規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造
東京帝 國大學心理學研究室
三
木
安
正
Ⅰ 知 覺 世界 に 於 け る “見 え の 大 き さ” の問 題 が 心 理 學 上 重 要 な位 置 を與 へ られ て來 た の は, 視 覺 の末 梢器 官 た る網 膜 に映 され る物 の大 き さは幾 何 光 學 的 に 規 定せ られ る と考 へ られ るの に, 吾 々の 日常 經 驗 に於 て は物 の見 え の大 き さは 必 ず し も網 膜 像 的 大 き さの關 係 に 從 は ず, 寧 ろ物 の實 際 の特 性へ の現 象 的 復 歸 (Phenomenal regression to the real Ch_??_racters of objects) 1) と して 云 ひ現 は され るや うに, 例 へ ば 同 一 對 象 物 は, 觀 察 者 と の 距 りが 異 つ て も, 現 象 的 に は そ の物 の大 き さは さほ ど異 つ て知 覺 され ない とい ふ事 實 に 注 目 され た こ とに よる と思 は れ る。 これ “大 き さの恒 常 ” な る語 の因 つ て生 ず る所 で あ り, そ の 説 明 の爲 に 從 來 幾 多 の 研 究 が 行 は れ 來 つ た が, そ の構 想 を 辿 る な らば, 先 づ網 膜像 的 大 き さ と見 え の 大 き さ との 對 立 に 固執 し, しか もそれ らが 相 對 應 し ない とこ ろ か ら, そ の間 の間 隙 を 補 填 す る た め に, 横 ズ レ (Querdisparation) 或 ひは 眼 球 輻 輳 等 に よる生 理 學 的 要 因, 又 は無 意 識 的 判 斷 或 ひ は經 驗 等 の 心理 學 的 要 因 と考 へ られ る も の を 藉 り來 らねば な らな か つ た の で あ るが, 之 等 の説 が 畢 竟 事 理 を窮 め得 ざ る もので あ つ た こ とは 既 に 論 じ盡 され た處 で あ る。1) Thouless, R. H.: The general principle underlying effects attributed to the so-called phenome nal constancy tendency. Psychol. Forsch. 19 (1934).
2) 小 笠 原 慈 瑛: 視 知 覺 に於 け る大 き さの恒 常 現 象 に つ い て. 心理 學 研 究, VIII (1933).
Koffka, K.: Die Grundlagen der psychischen Entwicklung. 1925, S. 212. ff.B
runswik, E.: Die Zuganglichkeit von Gegenstanden fur die Wahrnehmung und deren quanti tative Bestinnmung. Arch. f. d. ges. Psychol. 88 (1933), S. 412.
Thouless, R. H .: 前 掲. 秋 重 義 治: 大 き さの 恒 常 現 象 學 説 に對 す る一貢 賦. 心 理 學 研 究, VII (1932). 然 らば 其 等 の批 判者 の, 之 の 問 題 に 就 て の 解答 は 如何 と見 るな らば, 彼 等 は 單 に大 き さ の知 覺 と網 膜 像 の 關 係 を基 底 とす る こ とをは な れ て, 先 づ 大 き さの 知覺 の な され る場 合 の, そ の 物 の あ る空 間 状態 の 現 象 的 分 析 に 問題 解 答 の 出發 點 を 求 め て ゐ る といつ て も 誤 りな か ら う。 例 へ ば, 小 笠 原 氏 は 知 覺 的 距 離 と見 え の 大 き さ との 關 係 に 注 目 し, そ の 兩 者 間 に 函 數 的 關 係 の 存 在 す る こ とを 認 め て, 大 き さの恒 常 性 の 問題 は大 き さの 印象 の 問 題 に還 元 し得 られ る と こ ろか ら, それ は “一 定 視 角 の對 象 が 一 定 の空 間 的位 置 に定 位
三 木: “大 き さ の 恒 常”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 243 せ られ る時, 初 め て, そ の對 象 の 一 定 の 大 きさ の 印 象 が與 へ られ る” といふ 命 題 に よつ て解 明 せ られ る とされ て ゐ るが, この構 想 に 對 し て は, 知 覺 的 距 離 と大 き さ との間 に如 上 の 關 係 が 存 在 す る とし て も, 更 に 一 歩 を 進 め, 然 らば この 場 合 に 大 き さ を規 定 す る對 象 の定 位 な る もの は何 に よつ て定 まる か が 問 はれ ねば な らぬ で あ ら う。 又Thoulessは 恒 常 傾 向 な る語 の吟 味 に 發 して, そ の もの の本 質 は, 對 象 の實 際 の特 性 へ の現 象 的 復 歸 で あ る と して ゐ るが, 對 象 の實 際 の特 性 とは何 か, 又何 故 そ の ものへ の復 歸 が 生 ず るか の點 につ い て は な ほ不 明確 で あ り, た とへ, 後 者 に對 し て は, 一 般 に 知 覺 的 手 掛 り (Perce ptual cue) と呼 ば れ る もの の働 きが あ る と云 つ て も, そ の もの の 本 體 は 把 握 し難 い 。 Koffka 1) も大 き さ と位 置 の 組 合 せ は 與 へ られ た網 膜 像 に對 して一 定 (invariant) で あ り とし對 象 が 距 る に も拘 らず, そ の もの を恒 常 な らし め ん とす る の は, そ の樣 に網 膜 像 を 歪 め る場 の力 (force, stress) が 働 くか らで あ る と考 へ て ゐ るや うで あ るが, そ の力 が何 に よつ て規 定 せ られ るか に つ い て は明 らか に説 い て ゐ な い 。 な ほ恒 常現 象 に 關 す る興 味 あ る實 驗 的事 實 と して, 秋 重氏 は恒 常 性 は 空 間 の分 節 性, 具 象 性 に依 存 す る と し, 伊 吹 山 氏 は2) 比 較 せ られ る對 象 が 具 體 的 な もの で あ る程 恒 常性 は大 な る事 を 明 らか に して 居 られ る が, それ 等 の事 實 の もつ 意 味 は 如 何 な る もの で あ ら ろか。 か くて 最近 の 研 究 は, い づれ も空 間 的 な何 等 か の 力 を 豫 想 し て ゐ る樣 で あ るが, 定 位 とい ひ知 覺 的手 掛 り とい ひ, 或 ひは 場 の力 とい ふ もの には なほ 問 題 が 殘 され て ゐ る の で あ り, 仍 て 吾 々は まづ 知 覺 的 距 離 と大 き さの關 係 を吟 味 し, 更 に空 間 構 造 の 條 件 的 變 化 に よ り, 如 上 の 要 因 が 如 何 な る意 味 を もつ か, 或 ひ は秋 重, 伊 吹 山兩 氏 の 示 され た 結 果 は 如 何 に 解 さ るべ きか を見 て 行 か う とす る もので あ る。
1) Koffka, K.: Principles of Gestalt Psychology. 1935, p. 232. f.
2) 伊 次山 太郞: 大 き さの 恒 常 性 に 關 す る實 驗 的 研 究. 心 理 學 研 究, VIII (1933).
Ⅱ
〔實 驗裝 置 及 び方 法 〕 實 驗 室 (暗室) を黑 色 カ ーテ ン及 衝 立 に よつ て二 分 し, そ の 一 を 實 驗 場 とす る。 實驗場 は更に灰色羅紗紙 を張つ た障壁 によつ て二 つの部 屋に分 たれ そ の 中 央部 に設 け られ た窓 を通 じて以 下諸 種 の觀 察 が 行 はれ る。 か か る裝 置 に據 つ た の は, 後述 の 各種 の實 驗 の條 件 を, 比 較 せ ら るべ き一 定 の基 準 條 件 を中 心 と して, 條 件的 に變 化 せ しむ る爲 の技 術 上 の便 宜 に 從 つ た の に 他 な らな い 。 實 驗 室 の 略 圖 を示 せ ば 第 一 圖 の通 りで あ る。 窓 の 大 き さは高 さ20cm. 幅40cm. 床 よ り窓 の下 縁 まで の高 さは1.05m。 標 準 (N) 及 比 較 (V) 兩 對 象 は 畫 用 紙製 の 圓盤 に て, 直 徑 に於 てNは50mm, Vは46mmよ り63mm ま で1mmの 差 あ る もの18個 。 之 を 枠 の衝 立 に 竪 に 張 つ た 二 本 の 釣 糸 に懸 け て提 示 する 。 釣 糸 は被 驗 者 に とつ て は 殆 ん ど不 可 視 で あ つ た 。 被 驗 者 と兩 對 象 との位 置 關 係 は, 被 驗 者 よ りNま で は1.5m, Vま で は2.5m, それ らが被 驗者 の位 置 とな す 角 はca. 1°547 で あ る 。 照 明 の 爲 に は 固定 照 明 3, 可變 照 明2を 用 意 し, 適 宜 之 を案 配 し, 時 に 覆 を用 ふ 。 實 驗 毎 に 兩對 象 が 同 じ明 る さに見 え る樣 に 調節 す る が, そ の 明 る さは 大 體100ル ックス前 後 で あ つ た 。 第 一 圖 對 象 の 提 示 は 窓 の覆 を除 くこ とに よつ て な され, 提 示 時 間 は約2秒 。 全 系列 法 に よ り, 五 回 の系 列 を以 て一 實 驗 を終 る。 教 示 とし て は, 左 右 兩對 象 の 大 き さ を, 右 側 の もの を標 準 として, 見 え た ま ま に そ の 大 小 を 判 斷 して も らふ といふ こ と以 外 に何 等 の規 定 を な さな か つ た が, 終 始 出來 る丈 同 じ樣 な態 度 を保 持 す るや うに希 望 した 。 實 驗 直 後, 1) 對 象 の見 え 方 及 部 屋 の 感 じ; 2) 距 離 の 印 象; 3) 判 斷 の際 の 動 搖 及 難 易; 4) 判 斷 の方 法 等 の 内觀 報 告 を求 め る 。 〔基 準條 件 〕 以 下 各 種 の空 間 的條 件 に於 け る結 果 の比 較 考察 の 爲 に は, 第 一 圖 の如 き配 置 に 於 て, 全 實 驗 室 を 等 質 的 に 明 室 とし た場 合 を基 準 實 驗 (N) と した 。 こ の條 件 に よ る結 果 は實 驗 Ⅰそ の他 の場 合 に見 られ る如 く, 無 論 絶 對 的 恒 常 (結果 の數 値が50と な る場 合) を 示 す もの で は な く, 又 全 く網 膜像 的 判 斷 に よ る もの (結 果 が75と な る場 合) で もな く, そ の間 に あつ て それ ぞれ の程 度 の恒 常 性 を 示 して ゐ る。 結 果 の表 に 示す 數 字 は N 50mmに 等 し と判 斷 され たVの 値 で あ り, 從 つ て そ の數 値 の 小 な る程 恒 常性 は大 で あ る 。 各 種 の條 件 下 に於 け る結 果 は, それ と最 も近 く行 はれ たNの 結 果 と比 較 せ られ る。 被 驗 者 は心 理 學 專 攻 の 大學 院 及學 部 學 生諸 氏 。 實 驗 期 日は 昭 和10年6月 よ り同 年11月 に互 る 。
