初期生命の好熱性 199
総 説
ゲノム配列の比較から明らかになった初期生命の好熱性
赤 沼 哲 史
*
(2015年12月9日受付,2016年2月22日受理)
Thermophilicity of early life revealed by comparing extant genomes
Satoshi A
kAnumA*
Faculty of Human Sciences, Waseda University
2‒579‒15 Mikajima, Tokorozawa, Saitama 359‒1192, Japan
* E-mail: [email protected]
Understanding the origin and early evolution of life is fundamental to improve our knowl-edge on ancient living systems and their environments. Information about the environment of early Earth is sometimes obtained from fossil records. However, no fossil records of ancient or-ganisms that lived more than 3,500 million years ago have been found. Instead, we can now predict the sequences of ancient genes and proteins by comparing extant genome sequences ac-cumulated by the genome project of various organisms. A number of computational studies have focused on ancestral base contents of ribosomal RNAs and the amino acid compositions of ancestral proteins, estimating the environmental temperatures of early life with conflicting conclusions. On the other hand, we experimentally resurrected inferred ancestral amino acid sequences of nucleoside diphosphate kinase that might have existed 3,500‒3,800 million years ago. The resurrected proteins are stable around 100℃, being consistent with the thermophilic ancestry of life. Our experimental data do not exclusively indicate the thermophilic origin of life; rather, our conclusion is compatible with the idea that the hyperthermophilic ancestor was selected for increased environmental temperatures of early Earth probably caused by meteorite impacts.
Key words: Early life, Commonote, Thermophilicity, Ancestral protein, Phylogenetic analysis, Ancestral sequence reconstruction, Archean eon
1. は じ め に
地球最古の生物はどのような特徴を持ち,どのよう な環境に生息し,初期の地球環境の変化にどのように 関わったのだろうか? 地球における生物の進化に関 する情報の多くは,化石または微化石から得られてき た。現在までに見つかっている地球最古の生物化石 は,オーストラリア北西部にある35億年前の岩石か ら20年以上前に見つかった微化石である (Schopf, 1993)。35億年前にメタン生成菌が存在した証拠や (Ueno et al., 2006),生物による硫酸塩還元の痕跡も 見つかっている (Shen et al., 2001)。さらに,38‒41 億年前にはすでに地球に生物が誕生していたことも示唆されている(Rosing, 1999; Bell et al., 2015)。し かし,35億年前よりも以前の生物の形態を示す化石 はいまだに発見されていない。一方,近年,急速に増 え続けている生物のゲノムデータを利用することに よって,地球生物の進化系統関係を高い精度で明らか にすることが可能になりつつある。そのおかげで,地 球における生物の初期進化の過程が少しずつ明らかに なってきた。さらに,現存生物の膨大なゲノムデータ を比較することによって,祖先生物が持っていた遺伝 子の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配列を推定する ことも可能になりつつあり,推定した配列を持つ祖先 遺伝子や祖先タンパク質を実験によって復元すること もできるようになってきた (Thornton, 2004)。現在 のタンパク質のさまざまな性質は,そのタンパク質が 働く環境,つまり,そのタンパク質を持つ生物の生育 環境に非常によく適応していることが知られている。 Chikyukagaku(Geochemistry)50,199‒210(2016) doi:10.14934/chikyukagaku.50.199 早稲田大学人間科学学術院 〒359‒1192 埼玉県所沢市三ケ島2‒579‒15
同じことが,35億年以上前に生息していた生物が 持っていたタンパク質でも言えるだろう。したがっ て,祖先生物がもっていたタンパク質を復元して,そ の性質を解析すれば,祖先生物の特徴と生育環境が類 推できるはずである (Gaucher et al., 2010; Boussau and Gouy, 2012)。本稿では,現在の地球上に生息し ているすべての生物の共通祖先生物について概説する とともに,著者らが最近おこなった研究も含め,全生 物共通の祖先生物の生育環境温度を推定した研究につ いて解説する。
