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中 村

Tsuyoshi Nakamura:A Real Ⅳ lodel of lnsane Heroines in the No― Drama

< 索 引用語 : 能楽, 物 狂 い, 文 化結合症候群 >

< K e y w o r d s : N o ―D r a コn a , m o n o g u r u i ( i n s a n e   w O m a n   a s   a   h e r o i n e   o f   N o ―D r a m a ) , c u l t u r e ―b o u n d   s y n d r o m e >

岡J

I   は じめ に

物 狂 い能 にお いて は, 主 人 公 が他 者 か ら 「いか に これ な る狂女 」 (『三井 寺 』)な ど と露 骨 に蔑 ん だ調子 で呼 びか け られ る ことが あ り,代 表 的 な物 狂 いの能 に は よ くその よ うな主 人公 が登場 す る。

彼女 らはみ な 「親 に別 れ, 子 を尋 ね, 夫 に捨 て ら れ,妻 に後 るる,か や うの思 ひに狂乱 す る物狂」

( 『風 姿 花 伝 』) で あ る。 そ う した主 人 公 た ち は, 狂乱 の原 因 をたず ね られて 「夫 には死 して別 れ, 唯 ひ と りあ る忘 れ形 見のみ ど り子 に, 生 きて離 れ て候 ほ どに思 ひが乱 れ て候」 (『百 萬 』) と 応 え た り, 「 お も しろ う狂 うて舞 ひ遊 び候 へ」 と命 じら れ て 「い ざや狂 はん もろ と もに」 (『花 筐』)と 舞 い出 した り,わ が子 に逢 うと 「逢 ふ ときは何 しに 狂 ひ候 べ き」 ( 『三 井寺』)と 正 気 に返 った り して, 不 自然 な感 じが しないで もない。 その ため能 楽研 究者 たちは, 物 狂 いの モデル に相 当す る精神 的 な 病 理 現 象 は実 在 しない もの と思 い込 ん で しま って お り,そ う した思 い込 みが能 楽鑑賞 や能 楽論 の解 釈 な どに影 を色濃 く落 と して い るよ うに思 われ る。

しか し,物 狂 いの振 る舞 いをそ っ くリコ ピー した か の よ うな臨床症状 を呈 す る神経症 の一種 が存在 す るので あ り, そ れ は臨床精神医学 の世 界 にお い て広 く知 られ た事実 で あ る1 ) 。

そ こで本稿 で は, 能 の物 狂 いは実在 す る一 種 の 神 経症 患者 を モ デル に した もの と推 定 す る根 拠 を 詳 しく説 明 し, 能 楽研 究 にお け る新 た な視 座 を提 供 した い と思 う。

Ⅱ 文 化 結 合 症 候 群

筆 者 が能 楽 の物 狂 いの モ デル と考 え る 「狂乱」

は,精 神病理学 の分野 で は文化結 合症 候群 の一種 と して知 られ る病態 で あ る。

人 間 は文化 的,社 会 的存在 で あ るか ら,神 経症 の発生 や その病像 に文化 的,社 会的条件 が影響 す る ことは当然 で あ る。 その場 合,特 殊 な文化,特 に発展途上 文化圏 (いわ ゆ る未 開文化圏)に は, 種 々の原始 的形 態 の神経 症 が み られ るの で あ り, それ らは文化結 合症候群 と総称 され て い る。

こん にち文化結 合症候群 と して は,

①  恐 怖反応…悪性不安 ( 西アフリカ) , サ ナ

トマ ニ ア ( ア フ リカ, オ ー ス トラ リア) , ユ トッ ク ス ( 台湾 ) ,   ラ ター ( マ レー, イ ン ド ネ シア) ,   ピプ ロク ト ( 北極 圏 ) , イ ム ( 日本) , ス ス トも し くは エ スパ ン ト ( ア ンデ ス高 原 ) , コ ロ ( 東南 ア ジア) ,

② 憤 怒反応…アモック (マレー,フ ィリピン),

③ 精 神的混乱…ネギネギ (ニューギニア), 著者所属 :富 山大学保健管理セ ンター,The Department of Health Services,Toyama University

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ウ ィンデ ィコ ( カナ ダ) , な どが知 られて い る。

同一 の病 態 が地 域 によ って違 った名称 で よばれ る場 合が あ り, た とえ ば上記 の ラター とイ ヌイ ッ トの ピプ ロ ク ト, アィ ヌ (日本)の イムは臨床的 に同 じもの とみ られて い る 2)。本稿 で文化結 合症 候 群 の一 種 とい うの は, この グループの ことで あ

り,   こ こで は仮 にイム群 とよぶ ことにす る。

具 体 例 と して, 諏 訪 らの報告 ( 1 9 6 3 ) か ら,症 例 3 ( 貝 ○ ち0   6 4 歳   女 性 ) に 関 す る記述 の一 部 を引用す る3 ) 。

発症 と経過 〕 若 い ころか ら蛇 は恐 ろ しか った が,別 に イムを起 こす ことはなか った。

5 7 歳の と き,川 向か いで仕事 を して い る と,草 原 で急 に蛇 が 出て きたので非常 に驚 き, 初 めて イ

ムを起 こ した とい う。 その後 しだ いに蛇以 外 の こ とで驚 いた と きに も起 こるよ うにな って きた。 す なわ ち脅 か され た り,か らか われて もす ぐ大 きな 声 を出 し, そ の後種 々の ことを しゃべ り,人 と反 対 の動 作 を した り, 逆 に人 の い うことを真似 た り, 他 人 と同 じよ うに踊 った り して しま う。 その間 の ことは全部覚 えて いて,思 い出せ な い とい うこと はな い。 イムを起 こ した ときに はアイ ヌ語 で しゃ べ る。 自分で はそ うす る気持 が ないの にひ とりで にそ う して しま う。 他人 の イムをみて いた ときに は変 な ものだ と思 って いたが,自 分 に起 こる とは 考 え て いなか った。 人 にか らか わ れて も別 に恥 ず か しい と も腹立 た しい と も思 わ ない し,他 人 に迷 惑 をか け る もの で もな く, 笑 わせ る もの だか ら別 になん と も思 って いない し, 病 気 だ と も思 わない。

内村 ら ( 1 9 3 8 ) 1 ) によ る と, イ ム は ア イ ヌ族 に お け る原始 的 な心 因 反応 の一形 態, こ とに ヒステ リーの原型 とされ る。 症状 は,簡 単 な刺激 で誘 発 され る躁暴状態,反 響症状 (相手 の言動 をその ま ま こだ まの よ うに真 似 る症 状) , 命 令 自動 ( 相手 の要求 す る通 りに振 る舞 う症状 ),反 対 動 作 (相 手 の要 求 の正 反 対 に振 る舞 う症 状 ) , 理 性 的抑 制 退 行 ( 性的 な振 る舞 いな どをす る症状 ) な どで あ る。発病 の きっか けと して は,患 者が蛇 を見てび っ くり した り, 祈 祷 を受 けた り, 他 の患者 の症状 を

