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全文

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預貯金の払戻しを受けうる地位は

財産上の利益たりうるか

――東京高裁平成 21 年 11 月 16 日判決を契機として――

内海 朋子

1 はじめに

 従来、2 項強盗罪にいう財産上の利益については、強盗罪が移転罪であるこ とから、利益の移転性が要求されてきた。すなわち、移転罪の不法実体は、排 他的に利益を享受・支配していた者が、その利益を奪われ、その奪われた利益 自体が犯人又は第三者の排他的な支配・享受下に移動するところに存するた め、移転性を欠く財産上の利益の場合、強盗利得罪は成立しないとされる。  ところが、近時、住居侵入後、キャッシュカードの窃取に着手し、いつでも 容易にその占有を取得できる状態に置いた上で、キャッシュカードの占有者に 脅迫を加えてキャッシュカードの暗証番号を強いて聞き出した行為につき、2 項強盗罪の成立を認めた東京高裁平成 21 年 11 月 16 日判決が出された1)。東 京高裁平成 21 年判決で注目すべきはキャッシュカードを用いて ATM から預 貯金の払戻しを受けうる地位につき、独自の財産上の利益としている点である。 このような理論構成は、東京高裁平成 21 年判決が財産上の利益における具体 性・現実性要件を緩和することによって可能となった。しかし、このような要 件の緩和については、十分説得的ではないとする見解も多くみられる2)。そこ

論 説

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で、本稿では、預貯金の払戻しを受けうる地位が財産上の利益であるとして、 口座名義人に対する暴行・脅迫を伴う暗証番号の聞き出し行為が 2 項強盗を構 成するかを検討してみたい。

2 東京高裁平成 21 年 11 月 16 日判決

(1)事実の概要

 X は、金品窃取の目的で、無施錠の玄関ドアから被害者方に侵入し、台所兼 居間で A が寝ていることを確認するとともに、隣の南側和室に財布が入った バッグがあることを発見し、A が目を覚ましてもすぐには見えない同和室の 隅の壁際に同バッグを移動した上で、中から財布を取出して中身を確認した。 同財布内に現金は 6000 円程度しか入っていなかったが、数枚のキャッシュカー ドが入っていたことから、X は A を包丁で脅して暗証番号を聞き出し、キャッ シュカードで現金を引き出そうと決意した。X は帰る際に持って行けばいいと 考えてキャッシュカードの入った財布を同和室の隅に置いておいたバッグに戻 した上、包丁を台所から持ち出し、これを A に突き付けながら、「静かにしろ。 一番金額が入っているキャッシュカードと暗証番号を教えろ。暗証番号を教え て黙っていれば、殺しはしない。」などと言って脅迫したところ、A は、やむ なく本件口座の暗証番号を教えた。

(2)本件における争点

 第一審判決は、① X が A から窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を聞 き出したとしても、財物の取得と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産 的利益を得たとは認められないとし、また、②刑法 236 条 2 項の「財産上不法 の利益」について、「移転性」のある利益に限られ、同項に該当するためには、 犯人の利益の取得に対応した利益の喪失が被害者に生じることが必要であると 解した上で、X が上記のとおり暗証番号を聞き出したとしても、キャッシュ

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カードの暗証番号に関する情報が A と X との間で共有されるだけで、A の利 益が失われるわけではないから、X が「財産上不法の利益を得た」とはいえな いとして、強盗罪の成立を否定し、強要罪が成立するにすぎないとした。  これに対し東京高裁平成 21 年判決は、①の点につき、「X が A から窃取に 係るキャッシュカードの暗証番号を聞き出すことは同人名義の預貯金口座から 預貯金の払戻しを受け得る地位を得ることにほかならず、この地位を得ること は、財物の移転と同視できる程度に具体的かつ現実的な財産的利益を得たもの ということができ」るとし、「キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者に 暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞 き出した場合、犯人は、現金自動預払機(ATM)の操作により、キャッシュ カードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、 被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる。こ のようにキャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預 貯金者のごとく、事実上当該預貯金を支配しているといっても過言ではなく、 キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益と みるのが相当であって、キャッシュカードを窃取した犯人が被害者からその暗 証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得す るわけではないものの、同キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、 ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産 上の利益を得たものというべきである」、とする。  また、②の点に関しては、「いわゆる 2 項強盗の罪が成立するためには、財 産上の利益自体が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必要でな く、被害者が不利益を被る反面、行為者が利益を得るという関係にあれば、行 為者の利益と被害者の不利益の間に完全な対応関係がなくてもよい」、とした。 すなわち、「原判決は、刑法 236 条 2 項の財産上の利益は移転性のあるものに 限られるというのであるが、2 項強盗の罪が成立するためには、財産上の利益 が被害者から行為者にそのまま直接移転することは必ずしも必要ではなく、行

