イギリスにおける都市計画法と
ニューサンス法の関係・補遺
小 川 祐 之
目次 1,はじめに 2,問題の所在 1,ニューサンス訴訟における都市計画法の位置づけ 2,判例の展開 3,小括 3,コベントリー事件 1,最高裁判決に至る経緯 2,最高裁判決の構成 3,カーンワース卿の個別意見 4,おわりに 1,都市計画法とニューサンス法の関係 2,残された課題1,はじめに
*註1 *註 2 イギリスのサフォーク州にある、各種自動車レースが行われるスタジア ムと隣接するモトクロス用レース・トラックから生じる騒音問題は、スタ ジアムから約560メートル(トラックからは約860メートル)離れた ところに住む近隣住民の訴えにより訴訟となり、最終的に、貴族院から 2009年に裁判管轄権を引き継いだ連合王国最高裁判所によって判断が 下されることとなった*註3。このスタジアムとトラックは、イギリス都市農 村計画法上の計画許可ないしは同法上の「既存利用・開発に関する適法証 明(Certificate of Lawfulness of Existing Use or Development)」を受け たものであったため、この判決は、土地に関わって起こる騒音や悪臭の排 出などの不法行為を扱うニューサンス訴訟において、都市計画法上の決定 が、いかなる意味をもつのかについて、はじめて連合王国最高裁判所によっ て判断が下されたものとなった。 イギリスにおける都市計画法とニューサンス法の関係については、すで に別稿において分析を試みたことがある*註4。そこでは、両者の関係を歴史 的に辿った上で、現在の判例における関係を、1)ニューサンス訴訟にお いて「都市計画法上の決定」がいかなる意味をもつのか、2)都市計画法 *註1 本稿では、英語表記の判例、文献その他の引用方法について、OSCOLA (4th edition) を採用した。<www.law.ox.ac.uk/oscola> * 註2 本 稿 に お い て「 イ ギ リ ス 」 と は、 1 9 9 0 年 都 市 農 村 計 画 法(Town andCountry Planning Act 1990)の適用対象となるイングランド及びウエールズを 指すこととする(同法337条参照)。また、同法を中心とした土地利用調整に 関わる法システムを、叙述を簡潔にするため、本稿では、たんに「(イギリス)都 市計画法」と記述することとする。
*註3 Coventry v Lawrence (no 1) [2014] UKSC 13.
*註4 小川祐之「まちづくり法の比較法社会学的考察:その全体構造の再定位にむけ
て 」 早 稲 田 大 学 審 査 学 位 論 文( 博 士 )( 2 0 1 0)<www.wul.waseda.ac.jp/ gakui/honbun/5352/>
上の決定の可否が争われる訴訟において、ニューサンス法がいかなる意味 をもつのか、という2つの方向から分析をおこなっている。 その分析をここで簡単に確認すると、まず両者の関係を歴史的に辿って いくと、19世紀の労働者たちが置かれた過酷な住環境が生じさせたさま ざまな害悪が、健康(health)と住居の問題を結びつけさせたことで、コ モン・ローとしてのニューサンス法が「制定法上のニューサンス」を含む
公衆保健法(Public Health Acts)へと展開することとなり、そこから、
これらの、既存の環境に対する一定限度を超える侵害を防ぐ仕組みでは保 護されない、さらに「より良い環境」を確保するため、都市農村計画法を 中心とする都市計画法制が発展してきたといえた。このように、都市計画 法が、ニューサンス法で担保しきれないより良い環境の確保のため、公衆 保健立法から発展してきたという歴史的視点に立てば、両者は、密接な関 係を持つことになる*註5。 しかし現在の判例を見ていくと、両者をできるだけ無関係のものとして、 つまり、例えばニューサンス訴訟では、ある行為がニューサンスとなるか の判断にあたっては、その行為を行うことを認める都市計画法上の決定が あったということを、できるだけ考慮にいれないようにする傾向が見られ たのであった。 そのような「無関係」は、他方で、ある開発行為に対して都市計画法上 の決定を与えるべきかが争われる訴訟においては、決定対象となった開発 行為が、ただニューサンスを引き起こさないという程度の内容では許可決 定をするのに十分なものではないと決定権者が判断しても、裁判所はその ような裁量的判断を許容するという判例の傾向に見られるとおり、ニュー サンスと都市計画法のそれぞれの訴訟におけるそれぞれの(無)関係は、 *註5 小川祐之「イギリス計画許可制度成立の歴史的背景:まちづくり主体としての 中央・地方政府、専門家、市民間の関係考察の準備作業として」『比較法学』40 巻1号(2006)1頁以下、小川(2010)第2部として一部再掲。
非対称的であった。 この「非対称」とは、ニューサンス訴訟においては、争われている行為 に対して都市計画法上の決定が与えられたこととはほとんど無関係に、当 該行為がニューサンスにあたるか否か判断がされ、都市計画法上の決定が、 その決定によって行われる開発行為の影響を受ける者の「ニューサンスを 被らない権利・利益」を奪うことができるだけ無いようにしていたのに対 して、都市計画法上の決定の可否についての訴訟では、開発行為が決定権 者が想定する、より望ましい環境づくりに達していないと思われるもので あれば、決定権者に開発を拒絶する裁量を許すような判断がなされており、 ニューサンスを生じさせるか否かとは異なるレベルで、都市計画法上の決 定の是非が判断されていたことをさす*註6。 すなわち、都市計画法上の決定が、ニューサンス訴訟の場面で、ニュー サンス法が担保している環境水準を切り下げることは認めないが、都市計 画法上の決定が争われている場面では、裁判所は、ニューサンスの有無と いう水準を超えて環境を改善しようとする計画当局を後押しするわけであ るが、このように現れるニューサンス法と都市計画法の無関係は、「ニュー サンス法で担保しきれない、より良い環境の確保のために都市計画法が存 在している」という、イギリスにおけるニューサンス法と都市計画法の歴 史的に密接な関係を念頭に置いて、ようやく理解できるものだとしたのが これまでの拙稿における分析であった。 前稿脱稿後に出されたコベントリー事件最高裁判決は、こうした2つの 方向からの判例の展開のうちの前者である、ニューサンス訴訟において都 市計画法上の決定がどのような位置づけにあるのかについて、はじめて最 高裁が判断を下したものとなる。そこで本稿をあらためて起こすことで、 これまでの拙稿の分析にこの判決の示したところを含めて、もう一度、確 *註6 小川(2010)第3部参照。
認し直したいというのが、本稿の目的となる。標題に「補遺」と付した所 以である。 この事件は、最高裁判決で法廷意見を述べたニューバーガー卿(Lord Neuberger)の整理を借りれば、主要な論点が5点*註7、全体としても 249段落、68頁に及ぶだけでなく、原告が得たインジャンクションの 執行方法と損害賠償の範囲等をめぐって、さらに別の2つの最高裁判決が 出されるなど*註8、膨大なものとなっている。そのため本稿では、これまで の分析と関わる、第1判決の2つの論点(後述)に絞って整理し、必要に 応じてそれ以外の点にも触れることとしたい。 以下、本稿の叙述の順序としては、本判決の分析(「3,コベントリー 事件最高裁判決」)に進む前に、まずこれまでの拙稿に、その後出された 判決を加えて、ニューサンス訴訟において「都市計画法上の決定」がいか なる意味をもつのか叙述することで問題の所在を明らかにしたい(「2, 問題の所在」)。その後、上記「3」を経て、本判決を含めて2つの法領域 の関係を再整理し(4-1,「都市計画法とニューサンス法の関係」)、な お本稿において十分に検討できなかった課題を示し(4-2,「残された 課題」)、まとめとしたい。