Ⅲ
距離 知覺 と見 えの大 き さとの間に果 して函數 的關係が 存在 するか否 かを確 かめる爲 め
に次 の如 き實驗 を行ふ 。
實 驗
Ⅰ
三 木: “大 き さの 恒 常”現 象 に 對 す る 規 定 條 件 と して の 空 間 構 造 245 距 離 感 を缺 如 せ し め る爲 に, 覆 の一 部 よ り光 束 の射 出 す る照 明 裝 置 に よ り, 暗黑 の空 間 に對 象 の み見 え る場 面 を作 る。 無 論 完 全 な暗黑 に は な し得 な い が, 闇 の 中 に二 つ の 白 圓 が 浮 び 出 し, 壁 面 の一 部 が淡 く照 し出 され て ゐ る状 態 で あ る 。
第
一
表
〔
結 果〕
第 一表 に示す。
この結果 は,
距離 知覺が有利 なる時 は 恒常性は增大す
る とい ふ 小 笠 原 氏1) の場 合 とは 逆 に, 明 室 に し て距 離 に關 して は 手 掛 りの よ り大 な るNに 於 け る よ り, 距 離 感 の缺 如 した Ⅰ の場 合 の方 が 大 な る恒 常 性 を示 してゐ る。 し か も被 驗 者 の陳 述 に よれ ば, この 際 の現 象 的 な距 離 の 印象 は必 ず し も一 致 せ ず, Vの 位 置 に つ い て 云 へ ば, Nに 比 して, Vp. Wd, Osで は近 く, Vp. Tjで は遠 く, Vp. Kr で は場 合 に よ り前 後 に變 動 し, Vp. Mcで は距 離 の 要 因 が な い とな され る のみ な らず, Vの 位 置 が 近 く或 ひは 遠 く感 ぜ られ るVp. Wd, Tj等 が 結 果 に於 てNと 大 差 な く, 距離 感 を缺 如 す るVp. Mcの 結 果 が かへ つ て恒 常 性 の增 大 を 示 す 如 きは, 距 離 の印 象 な る もの が, 必 ず し も大 き さ を規 定 す る唯 一 の要 因 で は な い と考 へ しめ る。 2) しか らば 等 し く暗 室 の條 件 下 に於 て, 何 故 小 笠 原 氏 の場 合 と背 反 す る如 き結 果 が 生 じ た の で あ ら うか 。 仍 て, 更 に小 笠 原氏 の場 合 の 實 驗 條 件 を再 吟 味 す る に, 氏 の 裝置 に あ つ て は, 兩 對 象 は黑 色 羅 紗 紙 張 りの 二 つ の 衝 立 の 面 に 懸 け られ て ゐ る の で あ つ て, そ の 際背 景 を なす 衝 立は 全 然 不 可 視 で は な い3) といふ 點 が 問題 とな るの で は な か ら うか 。 實 驗 Ⅰa 前 記 の枠 の衝 立 を黑 色 羅 紗 紙 張 り と し, その 面 に對 象 を懸 け小 笠 原 氏 の場 合 と條 件 を 似 せ る。 印 ち, 背 景 を な す黑 色 の地 が, 對 象 を 中 心 と して楕 圓 形 に淡 く照 し出 され て ゐ る状 態 で あ る。 た だ兩 衝 立 間 に 窓 の 介 在 す る こ とが 同 氏 の場 合 と相 違 す るが, この 點 に つ い て は後 述 す る 。第 二
表
1) 小 笠 原: 前 出2) 大 き さ と距 離 知覺 とが 必 ず し も函 數 的 關 係 に立 た ざ る こ と は, Schur, E.: Mondtauschung und Grossen
konstanz. Psychol. Forsch. 7 (1926) Holaday, B. E.: Die Grossenkonstanz der Sehdinge bei Vari ation der inneren und ausseren Wahrnehmungsbedingungen. Arch. f. d, ges. Psychol. 88 (1933)
盛 永 四 郎: 視 方 向 と月 の 錯 視. 心 理 學研 究 X (1935) 等 に 見 られ る。 3) 同 氏 談 に據 る. 〔結 果 〕 第 二 表 に 示 す 。 か くて, 後 に掲 げ る内 觀 に よつ て も明 ら か な る如 く, 距 離 の手 掛 りの大 な り と考 へ られ るⅠaの 場 合 (そ の 爲 に は前 記 の如 き窓 の介 在 が 役 立 つ て ゐ る) が, それ の よ り尠 ない Ⅰ よ り も恒 常性 は 小 とい ふ結 果 に よつ て, 實 驗 Ⅰに 見 られ た事 實 は 更 に 確 認 せ られ た。 然 らば, 新 に, 大 き さを規 定 す る要 因 と して 如 何 な る もの が 考 へ られ る で あ ら うか。 そ の 手 掛 りの
爲 に内 觀 を吟 味 す るに, Ⅰ と Ⅰaと の間 に は次 の如 き特 徴 的 相 異 が 見 られ る 。 即 ち, Ⅰに 於 ては, “空 間 的 に 分 け られ て ゐ る感 じは 餘 りな い, ほ とん ど 一 つ の部 屋-等 質 的 な 空 間 の 中 に 一 寸枠 が 見 え る程 度-二 つ の對 象 が相 似 的 で具 合 が よい 。 比 較 は 樂 。” (Vp. Wd) “Vが 明 滅 して ゐ る樣 (對 象 の提 示 の場 合) で, 空 間 的 に は 同 一 な る もの ” (Vp. Kr) の 如 く, 窓 の 存 在は 殆 ん ど氣 に か か らず, 同一 の空 間 に, 同 じ樣 な二 つ の圓 のみ が は つ き り浮 ん で ゐ て, 比 較 は全 被 驗者 共 容 易 で あ るの に對 し, Ⅰaの 場 合 に は 空 間 的 に 單 一 性 を缺 き, “ぎ ざぎ ざ と迷路 の 樣 に衝 立 で空 間 を 切 られ た感 じ, 遠 くの方 は か な り奧 まつ た 感 じ” (Vp. Wd. Tjも 同樣) か あ り, 從 つ て “窓 の 前 後 は 空 間 的 に 異 な る” (Vp. Tj, Mcも 同 樣) が 如 く見 られ, 判 斷 は全 被 驗 者 共 困 難 で あ る と述 べ て ゐ る。 斯 樣 な 内觀 を綜 合 すれ ば, 見 え の 大 き さに於 て は, そ の もの を包 む空 間 構 造 乃 至空 間 性 が 重 要 な る規 定 條 件 た るべ き こ とが 豫 想 せ られ る 。
Ⅳ
前 節 に於 て, 比 較 せ られ る兩 對 象 が, 空 間 的 に 緊 密 で あ るか, 分離 せ られ て ゐ るか が 大 き さの恒 常 性 の規 定 條 件 と して重 要 な役 割 を持 つ こ とが 豫 想せ られ た 。 こ の豫 想 に 立 つ て次 の實 驗 を行 ふ 。第 二 圖
第
三
表
實 驗 Ⅱ 兩 對 象 が 窓 を隔 て て 二 つ の部 屋 に 分 れ て ゐ るNの 場 合 に對 し, N, Vが 共 に 窓 の 内部 に あ るや うにN, V及 び被 驗者 の位 置 を移 動 す る。 即 ち第 二 圖 の如 き配 置 で あ る 。 (第一 圖參 照) この時 窓 の 大 き さは 高 さ20cm, 幅30cmと す る 。 〔結 果 〕 第 三表 に 示す 。 こ の結 果 に よれ ば, 單 に空 間構 造 的 に 考 へ られ た 空 間 の 同一, 或 ひは 分 離 は そ の ま ま被 驗 者 の把 握 を 規 定 す る もの で は な く, 被 驗 者 の把 握 の 仕 方 に よつ て, 各 特 異 の 効 果 を現 は す の で あつ て, 即 ち, Ⅱ の 如 き條 件 に 於 て は, Nに 比 し恒 常 性 の減 ず る者 (Vp. Wd, Mc) と增大 す る者 (Vp. Tj, Os, Kr) の相 反 す る二 群 が見 られ る 。 然 らば, それ 等 の二 群 の 把 握 の 仕方 の 特 異 な る點 とは 如 何 な る點 で あ ら うか 。 内觀 に よ るに, 前 者 に あ つ て は, N, Ⅱ 共 に部 屋 の 感 じにつ い て は餘 り 差 は ない が, Nの 方 が 窓 の介 在 を契 機 として 對 象 は “非 常 に固 定 し”, しか も “窓 の 内外 に は空 間 的 な差 は餘 り無 い ” (Vp. Wd) の に對 し, 後 者 に あつ て は, “途 中 で距 離 といふ こ とを考 へ て見 たが, ど ち らが ど う とい ふ こ とは 感 ぜ られ ず, 意 識 的 に は いつ も圓 の大 き さを比 較 して ゐ る” (Vp. Tj) と い ふ 如 き傾 向 が あ三 木: “大 き さ の 恒 常 ”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 247 り, 從 つ て そ の爲 に は, 窓 の介 在 は 空 間 の分 離 を生 ぜ しめ る 障壁 とな るが 如 くで あ り, 且 又 見 えの 大 き さの 動 搖 (後 述) を生 ず る (Vp. Tj, Os, Kr) の で あ る。 か くて, 前 者 が, 謂 は ば全 體 的 に空 間 を把 握 し, そ の 中 に あ る對 象 の比 較 を なす 者 と すれ ば, 後 者 に於 て は, 比 較 な る課 題 が 前 面 に 出 で る爲 に, 自己 と對 象 との關 聯 よ り も, 對 象 相 互 間 の 關聯 が よ り重 要 な 意味 を もつ と考 へ られ るの で あ るが, か か る考 へ が 果 し
