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1) Division of National Mapping, Atlas of Australian Resources, Third Series, Vol. 1, Soils and Land Use, Commonwealth of Australia, 1978, pp

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(1)

人文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

半乾燥地域 におけ る小麦作 の進展 と降水量変動

-南

オ ー ス トラ リ ア 州 マ レ ー マ リー 地 域 を例 と し

て-片平博 文・ 岩崎一孝

I は じ め に II ハ ン ドレ ッ ドの 分 布 と降水 量 観 測 点 III 小 麦 作 の 進 展 とマ レー マ リー地 域 の 開 拓 IV 小 麦 収 穫 量 と降 水 量 の相 関性 に も とづ く 「限界 地 」付 近 の タイ プ わ け (1) 小 麦 収 穫 量 と降 水 量 (2) 冬 雨 の期 間 (3) 冬 雨 (6 ∼9月) を中心 と した小 麦 収 穫 量 の タ イ プ V 農 業 「限界 地 」の 意 味 W マ レ ーマ リ ー地 域 の 小 麦作 と降 水量 (1) 1914年 の状 況 (2) 小 麦 収 穫 量 と冬 季 降 水 量 の 関係 VII お わ り に

I は じ め に

19世 紀 後 半 か ら20世 紀 前 半 に か け て の, オ ー

ス トラ リア 半乾 燥 地域 に お け る 開拓 上 の 特色 を

ひ と こ とで 表現 す る な らば, そ れ は, ス ピ ーデ

ィーか つ ドラス テ ィ ックな うえ に, 大 規 模 で あ

った とい う こ と にな るだ ろ う。半 乾 燥 地 域 にお

け る現 在 の 土 地 利 用 を概 観 す れ ば, 緯 度 の高 い

大 陸 南 部 地 域 で は, 小 麦, 大 麦, 牧羊 を 中心 と

す る農 業 が 主 流 と な って い るの に対 して, 大 陸

中・ 北 部 にお い て は, と くに東 部 を中心 に, 主

と して 肉 牛・ 羊 (羊毛) を生 産 す る牧 畜 地 域 が

1) 形 成 さ れ て い る 。 こ の う ち, 大 陸 南 部 の ニ ュ ー

・サウ ス・ ウ ェ ール ズ州 か らビ ク ト リア州 の 南

西 部 に か け て帯 状 に長 く連 な る地 域 で は, 穀 物

栽 培 (小麦・大麦が主流) に比 較 的集 約 度 の高 い

牧羊 を加 え た, い わ ゆ る ロ ー テ ー シ ョ ン農 業 が

広 く行 な わ れ て お り, オ ー ス トラ リア農 業 の 中

2)

心 的 な 地位 を 占め る に至 って い る。

しか しな が らそ この 農 業 は, 開拓 以来, 不 安

定 性 との 戦 い の 歴 史 で もあ った とい える 。 そ の

具 体 的 な状 況 につ い て は, 南 オ ース トラ リア 州

3) の 研 究 を 精 力 的 に 行 な っ た, Meinig や 4)

Williams ら に よ る一 連 の 報 告 か ら も明 らか で

あ る。 そ こで は, 半 乾 燥 地 域 の 開 拓 の 進展 と,

そ れ に伴 な う農 地 の 拡 大 状 況 とが ダ イナ ミ ッ ク

1) Division of National Mapping, Atlas of Australian Resources, Third Series, Vol. 1, Soils and Land Use, Com-monwealth of Australia, 1978, pp. 15-24.

2) Mauldon, R.G. and Schapper, H.P., Australian Farmers under Stress in Prosperity and Recession, Univ. of Western Australia Pr., 1974, pp. 19-29, 67-92.

Scott, P.,‘Rural land use’, in Jeans, D.N., Australia: A Geography, Routledge & Kegan Paul, 1977, pp. 196-231.

Skivington, R., ed., Australia Handbook 1980-81, Commonwealth of Australia, 1980, pp. 61-69.

3) Meinig, D.W., On the Margins of the Good Earth: The South Australian Wheat Frontier 1860-1884, The Monograph Series of the Association of American Geographers, 1962, pp. 29-123, 202-221.

4) (1) Williams, M.,‘Delimiting the spread of settlement: an examination of evidence in South Australia’, Eco-nomic Geography 42, 1966, pp. 336-355.

(2) Williams, M.,‘Stability and simplicity in rural areas: the example of the Pinnaroo District of South Aus-tralia’, Geographiska Annaler 54B, 1972, pp. 117-135.

(3) Williams, M., The Making of the South Australian Landscape: A Study in the Historical Geography of

Australia, Academic Pr., 1974, 518p.

(4) Williams, M.,‘Planned and unplanned changes in the Marginal Lands of South Australia’, Australian Geog-rapher 13, 1976, pp. 271-281.

(2)

298 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

に描 か れ て い る 。 さ らに, 農 業 の限 界 地 とい う

不 安 定 な この 地域 で, 農 地 を維 持 し, 生 産 力 を

増 強 させ る こ とに対 す る 困難 さが, 詳 細 に述べ

られ て い る。

い わ ゆ る半 乾 燥 地 域 に お け る農 業 の 不 安 定性

は, そ この 自然 環 境 と密 接 な関 連 を持 って い る

5) 6)

こ とが指 摘 され て きた。 例 え ば, 土 壌 侵 食, 塩

7) 8) 9)

類 集積, 砂 丘 活 動 に代 表 さ れ る地 形, 気 候 変 動

な どは, いず れ も小 麦 栽 培 を は じめ とす る 農業

生 産 に, 直 接・ 間接 的 に重 大 な影 響 を及 ぼ す要

因 とな っ て お り, そ れ らが 織 り成 す 自然 環境 変

化 の メ カ ニ ズ ム の一 端 につ い て は, 筆 者 らに よ

10)

っ て も, す で に報 告 が な され て い る。 そ の結 果

に よれ ば, こ れ らの 自然 的 諸 要 因 は, そ れ ぞ れ

別 個 に独 立 して影 響 を及 ぼ して い る とい う よ り

は, む しろ そ れ ぞ れが 相 互 に微 妙 な関 連 を持 ち

なが ら作 用 し合 っ て い る こ とが 明 らか に され た 。

そ もそ も不 安 定 性 の背 景 に は, 半 乾 燥 地 域 と,

オ ー ス トラ リア農 業 の主 体 とな る穀 物 栽 培 の 限

11)

界 地 とが一 致 して い る こ とに, 大 き な原 因 が あ

る とい わ れ て い る 。 か ろ う じて 自然 との バ ラ ン

ス を保 ち なが ら続 け られ て い る限 界 地 の 農 業 に,

そ れ を崩 そ う とす る何 らか の イ ンパ ク トが 加 え

られ る と, そ こ の生 産 活 動 は立 ち所 に不 安 定 な

状 況 に陥 り, 時 に は思 わ ぬ大 打 撃 と な って あ ら

わ れ る場 合 が あ る。 半 乾 燥 地 域 の 開 拓 が な お 盛

ん に行 な わ れ て い た20世 紀 前 半 に は, 降 水 量 の

12)

変 動 傾 向 は少 雨 の方 向 に 向か い, この こ とが,

農 業 の不 安 定 性 に一 層 拍 車 を掛 け る こ と と な っ

13)

た。

オ ー ス トラ リア の穀 物 農 業 が, 降 水 量 変動 の

影 響 を受 け て そ の収 穫 量 に大 き な差 異 の生 ず る

5) Heathcote, R.L., Back of Bourke: A Study of Land Appraisal and Settlement in Semi-arid Australia,

Mel-bourne Univ. Pr., 1965, 244p.

Leeper, G.W. ed., The Australian Environment (Fourth Edition), CSIRO and Melbourne Univ. Pr., 1970, pp.

94-119, 131-151.

6) 土 壌 の 一 般 的 な 特 色 を 混 じ え な が ら, 大 陸 ス ケ ー ル で 解 説 さ れ た 文 献 と し て, Stephens, C.G.,‘Soils’, in Jeans, D.N.

ed., Australia: A Geography, Routledge & Kegan Paul, 1977, pp. 152-174., 注1) pp. 3-11., Northcote, K.H.,‘Soils’,

in Jeans, D.N. ed., Australia-A Geography, Volume One, The Natural Environment, Sydney Univ. Pr., 1986, pp.

223-259. な ど が あ る 。 ま た 保 全 の 立 場 か ら review し た 文 献 と し て, Conacher, A.J.,‘Environmental conservation’, in

Jeans, D.N. ed., Australia-A Geography, Volume One, The Natural Environment, Sydney Univ. Pr., 1986, pp.

315-339. を あ げ て お き た い 。 さ ら に 半 乾 燥 地 域 に 主 眼 を お い た 文 献 と し て, Northcote, K.H.,‘Soils of aeolian

land-scapes in part of the Murray Basin of southeastern Australia’, in Storrier, R.R. and Stannard, M.E. eds., Aeolian

Landscapes in the Semi-arid Zone of South-eastern Australia, Australian Society of Soil Science, Riverina

Branch, 1980, pp. 101-122. が あ る 。

7) 例 え ば Moore, P.J., Salinity in the Murray Valley & Its Catchment and the Use of Trees to Control Salinity,

River Publications,1985, pp. 1-45. が あ げ ら れ る 。 こ の 中 に は, ク ィ ー ン ズ ラ ン ド州 南 部, ニ ュ ー・ サ ウ ス・ ウ ェ ー ル

ズ 州, ビ ク ト リ ア 州, 南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 東 部 に か け て 広 が る, い わ ゆ る Murray Darling Basin 地 域 の salinity に 関

す る 文 献 が, よ く ま と め ら れ て い る 。 ま た 西 オ ー ス ト ラ リ ア 州 に つ い て は, 例 え ば Conacher, A.J. and Murray, I.D.,

‘Implications and causes of salinity problems in the Western Australian wheatbelt: the York-Mawson area’, Aus-tralian Geographical Studies 11, 1973, pp. 40-61. が あ る 。

8) Ohmori, H., Iwasaki, K. and Takeuchi, K.,‘Relationship between the recent dune activities and the rainfall fluctuations in the southern part of Australia’, Geographical Review of Japan 56, 1983, pp. 131-150.