2. 全生物最後の共通祖先コモノート
2.1 生物の分子分類と進化系統樹 現在の地球上に生息している生物はさまざまな方法 で分類される。例えば,核膜の有無に基づく原核生物 と真核生物への分類,エネルギーの獲得方法の違いに 基づく独立栄養生物と従属栄養生物への分類などがあ るが,進化的な類縁性を最も反映すると考えられてい るのが,遺伝子の塩基配列やタンパク質のアミノ酸配 列の類似性に基づいた分子分類である。分子分類で は,すべての生物が共通して持つ遺伝子やタンパク質 の配列を比較し,配列が似ているほど進化的に類縁で あると考える。Fig. 1は,現存のすべての生物が共通 して持つ,細胞内のタンパク質合成装置であるリボ ソームの一部を構成するリボソームRNAの塩基配列 の比較から作られた進化系統樹である(Woese, 1987; Woese et al., 1990)。進化系統樹とは,生物が進化し てきた道筋を,樹木が根から幹,そして枝へと分岐し ていく様子になぞらえて表現したものである。すなわ ち,根の位置が起源に相当し,枝の端が現在に相当す る。Fig. 1の系統樹を見ると,現存の生物は3つのド メイン,すなわち,真正細菌・古細菌・真核生物に3 分類されることがわかる。この分類は,今でも進化的 な類縁性を反映した生物の分類法として広く受け入れ られている。さらに,この系統樹の根は一つであるの で,すべての生物がたった一つの共通祖先生物から進 化してきたことも表している。 系統樹は本来,現存生物の相対的な進化的類縁性を 表しており,単一の遺伝子群やタンパク質群を用いて 作成した場合,根の位置が決まらない無根系統樹とな る。系統樹に根を付けるためには,全生物の共通祖先 生物の出現以前に遺伝子重複により分岐した複数の遺 伝子(タンパク質)群を含む複合系統樹が必要とな る。2つの遺伝子群を含む複合系統樹では,一方の遺 伝子群が他方の遺伝子群の外群となり,他方の遺伝子 群の共通祖先の位置が決定される。翻訳伸長因子の複 合系統樹,あるいは,ATP合成酵素の複合系統樹か ら,全生物共通の祖先生物は真正細菌の共通祖先と古 細菌の共通祖先とをつなぐ枝に位置することが示され た (Gogarten et al., 1989; Iwabe et al., 1989)。Fig. 1の系統樹の根の位置は,これらの結果に基づいて付 けられた。 Fig. 1の生物の系統樹では,最も左端が生命の起源 である。全生物共通の祖先生物はその少し右側のaの 位置に相当する。つまり,生命の起源となった生物と 全生物共通の祖先生物とは異なっている。全生物共通 の祖先生物と生命の起源,すなわち,地球上に最初に 誕生した生物とを区別するために,前者は厳密には全 生物の「最後」の共通祖先と呼ぶ必要がある。「最後」 とは,現在に最も近いという意味である。全生物の 「最後」の共通祖先は,論文等ではしばしばLUCA (Last Universal Common Ancestor) あるいはLUA (Last Universal Ancestor) と表現されることもあるが,本稿では,山岸(Yamagishi et al., 1998) によっ て名付けられた「コモノート」の呼称を採用すること にする。
2.2 コモノートはどのような生物であったのだろ うか?
Woese and Fox (1977) は,全生物最後の共通祖先 Fig. 1 A phylogenetic tree of life constructed by
compar-ing ribosomal RNA sequences (Woese, 1987; Woese et al., 1990). a, the position of the last uni-versal common ancestor (Commonote); b, the position of the last common ancestor of Bacteria; c, the position of the last common ancestor of Archaea; d, the position of the last common ancestor of Eucarya.
の段階では生命はまだしっかりとした細胞の形には なっておらず,前生物的な状態であるプロゲノートで あった可能性を指摘した。彼らは,生物が現在の細胞 の形として現れたのは,真正細菌と古細菌に種分化し た後であると述べている。一方,分子進化学において しばしば用いられる最大節約(parsimony)にしたが えば,古細菌・真正細菌・真核生物が共通して持つ遺 伝子は,古細菌の系統・真核生物の系統・真正細菌の 系統において偶然同じ遺伝子が誕生したのではなく, コモノートがすでにその遺伝子を持っていたと考える ことになる。すると,コモノートはすでに,現存の生 物が共通して持つ遺伝情報の複製の仕組みやタンパク 質合成の仕組みを確立していたと考えることができる (Yamagishi et al., 1998)。 さ ら に, コ モ ノ ー ト は
安 定 な 細 胞 膜 に 囲 ま れ (Shimada and Yamagishi, 2011), 環 状 のDNAを 遺 伝 物 質 と し (Yamagishi and Oshima, 1990),基本的な代謝系を持っていたこ とも推測できる (Mirkin et al., 2003; Ranea et al., 2006)。つまり,コモノートは現存の原核生物に似た 生物であったと思われる。
3. コモノ ー トに生育環境温度に関する初
期の研究
初期生命がどのような環境に生息していたのかにつ いての論争は長く続いており,現在もまだはっきりと 決着がついているわけではない。特に,コモノートの 生育温度については激しい議論がおこなわれてきた。 1990年代には,コモノートは80℃以上の高温環境に 生息していた超好熱菌であったという考えが主流で あった。リボソームRNAの塩基配列を比較して作成 した系統樹を見ると,根元の近くから分岐する枝に は,真正細菌の系統,古細菌の系統のどちらにおいて も超好熱菌が多く見られた。したがって,真正細菌の 最後の共通祖先生物,古細菌の最後の共通祖先生物, そして全生物の最後の共通祖先生物コモノートはい ずれも超好熱菌であったと考えられた (Pace, 1991; Stetter, 1996)。しかし,初期生命の「超好熱菌説」 に反対する意見も出されるようになった。Miller and Lazcano (1995) は,ATPなどの生体関連物質が熱に 不安定であることから,初期生命は超好熱菌ではあり 得ないと述べた。RNAの骨格となるリボースやその 誘導体の高温での分解速度が著しく速いことは,実験 により示されている (Larralde et al., 1995)。Doolit-tle (1999) は,そもそも正確な生物の進化系統樹を描くことは難しく,進化系統樹を根拠にした初期生命の 「超好熱菌説」に信頼性はないと指摘した。実際,
