会社経理統制令 と経理検査
久 保 田
秀 樹 I は じめに 1934年 (昭和9年)に公表 された商工省財務諸表準則の貸借対照表第一総則の 九 には,「計理士 を して監査せ しめたる ものは其の旨を附記すべ し」 と規定 さ れていた。 しか し,外 部監査の重要性 は一部の識者 によって認識 されていたに 過 ぎなかった。 「会社経理統制令」 は,配 当や給与等の規制 を目的 とするものであ り,経 理 統制 はそのための手段 であった。 また,そ の第36条にある閣令 として準備 され た 「企画院財務諸表準則草案」が法的基礎 を得 られなかったとい うこともあ り, 「会社経理統制令」 は 「経理」 とい う名 を冠するにもかかわらず,会 計研究サ イ ドか らは従来あ ま り注 目されてこなかった。「会社経理統制令」 には,経 理 検査 に関す る規定が設けられ,財 務諸表や原価計算の統一化 も,経 理検査の前 提 として整備が予定 されていた。「会社経理統制令」 による経理検査 は,当 時, 「外部監査」 として論 じられていたが,統 制経済下のそれであるとい う点で第 二次大戦後の公認会計士監査制度 とは異質の ものではある。 しか し,制 度 とし て一般会社 に対する経理検査 の規定が含 まれていた点では画期的なものであっ た し,そ のための議論 において提起 された計理士制度の見直 し等の問題は,少 な くとも結果 としては,第 二次大戦後の公認会計士監査制度 において反映 され てい く。本稿 は,「会社経理統制令」 における一般会社 に対す る経理検査 につ いて考察す ることを課題 とする。山内隆教授 退官記念論文集 (第329号 )
「
会社経理統制令」制定の経緯と目的
1930年代 に昭和恐慌 を背景 に経済統制が始 まった といわれる。 しか し,当 初 は自治統制が原則 とされた。その後,1937年 に始 まった 日中戦争が長期化する に従 って,日 本経済は戦時インフレに陥 り,統 制経済の強化が図 られることに なる。1937年,企 画院が設置 され,1938年 (昭和13年)には 「国家総動員法」力ざ 制定 された。 日本 の経理統制の発端 とされるのは,「国家総動員法」第11条の 規定 を根拠 とす る,1939年 (昭和14年)勅令第179号による 「会社利益配当及資 金融通令」であった。 「国家総動員法」第11条の発動 に対 しては,財 界か ら強い抵抗があった。 し か し,1938年 11月4日の閣議 において,末 次内相,木 戸厚相 より第 6条 (労務 統制)の 発動 に対応 して第11条をも発動すべ しとい う意見が提 出された。池田 蔵相兼商工相 は配当制限反対 の所信表明 を したが,1938年 11月9日に,陸 軍情 報部長の談話 として,第 11条即時発動論が新聞に掲載 された。それが,政 府部 内の対立 を暴露 し,財 界 を戦慄 させ,株 価の暴落 とい う事態 まで招来 した。そ の後 も第11条発動論が展開され,そ の結果,上 記 「会社利益配当及資金融通令」 が1939年4月1日公布,同 10日か ら施行 された。 その後,1939年 には,勅 令第707号による 「軍需品工業事業場検査令」 に基 づ く軍需産業 に対す る陸軍 ・海軍の経理統制 も行 われる。当令 は,「国家総動 員法」第19条お よび第31条に基づいて制定 された ものであった。これに呼応 し て,一 般会社 に対す る経理統制 を目的 として,「会社経理統制令」が,1940年 (昭和 15年)10月16日,国 家総動員法第11条の規定 によ り,勅 令第680号を以て 公布 され,同 年10月20日か ら実施 された。 「経理」 とい う言葉 は,「国家総動員法」第11条の規定 に見 られる。今 日で も一般 には用い られるが,会 計基準等の公式の用語 として使用 されることはな い。この用語に関 して,当 時 もその意味内容に関 して必ず しも共通認識はなかっ た ら しく,「会社経理統制令」 をテーマ とす る円卓討論 における 1つ の トピッ クとして取 り上げ られている。それによると 「経理」 とい う言葉 は,当 時陸海会社経理統制令と経理検査 169 軍 で使 われてい た (日本 会計研 究学会 1941,71頁)。