1 はじめに 福井県のある事業場において芳香族アミンを原料とし た染料の中間体の製造に従事した作業者に膀胱がんの発 症が報告された1).この事例では,気中濃度は低く,作 業従事者は性能が十分な呼吸用保護具を着用していたた め,経気道ばく露に起因する可能性は低いと考えられた. その一方で,保護手袋の着用が適正でなかったことから, 経皮を主の経路とするオルト-トルイジンが生体へ取り 込まれたことが示唆されている.この労災事例から,化 学物質の経皮ばく露経路による吸収・分布・代謝・排泄, さらには毒性の機序を正確に理解し,健康障害の再発防 止に努めることは,極めて重要であるといえる. 経皮ばく露経路による毒性機序解明およびリスク評価 にあたって,動物を用いた精密な実験方法の確立と詳細 な毒性影響データの収集が必要であると考えられる. OECDテストガイドラインには,経皮吸収の方法として, In vitro 2)およびIn vivo 3)ともに皮膚吸収実験の方法が 掲載されているが,実用性向上の観点から,精度が高く 簡便かつ汎用性のある具体的な方法が必要である. 皮膚吸収実験には,外見的に無毛であるヘアレス動物 が使用されることがある.ヘアレス動物の中には解剖学 的に胸腺がなくT細胞機能の欠損等,免疫不全を呈する ヌードマウス4),ヌードラット5)等も存在するが,薬物 動態学,代謝生化学,実験毒性学等を目的とした使用に 適切であるかは疑問である.一方で,胸腺を有するヘア レスマウス6),ヘアレスウサギ7)も確立されており,化 粧品,経皮吸収による医薬品の研究・開発,皮膚吸収実 験等に用いられている8).本研究では,安価に入手可能 であり,遺伝的背景が明確で汎用性のある一般系統マウ スにおける経皮ばく露への適用を考慮し,有毛マウスに 剪毛および剃毛処置を施し,経皮吸収によるin vivo実 験のための条件および方法の検討を行なった. 2 材料と方法 1)実験動物および採材方法 動物は独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生 総合研究所において,自家繁殖により得られた129Sv系 統の8-10週齢野生型雄マウスを使用した.動物はセ ミバリアー条件(室温23 ± 1℃,相対湿度55 ± 5%) の人工照明下12時間明(08:00-20:00)12時間暗にお いて,げっ歯類用固形飼料(CE-2,日本クレア)およ び水道水(1μmのフィルターでろ過)を自由摂取させ て飼育した.本実験は,独立行政法人労働者健康安全機 構労働安全衛生総合研究所動物実験規程に準拠して行っ た. 本実験スケジュールの概要を図1に示す.処置群はリ ント布を適用し(投与1日),剖検日(投与5日)まで 貼り付けたままにした.マウスはばく露開始前日(投与 0日),対照群(剪毛・剃毛まで,n=6)および処置群(剪 毛~包帯の貼り付けまで,n=8)に分け,10:00に体重 および固形飼料の重量を測定した後,マウス用代謝ケー ジ(テクニプラスト)にて個別飼育をした(投与法の詳 細は2)の項に記載).投与1,2,3,4,5日のそれぞれ 10:00においても体重および固形飼料の重量を測定した. 処置群においては投与5日の体重測定後,包帯一式を外 し秤量した.採血はイソフルラン麻酔下において,腹大 静脈より行った.血液は室温で2時間静置したのち,遠 心分離(4℃,2,700g,10分)により得られた血清を分 投与(日) 0 1 2 3 4 5 :摂餌量算出 :体重測定,飼料重量測定(10:00) :包帯一式の重量測定,剖検,採血(10:00-11:00) ば く 露 (処理群) AC AC:アセトン脱脂 図1 実験スケジュール概要 ばく露期間中,マウスの体重および飼料の重量測定(1日毎) を行った.ばく露終了時(投与5日)に採血し,ホルモン濃度 測定のための血清を分離した. Title:09_12_JOSH-2019-0013-GI.indd p195 2019/09/20/ 金 18:44:37 「労働安全衛生研究」,Vol. 12, No. 3, pp. 195‒198, (2019)
産業化学物質のマウス経皮ばく露方法の検討
小 林 健 一
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1,柳 場 由 絵
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1 職業性ばく露として,経気道,経皮,経口等が主要な経路として考えられるが,単一のばく露経路によっ て行われた動物実験での知見が,現場の労働者のばく露状況を反映した毒性影響を判断する際に重要な情報に なると考えられる.近年,産業化学物質の経皮吸収による膀胱がんの発生等,深刻な労災事例が報告されてき ており,産業現場において作業工程中に起きてしまった疾病に対して,毒性機序の解明やその予防に向けた対 策が喫緊の重要課題となっている.皮膚吸収実験はOECDテストガイドラインに記載されているが,実用性を ふまえ,精度が高く簡便かつ汎用性のあるプロトコールが必要であると考えられる.本研究では,毒性実験に 向けたマウス経皮ばく露の条件および方法の検討を行なったので報告する. キーワード:経皮ばく露,in vivo皮膚吸収,マウス,実験モデル原稿受付 2019年4月15日(Received date: April 15, 2019) 原稿受理 2019年8月23日(Accepted date: August 23, 2019)
