チ ェ ス覚え書
清 水 時 夫
英文学の作品にチェスについての言及は,かなり多く,時にはそれから作家 のチェス観が伺える。やや老境に入ったチ.ェス愛好者に共感を与えるのは,
AIphaofthePloughの筆名で発表したAlfi・edGeorgeGarIdiner(1865−1946)
の随筆集」托bbles onlhe Shore 中の−:文“In Praise of Chess”であろう。 Gardinerは隠退して田舎の家に落ちつき,番棚の片隅に愛読の書物をならべ, その傍にチェスの−・組を置いて,夕食後子供の頃の友人が来るのを待ちわび る。友人が来れば,パイプにたばこを詰めるように本能的にチ,エ・スの騎を並.ぺ る。そういう日を彼は心待ちしている。彼は続けて次のように言う。
Andthen fbranhour,Or・itmay be two,WeShallenterintothat
rapturousrealmwheretheknightprancesandthebishoplurkswithhis
shiningswordandtherookscomecrashingthroughindoubleBle・The
五re willsink and we shallnotstirit,theclockwi11strikeandwe shall
nothearit,thepipewillgrowcoldandweshallfbr・gettOrelightitl).
knightほ桂庵に相当するが,前後左右に桂馬に跳ねるのでPranCeという言 英は適切で,bisbopは角と全く同じ進み方をす−るので,自陣に潜み,進出の 機会を待っている意味で1uIkはよく当てはまる。rOOkはcastleとも呼ばれ, 飛車に相当し,この工・00kに相当する語はフランス語,スペイン語,イタリア 語等ロマン語族だけでなく,アイスランド語,スエーデン語,ドイツ語等ゲル ルマン語族にもあり,その起源はペルシャ語である事を辞書は教えている。 チェスはインドに源を発して,西はペルシャを経て西欧へ,東は中国に入 り,将棋となり日本な渡来した事が想像される。GardineI・はさらに続けて, Butinthemidstofthisin丘nityIknow no£niteworldsocomplete清 水 時 夫
and satisfyingaSthatIenter whenItake downthe chessmen and
marshalmyknightsandsqulreSOnthechequered丘eld.ItisthenIam
trulybappy2)・ 82 叫uireは騎士の従者であるが,ここではpawnを意味し,将棋の「歩」に相 当する最も弱い駒であるが,敵陣最も深い所に達すると飛車,角を合わせた働 きを持つ最強の駒queenに昇格する。paWnは古代フランス語では「歩兵」を 意味し,十三世紀にチェスのゲームでの意味に用いられている。 最後にGar・dineI・は次の文章でチエ.スの礼讃を終えている。Ihaveclosedthedooronthein重niteandinexplicableandhavecome
into akingdom wherejuSticerelgnS,Wherecauseandeffectfbllow‘as
the nighttheday’andwher・e,COmeVictoryor・COmedeftat,theskyis
alwaysclear・andthejoyunsullied3). 文芸批評だけでなく,秀れた随筆家として名を成したWilliamHazlitt(1778−1830)の7bble7blk(182ト2)に“OnGeniusandCommonSense”という一文
がある。彼の物の考え方は率直,明快で,チ.ェスを上手にするには秀れた才能 を必要とするけれど,所詮技能のゲームで,天才を要するゲームではない。多 少理解力があり,沈着であれば,遅かれ早かれ分別は前人の踏んだ道を辿ると 述べている。It requlreSagOOd capacltytOPlaywe11at chess:but,after all,it
is agameofskill,andnotofgenius・Knowwhatyouwillofit,the
understandingstillmovesincertain tracksinwhichothershave trod
befbreit,quicker or slower・,With more or・less comprehension and
Pr・eSenCeOfmind・Thegreatestskillstrikesoutnothingfbritself;fi・Om
itsownpeculiar・reSOurCeS;thenatureofthegameisathingdeterminate
and右Ⅹed:thereis no、Ⅰ・Oyalor poeticalroad to check−mate yOur
adversary.Thereis no place fbr genius butin theinde五nite and