そ して,意 味 内容 と しては 「財務 と会計 を合わ したようなもの」 と説明されている (日本会計研究学会1941, 73頁)。 その 「経理」 を統制す るとい うことは何 を目的 としたのだろうか。例 えば, 今 日の市場指向型会計 において も意思決定 に有用 な情報の提供 とい う目的のた め に会計基準 の整備が行 われている。つ ま り,会 計 は常 に何 らかの 「目的」 を 達す るための 「手段」であ り,そ の 「目的」がない限 り,統 制する意味はない。 「会社経理統制令」の場合,そ の成立の経緯 を辿れば目的が 自ず と明 らか とな る。 「会社経理統制令」 は,「会社利益配当及資金融通令」の うち,資 金融通 に 関す る部分 を 「銀行等資金運用令」 として分離 した後, 1年 間の時限勅令 「会 社職員給与臨時措置令」 を吸収 して公布 された ものであった。すなわち,「会 社経理統制令」 は,配 当制限 と役員 ・社員の給与等の制限,つ ま り分配 を制限 す ることを直接 的 目的 とする勅令であった。この統合 は,前 2勅 令が,そ れぞ れ抱 えていた問題点 を克服するべ く,会 社経理 に,よ り踏み込んだ統制 をはか ることを意図 していた。前者 「会社利益配当及資金融通令」 による配当制限に は,大 株主が経営者 を兼ねるケースが多かった当時,ボ ーナスを極端に上げる とか,旅 費 を出す等の形で配当制限逃れが行 われた とい う (日本会計研究学会 1941,64頁 )。 また,「会社職員給与臨時措置令」 については,機 密費や交際費 の名 目で重役賞与や職員手当を補足 し,福 利施設費 を以て従業員の給与 を実質 的 に増加 させ る といったことが行 われていた (大田1941,35頁)。 そ して,労 働賃金ではない職員給与の制限停止 についての法的根拠の欠陥に 困窮 した とい う事情 もあった。つ ま り,労 働賃金 については 「国家総動員法」 第6条の規定 によって統制 されたが,職 員給与 は労働賃金 に相当 しないため第6 条の適用範囲外 にあった。そこで,給 与は会社支出であ り,従 って一つの経理 事項である として 「国家総動員法」第11条の第二の項 目の 「会社 ノ利益 ノ処分 償却其他経理二関シ必要ナル命令 ヲ為 シ」 とある,「その他経理 に関するもの」 としての取扱いによって急場 を逃れた といわれている (奉日井1941,12頁)。
170 山 内隆教授退官記念論文集 (第329号) こうした,分 配の制限と表裏の関係にある目的として,戦 時下の生産力拡充 のために,固 定資産の減価償却によつて内部留保を積極的に促進することも掲 げられた。 田 会 社経理統制の内容 上記の もの をは じめ,「会社経理統制令」の 目的 をまとめると,(1)利益配当 の制限,(2)役員お よび社員 (商法上の 「社員」 とは異な り 「会社職員」 を意味 す る。)の 給与制限,(3)特殊経費の支出統制,(4)資金運用の統制,(5)経理 に関 す る報告並 びに強制監査の 5点 である。 これ らの目的を達するための経理統制 の具体的内容 は,以 下の10点か ら成 る。 (1)配 当制限 (第3条 ∼第5条) (2)特 別積立金の積立お よびその運用 (第6条) (3)給 与統制 (第6条 ∼第28条)∼ 報酬,賞 与,退 職金,臨 時給与の役員給 与,お よび基本給料,手 当,賞 与,退 職金,臨 時給与等の社員給与 を支給 す る場合 には,政 府の許可 を必要 とする。 得)支 出予定額の報告 (第29条)∼ 会社の機密費 ・交際費 ・接待費 ・広告宣 伝費 ・寄付金等の経費支出に関する統制規制 (5)経 費支出に関する命令 (第30条) (6)資 産償却 に関す る命令 (第31条お よび第32条) (7)借 入金 の限度の指定 (第33条第2項) (8)余 裕資金の運用 に関する命令 (第34条) (9)経 理 に関する報告並 に当該官吏の検査 (第35条 ∼第38条) QO 会 社経理統制令施行規則 による会社概況報告書 (施行規則第40条)お よ び旅費規程の報告書 (施行規則第42条)∼ 一定の形式 による報告書 を主務 大 臣に提 出 上記の規定の うち,そ の適用範囲が当令お よび施行規則 によって明示 されて いるのは(1),(3),(4)およびめの 4項 目にす ぎず,そ れは以下の通 りである。 (1)→資本金 (株式会社の公称資本金,合 名会社 または合資会社の出資金,株
