21 総 説
小児医療と臨床遺伝
埼玉県立小児医療センター遺伝科, 東京女子医科大学小児科非常勤講師 フク シマ ヨシ ミツ福 嶋 義 光
〔東女医大誌 第62巻 第11号頁1079∼1081平成4年11月〕 (受付 平成4年7月31日) 1.はじめに 遺伝とは親の形質が子に伝わる現象であり,こ れは遺伝子および遺伝子の担体である染色体の働 きにより制御されていることが近年の科学の進歩 により明らかにされている.それでは遺伝病とは 何であろうか,一般には「遺伝する病気」すなわ ち子に親の病気が伝わっておきてくるような病気 のみを考えがちであるが,これは大きなあやまり である.遺伝病とは遺伝という現象を担っている 遺伝子や染色体の異常により発症する疾患であ り,単一遺伝子疾患(メンデル遺伝病),染色体異 常,多因子遺伝病などに分類される.このうちほ とんどの遺伝病は両親には異常はなく,子に突然 おこっている.我が国では伝わるという意味での 遺伝くinheritance)と遺伝現象を担っているもの の異常によっておきる遺伝病(genetics disease) とを同じ遺伝という言葉で表しているため,様々 な誤解が生じており,遺伝病の患者・家族の悩み を深いものにしている.遺伝病の患者に接する医 師はまずこのことを十分理解し,意味のない誤解 や不安を抱かせないように努力する必要がある. 本稿では,先天奇形症候群を中心とする先天異 常あるいは遺伝性疾患の患者を診察する際の留意 点,診断の進め方,今後の臨床遺伝の進むべき方 向性などにつき私見を述べてみたい. 2.小児医療と先天異常 先天異常とは生まれつき持っている疾患を意味 し,①単一遺伝子疾患(メンデル遺伝病),②染色 体異常,③多因子遺伝病,④環境要因によるもの に分類される.それぞれの頻度は,①が約1%, ②が0.6%,③が2∼3%④が約1.5%といわれ, すべてを合計すると約5%にものぼる.新生児20 人のうち1人は先天異常をもって生まれているこ とになる.①∼③は遺伝病であり,先天異常の多 くは遺伝と関係している. 小児の難治疾患を扱う三次医療施設での入院患 者における先天異常の割合は,埼玉県立小児医療 センターでの調査1>によると,主疾患(入院が必要 となった直接の原因,1患者1病名)のみでは, 先天異常の割合は約40%であるが,従疾患(その 患者が付帯して有している疾患.1患者複数病名) を含めると,先天異常の割合は約55%にものぼる. 小児の難治疾患の主たるものは先天異常であるこ とがわかる. 3.先天異常の医療の特殊性 一般の医療においては,患者が来院した際,まず 診断をし,治療を行う.先天異常の医療において は,診断・治療は一般の医療と同様に行われなけれ ばならないが,それだけでは不十分である.先天 異常児の親にとって,ようやく生まれてきた我が 子に障害があるということは大きな衝撃であり, 生まれてきた子が両親に受入れられるように,両 親に対し受容のための援助がなされなければなら ない.また先天異常の子が生まれた場合,その原因 は何で,次の子が同じ病気になるのではないかと いう不安に対しても,根拠をもってこたえなけれ Yoshimitsu FUKUSHIMA〔Division of Medical Genetics, Saitama Children’s Medical Center〕: Pediatrics and med童cal genetics 一1079一22 ぽならない.ここに遺伝診療を行う意義がある. 4.先天奇形症候群の診断の進め方 顔貌を一見しただけで,診断がつく場合もある が,ほとんどの場合はさまざまな所見の積み重ね によってなされる場合が多い. 一般的な診断の進め方としては,まず妊娠分娩 歴に注目する.切迫流産の既往,子宮内発育不全, 骨盤位分娩などの異常分娩の場合にはとくに注意 する.次に,全身をよく観察する.SFD(smaU for date)児あるいは巨大児ではないか,身体各部の 均整はどうか(手足が短くないか,頭囲が大きく ないかなど),筋緊張の異常はないか,その他,皮 膚の色調,色素斑の有無,毛髪・爪の状態にも注 意する.