真似 た り, 心 配 が高 じた りす る ことが あげ られて い る。患者 の多 くは女性 で, 家 族的出現がみ られ, 発病年齢 は2 0 〜3 0 歳代 が 多 い といわれ る。 ラター な どにつ いて もほぼ同一 の臨床像が報告 されて い る 4)。

なお, 幼 少時 にアイ ヌ家族 の養女 にな った和 人 に もイム患者 の発生 が み られ るので あ り,   この事 実 は, ア イ ヌ民 族が イ ムに罹患 しやす い身 体 ・生 理 的特性 を もつ わ けで はな く, そ の伝統 的文化環 境 が もた らす心 理 的要素 が イム発症 の主 因 で あ る

ことを示唆 して い る。

Ⅲ  物 狂 い と文 化 結 合 症 候 群

物 狂 いの モ デ ルが何 か とい うことにつ いて は, 従 来, 能 作者 が創造 した 「架空 の存在」, 「巫女」,

「遊 芸者」 な どの諸 説 が唱 え られ て い る。 それ ら の諸説が論拠薄弱であ ることは後 に述べ ると して, こ こで は能 の物 狂 いが′らヽに何 らか の慢性 の病 を も つ人, 特 に文化結 合症候群 ( イム群) で あ る と考 え られ る理 由を, で きるだ け具体 例 に即 して説 明

したい と思 う。

1   異 常性が 自覚 され て いる こと

舞 台 に登場 す る物 狂 い はみ な 自分が狂 人 で あ る こ とを認 め て お り, 「 わ れ は物 に狂 8 ゝよ の う」

( 『三 井寺 』) と 哀 しげ に独 自す る。 さ らに, 狂 乱 の原因 を たずね られて 「夫 には死 して別れ, た だ 一 人あ る忘れ形 見のみ ど り子 に生 きて離れて候 ほ どに, 思 ひが乱 れて候」 ( 『百 萬』) と 明快 に応 え るが, 一 方 で 「あ さま しや,   もとよ り狂 気のわが 身 なれ ば, 見 しに もあ らず お のず か ら, 映 る姿 は 恥 か しや」 ( 『水 無 月祓 』) と 狂女 の身 を恥 じて も い る。

イム患者 の 日常 の振 る舞 い は健常 な ア イ ヌ婦 人 の それ と変 わ りな く, む しろ有能 な婦 人 も少 な く な い とい う。 と ころが一旦 強 い衝撃 を受 け るとた ち まち特有 の発作状態 に陥 る。 つ ま り患者 は常 に イ ム慣性 とで もい うべ き準 備状態 にあ るわ けで あ る。 そ こで イ ムを起 こす人 は 「イ ムバ ッコ ( 驚き

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婆 さん) 」 な ど と呼 ば れ て 自他 と もに この事 実 を 認 めて い る5 ) 。患 者本 人 は イムバ ッコにな った い きさつ を承知 して い る。 また彼女 らはイ ム反応 を 起 こす 自分 に劣等感 を もってお り, な ん とか治 し て ほ しい と切実 に訴 え る とい う。

た とえ ば,諏 訪 らの報告 にお ける事例 (貝○ あ

○ の  3 5 歳   女 性 ) は , 「 イ ムが起 きて い る と き に は初 めか らず っと覚 えて いて,後 で恥 ずか しい と思 う。 自分 で も覚 えて いなが らなんで も他 人 の 反 対 々々 と して しま う ( 反対 動 作 ) 。 子 供 た ち は 母 が気違 いで はな いか とい う し, な ん とか治 れ ば よ い と心 か ら思 って い る」,   と訴 えて い る。

2   命 令 されて狂 い出 した り,狂 いを止 めた り す る こと

平生 の物狂 いに は精神 的 になん ら異常 はないが,

「面 白 う狂 =、て舞 ひあ そ び候 へ」 (『花 筐 』)と か

「面 白 う狂3、て見せ よ」 (『隅 田川』) な ど と, 他 者 に命 令 され る と狂 い出 し,狂 いを止 め る (命令 自 動 ) 。その際,

イ 命 令 を抵抗 な く受 けいれ る もの と, 口 反 発 しなが らも自分 の意 に反 して狂 い出す

もの, とが あ る。

イ  『 花筐』 の シテは命令 に従順 な物狂 いで,

「(天皇 の)叡 覧 あ るべ きとの御事 にてあ るぞ。 急 いで狂 ひ候へ」 と言 われて 「いざや狂 はん諸共 に」

と狂 い,「 狂 気 を止 め よ本 の如 く,召 し使 はん と の宣 旨な り」 に 「げにあ りが たや御恵 み」 と狂 い を止 めて しま う。

Y a p ( 1 9 5 4 ) 4 ) に よ る と, あ る ラ ター患 者 ( 7 0 歳   女 性 ) は ダ ンスをす るよ うに求 め られ る とた め らわず に踊 り,止 め るよ うに言 われ る と直 ちに 止 めた,   とい う。 イム患者 につ いて も, 腰 が曲が り, 杖 にすが って辛 う じて歩 く老婆 が, 命 令通 り に火の見櫓 に登 ろうとした事例が報告 されている1 ) 。

口  『 班女』 の シテは,命 令 に反発 しつつ,結 局 狂 い出 す事 例 で あ る。 彼 女 は ワキ ヅ レに, 「 い か に これ な る狂女,何 とて今 日は狂 はぬぞ面 白 う 狂 ひ候 へ 」 と言 わ れ て, 「 あ ら悲 しや狂 へ とな仰

せ あ りさむ らひそよ」 と抗議 しなが ら, 意 志 に反 して狂 い始 め る。 『土 車 』 の男物 狂 い も, 善 光寺 の堂守 の高 圧 的 な命 令 に,「 いや今 は狂 ひた う も な く候」 と猛反発 しなが らも結局狂 い始 め るので あ る。

同様 に, 諏 訪 らの調 査 で は, 患 者 ( 青○愛 ○ 4 5 歳 女 性 )が 「『イ ムを させ る人』 が飛 ん だ り 跳 ね た りす る と, 自 分 もその とお りに して しまい, 苦 しくて止 め た くて も相 手 が止 め るまで止 め られ な い。 あ ま りひ ど くい じられ ると,腹 が た って く る。 『イ ムを させ る人』 が来 る と,逃 れ られ な い 気持 ち にな って, ど うか イ ムを させ な いで くれ と 頼 む」 と訴 え て い る。 また, 石 橋 の観 察 した ジャ ワ族 の あ る ラ ター患 者 は,仲 間 の要 求 に対 して

「外 国 人 ( 石橋 の こと) の 前 で恥 をか かせ るな」

と憤慨 しなが ら狂 い続 けた とい う1 ) 。

3   狂 いを誘 発 しやす い条件が あ る こと

『桜川』 には, ワキが 「この物狂 は面 白 う狂遮、

と仰せ候 が。 今 日は何 とて狂 ひ候 はぬぞ」 と問 う と,ワ キ ヅ レが 「さん候,狂 はす るや うが候。 桜 川 に花 の散 る と申 し候 へ ば狂 ひ候 ほ どに, 狂 はせ て御 目にか け うず るにて候」 と言 う場面 が あ り,

