Title
『歴代宝案』の附帯文書(付文)
Author(s)
外間, みどり
Citation
史料編集室紀要(26): 49-78
Issue Date
2001-03-27
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/8302
Rights
沖縄県教育委員会
史料編集室紀要 第26号 (2001)
『
歴代宝案』の附帯文書 (
付文)
外聞 み どり
は じめに 『歴代宝案』 (以下、
『宝案』 とす る) は1424年 (永 楽22)か ら1867年 (同治6) まで (1)
の琉球 と中国.朝鮮 .東南 アジア諸国 との外交文書 を集成 した ものである。 『宝案』の文 書 は当時の中国の公文書の書式 に則 ってお り、その解読 には、当時の文書の書式や構造等 の把捉が求め られて きた。本稿 は 『宝案』の編集刊行 の作業 に携 わる過程で出て きた第2 集巻1-巻200 (1697年
∼1858年
康興36-威豊8)の付文 (いわゆる附帯文書)つ きの 文書 についてのべ たい。 なお、 『宝案』の本文 ・付文 の関係 については、『宝案』校訂本 (2) 第7
冊 ・第8
冊の解説 で本文 ・付文 について簡単 に触れているが、全体的な角度 か ら考察 したい。 さて、『宝案』校訂本 にはそれぞれの巻の収録文書 に文書番号 をつけているが、校訂本 (3) 第1集が刊行 され、第2集 校訂本第7冊の文書番号 をつ ける作業 に際 して、 これ まで刊 行 されて きた 『宝案』校訂本 に収録 されている文書 とは形状 の異 なる文書がでて きた。す なわ ち2-76-10文書等 にみ える本文 ・付文の別である。第2集全体 に日を通す と、付文 部分が本文部分 の後 にあった り、前 にあった りしているため、巻の最初か ら順 に文書番号 をつ けてい くと、途 中で文書のな らぴが どの様 になってい るのか判 らな くなって しまう。 本文 ・付文がつ なが っている場合 は一文書 らしい とわか ったが、本文 ・付文が頁 を改めて 離れて しまっている場合 には、それぞれ独立 した別 々の2文書の ようにみえ戸惑 って しま (4) った。結果的には第2集の 目録 と照 らしなが ら、 どうや ら附帯文書 らしい とい うことがわ か った。 『宝案』第2集 に収 録 されている文書は、中国清朝 の皇帝か らの詔 。勅、礼部 弓苗建布 政便司か らの沓文、 また琉球 国王か ら中国皇帝への表 ・奏、礼部 ・福建布政便司への苔文、 中国への通行 ・乗船証 明書である符文 ・執照等があるが、付文がある文書 はすべ て礼部 か (5) ら琉球国王 にあてた沓文 だけにみえる形状である。 したが って本稿 でい う本文 とは礼部 か ら琉球国にあてた沓文、付文 とは本文 に附帯 した関連文書 である。 また 『宝案』第3
集 巻1-13 (1859年∼1867年 成豊9-同治6)に も付文 のついた文書はみえるが、 これはHoKAMAMidori,"A StudyoftheDocumentsAttachedtotheRekidaih∂anT1
9-史料編集室紀要 第26号 (2001) 第2集 を説明す る こ とで十分網羅 で きる と思 う。 『宝案』 の文書 の様式 と構成 については、西里喜行氏が十数年 間の歴代宝 案研究会での 解読 の成果 をま とめ、 『宝案』文書 の基本用語 と 「宝 案文書 を正確 に解説す るため には、 (6) /その様式 と構 成 の特徴 を把握 してお くことが不可欠の前提 となる」 とのべ 、難解 といわれ る 『宝案』 の入 れ子構造 の文書 の解 明 を行 ってい る。池谷 望子氏 は
「
『歴代 宝案』文書 中(
7
) の案里 について -書式 よ りみた明清 の公文書の処理-
」 と、 ともに 『宝案』 の書式や構造 を解説 してお り、本稿 は これ らの研 究か ら多 くを参考 にさせ てい ただいた。 付 文 (附 帯 文 書 ) を もつ 文 書 『宝案』 第2集 の礼部 か ら琉球 国王 あての沓文 の なかで、本文 ・付文の関係 を もつ もの (8) は、私見 の限 りで220件 ある。礼部 は清朝 の中央機 関の一つであ り、『晴国行 政法』 に よる と、典礼儀式 の掌握 ・事 務、教育科挙 の学校 関係 事務、外 国 との交渉 に関す る事務 を統轄 i..)I す る とあ り、朝鮮 ・安南等 と同様 、清朝 の冊封 を受 け属国 としてみ なされ る琉球の冊封 お よび朝貢 に関す る事務 は礼部 の管轄下 にある。 本文 。付文 の関係 を下記 に表 で示すが、 まず表 の説明 をす る と次 の通 りで ある。 ①冊数は既刊および刊行予定の 『宝案』校訂本の冊数である。これは台湾大学発行の 『歴代宝案』 の冊数とも合致する。 ②文書番号は、既刊 F宝案』校訂本に準 じた。たとえば2-68-02文書は第2集第68巻第2号文書 と いう具合である。なお、第2集のうち末刊行の第6 ・9 ・10・14冊については、それぞれの底本 と照 らし、表に示す文書番号をつけた。また各巻に付文のつ く文書が数件ある場合は、初出だけ はきちんと文書番号を記 し、それ以外は第何号文書のみを記 した。ただし未刊の ものについては、 後 日、文書番号が変更する可能性があることはここで断ってお く。 (勤文書の日時は、各文書の日時であ り、年号、月、日の順であるo ④形状は二方面か ら示 した。一つは付文が本文の前後 どちらにつ くかを匡∃ 匠団 あるいは匠 璽 匡頭で示 した。一つは本文のす ぐ後に付文が続 くもの匝去⊥
旦 蚕 と、本文 と付文の間が離れて改 頁になっているため、さも別々の二つの文書の如 く見えるもの匡∃ 匠 表である。別々の二文書 に見える本文 と付文の関係を特 に接触 たのは、
隠 割 を抄写、編集整理 した際、どのような 方針があったのか知ることはで きないが、『宝案』の元 となった文書の原型をわか りにくい もの にしていると思ったからである。 また付文については、その内容によっ謂
単 ・単 .上奏文 ・片奏等 としたo (9備考は関連する楢案史料の出典を示 した。 また本文 と付文の間に、「杏」の文字がある等 も備考で示 した。 -50-史料編 集室紀 要 第26号 (2001)
歴代 宝 案 第2集 付 文 の つ いた文 書
-51-史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001)