9) (1) Deacon, E.L.,‘Climatic change in Australia since 1880’, Australian Journal of Physics 6, 1953, pp. 209-218. (2) Gentilli, J.,‘Climatic fluctuations’, in Gentilli, J. ed., Climates of Australia and New Zealand: World Sur-vay of Climatology 13, Elsevier, 1971, pp. 189-211.

(3) Ralph, W.,‘Climatic change and Australian agriculture’, Rural Research 117, 1983, pp. 4-8.

10) Toya, H., Takeuchi, K. and Ohmori, H. eds., Studies of Environmntal Changes due to Human Activities in

the Semi-arid Regions of Australia, Department of Geography, Faculty of Science, Tokyo Metropolitan Univ.,

1985, 317p.

11) Division of National Mapping, Atlas of Australian Resources, Third Series, Vol. 3, Agriculture, Commonwealth of Australia, 1982, pp. 13-24.

12) 岩 崎 一 孝 「オ ー ス ト ラ リ ア に お け る 降 水 量 変 動 の 長 期 傾 向 の 地 域 差 」, 地 学 雑 誌93, 1984, 15∼29頁 。

13) 半 乾 燥 地 域 の 農 業 限 界 地 付 近 に お け る 穀 物 栽 培 と 降 水 量 と の 関 連 を 追 求 し た 文 献 は, 開 拓 途 上 に あ っ た20世 紀 前 半 を 通

じて 数 多 く 出 さ れ て い る 。 南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 の 場 合, South Australian Journal of Agriculture 誌 に 掲 載 さ れ た 一 連

(3)

半乾 燥 地 域 に お け る小 麦 作 の 進 展 と降 水 量 変 動 (片 平・ 岩 崎) 299 14) 15)

こ とは, す で に Cornish や Leeper らに よ っ

て 指 摘 され て い る と こ ろで あ る 。 ま た, 南 オ ー

ス トラ リア州 南 部 の 穀 物 栽培 地 域 に お け る小 麦

単 位 収 穫 量 と, 降 水 量 変動 との 関連 を カ ウ ンテ

16)

イ レベ ル で検 討 した 岩 崎 一孝 は, 同 じ小 麦 栽 培

地 域 の 中で も, 降 水量 変動 に強 く影 響 され る区

域 や, 反 対 にあ ま り影 響 を受 け な い 区域 な ど,

3つ の地 域 単 位 に分 け られ る こ とを 明 らか に し

17)

た。 さ らに片 平博 文 は, 南 オ ー ス トラ リア州 マ

レーマ リー地 域 の研 究 の 中 で, 小 麦 の収 穫 が 豊

作 とな る か 凶作 とな る か は, そ の年 の 降水 量 に

よ って 大 き く左 右 され, か つ相 対 的 に平 均 降水

量 の 多 い マ レー マ リー 南部 地域 と, 反 対 に少 な

い 北 部 地域 とで は, そ れ ぞ れ の収 穫 状 況 に微 妙

な差 異 の あ る こ と を指 摘 した 。

これ らの結 果 か ら, オ ー ス トラ リア半 乾 燥 地

域 に お い て, 代 表 的 な 栽培 作 物 で あ る小 麦 の収

穫量 と, 降 水量 変動 との 間 に密 接 な 関連 性 の認

め られ る こ とは 間 違 い な く, さ らに小 麦 栽 培 に

対 す る 降水 量 の影 響 の 強 さ も, 地 域 的 に い くつ

第1図 南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 南 部 と マ レ ー マ リ ー 地 域

Fig. 1 The Southern portion of South Australia and the Murray

Mallee region

14) Cornish, E.A.,‘On the secular variation of rainfall at Adelaide’, Australian Journal of Physics 7, 1954, pp. 334-346.

15) Leeper, G.W.,‘Changing climates and agriculture’, The Journal of the Australian Institute of Agricultural Sci-ence 23, 1957, pp. 232-235.

16) 岩 崎 一 孝 「南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 に お け る1エ ー カ ー あ た り の 小 麦 収 量 の 年 々 変 動 の 地 域 差 」, 北 海 道 大 学 人 文 科 学 論 集

24, 1987, 1∼16頁 。

17) 片 平 博 文 「南 オ ー ス ト ラ リ ア 半 乾 燥 地 域 に お け る 土 地 利 用 の 進 展-マ レ ー マ リ ー 地 域 を 例 と し て-」, 立 命 館 文 学

(4)

300 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

か の ヴ ァ リエ ー シ ョ ンが存 在 す る こ と は確 実 で

あ る。 しか しな が ら, こ う した事 実 に対 して,

降 水量 が小 麦 の収 穫 量 に及 ぼす 影 響 の 実 態 を ミ

ク ロ に解 明 した報 告 は, い まだ知 られ て い な い 。

以 上 を踏 まえ て, 本 稿 で は, まず 小 麦作 に対

す る降 水 量 の影 響 の 強 さ を ミク ロ な地 域 単位 の

分析 に も とづ い て検 討 し, さ らに小 麦 収 穫 量 と

降 水 量 との 間 の 関 連性 を具 体 的 に指 摘 す る こ と

に よ って, 降 水 量 か らみ た 「限界 地 」付 近 の 農

業 地 域 の 性格 を把 握 した い 。 また, 季 節 別 降 水

量 と小 麦 収穫 量 の 年次 別変 化, お よび相 互 の か

か わ りを 詳 細 に分 析 す る こ と に よ って, 農 業

「限

界 地」の 意 味 とそ の付 近 にお け る小 麦 作 の

実 態 を解 明 した い 。

なお, 具 体 的 な研 究対 象 地域 と して, 穀 物 農

業 の 「限界 地」付 近 に位 置 す る南 オ ー ス トラ リ

ア州 の マ レ ーマ リ ー地域 が選 ば れ た (第1図)。

そ こ は, 19世 紀 末 か ら20世 紀 初 期 に か け て, も

っ と も急 激 に開 発 が 進 め られ た と ころ の ひ とつ

18)

で あ る。 なお, この 地 域 にお け る穀 物 農 業 は,

す べ て 降水 に た よ って い る。

II ハ ン ドレ ッ ドの 分 布 と降水 量 観 測 点

単 位 面 積 当 た りの小 麦 収穫 量 と, 年 間 降水 量

との 関係 を 出来 る だ け詳 細 にみ るた め に, 小 麦

収 穫 量 の最 小 統 計 区 と, そ れ に含 まれ る地 元 の

19)

降水 量 観 測 点 の デ ー タ とが 利 用 され た 。研 究 対

20) 象 地 域 と し た マ レ ー マ リ ー 地 域 (マ レー 川 の 東 岸 地 域) に は, 現 在 Albert, Alfred, Bucc-leuch, Chandos の 計4カ ウ ン テ ィが 存 在 す る 。

そ れ ぞ れ は, さ らにハ ン ドレ ッ ドと呼 ば れ る区

域 に細 分 さ れ て い る。 ハ ン ドレ ッ ドと は, 元 来,

南 オ ー ス トラ リア の 開発 に際 して 区 画・ 設 定 さ

れ た, 100平 方 マ イ ル を一 応 の基 準 とす る 測 量

21) の 単 位 で あ っ た 。 こ れ は, district council も し く は municipality な ど と 呼 ば れ て い る 今 日 22)

の地 方 行 政 区画 とは必 ず し も一 致 す る もの で は

な い が, 現 在 もな お諸 統 計 の最 小 単 位 と して し

ば しば用 い られ て お り, 開発 の プ ロセ ス を知 る

上 で も っ と も重 要 な 区画 で あ る とい え る。 研 究

対 象 地域 の4カ

ウ ンテ ィ内 に は, 現 在 計50に 及

ぶ ハ ン ドレ ッ ドが設 置 され て い る (第2図)。

い っぽ う降 水量 観 測 点 は, そ れ の位 置 す る場

所 に よ って 開拓 時期 に か な りの差 が あ り, さ ら

に開拓 が ス ム ー ズ に進 行 して い っ た地 域 と, 反

対 にそ うで な か った 地域 との 間 の差 もあ っ て,

す べ て の ハ ン ドレ ッ ドの 中 に必 ず 存 在 して い る

23)

とは限 ら ない 。

そ こで, 最 小 の 統 計 単位 と して のハ ン ドレ ッ

ドに対 応 す る降 水 量観 測 点 を, 1ハ ン ドレ ッ ド

に1か 所 ず つ 求 め た 結 果, 第3図 に あ る よ うな

33ハ ン ド レ ッ ド分 の 観 測 点 が選 び 出 され た 。す

24) な わ ち Albert で は, Cadell (Morgan P.O.),

Paisley (Notts Well), Waikerie (Waikerie

Lands), Holder (Maggea), Moorook

(Moo-rook), Nildottie (Swan Reach), Mantung

(Caliph P.O.), Bandon (Copeville), Mindarie

(Mindarie) の9, Alfred で は, Murtho

(Wilkadine), Paringa (Renmark P.O.),

Gor-don (Taldra P.O.), Pyap (Pyap),

Book-18) 南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 で 同 様 の 性 格 を 持 つ 地 域 と し て は, こ の ほ か に エ ー ア 半 島 の 内 陸 部 が あ げ ら れ る 。

19) 小 麦 に 関 す る デ ー タ に つ い て は, 各 年 次 の South Australian Parliamentary Paper の 中 に 編 集 さ れ て い る

Statisti-cal Register of South Australia-Production に よ っ た 。 ま た 観 測 デ ー タ に つ い て は, オ ー ス ト ラ リ ア 気 象 局

(Bureau of Meteorology, Australia) 作 成 の Report of Monthly and Yearly Rainfall (1907-1946) に よ っ た 。

20) マ レ ー 川 の 東 岸 地 域 に は, mallee と い う ユ ー カ リ の 低 木 林 が 卓 越 し て い る こ と か ら, こ う 呼 ば れ て い る 。

21) 実 際 の ハ ン ド レ ッ ド の 面 積 は さ ま ざ ま で あ る 。 小 麦 関 係 の デ ー タ を は じ め, 現 在 も な お 統 計 の 最 小 単 位 と な っ て い る 。

22) Australian Bureau of Statistics, South Australian Office, South Australian Year Book 21, Commonwealth of

Australia, 1986, pp. 165-170.