会社経理統制令と経理検査 171 式合資会社の出資金お よび株金の合計額,相 互会社の基金)20万 円以上の 会社 。 (3)→資本金20万円以上,ま たは役員お よび社員の合計数が常時30人以上の会 社。 得)→資本金100万円以上の会社。 00→資本金20万円以上の株式会社 または資本金20万円未満の相互会社,併 し 当令施行の際には,資 本金15万円以上20万円未満の会社 (相互会社 を除 く) は,会 社概況報告書の提出義務あ り (施行規則第41条)。 規定の上で万全 を期 し,総 ての抜 け途 を封 じた として も,そ れが遵守 されな い限 り,無 意味である。そこで経理検査すなわち外部監査が,そ の実行 に伴 っ て必須の要件 となる。上記の うち R9)経理 に関する報告並 に当該官吏の検査」 がそのための規定である。「会社経理統制令」の前身である 「会社利益配当及 資金融通令」にも第8条に以下のような規定があった。 「主務大臣ハ会社ノ資産,負 債及損益の内容,利 益 ノ処分其他ノ経理二関シ 国家総動員法第三十一条ノ規定ニヨリ報告 ヲ徴シ,又 ハ当該官吏ヲシテ必要 ナル場所二臨検シ業務ノ状況若ハ帳簿書類其ノ他ノ物件 ヲ検査セシムルコ ト ヲ得 前項ノ規定二依 り当該官吏 ヲシテ臨検検査セシムル場合二於テハ其ノ身分 ヲ示ス証票ヲ携帯セシムベシ」 上掲の規定にも拘わらず,実 地検査は人手不足により極めて稀にしか行われ ず,一 走の様式に従って書類の提出を命 じ,書 類に不明の点があれば当該官庁 に出頭を求めて,こ れを補 うという方法を採っていたという (会社経理統制令 解説1940,154頁)。官吏による検査 を行いうることと当該検査 を行 う者が証票 を携帯することを走めているが,検 査の具体的内容については何の定めもない 以上,当 然の状況であつたといえよう。「会社経理統制令」にも,同 一の規定
172 山 内隆教授退官記念論文集 (第329号) が第35条 にある。 「主務大臣ハ会社 ノ資産負債及損益 ノ内容,利 益金 ノ処分其 ノ他経理二関シ 国家総動員法第三十一条 ノ規定ニ ヨリ報告 ヲ徴 シ,又 ハ当該官吏 ヲシテ必要 ナル場所二臨検 シ業務 ノ状況若ハ帳簿書類其 ノ他 ノ物件 ヲ検査 セシムルコ ト フ得 前項 ノ規定二依 り当該官吏 ヲシテ臨検検査セシムル場合二於テハ其 ノ身分 ヲ示ス証票 ヲ携帯セシムベシ」 (第35条) しか し,「会計経理統制令」では,経 理検査 の前提 として,財 務諸表,原 価 計算 の統一化や勘定科 目お よび帳簿組織 の指定 といつた会計的な整備 を図るた めの規定が新設 された。すなわち,財 務諸表並びに原価計算の統一化 (第36条), 勘定科 目並 びに帳簿組織 の指定 (第37条)お よび指定 された会社 に関す る監査 (第38条)に 関す る規定である。以下 にそれぞれの条文 を掲 げる。 「会社ハ閣令 ノ定ムル所二依 り財産 目録,貸 借対照表,損 益計算書及原価計 算 二関スル書類 ヲ作成 スベ シ前項 ノ財産 目録二記載スベキ財産ハ閣令 ノ定 ム ル所二依 り之 ヲ評価スベシ 会社ハ第一項 ノ規定二依 り作成スベキ書類 ノ調整二必要ナル帳簿 ヲ備へ整 然且 ツ明瞭二之 ガ記載 ヲ為 スベ シ」 (第36条) 「主務大臣ハ必要アル ト認 ムル トキハ会社二対 シ勘定科 目及帳簿組織 ヲ指定 シ之二依ルベキコ トヲ命スルコ トアルベシ」 (第37条) 「主務大臣ハ必要アリ ト認 ムル トキハ会社 ヲ指定 シ決算二関シ当該官吏 ノ検 査 ヲ受 クベキコ トヲ命ズルコ トヲ得 前項 ノ規定二依 り決算二関シ監査 ヲ受 クベキ命令 ヲ受 ケタル会社ハ当該官 吏 ノ監査 ヲ受 ケ タル コ トノ証明 ヲ受 ケタル後二非ザ レバ利益金 ノ処分 ヲナス
