立教大学 教職課程 2021 年 3 月
授業研究会の質と学校全体の変容の記述可能性
-事後協議会の語りの分類と語りを聞く同僚教師の身体反応に注目して-
永島 孝嗣・村瀬 公胤・津久井 純
1 はじめに
「子どもの事実から学ぶ」という言葉は、教 師にも、理論家にも、広く共有されているスロー ガンである(斎藤 (1971)、上田 (1994)、秋田・
ルイス(2008) 、村瀬(2008)、齊藤・佐藤(2015)、
鹿毛・藤本 (2017)、田村 (2018)など)。
また、日本の授業研究における観察対象は、
明治期以来の「教師」 (とその指導技術)及び「指 導案」を中心とするものに対して、大正期以来 の「子ども」を中心とするものがある(稲垣 , 1995)。後者は、大正デモクラシー以降、第二 次世界大戦後の新教育、及び、特に小学校のイ ンフォーマルな教師文化の中で受け継がれてき た(佐藤 , 2015)。90 年代以降、 「学びの共同体」
(佐伯・佐藤・藤田 , 1996)をはじめ Schön(1983)
の省察的実践家モデルと結びつき、より「子ど も」を観察の中心とする授業研究が注目されつ つある。
その一方で、現在でも、実際の校内での授業 研究や市教委・県教委主導の授業研究では、明 治期以来の「教師」(とその指導技術)及び「指 導案」を中心とする授業研究が主流であると言 える(澤井 , 2017 など)。その背景の一部とし て、「子ども」の観察とその協議を中心とする 授業研究には、子どもの事実の表層的な交流に 陥りがちであるという批判(石井 , 2014 など)
や、子どもの事実を中心とした研究協議を重ね
ると、教師の学習機会として授業研究を行う意 義を教師自身が感じなくなるという統計的報告 もある(坂本 , 2013)。
さらに、学校改革研究における「同僚性概念 の重要性」の指摘(Little,1982 など)、山崎(2012)
による教師のライフヒストリー研究からの「ヨ コの関係性に基づくインフォーマルな教師教育 者の重要性」の指摘、及び、「授業研究自体が 直接的に授業の質の向上には結びつくのではな く、むしろ授業研究が同僚性の構築に寄与する ことで授業の質の向上に関わっているのではな いかという議論」(Chichibu & Kihara, 2013)
を視野に入れると、授業研究における教師の学 習のみならず、教師の学習と同僚性構築の両面 を同時に捉える必要があるが、そのような研究 は管見の限りみあたらない。
本研究では、子どもの事実から学ぶ授業研究
において、教師の学習が同僚性構築とどのよう
に作用しているかの記述可能性を模索する。具
体的には、ある中学校の事後協議会を対象とし
て、発言の多様性とその変化の分析を通して教
師の学習を検討するとともに、個々の発言と聞
き手である同僚教師の身体反応の分析を通して
同僚性構築の様態の検討を行い、両者の関係の
記述を試みる事例研究である。
2 先行研究
授業研究における「協議中の言語」に関する 先行研究は、秋田(1998)以降、増えてきてい る(小笠原・石上・村山 , 2014;鹿毛・藤本・
大島 , 2016;北田 , 2007,2009;黒羽 , 1999 など)。
一方、子どもの観察を中心とした授業研究の起 源となる、大正期の教師の語りについても、多 くの研究が蓄積されてきた(浅井 , 2008 など)。
これらの研究から、教師が何をどのように語る のかという「協議中の言語」から読み取る教師 の学習について、本研究では、特に以下の4つ の研究に注目して問題構成する。
第一は、北田(2011)による「授業の省察に おける生徒固有名を伴う語りの機能」である。
中学校において、生徒の固有名を通した語りで あれば、自分の専門でない科目の授業の観察、
及び、自分の専門でない科目の教師と自分の専 門である科目の教員同士の協議の中で、それぞ れの専門の科目の PCK (Pedagogical Content Knowledge)(Shulman,1986)を構築すること が可能であることを示している。 協議会の語 りの中で、生徒の固有名が出されるかどうかが、
教師の学習にとって重要であることが示されて いる。
第二に、秋田(1996)は『教師教育における
「省察」概念の展開』の中で Van Manen(1991)
や Grimmett(1988)の省察の分類などを論じ ながら、深い省察になるほど、手段・技術・理 論の有効性・効率性よりむしろ「教師自身の再 構成(自らが変化する)」を行うことが指摘さ れている。
第三に、Reddy(2008)による「二人称アプロー チ」である。レディは、保育において、自己と
子どもを同一視する「一人称アプローチ」、子 どもを客対化する「三人称アプローチ」ではな く、個人的関わりをもつべき特別な他者とみな す「二人称アプローチ」を提唱している。佐伯