『班 女』 に は,   ワ キが 「さて例 の班女 の扇 は候」

と狂 いを誘 うための言 葉 を発 して い る。 つ ま りこ れ らの狂女 を狂 わせ るには特定 の刺激 が有効 なの で あ り, この ことは直 ちにイムを思 い起 こさせ る。

定型 的 な イム患者 は, 普 段 の言動 に ま った く変 わ った と ころが な いが , 他 者 が突 然 「トッコニ ( 蛇) 」 と叫 ん だ り, 実 際 に蛇 や そ の玩 具 を見せ た りす る とイ ムの発作 を起 こ しやす く,   ラ ター患者 の場 合 は脇腹 を くす ぐられ る と発作 を起 こす例 が 多 い とい う。 この よ うに物 狂 いが特定 の刺激 で な い と狂 わ なか った り,い と も簡単 に狂 った りす る の もイムの実態 によ く合致 す る。

なお,前 記 の イム患者 (青○愛0 45歳  女 性) な どは 「自分 に 『イムを させ る特定 の人』が あ り, その人 が来 る と逃 れ られ な い気持 ちにな って命 令 通 りに イ ムを起 こ して しま う」 と告 白 して い る。

この よ うに,症 状 を誘 発 す る コツを知 って い る人

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が居 る とい う点 にお いて も物狂 い とイ ムはよ く似 て い る。

4   偶 発 的 な狂 いが あ る こと

物 狂 い は他者 の命 令 によ って狂 うばか りで はな く, 偶 発 的 な刺激 によ って狂 い出す ことが あ る。

『高野 物 狂 』 の シテ は高 野 山 の霊 気 に思 わず感応 して狂 い,我 に返 って 「高野 の内 にて は,謡 ひ狂 はぬ御制戒 を,忘 れて狂 ひた り。許 させ給 へ御聖」

と謝 って い る。 『丹 後 物 狂 』 (廃曲)の シテ は,

「狂 人 にて あ る間,御 説 法 の場 へ はか なお、ま じき ぞ」 と咎 め られ て,「物 狂 ひ も思 おゝ筋 目 と申す こ との候 へ ば,御 説 法 の間 は狂 ひ候 お、ま じ」 と約 束 して お きなが ら,導 師 が高座 に上 が り 「阿弥 陀仏 名」 と唱 え る と, 不 覚 に も 「阿弥陀 な まみだ, 阿 弥 陀 な まみだぶ」 と言 いなが ら狂 い出 して しま う。

イ ム患者 の中 に も同様 の体験 を もつ者 が少 な く な い。 あ る婦人 は 「来客 の何気 ない言葉 に不覚 に もイ ムを起 こ し,来 客 を驚 かす ことが あ って済 ま な い ことをす る」 と心 底 か ら悲 しげに語 った とい う。 また,小 学校 の前 で イムを起 こ し,雨 の中 を 一 心不乱 に生徒 の体操 を真似て しま った例 も紹介

され て い る 1 ) 。

5   「 狂女 ・狂人」 とい う呼称 につ いて 後 述 の よ うに物 狂 いの正 体 が巫女 や遊 芸 者 だ と す る説 が あ るが,   も しそ うだ とすれ ば, 彼 らが舞 台上 で 自分 の名前 や演 ず る芸能 の名称 ( 白拍 子 な ど)で はな くて,「 狂 人」 や 「狂女 」 な ど と呼 ば れ るの は不 自然 で あ る。

世 阿弥 は, ち ょっと した言葉 の響 き, た とえ ば

「靡 き」 「伏 す」 「帰 る」 「寄 る」 な どの言葉 は柔 ら か く,「落 つ る」 「崩 る ゝ」 「破 る ゝ」 「転 ぶ」 な ど は響 きが強 いか ら,所 作 もそれ らに相 応 しいよ う に (『花伝 第六 花修 云』) と 教 え, さ らに登場 人物 の性格 によ って書 き分 けねば な らぬ言葉 が あ る。

た とえ ば初瀬 の女 が シテの能 に 『そ もそ も和 州長 国 山 と申す は』 とあ るの を, 将 軍義 満 が女 の能 に 長 国 山 と書 くの は言葉 が硬 い と仰 せ られ た。 だか ら,女 の能 な どで は 『大和初瀬 の寺』 とい うS、う

に幽玄 に書 くべ きだ (『申楽談 儀』), と語 って い る。 この感性 は現代人 のそれ と共通 して い る。 し たが って世 阿弥 が,巫 女 や遊 芸者 に向か って キ ョ ウ ジ ン,キ ョウ ジ ョな どと無粋 な響 きの言葉 で, しか もわ ざ と正体 を秘 して呼 びか け るよ うな紛 ら わ しい脚 本 を書 くはずが ない。

ちなみ に巫女 を意 味す る言葉 には ミコ,カ ンナ ギ,コ ウナギ,キ ネ,イ チな どが あ り,こ れ らは キ ョウ ジ ン,キ ョウ ジ ョよ りもず っと感 じよ く響 く。 これ らを勘 案 す る と,「言葉 の匂 ひを知 るべ し」 (『申楽談 儀 』)と まで言 う世 阿弥 が, こ とさ らに ミコ, コ ウナギを避 けて キ ョウ ジ ン,キ ョウ ジ ョを採 る理 由のない ことが理解で きるであろ う。

伝書 に 目を移 す と, 「物狂 いな どは恥 を さ ら し, 人 目を はばか るべ きことす ら知 らぬ ものだか ら, 物 狂 い を題 材 に採 る必 要 はな いのだ が」 (『拾 玉 得 花 』) と か, 「 ど うせ物 狂 いなの だか ら」 (『風 姿 花伝 』 な ど) と , 世 阿弥 自身 に物狂 いを蔑 む よ うな記 述 が あ るが, これ は物狂 いす なわ ち遊芸者 とす る見方 を否定 す る有力 な根拠 になるであろ う。

い うまで もな く,「遊芸 者 」 に は猿 楽者 と して の 世 阿弥 自身 とその仲間 も含 まれ るか らで あ る。 ま た,「 若 き女 物 狂 の候 が,巫 のや うな る有 様 にて

〜 (略)〜 是非 もな く面 白 う舞 ひ遊 び候」 (『水 無 月祓』) と い う文言 は, 間 接 的 なが ら物 狂 が巫 女 で あ る とす る見方 を否 定 す る台詞 で あ る。

ちなみ に,現 行 曲 の中で巫女 あ るいは巫現 が登 場 す る能 ― 『歌 占』, 『 巻 絹 』, 『龍 田』 ( 以上 三 曲 は, シテが巫現 また は巫女),『葵上』,『内外詣』