23) 開 設 の 遅 れ た ハ ン ド レ ッ ド, す な わ ち 開 拓 が 後 に な っ た 地 域 ほ ど, 降 水 量 観 測 点 の 密 度 は 低 く な る 傾 向 を 示 し て い る 。

24) P.O. と は post office の 略 。 オ ー ス ト ラ リ ア の 場 合, 開 拓 期 を 通 じ て, そ の 土 地 の 郵 便 局 に 降 水 量 観 測 点 の 設 置 さ れ

る こ と が し ば し ば あ っ た 。 農 村 部 の 郵 便 局 の 中 に は, 現 在 で も 日 ご と の 気 温 や 降 水 量 に 関 す る デ ー タ が 表 示 さ れ て い る と

(5)

半 乾 燥 地 域 に お け る小麦 作 の進 展 と降 水 量 変 動 (片 平・ 岩 崎) 301

purnong (Loxton P. O.), Allen (Alawoona),

Kekwick (Paruna), McGorrery (Meribah

P.O.) の8, Buccleuch で は, Vincent

(Per-ponda), Wilson (Borrika) McPherson

(Sandalwood), Hooper (Wynarka), Marmon

Jabuk (Karoonda), Sherlock (Moorlands),

Roby (Coomandook), Peake (Peake), Price

(Parrakie P.O.), Livingston (Kiki),

Coney-beer (Coonalpyn) の11, そ し て Chandos で は,

Billiatt (Gurrai P.O.), Kingsford (Karte),

Bews (Lameroo P.O.), Parilla (Parilla),

Pin-naroo (Pinnaroo P.O.) の5の, 計33ハ ン ド レ

ッ ド お よ び 降 水 量 観 測 点 で あ る 。

残 る17ハ ン ド レ ッ ド に つ い て は, 区 画 の 範 囲 第2図 マ レ ー マ リ ー4カ ウ ン テ ィ に お け る ハ ン ド レ ッ ドの 分 布

(6)

302 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

第3図 マ レ ー マ リ ー4カ ウ ン テ ィ に お け る 降 水 量 観 測 点 の 分 布

Fig. 3 Distribution of the rainfall stations in the 4 counties of Murray Mallee AL: Alawoona,

CM: Coomandook, GU: Gurrai P.O., KT: Karte, MA: Maggea, ML: Moorlands, NO: Notts Well, PI: Pinnaroo P.O., PR: Paruna, SA: Sandalwood, WA: Waikerie Lands,

BO: Borrika, CN: Coonalpyn, KA: Karoonda, LA: Lameroo P.O., ME: Meribah P.O., MO: Moorook, PA: Parrakie P.O., PK: Peake, PY: Pyap, SW: Swan Reach, WI: Wilkadene,

CA: Caliph P.O., CO: Copeville, KI: Kiki, LO: Loxton P.O., MI: Mindarie, MR: Morgan P.O.,

PE: Perponda, PL: Parilla, RE: Renmark P.O., TA: Taldra P.O., WY: Wynarka

(7)

半乾 燥 地 域 に おけ る小 麦 作 の 進 展 と降 水量 変動 (片平・ 岩 崎) 303

に適 当 な観 測 点 が1か 所 も見 当 らな い か, あ る

い は Quirk, Fisk な ど の よ う に, 小 麦 統 計 に

さ え もあ らわ れ て こな い もの か の, いず れ か と

な って い る。

つ ぎに分 析 の対 象 と して取 り扱 わ れ た期 間で

あ るが, マ レ ーマ リー 地域 に お け る 開発 時 期,

お よ び新 た な農 業 シス テ ム 導 入 の 時期 を考 慮 し

25) て, 1907∼1946年 ま で の40年 間 と し た 。 す な わ ち, マ レ ー マ リ ー4カ ウ ン テ ィ50ハ ン ド レ ッ ド の う ち で, 小 麦 統 計 に 集 計 さ れ た ハ ン ド レ ッ ド 数 が, 過 半 数 を 越 え て29と な る の が1907年 の こ とで あ る 。 そ の 前 年 ま で の10年 間 を み る と, ハ ン ド レ ッ ドの 数 は14∼16の 間 を 上 下 し て お り, こ の 地 域 全 体 の 傾 向 を 読 み 取 る に は, あ ま りに も数 が 少 な す ぎ る と考 え ら れ る 〔注17), 93∼95頁〕。 ま た1940年 代 末 以 降 に は, 穀 物 栽 培 と家 畜 生 産 と を統 合 さ せ た 農 法 で あ る, ley farming と呼 ば れ る 新 た な 農 業 シ ス テ ム に よ る 効 果 が 顕 著 に あ ら わ れ る こ と に な り, も し こ の 時 期 の 統 計 も 組 み 入 れ て 考 慮 す る とす れ ば, 同 一 農 法 レ ベ ル で の 小 麦 生 産 力 と 降 水 量 との 関 連 が, 正 確 に 把 握 で き な く な る も の と判 断 さ れ る 。 1907∼1946年 ま で の40年 間 は, wheat-fal-low の 農 業 シ ス テ ム が 一 般 的 に 行 な わ れ て い 26)

た期 間 に含 まれ る こ とに な る。

な お, 利 用 され た小 麦 関係 の 統 計 年 度 に つ い

て で あ る が, 例 え ば 「1907年」と あ るの は, 厳

密 に は2か 年 に またが っ た統 計 の デ ー タ を意 味

して い る。 した が って, 本 来 は 「1907-08年 」

と書 くの が よ り正 確 な ので あ るが, 本 稿 で は煩

雑 さ を避 け るた め に, 便 宜 的 に 「1907年」と 表

記 した 。 本稿 で取 り扱 わ れ る期 間 を厳 密 にあ ら

わ す とす れ ば,「1907-08年

∼1946-47年

」と

な る 。 また, 降水 量 デ ー タ との対 応 につ い て は,

この 地域 の小 麦 の播 種 か ら収 穫 までが す べ て年

内 に 完 了 す る た め, 何 ら問題 は な い。

III 小 麦 作 の 進 展 とマ レー マ リー地 域 の 開 拓

南 オ ース トラ リ アの 開 発 は, 1836年, ア デ レ

27) ー ド を 起 点 と して 開 始 さ れた。開拓の波は, ま ず ア デ レ ー ドの 周 辺 部 か ら 北 方 に 向 か っ て 延 び て 行 き, マ ウ ン ト・ ロ フ テ ィ 山 脈 や フ リ ン ダ ー ズ 山 脈 を 経 た 後, ヨ ー ク 半 島, エ ー ア 半 島 の 海 岸 部 や, マ ウ ン トガ ン ビ ア, ミ リ セ ン ト を 中 心 と す る 南 東 部 の 海 岸 地 方 へ と 拡 大 し て い っ た 〔注4)-(3), 22∼64頁 〕。 現 在, 南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 の 南 部 地 域 は, 49の カ ウ ンテ ィ よ り成 っ て お り, 穀 物 農 業 に 牧 羊 を 組 み 合 わ せ た, い わ ゆ る ロ ー テ ー シ ョ ン 農 業 の 地 域 と ほ ぼ 一 致 す る 。 こ の 地 域 に お け る 穀 物 農 業 の 進 展 を 作 付 形 態 の 変 化 か らみ る と, ま ず 開 拓 初 期 の 頃 の19世 紀 後 半 を 通 じ て は,「穀 物 作 (小 麦)」の 問 に 「休 閑 」の 期 間 を は さ む 方 法 を と っ て い た が, こ れ は こ の 大 陸 の 薄 い 耕 土 の 下 で は 一 方 的 に 地 力 を 消 耗 さ せ る だ け に す ぎず, や が て 収 穫 量 も減 退 す る に 至 っ た 。 次 い で1890年 代 末 か ら1900年 代 の 初 頭 に な る と, wheat-fallow の 農 業 シ ス テ ム 中 心 の 形 態 が 一 般 的 に な っ て い っ た 〔注26), 187∼189頁〕。 こ れ は,「休 閑 (bare fallow)」さ せ た 後 の 耕 地 に 過 燐 酸 分 を 加 え て 種 を ま い た り, オ ー トな ど の second crop を 輪 作 の 問 に 混 ぜ る と い う方 法 で, 地 力 は 再 び 回 復 の き ざ し を み せ た 。 南 オ ー ス ト ラ リ ア に お い て 半 乾 燥 地 域 の 開 拓 が 大 き く前 進 し た20世 紀 前 半 に は, こ の 方 25) た だ し1914年 の デ ー タ は, 収 穫 量・ 降 水 量 と も あ ま り に も 少 な い の で, 除 外 し て 考 え た 。 そ の 具 体 的 な 理 由 に つ い て は, 後 章 に て 検 討 す る 。

26) Donald, C.M.,‘The progress of Australian agriculture and the role of pastures in environmental change’, Aus-tralian Journal of Science 7, 1965, pp. 187-198.

な お, ley farming が 導 入 さ れ 始 め た の は1930年 代 か ら で あ る が, す ぐ に は 広 が ら ず, 従 来 の 農 法 に よ る 実 績 を 上 回 る

ほ ど の 効 果 を あ げ て 広 く 普 及 す る の は, 1940年 代 末 か ら50年 代 に か け て の こ と と な る 。 ち な み に, マ レ ー マ リ ー 地 域 で

ley farming に よ る 効 果 が 実 質 的 に あ ら わ れ て く る の は, 1940年 代 末 以 降 で あ る 。

27) Richards, E.,‘South Australia observed, 1836-1986’, in Richards, E. ed., The Flinders History of South Aus-tralia: Social History, Wakefield Pr., 1986, pp. 1-32.

