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「働き方改革」による時間外労働規制は女性管理職を増やせるか 利用統計を見る

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著者

村尾 祐美子

著者別名

Yumiko MURAO

雑誌名

東洋大学社会学部紀要

58

2

ページ

65-77

発行年

2021-03-18

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00012319/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止

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「働き方改革」による時間外労働規制は

女性管理職を増やせるか

Can Setting Upper Limits on Overtime Improve

Promotion Opportunities for Japanese Women?

村尾 祐美子

Yumiko MURAO

1. はじめに

 2018年7月6日、「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」が公布された。こ れにより、2019年4月1日⑴から、時間外労働の上限が日本ではじめて法律に規定されたのである。 本稿の目的は、新たに導入されたこの時間外労働規制が、日本の雇用者の昇進構造にインパクトを与 えるものであるかどうかを、ジェンダーの観点から検討することである。  これまでも、厚生労働大臣の告示により、36協定による時間外労働について「1か月で45時間以内」 「1年間で360時間以内」等々の限度基準が定められてはいる。しかし、その規制内容は「上限を超え て働かせてはならない」という禁止規定ではなく(中野2015:42)、したがって、36協定の届出窓口 である労働基準監督署の助言・指導の基準以上のものではなかった(森岡2005:156)。また、36協定 に特別条項を加え時間外労働を延長する場合や、法定休日の労働については、これまで上限の定めさ えなかった。こうして、日本社会は、法定労働時間や上記の限度基準を大幅に超える長時間労働を、 許容しつづけてきた。  だからこそ、1987年の労働基準法改正に始まり2005年の「労働時間の短縮に関する臨時措置法」廃 止に終わる「労働時間短縮政策の時代」(高見2008:242)を経てもなお、日本の男性の長時間労働に は改善がみられなかった。総務省「社会生活基本調査」生活時間データを用いて、人口構成やライフ スタイル上の変化が与える影響をコントロールしたうえで男性の週間労働時間を推計した研究によれ ば、有業者1人あたり、雇用者1人あたり、フルタイム雇用者1人あたりのいずれの週間労働時間に おいても、1986年と2006年とで有意な差はなかったという(Kuroda 2009:491-493)。  男性フルタイム雇用者の長労働時間が相変わらず続いているわけだから、家事・育児・介護等の無 償労働は、おのずと女性に集中することになる。このことを示すのが、G7諸国における15-64歳男 女の1日あたりの有償・無償労働時間を示した図1である。日本の男性の有償労働および学習活動の 時間は他国に比べて非常に長く、日本における無償労働の男女間格差は他国と比べて大きい。日本の

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男性は有償労働時間が長すぎて、家族的責任を十分に担うことができないでいるのである。子どもの いる共稼ぎ世帯に限定しても、日本では無償労働のほとんどを女性が担っている。2016年の社会生活 基本調査によれば、子どもがいる共働きの世帯において、女性の1日あたり⑵の家事関連時間が4時 間54分なのに対し、男性の家事関連時間は46分でしかない(総務省統計局2017:12)。先行研究にお いても、夫の通勤・労働時間が長いと夫の育児分担度が有意に低い傾向があると指摘されており(久 保2007:30)、男性の長時間労働により女性の育児分担が重くなっていることがわかる。  そして、無償労働を担わない男性を想定してフルタイム雇用者には長時間労働が求められ続けてき たことと、女性への無償労働負担の偏りにより、日本女性は労働市場へのコミットメントに大きな制 約を受けている。1984年から2017年の女性の労働市場への参加状況をみてみると(図2)、役員を除 く雇用者の女性比率はこの間ゆるやかに上昇しているが、それは非正規の職員・従業員として就業す る女性の数が増えたからであって、正規の職員・従業員に女性が占める割合は、この間、ほぼ横ばい と言っていい状況にある。さらに、管理職に占める女性比率は、非常にゆるやかな上昇傾向を示して はいるが、正規の職員・従業員の女性比率に比べて著しく低い。夫の長時間労働に伴う無償労働の重 い負担が、妻の職業的キャリア展開の妨げになっていることが示唆されよう。  このような現状のもと、新たに導入される時間外労働規制は、共働きカップルにおけるジェンダー 化された有償/無償労働時間配分にインパクトを与え、女性の管理職を増やすことに向かうポジティ ブな効果をもたらすことができるだろうか?本研究の目的は、この問いに答えることである。  もちろん、本稿の執筆時点で時間外労働規制は施行されて二年に満たず、その間に新型コロナウィ ルス感染症拡大などもあったため、時間外労働規制前と後とで共働きカップルの有償/無償労働時間 出典:OECD.Statの2017年9月6日付データから著者作成。 図1 G7諸国における15-64歳男女の1日あたりの有償・無償労働時間