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為者が利益を得る反面において、被害者が財産的な不利益(損害)を被るとい う関係があれば足りると解される(例えば、暴行、脅迫によって被害者の反抗 を抑圧して、財産的価値を有する輸送の役務を提供させた場合にも 2 項強盗の 罪が成立すると解されるが、このような場合に被害者が失うのは、当該役務を 提供するのに必要な時間や労力、資源等であって、輸送の役務そのものではな い。)。そして、本件においては、X が、ATMを通して本件口座の預金の払戻 しを受けることができる地位を得る反面において、A は、自らの預金を X に よって払い戻されかねないという事実上の不利益、すなわち、預金債権に対す る支配が弱まるという財産上の損害を被ることになるのであるから、2 項強盗 の罪の成立要件に欠けるところはない」、というのである。

(3)その他の裁判例

 ① 東京高裁平成 18 年 11 月 21 日判決3)  被告人 X は消費者金融者である A 社の自動契約機コーナーにおいて自動契 約機を操作し、知人である B になりすまして住所、氏名、生年月日等を入力 してプラスチックカードの発行を受けた。その上で、X は B 名義作成の極度 借入基本契約等の申込書を偽造し、別途詐取していた B の国民健康保険被保 険者証と共に自動契約機に読み取らせ、自動契約機とオンライン接続された 端末機に送信し、極度借入基本契約等の申し込みを行った。この方法により、 X は端末機の表示を閲覧した A 社の担当者をして正式な申し込みと誤信させ、 先に X が発行を受けていたプラスチックカードを利用限度額 30 万円の範囲で 繰り返し借入れができるカードとして利用可能にさせた(以上、本件行為とす る。なお、その後、X は当該カードを利用して現金自動借入返済機から現金 30 万円を引き出している)。  第一審判決は本件行為につき 2 項詐欺罪が成立するとの検察官の主張に対 し、X は貸付について何らの請求権も取得することはなく、カードによる融資 を拒否することができるとし、本件行為は後に当該カードを利用して融資を受

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けるための準備的な手続として行われたにすぎないとし、キャッシングカード による借入れが事実上可能になったということ自体は、現実的な経済的利益と はいえないとした。  これに対し、東京高裁平成 18 年 11 月 21 日判決は、当該プラスチックカー ドを使用すれば、暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、現金自 動借入返済機により、利用限度額の範囲で現金の借入れが可能になるのである から、事実上の経済的利益を得たものと認めることができ、246 条 2 項の財産 上の利益を得たものといえるとした。なお、本件行為後に現金を引き出した行 為については別途窃盗罪が成立し、2 項詐欺罪とは併合罪の関係にあるとされ た。  ② 神戸地裁平成 19 年 8 月 28 日判決4)  被告人 X は、金品窃取の目的で A 方に侵入し、現金と金融機関のキャッシュ カード 2 枚を窃取し、暗証番号を推測して ATM から現金を引き出そうとし たが、暗証番号が間違っていたため、現金の引き出しに失敗した。そこで宅 配業者を装って A 方に侵入し、「キャッシュカードの暗証番号を言え。」など と申し向け、鉄パイプで A を殴りつけ、その後金品奪取の意図で殺意をもっ てさらに A に暴行を加えた。その結果 X は A の反抗を抑圧したものの、A が キャッシュカードの暗証番号を言わなかったため、A の預貯金を引き出すに はいたらなかった。X の暴行により A は死亡した。  神戸地裁平成 19 年 8 月 28 日判決は、キャッシュカードとその暗証番号があ れば、ATM を用いて、機械的かつ確実に預貯金口座の金銭を入手することが できるという、ATM を利用した場合における今日の預貯金の払戻しの取引実 態に鑑みると、キャッシュカードと暗証番号を併せ持つことは、ATM を操作 してその預貯金残額の範囲内で金銭の払戻しを受ける地位を得ることであると いえ、このような経済的利益は 236 条 2 項における財産上の利益として、財物 と同様に保護するのに十分な具体性、現実性をもった利益であるとした。そし

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て検察官の主張を容認し、2 項強盗(殺人)罪の成立を肯定した(もっとも、 2 項強盗自体としては未遂にとどまる)。

