 貿易と科学技術には課税による内部化が必要

 失業と貧困は,貿易と科学技術による外部不経済を内部化することで解決 できる.その方法は,貿易に対する関税(取引税)と科学技術の儲けに対する 課税である.現状の政策はどちらに対しても逆に補助金,助成金を支給して いる.

 多くの経済学者は,関税を「悪」と信じこんでいる.そして,「関税はゼロ にすべき.貿易が減れば経済は冷える」と合唱する.ではなぜ,同じ取引税 の消費税が経済を冷やすとしてゼロにすべきと主張しないのか.

 関税こそもっとも基本的な取引税である.過剰貿易を最適化するには国家 の収入を最大にする最適関税が有効である.税率を増やすと関税収入は増え

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るが,増やし過ぎると貿易が減って,関税収入は減る.その関税収入が最大 になる税率での関税を最適関税という.これは,貿易が利益を生むことを認め,

その利益を貿易商と貿易当事国が分け合う方法である(槌田,2007,p. 144).  この最適関税を用いると,過剰貿易を抑えて失業を減らし,社会の物質循 環を回復できる.そして最適関税によって,貿易は最適状態で存在できて,

アダム・スミスの神の手を復活させることができる.

 現代では,科学技術の振興のためとして科学技術への助成がなされている.

これも逆効果をもたらす.科学技術の発達史によれば,たとえばエンジン開 発史に見られるように,科学技術の成功により儲かった技術がその儲けの一 部を研究費にまわして技術開発し,さらに儲けた.欲望の勝利である.

 ところが,現代は,儲からない技術を助成して,儲かる技術にしようとし ている.そのために税金を使用して,国家財政の破綻に向かっている.科学 技術の振興に税金を投入するのでなく,科学技術の儲けに対して税金を課す ことこそ,健全な科学技術を振興することになると理解しなければならない.

 関税および科学技術税の最適化で得られる収入を子供,老人,病人への援 助と,失業者と貧困者の救済に使用することにより,社会の需要と供給を回 復し,自然と社会の物質循環を豊かにすることができる.

 本論文末の補論「最適関税こそ国際的物質循環を得る方法」において,こ の失業と貧困を貿易と科学技術に内部化することについてさらに補強する.

この内部化により,所得税,事業税,消費税,相続税のない,または少ない 社会を作ることができるであろう.

 そして,エントロピー論に支えられた経済学をふたたび福祉経済学に戻し,

「最大多数の最大幸福」から,「すべての人に不満のないほどほどの幸福」を 目指すことになる.

9 日本におけるエントロピー経済学の研究

 以上述べたような日本におけるエントロピー経済学の研究は,1970年代後

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半において,故玉野井芳郎と著者がふたりだけの研究会を続け,シュレディ ンガーの『生命とは何か』を精読することで始まった.この書で初版(1944年)

の「生命は負のエントロピーを食べている」ではなく,増補版(1945年)の「生 命は余分のエントロピーを捨てている」に注目して,これを経済学に適用す ることにした.

 後に参加者を広げて1995年には,室田武,多辺田政弘,鷲田豊明,丸山真 人,槌田敦により『循環の経済学―持続可能な社会の条件―』(学陽書房)

を発行することになる.

 そして,2011年には,著者のエントロピー論(『日本物理学会誌』1976年,

pp. 938-941)から35年にあたり,記念講演会(エントロピー学会主催,東京大学

持続的開発研究センター後援)を開催していただいた.この本文と補論はその講 演のまとめである.

補  論

最適関税こそ国際的物質循環を得る方法

 貧しい国がますます貧しくなっていく原因は,自由貿易が貧しい国の富を 奪うからである.貧しい国を含め世界を公平に豊かにするには,国際経済学 を修正し,最適関税の導入が必要である

【貿易商の欠落した貿易理論】

 大学で環境経済学を教えるために,貿易による環境破壊を研究していて気 づいたことだが,現在の貿易論には「貿易商」という単語が完全に欠落して いる.貿易は貿易商がするのに,国際経済学では貿易は国と国が取引するか のように記述している.それでは,実際の貿易を説明できる訳がない.

 そこで,貿易での貿易商の役割を考えてみることにした.その結果,自由

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貿易で貿易商がぼろ儲けする実態が分かった.そして,貿易商のいない途上 国は,この自由貿易で資産を外国の貿易商に奪われて貧困化し,自然の収奪 または耕作地の放棄で土地は砂漠化していることがわかった.