(2018)は、「二人称アプローチ」をショーンの 省察に拡張し、省察者が、子どもを個人的関わ りをもつべき特別な他者とみなす「二人称アプ ローチ」の省察における必要性を論じ、逆に「一 人称アプローチ」「三人称アプローチ」はどち らも子どもを「操作可能対象」とみなしている ことを示唆している。加えれば、生徒指導にお ける実践研究においても同様の結論が報告され ている(村瀬・岸本 , 2019)。
第四に、Nagashima(2019)は、上記等の文 献研究を統合し、子どもの観察とそこからの教 師の学習の多様性を協議会の語りによって5つ に分類し示している。本研究では、方法の章で 詳述するが、Nagashima による分類を用いて、
事後協議会を分析する。
このように、授業研究における子どもから学 ぶことと「協議中の言語」については研究の蓄 積がある一方で、授業研究に参加している教師 の「観察中の身体」及び「協議中の身体」のど ちらについても先行研究は少ない(Tsukui et al., 2017)。
3方法 3-1 構成
事後協議会の発言の多様性とその変容及び聞
き手である同僚教師の身体反応との関連を探る
ために、3つの分析を行う。分析1では「協議
中の言語」、分析2では「協議中の身体」、分析
3で「協議中の言語」と「協議中の身体」の接
続を取り扱う。
3-2 協力校とデータ
本研究では、東京都の公立中学校(2018 年度 ; 生徒数約 500 名 , 学級数約 15 学級,教職員数 約 30 名(特定を避けるため概数))の協力の下、
2014 年度年から 2017 年度までの計8回の研究 授業及び事後協議会を第一筆者がビデオカメラ 等で記録した。第一筆者は、研究授業の助言者 として、毎回 30 分程度、授業づくりに関する 講話を行っている。データ収集及び訪問回数を 表1に示す。
協力校では、2013 年度に学校改革としての 授業改革を掲げ、校長と一部の教師が主導し授 業研究実施の方法の改革を始め、「子どもの事 実から学ぶ」ことを目的とした授業研究が始 まった。
本研究において、上記協力校を選定した理由 は、「子どもの事実から学ぶ」ために子どもの 観察とその協議を中心とした授業研究を行って いる点、及び、子どもの事実を交流する授業研 究を行う意義を教師自身が感じないという声が 2015 年の時点であがっていた点にある。なお、
表1 データ収集の時系列
2013 年 4 月 授業改善を目的とした学校改革の導入 2015 年 1 月 第 1 回訪問
2015 年 5 月 第 2 回訪問 新副校長の着任 2015 年 10 月 第 3 回訪問
2016 年 2 月 第 4 回訪問 2016 年 6 月 第 5 回訪問
2017 年 2 月 第 6 回訪問 新研究主任(年度途中で研修主任の異動)
2017 年 6 月 第 7 回訪問 新校長の着任 2018 年 2 月 第 8 回訪問
本研究の実施にあたり、協力校の校長を通して、
データ収集及び分析の許諾を得た。本稿では、
学校や個人の特定を避けるため,学校名及び個 人名を全て仮名もしくは匿名とした。
データとして、各研究授業と協議会をビデオ カメラで記録した。研究授業は、定点カメラで 教室全体を写したものと、移動しながら撮影し たものの2種があり、協議会ではなるべく多く の教員が写るように、定点カメラで撮影した。
研究授業と事後協議会ともに、ノートによる記 録も併用した。
事後協議会は、4 人もしくは 3 人でのグルー プ協議とその後の全体協議に別れており、全体 協議では全教員が一人ずつ、自らが学んだこと を語るという協議形態である。本研究では、個々 の発言とその影響が明瞭に分析できる全体協議 での発言を分析の対象とした。
3-3 分析1の方法
分析1では、子どもの観察とその協議を中心 とした授業研究における、事後協議会の発言の 多様性とその変容過程を探るために、Nagashi- ma(2019)による「子どもを観察することの 分類」(表2)に準拠して、事後協議会全体協 議での全教員による全発言を分類する。
「子どもを観察することの分類」では、分類
の大枠として、はじめて教室にビデオカメラを
持ち込んだとされる Walker & Adelman の観
察対象の分類(1975)をベースに観察対象の議
論をしている。ウォーカーらは、観察対象とし
て、A 教室環境 , B 子ども , C 教師 , D 教材 , E
授業の構成(指導案), F 学校の背景 , の6項
目をかかげており、「子どもを観察することの
分類」は、「B 子ども」を中心とする観察に関 する分類となる。
個々の分類が表すものを順に述べる。分類(o)
は、一見すると子どもを観察しているように 思えるが、実は先述の子ども以外の5項目のい ずれかもしくは複数を吟味するために、子ども を観察するという、観察を表している。子ども の観察が中心というよりは、むしろ他項目の吟 味のための補助として、子どもについてコメン トするという形で協議の中で表れるとされる。