3 口座の占有について

(1)預貯金の引き出し行為とその被害

 キャッシュカードを用いて正当な権限なく現金を引き出す行為については、 ①キャッシュカードの占有の移転、②暗証番号情報の入手、③ ATM における 現金引き出し行為が必要である。そして、時系列的には基本的には①から③へ という流れで行われるのが通常であろう(①と②が入れ替わることは考えられ る)。①から③の各段階で行為者が手にいれる財産的な価値については、①で はキャッシュカードそのもの(財物)、②では預貯金の払戻しを受けうる地位(東 京高裁平成 21 年判決によれば財産上の利益、ただし行為者にキャッシュカー ドの占有があることが前提)、③では預貯金者の預貯金の払戻し請求権の行使 (財産上の利益)、およびその結果得られる、ATM 内の、金融機関が占有して いる現金(特定の日本銀行券としての財物)、あるいは預貯金者が占有してい る預貯金(財物)がひとまず考えうる。   このように、③の段階では、ATM 内の現金、預貯金者が有している預貯金 の占有、預貯金の払戻し請求権の、3 つの財産的価値を考えることができ、被 害者も異なりうる。ATM からの現金引き出し行為については、横領罪におけ るような、預貯金者の預貯金に対する占有といった概念を認めると被害者は預 貯金者である。しかし、ATM 内の現金は当該 ATM を管理している金融機関 の所有・占有にかかるものであって、預貯金者を脅して ATM の前で暗証番号 を聞き出して現金を引き出し、それを奪取する行為については、金融機関に対 する奪取罪が成立するのみである。これに対して、預貯金の払戻し請求権の行 使による預貯金債権の消滅という被害については、被害者はいうまでもなく預 貯金者である。

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(2)金銭における占有

 そこで最初に、強盗罪のような奪取罪においても、横領罪におけるように預 貯金者の預貯金に対する占有を観念しうるかを検討してみたい。(1)で述べた 通り、預貯金者の預貯金に対する占有という構成を強盗についても採用すれば、 暗証番号を預貯金者から聞き出して ATM から現金を引出す行為につき、預貯 金者を被害者とする 1 項強盗も考えられる。しかし、預貯金に対する占有とい う構成は、非移転罪である横領罪に限って例外的に認められているにすぎない ため、強盗罪についても同じように考えうるかについて問題となる。  強盗罪を含む移転罪では、占有という概念は、保護の対象としてのそれを指 し、移転罪については財物に対する事実的支配や管理を被害者から奪うことに より、財物の現実的な利用が妨げられるという点に、その違法性の実質がある と考えるなら、占有の概念もそれにあわせて実体を伴う現実的なものでなくて はならない。そして当該物を事実上支配することにより得られる利益とは何か については、具体的には財物の利用可能性と交換価値という 2 つの価値が考え うるとされる5)。それでは、金銭の場合にこの 2 つの価値の侵害はどのように 理解されるべきであろうか。  まず、財物の利用という観点からは、金銭においては、減耗による価値の低 下という現象は生じない。1 万円札が摩耗しても、その金銭的価値が減弱する ことはない。金銭の機能は、もっぱら他の財・サービスとの交換価値にあり、 その流動性の高さ6)がその利用価値の高低を決定するといえる。  例えば窃盗罪において、行為者が一度占有を確立した後、当該物を被害者へ 返還する場合、行為者が占有を確立していた間における物の利用につき、その 利用についての経済的価値が著しく低い場合には、窃盗罪が不成立となること がある7)。これを占有奪取による価値侵害という観点から考えると、当該物の 経済的価値が低く短期間の利用価値はわずかであること、また物の使用による 価値の減耗も短期間の利用であるが故に僅少であれば、交換価値も返還により

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ほぼ完全に回復されることになり、(不法領得意思の問題とするにせよ、客観 的な被害の問題とするにせよ)処罰に値する違法性を欠くと考えられる。しか しながら、現金の場合には、奪取された金銭の金額が極めて少ない場合を別と して、いったん奪取された現金がその後たとえ被害者に返還されたとしても、 その間、他の財・サービスとの交換の機会が失われるのであって、流動性の 高さという現金の本質的価値が失われることとなり、(量刑に影響することは あっても)窃盗罪の成立そのものを否定することはできない。  一方、非移転罪の横領罪においては、対象物が、すでに行為者による影響力 を及ぼしうる状態に置かれていることによって、行為者にとって所有権侵害が より誘惑的になるという点にその特徴が見いだされ、そこで問題となる占有 は、保護の対象ではなく、所有権侵害の手段であり、濫用可能な支配力が行為 者に備わっていれば足りるとされる8)。そして、通説・判例は、委託者との間 に、委託された金銭を自己の預貯金口座に入金して管理するという合意があっ たが、預貯金状態でこの金銭を流用した場合、預貯金に対する占有を認めるこ とにより横領罪の成立を認める。  例えば神出兼嘉は、委託者から預かった現金を一時的に保管する方法として 行為者名義の口座に当座預金として預け入れた場合に「当初ヨリ委託金ヲ手中 ニ占有スルト同一ナリ」とした大審院大正 9 年 3 月 12 日判決9)を挙げつつ、 本判決は「預金者が預金した金銭をいつでも自由に払戻し受けることができる 地位にあることを、預金に対する占有を認める根拠としている」として評価す る。そして、極めて代替性の高い性質をもつ金銭については、その授受が行わ れる場合には、「物」としての特定は通常問題とならず、「価値」の特定だけが 重視されるという特色があり、預金はあたかも現金を自分の金庫へ保管するの と同じであると主張する10)  確かに、横領罪における場合には、委託がなされている間は当該現金を流通 させないことについて委託者側の同意があるから、委託されている間に他の 財・サービスと交換しえないという機会の損失については、違法評価の対象と