J-STAGE Advance published date: September 13, 2019 *1労働安全衛生総合研究所産業毒性・生体影響研究グループ 連絡先:〒214-8585 神奈川県川崎市多摩区長尾6-21-1 労働安全衛生総合研究所産業毒性・生体影響研究グループ 小林健一 E-mail: [email protected] doi: 10.2486/josh.JOSH-2019-0013-GI 技術解説
取し,ホルモン濃度測定に使用するまで-30℃で凍結 保存した.投与1~5日において, 各日の体重の測定値と 外した包帯一式の重量から推定体重を算出した.各日の 固形飼料重量とその24時間前の重量からは一日の摂餌 量を算出した. 2)被験物質の投与方法 Kuwagataetal., (2017)9)で報告されているラットの 経皮ばく露方法を参照し,スモールスケール化すること によりマウスへの適用を試みた.全処置過程を順に示す (図2).まずマウスの背部から側腹部にかけて,マウス 用バリカン(2100型,夏目製作所)にて剪毛した後, 電気シェーバー(ツインエクス,パナソニック)にて剃 毛を行い,アセトンで脱脂した(図2A参照).ここま での処理を施したマウスを対照群とした.引き続き,リ ント布(オオサキメディカル),アクリル系粘着剤を成 分とする非吸収性ポリウレタンフィルム(テガダームTM スムース フィルムロール,3M),プラスチックラッ プ(サランラップ,旭化成),自己粘着パッド(レスト ンTM粘着フォームパッド,3M)および粘着性伸縮包帯(シ ルキーテックス・E 5号,アルケア)を貼り付けたマ ウスを処置群とした.処置群は剃毛後,リント布を貼り 付ける皮膚表面の適用部位を正方形とし,その四隅(1.5 ×1.5cm)をフェルトペンでマーキングした(図2B). 長方形(3×5cm)に切断したポリウレタンフィルムの 粘着面中央部分に正方形(1.5×1.5cm)に切断したリ ント布を貼り付け,リン酸緩衝生理食塩水(D-PBS(‒), 富士フィルム和光純薬)を滴下し,均一になじませた後 (図2C),マーキング部にリント布の四隅をあわせるよ うにして皮膚に貼り付けた(図2D,E).投与容量は 4mL/kg体重とした9).なお,A~Eの過程において, マウスの動きが激しい場合は勝手に動かないように,最 小限のイソフルラン吸入麻酔をしながら処置を行った. ポリウレタンフィルムの上から1.5×10cmに切断した プラスチックラップを胴体に巻き(図2F),リント布の 上部に相当する位置に2×2.5cmに切断したパッドを貼 り付け(図2G),さらにその上から2.5×10cmに切断 した粘着性伸縮包帯を胴体に2枚巻きつけた(図2H,I). 下肢が拘束され,スムーズに可動できない場合は,包帯 にスリットを入れ,可動域が広がるようにした(図2J). 処置後のマウスは,個別に代謝ケージに収容し,固形飼 料および水道水を自由摂取させて飼育した(図2K).ば く露終了後,麻酔下のマウスの仰臥位を示す(図2L). 包帯一式を除去しながらマウスを伏臥位にし,リント布 がマーキング部位に正確に固定されていたかどうかを確 認した(図2M). 3)ホルモン濃度測定 ストレスが持続的にかかると血液中グルココルチコイ ド濃度が基礎値より高くなることが知られている10).コ ルチコステロンはストレスとの関連性が高いバイオマー カーであり11),ラット・マウス等のげっ歯類には副腎皮 質に17α-ヒドロキシラーゼ活性がほとんどなく,コル チコステロンが主要なバイオマーカーであるとされてい る12).本実験では包帯一式を巻くことによるストレスの 影響を検討するため,1)で採取した血清は,コルチコ ステロン濃度を酵素免疫測定法(CorticosteroneEIA kit, 矢内原研究所)により測定し,処置群と対照群の血 液中濃度を比較した.コルチコステロンは日内変動があ り,げっ歯類では,夜明け前の分泌低く,夕方に最高値 を示すことから13, 14),本実験では10:00-11:00に血 液を採取するよう統一した.すべての項目において,統 計処理はスチューデントあるいはウェルチのt検定を行 い,有意水準はP<0.05とした. 3 結果 ばく露期間中,死亡や異常行動を呈する個体は見られ なかった.また,飼育中に包帯一式にゆるみが生じたり, 外れてしまったりすることはなかった(図2L参照).