次に、分類(i)とそれ以降の(ii)~(v)は、
子どもの固有名詞(もしくはそれに準ずるもの)
の有無によって分かれる。ここに北田(2011)
の研究が反映されている。
固有名詞のない分類(i)は、ある集団の子 ども理解の形で協議会のコメントに現れるとさ れる。例えば、中学校一年生としての子ども、
とある学校の中学校一年生としての子ども、と
ある中学校の 1 年 2 組の子ども、1 年 2 組の第 5グループの子ども、1年2組の後ろのほうの子、
1 年 2 組のできる子、1 年 2 組の支援を要する子、
1 年 2 組の塾に通っている子、など、ある特定 の範囲の子どもに関するコメントとしてこの観 察を特徴づけられる。分類(ii)は、固有名詞 をあげながら、子どもの性格や特徴を評価する ようなコメントとして表れる観察であり、子ど もの特徴を掴もうという志向性とされる。これ は、授業研究の要である子どもの学習に触れて いないため致命的とも言えるが、生徒指導目的 や、自分の部活に所属している生徒への興味な どから、一定の頻度で語られることがあるとさ れる。(iii)~(v)は、固有名の子どもの学習 を論じたものであるが、分類(iii)は、その学 習をよいわるいなどの形で評価するコメントと して表れる観察であり、また、分類(iv)は固 有名の子どもの学習を通して、先述の5項目の
表2 子どもを観察することの分類(Nagashima(2019)、日本語訳・太字は第一筆者による)
(o) (i) (ii) (iii) (iv) (v)-a (v)-b
授業研究で子どもを観察する 子どもは観察
対象として
補助的である 子どもは観察対象として中心に据えられている 集団や抽象的に
子どもを語る 子どもを個々の名前で語る
子どもの性格
について語る 子どもの学習について語る
子どもに対して 子どもから
子どもへの 評価を語る
子どもによっ て検証された ことを語る
子どもの事実 から学んだこ とを語る
子どもの事実 の可能性から 学んだことを
語る
よしあしを検証するコメントとして表れる観察 である。どちらも、レディの指摘する三人称と しての観察に対応する。分類(v)は固有名の 子どもの学習を通じて、教師自身の自らの学び
(=自らが再構成される(秋田 , 1996))のコメ ントとして表れる観察である、結果として授業 を見る前には知らなかったことを語ることにな る。
本研究では、ビデオカメラによる事後協議会 の記録から聞き取りをし、逐語記録を作成し た。聞き取り不能な範囲は, 参観時のフィール ドノートを元に可能な限り復元した。発言は一 人 30 秒以内とするルールで協議会が運営され ており(最短 20 秒、最長 1 分 52 秒、平均 51 秒)、
1 発言を分析単位としたが、その中でとくに長 く複数のトピックについて語られた発言は、本 稿筆者間で協議の上、分割して分析単位とし た。そののち、上記分類に従い表1に沿って、
全体協議の発言を分類した。分類例を表3に示 す。第一筆者と第二筆者で独立に分類し、割れ たものについては協議を行った(評定一致率平 均 91.5%)。
なお、(v)-a と(v)−bの違いは不明瞭な ため、区分けせず、(v)として扱った。また、
子どもの事実に関する言及のない発言に対して は、ウォーカーによる分類の「B 子ども」以外 の残り 5 項目の観察による発言とみなし(他)
とし、また、固有名の子どもの学習について表 現していながら、評価・検証・観察者自身の変 化のどれともとらえることのできない、ただ子 どもの事実を淡々とのべたものについては分類
(事)として別項目にした。分類例を以下に示 す(表3)。
表 3 分類例
(他)
自分の授業のことでもいいんですか、特別支援だと、一人で やらせると何もできない子がいるんですが、グループ活動い いかなと思ってます。
(o)
先生が英文を作らせるときに、かぶらないように作れと、ク ギを指したなあって。そうすることで、四人の中では四者四 様のものが作れるようになって、有効だなあと思いました。
(i)
今日の授業がたのしくて、議論を 2 組の子どもたちはたのし んでいるなと思いました。授業を通して、就職のこととか日 本の将来どうなるんだろうとか自分の将来とリンクして、自 分から学びたい、主体的な気持ちが出るとわかりました。
(ii)
S くんが、先生が実物投影機で説明してやってごらんと、でも ぜんぜん微動だにしなくて、バスケでは S くんはがんばって いるのですけど、彼は性格的にどうしても集中できなかった 面があると思うのですけど、彼をこっち向かせるにはどうし たらいいかなと考えました。
(iii) W くんの発表だったり、U くんだったり、おっと思うような 発言をしてたので素晴らしいと感じました。