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はならない。そして、摩耗の程度などによって価値が変動する一般の動産(特 定物)とは異なり、代替物による交換価値の完全な補填も可能であるから、例 えば金銭の一時的な流用についても、窃盗罪の場合とは異なり、横領罪を構成 しないと考えることができる。さらに、ある現金を、現金への交換可能性が極 めて高く、流動性が高い預貯金に交換したとしても、交換価値の侵害はないか ら、預貯金は現金とほぼ同視でき、横領罪において預貯金の流用を現金の流用 と同等に評価しうるという結論が導かれうる。  しかしながら、預貯金の流動性の高さのみを理由に、移転罪においても横領 罪におけるのと同様に、預貯金に対する占有という概念を想定すべきかについ ては、問題がある。移転罪についても、例えばいわゆる振り込め詐欺において、 被害者から犯人側への振込入金について、口座名義人の預貯金に対する「自由 処分の可能性」が現金に対するそれと実質的に変わらないことを理由に 1 項詐 欺を認めるとする見解がある11)。しかしながら、振込のような預貯金の処分 は銀行業務の電子化により迅速に行われうるとしても、常に銀行を介して行わ なければならず、引き渡しによって所有権が常に移転する現金に比べ、著しく 複雑な過程を経なければならないことが指摘されている12)。また、横領罪に おける「預金者が預金した金銭をいつでも自由に払戻し受けることができる地 位」とは法律的占有者が有する地位を意味し、そのような地位にある者は銀行 に対して払い戻しの有効性を主張できるが、移転罪においては、行為者は振 り込まれた金銭に対して法的根拠に裏付けられた占有を有しているわけでは ないから、当該預貯金を現金同様に自由に処分しうるわけではないと考えら れる13)。したがって、預貯金者を脅して ATM から現金を引き出させる行為(あ るいは他の口座に現金を振り込ませる行為)は、預貯金者の預金に対する占有 を奪う行為として評価されるべきではなく、預貯金者との関係で預貯金債権を 減少・消滅させる行為として 2 項強盗が成立するのみと考えるべきであろう。

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4 学説の諸相

(1)2 項強盗の成立を認める見解

 ① 古宮の見解  預貯金の払い戻しを受けうる地位が、財産上の利益といえるかについて、古 宮久枝は東京高裁平成 21 年判決の結論を支持する14)。まず、財産上の利益が、 財物の取得と同視しうるだけの具体性・現実性を具備しなければならないとさ れている点について、刑法は財産上の利益を保護する規定を、財物保護の規定 とは別個に設けているのであるから、財物そのものを獲得するにいたっていな いことを理由として、具体性・現実性を否定するのは妥当でないとする。そし て東京高裁平成 21 年判決の事案では、行為者は現金あるいはそれに匹敵する 財産上の利益を獲得することを企図しているところ、暗証番号の聞き出しは現 金に匹敵する財産上の利益を得ることになるとする。  しかしながらまず、暗証番号そのものは情報であり、情報が財産上の利益に 含まれるためには、債務免脱説・有償労務説のいずれの立場に立つにせよ、金 銭的価値に換算しうる必要がある15)。キャッシュカードの暗証番号そのもの はただの数字の羅列にすぎず、何等かの経済的利用価値がある情報ではない。 また、入手に当たって何等かの対価を支払わなければならない性質の情報でも ない16)。このように、暗証番号そのものを財産上の利益と考えることはでき ない17)  この点、東京高裁平成 21 年判決は、「預貯金の払い戻しを受けうる地位」を 認めるにあたって、ただ単に暗証番号を取得することだけではなく、占有をほ ぼ確立したキャッシュカードを要求している。このように、何らかの形ですで に他人のキャッシュカードを占有している者がさらにその暗証番号を入手する 場合には、預貯金の払戻し請求を金融機関側になしえ、ATM 等を介して、預 貯金額までは現金を引き出しうるという事実上の経済的利益を享受しうるよう にも思われる。そうだとすると、キャッシュカードの占有者については、暗証