会社経理統制令 と経理検査 コ トヲ得ズ」 (第38条) 財産 目録その他書類 に関する第36条お よび勘定科 目等 に関する第37条の他, 固定資産の償却 に関す る第31条の施行 は延期 されていた。財務諸表お よび原価 計算 の統一化 については,企 画院の財務諸準則統一協議会 によってその車案が 作成 され,財 務諸表の統一 を目論 んだ企画院財務諸表準則 については,結 局, 法的基礎 を得 られなかったが,原 価計算 については1942年4月公布 の閣令 ・陸 軍省令 ・海軍省令 「原価計算規則」別冊 として法的基礎 を得 るに至 っている (久保 田2000参照)。その後,第 31条に基づ く閣令 として 「会社 固定資産償却 規則」が1942年9月に公布 され,即 日施行 された。 Ⅳ 会 社経理統制の機構 個別事業法 に規制 される一部の業種以外の会社 は大蔵省の所轄であった。大 蔵省 の会社経理統制の機構 については以下の通 りであった。 最初,会 社経理の統制 を立案 したのは,理 財局であ り,同 局の金融課が中心 となっていった。その後1940年10月に 「会社経理統制令」力ざ施行 されるととも に,新 たに配当給与課が設け られ,利 益配当お よび積立金ならびに役員お よび 社員給与の統制 を担当 した。 また,資 金調整課 は金融課か ら分かれて設置 され た。同年12月には会社 の経理検査 を担 当す る部署 として監査課が新設 された (大蔵省財政史編集室編1966,177-178頁)。 配当給与課お よび監査課 は,い ずれ も応急の必要か ら作 られた ものであった が,全 国の会社経理の統制は,そ れだけ きわめて大 きな規模の機構 と人員 を必 要 とした。そ こで中央,地 方 を通 じ,資 金調整 と会社経理統制の両者 を担当す る金融統制機構 を整備す ることが問題 となった。長谷川によれば,こ の段階で の大蔵省 の経理統制関係官吏 は,勅 任官 1名 ,書 記官 3名 ,事 務官10名お よび 属官70名であった (長谷川1941,6頁)。 その後,中 央機関には理財局内の金融統制部門を独立 した一部局 とすること, 地方機関には税務監督局,税 務署 を活用することが大蔵部内で提案 された。そ
174 山 内隆教授退官記念論文集 (第329号) れを受 けて,そ れまで理財局内にあつた資金調整課,配 当給与課,監 査課が合 併 して,1941年 7月 に新 たに会社部が設置 され,以 下の 3つ の課が設置 された (大蔵省財政史編集室編1966,177-178頁)。 大蔵省会社部 (1)総務課 (2)資金調整課 (3)経理統制課 「会社利益配当及資金融通令」では,報 告 を徴 し,臨 検検査 を行 う主体 につ いて具体的な規定がなかったが,「会社経理統制令」では税務監督局長並 びに 税務署長が大蔵大 臣の行 う許可事務 の一部を代行することを以下のように規定 していた。 「大蔵大臣ハ税務監督局長若ハ税務署長 ヲシテ第三十五条 ノ規定ニ ヨル報告 ヲ徴 セシメ又ハ税務監督局長税務署長若ハ其 ノ代理官 ヲシテ同条 ノ規定ニ ヨ ル臨検検査 ヲナサシムコ トヲ得」 (第42条第2項) この規定 を受けて,税 務監督局 と税務署が,以 下 に示す ように,会 社経理統 制 の地方部局 として利用 された (大蔵省財政史編集室編1966,179-180頁)。 税務署 (1)資 本金100万円未満の会社 の関 して,社 員賞与支給方法の承認,役 員 雑給与,社 員特殊的手当または社員退職金準則の制定 または変更の許可 お よび承認 (2)申 請書お よび報告書 に関する調査 税務監督局 (1)税 務署の取 り扱 うもの を除 き,資 本金500万円未満の会社 に関 して, 利益配当の許可,合 併会社の配当率指走,役 員報酬お よび賞与,退 職金, 臨時給与支給の許可,役 員退職金準則の許可,社 員初任基本給料準則,