ー52-史料編 集室紀 要 第26号 (2001) 05 06 07 08 09 04 05 07 08 03 07 08 2-119-02 嘉慶14・2 嘉慶14・3 嘉慶1493 嘉慶14・2 嘉慶14・2 嘉慶16・10・20 嘉慶16・10・20 嘉慶16・10・20 嘉慶16・10・20 嘉慶18・1 嘉慶18・1 嘉慶18・1 嘉慶20・1 [要 塞_コ亘 夏 コ 開単 四 「 看 更 「
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本文
抄録原奏上奏文*l
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抄重義原奏 上奏文*
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原奏 -5 3-「杏」字あ り 「啓」字あ り 「杏」字あ り 「杏」字あ り 「苔」字あ り 訂三編』嘉慶61号 「杏」字あ り 『三編』嘉慶71号 「苔」字あ り 「杏
」字あ り 「沓」字あ り 「沓」字あ り 「苔」字あ り 「杏」字あ り 『三編』嘉慶84号史料編集室紀要 第26号 (2001)
史料編集室紀要 第26号 (2001) 03 07 03 04 05 06 ill 06 07 08 - 5 5
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選編j道光34号 (翠) F三編J逆光8号 逆光3・2 逆光3・1 道光4・11・初4 道光5・1・11 道光5・1・22 逆光5・1・22 道光5・1・22 逆光5・2・初1 道光6・10・初7 道光6・10・21 道光6・12・初3 r選編」道光53号(冨)r
選編j道光66号(翠) 『選編j道光68号(翠)r
三編j道光17号 『台故Jl頁 (軍)史料編 集室紀 要 第26号 (2001) 09 道光7・2・初6 「E奏文 l本文 1 無 し 『選編』道光71号 (冒) 『台故』25頁 (翠) (第11冊) 2-146-04 05 06 07 08 09 10 ll 18 20 21 22 逆光7・1・22 逆光7・ト27 道光7・7・18 道光7・7・18 道光7・閏5・12 道光7・1・29 道光7・1・29 道光7・1 道光6・12 道光7・1・27 道光7・4・25 逆光7・閏5・12 ⊂ = コ [=三二二∃ 抄録原奏 匹 重 コ 上奏文 ‖青
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抄録原奏 匿 ] l上奏文 l 抄録原抄 [=≡コ rT 抄録原抄 匹 夏 コ し土 嚢室」 抄録原抄 -5 6-『遺漏』道光70号 (宮) 『台故』15頁 (翠)(附清 早) 『選編』道光79号 (宮) 『台故』69頁 (翠)(附活 早) r遺漏』道光78号 (宮) 『台故』59頁 (翠)(附清 早) 『濃縮』道光73号 (宮) 『台故』35頁 (翠)(附清 単) 『三編』道光21号 『選編』道光69号 (宮) 『台故』11頁 (翠) F選編』逆光72号 (宮) 『台故』31頁 (翠) 『選編』道光75号 (宮) 『台故』45頁 (早)史料 編 集 室紀 要 第26号 (2001) 23 24 25 26 27 28 29 30 31 2-148-02 03 04 05 逆光7・61初2 道光7・8・27 道光7・10・27 道光7・11・14 道光7・12・28 道光7・閏5・初7 逆光7・7・14 道光8・8・12 道光8・2・初5 道光8・6・14 道光8・8・12 道光8・8・11 遺光8・11 [重宝 コ E≡重
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抄録原抄 [亘 萱 コ [王 墓 む 蓮 旦 コ 抄録原抄 [亘夏 コ i二王 整 虹 1 秒録原抄 『選編』道光76号 (官) 『台故』49頁 (早) 『台故』85頁 (軍) 『三編』道光25号 『台故』83頁 (翠) 『三編』道光26号 『選編』道光81号 (宮) 『台故』87頁 (軍) 『三編』道光27号 『選編』道光74号 (冒) 『台故』41頁 (翠) 『三編』道光22号 『遺漏
』道光77号 (冒) 『台故』53貫 (軍) 『選編』道光84号 (宮) 『台故』103頁 (翠)(附清 早) 『三編』道光28号 『選編』道光82号 (宮) 『台故』93貢 (翠) 『選編』道光83号 (宮) 『台故』97頁 (翠)(附活 早) 『遺漏』
道光84号 (育) 『台故』103頁 (早)(附晴 単) 『三編』遣光28号 『選編』道光85号 (宮 )史料 編 集室 紀 要 第26号 (2001) 07 08 03 04 05 06 12 13 14 15 16 17 2-152-02 道光8・12・19 道光9・3・初4 逆光9・1・23 道光9・1・27 道光9・1・29 道光9・1・29 道光9・1・29 道光9・6・15 道光9・9・初9 道光9・11・17 道光9・1・29 道光10・2・初6 道光10・8・25
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重宝コ
上奏文 】片奏 抄録原抄 抄録原抄 [重宝コ[
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I片秦 [重宝 二] =二奏女 l 抄録原抄匝重二
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上奏文 l片奏 抄録原抄 -5 8-F選編j道光87号 (冒) (片奏 な し)r
軍皆』④722頁r
選編j道光90号 (翠) F三編』逆光32号 F三編』逆光33号 F選編』逆光91号 (冒) 『三編』道光36号 『選編』道光92号 (冒) (清単 な し) 『選編』逆光93号 (宮) (清単 な し) 『軍楢』④718頁・720 頁 (清単) 『選編』道光86号 (宮) (附清単) F軍楢』④725頁 『選編』道光94号 (冒) 上奏文一 F軍栖』④735頁 『選編』道光97号 (翠) 片奏- 『軍梢』④737頁 『選編』道光98号 (冒)史料編集室紀要 第26号 (2001) 2-154-03 04 06 07 08 12 13 14 16 04 05 道光10・12・20 道光10・12・24 道光11・1・26 道光11・1・26 道光 11・2.初2 道光11・7・18 道光12・1・27 逆光 11・11・29 道光 11・4・初6 道光12・9・初6 道光13・2・初1 道光13・1・22