2,問題の所在
1,ニューサンス訴訟における都市計画法の位置づけ
本稿で関係を問うこととなる法領域の一方であるニューサンス法は、土 地に対する直接の物理的侵害行為を不法行為とするトレスパスにはあたら ないものの、間接的に、土地そのものや土地の上にいる人の生命や身体を *註7 [2014] UKSC 13 [6]. 後述の3-2参照。* 註8 Coventry v Lawrence (No 2) [2014] UKSC 46, Coventry v Lawrence (No 3) [2015]
実質的に害する場合、および土地のアメニティ的価値を害する場合に ニューサンスの成立を認め、インジャンクション(差止命令)その他の救 済を与える。ただし、前者の生命や身体を実質的に害する場合はその土地 が位置する状況に関係なくニューサンス成立が認められるのに対し、後者 の、健康被害を伴わない程度の騒音や悪臭などを含むアメニティ的価値へ の侵害の場合には、その土地が置かれた「地域性(locality)」(もしくは「近
隣地域の性質(the nature of neighbourhood)」)に応じた一定限度を超
える侵害のみ、ニューサンス成立を認めるという違いがある*註9。 ここで関係を問うもう一方のイギリス都市計画法を、上述のごとく、 「ニューサンス法では必ずしも保護し得ない、『より良い環境』を確保する」 ためのものとして、あるいは後の叙述との関係で表現を変えて、「より良 い環境へと近隣地域の性質を変える」ためのものとして、ニューサンス法 を基に作られた公衆保健法をさらに発展させる形で登場したものと、その 歴史的展開から理解するのであれば、両者は、法適用の場面においても、 何らかの密接な関係を形成していてもおかしくはないといえた。そのこと を、ニューサンス訴訟の文脈に則して説明すれば、たとえば都市農村計画 法上の計画許可を受けたある行為がニューサンスにあたるかの判断をする 際に、その行為は、「より良い環境」をつくるべく近隣地域の性質変更を ゆるす許可を受けたのだから、ニューサンスにはあたらない(都市計画法 制が用意している民主的なプロセスを経て地方計画当局という公的機関に そのようなものと認められたのだ)というように*註10、裁判所が、都市計 *註9 ニューサンス訴訟における「地域性」ルールの定式化については、前掲註4・ 小川(2010)69~74頁参照。 *註10 イギリス都市計画法において地方計画当局が行う計画許可の概要について、後 の叙述を理解するために必要なことに限り、ここで紹介しておきたい。イギリス において、1990年都市農村計画法55条に規定される(ほとんどすべての) 開発行為を行うためには、原則として、各開発行為について許可権限を有する地 方計画当局(地方政府など)から「計画許可」を得る必要がある。イギリスの地 方政府の意思決定は公選制の「カウンシル」が行うこととなっているが、このカ
画法上の決定の有無を分割線として、両者の適用領域を隙間なく分け合う ような補完的関係に立たせることもありえたわけである。
開発に際して何らかの許可を要する仕組みは、イギリスにおいて、遅く
とも1909年住宅・都市計画等法(Housing, Town Planning etc. Act
1909)では導入されていたと言えるのであるから*註11、それ以後のどこか の時点で、裁判所により、ニューサンス訴訟における都市計画法の位置づ けについて何らかの判断が行われていたとしても不思議ではなかった。し か し、 両 者 の 関 係 に つ い て 2 例 目 の 判 決 を 担 当 し た ギ ブ ソ ン 裁 判 官 (Gibson LJ)によれば、最初の判決であったギリンガム事件高等法院判 決(1991)*註12以前、「一般的前提は、ニューサンスがあったと訴え る私的権利は、計画許可が付与されたことで影響を受けない、というもの であった」*註13という。 ただし、ギリンガム事件高等法院判決に先立って、アレン事件控訴院判 決(1979)の傍論で、カミング・ブルース裁判官(Cumming-Bruce LJ)が、計画当局による決定を、国会が制定法によって一定の行為をお こなうことを承認した場合に、その承認された行為から必然的に発生する 害悪のニューサンス成立を否定する抗弁を許す「制定法上の承認」の抗弁 と比較するかたちで、「計画当局は、居住者の快適性と利便性に関する近 ウンシルは同時に執行機関として行政をおこなう(但し、実務上、決定権限の多 くは、専門官に委譲される)。決定権者は、計画当局が作成する各開発計画と、そ れらと異なる事情を示す「関連する考慮事項」の2つに合致するよう決定しなけ ればならないが(Planning and Compulsory Purchase Act 2004 s 38(6) )、それ らをどの程度まで考慮するかをはじめとして、広範な裁量が与えられている。計 画許可制度の詳細については、山本寛英「イギリス都市計画法における計画許可 の裁量性とその実質的統制(一)」『自治研究』89巻2号(2013年)122 頁以下、133~6頁参照。あるいは、やや古い記述となるが前掲註5・小川 (2006)3~10頁。 *註11 前掲註5・小川(2006)10~13頁。
*註12 Gillingham BC v Medway (Chatham) Dock Co Ltd [1993] QB 343 (HC). *註13 Wheeler v JJ Saunders Ltd [1996] Ch 19 (CA) 35.
隣地域の性質を変更する制定法上の権限を有することを除いて、ニューサ ンスを承認する管轄権を持たない」*註14との判断を示していた。このこと により、ニューサンス訴訟における都市計画法の位置づけは、まず、「制 定法上の承認」の抗弁との関係で、論じられることとなった。
2,これまでの判例の整理
ニューサンス訴訟における都市計画法の位置づけについて、最初に直接 に判断がなされたギリンガム事件高等法院判決は、地方政府である原告が、 被告が商業港を24時間運営していることで、両側に住宅が建ち並ぶ港へ と至る唯一のアクセス道を通過する大型輸送車が騒音と振動を起こすこと によって、パブリック・ニューサンスを引き起こしていると訴えた事件に ついての判決であった。海軍工廠の跡地を、このような商業港へと開発す る許可を出したのが原告自身であったということが、この事件を特徴づけ る事実関係といえるが、裁判所は、400年以上にわたり続いた工廠が閉 鎖される中、「分かりきっていた苦痛はいささか軽視され、雇用上、経済 上の利益が優先され」*註15て原告による許可がおこなわれたという認識を 示した上で、被告の行為はパブリック・ニューサンスを構成しないと結論 している。*註14 Allen v Gulf Oil Refining Ltd [1980] QB 156 (CA) 174. 本事件は、石油精製所か
らの悪臭・振動等がニューサンスにあたるとして周辺住民が訴訟提起したもので あったが、被告・石油会社は、石油精製所建設のための土地取得等につき、国会 制定法(Gulf Oil Refining Act 1965)により、主権者たる権限を有する国会の承 認を得ていることから、そのように「制定法上の承認」を受けた活動から必然的 に生じるニューサンスは免責されることを主たる抗弁として、また精製所建設に つき計画許可を受けていることを予備的抗弁として主張した。裁判所は、制定法 上の承認の抗弁を認め、原告を敗訴させている。したがって、予備的抗弁に係る カミングブルース裁判官によるこの判示部分は傍論部分に相当する。 *註15 [1993] QB 343 (HC) 354.