(8)

304 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

法 に よ る作 付 形 態 が 主 流 を占 め て お り, 耕 地 に

対 す る施 肥 の仕 方 や second crop を含 め た 輪

作 の 具体 的 手 法 をめ ぐ って, い くた び に も及 ぶ

試 行 錯 誤 的 な 努 力 の うち に, 広 く普 及 して い っ

28) た 。1930年 代 か ら40年 代 に か け て 徐 々 に 導 入 さ れ て い っ た ley farming system に よ る 効 果 が 顕 著 に あ ら わ れ て く る の は, こ の 後 に つ づ く 1940年 代 末 以 降 の こ と と な る 。 い っ ぽ う, こ う した 作 付 形 態 の 変 化 の 中 で, マ レ ー マ リ ー 地 域 に 向 け て の 進 出 が 本 格 的 に 開 始 さ れ た の は, 1890年 代 後 半 以 降 の こ と で あ っ た 。 そ の 具 体 的 な プ ロ セ ス に つ い て は, す で に 復 原 が な さ れ て い る 〔注17), 81∼93頁〕。 そ れ に よ れ ば, 保 有 地 (私 有 地・ リ ー ス 地) の 拡 大 は, 1895∼1900年 頃, ま ず Albert, Alfred の カ ウ ン テ ィ に お い て 先 行 し, ほ ぼ マ レ ー 川 に 沿 う形 で 進 ん で い っ た 。 ま た1905∼1908年 頃 に な る と, 保 有 地 は, マ レ ー 川 沿 岸 を 中 心 と し て 帯 状 に 連 係 さ れ る い っ ぽ う, 南 部 の Buccleuch, Chan-dos の 両 カ ウ ン テ ィ に お い て は, ピ ン ナ ル ー 鉄 道 の 開 通 に と も な っ て, マ レ ー 川 か ら離 れ た 内 陸 部 に も帯 状 に ま と ま っ て, 出 現 す る よ う に な っ た 。 さ ら に1914∼1915年 頃 に は, マ レ ー マ リ ー 北 部 の Albert, Alfred 両 カ ウ ン テ ィ の 領 域 は, 大 部 分 が 保 有 地 で 埋 め つ く さ れ る こ と に

な った 。 そ の後1923∼1930年

頃 まで に, 国 立 公

園 や保 護 地・ 保 留 地 の部 分 を除 いて, ほ ぼ現 在

と変 わ らぬ程 度 に まで保 有 地 の拡 大 が 進 ん だ。

しか し, 保 有 地 内部 に お け る実 際 の 開 墾 は, そ

れ よ りさ らに遅 れ, 1930年 代 以 降 も盛 ん に伐 採

が行 な わ れ て い た 。

この よ うに, 保 有 地 の分 布 形 態 か らみ る限 り,

マ レー マ リー 地域 へ の進 出 は, 実 に1895年 頃 か

ら1930年 頃 に か け て の, わず か30年 余 りの短 い

期 間 に行 な わ れ た こ とが わ か る。 そ の景 観 変 化

の 規模 とス ピー ドは, ま さに マ レーマ リー にお

29) け る 「ミラ ク ル 」で あ っ た と い え よ う。 IV 小 麦 収 穫 量 と 降 水 量 の 相 関 性 に も と づ く 「限界 地 」付 近 の タ イ プ わ け (1) 小 麦 収 穫 量 と 降 水 量 前 章 に お い て 概 観 し た よ う に, Albert, Alfred, Buccleuch, Chandos, の マ レ ー マ リ ー4カ ウ ン テ ィ の 開 発 は, 19世 紀 末 か ら20世 紀 初 期 に か け て の 短 期 間 に, 一 気 に推 し進 め ら れ て い っ た 。1907年 か ら 1946年 に か け て の40年 間 は, 丁 度 保 有 地 の 拡 大, 耕 地 の 実 質 的 開 墾 の 時 期 に あ た っ て い る 。 こ の 間 の マ レ ー マ リ ー 地 域 に お け る 小 麦 作 付 面 積 の 推 移 を み る と, 第 一 次 世 界 大 戦 に よ る 世 界 的 経 済 の 影 響 を 受 け た1915∼19年 を 除 い て, 1930年 28) こ の 問 題 に 関 し て は, 収 穫 量 に 大 き く 影 響 す る こ と も あ っ て, 当 時 か ら さ ま ざ ま な 努 力 が は ら わ れ て い た 。 そ の 一 端 は, 以 下 の 文 献 か ら も う か が わ れ る 。

Johnston, W.L.,‘State of South Australia-wheat production on fallow’, South Australian Journal of Agricul-ture 30, 1926, p. 274.

Hill, R.,‘Fallow and its value’, South Australian Journal of Agriculture 31, 1927, pp. 140-149.

Spafford, W.J.,‘How to improve wheat yields in South Australia’, South Australian Journal of Agriculture 31, 1927, pp. 426-440.

Spafford, W.J.,‘Recent improvements in wheat-growing practices in South Australia’, South Australian Journal of Agriculture 32, 1928, pp. 1138-1140.

Griffiths, R.L.,‘Fallowing and cultivation methods for sandy soils’, South Australian Journal of Agriculture 33, 1930, pp. 513-522.

Griffiths, R.L.,‘Efficient wheat growing methods: cultivation and crop rotation’, South Australian Journal of Agriculture 35, 1932, pp. 1086-1095.

Perkins, A.J.,‘Some parting reflexions on wheat growing in South Australia’, South Australian Journal of

Agriculture 38, 1935, pp. 696-717.

Herriot, R.L,‘Making best use of limited rainfall’, South Australian Journal of Agriculture 47, 1944, pp.

528-532.

(9)

半 乾 燥 地 域 に お け る小 麦作 の進 展 と降 水 量 変 動 (片 平・ 岩 崎) 305 30)

まで は飛 躍 的 に増 大 して きた こ とが分 か る。

第4図

は, 1907年 か ら1946年 の40年 間 に わ た

る1エ ー カ ー当 た りの小 麦 平 均 収穫 量 の 年次 別

変 化 を み た もので あ る。 平 均 収 穫 量 は, あ た か

も地 震 計 の記 録 の よ う に大 き な変動 を呈 して お

り, そ こ の農 業 が 決 して 安 定 的 で は な か った こ

と を裏 付 け て い る。 この 期 間 で 比 較 す る と,

1916年, 1920年, 1937年, 1942年 度 に は, い ず

31) れ も1エ ー カ ー 当 た り10ブ ッ シ ェ ル を 越 え る 値 を示 し て お り, 豊 作 の 年 で あ っ た こ と が う か が え る 。 し か し, 1914年, 1919年, 1927年, 1929 年, 1944年 度 は, す べ て 平 均 収 穫 量 が3ブ ッ シ ェ ル 以 下 (40年 間 の平 均 は6.71ブ ッシ ェ ル) な い しは そ れ を わ ず か に 越 え る 程 度 の 値 と な っ て お り, 大 規 模 な 打 撃 を被 っ た 年 で あ る と い え る 。 こ れ ら の 値 を年 平 均 降 水 量 と の 関 連 で み る と, 1916年, 1920年, 1937年, 1942年 度 の 豊 作 年 に お け る 降 水 量 は, そ れ ぞ れ439mm, 375mm, 346mm, 349mmで あ る の に 対 し て, 1914年, 1919年, 1927年, 1929年, 1944年 度 の 降 水 量 は, そ れ ぞ れ183mm, 274mm, 200mm, 257mm, 183mmと な っ て い る 。 ち な み に40年 間 の 平 均 降 水 量 は, 306mmで あ っ た 。 こ れ ら 両 極 端 の 年 度 の 比 較 で は あ る が, マ レ ー マ リ ー 地 域 に も ま た, 小 麦 収 穫 量 と 降 水 量 と の 間 に, 相 関 の 認 め ら れ る こ と は確 実 で あ る 。 第5図 は, マ レ ー マ リ ー4カ ウ ン テ ィ (33ハ ン ド レ ッ ド・降 水 量 観 測 点) に お け る1907∼46年 の 間 の 小 麦 収 穫 量 と 年 降 水 量 と の 関 連 に つ い て み た もの で あ る 。 全 体 的 な 傾 向 は, 両 者 の 間 に 大 ま か な 相 関 性 が 認 め ら れ る こ と を 示 し, さ ら に 小 麦 の 収 穫 量 に つ い て も ま た, 降 水 量 の 多 少 に 左 右 さ れ て い る こ と が 明 ら か で あ る 。 し か し い っ ぽ う で は, あ る 程 度 の 降 水 が も た ら さ れ て い る に もか か わ らず, そ れ に 応 じて 収 穫 量 が 伸 び て い な い ケ ー ス も 目立 っ て い る 。 そ こ で, 両 者 の か か わ り を さ ら に 詳 し くみ る た め に, 小 麦 の 生 育 に ひ と き わ 関 連 が 深 い と い わ れ て い る, 冬 雨 と の 対 応 関 係 に つ い て 検 討 を 加 え る こ と に し た 。 (2) 冬 雨 の 期 間 オ ー ス ト ラ リ ア 気 象 局 (Bureau of Meteorology, Australia) に よ っ て 作

32)

成 され た気 候 地 域 区分 図 に よ れ ば, オ ース トラ

リア大 陸 は, 大 き く冬 雨 地 域 と夏 雨 地 域 との2

つ の地 域 に分 け られ る。 降水 量 の季 節 性 に基 づ

く区分 か らみ る と, 本 稿 の対 象 地 域 で あ る南 オ

ー ス トラ リア州 マ レー マ リー は, 当然 冬 雨 地 域

に含 まれ る こ とに な る。 そ の 区分 の際 に用 い ら

れ る 月 別 降水 量 は, 11月 か ら4月 ま でが 夏 雨 の

第4図 マ レ ー マ リ ー4カ ウ ン テ ィ に お け る 小 麦 平 均 収 穫 量 (1907∼1946年) 〔片平, 1987に よ る〕

Fig. 4 Average wheat yield (bushels/acre)

in the 4 counties of Murray Mallee,

1907-1946 〔after Katahira, 1987〕

30) 注19) の, Statistical Register of South Australia-Production の う ち の “area under crops”の デ ー タ に よ る 。 こ の 傾 向 は南 オー ス トラ リア 州全 体 の もの と 同様 で あ る。 な お, 州 全 体 の傾 向 を示 す グ ラ フに つ い て は, 例 え ば前 注4)-(3), p. 298な ど を参 照 さ れ た い。

31) オ ース トラ リ アの 小 麦 収穫 量 は, 近 年 まで す べ て 「ブッシ ェル 」と い う単 位 で 統 一 され て い た 。 本 稿 で は, 以 下 この 単 位 を使 用 す る。 小 麦 の 場 合, 1ト ンは36.7437ブ ッシ ェ ル に 相 当 す る 。

32) Bureau of Meteorology, Australia, Climatic Atlas of Australia, Map Set 5, Rainfall, Australian Government Publishing Service, 1977.

