• 検索結果がありません。

天津民俗博物館・天后宮

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "天津民俗博物館・天后宮"

Copied!
3
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

天津民俗博物館・天后宮

著者 松浦 章

雑誌名 阡陵 : 関西大学博物館彙報

巻 29

ページ 4‑5

発行年 1994‑09‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00024191

(2)

天津民俗博物館 ・ 天后宮

松 浦 章

1993年3月下旬から6ヶ月間の北京での在外 研究中に二度訪れた天津の天后宮(写真①)に ついて若干述べてみたい。

天津と北京とは130余キロあるが、近年高速道 路で結ばれてバスで約2時間半程で行けるよう

になり、北京から簡単に日帰り旅行ができるよ うになった。日本と天津新港との間は<燕京>

と言う船が定期航行しており日本から天津へ直 通できる。

II 

天津の名がおこるのは明の永楽

2

年 (1404) に天津衛が設置されて以降と言われる。

天津は大運河の要にあり、北の北京に通ずる 北運河と山東省を経て江蘇、浙江地区へ通ずる 南運河の接点にあって、しかも海河を下ると渤 海に通じていて、北京の外港の地位にもあって

言わば華北水運の中心地となっている。

天津の市内は海河河口から40数キロ上流にあ り、現在は河コに天津新港が形成され大型船舶 も停泊できるため北京の外港としての地位は揺 らいでいない。

天津が北京の外港としての地位を浮上させる のは清朝の康煕年間後半即ち17世紀末以降のこ とである。天津には千二百キロ以上も南方の福 建や広束方面からの海船が多数来航している。

, , , ! 1   / ;   l ・ ‑ :   > .     : i

ら、

i

̲I

: 'L~.! ~•-   ; ' ,

①天后宮

北京の故宮にある中国第一歴史棺案館に所蔵 される乾隆十年 (1745)五月十七日付の直隷総 督高斌の乾隆帝宛の上奏文によれば、乾隆八年 (1743)閏四月二十八日より七月十七日までの 間に、天津へ福建の商船が105隻も到着したこと が記録されている。

また嘉慶十一年 (1806)+月月初一日付の托 津李如枚の報告では、

福建や広東より紅砂糖、白砂糖、氷砂糖や 楕榔樹などの貨物を載せて天津に到着する 船はく洋船>と言って八、九十隻から百余 隻に昇る。

と記されている。中国大陸沿海地区の福建や広 東から多くの海船が華南産の砂糖類やビンロウ

ジュ等を積んで北上してきたのである。

元、明、清と首都であった北京の外港として 天津に以上のように大運河や海路によって多く の船舶が集まってきたのである。当時の状況を 再現して天后宮内に描かれたタイル壁画(写真

②)にその繁栄の一端を見ることができる。

I I I  

これら船舶関係者から神として崇められたの が天妃である。宋代より海上のみならず水上運 輸に携わる人々の間で信仰された女神(写真

③:天后宮撮影)であり、天津にこの廟が建て られたのは早くも元の泰定三年 (1326)のこと である(「天津民俗博物館(天后宮)簡介」)。

元は首都を大都として北京に置き、生産力の 高い江南方面から税糧として穀物等を大運河だ けではなく海上輸送を行い、そのため大都に近 い天津が重要な地となり、それに伴い船舶関係 者も多く集まることになり天妃廟の創設になっ たのである。

天妃廟は天妃宮、娘娘宮とも呼称され、天后 宮と呼ばれるだけでなくその敷地内が同じく天 津民俗博物館である(写真④)。

天津民俗博物館は天津の歴史民俗を七部分に

. 

. 

4  ‑

(3)

③天后聖母神像

分けて展示している。

第一部分は、天津地区の歴史に闊する展示で ある。天津の町が形成された過程のみならず、

天津の静海で発見された宋代の船舶の模型や天 后宮の銅印などの文物などを展示している。

第二部分は、天津城の築城に関して、天津城 の形成に関係深い運河の埠頭や漁業や塩業など の産業や、清代の運河輸送船の模型や運河に関 する絵図等を展示している。

第三部分は、天津の<皇会>と呼ばれる天后 の祭事に関する民俗資料の展示である。

第四部分は、天津の商業に関する展示である。

天津は商業活動の盛んな地であっただけに、各 店の看板などの商業資料が多い。

第五部分は、天津及びその近郊の婚礼や育児 に関する民俗資料を展示している。

第六部分は、天津地区の生活習慣にかんする

.A'."' 

資料の展示である

第七部分は、天津の名を全国に馳せた民間芸 術に関する展示で、楊柳青の年画や泥人形、剪 紙等の作品を展示している。

(以上

f f

天津民俗博物館(天后宮) 簡介」)

参照)

IV 

天津は北京に比較すると遥かに小さな町であ るが、天津そのものが大運河と海河に接して形 成されただけに、町の中央に海河が流れ、その 水辺の側に建設された天后宮を中心に、現在 く古文化街>と呼称される街が形成され古き中 国の街亜みを知らしめてくれる。対外開放経済 政策のなかで急激な変貌を遂げつつある中国に あって歴史を専攻するものとしては興味深い街 である。

... ・

②天后宮内の壁画

‑ 5 

参照

関連したドキュメント

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費

このほか「同一法人やグループ企業など資本関係のある事業者」は 24.1%、 「業務等で付 き合いのある事業者」は

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費

本資料の貿易額は、宮城県に所在する税関官署の管轄区域に蔵置された輸出入貨物の通関額を集計したものです。したがって、宮城県で生産・消費