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ジャム「神のうちに」を読む

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(1)

ジャム「神のうちに」を読む

手 塚 伸 一

1 はじめに

フランシス・ジャム

Francis Jammes (1868〜1938)

は長らく見捨てて顧 みることのなかったカトリックに

1905

年に戻った。その経緯については, すでに筆者

(

手塚

)

訳による『フランシス・ジャム全詩集』(青土社,1992) るいは『桜草の喪・空の晴れ間』(平凡社ライブリー,1994) の解説などに記 したが,要するに,結婚しようと望む彼に応えていた少女が,その父親の 強硬な反対で彼の元から去っていった癒しがたい心の傷があり,加うるに ポール・クローデルの手引きがあって回心へと至ったのである。

ジャムは以後カトリック詩人として新たな道を歩むことになるが,翌

1906

年早春タルン

Tarn

県アルビ

Albi

の北西約

30

キロのル・ケイラ

le

Cayla

の館に,信仰をもちながらも『サントール』

le Centaure

を御した

モーリス

Maurice de Guérin (1810〜1839)

と,遠くから息をひそめなが ら,しかしやさしく弟を見守りつづけたウジェニー・ド・ゲラン

Eugénie

de Guérin (1805〜1848)

の面影を求めて巡礼の旅に出る。信仰篤く, 田舎

の平凡な日常生活のなかにも新鮮なよろこびを見出して思索にふける鋭敏 な心の持主のこの女性は,

14

歳で母を亡くして以来弟妹の面倒を見るこ とに心を砕き,生涯を独身で通した。その『日記』

Journal

はジャムの愛 読書だったし,散文詩『サントール』『バカント』

la Bacchante

で知られ,

胸の病気で若死にしたモーリスも信仰に曲折はあったとは言え,自然を神 の創造と考える点では姉と変らないことをジャムは知っていた。そういう 彼らにあやかり,二人の天上からの愛を少しく求めようと,ジャムはル・

ケイラの館を訪ねたのだった。

1906

年お告げの祝日だった。彼はただ祈 った。「突然,閉じたわたしの目の闇のなかで,ル・ケイラがよみがえっ た。

(

……

)

ル・ケイラの午後はわたしの魂の目を開いてくれた」

( Mémoires

Ⅲ, Mercure de France,

1971. P.298

)

この体験は彼をただちに「神のうちに」

En Dieu

の執筆に向かわせ,同

(2)

5

月に完成した。回心後の心の叫びとして,これは「木の葉をまとえる 教会」

L’Eglise habillée de feuilles (1905)

とともにわれわれの胸にひびく 忘れがたい詩編である。詩形式は従来の奔放さが影をひそめ,正しい脚韻 を踏んだアレクサンドランの三行詩で,

187

行中

12

音節以外の詩句は

1

だけだとはロベール・マレの指摘するところである

( Robert Mallet, Francis Jammes, Mercure de France,

1961. P.242

)

。ジャムは回心を契機と して伝統的な詩形式に帰っていったが,これは得られた心の平安と無関係 ではあるまい。

筆者はすでに「神のうちに」を訳して発表しているが,一読してすんな り理解できる詩ではなく,注釈が必要だと以前から考えていた。本稿はそ の実行であり,筆者なりの解釈の提示である。しかし引用と思われる表現 の出典を特定できない箇所があって,これの解明は今後の宿題である。

2 テキスト, 翻訳, 注釈

En Dieu

« … Là-Haut où je te vois, mon

«cher Maurice, où tu m’attends,

«où tu me dis: «Eugénie, viens ici,

«avec Dieu, où l’on est heureux.»

E

UGÉNIE DE

G

UÉRIN.

神のうちに

……天にいるあなたの姿が見える,いとしいモーリス,あなた はわたしを待っていてくれる,あなたは言う,「おいでウジェ ニー,ここは神さまと一緒でみんな幸せだ」と。

ウジェニー・ド・ゲラン タイトルは「神のうちに」と訳したが,

Je crois en Dieu

あるいは

Je vis

en Dieu

を踏まえた表現だろう。なお,この詩は最初

Vers et Prose

誌の

1906

6, 7, 8

月合併号に掲載されたが,その時のタイトルは

Clairières

dans le ciel

だった。周知のようにこの「空の晴れ間」はジャムの第

4

詩集

(3)

のタイトルとなり,詩集の冒頭を飾るこの詩のタイトルはそのとき「神の うちに」と変わっていた。したがって「神のうちに」と「空の晴れ間」の 意味は通底していると考えられよう。

タイトルのすぐ下に置かれたウジェニーの言葉は,弟モーリスの死の一 週間後の

1839

7

26

日にメーストル男爵夫人

Baronne de Maistre

に宛 てた手紙のなかにある。

テキストは次に

1

ページをつかって

A Edmond Pilon

という三語の献辞 をのせる。エドモン・ピロン

(1874〜1945)

はゲラン姉弟の文学の理解者 で,

1900

年前後の雑誌にしばしば彼らについての文章を寄せていた。ま

1908

年に『フランシス・ジャムと自然感情』

Francis Jammes et le Sen- timent de la Nature

という小冊子を

Mercure de France

社から上梓して いる。

以下詩の検討に入るが,詩節には便宜上番号を付ける。

S.1 Douce année à venir de la Vie éternelle : Primevères qui ne vous fanerez plus... Ailes

d’oiseau jamais fermées ... Iris... Et gaies ombrelles...

やがて訪れる永遠の「生」のやさしい歳月。

「桜草」はもう萎れることがない……小鳥の

翼は閉じることがない……アイリスも……明るい日傘も……

ジャムはまず永遠の生を生きる者が得ることのできるやさしい歳月を想 起し,以下

l. 2

から

S. 2

の最後まで,その歳月を過ごすことのできる地で起 こる事象の具体的な説明に移る。

l. 2

の桜草が大文字なのは,彼の第

2

詩集

『桜草の喪』

Le Deuil des primevères

のそれなのであろう。

qui

の先行詞 は桜草を受ける記されていない

vous

。この詩集は,実ることなく終った

マモール

Mamore

と呼ばれる少女との恋をうたった詩が大半を占め,そ

のタイトルはジャムの心象風景を表わしていた。永遠の生を得られる地は 小鳥にしても死のない世界であり,アイリスも明るい日傘も閉じられるこ とがないのである。

S.2 Gaies ombrelles d’enfants, et rires d’un Jeudi

qui ne finira plus... Silence de Midi...