匹重:
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活単 抄 録原抄 本文 l上奏文 抄録原抄口重コ t
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抄録原抄 本文
l上奏文 l清単 抄録原抄 ー5 9-r軍楢l④757頁・759 質 (清単) r選編j道光108号(翠) (附活単) F三編』道光42号 r選編j道光113号 (宮) r選編』道光112号 (宮) 『軍楢』(彰754頁 F選編」 逆 光107号 (翠) F三編j道光41号 訂軍楢』④779頁・781 質 (清単) 『選編j道光119号(翠) (附清単)史料 編 集 室紀 要 第26号 (2001) 道光13・1 08 ll 12 13 14 15 16 17 18
2
-
1
6
0
-
0
5
道光13・1・23 道光13・1・23 道光13・2・初3 道光13・1 遣光13・7・初6 道光13・1 道光13・8・初3 道光14・2・初3 道光 13・6。27道
光
14・8・初7 上奏文 * l貢単
抄録原奏 [重 宝 :] ‖二奏文中
無 し(抄録原奏) [亘夏コ
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抄録片奏 rT二三コ ⊂ 三 三 ] 抄録原抄 [互 夏コ 匠 ] 抄録原奏 匡 亘コ =二奏文 ! 無 し(抄録原奏) [重 夏 コ I上奏女 l 抄録原抄 [重宝コ
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抄録原抄 [重宝コ
「画 1 抄録原抄 [亘夏
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編』道光47号 『三編』遺光48号 『選編j道光130号 (宮 ) 『台故』135頁 (軍) 『軍楢 』④796頁・798頁 (清単) 『遺漏』道光123号 (翠) (附清単) 『台故』141頁 (翠)(附活 早) 『三編l 道光50号 『台故』 173頁 (翠) 『台故』133頁 (翠) 『選編
』道
光
1
3
7
号(
宮
)
『台故』209頁
(
翠
)
(
附活 単) (第12冊) 2-162-05 06 道光15・1・23 道光15・1・23 -60-『三編』 道光54号史料編集室紀 要 第26号 (2001) 07 08 09 ll 13 14 15 16 06 07 07 遺光15・1・26 遺光15・1・28 道光15・1・28 道光15.10・15 道光15.11・24 道光16・2・17 遺光15・1・28 逆光15・11・初4 道光16.5・初1 道光17・1.19 遺光17・1・28 [重 宝
コ
[重 = コ 所有格外賞賛之鹿相廉開単 上奏文*
l貢単 抄録原奏貢単 上奏文*
l片奏 抄録原奏片奏 [重宝 コ =二奏文 可 抄録原奏 匝 重 :コ 圧 奏文 _1 抄録原抄 [重宝 コ Lf@ *J 抄録原奏 [重宝 コ 上奏文 日吉単 抄録原抄 匡 重 :] Fi奏 更 」 抄録原抄 [亘亘 :] 匪 ] 抄録原抄 [亘夏 :] 匪 ] 抄録原抄 [重宝 コ 上奏文
=育単 抄録原抄 上奏文*
F片泰 抄録原奏 [重宝 コ [互 = ] 所有格外賞賛∼相腰間単 -61-『選編』遺光147号 (官) 『選編』道光139号 (育) (晴単 な し) 『三編』道光55号 (清単 な し) 『選編』道光151号 (宮) 『台故』241頁 (翠) 『選編』道光150号 (冒) (活単 なし) F台故』233頁 (翠)(附清 早) 『軍楢』④819頁 ・821 戻 (清単) 『選編』道光153号 (冒) ・道光171号 (附清単)史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) 08 09 10 ll 13 15 16 06 07 09 10 ll 道光17・1・19 逆光17・1・22 道光17.1・28 道光17・1・28 道光17・2・初1 道光17・12・初1 逆光16・11・初9 道光19・3・23 逆光19・3・22 道光19・4・初6 道光19・3・20 道光19・3・23 上奏文 * l責単 上奏
文*
l儀注 抄録原奏並儀注 [重宝 :]【≡ 憂監
房 彊コ
抄録原抄-62-『
軍
梢
』
(
む811頁・813 頁 (活単) 『選編』道光152号 (官) (附清単) 『三編』道光76号『
軍
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』
⑤892頁 『選編』道光181号 (翠) F三編』遺光75号 『軍梢』6)896頁 『選編』道光182号 (翠) 『三編』道光78号史料 編 集室紀要 第26号 (2001) 17 19 20 21 22 23 2-172-02 道光19・ト24 逆光19・1。22 道光19・1・22 道光19・1・24 道光19・1・22 逆光19・2・初1 逆光20・4 [蚕室 コ [≡
塾頭
抄録原奏 [重 萱:][
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二
三 コ [二 二三
亘
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所有格外賞賛之庭相席開単 上奏文 *▲ i
本文 抄録原題 『三編』道光84号 『三編』逆光87号 『三編』道光88号史料編 集室紀要 第26号 (2001) 04 05 06 07 10 05 06 07 08 09 10 13 14 道光23・1・22 道光23・1・22 道光23・1・28 道光23・1・28 逆光23・2・初5 道光24・11 道光25・1 道光25・1・20 道光25・1・28 道光25・2・初1 道光25・2・初2 道光25・2.初2 道光25・10.28 道光26・閏5・初6 匝 コ L上奏文 *l 無 し [重 宝コ [萱亘 コ 無 し [亘 夏 コ L上奏真也 抄録原奏 上奏文
*
l貢単 抄録原奏貢単 圧 夏コ [璽:= ] 所有格外賞賛之庭∼開単 匹 亘 二:] =二奏文 *Al 抄録原題連単 上奏文*