( 以上 二 曲 は,   ツ レが巫 現 また は巫 女 ) , 『大社』

( この曲 は, 狂 言 が巫 現 ) ― につ いて み る と, 巫 現 あ るい は巫 女 当人 は ミコ ( 神子 ・御 子 ) , カ ン ナ ギ (巫), イチ ドノ (巫殿 )な ど と呼 ばれ て い る。 また,世 阿弥 が 「放下 には自然 居士 ・花 月 0 東 岸 居 士 ・西 岸 居士 な どの遊 狂」 ( 『三 道 』)と 記 して い るよ うに,遊 芸者 の代表格 で あ る喝食僧が 雑 芸 を演 じる曲柄 の, 『 自然居士』 『東岸居士』 や

『花 月』 の シテ は 「居士」 とか 「花 月」 と,彼 ら の尊称 や名前 で呼 ばれて い る。 いずれ に して も巫 女 , 遊 芸者 た ちは, 「狂人 ・狂女」 と呼 ばれ た り,

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蔑 まれ た りは して いな い。

6   物 狂 の悲哀

世 阿弥 の伝書 に 「物 狂 い な どは恥 を さ ら し, 人 目を はばか るべ き ことす ら知 らぬ もの」 ( 『拾玉 得 花』) と か, 「 ど うせ物狂 いなのだか ら」 ( 『風姿 花 伝 』) な ど, 物 狂 いを蔑 む よ うな記 述 が あ る こと は既 に述 べ た。 舞台上 の物 狂 い (シテ)に もワキ や ワキ ヅ レな どの嘲笑 と蔑 み に遇 い,Jとヽを病 む身 の悲哀 をか こつ場面 が少 な くない。

『柏 崎』 の シテ (花若 の母)は 狂乱 した姿 を悪 童 た ち に囃 したて られ て, 「 これ な るわ らんべ ど もは何 を笑 お、ぞ。 な に物 に狂 ふが をか しい とや」

と向 きにな って い る。 『花筐 』 の狂女 は,都 へ の 道 を たず ね た相 手 に無視 され, 「 物 狂 も思 8 ゝ心 の あれ ば こそ問へ,な ど情 な く教 へ給 はぬぞや」 と 抗 議 して お り, さ らに, 都 に着 いて行幸 の前 に進 み 出た と ころを,官 人 に 「不思議 や なその様人 に 変 りた る, 狂 女 と見 えて見苦 しや」 と追 い払 われ て い る。 同様 に 『高野物狂』 の シテは高野 山の僧 に,「不 思議 や な姿 を見 れ ば異 形 な る有 様 な り。

この高野 の内へ は叶 ひ候 ま じ。 人 に咎 め られぬ さ きに疾 う疾 う出で候 へ」 と門前払 いを食 らわ され そ うにな って い る。 また,『三 井 寺』 の狂女 が, 僧 の連 れ た少年が我 が子 の千満 らしい, と 言 うと, 住僧 が 「これ な る狂女 は粗 忽 な る ことを 申す もの か な,さ れば こそ物狂 にて候」 と相手 に しない。

狂女 が 「是 はま さ しき我 が子 にて候」 と重 ねて言 うと,従 僧 が 「筋 な きことを 申 し候,急 いで退 き 候 へ」 と打 ち据 えて もい る。 『丹後物 狂』 ( 廃曲) の シテ は,「狂 人 にて あ る間,御 説 法 の場 へ はか な̀ 、ま じきぞ」 と咎 め られ て い る。 この よ うに外 見 か ら振 る舞 い, 思 考 内容 にいた るまで ことごと く劣等視 され る存在 とい うもの は, や は り文字通 りの狂人 で あ って巫女 や遊 芸者 で はなか ろ う。 い わ ゆ るアルキ巫女 や遊芸者 た ちは,舞 いや 卜占の 拙 さを大衆 に椰楡 され たか も しれ ないが, 思 考 の 不合理 さや理 性 的抑 制 の退行 とい った現実検討能 力 の障害 を嘲 られ るよ うな存在 で はなか った,   と 思 われ るか らで あ る。

7 病 的な狂乱 と芸能 と しての狂乱

文化 結 合症候 群 (イム群 )の 場合 ,患 者 が呈 す る精神 の諸症状 を酒宴 な どの座興 の的 に して楽 し む人 たちが い るが,内 村 らによ ると,そ れ は下記 の 「反響症状 および命令 自動」 や 「理性抑止退行」

な どの症状 を悪用 した もの, と され る。

反 響症状 お よび命令 自動〕一度刺激 によ って 病 的状 態 に入 った者 は,例 外 な く特 徴 的 な反響 症 状 を呈 す る。 反響 症 状 を示 す もの は多 くの場 合 な にか命令 され る と,そ れが いか な る難題 で あ って もた ち ど ころ に実 行 す る。 『踊 れ』 と言 え ば,禁 止 の命 令 の あ るまで は決 して踊 りを止 めない。命 令 すれ ば どん な 冒険 で も敢 行 す るの で,そ の ため

に命 を失 うことさえ あ る。

理性抑止退行〕宴席で酒が まわ って くると トッ コニ と怒 鳴 って イムを起 こさせ,そ の後,反 響症 状 や反対動 作 の機 制 を利 用 して悪 ふ ざ けを して喜 ぶ ので あ るが,イ ム患者 はそ う した状況下 で著 し く卑猥 な言動 を とる。 よい年 を した婆 さんが若 い 男 に飛 びか か った り,自 己の性 器 を露 出 しよ うと した り,淫 語 を放 った り して,平 素 の温順 さ,慎 み深 さはま った くど こかへ飛 んで しま う。

つ ま り,「『イ ムを させ る人』 が飛 ん だ り跳 ね た りす る と,自 分 もその とお りに して しまい,苦 し くて止 めた くて も相手が止 め るまで止 め られない」

反 響症状 は,宴 席 で は抱腹絶倒 の慰 み物 とな りう るので あ り, し たが って謡 曲 の場合,悪 童 が狂女 を取 りまいて囃 したて るの は こ う した反響症状 を 期 待 して の ことで あ ろ う。 イ ム患者 の猥雑 な言動 も酒宴 の席 を盛 り上 げ るの に効果 的 で あ ろ うが, 物狂能 に もそ う した情景 を想像 させ る場面が あ る。

『三 井 寺』 に は,寺 の能 力 が 「あな たが とどめ き 候 間。何事 ぞ と尋 ねて候 へ ば。女物狂 が参 ると申 す。御庭 に呼 び入 れ狂 はせ 申 さ うず るが。何 と御 座 あ らうず るぞ」 と,僧 侶 に うかが いを たて る場 面 が あ る。 この場面 で は,騒 が しさ (とどめ き) の理 由が直接語 られて はいな いが,狂 女 を取 り囲 ん だ人 たちが彼女 を宴席 にお け るイ ム患者 の よ う に扱 い,残 酷 な見世物 に興 じて騒 いで い るとみ る のが 自然 で あ る。能 力 の いたず らっぽ い言動 に も