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番号という情報について、経済的な利益を見出すことができそうである18)  しかしながら古宮がいうように、これを現金の獲得とほぼ同視できるかは疑 問である。まず、預貯金それ自体が現金と同視できるかについては、3(2)で 述べた通り、否定的に解すべきである。古宮は、「カードを確保しながら、そ の暗証番号が何番であるかを知っている状態は、社会的にはその預貯金を引き 出し得る地位にあるといえ、債権を法的に獲得するわけではないとしても現実 には債権行使をし得る状態を得る」とする19)が、横領罪のように行為者に預 貯金債権引き出しについての法的権限を付与されている場合とは異なり、預貯 金を事実上引き出しうる状態にあるからといって、その事実によって預貯金者 の預貯金に対する占有が行為者に移転するわけではない。また、払戻しを受け る地位を得ることは、ATM 内の金融機関の占有する現金の取得、ないし預貯 金者の金融機関に対する預貯金の払戻し請求権の行使という行為者の最終目的 を達成するための準備作業にすぎない20)。人を欺いて財物を交付させるに当 たり、まず引渡請求権を取得した上でそれに基づいて財物を取得するという場 合でも、請求権取得の段階で 2 項詐欺の既遂となるのではなく、1 項詐欺の未 遂と考えるのが妥当であろう21)。キャッシュカードを用いて ATM から預貯 金の払戻しを受けうる地位を独自の財産上の利益と構成してしまうと、本来預 貯金引き出しについての準備行為や未遂行為を既遂としてしまうという、既遂 処罰前倒しの効果をもたらすといえる22)。古宮は、①暴行脅迫を用いて抵抗 できなくし、被害者を ATM 近くまで連れて行った上、「暗証番号を言え。」と 言って暗証番号を聞き出し、被害者をその場で確保しながら、行為者自身が、 ATM を操作して現金を引き出した場合と、②暴行脅迫を用いて抵抗できなく し、「暗証番号を言え。」と言って被害者から暗証番号を聞き出し、被害者を解 放した後に、行為者自身が、ATM を操作して現金を引き出した場合とを比較 し、①の場合は 1 項強盗が成立するのに、②の場合は 2 項強盗が成立しないと するのは均衡を失するとする23)。しかしながら、②のケースにおいては、行 為者は預貯金者を解放した後に、ATM のある場所まで行き、さらに引き出し

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行為をしなければならないから、その間に解放された預貯金者が警察や金融機 関に通報するなどして、引き出しができなくなる可能性は残り、①の事案に比 べて脅迫・暴行行為と引き出し行為との間に時間的・場所的離隔があることを 無視することはできない。

(2)1 項強盗の成立を認める見解

 東京高裁平成 21 年判決に対しては、異なる解決を主張するものもある。  ① キャッシュカードに対する 1 項強盗説  東京高裁平成 21 年判決の事案において、預貯金の払戻しを受け得る地位を 独自の財産上の利益と認めなくても、236条による処罰は可能である。まず、 キャッシュカードに関する 1 項強盗を問題とする見解がある24)。X の脅迫行 為は、キャッシュカードの占有を確立するための行為であり、この時点でキャッ シュカードを客体とする 1 項強盗の未遂、その後キャッシュカードの占有を確 立した時点で 1 項強盗の既遂が成立したと解するのである。  そもそもキャッシュカードは、それ自体としてはプラスチックの小さな板で あって、ごくわずかな金銭的価値しか有していないが、このカードを用いるこ とによって金融機関から預貯金を引き出すことができるという、経済的な機 能を有しているがゆえにその財産的価値が重要なものとなるのだとすれば25) 暗証番号の入手は、キャッシュカードに財物性があることを前提とした上で、 その価値を高めるための付随的な行為と評価すべきであろう。  もっとも、このような立場に立った場合でも、行為者が既にキャッシュカー ドの占有を何らかの理由で確立しており、ただ暗証番号を知らないので現金の 引き出しができないとき、その者が後日、預貯金者に対して暴行・脅迫を加え、 暗証番号をしゃべらせたという場合には暗証番号の暴行・脅迫による取得を 2 項強盗で処罰することが正面から問題となる(神戸地裁平成 19 年判決におけ るような事案)。