l片奏 抄録原奏 日 蓮コ =二奏文 *J 抄録原奏 [亘夏 :] 「王蚕 豆可 抄録原奏 -6 4-『三編』道光99号 『三編』道光98号 『三編』道光114号 『三編』道光115号 『三編』道光118号 『三編』道光116号史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) 2-185-03 04 05 06 07 10 12 (第14冊) 2-19ト04 05 07 08 09 10 12 2-195-03 逆光26・12・19 道光27・1・19 道光27。1・19 道光27・1・20 道光27・1・25 道光27・1・30 道光27・5・初9 道光30・12・26 威豊1。1。25 威豊1・1・25 威 豊1・1・25 威豊1.1・28 威豊トト28 威豊1・2・初3 威 豊3・1。22 『三編』道光123号 『三編』威豊1号 [重 宝 コ L土 垂窒 且 抄録原奏 [重宝 :コ [亘 萱 コ 無 し [重宝 コ L± 由 抄録原奏 上奏文
*
J貢単 上奏文*
l片奏史料 編 集室紀 要 第26号 (2001) 04 05 06 07 10 03 04 05 06 08 威豊3・2・初3 成豊3・2・初5 威豊3・2・初3 威豊3・2・12 威豊3・2・14 威豊7・3・27 Ra7・4・18 威豊7・4・18 威豊7・4・18 成豊7.5・初2
『
三
編』成豊 16号 『三編』威豊18号 『三編』威豊19号 『三編』威豊21号-66-史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001)
文書の形状
表 よ りわか るように、付文 (附帯文書)がつ く最初の事例 は、第6冊の 2-68-02号文書 で、年代 的には乾隆47年 (1782)である。付文は本文の前 についた り、後 ろについた りし てお り、 ご く僅 かな例外 を除いて 『宝案』では第6冊 ∼第10冊 に見 える付文 は、ほとん ど 本文 の前 についた形状 を取 ってお り、第1
1冊 ∼第14冊 に見 える付文 は本文の後 ろについた 形状 を取 っている。年代 でい うと、道光7
年 を境 に してい る。 また付文 も1
件 だけではな く、上奏文 と寅単 (進貢 品 リス ト)、上奏文 と片奏等 と2-3
件の関連文書があることも ある。 中国第一歴史楢案館の宋淑媛女史 によると、 この ような附帯文書 は基本 的には本文 の後 ろにつ くはずであるが、実際は前 についた事例、後 ろについた事例 ともに見 られ、前 につ くか、後 ろにつ くかは、その時々の便宜 による ものだろ う。 また 『酒代 中琉関係楢案 三編』 (以下 『三編』 とす る。) には、 この ような附帯文書が多 くみ られ、附帯する文書 が数件 にお よぶ こともあ り、かつ紙片の大 きさも大小 さまざまである と話 して下 さった。 さて、本文 ・付文の関係 を持つ文書が、付文のない文書 とどの ように異 なるか とい うと、 頒賞 に関 して本文 ・付文関係 をもつ 2-108-05号文書 と本文 。付文関係 を もたない2-78-0 9号文書 を比べ てみたい。(
2-108-05号文書 )⊂つ
賞琉球国王及来便貞役物件活革 質 国王 勅書童遺錦捌疋織金紋捌疋織金紗捌疋織 金羅捌疋紗拾式疋般拾捌疋羅拾捌疋 賞正使 王臭一員 織金羅参疋椴拾参疋羅伍疋絹伍疋裏 鯛武疋布董疋 賞副使一員 織金羅参疋鍛捌疋羅伍疋絹伍疋裏調 (綱カ) 式疋布童疋 賞使 者一員都通事一名王男通事二名 般各伍疋羅各伍疋絹各参疋 賞従人二十四名 絹各参疋布各捌疋 賞伴送官一員土通事一名留速通事 一名留 速従人二十七名 勅椴袖各萱件 苔記白
檀都鳥知照事主客司案呈査本年琉球 国連便法司王男毛光園等恭斎謝-67-史料 編 集 室 紀 要 第
2
6
号(
2
0
0
1
)
万物衆 京所有例 賞該 国王及使 臣人等物件 相席 開畢知照琉 球 国王可也須至沓者 計 連単量紙 右 沓 琉 球 国 王 嘉慶 十四年二月 日(
2-
7
8
-
0
9
号文書 ) 稽部馬知照事主客 司案里所有 正 月二 十一 日 特 賞琉球 国王及使 臣物件 相藤 間軍知 照琉 球 国王可也頚至害 者 計開 賞 国王 大赦 二疋 福 字築 一百幅 大小 絹毒 四巻 離漆茶盤 四個 湖筆 四匝 硯 二万 微量 四匝 二十 日副史承 命 恭賦 七言律詩 二首於 二 十一 日進 Eコ ヨ三 貴大巻椴 -疋 絹婁二巻 筆二 匝 墨 二匝 賞正使 小 巻椴-疋 絹隻一巻 筆 -ILIi 墨-rLll-. 右 沓 琉 球 囲 王 乾 隆五十七年正 月 日2-1
0
8
-
0
5
号文書 に見 えるように、賞単部分が付文 として本文 の外 に出 された形であ り、 た とえば2-
7
8
-
0
9
号文書が本文 ・付文関係 の形 をとるならば、「計 開」 か ら 「墨-匝」 ま でが付文、その他の部分が本文 となるだろ う。本文 ・付文の形状 の文書があ らわれる以前 は、付文部分 は本文の中に引用 されている。特 に頒貴等 に関す る ものはそ うであ り、付文 は何 も特別 な場合 とは限 らなさそ うである。従 って付文部分 は、本文の中に挿入 されてい た ものが、本文の外 に出 され、関連文書 として添付 される形 を取 るようになった もの と考 えて よいだろ う。「
苔」の文字
前引 した2-
1
0
8
-
0
5
号文書は付文 と本文の間、つ ま り本文の前 に 「苔
」 の文字がみえる。 この よ うな文書 は22
例 あ る。22
例 はすべ て本 文 の前 に付 文 が つ き、本 文 と付文 の 間に-6
8I
史料編集 室紀 要 第26号 (2001) 「賓」字が ある とい う形状 の文書である。 この 「香」の文字 については、『三編』 にも附 帯文書のつ く番文が あ り、『宝案』文書の形状 について もヒン トを与 えて くれ る。 (図 1 参照) 『三編』 の番文 は、礼部等の機 関か ら内務府-の文書で、その形式は 「白紙 の摺畳形式 で封面の上方 に 「啓」字 を書 き、ひ と折 りには4- 5行 、各行 は20字前後。番文 はまず 「某某機 関為香会事」 あるいは 「某某機 関為片行事」で始 ま り、つ ぎに賓文 の概容 をのべ、 最後は 「右番某某機 関」で終わる。文の後 には上奏年月 日が明記 され、文書 を発送 した機 (12) 関印が押印 され る。」 とあ り、『宝案』 にみ える 「番」字 も封面のそれ にあた ると思われ る。『宝案』では抄 写編集 した際の元の文書 (す なわち原文書)の形状がわか らなので、 何 ともいえないが、おそ らく元 になった文書 も摺畳形式の文書ではなかったか と思 う。 本文