 多くの経済学者の常識では,自由貿易は正しいことになっている.しかし,

自由貿易は,貿易商にとっては自由な貿易だが,関係する国や国民にとって はまったく不自由な貿易である.そもそも国家とその主権者である国民は政 策を自由に決めることができる筈である.ところが,自由貿易を掲げるWTO

(世界貿易機構)は,国と国民の基本的権利を許さず,他方貿易商にはしたい放 題の自由を保証している.この貿易商の活動に注目すると,新しい貿易理論 が構築できる.

【日本にとって自由貿易は飢饉の心配】

 WTOは米余りの日本に「もっと米を買え」と強制している.すでに日本で は米以外の穀物―小麦,豆,トウモロコシなど―はほとんど外国から買っ ている.その結果,日本の穀物自給率は23%でしかない(2009年).これはまっ たく異常なことで,人口が1億人以上の大国は世界に10あるが,日本を除い て穀物自給率は平均では104%,最低でも65%である(世界国勢図会 2012/13 年版).

 もしも,世界が異常気象となり,穀物が不足することにでもなれば,世界 的大飢饉となる.そうなれば日本は,全力投球で1億2千万人の食料を買い あさるに違いない.この時,日本は「飢饉台風の目」になり,世界の非難を 受けることになる.

 そのようなことにならないよう,日本の穀物自給率を少なくとも先進国並 に引き上げるには,食料の輸入制限を麦,豆,とうもろこしにも広げて,日 本で穀物をもっと生産することが必要になる.ところが,WTOは日本に「米 も輸入しろ,保護貿易をしてはいけない」と裁定する.

 たとえばウルグアイ ・ ラウンド(1993年)では,「すべての商品は基本的に

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は輸入制限でなく関税にする.そして,その関税も計画を立てて引き下げる.

例外として米の輸入制限を認めるが,最低輸入量は8%にする」と日本に約 束させた.このように自由貿易は国民の安全を守る権利も許さない「不自由」

な貿易である.

【自由貿易神話に毒された現代】

 これまで多くの人々は,「自由貿易により利権を持つ人は排除され,国と国 民の利益は守られる」と期待してきた.しかし 、 それはまったくの誤解だった.

 まず,自由貿易という言葉の誤解から始まる.「自由はよい.束縛はいやだ」

という感情を利用して,この自由貿易という言葉を支持させる.そのうえで,

この自由貿易を進めるためには,各国の政策決定の自由を制限するのはやむ を得ないと思わせる.「自由のために,不自由はやむを得ない」とするのだか ら,すばらしい「説得力」である.

 ところで商業には自由商業という言葉はない.それは,商業は双方の利益 の範囲でなされるからである.無理に買わせたり,また無理に売らせたりす る自由はなく,押し売りや強奪行為は商道徳に反するとして制限される.つ まり,商業では,双方の納得がなければ取引しない自由がある.

 貿易にも,取引しない自由などの商業の原則が必要である.しかし,「買い たくない」と主張することで生ずる「貿易摩擦」は戦争の原因になると脅して,

押し売りをしてもよいことにしている.これは,侵略戦争時代の貿易そのま まであり,バイキングの押し売り商人の姿を受け継いでいるとも言える.

 多くの経済学者は「自由貿易こそ正義」と繰り返し教育されて信じこんで いる.たとえば,「日本の農民を保護して穀物自給率をあげるべきだ」と言う と,多くの経済学者は,「反自由貿易は経済理論を無視した愚かな主張だ」と 反撃してくる.

 しかし,自由貿易を擁護する経済理論は間違っている.現代経済学は「自 由貿易により貿易する両国は貿易の利益を共に得る」としているが,実は儲

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けているのは貿易商だけで,貿易する両国は貿易する利益を直接には得てい ない.

 何故そのようなことになるかというと,冒頭でも述べたが,国際経済学の 教科書には「貿易商」という単語が存在しないからである.貿易商によって 貿易が行われ,また貿易商が貿易で儲けているのに,その単語が国際経済学 の教科書に存在しないのである.