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配分が変化したかどうかや、もし時間配分に変化が見られたとして、それは妻の管理職昇進機会を高 めたかどうかなどを検証するために必要なデータを得ることは、現時点では不可能である。したがっ て本研究では、それとは少し異なる方向から、この問いにアプローチしたい。つまり、過去における 労働市場における昇進確率と時間外労働との関係について実証的に明らかにすることで、新たに導入 された時間外労働規制が、共働きカップルの有償/無償労働時間配分を変更するようなインセンティ ブを持ちうるかを検討するのである。新たな時間外労働規制に沿って夫が時間外労働を減らし妻が時 間外労働を増やすことは、女性の昇進確率を高めるという意味で、「カップルにとっての新たな合理 的な選択肢」となるだろうか。現行の昇進構造について検討することを通じて、この問いに答えてゆ きたい。  本稿では、「女性の管理職を増やすことに向けたポジティブな効果」の有無を検討するにあたり、 係長への昇進に着目する。永瀬・山谷(2012)や村尾(2017)が指摘しているように、日本のような 女性管理職比率が低い国において女性管理職を増やすという文脈では、管理職前段階の上位職に進む 女性層を増やすことが必要だからである(永瀬・山谷2012:103; 村尾2017:2)。「平成29年度雇用均 等基本調査」によれば、常用労働者30人以上の企業における係長相当職の女性比率は14.5%、課長相 当職以上の女性がわずか8.9% にすぎない(厚生労働省2018:7)。「働き方改革」による時間外労働 規制が女性の係長への昇進にポジティブな効果を持ちうるなら、それはとても意義のあることである。  そこで本稿では、管理職や係長への昇進と労働時間に関連する先行研究について簡単な紹介を行う とともに(第2節)、本稿のリサーチクエスチョンに答えるためのデータと分析枠組みについて説明 図2 女性の労働市場参加の推移、1984-2017 出典:総務省統計局「労働力調査」各年度版より著者作成。

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し(第3節)、その後に分析結果と考察について述べる(第4・5節)。

2.昇進と労働時間に関する先行研究

 日本における昇進・昇格と労働時間との関連について量的データを用いて検討した先行研究は、実 はあまり多くない。たしかに、Rosenbaum(1984)がアメリカ企業における昇進・昇格について分 析を行ってトーナメント型競争モデルを発見したのに刺激され、日本でも1980年代後半から大卒男子 を主対象とする昇進・昇格に関する量的な研究が活発に行われてきた(cf. 花田1987; 今田・平田 1985:竹内1995)。しかし、これらはいずれもRosenbaum(1984)同様、キャリア・ツリーを用いた 分析で、そこでの関心事は選抜のスピードや異動経路、敗者復活があるかどうか、あるとしたらどの 程度あるのかといったことであり、大卒男子の労働時間と昇進・昇格との関係を、個票データを用い て計量的に検討するものではなかったのである。2000年代に入ってからも、上原(2007)の大卒男子 のみを分析対象とした研究や、一瀬(2013)の男性割合が非常に高いと思われる集団(1971年に採用 された警察官僚)に着目した研究では、昇進・昇格の有無を従属変数とするプロビット分析が行われ ているが、そこでは労働時間は全く考慮されていない。  日本において昇進・昇格と労働時間との関係が大いに注目されるようになったのは、女性の管理職 昇進が研究テーマとなってからである。管理職昇進の男女間格差の原因として、勤続年数だけでなく、 労働時間の男女差が注目されたのだ。前節でみたように、日本では家族的責任の圧倒的多くを女性が 担っている。そのことは、共稼ぎカップルの妻が有償労働に割くことができる時間の総量にも、妻の 昇進意欲にも影響を与えるであろうと、女性の就業継続や昇進意欲と労働時間や家事育児負担との関 連が検討されてきた(cf. 横山2015)。しかし女性の就業継続や昇進自体が困難な状況下では、女性の 昇進の有無を従属変数とするような計量分析を行おうにも、昇進した女性の数が少なすぎて適切な分 析ができないということがしばしば起こる。こうしたデータによる制約から、このテーマに関しては、 量的研究よりも質的研究が専攻してきた。前述の永瀬・山谷(2012)は、その重要な成果の一つであ る。  男女の昇進確率そのものに労働時間が与える影響について計量的分析を行った重要な研究が、 Kato et al.(2013)である。製造業A社の人事データを用いてパネル分析を行ったところ、女性につ いてのみ年間労働時間と昇進率の間に有意な正の関係があることが明らかとなった。Katoらは、「男 性の昇進にはその必要はないが、女性の昇進には長時間労働をして仕事へのコミットメントをシグナ ルとして上司に示していくことが重要である」と述べている(Kato et al. 2013:42-43)。男性全体に 比べ女性全体の勤続年数が短いため、女性は統計的差別の対象となる。女性がそれを跳ね返して昇進 するためには、長時間労働をして忠誠心をアピールするという、男性には必要ないことが求められる、 というわけである。しかし、同じデータを用いて、性別職域分離を考慮したうえで女性の学歴別に管 理職昇進の規定要因を検討した橋本・佐藤(2014)によれば、年間労働時間が昇進に影響するのは高