沓
付文 図1『三編』にみえる附帯文書をもつ番文の形状 ただ 『宝案』第1集 の礼部賓文 (巻4 ・5・6)、福建省布政使 司等沓文 (巻7.8・
9 ・10.ll)にも, しば しば 「番」字のある文書があるが、 この 「番」字の位置は文書 の 最後についてい る。散和 田久徳先生が第1集 の校訂 をな さってい るときに、 この 「番」の 文字 について、 「宝案 の元 となった文書 は実際 にはおそ らく折 り畳形式 の文書 で 「沓」字 は最後の-折 りに大 き く書かれ、文書の最初 にくるよ うに うま くお られていたのではない か」 とお しやってお られた。確かに、 これ ら 『宝案』の 「苓」字は ときには他字 よ りも心 な しか大き く太字で書かれている場合があ り、封面の 「香」字 を想像 させて くれ るが、 し か しなが ら残念 な ことに 「番」字の入 っている番文 はごくわずかである。-69-史料 編 集 室紀 要 第26号 (2001)
本文 と付文の関係
(-) 付文の存在 を示す箇所 『宝案』 の本文 ・付文で構成 される文書の本文 には付文の存在 を示す箇所A ・Bがある。 た とえば 02-162-08号 文書⊂二
∋ 穫都鳥知照 事主客 司案里本部具奏 琉 球 囲恭進例 貢万物請 旨収受 -摺道光 十四年十二 月二十八 日奏 本 日奉 旨依議 欽此相歴 抄録原奏 貢畢知照琉 球国 王世子可也須 至苔者 A 右苔計粘畢一紙
琉 球 国 王 世 子 B 道光拾伍 年 正 月式拾捌 口 <付文 省略> である。 Aの 「抄 録原奏 貢単」 (原 奏、貢単 を抄録 して)の部分 は前掲表 の形状 の箇所 に 「開 単」
・
r抄録原奏」等 で示 した. これ については次の項 目で述べ る。B
の 「計 粘単一紙」 (計 るに粘単 一紙あ り)の部分 は各文書 によって、有 った り無か っ た りで、10.11・13冊 には無 い ものが大部分 を占め、14冊 にいたってはまった く無い。 ま た件数 と しては少 ないがA ・Bともに無 い場合 もあ る。表記 は 「計粘単一紙」、「計原奏 一紙」、T計抄原奏 一紙」、 「計連単 一紙」等がみ られ、 中で も付 文部分が単 (リス ト)で あるな しにかかわ りな く、上奏文 の場合で も計粘単一紙 とした例が多い。 これは単 を一種 の書 き付 けの類 と して とらえているため と思 われ る。
『三編』 にみえる付文 のついた文書 で もB部分 は、付 文が上奏文である場合で も 「計粘単一紙」 と書かれてい る場合が多いo(
二)
付文 となる文書 前掲表 の形状箇所 に 「開単十
「抄録原奏」等 で示 したA
部分 であ るが、 このA
部分 は 付文 としてついた文書 の種類 や流 れ をよ く表 している と思 われ、『宝案』 ではお よそ4事 例 に分類 で きる。 ① (a)賞単がついたもの -70-史料 編 集室 紀 要 第26号 (2001) (例)2-150
-
1
2号文書〔
匡ヨ
匡司 (開単)〕 ⊂ ∋ 薩都鳥知照事主客司塞呈
本月二十八 日 午門 頒賞所有琉球国王恭進例 貢方物例 賞該国王及使 臣等般疋等項相
摩盟里知照 琉球囲王可也須至杏者 A 右 書 流 球 団 王 道光玖年正月或拾玖 日 ∈ ⊃ 賞国王 錦八疋 塀紗四疋 紗 十二疋 賞正副使二員 賞都通事一員 賞従人十七名 塀般四疋 塀欄椴 四疋 塀欄紗四疋 羅鍛八疋 江網十八疋 紡練 十八疋 <省略 > <省略 > <省略 > 賞留遵通事一名留追従人十五名
<省略 > <読み くだ し> 礼 部、知照の事の為 にす。主客司の案里に、本月二十八 日午 門に於いて頒貧し、所有、琉 球国王、例買方物 を恭 しく進む 。例 として、該国王及び使 臣等 に鍛疋等の項を例賞するに相 応 に開単 して琉球国王 に知照すべきこと可な り。須か らく苔 に至るべき者なり。右、琉球国 王世子 に啓す 。 道光十五年正月二十九 日 <付文部分省略 > (b)単がついた もの (例)2-162-07号 文書〔匿璽
⊂
萱
:
] (所有格外 賞賛之鹿相藤 間畢 〕 ⊂ 二∋ 穫 部馬 知照事 主客 司重量 本 年琉球 囲 進 貢使 臣除照例賞賜外所有
格外 賞賛之虞相席 国軍 知照琉 球囲王世子 可也 須至沓者 A 右沓計粘畢一紙
琉 球 国 王 世 子 B 道光 十五年 正 月二 十六 日=
二 道光 十四年 十 二月十九 日琉球恭進例 貢使 臣到京 二 十三 日 皇上駕荏 減量該使 臣在-71-史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) 西華 門外 轄仰 天顔二十四 日 量華宮 加賞正使一員披璃器二件 <以下省略 > <読み くだし> 礼部、知照の事の為にす。主客司の案里に、本年琉球国進貢使臣、例 に照 らし、賞賜する を除 くの外、所有、格外に之に賞賛する処、相応に開単 して琉球国王に知照すべ きこと可な り。頚か らく杏に至るべ き者なり。右、琉球国王世子に沓す。(計るに粘単一紙あ り) 逆光十五年正月二十六 日 <付文部分省略> (a)(b)と もに、礼 部 内で琉 球 の進貢 に関す る 日常 的事 務事項 を決裁 して、琉球 国 に通 知 、発 送す る とい うものであ ろ う。主客 司 とは主客清吏司 で 「外 国の朝 貢 、封賛 、互市等 (13) (ll) (15) に関 す る事 務 を掌 る。」礼部 の下 部機 関 で あ る。案 里 は 『吏 文輯 覧 』 に よる と、 「六部活 (lG) (17) 吏 司 お よび各処 の経歴司が本衛 門の堂上 (長官) に呈す る文」 とあ り、 また池谷氏論 考 と もあ わせ て考 えてみ る と、 ここで は琉 球 に文書 を発 送す るにあた って、主 客清吏 司が礼 部 の長 官 あて に、事務処理 の可否 の決裁 を仰 ぐため提 出 した文書が、礼 部 内部 で審議 、決裁 され た もので あ る。 (a)文書 の
A