(iv)
同じく 8 班を見てみました。生徒が目的を理解して活動に当 たることと、先生が段階を配慮して設定することが大切なん だなとわかりました。どの国に新しく工場を作るかという課 題で、W さんが中心になって、それを B さんが支え、O さん が反対意見を出してくるという感じで盛り上がっていたと思 います。そうやって、課題を自分たちのものとして捉えるこ とができたからこそ、先生の最後のお話のときに、生徒たち の「おぉ」というどよめきにつながったのだろうなと。
(事)
9 班を見て、S さんが自らホワイトボードをとって書いていて。
最後、トランプの話題のときに全部消して、インドって書いて。
グループと相談していいよっていうときも、S さんはおとなり がいなくて手が進まずにいました。
(v)
おもに 2 班を見ていました。2 班には T くんという男の子が いたんですけど、T くんは S さんが言ってくれる数値を書く んですけど、おそらく T くんはその数値が何を意味するかわ かっていなくて、数値は手元にあるんですけど、グラフ化す るというところにいかなったんですね。私が学んだのは、自 分が、この子はどこまで進んでいるのか、どうしてもワーク シートとかノートで確認してしまうのですけど、書いている ということはそこまでわかっているということではないんだ なと。自分の授業でもそういう目で見てはいけないんだなと。
(v)
U くんが優秀でべらべらしゃべっているように見えますが、
よくみてみるとちゃんとそのしゃべれるような知識を H さん とかがバックアップしてくれる、だから安心してしゃべれる んだな、ということを感じました。
3-4 分析2の方法
事後協議会の聞き手である同僚教師の身体反
応を探るために、ビデオカメラによる協議会の
記録から、聴き手の教師ひとりひとりの身体反
応の有無を、1 秒単位でカウントした(図1)。
図 1 カウント例のイメージ
カウントした身体反応のカテゴリーは、映像 から読み取れる動作を探索的に抽出し、「目線 を上げる」 「話者を見る」 「前方スクリーンの(子 どもの)写真を見る」「笑う」「頷く」の5カテ ゴリーとした。なお、分析1の結果を知らされ ていない第三筆者が、独立して分析2のカウン トを行った。
3-5 分析3の方法
協議会での個々の教師の観察の結果が、聞き 手となる教師集団にどのような身体反応を引き 起こすかを探るために、 「協議中の言語」と「協 議中の身体」の関係パターンを分析する。具体 的には、それぞれの分類の話者の教師の発言時 間中にどれくらい聞き手の教師たちの身体反応 があるかの割合を求め、発言カテゴリー別に 比較することを行った。たとえば、ある話者の 発話が 50 秒であるとき、聞き手が「目線を上 げる」と「笑う」で合計が 15 秒反応していれ ば、反応割合は 15 / 50 = 0.30 である。なお、
分析3では身体反応と言語の基礎的関連を探る ため、5カテゴリーを区分せず5カテゴリーの 頻出数を合計したカウントを用いた。分析対象 13 名がそれぞれ話者のとき、残りの 12 名につ
いてこの割合を算出し、平均した数値を、その 発言の反応割合(定義より 0.00 ~ 1.00 の範囲 をとる数値)とした。
4 結果と考察
4- 1 「協議中の言語」の時系列変化
分析1に関して、顕著な変化があったのは、
2016 年度の第5回(2016 年 6 月 , 参加者 28 名)
と第6回(2017 年 2 月 , 参加者 24 名)の間で あった。この 2 回の協議会における発言のカテ ゴリー別頻度は、図2の通りである。
図 2 第 5 回と第 6 回の分類別発言割合
第 5 回と第 6 回の発言分類を比較しての変化 の特徴は、1)「その他(=参観した授業中の子 どもについて言及していない発言、(他)と表 示)」が無くなった、2)「(固有名詞の子どもの)
性格 (ii) 」や「(固有名詞の子どもの)事実か ら学ぶ(v)」が増えた、3)「事実(=評価・検証・
観察者自身の変化のどれともとらえることので きない、固有名詞の子どもの事実) (事)と表示)」
が出現した、の 3 点である。一方、両者を合わ せて見れば、すべての類型が出現していること も確認できる。
この結果に示されたように、同じ学校の同じ
年度内の協議会で、すべての類型が出現しつつ
も、発言の類型別頻度が異なっていることが明 らかになった。まず、「子どもの観察」と言っ ても、教員個々の発言にこれだけの多様性が あったという事実は重い。この多様性を等閑視 して、授業研究が教師の学習に寄与するのかと いう問いは成り立たないと言ってよいだろう。
次に、本分析の結果は、発言類型によって協 議会の質的な差異が同定できるという可能性を 示している。特に本事例では、(v)が増えた ことに象徴されるように、教員の「子どもを観 察すること」の意識に、大きな変化が推察され る。それは、外部支援者として関わってきた本 稿第一筆者や管理職の「研究主任が替わって、