Brochier and Philippe (2002) が作成した真正細菌の 系統樹では,真正細菌の共通祖先に相当する根元の近 くから出ている枝は,ThermotogaやAquifexといっ た超好熱性真正細菌の系統ではなく,常温菌の系統で あった。 好熱性微生物に特徴的なタンパク質であるリバース ジャイレースの起源と進化に関する考察も,コモノー トの超好熱菌説を否定した。リバースジャイレースは ATP依存型のDNAトポイソメラーゼの一種である が,生物学的な役割ははっきりとはわかっていない。 しかし,これまで知られている超好熱性微生物はすべ てリバースジャイレースの遺伝子を持つことから,リ バースジャイレースは,生物が高温環境に生息するた めに必須な役割を果たしていると考えられた (Fort-erre, 2002)。リバースジャイレースは進化的に関連 しない2つのドメイン,トポイソメラーゼドメインと ヘリカーゼドメインから構成される (Declais et al., 2000)。それぞれのドメインが独立に誕生し,進化し た後に融合してリバースジャイレースが誕生したと考 えると,2つのドメインが融合するよりも以前の生物 は 超 好 熱 性 で は あ り 得 ず (Heine and Chandra, 2009), 2つのドメインが融合した時以降に超好熱性生 物 が 出 現 し た こ と に な る(Forterre, 1996)。 し た がって,初期生命は超好熱性ではありえないと考えら れた。しかし,トポイソメラーゼドメインとヘリカー ゼドメインの起源はコモノートよりも前であり,コモ ノートの時代にはすでに2つのドメインが融合し,リ バースジャイレースが誕生していたという解釈も成り 立つ。つまり,リバースジャイレースの起源と進化か らの考察は,コモノート以前の生物,すなわち,生命 の起源からコモノートに至る間の時期に存在した生物 が常温性であったことを示すかもしれないが,コモ ノートが超好熱性であった可能性を完全に否定するわ けではない。むしろ,コモノートが生息した同時期に は低温から高温までの幅広い温度環境にさまざまな生 物が生息していたが,何らかの理由により地球の温度 が急激に上昇した結果,コモノート以外の生物は死滅 し,高温環境に適応していたコモノートのみが生き 残ったという議論とも合致する。
4. コンピ ュ ー タ解析から推定されたコモ
ノートの生育温度
4.1 コンピュータ解析による祖先配列の推定 ここで,タンパク質のアミノ酸配列と進化との関係 についておさらいしておきたい。タンパク質は,20 種類のアミノ酸が数十個から数千個,数珠状に連結し たポリペプチド鎖からなる。アミノ酸の並び順はその タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列によって決 まっている。ポリペプチド鎖は自発的に立体構造を形 成するが,どのような形になるかは,アミノ酸の並び 順によって決まっている。遺伝子の塩基配列は親から 子,子から孫へと遺伝するので,タンパク質のアミノ 酸配列も間接的に遺伝することになる(Fig. 2A)。た だし,遺伝子の塩基配列は100%正確に遺伝するわけ ではなく,ごくまれに変化する(突然変異と呼ぶ)。 突然変異の頻度は決して高くはないが,長い進化の過 程では,それなりに多くの突然変異が遺伝子に蓄積し てきた。したがって,タンパク質のアミノ酸配列も進 化の過程で変化してきた。タンパク質の機能はポリペ プチド鎖が折りたたまれて形成する立体構造によって 決まる。タンパク質の立体構造は,アミノ酸配列の変 化に対して寛容であることが多く,類似性が50%程 度しかないアミノ酸配列がとてもよく似た立体構造へ と折りたたまれて,同じ機能を持つ場合も多く知られ ている。一方,アミノ酸配列の違いが立体構造には影 響を与えない場合でも,耐熱性などのタンパク質の性 質に影響する場合がある。異なる環境に生息する生物 が持つ同一の機能を持つタンパク質の立体構造は類似 しているが,アミノ酸配列が異なっているのは,タン パク質が生物の進化に伴って,それぞれの環境に適応 するために,立体構造を変化させることなくアミノ酸Fig. 2 Inheritance of biopolymers. (A) The genetic information in a gene is transcribed into the mRNA and then translated into the amino acid sequence of the polypeptide chain. The polypeptide chain spontaneously folds into the tertiary structure specified by the amino acid sequence to form the functional protein. Because the genetic information is inherited into the descendants, the amino acid sequence of the protein is also inherited into the descendants. (B) Homologous proteins diverged from a common ancestor with the evolution of the host organisms generally share an almost identical tertiary structure and function. In contrast, their physical properties are often varied; thermophilic proteins are thermally stable whereas mesophilic counterparts are less stable.