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 この点、山口厚は東京高裁平成 21 年判決の事案において、キャッシュカー ドについての 1 項強盗の成立を認めつつも、神戸地裁平成 19 年判決や東京高 裁平成 21 年判決の事案における預貯金の払戻しを受けうる地位、東京高裁平 成 18 年判決の事案における金銭の借入れを受けうる地位について、「それ自体 に独立した利便性が認められるから」、財物の占有とは切り離された独自の意 義があるとして、2 項犯罪における財産上の利益たりうるとする26)。しかしな がらすでに見た通り、キャッシュカードの占有と暗証番号の聞き出しは、預貯 金の払戻し請求権の行使、あるいは ATM 内の現金奪取の準備行為であり、金 銭の借入れを受けうる地位についても金銭借入れの準備行為に他ならないので あって、引き出しや借入れの額も確定的とはいえない。それぞれ預貯金の払戻 し、金銭借入れのときに犯罪の成立を認めればよいであろう。  ② 現金に対する 1 項強盗説  他人のキャッシュカードを不正に入手した者が最終的に目的としている利 益は、通常は預貯金の引き出しによる現金の入手である。そこで四條北斗は、 むしろ引き出された現金についての財産犯の成立を問題にすべきと考える27) 暗証番号の入手およびクレジットカードの占有の確立は、「財産上の利益」要 件との関係では、現実性を欠く28)とし、ATM からの引き出しまでを一連の 行為として、ATM から引き出された現金に対する 1 項強盗罪の未遂を成立さ せることを主張する。なお、キャッシュカードの奪取について 1 項強盗罪を成 立させる説を採った場合、その後行われた現金の引き出しは金融機関に対する 窃盗罪となり、両罪は併合罪になると考えられる。この点、四條説に立った場 合、先行するキャッシュカード奪取についての罪責との罪数関係については明 らかではない29)  現金に対する 1 項強盗説を採る場合、ATM 内の現金の占有は、その ATM を設置している金融機関にあると考えるならば、暴行・脅迫の相手方(預貯金 者)と財物の占有者(金融機関の支店長等)が異なっているため、暴行・脅迫

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の相手方と財物の占有者が異なっている場合に、いかなる範囲で 1 項強盗罪を 認めることができるかを検討しなければならない。この点四條は、暴行・脅迫 の相手方を、金融機関の警備員のような「占有補助者や財物の保持に協力すべ き立場にある者」に限る説によるなら、預貯金者にそのような立場を認めるこ とは難しいが、財産上の「被害者との間に『事実上の密接な関係』があればよ い」、「財物の強取に障害となる者」であれば足りるとする説によれば認められ るとする。  この点たしかに、キャッシュカードと暗証番号を有している者は、預貯金額 の限度で、また引き出し可能額の範囲内で、金融機関と同じように現実的な支 配を及ぼしている、すなわち条件付きではあるが ATM から現金を取り出す 「鍵」 を有しているものとして、ATM 内の現金について、金融機関に準ずる 管理者であるとさえいえそうである。しかしながら、暴行・脅迫を用いた暗証 番号聞き出しの時点では、行為者がどの ATM からどの現金をどの額まで引き 出すかは特定されておらず、したがって被害者となる金融機関もまた特定され ていない。したがって、少なくとも暗証番号聞き出しの時点では、預貯金者と 金融機関との関係は極めて希薄なものとなり、少なくとも「事実上の密接な関 係」があるといえるかは、疑問が残る。

5 結論

   東京高裁平成 21 年判決の事案において、行為者はキャッシュカードの占有 を確保しつつある状態であったが、そのキャッシュカードから現金を引き出す 目的で暴行・脅迫を加えて預金者から暗証番号を聞き出しているのであるか ら、そのような行為は占有を確保しつつあるキャッシュカードの財産的価値を 高めるための行為であって、暴行・脅迫を伴う暗証番号の聞き出しはキャッ シュカードに対する 1 項強盗を構成すると考えてよいと私は考える。  預貯金の払戻しを受けうる地位について、これをの財産上の利益と考え、2