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校・短大卒の女性のみで、大学・大学院卒の女性の昇進には影響を与えていないという(橋本・佐藤 2014:232-234)。  ここで注意しなければならないのは、Kato et al.(2013)や橋本・佐藤(2014)はあくまでも特定 の一企業のデータに基づくものであり、この知見が日本の労働市場全体にあてはまるかどうかはわか らないということである。そこで、全国規模の無作為抽出サンプルによるパネルデータを用いて係長 への昇進確率の規定要因について検討した村尾(2017)をみてみよう。村尾(2017)は、山口(2014) に基づき昇進確率を左右する長時間労働の基準を週49時間以上、つまり月213時間以上として、長時 間労働のダミー変数をモデルに加えている。ここでは長時間労働は係長への昇進確率に統計的に有意 な効果を持たなかった。しかし、村尾(2017)は長時間労働と性別との交互作用については検討を行っ ていないので、女性についてのみ労働時間と昇進との間に有意な関連があるかどうかは不明である。 そこで本稿では、村尾(2017)と同じデータを用いて、労働時間と性別の交互作用についても詳しく 検討してゆく。

3.データと分析枠組み

⑴ データ  本稿での分析に用いるのは、村尾(2017)で使用されているのと同じデータである。東京大学社会 科学研究所パネル調査プロジェクトによる「東大社研・若年パネル調査(JLPS-Y)wave 1- 7, 2007-2013」である⑶。全国規模の無作為抽出サンプルによるパネルデータで、係長への昇進が生じ るような長い期間継続しており、かつ、職場環境について詳細な情報が得られる男女双方の職業履歴 データを備えているという点で、このデータは最も研究目的に合致しているからである。2006年12月 時点で日本全国に居住する20~34歳の男女を調査対象とするこのパネル調査では、2011年度(wave5) から脱落を補うためサンプルを追加しているが、本研究では分析の都合上、wave1からの7時点す べてで回答を得られているケースのみ分析対象とし、脱落サンプルは用いない。また、村尾(2017) 同様、最後に通った学校(以下、「最終学校」)を卒業・中退後の最初の正規雇用の職で係長以上の役 職者であったもの、wave 1時点で役職のない正規雇用者だった者のうち wave 1以前の時点にも正 規雇用の仕事経験があるもの、分析に用いる変数に一つでも欠損値があるものは、分析から除外する。 この条件にあてはまる438サンプルから、年齢を基準とするパーソンピリオドデータを作成した。分 析に用いるスペル数は4265である。 ⑵ 分析方法について  分析方法は、村尾(2017)と同じく、離散時間ロジットモデルを用いる。これはイベント・ヒスト リー分析の一種で、イベントが離散的な時間単位ごとに発生すると想定するモデルを用いるものであ る。係長以上への昇進は、本来連続的な時間軸上の特定の時点で発生するイベントであるが、 JLPS-Yは年1回という粗い水準で収集されたデータなので、この分析手法が適している。