(4)

Joie calme qui s’étend aux champs du Paradis...

少女たちの日傘は明るく,「休日」は終ることなく,

つねに笑い声にみち……「正午」は「静寂」……

「天国」の野に穏やかな「よろこび」がひろがる……

明るい日傘という語がくり返されるが,ここで

d’enfants

という修飾語 がつくことによって視点が子供たちに移ったことを示して,

Jeudi

という 言葉が導きだされる。

enfants

というのは小学校の女生徒だろうが,小学 生にまで当時日傘が流行っていたかは不明。ただし,

jeunes filles

たちの 差す日傘は彼の詩にしばしば登場する。木曜日は当時の小学校の休日。こ

un Jeudi

の不定冠詞は, 木曜日を代表させる意図で用いられ,定冠詞に

近い用法である。神の国では正午は静まりかえる。そして

l. 2

でようやく

Paradis

という単語が現われて,永遠の生を得られる場所が天国であるこ

とが明示される。

S.3 J’ai faim de toi, ô Joie sans ombre ! faim de Dieu.

Lorsque je serai mort, fermez-moi bien les yeux pour qu’au dedans je voie enfin s’ouvrir les Cieux.

ぼくは,おお,影のない「よろこび」に飢えている!

神に飢えているのだ。ぼくが死んだらこの目を閉ざしてくれ ないか,

心のなかで「天」が開くのがやっと見られるのだから。

Je

という語が現われる。もちろんジャム自身を意味する。

toi

は,次に

くる

Joie sans ombre

を指す。求めているよろこびに親しさをこめて

toi

呼びかけるのだろう。この言葉の意味は

S. 2 - l. 3

Joie calme qui

……と同 じである。この

Joie

という語に導かれて

Dieu

という語がはじめて現われ る。影なきよろこびは, 神と共にいなければ得られないのである。この節 で問題となるのは

l. 2

fermez-moi bien les yeux

が誰に対する呼びかけ かということである。相手を明示することなく唐突に呼びかけが行われる のである。モーリス・ド・ゲランの日記『みどりの手帳』

le Cahier vert

の1834

2

1

日の記述に

Mon Dieu, fermez mes yeux

という言葉があっ

(5)

てジャムも目にしていたはずだが,これは死とは関係ない言葉だし,また

Mon Dieu

と明記されている。ジャム自身も以前「素直な妻を得るための

祈り」で

(faites)que le jour où je mourrai elle me ferme les yeux

と言っ たことがあるが,ここでも目を閉ざしてくれるのは妻となるべき女性と明 記されている。

ところで元にもどって,この詩における呼びかけは誰に対してなされる のだろうか。まず, 文脈から相手が神とはとりにくい。また今まで一度も 登場していないウジェニー・ド・ゲランであるはずもない。筆者は『空の 晴れ間』所収の長詩「悲しみ」

Tristesses

にうたわれた少女だろうと推測 する。この少女との恋もマモールとの恋同様実ることなく終り,それがジ ャムの回心の重要な契機となったことはすでに述べた。ジャムは「悲しみ」

のなかでこの少女を

vous

と呼びかけているし,死んだとき目を閉じてく れと頼めるのは,当時この少女しかいなかったはずである。またこの詩句 を書いたとき,きっと「素直な妻を得るための祈り」の詩句が心をよぎっ たのであろう。

ただ,一般の読者がこの詩を読むときは,ある人物に対する呼びかけ と感ずるだけで先に進むだろう。

l. 3

les Cieux

S. 2 -l. 3

Paradis

と同 義語である。奥深さを強調する複数。

S.4 Absence de tout mal... O jour d’un Jour doré ! où, sans nuit à son âme, on verra s’étaler les ailes de métal de l’azur sur les blés.

わずらいはもうない……おお,黄金の「日」の光よ!

そこでは,魂に夜はなく,人は麦畑の上に 金属の翼の青空がひろがるのを見るだろう。

神のいる天の情景。

l. 1

の後半は「黄金の日の光」と訳しておくが,「い つか死ぬことになる日,そしてその日は天に行けるのだから金色に光り輝 いているだろう」という意味である。

l. 2

son âme

son

on

の所有形 容詞。

l. 3

は雲ひとつない硬質の青空の大きなひろがりの表現。

S.5 Je veux voir, car je suis plongé dans ce mensonge

qu’est la vie qui n’est pas la Vie. Que Dieu me plonge

(6)

dans Ce Qui Est. Pleurez, ma chercheuse d’oronges.

ぼくは見たい,今のぼくは嘘という「真の生」でない 生のなかにいるのだから。神よ,ぼくを「真にあるもの」の

なかに

入れてください。茸を摘んだ愛する少女よ,ぼくのために 泣いてくれないか。

l. 1

Je veux voir

S. 3 - l. 3

の「天が開く」のを見たいのである。

car

l. 2

la vie

まで,今までの生活に対する詩人の感慨。

l. 3

の「茸を摘んだ 愛する少女」は

S. 3 - l. 2

で「この目を閉ざしてくれないか」と呼びかけた 少女と同じ人物と筆者は考える。なお,

oronge

というのは食用のテング タケだが,「悲しみ」の少女がそれを摘むという情景は,ジャムの文章中 に今のところ見出すことはできない。

l. 3

Pleurez

は「ぼくの死を悼んで 泣いてくれ」という意味。別れた少女が泣いてくれると信じているのであ る。

S.6 Mon amie dont la voix percait le cœur des bois : si douce qu’elle fût, il me faut une voix

plus douce, et une Amour plus douce encor que toi...