奇形がある場合には単発奇形か多発奇形 か,奇形の局在,奇形の組合せに注目する.小奇 形については頭部・顔面,頸部,体幹,四肢の順 に漏れのないように全身を観察し,極力定量的に 記載する(計測できるものは計測しておく).最近, 内眼角間距離,耳の長さ,手指の長さなどの頭部・ 顔面および手の各種身体計測値の日本人における 年齢別の正常範囲が報告されたので大変便利であ る2).可能であれぽ皮膚二二も観察する. さらに心,消化器,呼吸器,腎・尿路,性器, 中枢神経などの内臓奇形がないか,また骨系統の 異常はないかどうかについて検討する. また家系内に同様の症状をもつ人がいないかど うかを確かめておくことも重要でる. 以上の所見を参考にしながら,診断の方向性を つけ,成書にあたり調べる.特徴的な臨床症状を いくつか入力すると可能性のある診断名を検索す るパソコンを用いた奇形症候群診断支援システム も開発されたので,頻度の低い疾患の診断には大 変便利である. 5.先天異常の診断のための染色体検査 多発奇形を有する児に対して,染色体検査は必 須のものである.以下に示すような場合,それぞ れの目的を持って染色体検査が行われる.通常は G二二法による分析で十分な情報が得られるが, Q分染法,R二二法,脆弱X染色体検査,染色体 切断・断裂の観察など特殊な染色体検査が必要な 場合がある. 1)臨床診断が可能な染色体異常症:ダウン症 候群,18トリソミー症候群など臨床診断が可能な 染色体異常症でも,次子の再発危険率の推定など, その後の遺伝相談のために染色体検査は必要であ る. 2)多発奇形,発達遅滞,成長障害:常染色体異 常症を疑って行うものである.染色体異常が疑わ れる場合には,小奇形の数にこだわらず検査すべ きである. 3)低身長の女児,手足にリンパ浮腫のある新生
児女児:Turner症候群を疑って行うものであ
る. 4)性腺低形成,二次性徴遅延,不妊症:Turner 症候群やKlinefelter症候群など性染色体異常を 疑って行うものである. 5)成長障害,免疫不全,光線過敏症:Atax− iatelangiectasia, Fanconi貧血, Bloom症候群な ど染色体切断症候群が疑われるときには染色体検 査を行う.この際,特殊な染色体検査方法が用い られるので,事前に検査サイドと連絡をとってお くことが必要である. 6)精神遅滞:精神遅帯は他に小奇形などを 伴っていなくても染色体検査の適応となる.精神 遅滞のみが主徴である微細な部分の常染色体異常 が存在することと,脆弱X線染色体症候群である 可能性があるからである.脆弱X線染色体症候群 の検出のためには,特殊な染色体検査法が用いら れる. 7)既知の奇形症候群,メンデル遺伝病:以前は このような場合,染色体検査の適応はないと考え られてきたが,・ごく稀に均衡型構造異常を有する 患者が発見されることから,一度は染色体検査を 行っておくべきである.. 8)染色体構造異常を有する子供の親,染色体検 査ができなかった多発奇形児の親,習慣性流産の 夫婦:遺伝相談の一環として必要な検査である. 均衡型構造異常を見つけることが目的となる. 6.1)NA検査および細胞保存 近年分子遺伝学の進歩により,種々の遺伝性疾 患において,遺伝子レベルでの解析が行われるよ うになってきた.しかしながら,すべての遺伝子 解析ができる施設はない.したがって,遺伝医学 の進歩を臨床の場に生かしていくためには,常に 一1080一23 最新の情報を得,どの施設ではどの疾患について の遺伝子解析が可能かを知っておかねぽならな い.また学会活動等を通じて,種々の研究者とコ ミュニケーションを保っておく必要がある。 遺伝子解析には患者の培養細胞は必須のもので ある.大量のsourceが,いつでも得られるためで ある.また患者が死亡した後も,詳細な検索が可 能となるので,極力患者細胞の保存は行っておく べきである.