リ ント布はマーキングした箇所にずれることなく固定され ていた(図2M参照). マウスの推定体重を表1に示す.ばく露開始前(投与 0日)の動物の群分けの時点において,処置群の体重は 対照群と比べ有意に高かったものの,ばく露期間を通し て,処置群の推定体重は対照群と比べて有意な差は認め られなかった. 摂餌量の変化を表2に示す.ばく露期間を通して,処 置群は対照群と比べて有意な差は認められなかった. ばく露終了時の血液中コルチコステロン濃度を表3に 示す.処置群は対照群と比べて有意な差は認められなか った. 表1 マウスの推定体重(g) 投与日 対照群(6) 処置群(8) P値 0 20.6 ± 1.6 22.3 ± 0.7* 0.030 1 21.4 ± 1.6 21.7 ± 0.7 0.675 2 21.8 ± 1.7 21.4 ± 0.8 0.611 3 21.9 ± 1.6 21.4 ± 0.9 0.537 4 22.0 ± 1.6 21.7 ± 0.9 0.739 5 21.8 ± 1.6 21.7 ± 0.9 0.915 各項目は平均値 ± 標準偏差,括弧内は動物数を示す.P値はt 検定を行った値を示す.*対照群と比べて有意差があることを 示す. 表2 マウスの摂餌量(g) 投与日 対照群(6) 処置群(8) P値 0-1 4.0 ± 0.4 3.2 ± 2.0 0.352 1-2 4.5 ± 0.3 4.3 ± 1.2 0.721 2-3 4.2 ± 0.4 4.2 ± 1.8 0.951 3-4 4.2 ± 0.2 4.8 ± 1.3 0.318 4-5 4.0 ± 0.4 4.1 ± 0.6 0.905 各項目は平均値 ± 標準偏差,括弧内は動物数を示す.P値はt 検定を行った値を示す. Title:09_12_JOSH-2019-0013-GI.indd p196 2019/09/20/ 金 18:44:37 196 「労働安全衛生研究」
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図2 マウス経皮投与の手順 A:背部の剪毛,剃毛およびアセトン脱脂後.B:リント布貼り付け部位をマーキング.C:ポリウレタンフィルムの粘着面へのリ ント布の貼り付けとD-PBS(-)の滴下.D, E:リント布の貼り付け.F:プラスチックフィルムの巻き付け.G:パッドの貼り付け.H, I:粘着性伸縮包帯の巻き付け.J:スリットを入れた伸縮包帯.K:代謝ケージに収容されたマウス.L:麻酔下の仰臥位.M:伏臥 位にして貼り付け部位にずれが生じなかったかを確認. Title:09_12_JOSH-2019-0013-GI.indd p197 2019/09/20/ 金 18:44:37 197 Vol. 12, No. 3, pp. 195‒198, (2019)表3 ばく露終了時の血液中コルチコステロン濃度 (ng/ml) 対照群(6) 処置群(8) P値 389 ± 148 358 ± 134 0.694 各項目は平均値±標準偏差,括弧内は動物数を示す.P値はt 検定を行った値を示す. 4 考察 動物実験のデータに基づいて正確な経皮吸収および毒 性評価を行なうためには,労働現場の実態に即した外挿 性の高い実験モデルを構築することが重要であり,精度 が高く,簡便かつ汎用性のある実験プロトコールが必要 である. 本研究では,成熟ラットを用いたナノ粒子の経皮ばく 露に関する先行研究9)を参考に,マウスへのスモールス ケール化への検討を試みた.マウスにおける経皮ばく露 方法の確立は,ラットに比べマウスの遺伝子破壊の手法 が格段に確立されているため15),遺伝子破壊マウスを用 いて毒性機序の解明を試みる際に有用な背景データの取 得になると考えられる.一般的にマウスはラットと比べ て行動が機敏であり,ヒトには慣れないことが知られて いる15).剪毛から包帯の貼り付け過程において,マウス が勝手に動いたりしないように確実に保定し,マウスに よる実験者の咬傷を防ぐために16),本実験においても, 軽度のイソフルラン吸入麻酔を必要とする場合があった. 本研究では経皮ばく露の方法の具体的な条件および方 法の検討を行なった.連続4日間の経皮投与がおよぼす ストレス影響の有無について調べた結果,推定体重,摂 餌量および血液中コルチコステロン濃度は,処置群と対 照群と比較したところ有意な差は認められなかった.こ れらの結果から,本実験条件下においては,包帯一式を 巻き付けることのストレスの影響は考慮しなくてもよい であろうと思われた.以上の結果から,本手法はマウス の経皮ばく露にあたり有効なプロトコールになると考え られる. 今回の投与実験では,限定的な条件における適用であ ったが,より長期の慢性ばく露を想定した投与実験への 応用が必要であると考えている.慢性ばく露を想定した 実験の場合,包帯の貼り付けの繰り返しによる適用部位 へ皮膚損傷・剤の漏洩等の懸念を確認しておく必要があ る.また,今回検討した手法の適用を他の動物種,粉体 等の他の剤の性状にも拡大適用すべく現在検討中である. 謝 辞 本研究は日本学術振興会科研費(JP17K15862)およ び厚生労働科学研究費補助金(H29‒ 労働 ‒ 一般 ‒002) の助成を受けた. 文文文 文 1) 独立行政法人労働者健康安全機構労働安全衛生総合研究 所. 福井県内の化学工場で発生した膀胱がんに関する災害 調査. 平成28年5月. A-2015-07. https://www.jniosh.johas.