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項犯罪による保護の対象とする判決が近時出されている背景には、神戸地裁 平成 19 年判決が指摘する通り、「キャッシュカードとその暗証番号があれば、 ATM を用いて、機械的かつ確実に預貯金口座の金銭を入手することができる という、ATM を利用した場合における今日の預貯金の払戻しの取引実態」が あると思われる。すなわち、預貯金の払戻しはもはや窓口で行われるよりも ATM を通じて機械的に行われる方が格段に増えたこと、無人の ATM 機や、 口座の設けられている金融機関と提携している他の金融機関が管理している、 コンビニエンスストア内に設置された ATM 機を通じての現金引き出しが盛 んに行われるようになったこと、しかもコンビニエンスストアにおける現金引 き出しは場合によっては 24 時間可能なこともあるから、預貯金の払戻しを停 止させるべき措置を採るのに時間がかかれば、即座に引き出し可能になってし まうとの考慮があるものと思われる。  しかしながら、預貯金者との関係では、暗証番号の聞き出し時点まで既遂処 罰を早めなくても、預貯金債権が行為者の現金の引き出しによって減少するの であるからこの点について預貯金者に対する 2 項犯罪の成立を認めることがで きるはずである。たしかに、「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われ る不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」によっ て偽造・盗難カードによる預貯金引き出しの被害は、金融機関側が預貯金者に 対して補填することになっており、通常 ATM からの現金引き出しについては 金融機関側に対する奪取罪のみが問題とされている。そして奪取罪については 預金者による預貯金に対する占有という概念も一般的に認められているところ ではないから、現状からは、預貯金者に対する保護は預貯金の引き出しの段階 では十分なされておらず、そうすると預貯金者が預貯金を引き出しうる地位を 奪われる、現金引き出しの前の段階で行うよりほかはないということになる。 しかしながら、現金の引き出し段階において、預金者に対する預貯金債権につ いての 2 項犯罪を認め、現金引き出しについての金融機関に対する 1 項犯罪と は観念的競合になるとすることも可能なのであるから、預貯金の払戻しを受け

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うる地位について、財産上の利益としての独自の意義を認める必要はないと思 われる。 1)判時 2013 号 158 頁、判夕 1337 号 280 頁。 2)伊東研祐「キャッシュカードの窃取着手後脅迫により暗証番号を聞き出す行為と 2 項強 盗罪」『平成 23 年度重要判例解説』157 頁以下、お よ び 4 以下 で 検討 す る 東京高裁平成 21 年判決の評釈を参照。 3)東高刑時報 57 巻 1 ~ 12 号 69 頁。大口奈良恵「他人になりすまして消費者金融業者から プラスチックカード 1 枚を入手した上、極度借入基本契約を申し込み、上記プラスチッ クカードを利用限度額の範囲で繰り返し借入れができるキャッシングカードとして利用 可能にさせた行為が、いわゆる 2 項詐欺罪(刑法 246 条 2 項)を構成する旨判示した事例。」 研修 710 号(2007 年)359 頁以下も参照。 4)公刊物未登載。事案の概要、判決要旨については、樋口正行「事前に被害者方からキャッシュ カードを窃取していた犯人が、その暗証番号を聞き出す目的で被害者に暴行・脅迫を加 えて殺害した行為につき、2 項強盗(殺人)罪の成否が問題となった事例」研修 724 号(2008 年)112 頁以下を参照。 5)和田俊憲「財物罪における所有権保護と所有権侵害」山口厚編著『クローズアップ刑法各論』 (2007 年)192 頁以下。なお、和田は占有移転罪の保護法益は毀棄罪と同じく所有権侵害 であるが、既遂時期が占有移転時であり、その時点では価値利用侵害や交換価値侵害は 認められないため、実質的所有権侵害の前倒し処罰が行われていると考える。したがっ て、価値利用侵害や交換価値侵害は、所有権侵害の実質的な内容であるが、占有を保護 法益と考えた場合でも、これらの価値侵害の可能性が違法性の内容をなしているといえ る。島田聡一郎「財物罪における所有権保護と所有権侵害・議論のまとめ」山口厚編著『ク ローズアップ刑法各論』(2007 年)221 頁以下。 6)通常の動産については、洋服を例に挙げれば、自分の買った洋服が、次の日には A の手 に渡り、A が着用し、その翌日には B の所有物となって B が着用するといった事態は考 えられにくい。 7)従来、窃盗罪における不法領得意思として論じられてきた問題であるが、客観的な損害 の軽微性の問題ととらえる見解も存在する。内田幸隆「窃盗罪における不法領得の意思」 『刑法の争点』(2007 年)168 頁以下等。 8)小林憲太郎「占有の概念」『刑法の争点』(2007 年)164 頁。 9)大審院刑事判決録 26 輯 168 頁。