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そ うい った雰 囲気 が表 われて い る。

また, あ るイム患者 は踊 れ と言 えば禁上 の命 令 の あ るまで は決 して踊 りを止 めず, 同 じよ うに7 0 歳 の ラター患者 は ダ ンスをす るよ うに求 め られ る とため らわず に踊 り, 止 め るよ うに言 われ ると直 ちに止 めた,   とい う。 したが って 「いか に も面 白 う狂 うて舞 ひ遊 び候 へ」 ( 『花 筐』) , 「都 の人 とい ひ狂人 といひ, 面 白 う狂 うて見せ候 へ。狂 はず は この舟 に は乗 せ ま じい とよ」 ( 『隅 田川 』) , 「 いか に これ な る狂 人, 面 白 う狂 ひ候 へ」 ( 『土 車』) と い う物狂 いに対 す る要求 は ご く自然 に発 せ られ る

もの と考 え られ る。

従来 の所 説 は, 物 狂 い に相 当す る心 の病 者 は現 実 に は存 在 しな い とい う先 入観 を前提 に して論 理 を展 開 す る。 その結 果, 「 物 狂 い」 を 「架空 の存 在 」 「巫女 」 「遊 芸者 」 な ど とみ な し, 「狂 う」 を

「舞 う」 の意 に解 す る。 と ころが この よ うに語 義 を固定 す ると, い た るところに不都 合が生 じる。

「物 狂 い」 を 「心 の病 者 」 以 外 の もの とみ な し難 い ことは既 に述 べ た通 りで あ る。 「狂 う」 につ い てみ て も,   これ を 「舞 う」 に と ったので は理解 で きな い章 句 が あ ま りに も多 い。 た とえ ば, 「 われ は物 に狂= ゝよの う」 ( 『三井寺』) や 「物 に狂 8 、は 五 臓 ゆゑ, 脈 の障 りと覚 え た り」 ( 『丹 後物狂』) の 「狂おゝ」 などは明 らか に 「病 的 に狂 う」のであ っ て, 「舞 う」 ので はな い。 したが って,   これ らを 受 け入れ るに は語 義 に例 外を 認 めね ば な らず, 結 局, そ の よ うな語義 の設定 自体 が意 味 を失 って し ま うので あ る。

筆者 は, 能 の 「物 狂 い ・狂女 ・狂 人」 はあ くま で も 「心 を病 む人」 で あ り, 「 狂 う」 はあ くまで も 「病 的 に狂 う ( その状 態下 で の舞 も含 む) 」意 で な ければ な らない と思 う。 そ して,   こ う解釈 す る ことによ って初 めて謡 曲 と伝書 の一貫 した読 み 取 りが で きるので あ る。 中世 の実社 会 で能 作者 が 観 察 し, 能 の主 人 公 の下 地 に した の は, 実 際 に

「心 を病 む人」, つ ま リー種 の文化結 合症候群 ( イ ム群) と 推定 され る。 彼女 ( 彼) は 周囲 の人 び と の指示 や命 令 によ って病 的 に狂 い, 要 求次第 で は 症状 と しての舞 を舞 ったので あ る。

要 す るに世 阿弥 を は じめ とす る中世 の能作者 は, 現実 の狂 人が実 際 に狂 うさまを舞台 にのせ たので あ るが,「 現 実 の狂 い」 を舞 台芸 能 に創 る過 程 で 芸 術家 の思想 と感性 に基 づ く化粧 を ほ ど こ した こ とはい うまで もない。世 阿弥 は物 狂能 を創 るとき の心得 を,ど うせ物 狂 いなのだか ら,思 い切 って 演 技 内 容 に工 夫 を こ ら して,音 曲 を細 や か に〜

(略)〜 装 いを美 し く,曲 の拍 子 を よ く考 え て, 技 巧 の限 りをつ く し,彩 りを添 え て作書 すべ きだ (『三道』), と教 え る。 また,舞 台 に上が るときは, 物狂 いに似合 う感 じに装 うことは止 むを得 ないが, ど うせ物狂 いなのだか ら,そ れ にか こつ けて,時 に よ って は華 やか に装 うべ きだ。 季節 の花 を髪飾 りにす る とよい し,演 ず る と きは物思 いに沈 ん で い る様子 を根本 に据 え,狂 うところを見せ場 と し て心 を込 めて狂 えば, き っと感動 的 で面 白い もの になろ う (『風姿花伝』), と述 べ て い る。 したが っ て,舞 台 の物 狂 いは心根 にお いて 「病 的 に狂 う」

ので あ り,舞 はそれを芸 術的 に表現 した もので あ る。 ちなみ に物狂 いの舞,つ ま り 「芸能 と しての 狂 い」 の定 型 は カケ リに代 表 され る。 カケ リは修 羅 物 ・狂女物 を特 徴 づ け る速 く短 い舞 で,死 後 に 修 羅道 で苦 しむ武 人 の澳 悩 と狂女 の狂乱 とい う, 両 者 に共通 な,破 綻 に瀕 した心 の動乱 を表現 す る

もので あ る。

Ⅳ  従 来 の 諸 説 批 判

物狂 いの正 体 に関 す る能 楽研 究者 の見解 は大 略 三 つ にわか れ る。本節 で は幾分冗長 にな るが,そ れ らの核心部 分 をで きるだ け詳 しく紹 介 した うえ で批判 を付 け加 え たい。 なお括弧 内 に引用 した文 章 は,原 者 の内容 と文 体 を損 なわ な い範 囲 内 で, 現 代 か なづか い と当用漢字音訓 ・字体表 に従 って 書 き改 め た。

(1)架 空 の存在 (能作者 の創造)説

野 上  1930〕7):「私 たち は能 の狂 人 た ち につ いて,今 日の科学 の論証 す る精神病 的変質 の徴候 を認 め得べ きか否か を調 査 す る必 要 を感 じない。

能 の狂 人 た ち は一 種 の精 神錯 乱 の状 態 にあ る者 と

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見 て よい。 精神錯乱者 は必 ず しも精神病者 で はな く, ま たその錯舌L 状態 に は一 時 的 の ものが多 い。

しか し,   これ は私 たちの問題 に と ってむ しろ余計 な詮索 で あ る。能 が近代 文学 の特質 の一 つ な る科 学 思 想 に根 拠 を持 つ現 実 性 の上 に立 て られ た もの で な い ことを ば, 私 たちは十 分 に理解 して い る。

したが って能 の狂 人 たちをそ うい う方面 か ら観察 しよ うとす る ことの如何 に誤 って い るか はい うま で もな い。能 の狂乱 は,た だ芸 術 にお いてのみ認 め らるべ き特殊 の狂乱 で あ る。更 に詳 しくい うな らば,狂 乱者 が 自分 の意志 によ って,中 止 す る こ とと同様 に 自由に開始 す る ことの出来得 る狂乱 で あ る。 か くの如 き狂乱 を私 た ちの実生 活 の中 に想 像 す る こ とは不可能 で あ る」。