go.jp/publication/pdf/saigai_houkoku_2016_01.
pdf#zoom=100(2019年3月27日確認)
2) OECD (Organisation for Economic Co-operation and Development). Skin absorption: in vitro method (Test No. 428, Adopted on 13 Apri1, 2004), OECD guidelines for testing of chemicals 2004.
3) OECD (Organisation for Economic Co-operation and Development). Skin absorption: in vivo method (Test No. 427, Adopted on 13 April, 2004), OECD guidelines for testing of chemicals 2004.
4) Pantelouris EM. Absence of thymus in a mouse mutant. Nature 1968; 217: 370–371.
5) Brooks CG, Webb PJ, Robins RA, Robinson G, Baldwin RW, Festing MFW. Studies on the immunology of rnu/rnu “nude” rats with congenital aplasia of the thymus. Eur. J. Immnunol. 1980; 10: 58–65.
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7) ウサギ(ヘアレスモデル)https://www.jslc.co.jp/animals/
other.php#other-cat-05(2019年4月9日確認)
8) Tokudome Y. Influence of oral administrationof lactic acid bacteria metabolites on skin barrier function and water content in a murine model of atopic dermatitis.
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9) KuwagataM, KumagaiF, SaitoY, HigashisakaK, Yoshioka Y, TsutsumiY. Permeabilityofskintosilvernanoparticles after epidermal skin barrierdisruption in rats. Fundam.
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Kominami S, Baulieu EE, Robel P. Immunoreactive cytochromeP-45017αinratandguineapiggonads, adrenal glandsandbrain. J. Reprod. Fert. 1991; 93: 609‒622.
13) Windle RJ, Wood SA, Lightman SL, Ingram CD. The pulsatile characteristicsofhypothalamo-pituitary-adrenal activity in female Lewis and Fischer 3 4 4 rats and its relationshiptodifferentialstressresponses. Endocrinology 1998; 139: 4044‒4052.
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15) 米川博道.基本的な特性についてのQ&A.マウス・ラッ トなるほどQ&A. 中釜 斉,北田一博,城石俊彦編集 2007; p51. 16) 小出 剛.マウスを使って実験を始めよう.マウス実験 の基礎知識 第2版.小出 剛編 2013; p19. Title:09_12_JOSH-2019-0013-GI.indd p198 2019/09/20/ 金 18:44:37 198 「労働安全衛生研究」