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10)神出兼嘉「預金に対する占有」研修 451 号(1986 年)518 頁以下。 11)福田平 「詐欺罪」 団藤重光編『注釈刑法(6)』(1966 年)229 頁以下。また、坂田威一郎 「振込め詐欺の法的構成と既遂時期に関する実務上の若干の考察」『植村立郎判事退官記 念論文集・現代刑事法の諸問題(2)』(2011 年)81 頁以下も参照。 12)神元隆賢「振り込め詐欺を巡る刑法解釈上の諸問題」法政論叢 46 巻 2 号(2010 年)52 頁以下。 13)橋爪隆「銀行取引をめぐる犯罪」山口厚編著『経済刑法』(2012 年)98 頁以下は、銀行 に対抗可能な払戻権限を有していることが預金による占有を肯定する前提だとする。 14)古宮久枝「窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を強いて聞き出し、事実上、同口座 から預貯金の払戻しを受け得る地位を取得したことにつき、2 項強盗の成立を認めた事 例」研修 741 号(2010 年)33 頁以下。 15)山中敬一『刑法各論〔第 2 版〕』(2009 年)286 頁以下のように、情報の利用価値はコピー を入手しただけで完全に取得され、被害者の手元に残った情報の価値が減少しうるとす れば、本稿とは別の結論に至るであろうが、ここでは通説的立場に従うものとする。 16)島岡まな「キャッシュカードの窃取に着手後、同キャッシュカードの占有者に脅迫を加 えて暗証番号を強いて聞き出した行為と 2 項強盗罪の成否」刑ジャ 25 号(2010 年)53 頁以下。 17)なお、支払用カード・預貯金引き出し用カードのカード情報のスキミングについては 163 条の 4 に処罰規定があるが、この規定が窃盗罪に 2 項がないことの例外であって、 暗証番号を含むカード内の情報は「財産上の利益」に含まれるとするならば、暗証番号 を暴行・脅迫を用いて聞き出す行為に 2 項強盗罪が成立することになろう。そしてその 際、行為者が支払用カードについて占有を有していたことは問題とならない。しかしな がら、この規定はカード偽造の効果的な防止という観点から設けられた規定であり、そ のように理解する必然性はない。 18)四條北斗「キャッシュカードと暗証番号を併せ持つことが財産上不法の利益を得たとい えるとして、刑法 236 条 2 項の強盗罪の成立が認められた事例」東北学院法学 72 号(2011 年)94 頁以下。 19)古宮「窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を強いて聞き出し、事実上、同口座から 預貯金の払戻しを受け得る地位を取得したことにつき、2 項強盗の成立を認めた事例」 (前掲注 14)38 頁。 20)佐伯仁志「強盗罪(1)」法教 369 号(2011 年)133 頁以下は、預金通帳と印鑑を強取し た場合に、1 項強盗のほかに預貯金の払戻しを受けうる地位を取得したとして 2 項強盗 が成立するわけではなく、また銀行強盗に入って行員から金庫の暗証番号を聞き出した

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としても 2 項強盗の既遂が認められるわけではないとして財産上の利益の現実性を否定 する。 21)中森喜彦『刑法各論〔第 2 版〕』(1996 年)149 頁以下、山口厚『刑法各論〔第 2 版〕』(2010 年)248 頁以下、西田典之『刑法各論〔第 6 版〕』(2012 年)191 頁等。大審院大正 11 年 12 月 15 日判決は 2 項詐欺の成立を否定、最高裁昭和 43 年 10 月 24 日決定は肯定する。 22)山口厚「財産上の利益について」『植村立郎判事退官記念論文集・現代刑事法の諸問題(1)』 (2011 年)135 頁以下。 23)古宮「窃取に係るキャッシュカードの暗証番号を強いて聞き出し、事実上、同口座から 預貯金の払戻しを受け得る地位を取得したことにつき、2 項強盗の成立を認めた事例」 (前掲注 14)42 頁。な お、前田雅英『最新重要判例 250 刑法〔第 9 版〕』(2013 年)183 頁も参照。 24)山口「財産上の利益について」(前掲注 22)138 頁、豊田兼彦「キャッシュカードの暗証 番号を聞き出す行為と 2 項強盗罪の成否」法セミ 677 号(2011 年)125 頁。 25)足立友子「強盗利得罪の客体をめぐる考察」成城法学 81 号(2012 年)163 頁。 26)山口「財産上の利益について」(前掲注 22)135 頁以下。 27)四條「キャッシュカードと暗証番号を併せ持つことが財産上不法の利益を得たといえる として、刑法 236 条 2 項の強盗罪の成立が認められた事例」(前掲注 18)頁 28)なお、しばしば利益の移転要件が財産上の利益を認めるために必要なのか、あるいは 2 項強盗の未遂と既遂の区別のために必要なのかが明白ではないことがある。 29)四條「キャッシュカードと暗証番号を併せ持つことが財産上不法の利益を得たといえる として、刑法 236 条 2 項の強盗罪の成立が認められた事例」(前掲注 18)84 頁注 45 は 現金に対する 1 項強盗罪の成立が認められないならば、暗証番号の聞き出しについては 強要罪を、ATM での現金引き出しについて窃盗罪を認めるよりほかはないとし、キャッ シュカードについての 1 項強盗の成立可能性については、これを認める見解があること を紹介するにとどめている。

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