 これでは貿易の実態を明らかにすることはできない.国際経済学は堂々と 大学と高校で「嘘」を教えている.物理学の出身である著者にとって,最も 重要な要因を抜いて議論がなされている経済学の現状はとても理解できるも のではない.

 そこで,貿易商が何をして儲けているのかについて研究することにした.

そして得た結果は,貿易商だけが儲けるすばらしい手口を発見した(槌田,

1998,p. 240).あまりにも簡単で,しかも巧妙すぎて,何かの間違いではない

かと思ってしまった.

【貿易商だけが儲ける自由貿易】

 貿易により貿易商を持たない国が収奪されることは,幕末の日米修好通商 条約による貿易にも見ることができる.開港場でなされる自由貿易であるか ら,通貨の交換比率は日本での金1銀5が用いられた.ところが国際的には 金1銀15である.

 これに目を付けたアメリカなどの貿易商は自国で金1を銀15に替えて来日 し,日本で金3に替えて帰国した.目ざといのは,長崎と上海を往復して,一 往復ごとに金を3倍にした.実際にはここで述べた内容よりもっとあくどいも のであった(田中,1992).この貿易の利益はロンドンタイムズ紙(1860年4月9日)

やニューヨークタイムズ紙(同年10月2日)に掲載されているという.

 その結果,日本の金は海外に大量に流出し,物価は高騰し,幕藩体制の崩 壊の原因となった.日本人から見れば単なる金銀の交換であるが,貿易商か

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ら見れば富の沸き出す不思議な機構なのである.

 貿易が成立するのは各国での商品に価格差があるからである.この価格差 は「比較優位の利益」と名付けられている.国際経済学では,この比較優位 の利益は各国が分け合っているとしているがそれは上記事実と反する.

 貿易では貿易商だけが儲けるのである.リカードの貿易論以来200年,経 済学者の誰もがこの事実に気づかなかったとは考えにくい.しかし,それを 話すことのできない環境に現在の国際経済学があった.

 私は,以上の趣旨を述べた論文を作成して日本商業学会誌に投稿した.し かし,見事に拒否された.理由の説明はない.しかたがないので,大学の紀 要にともかく研究の事実だけは残すことにした(槌田,2004).

 現代の貿易商は多国籍企業である.世界の大企業500社の本社所在地は,

アメリカ138,日本71,中国48,フランス39,ドイツ37,イギリス29であ

る(“Global 500,” Fortune 2010.7.26, Vol. 162, p. 153).合計362(72%)の企業がこの 6カ国に集中している.これら企業は本社所在地で,貿易の事業税を支払う から,この6カ国は貿易によって収入を得ることができる.この6カ国を除 く国々は,貿易による事業税を少額しか得られない.

 そのうえ,多国籍企業は世界各地に現地法人を設立し,本社と現地法人と の間の貿易をおこなうが,その価格設定は現地法人の現地で支払う事業税を 最小にするよう細工するから,現地国は貿易で利益を得ることができない.

【豊かな国はますます豊かに,貧しい国はますます貧しく】

 このようにして,多数の貿易商を持つ豊かな国は,貿易の利益を独占できて,

ますます豊かになるのに対して,貿易商がほとんどいない貧しい国は,輸出 により資源を失いまた輸入により金銭を失って,ますます貧しくなる.

 このことをコーヒー貿易で考えてみる.コーヒー1キロは生産国価格で1 ドル,消費国価格で10ドルである.貿易商はコーヒーを1キロ1ドルで買っ て10ドルで売り,9ドル儲ける.生産国では1キロ1ドルで等価交換,消費

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国では1キロ10ドルで等価交換だからどちらの国も貿易の利益を得ていない.

 ここで,生産国が9ドルの収入を得ようとしたら,9キロのコーヒーを輸 出しなければならない.つまり,自由貿易では資源国は資源の大量輸出でし か収入を増やす方法がなく,資源は大量に収奪されることになる.

 また,穀物の自由貿易により砂漠化が進行していることも指摘しなければ ならない.日本を除く先進諸国は工業国であると同時に,穀物自給率の高い 農業国でもある.小麦貿易では,アメリカ,カナダ,オーストラリア,フラ ンス,ロシアが5大輸出国で,2009年ではその合計は小麦貿易量の70%を超 えている(世界国勢図会 2012/13年版).