部分 は ほ とん ど 「開単 」 となってお り、付 文 は中国皇 帝 か ら琉 球 国王 お よび使 臣等 へ の頒 賞 品 リス ト (例 賞) で あ る。 (b)文 書 のA部分 は同 じ開単 で も 「除 照例 賞賜外所有 格外 賓 資 之鹿相 廉 開軍知 照 」 と明記 され 、付 文 は定例の 頒 賞 以外 、北京 での公式行事 日程 の中で琉 球 の進貢使 臣 に加 えて下賜 され る賞品の リス ト で あ る。 (む題本がつ くもの (例)2-146T25号文書 〔 匡∃ 匡憂 頭 (抄録原題)〕(
こ
こ
う 檀那馬知照事主客司案呈薩科抄出福 建巡撫韓 題琉球進 貢夷船並難夷宮平秋士傑糸数等各夷船 回国 日期-疏道光七年六月初十 日題 十月十七 日奉 旨該部知道欽此欽遵抄出到部相席放逸堅 塁知照琉球国王可也須至否者 右A 沓 琉 球 園 王 道光七年十月二十七 日 <付文 省略> <読み くだし> 礼部、知照の事の為にす。主客司の案里に、礼科抄出に、福建巡撫韓題する琉球進貢夷船 ならびに難夷宮平秋士傑糸数等各夷船の回国の日期の-疏は、道光七年六月初十 日題 し、十 月十七 日旨を奉 じたるに、該部知道せ りと。此 を欽 しみ、欽適す。抄出部 に到 り、相応に原 題 を抄録 して、琉球国王に知照すべ きこと可な り。須からく杏に至るべ き者な り。右、琉球-7
2-史料 編 集室紀 要 第26号 (2001) 国王 に苔す 。 道光七年十 月二十七 日 例 に挙 げた本文
A
部分 は 「抄録原題」 となってお り、付文 は福建巡撫の題本である。付 文が題本 となってい るのは、他 に2-172-02・2-174-12。2-180-01・2-185-12号文書の (18) 4件があ り、 この 4件の付文 はすべ て礼部の題本である。前掲表ではA印で示 してある. (1()) 題本 は臣僚が皇帝 に上奏す る際に用 いる文書の一つであ り、主 に公事 に用い られ、直接皇 帝 に達す ることはない。遭本 には部本 と通本の別があ り、中央官庁か ら直接 内閣に送付 さ れる題本 を部本、総督 。巡撫 などの地方官庁か ら通政健司 を経 て内閣に交付 されるもの を (20) 通本 とい う。その後 、題本 は内閣で非常 に煩 な手続 きをへ て後、皇帝の親閲 を仰 ぎ、皇 帝の指示 (宋批) を得 て、内閣-渡 される。そ うして題本の内容 によ り六科 に渡 され、礼 部 に関す る ものな ら礼科で写 しが作成 され、礼部 (活吏司-長官)へ発送、実施 される。 (21) 皇帝 の宋批 を経た題本 (紅本)は六科の抄本、送付 した文書 を以て施行 され る。その流れ を簡単 に記せ ば、中央各部院衛門 。(地方官庁)の上奉 (-通政使 司)- 内閣-皇帝の宋 舵- 内閣 (収発批本処)一六科-各部 となる。 この礼科が書写 した もの を礼科抄出 といい、 題本 は六科で書 き写 され る、本文 にみえる 「礼科抄出」がそれである。従 ってA部分 「抄 録原題」 の 「題」が題本 を指 している以外 に、「礼科抄 出」 か らも付文が題本 であること がわかる。 さて 「抄録原題」 であるが、抄録 は書写す るとい うこと、原題 は題本 の原本 とい うこと だろ う。す なわち上奏 された題本 は、上述の経過 を経て、礼科が題本 (紅本) を書写す る ・/_-I ことによる。 ③奏摺がつくもの (例)2-148-02号文書 〔匡ヨ
匡壷重工亘
当 (抄録原抄)〕
工
.:
:' 磯 部馬知照事 主客 司案皇 道光八 年六 月十一 日内閣抄 出福 州将 軍普 奏琉 球国技 頁夷船到闘随滞貨物循例免税一摺初六 日奉 殊批知道了欽此又賂免税数日間草堂 覚 同 日奉 殊批覚欽此鉄道抄出到部相席抄録原抄知 照琉球 国王可也須 至苔者 A 右 沓 琉 球 囲 王 道光捌 年 陸月給韓 日 <付文 省略> <読みくだし> -73-史料 編 集 室紀 要 第26号 (2001) 礼部、知照の事の為にす。主客司の案豊に、道光八年六月十一 日内閣抄出せる福川将軍普 の奏 した琉球国接貢船、閑に到 り、随帯する貨物は例に循い、免税する-摺は、初六 日、株 牝を奉 じたるに、知道せ りとあ り。此を欽 しむ。又、免税 したる数日を将て開単 し、覧に呈 す。同日、株批 を奉 じたるに、覧た りと。此を欽 しみ、欽適す。抄出、部に到る。相応に原 抄を抄録 して、琉球国-王に知照すべ きこと可なり。須からく苔に至るべ き者なり。右、琉 球国王に否す。 道光八年六月十四日 例文 の本文A部分 は、「抄録原抄」 となってお り、付 文 は福 建 将軍普恭 す なわち地方官 の奏摺 であ る。 『宝 案』で は、 2-74-09 ・2-76-10 ・2-93-04号文書 の三件 を除 き、A 部分 が 「抄録原抄」 となっている文書 につ く付文 は、すべ て奏摺 であ る。奏摺 は題本 とと もに、臣僚 が上奏 す る際 に用 いる文書 の一つであ り、緊急機密事項 に用 い、康興 の頃 よ り 始 ま り、乾 隆以降 は大 臣等が政務 を報告す る主要文書 となった。奏摺 は造本 とは異 な り、 密封 されて皇帝 の御 前 に直接 に達 し、皇帝 は 自ら開封 、閲覧す る ことがで き、内容 は上奏 者 と皇帝が知 るだけで、事務処理 も秘密かつ迅速 に行 うこ とがで きた。 さて、奏摺 は一般 に皇帝の親 閲お よび朱批 を経 て、軍機処 にて副本 (録副)が作成 され る と、奏摺 の原本 は /2iノ 上奏者 に戻 され、実施 に移 された。実施 にあた っては、「臣僚 が朱批 を経 た奏摺 を受 け取 り、 もしそれに沿 って実施 しようとすれば、 この案件 について改 めて題本 で上奏す るか、 (21) あ るいは皇帝が内 閣 ・各部 院 に正式 に 旨を下 して後 に、 は じめて効力 が発 生 した
。