この年の途中から学校が変わった気がした」と いう実感を裏付けるものでもある。わずかに 1 例の結果ではあるが、もし発言分類の変化が校 内研コミュニティの変容と呼応するのであれ ば、本研究のアプローチの可能性はさらに広が るであろう。
さらには、この変化が第 5 回より前の 4 年半 の間には生じなかったことも、実践の視点から 見過ごせない。第 5 回ではまだ、子どもの名 前に言及してない発言(o)や(i)が合わせて 4 割近くを占めており、北田(2011)が指摘し た固有名で語る授業研究の実現のハードルは高 く、変化は容易でない。ただし、その変化が何 によって生じるのかについては、本分析のデー タのみからは確たることを述べられない。
4- 2 「協議中の言語」と「協議中の身体」の 関係
分析2と分析3の結果から、第6回(2017 年 2 月)の協議会においてビデオ記録で身体が
全身確認できた 12 名の教員について、どの人 が発言しているときにどれくらい他の人が身体 的反応をするかを、グラフに表したものが、図 3である。
図 3 聞き手が身体的に反応する時間割合の発言別比較
分類(v)の発言 4 例のうち、1 例を除いた 3 例では割合が 0.20 を越えており、平均は 0.22 であった。他の分類は 1 例も 0.20 を越えるこ とはなく、平均は 0.09 であった。
この結果から、聞き手の身体反応によって、
聞き手の内的な状態の一側面を表すことができ る可能性が示唆された。協議会中の聞き手の反 応は、発言ごとに大きく異なっていた。さらに、
集団の平均値としてこれだけの差があることか ら、協議会の身体は、聞き手の個性に基づくと いう意味で固有性を持っているだけでなく、あ る特定の他者の発話内容を聞いたときの、聞き 手集団の内的反応の現れと捉えられる可能性が 見出された。ただし、現実には、校内の人間関 係や権力構造によってその現れは必ずしもスト レートなものとは限らないことに、留意する必 要がある。
その留意点を置いても、分類(v)の発言は、
他に比べて大きな影響力を持っていることが示
されている。話者当人にとっての学び=発見が
語られるとき、その発見は聞き手にとっても新 奇の感情を惹起すると考えられる。特にこの学 びが話者自身の再構成であればこそ、同僚であ る聞き手は思わずそこに引き込まれ、追体験し、
驚きや感嘆を共有する場として、協議会が機能 していると捉えられるであろう。
4―3 協議会発言の多様性と同僚性の構築
以上の結果と考察から、事後協議会を伴う授 業研究において、教師の学習と同僚性の構築が 並行して生起する姿が浮かび上がってくる。子 どもの観察とその協議を中心とした授業研究の 事後協議会の発言は多様であるが、そのうち特 に分類(v)の発言が、語り手の教師の学習の 現れとして共有され、それが同僚の学びを誘発 し、同僚性の構築(Chichibu & Kihara, 2013)
をもたらしている可能性がある。同僚の声に耳 を傾ける「聴き合う関係」(Dewey, 1916;佐藤 , 2015)がどのように成立するかという問いに関 して、話者の自己追究の言葉が、聞き手の身体 に与える影響を可視化する可能性を拓いたのが 分析3である。
これを踏まえるならば、同僚性とは、場所を 同じくして協力して業務に従事しているだけで 育つわけではないことになる。Stigler & Hie- bert(1999)によって日本の授業研究は世界中 から注目を集めて久しいが、その焦点は、日本 の授業研究が協力して一つのものをつくりあげ る、ということにあった。一方で、リトルの指 摘する同僚性や、1990 年代以降の教師の学習 を社会文化的アプローチにのせたプロフェッ ショナル・ラーニング・コミュニティ論におい ては、必ずしも協力して一つのものをつくりあ
げる、という狭義の概念として、同僚性を扱っ ていない(McLaughlin & Talbert, 2001 など)。
本研究の結果からも、教師がただ話し合い、協 力すれば同僚性が構築されるという議論は、実 践を精確に表しているとは言えないことがわか る。分類(v)の発言が、かけがえのない他者 として子どもに「情感をもってかかわり」(佐 伯 , 2018)、「全身で『感じ取る』」(佐伯 , 2014)
「二人称アプローチ」(佐伯 , 2018; 永島・村瀬 , 2019)によって成り立っているからこそ、同僚 に身体的・情緒的インパクトを与えられるので あろう。その結果、子どもの事実から学ぶ授業 研究は、「共愉的学習共同体」(佐伯 , 2014)と しての同僚関係を構築するに至ると考えられ る。