て可能 な りや否やを檢す る爲に更 に實驗 を試みや う。
第
三
圖
第
四 表
實 驗 Ⅱa 實 驗 Ⅱ に於 け る條 件 の効 果 を 更 に顯 著 な ら しめ る爲 に 第 三 圖 に 示 す 如 く照 明 を變 化 す る。 〔結 果 〕 第 四表 に 示 す 。 こ の結 果 を見 るに, Na, Na′ 間及 Ⅱa, Ⅱa′間 に は さ した る相 異 は な い故, それ ら を各 ゝ一 つ の も の と して 取 扱 ひ, 之 を實 驗 Ⅱ の結 果 (第 三 表) と比 較 す れ ば, Na, Na′ に於 て は, 悉 く恒 常 性 の減 少 が 見 られ る。 この こ とは, これ らの條 件 が 前 述 の 二 つ の 把 握 の 仕 方 のい づ れ に とつ て も, 空 間 乃至 對 象 を 單 一 的 に把 握 す る爲 に 不利 な る條 件 な る こ とに 因 る ので あ ら う。 然 し て こ の場 合 に も可 成 り見 え の大 き さの 動 搖 が 見 られ る。 Vp. Wd: Vの 方 は窓 枠 に 眼 られ て ゐ る内 にあ り, Nは こち らの部 屋 にあ る。 Nの 方 がdinghaftで, Vの 方 は そ れ が うす れ て ゐ る, 距離 感 は不 安 定 (Na)。 何 ん だ かや り に くい, 見 え 方 が工 合 が 惡 い 。 背 景 と ま ぎれや す く, 形 が くつ き り しない (Na′)。 Vp. Tj: 態 度 に變 りは ない と思ふ が, 今 日は何 とな く難 か しかつ た 。 Vは 見 て ゐ ると 大 き くな る樣 な氣 が す る (Na′), 特 に 困難 な時 には, 大 體 に於 て, Nを 向 ふ のVの あ た りへ もつ て ゐつ て考 へ る。 そ うす ると, 同 じだ が 距離 が異 ふ か ら大 きい は づ だ とい ふ樣 な 迷 ひ が 起 る (Na)。 Vp. Os: 向 ふ の 方 が 小 さい と 思 つ て か ら, 手 前 を見 る と手 前 の 方 が 小 さ く な る (Na′)。 Vp. Kr: は じ め 見 た 時, 小 さ く見 え て 大 き く な る時 と, は じ め が 大 で 小 さ く な る と き と二 通 り あ る (Na)。 然 る に Ⅱa, Ⅱa′ に 於 て は 前 實 驗 同 樣 二 つ の 相 反 す る 傾 向 が 見 られ る の で あ つ て, 恒 常 性 の減 少 す るVp. Wdで は, Ⅱa, Ⅱa′ の兩 者 共 現 實 性 の ない “活 動 寫 眞 又 は 繪 を見 る樣な 感 じ”で, それ は “自分 の處 とは 別 な空 間 ”と され て ゐ る の に對 し, 恒常 性 の增 大 す る者 で は “窓 の 中は 鞏 固 なrealな 空 間 ” (Vp. Os) とい ふ 樣 に, 反 對 の印 象 が 得 られ, 他 の も の に妨 げ られ る こ とな く,黑 地 に 白圓 のみ が 見 られ る こ とに よつ て判 斷 が 容 易 で あ る と せ られ る (Vp. Tj)。 か くて, 實 驗 Ⅱ に よつ て豫 測せ られ た事 が あ る程 度 まで 確 か め られ る と共 に, 空 間 に 於 け る對 象 の 分離 とか 緊密 とか は, 畢 竟 觀 察 者 の把 握 の仕 方 に 關 聯 し てゐ る と考 へ られ ね ば な らぬ が, 更 に か か る把 握 の仕 方 を あ る程 度 まで 一義 的 に 規 定 す べ き外 的 條 件 に よ つ て空 間 性 と恒 常 性 との問 題 が 探 究 せ られ ねば な らぬ 。
Ⅴ
前 實 驗 に於 て は, 比 較 せ ら るべ き對 象 間 に 窓 の 介在 す る場 合, あ る被 驗 者に は, 之 が 空 間 構 造 を緊 密 或 ひは 具 象 的 な ら しむ る契 機 と な り, 他 の被 驗 者 に は, 之 が 對 象 間 の關 聯 を 分 離 せ し め る か の如 く働 く といふ 樣 な推 定 が 得 られ た 。 よつ て; こ の窓 に レー ス又 は ガ ラ ス の如 き, 半 透 明 又 は透 明 な もの を張 つ た時 には 如 何 な る結 果 が 得 られ る で あ ら うか 。 實 驗 Ⅲ 基準 實 驗 (N) の場 合 の 窓 に レー ス (Ⅲ) 及 び ガ ラ ス (Ⅲ ′) を張 つ た 場 合 。 之 に 先 立 ち, レ ー ス及 び ガ ラ スを 通 じ て見 た る, Vそ の もの の位 置 及 び大 き さの變 容 の吟 味 の た め に, NをVと 同 列 の位 置 に まで 後 退 せ し め, 窓 の 左 半 分 に 張 つ た レ ー ス及 び ガ ラ ス を通 じて 見 た るVと 比 較 せ しめ た 。 そ の結 果 は兩 者共Vp. Mcの 一 例 を除 く外, い づ れ の被 驗 者 もVの 接 近 及 び 過 大 視 の傾 向 を 示 し, しか もそ の傾 向 は レ ー ス, ガ ラ ス共 略 々同 樣 で あつ た。 よつ て本 實 驗 の結 果 を見 よ う。第 五
表
〔結果 〕 第 五 表 に示 す 。 條 件 Ⅲ に 於 て は, Nに 對 して, Vp. Wd, Tjは 相 反 す る結 果 とな り, そ の他 は 大差 を見 な い が, 條 件 Ⅲ ′は Ⅲ に比 較 して殆 ん ど 全 部 恒 常 性 の增 大 を 示 して ゐ る 。 即 ち, 既 述 の如 く, N, Vを 同 列 に 置 い た吟 味 實 驗 に 際 し て は, レ ー ス, ガ ラ ス共 同 じ樣 な傾 向 を 見せ な が ら, これ らの介 在 物 を 隔 て た場 合 に は, 斯 樣 な 相 異 を來 た した こ とは, ガ ラ スに 比 して そ の存 在 の よ り明 瞭 な る レ ー スの介 在 が, 空 間構 造 的 に 或 ひ は 機能 的 に何 等 か の作 用 を及 ぼ した も の と考 へ ね ば な らぬ で あ ら う。 條 件 Ⅲ に 於 け る内 觀 報 告 の 主 な る もの を擧 げ る。 Vp. Wd: Vが レー スの處 に 定位 す る時 と, 遠 方 に 見 え る時 とが あつ て, 見 て ゐ る内 に大 き さが變 るこ とが 二 三 囘 あつ た 。 遠 い時 で も不 斷 よ りは近 い 。 多 くの場合 は レー ス三 木: “大 き さ の 恒 常”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 249 と同 じ處 に見 え た。 Vよ り後 の空 間 は何 もない樣 な, 組 織 され て ない樣 な 空 間。 判 斷 し に くい。 Vp. Tj: レ ー スは 邪魔, 通 して 見 て ゐ る とい ふ 一方 に, 比較 圓 の上 に模 樣 が あ る とい ふ 風 に見 え る こ ともあ る。 Vが 非 常 に 近 い 。 Vp. Os: 障壁 が あつ て, 向ふ の もの とこ つち の もの とを比較 す る とい ふ 感 じ。 全 體 が 畫 の樣 な, 夢 の中 の樣 な 感 じ。 奧行 は い つ もよ りず つ と近 い 。 Vp. Mc: 奧 の距 離 が な い, 網 に 可 な り くつ つ い て ゐ る。 Vが 大 きい 時 は距 離感 を感 ず るが, 小 さい時 は 感 じな い。 Nの 方 も後 に さが つ て ゐ る。 Vp. Kr: 距 離 は奧 の方 が近 い。 判 斷 は易 。 之 に對 し Ⅲ ′の 場 合 に は 全 被 驗 者 共 ガ ラ ス の存 在 は殆 ん ど氣 に な らぬ と して ゐ る 。 即 ち, 再 び距 離 と大 き さ との 關 係 に つ い て見 れ ば, Ⅲ に 於 てはVの 距 離 が 甚 し く近 く, Ⅲ ′で はNと 大 差 な きに もか か わ らず, 結 果 は そ の こ とに 支 配 せ られ て ゐな い とい ふ事 實 が 見 られ, 實 驗 Ⅰ の結 果 に相 應 ず る 。 以 上 の實 驗 は, 謂 は ば 被 驗 者 に對 し, N, Vの 關聯 を前 後 に 區 切 つ た も ので あつ た が, 之 を左 右 に 區切 つた 場 合 も考 へ られ や う。
實 驗 Ⅲa
N, Vの 中 間 を 竪 に 仕 切 つ て漸 次 左 右 の 空 間 の 分 離 を大 な ら しむ 。 條 件 Ⅲaは 窓 の中 央 に 幅3cmの 仕 切 を設 け 。 Ⅲa′ は 窓 の 中 央 に, それ と直 角 に高 さ1m, 幅0.5mの 衝 立 を 立 て, そ の一 部 は 窓 に 喰 ひ 入 る。 更 にⅢa"は, そ の衝 立 を延 長 し, 被 驗 者 の 眼前 に 至 ら しむ 。第
六
表
〔結 果 〕 第 六表 に 示 す 。 この結 果 に よ れば, 大 體 に 於 て ⅢaはNと 大 差 は ない が, Ⅲa′, Ⅲa"と な る に從 ひ, 恒 常 性 は減 少 す る と見 る こ とが 出來 や う。 唯 こ の實 驗 條 件 に於 て は, 同時 比 較 と繼 時 比 較 の1) 問題 が 含 まれ て くるわ け で あ るが, それ は暫 ら くお く と し, ここ に は こ の際 の空 間 の把 握 が 各 被 驗 者 に 如何 に な され て ゐ るか を見 るべ き で あ ら う。 Ⅲa で は特 記 すべ き こ とな く, Ⅲa′ Vp. Wd: 奧 ま で左 右 に分 れ て ゐ る感 じ。 對 象 も關 係 の無 い二 つ の部 屋 にあ る。 窓 の爲 に前 後 に分 れ て ゐ る といふ よ り, 衝 立 に よつ て左 右 に分 れ てゐ る感 が強 い 。Vp. Tj:
1 2 31) Kohler, W.: Zur Psychophysik des Vergleichs und des Raumes. Psychol. Forsch. 18 (1933) の樣 な三 通 りの分 れ 方 をす る。 2が 普 通 。