unknown4). Hazli比の言うこと尤もである。わずか64個のSquar・eで,駒の数も計32,し かも捕獲された駒は使えないので将棋よりも変化に乏しい。序盤には色々な定 跡があるが,中盤にもなり鞠の数も減少す−れば,誰もが考えつくような手が浮 かんでくる。奇想天外な手で戦局を挽回する事は不可瀞である。 均錘描(1579)やE呼ゐ〟β・ざ〟循d月盲∫E花gね乃♂(1580)等を書き,頭盲乱酒落, 対照法を用いた撃嵐な文体によって,多くの追従者を出したJollnLyly(1554・一 1606)の後者の作品で,Flaviaが自分の夕食のテーブルに集まった当世の滑落 者や貴婦人に向って,次の様な気の利いた文句で話しかけている。
GentlemenandGentlewomentheseLentenEueningsbelong,andashameit
weretogoetobedde:COldetheyare,andtherefbr・efb11yeitweretowalke
abroad:tOplayatCardesiscommon,atChestestedious}atDicevnseemely,
withChristmassegamesvntimely,…5)
これによればエリザベス朝の上流階級の人々陀は,少なくともFlaviよの夕 食のテーブルに坐り,日常茶飯の談話を楽しんだ連中にはチェ.スは退屈なゲー ムであヶたかも知れない。 GeofFrey Chaucer(1340?−1400)がフランス文学の影響を受けoctasyllabic coupletを用いて番いた作品にmβ劫0点扉■£ゐβか〟Cゐβ∫∫β(1369)というのがある。 夜眠られぬままにロマンスの書物を持って来させ,読書で夜を過す方がチェ.ス やすどろくをするよりもよい娯楽であると作者は言っている。SowhanIsawImightnotsIepe,
Tillnowlate,thisothernight,
UponmybeddeIsat11Pright,
Andbadoonr・echemeabook,Aromaunce,andhehitmetook
Toredeanddryvethenightaway;
For me thoghte is better play
清 水 時 夫 84 Thanplayeneitheratchesseor・tables・ (44−51) 作者は作中の人物として自分を登場させ作者自身のチ.ェスに対する考え方を 簡単に述べている。このロマンスというのは0vidの地方α∽∂r少ゐ0∫β∫あるいは
Machaultのそのフランス語訳からのCeyxとAIcyoneの物語で,Junoの使者
がAIcyoneの眠っている枕許に溺死したCeyxを連れて行き,死者の口から
自分が死んだ革をAIcyoneに告げさせる。妻は悲しみのあまり三日のうちに 死ぬ。そこまで作者が読み終ってから,眠りの神に祈り眠り込み,夢を見る。 その夢の中で猟犬や狩猟の話をする人々の物音を聞き,自分も部屋を出て,席 で野原に進み,森へ行く猟人や森番達に追いっき,丑1ackXnigbtが大きい樫 の木にもたれ,嚢を亡くし悲嘆に暮れているのを見つける。月1ackXnightはChaucerのパトロンであったLancaster公JohnofGauntを表わし,彼の妻は
1369年の秋に亡くなった。それ■故にこの詩はJobn of Ga11ntの求めによって 1369年の終り頃に書かれたと言われている。作者は以ackKnightに悲しみの原 因を尋ねると,BlackKnightは,それはFortuneが自分とチェスをして,様々 な欺瞞の手を用いて自分の鎚∫・Sをとヶたと告げる。Attecheswithmeshegantopleye;
Withhirfalsedraughtesdiver・S
Shestalonme,andtookmyfもrs.
AndwhanIsawmyfersaweye,
Alas!Icouthenolengerpleye,
蝕1tSeyde,“f女工Wel,SWete,y・Wis, AndfarwelalthatevertheIis! β52−58) BlackX.nightはftrs(=queen)をとられた革が分ると,もはや戦う事は出 来ないと悟る。queenを失えば勝負は決したも同然である。Skeat6)の註によれば,同じペルシャ語のpherz又はpher・ZanはKing’sChiefCounsellor,Or
Generalの意味である。 次いで以ackKnightは言う。
TherwithFortuneseyde“chekhere!”
And“mate!”inmidpointeofthechekkere
WithapouneerTaunt,allas!
(659−61) この様に遊び駒のpawnによって,盤の中央で詰む事は最も不名挙な負け方 とされている。 尚続けて,Fulcr・aftiertopleyshewas
ThanAthalus,thatmadethegame
Firstoft.heches:SOWaShisname.ButgOdwoldeIhadonesortwyes
Y・koudandknowetheIeupardyes
ThatcoudetheGrekPithagores!