このとき、事件を担当したバックリー判事(Buckly J)は、次のよう な判断を示すことで、アレン事件控訴院判決傍論で論じられた、「制定法 上の承認」からの類推によって、ニューサンス訴訟における都市計画法上 の決定の位置づけを定めようとした。 「私は、[制定法上の承認の]原理が計画許可に使えるように転用される(utilized) べきと考えている。国会は、制定法によるフレームワークを設定し、コミュニティ の諸利益と個々人のそれとを、あるいは個々人のあいだの諸利益を衡量する役 割を、地方計画当局に委譲している。そこには、[地方計画当局によって]提示 された許可内容に対して、異議を申し立てる権利と、上訴と審問に関しての規 定があり、さらに最終的には、大臣による決定が用意されている。これに加えて、 司法審査という安全弁もある。ある計画当局が、その担当地域において、特定 の建設行為ないしは[土地]利用に関して許可を与えたのであれば、ほぼ確実に、 地域住民の誰かが、自らのプロパティの平穏な享受につき不利益を被ることに なるだろう。そうした住民は、ただニューサンス訴訟を提起することで、この 枠組みをぶち壊すことができるのだろうか。もしできないというのであれば、 何故できないのか。計画許可は、ニューサンスを犯すことができる許可状では ないし、計画当局はニューサンスを承認する管轄権を有していないと言われて きたが、それは間違いのないことである。しかしながら、計画当局は、自らが 行う開発計画や決定を通じて、近隣地域の性質を変更することができるのであ る。近隣地域の性質を変更することは、変更以前には訴訟を基礎づけるのに十 分なニューサンスであった活動を、法的責任の無いものへと変える効果を有す ることがある。」*註16 「制定法上の承認」からの転用によってニューサンス訴訟における都市 計画法上の決定を位置づける方法は、たとえ都市計画法上の決定が近隣地 *註16 [1993] QB 343 (CA) 359.[]内は、小川による補訳(以下、同じ)。
域の性質を変更することを通じてという間接的な方法をとるとはいえ、そ の道を通りさえすれば、制定法上の承認と同じく「ニューサンスであった 活動を、法的責任のないものへと変える効果を持つ」こととなりえた。そ してもし、そうなるのであれば、ニューサンス訴訟において都市計画法上 の決定があったことが、クリティカルな重みを持つことにもなりえた。そ れは、原告によりニューサンスの訴えがなされた行為に対して都市計画法 上の決定があったことについて、裁判所が何らかの重きを置くのだとした ら、その行為についてニューサンスが成立する可能性は小さくなるか、こ とによっては全くなくなるかもしれないからである。ところが、その後の 判例の展開は、両者が別様なものであることを強調し、そのことによって ギリンガム事件高等法院判決の射程を限定する方向へと展開することと なった。 2例目となったウィーラー事件控訴院判決(1994)は、原告が住む ホリデー・コテージからわずか11メートルしか離れていないところに建 設された豚舎から放たれる悪臭が問題になった事例で、控訴院は、豚舎か らの悪臭が計画許可通りの位置・構造で豚舎を建設すれば必然的に発生す ることを認めた上で、しかし被告の行為がニューサンスとなることを認め ている。控訴院は、一般的に、計画許可が何らかの意味で近隣地域の性質 を変えうることを認めつつも、しかしこの事例は、わずか350メートル 四方をこえる程度の小さな地片での行為が問題にされているにすぎず、ギ リンガム事件のような、主要産業を失った地域経済を立て直すための「公 益を考慮することによって影響を受けた戦略的な計画決定(a strategic planning decision)ではない」*註17として、ギリンガム事件と区別してい る。 つづく事件は、高層建築物がテレビ電波受信を妨害したことについて、 *註17 [1996] Ch 19 (CA) 30.
当時の最終審である貴族院が検討した事例ではあるが、貴族院は、建築物 を建てることによるテレビ電波受信の妨害はそもそもニューサンスとはな らない、という前提を採用したため、ここで問題にしている2つの法領域 の関係はこの事件の結論を導くための直接の論点とはならなかった。ただ し、このハンター事件貴族院判決(1997)*註18では、担当した5人の 裁判官中2人が、ギリンガム判決・ウィーラー判決を承認する意見を述べ ており、そのうちの一人であるホフマン卿(Lord Hoffman)は、ニュー サンス訴訟において都市計画法上の決定のもつ意味を、より重くする方向 になりかねない、次のような発言をおこなっている。 「計画システムが、開発者と公共の両者の視点からすれば、コモン・ローにおけ るニューサンス訴訟を提起する権利を拡大することよりも、ずっと適切なコン トロール形態であると、私は考える。計画システムは、計画審問における専門 家で構成されるフォーラムの前で、諸論点が議論されることを可能とするし、 開発者に、自らが何を建築することができるのかということについて、確実性 という利点を与える。 このように述べることで、計画許可の付与が、現行法の下で訴訟提起が可能 なニューサンスに当たることへの抗弁となるべきだ、ということを私は示唆する わけではない。計画当局による開発者への許可の付与によって、第三者の私的 権利が奪われることを認めることは誤りであると、私は考えるのである。」*註19 ホフマン卿は、上記引用文後段で述べているように、都市計画法上の決 定は、制定法上の承認とは異なり、それだけでニューサンスによる被害か ら救済を受ける権利を剥奪するものではないことは認めるものの、前段で は、計画システムとニューサンス訴訟を比べると、利益調整の仕組みとし て前者の方が「ずっと適切」であるという評価を与えているのである。
*註18 Hunter v Canary Wharf Ltd [1997] AC 655 (HL). *註19 ibid 710.