Vp. Os: 左 右 に 分 れ て ゐ る方 が 勝 る, の 如 し。 Vp. Kr: 大 き な 壁 の 右 側 に 一 つ 小 さ な 部 屋 が あ り, そ の 後 は 曇 硝 子 を 張 つ た 樣 だ 。 左 側 も一 つ の部 屋 だ が, そ の 後 の 窓 は 開 い て ゐ る 。 Ⅲa"に 於 て は Ⅲa′ に 見 られ た傾 向が 更 に強 くな り, 全被 驗 者 共 左右 に分 れ る方 が 決 定 的 とな る。 即 ち“部 屋 の境 の フス マの處 に立 つ て二 つ の部 屋 を見 る感 じ” (Vp. Tj) の如 くで あ る。 以 上 二 つ の實 驗 に よつ て, 何 等 か の形 で空 間 構 造 が 分 割 せ られ, 全 一 的 な らざ る時 に は恒 常 性 も亦 減 少す る とい ふ 事 實 か 認 め られ や う。
Ⅵ
既 述 の考 察 か ら, 逆 に空 間 把 握 が 緊 密 的 に な され る場 合 に は, 恒 常 性 も強 く現 は るべ き こ とが 豫 想 せ られ る。 こ の豫 想 を 檢 す るた めに, N, V間 に介 在 す る窓 に輪 廓 (Kontur) と して の 役 割 を持 た しめ て見 る。 實 驗 Ⅳ 窓 の縁 に幅3cmの 白紙 を張 つ て 白 枠 を作 つ た場 合 (Ⅳ), 窓 に奧 行30cmの 箱 形 の 筒 を挿 入 した場 合 (Ⅳ ′) に つ き實 驗 を行 ふ 。第
七
表
〔結 果 〕 第 七 表 に示 す 。 條 件 Ⅳ は, 内 觀 に よつ て も, Nと の差 異 は殆 ん ど認 め られ ぬ が, 唯Vp. Tjの それ に “N, V間 の距 離 はい つ もよ り小, 判 斷 の後 に は 自 信 あ り” とあ るの は幾 分 豫 想 に 當 る もの で あ ら う。 然 しな が ら, Ⅳ ′に於 て は, Vp. Os一 例 を除 けば, 一 樣 に 恒 常 性 の增 大 を示 し, 内 觀 に よつ て見 て も, い づれ も兩 對 象 の所 屬 す る空 間 は, “二 つ の部 屋 とい ふ よ り一 つ の空 間 といふ 感 が 強 い“ (Vp. Tj) と し, “管 の樣 な空 間 ” (Vp. Wd) “水 族 館 を見 る樣 な ” (Vp, Kr) 等 の表 現 が あ り, 或 ひ は “視 野が 極 めて よ く限 定 され て ゐて 比 較 が 氣 持 よ く出 來 る” (Vp. Mc) と云 ふが 如 きは, この場 合 の比 較 の場 が 緊 密 な構 造 を もつ た もの で あ る こ とを 示 す もの で あ ら う。 從 つ て, 前 節 竝 び に本 節 の實 驗 に よ り. 比 較 せ ら るべ き二對 象 の屬 す る空 間 の緊 密 性 如 何 が, 恒 常現 象 を規 定 す る一 要 因 た る こ とが 推 定 せ られ るが, な ほ 以 上 の條 件 變 化 を 謂 はば 空 間 の構 造 的 加 工 とす るな らば, 嚮 に實 驗 Ⅰ に於 て等 質 的 な空 間 と され た と對 蹠 的 な意 味 に 於 け る, 異 質 な空 間 條 件 を考 へ る こ とが 可能 で あ ら う。三 木: “大 き さの 恒 常”現 象 に 對 す る 規 定 條 件 と して の 空 間 構 造 251 實 驗 Ⅴ Vの や や 後 上 方 に赤 色電 球 を つ け, Vの 後 方 の 空 間 のみ を赤 色 に 照 明 す る。 Vの 面 は 無 論 白 色照 明 。 か か る裝 置 の効 果 は, 赤 色 光 はVの 前, 窓 の 邊 りまで 進 出 し, “赤 が 窓 か ら流 れ 出 し さ う” (Vp. Os) で あ り, 窓 の内 部 は 充 實 した赤 色 の空 間 とな つ て, “赤 い 寒 天 ” (Vp. Wd, Mc) の 如 く, そ の 中 に “白 圓 が 鮮 か に浮 ん で見 え る” (Vp. Tj) の で あ る。 然 し て, 距 離 の 印象 か ら云 へば, それ は “幾 分減 じて ゐ る樣 で もあ る” (Vp. Wd) が 全 被 驗者 と も, Vは や や 窓 に近 く, そ の位 置 は 明ち か と され てゐ る こ とは 注 意 す べ き で あ ら う。
第
八 表
〔結 果 〕 第 八 表 に 示 す 。 か くて, 吾 吾 が 異 質 的 と考 へ た Ⅴ の 如 き 空 間 條 件 は, 明 らか に恒 常性 の減 少 を 示 し た。 然 し, な ほ こ の こ とを確 言 す る前 に, 赤 と い ふ地 色 そ の もの の 性 質 に つ い て一 應 吟 味 す べ き で あ ろ う。 實 驗 Ⅴa 從 來 の灰 色 の背 景 を赤 色 羅 紗 紙 に 代 へ, 白 色 電 球 を 以 て 照 明 す る 。 こ の 際 の見 え方 は, 實 驗 Ⅴ と似 た色 合 を 呈 す る が, 空 間 色 的 な 趣 を減 じ, 表 面 色 に 近 い も の とな る。 Vp. Wd: 前 の赤 い の と餘 り變 りは な いが 寒 天 の如 き感 は 減 じ, 幾 分表 面色 の樣 に なる 。 Vp. Tj: 背景 は紙 だ けが 赤 い といふ ので は な く, とい つ て空 間 が赤 い とも見 え ぬ。 Vp. Os: この前 の と よ く似 て ゐ る。 背景 が 赤 い とい ふ よ り, 空 間 が赤 い。 Vp. Kr: 背景 は背 景 と して あ るが, 空 間 色 もあ る。第 九 表
〔
結果〕
第九表に示す。 これ によれ
ば, 背景 を赤色 にし た こ と 自身 は殆 ん
ど結 果に差異 を現 は さぬ と考 へ られ る。
從つ て實驗 Ⅴ の結果は空間的質の相異に
よ る と推 論 す る こ とが 可能 で あ る と思 は れ る。 以 上 の諸 事 實 を綜 合 す れ ば, 所 謂 “大 き さ の恒 常 ”現 象 を生 起 せ し むる もの は, 單 な る 視 官 の末 梢 的 作 用 で は 無 論 な く, 更 に 之 に 若 干 の他 の要 因 を加 へ て も足 らず, 觀 察 者 との關 聯 に於 て, 比 較 せ られ る對 象 を 包 含 す る と こ ろの 空 間構 造 が 問 題 とさ るべ き こ と を 示 し, 假 に空 間 的 緊密 性 と呼 ぶ も のが, それ を 規 定 す る要 因 の一 た る こ とを推 論 し得 る に到 つ た が, 仍 て次 に は, 更 に か く呼 ば れ る もの に 底 在 す べ き精神 物 斑 的 過 程 の探 究 が 要 請 せ られ る事 とな ら う。Ⅵ
從來行 はれ來つ た恒常現象 に關 する諸實驗 は, 之 を要 するに, 視的對象 たる物體 の見
え の 大 き さが網 膜 像 的規 定 に 從 は ざ る點 に重 點 を置 い た結 果, 一 つ の對 象 の現 象 的 大 き さを, 他 の基 準 對 象 との比 較 に於 て, 各 種 の外 的 條 件 の下 に 測 定 し, 之 よ りし て現 象 的 大 き さを規 定 す る要 因 を導 き出 さん とす る底 の もの で あ つ た 。 然 しなが ら實 驗 に際 し て, 實 際 に 被 驗 者 に與 へ られ る課 題 は 兩 對 象 の比 較 で あつ て, そ れ らの間 に は主 從 關 係 が あ るの で は な く, 兩 對 象 は 同 等 に 取 扱 は るべ き もの で あ り, 更 に, 比 較 の主 體 た る觀 察 者 の位 置 を も込 めた 空 間 構 造 が 考 察 され ねば な らぬ の で あ る。 從 つ て恒 常 現 象 な る術 語 もあ る場 合 に は 誤 解 を 起 さ しめ るの で あ つ て, Thouless 2) も こ の 點 に關 し て 問 題を 提 示 し てゐ な が ら, 結 局 は そ の 係 蹄 に 陥 つ てゐ るが 如 く見 え るの は, 畢 竟 す るに, 氏 の 立 論 が 實驗 室 的 結 果 を, そ の規 定條 件 以 上 に 出 で て, 日常 經 驗 と結 び つ け ん とし た點 に 無 理 が あつ た の で は なか ら うか 。 此 處 に 於 て吾 々は, 恒 常現 象 の 解 明 は, 種 々 な る空 間 的 場 に於 け る比 較 の 問題 か ら出 發 す べ き もの と考 へ るの で あ るが, こ の こ とは更 に實 驗 に 際 して, (1) 超 恒 常 現 象 とも謂 は るべ き事 實, 即 ち, 被 驗 者 に對 してNよ り遠 くに あ るVが, 客 觀 的 に も小 な るに か
かわ らず, なほ 大 な り と判 斷 せ られ る場 合 の存 在 (Vp. Tj: Exp. Ⅱa, Ⅲ; Vp. Kr: Exp. Ⅰa, Ⅲ, Ⅳ 等) 及 び (2) 比 較 判 斷 の 際 に對 象 の 位置 及 び 大 き さの變 容 す るが 如 き, 謂 は ば 動 搖 現 象 の生 起 す る こ とに よつ て 一 層 支 持 せ ら るべ く, か か る事 實 は 比 較 の 課 題 を 豫 想 す る こ とに よつ ては じ め て理 解 さ るべ き もの と考 へ られ る。 何 とな れ ば, 比 較 な る 課 題 の下 に於 ては, 兩 過程 間 の機 能 的 距 りを 出來 る丈 小 な ら し め ん とす る傾 向が存 在 す る と考 へ られ る故 に, 3) も し比 較 せ らるべ き對 象 のい づ れ か が, 機能 的 意 味 に於 て, 定 位 性 を缺 く ときは, そ の ものは, 比 較 の課 題 に從 つ て, 位 置 及 び 大 き さの變 容 を生 ず る と 考 へ られ, 變 に そ の異 常 な場 合 が 所 謂超 恒 常 現 象 で あ ら う と思 は れ るか らで あ る。 然 し て動 搖 現 象 と謂 は るべ き事 實 は 既 に 小 笠 原 氏4) に よつ て 指 摘 せ られ て ゐ るが, 更 に 吾 々の實 驗 に於 け る内 觀 報 告 を仔 細 に檢 すれ ば, 比 較 の場 の状 態 に よ り, 對 象 の い づれ か が よ り安 定 して具 象 的 に 見 え る時 に は, 之 に對 して他 の よ り不安 定 な る對 象 が近 附 か ん とす る如 く動 搖 の生 ず る5) こ とが推 測せ られ る。 仍 て實 驗 に よつ て この 點 を 吟味 し よ う。
1) 殊 に E. Brunswik の指導 下 に ある S. Klimpfinger, K. Eisler, B. E. Holaday 等の方法の如 き. (Arch, . s. Psychol. 88 (1933) 所載)
2) Thouless, R.: 前 掲.