以上の考察から、子どもの観察とその協議を 中心とした授業研究が、必ずしも教師の学習に つながらないという批判については、協議会の 発言内容の質的差異をもって再検討する必要が ある。教師たちが、固有な他者である子どもの 事実に学ぶ語りを共有し、蓄積することではじ めて同僚性が変化し、校内研が教師の成長の場 となる学校へと変革する可能性が示された。
5 結論
「子どもの観察とその協議を中心とする授業 研究」における、事後協議会の発言の多様性と その変容及び聞き手である同僚教師の身体反応 との関連について、本事例研究によって明らか になったことは、以下の3点に概括される。
第一に、子どもの観察とその協議を中心とし た授業研究であっても「子どもの事実から学ぶ」
ことに必ずしもならず、Nagashima の分類に
あるような多様な共存様態が実際に存在すると いうこと。第二に、その多様性の組成の変化(固 有名詞による発言((ii)~(v)(事))の増加、
及び子どもの事実から学ぶ発言((v))の増加)
によって、教師の学習の質の変化を記述できる 可能性があるということ。第三に、「子どもの 事実から学ぶ」発言は、同僚の身体に一定のイ ンパクトを与え、「子どもの事実から学ぶ」発 言が、授業研究における教師の学習のみならず 同僚性の構築へ一定の影響を与える可能性があ るということ。この結果は、「子どもの事実か ら学ぶ」ことが、学校の変化(授業の変化・子 どもの変化・教師の変化・学校の雰囲気の変 化)につながるプロセス解明の一助と言えるだ ろう。
また、実践的な示唆としては、子どもの観察 とその協議を中心とした授業研究の批判は、 「子 どもの事実から学ぶ」以外の発言を対象にして いる可能性があること。子どもの観察とその協 議を中心とした授業研究の中で「子どもの事実 から学ぶ」ことにつながるには一定期間を要す るということ。実際、本協力校においても、 「子 どもの事実から学ぶ」ことが可能になるまで4 年半を要しており、「生徒を固有名詞で語るこ との難しさ(生徒集団全体の観察となりやすく、
生徒個の集合としての観察につながりにくい難 しさ)」「授業手法、授業者もしくは生徒を評価 する思考から逃れることの難しさ(参観者の教 師自身は変わらず安全なところにいる)」等が 示唆される。
6 課題
今後の課題として、本事例で示されたことが、
他の事例においてもあてはまるのかを慎重に検 証する必要があることを除けば、以下の2点で ある。
第一に、「子どもの事実から学ぶ」ことに一 定期間を要しているが、なぜ一定期間を必要と するのか、なぜ一定期間は変化がないのか、の 原因分析を行うことができていない点もしくは できない点にある。「生徒の名前を出して生徒 の授業中の事実から学ぶ授業研究会」というこ とは、一貫して協力校の校長が出し続けたメッ セージであり、変化があった期間にもとりたて てそれまでと異なることを行ったわけではない という。また、研究主任の交代がこの変化にど のように影響を与えたのかも明らかでない。変 化のないとされた期間の「子どもの事実から学 ぶ」困難さをどのような形で乗り越えることが できるのかについての実践的研究が必要であ る。加えて、変化がないとされる一定期間の中 に、どのような可視化されていない変化がある のか、今後のさらなる研究と研究手法の開発が 必要である。
第二に ,「子どもの事実から学ぶ」発言が、
授業研究における教師の学習のみならず同僚性 の構築へ一定の影響を与える可能性があるとい うことについてであるが、本研究では変化の あった第6回以降、1年度分しか追えておらず、
結果として構築された同僚性が、「協議中の言 語」の組成にどのような変化を与えるのか、 「協 議中の身体」反応がどのように変化するのかを、
明らかにできていない。第6回以降は、顕著な
変化が生まれていないためである。そのことが
何を意味するのかも含め、2018 年度以降も継
続して同様の分析を続ける必要がある。
さらに、今後の研究の可能性として4点をあ げる。第一に、本研究では、授業研究の中では、
今まであまり注目されてこなかった「身体」に ついて取り扱ったが、「観察中の身体」につい て取り扱えていない。「観察中の身体」と「協 議中の言語」「協議中の身体」の3者の関連に ついて、教師の学習・同僚性構築の2側面から、
さらなる研究の蓄積が必要である。第二に、本 研究では、協議会の中で、全体協議に注目し分 析を行った。そのため、結果としての教師の学 習という意味では表現できているが、教師の学 習の過程という意味においては、むしろ、グルー プ協議のほうが、重要である。そのため、 「グルー プ協議の言語」「グループ協議の身体」と残り の構成要素との関連の研究を行う必要がある。
第三に、授業研究というある意味特別な日の、