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⑶ 変数 1)従属変数とリスク期間の定義  本稿で分析に用いる変数は、時間外労働に関するものを除き、ほぼ村尾(2017)とに準じている。 従属変数やリスク期間の定義も同様である。  離散時間ロジットモデルでは、「時点tiより前にイベントが発生しなかったという条件のもとで時 点tiにイベントが発生する確率」(ハザード確率)の対数オッズが従属変数である。本稿ではイベン トとは係長への昇進を指すので、「時点tiより前に係長昇進が発生しなかったという条件のもとで時 点tiに係長昇進が発生する確率」の対数オッズが従属変数ということになる。  イベントが発生する可能性のある期間をリスク期間というが、本稿では、最終学校を卒業・中退し た後の最初の「正規雇用・役職なし」の仕事(以下、「初職」)への入職からリスク期間が開始すると する。図3に示されているように、リスク期間の終了がいつになるかは、人々の職業履歴によって異 なる。係長に昇進した人は、昇進した時点でリスク期間が終わる。係長に昇進しなかった人のうち、 wave7時点まで毎年ずっと「正規雇用・役職なし」であった人は、wave7時点でリスク期間が終わ る。初職から後のどこかの時点で自営等・非正規雇用・無職など正規雇用以外の状態に移動した人は、 初職以降継続的に観測されていた正規雇用の最後の観測時点でリスク期間が終わる。なお本研究では、 リスク期間が終了するwaveでの職を、「到達職」と呼ぶ。  こうして得られたリスク期間の長さと係長昇進の有無についてのデータを、本人の年齢を基準に整 理してパーソンピリオドデータを作成した。時間単位は各年齢時点である。 2)時間外労働に関する変数  「働き方改革」により導入された時間外労働規制は、具体的には以下のような内容である。第一に、 原則として時間外労働の上限は月45時間・年360時間となる。第二に、臨時的な特別な事情があり、 図3 リスク期間の長さt の概念図

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労使が合意しても、年720時間以内、複数月平均80時間内(休日労働を含む)、単月100時間未満(休 日労働を含む)、を超えてはならない。  そこで、まず月45時間以内という時間外労働の上限に注目する。この上限の導入により、夫と妻の 双方が時間外労働を45時間以内に収めるという新たな有償/無償時間労働配分戦略が、共働きカップ ルにとって検討に値するオプションとなるだろうか?確かに、月45時間という時間外労働は決して短 いものではない。しかしこの水準の時間外労働により時間外労働を行わない場合よりも係長昇進確率 を上げることができるのであれば、「長時間の時間外の有償労働を夫が、家族的責任を果たすための 無償労働を妻が、ともに集中的に担当する」という既存の共稼ぎカップルとは異なる労働時間配分戦 略が、合理的な選択肢として浮上することになる。その選択肢を用いるカップルが増えれば、それは 長期的には女性管理職の拡大にもつながるだろう。  だがもちろん、そうしたことは、「月45時間以内の時間外労働により時間外労働を行わない場合よ りも係長昇進確率を上げることができるのであれば」という留保つきである。したがってまず、現実 の係長昇進において、月45時間以内の時間外労働は全く時間外労働をしない場合に比べて女性の昇進 確率を高めるのか、月45時間を超えて時間外労働をする場合に比べてどうか、ということを検討する 必要がある。企業が昇進で報いるのが月45時間を超えた時間外労働だけであるなら、新たな時間配分 戦略は共働きカップルにとって合理的な選択ではなくなってしまうからだ。そこで、月45時間以内の 時間外労働を基準カテゴリとする層別ダミー変数(「時間外労働3分類」)を独立変数に加えたモデル を用いて分析を行う。  これらの時間外労働に関する変数については、性別との交互作用項も分析に加えて検討し、女性の み長時間労働が昇進に影響するという、Kato et al.(2013)の知見や川口(2014)の指摘が、全国規 模の無作為抽出データでもあてはまるかどうかを検討する。  本来であれば、臨時的な特別の場合の複数月80時間以内や単月100時間以内という時間外労働の上 限の区分に着目して層別ダミー変数を作成し、月45時間以内の時間外労働と、80時間・100時間といっ た超・長時間労働をする人とで係長昇進確率が異なるかどうかについても、検討してみたいところで ある。実際、このデータには、時間外労働月45時間から80時間未満の女性が25名、時間外労働月80時 間以上の女性が27名含まれているので、それは一見可能であるように見える。しかし、図4に示され ているような、時間外労働における昇進率の男女間格差が、そのような分析を阻む壁となる。時間外 労働月80時間から100時間未満の女性7名のうち昇進した者はおらず、時間外労働月100時間超の女性 20名のうち昇進したのはわずかに2人なのである。多くの変数を用いる今回のモデルは、このような ごくごくまれなイベントの発生確率の推計には適さない。そこで、月45時間以内という基準に着目し た分析のみを行う。 3)その他の独立変数  すでに述べた通り、本稿の分析では、村尾(2017)の分析で使用されている独立変数とほぼ同じ変 数を用いる。各変数をモデルに投入する理由については、村尾(2017)を参照されたい(村尾