恋人の声は森の心をつらぬいた。その声はやさしかったが ぼくにはもっとやさしい声が必要だ,そして

おまえよりもっとやさしい「真の愛」が…

この詩節の解釈もなかなかに困難である。ふつうに考えれば,

mon

amie

は前節に登場した少女のはずだが,そうなら

l. 3

toi

も当然その少 女ということになる。ところが前節では茸を摘む少女を

vous

で呼んでい た。ここでいきなりその少女を

toi

に呼びかえるとは考えにくい。

8

節以 下でいくらウジェニーを

tu

で呼んでいるとは言え,ここの

toi

をウジェニ ーととるのも不可能である。

mon amie

toi

は同一人物でなければなら ない。筆者は消去法で「恋人」をジャムの最初の恋人マモールととる。前 節で「茸を摘んだ愛する少女よ」と呼びかけたことによって森が連想さ れ, そこで甘い声を発したかつての恋人が思いうかぶのである。翻訳に際

(7)

して,この詩節では

doux(ce)

を「やさしい」で統一したが,この節に

3

ある

douce

のうち,

l. 2

のそれは森閑とした森の奥にひびく甘やかな声な

のであり,この

3

つの形容詞のニュアンスはそれぞれちがっているのであ る。奔放なユダヤ教徒だったマモールは,熱心なカトリックだったジャム の母親によって拒否され,ジャムもその意向に従った。だがその愛の思い 出は甘いのである。彼はマモールには

tu

で呼びかけていたし,この詩を 書いた時期には彼女は死んでいたようで,いっそうその思い出は心に迫っ たのだろう。そして今必要なのは,おまえよりもっとやさしい神の「真の 愛」だと改めてここで言うのである。

S.7 Choses, je ne vous ai pas vues encore... Roses, comment donc êtes - vous au Ciel où est éclose la Rose de mon Dieu où mon Dieu se repose ?

物たちの姿がまだぼくには見えてこない……

ばらたちよ,神さまが休まれる,神さまの「ばら」咲く「天」で お前たちはいったいどんな花を咲かせるのだ?

この詩節では,

S. 5 - l. 2

の「真の生」にいない「ぼく」の皮相なものの見 方に対する反省がまず述べられる。天にある姿こそ真の姿なのである。現 世のばらを見るときも,その姿を思いうかべねばならないのだ。なお, の詩においては,

S. 3 - l. 3

で用いられている

les Cieux

と今後頻出する

le Ciel

とに意味上の差はほとんどない。

S. 3

では脚韻の関係で

les Cieux

が用 いられた。

S.8 Voir un Jour dans le Ciel ceci : cette maison d’où je reviens et où tu fus. C’est la saison de la neige, après-midi d’Annonciation.

「天」でも「いつか」見たいものだ, ぼくが訪れた あなたの住んでいた家を。

雪の季節, お告げの祝日の午後だった。

l. 1, l. 2

は,ウジェニーの館を現実に訪れてきたが, その真の姿は天にこ

(8)

そある, という考え。

l. 2

でウジェニーを

tu

で表現していることに注意。そ の『日記』や『書簡集』を愛読しているジャムにとって,彼女は親しい存 在だったのだろう。以下しばらくは

tutoyer

がつづく。「お告げの祝日」は

3

月25日,実際にジャムがウジェニーの館を訪れた日である。

S.9 Chère Eugénie, sur cette neige il y avait des empreintes de pieds d’oiseau, et j’ai posé mes pas sur ces pas délicatement tracés.

いとしいウジェニー,雪の上には 小鳥の足跡があった。ぼくは

かすかに印されたその足跡の上にぼくの足を置いた。

le Cayla

を訪れたときの,ありのままの描写だろう。小鳥に導かれて進

んだという発想。

S.10 O toi qui vois du Ciel comment ces choses sont : que je puisse les voir plus tard à l’unisson de ton cœur, en l’Eté des Résurrections !

おお,あなたは「天」から物たちがどのように

あるかを見ている。いつかあなたの心とひとつになって

「復活の夏の日」に,ぼくも物たちの姿を見たいものだ。

l. 1

ces choses

は,

S. 7 - l. 1

choses

と同じ。天にいるあなたには,物 たちの真の姿が見えるのである。

l. 2

puisse

は願望を示す接続法。

plus tard

は「ぼくが死んだら」の意。したがって「復活の夏の日」も詩人が天 に行く日を意味する。因に

Résurrections

は大文字であるが複数だから,

キリストの復活ではなく,キリスト教徒が天で甦ることを言う。

S.11 ...Sont-ce des colibris verts là où l’Indienne

― ta belle-sœur ― et ses amies rient sous les chênes,

vers le ruisseau ? O pauvres rideaux d’indienne !

(9)

……あなたの義妹のインドの女とその女友達が,小川のほと りの

かしわ

の木の下ではしゃぐとき,みどり色の蜂鳥が

いるだろうか? おお,あわれなインド更紗のカーテンが見 える!

前節の「復活の夏の日」を受けて,天で会えるだろうウジェニーの周囲 の人たちの夏のある日の情景が語られる。

l. 1, l. 2

l’Indienne, ta belle- sœur

は,モーリスの妻を指す。彼女はオランダ領インド(現在のインド ネシア)のバタヴィア(現在のジャカルタ)で生まれ,インドで成長した フランス人。ウジェニーは彼女のことを

Indienne

と呼んだ。

l. 1

の「蜂鳥」

は華やかな色彩の小鳥で,天にふさわしいとジャムは考えたのだろう。

l. 3

のインド更紗のカーテンは多分ジャムがウジェニーの館で見たものだろ う。それが窓辺でゆれているのである。

S.12 Salut, grande âme, ô sœur au front droit comme Dieu, amère et sainte ! Réponds - moi du haut des cieux ? Que vois-tu que je n’aperçoive en ces doux lieux ?

こんにちは,おお,神のように広い額の姉なる方よ,苦く聖 なる

偉大な魂よ! 天の高みから答えてください。

あの快い場所でぼくに見えない何を見ているのでしょうか?

前節でモーリスの妻たちを思いえがいたジャムは,ようやくウジェニー に呼びかける。

l. 1

sœur

という呼びかけは,モーリスの姉だからで,

l. 3

je

とはもちろんジャムである。

l. 2

amère

は「つらい人生を送った」

という意。

l. 3

doux

S. 6

のように「やさしい」と訳すべきかもしれな いが,

S

.

6

からかなり離れているので,統一しなくてもよかろうと考えて

「快い」という訳語になった。ジャムの詩の特徴である頻出する同じ単語 の訳し方には, いつも心悩まされるのである。

S.13 Cette eau est plus courante encor que dans la vie,

l’eau aux yeux bleus comme toi - même. Et la prairie

(10)

majestueuse ne s’éteint plus. Il est Midi.