教師の学習とそこで構築される同僚性が、日常 の職員室における教師の学習と、日常の職員室 における同僚性構築とどのような関係をもって いるのか、日常の職員室を研究対象にすること は難しいことではあるが、研究手法開発を含め さらなる研究の蓄積が必要である。第四に、 「子 どもの事実」としては必ずしもはっきりとは見 えない(稲垣・佐藤 , 1996)部分にどこまで観 察者がみようとし、自らの学びにつなげようと するのか、また、それがどのように協議会の言 語として現れるのかの研究である。これを表2 では、(v)-b 子どもの事実の可能性から学ぶ と表現されている。事実の可能性を、多角的・
多義的・複合的にとらえることは、教師の実 践的思考方式として重要な役割を担う(佐藤 , 1996)ため、分類(v)を狭い(v)-a のみの 枠に留めず、分類(v)内部の多様性について
の研究を深めることが要であろう。
さらに広い視点では、教師の知識に関する
「個人的知識」(Ryle, 1948 など)の研究、及び、
学校の内側と外側の接面を構成する、社会や制 度と同僚性・授業研究の関係(Hargreaves,1994 など)を、本研究に組み込む必要がある。
7 文献
· 秋田喜代美「教師教育における「省察」概念の展開」
『教育学年報 5』世織書房、1996 年、451–467 ページ。
· 秋田喜代美「実践の創造と同僚関係」『教師像の再 構築』岩波書店、1998 年、235–259 ページ。
· 秋田喜代美・キャサリン = ルイス『授業の研究 教 師の学習』明石書店、2008 年。
· 浅井幸子『教師の語りと新教育』東京大学出版会、
2008 年。
· 稲垣忠彦『授業研究の歩み』評論社、1995 年。
· 稲垣忠彦・佐藤学『授業研究入門』、岩波書店、
1996 年
· 石井英真「授業研究を問い直す」日本教育方法学 会編『授業研究と校内研修』図書
· 文化社、2014 年、36–48 ページ。
· 上田薫『上田薫著作集第 4 巻』黎明書房、1994 年。
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· 鹿毛雅治・藤本和久・大島崇「「当事者型授業研究」
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· 北田佳子「校内授業研究会における新任教師の学 習過程」『教育方法学研究』第 33 巻、2007 年、37
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· 北田佳子「授業の省察における生徒固有名を伴う 語りの機能:Shulman の「学習共同体」モデルを 手がかりに」『埼玉大学教育学部教育実践総合セン ター紀要』No.10、2011 年、21–28 ページ。
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· 佐伯胖「リフレクション(実践の振り返り)を考
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キーワード
子どもの事実から学ぶ/授業研究/教師の学習/同 僚性/専門職学習共同体
要旨
授業研究における「子どもの事実から学ぶ」とい う言葉は、教師にも、理論家にも、広く共有されて いるスローガンである。その一方で、子どもの観察 とその協議を中心とする授業研究には批判があり、
現在でも、市教委・県教委主導の授業研究では、「教 師」(とその指導技術)及び「指導案」を中心とする 授業研究が主流である。
また「授業研究自体が直接的に授業の質の向上に は結びつくのではなく、むしろ授業研究が同僚性の 構築に寄与することで授業の質の向上に関わってい るのではないかという議論」などを視野に入れると、
授業研究において、教師の学習と同僚性構築の両面 を同時に捉える必要があり、本研究では、子どもの 事実から学ぶ授業研究において、教師の学習が同僚 性構築にどのように作用しているかの記述を試みた。
具体的には、ある中学校の約 4 年間にわたる授業 研究会のビデオ記録をデータとした事例研究を行っ た。本研究では、当該校における授業研究会の「協 議会中の言語」「協議会中の身体」の変化とその関係 について分析を行っている。
本事例研究によって明らかになったことは、以下 の3点である。第一に、子どもの観察とその協議を 中心とした授業研究であっても「子どもの事実から 学ぶ」ことに必ずしもならず、多様な共存様態が存 在するということ。第二に、その多様性の組成の変
化によって、教師集団の学習の質の変化を記述でき る可能性があるということ。第三に、「子どもの事実 から学ぶ」発言は、同僚の身体に一定のインパクト を与え、「子どもの事実から学ぶ」発言が、授業研究 における教師の学習のみならず同僚性の構築へ一定 の影響を与える可能性があるということ。この結果 は、教師の学習と同僚性構築の一つの関係を明らか にし、授業研究が学校の変化を起こすプロセス解明 の一助と言える。
Abstract