ただし、2009年に判決のあったワトソン事件控訴院判決*註20で、ホ フマン卿のこうした理解は、明確に否定されることとなった。同事件は、 コベントリー事件と同じく、カー・レースが引き起こす騒音が問題となっ た事例であったが、この事件の対象地についての計画許可は錯綜した経緯 を辿っている。第二次世界大戦中に臨時の飛行場であった対象地は、 1949年から57年にかけてときおりレース場として使われたことが あったが、のちにレース場へと本格的に改修するため、計画許可申請が行 われた。しかし、1962年に行われた申請は、予想される騒音を理由に 拒否されている。さらにレース開催日を年4回以下に限ると条件をつけて 再申請したものが、翌1963年に計画当局によって再度拒否され、よう やく計画上訴制度を使って大臣に上訴することで大臣から許可が得られて いる。しかしながら、なぜかこのとき、再申請の際に付け加えられた条件 に全く言及されることなく許可が与えられてしまったのであった。そして、 その後も幾度かの開発申請とその拒否が繰り返された後、1998年に被 告自らがレース開催日等を自ら制限する旨の表明を都市計画法上おこな う、当時の1990年都市農村計画法106条に基づく「一方的引受」 (unilateral undertaking)を宣言することで、同年、本件で問題とされ た最後の計画許可が与えられていたのであった。 高等法院でこの事件を担当したサイモン判事(Simon J)は、1998 年の計画許可は、効力をもってしまった無制約の1963年の許可に不十 分ながらも制約を加えようとしたものであり、ハンター事件貴族院判決で ホフマン卿が述べたように、「計画システムが、開発者と公共の両者の視 点からすれば、ニューサンス訴訟よりも、ずっと適切なコントロール形態 である」とみなすことはできないという*註21。そして控訴院では、サイモ ン判事のこの判断を承認するのみならず、結論として「計画許可の付与そ
*註20 Watson v Croft Promo-Sport Ltd [2009] EWCA Civ 15. *註21 Watson v Croft Promo-Sport Ltd [2008] EWHC 759 (QB) [49].
のもの([t]he grant of planning permission as such)が、第三者の私法 上の権利に影響を与えないことは、しっかりと確立されている[が、-中 略-]計画許可の実行(the implementation of that planning permission) は、地域の状態と性質を変え、そのことで、ニューサンスかどうかの問題 を決する合理的な利用の基準を変えることがある」*註22との認識を示した のであった。 このワトソン事件控訴院判決で登場した、「計画許可の付与そのもの」 と「計画許可の実行」を区別し、前者は私法上の権利に影響を与えないと することについて、前稿・小川(2010)では、「先に引用したWheeler 控訴院判決でのギブソン裁判官が言うところの1991年以前の状態、す なわち、『ニューサンスがあったと訴える私的権利は、計画許可が付与さ れたことで影響を受けない』に、かぎりなく近づいたかのような印象さえ 受ける」*註23との評価をおこなった。だが他方で、計画許可が「実行」さ れれば地域性を変えうるという点に重きを置くとすれば、とにかく実行さ れているのだから、そのような被告の活動は地域性を評価する際の構成要 素のひとつに組み入れて判断するべき、ということに傾きがちになるだろ うし、あるいは、被告による許可の実行の(たとえばニューサンスを引き 起こすといった)インパクトが大きければ大きいほど、地域性は変わった との評価を導き出しやすくなるだろうということで、どちらにせよ、被告 を免責することにもなりえた。 この論点は、軽工業地域で香辛料製造をおこなう被告の工場からでる悪 臭が問題とされたヒロセ事件高等法院判決(2011)で明示的に指摘さ れた*註24。しかしながら、同事件では、結局、被告の工場から出る程度の *註22 [2009] EWCA Civ 15 [32]. *註23 前掲註4・小川(2010)95頁。
*註24 Hirose Electrical UK Ltd v Peak Ingredients Ltd [2011] JPEL 429 [113]. See also,
悪臭は、被告の活動を考慮に含めるまでもなく軽工業地域における土地の 合理的な利用の範囲内であるとされ、そもそもニューサンスとは言えない という判断が行われたため、それ以上論じられることなく、結論が不明瞭 な論点として残されたままとなっていた。
3,小括
判例がこのように展開してきたことで、ニューサンス訴訟における都市 計画法上の決定の位置づけの問題は、1)制定法上の承認とは異なり、都 市計画法上の決定は、それがなければニューサンスとなる行為を適法なも のとすることはない、ということを前提としつつ、しかし、2)都市計画 法上の決定が、ときに、ニューサンスか否かを判断する際に参照される「地 域性」を変えることがある、という2点については、ほぼ確立した認識と なった。しかし、決定の中には地域性を変えうるものがあるとして、それ は計画法上の種々の手続きを経ることで公益と私的利益との調整を経た 「戦略的な」決定に限られるのか(ギリンガム事件高等法院判決・ウィーラー 事件控訴院判決)*註25、あるいは、決定そのものが変えるのではなく、あ くまで決定が実行に移されることで、それを含めた当該地域の土地利用の 実態が変わり、そのことによってニューサンスについての判断基準を変え ることになるのか(ワトソン事件控訴院判決)が残された問題となってい たし、後者の道を選択した場合、決定の実行は、どのようなプロセスで地 域性を変えていくのか(とりわけ実行された当該行為そのものを、どのよ うに評価に含めるのか)定まっていなかったといえる。 これらの点に、一定の方向性を示したのが、コベントリー事件最高裁判 *註25 ワトソン事件控訴院判決(2009)以降の、ギリンガム事件高等法院判決に よって示された「戦略的」をめぐる議論については、たとえば次を参照。Maria Lee, 'Tort Law and Regulation: Planning and Nuisance' [2011] JPEL 986.決であった。
3,コベントリー事件
1,最高裁判決に至る経緯
まずは訴訟提起に至る経緯を、本稿の叙述を理解するに必要なかぎり、 できるだけ時系列に沿って整理することからはじめたい。第4被告である W 氏は、1975年に、自らの所有農地を、「10年間、スピードウェイ・ レースと関連する施設のために」利用する計画許可を受けていた。翌年、 その土地にスタジアムが建設され、W 氏が経営する会社(第1被告)が 運営を続けた。1985年に、新たな計画許可があり、「10年間」とい う限定が排除されたが、許可はW 氏に「個人的に与えられたものである」 という新たな条件が付加された。1995年には、W 氏によりストック・ カー・レースとバンガー・レースの開催について「既存利用・開発に関す る適法証明」発行の申請が出され、「10年間に限り、年間20日以内の 決められた時間内におこなうこと」という条件の下で1997年に認めら れたが、これは、W 氏が1984年にこれらレースを許可を受けずに開 催しはじめ、その後10年続けてきたものを計画法上適法なものとするも のであった。 このスタジアムの隣接地は、モトクロス用のトラックとして1992年 に一定の条件を付され1年という期限付きで計画許可を受け 、 その後、繰 り返し同様の許可を得たのち、最終的に2002年に、開催日時のほか、 敷地境界線における最大許容騒音レベルとして、等価騒音レベルで85デ シベル以下という条件を付され、やはりW 氏に個人的に、期限なしの許 可が与えられている。そして、これらスタジアムとトラックは、W 氏ほ かの共同所有の下、2005年以降、コベントリー兄弟が経営する会社(第 2被告)に運営が委ねられるようになる。2006年、原告となる二人は、スタジアムから約560メートル、ト ラックからは約860メートル離れた土地に建つバンガローを購入し移り 住んだが、両地から発せられる騒音につき地元のディストリクト・カウン シルにたびたび苦情を申し立てている。そしてカウンシルは、2007年 に、環境保護法に基づき騒音除去通知を出し、第2被告による両地での活 動が制定法上のニューサンスにあたる旨を告げたうえで、騒音軽減のため 必要な措置を採るよう求めている。そのための工事は2009年までに完 了したが、これにより騒音のレベルが軽減されることはなく、その後の当 事者間の話し合いも決裂し、原告が訴訟を提起するに至った。 訴訟提起後の2010年には、自宅に停めてあった原告所有の車がオイ ルタンクに突っ込んだことによりバンガローにオイルが流れ込むという事 件が起こり、その一月後、原告は自宅から退去したが、さらに約20日後、 火災が起こり、バンガローは居住できない状態となった*註26。 第一審・高等法院*註27で事件を担当したシーモア判事(Seymour J)は、 「計画許可の付与が地域性に影響を及ぼしうる」という被告側代理人の弁 論を受けて、ウィーラー事件控訴院判決のスタウトン裁判官の考察を先例 として引用してこの弁論を認めつつ、計画許可付与の効果は、個別事件に おいては「計画許可の性質を斟酌することが決定的に重要である」*註28と 述べている。 そして本事件では、スタジアム建設について与えられた1975年の計 画許可およびトラック建設に係る1992年の許可の双方が、使用日時の 制限という条件がつけられた「普通とは異なる特徴」をもつものであった *註26 この火災について、訴訟で原告は、被告らによる嫌がらせの放火であると主張 したが、高等法院判決では、放火の可能性については否定されなかったものの、 被告らの関与は認められなかった。
*註27 Lawrence v Fen Tigers Ltd also known as Lawrence v Coventry [2011] EWHC 360
(QB).