3) Lauenstein, O.: Ansatz zu einer physiologischen Theorie des Vergleichs und der Zeitfehler. Ps ychol. Forsch. 17 (1932). S. 142
高 木 貫 一: 物 の實 際 の大 き さの 比較 に 關 す る實 驗 的 一 研 究. 心 理 學 研 究. XI (1936).
4) 小笠原慈瑛: 大 き さの恒 常 (卒 業論文).
5) この動搖現象 は必然的にかの induzierte Bewegung と 關 聯 して 考 へ ら れ る 。 Oppenheimer, E.: Opti
sche Versueche uber Ruhe und Bewegung. Psychol. Forsch. 20 (1935).
實 驗 Ⅵ
三 木: “大 き さの 恒 常”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 253 裝 置 として は, 窓 の内 部 に, その 中央 に於 て之 に接 し, 窓 と45°を なす 如 く鏡 を 置 き, 之 に 窓 の 蔭 に あ るVを 寫 す 。 從 つ て 被 驗 者 の位 置 か ら見 れ ば, 窓 の左 半 分 に ガ ラ スが 張 られ 之 を通 じて そ の 中央 にVが あ る如 く見 られ る。 なほ 此 の裝 置の 爲 に, Vま で の距 離 は 從 前 よ り0.5m遠 くせ ざ るを 得 な か つ た 。
第
十
表
第 十 一 表
但 し本 表 の結 果 は, 前 記 の 如 く, 被 驗 者 とVと の 間 の 距 離 が3mで あ る 故, 他 の結 果 と比 較 す る を得 な い 。 この 實 驗 に先 立 つ て, 實 驗 Ⅲ に 於 て 行 つ た 如 く, NをVと 等 距 離 の位 置 ま で後 退 せ し め, 鏡 を通 じて見 た るVの 見 えの 大 き さ及 び 距 離 の印 象 を し ら べ た 結 果 は 第 十 表 の如 くで あ る 。 この 表 は, 見 え の 大 き さ と距 離 の印 象 が 必 ず し も函數 的 關係 に 立 た ざ る こ とを 示 して ゐ る と 同時 に, Vが その 定 位 に於 て安 定 性 を缺 く といふ こ とを物 語 る もの で あ ら う。 次 い で本 實 驗 の結 果 を 見れ ば第 十 一 表 の 如 くで あ る。 内觀 に よれ ば, “鏡 の 面 は割 合 に氣 に な らず, Vは 直 す ぐ 向 ふ に定 位 して ゐ るが, 二 つ の對 象 は 質 的 に 異 ふ 樣 に思 へ て, 判 斷 は樂 で は な く ” (Vp. Wd)“, 見 てゐ る間 にVの 方 が 一般 に 大 き くな る樣 に感 じ” (Vp. Tj) 或 ひ は “見 てゐ る時 に 向 ふが 小 さ く感 じて ゐ て も, 窓 が 閉 ま る と, Nの 方 が 大 きい と感 ず る” (Vp. Mc) 等, 鏡 を通 じた るVは, Nと 何 等 か 異 つ た, 具 象 性 を缺 くもの の 如 く, 結 果 は, Vp. Os一 例 を除 け ば, Ⅵ の場 合 の恒 常性 は減 少 して ゐ る。 な ほ恒 常 性 の增 大 を見 た Vp. Osで は, “Vが 非 常 に 奧 深 く感 ぜ られ 且動 搖 せ ず ” とせ られ て ゐ る こ とを指 摘 す る に 止 めや う。 更 に形 態 を異 に す る 二對 象 に 依 て, 以 上 と同 じ目的 の 下に次 の如 き實 驗 が 考 へ られ る。 實 驗 Ⅵa 同 種 の, 共 に 充 實 した る圓 盤 同 志 の比 較 (N) に對 し, Nと して, 正 方 形 の 中 に圓 を く り抜 い た もの (Ⅵa) 及 び ブ リキ製, 幅2mmの 白色 の輪 (Ⅵa′) を使 用 し, 之 と從 來 用 ひ來 つ た圓 盤 (V) との 間 に 比 較 を行 ふ 。 然 る に か か るN自 身 が, 直 徑 相 等 し く と も大 き さの 印 象 を異 に す る故, ま づ基 準 實 驗 の場 合 のNと 現象 的 に等 し と判斷 せ られ た るⅥa及 び Ⅵa′のNを 求 め, 更 に そ れ ら とVと の比 較 を行 は し めた 。 第 十 二 表 中, 括 弧 内 の 數 値 は か くし て得 られ た るⅥa及 び Ⅵa′ の場 合 のNの 直 徑 を示 す もの で あ る。第 十 二 表
上述 の次 第 に よ り, こ の結 果 の數 値 を直 ち に比 較 して論 ず る こ とは困 難 で あ るが, 1) 概 括 して Ⅵa, Ⅵaの 場 合 がNに 比 して著 し く恒 常 性 の低 下 を見 る とい ふ こ とは 明 瞭 で あ ら う。 此 處 に於 て内 觀 報 告 を見 れ ば, 1) 各場合 のNは 現象的には それぞ れ相等 しと判斷せ られた ものであるが, 同列 に竝べた場 合 と奧行 を もつて提 示 された場合 とは何等 か條件的に異つた ものがあ ると考へ られ る。 2) 前掲
3) Kohler, W.: Zur Psychophysik u.s.w, S. 354-360
〔條 件 Ⅵa〕 Vp. Wd: 窓 が 開 く瞬 間 か す か にNの 大 き さが ちぢ む が, 開 いて しまふ と, 穴 といふ よ り, 寧 ろ四 角 の地 に 張 りつ け た丸 い 紙 の樣 にな る。 Vp. Tj: Nは 窓 の閉 つ た時 大 き くな る。 Vの 大 き さが變 る こ とはな し。 Vp. Os: 大 き さの變 化 は氣 づ か ず 。 Vp. Kb: Nを 見 てゐ る と上 下 に黑 い縁 が 出 來, 少 しち ぢ ま る。 〔條 件 Ⅵa′〕 Vp. Wd: Ⅵaの 方 がや さ し。 Vp. Tj: 時 々NとVと の距離 を考 へ る こ とが あつ た 。 共 に 白紙 の圓 の 時 は斯 樣 な こと はな い 。 Vp. Os: 大 き さは多 少 變 るが, 一 定 の方 向 な し。 Vp. Kb: Nの 大 きさ をVの 方 へ も つ て行 つ て比 較 す る といふ 感 じ。 立 體 的 な輪 (タ イ ヤの如 き) の樣 に な る と比 較 し易 い。 以 上 の如 く, 白紙 圓 のNの 動 搖變 化 は起 らぬが, 穴 又 は 輪 の見 え方 は 色 々に 變 化す る。 上 述 の二 實 驗 か ら, 安 定 性, 具 象 性 を缺 い た對 象 は 他 の 對 象 に 引 き寄 せ られ る如 く動 搖 變 化 し, か か る際 に は結 果 として 恒 常 性 は 減 少 す る とい ふ 事 實 が 認 め られ や う。 然 らば 斯 樣 な事 實 は如 何 に解 さる べ きか 。 飜 つ て見 る に, 既 述 の如 く, 比 較 の 場 に 於 け る空 間 構 造 が 鞏 固 で, 從 つ て, 恒 常 性 が 大 な る時 に は, この 樣 な 動 搖 現 象 は 殆 ん ど見 られ ず, 更 に, 最 も普 通 に 恒 常 現 象 の 見 られ る 日常 經 驗 に つ い て 考 へ れ ば, 吾 々の 眼 に 寫 る對 象 は常 に そ の空 間 中 に 固定 され, そ の空 間 は横 臥 し て之 を見 る も, 倒 立 して 之 を見 る も元 の 關 係 位置 を保 つ て, そ こに は上 述 の如 き實 驗 に 於 て見 られ た 動 搖 現 象 は見 出 さ れ い な の で あ る 。 か くて伊 吹 山, 秋 重 兩 氏2) の結 果 は この 間 の事 情 に 相 應 し, 更 にKohler の所 謂"Ruhe der Objekte bei Blickwendung" 3) の 問 題 が これ に 關 聯 して 想 起 せ られ る の で あ るが, 彼 は この 問 題 の解 決 の爲 に, 知 覺 す る “自我 ” に 對 應 し て, 大 腦 過 程 に 於 け る中 心 小 窩 的領 域 の特 殊 的機 能 を認 め, そ の もの と四圍 の領 域 との相 對 的 推 移 を考 へ て ゐ る樣 で あ るが, 吾 々は す で に, 恒 常 現 象 は比 較 過 程 を豫 想 す る と云 ひ, 比 較 は觀 察 者 と兩對 象 との 三 者 の 關 係 を も と として決 せ られ る とす れ ば, 恒 常現 象 な る もの の基 底 に 吾 々は 如何 な る 心的 過程 の ディナ ミー クを想 定 す べ き かが 次 の 問 題 とせ られ ね ば な ら ぬ 。
三 木: “大 き さの 恒 常”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と して の 空 間 構 造 255
Ⅶ