配列を変化させてきたからである(Fig. 2B)。 20世紀の終わり頃から,異なる生物が持つ同一の 遺伝子(相同遺伝子)の塩基配列の比較や,異なる生 物が持つ同一のタンパク質(相同タンパク質)のアミ ノ酸配列(相同アミノ酸配列)の比較から,それらの 遺伝子やタンパク質が,祖先遺伝子・祖先タンパク質 からどのように配列を変化させて進化してきたのか解 析されるようになり,さらに,祖先塩基配列・祖先ア ミノ酸配列も推定されるようになった (Messier and Stewart, 1997; Thornton, 2004; Richter et al., 2010; Perez-Jimenez et al., 2011)。祖先配列の推定法を簡 単に説明する(Fig. 3)。まず,(A)対象とする遺伝 子やタンパク質を選び,さまざまな生物が持つ対象と する遺伝子あるいはタンパク質の配列を,インター ネットを経由してデーターベースから収集する。次い で,(B)収集した配列を相同性に基づいて整列させ た多重配列アライメントを作成する。その後,(C) 進化系統樹を構築し,その系統樹に基づいて,(D) 共通の祖先が持っていた遺伝子の塩基配列やタンパク 質の配列を推定する。祖先型アミノ酸配列の推定は多 重配列アライメント(Fig. 3B)を縦に見て比べるこ とによりおこなう。いろいろな生物が持つ相同タンパ ク質のアミノ酸配列を比較した際,Fig. 3Bの一番左 側の座位や2番目の座位のようにすべての生物が同じ アミノ酸を持つ部位は,そのアミノ酸が祖先型アミノ 酸であると推定できる。生物によって異なるアミノ酸 を持つ部位については,Fig. 4に示す方法で祖先型ア ミノ酸を推定できる。Fig. 4の系統樹の右端には, Fig. 3Bの四角で囲った座位のアミノ酸を示している。 隣りあった枝のアミノ酸が同じアミノ酸であれば,そ の二つの共通祖先も同じであると推定できる。Fig. 4 を見ると一番上の枝とその一つ下の枝はどちらもAで ある。したがって,それらの共通祖先に相当する分岐 点1もAであると予想できる。ところが,その隣の枝 はVであるので,分岐点4はAかVか決まらない。し かし,さらに って隣の枝を見るとVがあるので,分 岐点7はVと予想できる。同様にして分岐点2, 3, 5, 6, 8のアミノ酸を予想し,最終的に根の位置に相当す Fig. 3 Flow chart of the steps to reconstruct ancestral protein. The details of each step are described in
the text.
Fig. 4 Inferring the ancestral amino acid at a position. See text for the details of the concept to infer the ancestral amino acid.
る分岐点9のアミノ酸はVと予想できる。したがっ て,この座位の祖先型アミノ酸はVであると推定され る。祖先遺伝子配列の解析もほぼ同様の方法で可能で ある。 4.2 祖先配列の塩基組成,アミノ酸組成から推定 したコモノートの生育温度 RNAは多数のリボヌクレオチドが鎖状に結合した 高分子である。リボヌクレオチドは,塩基・リボー ス・リン酸基から構成される。RNAに使われる塩基 に は, ア デ ニ ン(A)・ シ ト シ ン(C)・ グ ア ニ ン (G)・ウラシル(U)の4種類がある。これらのうち, アデニンとウラシルとが2本の水素結合によって塩基 対を形成することができ,シトシンとグアニンとが3 本の水素結合によって塩基対を形成することができ る。したがって,アデニンとウラシル間の塩基対に比 べて,シトシンとグアニン間の塩基対の方が安定であ る。現存の原核生物,すなわち,真正細菌と古細菌が 持つリボソームRNAのグアニンとシトシンの割合 (GC含量)とそのRNAを持つ宿主生物の生育温度と の間には良い相関があることが知られている。した がって,Galtier et al. (1999) は,全生物共通の祖先 生物コモノートのリボソームRNAの塩基配列を推定 すると,そのGC含量から祖先生物の生育温度を推定 することができると考えた。Galtier et al. が推定し た祖先塩基配列のGC含量は,コモノートが好熱性で はなく,常温環境に生育していたことを示した。とこ ろが,推定される祖先配列は,推定に用いる進化系統 樹の樹形やアルゴリズムの違いによって変化すること がある。Di Giulio (2000)は,Galtier et al. が用い たのと同じリボソームRNA塩基配列データセットを 異なるアルゴリズムで解析し,全生物共通の祖先生物 コモノートはとても高い温度環境で生息した超好熱菌 であったと反論した。 祖先アミノ酸配列のアミノ酸組成から祖先生物の生 育環境温度の推定もおこなわれてきた。Brooks et al. (2004)は,いくつかのタンパク質を対象に,コモ ノートの時代の祖先アミノ酸配列を推定した。その祖 先アミノ酸配列のアミノ酸組成を,現存生物が持つ同 じタンパク質のアミノ酸組成と比較したところ,常温 生物よりもむしろ好熱性生物のアミノ酸組成と似てい たことから,コモノートは好熱菌であったらしいと主 張した。