こと、さらに許可は「その土地の利益のためではなく、申請者W 氏に対 する個人的なもの」*註29として与えるという条件が付されていたことから、 使用が許された日時以外の地域性を変えるものではなく、またその日時で あってもスタジアム・トラックとしての利用が個人的に許されたものにす ぎないことから、全体として当該農村地域の性質を変えるものではないと の判断が示された*註30。また、発生する騒音がときには不満を述べようと 思うにいたるに十分なほど嵌入的な音となることもあれば、しかしときに はそうならないこともあったという事実関係の下では、「論理的にいって、 近隣に住む人々に影響を与えるような嵌入的な騒音を生じさせないよう、 スタジアムとトラックでの活動を計画することは可能であった」*註31との 判断を示し、被告の活動をニューサンスであると認定したのである。そし て救済手段として、原告に、損害賠償のほか、特定日時までにバンガロー が再建された場合にとして、被告の活動を一定の日数、時間、騒音レベル 以下に限るよう求めることが出来るインジャンクションが与えられた。 ところが控訴院判決は、この高等法院の結論を完全に覆したのであった。 控訴院判決で法廷意見を書いたジャクソン裁判官は(Jackson LJ)は、 結論においては本稿前節の「3,小括」で「ほぼ確立した認識」としてま とめた2点を承認するのであるが、しかし、判例の理解の仕方をまずギリ ンガム判決を基点とし、同事件では、港と港へのアクセス道が既存の住宅 地に近接してたてられたこと、そして、そのことにより地域住民に騒音・ 振動等の深刻な被害が生じたにも関わらずパブリック・ニューサンスの成 立が否定されたこと、を重視するのであった*註32。 計画システムを「ずっと適切」と位置づけるハンター事件貴族院判決の *註29 ibid [50], [51]. *註30 ibid [66]. *註31 ibid [95].
ホフマン卿意見を紹介し、ウィーラー事件、ヒロセ事件の各判決を、ギリ ンガム事件とは異なり、与えられた計画許可の実行によっても地域性が変 わらなかった事例と整理した上で、ジャクソン裁判官は、このような判例 の理解の仕方を面前の事実関係にあてはめている。そして、高等法院が指 摘したニューサンス成立を基礎づけた理由について、まず使用日時等の制 限は、他の決定の際にも見られるもので「普通とは異なる特徴」とはいえ ないし、また許可が個人的に与えられたことに対しても、「鍵となる問題は、 決定を実行したことによる効果である。[許可を]実行した者の人格を特 定することは無関係である」*註33と一蹴している。さらには、高等法院判 決が地域性を評価する際に被告の活動を含めて判断しなかったのは誤りで あるとしたうえで*註34、被告らの活動は、「当該地域における騒音の特徴の 一つ」*註35としてすでに地域性に関し確立された部分を構成しており、原 告の訴える事柄がニューサンスかどうかを考える際に外すことは出来ない 事項になっているという*註36。 このように論旨を展開し、控訴院は、被告の活動を法的に問題がないも のとして上訴を受け入れ、被告勝訴としたのであった。
2,最高裁判決の構成
以上のように、2つの裁判体の判断が全く異なった状態で、この事件は、 最高裁へと持ち込まれることとなった。そして最高裁は、5人の裁判官全 員一致で、高等法院の結論を回復させた。しかし最高裁でも、法廷意見を 書いた裁判長ニューバーガー卿(Lord Neuberger)と、とりわけ計画法 *註33 [2012] EWCA Civ 26, [69]. *註34 [2012] EWCA Civ 26, [72]. *註35 ibid. *註36 [2012] EWCA Civ 26, [74].を専門とするカーンワース卿(Lord Carnworth)とのあいだで、本稿で 取り上げる論点をめぐって、結論は同じくするものの、そこに至る理路に 微妙なズレがみられたのであった。この意見の違いは、今後の判例の展開 次第では、ニューサンス訴訟における都市計画法上の決定の位置づけを大 きく変えてしまう可能性を含んだものといえる。 最高裁での論点を、ニューバーガー卿の用いた正確だが日本語にすると やや冗長な説明を用いて示せば、次の5点であった*註37。 1)被告は、騒音という手段によって、さもなければニューサンスとなるよう なことを犯すことができる時効取得による権利を確立したと主張すること が出来るのか、出来るとしたら、それはどの範囲で出来るのか。 2)ニューサンスの訴えを受けた被告は、原告が「ニューサンスに接近した」 という事実に依拠することが出来るのか、出来るとしたら、それはどの範 囲で出来るのか。 3)ニューサンスの訴えを受けた被告は、原告が不満を訴えている自らの土地 に関するまさにその利用を、地域性を評価する際に引き合いに出すことが 出来るのか、出来るとしたら、それはどの範囲で出来るのか。 4)特定の利用についての計画許可の付与は、そうした利用がニューサンスで あるかどうかという問いに影響を与えることがあり得るのか、あり得るの として、それはどの範囲であり得るのか。あるいは、地域におけるその他 の利用は、地域性を評価する際に考慮に含め得るのか、含め得るとして、 それはどの範囲で含め得るのか。 5)現に行われているニューサンスを抑止するためインジャンクションを与え るべきか否か、あるいは代わりに損害賠償が与えられるべきか否かを決定 する際に、裁判所によって採用されるべきアプローチと、この論点に対す る計画許可の関連性について。 *註37 [2014] UKSC 13 [6].