」 とあ る。 また 「内閣抄 出」 は 『歴史文書用語辞典 (明 .清 ・民 国部分 )』 に 「清薙正帝以后, 大 臣上給皇帝奏摺 ,経過皇帝宋牝 ,由軍機処抄録副本 ,交付 内閣,通知有 関衛 門前去抄録, 受 文者去 内閣抄 出及転発給有 関街 門時,為説明文件栗源 ,用此語 開頭」 (活 の薙正帝以後、 大 臣が皇帝 に上里 した奏摺 は、皇帝 の宋批 を経 て、軍機処 で副本 が抄録 され、内閣 に交付 され る。そ うして内 閣か ら関係街 門 に内閣へ 出向 き抄録す るよう通知 され る。内閣か ら通 知 を受 け取 った関係 街 門が内閣へ赴 き抄写 (書 き写す) した り、 また関係 街 門に (抄写 し た もの を)発 送 す る と きに、文書 の来 源 を明 らか にす るため に、 この語 を用 い て始 め (ど-),1 る)。」 とあ り、奏摺 の案件 は、皇帝 の 旨が内閣に下 され、 さらに各 関係 部 門 に通知 され、 実施 され る とい う過程 をた ど り、奏摺 は内閣で抄 出 され る。従 って本文 にみ える 「内閣抄 出」 とA部分 「抄 録原抄」 は内閣で抄録 され た奏摺 とい うことになろ う。 内閣か ら通知 を 受 け取 った六科 (礼 科)が礼部 (主客活吏司-長官)へ文書 を発 送す るの は題本 の過程 と 同 じである。従 ってA部分 「抄録原抄」 の 「原抄」 は奏摺 を指 すが、 また 「内閣抄 出」か らも付 文が奏摺 で あ ることが わか る(j さて 「抄 録原抄」 の 「原抄」 は奏摺 の副本 であって、奏摺 の原本で は ない。つ ま り上述 した軍機処 か ら内 閣 に交付 され る奏摺 は、軍機処で作成 された副本 (軍機処録副)であ り、 (2()) 内閣で書 き写す奏摺 とは録副 (原抄 ) なのである。 ー74一史料 編 集室紀 要 第26号 (2001) ④礼部の上奏文 (奏摺)がつ くもの (例)2-146-18号文書
〔匡表
臣
W *
l (抄録原奏)〕
C
_I
) 砥部馬知照事主客司案呈本部具奏琉 球恭進例 貢使臣到京 日期-摺於道光六年十二月 二十四日奏本 日奉 旨知道了欽此相歴抄録原奏知照琉球国王 可也須至苔者 A 右 沓 琉 球 囲 王 道光六年十二月 日 <付文 省略> <読み くだ し> 礼部、知照の事の為にす。主客司の案里に、本部が具奏せる琉球の恭進せる例貢、使臣の 京に到る日期の-摺は、道光六年十二月二十四日に奏す。本 日旨を奉 じたるに、知遺せ りと あ り。此を欽 しむ。相応に原奏を抄録 して、琉球国王に知照すべきこと可なり。頚からく杏 に至るべ き者な り。右、琉球国王に沓す。 道光六年十二月 日A
部分 が 「抄録原 奏」 である場合、付文 はほ とん どが礼部の上奏文 であ る。前掲表 では ・∴\ *で表示 した。
r本部 具奏」 の 「具奏」 は奏摺 で あろ う。 この本部 (礼部 )の上奏 は 「奉 旨知道了」 と皇帝 の未批 を得 てい るので、本 来 な らば、事例② の地方官 (庁)の奏摺 で見 た ような文書 の来源 を示す 「内閣抄 出」があ って もよさそ うな ものだが、その ような語句 は 見 あた らない。おそ ら く礼部 自身の上奏であ り、定例 の事務処理 にかかわる語句 は当然 の (28) ことと して省 略 され ている と思われ る。かつ礼部等 の中央官庁の奏摺 の場合、最終 的 に奏 (29) 摺 の原本 は各 お の上 奏 した衛 門 にわた され るの で、 「内閣抄 出」 (内閣で書 き写 す) の作 業過程 はない と考 えて よいのだろ う。 さて 「抄録原奏」 であるが、上述 した ことか らも抄 録す る 「原 奏」 とは奏摺 の原本 の ことだろ う。 (30) ところで、付文 と して片奏 (正奏 に同封 して呈 す る附帯文書)がついてい る場 合 もあ る。 片奏 のみがつ いてい る2-158-ll・2-158-13号文書 を除 き、付文 はすべ て上奏文 ・片奏 と い う形 を取 ってお り、 この場合、片奏が題本 ・奏摺 、あるいは礼 部の上奏文 (奏摺) にか かわ らず、上奏文 (正奏)が礼部の上奏 (奏摺)である場合 は本文A
部分 が 「抄録原奏」、 また上奏文 (正奏)が地方官 による奏摺 であ る場合 は本文A
部分が 「抄録原抄」 となって (:il) (32) い る。 また一般 に片 奏 は上 奏 者 の姓 名 や上 奏 年 月 日は な く、 「再」 字 で始 まるが 、 『宝 案』 で は正奏 の後 に 「再」字 で始 まる片奏 と 「再」字 のあ とに 「内閣抄 出」、上 奏者 の姓 名が明記 され る片奏 が ある。前者 は もともとその正奏 に附帯す る片奏であ る と考 えて よい - 7 5-史料 編 集 室 紀 要 第26号 (2001) と思 われ るが 、後 者 はそ の正奏 とは異 な る奏摺 等 に附帯 してい た片奏 であ ろ う。
終 わ りに
『宝 案 』 の本 文 ・付 文 関係 を もつ文 書 は、第2集 以 降の礼 部 か ら琉 球 国へ の沓 文 にあ ら わ れ る形 状 で あ る。 本 文 に は 「抄 録 原 題」
「抄 録 原 奏」
「抄 録 原 抄 」 お よ び 「計 粘 単 一 紙 」 等 の付 文 の存 在 を示 す語句 が あ り、 また抄 録 した上奏 文 も原題 ・原奏 の よ うに原 本 を 書 写 す る場 合 と、原 抄 の よ うに副本 (抄 本 ) を書 写 す る場 合 が あ る。 さ らに 「礼 科 抄 出」 「内 閣抄 出」 等 の文 書 の来源 や題 本 ・奏 摺 な どの 皇帝 へ の上 奏文 の種類 を示 す語句 が存 在 す る。 以 上 、 本 文 ・付 文 の 関係 にお い て 、 「本 文 」 中の語句 か ら、 「付 文 」 が どの よ うな 種 類 の文 書 で あ るか 、 またそ の文書 の経 路 な どの検 討 を試 み た。 「付 文」 の 内容 につ い て は、 ほ とん どふ れ る こ とが で きなか ったの で、不 十分 な面 も多 い。今 後 、検 討 したい。 (33) 最 後 に中国 第 一 歴 史 桔 案館 か ら 『晴代 中流 関係 桔 案選 編 』等 の館 所 蔵琉 球 関係 梢 案 史料 が影 印本 で編 集 整 理 刊 行 され た こ とに よ り、 『宝 案』 に引用 され る題 本 ・奏 摺 等 文 書 の 内 容 や構 造 の確 認 に非 常 に参考 にな った、 こ こに改 め て感 謝 したい。 註 (1)『歴代宝案』の全体像 については、小葉田津 「歴代宝案 について」
(『史林』46巻4号 1963 年、『歴代宝案研究』創刊号 1990年 前記 『史林』 よ り転載)、田名真之 「(解題 )歴代宝 案 について」 (『那覇市史』資料篇第一巻四 歴代宝案第-集抄 1986年)、和 田久徳 「『歴代 宝案』第一集解説」(