(10)

306 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

期 間 で, また5月 か ら10月 まで が 冬 雨 の 期 間 と

明確 に規 定 され て い る 。5∼10月

とい う期 間 は

また, 南 オ ー ス トラ リア州 に お い て, 小 麦 の 成

育 か ら収 穫 直前 の成 熟 期 間 に一 致 す る。

冬 雨 と小 麦 収 穫 量 との 関連 は, か な り古 くか

ら認 め ら れ て い る 。 例 え ば Perkins は, 4∼

11月 にわ た る8か 月 の期 間 で は あ っ たが, 冬 雨

が小 麦 の成 育 に もた ら した影 響 の重 要 性 につ い

33)

て 強 調 して い る。 また French は,「休 閑 地」

を い か に小 麦 作 の 間 に組 み込 め ば効 率 が 良 い か

とい う議 論 の 中 で, 小 麦 の成 育 に対 して7∼8

34)

月 の 降水 量 が 与 え る影 響 の重 大 性 を説 い た 。 さ

ら に Russell は, 1895年 か ら1974年 に か け て

の80年 間 に わ た る季 節 別 降水 量 の分 析 を行 な っ

た結 果, 冬 雨 の変 動 傾 向 に と もない, そ れ に比

例 す る形 で小 麦 収 穫 量 もま た変 化 して い る こ と

35)

を指 摘 した 。 た だ し, こ こで 取 り扱 われ て い る

冬 雨 の 期 間 は, 4月 か ら9月 ま で と な っ て い る 。 し か し 南 オ ー ス ト ラ リ ア 州 に 関 し て, South 36)

Australian Year Book 所 載 の 主 要17気 象 観 測

点 の デ ー タに基 づ い て4月

と10月 の降 水 量 比 較

を行 な え ば, 10月 に 降水 量 の多 い観 測 点 が12か

所 あ る の に対 して, 4月 に よ り多 い量 を示 す 観

測 点 は, わ ず か2か 所 にす ぎな い。 残 り3か 所

の観 測 点 に つ い て は, 同量 とな っ て い る。 また

降 水 日数 に つ い て比 較 す る と, す べ て の 地 点 で

10月 の 方 が 多 くな って お り, 少 な く と も南 オ ー

ス トラ リア 州 に 関 して は, や は りオ ー ス トラ リ

ア気 象局 の定 め て い る とお り, 5月 か ら10月 の

6か 月 間 を冬 雨 期 間 とす る のが 妥 当 だ と い え る。

い っぽ うオ ー ス トラ リア気 象 局 に集 計 さ れ た

デ ー タの うち, 南 オ ー ス トラ リア州 各 地 に もた

ら され た 月 別 降水 量 の平 年 値 に注 目す る と, 5

∼10月 の冬 雨 期 間 の 中 で も と くに7月

と8月 の

第5図 小 麦 収 穫 量 と 年 降 水 量 と の 相 関 (1907∼1946年) (1914年 の デ ー タ は 除 く)

Fig. 5 Correlation between wheat yield and annual rainfall, 1907-1946

(except the data in 1914)

33) Perkins, A.J.,‘Goyder's line of rainfall’, South Australian Journal of Agriculture 39, 1935, pp. 78-84. 34) French, R.J.,‘New facts about fallowing’, South Australian Journal of Agriculture 67, 1963, pp. 42-48.

35) Russell, J.S.,‘Geographic variation in seasonal rainfall in Australia-an analysis of the 80-year period

1895-1974’,The Journal of the Australian Institute of Agricultural Science 47, 1981, pp. 59-66.

36) Australian Bureau of Statistics, South Australian Office,‘South Australian Year Book’, 13, Commonwealth of

(11)

半 乾 燥 地 域 に お け る小 麦 作 の進 展 と降 水 量 変 動 (片平・ 岩 崎) 307

降 水量 が極 立 っ て多 く, 続 い て9月 お よ び6月

37)

の量 が 目立 っ て い る 。 こ の事 実 とと もに, 残 差

38)

和 曲線 (Residual Mass Curve) を描 い て 降 水 量

の 長期 変 動 を わ か りやす く表 現 し, か つ この デ

ー タに照 ら し合 わせ て小 麦 収 穫 量 の変 動 傾 向 を

み る と, 数 か 月 間 に わ た る冬 雨 の量 が, 小 麦 収

穫 量 に大 き く影 響 して い る こ とが 確 認 され た 。

こ う した 手 続 き を経 た 上 で, 小 麦 収 穫 量 と冬 雨

の 量 との 関 連性 を さ らに正 確 に分 析 す る ため に,

6∼9月

の4か 月 間 に わ た る月 別 降水 量 が 取 り

扱 わ れ る こ とに な った 。

この 期 間 につ い て, オ ー ス トラ リア南 部 にお

け る風 系 の 南 下・ 北 上 の季 節 的変 化 をみ る と,

7∼8月

にか けて の2か 月 間 に もっ と も北 上 し,

6月 と9月 の 状 態 が そ れ に次 い で い る こ とか ら,

動 気 候 学 的 に み て も, 6∼9月 の 期 間 を 考 慮 す る 意 味 は 深 い も の と考 え る 〔注9)-(2), 53∼118頁〕。 (3) 冬 雨 (6∼9月) を 中 心 と し た 小 麦 収 穫 量 の タ イ プ 6∼9月 の4か 月 間 に わ た る 冬 季 39)

降水 量 と, 小 麦 収 穫 量 との 関連 をみ た のが 第6

図 で あ る 。収 穫 量 は, 1ブ ッシ ェル に も満 た な

い もの か ら20ブ ッシ ェル に近 い もの まで さ ま ざ

まで あ るが, そ の 大 半 につ い て は, あ る程 度 の

幅 を持 ち な が ら も, 冬 季 降 水量 と非 常 に よ く対

応 して い る とい え る。 中 で も降水 量 の比 較 的少

な い領 域 の もの につ い て は, と くに相 関 が高 く

な って い る よ う に思 わ れ る。 しか し部 分 的 に み

る と, 降 水 量 の 比 較 的 多 い 領域 の デ ー タに つ い

て も, そ れ に応 じて 収穫 量 の 多 くな って い る も

の が 多 く, 必 ず し も降 水 量 の少 な い部 分 と比 較

第6図 小 麦 収 穫 量 と 冬 季 降 水 量 (6∼9月) と の 相 関 (1907∼1946年) (1914年 の デ ー タ は 除 く) Fig. 6 Correlation between wheat yield and winter rainfall

(June-Sept.), 1907-1946 (except the data in 1914)

37) Bureau of Meteorology, Australia, Rainfall Statistics Australia, Australian Government Publishing Service,

1977, 510p.

38) 注12) お よ び 岩 崎 一 孝 「注ー ス トラ リ ア の 気 候II-降 水 量 変 動 か ら み た 気 候 地 域-」, 地 理28-12, 1983, 66∼73頁 。 な

お, 実 際 の デ ー タ 例 に つ い て は, Iwasaki, K. and Ohmori, H.,‘Climatic change and variability in the Murray-Mal-lee’, in Toya, H., Takeuchi, K. and Ohmori, H. eds., Studies of Environmental Changes due to Human Activities in the Semi-arid Regions of Australia, Department of Geography, Faculty of Science, Tokyo Metropolitan Univ.,

1985, pp. 193-200. を 参 照 さ れ た い 。

(12)