岩 見  1 9 5 7 〕① :「現実 の世界 にあ って は,一 た び狂気 した ものが再 び は もとに もど らぬ。事件 が た とえ解決 して も狂 うた心 は生涯 その ままだ と い う場 合 は非常 に多 い。 然 るに能 で は隅 田川 の よ うな悲劇 的結末 に遇 うて い る母 で さえ も,狂 は一 時 の狂 で, 最 後 は正 気 に復 って い るので あ る。能 にお いて は狂 じた ものが最後 まで狂 じた まま とい うことは一 つ もな い。 この ことは, 能 が写実 的 な 芸 術 で はな いか らだ〜 ( 略) 〜 こ こで は 『狂』 と は もはや医学 的 な対 象 で はな い。 「もの くるひ」

とは精神病者 の ことで はあ るが,そ の様態 を手 が か りと して あ らわ そ うとす るつ きつ めた乱 れ た心 情 と行動 とが芸術上 の狂 で あ る」。

( 2 ) 巫 女説

柳 田  1 9 3 2 〕9 ) : 「

わが身 を空家 に して,神 や 精 霊 に宿 を貸 す者 が, 昔 は い くらも居 て同時 に歌 舞 の道 に携 わ って お りま した。 それが 自分 の ほ う か ら進 んで借 り手 を捜 し求 め る場 合 を,謡 曲 な ど で は特 に物狂 い と名づ けて いたので あ ります。 つ ま り物狂 は一種 の職業 で あ って,か って は遊女 も これ に携 わ ってお りま した〜 (略)〜 能 よ り以前 の狂女 な る もの は,今 日精神病院 の中で 見 るよ う な,あ るべか ゝりの不幸者 で はなか ったので,多 くは人 に頼 まれて は狂 うて見せてお ります」。

池 田  1 9 7 9 〕1 0 ) : 「

『狂 え』 と注文 され て くる うの だか ら,気 違 いその もので はない。 狂乱物 と

して総括 され る くるいの中 には,   く るい とい う名 で呼 ばれ る舞踊 の一種類 が あ った, とい うことを 考 えね ば な らな いだ ろ う。 〜 ( 略) 〜 くるいの芸 能 は, 神 が か りの状 態 にあ る者 の行動 を うつ した

と ころに出発点 が あ る」。

金 井   1 9 6 9 〕1 1 ) : 「

猿 楽能 の物 狂 いが巫 女 の狂 いの後身 で あ る ことは,民 俗学 で説 かれて い らい 今 日で は もはや能 楽研 究者 の常 識 にな った観 が あ る〜 ( 略) 〜 能 の物 狂 いは, S 、つ うの精神病患者 と違 って一 時的 に狂乱状 態 にお ちい るので あ り, しか もその狂乱 は本人 の意志 によ り狂 うこと も正 常 に戻 る こと も自由 自在 で あ る。 〜 ( 略) 〜 狂 人 に関す る現 代 のわれ われ の常識 か らみれ ば,能 の 物 狂 い は この よ うに全 く奇 妙 な狂 人 で あ る。 しか しこの種 の物狂 いが能 の中 にた くさん現 れて くる 以上 , 少 な くと も中世 の能 の観客 は この よ うな物 狂 いを少 しもふ しぎに思 わ なか った もの と しな け れ ば な らな い。 中世人 の狂人 に関 す る常識 が現代 のわれわれ とは異な って いたので あ ろ う」。

( 3 ) 遊 芸 者説

西 野   1 9 6 7 〕1 の:「物狂 い (狂人)と は,狂 い を演 じてみせ る一種 の 見世物 で あ り,中 世 に盛 ん で あ った曲舞舞 や 白拍子 な ど と同様,歌 舞遊芸者 の ことで あ る。 それ ゆえ,い か に精神 的狂気 を思 わせ る物狂 いで も,根 本 の歌舞遊芸者 の意 味 に変 わ りはない」。

横 道   1 9 7 1 〕1 3 ) : 「能 に しば しば登場 す る 『物 狂 ひ』 も, 自 然 居士 が 自 ら 『力 ヽル物 グル イ トナ リ』 と言 うよ うに,歌 舞遊芸者 の ことで あ った。

それ に,物 思 いゆえの狂 気 とい う性 質 を重 ね合 わ せ た曲 が 多 いため,『物 に狂 3、は五 臓 ゆゑ,脈 の 障 りと覚 え た り』 ( 丹後 物 狂 ) , 『 わ が狂 乱 は さて お きぬ』 (本自崎 ) の よ うな精 神状 態 が正 常 な らぬ 意 の 『狂 も、』 も用 い られ て いて, 意 味 が混 同 され る恐れ もあるが, 物 狂 いが芸能者であることはほ とん どすべての物狂 い能 に生か されてお り, 隅 田 川 もその例外で はない。狂人即 ち芸能者であ り,

『狂ふ』 とは遊芸を演ず ることであ った」。

小山  1 9 9 8 〕1 4 ) : 「能 の F 物狂』 は, 彼 らが芸 能者 とい う資格で行動 している。 『狂 う』 とは,

(8)

はげ しく舞 う状態 を もい う。心乱 れ た者 の うつつ な い行動 は他人 の 目か らみれ ば正体 な く舞 い狂 う 姿 なので あ る。能 は,彼 らの この よ うな 『物 に狂

う』姿 を見せ場 とす る」。

(1)〜(3)の諸説 に共通 す る誤 りは,能 楽 の研究者 が恣意 的 な精神病観 を物 狂 いに当て はめよ うと し た と ころ にあ る。 「か くの如 き狂乱 を私 た ちの実 生 活 の中 に想像 す る ことは不可能」,「現実 の世 界 にあ って は,一 たび狂気 した ものが再 びは もとに もど らぬ」,「 『狂 え』 と注 文 され て くる うの だか ら,気 違 いその もので はない」 な どは,臨 床精神 医学 の立場 か ら論 ず るに値 しない,ま った くの謬 見 で あ る。 ただ,(2)巫女説 ,(3)遊芸者説 にはそれ な りに立論 の根拠 のよ うな ものが あ るので,い ち お う点検 の必要 が あ ろ う。

『柏 崎』『加茂物狂』『隅 田川』『花筐』『百萬』

『三 井 寺 』 の物 狂 い は笹 を持 って登場 す るが, こ れが物狂 いを巫女 の後 身 とす る説 の支 え にな って い る。 た しか に湯立 の巫女 は,熱 湯 に浸 した笹 を 身 にぶゝりか けて神 憑 りにな る ことは広 く知 られ て お り, し たが って笹 は異常心理 の シンボル と して 歌舞伎 に も受 け継がれて いる。 しか しだか らとい っ て,笹 を持 つ か ら物狂 いを巫女 と即 断 す るの はあ ま りに短絡 的 に過 ぎる。