一 般 に二 つ の物 が 比較 せ られ る爲 に は, そ の 兩者 の 間 に何 等 か の 關 聯 が 豫 想 せ られ ね ば な らぬ 。 從 つ て今 吾 々の實 驗 に於 て, 恒 常 性 と呼 ぶ 事 實 に つ い て も, それ が, 現 象 的 大 き さ と實 際 の 大 き さ との間 に つ い て云 はれ る に して も, 遠 くに あ る もの と, 近 くに あ る もの との間 につ い て云 はれ る に して も, そ の間 に何 等 か の關 聯 が あ り, 比 較 過 程 の 存 在 が 豫想 せ られ る こ とは云 ふ ま で もな い 。 此 處 に於 て か, 恒 常 性 の 問題 は比 較過 程 の 問 題 の展 開 に よつ て漸 次 明 らか にせ らるべ き もの と考 へ られ るが, Kohler 1) に 從 つ て, 二 つ の對 象 の 比 較 は そ の兩 者 に對 應 す る二 過 程 間 の勾 配 (Potentialdifferenz) に よつ て 成 立 す る もの とすれ ば, 當 然 そ の勾 配 を規 定 す べ き二 過 程 間 の機 能 的 距離 が 問 題 とな る の で あ り, 從 つ て, 大 き さの恒 常 現 象 に 關 して は, Kohlerが 明 る さの 比 較 の問 題 に對 し て, 前 額 面 平 行 的 な 面 に 於 て明 らか に した 距 離 の 機 能 的 意 味 を, 更 に 三 次 元 的 な空 間 に 於 て考 へ る こ とが 問 題 解 明 の 道 を開 くもの と考 へ られ るの で あ る。 1) 前 掲 2) 高 木 貫 一: 前 掲 さて, 大 き さの 比 較 に 於 て, 比 較 者 が それ を最 も安 易 な氣 持 で遂 行 し得 るの は, 二 對 象 が 相 接 す る場 合 で あ るが, 實 驗 課 題 上, 二 對 象 の 位置 が 隔 た り, 且, そ の もの の移 動 が 許 され ざ る時 に は, 觀 察 者 自 らが, 二 對 象 に對 して (1) 兩 者 が 前 後 に重 つ て 被 驗 者 と一 直 線 に な るや う (2) 兩 者 が 被 驗者 よ り等距 離 に あ り, 即 ち 兩 者 を結 ぶ 線 が, 被 驗 者 に 對 し て前 額 面 平 行的 に な る樣 に, 移 動 す る こ とが 見 られ る。 2) 何 れ に し て も, 比 較 の課 題 に於 て は, 比較 對 象 が 現 象 的 に 出來 る丈 近接 す る こ と, 又 被 驗 者 に對 し て空 間 的 に 等 價 な距 離 を も つ こ とが, 課 題 を よ り充 足 的 に 遂 行 し得 る條 件 で あ る と見 られ る。 然 る に吾 々 の實 驗 に 於 て は, 兩 對 象 を含 む面 は, 現 象 的 に も, 多 くは被 驗 者 に對 し て或 る一 定 の角 度 を なす もの で あ るが, も し一 對 象 が 現 象 的 に安 定 性 を缺 き, 他 對 象 が 位 置 的 に固 定 して ゐ る と す れ ば, 比 較 の課 題 の下 に於 て は, 前 者 は後 者 との關 聯 に於 て, 出來 る丈, 被 驗 者 に對 し前 額 面 平行 的 な面 に近 づ か ん とす る傾 向 の存 す る こ とは, 前 節 の 實 驗 そ の他 に於 け る 被 驗 者 の 内 觀 に よつ て も推 察 せ られ る とこ ろ で あつ た。 然 し てか か る こ との結 果, 對 象 の大 き さは如 何 に變 化 す る ので あ ら うか。 無 論, 客 觀 的 には, 兩 者 共 動 か し得 べ き もの で は ない の で あ る か ら, その 樣 な 位 置 及 び 大 き さ の變 容 は 見 え の世 界 に 於 け る特 異 な現 はれ 方 に違 ひ ない 。 今, 之 れ を上 述 の比 較 の方 法 に關 して考 へ れ ば, 例 へ ば 月 と十 錢 白 銅 とは, 之 を竝 べ て比 較 すれ ば, 月 の方 が 遙 かに 大 き く見 え るが, 漸 次 之 を接 近 せ し め て 行 き, 一 度 び 兩 者 が 重 な る と, さ し もの 月 も十錢 白銅 の 小穴 の 中 に納 まつ て しま ひ, そ の限 りに 於 て, 月 は 十 錢 白銅 よ りも小 さい とも云 へ る。 又, 左 右 前 後 に 隔 つ た 二 つの 物の大 き さを比 較 す るに は, そ の ま ま見 較 べ た の で は 比 較 が 困 難 で あ るが, 吾 々は その い づれ か一 方 の輪 廓 を と らへ て, 之 を 平 行 線 的 或 ひ は 遠 近 法 的 に 延 長 す る こ とに よ つ て, 比 較 を完 結せ しめ る こ とが 出 來 る 。 即 ち, 以 上 の樣 な場 合 に は, 物 の大 き さ を輪 廓 とし て1) 或 る點 に 定位 して 見 る の で あつ て, そ の 場 合 に は, 大 き さの割 合 は大 體 網 膜 像 的 關 係 に近 似 して くる と考 へ るこ とが 出 來 や う。 然 して, こ こに云 ふ定 位 とは, そ の 時 の 比 較 の 場 に於 け る空 間 構 造 に よ つ て 規 定 さ れ る 比 較 對 象 間 の關 聯 を云 ふ の で あ つ て, この 關聯 に於 て比 較 が行 はれ る故 に, 吾 々 は これ を假 に 碇 泊面 (Verankerun gsflache) と呼 ば う。 か く考 へれ ば, 一 對 象 の安 定 性 が 缺 如 し, 他 對 象 が 基 點 となつ て前 額 面 平行 に近 づ く如 く碇 泊 面 が 作 られ る時 に は, 前 者 は網 膜 像 的規 定 に從 つ て, そ の面 に於 て輪 廓 として の 大 き さを 有 す る こ と とな る 故, そ の も の の 實 際 の大 き さ は これ よ り更 に 大 な る を要 し, 結 果 と して は恒 常 性 の減 少 を示 す 。 これ に反 して, 殆 ん ど完 全 に 近 い 程 の 恒 常 性が 見 られ る とい ふ 場 合 に は, 對 象 の 定 位 も鞏固 で あ り, 動 か し難 い もの で あ る こ と 日常 經 驗 に於 け る場 合 の如 くで あ る と す れ ば, 既 に 碇泊 面 な る もの は 觀察 者 に對 して前 額 面 平行 的 な關 係 に あ り と考 へ られ る の で あ る か ら, 機 能 的 に は, 觀察 者 が この場 合 の碇 泊 面 た る兩 對 象 を結 ぶ 面 に 垂 直 の 方 向に 移 動 した と考 へ られ ね ば な らな い。 こ の こ とは 既 述 の"Ruhe der Objekte bei Blickwendung"の 問 題 に 係 は り, 知 覺 に於 け る“自我 ”領 域 の 問 題 の解 決 に ま た ね ば な らぬ 所 で あ るが, 今 假 に, 大 腦 野 に 於け る 比 較 せ られ る二 對 象 竝 び に觀 察 者 の “自我 ” に 對 應 す る と ころ の三 つ の過 程 或 ひ は要 因 (Moment) を 三 つ の點 と考 へ る な らば, 以 上 の關 係 は第 四 圖 の如 き 模 型 に よつ て示 さ れ る で あ ら う。 然 して, この 模型 に 於 て如 何な る關 係 位 置 が とられ るか が, 大 き さ關係 を 決 定 す る こ と勿 論 で あ るが, そ れ は比 較 の場 に於 け る三 つ の 要 因 の平 衡 状 態 へ の歸 趨 に よつ て定 ま る とせ ら るべ きで あ ら う。
第
四
圖
A B 1) 梅 津 八 三: 描 畫 作 用 の機 能 的 考 察. 心 理 學 研 究 VI (1931). 極 限 の場 合 とし て, A圖NV′, N′Vの 時 は, それ ぞ れV′, N′がN及 びVを 基點 と して三 木: “大 き さの 恒 常”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 257 F 1) に對 し前 額 面 平 行 的 な る碇 泊 面 上 に 定 位 され, 輪 廓 として の大 き さ を保 つ 爲, 結 果 に 於 て は 恒 常 性 は 皆 無 とな り, 之 に 對 してNVの 時 は, NVが そ の ま ま碇 泊 面 とな り, 從 つ てFがF′ に 移 動 す る と考 へ, 客 觀 的 に等 價 のN, Vが 相 等 し と判 斷 され て , 絶 對 的 恒 常 を 示 す こ と とな るが, 以 上 二 者 の 中 間項 と して, 更 にNV", N"Vの諸 關 係, 從 つ て之 と垂 直 方面 へ のFの 移 動 (F") が 考 へ られ る。 然 るに 實 際 に於 て は, B圖 の如 くN , Vが 相 互 的 に 接 近 し て碇 泊 面 を な すべ く, それ ぞ れ のN"V"及F"の 關 係 が 成 立 す る と考 へ られ や う。 か くて 既 述 の諸 實 驗 を見 直 せ ば, 一 々 そ の結 果 に 對 す る解 釋 が 成 り立 つ わ け で あ る が, 改 め て この 模型 に 立 脚 した 若 干 の實 驗 を試 み や う。
實 驗 Ⅶ
上 記 の模 型AのNV′ の場 合 に對 應 す る もの と して, 窓 をNの 場 合 の左 半 分 の大 き さ とし, 右 半 分 の 中央 にNを 貼 りつ け, Vは 窓 の 内部 の空 間 に 吊 る (Ⅶa)。 又 同 じ くN′V の 場 合 に對 して は, N, V共 に窓 の 内 部 に あつ て, Vは 背 景 に 懸 り, Nを 中空 に 吊 り, 且 被 驗 者 側 の照 明 を 消 す (Ⅶb)。 模 型Bに 當 る もの と して は從 來 の 基準 實 驗 (Ⅶc)。 更 に , AのNVに 對 す る もの として, 實 驗 室 の 中壁 を取 り去 つ て 單一 の部 屋 とな し, 羅 紗 紙 張 りの机 の上 に露 出 して置 かれ た 二 個 の 枠 の衝 立 にN, Vを 提 示 す る (Ⅶd)。第 十
表