308 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

して相 関 が低 い と も考 え られ な い。 さ ら に も う

少 し詳 し くみ る と, 降水 量 の比 較 的多 い 領 域 に

お い て, や や収 穫 量 の伸 び悩 ん で い るデ ー タが

目立 っ て い る こ と に 気 付 く。 例 え ば, 160∼

200mmの

付 近 に お け る6ブ

ッ シ ェ ル 以 下 の

もの や, 200mm以

上 の 領 域 に お け る8∼9

ブ ッシ ェル 以 下 の もの な どで あ る。

こ う した 第6図

にお け るデ ー タの分 布 状 況 は,

小 麦 収 穫 量 と冬 季 降 水 量 との 関係 が, 1本 の 回

帰 直 線 で 表 現 で きる よ う な単 純 な もの で は な い

こ とを示 唆 して い る。 す な わち 小 麦収 穫 量 と冬

季 降水 量 との 間 に は, い くつ か 複 数 の対 応 関係

が 存 在 し, こ れ らが 重 な り合 った結 果 と して,

こ の よ うな分 布 状 況 が で き あが った もの と考 え

られ る。 そ こで, こ れ らデ ー タの ひ とつ ひ とつ

に対 して そ れぞ れ詳 細 な検 討 を試 み る と, こ う

した分 布 状 況 を示 す 原 因 は, 各 年 度 ご との傾 向

の差 異 にあ る と い う よ り も, む しろ地 域 的 (空

間的) な 差 異 に よ っ て大 きな 違 い を生 じて い る

こ とが 確 認 さ れ た。 そ して ハ ン ドレ ッ ドご とに,

各 デ ー タの分 布 傾 向 と領 域 につ い て検 討 した結

果, 第6図 の デ ー タは, 次 の4つ の タイ プ に分

類 さ れ る こ と とな っ た。

(i) タ イ プI (第7図): こ の タ イ プ に属 す る

デ ー タの最 大 の特 色 は, 小 麦 収 穫 量 と冬 季 降 水

量 とが, 非常 に よ く対 応 して い る点 で あ る。 回

帰 直線 の傾 き も ひ と きわ高 く, 冬 季 降水 量 が 増

加 して い くに した が って小 麦 収 穫 量 もま た増 加

して い る こ とが, は っ き りと読 み取 れ る。 収 穫

量 に注 目す る と, まず他 の タイ プ に比 べ て, 相

対 的 に低 い 数 値 の もの が 目立 って い る とい え る 。

例 えば, 2ブ ッシ ェル 未 満 の もの が, 非 常 に多

く認 め られ る こ とな どで あ る 。 これ は, さ らに

1ブ ッシ ェル 未 満 に限 って み て も同 じこ とが い

え, 0に 近 い 数 値 もまた い くつ か確 認 され る 。

反 対 に12ブ ッシ ェル 以 上 の 高 い 数値 も数多 く存

在 し, 20世 紀 前 半 の 収 穫 量 と して は, か な り記

録 的 で あ った とみ な され る14ブ ッシ ェル 以 上 の

もの も, 何 例 か み られ る。

い っ ぽ う 冬 季 降 水 量 の 範 囲 は, 22mm

(Murtho, 1944年) か ら257mm

(McGorrery,

1923年) まで の 間 とな っ て い る が, これ らの 中

に は, 40mm以

下 とい う少 な い値 も, か な り

顕 著 に認 め られ る。

(ii) タイ プII (第8図): こ の タ イ プ に含 め ら

れ る デ ー タの特 徴 は, タ イ プIと 同 様, 小 麦 収

穫 量 と冬 季 降水 量 との 間 に, 相 関 性 が 認 め られ

る こ とで あ る。 た だ し, 回帰 直 線 の 傾 き は タ イ

第7図 タ イ プI: 小 麦 収 穫 量 と冬 季 降 水 量 (6 ∼9月) と の 相 関

Fig. 7 Type I: Correlation between wheat

yield and winter rainfall (June-Sept.)

第8図 タ イ プII: 小 麦 収 穫 量 と 冬 季 降 水 量 (6 ∼9月) と の 相 関

Fig. 8 Type II: Correlation between wheat yield and winter rainfall (June-Sept.)

(13)

半 乾 燥 地 域 に お け る小 麦 作 の 進 展 と降 水量 変 動 (片 平・ 岩 崎) 309 プIに 比 べ て 明 ら か に緩 い 。 ま た, 降 水 量 の 比 較 的 多 い 部 分 の デ ー タ は, タ イ プIの よ う に 右 上 方 に 伸 び て 行 く こ と な く, 途 中 か ら グ ラ フ の 右 よ り に 分 散 して い る 。 収 穫 量 を み る と, 2ブ ッ シ ェ ル 未 満 の も の や, さ ら に1ブ ッシ ェ ル 未 満 の も の も い くつ か 目立 っ て い る 点 は, タ イ プ Iと 同 様 の 特 色 を 呈 し て い る が, 数 量 的 に は そ れ ほ ど多 く は な い 。 ま た タ イ プIと 大 き く違 う と こ ろ は, 収 穫 量 の 数 値 の 高 さ に 関 す る 点 で, タ イ プIIで は, せ い ぜ い12か ら13ブ ッ シ ェ ル が 最 大 で, 14ブ ッ シ ェ ル 以 上 の ケ ー ス は, わ ず か 2例 に し か す ぎ な い 。 こ れ は, 13か ら14ブ ッ シ ェ ル 以 上 の 例 が 多 く認 め ら れ る タ イ プIと, は っ き り と 異 な る と こ ろ で あ る 。 タ イ プIに 比 べ て, タ イ プIIの 方 の 収 穫 量 が 総 じ て 低 く な っ て い る こ と は, 同 時 に 回 帰 直 線 の 傾 きが 緩 い 原 因 と も な っ て い る 。 冬 季 降 水 量 は, 28mm (Allen, 1944年)∼259 mm (Wilson, 1916年) の 範 囲 で, タ イ プIと む し ろ 非 常 に よ く似 た 傾 向 を 示 し て い る 。 ま た 40mm前 後 以 下 と い う 少 な い 値 も, タ イ プI よ り は る か に 少 な い な が ら, い くつ か 認 め ら れ る 。 頻 度 的 に み る と, 冬 季 降 水 量 は, 110∼ 120mmを 中 心 と す る100∼140mmの 間 に 多 く分 布 し て い る 。 (iii) タ イ プIII (第9図): こ の タ イ プ の デ ー タ も ま た, タ イ プIほ ど 明 確 で は な い が, あ る 程 度 の 相 関 性 を示 し て い る と み な さ れ る 。 た だ し, タ イ プIやIIと 大 き く異 な る と こ ろ は, 小 麦 収 穫 量 が 全 体 的 に よ り高 い 点 で あ る 。 す な わ ち, こ の タ イ プ の 最 低 収 穫 量 が4.37ブ ッ シ ェ ル (Parilla, 1919年) で, す で に み た タ イ プIやII の そ れ と は, 比 較 に な ら な い ほ ど の 高 収 量 と な っ て い る 。 ま た, 最 高 値 は19.78ブ ッ シ ェ ル (Pinnaroo, 1924年) に 達 し て お り, 13∼14ブ ッ シ ェ ル 以 上 の 高 い 数 値 も, 全 デ ー タ の 約3分 の

1を 占 め る に至 って い る。 冬季 降水 量 に あ る 程

度対 応 す る形 で, 収穫 量 が伸 び て い るの は, タ

イ プIの 特 徴 に共 通 す る と こ ろで あ るが, グ ラ

フの 右 方 にデ ー タ の分 散 が 認 め られ る様 子 は,

タ イ プIIで み られ た点 に似 て い る。 しか し, 2

な い し1ブ ッシ ェ ル未 満 とい っ た低 い 数 値 が 全

く認 め られ な い点 は タイ プI (タ イプIIも) と,

ま た右 方 に流 れ て い る部 分 の収 穫 量 が8∼10ブ

40) ッ シ ェ ル 以 上 と高 い 点 は タ イ プIIと, そ れ ぞ れ 決 定 的 に 異 な る と こ ろ で あ る 。 い ず れ に せ よ, タ イ プIIIの 小 麦 収 穫 量 は, タ イ プIやIIに 比 較 し て, 非 常 に 安 定 的 だ と い え る 。 ま た 冬 季 降 水 量 の 範 囲 は, 35mm (Parilla, 1944年)∼336mm (Bews, 1916年) の 幅 と な っ て お り, タ イ プI, IIに お い て 最 大 値 で あ っ た 250mm代 を 上 回 る 数 値 も い くつ か 存 在 し, さ ら に300mm以 上 の 例 も 認 め ら れ る こ と か ら, 冬 季 降 水 量 の 平 均 値 は, か な り多 くな っ て い る と み な さ れ る 。 (iv) タ イ プIV (第10図): こ の タ イ プ に 属 す る デ ー タ の 特 色 は, 回 帰 直 線 か ら も明 ら か な よ う に, ほ と ん ど 相 関 性 を 示 さ な い こ と で あ る 。 さ 第9図 タイ プIII: 小 麦 収 穫 量 と冬 季 降水 量 (6 ∼9月) との相 関

Fig. 9 Type III: Correlation between wheat

yield and winter rainfall (June-Sept.)

40) タ イプIIは, 4∼6ブ ッシ ェ ル です で に グ ラ フの 右 方 に流 れ は じめ て お り, タ イプIIIと比 較 して, そ の 全 体 的 な レベ ル は明 らか に低 い 。

(14)

310 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988)

ら に6∼9月

の 冬 季 降 水量 は, 全 体 的 に みて,

また 最 大 値 にお い て, これ まで み た3つ の タ イ

プ に比 べ て, よ り一層 多 くな って い る に もか か

わ らず, そ れ に応 じて収 穫 量 が 思 う よ うに は伸

びて い な い 。 収穫 量 を中心 に み れ ば, 12∼13ブ

ッシ ェル 以 上 の 高 い もの が, 降水 量 の多 さ に反

して 数 え る ほ ど しか 認 め られ ず, 14ブ ッシ ェ ル

以 上 に至 って は, わ ず か2例 が確 認 され る にす

ぎ ない 。 デ ー タの 多 くが, 小 麦収 穫 量 の伸 び悩

み に応 じて 右 方 に大 き く分散 して い る点 は, タ

イ プIIに 共 通 す る特 徴 で あ るが, 大 き く異 な る

と こ ろ は, 2な い し1ブ ッシ ェル未 満 の低 い数

41) 値 が 認 め ら れ な い に 等 しい 点 で あ る 。 し か し反 面, タ イ プIIIで 多 くみ ら れ た よ う な, 13∼14ブ ッ シ ェ ル 以 上 の 高 い 数 値 も, 決 し て 目立 っ て は い な い 。 冬 季 降 水 量 に 関 し て は, 35mm (Livingston, 1944年)∼377mm (Roby, 1916年) の 範 囲 で, タ イ プIIIの そ れ と似 て い る が, 最 大 値 は タ イ プIII以 上 と な っ て い る 。 ま た100∼ 250mmの 間 の 降 水 量 が 目 立 っ て お り, タ イ. プIやIIと 比 較 し て, 平 均 降 水 量 は 明 らか に 多 く な っ て い る 。 同 時 に100mm未 満 の も の が む し ろ ま ば ら に しか 認 め ら れ ず, 冬 季 降 水 量 は, 全 体 的 に み て か な り多 い こ と が わ か る 。 V 農 業 「限界 地 」の 意 味 前 章 で み た, 小 麦 収 穫 量 と, 6∼9月 の4か 月 間 に わ た る冬 季 降 水 量 と の 関 連 性 に つ い て の 分 析 結 果 を ハ ン ド レ ッ ド ご と に 示 す と, タ イ プ Iに は, Cadell, Paisley, Waikerie, Holder, Moorook, Mantung, Nildottie, Murtho,