『歴代宝案』校訂本第二冊 1992年)、神田信夫 「校訂本 第三冊 ・第 四冊解説」 (『歴代宝案』校訂本第四冊 1993年)、『歴代宝案の莱』 (沖縄県教育委員会発行 1998年)等 を参照。 (2)漆下武志 「校訂本 第七冊 。第八冊解説」 (沖縄県教育委員会発行 『歴代宝案』校訂本第八 冊 1999年)646頁 (3)本来な ら付 文がでて くるのは 『歴代宝案』第2集第6冊巻68からであるが、順序 よく刊行 さ れている訳 ではないため、本文 ・付文の関係がわかったのは、先 に刊行 された校訂本第7冊 の編集作業時であった。 (4)『宝案』第 2集の 目録 には、上下本 目録 と乾坤本 目録の二種がある。 こと本文 ・付文の関係 については、文書の内容 を比較的記述 している乾坤本 により確認で きたところがかな りある。 第2集 目録 については、神 田信夫 「校訂本 第三冊 。第四冊解説」 (沖縄県教育委員会発行 『歴代宝案』校訂本第四冊 1993年)お よび田名前掲解題等 を参照。 (5)苔は 『吏文輯覧』巻2では 「二品以上官、行同品衡門之文
」 とあ り、琉球国は礼部や福建布 政便司 などと同格 と位置づけられ、相互の文書のや り取 りには沓文が用い られた。 (6)西里喜行「
<
解説 >歴代宝案文書の様式 と構成」
(『那覇市史』資料篇第-巻四 歴代宝案第 一集抄 1986年)12頁 (7)池谷望子 「『歴代宝案』文書中の案里 について-書式 よ りみた明清の公文書 の処理-
」
(『歴 代宝案研究』第5号 1994年) (8)ちなみ に、第三集 にみえる付文のついた文書 は第 1巻 に 5件、第 7巻 に2件 、第 9巻に 2件、 第11巻 に8件の計17件である。-76-史料 編 集室紀 要 第26号 (2001) (9)『晴 国行 政法』 第 1巻上 223頁 (10)『歴代宝案』 の成立 と編集 につ い ては、 田名前掲解題 が比較 的詳 しい0 (ll)『選 編』-中国第-歴史槽 案館 編 F酒代 中流 関係楢 案選編』 (中華書 局 1993年 ) (宮 中楢 ・ 軍機処 録副 ) 『三編』- 中国第-歴 史梢 案館 編 『晴代 中流 関係楢案 三編』 (中華書 局 1996年 ) (内務府来 文) 『台故
』
一 散宮博物 院 (台湾) 図書館蔵楢案史料 (奏摺) 『宮 乾』- 『宮 中楢乾 隆朝 奏摺』(1984年 ) 奏摺 につい ては宮 中樽 (宮 )・軍機処録副 (翠)、 また清単 の有無 を示 した。 (12) 『三編』前 言 1頁 (13)『靖 国行 政法 』 第1巻 上 222頁 。 四清 吏 司 とは、儀制活吏 司、把 祭清吏 司、主客 晴吏司、精 膳清吏 司 で あ る。(
1
4
)
案 里 につ い て は、池谷 前掲 論 文 に詳 しい。 また案里 の用語解 説 が西里 前 掲解 説 お よび「
r
歴 代 宝案』 を読 むための用語解 説」 (『歴代 宝案』訳注本 第2冊 沖縄 県教 育委員 会発行 19 97年 ) にあ る。 (15)前 間恭作 遺稿 末松保和 編纂相
順売吏文 附 吏文輯 覧』 (国書刊行 会 1975年 ) (16) 『吏文輯覧』 巻 2 (17)池谷 前 掲論 文 16頁 (18)この4件 以 外 に2-72-18・2-72-06号 文書 の付 文 も礼 部 の題本 で あ るが 、本 文 部 分が欠落(?
) とな ってい る。 (19)清代 の公 文 書 につ い て は、荘 書 発 著 『故 官 叢刊 甲種 之十五 酒代奏 摺 制 度 』 (国立故宮博 物 院 印行 1980年 )、張我 徳 ・楊 若荷 ・襲 燕 生 編著 『晴代 文書 』 (中国人 民 大学 出版社 1996 年)、秦 国経 著 『中華 明清珍樽 指南 』 (人民 出版社 1999年) に詳 しい。 (20)『活 国行 政法 』 第1巻上 195頁 (21)秦 国経 「酒 代 の 中流 関係 文書 の研 究 (『第 2回 琉 球 ・中国交 渉史 に関す る シ ンポ ジウム論 文集』沖縄 県教育委員会発行 1995年) 110頁 ・299頁 (22) 「批 紅后 的本 章送収発 紅本 処 。六 科 毎 日派値 日給事 中到収発紅本 処領 出題本 ,按 正抄 、外 抄 分別 収発 各衛 門耕 理。原本存 千 六科 ,年終桑集仝 年領 出的題本撒 還 内 閣,由紅本 処会同典籍 庁貯入紅本庫。
」
『晴代 文書』28頁 (23)秦 国経前掲論 文 113頁・302頁 (24)荘吉発前掲 書 F晴代 奏摺 制度』52頁 (25)劉 文傑著 『歴 史文書用語 辞典 (明 ・清 ・民 国部分)逮 (四川人民 出版社 1988年)10頁 (26)「将録 副奏摺 送交 内閣,伝知有 閑街 門司員到 内閣抄 出連行。
」
『晴代 文書』86頁 (27)「具 奏」 は 『中国外 交文書 辞 典 (活 末 篇 )』 (植 田捷雄他 篇 国書刊行 会 1985年 ) に 「奏 摺 に よって上 奏す る」 とあ る。2-136-02、2-170-10、2-170-11号 文 書 の3件 の付 文す なわ ち礼 部 の上 奏 文 につい て は、 『酒代 中琉 関係枯 案選編 』 で礼 部 の奏摺 で あ る こ とが確認 で き た。 (28)池谷 前掲 論 文 (10頁) で 「案 呈」 文書 の書 式 を説 明す る中で 、「定例 の事務処 理 の手続 きに かか わ る語 句 は、 当時の官吏 に とって は 自明の こ とであ ったため、短縮 された り省略 され た りす る傾 向が強い。 これが 『歴代宝案』 の文書 を読 み に くくしている一 因であ る。
」 とあ る。 池谷 氏 の は対 象 の大部分 が明代 の文書 で あ るが 、公文書管理制度 が整 う酒代 にあ っては、定 例 の 日常 事務 処理 の手続 きにかか わ る語句 は、 当然 の こ と して省 略 され るこ とが多 か ったの で はない だ ろ うか。 (29)「各部 院奏摺 奉 旨之后 ,即 将 原 摺和 所奉 諭 旨-並 抄 録成副本 ,移交 内 閣 ,与紅 本 一体収蔵 , 以備査核 ,原 部摺発交具奏街 門。
」
『晴代 文書』87頁-77-史料 編 集室紀 要 第26号 (2001) (30)正奏 に同封 して里す る附帯的奏文。正奏 とは別の問題 について述べ ることもあ り、同 じ問題 を別 の観点か ら扱 うこともある。単 に正奏起草後 の新 しい情報 を伝 える 「追 てが き」 の場合 もある。 (前掲蓄 『中国外交文書辞典 (清末篇)』108頁) (31)2-158-ll・2-158-13号文書 の2件 は付文 として片奏のみがつ く形 を取 っている。 この片奏 は ともに 「内閣抄 出」 と明記 され、奏摺 であることがわかるが、本文A部分 は 「抄録片奏」 「抄 録原奏」 となっていて、本稿 で述べ た例 (付文が地方官の奏摺 の時 は 「抄録原抄