会社経理統制令と経理検査 175 賞与支給方法の承認,社 員昇給,社 員賞与経費支弁,臨 時給与の許可 (2)申 請書お よび報告書 に関する調査 税務監督局 は 「会社経理統制令」の施行 を担当すると同時に機構 を拡充 して 財務局 とな り,そ の中に経理統制部 を設けた。なお,当 初,財 務局 は,東 京, 大阪,札 幌,仙 台,名 古屋 ,広 島お よび熊本 の7カ所 に置かれたが,1943年 11 月 には新潟 と松 山の2局が増設 され,合 計9カ所 となった (大蔵省財政史編集室 編1966,240頁)。 こうして,経 理統制機構は大蔵省所時に関 しては上記のように整備 されたが, 報告 を徴する書類 は非常 に多かった。「会社経理統制令」 と同時 に 「会社経理 統制令施行規則」 (閣令第13号)が 公布 されているが,例 えば,給 与統制 を受 ける資本金20万円以上,ま たは役員お よび社員の合計数が常時30人以上の会社 は,当 施行規則第43条によ り,毎 時業年度の決算確定後30日以内に別表第30号 様式 による会社経理状況報告書 (本稿末尾 に掲載)を 主務大臣に提 出すること が求め られている。そ して,さ らに以下の書類 を添付 しなければならなかった。 1.別表第31号様式 による自己資本計算書 2.別表第32号様式 による利益配当金並 に役員及社員給与計算書 3.別表第33号様式 による給与状況調書 4.別表第34号様式 による資産償却計算書 5.別表第35号様式 による以下の支出の予算実蹟対照表 a.機密費,交 際費,接 待費,広 告宣伝費 または同一性質の支出 b.寄付金その他 同一性質の支出 c.法定福利施設費 d.任意 (その他)福 利施設費その他 同一性質の支出 e.研究費その他 同一性質の支出 6.別表第36号様式 による旅費支実蹟調書 7.別表第37号様式 による経費支出明細書 8.財産 目録,貸 借対照表お よび損益計算書 (損益計算書は総益金および総損 金 を損益計算発生の原因により区分記載することとなっている。)
176 山 内隆教授退官記念論文集 (第329号 ) 当時,資 本金20万 円以上の会社だけで も,12,000社 あったとい う (会社経理 統制令解説1940,30頁 )。実地検査 が人手不足 によ り極めて稀 にしか行 われず, 書類 に不明の点があれば当該官庁 に出頭 を求めて,こ れを補 うとい う 「会社利 益配当及資金融通令」の下での状況は,「会社経理統制令」の下で も大差なかっ た と考 えられる。 V 経 理検査 「会社経理統制令」 をテーマ とする円卓討論において,大 田は,1940年 当時, 外部監査 の実状 について,「軍需 品工場事業場検査令」 による陸軍並 びに海軍 の経理検査が一番実行 され,徹 底 していると述べている (日本会計研究学会1941, 105頁)。 当時 を回顧 した証言 による と,陸 軍の事情 は次の ような ものであった。す な わち,当 検査令が制定 されると同時 に,卒 業 したばか りの幹部候補生たる見習 士官の うち,大 学 または専門学校で会計学関連の素養のあった者 に,あ らため て会計監督官 に必要な原価計算の基礎か ら再教育 し,各 軍需調達官 に配属せ し めることになった。当初 これ らの会計監督官の卵 は百数十名,軍 需工場 は約600 あ ったため,1名 の担当 した事業場 は2∼5カ所であった とい う。人員数 も不十 分 であ り,監 督官 も初仕事,工 場の側 も初受け入れ,原 価計算 については官民 ともに知識不足であつた。 また,監 督官の不足 により,下 請工場 は調査で きて も親工場 には及び得 ない とか,ザ ル法であったことは否定で きない と証言 して いる (柴田他1981,412頁)。 この ように,専 門の 「会計監督官」 を養成 し,監 査 に当た らせた陸軍の場合 で も,一 番の問題点は,人 員不足 と会計監督官の質にあつた。 しか も 「軍需品 工場事業場検査令」 によって,一 定の方式 により原価計算 をなさしめ,あ るい は経理および原価 に関する外部監査 をなしうる対象が以下のように限定的であっ たにもかかわ らずである。すなわち,(1)軍 機保護の必要ある物資,(2)軍 用規 格 の定めのある物資,(3)軍 において製造又 は修理 を指導す る物資,(4)軍 用 に