そこの水はあなたのように青い目で,この世の水より 流れが速い。そして雄大な草原の輝きは

消えることがない。いつでも「真昼」なのだから。

前節で

le haut des cieux

また

ces doux lieux

と言われた場所と現世が比 較され,そこへの憧れがうたわれる。

l. 1

cette eau

S. 11 - l. 3

le ruisseau

の水だろう。

l. 2

toi - même

はもちろんウジェニー。「あなたのように青 い目」とは「あなたの目のように青い」という意味。

S.14 Et le brasier de l’herbe en fleurs chante en dormant.

Et les lourds papillons du nouveau Firmament vont et viennent à la lueur du Tout - Puissant.

花盛りの草は赤く燃えて,眠りながらうたっている。

新しい「大空」の重たい蝶たちが

全能の神の光を浴びて行ったり来たりする。

前節と同様, 天上の様子がうたわれる。

l. 2

le nouveau Firmament

「天上の空」を指すが,

nouveau

は「この世とはちがう」という意味。そ こを飛ぶ蝶は,この世の蝶よりも大きく重いのである。

S.15 Annonciation de l’âme en ce Dimanche...

― Mon frère, que vois - tu ? ― Je vois les fumées blanches que font à l’horizon les chemins qui serpentent.

その「日曜日」,魂の呼びかけがあった……

―― 弟よ, 何か見える?―― 蛇行する道が 地平線につくる白い煙が見えるよ。

天上での姉弟の対話が

S. 17

までうたわれる。

Annonciation

は受胎告知 ではなく,

action d’annoncer

の意。

annonciation de l’âme

はウジェニ ーが心に抱いていたことを弟に告げる行為ととる。つまり

l. 2

の弟に対す

(11)

る問いかけがウジェニーの魂の告知なのである。主日の平安のなかの天上 で姉が弟に真剣に問いかけるという想定である。生前彼の口から聞くこと のできなかった考えを知りたいのである。姉の問いかけに対して,弟は単 に景色が見えると答える。一種の逃げであろう。

l. 2

の「白い煙」は,白 い煙状のもの,つまり白い砂埃ととる。馬車などが上げる砂埃だろう。

S.16 ― Que vois - tu ? Que vois - tu ? ― Cette tapisserie où ma prière et ma pensée anéantie

se brisaient, cette tapisserie si flétrie ...

―― ほかに何か見える? 何か?――タピスリーだよ,

それにぶつかって,僕の祈りと今は捨てた考えが

いつもこわれた,ほら,あの色の褪せたタピスリーだよ……

前節で弟は問わんとすることに答えないので,姉は畳みかける。弟は,

家族の信仰とはちがう

panthéisme

的な祈りとか,今では捨て去ったがか つての社交的な生活への指向が,色褪せたタピスリーに象徴される姉の堅 い信仰の前ではじきとばされたとついに告白するのである。(次節も参照)

S.17 cette tapisserie de ta chambre glacée, cette tapisserie humide où finissait

le monde ― ainsi pour moi ! ― alors que tu vivais...

とても寒い姉さんの部屋のタピスリーだよ,

あの湿っぽいタピスリーのところで,世界は終っていた,

僕にとってはそうだった,姉さんがいたのに……

弟の言葉がつづく。その質素な生活を映して,ウジェニーの部屋は寒く 湿気もある。その部屋のタピスリーで世界が終っていたとは,

S. 16

の「僕 の祈りと今は捨てた考えがいつもこわれた」と同義で,ここでもモーリス のパンティスム的思考が姉の信仰心によって先に進めなくなったことを言 うのである。最後の「姉さんがいたのに……」は,姉にもっと早く従うべ きだった, というモーリスの述懐である。先祖代々のカトリックの道をま っすぐ進まず,

centaure

のいる世界に足を踏みいれたことを悔やむのだろ

(12)

う。因にモーリスは最後はカトリック教徒として死んだ。

S.18 Comment la vois-tu dans cette chambrette austère où ta désolation grande comme la Terre

s’épandait ardemment en muettes prières ?

質素なその小部屋のタピスリーをあなたはどんな目で 見ているのでしょうか。あなたの「地球」のように大きな悲

しみは

沈 黙 の ひ た す ら な る 祈 り と な っ て 部 屋 に ひ ろ が っ て い きました。

姉弟の対話は終る。弟が語ったタピスリーをウジェニーは今天上からど のような思いで見ているのだろうか,とジャムが自らに問うのである。

l. 2

の「地球のように大きな悲しみ」とは,モーリスを正しい信仰の道に連れ もどすことのままならなかった悲しみだろう。ウジェニーの小部屋は言葉 なき祈りで満ちていたのである。

S.19 C’est donc là que tu as appelé mon Dieu, avec des mots si purs qu’ils formèrent ce creux où le croyant qui meurt entre enfin dans les Cieux ?

あなたはその部屋で神を呼びました。

とても清らかなその言葉が洞穴を穿って,

死んでいく信徒が「天」に至る道をつくりました。

前節の「沈黙の祈り」を,

l. 1

で表現を変えて言う。

mon Dieu

S. 7

それと同じ。

l. 2

creux

trou

の意。

l. 3

le croyant

は単数なのでモー リスととる。彼がキリスト教徒として死んだことを言うのだろう。最後の 疑問符は,

l. 1

C’est donc là

を確認するためのそれ。

S.20 Cayla ! Cayla ! Les jeunes filles vagabondes

sont venues. Elles ont noué leurs tresses blondes

aux tresses qu’en courant le soleil fait à l’onde...

(13)

ル・ケイラだわ! ル・ケイラだわ! 旅する娘たちが やってきた。彼女たちのブロンドの三つ編みは

走ると陽を浴びて波のようだった……

ジャムの夢想はとぎれる。ハイキングの娘たちが「ル・ケイラだわ」と 言いながらやってきたことを思いだすのである。詩の調子が変って陽気に

なる。

Cayla

le Cayla

と定冠詞つきの地名だが,アレクサンドランにす

るために

le

を省いた。

l. 2

から

l. 3

にかけての表現は,うまく訳せなかった が,左右の三つ編みの髪を背中の辺でひとつに結んでいる様を言うのだろ う。

l. 3

en courant

の主語は

elles

S.21 Le chat noir, quel est - il dans la noire cuisine ? La giroflée sanglante au perron en ruine comment est-elle donc dans la Cité divine ?

黒猫は黒い台所でどうしているのだろうか?

崩れ落ちた石段の血の色のにおいあらせいとうは 神の「国」でどうなっているのだろうか?