Paringa, Gordon, Pyap, Bookpurnong, Kek-wick, McGorrery の14ハ ン ド レ ッ ド が, タ イ プIIに は, Bandon, Mindarie, Allen, Vincent, Wilson, McPherson, Billiatt, Kingsford の8 ハ ン ド レ ッ ドが, タ イ プIIIに は, Bews, Paril-la, Pinnaroo の3ハ ン ド レ ッ ドが, そ し て タ イ プIVに は, Hooper, Marmon Jabuk, Sher-lock, Roby, Peake, Price, Livingston, Coney-beer の8ハ ン ド レ ッ ドが, そ れ ぞ れ 含 め ら れ

る こ と に な る (第11図)。

こ れ ら4つ の タ イ プ の 分 布 状 況 を概 観 す る と, タ イ プIは Albert, Alfred の 北・ 中 部, タ イ プIIは Albert・Alfred と Buccleuch・Chan-第10図 タイ プIV: 小 麦 収穫 量 と冬 季 降水 量 (6-9月) との相 関

Fig. 10 Type IV: Correlation between wheat yield and winter rainfall

(June-Sept.)

41) 2ブ ッシ ェル 未 満 の 例 は, た だ 一 度, 1919年 に Coneybeer ハ ン ドレ ッ ドで記 録 さ れ て い る。 同ハ ン ドレ ッ ド内 の 降 水 量 観 測 点 で あ る Coonalpyn に お け る こ の 時 の冬 季 降水 量 は204mm, 収 穫 量 は1.74ブ ッシ ェル で あ った 。

(15)

半 乾 燥 地 域 に おけ る小 麦 作 の 進 展 と降 水量 変動 (片 平・ 岩 崎) 311

dos の 境 界 部, タ イ プIIIは Chandos の 中 部, そ し て タ イ プIVは Buccleuch の 中・ 南 部 を そ れ ぞ れ 占 め て い る 。 マ レ ー マ リ ー 地 域 に お け る 年 平 均 降 水 量 の 分 布 は, 第1図 か ら も 明 ら か な よ う に, タ イ プIの 地 域 で あ る 北 側 が 相 対 的 に 少 な く, ま た タ イ プIII・IVと い っ た 南 側 の 地 域 に な る ほ ど多 く な っ て い る 。 い ま, 再 び4か 月 間 の 冬 季 降 水 量 に 注 目す る と, そ の 最 小 値 と最 大 値 は, タ イ プIの 地 域 が22∼257mm, タ イ プIIの 地 域 が28∼259mmで, 両 者 と も ほ と ん ど 同 じ幅 と な っ て い る こ と が わ か る 。 こ れ に 対 し て, タ イ プIII地 域 の そ れ は35∼336mm, ま た タ イ プIV地 域 は35∼377mmと な っ て お り, こ れ ら双 方 と も タ イ プI, IIに 比 較 し て, と く に 最 大 値 が 大 き い た め に そ の 幅 が 著 し く拡 大 し て い る こ と に 気 付 く。 同 時 に タ イ プIII, IV

地域 に お い て は, タイ プI,

II地域 で は一 度 も

記 録 さ れ て い な い260mm以

上 の 数値 が 多 く

認 め られ る。 これ らの こ とか ら, 6∼9月

の冬

季 降 水 量 に関 して もまた, タイ プI,

IIの地 域

に比 べ て, タ イ プIII, IV地 域 の 方 が, よ り多 く

な って い る こ と は明 白で あ る。

で は, この 冬 季 降 水 量 の 違 い は, タイ プI,

II地 域 お よ び タ イ プIII, IV地 域 の 小 麦収 穫 量 に,

そ れ ぞ れ どの よ う な影 響 を及 ぼ して い る の だ ろ

うか 。 タ イ プI∼IVの

地 域 ご との グ ラ フの傾 向

に注 目 して み た い 。

まず, 相 対 的 にみ て 明 らか に冬 季 降 水 量 の 多

い タ イ プIIIおよ びIV地 域 にお け る小 麦 収穫 量 の

最 小 値 は, タ イ プIII地域 が4.37ブ ッシ ェル, タ

イ プIV地 域 の そ れ が1.74ブ ッシ ェル とな って い

る。 これ に対 して, タ イ プIやIIの

地 域 にお い

て は, 2な い し1ブ ッシ ェ ル よ り も低 い 数 値 が

か な り 目立 ち, 大 きな違 い とな って い る。

しか し なが ら, タ イ プIII, IV (第9, 10図)

と タ イ プI,

II (第7, 8図) の 分 布 状 態 が 全

く異 な り, か つ か け離 れて い るか とい う と, 実

はそ うで は な い。 例 え ば, タ イ プIと タ イ プIII

の両 者 を重 ね 合 わせ て み る と, 決 して 多 くは な

いが, 全 体 的 な傾 向 か らみ て, 一 部 に重 な り合

う部 分 が 認 め られ る ので あ る。 同様 の こ とが,

タ イ プIと タ イ プIVに つ い て もまた い え る。 す

な わ ち, 小 麦 収 穫 量 と冬 季 降 水 量 との 関 係 か ら

み た タ イ プIVの 特 徴 につ い て, 前 章 で 「ほと ん

ど相 関性 を示 さ な い」と 書 い たが, これ を相 関

度 の一 番 高 い タ イ プIと 比 較 す る と, 両 者 の 分

布 領 域 は全 く重 な り合 わ な い こ とは な く, 実 は

わず か で は あ るが, 相 互 の一 部 が 重 な るの で あ

る。 た だ, 各 グ ラ フ に お け る分 布 の レベ ル と領

域 が 異 な っ て い る た め に, 結 果 的 にそ れ ぞ れ の

タイ プ の特 徴 が 出 る こ とに な る ので あ る。 い い

か え れ ば, タ イ プIと タ イ プIIIとで は, Iに 比

べ てIIIの小 麦 収 穫 量 が 全 体 的 に高 い た め に, 両

者 の分 布 領 域 が 重 な り合 う の は, か な り高 レベ

第11図 マ レーマ リ ー地 域 にお け る4タ イ プ の分 布 第11図 マ レーマ リ ー地 域 にお け る4タ イ プ の分 布

Fig. 11 Distribution of the 4 types in the Murray Mallee region

A: Type I, B: Type II, C: Type III, D: Type IV, E: data not available, F: Goyder's Line of Rainfall

A□

B□

C□

D□

E□

F∼

(16)

312 人 文 地 理 第40巻 第4号 (1988) ル の 収 穫 量 の 領 域 に お い て の み と な る 。 同 様 に, タ イ プIと タ イ プIVに つ い て は, 冬 季 降 水 量 の 分 布 傾 向 に 著 し い 差 が あ る た め, 両 者 が 重 な り 合 う の は, 比 較 的 降 水 量 の 少 な い 部 分 に お い て の み と な っ て い る 。 こ う み て く る と, タ イ プIV地 域 に 認 め ら れ る 小 麦 収 穫 量 最 小 値 の1.74ブ ッ シ ェ ル は, 降 水 量 か ら み て は な は だ 不 自 然 な 数 値 とい う こ と に な る 。 こ の 収 穫 量 は, 注41) に 明 記 さ れ て い る と お り, 1919年 に Coneybeer (Coonalpyn 観 測点) で 記 録 さ れ た も の で あ り, そ の 時 の 冬 季 降 水 量 は204mmで あ っ た 。 と こ ろ が, 冬 季 降 水 量 の 影 響 を ど れ よ り も直 接 的 に 受 け て い る タ イ プ と み な さ れ たI, IIの 地 域 に お い て は, 200 mm以 上 の 冬 雨 が あ り な が ら, こ の よ う に 収 穫 量 の 少 な い 数 値 は 全 く認 め られ な い 。 仮 りに, 200mm以 上 の 冬 雨 が も た ら さ れ た と す れ ば, タ イ プIで あ れ ば 小 麦 収 穫 量 は 約8ブ ッ シ ェ ル 以 上, ま た タ イ プIIな ら ば 約4∼5ブ ッ シ ェ ル 以 上 と, そ れ ぞ れ1.74ブ ッ シ ェ ル に 比 べ て か な り高 い 値 に な っ て い る こ と が 分 か る (第7・8 図 参 照)。 し た が っ て, タ イ プIVに み ら れ る 〔204mm, 1.74ブ ッ シ ェ ル 〕と い う 数 値 は, 少 な く と も タ イ プIやIIと は 異 な る 要 因, い い か え れ ば, 冬 季 降 水 量 以 外 の 要 因 の 影 響 が 強 く 出 た こ と に よ っ て, 記 録 さ れ た も の と み る べ き で あ る 。 そ こ で, 1.74ブ ッ シ ェ ル に 次 い で 収 穫 量 の 低 か っ た 数 値 を 抜 き 出 し て み る と, 1911年 に Sherlock (Moorland 観 測 点) で 記 録 さ れ た2.02 ブ ッ シ ェ ル や, 1919年 に Marmon Jabuk (Karoonda 観 測 点) で 記 録 さ れ た2.09ブ ッ シ ェ ル な ど が 認 め ら れ る 。 い っ ぽ う, こ れ ら の 値 が 記 録 さ れ た 時 の 冬 季 降 水 量 は, そ れ ぞ れ109 mm, 119mmと な っ て い る 。 両 数 値 は, い ず れ も タ イ プIま た はII地 域 の 分 布 傾 向 と比 較 し て, ほ ぼ 同 じ領 域 に 位 置 し て い る こ と よ り, Sherlock, Marmon Jabuk の2ハ ン ド レ ッ ド