患者細胞が樹立できれぽ,日本国内 はもとより海外の研究施設にも特殊検査を依頼す ることができる. 一般的な培養細胞としては皮膚線維芽細胞とB リソバ芽球様細胞とがあるが,後者のほうが,検 体の得やすさ,および処理のしゃすさから有用で ある.最近著者らにより,きわめて簡便なBリン パ芽球様細胞の樹立法が開発された3). 7.診断がつけられた後のフォローアップ 上記のような奇形検索あるいは染色体検査・特 殊検査によって確定診断がつけられた後は,この 情報を患者・家族のメリットのために生かしてい かなけれぽならない.診断をつけることができた メリットとしては次のようなことがある. いままでの報告例と比較することができ,合併 しやすい疾患の情報が得られるので,患児の健康 管理に役立てることができる.その疾患の患者の’ 会あるいは親の会を紹介することができる(我が 国ではまだ患者支援団体は少ないが,あせび会〔稀 少難病者全国連合会,Tel O3−3943−7008〕では稀 な疾患について患者・家族が相互に連絡をとりあ えるように支援している). 診断をつけることができなかった症例において も,フォローアップはなされるべきである.年齢 とともに特徴的な症状がはっきりしてきたり,新 しい報告があり,診断がつけられる場合もすくな くない. 8.遺伝カウンセリング 先天異常の診断をつけることができると,その 疾患の遺伝性が明らかになるので,両親にとって は次子の再発危険率を知ることができ,無用な不 安を取除くことができる.また,出生前診断が可 能なものであれぽ,次の妊娠時に,行うこともで きる. 遺伝カウンセリングは結婚・挙児などに際し遺 伝的問題で不安を持つひとに,正確な医学的情報 を伝え,その意思決定を援助する行為である.出 生前診断は遺伝カウンセリングの一部としてなさ れるべきものである.つねに,最終的な意思決定 はクライアント自身によってなされなけれぽなら ない.・ 9.これらの臨床遺伝 人の個体差を研究する学問の一分野であった人 類遺伝学が近年の遺伝の分子機構の解明と相待っ て,すでに様々な領域において医療の場に応用さ れるようになっており,今後も医療・医学の一部 門として,大きく発展することが予想される.し かしながら我が国では大学医学部(医科大学)に 人類遺伝学部門を有するところは少なく,人類遺 伝学研究から得られた成果を臨床の場に生かすの に困難が生じている.日本人類遺伝学会では臨床 遺伝学の社会的認知,普及および教育を目的とし て,「臨床遺伝学認定医」制度を1991年4月1日か ら開始した.1992年1月現在45の施設が臨床遺伝 学研究施設として指定され(東京女子医科大学, 埼玉県立小児医療センターも含まれている),137 名の医師が臨床遺伝学認定医として設定されてい る.今後,この臨床遺伝学認定医が,遺伝サービ スの中心となり,医学・医療の場で,人類遺伝学 研究により得られた成果が生かされることが期待 される. 文 献 1)福嶋義光,森 彪:第三次小児医療施設におけ る先天異常頻度一埼玉県立小児医療センター入院 患児の疾病統計より.日小児会誌 90(3):718,・ 1986 2)Igarashi M, Kajii T:Normal values for phys− ical parameters of the head, face and hand in Japanese children, Jpn J Human Genet 33: 9−31, 1988 3)Fukushima Y, Ohashi H, Wakui K et al:A rapid method for starting a culture for the establishment o{ Epstein−Barr virus・ transformed human lymphoblastoid cell lines. Jpn J Human Genet 37:149−150,1992 一1081一