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2017:7-10)。各独立変数の説明については、表1にまとめた。今回は初職に入職してからの年数(リ スク期間)の2乗項もモデルに追加した。これは、リスク期間が長くなることのより長期的な効果を 検討するためである。 ⑷ 変数分布の概要  表2は、分析に用いる変数の分布を、昇進有無および男女別にまとめたものである。期待度数が5 未満のセルが生じる場合を除き、各変数と性別のクロス表のカイ2乗検定の結果も示してある。同じ データを用いて分析を行っている村尾(2017)と共通の独立変数の分布の特徴については本文中では 詳述しないことにして⑷、本稿の分析上の焦点となる時間外労働の分布に目を向けてみる。全体計を 見ると、時間外労働の分布には有意な男女差がある。ただし、月80時間以上時間外労働をしている者 の比率は男女で差はなく、残差分析をして有意な男女差が見られたのは、「月45時間超~80時間以内」 のカテゴリにおいてのみだった。これは、昇進しなかった者についても同様である。

4.分析結果

 表3は、離散時間ロジットモデルによる分析を行った結果である。モデル1からモデル3まで、い ずれもモデルはよくフィットしている。  時間外労働関係以外の変数については、村尾(2017)とほぼ同じ結果が得られているので、詳述し ない。村尾(2017)の結果と異なるのは、女性割合の高い職場ダミーと大学ダミーの交互作用項が有 図4 時間外労働カテゴリー別の係長昇進者率

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意な正の値をとったことで、女性割合の高い職場にいる最終学校が大学・大学院の人は、そうでない 人に比べて昇進確率が約15倍になることが明らかになった。また、新しく追加したリスク期間の2乗 はマイナスの有意な効果を示しており、リスク期間が長くなることは長期的にみるとさらに係長への 昇進確率を下げることが示された。  以下では、本稿の関心事である時間外労働について検討してゆく。時間外労働の主効果として有意 になったのは、月45時間超の時間外労働の主効果で、月45時間を超えて時間外労働する人は、月45時 間以内で時間外労働する人よりも昇進確率が約3分の1と低いという少し意外なものである(p<0.1)。 私たちは労働時間が長いほど係長昇進によい影響を与えると考えがちだが、示された結果はこの予想 に反する。長時間の時間外労働を求められるような労働条件の悪い仕事は、正社員全体としてみた場 合には、係長への昇進可能性が高いようなめぐまれた仕事ではないことが多い、ということなのであ ろう。  雇用者全体での結果はそのようなものだとしても、昇進研究において常に注目され続けてきた、最 終学校が大学・大学院である人たちについてはどうだろうか。時間外労働3分類と大学・大学院ダミー 表3 離散時間ロジットモデルによる分析結果

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の交互作用項では、やはり月45時間超ダミーが有意な効果を示した。最終学校が大学・大学院の人の なかでは、月45時間超えの時間外労働をした場合、月45時間以内の時間外労働をする場合に比べ、係 長に昇進する確率が5.347倍高かった。しかも、月45時間以内の時間外労働と時間外労働なしの場合 の違いは有意ではなかった。月45時間以内の時間外労働をしても、時間外労働をしない人と係長昇進 に有意な差がつかなかったのである。  また、時間外労働と性別との有意な交互作用はみられなかった。最終学校が大学・大学院の女性に おいても、時間外労働の量は有意な効果を持たなかった。