会社経理統制令と経理検査 177 供す る ものあるいはその生産額が当該工場事業場 における生産額の半ばを占め る もの,(5)前記各号以外の もので軍事上特 に必要ある物資で軍部 自ら経理並 び に原価 の調査 を必要 とする物資 (同勅令第 2条 )。 陸軍の統制の経験か ら,経 理統制が監査制度 を伴 わなければ無意味 との認識 は,「会社経理統制令」制定前か ら存在 し,一 般会社の統制 を行 う場合,監 査 要員の確保が問題であるとの指摘 もあった (日本会計研究学会1940,68-69頁 )。 長谷川 によれば,経 理検査 を担当する大蔵省の会社監杢官の昭和16年当時の任 命数 はわずか 2名 であった とい う (長谷川1941,9頁 )。その後,第 二次世界大 戦へ の参戦 によって戦時色が一層深 まる状況下で,会 社監査官の大幅増員は不 可能であった と考 えられる。「会社経理統制令」 による経理検査 の担当者 につ いては,「会社経理統制令施行規則」 にも詳細 な規定はなかったが,大 田は, 前掲 の 「会社経理統制令」第42条 第2項 の規定 よ り 「大体 に於 て監査担当者 は 税務官吏 を以て充てる当局の意図が窺はれる」 (大田1941,39頁)と 述べている。 大蔵省が経理検査 に税務官吏 を起用する場合の短所 として も,人 員の不足が指 摘 されている (長谷川1941,11頁,大 田1942,214頁)。 また,そ の他の短所 とし て,有 能な人材 は永 く検査官 として留 まらないため監査 の専門家が得難いこと や,重 過失 によりある不正 を発見 し得 なかった として もそれを直接答める法規 が ないため監査人 としての責任の帰属が曖味であるといったことが挙げられて いる (大田1942,214頁 )。 そ こで 「会社経理統制令」の経理検査への計理士動員が提案 される。計理士 動員 の長所 としては,例 えば次 の 2点 が挙 げ られている (長谷川1941,12-13 頁)。 1.相 当多数の人員の動員が可能である。 2.計 理士 は経理検査 の能力 を持つ。 しか し他方で,計 理士動員の短所 として,計 理士は当時,商 工省の所管であ り,ま た動員のために別の法令 を必要 とす る点。そ して,計 理士がそのままで 監査能力 を発揮 しうるか疑問 として,計 理士の再教育の必要性が指摘 されてい る (長谷川1941,14頁)。それは,当 時の計理士制度が以下のような状況にあっ
1 7 8 山 内隆教授退官記念論文集 (第329号) た ことによる。 まず,計 理士法は,法 令その ものに不備があった。計理士法の最大の弱点は, 大量 に既得権者 を無条件で認めたことと,大 学 または専 門学校 を卒業 しただけ で資格が取れることであつた。登録料金 は20円で, 1回 それを納めれば永久 に 計理士 と称す ることがで きた とい う (大田1968,79頁)。その結果,1927年 か ら 1947年にいたる約20年間に所管官庁 (当初 は商工省,後 に大蔵省)に 登録 され た計理士の総数 は,4万 数千名 に達 した (黒澤編1987,9頁 )。 もちろん計理士 試験合格者や,計 理士法制定前か ら自由職業 としての会計業務 に従事 していた 有能 な職業人 も存在 していたが,そ れは きわめて少数の人々であつた (黒澤編 1987,9頁 )。こうした状況下 において,計 理士が活動する分野は小規模事業か 又 は個人的色彩 の強い会社 に限 られていた (大田1941,41頁)。 そ こで 「会社経理統制令」 による監査担当者 として,計 理士 を任用するにつ いて,長 谷川は次の ように提案 している。 「計理士起用 に就いてはその人の人格 な り実績 によつて任命せず現在 の計理 士 を再試験 して任用す ることも一つの行 き方である。大蔵省の肝にも,さ う いふ考がない訳ではないや うである。」 (長谷川1941,13頁) 因みに,計 理士 にとつて統制経済は幸い した。すなわち,「臨時資金調整法」 や 「会社経理統制令」が公布 されて,会 社の経理 に関 し官庁や 日本銀行 に提 出 した り,報 告す る計算書類が多 くなつたが,中 小企業で充分 な要員 を持たない ところでは,そ の仕事 を計理士が引受 けた (大田1968,170頁)。 また,決 算 に 当たっての税務当局への説明資料 の作成,お よび税務 当局 との話 し合い,そ し て 「会社経理統制令」逃れの資本金19万5千円の会社 の設立 に関す る手続代理 等が,計 理士業務の重大な部分 を占めるようになったという (大田1968,170頁)。 しか し 「会社経理統制令」 による経理検査 に計理士が動員 されることはなかっ た。 本土空襲 の激化等 によつて,「会社経理統制令」 は,そ の後 ,改 正 によ り条 件が緩和 されてい く。 さらに,1944年 11月には 「会社経理特別措置令」が公布 される。最早,経 理統制 どころではな く,「会社経理特別措置令」の 目的は,