Groussin and Gouy (2011) は,古細菌の系統関係 を網羅的に解析した。彼らは,リボソームRNAの GC含量とタンパク質のアミノ酸組成から,古細菌系 統内の生育温度の変遷を解析し,系統樹上の最も古い 古細菌,すなわち,全古細菌の最後の共通祖先生物は 超好熱菌であり,現存の常温性古細菌は,進化の過程 で低温環境に適応進化したと述べた。 全生物の分子系統と生育温度の変遷を解析した研究 も報告されている。Boussau et al. (2008) は,系統 樹上におけるリボソームRNAのGC含量とタンパク 質のアミノ酸組成の変化を解析し,その結果,真正細 菌の最後の共通祖先生物と古細菌の最後の共通祖先生 物は好熱性であったが,全生物の最後の共通祖先コモ ノートは常温性であったと報告した。Groussin et al. (2013)も,祖先リボソームRNAのGC含量を計算 し,祖先生物の生育環境温度を推定した。Groussin et al. が計算したコモノートの生育温度は33‒68℃で あり,1‒37℃と算出したBoussau et al. の推定値より も高い温度であった。しかし,Groussin et al. の推定 でも,コモノートは真正細菌の最後の共通祖先生物と 古細菌の最後の共通祖先生物よりも低い温度環境で生 育していたことを示した。 このように,初期生命の生育環境温度に焦点を当て た多くのコンピュータ解析を用いた研究がおこなわれ てきたが,得られた結論はさまざまであり,統一見解 は導かれてこなかった。それ以上に問題となるのが, 初期生命が持つリボソームRNAのGC含量と生育温 度が相関するという仮説である。現存の生物が持つリ ボソームRNAのGC含量と生育温度の関係が,その まま初期生命にも当てはまるかは明らかではない。ア ミノ酸組成に関しても,多くのタンパク質が少数のア ミノ酸置換によって,変性温度が大きく変化する場合 が多いことが知られている。したがって,リボソーム RNAのGC含量やアミノ酸組成から推定された生育 温度は,実験的な裏付けが得られるまでは,推論の域 を出ないと言える。
5. 実験によるコモノートの生育温度の推定
5.1 コモノート超好熱菌説の実験による検証 山岸らはコモノートが超好熱菌であったどうかを実 験によって検証した(Table 1)。コモノートが超好熱 菌であったとすると,コモノートのタンパク質は高い 耐熱性を持っていたはずである。つまり,対象とする タンパク質のある座位について,コモノートのタンパ ク質が持っていたアミノ酸はコモノートのタンパク質 が持っていなかったアミノ酸と比べ,タンパク質の耐熱性に大きく寄与するだろうと山岸らは考えた。彼ら は,最初にアミノ酸の一種であるロイシンの細胞内合 成に関わっているタンパク質である3-イソプロピル リンゴ酸脱水素酵素 (IPMDH) と,エネルギー代謝 の中心であるTCA回路で働くイソクエン酸脱水素酵 素 (ICDH) に着目した。IPMDHとICDHは,一つ の共通の祖先酵素から派生した双子の酵素であると考 えられている。山岸らは,まずコモノートが持ってい たと思われるIPMDHのアミノ酸配列を推定した。次 いで,推定したコモノートのアミノ酸配列中のアミノ 酸を,80℃を至適生育温度とする超好熱菌Sulfolo-bus tokodaiiが持つIPMDHにアミノ酸置換として導 入した。このようにして作製された変異型IPMDHの 変性温度を調べたところ,作製した6つの変異型 IPMDHのうちの4つが元の超好熱菌IPMDHよりも 高い変性温度を持つことがわかった (Miyazaki et al., 2001)。同様の実験が,75℃を至適生育温度とする高 度好熱菌Thermus thermophilusが持つIPMDHを用 いてもおこなわれた。推定されたコモノートのアミノ 酸配列中のアミノ酸が一つだけ導入された12個のT. thermophiles IPMDHの祖先型化変異体の変性温度 を調べ,T. thermophilusが持つ野生型のIPMDHの 変性温度と比べたところ,作製した12個のコモノー ト型化変異体のうちの6変異体が,野生型IPMDHよ りも高い変性温度を持つことがわかった(Watanabe et al., 2006)。 高 度 好 熱 菌Caldococcus noboribetus が持つICDHを使った研究からも,同様の結果が得ら れた。つまり,4つのコモノート型化変異体のうち3 つの変異体の変性温度が野生型ICDHの変性温度より も高いことがわかった (Iwabata et al., 2005)。 Table 1 Change in unfolding midpoint temperature (Tm) of mutant proteins with one or a few
ances-tral amino acid substitutions compared with those of the wild-type proteins.