物 狂 い は 「笹 を持 つ」 ことの ほか に 「唐織 の右 肩 を脱 いで」 登場 す る場 合 が多 い。 いず れ も主 人 公 を物狂 い ら しく見せ るための扮装 で あ り,笹 は 心 に潜 む狂気 を,唐 織 の右肩 を脱 いだ姿 は心 の乱 れ を暗示 して い る。 それ らは主人公 の心 の中 を象 徴 す る手 段 で あ って,実 社 会 にお け る職 業 や社 会 的身 分 を表 す もの で はな い。 ち ょうど主 人 公 の若 武者 が 「梨 子打 烏 帽子 に白鉢 巻 と黒 垂」 で舞 台 に 出で立 つ の と同 じことで あ る。 い ま一 歩 譲 って, 笹 を 「巫女」 の符 牒 とす る と,舞 台上 の主 人 公 は

「狂女」 な どと正体 を隠 した名称 で呼 ばれ なが ら, 一方では正体を明かすために笹を持つ という, もっ て まわ った謎解 きを観客 に求 めて いることになる。

能 とい う物 語 を極 度 に切 り詰 め た舞 台 芸術 にそ う した手 法 が相応 しくな い ことは能作者 が誰 よ りも よ く承知 して いた はず で あ る。

他方,物 狂 いを遊 芸者 とす る説 の多 くはその根 拠 を示 して いない。例外 的 に 『日本古典 文学大系 400謡 曲集上』 (補注 188)に は,賄 いこしば しば 登場 す る 『物狂 ひ』 も, 自然居士 が 自 ら 『力 ヽル 物 グル イ トナ リ』 と言 うよ うに,歌 舞遊芸者 の こ とで あ った」, と論拠 が明示 されて い る13)。っ ま り,遊 芸者 の仲 間で あ る自然 居士 が 自 ら自身 の こ とを 「物狂 い」 と言 って い るのだか ら 「物狂 い」

は 「遊芸者」 で あ る とい うわ けで あ る。 しか し自 然 居士 の台詞 は 「自分 は禁戒 を守 り,身 を捨 てて 禅 の修 業 中 で,隠 遁 の家,禅 観 の窓 こそ望 む所 で あ る。 しか し山 に入 って も世 俗 の塵埃 に交 わ って も同 じ流 れ の水 を汲 む身 で あ るか らには,真 如 の 月が迷妄 の闇 を照 らぬはず はない と思 うよ うにな っ た。 そ こで今 は山深 い住処 を出て, この よ うに物 狂 い とな り,花 洛 の塵 に交 わ り (以下 ,略 )」 と い うほどの内容 であ る。 したが って文脈 に従 えば, この台詞 中 の 「物狂 い」 は 「遊芸者」 を指 す ので はな くて,常 道 を外 れ た風変 わ りな修業 を して い る 自分 自身 を軽 い 自嘲 の感情 を込 めて振 り返 りな が ら 「物 狂 い (の よ うな ものだ)」 と独 自 した言 葉 とみ るのが素 直 な受 け取 り方 で はなか ろ うか。

V 中 世 社 会 と文 化 結 合 症 候 群

江戸 時代 に入 ると,能 は幕府 の式楽 と して形式 化 され,内 容 も固定 され て しま ったが,そ の結 果 図 らず も中世 人 の営 みが原型 に近 い状 態 の ま ま能 の世界 に保 存 され る ことにな った。言 い換 えれば 能 はわが 国 中世 の精 神世 界 を あ りの ま まに伝 え る 貴 重 な資料 の一 つ なので あ る。特 に物 狂 能 は観 客 と同 じ時代 を生 きる常民 の一 人 を主人公 と し,南 北 朝 ・室 町時代 の習俗 ・風潮 や人 々の生活意識 0 感情 をなまの姿 で舞台 に反映す る現代劇 であ った。

したが って舞台 は臨場感 に溢 れ,演 技 力 しだ いで は 「人 を泣 か す」 (『風 姿 花 伝』)こ と もで きたの で あ る。 また,狂 女物 が観 客 に大 変喜 ばれ た とい う事実 は,現 在 で は奇妙 に感 じられ る物狂 いの振 る舞 いが当時 の人 々には決 して奇妙 に思 われず, む しろ親 しみ深 い もので あ った ことの証 左 で もあ

(9)

る。

そ して 「物狂 いの モデル」 と しての 「文化結合 症 候 群 ( イ ム群 ) 」 が, 能 作 者 の活 躍 した わ が 国 中世 の社 会 文化 と親和 性 を も って い る ことは, 次 の よ うな理 由で高 い蓋然性 を もって推定 で きるの で あ る。

1 9 3 8 年の 内村 らの調 査報告 によ る と,北 海道 日 高平 取 村 の女 性 人 口 に対 す るイ ムの 出現 率 は約 8 パ ーセ ン トに達 し,さ らに同村 とその隣接地 に居 住 す る3 0 歳以上 の アイ ヌ婦 人 につ いて み る と,   ほ ぼ 5 人 に 1 人 とい う高 い割合 で イム患者 が発見 さ れて い る。 その うえ健常 な アイ ヌ婦人 で も,検 診 時 に反響 症 状 な ど, イ ムの症 状 の一 部 を示す もの が少 な くなか った。 したが って イ ム患者 は平素 で も不断 に被影響性, 被 暗示性 の克進 した状 態 にあ るが, この ことはアイ ヌ, こ とにアイ ヌ婦 人一般 に通 ず る性質 で あ る ことが明 らか に され た。 この よ うに被 暗示性 が高 い ことは未 開心性 の もっと も 著 しい特 徴 の一 つ とされ て い る。

内村 らの報 告 か ら2 0 余年 を経 た1 9 6 3 年に諏 訪 ら の,さ らにその20余年後 の1988年に は高畑 と七畑 の調 査 が発表 されて い る。 その結 果 をみ る と,諏 訪 らの報告 で はイ ム患 者 は 4 名 のみで女 性 内 の発 現 率 は約 2 パ ーセ ン トとな り, 2 0 年 前 の 4 分 の 1 に減少 してお り, この時点 で は遠 か らず イムは消 滅 す るか に思 われ た3 ) 。ところが,七 畑 が昭和五 十 五 年 ( 1 9 8 0 ) か ら日高 地方 N 地 区 ( 所帯 数 2 0 0 弱 , 人 口約 5 0 0 ) に お いて行 った調 査 で は イ ム婦 人 1 1 名の存在 が確認 され, 改 めて アイ ヌ社 会 ・文 化 に根 ざ した因襲 的確 信 の堅牢 さを思 い知 らされ た感 じであ った。 ただ七畑 の報告 によれ ば,イ ム は全体的 に減少 し,定 型 的 な イムが少 な くな る と と もに軽症化,不 全化 が進 み,発 作 の個性 的表現 が 目立 つ よ うにな った とい う1 5 ) 。ぃず れ にせ よ, この よ うな変化 はアイ ヌ社 会 が急速 な近代化 と和 人社 会へ の同化 に向か う流 れ のなかで進 行 して い る もので あ り,イ ムが現代 の合理 的精神 と個人主 義 の優 位 な社 会 に馴 染 まぬ病 態 で あ る ことに は違 いが ない。