5.結論と考察

 新たに導入される時間外労働規制は、共働きカップルにおけるジェンダー化された有償/無償労働 時間配分にインパクトを与え、女性の管理職を増やすことに向けたポジティブな効果をもたらすこと ができるだろうか?本稿の分析を通じ明らかになったのは、そのようなインパクトもポジティブな効 果もおそらく生じないであろう、という悲観的な見通しである。大卒の共働きカップルが、妻も夫も 月45時間以内の時間外労働を行ってともに係長昇進を目指す、という時間配分戦略が、現行の昇進シ ステムの中では、全く合理的な選択となりえないことが、データ分析から示されたからである。こと 係長への昇進という点に関しては、最終学校が大学・大学院である者にとって月45時間以内の時間外 労働は、全く時間外労働をしないのと同じであって、全く意味がない。彼ら/彼女らの管理職昇進に ポジティブな影響を与えるのは月45時間超の長時間の時間外労働であって、共稼ぎカップルの一方が そのような働き方をするなら、共稼ぎカップルのもう一方の多くは、自らの時間外労働を抑える選択 をするしかないだろう。つまり、今回のような時間外労働規制では、共働きカップルにおけるジェン ダー化された有償/無償労働時間配分を変えるインセンティブは全く生じないのである。  もちろん、月45時間を超える時間外労働を完全に禁止するような、より厳しい規制が導入されれば、 話は別である。これまでの昇進システムの変革を迫るそのような規制のもとでは、共働きカップルは ジェンダー化された有償/無償労働時間配分を見直すかもしれない。しかし、「臨時的な特別の事情」 によって一年のうち6カ月を超えない範囲で月80時間、月100時間といった時間外労働が許容されて いる限り、そうした長時間労働を前提とした現行の昇進システムの多くの部分は生き延びることがで きてしまうであろう。 注 ⑴ 中小企業は2020年4月1日より施行。 ⑵ 平日、土曜日、日曜日の曜日別結果の平均。 ⑶  二次分析に当たり、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センターSSJ データアー カイブから「東大社研・若年パネル調査(JLPS-Y)wave 1- 7,2007-2013」(東京大学社会科学研究所パネ ル調査プロジェクト)の個票データの提供を受けた。記して感謝する。

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⑷  村尾(2017)は、①女性に比べ男性は係長以上に昇進している者が多い、②最終学校が大学以上なのは男性 のほうが多い、③女性が多い職場で働いている・職業がホワイトカラーなどは女性のほうが多い、④wave1時 点での年齢分布や勤め先の産業に男女差がある、などを分布の特徴として挙げている(村尾2017:10)。 文献一覧 花田光世、1987、「人事制度における競争原理の実態 ─昇進・昇格のシステムからみた日本企業の人事戦略─」『組 織科学』21⑵:44-53. 一瀬敏弘、2013、「警察官僚の昇進構造:警察庁のキャリアデータに基づく実証分析」『日本労働研究雑誌』55⑻: 33-47. 久保桂子、2007、「フルタイム就業夫婦の育児分担を規定する要因:仕事との時間的葛藤を生じる育児を中心に」 『家族社会学研究』19⑵:20-31.

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【Abstract】

Can Setting Upper Limits on Overtime Improve

Promotion Opportunities for Japanese Women?

Yumiko MURAO

  It has been noted that the long working hours of regular employees can constitute an impediment to women’s career development in the Japanese labor market. Work style reforms implemented as of April 1, 2019 set upper limits on overtime for the first time in Japan. Can this step help to improve opportunities for women to move up to managerial positions? This paper examines the relationship between overtime hours and promotion to section chief (kakarichō, the position just under managerial positions). Analysis of Japan Life Course Panel Survey (JLPS) data revealed that, for those who graduated from college, working overtime in the range of 45 hours-plus per month greatly increased the probability of being promoted to section chief, while working less than 45 hours overtime and no overtime had no difference in promotion opportunities. The regulation allows overtime increases of 45-plus hours to 80 hours or even 100 hours for temporary/special reasons, applicable six months out of the year. Therefore, the upper limit on overtime hours is not at a level that actually requires companies to change their existing promotion structures. Consequently, this new regulation on overtime would appear to have little impact on improving promotion opportunities for Japanese women.

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