Proteins Change in Tm (℃) Citation
S. tokodaii IPMDH (Tm=96℃) Miyazaki et al. 2001
Met91Leu/Ile95Leu +3 Lys152Arg/Gly154Ala +1 Lys152Arg ±0 Gly154Ala +2 Ala259Ser/Phe261Pro +1 Tyr282Leu −1
T. thermophiles IPMDH (Tm=87℃) Watanabe et al. 2006
The16Val +1 Phe53Leu −1 Pro56Glu +2 Arg58Leu −3 Val61Ile ±0 Leu134Asn +4 His179Lys ±0 Val181Thr +2 Asp184His +1 Ser261Asn −1 Pro324Thr ±0 Ala35Glu +1
C. noboribetus ICDH (Tm=88℃) Iwabata et al. 2005
Tyr309Ile/Ile310Leu +1
Ile321Leu +1
Ala325Pro/Gly326Ser +3
Ala336Phe −14
T. thermophiles GlyRS (Tm=80℃) Shimizu et al. 2007
Gln29Ala +2 Met167Leu/Val173Ile +4 Asp202Glu/Ser205Arg −2 Val232Thr +2 Tyr242Phe +1 Phe314Tyr/Gly317Ser −3 Ala455Cys +1 Val479Ile +3
類似した研究は,T. thermophilusのタンパク質合 成に関わるタンパク質であるグリシルtRNA合成酵素 (GlyRS)を使ってもおこなわれた。Shimizu et al. (2007) は,GlyRSの進化系統樹を作成して,真正細 菌共通祖先生物と古細菌共通祖先生物が持っていた GlyRSのアミノ酸配列を推定した。次いで,得られ た2つの祖先アミノ酸配列中に共通して存在するアミ ノ酸を一つずつ,あるいは,近接する祖先アミノ酸は 2つ同時にT. thermophilus GlyRSに導入した。真正 細菌共通祖先のアミノ酸配列と古細菌共通祖先のアミ ノ酸配列の同じ部位に共通して存在するアミノ酸は, コモノートの配列の同じ部位にもあったと予想でき る。このようにして作製した8つの変異体の変性温度 を測定した結果,6変異体がもとのT. thermophilus GlyRSよりも高い変性温度を示した。 このようにコモノートのアミノ酸配列中にあると推 定されたアミノ酸を導入すると,好熱菌あるいは超好 熱菌のタンパク質が高い確率で変性温度が上昇するこ とがわかった。タンパク質にでたらめにアミノ酸置換 を導入すると,高い確率で変性温度が低下することが 知られているので,山岸らの結果は,コモノートが超 好熱性の生物であったことを支持する実験的な証拠で あると言える。 5.2 ヌクレオシド二リン酸キナーゼの祖先型アミ ノ酸配列の推定 最近,著者らは初期生命が生育した環境温度の実験 による推定をおこなったので,詳しく説明したい。著 者らは,真正細菌の最後の共通祖先生物と古細菌の最 後の共通祖先生物が持っていたと推定されるヌクレオ シド二リン酸キナーゼ(NDK)のアミノ酸配列を推 定した。NDKは,真正細菌・古細菌から真核生物に 至るまで,ほぼすべての生物が持つタンパク質であ る。NDKのアミノ酸配列は生物種間でとてもよく似 ている。したがって,比較的高い確度で祖先配列の推 定が可能である。それ以上に,著者らがNDKを用い た理由は,NDKの変性温度とそのNDKを持つ宿主 生物の生育温度との間にとても良い相関関係が見られ るからである (Akanuma et al., 2013a; Fig. 5)。言い 換えると,NDKは,その変性温度を調べることに よって,分子温度計として扱うことができる。 著者らは,現存の生物が持つ204個のNDKアミノ 酸配列を解析用に選び,束縛条件をつけて系統樹を複 数作成した。得られた系統樹の樹形と系統樹の構築に 用いたアミノ酸配列から,真正細菌の最後の共通祖先 生物と古細菌の最後の共通祖先生物のNDKのアミノ 酸 配 列 を 推 定 し た(Bac3, Bac4, Bac5, Arc3, Arc4, Arc5)。推定した祖先NDK配列をコードする遺伝子 を人工合成し,その遺伝子から祖先型NDKを合成 し,その耐熱性を調べることで,真正細菌の最後の共 通祖先,古細菌の最後の共通祖先,コモノートの生育 温度を推定した。得られた祖先型NDKはいずれも高 い活性を持ち,100℃近く,あるいは,それ以上の温 度まで変性することなく安定であった。つまり,祖先 配列の推定に用いた樹形に関係なく,復元された祖先 型NDKは,現存の超好熱菌が持つNDKに匹敵する, とても高い耐熱性を持つことを明らかにした(Aka-numa et al., 2013a)。Fig. 5の検量線から計算した真 正細菌の最後の共通祖先と古細菌の最後の共通祖先の 生育温度はTable 2を参照して欲しい。 上述の推定には,根の位置が示されていない無根系 統樹を用いた。2.1節で述べたように,系統樹は本 来,現存生物の相対的な進化的類縁性を表すだけで, 時間の情報を含んでいない。系統樹における根は,そ の系統樹を構成するすべての配列の共通祖先の位置を 示すので,無根系統樹からは共通祖先がわからない。 したがって,祖先NDK配列の推定に用いた系統樹上 のコモノートの位置を決めることができなかった。
Fig. 5 Relationship between the unfolding temperature of microbial NDKs and the optimum environmen-tal temperatures of their hosts. Ddi, Dictyostelium discoideum; Eco, E. coli; Bsu, Bacillus subtilis; Mth, Methanothermobacter thermoautotrophicus; Tth, T. thermophilus; Afu, Archaeoglobus fulgi-dus; Mja, Methanocaldococcus jannaschii; Sto, S. tokodaii; Ape, Aeropyrum pernix; Pho, Pyrococcus horikoshii. The plot for Bac4mut7 that represents the Commonote’s NDK is also indicated.