このうち、ここで直接に取り上げるのは、第3の論点と、第4の論点の 2つである*註38。第3の論点は、この種の事件において、被告自身の活動 そのものを地域性を評価する際に、どのように扱うのかという問題であり、 ワトソン事件控訴院判決で「計画許可の付与そのもの」と「計画許可の実 行」を分け、後者が地域性に影響を与えうるとしたことから浮上し、ヒロ セ事件高等法院判決で明示的に指摘された論点であった。計画許可等の都 市計画法上の決定の実行の結果、どのような事実状態が作られ、それをど のように評価するかということに関わる問題といえるが、本事件の控訴院 判決では、スタジアムとトラックに与えられた計画許可を実行する(ある いは計画法上において適法証明が得られるほど利用を継続する)ことが、 当該地域の地域性を変え、被告の両地での活動が織り込まれて地域性を評 価すべきとされたことで、ニューサンス成立を否定する方向へと結論を導 くこととなった。 これに対して第4の論点は、ワトソン判決の2分法の前者に関わるもの である。地域産業を大転換させる計画許可に関わるギリンガム判決と、そ れをあくまで地域性を変える「戦略的な」決定と区別したウィーラー判決 で示されていた問題である、計画許可そのものの法的評価に関わる問題で あった。本事件では、高等法院判決は、その「性質を斟酌することが決定 的に重要である」とし、許可には普通とは異なって種々の制約が課せられ、 かつ申請者に個人的に与えられたという意味で、地域性を変えうる効果は 持ち得ないとした。これに対して控訴院は、24時間運用の港湾を許可す *註38 第1、第2の論点は、これまでの判例に沿って結論が出された。すなわち第1 については、ニューサンスとなるような騒音を出す権利も時効取得しうるが、時 効取得に必要な20年間の騒音排出があったかは本件では証拠上明らかではない として、第2の点については、「ニューサンスへの接近」は抗弁とはならないと し て、 そ れ ぞ れ 却 け ら れ て い る。See [2014] UKSC 13 [41] and [143] for the first issue, [58] for the second issue. 第4までの責任(liability)に関する議論と は異なる、第5の救済手段の選択に関する論点については、十分に論じるだけの 準備が整っていないので、「おわりに」で可能な範囲で言及するのみに留めたい。
れば近隣に騒音が発生することは必然であるということと同様に、モー ター・スポーツを運営するためのスタジアム・トラックに対し許可を与え れば、近隣に住む者に騒音を与えるような地域性が作出されるとの評価を おこなっていた。 ただし、この第3と第4の論点は、全体の論理構成の仕方によっては、 必ずしも切り離せないものと言える。一応、前者が事実認定・評価に関わ る問題、後者が都市計画法上の決定という法的決定の評価に関わる問題と 区分けできるが、ある一定の決定が地域性を変えうるとして、たとえばそ れは、その決定の実行によって変わるのだとしたら、もはや、決定の法的 性質が地域性を変えているのか実行後の事実状態が地域性の評価に影響を 及ぼしたのかは、たぶんにレトリカルな性質を持ってしまうからである。 こうした、この問題をめぐる循環論的構造を、ある意味そのまま受け入 れたのが、ニューバーガー卿の理由づけといえる。ニューバーガー卿は、 画一なものと捉えられがちな「地域性」という概念は、「地域における『様々
な利用の確立されたパターン』("the established pattern of uses" in the locality)」と表現した方がより良いとした上で、そのような地域性を評価 する際には、被告の活動を考慮に入れるべきという*註39。この点について は、これを考慮にいれなかった第一審のシーモア判事の判断を却け、控訴 院の判断を正しいものと認めたわけである。しかし、「こうした活動が原 告に対するニューサンスとなる範囲において、それらは、地域性を評価す る際の説明から外れるべきである」*註40し、「もし、それら活動がニュー サンスを構成することなく行うことができないのであれば、地域性を評価 する際には、それらは完全に割り引かれるべき」*註41として、被告の活動 がニューサンスを起こさない範囲内のみにおいて地域性に組み入れるべし *註39 [2014] UKSC 13 [63]. *註40 ibid [65]. *註41 ibid [74].
との判断を示すのである。 ニューバーガー卿は、自らのこのような立論を、「被告の活動がニュー サンスであるかを決める際の地域性の判断に、被告の活動を、それがニュー サンスでない限りで地域性に組み入れる」という循環論に陥っていること を認める*註42。しかし、そもそも「多くの場合、事実関係をはっきりさせ てしまえば被告の活動がニューサンスを構成するか否かはかなり明解であ り、地域もしくはその性質を正確に同定せよという宜しい問いかけは、臨 まなくてもよいもの」*註43といい、さらには、被告にとっては酷な、被告 の活動を完全に無視する方法や、原告にとって酷な、被告の活動を修正な しに考慮にいれるといった、考えられ得る別の方法をとるよりも、このよ うな循環論の方がましであるという。 そして、第4の論点「ニューサンス申立ての際の計画許可の効果」につ いては、まず、高等法院判決が計画許可のもつ意味を評価する際に採用し た「個人的」・「条件付き」であるという2つの理由をそれぞれ却けた控訴 院の判断を支持する。そのうえで、計画許可の「実行」が地域性を変えう る場合として、「(i)その実行が、ニューサンスを創り出さない方法で効 果をあたえられたその範囲内で、もしくは、(ii)原告がニューサンスを 創り出す権利を時効によって取得していることを証明しうる場合、もしく は、(iii)裁判所が、原告に、ニューサンスに対するインジャンクショ ンの代わりに、損害賠償を与えると決定した場合」*註44の3つを指摘し、 さらに残された一つの可能性について検討を加えている。 その可能性とは、計画許可が被告がニューサンスをおこすことそのもの を許しているような場合である。このことにつき、ニューバーガー卿は、 ギリンガム事件をまさにそういうものとして、他方でウィーラー事件・ヒ *註42 [2014] UKSC 13 [71]. *註43 ibid. *註44 ibid [82].