Ishuldehavepleydthebetatches,
Andkeptmyfbr・SthebettherIby
(662−69) Fortuneがチェスを発明したAttalus(d.200B.C.)よりも上手であったとBlackKnightは言う。チ・Lスを発明した人としてSolomon,Xerxes,Aristotle,
Attalus等個人の名が挙げられるが,伝説にすぎない。Black Knightは,
Pithagorasが知っていた問題を知っていたらqueenを守り得たであろうと嘆 く。然し, Andeeksheisthelastoblame;My−Self−Iwoldehavedothesame,
Befbregod,haddeIbeenasshe;
清 水 時 夫 86
SheoghtethemoIeeXCuSedbe・
For血isIsayyetmorether・tO,
HaddeIbegodandmightehavedo
Mywill,Whanmyfersshecaughte,
Iwoldehavedrawethesamedraughte
(675−82) もし自分がFortuneであったとして−も,同じ事をしただろうとBlackKnig加はFortuneだけを責めない。その上,自分が神であったらFortuneが自分の
queenを取った時に,自分も同じ手を指して,相手のqueenを取ったであろ
う,と慰める。そういうもののBlackKnightはあの一Ll=:・で自分は幸せを失っ た,と悲しむ。ButthroughthatdraughteIhavelorn
Myblisse;allas!thatIwasborn!
(685−86) 作者は,たとえ12の励を全部失うとも悲しみのあまり自殺すれば,Jasonの ために自分の子供を殺したMedeaの様に当然答められるべきだと惜し,古来 自殺した人達の名を挙げて,その愚かさを述べ,queen一つのためにこのよう に嘆く人はこの世にないと説く。Thoughyehadlostthefersestwelve・
Andyefbrsorwemordredyour−Selve,
Yesholdebedampnedinthiscas
ByasgoodrightasMedeawas,
Thatslowhir・ChildrenforJason; Butther・is[noon]a−1yveherIe Woldefbr afもrsmakethiswo! (723−41)fもrsestwelveほ12のqueenの意味ではなく,Skeat7)に依れば,kingを除い
た絶ての駒で,paWn8,queen,bisbop,knigbt,Ⅰ・00k計12種類の駒を指してい
る。paWnは古くはそれぞれ個性を持っていて,別個に数えられた。それからBlackKnightはBlanche夫人との出会い,求婚,失恋,絶望,転
じて幸せな結婚生活,そして最後に夫人の亡くなった事を物語る。Chaucer・は この詩の背景を,Blancheの亡くなった秋でなく,PaStOralelegyにふさわしく,すがすがしい五月の朝とした。先ずAIcyoneの死でBlancheの死を予示
し,次いでBlackKnightがチ.z.スでqueenを取られた事で,さらにこれを暗 示し,叔後にはっきりと彼女の死を物語る。ChauceT・はこの帝のFortuneきの チェスのゲームのアイディアを乃βRomα作曲JαRoJβから得ており8)∴以anche の死は避命であって,何人もこれに逆らう事ができない事をFor・tuneとのチ ェスのゲームという allego∫・yを用いている。ChauceI・は大変な読書家で,チ ェスやすどろくをするより,読書の方がよい娯楽と考えたが,この詩の最初 と,詩全体を通じてチ.ェスの言及がある事から考えて,十四世紀のイギリスの 官庭や上流社会ではチ.ェスが行なわれていた事が想像される。Canterbury7blesの中のTheFrankeleynsTaleでArveragusというBr’ittany
の騎士が海を渡り,イギリスで武勲を立てるために旅立つ。妻DoTigenの淋 しさを慰めるため,彼女の友人達は海の見える城から散歩に連れ出すが,海辺 を歩く事は船の行き交うのを見て夫を思い出すので,彼女には少しも慰めにな らぬことが分り,川辺や泉,その他楽しい所へ連れて行き,ダンスやチェスや すごろくをする。Theyledenhirbyriveresandbywelles,
Andeekinothereplacesdelitables;
Theydauncen,andtheypleyenatchesandtables・
(F898−900) これに依ればフランスでは上流社会の婦人もチ.ェ.スを楽しんだことが伺われ る。清 水 時 夫 88 Notes: 1)Gardiner,A.G.,ThePebblesoTlthcShorc(London,1923),p・158 2)ibid.,p.161 3)ibid.,p.1飢 4)Hazlitt,William,meTbble−Talk(London,1930),pl・46 5)Bond,R.W.(ed.),ThcCow4・lcIc mrksdJohT8阜yly(0Ⅹford,1902),Vol・ⅠⅠ,pp・ 162−163 6)Skeat,W.W.(ed.),The肋rkfyGeq5/マyChauccr(Oxf.ord,1926),Vol・Ⅰ,p・479 7)Skeat,ibid.,pp.48ト82 8)Courthope,W.].,AHif10ry4’Engli∼hPoelツ(London,1926),Vol・Ⅰ,p・268