系統樹の根の位置を決めるためには,コモノートの 出現以前に遺伝子重複により分岐した複数の遺伝子 群を含む複合系統樹が必要となる (Akanuma et al., 2013b)。これまでに作成されたさまざまなタンパク 質の複合系統樹から,コモノートは,真正細菌の共通 祖先と古細菌の共通祖先とをつなぐ枝に位置すること が示されてきた (Gogarten et al., 1989; Iwabe et al., 1989; Miyazaki et al., 2001; Fournier et al., 2011)。 したがって,著者らも,コモノートのNDKの系統樹 上の位置は,真正細菌の共通祖先と古細菌の共通祖先 の中間にあり,コモノートのNDKは,真正細菌共通 祖先のNDK配列と古細菌共通祖先のNDK配列の中 間の配列を持つと考えた。そこで,真正細菌共通祖先 のNDK配列と古細菌共通祖先のNDK配列の中間の 配列の中から,最も耐熱性が低いと予想される配列を 探索し,Bac4mut7と名付けた。Bac4mut7を実験的 に復元し,その変性温度を調べたところ94℃であっ た。Fig. 5の検量線から計算した生育温度は75℃で あったので,コモノートは最も低く見積もっても 75℃,おそらくはもっと高い温度で生育した好熱菌 または超好熱菌であったと推定された(Akanuma et al., 2013a)。 5.3 祖先NDK配列の再推定とコモノートの生育 温度の再検討 ここまで述べてきたように,著者らは,現存生物が 持つ相同アミノ酸配列の比較から,祖先タンパク質を 復元し,その耐熱性から初期生命は好熱性であったこ とを示した。この結果を論文誌上や国内外の学術的な 会議の場で発表したところ,いくつかの批判を受け た。主な批判は以下の2点である。一点目は,推定に 用いた系統樹の根の近くから分岐する枝には超好熱菌 が多く,推定した祖先配列は単に超好熱菌に似せただ けではないかという批判である。もう一つは,著者ら が祖先配列の推定に用いたアミノ酸置換モデルが,系 統樹上の枝や年代に関わらず,すべてのアミノ酸置換 が同じ頻度で生じると近似した均一アミノ酸置換モデ ルを使っていたことに対する批判である。 一つ目の批判に答えるため,著者らは,前述した祖 先型NDK配列の推定に用いた現存NDK配列のデー タセットから,超好熱菌配列をすべて除外したデータ セットを再構築し,再度,系統樹の作成と祖先型 NDKのアミノ酸配列の推定をおこなった。得られた 祖先NDK配列,Bac6, Arc6, Arc/Bac7を復元し,そ の耐熱性を測定したところ,いずれも100℃を超える 変性温度を示した。したがって,復元した祖先型 NDKに見られる高い耐熱性は,超好熱菌配列に似せ たためであるという批判は当たらないことを明らかに した(Akanuma et al., 2015)。 2つ目の批判は,より深刻に検討するべきもので あった。均一アミノ酸置換モデルを用いると,進化の 過程で,系統ごとのアミノ酸組成の違いが生じないこ とになる。しかし,すべての相同タンパク質が,それ ぞれ異なるアミノ酸組成を持つので,均一アミノ酸置 換モデルは,実際の進化の過程を再現しない。加え て,コモノートの好熱菌説を主張する論文では,均一 アミノ酸置換モデルが使われていたのに対し (Di Gi-ulio, 2000; Di GiGi-ulio, 2003a, 2003b; Brooks et al., 2004; Akanuma et al., 2013a),リボソームRNAの Table 2 Tms and estimated optimal environmental
tem-peratures for the ancestral NDKs.
Reconstructed NDK Tm (℃) Estimated optimal environment temperature (℃)g Archaeal ancestor’s NDK Arc3a 112 97 Arc4b 109 94 Arc5c 108 92 Arc6a,d 106 90 Arc7b,d 115 101 Arc3nha,e 111 96 Arc4nhb,e 111 96 Bacterial ancestor’s NDK Bac3a 109 94 Bac4b 102 85 Bac5c 107 91 Bac6a,d 111 96 Bac7b,d 115 101 Bac3nha,e 100 82 Bac4nhb,e 104 87 Commonote’s NDK Bac4mut7f 94 75 Com3nha,e 113 99 Com4nhb,e 109 94
a The ancestral sequences were inferred from the
uncon-strained trees. b The ancestral sequences were inferred
from the constrained trees. c The ancestral sequences were
inferred using the topology of the ribosome tree. d The
an-cestral sequences were inferred from the dataset where hyperthermophilic sequences were omitted. e The
ances-tral sequences were inferred using the non-homogeneous substitution model. f The T
m of Bac4mut7 may represent
the lowest estimate of Tm for the Commonote NDK and,
therefore, the lowest estimate for the Commonote’s envi-ronment temperature. g Estimated from the T