“Learning from the facts of children” is a widely shared motto among educators and researchers in lesson study. On the other hand, there are crit- icisms of the type of lesson study which focuses on observation of the children and collaborative reflection of the facts of children. The mainstream of lesson study in Japan still focuses on teaching method and teaching plan even though they share the motto above.
It is necessary to consider not only the function of teacher's learning but also the function of colle- giality construction when examining lesson study, because there is an important discussion that lesson study itself does not directly lead to improvement of lessons quality in whole school, but rather that lesson study contributes to building collegiality,
which leads to. In this study, we tried to describe how teacher's learning affects collegiality construc- tion in lesson study which mainly consists of obser- vation of the students in live-lesson and collabora- tive reflection after lesson among colleagues.
Specifically, we conducted a case study using data from a video recording of lesson studies at a junior high school for about four years. We ana- lyzed the change and the relation of “contents of teachers’ remarks” and “listeners’ body reaction” in post-lesson-conference.
This case study revealed the following three points. First, even lesson study focusing on stu- dents’ observation and that reflection does not nec- essarily mean “learning from the student's facts”, but diverse learnings coexist. Second, the change in the composition of the diversity of teachers’
learning could describe changes in teachers’ group learning quality. Third, the remark of “learning from the student's facts” has a certain impact on the body of colleagues. In other words, “learning from the student's facts” could have a certain effect on colleagues’ learning as well as on collegiality con- struction in lesson study. This result clarifies one relationship between teacher learning and collegial- ity construction, and helps to elucidate the process by which lesson study causes school change.