前節の少女たちの思い出に導かれて,ジャムはル・ケイラの館のたたず まいを想起する。黒猫は実際にいたのだろう。ニオイアラセイトウも実際 に花咲いていたのだろう。開花期は

12

月〜

4

月で同種にストックがある。

l. 3

はそれがゲラン姉弟とともに天にのぼったという発想である。その発 想が次節につながる。黒猫もあるいは天にいるのかもしれない。

S.22 L’enclos est éternel, le bosquet éternel, Maurice est éternel, le salon solennel

est éternel ... Ma sœur, vois-moi du haut du Ciel ?

この領地は永遠だ,木立は永遠だ,

モーリスは永遠だ,厳粛な居間も永遠だ……

姉なる方よ,「天」の高みからぼくを見ていてください。

éternel

というのは「天上にも存在する」という意味(S.7, S.8参照)

l. 3

(14)

Ma sœur

との呼びかけは, 地上にいるジャムによるもの(S.12-l.1参照)。最後 の?は「見ていてくれますか」という問い掛けの意味も含んでいることに よる。

S.23 Ton misérable lit de servante du Ciel, je sais que je ne l’ai pas vu tel qu’il est, tel qu’en ce jour d’Annonciation Gabriel

神の召使いだったあなたの粗末なベッド,

それをぼくはあるがままに見なかったらしい,

あのお告げの日,大天使ガブリエルが

ジャムの目にはウジェニーのベッドが粗末だとしか映らなかったのであ る。しかし今はその見方が間違っていたとわかっている。

S.24 le jonchait de perce-neige. Car il est dit, car il est dit, ô vierge amère, à l’introït :

«Des chœurs de vierges près du Roi sont introduits.»

スノードロップをそこに撒いておいたのに。

なぜって,入祭文で,おお,悲しみを知った乙女よ,

こう言われているのだから,「乙女の群れは王のそばに導か れたり」と。

le Cayla

に咲いていた

perce - neige (

英名スノードロップ,和名ユキノハ ナ,冬の終りに白い花をつける

)

を,大天使ガブリエルが撒いたものだと 認識しなかったからである。

l. 2

vierge amère

はウジェニーを指す。弟 その他のことで気苦労の多かった日々を

amère

と表現するのだろう。

l. 3

introït

(入祭文)は,ミサのはじめに聖歌隊がうたう聖歌で,歌詞は「詩編」

から採られている。昭和

24

年発行の『彌撒典書』によれば,お告げの日

(

同書によれば「童貞聖マリア御告の日」

)

の入祭文は「詩編

44,13 - 15ト16

であり,同書によって全文を記すと「民の富める者総て汝の顔を仰ぎ求め ん。処女等

お と め ら

は彼女

の後より王の許に誘

いざな

はれん,彼女

に伴へる者汝

が前に喜 びと雀躍

こおどり

との中

うち

に誘はれん」である。この箇所を新共同訳の聖書に求める

(15)

と,前半は見当らず後半が詩編

45-15

に「彼女は王のもとに導かれて行 く/おとめらを伴い,多くの侍女を従えて」とある。この言葉の解説とし て,先の『彌撒典書』は「入祭文に於て我等は童貞者の元后なる童貞母を 頌め讃へる,聖マリアは総ての童貞者を従えて王に赴く」と言う。

筆者は以前の訳で

Des chœurs de vierges

を「乙女の合唱隊」と訳した が,それは誤りだったようである。ジャムは,この言葉はその日の朝のミ サで聞いたものだと『メモワール』に記した。彼がこの言葉をここに取り 入れたのは,ウジェニーが聖母のもとに,つまり天に召されたことを更に 強調したいからだろう。聖母マリアに受胎を告げた大天使ガブリエルは,

その記念すべき日に,聖母に従った乙女たちの家に花を撒くのだろう。前 節で粗末なものに見えたベッドは,栄光につつまれているのである。

l. 1, l. 2

il

は非人称。

S.25 Béatitude, haies de roses, Juins dorés, baumes, sombres verdeurs des torrides forêts, l’Amour vous frappera de son éternité.

大きな幸福よ,ばらの垣根よ, 金色の「六月」よ,

香り高い薄荷は つ かよ,酷暑の森の小暗い酸味よ,

神の「愛」はお前たちを永遠なものにするだろう。

S. 23

で,ウジェニーのベッドが永遠なるものとなっていることに即座に は気づかなかった詩人は,まず彼女の

béatitude (

福者に選ばれた者が天上 で味わう幸福)を思い,「バラの垣根」から「酷暑の森の小暗い酸味」まで が永遠のものになることを改めて言うのである。「酸味」とはここでは香 りのことだろう。

l. 1

Juin(s)

が大文字になっている理由は明確でないが,

「金色の六月」は小麦の実りの月を意味し,小麦は聖体のパンとなって他 のものよりいっそう永遠なるものとなることを言いたいのだろうか。

l. 3

son éternité

son

l’Amour

の所有形容詞。

S.26 De même que tandis qu’à l’autel villageois le Sacrifice a lieu, il a lieu à la fois

sur l’Autel élevé par la divine Joie :

(16)

同じように、村の祭壇でミサ聖祭が行われているとき,

神の「よろこび」が建てた「祭壇」でも 同時に「ミサ聖祭」が行われているのだ。

l. 2

le Sacrifice

は「キリストの犠牲の再現としてのミサ聖祭」の意。

ミサは天と地で同時に行われることを言う。

S.27 de même notre vie qui se passe sur Terre passe dans l’Infini par le même Mystère,

préparée par chacun, à jamais sombre ou claire.

同じように,「地上」で過ごすぼくたちの生は 同じ「神秘」によって「無限」のなかに入っていく,

人それぞれの生が暗いか明るいかは永遠に決まっているにせ よ。

前節からつづいて

de même que 〜 de même

の構文。

l. 3

préparée, sombre, claire

l. 1

notre vie

にかかる。前節同様, 天と地との関係を述 べる。ただし地上の生は各人一様ではない。

S.28 Les cieux d’Avril veinés comme une agate bleue par les branches à nu des platanes rugueux éclateront laissant enfin voir les vrais Cieux.