 これが小麦を生産できない熱帯諸国に輸出されて,食生活が変わった都市 の食料を賄っている.その結果は,ミレットなどの雑穀を作っていた農民た ちの失業となり,農地は放棄されて,砂漠化することになる.

【より深刻になる失業問題】

 本文(p. 15)でも述べたが「商品の輸出とは失業の輸出であり,輸入とは失 業の輸入である」.貧しい国々は貿易による利益が得られず,国内産業は育た ないので失業はますます増えることになる.そこで,貧しい国の政府は,雇 用増を期待して多国籍企業の工場を誘致し,多国籍企業の利益を支えること になる.

 貿易が自由化されるということは,外国から多国籍企業が供給する安い商 品が入ってくることを意味する.その結果は,その商品を作る国内産業の労 働者の失業となる.多国籍企業で新しく増える雇用と以前からあった国内産 業の失業を比べれば,生産性の違いから一般に雇用より失業の方が多いこと になり,失業問題はさらに深刻になる.

 世界一の大国で,多数の有力貿易商を抱え,莫大な貿易の利益を得ている アメリカも,この失業問題から逃れている訳ではない.輸出のための農業は 大規模化して,零細農民は大量失業に追い込まれた.また,自慢の自動者産

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業は日本などからの輸入に負けて,労働者の大量解雇となり,失業者のあふ れるデトロイト市は財政破綻 ・ 崩壊となった.

 失業問題を解決する方法は外国に移民して就職することだが,移民には強 い制限がある.人間の移動を制限して,資本と商品の移動をやりたい放題に することはそもそも矛盾で,人間社会は自己破壊に向かって進んでいると思 われる.

 現代の国際経済学には,失業が貿易の結果という認識がなく,当然これを 貿易に内部化するという発想が生まれず,放置している.これを学問と言え るのだろうか.

【保護貿易は国と国民の基本的権利】

 貿易商という単語を消すことで,貿易商の利益を隠す自由貿易.さらに,

TPP(環太平洋経済協力)で貿易商のやりたい放題の関税撤廃.これにより,

アメリカに本社を置く多国籍企業が太平洋諸国を完全に支配できる.その結 果は,失業者と貧困者が,アメリカを含むこの地域であふれることになる.

 ところで,貿易を一切廃止して鎖国化することができるのか.または,保 護貿易に戻すことだけで問題は解決できるのか.江戸時代に日本が鎖国政策 をとり,ポルトガルとの国交を断絶してキリスト教を禁止したことは正しかっ た.それはポルトガルがキリスト教の普及でブラジルを完全に支配したこと を知ったからである.

 しかし,本文で詳しく述べたように,需要があって供給する商取引は人間 社会の本質である.貿易も商取引であるから禁止は不可能である.そこで,

江戸幕府は,オランダにキリスト教を持ち込まないことを条件にして,貿易 を許可したのである.したがって,江戸時代の鎖国は貿易の鎖国ではなく,

キリスト教に対する鎖国であった.これまでの歴史には基本的な誤解がある.

 貿易を禁止できないとして保護貿易はどうか.これは,国家の力で自国で の生産を守ることになる.これは一種の国防である.貿易も商業であって,

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「売りたくない」自由と「買いたくない」の自由は保証されなくてはならない.

前者は資源と環境の保護であり,後者は失業と貧困からの保護であって,そ れぞれ国と国民の基本的権利である.

【最適関税により貿易の外部不経済 ・ 失業を内部化する】

 しかし,日常的にこの保護貿易を前面に押し出して争うのでは交渉が大変 である.では貿易の外部不経済である資源の乱獲 ・ 環境の破壊,そして失業・

貧困を貿易に内部化するにはどうすればよいのか.

 まず,資源の乱獲 ・ 環境の破壊は地球規模の問題であるから,当事国がそ の危険を訴えて輸出制限すれば,強大な国際的権力を持つアメリカも反対は 困難である.

 ところが,失業者,貧困者を少なくするのは厄介である.自由貿易により 利益を得ている多国籍企業と衝突することになるからである.しかし,自由 貿易は保護貿易と対立するが,財政関税はもちろん保護関税も認めている.