ロセ事件をそういうものではないとして整理した控訴院のジャクソン裁判 官の判断を、ウィーラー事件控訴院判決に基づいて、それぞれの事件にお ける計画許可の性質を、「戦略的」ないし「主要な」*註45開発に関するも のか、あるいは「小さな地片」におけるものにすぎないのかに分けたもの として理解し、そしてそのような理解は、そもそも、計画許可が(たとえ ばニューサンスを引き起こすようなことを許容するという意味で)地域に 対して影響の大きなものであれば、被告を免責する方向へと働いてしまう という問題があるだけでなく、原理的にも実務上の観点からも誤りである とする*註46。 「原理的に誤り」というのは、計画許可が、土地所有者から何ら補償な しにコモン・ロー上の権利を奪うことになることを指している。さらには、 2008年計画法(Planning Act 2008)が「国家的重要インフラ整備プ
ロジェクト(Nationally significant infrastructure projects)」として指 定する開発について、適切な補償をなすことを条件にニューサンスから免 責している(先に見た「制定法上の承認」を条文上明示している)*註47だ *註45 ウィーラー事件控訴院判決でのギブソン裁判官の表現([1996] Ch 19 (CA) 35) *註46 [2014] UKSC 13 [83]-[88]. ただしニューバーガー卿は、おそらく、ウィーラー 事件控訴院判決が、本事件の控訴院にとって直接の争点として判決を出している 最高位の裁判所であったという意味で一定の拘束力を持ち、傍論とはいえ貴族院 の裁判官が、ニューサンス訴訟より計画許可の方が「より適切」と論じているこ とを念頭において、「しかしながら、控訴院裁判官たちは、自分たちの手が、上 記84~ 86段落で言及した諸判決によって縛られていると考えたことは無理か らぬことであったとつけくわえることが、かろうじて公正となる」と述べる([2014] UKSC 13 [87])。 *註47 Planning Act 2008s 152, s 158. 2008年計画法は、エネルギー、交通、水 源など特定の開発を、国家的重要インフラ整備プロジェクトとして、通常の地方 計画当局による許可ではなく、(当初は特別委員会による、2011年の法改正 以降は担当大臣による)特別の手続きに服させている。この手続きによって同意 を与えられたプロジェクトについては、ニューサンスについての民事・刑事裁判 において「制定法上の承認」の抗弁をおこなうことができるものの(158条)、 この同意を得たプロジェクトの工事等を行い、そのことにより他人の土地を侵害
けでなく、同様のものとして、1982年民間航空法76条が航空機を原 因とするニューサンス訴訟を排除しているにも関わらず、1973年土地 補償法1条では、土地が「飛行場」として開発された場合に、(飛行機に 起因する騒音によるニューサンスに関するものも含めて)近隣住民に補償 をすることを規定していることからしても、「戦略的/主要な」開発なら ば免責されるという論理は誤りであるとする。 実務上の観点というのは、およそすべての計画許可が公共の利益につい て何らかの考慮をしている以上、「戦略的/主要な」ものであるかないか
判断することは、訴訟に「不安定性のモト(a recipe for uncertainty)」
を持ち込むことになることを指している*註48。しかしながら、計画当局が、 許可に一定の条件をつけている場合、それは「少なくともスタート地点と して、実務上の価値をもつことがある」*註49というが、ニューバーガー卿 は、あくまで「その活動が原告に対してニューサンスを生じさせているか 否かは、計画当局ではなく、裁判所が関わること」*註50であり、「計画許 可を与えるべしと推薦する際に計画担当職員によって示された理由が、計 画許可を与える際に計画当局が思い描いていた実際の理由であると看做す ことが、常に安全であるという観念」*註51は疑わしいのであるから、個別 事件において、それが受忍されるべき/ニューサンスと評価されるべき活 動を分ける際のスタート地点としての価値をもちうるのか、持ち得たとし てそれはどの程度なのかは、すべて証拠法上の問題と位置づける。 こうして、ニューバーガー卿は、控訴院が一旦は取り消していたインジャ した者は、土地審判所の裁定に基づき補償しなければならない(152条)。 *註48 [2014] UKSC 13 [91]. *註49 ibid [97]. 後述との関係で注記すると、ニューバーガー卿は、この文章に「カー ンワース卿が下記218段落で述べているように、」とつけることで、カーンワー ス卿の判断と自らの判断が異なることに注意を促している。後継・脚註61を併 せて参照。 *註50 ibid [96]. *註51 ibid [98].
ンクションも含めて、高等法院判決の結論を回復させるというのであった。
3,カーンワース卿の個別意見
最高裁で本事件を担当した5 人の裁判官は、全員がニューバーガー卿 の結論を支持したものの、とりわけカーンワース卿が、本稿で扱ってきた 論点(ニューバーガー卿の整理における第3 の論点と第 4 の論点)を中 心に、長文の個別意見を述べている*註52。 カーンワース卿は、第3 の論点につき、まず、ある行為がニューサン スとなるか否かは通常人による合理性を基準としたテストによって決せら れ、そこでは地域性が問題になるという、近代的な都市計画システムを備 えた1947年都市農村法が施行された1948年よりずっと前に、すで に確立したものとなっていたニューサンス訴訟の枠組みを、現在でも妥当 するものと承認した上で、しかしながら1948年以来60年以上が経っ たいま、そのコントロールを通じて確立された諸利用のパターンが、地域 における社会的必要性と環境の維持の両方を含む「ある地域の諸利用に関 する適切なバランスについての社会の見方をおおむね代表しているものと の前提からスタートしたとしても、不合理とはいえない」*註53とする。そ して、「ニューサンスに関するコモン・ローは、新しい、もしくは増強さ れた諸活動が、そのパターンの中で、通常人が受忍することが期待できる 範囲を超えるような状態までにいかなくても済むようにするため、残余の *註52 残り4 人すべての裁判官が何らかの個別意見を述べているが、本稿で検討して いる2 つの論点に関していえば、サンプション卿(Lord Sumption)とマンス卿 (Lord Mance)がニューバーガー卿に同意し、クラーク卿(Lord Clarke)が第 4 の論点について、カーンワース卿をやや支持するものととれる意見を加えている ([2014] UKSC 13 [169])。コントロールを提供すべく、存在している。」*註54とつづけ、訴訟で問題 とされる被告の活動については、それが確立された諸利用のパターンに含 まれるのであれば考慮に入れることが出来るというところからスタート し、通常人基準で、それが合理性をこえるような、たとえば、より侵害的 な新たな利用が始まればニューサンスとなりうるとし、それは確立したも のと考えられてきた古くからの諸判決とも整合的であるという。そして、 次のように結論を述べることで、既存の活動についても、侵害の強度が変 わるなどすれば新規の利用と同様にニューサンスとなりうる場合があるこ とを示唆するのみならず、それは基本的に事実審を担当する裁判官の判断 に委ねられるべきものとするのである。 「これらの判決のどれにおいても、裁判所は、ニューバーガー卿によって提案さ れたところの『くどいプロセス』(第72 段落)を採用する必要があるとは判示 しなかったのである。判事たちは、既存の活動の強度もしくは性質についての 変更は、新しい活動の導入に劣らず、ニューサンスを帰結するかもしれない、 という基礎に立って審理を進めていた。許容限度を定め、もし適切であるなら、 範囲を定めた限界を参照することによって命令を出すことは、事実と程度の問 題として、判事が関わる事柄である」*註55。 つづいてカーンワース卿は、第4の論点が、読み解きようによっては、 計画許可の実行がニューサンスを引き起こしかねず、また近隣住民は、 ニューサンス訴訟を起こしインジャンクションを確保することで、被告の 活動の公共性に関係なく、計画法上の決定を覆せるという意味で、「それ ゆえ、計画コントロールとニューサンス法が、正反対の方向へと引っ張り *註54 [2014] UKSC 13 [183]. *註55 ibid [190].
かねない」*註56ことをまず確認する。しかしながら、自らが控訴院裁判官 時代(最高裁入りの直前)に判決を書いたもので、かつニューバーガー卿 が本判決で一節を紹介している環境保護法に関する事件を引き合いに出し て、だからといって「ニューサンスに関するコモン・ローは、制定法的コ ントロールと、19世紀以降、後者が私法上の権利を切り落とす理由とし て用いられることなく、ずっと共存してきた」*註57ことも合わせて確認す るのである。その上で、ギリンガム事件、ウィーラー事件、ハンター事件、 ワトソン事件をやや詳しく検討して、「それらが、計画決定がなされる諸 状況の相当の多様性を示すもの」であり、「なにか具体的な事件における 合理性テストへのあてはめにそれらを関連させる際の、何らか一般的な命 題を決めることは危険である」*註58とする。 このことを確認した上で、カーンワース卿は、計画許可が実行されるこ とで地域性が変わる場合があることの他に、次のような2つの別個の道筋 によって計画許可がニューサンス訴訟において関連性を有することがあり 得るとして、それぞれ検討を加えている*註59。 i)計画許可は、それが関連性を有する限りにおいて、当該地域の利用パター ンの一部として許容された活動に関する、相対的に重要な証拠を提供しう る。 ⅱ)関連する計画許可(ないしは、関連する106条合意)は、騒音を出す利 用について許容しうる限界を規律する条件に関し、詳細かつ注意深く考慮 された条件の枠組みを含む場合に、それら制限は、裁判所が同じ論点を考 慮する際に、有用なスタート地点もしくはベンチマークを提供しうる。 *註56 [2014] UKSC 13 [194].