ごつごつしたプラタナスの葉のない枝で

青瑪瑙め の うのように縞模様をえがく「四月」の空は輝いて,

やっと真実の「天」を見せるだろう。

地上からも「天」は仰ぎ見ることができる。

l. 1

Avril

の大文字も明確 でないが,ジャムがこの詩節を書いている月が四月だったということは大 いにあり得る。

S.29 Rentrer en soi, à la Face du Dieu vivant,

telle est la Loi. Rien n’est omis, ni le Printemps,

(17)

papillon bleu emprisonné par des enfants,

生ける神の「お顔」の前で,わが身を顧みる,

それが律法というものだ。何ものも例外でない,

「春」も,子供たちがつかまえる青い蝶も,

le Printemps

の大文字は,物みな萌え出ずる春にはわが身を顧みること

少ないための強調か,あるいは次節に述べられるすべての象徴が春だとい う意味か。

S.30 ni le baiser léger d’une enfant scrupuleuse, ni la plaie de mon cœur, ni la jacinthe heureuse qui rougit au parfum d’une gorge peureuse.

生まじめな少女の軽い接吻も,

ぼくの心の傷も,臆病な胸の香りに 顔赤らめている幸せなヒヤシンスも。

前節のつづき。例外でないものを挙げてある。

l. 2

のヒヤシンスは少女の 胸に抱かれているのである。

S.31 Triple cri de la haute alouette enrouée, jacassements dans les sapins, qui éveilliez de blonds sommeils épanouis sur l’oreiller...

揚雲雀

あ げ ひ ば り

がしゃがれた叫びを三倍にし,

もみ

の木立で小鳥がさえずりはじめると,

枕の上で花咲いたブロンドの眠りが目を覚ました……

l. 2

qui

の先行詞は

triple cri

jacassements (

もとはカササギなどのに ぎやかな鳴き声

)

を受ける記されていない

vous

sommeils

が複数なのは 日々の眠りを指すのだろう。目覚めるのはもちろんウジェーヌ。ジャムが 推測する彼女の朝の状況である。

l. 3

の枕の上にブロンドの髪がひろがる 様を言う。ただし,ウジェーヌの髪は褐色ないし栗色だったようだ。詩的

(18)

あや

だろう。

S.32 Que seront, que seront ces rires et ces cris, quand Dieu, levant le store bleu de l’Infini, illuminera tous ces nids et tous ces lits ?

あの笑い声,あの叫びはどうなるのだろう?

神が「無限」の青い日除けを上げて

すべての小鳥の巣,すべてのベッドを照らすとき。

朝の情景である。住人が死んだあとの館の内部がどういう姿になるかを あえて自問する。もちろん選ばれた者たちは,関係ある地上のすべての物 とともに天に行くのであるが。

S.33 Tout ce que l’on peut voir, il faut que l’on le voie, que l’on entende aussi parler toutes les voix, et que l’on touche et que l’on sente les lilas

見ることができるものをすべて見なければならない, すべての声が話すのを聞かなければならない。

リラに触れ,その匂いをかがなければならない。

永遠の国での情景を知るためには,まず地上にあるものを,見,聞き,

触れ,嗅ぐべきである。ものたちの姿が見えてこないにしても

( S. 7)

。こ の詩節は詩人の心構えでもあるのだろう。

S.34 qui, dans le parc, au seuil de cet autre Univers, fondent à ce Soleil le feu de leurs cœurs clairs, ô Cayla ! leurs cœurs plus transparents que l’air...

リラは, 庭のもうひとつの「世界」の入口で

あの「太陽」を浴びて,その明るい心の火を溶かしている。

おお,ル・ケイラよ! あそこではリラの心は大気より透明 だった……

(19)

ジャムがル・ケイラを訪れたとき,もちろんリラの花は咲いていない。

花咲いたときの情景を思い浮かべるのである。庭は天と直接つながってい て,花盛りの薄紫色のリラは太陽を浴びて火の色となる。

l. 3

の「空気よ り透明」というのは,リラの心が詩人にはよくわかる,天にのぼりたがっ ている心がはっきり見える,ということなのだろう。

S.35 Je vous reporterai, ô choses du Passé à qui ma poésie prêta tant de beauté, je vous reporterai où il faut que vous soyez !

お前たちを連れていきましょう,おお,わたしの詩が 多くの美を与えた「過去」の物たちよ,

わたしはお前たちを,あるべき場所に連れていきましょう!

この詩節から

S. 39

までウジェニーの言葉。前節の「……透明だった」

を受けて,ウジェニーが語りだすのである。

l. 1

の「過去の物たち」とは

「過去にウジェニーの周囲にあったものたち」の意味だろう。

Passé

が大文 字なのは

S. 36- l. 1

Futur

と対をなすため。

l. 2

ma poésie

について言え ば, ウジェニーは数は多くないが詩も書いている。しかしジャムの心のな

かでは

Poésie

という言葉は,詩だけにとどまるのではなく『日記』も『手

紙』も含んでいるのだろう。

S.36 Je vous reporterai au Futur où vous êtes.

Je me trompais quand je pensais, fraîches coudrettes, qu’aucun vers ne logeait au creux de vos noisettes.

お前たちを「未来」に連れていきましょう。そこが本来の居 場所ですから。

さわやかな榛

はしばみ

の若木よ,お前たちの実のなかには

何の詩も宿っていないとわたしが思ったのは間違いでした。

前節の

l. 3

の「あるべき場所」が「未来」つまり天ということが明確に なる。

l. 2, l. 3

は一木一草も詩にうたうに価することを言うのだろう。ここ にもジャムの詩についての持論の開陳があると見たい。

(20)

S.37 Ce que j’imaginais dans sa suprême essence, ce dont je faisais une ancienne romance, c’étaient les visions du Ciel qui nous devancent :

わたしが最高の姿として思いえがいていたもの,

わたしがそれで古風な抒情詩をつくったもの,

それは,わたしたちより先にある「天」のヴィジョンでした。

l. 2

une ancienne romance (

古い時代のロマンス

)

の意味は必ずしも明 確でないが,このロマンスは「素朴な抒情詩」といったほどの意味で,

S. 35 - l. 2

ma poésie

とほぼ同義であると思われる。ある特定の詩ではあ るまい。従ってこれにも,天への憧れを記した『日記』などが含まれると 考えておこう。さしあたって「古風な抒情詩」と訳しておく。筆者の考え では,ウジェニーにかこつけて,ここでもジャムの詩論が展開され,これ からの彼の詩の方向が示されるのである。

S.38 O jambes nues dans l’eau tiédie par le solstice ! O robes chastement serrées entre les cuisses ! O racine où se réfugient les écrevisses !