会社経理統制令 と経理検査 戦時災害 を受 け た企 業 の救 済 にあ つた ( 鈴木 1 9 4 5 , 5 - 6 頁) 。 Ⅵ 結 び に代 えて 「配当の抑制や給与の限定 は将来経済界 の平調化 に伴 って大 に緩和せ られる ことがあろう。けれ ども監査 だけは引 き続いて行 わなければならない。 これ は決 して戦時体制化 (マ)に於いてのみの必要なことではないか らである。」 (太田1941,37頁) 外部監査 の必要性 は,単 に統制経済 に資す る とい う目的だけではな く,日 本 経済 に とつてよ り根本的な問題 として一部の識者には戦前から認識 されていた ことが分かる。 しか し一般的には,当 時の 日本では,独 立の第三者の権威 に基 づ く外部監査の制度 に関する認識 はまった く欠落 していた。 しか も当時の財界 は,む しろ外部監査 を否定 し,企 業の秘密 を守 り,そ の安全 をはかることこそ, 企業の発展 にとつて必要であるとさえ考える傾向が強かったという (黒澤編1987, 8頁)。 「会社経理統制令」第36条にある閣令 として 「企画院財務諸表準則車案」が 準備 された。 これは,昭 和9年の商工省財務諸表準則が任意適用 を前提 とした 実験 的 ・教育的性格の基準 であったのに対 し,強 制適用 を目指 した ものであっ た。結局,法 的基礎 を得 られなかつたのであるが,例 えば資産分類 について も 監査 を予定 した工夫が盛 り込 まれていたことか らも (日本会計研究学会1943,97 頁),外 部監査 の実施が 目論 まれていたことは間違いないであろう。だが,既 述 の ように,独 自の会計監督官 を擁 した陸軍の経理統制 さえ,そ の実状 は必ず しも成功 した ものではなかった。 ましてや一般会社 に対する経理統制がそれ以 上の成功 を収めた とは考 えられない。 第二次大戦終結後,独 立会計士 による外部監査,財 務諸表の様式統一化 といっ た問題 は,戦 後改革の中で実現 してい くことになる。例 えば,公 認会計士制度 について,「企業会計原則」 をテーマ とした1949年の円卓討論 において,「企業 会計原則」起草 メ ンバ ーの 1人 黒澤 は次の ようにいっている。 「公認会計士制度 を確立 しなければならない とい う機運 は,わ が国において
1 8 0 山 内隆教授退官記念論文集 (第329号) 自然 に醸成 されつつあつた もので,二 三十年来の宿題 に対する解答が今 日ま で持 ちこされた ものであ ります。」 (日本会計研究学会1950,69頁) しか し,証 券取引法成立後,す んな りと公認会計士制度が立 ち上がって軌道 に乗 ったのではな く,そ こには紆余 曲折があった。証券取引法 を完全 に発動 さ せ るために公認会計士が必要 とな り,急 場の策 として特別試験の制度が設け ら れた。つ ま り,計 理士,大 学 または専 門学校で会計学の教授 をした者,民 間会 社 の経理 に関与 した官公吏 (主として税務官吏)お よび会社の会計課長の職務 に 3年 以上勤務 した者 に対 して,特 別試験 を実施 し,合 格者 は直ちに公認会計 士 となれることとされた (大田1968,206-207頁)。この ように結果 として,公 認会計士制度 については,計 理士制度の見直 しとい う,戦 前 にも主張 された提 案 を一部実行することによって人員が確保 された。 また,戦 後の証券取引法会計の所轄官庁 は大蔵省であ り,そ の主導の下に整 備 されたこと等,戦 中期の 「会社経理統制令」下の体制の継続 とみな しうる点 がある。 もちろん,そ れ らは戦前か らの外部監査必要論の延長線上 に実現 した のではな く,戦 後改革の一環 として,証 券取引法 を根拠 として成立 した。つ ま り,経 理統制下の外部監査 (経理検査)と は全 く異 なる 「土俵」で展開された 制度であった。 しか し,戦 時下の経理統制の経験 を持つ大蔵省の もとに,結 果 として計理士制度の見直 しを織 り込みなが ら成立 したの も事実である。 「会社経理統制令」 は,ま さに1940年に制定 されているが,第 二次大戦後の 大蔵省主導の証券取引法会計が 「1940年体制」 (野口1995)の 継続であるか ど うか とい う評価 は,証 券取引法会計の実質 についての検証が必要である。