*註57 ibid. See also Barr v Biffa Waste Services Ltd [2012] EWCA Civ 312, [2013] QB
455, esp. para 46 and para 91 (the latter is quoted by Lord Neuberger).
*註58 ibid [217]. *註59 ibid [218].
このうち1つめの「相対的」というのは、関連性を持ちうる場面を「責 任」と「救済」の場面に分け、計画許可は後者にのみ関連性を有するとい う議論である。カーンワース卿は、基本的にこの見解を承認した上で、し かしながら「例外的なケースにおいては、計画許可が、被告の活動の受け 入れ可能性を判断する際の地域性の評価において正しく無視することが出 来ないような、諸利用のパターンを根本から変えてしまう、権限ある当局 によるよく考えられた政策決定の結果としうることがある」*註60ことも受 け入れるのである。そして、そのような例外的な位置づけにおいて、「戦 略的な/主要な」開発というカテゴリーを維持しながら、本件とギリンガ ム事件高等法院判決を区別することで、本件においてはニューサンスの成 立を認めるのである。 そして、「戦略的/主要な」開発以外の場面では、計画許可は、2つめ の指摘である「スタート地点/ベンチマーク」として、機能するという。 この点、あくまでスタート地点として機能するかは個別の許可を出した際 に、どのような検討がおこなわれたかの証拠を見なければ分からないとし た、ニューバーガー卿の先に見た判断とは異なるわけである*註61。カーン *註60 [2014] UKSC 13 [223]. *註61 ここより少し前の箇所で、カーンワース卿は、先に引用した、ニューバーガー 卿の「計画許可を与えるべしと推薦する際に計画担当職員によって示された理由 が、計画許可を与える際に計画当局が思い描いていた実際の理由であると看做す ことが、常に安全であるという観念は、私は疑わしい」(para 96)という見解を、 次のように否定する。「約40年にわたる実務と裁判上の私自身の経験から判断 するに、計画担当職員のリポートは、すくなくともその職員の勧告が従われてい るケースにおいては、問題に関するカウンシルの考慮を、とりわけ公共の利益や 地域環境への影響といった論点に関し、まさに良く指し示すものとなっているよ うに思われる。すべてのメンバーがすべての論点について同じ見解を共有してい るのではないという事実は、カウンシルの考え方の一般的方向性を指し示すもの としてのリポートの効用を損なうものではない。[ 中略 ] 計画専門官のリポートは、 関連するマテリアルのうちもっとも包括的なサマリーを提供していると思われ る。」(para 219)
ワース卿によれば、スタート地点*註62としては、たとえば、計画許可に附 された条件を被告が破っていたような場合には、ニューサンスが成立して いるという評価に傾きうるし、他方で、計画当局が設けた公正と思われる 制限は、判事を拘束する力までは持たないものの判事の救済策選択の際の 基準となりうるという。このようなベンチマークをふまえた上で、その先 それをどう評価するのかは、ニューバーガー卿と同じく、事実審担当判事 に大きく委ねるのであるが、本件についていえば、それはあくまで本件の計 画法上の各決定が結局のところ「判事にとってほとんど役に立たない」*註63 ものといえ、そうであるから「判事は、計画許可の諸条件と除去通知の文 言を、被告の活動に関し適切な騒音の限界を設けるにあたって、全く助け とならないものとみなす権限を有する」*註64と理解するからなのである。
4,おわりに
1,都市計画法とニューサンス法の関係
コベントリー事件最高裁判決を、以上のように理解するとして、それで は、本判決を受けて、都市計画法とニューサンス法の関係は、どのように 整理することができるのだろうか。 最高裁判決のもつ意味の検討に入る前に一度控訴院判決が出た段階に 戻って、最高裁判決に対して最も注目が集まっていたのが「ギリンガム事 件高等法院判決の射程」であったことを確認しておきたい。控訴院判決が 出た段階で、ウィーラー事件控訴院判決で「戦略的/主要な」開発に関す るものと評されることとなったギリンガム事件判決の射程について、2通 *註62 カーンワース卿は、先に引用したとおり、「スタート地点」の表現とともに「ベ ンチマーク」と言う言葉を使い、かつ自らの個別意見中の標題には後者を掲げて いる。 *註63 [2014] UKSC 13 [227]. *註64 ibid [229].りの理解の仕方があった。1つの理解の仕方としては、ニューサンス訴訟 より計画システムを「ずっと適切」としたハンター事件貴族院判決でのホ フマン卿の傍論意見を明確に否定したワトソン事件控訴院判決と、同じ控 訴院によるウィーラー判決の2つを合わせて読むことによって、許可(な いしその実行)が事実として地域性を変えていないのであれば、それが ニューサンス訴訟を閉め出すことにはならない、というものであった*註65。 このような見方によれば、「戦略的」という言葉の理解についてなお不明 瞭であるものの、個別の許可がニューサンス成否の判断に与える影響は小 さくなり、その分だけ、ギリンガム事件高等法院判決の射程は短く捉えら れていたといえる。 しかし他方で、コベントリー事件控訴院判決で、ジャクソン裁判官が、 ギリンガム事件高等法院判決を、結論のみならず法的推論についても承認 し、かつその後に続く2つの控訴院判決をそれと矛盾しないものと位置づ けたうえで、原告敗訴の結論を出したことで、本件で3例目となる控訴院 判決は、少なくともギリンガム判決の射程を広げる方向で出されたのでは ないかという理解がなされていた*註66。 そして、「地域性」のテストは裁判所がおこなう公益性に関する政策判 断を覆い隠すカバーにすぎず、実際には、事実評価を粧いつつ、ネグリジェ ンス訴訟において義務違反を判断する際の「合理人」のテストと同じく、 どのような水準が設定される「べきか」という法的/規範的判断にすぎな いのではないかという疑念が、ウィーラー事件控訴院判決直後に出されて おり、そこでは、「戦略的」か否かという言葉を用いるかは別としても、 こうした訴訟は、結局のところ両当事者のうちどちらに公共性がよりある
* 註65 こ う し た 見 解 を 示 す 一 例 と し て、Patrick Bishop and Victoria Jenkins,
'Planning and Nuisance: Revisiting the Balance of Public and Private Interests in Land-Use Development' (2011) 23(2) J. Env. L. 285, 294-95.
*註66 Ned Westaway, 'Private nuisance and Statutory controls' (2012) 14(3) Env.