おお,夏の盛りの生ぬるい水に浸した足よ!

おお,腿のあいだにつつましく挟んだドレスの裾よ!

おお,ざりがにが逃げこんだ木の根よ!

ここでは天のヴィジョンの具体例が示される。それは地上での幸せな情 景と変ることがない。ウジェニーの日記,手紙にこれに類する場面がある のかもしれない。

S.39 Vous vivez de votre splendeur spirituelle, vous existez encor, vous êtes encor réelles, vous existez, car la beauté est immortelle.

お前たちはお前たちの心を輝かせて生きている。

お前たちは今なお存在する,お前たちは今なお実在する,

(21)

お前たちは存在する,美は不滅ですから。

この詩節の

vous

は直接には

S. 38

jambes, robes, racine

を受けている が,

S. 35

vous

ともつながっている。生前のウジェニーをとりまいてい たもの,あるいは彼女が見たものはみな美しかった。そしてそれはボード レールも言うように不滅なのだ。ここでも詩人ジャムの顔がのぞく。

S.40 Eugénie, Eugénie, tu me parles tout bas.

Nous savons que sur la terrasse où tu rêvas, tu revis. Mais, hélas ! nous ne te voyons pas.

ウジェニー,ウジェニー,あなたがぼくに話す声はとても 低い。

あなたが夢見たテラスにあなたが生き返っていることを ぼくたちは知っている。でも,ああ,ぼくたちにはあなたが

見えない。

S. 35

から

S. 39

までのウジェニーの言葉を,ジャムは自分に話してくれ るものとして聞いていたという設定である。ル・ケイラの館にはテラスが あって,生前のウジェニーが好んだ場所のひとつだった。

S.41 Mais l’ange familier des choses invisibles,

mais les saints voient encor sur ton chapeau flexible les iris qui l’ornaient renaître incorruptibles.

でも見えないものが見える天使なら,

聖人たちなら,あなたのやわらかな帽子を飾る

アイリスが,朽ち果てずによみがえっているのが見えるはず だ。

S. 40

の「ぼくたち」に見えないものが見える者たちがいる以上,先のウ ジェニーの声は間違いなく彼女のものである。

S.42 Eugénie, c’est au mois de Mai que vous mourûtes,

(22)

au blanc mois de Marie. On entandait la flûte d’un enfant se mêler au bruit d’eau de la chute.

ウジェニー,あなたが死んだのは「五月」 マリアさまの白い月だった。少年の吹く 横笛の音色が滝の水音にまじっていた。

ウジェニーが死んだのは

1848

5

31

日だった。注目すべきは,今ま で彼女に

tu

で語りかけていたのが,ここから

vous

に変ることである。日 本語に翻訳する場合,ともに「あなた」とするほかなかったが,彼女の死 を明言することによって,死者に対する敬意を表わすべきだとジャムは考 えたのだろう。

l. 2

mois de Marie (

聖母の月

)

5

月のこと。

blanc

は汚 れなさを示す。

S.43 Et puis tout fut. Eugénie, vous vous en allâtes.

On entendit glisser à peine les savates de la servante. Et le chien mit entre ses pattes

。ウジェニー,

あなたはこの世を去った。ねえやの古靴が足音を しのばせて歩く。犬が泥まみれの鼻づらを

l. 1

のイタリックの文は引用とも思えるが不明。すべてがゆるぎなく存 在するのは死後に於てである,ということを強調していると解しておこう。

l. 2

以下はウジェニーの臨終の想像的描写。

S.44 son museau plein de terre. Et Dieu vous accueillit.

Au nom du Père et du Fils et du Saint-Esprit.

Ainsi soit-il. Votre ange vous avait suivie.

前足のあいだに置く。そして神はあなたを迎えた。

父と子と聖霊のみ名によって。

アーメン。あなたの天使があなたに付き従った。

(23)

l. 1

vorte ange

は守護天使である。

S.45 Dans l’ineffable ardeur de l’Amour spirituel, il était à genoux, offrant à l’Eternel

cinq ou six giroflées du perron paternel.

霊的な「愛」のはげしい熱につつまれて 天使はひざまずき,「永遠なる者」に

家の石段のにおいあらせいとうを本捧げた。

l

.

1

は天使のウジェニーへの愛の深さを言う。

l’Amour spirituel

は「天 使の愛」のこと。ニオイアラセトウは

S. 21

のそれである。

l. 3

perron

paternel

は「父親の家の玄関前の石段」の意。つまりウジェニーが住んで

いた家である。ウジェニーの父は娘に遅れることほぼ半年,

1848

12

に死んだ。

S.46 Et Dieu, dans la simplicité de sa grandeur, prenait, ô Eugénie ! ces misérables fleurs qui rayonnaient alors d’être dans sa Lueur.

神はその偉大な気取りのなさによって,

おお, ウジェニーよ,そのみすぼらしい花をお手にとった, 花はそのとき「神の光」に当って光り輝いた。

神はどんなみすぼらしいものでもお受けとりになるし,それは天上では 神の光によって輝くのだ。

S.47 Et, dans le plus profond de votre âme éclairée, amie qui m’entendez, à jamais s’étendait l’équateur des Pays de la Sérénité.

そしてあなたの魂も明るく照らしだされ,

その奥深くに,ぼくを理解してくれる女友達よ,

「清澄の国」の赤道がとこしえに伸びていった。

(24)

ウジェニーの魂も当然神の光に照らされる。「清澄の国」はもちろん神 の国の意で,その「赤道」は

l. 1

éclairé(e)

から導きだされた単語。太陽 にもっとも照らされるのは赤道である。従って

l. 3

は「明るい神の国」と 同義だろう。

l. 2

amie

はウジェニーで,

S. 6

mon amie

とは無関係。

S.48 ...La flûte d’aulne frais qui mêlait son soupir au vôtre, à ce moment où vous alliez mourir, chantait encor sans que semblât que dût finir

……あなたが死のうとしていたとき,その溜息を

あなたの溜息にまぜていたさわやかな榛はんの木が吹く横笛は うたいつづけ,いつ果てるともわからぬまま

l. 2

le vôtre

votre soupir

soupir

dernier soupir

の意。

l. 3

semblât

の主語は省略された非人称の

il

l. 1

la flûte

S. 42- l. 2

のそれと は無関係。

S.49 cette humble pastorale enfin divinisée.