ms and the
GC含量やアミノ酸組成から,コモノートが常温性の 生物であったと主張する報告では,年代や系統ごとの 多様なアミノ酸置換の頻度を許容した非均一アミノ酸 置換モデルを採用していた (Boussau et al., 2008; Groussin et al., 2013)。 この批判に対し,著者らも非均一アミノ酸置換モ デ ル (Blanquart and Lartillot, 2008) を 用 い た 祖 先型NDKアミノ酸配列の再推定をおこなった。得 られた祖先配列(Arc3nh, Arc4nh, Bac3nh, Bac4nh, Com3nh, Com4nh) を復元し,耐熱性を測定したと ころ,やはり,100℃を超える高い変性温度が観察さ れた(Table 2)。したがって,真正細菌の共通祖先生 物と古細菌の共通祖先生物だけではなく,コモノート もとても高い温度環境で生育した好熱性の生物であっ たという結論は,非均一アミノ酸置換モデルを用いて も変わらないことを明らかにした(Akanuma et al., 2015)。
6. 祖先タンパク質を復元した他の研究
著者らがNDKを復元した以外にも,コンピュータ 計算を用いて推定した祖先配列を実験により復元し解 析した研究が報告されてきた。Gaucher et al. (2003) は,タンパク質合成に必須のタンパク質である翻訳伸 長因子の復元と至適活性温度の解析から,真正細菌の 最後の共通祖先生物は超好熱菌でも常温菌でもなく, 好熱菌であったと推定した。さらに彼らは,真正細菌 の系統内を網羅的に解析し,真正細菌の内部系統の各 年代の祖先型翻訳伸長因子の復元と熱変性解析をおこ なった。その結果,初期の真正細菌は好熱性であり, 海洋温度の低下に伴って,徐々に低温環境に適応進化 してきたことを推定した (Gaucher et al., 2008)。ま た,復元した祖先型翻訳伸長因子が,現存の好熱性細 菌内でしっかりと機能することも明らかにされている (Zhou et al., 2012)。 Hart et al. (2014) は,現存の好熱性および常温性 のRNA分解酵素が,どのような進化的な過程を経て, それぞれ高温環境と常温環境に適応進化したかを調べ た。彼らの解析から,最も初期のRNA分解酵素は現 存の好熱性酵素と常温性酵素の中間の耐熱性を持ち, 好熱菌の系統では徐々に高温に適応進化したのに対 し,常温菌の系統では,最初に大きく耐熱性が低下 し,その後はゆっくりとさらに耐熱性が低下して現在 に至ったことが示された。また,別の研究からは,超 好熱性の真正細菌であるThermotoga属の最後の共通 祖先生物は,現存のThermotoga属に属するすべての 生物よりも高い生育温度で生息していたことも示され た (Butzin et al., 2013)。7. ま と め
21世紀に入ってから,遺伝子の塩基配列やタンパ ク質のアミノ酸配列の解析によって祖先生物が持って いたと推定される遺伝子の配列やタンパク質の配列を 推定する技術が急速に発展し,化石に代わる生物の進 化を研究する方法として確立されてきた。ところが, コンピュータによって推定されたコモノートの遺伝子 の塩基組成やタンパク質のアミノ酸組成から,コモ ノートの生育温度を推定する試みからは,コモノート が好熱性であったという結論と,コモノートは常温性 であったという相反する結論がそれぞれ導かれ,決着 はつかなかった。現在の生物が持つ遺伝子の塩基組成 やタンパク質のアミノ酸組成と生物の生育温度との関 係が,そのままコモノートが持っていた遺伝子やタン パク質に当てはまるという証拠は得られていないの で,塩基組成やアミノ酸組成からコモノートの生育温 度を推定することは適切ではないのかもしれない。 著者らは,コモノートのタンパク質を復元し解析す る実験をおこない,復元したタンパク質が現存の超好 熱菌が持つタンパク質と同じかそれ以上に高い耐熱性 を持つことが明らかにした。したがって,コモノート は高温環境に生息した好熱菌または超好熱菌であった と予想された。この結論は,コモノートのタンパク質 のアミノ酸配列を推定するために用いた系統樹の樹形 の違いや,祖先配列の推定に用いたアミノ酸置換モデ ルにも影響されず,不変であった。 最初にも述べたが,コモノートは地球上に最初に誕 生した生物ではない。したがって,コモノートが超好 熱性生物であったとしても,地球上に最初に誕生した 生物も好熱性であったとは限らない。コモノートが超 好熱性であったという著者らの結論は,コモノートの 時代には低温から高温までさまざまな温度環境に生物 は生息していたが,その頃に起こった激しい天体衝突 による温度上昇の結果,当時存在した多くの生物は死 滅し,すでに高温環境に適応していたコモノートのみ が生き残り,その後現在に至るまで進化してきたとい う議論 (Nisbet and Sleep, 2001) とも一致する。筆者らのグループでは,祖先生物の温度以外の生育 環境条件,特にpHや酸素濃度を調べるための研究も 進めている。近い将来,多数のコモノートの遺伝子や
タンパク質が復元され,解析されることによって,コ モノートの性質やその当時の地球環境について今まで 以上に有力な手がかりが得られると期待される。 謝 辞 本稿を執筆する機会を与えてくださった東北大学理 学研究科地学専攻の古川善博博士と編集委員各位に深 く感謝致します。また,山内敬明博士と他1名の匿名 査読者には,生物学を専門とする著者によって執筆さ れた本稿を,地球化学誌の読者の立場から査読してい ただき,適切かつ有益なコメントを頂戴しました。本 稿の内容は,東京薬科大学生命科学部極限環境生物学 研究室での研究成果を中心にまとめたものです。山岸 明彦教授,横堀伸一講師,ならびに,本研究に関わっ た大学院生,学部学生に心より感謝致します。 引 用 文 献
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