 そこですべての貿易に財政関税を適用する.財政関税は国家の収入を目的 とするから国家としての基本的権利である.貿易商のいる国では貿易商に事 業税をかけることで貿易による収入を得ることができるが,貿易商のいない 国でも輸入税または輸出税により国は貿易から収入を得ることができる.つ まり,貿易商に対する事業税と貿易に対する関税は貿易による国家の収入と して対等で,事業税と関税は国と貿易商とで貿易の利益を分かち合う方法と いうことになる.

 また,関税は基本的な取引税であって,世界で流行している定率取引税と しての消費税よりも,商品ごとに課税率を変えることのできる関税は経済政 策として合理的である.

 課税の原則は最適関税とする.最適関税とは国にとって最大の収入となる 課税であり,課税率を調節して最大収入を得ることになる.すなわち,課税 率を上げると国の収入が増えるが,限度を越すと貿易が減って国は収入を減

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らすことになる.この限度となる課税率での課税が最適関税である.

 この最適関税は貿易を禁止するのでなく,国家の収入を増やすため貿易を 奨励する.そのうえで,関税のない貿易による過剰貿易を防ぐことができる.

そして関税の収入で輸入によって生じた失業者と貧困者を支援することがで きる.つまり,輸入による失業と貧困という外部不経済を輸入関税により内 部化できる.

 失業者には雇用までの生活費を貸し付ける.これは奨学金と同様の扱いに する.回収は税務署がおこなうが,外部不経済の内部化を目的とするので,

必ずしも完全回収の必要はない.さらに貧困者で職業につく能力のない者,

子供,老人,病人には支援金を支給する.これらの貸付金や支援金は新しい 需要となって新しい供給を生み出すから,貿易によって生じた失業は回復す ることになる.

 なお,資源保護,環境保護のためには,輸出による外部不経済を輸出関税 によって内部化することになる.

【結論】

 以上述べたように,最適関税による貿易の適正化は可能である.貿易当事 国ではこの収入により労働可能な人は雇用され,労働不可能な人は国から支 援を受け,また資源や環境は保護される.そして,これにより国際的な需要 と供給による物質循環が成立し,人間社会の持続性は保証される.

【参考文献】

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(26)

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田中彰(1992)『日本の歴史 ⑮ 開国と討幕』集英社,82―98ページ.

槌田敦(1976)「核融合発電の限界と資源物理学」『日本物理学会誌』31,938―941ページ.

槌田敦(1992)『熱学外論―生命 ・ 環境を含む開放系の熱理論』朝倉書店.

槌田敦(1998)『エコロジー神話の功罪』ほたる出版.

槌田敦(2002)「現代砂漠化の原因は自由貿易」環境経済 ・ 政策学会編『環境保全と企 業経営』東洋経済新報社,231―242ページ.

槌田敦(2004)「先進国の自由貿易と途上国の自由貿易」名城大学経済 ・ 経営学会紀要『名 城論叢』第5巻第1号,93―102ページ.

槌田敦(2007)『弱者のためのエントロピー経済学入門』ほたる出版.

槌田敦(2009)『地球生態系で暮らそう』ほたる出版.

Tsuchida, Atsushi (1999) “Five conditions for sustainable living systems” in K. Mayumi and J. Gowdy eds, Bioeconomics and Sustainability, Edward Elgar, pp. 352―379. (日本語原文

「エントロピー論の現在」『アソシエ』第7号,2001年,131―156ページ.)

(つちだ あつし・元理化学研究所研究員,元名城大学経済学部教授)

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The Doshisha University Economic Review, Vol. 65 No. 3 Abstract

Atsushi TSUCHIDA, The Foundation and Development of Entropy Economics   The dismal notion of entropy increase has assailed the discipline of economics.

However, this problem has been solved by the thermo-physics of an open system.

A representative system that can maintain a certain level of entropy is an engine.

Engines restore the original state through material cycles. Living organisms, ecosystems, as well as the earth itself are further examples of engines.

  Human societies can also be considered engines through the mechanism of demand and supply (commercial transaction), which are supposed to be sustainable. However, this is not so in reality, where excessive trade transactions force millions of people out of employment, throw them into poverty, exclude them from commercial transactions, and destroy the engines of commercial transactions.

  In conclusion, I propose that each national government should curb excessive trade through levying an appropriate tariff, with the revenue from this tariff going to provide relief to the unemployed and the poor and to internalize them back into the commercial mainstream transactions. My proposal aims to restore human societies back into sustainable engines of commercial transactions.

参照

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