に お け る 小 麦 収 穫 量 の 数 値 が, 冬 季 降 水 量 の 影 響 を 強 く受 け た もの で あ る 可 能 性 は 十 分 に 考 え られ る 。 こ の 事 実 を 踏 ま え て 冬 季 降 水 量 か ら み た 場 合, そ の 量 の 相 対 的 に 多 い タ イ プIII, IV地 域 の 実 質 的 な 小 麦 収 穫 量 の 最 小 値 が2.02, 2.09ブ ッシ ェ ル で あ る の に 対 し て, 相 対 的 に 冬 季 降 水 量 の 少 な い タ イ プI, II地 域 で は, 2な い し1ブ ッシ ェ ル に さ え 及 ば な い 数 値 が 目立 っ て い る と い う 点 に お い て, 2ブ ッ シ ェ ル 付 近 の 数 値 に は, 降 水 量 と の 関 連 で 何 か 特 別 な 意 味 が あ る も の と 推 測 さ れ る 。 そ の 意 味 を さ ら に 詳 細 に 解 く手 掛 り

と し て,“Goyder's Line of Rainfall”の 存 在 が あ げ ら れ る 。 1865年, 南 オ ー ス トラ リ ア は こ れ ま で に な い 大 規 模 な 旱 ば つ に 襲 わ れ, 小 麦 作 を 中 心 と す る 農 業 は, か つ て な い ほ ど の 深 刻 な 打 撃 を 受 け た 。 こ の 時 の 状 況 を く ま な く調 査 し た 当 時 の 測 量 長 官 Goyder, G.W. は, 壊 滅 的 な 打 撃 を 被 っ た 地 域 と, 比 較 的 被 害 の 少 な か っ た 地 域 と を, そ れ ぞ れ の 打 撃 の 大 小 に よ っ て 区 分 し た 。 そ の 境 界 線 は “Goyder's Line of Rainfall (Goyder's Line)”(第11図) と 呼 ば れ, 現 在 で も旱 ば つ の 際 の 被 害 に 対 す る 重 要 な 目安 を 与 え る ラ イ ン と な っ て い る 。 も ち ろ ん, 1865年 当 時 に は, マ レ ー マ リ ー 地 域 の 開 拓 は ま だ 何 ら進 ん で い な い 段 階 で あ っ た が, 20世 紀 初 頭 に お け る 開 発 の 進 行 と と も に, そ の ラ イ ン は マ レ ー マ リ ー 地 域 に ま で, 若 干 の 修 正 を 伴 な い な が ら延 長 さ れ た 〔注 4)-(4), 272∼273頁 〕。 マ レ ー マ リ ー を 通 過 す る “Goyder's Line of Rainfall”の 具 体 的 な 位 置

は, マ レ ー 川 沿 岸 の Swan Reach (Nildottie ハ ン ド レ ッ ド) か ら 東 南 東 に 延 び て, Peebinga (Peebinga ハ ン ドレ ッ ド) の 南 方 約4マ イ ル の 地 点 に 達 す る ラ イ ン 上 で あ る 〔注33), 81頁〕。

42)

Meinig, Williams〔注4)-(3), 22∼64頁 〕ら の 成 果 に よ れ ば,“Goyder's Line of Rainfall”と

は, 穀 物 農 業 の 継 続 に と っ て 「安定 」か, も し く は 「不安 定 」か の 違 い を示 す 基 本 的 な 境 界 線

(17)

半 乾 燥 地 域 にお け る小 麦 作 の進 展 と降水 量 変動 (片平・ 岩 崎) 313

の こ とで あ る 。 した が って, こ の境 界 線 よ り北

側 の 地域 で は, た だ単 に 降水 量 の影 響 を直接 的

に受 け る ば か りで な く, そ の影 響 を直 接 的 に受

けた 上 で, 旱 ば つ 時 に は そ この農 業 が 「壊滅 的

な打 撃」を 受 け る 可 能性 の あ る こ とを意 味 して

い る。 そ うだ とす れ ば, この境 界 線 のす ぐ南 側

に位 置 す る タ イプIII, IV地 域 に お け る最 低 収 穫

量 の 数 値, す な わ ち 降 水量 の 直接 的 な影 響 に よ

って 記 録 され た とみ な され る2.02, 2.09ブ ッシ

ェル の 値 こそ が, ま さ に 「壊滅 的打 撃 」直 前 の

もの で あ る と考 え る こ とが で きる 。 これ は 同時

に,“Goyder's Line of Rainfall”付 近 や そ の

北 側 に位 置 す る タ イ プI, II地域 で み られ る,

約2ブ

ッシ ェル 以 下 とい う収穫 量 の 数値 が, ま

さ に 「壊滅 的 打 撃 」の 影 響 に よる もの で あ る こ

とを示 唆 して い る。

以 上 よ り, 降 水 量 の 影 響 を直接 的 に受 け, か

つ 小 麦 収 穫 量 に 「壊滅 的 打 撃 」を 被 る 地域 が,

す な わ ち 「不安 定 」な 農 業 「限界 地」に 相 当 す

る こ とが 明 らか と な った 。 そ の 地域 は, マ レー

マ リー に お いて は, タ イ プIお よびIIの 地域 に

あ た る。

で は 逆 に,“Goyder's Line of Rainfall”以

南 に お い て, その 地 域 を小 麦 収 穫 量 と冬 季 降 水

量 との 関係 か らみ る と, どの よ うな 特徴 が うか

が わ れ る で あ ろ うか 。 それ は, 第9, 10図 の タ

イ プIII, IV地 域 に お け るデ ー タの 分 布 状 況 か ら

知 る こ とが で きる。 両 者 に共 通 して い る特徴 は,

グ ラ フの分 布 傾 向が, 全 体 的 に大 き く右 方 に 流

れ て 分散 して い る点 で あ っ た。 ただ し, 両 者 の

間 に は収 穫 量 の レベ ル に大 きな差 が あ るた め,

タイ プIIIの分 布 領 域 が 全 体 的 に グ ラ フの 右 方 に

分 散 の傾 向 が あ る とは い え, 収 穫 量 と して はか

な り高 い もの とな って お り, しか も安 定 して い

る 。 しか し全 体 の特 徴 と して は, 両 者 と も冬 季

降水 量 に対 して小 麦収 穫 量 が そ の ま ま順 調 に伸

43) び て い な い こ と を示 し て い る 。 と こ ろ が, こ う した 分 布 領 域 が グ ラ フ の 右 方 に 流 れ る傾 向 を も つ 地 域 は, タ イ プIII, IVの み に は と ど ま っ て い な い 。 全 体 が 右 方 に 流 れ, 収 穫 量 が 伸 び 悩 み の 傾 向 を み せ る と い う点 で は, タ イ プIIも ま た 全 く同 様 の 特 徴 を 有 し て い る の で あ る (第8図)。 以 上 の こ と か ら, タ イ プIIは, 降 水 量 の 影 響 を 直 接 的 に 受 け て 収 穫 量 に 「壊滅 的 打 撃 」を 受 け る 場 合 と, 冬 季 降 水 量 に 応 じ て 収 穫 量 が そ の ま ま 思 う よ う に は 伸 び な い 場 合 と の, 2つ の 傾 向 を 合 わ せ 持 っ て い る 地 域 で あ る と み な す こ と が で き る 。 こ の 事 実 は 同 時 に, タ イ プII地 域 が, 「壊滅 的 打 撃 」を 被 る か 否 か の 境 界 線 の 北 側 に 位 置 す る 場 合 と, ま た そ の 南 側 に 位 置 す る 場 合 と の, 2通 り の ケ ー ス が あ る こ と を 示 唆 す る も の で あ る 。 し た が っ て,“Goyder's Line of Rainfall” が, 冬 季 降 水 量 の 影 響 を 直 接 的 に 受 け て, か つ 「壊滅 的 打 撃 」を 受 け る か, も し く は 受 け な い か の 境 界 を 示 す 目安 の ラ イ ン と み な す な ら ば, こ の 境 界 線 は, 従 来 の よ う に 固 定 的 ・静態 的 な も の と し て と ら え る べ き で は な く, 正 確 に は, そ の 年 々 の 冬 季 降 水 量 に 左 右 さ れ な が ら, 動 態 的 に 南 北 方 向 に 移 動 し う る も の と解 釈 す べ き で あ ろ う 。 い い か え れ ば,“Goyder's Line of Rainfall”と は, 広 義 に は, タ イ プII

の 地 域, す な わ ち Bandon, Mindarie, Allen, Vincent, Wilson, McPherson, Billiatt,

Kings-44)

ford の各 ハ ン ド レ ッ ドの 地 域 を連 続 させ た,

ベ ル ト状 の 地域 を想 定 す る の が妥 当 で あ る と考

え る 。

以 上 よ り, 冬 季 降水 量 の少 な か っ た年 に は,

42) Meinig, D.W.,‘Goyder's line of rainfall: The role of a geographic concept in South Australian land policy and

agricultural settlement’, Agricultural History 35, 1961, pp. 207-214.

43) タ イ プIIIは, 非 常 に 安 定 的 な レベ ル で の, 一 種 の 伸 び 悩 み と も 考 え る こ と が で き る 。

44) 地 域 の 連 続 性 か ら み れ ば, デ ー タ が な か っ た た め に 分 析 こ そ で き な か っ た が, Forster, Chesson, Auld, Peebinga な ど

Fig.  1  The  Southern  portion  of  South  Australia  and  the  Murray Mallee  region
Fig.  2  Distribution  of  the  hundreds  in  the  4  counties  of  Murray  Mallee
Fig.  3  Distribution  of  the  rainfall  stations  in  the  4  counties  of  Murray  MalleeAL:  Alawoona,
Fig.  4  Average  wheat  yield  (bushels/acre) in  the  4  counties  of  Murray  Mallee,
+6

参照

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