〔結 果 〕 第 十 三 表 に 示 す 。 OSの 一 例 (× 印) を 除 け ば, い づ れ も Ⅶa, Ⅶbの 場 合 が 最 も恒 常 性 は小 Ⅶdは 最 も大 で, そ の 中間 に Ⅶcが 來 る。 然 して 内 觀 に よれ ば, 全被 驗 者Ⅶdの 場 合 が 最 も空 間 的 に緊 密 で, “部 屋 の感 じはeinheithch” (Vp. Wd) で あ り, 對 象 の位 置 は 固 定 して, 大 き さの 動 搖 を見 ず, “兩 方 と も同 じ樣 な 重 み を もち, 固 着 して” (Vp. Um) を り, 從 つ て 判 斷 も容 易 で あ る 。 之 に反 して, Ⅶa及 Ⅶb で は, 共 に 壁 に つ い た 對 象 の方 が よ り大 な る安 定 性 を もち, 他 は 之 に對 し て位 置 及 大 き さ の動 搖 を生 ず る場 合 が 多 い 。 即 ち, Ⅶaで は, “奧 深 さは 前 ほ ど無 くな り, 距離 感 はある が變 り易 し。” (Vp. Wd) “Nを 見 てVを 見 ると, Vの 處 ヘ キチ ンと眼 を止 め る ことが 出 來 な い 。 即 ち, Vの 定位 が は つ き りしな いで, Nと 同列 にな る樣 で もあ り, 又Nの 面 か ら一 寸 退 い た點 にあ る時 もあ る。 Vの 空 間 的位 置 は變 じ易 く, さ ういふ 風 に距離 感 が 出 る時 もあ り, 出 な い時 も あ る ので, そ の意 味 で は判 斷 は 困難 。” (Vp. Um) 1) 大腦 過程 に於け る中心小窩領域 “Nが 安 定 して ゐ て 基 準 に な る , Vが 時 々變 る, Nは 絶 對 に 不 變 。” (Vp. Ty)“永 く見 て ゐ る と 兩 方 が 近 寄 つ て ぼ や け て 來, 距 離 も は つ き り しな く な る ”。 (Vp. Sb) の 如 くで あ り Ⅶbで は, “對 象 間 の 距 離 が 遠 い 樣 に 感 ぜ られ る, Vが 小 さ く感 ず る こ と は あ る が, 大 き くな る こ と は な い 。” (Vp. Wd) “Nの 大 き さ が 色 々 變 る, 後 ろ に 退 く時 は 大 き くな る, Vの 大 き さが 變 る こ と は な い 。 そ の 定 位 も鞏 固 で あ る 。 Nは 或 る 時 に は 背 景 と區 別 が つ か な くな つ て, 密 着 して ゐ る樣 な 氣 が し た 。 そ れ はNが 背 景 の と こ ろ ま で 後 退 す る と い ふ よ の も, 背 景 が 擴 つ て 來 て, 一 緒 に な る樣 な 感 じ で あ る。 そ の 時 は 距 離 は な く な り, 同 時 比 較 的 と な つ て 判 斷 は 容 易 で あ る 。 距 離 感 が あ る時 で も數 度 繰 り返 へ して 見 て ゐ る と 上 め 樣 な 状 態 に な る 。 そ う な る ま で は 判 斷 が 動 搖 す る”。 (Vp. Um) “Nは 比 較 的 後 退 して 見 え る , Vの 方 が 安 定 し て や る ”。 (Vp. Sb) 等 で あ り, 距 離 感 に於 て Ⅶaが いつ もよ り淺 い と云 は れ るに 對 し, Ⅶbで は 一 般 に 深 い と され なが ら, い づ れ も恒 常 性 は 減 少 して, ゐ る こ とは 注 目す べ く, 更 に この 條 件 に 於 て, 例 外 的 な結 果 と され た, Vp. Osで は “N, V間 の距 離 は非 常 に深 い, 殆 ん ど不 斷 の 二 倍 く らい 。 凝 視 した方 が 大 き くな る傾 向が あ るが, Ⅶbで はNを 見 る と小 さ くな るが, 今 日はNが 大 き くな る” と され て ゐ る の は注 意 す べ きで あ ら う。 か くて 動 搖 現 象 につ い て 云 へ ば, Ⅶaで はVに, Ⅶbで はNに そ れ が 見 られ, 結 果 に於 て は兩 者 共 恒 常 性 の減 少 を示 した こ とは 吾 々の 豫 想 を裏 書 きす る もの で あつ たが, 更 に Ⅶcに 於 ては結 果 の數 値 の 示 す 如 く, 上 記 の Ⅶa, Ⅶbと Ⅶdの 中 間 に あ り, 大 き さの變 容 も僅 か な が ら各被 驗 者 各樣 で あ り, “時 にN→Vと 見 てVが 小 の 時 に も, V→Nと 見 て Vが 大 とな る こ とが あ る” (Vp. Ty) の 如 き Ⅶa, Ⅶbの 中 間 的 な動 きが見 られ る。 か くて本 實 驗 は既 述 の諸 實 驗 か ら得 られ た 事 實 即 ち空 間 的 緊 密 性 或 ひ は定 位 性 と恒 常 性, そ し て見 え の大 き さの 變 容 現 象 との關 係 を一 應 整 頓 し得 て, さ きに掲 げ た模 型 的 假 定 を 實 證 し得 た が, な ほ之 を見 方 を變 へ て, 對 象 の 形 態 的 性 質 を 利 用 して, 對 象 間 の 關 聯 の 方 面 か ら見 れ ば, 次 の 如 き 實 驗 が 試 み られ や う。 實 驗 Ⅷ 同 種 又 は 異 種 の 形 態 を もつ 二 對 象 よ り, 兩 者 に共 通 な る要 素, 即 ち, 直 徑 又 は高 さに 當 る線 分 を抽 出 し, 之 を 比較 せ しむ 。 〔條 件 〕 Ⅷa N, V共 に圓 (Nと 同 じ)。 但 し, 兩 圓 の 竪 の 直 徑 の長 さの 比較 。 Ⅷb N, V共 に 正 方 形 。 兩 正 方 形 の 中 央 部 の 高 さ の比 較 。 Ⅷc N正 方 形, V圓 。 上 に 準 ず 。 Ⅷa N圓, V正 方 形 。 同 上 。 Ⅷe N正 三 角 形, V圓 。 同 上 。
三 木: “大 き さ の 恒 常”現 象 に 對 す る 規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 259 c, d, eの 三 者 は對 象 自體 の形, 或 ひは 面 積 か ら來 る, 大 き さの印 象 の相 異 の影 響 を考 慮 し た もの で あ る 。
第 十 四 表
〔結 果 〕 第 十 四 表 に 示 す 。 二 三 の 例 外 を除 いて 見 れ ば, 對 象 そ の もの の 印 象 か ら影 響 され る者 と, それ らに は 餘 り影 響 せ られ ず に抽 出 の 出 來 る もの とあ るが, 前 者 に於 てす ら, 對 象 そ の もの の 形, 面 積 等 か ら くる大 き さの 印 象 の 影 響 を も超 え て, 同 種 の對 象 の場 合 に は恒 常 性 は大 で あ り, 異 種 の對 象 の 場 合 に は 小 であ る こ とが 明 らか に見 られ る。 1) こ の こ とは, 對 象 が 同種 の 場 合 に は, そ の關 聯 も緊 密 とな り, 從 つ て全 體 に於 け る部 分 た る直 徑 の 抽 出 が 困 難 とな り, 逆 に異 種 の場 合 に は, 部 分 の抽 出が 容 易 とな るが 故 で あ る と推 論 し得 る で あ ら う し, 又 それ は 内觀 に よつ て も認 め得 る と こ ろで あ る。 そ し て 大 き さの 變 容 につ い て も, 既 に記 述 し た こ と と同樣 の こ とが 見 られ るの で あ るが, そ の 方 向に つ い て は, 前 實 驗 の如 き一 義 的 の報 告 は得 らるべ く もな か つ た 。 内觀 の 大 略 を 列 記 す れ ば,〔 Ⅷa〕 Vp. Wd: 比較 は圓 の 大 さ さの時 よ り幾 分 しに くい, 直徑 を抽 出 しよ う と し て も-出 來 る こ とは出 來 るが-直 線 で は な く, 幅 が あ る。 Vp. Tj: 大 き さが 大 きい か ら直徑 も大 といふ 樣 に な り勝 ち。 Vp. Kb: 兩對 象 の大 き さが同 じ位 だ と抽 出 しや す い が, 大 きさが 異ふ と直觀 的 に大 き さの 印象 か ら判 斷 す る。 Vp. Hg: ど う も圓 の方 に も ど る。 〔Ⅷb〕 Vp. Wd: と もす る と大 き さ全 體 を見 よ うと して, そ の點 が難 か しか つ た。 Vp. Tj: 高 さ を比 較 し よ うと して も面 積 が さき。 〔Ⅷc〕 Vp. Wd: 大 が い圓 の方 が小 さ く見 え る樣 な 氣 が す る。 Vp. Tj: こ ういふ 場 合, 大 き さで 判 斷 す るの が難 か しい か ら, 抽 象 した大 きさが主 に 働 く。 圓 の上 下 の切 線 と四角 の上 下 の邊 の延 長 を考 へ る。 Vp. Kb: 終 りの頃 □ →Ⅰの樣 に抽 象 が 出來 て 比較 し易 くな る。 〔Ⅷd〕 Vp. Wd: 難 か しい こ とは難 か しい が, Ⅷcの 時 と同 じ位。 各 々に凝 視 點 を うつ して繼 時 的 に見 る。 Vp. Tj: 判 斷 に 自信 が もてず, 覆 をす る とNが 大 き くな り, も う一 度 見 た くな る。 距 離 を無 視 して 兩 方 を同一 平 面 上 に し, 平 行 線 を作 つ た りす る。 1) この 場 合, 恒 常 性 の 大 小 と いふ 言 葉 は頗 る變 な 表現 で あ るが, 結 果 の數 値 に關 し て假 に斯 く言 ふ 。Vp. Os: 見 え の運 動 は い く らか あ つ たが, 一 定 傾 向 な し。 Vp. Kb: 圓 の 直徑 が _??_→Ⅰの樣 に抽 出 され て割 合 に比 較 し易 い。 圓 の方 が 幾分 小 さ く な り勝 ち。 〔Ⅷe〕 Vp. Wd: 三角 の方 が 四 角 よ り高 さの抽 出 は割 に容 易。 Vp. Tj: 大 きい とか小 さい とかい つ て も, 圓 がふ くらむ樣 な感 じの時 に は 圓が 大, 三 角 が尖 つ て見 え る時 は三 角形 が 大 といふ や うな ことで 判斷 した 。 判 斷 に 自信 な し。 一 度 に見 る ことは賴 りな い こ とだが , 兩方 を同一平面 に置いて平行線で較べ るといふ や り方 。 Vp. Kb, Hg: 三 角 の方 が 上 へ延 び る。 以 上 の 内 觀 に よれ ば, 動 搖 現 象 に つ い て は, 前 述 の如 く一義 的 な 方 向性 は見 られ な か つ た が, 比 較 の 仕 方 に つ い ては, 對 象 間 の關 聯 が 緊 密性 を缺 く Ⅷc以 下 の場 合 に は, 對 象 の 現 象 的 定 位 性 を缺 き, 物 を 重 ね て 見 る こ とに類 似 す る と考 へ られ るや うな “各 々 に凝 視 點 を移 し て, 繼 時 的 に見 る” (Vp. Wd, Ⅷd) 場 合 や, “同一 平 面 に置 い て平 行線 で 較 べ る “(Vp. Tj, Ⅷd, e) とい ふ 樣 な こ とが容 易 に 行 は れ得 る こ とを 示 し, そ の結 果 も吾 々の 豫 想 を滿 足 せ しむ る もの で あつ た。