そ う した意 味 にお いて は,南 北朝 ・室 町時代 の

日本社会 は文化結合症候群 の格好 の培地 で あ った といえ よ う。 平安 時代 に始 ま った怨霊 思想 は,武 士 の世 にな る とと もに逐次衰 微 す る傾 向 にあ った が,当 代 にお いて も物 の怪 は跳 梁 し,『 太平 記 』 の なか には しば しば怨霊 が現 れて人 を苦 しめて い る。 憑依現象 は怨霊思想 の臨床 的表現 で あ るが, この時代 に創 られ た謡 曲 に も怨霊思 想 の存続 を示 唆 す る ものが 多数 あ り, 『 葵 上 』 『阿 漕 』 『鉄 輪 』 な どはその代 表作 で あ る。

この よ うに総 じて当時 の精神生活 が未 開心性 の 基 盤 の上 に営 まれ た ことは明 らか で あ り, そ う し た社会 に生 きる和人 の間 に文化結合症候群 (イム 群 ) を 病 む人 た ちが多数 存 在 した と想 定 す る こと は十分 に可能 で あ る。

Ⅵ  物 狂 能 の 鑑 賞 再 考

物 狂 い に関 す る誤 った見方 は能楽鑑賞 や演 出 の 面 に も反映 して い る。 た とえば物 狂能 にお いて は, 狂女 が なぜ狂 ったのか を説 明 す る前 場 が見栄 えが しな いか らとい うの で 省 か れ た り して い る。 「加 茂物狂」「水無 月祓」 な どの場合が それで, ス トー リーが無視 され, 表 面 的 な魅力 や局部 的 な面 白 さ だ けに重点 が置 か れ るわ けで あ る。 野 上 は,「 能 の狂乱 は,芸 術上 の 自然主 義,写 実主義 を認 め な い能作者 が, ロマ ン主義 的精 神 に徹 して創 りだ し た もので,そ こに表現 され る遊狂精神 こそが物狂 の本質 で あ る」 とス トー リーを無視 す る立場 を と るが,そ れ は物狂 いが遊 狂精神 の産物 で あ って, 実 在 の モ デル は存在 しな い とす る前 述 の考 えか ら 導 か れ た もので あ る。 この意 見 は草 創 期 の猿 楽 能 の本質 を見損 な って い る と思 われ る。

観 世寿夫 は戦後 の能 楽界 を広 い角度 にわ た って リー ドした名優 で あ ったが, さすが に彼 は この間 題 を鋭 く洞 察 して, 「 以 前 に, 相 当 に能 に くわ し い人 か ら,狂 女 の曲 の前 シテ は皆 あ ま り面 白 くあ りませんね といわれて不審 に感 じた ことが あ るが, それ もいまの能 の演 じ方 が,観 阿弥 や世 阿弥 の創 りだ した曲 の根底 の流 れ を忘 れ去 り, 抹 消 的技術 ばか りに,演 じる側 も見 る側 も心 を奪 われて い る

(10)

現 状 で あ る こ と を 示 す 一 例 で あ ろ う」,   と慨 嘆 し て い る1 °

。 観 世 寿 夫 が 狂 女 の 本 体 を 何 と見 た か は 不 明 で あ るが , 名 優 の 目 は そ の 本 質 を 見抜 い て い た よ うに思 わ れ る。

文     献

1   内 村 祐 之 , 秋 元波 留 夫 , 石 橋 俊 実 : あ いぬ ノいむ 二就 イテ.半青ネ申経 誌42:1‑69,1938.

2   加 藤 正 明 ら ( 編) : 新 版 精 神 医 学 事 典 。 弘 文 堂 , 1993.

3   諏 訪 望 , 森 田昭之 助 , 山 下格 , 黒 田知 篤 , 石 金 昌 晴 : イ ム につ いて 一最 近 の調 査 に よ る知 見 ―. 精 神 医 学 5 : 3 9 7 4 0 3 , 1 9 6 3 .

4  Yap,P,Ⅳ I.: The Latah Reaction:Its Psychody―

narnics and Nosological Position.

」.ゝ江ent.Sci.98:515‑564, 1954.

5   榊 保 三郎 : イ ムバ ッコ ( アイ ノ人 に於 け る一 種 の 官 能 神 経 病 ) に 就 いて。

東 京 医学 界 雑 誌 1 5 ( N o . 4 ) : 1 ‑ 1 5 , 1 9 0 1 . 6   野 L 豊 一 郎 : 謡 曲 の構 成 。 ( 野上 豊 一 郎 編 : 能 楽

全 書 ・第 二 巻 . p p 1   4 4 ) , 東 京 創 元 社 , 1 9 3 0 .

7   野 上 豊 一 郎 : 物 狂 考 . ( 野 上豊 一 郎 : 能 ―研 究 と 発 見) , 岩 波 書 店, 1 9 3 0 .

8   岩 見 護 : 物 狂 の能 につ いて。 大 谷学 報 3 7 ( N o   l ) :15‑26, 1957.

9   柳 田国 男 : 歌 舞 の 菩 薩 ; 子 を尋 ぬ る物 狂 ひ。 ( 柳 田 国 男 著 : 女 性 と民 間 伝承 . p p 1 7 6 ‑ 1 8 4 ) , 岡 書 院 , 1932.

1 0   池 田 弥 二 郎 : 怨 霊 執 念 物 の謡 曲 。 ( 池田弥 二 郎 著 作 集 第 三 巻 p p 1 4 3 ) , 角川 書 店 , 1 9 7 9 .

1 1   金 井 清光 : 物 狂 い と複式能 の形 成。 ( 金井 清光 著 : 能 の研 究 p p 1 2 3   1 5 1 ) , 桜楓 社 , 1 9 6 9 .

1 2   西 野 春 雄 : 物 狂 能 の系 譜 。 日本 文 学 誌 要 N o . 1 8 : 50‑54, 1967.

1 3   横 道 萬 里 雄 , 表 章 ( 校注 ) : 日 本 古 典 文 学 大 系4 0 謡 曲集 L 。 ( 補注 1 8 8 ) , 岩 波 書 店 , 1 9 7 1 . 1 4   小 山 弘 志 , 佐 藤 健 一 郎 ( 校注 ・訳 ) : 新 編 日本 古

典 文 学 全集 5 9 ‑ 謡 曲集 ② . p 2 2 , 小 学 館 , 1 9 9 8 . 1 5   高 畑 直 彦 , 七 日博 文 : い む ―ア イ ヌの一 精 神 現 象

( 私家 版 ) . 札 幌 , 1 9 8 8 .

1 6   観 世 寿 夫 : 物 狂 ― 陛阿弥 の心 。 ( 観世 寿夫 著 作集 ― 第一 巻 ) , 平 凡 社 , 1 9 8 0 .

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