Et vers les véritables prés ce chant montait, calme. Et calme, l’Agneau de Dieu là reposait...

そのつつましい牧歌曲パ ス ト ラ ルはついには神の讃歌となった。

そして真の牧場の方へ昇っていった,穏やかに。

そして穏やかに「神の子羊」はそこに休んでいた……

l. 1

が前節最後の

dût finir

の主語。「つつましいパストラル」とは, 前節 の榛の木の横笛つまり榛の木を通りぬける風のひびき。

divinisée

revêtu

d’un caractère sacré

の意だが,これは結局「神を讃美する」ことである。

l. 2

の「真の牧場」はもちろん「神の国の牧場」の意。

S.50 Cependant que, le long du ruisseau, la Colombe

se promenait, ardente, et couvrait de son ombre,

en passant devant lui, le Lys miré par l’onde.

(25)

小川のほとりでは「白鳩」が火と輝いて 歩きまわり,流れに姿を映している

「百合」の前を通るとき,その影で覆ってやった。

l. 1

la Colombe

は白鳩で,キリスト教では聖霊の象徴。

l. 2

ardente

は「人々を信仰に導くために燃えている」の意だろう。

l. 3

le Lys

は「百 合」または「白百合」で純潔の象徴。中世では聖母の象徴だったが,ここ ではそうではあるまい。この詩節は天の国の美しさ, のどかさ,やさしさ を言うのだろう。

S.51 Que grande et douce fut votre béatitude, quand vous revîtes, mais exempt de décrépitude, l’arbre sous qui vous vous asseyiez d’habitude,

あなたのよろこびはいかに大きくしみじみしたものだったこ とか!

あなたたちが日ごろその下に座った木が もう朽ちることなく目の前にあったのだ。

l. 1

votre

は「ウジェニーの」の意。

l. 2

vous

もウジェニーを指す。

しかし

l. 3

vous

は次節で明確にされるように,「あなたたち」つまりウ ジェニーとモーリスである。なお,

l. 2

はこの詩のなかで唯一

13

音節の詩 句である。

S.52 Maurice et vous, afin de mieux croire et rêver ! Maurice, il était là. Vous êtes arrivée.

Il a ouvert les bras. Il vous a dit : Ave !

モーリスとあなたは,もっと神を信じ,もっと夢見るために そこに座ったものだ。モーリスはもうそこにいた。

あなたがやってきた。彼は腕をひろげて「やあ!」と言っ た。

二人がその下に座った木は,もちろんル・ケイラにあったものである。

(26)

それが天にもあるという発想。

l. 1

croire

croire en Dieu

ととる。

l. 2

はモーリスが天上の木の下にいたのである。モーリスが死んだのは

1839

7

19

日。ウジェニーの死よりも

9

年ほど前である。

l. 3

Ave

Ave

Maria (

天使祝詞

)

ではなく,ラテン語の語源に近い

salut

の意味だろう。

S.53 Vous vous êtes assis tous deux comme autrefois, comme attendant encor cette heure du repas qu’indiquaient les constellations sur les bois.

あなたたちは二人で座った,昔のように。

森の上に昇る星座が食事の時間を

教えてくれるのを待っていたころのように。

食事をつくるのは,ねえやたちである。

S.54 Eugénie, «dans ce Ciel qui ne passera pas,»

(c’est vous qui, une nuit, écrivîtes cela), avez - vous prié Dieu pour le ciel du Cayla ?

ウジェニーよ,「過ぎ去るもののない天にいて」

ある夜,あなたはこう書いた

あなたはル・ケイラの空のために神に祈っただろうか?

l. 1

のウジェニーの言葉の出典は,今の所まだ見つからない。

S.55 ...Orion s’élevait, uni à la cadence

des mondes et planant dans le mortel silence où l’âme, déployant ses ailes, se balance.

……オリオンが昇った,宇宙のリズムに合わせて,

魂が翼をひろげて舞い立とうとする 死のような静寂のなかをゆったりと。

オリオンは

S. 53

の「星座」

S. 54

の「ル・ケイラの空」に導かれた語だ

(27)

が,これを見ているのは,あるいは見ていると想定するのはジャムである。

オリオンは冬にしか見られない星座だから,この詩を書いている時期* 見られたかは不明である。ル・ケイラで見たという推測も可能だが,彼は 夜まではその地に留まらなかったようである。いずれにしても,オリオン が昇るのを,ジャムは見ている,あるいは見ていることにするのである。

l. 2

des mondes

は「天地」とか「宇宙」といったニュアンス。宇宙の運

行に従って,静まりかえった夜の空をオリオンが昇っていく。ウジェニー とモーリスがいる天の方へ。そしてジャムの魂が(

l. 3

l’âme

はジャムの 魂ととる) 飛び立とうとして,翼をひろげて,身体をゆする

( se balancer )

のである。

*この詩は1906 年3 月から5 月15 日にかけて書かれた。(Robert Mallet 前掲書P.241 参照)

S.56 Je viens à vous, ô morts ! Vers vous va ma prière.

Mon Dieu aux pieds blessés entre dans ma chaumière.

Comment le recevoir ? Je suis dans la misère.

ぼくはあなたたちの所に行く,おお,死者たちよ!ぼくの祈 りも

あなたたちに向かう。神さまが足を痛めながらも隔屋までい らした。

どうやって迎えようか? ぼくは貧しすぎる。

前節をうけて,ジャムの叫びが発せられる

( l. 1)

。「死者たち」とはもち ろんウジェニーとモーリスである。

l. 2

は彼が信仰に目覚めたこと,神が 彼を受けいれたことの表現だが,「足を痛めた」というのは,神を迎えい れるのに手間どって,神を疲れさせたという意味だろう。この神の姿は巡 礼者を思いわせる。また

l. 3

を見るとギリシア神話のピレモン

Philémon

とバウキス

Baucis

の物語への連想もある気がする。この神話はジャムの お気に入りで,彼の作品にはしばしば登場するのである。

S.57 C’est lui que vous voyiez jadis au Cayla,

lorsque le voyageur sous la modeste Croix

s’agenouillait au carrefour blanc qui poudroie.

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