Ⅷ
上 述 の如 く三 次 元 空 間 に於 け る比 較 が, 中樞 過 程 に 於 け る, 對 象 及 び觀 察 者 の“自我 ” 領 域 に 應 ず る要 因 の平 衡 状 態 の下 に於 け る, 比 較 對 象 に對 應 す る過 程 間 の 勾 配 に よつ て 決 せ られ る とす る な らば, 特 殊 の 空 間 構 造 に よつ て, 或 ひ は 特 殊 の 把 握 態 度 に よつ て, そ の 平 衡 が 歪 め られ る時 に は, それ に應 じて見 えの 大 き さの變 化 が 現 はれ る筈 で あ る。 か か る豫 想 の下 に次 の如 き實 驗 を行 つ て見 た 。 實 驗 Ⅸ第
五
圖
Ⅸ a Ⅸ b Ⅸ c Ⅸ d觀察者及對象 の位置及 び方 海に加工 し, 被驗者 の室 間把 握に何 等かの歪みを與へ ん と
す う 。 そ の爲 に加 へ た實 驗 場 の變 化 を 圖 示 す れ ば, 第 五 圖 の如 し。 まづ, Ⅸ a, Ⅸ bに つ い て 實 驗 を行 ふ 。 この 場 合N, Vの 面 は 被 驗 者 に 對 して45° の 斜 方 向 に あ り, 從 つ て 對 象 は 楕 圓 と して 見三 木: “大 き さ の 恒 常 ”現 象 に 對 す る規 定 條 件 と し て の 空 間 構 造 261 られ る 。 然 してN, Vの 位 置 を左 右 に變 ず る こ とは, 單 に位 置 關 係 の み で は な く, 空 間 的 に 可 な りの 相 異 を示 す もの で あつ た。 〔Ⅸa〕 Vp. Wd: い く分 空 間性 が うす れ て ゐ る。 窓 で區 切 られ て ゐ る感 が あ る。 Vp. Os: 正面 の時 よ り對 象 間 の距 りは小 。 對 象 間 に薄 べ つ た い 空間 が あ る樣 に感 ず る。 〔Ⅸb〕 Vp. Wd: 自分 の位 置 が不 安 定 で, 眞 正 面 か ら見 た い といふ 感 じが す る。 Vp. Tj: 全 體 と して不 自然, 空 間 が斜 め で あ る。 汽 車 の窓 か ら斜 め に景 色 を見 るや う な 。 以 上 の二 者 を それ ぞ れ 基 準 條 件 に於 てNを 左, 右 に變 じた もの と比 較 す る。
第 十 五 表
〔結 果 〕 第 十 五 表 に 示 す 。 この結 果 はN 右 とN左 の場 合 の著 しき相 異 を 示 し, 從 つ て 之 を以 て空 間 的 歪 み の 問 題 に 言 及 す る こ とは 許 され な い で あ ら う。 この こ とは 後 に 明 らか にせ られ る通 り, この 時 の 被 驗 者 が 過 去 半 年 に互 つ て, 常 にN右 の場 合 の み に つ き觀 察 を行 つ て來 た こ とに起 因 す る如 くで あ るが, た だ それ に も拘 らず, 内 觀 的 に は 本 實 驗 の 目的 に 相 應 した 空 間 把 握 の樣 相 の 見 られ た こ とは, か か る試 み が 全 然 無意 味 で な い こ と を 示す もの で あ つ た 。 仍 て, 被 驗 者 を全 然 新 ら しき入 に して之 の 實驗 を繰 り返 し て見 る。 なほ, 實 驗 系 列 に よる影 響 を顧 慮 し て各 被 驗 者 各 樣 の順 序 で之 を 行つ た 。 第 十 六 表 中括 弧内の數 字はその順 序を示す。
第 十 六 表
〔
結果 〕
第十六表 を示す 。
結 果は正面の場 合
には對 象を左右相稱的に變 位して も, 空間 的には
何等影響が ない ことを明 らかに してゐ る。
從つ て
前 實驗に於 て豫想せ られ た こ とが確か め られ た と
共 に, 斜方 向の場 合の左右 の相異 は空間構造 の歪
み に よる もの と解 せ られ る。 然 し て斜 方 向 の場 合 は, 正 面 の 場 合 に 比 し て, Vp. Sb, Ⅸb を 除 け ば, 恒 常 性 の增 大 を 見, 斜 方 向 のNの 左 右 に關 し て は必 ず し も結 果 を等 し くしな い 。 こ の 點 に 關 し ては 内 觀 を仔 細 に檢 すれ ば, 何 程 か の 手 掛 りを得 るの で は あ るが, 資 料 少 き故, 此 處 に 於 ては, 唯, か か る事 實 の存 在 を指 摘 し, 空 間 的 歪 み に關 して は將 來 に 殘 され た 問 題 とし て置 くのが 妥 當 で あ ら う。 な ほ所 謂 超 恒 常 現 象 と謂 は る べ き もの も これ に 關 聯 し て考 へ られ る と思 はれ る 。 實 驗 條 件, Ⅸc, Ⅸdに 就 て は奮 被 驗 者Wd, Tj, Os, Kbに の み 之 を行 ひ, 新 被 驗 者 に及 ぶ 時 間 的餘 裕 を 有 せ ざ りし爲, 結 果 に 於 て は見 るべ き相 異 が 現 は れ なか つ た の で あ るが, 内 觀 的 に は 示 唆 に 富 む も のが あ り, かね て, 今 後 の問 題 へ の 手 掛 り とし て, 之 を も 圖示した次 第 で あ る 。
Ⅸ
前 節 の實 驗 に於 て, は しな くも長 期 間 に 瓦 つ て一 定 の對 象 の 配置 の1に 實 驗 を繼 續 し 來 つ た 被驗 者 に あつ て は, その 配 置 關 係 を左 右 相稱 的 に變 じ て も著 し き恒 常性 の減 少 す る を見, 然 る に, そ の 吟 味 の 爲 に 行つ た 新 被 驗 者 に 於 ては 何 等 か か る傾 向 を 示 さず, こ の 現象 が所 謂空 間錯 誤 に屬 せ ざ る もの で あ る こ とを明 か に した 。 然 しな が ら, こ の場 合 の恒 常 性 の減 少 とい ふ のは, 寧 ろ, 元 の配 置 關 係 に於 け る最 初 の 状態 に も どつ た とな す べ きで あ つ て, 之 を云 ひか へ れ ば, 恒 常 現象 に 於 て も練 習 の 効 果 とも云 は るべ き もの が 存 在 す る こ とを 示 す もの で あ ら う。 こ の樣 な事 實 は, 既 にKlimpfinger 1) に よつ て も明 らか にせ られ た處 で あ るが, か か る 場合 の練 習 の 効果 とは 如何 な る もの で あ ら うか 。 これ に つ い て憶 測 を なす な らば, さ きに 示 した模 型 に よれ ば, N, Vを 結 ぶ面 に近 く碇 の 泊 面 が 成 立 して, 之 に垂 直 な る方 向にFが 移 動 す れ ば す る程, 恒 常 性 は 大 とな る と考 へ られ る。 從 つ て, そ の 限 りに於 て は, 練 習 の効 果 とは, Fの 動 き得 る軌 道2) の 開 拓 の程 度 に歸 す る こ とが 出 來や う。 例 へ ば, 吾 々は 未 知 の 場 所 に 入 る と 何 とな く身 狹 く感 じ, 壓 迫 を感 ず るが, そ こ に暫 く馴 れ る と, 漸 次 心 安 く, そ の 中 を 自由 に動 き廻 れ る樣 に 思 はれ て くる。 斯 樣 な こ とは, 情 意 の 問 題 で あ る と な され るか も 知 れ ぬ が, そ こに も知 覺 的 意 味 が ある の で は あ るま い か 。 然 して か か る軌 道 とは, 精神 物 理 的 に は 所 謂痕 跡 (Spur) と考 へ られ る もの で あつ て, か くて再 び 知 覺 と記 憶 或 ひ は知 覺 と經 驗 の 問題 が 取 上 げ られ るべ きで は あ る まい か と思 は れ るの で あ る。1) Klimpfinger,S.: Uber den Einfluss von Einstellung und Ubung auf die Gestaltkonstanz. Arch. f. d. ges. Psychol. 88 (1933).
2) これ に 關 聯 して Koffka, K.: Grundlagen der Psychischen Entwikluug. S. 175 參 照.
3) Lauenstein, O.: Eine Beobachtung zur Sehgrossenkonstanz. Psychol. Forsch. 19 (1934).