会社経理統制令 と経理検査 181 第二十号様式 (第四十三条)
会 社 経 理 状 況 報 告 書
大 臣 殿 昭 和 ノ “のカ
会 所 商 号 ( 2 ) 資 本 金 ( 3 ) 円(払込) 円 代表者氏名(4) ③ 電 話 番 号 者 完 当 担 R 立 日 設 ノ 月 社 会 年 事 業 年 度 第 期 自 至 期末現在 役 員 数 名 期末現在 社 員 数 名 会 社 ノ 営 ム 主タル事業(5) 工場又ハ事業場ニ 付 陸軍又ハ海軍 ノ 管理又ハ監督 ヲ受 タルノ有無( 6 ) 年 月 日 現 在 0 主 タ ル 株 式 十 名 氏 名 株 式 数 氏 名 株 式 数 計 総株式数二対 スル割合 当期 間二於 ケル営業 ノ概 要並 二経理上特 二意 ヲ用 ヒタル事項 (旧字体 は常用漢字 に直 している。)182 山 内隆教授 退官記念論文集 (第329号) 参考文献 石巻芳男 1944「会社経理統制令 の重要諸点 (1)∼(5)」『銀行研究』第47巻第2∼6号。 岩 田巌 1939「陸軍軍需監督官令 について」 (日本会計研 究学会編 1939『戦時体制下の会計 問 題』森 山書店所収)。 上 田貞次郎1921『株式会社経済論』冨山房。 大蔵省財政史編集室編1966『昭和財政史』第 Ⅱ巻財 政機 関,東 洋経済新報社 。 太 田哲三1941「経理統制令 に於 ける外部監査」 『一橋論叢』第 7巻 第 1号 一一一-1942「 我国の外部監査 の実情」 (日本会計研究学会編1942『会計検査制度及計算 統制』大東書館所収)。 一一一-1968『近代会計側面誌 一会計学の 60年 一』中央経済社。 会社経理統制令解説1940F銀 行研究』第39巻第6号。 春 日井薫1941「経理統制令 と資金運用令 の指導精神」 『銀行研究』第40巻第1号。 久保 田秀樹2000「日本型会計制度 の成立 ―企画院財務諸準則 の意義一」『彦根論叢』第327号。 黒澤清編著 1987Fわ が国財務諸表制度 の歩み』雄松堂。 柴 田善雅1992「戦時会社経理統制体制の展 開」 『社会経済史』第58巻第3号。 柴 田隆一 ・中村賢治1981『陸軍経理部』芙蓉書房。 鈴木竹雄1945「貸借対照表法 の最近 の動 向」 『法律 時報』第17号第1号。 千葉準-1994「 国際的環境下 における 日本会計制度研究の諸問題」 F会計』第145巻第2号。 一―十-1995「 日本経済統制期 における会社経理統制の展開」F経済 と経済学』第78号。 一一一-1998『 日本近代会計制度―企業会計体制の変遷』中央経済社。 通商産業省編1961『商工政策史』第十一巻,商工政策史刊行会。 日本会計研究学会編1939『戦時体制下の会計問題』森山書店。 日本会計研究学会1940円 卓討論 「陸軍軍需工場利潤統制 に就いて」 『会計』第47巻第1号。 日本会計研究学会1941円 卓討論 「会社経理統制令」 『会計』第49巻第 4号 。 日本会計研究学会編1942『会計検査制度及計算統制』大東書館 。 日本会計研 究学会1943円 卓討論 「企画院財務表諸準則草案」 F会計』第49巻第 4号 。 日本会計研究学会1950円 卓討論 「企業会計原則の統一 を中心 として」 『会計』第57巻第1号。 野 口悠紀夫 1995『一九四〇年体制』東洋経済新報社 。 長谷川安兵衛 1937「経理命令 の発動 をめ ぐつて」 『銀行研究』第36巻第3号。 一一一-1941「 強制経理検査 に関する考察」『早稲田商学』第17巻第2号。 一一一-1942「財務諸表統一化の戦時的意義」 『銀行研究』第42巻第1号。 原征± 1989『わが国職業的監査 人制度発達史』 白桃書房 。